Libo

梁惠王(りょうけいおう)上

战国 · 孟轲 · 第1巻 / 14

孟子曰く、「離婁之明、公輸子之巧、規矩を以てせずんば、以て方員を成す能はず。師曠之聰、六律を以てせずんば、以て五音を正くする能はず。堯舜之道…

儒家典籍

初学は四書から入るのがよい。大学が綱を立て、論語が言を記し、孟子が展開し、中庸が収束する。続いて詩経・尚書・礼記と春秋三伝へ。荀子・春秋繁露・近思録・伝習録は、経学の外で儒学がどう語られてきたかを見る几道である。

孟子見梁惠王。王曰:「叟不遠千里而來,亦將有以利吾國乎?」

孟子、梁恵王に見ゆ。恵王曰く、「老丈(ろうじょう)、千里を遠しとせずして來たり。また將に有らんや、もて我が國を利するに」と。

孟子對曰:「王何必曰利?亦有仁義而已矣。王曰『何以利吾國』?大夫曰『何以利吾家』?士庶人曰『何以利吾身』?上下交徵利而國危矣。萬乘之國弒其君者,必千乘之家;千乘之國弒其君者,必百乘之家。萬取千焉,千取百焉,不為不多矣。苟為後義而先利,不奪不饜。未有仁而遺其親者也,未有義而後其君者也。王亦曰仁義而已矣,何必曰利?」

孟子對へて曰く、「王何必らか利を曰はんや。また仁義あるのみ。王曰く「何をもてか我が國を利せん」。大夫曰く「何をもてか我が家を利せん」。士庶人曰く「何をもてか我が身を利せん」。上下交相に利を征ぎて、國危きなり。萬乘の國、その君を弑する者は必ず千乘の家、千乘の國、その君を弑する者は必ず百乘の家。萬の中より千を取り、千の中より百を取るは、多からざると爲さず。苟くも義を後にして利を先にすれば、奪ひ取らざれば饜(あ)きず。未だ仁を行ひてその親を遺棄する者あらず、未だ義を行ひてその君を後にする者あらず。王また仁義を曰くのみ、何必らか利を曰はん」と。

孟子見梁惠王,王立於沼上,顧鴻鴈麋鹿,曰:「賢者亦樂此乎?」

孟子、梁恵王に見ゆ。恵王、池沼の上に立ち、鴻雁(こうがん)麋鹿(びろく)を顧みて曰く、「賢者また此れを以て樂しむか」と。

孟子對曰:「賢者而後樂此,不賢者雖有此,不樂也。《詩》云:『經始靈臺,經之營之,庶民攻之,不日成之。經始勿亟,庶民子來。王在靈囿,麀鹿攸伏,麀鹿濯濯,白鳥鶴鶴。王在靈沼,於牣魚躍。』文王以民力為臺為沼。而民歡樂之,謂其臺曰靈臺,謂其沼曰靈沼,樂其有麋鹿魚鼈。古之人與民偕樂,故能樂也。《湯誓》曰:『時日害喪?予及女偕亡。』民欲與之偕亡,雖有臺池鳥獸,豈能獨樂哉?」

孟子對へて曰く、「賢者となりて後此れを樂しむことを得、不賢の者此れありと雖も樂しむこと能はざるなり。《詩・大雅・靈臺》に曰く、「始め靈臺を經營す。これを經りこれを營る。衆民これを攻め、數日ならずして成る。始め經るに急がざれども、衆民子と來る。王靈囿に在り、麀鹿攸伏す。麀鹿濯濯、白鳥翯翯たり。王靈沼に在り、魚の躍れる滿ちたり」と。文王、民力を以て臺を爲し沼を爲すに、民これを歡びて、その臺を靈臺と謂ひその沼を靈沼と謂ひ、その麋鹿魚鼈あるを樂しむ。古の人、民と偕に樂しむ。故に能く樂しむなり。《書・湯誓》に曰く、「この日の喪ふ時、予爾と偕に亡びん」と。民彼と偕に死せんと欲す。臺池鳥獸ありと雖も、豈に獨り樂しむこと能はんや」と。

梁惠王曰:「寡人之於國也,盡心焉耳矣。河內兇,則移其民於河東,移其粟於河內。河東兇亦然。察鄰國之政,無如寡人之用心者。鄰國之民不加少,寡人之民不加多,何也?」

梁恵王曰く、「寡人の國に於けるや、耳に盡す。河內凶なれば、卽ちその民を河東に移し、その粟を河內に運ぶ。河東凶なるもまた然り。鄰國の政を察するに、寡人の如く心を盡す者なし。鄰國の民少なからず、寡人の民加はらざるは何ぞや」と。

