孟子曰く、「其の心を盡すは、其の性を知るなり。其の性を知れば、則ち天を知るなり。其の心を存して、其の性を養ふは、所以天に事ふるなり。殀壽貳(たが)へず、身を修めて以て之を俟つは、所以立命するなり」と。
孟子曰:「挾貴而問,挾賢而問,挾長而問,挾有勳勞而問,挾故而問,皆所不答也。滕更有二焉。」
孟子曰く、「挾貴に挾きて問ふ、挾賢に挾きて問ふ、挾長に挾きて問ふ、挾有勳勞に挾きて問ふ、挾故に挾きて問ふ。皆答へざる所なり。滕更二有り」。
孟子曰:「於不可已而已者,無所不已;於所厚者薄,無所不薄也。其進銳者,其退速。」
孟子曰く、「不可已に於て已すれば、所不已無し。於厚に於て薄ければ、所不薄無し。其の進銳するは、其の退速きなり」。
孟子曰:「君子之於物也,愛之而弗仁;於民也,仁之而弗親。親親而仁民,仁民而愛物。」
孟子曰く、「君子之於物、之を愛して弗仁なり。之於民、之を仁して弗親なり。親親而して民を仁し、民を仁して物を愛す」。
孟子曰:「知者無不知也,當務之為急;仁者無不愛也,急親賢之為務。堯舜之知而不遍物,急先務也;堯舜之仁不遍愛人,急親賢也。不能三年之喪,而緦小功之察;放飯流歠,而問無齒決,是之謂不知務。」
孟子曰く、「知者無不知也。當務之爲急を務とす。仁者無不愛也。急に親賢之爲務を務とす。堯舜之知、而不徧物。急先務なり。堯舜之仁、不徧愛人。急親賢なり。三年之喪を行ふ能はずして、總功之察を行ひ、飯糗飲流して、齒決之問を行ふは、是れ之を不知務と謂ふ」。
盡心(じんしん)下
孟子曰:「不仁哉,梁惠王也!仁者以其所愛及其所不愛,不仁者以其所不愛及其所愛。」
孟子曰く、「不仁なる哉、梁惠王也。仁者其の愛する所を以て、其の愛せざる所に及す。不仁者其の愛せざる所を以て、其の愛する所に及す」。
公孫丑問曰:「何謂也?」
公孫丑問ふて曰く、「何の謂ぞや」。
「梁惠王以土地之故,糜爛其民而戰之,大敗,將復之,恐不能勝,故驅其所愛子弟以殉之,是之謂以其所不愛及其所愛也。」
「梁惠王土地之故を以て、其の民を糜爛して之を戰はしむ。大敗、將に復戰はんとす。恐れ、勝つ能はざるを。故に其の愛する所之子弟を驅りて以て之を殉せしむ。是れ之を其の愛せざる所を以て其の愛する所に及すと謂ふ」。
孟子曰:「《春秋》無義戰。彼善於此,則有之矣。徵者上伐下也,敵國不相徵也。」
孟子曰く、「《春秋》義戰無し。彼此に善くするは、則ち之れ有り。征者は、上之伐下なり。敵國不相征也」。
孟子曰:「盡信《書》,則不如無《書》。吾於《武成》,取二三策而已矣。仁人無敵於天下。以至仁伐至不仁,而何其血之流杵也?」
孟子曰く、「盡く《書》を信ぜば、則ち《書》無きに如かず。吾《武成》に於ては、二三策を取る而已矣。仁人天下に敵無し。以至仁不仁を伐つて、而して何其血之杵を漂すや」。
孟子曰:「有人曰:『我善為陳,我善為戰。』大罪也。國君好仁,天下無敵焉。南面而征北狄怨,東面而征西夷怨。曰:『奚為後我?』武王之伐殷也,革車三百兩,虎賁三千人。王曰:『無畏!寧爾也,非敵百姓也。』若崩厥角稽首。徵之為言正也,各欲正己也,焉用戰?」
