Libo

周易口訣義巻第六・下経三(漸より未済まで)

唐 · 史徵 · 第12巻 / 14

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

漸卦(艮下巽上)

下經三。艮下巽上。漸:女歸吉,利貞。彖曰:漸之進也,女歸吉也。進得位,往有功也。進以正,可以正邦也。其位剛得中也。止而巽,動不窮也。象曰:山上有木,漸。君子以居賢徳,善俗。

これは下経の第三巻である。漸卦は下卦が艮、上卦が巽で、山上に木ありて循序して生長する。ゆえに漸と名づける。卦辞は言う、漸は、女子が嫁ぐに吉利、正を守るに宜しい、と。《彖伝》は言う、漸は循序して進むゆえ、女子が嫁ぐに吉利。前進して正位を得れば、往けば必ず功あり。正道をもって前進すれば、邦国を端正しうる。九五の居る位は陽剛で中を得る。内止め外順うので、行動して窮困に至らない。《大象伝》は言う、山上に樹木あり、これが漸である、君子はこれに法り、賢徳の人を各々その位に安んぜしめ、もって風俗を改善する、と。

初六,鴻漸于干,小子厲,有言,無咎。象曰:小子之厲,義無咎也。六二,鴻漸于盤,飲食衎衎,吉。象曰:飲食衎衎,不素飽也。九三,鴻漸于陸,夫征不復,婦孕不育,凶,利禦寇。象曰:夫征不復,離群醜也;婦孕不復,失其道也;利用禦寇,順相保也。六四,鴻漸于木,或得其桷,無咎。漸至未齊。象曰:或得其桷,順以巽也。九五,鴻漸于陵,婦三歲不孕,終莫之勝,吉。象曰:終莫之勝吉,得所願也。上九,鴻漸于陸,其羽可用為儀,吉。象曰:其羽可用為儀吉,不可亂也。

初六の爻辞、鴻雁が徐々に水辺に飛来す、小子に危険あり、責難を招く、ただ咎なし。《小象伝》は言う、小子の危険は、理に照らせば咎なきを言う、と。六二の爻辞、鴻雁が徐々に磐石上に飛来す、飲食が和楽、吉利。《小象伝》は言う、飲食が和楽は、それが徒らに俸禄を享するのではないを言う、と。九三の爻辞、鴻雁が徐々に高地に飛来す、夫が出征して一たび去りて帰らず、婦人は怀孕するも生育できず、凶険、外寇を抵御するに宜しい。《小象伝》は言う、夫が出征して返らざるは、自分の同類を離れたからだ、婦人が怀孕して生育できざるは、正道を失ったからだ、外寇を抵御するに宜しきは、彼此順従して相保全するからだ、と。(ここの「漸至未斉」の四字は原書の巻内書眉の標目で、本巻が漸卦から未済卦まで講じることを標明し、経文ではない。)六四の爻辞、鴻雁が徐々に樹上に飛来す、あるいは平直の枝を得て足を止める、咎なし。《小象伝》は言う、平直の枝を得るは、それが柔順にして謙遜だからだ、と。九五の爻辞、鴻雁が徐々に山陵上に飛来す、婦人は三年して怀孕せず、ただ終にそれに勝てる者なし、吉利。《小象伝》は言う、終に勝てる者なく吉は、自分の願望を実現したからだ、と。上九の爻辞、鴻雁が徐々に高地に飛来す、その羽毛は礼儀の装飾に用いうる、吉利。《小象伝》は言う、羽毛が儀飾と成しうるに吉は、この節操が扰乱すべからざるを言う、と。

漸女歸吉,利貞者。漸者,徐進之名;歸,嫁也。女子生有外成之義,以夫為家,故嫁為歸也。女人之嫁,備禮乃行,吉斯善矣,故曰女歸吉也。漸進禮全,嫁娶之正,故曰利貞也。

卦辞「漸、女帰吉、利貞」。「漸」は緩慢に前進する名称、「帰」はすなわち出嫁。女子は生まれながらに出嫁して後に家を成すの意義あり、夫の家を自分の家とする。ゆえに出嫁を「帰」と称する。女子の出嫁は、必ず礼数が斉備して後に成行してこそ吉利美善と算えられる。ゆえに女子が嫁ぐに吉利と言う。循序漸進して礼数が完備するは、まさに嫁娶の事の正道。ゆえに正を守るに宜しいと言う。

象曰:山上有木,漸者。山上生木,漸漸進長,因山而髙,非是忽然而起,故曰漸之進也。君子以居賢徳善俗者,君子求人,須求賢徳,使其居位,發施教令,善誘風俗也。侯果云:賢者,徳成之名;徳是資賢之實也。

《大象伝》の言う「山上有木、漸」――山上に樹木が生え、一点ずつ上に向かい生長し、山勢に凭って高大に見える、突然に出来上がるのではない。ゆえにこれは循序漸進と言う。「君子以居賢徳善俗」は、君子が人才を選抜するに、必ず賢徳ある人を求め、彼らを相応の位置に居らせ、教令を発施行し、善く誘導して風俗を改良するを言う。唐の侯果は言う、「賢」は徳行が成ったの称呼、「徳」は賢者を成就する実質内涵である、と。

初六鴻漸于干,小子厲,有言,無咎者。鴻是水鳥,以況從下至髙漸進之義。乾,水涯也。鴻之進至於水涯,故曰鴻漸于干也。進未得位,必被凌辱,乃困於小子,危於謗言,故曰小子厲有言也。雖困於小人之言,而但懷道徳,安能損於君子之道,故曰無咎也。乾亦喻水上非安之所,更以無應也。

初六の爻辞「鴻漸于干、小子厲、有言、无咎」。鴻は水鳥で、それが低きより高きに逐段飛進するをもって循序漸進の意を喩える。「干」は水辺である。鴻雁が水辺に飛来す、ゆえに鴻雁が徐々に水涯に飛来すと言う。それは上進してまだ應有の地位を獲らざれば、必ず人に欺凌され、ここにおいて小子に困られ謗言に危められる。ゆえに小子に危険あり、責難を招くと言う。ただそれは小人の言語に困られども、自ら道徳を懐きてさえいれば、どうして君子の道を損傷せん。ゆえに咎なしと言う。「干」はまた水辺が身を安ずべき所にあらざるを喩え、まして初六には相応の爻なし。