孟子對曰:「王好戰,請以戰喻。填然鼓之,兵刃既接,棄甲曳兵而走。或百步而後止,或五十步而後止。以五十步笑百步,則何如?」

孟子對へて曰く、「王戰ひを好む。請ふ、戰を以て喩へん。枵然と鼓を鼓して、兵刃既に接す。甲を棄て兵を曳きて走る。或は百歩して後止み、或は五十歩して後止む。五十歩を以て百歩を笑はば、則ち如何」と。

曰:「不可,直不百步耳,是亦走也。」

恵王曰く、「可ならず。直ち百歩に至らざるのみ、是れ亦走るなり」と。

曰:「王如知此,則無望民之多於鄰國也。不違農時,谷不可勝食也;數罟不入洿池,魚鼈不可勝食也;斧斤以時入山林,材木不可勝用也。谷與魚鼈不可勝食,材木不可勝用,是使民養生喪死無憾也。養生喪死無憾,王道之始也。五畝之宅,樹之以桑,五十者可以衣帛矣;雞豚狗彘之畜,無失其時,七十者可以食肉矣;百畝之田,勿奪其時,數口之家可以無飢矣;謹庠序之教,申之以孝悌之義,頒白者不負戴於道路矣。七十者衣帛食肉,黎民不飢不寒,然而不王者,未之有也。

孟子曰く、「王若し此れを知らば、則ち民の鄰國に多きを望むこと無かれ。農時に違はざれば、穀食ひ勝たず。數罟洿池に入らざれば、魚鼈食ひ勝たず。斧斤時を以て山林に入れば、材木用ひ勝たず。穀と魚鼈食ひ勝たず、材木用ひ勝たざれば、是れ民をして生を養ひ死を送るに憾みなからしむ。生養死送憾みなきは、王道の始めなり。五畝の宅、桑を樹てゝ、五十の者以て帛を衣る可し。鷄豚狗彘の畜、其の時を失はざれば、七十の者以て肉を食ふ可し。百畝の田、其の耕する時を奪はざれば、數口の家以て飢ゑざる可し。庠序の敎を謹み、申して孝悌の義を以てすれば、頒白の者道路に於て負戴せざらん。七十の者帛を衣肉を食ひ、黎民飢ゑず寒からず、然りて王たらざるは未だ之れ有らざるなり。

狗彘食人食而不知檢,塗有餓莩而不知發;人死,則曰:『非我也,歲也。』是何異於刺人而殺之,曰:『非我也,兵也。』王無罪歲,斯天下之民至焉。」

(孟子續けて曰く、)狗彘人の食を食らひて檢するを知らず、塗に餓莩あるも發するを知らず。人死するや、則ち曰く「我ならず、歲なり」と。是れ人を刺して之を殺して曰く「我ならず、兵なり」と、何ぞ異ならん。王歲を罪せずんば、斯に天下の民至らん」と。

梁惠王曰:「寡人願安承教。」

梁恵王曰く、「寡人願はくは安んじて敎を承けん」と。

孟子對曰:「殺人以梃與刃,有以異乎?」

孟子對へて曰く、「梃を以て人を殺すと、刃を以て人を殺すと、異なること有るか」と。

曰:「無以異也。」

恵王曰く、「異なること無し」と。

「以刃與政,有以異乎?」

(孟子續けて問ふ、)「刃を以てすと、政を以てすと、異なること有るか」と。

曰:「無以異也。」

恵王曰く、「異なること無し」と。

曰:「庖有肥肉,廐有肥馬,民有飢色,野有餓莩,此率獸而食人也。獸相食,且人惡之。為民父母,行政不免於率獸而食人。惡在其為民父母也?仲尼曰:『始作俑者,其無後乎!』為其象人而用之也。如之何其使斯民飢而死也?」

孟子曰く、「庖に肥肉有り、廐に肥馬有り、民に飢色有り、野に餓莩有り。此れ獸を率ゐて人を食ましむ。獸相食むも人且つ之を惡む。民の父母と爲りて、政を行ひて獸を率ゐて人を食ましむことを免れざれば、惡に在りてか民の父母と爲らん。仲尼曰く、「始めて俑を作れる者は、其れ後無からんか」と。其れ人に象りて之を用ふるを以てなり。之を如何せんや、斯の民をして飢ゑて死なしめんや」と。