孟子曰く、「人有りて曰く、「我善く陳を爲り、我善く戰を爲る」、大罪なり。國君仁を好めば、天下敵無し。南面して北狄を征して怨み、東面して西夷を征して怨む。曰く、「奚ぞ以我を後にせんや」。武王之殷を伐つや、革車三百兩、虎賁三千人。王曰く、「畏(おそ)るる無かれ、寧爾也。非敵百姓也」。若く崩厥角(ほうけつかく)稽首す。征之爲言は、正なり。各己を正せんと欲す、焉んぞ戰を用ゐん哉」。
孟子曰:「梓匠輪輿能與人規矩,不能使人巧。」
孟子曰く、「梓匠輪輿、能く人と與ふるに規矩を以てす。能く人をして巧ならしむる能はず」。
孟子曰:「舜之飯糗茹草也,若將終身焉;及其為天子也,被袗衣,鼓琴,二女果,若固有之。」
孟子曰く、「舜之飯糗(はんきゅう)茹草(じょそう)する也、若く將に終身焉る。其の天子と爲るに及びて、袗衣(しんい)を被り、琴を鼓し、二女果(か)たりて、若く固有するなり」。
孟子曰:「吾今而後知殺人親之重也:殺人之父,人亦殺其父;殺人之兄,人亦殺其兄。然則非自殺之也,一閒耳。」
孟子曰く、「吾今而して後、人の親を殺す之重きを知る。人の父を殺すは、人亦其の父を殺す。人の兄を殺すは、人亦其の兄を殺す。然らば則ち非自殺之也、一間耳」。
孟子曰:「古之為關也,將以御暴。今之為關也,將以為暴。」
孟子曰く、「古之爲關は、將以て暴を禦がんとす。今之爲關は、將以て暴を爲さんとす」。
孟子曰:「身不行道,不行於妻子;使人不以道,不能行於妻子。」
孟子曰く、「身道を行はざれば、妻子に於て行はれず。人を使ふに道を以てせざれば、妻子に於て行はれず」。
孟子曰:「周於利者,凶年不能殺;周於德者,邪世不能亂。」
孟子曰く、「利を周する者は、凶年能く殺さざるなり。德を周する者は、邪世能く亂さざるなり」。
孟子曰:「好名之人,能讓千乘之國;苟非其人,簞食豆羹見於色。」
孟子曰く、「名を好む者は、千乘之國を讓る可し。苟くも其人に非ざれば、簞食豆羹色に見(あら)はる」。
孟子曰:「不信仁賢,則國空虛。無禮義,則上下亂。無政事,則財用不足。」
孟子曰く、「仁賢を信せざれば、則ち國空虚す。禮義無ければ、上下亂る。政事無ければ、財用足らず」。
孟子曰:「不仁而得國者,有之矣;不仁而得天下,未之有也。」
孟子曰く、「不仁して國を得るは、之諸有り。不仁して天下を得るは、未だ之れ有らざるなり」。
孟子曰:「民為貴,社稷次之,君為輕。是故得乎丘民而為天子,得乎天子為諸侯,得乎諸侯為大夫。諸侯危社稷,則變置。犧牲既成,粢盛既潔,祭祀以時,然而旱乾水溢,則變置社稷。」
孟子曰く、「民を貴と爲し、社稷之を次に爲し、君を輕と爲す。是故に丘民を得て天子と爲り、天子を得て諸侯と爲り、諸侯を得て大夫と爲る。諸侯社稷を危くすれば、則ち變置す。犧牲既に成り、粢盛既に絜(せつ)く、祭祀時を以てす。然りと雖も旱乾水溢すれば、則ち社稷を變置す」と。
孟子曰:「聖人,百世之師也,伯夷、柳下惠是也。故聞伯夷之風者,頑夫廉,懦夫有立志;聞柳下惠之風者,薄夫敦,鄙夫寬。奮乎百世之上。百世之下,聞者莫不興起也。非聖人而能若是乎,而況於親炙之者乎?」