六二鴻漸于盤,飲食衎衎吉者。盤者,山中盤石也。以柔處中,進而得位,猶鴻鳥棲於盤石,得可安之地,故曰鴻漸于盤。既得可安之地,居中有應,吉福至焉,故飲食豐飽,不素飽而已,故曰衎衎吉也。衎衎是喜樂之貌也。

六二の爻辞「鴻漸于盤、飲食衎衎、吉」。「盤」は山中の大块の磐石である。六二は陰柔をもって下卦の中に居り、上進してまた正位を得る。ちょうど鴻雁が磐石に停歇して、身を安ずべき処を見出したがごとし。ゆえに鴻雁が徐々に磐石上に飛来すと言う。すでに安身の処を得、中に居りて九五と相応すれば、吉慶福沢が随いて至る。よって飲食が豊足し、しかも徒らに飽食して功なく禄を受けるのではない。ゆえに和楽して吉と言う。「衎衎」は歓欣喜楽のさまである。

九三鴻漸于陸,夫征不復,婦孕不育,凶,利用禦寇者。陸是山頂之髙處也。九三處下卦之上,如山之頂,如鴻升進至於山頂,故曰鴻漸于陸也。三之於二,同處一體,其猶夫婦一體之義。今九三務進不肯卻回,即是夫之征進不肯反家,故曰夫征不復也。九三前進與四相得,貪務邪偶,即婦亦不能守貞,非夫而孕,故不能育,故曰婦孕不育也。見利忘義,貪進忘舊,凶之道矣。與四相得,邪偶相與,恐人為難以為間阻,故利用防禦寇害,順相保也。

九三の爻辞「鴻漸于陸、夫征不復、婦孕不育、凶、利御寇」。「陸」は山頂の高処である。九三は下卦の最上の爻に処り、山の頂端のごとく、鴻雁が一路飛上して山頂に達したがごとし。ゆえに鴻雁が徐々に高地に飛来すと言う。九三と六二は同じく下卦一体の中に処り、夫妻が一体を同じうするがごとし。いま九三は一味に進を求めて回頭せんと肯ぜず。これは夫が出征して家に帰るを肯肯ぜざるに等しい。ゆえに夫が出征して一たび去りて帰らずと言う。九三は前に進みて六四と相投合し、この不正当の配偶を貪恋すれば、婦人(六二)も貞節を守住できず、夫ならぬ人と怀孕する。よって生育できない。ゆえに婦人は怀孕して生育できずと言う。利を見て義を忘れ、新たの進取を貪って旧の伴侣を忘れるは、凶を招く道である。九三と六四が相投合するは、邪僻の配偶が彼此結交することで、人が間から作難し阻隔するを恐れる。ゆえに共同して外来の侵害を防御し、彼此順従して相保全するに宜しい。

六四鴻漸于木,或得其桷,無咎者。桷,榱桷也。以柔得位,如鴻棲於平直之枝,堪榱桷之用,是可棲息之處,故曰鴻漸于木,或得其桷。與三相得,心無憂慮,雖乘剛相合,固無咎也。

六四の爻辞「鴻漸于木、或得其桷、无咎」。「桷」は屋上の方椽である。六四は陰柔にして正位を得る。ちょうど鴻雁が平直の樹枝に停まるがごとく――あのような枝は正に椽子に充当しうる、栖息すべき処である。ゆえに鴻雁が徐々に樹上に飛来し、あるいは平直の枝を得ると言う。それは九三と相処融治し、心中に憂慮なし。陰爻が剛爻の上に騎るとはいえ、双方が相合するゆえ、本来咎なし。

九五鴻漸于陵,婦三歲不孕,終莫之勝,吉。陸績云:陸陵俱是髙處,然陵卑於陸也。九五進處尊位,如鴻進髙以止於陵,故曰鴻漸于陵也。正應在二,隔於三四,不得與應相交,是兩情勤慕,阻隔不通,故曰三歲不孕也。二與五各懐中正,九五是君,三四是臣,以臣欺君,勢不可勝。三歲以來,道成事濟,久塞其路,不得勝於君,五二各得其願,故曰終莫之勝吉也。

九五の爻辞「鴻漸于陵、婦三歳不孕、終莫之勝、吉」。三国呉の陸績は言う、「陸」と「陵」はともに高処を指すも、陵は陸より低い、と。九五は上進して尊位を占める。ちょうど鴻雁が高処に飛往して山陵に停まるがごとし。ゆえに鴻雁が徐々に山陵に飛来すと言う。その正応は六二で、中間に九三・九四に阻隔され、相応の爻と交合できない。双方は彼此殷切に愛慕するも、阻隔されて通ぜず。ゆえに三年して怀孕せずと言う。六二と九五は各々居中得正で、九五は君、九三・九四は臣、臣下をもって君主を欺凌するは、形勢上終に上風を占められない。三年を経て、正道が成就し事が済渡すれば、あの二爻は長く道路を堵塞したといえど、最終に君主に勝てず、ここにおいて九五と六二は各々願望を実現した。ゆえに終にそれに勝てる者なし、吉利と言う。

上九鴻漸于陸,其羽可用為儀吉者。三之於上,皆處山頂,並稱陸也。然上九最居卦上,是能為超勝,進處髙潔,不累名位,徳髙之人,無物屈心,不亂其志,故其羽翼清虛,可為世之儀表,峨峨清竒,可貴可則,故曰其羽可用為儀吉也。

上九の爻辞「鴻漸于陸、其羽可用為儀、吉」。九三と上九はいずれも山頂のごとき位置に処るので、同じく「陸」をもって呼称する。ただ上九は全卦の最上に居り、超然と勝出でき、高潔の境に上進し、名位に拖累されない。これは徳行高尚の人で、彼の心志を屈折し彼の操守を扰乱しうる物なし。ゆえにその羽翼は清虚脱俗で、世人の儀範に充当しうる。あの高峻清奇の風姿は、貴重すべく効法すべし。ゆえにその羽毛は礼儀の装飾に用いうるに吉利と言う。