梁惠王曰:「晉國,天下莫強焉,叟之所知也。及寡人之身,東敗於齊,長子死焉;西喪地於秦七百里;南辱於楚。寡人恥之,願比死者一灑之,如之何則可?」

梁恵王曰く、「晉國、天下彊なること如きなし。老丈の知れる所なり。寡人の身に及んで、東は齊に敗れ、長子焉に死し、西は地を秦に喪ふこと七百里、南は楚に辱めらる。寡人此れを恥ぢ、願はくは死者の爲に一に之を灑ぎたい。之を如何せんや則ち可ならん」と。

孟子對曰:「地方百里而可以王。王如施仁政於民,省刑罰,薄稅斂,深耕易耨。壯者以暇日修其孝悌忠信,入以事其父兄,出以事其長上,可使制梃以撻秦楚之堅甲利兵矣。彼奪其民時,使不得耕耨以養其父母,父母凍餓,兄弟妻子離散。彼陷溺其民,王往而徵之,夫誰與王敵?故曰:『仁者無敵。』王請勿疑!」

孟子對へて曰く、「地方百里にして以て王たる可し。王若し民に仁政を施さば、刑罰を省き、税斂を薄くし、耕を深くし耨を易くすれば、壯者暇日を以てその孝悌忠信を修め、入りて以て父兄に事へ、出でて以て長上に事へ、可ならん、彼らをして梃を制して秦楚の堅甲利兵を撻伐せしめん。彼の國、其の民の時を奪ひ、耕耨して其の父母を養ふことを得せしめず。父母凍餓し、兄弟妻子離散す。彼の其の民を陷溺するや、王往きて之を征せば、夫れ誰か王と敵せん。故曰く、「仁者敵なし」と。王請ふ疑ふ勿れ」と。

孟子見梁襄王。出,語人曰:「望之不似人君,就之而不見所畏焉。卒然問曰:『天下惡乎定?』吾對曰:『定於一。』

孟子、梁襄王に見ゆ。出で語りて曰く、「望むに人君に似ず、就きて畏る所を見ず。卒然として問ふ、「天下惡に在りて定まらん」と。吾對へて曰く、「一に於て定まる」と。

『孰能一之?』對曰:『不嗜殺人者能一之。』

(孟子續けて轉じて曰く、)「孰れか能く之を一にせん」と。吾對へて曰く、「人を殺すを嗜まざる者能く之を一にす」と。

『孰能與之?』對曰:『天下莫不與也。王知夫苗乎?七八月之間旱,則苗槁矣。天油然作云,沛然下雨,則苗浡然興之矣。其如是,孰能御之?今夫天下之人牧,未有不嗜殺人者也,如有不嗜殺人者,則天下之民皆引領而望之矣。誠如是也,民歸之,由水之就下,沛然誰能御之?』」

(孟子續けて轉じて曰く、)「孰れか能く之に與らん」と。吾對へて曰く、「天下與らざる莫し。王苗を知らずや。七八月の間旱くば、則ち苗槁る。天油然として雲を作し、沛然として雨を下さば、則ち苗浡然として之を興す。其の如くんば、孰れか能く禦がん。今夫天下の人を牧する者、未だ人を殺すを嗜まざる者あらず。若し人を殺すを嗜まざる者有らば、則ち天下の民皆引領して之を望まん。誠に如是なれば、民之に歸するや、猶ほ水の下に就くがごとし。沛然として孰れか能く禦がん」と。」

齊宣王問曰:「齊桓、晉文之事可得聞乎?」

齊宣王問ふて曰く、「齊桓、晉文の事、以て聞く可きか」と。

孟子對曰:「仲尼之徒無道桓、文之事者,是以後世無傳焉。臣未之聞也。無以,則王乎?」

孟子對へて曰く、「仲尼の徒、桓文の事を道ふ者無し。是を以て後世傳はる無し。臣未だ之を聞かず。已むを得ざれば、則ち王を云はんか」と。

曰:「德何如,則可以王矣?」

宣王曰く、「德何の如くんば、則ち以て王たる可きか」と。

曰:「保民而王,莫之能御也。」

孟子曰く、「民を保して王たる、之を禦ぐ莫きなり」と。

曰:「若寡人者,可以保民乎哉?」

宣王曰く、「寡人の若きは、以て民を保する可きか」と。

曰:「可。」

孟子曰く、「可なり」と。

曰:「何由知吾可也?」

宣王曰く、「何を以て吾の可なるを知るや」と。

曰:「臣聞之胡齕曰,王坐於堂上,有牽牛而過堂下者,王見之,曰:『牛何之?』對曰:『將以釁鐘。』王曰:『舍之!吾不忍其觳觫,若無罪而就死地。』對曰:『然則廢釁鐘與?』曰:『何可廢也?以羊易之!』不識有諸?」