孟子曰く、「聖人は、百世之師なり。伯夷、柳下惠是れ也。故に伯夷之風を聞くは、頑夫廉に、懦夫立志有り。柳下惠之風を聞くは、薄夫敦く、鄙夫寬し。百世之上に奮ひて、百世之下、聞く者興らざる莫し。非聖人、而能く若是乎。況んや炙を親しみせる者をや」と。
孟子曰:「仁也者,人也。合而言之,道也。」
孟子曰く、「仁也者は、人也。合して之を言ふは、道なり」。
孟子曰:「孔子之去魯,曰:『遲遲吾行也。』去父母國之道也。去齊,接淅而行,去他國之道也。」
孟子曰く、「孔子之魯を去るに曰く、「遲遲吾行るなり」。父母國を去る道なり。齊を去るに淅を接して行く。他國を去る之道なり」。
孟子曰:「君子之戹於陳蔡之閒,無上下之交也。」
孟子曰く、「君子之陳蔡之間に於て阨するは、上下之交無きなり」。
貉稽曰:「稽大不理於口。」
貉稽曰く、「稽大なる不理於口」。
孟子曰:「無傷也。士憎茲多口。《詩》云:『憂心悄悄,慍於群小。』孔子也。『肆不殄厥慍,亦不隕厥問。』文王也。」
孟子曰く、「傷(こそ)ばざるなり。士此の多口を憎む。《詩・邶風・柏舟》に云く、「憂心悄悄(しょうしょう)、慍(うん)群小に於て」。孔子なり。「肆(し)其の慍を殄(てん)せず、亦其の問を隕(いん)さず」。文王なり」。
孟子曰:「賢者以其昭昭,使人昭昭;今以其昬昬,使人昭昭。」
孟子曰く、「賢者其の昭昭(しょうしょう)を以て、人をして昭昭ならしむ。今其の昏昏(こんこん)を以て、人をして昭昭ならしむ」。
孟子謂高子曰:「山徑之蹊閒,介然用之而成路。為閒不用,則茅塞之矣。今茅塞子之心矣。」
孟子高子に謂ひて曰く、「山徑之蹊間、介然として之を用ひて路を成す。間爲せざれば、則ち茅之を塞ぐ。今茅子之心を塞ぐ」。
高子曰:「禹之聲,尚文王之聲。」
高子曰く、「禹之聲は、尚(なほ)文王之聲」。
孟子曰:「何以言之?」
孟子曰く、「何以て之を言ふ」。
曰:「以追蠡。」
曰く、「追蠡(ついれい)を以て」。
曰:「是奚足哉?城門之軌,兩馬之力與?」
曰く、「是れ奚に足らん哉。城門之軌は、兩馬之力與」。
齊飢。陳臻曰:「國人皆以夫子將復為發棠,殆不可復。」
齊饑す。陳臻曰く、「國人皆夫子將に棠を發かんと爲す。殆ど復爲る可からず」。
孟子曰:「是為馮婦也。晉人有馮婦者,善搏虎,卒為善士。則之野,有眾逐虎。虎負嵎,莫之敢攖。望見馮婦,趨而迎之。馮婦攘臂下車。眾皆悅之,其為士者笑之。」
孟子曰く、「是れ爲馮婦也。晉人馮婦有りて、善く虎を搏す。卒に善士と爲る。則ち野に之きて、衆虎を逐ふ有り。虎嶇(く)を負ぎて、莫之敢攖(おう)。馮婦を望見して、趨りて之を迎ふ。馮婦臂を攘(さら)し車を下る。衆皆之を悅ぶ。其の士を爲る者之を笑ふ」。
孟子曰:「口之於味也,目之於色也,耳之於聲也,鼻之於臭也,四肢之於安佚也,性也,有命焉,君子不謂性也。仁之於父子也,義之於君臣也,禮之於賓主也,智之於賢者也,聖人之於天道也,命也,有性焉,君子不謂命也。」
孟子曰く、「口之味に於て、目之色に於て、耳之聲に於て、鼻之臭に於て、四肢之安佚に於ては、性なり。命有り、君子性と謂はず。仁之父を於て、義之於君臣、禮之於賓主、智之於賢者、聖人之於天道は、命なり。性有り、君子命と謂はず」。
浩生不害問曰:「樂正子,何人也?」