帰妹卦(兌下震上)

兌下震上。歸妹:征凶,無攸利。彖曰:歸妹,天地之大義也。天地不交而萬物不興,歸妹人之終始也。說以動,所歸妹也。征凶,位不當也。無攸利,柔乘剛也。象曰:澤上有雷,歸妹。君子以永終知敝。

帰妹卦は下卦が兌、上卦が震で、少女が長男に随いて動く。ゆえに帰妹と名づける。卦辞は言う、帰妹は、往けば凶あり、得るところの利なし、と。《彖伝》は言う、帰妹は、天地間の大義である。天地二気が相交わらなければ、万物は興起できない。帰妹は人倫の終結と開端に関わる。和悦によって行動する、嫁ぐ所は少女である。「征凶」は、爻位が当たらざるからだ。「无攸利」は、陰柔が陽剛の上に騎るからだ。《大象伝》は言う、沢上に雷あり、これが帰妹である、君子はこれに法り、永く善終を保ちて弊端を預知する、と。

初九,歸妹以娣,跛能履,征吉。象曰:歸妹以娣,以恆也;跛能履吉,相承也。九二,眇能視,利幽人之貞。象曰:利幽人之貞,未變常也。六三,歸妹以須,反歸以娣。象曰:歸妹以須,未當也。九四,歸妹愆期,遲歸有時。象曰:愆期之志,有待而行也。六五,帝乙歸妹,其君之袂,不如其娣之袂良,月幾望,吉。象曰:帝乙歸妹,不如其娣之袂良也;其位在中,以貴行也。上六,女承筐無實,士刲羊無血,無攸利。象曰:上六無實,承虛筐也。

初九の爻辞、少女を嫁がせて陪嫁の妹の身分をもって随行する、跛脚の人がなお行走しうる、往けば吉利。《小象伝》は言う、娣の身分をもって出嫁するは、常道を守るからだ、跛にして行うるに吉は、主室に順承しうるからだ、と。九二の爻辞、独眼の人がなお見るべし、幽居の人のように正を守るに宜しい。《小象伝》は言う、幽人の正に宜しきは、常規を改変せざるからだ、と。六三の爻辞、少女を嫁がせるも等待を要す、やむをえず退りて娣の身分をもって出嫁する。《小象伝》は言う、帰妹して等待を要すは、処する所が当たらざるからだ、と。九四の爻辞、少女を嫁がせるも婚期を過誤した、遅く嫁ぐに自ずからその時機あり。《小象伝》は言う、婚期を過誤した心志は、時機を待ちて行動するからだ、と。六五の爻辞、帝乙が妹を嫁がせ、正室新婦の衣袖は陪嫁の妹の衣袖の華美に及ばず、月がまさに満ちんとする、吉利。《小象伝》は言う、帝乙が妹を帰すに、正室の衣袖が陪嫁者の華美に及ばざるは、それが位に居りて中を守り、尊貴の身をもって行するからだ、と。上六の爻辞、女子が筐を捧ぐも空なり、男子が羊を宰すも血出ず、利する所なし。《小象伝》は言う、上六が空にして有する所なきは、一つの空筐を捧ぐからだ、と。

歸妹者。女人以嫁為歸,歸妹即是從姊而嫁,故曰歸妹也。然古者諸侯一娶九女,侄娣從之。虞翻云:九女者,貴其男女繼嗣,宗享不絶也。

卦名「帰妹」。女子は出嫁を「帰」と称する。「帰妹」はすなわち妹が姉に随いて一同に出嫁すること。ゆえに帰妹と言う。古代の諸侯は一度に九人の女子を娶り、姪女と妹が一同に陪嫁随行した。虞翻は言う、九女を娶る所以は、子嗣の繁衍が絶えぬを重んじ、宗廟祭享を延续断絶せしめぬためである、と。

征凶,無攸利者。徵謂進而求寵也。妹從姊而行,固宜卑退敬事女後。若妄求進寵,希謂並後,即有並後之亂,凶禍斯至而無利,故曰征凶無攸利也。

「征凶、无攸利」。「征」は前に往きて寵幸を爭取するを指す。妹はすでに姉に随いて一同に出嫁する以上、本来謙卑退譲して正室たる姉を恭敬に奉事すべきである。もし彼女が妄りに進身して寵を爭い、正室と並列せんを指望すれば、後宮に並立の禍乱を醸成し、凶禍が随いて至り、何の好処も得られない。ゆえに往けば凶あり、利する所なしと言う。

象曰:澤上有雷,歸妹者。澤上有雷,悅而有動,歸妹之象也。君子以永終知敝者,諸儒於此各以意見互說不同,不可隨波而流,彌増惑亂,今則取師說為義也。所以一娶九女者,貴其蕃育繼嗣,宗享不絶,則是永長延祚,保後之終;若九女無子,即絶其後嗣,即有不終之敝。蓋為正經云:天地之大義,人倫之終始矣。

《大象伝》の言う「沢上有雷、帰妹」――沢上に雷声が響くは、内心に喜悦あり外に行動あり、これはまさに帰妹の形象である。「君子以永終知敝」は、従来の諸学者はここにおいて各々己見に凭って解説し、彼此不同である。波に随い流れて照抄すべからず、それはただ迷惑混乱を増すのみ。いまは先師の説法を取って解釈とする。一度に九人の女子を娶る所以は、子嗣の繁育・宗廟祭享が断絶せぬを重んずるがゆえ、これはすなわち長久に福祚を延續し後嗣を保全する善終である。もし九女がみな子なければ、後嗣を断絶す、それは善終できぬの弊端である。これはまさに経文の言う「天地之大義」「人倫之終始」の意である。

初九歸妹以娣,跛能履,征吉者。少女謂之娣也。以兌適震,以幼從長,非其匹配,是從姊而行,故歸妹以娣也。雖不失其道,然幼從長,譬之跛足之人,足雖蹇跛,不妨履踐,故曰跛能履。妹從姊行,不可僣進為嫡,即凶;為娣即吉,故曰征吉也。