孟子曰く、「臣之を胡齕(ここつ)に聞く、曰く、王堂上に坐す。有りて牽牛し堂下を過ぐ。王之を見て曰く、「牛之に之く」と。對へて曰く、「將に以て鐘を釁かんとす」と。王曰く、「之を舍てよ。吾其の觳觫(こくそく)して若く罪無くして死地に就くに忍びず」と。對へて曰く、「然らば則ち鐘釁くを廢せんか」と。曰く、「惡に在りてか廢せん。羊を以て之を易へよ」と。此れ有るを識らずや」と。

曰:「有之。」

宣王曰く、「之れ有り」と。

曰:「是心足以王矣。百姓皆以王為愛也,臣固知王之不忍也。」

孟子曰く、「是の心王たるに足れり。百姓皆王を以て愛(吝)と爲す。臣固より王之不忍なるを知る」と。

王曰:「然。誠有百姓者。齊國雖褊小,吾何愛一牛?即不忍其觳觫,若無罪而就死地,故以羊易之也。」

宣王曰く、「然り。誠に是の百姓有り。齊國褊小と雖も、吾何ぞ一牛を愛せんや。卽ち其の觳觫して若く罪無くして死地に就くに忍びざれば、故に羊を以て之を易へるなり」と。

曰:「王無異於百姓之以王為愛也。以小易大,彼惡知之?王若隱其無罪而就死地,則牛羊何擇焉?」

孟子曰く、「王百姓の王を以て愛と爲すを怪しむこと無かれ。小を以て大を易ふるは、彼惡に在りてか之を知らん。王若し其の罪無くして死地に就くを隱すれば、則ち牛羊何ぞ擇ばん」と。

王笑曰:「是誠何心哉?我非愛其財。而易之以羊也,宜乎百姓之謂我愛也。」

宣王笑ひて曰く、「是れ誠に何の心ぞや。我其の財を愛するに非ざるなり、宜なり、之に就きて百姓の我を以て愛と謂ふは」と。

曰:「無傷也,是乃仁術也,見牛未見羊也。君子之於禽獸也,見其生,不忍見其死;聞其聲,不忍食其肉。是以君子遠庖廚也。」

孟子曰く、「傷ること無し。是れ乃ち仁の術なり。牛を見て羊を見ざればなり。君子の禽獸に於けるや、その生くるを見て其の死するを見るに忍びず、その聲を聞きて其の肉を食らふに忍びず。是を以て君子庖廚に遠ざかる」と。

王說曰:「《詩》云:『他人有心,予忖度之。』夫子之謂也。夫我乃行之,反而求之,不得吾心。夫子言之,於我心有慼慼焉。此心之所以合於王者,何也?」

宣王說びて曰く、「《詩・小雅・巧言》に曰く、「他人心有り、予之を忖度す」と。夫子の謂ひなり。夫れ我乃ち之を行ひ、反而て其の心を求むるに、吾が心を得ず。夫子之を言へば、我心に戚戚として動く有り。此の心の王道に合する所以は何ぞや」と。

曰:「有復於王者曰:『吾力足以舉百鈞』,而不足以舉一羽;『明足以察秋毫之末』,而不見輿薪,則王許之乎?」

孟子曰く、「有りて王に復(報)して曰く、「吾が力足らん、以て百鈞を舉ぐ」と、然るに足らず、以て一羽を舉ぐ。「明足らん、以て秋毫の末を察す」と、然るに見えず、以て輿薪を見る。則ち王之を許さんか」と。