浩生不害問ふて曰く、「樂正子は、何の人ぞや」。
孟子曰:「善人也,信人也。」
孟子曰く、「善人なり、信人なり」。
「何謂善?何謂信?」
「何を以て善と謂ひ、何を以て信と謂ふ」。
曰:「可欲之謂善,有諸己之謂信。充實之謂美,充實而有光輝之謂大,大而化之之謂聖,聖而不可知之之謂神。樂正子,二之中,四之下也。」
曰く、「欲可きの謂善、己に有るの謂信。充實之謂美、充實して光輝有る之謂大、大にして化する謂聖、聖にして知る可からざる之謂神。樂正子は、二之中、四之下なり」。
孟子曰:「逃墨必歸於楊,逃楊必歸於儒。歸,斯受之而已矣。今之與楊墨辯者,如追放豚,既入其苙,又從而招之。」
孟子曰く、「墨を逃るれば、必ず楊に歸す。楊を逃るれば、必ず儒に歸す。歸すは、斯に之を受くのみ。今之楊墨と辯する者は、如放豚を追ふがごとし。旣に其の苙(りつ)に入りて、又從りて之を招く」。
孟子曰:「有布縷之徵,粟米之徵,力役之徵。君子用其一,緩其二。用其二而民有殍,用其三而父子離。」
孟子曰く、「有り、布縷之征、粟米之征、力役之征。君子其の一を用ひて、其の二を緩める。二を用ひて而して民殍(ひう)有り、三を用ひて而して父子離す」。
孟子曰:「諸侯之寶三:土地,人民,政事。寶珠玉者,殃必及身。」
孟子曰く、「諸侯之寶三。土地、人民、政事。珠玉を寶する者は、殃必ず其身に及ぶ」。
盆成括仕於齊。孟子曰:「死矣盆成括!」
盆成括齊に仕ふ。孟子曰く、「死せん、盆成括」。
盆成括見殺。門人問曰:「夫子何以知其將見殺?」
盆成括殺さる。門人問ふて曰く、「夫子何以て其の將に見殺さんとするを知るや」。
曰:「其為人也小有才,未聞君子之大道也,則足以殺其軀而已矣。」
曰く、「其の人を爲るや、小有り才、未だ君子之大道を聞かず。則ち以て其の軀を殺すに足る而已矣」。
孟子之滕,館於上宮。有業屨於牖上,館人求之弗得。或問之曰:「若是乎從者之廀也?」
孟子滕に之きて、上宮に館す。業屨(ぎょうく)牖(ゆう)上有りて、館人之を求めて得ず。或孟子を問ふて曰く、「若是乎從者之廋(そう)む」。
曰:「子以是為竊屨來與?」
曰く、「子以て是れ竊屨を爲りて來る與」。
曰:「殆非也。夫子之設科也,往者不追,來者不距。苟以是心至,斯受之而已矣。」
曰く、「殆ど非也。夫子之設科は、往く者追はず、來る者距(しりぞ)かず。苟くも是の心を以て至れば、斯に之を受く而已矣」。
孟子曰:「人皆有所不忍,達之於其所忍,仁也;人皆有所不為,達之於其所為,義也。人能充無慾害人之心,而仁不可勝用也;人能充無穿逾之心,而義不可勝用也。人能充無受爾汝之實,無所往而不為義也。士未可以言而言,是以言餂之也;可以言而不言,是以不言餂之也,是皆穿逾之類也。」
孟子曰く、「人皆有所不忍、之を其の忍する所に達するは、仁なり。人皆有所不爲、之を其の爲する所に達するは、義なり。人能く其の人を害せんと欲せざる心を充たれば、仁用ひる勝(あ)げざるなり。人能く其の穿窬(せんゆ)を爲さざる心を充たれば、義用ひる勝げざるなり。人能く其の爾汝之實を受けざるを充たれば、往く義と爲らざる無し。士未だ言ふ可からざると言するは、是れ以て言を餂(てん)す也。言ふ可きと不言は、是れ以て不言を餂す也。是れ皆穿窬之類なり」。