初九の爻辞「帰妹以娣、跛能履、征吉」。年幼の女子を「娣」と謂う。兌の少女をもって震の長男に嫁がせるは、年幼者をもって年長者に跟従するで、正式の匹配ではなく、姉に随いて一同に出嫁する。ゆえに娣の身分をもって出嫁すると言う。こうすれば正道を失うとは算えられないが、幼者が長者に従うは、跛脚の人のごとく、脚は跛げども、行走を妨げない。ゆえに跛にして行うと言う。妹は姉に随いて出嫁し、僭越して正妻を争うべからず、然らば凶。陪嫁の位に安んずれば吉。ゆえに往けば吉利と言う。

九二眇能視,利幽人之貞者。位雖不正,而居內處中,守其卑禮,不能妄進,猶如眇目之人,不妨所視,故曰眇能視也。居內守中,不失常道,是居幽而不虧其正,故曰利幽人之貞也。

九二の爻辞「眇能視、利幽人之貞」。九二は陽爻が陰位に居り、処する所は正しからざれど、それは内卦に身を居して下卦の中に在り、謙卑の礼節を守り、敢えて妄りに進を求めない。これはちょうど一只眼が失明した人で、なお物を見るを妨げないがごとし。ゆえに独眼にして視るべしと言う。それは内卦に居りて中道を守り、常規を失わない。これはまさに幽隠に身を処して自分の正道を亏損せざる。ゆえに幽居の人のように正を守るに宜しいと言う。

六三歸妹以須,反歸以娣者。六三處下卦之上,位又不正,即是僣進求為室主。室主猶存,進不值時,故宜待時,故曰歸妹以須也。既不值時,固當反歸,且為娣從,俟時而進,故曰反歸以娣也。

六三の爻辞「帰妹以須、反帰以娣」。六三は下卦の最上の爻に処り、居る位がまた正当でない。これはすなわち僭越して進を求め、正室の主とならんと欲する。しかし正室はなお存し、それがこのように上進するは時宜に合わず。ゆえにただ時機を待つべし。よって出嫁して等待を要すと言う。すでに時機が合わない以上、本来退り返るべく、しばらく陪嫁者の身分をもって随行し、時機を俟ちてさらに進取を図るべし。ゆえに退りて娣の身分をもって出嫁すると言う。

九四歸妹愆期,遲歸有時者。以陽居陰,位不正也;下又無應,以不正無應而行,是為妄進。故須愆過於期,若有所適,候彼道窮盡,待時而行,然後可往,故遲歸有時也。

九四の爻辞「帰妹愆期、遅帰有時」。九四は陽爻が陰位に居り、処する所が正しくなく、下にまた相応の爻なし。位が正しからずまた応援なきの条件で贸然と行動すれば、それは妄りに進を求むである。ゆえに必ず婚期を過越せしめなければならない。もし真に往くところあらんと欲すれば、相手のあの道が尽頭に至り時機が成熟するを待ちて行動し、然る後に往くべし。ゆえに遅く嫁ぐに自ずからその時機ありと言う。

六五帝乙歸妹,其君之袂不如其娣之袂良,月幾望吉者。居得尊位,應在九二,是帝王嫁妹以降於二,故曰帝乙歸妹。袂者,衣袖,為禮容,帝王嫁妹,則以衣裳為崇飾也。其君即五也,應在九二,以震適兌,以長從幼,即是降尊就卑,不如以卑就尊合於常道,故曰君之袂不如其娣之袂良。月陰之盛,猶如月近望,可以敵日,以貴而行,以斯適配,往亦必合,故月幾望吉。幾,近也。陰盛為位在於中,以貴而行也。

六五の爻辞「帝乙帰妹、其君之袂不如其娣之袂良、月幾望、吉」。六五は尊位に居りて九二と相応する。これは帝王が妹を嫁がせて九二に下降する。ゆえに帝乙が妹を嫁がせると言う。「袂」は衣袖で、礼服の儀容を代表する。帝王が妹を嫁がせるは、衣裳をもって最も隆重の装飾とする。「其君」はすなわち六五を指す。それは九二と相応し、震の長者をもって兌の少者に就く。すなわち尊を降じて卑に就くで、卑者をもって尊者に就くほど常道に合わず。ゆえに正室の衣袖が陪嫁者の華美に及ばざると言う。月は陰気が最も盛んなる象徴で、この時はまさに月が満望に近く、光華が太陽に抗し足る。六五は尊貴の身をもって行し、この方式をもって匹配に適すれば、往いても必ず會合しうる。ゆえに月がまさに満ちんとして吉と言う。「幾」は接近である。陰気は盛んなれど、その居る位は上卦の中に在り、尊貴の身分に凭って行する。

上六女承筐無實,士刲羊無血,無攸利者。女子之行,以承順為徳;士之為道,以下之應命為美。今上六居卦之上而無承應,其猶女子承捧虛筐,空無所有。筐本盛幣帛,今既空虛,即上無所奉,故曰女承筐無實也。下既無應,人不奉命,譬之刲刺其羊而無血矣。羊本有血,今既無血,即是教令不行,故曰士刲羊無血。進退莫與,故曰無攸利。羊謂六三也。

上六の爻辞「女承筐无実、士刲羊无血、无攸利」。女子の行事は、承順をもって徳とする。男子の処世の道は、下の人がその命令に響応するを美とする。いま上六は全卦の最上に居りて承奉し呼应すべき相手なし。ちょうど女子が一隻の空筐を捧げ、中に何もないがごとし。筐は本来币帛祭品を盛放するのに用いる。いま空々如々たり。すなわち上に供奉すべきがない。ゆえに女子が空筐を捧ぐと言う。下にすでに相応の爻なければ、他人もその命令に聴従しない。喩えて言えば羊を宰して血が見えぬがごとし。羊は本来血あり、いま血が出ないは、まさに教令が行き通らざるを表示する。ゆえに男子が羊を宰して血なしと言う。それは前進しても後退しても相与する人なし。ゆえに利する所なしと言う。ここの「羊」は六三を指す。