曰:「否。」

宣王曰く、「否」と。

「今恩足以及禽獸,而功不至於百姓者,獨何與?然則一羽之不舉,為不用力焉;輿薪之不見,為不用明焉,百姓之不見保,為不用恩焉。故王之不王,不為也,非不能也。」

(孟子續けて曰く、)「今恩足りて禽獸に及ぼすも、功百姓に至らざるは、獨り何と爲るか。然らば一羽の舉がらざるは、力を用ゐざるを爲とし、輿薪の見ざるは、明を用ゐざるを爲とし、百姓の保せられざるは、恩を用ゐざるを爲とす。故に王の王たらざるは、不爲なり、不能に非ざるなり」と。

曰:「不為者與不能者之形何以異?」

宣王曰く、「不爲と不能との形、何以て異にするや」と。

曰:「挾太山以超北海,語人曰『我不能』,是誠不能也。為長者折枝,語人曰『我不能』,是不為也,非不能也。故王之不王,非挾太山以超北海之類也;王之不王,是折枝之類也。老吾老,以及人之老;幼吾幼,以及人之幼。天下可運於掌。《詩》云:『刑于寡妻,至於兄弟,以御於家邦。』言舉斯心加諸彼而已。故推恩足以保四海,不推恩無以保妻子。古之人所以大過人者無他焉,善推其所為而已矣。今恩足以及禽獸,而功不至於百姓者,獨何與?權,然後知輕重;度,然後知長短。物皆然,心為甚。王請度之!抑王興甲兵,危士臣,構怨於諸侯,然後快於心與?」

孟子曰く、「太山を挾みて以て北海を超ゆ、人に語りて曰く「我不能」と、是れ誠に不能なり。長者に爲に枝を折る、人に語りて曰く「我不能」と、是れ不爲なり、不能に非ざるなり。故に王の王たらざるは、太山を挾みて以て北海を超ゆるの類に非ず。王の王たらざるは、枝を折るの類なり。吾が老を老として以て人の老に及ぼし、吾が幼を幼として以て人の幼に及ぼせば、天下掌に運らす可し。《詩・大雅・思齊》に曰く、「寡妻に刑(型)り、兄弟に至り、以て家邦を御す」と。言ふは斯の心を舉げて之を諸に加ふるのみ。故に恩を推すは以て四海を保するに足り、恩を推さざれば以て妻子を保すること無し。古の人の大いに人に過ぐる所以は、他無し、善く其の爲す所を推すのみ。今恩足りて禽獸に及ぼすも、功百姓に至らざるは、獨り何と爲るか。權(はかり)て後輕重を知り、度(はかり)て後長短を知る。物皆然り、心是れ甚し。王請ふ之を度へん。抑々王甲兵を興し、士臣に危きをし、諸侯に怨を構へて、然る後心に快からんとするか」と。

王曰:「否。吾何快於是?將以求吾所大欲也。」

宣王曰く、「否。吾何ぞ是を快とせん。將に吾が大欲する所を求めん」と。

曰:「王之所大欲可得聞與?」王笑而不言。

孟子曰く、「王の大欲する所、以て聞く可きか」と。宣王笑ひて言はず。

曰:「為肥甘不足於口與?輕煖不足於體與?抑為采色不足視於目與?聲音不足聽於耳與?便嬖不足使令於前與?王之諸臣皆足以供之,而王豈為是哉?」

孟子曰く、「肥甘を爲して口に足らざるか、輕煖を爲して體に足らざるか、抑々采色を爲して目に視る足らざるか、聲音を爲して耳に聽く足らざるか、便嬖を爲して前に使令する足らざるか。王の諸臣皆足りて之を供す。而して王豈に是れが爲ならんや」と。

曰:「否。吾不為是也。」

宣王曰く、「否。吾是が爲にするに非ず」と。

曰:「然則王之所大欲可知已。欲闢土地,朝秦楚,蒞中國而撫四夷也。以若所為求若所欲,猶緣木而求魚也。」

孟子曰く、「然らば則ち王の大欲する所、知る可し。土地を闢き、秦楚を朝せしめ、中國に莅きて四夷を撫せんと欲すなり。若くする所を以て若くする所を求むるは、猶ほ木に緣りて魚を求むるがごとし」と。

王曰:「若是其甚與?」

宣王曰く、「若し之の甚しきか」と。

曰:「殆有甚焉。緣木求魚,雖不得魚,無後災。以若所為,求若所欲,盡心力而為之,後必有災。」

孟子曰く、「殆ど之に甚しき有らん。木に緣りて魚を求むるは、魚を得ずと雖も後の災ひ無し。若くする所を以て若くする所を求むるは、心力を盡して之を爲せば、後必ず災ひ有らん」と。