孟子曰:「言近而指遠者,善言也;守約而施博者,善道也。君子之言也,不下帶而道存焉。君子之守,修其身而天下平。人病舍其田而芸人之田,所求於人者重,而所以自任者輕。」
孟子曰く、「言近くて指遠きは、善言なり。約を守りて博を施すは、善道なり。君子之言は、帶を下らずして道存焉(あ)る。君子之守は、其の身を修めて天下平らぐ。人病まざるは、其の田を舍てて人之田を芸(ぐさ)ふ。人に求むる重く、己に與ふる輕し」。
孟子曰:「堯舜,性者也;湯武,反之也。動容周旋中禮者,盛德之至也;哭死而哀,非為生者也;經德不回,非以干祿也;言語必信,非以正行也。君子行法,以俟命而已矣。」
孟子曰く、「堯舜は、性者也。湯武は、反之なり。動容周旋禮に中るは、盛德之至なり。死を哭して哀なり、非生者也。經德不回(くゐ)なり、非祿を干す也。言語必ず信なり、非行を正くす也。君子法を行ふて、以て命を俟つ而已矣」。
孟子曰:「說大人,則藐之,勿視其巍巍然。堂高數仞,榱題數尺,我得志弗為也;食前方丈,侍妾數百人,我得志弗為也;般樂飲酒,驅騁田獵,後車千乘,我得志弗為也。在彼者,皆我所不為也;在我者,皆古之制也,吾何畏彼哉?」
孟子曰く、「大人を説くは、則ち之を藐(びょう)し、其の巍巍然を視る勿れ。堂高數仞、榱題(すいてい)數尺、我志を得て、弗爲也。食前方丈、侍妾數百人、我志を得て、弗爲也。般樂飮酒、驅聘田獵、後車千乘、我志を得て、弗爲也。在彼者は、皆我の爲さざる所なり。在我者は、皆古之制なり。吾何ぞ彼を畏れん哉」。
孟子曰:「養心莫善於寡慾。其為人也寡慾,雖有不存焉者,寡矣;其為人也多欲,雖有存焉者,寡矣。」
孟子曰く、「心を養ふに善、寡欲に若く莫し。其の人を爲るや寡欲なれば、雖し存せざる有れば、寡く矣。其の人を爲るや多欲なれば、雖し存る有れば、寡く矣」。
曾皙嗜羊棗,而曾子不忍食羊棗。公孫丑問曰:「膾炙與羊棗孰美?」
曾晳羊棗を嗜(こ)ふ。曾子羊棗を食らふに忍びず。公孫丑問ふて曰く、「膾炙(かいしゃ)と羊棗と孰れか美」。
孟子曰:「膾炙哉!」
孟子曰く、「膾炙哉」。
公孫丑曰:「然則曾子何為食膾炙而不食羊棗?」
公孫丑曰く、「然らば則ち曾子何爲ぞ膾炙を食して、羊棗を食せざるや」。
曰:「膾炙所同也,羊棗所獨也。諱名不諱姓,姓所同也,名所獨也。」
曰く、「膾炙は、所同也。羊棗は、所獨也。諱名は不諱姓。姓は、所同也。名は、所獨也」。
萬章問曰:「孔子在陳曰:『盍歸乎來!吾黨之士狂簡,進取,不忘其初。』孔子在陳,何思魯之狂士?」
萬章問ふて曰く、「孔子陳に在りて、曰く、「盍ぞ歸乎來る。吾黨之士狂簡、進取、其の初を忘れず」。孔子陳に在りて、何在りて、何ぞ魯之狂士を思ふや」。
孟子曰:「孔子『不得中道而與之,必也狂獧乎!狂者進取,獧者有所不為也』。孔子豈不欲中道哉?不可必得,故思其次也。」
孟子曰く、「孔子「中道を得ざれば、必ず狂獧(けん)乎。狂者進取し、獧者有所不爲」。孔子豈に中道を欲せざらん哉。得ざる可からず。故に其の次を思ふ」。
「敢問何如斯可謂狂矣?」
「敢て問ふ、何如斯れば、以て狂と謂ふ可きか」。