豊卦(離下震上)

離下震上。豐:亨,王假之,勿憂,宜日中。彖曰:豐,大也。明以動,故豐。王假之,尚大也。勿憂宜日中,宜照天下也。日中則昃,月盈則食,天地盈虛,與時消息,而況於人乎,況於鬼神乎。象曰:雷電皆至,豐。君子以折獄致刑。

豊卦は下卦が離、上卦が震で、明にして動くべく、盛大豊満。ゆえに豊と名づける。卦辞は言う、豊は、亨通、君王はこの盛大に達しうる、憂慮する必ずしも要せず、日中のごとく普照すべし、と。《彖伝》は言う、「豊」は盛大である。内明にして外動するので豊なりうる。「王假之」は、盛大を崇尚する。「勿憂、宜日中」は、天下を普照すべきを言う。太陽は正午に至れば西に傾き、月は円満すれば虧蝕する。天地の盈満と虚亏も、なお時序に随いて消長する。まして人においてをや、鬼神においてをや。《大象伝》は言う、雷と電が一斉に来る、これが豊である、君子はこれに法り、獄訟を審断し刑罰を施行する、と。

初九,遇其配主,雖旬無咎,往有尚。象曰:雖旬無咎,過旬災也。六二,豐其蔀,日中見斗,往得疑疾,有孚發若,吉。象曰:有孚發若,信以發志也。九三,豐其沛,日中見沬,折其右肱,無咎。象曰:豐其沛,不可大事也;折其右肱,終不可用也。九四,豐其蔀,日中見斗,遇其夷主,吉。象曰:豐其蔀,位不當也;日中見斗,幽不明也;遇其夷主,吉行也。六五,來章,有慶譽,吉。象曰:六五之吉,有慶也。上六,豐其屋,蔀其家,窺其戶,其無人,三歲不覿,凶。象曰:豐其屋,天際翔也;窺其戶其無人,自藏也。

初九の爻辞、自分と相配の主人に遇う、彼此が均等なれど咎なし、往けば嘉許を受ける。《小象伝》は言う、均等なれど咎なきは、この限度を過ぐれば災あり、と。六二の爻辞、遮蔽物が厚い、正午に竟に北斗星を見る、往けば猜疑の患を招く、ただ誠信を懐きて啓開すれば、吉利。《小象伝》は言う、誠信ありて啓開するは、信実をもって心志を激発するからだ、と。九三の爻辞、遮蔽の幔帳が大きい、正午に細小の星光を見る、右臂を折断す、咎なし。《小象伝》は言う、幔帳が盛大は、大事をなすべからず、右臂を折るは、終に任用すべからず、と。九四の爻辞、遮蔽物が厚い、正午に竟に北斗星を見る、自分と相当の主人に遇う、吉利。《小象伝》は言う、遮蔽が厚重は、居る位が当たらざるからだ、正午に斗を見るは、幽暗にして明らかならざるからだ、相当の主人に遇うは、行動すれば吉、と。六五の爻辞、文采ある賢才を招来する、福慶と讃誉あり、吉利。《小象伝》は言う、六五の吉利は、福慶あるからだ、と。上六の爻辞、房屋を高大に建て、家宅を遮蔽する、門縫より窺看すれば、屋裏に人なし、三年しても見えず、凶険。《小象伝》は言う、屋宇が高大は、天辺に翱翔するがごとし、その戸を窺うも人なきは、自分で蔵れたからだ、と。

豐亨者。豐是大之名,饒益為義。財徳盛大,故謂之豐。財多能濟於眾,徳大無所不通,故曰豐亨也。

卦辞「豊、亨」。「豊」は盛大の名称で、富饒充裕の意を取る。財貨と徳行がともに盛大。ゆえに豊と謂う。財貨が多ければ衆人を救済でき、徳行が大なれば通ぜざる所なし。ゆえに「豊、亨」と言う。

王假之者。假,至也。王能至於豐大之徳,無所不周也。勿憂宜日中者,勿,無也。徳能廣大,無所不通,如日之中,盛明照臨萬國。徳備如此,無復憂慮。為天下主,須令微細隠滯者獲通,豐亨勿憂之徳,故宜日中也。

「王假之」。「假」は到達である。君王が豊大の徳性に達しうれば、周遍せざる所なし。「勿憂、宜日中」の「勿」は「无」である。徳性がすでに広大にして通ぜざる所なければ、ちょうど太陽が正中に升りて光明が極盛に万国を照臨するがごとし。徳性がこの地步に完備すれば、もはや憂慮する所なし。天下の主たる身として、必ずあの細微幽隠・滞塞不通の処をも通達を獲せしめ、これこそ豊亨にして憂えざるの徳性。ゆえに日中のごとく普照すべしと言う。

象曰:雷電皆至,豐者。雷,天威也;電,光輝也。威光並至,所以豐大也。君子以折獄致刑者,折也,致,至也。君子法天而行,故折獄訟須察虛實,至於刑罰,不濫及無辜也。文明以動,不失情理也。

《大象伝》の言う「雷電皆至、豊」――雷は上天の威厳を代表し、電は光明輝耀を代表する。威厳と光明が一斉に至るので、その盛大を成す。「君子以折獄致刑」の「折」は裁断、「致」は施加である。(底本は「折也」の下に釈義の字を脱し、いま照録して補わない。)君子は天道に效法して行するゆえ、獄訟を審断するに必ず虚実を查明し、刑罰を施行するに至っても、無辜の人に濫及しない。これはまさに文明の徳ありてまた行動しうるゆえ、人情事理に背かない。

初九遇其配主,雖旬無咎,往有尚者。以陽應陽,旬為均平也。豐大之世,文明以動,所貴光大,以合時宜。今初九與四俱陽爻,兩體均平,安得有咎,故曰遇其配主,雖旬無咎。能相光大,往有嘉尚也。