曰:「可得聞與?」

宣王曰く、「以て聞く可きか」と。

曰:「鄒人與楚人戰,則王以為孰勝?」

孟子曰く、「鄒人と楚人と戰ふ。王以て孰れか勝たんと爲す」と。

曰:「楚人勝。」

宣王曰く、「楚人勝たん」と。

曰:「然則小固不可以敵大,寡固不可以敵眾,弱固不可以敵彊。海內之地方千里者九,齊集有其一。以一服八,何以異於鄒敵楚哉?蓋亦反其本矣。今王發政施仁,使天下仕者皆欲立於王之朝,耕者皆欲耕於王之野,商賈皆欲藏於王之市,行旅皆欲出於王之塗,天下之慾疾其君者皆欲赴愬於王。其若是,孰能御之?」

孟子曰く、「然らば則ち小固より以て大に敵すること能はず、寡固より以て衆に敵すること能はず、弱固より以て強に敵すること能はず。海內の地、方千里の者九あり。齊一を集めて其一を以てす。一を以て八に服さんと欲するは、鄒の楚を敵するに何以ぞ異ならんや。蓋し亦その本に反れ。今王政令を發し仁を施さば、天下の仕ふる者皆王の朝廷に立たんと欲し、耕する者皆王の田野に耕さんと欲し、商賈皆王の市に藏せんと欲し、行旅皆王の塗に出でんと欲し、天下その君を疾める者皆欲して王に赴きて愬へん。其の如くんば、孰れか能く禦がん」と。

王曰:「吾惛,不能進於是矣。願夫子輔吾志,明以教我。我雖不敏,請嘗試之。」

宣王曰く、「吾惛として、是に進むこと能はず。願はくは夫子吾が志を輔け、明らかに我を敎へん。我敏ならずと雖も、請ふ嘗試せん」と。

曰:「無恆產而有恆心者,惟士為能。若民,則無恆產,因無恆心。苟無恆心,放闢,邪侈,無不為已。及陷於罪,然後從而刑之,是罔民也。焉有仁人在位,罔民而可為也?是故明君制民之產,必使仰足以事父母,俯足以畜妻子,樂歲終身飽,凶年免於死亡。然後驅而之善,故民之從之也輕。今也制民之產,仰不足以事父母,俯不足以畜妻子,樂歲終身苦,凶年不免於死亡。此惟救死而恐不贍,奚暇治禮義哉?王欲行之,則盍反其本矣。五畝之宅,樹之以桑,五十者可以衣帛矣;雞豚狗彘之畜,無失其時,七十者可以食肉矣;百畝之田,勿奪其時,八口之家可以無飢矣;謹庠序之教,申之以孝悌之義,頒白者不負戴於道路矣。老者衣帛食肉,黎民不飢不寒,然而不王者,未之有也。」

孟子曰く、「恒産無くして恒心あるは、惟れ士爲に能くす。民の若きは、則ち恒産無く、因りて恒心無し。苟くも恒心無くんば、放辟邪侈、爲す所無きなし。罪に陷るに及びて、然る後從りて之を刑す。是れ民を罔(網)く。焉んぞ仁人位に在りて、民を罔くことを爲さんや。是故に明君民の産を制す。必ず仰いで以て父母に事ふるに足り、俯して以て妻子を畜ふに足り、樂歲終身飽き、凶年死亡を免れしむ。然る後驅りて之を善にすれば、故に民の之に從ふこと易し。今も民の産を制するや、仰いで以て父母に事ふるに足らず、俯して以て妻子を畜ふに足らず、樂歲終身苦しみ、凶年死亡を免れず。此れ惟れ死を救ふに贍(た)らざるを恐る。奚に暇あって禮義を修めんや。王之を行なはんと欲せば、則ち盍ぞ其の本に反らざる。五畝の宅、樹てゝ以て桑、五十の者以て帛を衣る可し。鷄豚狗彘の畜、其の時を失はざれば、七十の者以て肉を食ふ可し。百畝の田、其の耕する時を奪はざれば、八口の家以て飢ゑざる可し。庠序の敎を謹み、申して以て孝悌の義、頒白の者道路に於て負戴せざらん。老者帛を衣り肉を食ひ、黎民飢ゑず寒からず、然りて王たらざるは、未だ之れ有らざるなり」と。

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