初九の爻辞「遇其配主、雖旬无咎、往有尚」。初九と九四は同じく陽爻で相「応」し、「旬」はここでは均等相当の意。豊大の時世に、内文明にして外行動する、貴ぶ所は光明を発揚光大して時宜に合するに在る。いま初九と九四はともに陽爻で、两方の分量が均等、どこに咎あらん。ゆえに自分と相配の主人に遇う、均等なれど咎なしと言う。彼此が互相照亮し光大しうるので、往けば嘉許を受ける。

六二豐其蔀,日中見斗,往得疑疾,有孚發若吉者。處豐之時,貴於光顯而惡闇昧。今六二以陰之質,應五又陰,是重暗之極,故日中盛明乃見斗星,故曰豐其蔀,日中見斗也。蔀者,曖光明之物也。往就於四,四又闇昧,不能啟發其明,心生狐疑而不自決;居乎本位,則暗疾未除;往之與來,不免暗疾,故曰往得疑疾。然履中居位,處暗不邪,但懐忠信,不為暗疾所累,而能啟發其志,故獲吉矣,故曰有孚發若吉也。

六二の爻辞「豊其蔀、日中見斗、往得疑疾、有孚發若、吉」。豊大の時に処り、貴ぶ所は光明显耀で、最も忌むは昏暗蒙昧である。いま六二は自身が陰質で、応ずる六五もまた陰爻。これは重々の昏暗が極点に至った。ゆえに正午の最も明るい時に反って北斗星を見る。よって遮蔽が厚重、正午に斗を見ると言う。「蔀」は光明を遮蔽する物である。それは前に往きて九四に親就するも、九四も同じく昏昧で、それの光明を啓発できない。ここにおいて心に狐疑を生じて自決できない。もし本位に安守すれば、昏暗の病はまた除けない。往くも留まるも、この昏暗の患を免れない。ゆえに往けば猜疑の患を招くと言う。ただ六二は中に居りて位を得、昏暗の中に処しても邪路を走らず、一心に忠誠信実を懐きてさえいれば、昏暗の患に拖累されず、かえって自分の心志を激発しうる。よって吉利を獲る。ゆえに誠信を懐きて啓開すれば吉と言う。

九三豐其沛,日中見沫,折其右肱,無咎。沛,幡幔,御蔽光明之物也;沬是微暗不明之謂也。九三應在上六,志在乎陰,雖免豐蔀見斗愈乎,以陰處陰,而猶豐沛見沬,是日中盛明而見微沬矣,故曰豐其沛,日中見沬。處豐大之時而見物微沬,斯則不可施於大事。其猶人之所用在於左右之肱,今右肱既折,況復見物微沬,只可自守而已,乃得無咎,故曰折其右肱無咎。為施明即見昧,施用則折肱矣。

九三の爻辞「豊其沛、日中見沬、折其右肱、无咎」。「沛」は幡幔の類で光明を遮挡する物、「沬」は微弱昏暗にして見分明ならざるを指す。九三は上六と相応し、心志が陰柔の一方に繋がる。それは六二のあの「豊蔀見斗」に比べれば多少善いが、なお応ずる所が陰爻なるがゆえ、「豊沛見沬」の地步に落ちる。すなわち正午の最も明るい時に微弱の星光のみ見える。ゆえに幔帳が盛大、正午に沬を見ると言う。豊大の時に身を処してこのような微弱の物のみ見えるならば、大事を担當すべからず。これはちょうど人が事を為すに全て左右両臂に恃むに、いま右臂はすでに折断し、まして見る所もこのように昏暗ならば、ただ自守するのみ。こうすれば咎なし。ゆえに右臂を折って咎なしと言う。明察を施展せんとすれば見るは昏昧、力を出して事を任せんとすれば臂膀はすでに折れている。

九四豐其蔀,日中見斗,遇其夷主吉者。九四以陽居陰而懷闇昧,如日中見斗也。夷,平也。應在初九,以陽適陽,二體均平,能相顯發,若遇初九夷主,所以獲吉,故曰遇其夷主吉也。

九四の爻辞「豊其蔀、日中見斗、遇其夷主、吉」。九四は陽爻が陰位に居りて心に昏昧を懐く。ちょうど正午に北斗星を見るがごとし。「夷」は均等である。それは初九と相「応」し、陽をもって陽に対す、两方の分量が均等で、よって互相照亮し顕発しうる。一旦初九という自分と相当の主人に遇えば、吉利を獲られる。ゆえに相当の主人に遇えば吉と言う。

六五來章,有慶譽吉者。以陰之質來居陽位,是暗而求明。既居尊位,能獲章美慶譽,所以吉,是光大彰顯其徳矣。

六五の爻辞「来章、有慶誉、吉」。それは陰柔の質をもって陽位に来居す。まさに自身が昏暗にして外に向かい光明を求む。それはすでに尊位に身を居し、また文采美善の士を招来して福慶声誉を獲得しうる。ゆえに吉利。これはすなわち自分の徳性を発揚光大し彰顕したのである。

上六豐其屋,蔀其家,窺其戸,其無人,三歲不覿凶者。屋者,藏陰隠之處。上六以陰處外而不居其位,即是幽隠之人,絶跡深藏者。既是藏隠,恐為人所見,故豐厚其屋,而又蔀覆其家。假使窺覷其戶,隠翳之深,而寂不見其人,故曰豐其屋,蔀其家,其戶其無人也。亦是棄其所止,外處深藏,以髙其行。然處豐大之時,即是明君之徳光被天下,野無遺賢,固合睹斯明代,居位佐時,共施政事,而反以自隠三年者,豐道已成而猶不見,所以致凶。治道未濟,隠藏猶可;治道既濟,何為藏身不出,失時尚凶,況復更藏,凶其宜也。

上六の爻辞「豊其屋、蔀其家、窺其戸、其无人、三歳不覿、凶」。房屋は身を蔵隠する処所である。上六は陰柔をもって卦外に居りて実位を占めず、まさに幽隠の士・絶跡深藏の人である。それはすでに隠蔵せんと欲して、また人に発見されるを恐れる。ゆえに屋宇を高厚に造り、また障蔽をもって家宅を遮蓋する。たとえ人が門縫より窺看しても、遮蔽が深すぎて、寂として人を見ない。ゆえに屋宇が高大、家宅を遮蔽し、戸を窺うも人を見ずと言う。これはすなわち自分が処すべき位置を捨棄し、外に退きて深藏し、これをもって自分の操行を抬高する。しかしそれの処する所はまさに豊大の世、すなわち明君の徳沢が天下を普照し民間に遺漏の賢才なきの時で、本はこのような清明の時代を見て出でて位に居り時を輔け、共に政事に参与すべきところ、それは反って自ら隠蔵して三年、豊盛の道はすでに成就したのに依然として露面せんと肯ぜず。よって凶険を招く。治世の道がまだ成功せざる時は、隠蔵するもまだ言い訳が立つ。治道がすでに成功したのに、どうして身を蔵して出でないのか。時機を失するは本来凶、まして一味に深藏し続けるは、凶険は自ずから当然である。

旅卦(艮下離上)

艮下離上。旅:小亨,旅貞吉。彖曰:旅小亨,柔得中乎外而順乎剛,止而麗乎明,是以小亨旅貞吉也。旅之時義大矣哉。象曰:山上有火,旅。君子以明慎用刑,而不留獄。

旅卦は下卦が艮、上卦が離で、火が山上にあり、草を逐いて行き、久しく留まること能わず。ゆえに旅と名づける。卦辞は言う、旅は、稍しく亨通、行旅の人が正を守れば吉、と。《彖伝》は言う、旅が小亨する所以は、六五という柔爻が外卦で中を得てまた陽剛に順従し、内止め外に光明に附麗するので、稍しく亨通して旅人が正を守りて吉を獲る。旅卦の含む時機の意義はまことに重大である。《大象伝》は言う、山上に火あり、これが旅である、君子はこれに法り、明察にして謹慎に刑罰を施用し、案件を久しく拖延せしめない、と。

初六,旅瑣瑣,斯其所取災。象曰:旅瑣瑣,志窮災也。六二,旅即次,懷其資,得童僕貞。象曰:得童僕貞,終無尤也。九三,旅焚其次,喪其童僕,貞厲。象曰:旅焚其次,亦以傷矣;以旅與下,其義喪也。九四,旅于處,得其資斧,我心不快。象曰:旅于處,未得位也;得其資斧,心未快也。六五,射雉,一矢亡,終以譽命。象曰:終以譽命,上逮也。上九,鳥焚其巢,旅人先笑後號咷,喪牛于易,凶。象曰:以旅在上,其義焚也;喪牛于易,終莫之聞也。

初六の爻辞、行旅の人が猥瑣卑微、これはまさに自ら災禍を取る。《小象伝》は言う、旅して猥瑣は、心志が窮困して災を致すからだ、と。六二の爻辞、行旅の人が旅舎に住み込み、懐に銭財を帯び、また忠貞の童僕を得る。《小象伝》は言う、忠貞の童僕を得るは、終に過失なし、と。九三の爻辞、行旅の人が自分の旅舎を焼き、童僕を失う、正を守っても危厲。《小象伝》は言う、旅して舎を焚くは、傷を受けたも甚だしき、行旅の身をもって下人に対すれば、理に照らせば彼らを失うべし、と。九四の爻辞、行旅の人が落脚の処を得、また斧头銭財を得たが、我が心は痛快ならず。《小象伝》は言う、旅して処あるは、まだ應有の位置を得ざるからだ、資斧を得たは、心がなお痛快ならざるからだ、と。六五の爻辞、雉を射る、一支の箭を失うも、最終に美誉と爵命を獲得する。《小象伝》は言う、終に誉命を獲るは、上の賞識が彼に達したからだ、と。上九の爻辞、鳥の巣が焼かれた、行旅の人は先ず歓笑し後に号咷大哭す、田畔に於て牛を喪失す、凶険。《小象伝》は言う、行旅の身をもって最上に居れば、理に照らせば焚かれるべし、田畔に牛を喪うは、終に告げに来る人なし、と。

旅小亨,旅貞吉者。旅者,客羇旅之稱也。旅人觸目乖阻,困於途路,求容僅存,假道濟通,所通非大,但小亨而已,故旅小亨也。羇旅而得小通,是旅之正吉,故旅貞吉也。

卦辞「旅、小亨、旅貞吉」。「旅」は他郷に客居し羇旅の外にあるの称呼。行旅の人は目に触れるはみな隔閡阻碍で、路途の中に困頓し、ただ身を容れて勉强存活せんを求め、道を借りて暫く通行を得る。通達する範囲は有限で、ただ小さな亨通のみである。ゆえに旅は小亨のみと言う。羇旅の外にありてこの一点の通達を得るは、まさに行旅の道の正当な吉利。ゆえに旅人が正を守れば吉と言う。

象曰:山上有火,旅者。火在山上,因風而起,逐草而行,勢不久留之象也。君子以明慎用刑而不留獄者。旅卦而引斷獄,案六十四卦有文明者多稱用刑。今旅卦有艮止離明,止即審慎用刑,明即不濫不枉,故聖人之意取其明察止審,不妄刑罰,蓋以人命至重。故陽膚為士師,曽子誡之曰:治獄之道,如得其情,則哀矜而勿喜。死者不可復生,斷者不可復續是也。

《大象伝》の言う「山上有火、旅」――火が山上にあり、風勢を借りて燃え起こり、草木を追いかけて蔓延し、形勢上長く停留しない。これはまさに行旅の形象である。「君子以明慎用刑、而不留獄」は、旅卦が断案の事を引出すは、六十四卦の中で凡そ「文明」の象を帯びるものは、多く用刑を講ずるを考察するに基づく。いま旅卦は上下に艮の「止」と離の「明」あり。「止」はすなわち審慎に刑罰を施用し、「明」はすなわち濫殺せず冤枉せず。ゆえに聖人の用意は、それの明察にして審慎、軽率に刑を動かさざるを取る。人命が最も貴重なるがゆえ。ゆえに陽膚が典獄官とならんとする時、曾子は彼を誡めて言う、案件を審理する原則は、もし実情を査清したならば、心に哀愍を懐きて自喜してはならない。人は死ねば復た生きず、肢体は断てば復た接げず、まさにこの意である、と。

初六曰旅瑣瑣,斯其所取災者。瑣瑣,細小卑賤之貌也。處旅之時,最居人下,是卑賤細小矣,故旅瑣瑣也。身處人下,不得所安,有所興為,災禍自至,故曰斯其所取災。

初六の爻辞「旅瑣瑣、斯其所取災」。「瑣瑣」は瑣碎卑微のさま。それは行旅の時に処りて衆人の下に位し、まさに卑賤渺小。ゆえに旅人が猥瑣卑微と言う。それは人の下に身を処り、安身の所を得ず、もしなお興作あれば、災禍は自ずから至る。ゆえにこれは自ら災禍を取ると言う。

六二旅即次,懐其資,得童僕貞者。次是旅店,旅人所居之處也。六二以柔居中得位乘上,即是旅人得其所安,只可店舍而處,故曰旅即次也。處旅行謙,不為剛猛,但有童僕之正,懷來資貨,不慮喪失,故曰懷其資,得童僕貞也。

六二の爻辞「旅即次、懐其資、得童僕貞」。「次」は旅舎で、行旅の人が住宿する処所。六二は陰柔をもって下卦の中に居りて位を得、また初六の上に在る。まさに旅人が安身の処を見出した。ただそれは旅店に住むのみできる。ゆえに旅人が旅舎に住み込むと言う。それは旅途に身を処りて謙遜を奉行し、剛猛を逞しゅうしない。よって忠貞の童僕を得、懐に銭財を帯びても丟失を憂慮する要なし。ゆえに其の資を懐き、童僕の貞を得ると言う。

九三旅焚其次,喪其童僕,貞厲者。九三處下卦之上,上無應,與初二相得,遂欲自尊而施惠於下。當旅之時,不能謙和靜慎,而乃預萌侵權,為君所疑,遂被黜奪,焚其次舍,是喪童僕之正而身危矣,故曰喪其童僕貞厲。

九三の爻辞「旅焚其次、喪其童僕、貞厲」。九三は下卦の最上の爻に処り、上に相応の爻がないのに、初六・六二と相処融治する。ここにおいて自ら尊位に居りて下に恩恵を施さんと欲する。行旅の時に身を処しながら謙和にして静かに謹慎できず、かえって預め権柄を侵奪する心を萌芽する。よって君主に猜疑され、終に罷黜剝奪に遭い、旅舎までも焼かれる。これはすなわち童僕の忠貞を失い自身が危境に陥る。ゆえに童僕を失い、正を守っても危厲と言う。

九四旅于處,得其資斧,我心不快者。九四以陽居陰,即懷謙之道。處旅行謙,雖不得平坦之處,而得用斧之地,謂除荊棘而治次舍以自居之,故曰旅于處,得其資斧也。寄旅求安,不得平坦而得荊棘之地,即其心不樂,故曰我心不快也。

九四の爻辞「旅于処、得其資斧、我心不快」。九四は陽爻が陰位に居り、よって謙遜の道を懐く。それは旅途に身を処して謙遜を奉行し、平坦安適の地を得られなかったが、斧を用いて開闢すべき地を得た――荊棘を砍除し旅舎を修治して自ら居住するを言う。ゆえに落脚の処を得、また斧头を得たと言う。旅途に身を寄せて安頓を求めるに、平坦の地を得られず荊棘の地を得たのみならば、心中自ずから快くない。ゆえに我が心が痛快ならざると言う。

六五射雉,一矢亡,終以譽命者。羇旅之時,不可以處盛位,縱使居之,終不可保。有喻射雉,一矢射之不中而失其矢,雉雖有而終不可得,故曰射雉一矢亡也。然五居文明之中,能審禍福之機,不乘剛而専權,但棄下而恭願奉上,故終美譽而見命也。

六五の爻辞「射雉、一矢亡、終以誉命」。羇旅の外にある時は、本来顕盛の位置を占めるべきではない。たとえ勉强にその上に居っても、終に保てない。ここでは雉を射るを喩える。一支の箭を射出して中らず、徒らにあの箭を失う。雉はそこにあるのに、終に獲られない。ゆえに雉を射て一箭を失うと言う。ただ六五は離体文明の中に居り、禍福の要枢を審察でき、剛爻を凌駕して権柄を專擅せず、ただ下の牽扯を捨棄して恭順に上に在る者に奉事する。ゆえに最終に美誉を贏得し任命を受ける。

上九鳥焚其巢,旅人先笑而後號咷,喪牛于易,凶者。居髙危以為宅,鳥巢之象。旅人最處髙位,眾心所嫉,居嫉害之地,因被侵奪,必致凶塞。得髙位而先笑也,凶禍至而後號咷也,侵奪而似鳥焚巢。牛是稼穡之資,喪失其牛,理在不難。眾所同嫉,物莫之與,危而弗扶,無人以為聞報,無所依託,即傷切甚矣,故於易凶。

上九の爻辞「鳥焚其巣、旅人先笑後号咷、喪牛于易、凶」。それは高く危険な処に住んで自分の居所とする。これはまさに鳥巣の形象。行旅の人が最高の位置を占めれば、自ずから衆人に嫉恨される。人に嫉害される地に身を処するゆえ、人に侵奪され、必ず凶険窘塞を招く。高位を得た時は先ず歓笑し、凶禍が臨頭してから号咷大哭する。人に侵奪されるのはちょうど鳥巣が火で焼かれたがごとし。牛は庄稼を耕種する憑藉で、それが自分の牛を失うのは、情理から言って理解し難くない。衆人がみなそれを嫉恨し、それに相与するを肯じる者なく、それが険に遇うも扶助する人なく、消息を通報してくれる人もなく、依托する所なく、受ける傷害は極めて深切である。ゆえに田畔で牛を喪失して凶と言う。

The original text is in the public domain. The Japanese is a machine-assisted translation of this library’s own Chinese paraphrase, checked against a fixed glossary so that technical terms match the definitions used elsewhere on this site. It is a reading aid and does not replace the original.

Hexagrams in this volume