四庫全書提要
《周易辨録》は明代の楊爵が撰した書である。本書は《欽定四庫全書》経部の第一類に収められ、書名は《周易辨録》と題され、「易類」に属する。以下は…
易経易学典籍
術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。
《周易辨録》,(明)楊爵撰。欽定四庫全書,經部一,周易辨録,易類,提要。
《周易辨録》は明代の楊爵が撰した書である。本書は《欽定四庫全書》経部の第一類に収められ、書名は《周易辨録》と題され、「易類」に属する。以下は四庫館臣の記した提要である。
臣等謹案:《周易辨録》四卷,明楊爵撰。爵字伯修,富平人,嘉靖己丑進士,官至山東道監察御史,以上疏極論符瑞,下詔獄繫七年始得釋,事蹟具《明史》本傳。其書前有自序,題嘉靖二十四年乙巳,蓋即其與周怡、劉魁等在獄中講論所作,故取《繫辭》困徳之辨一語為名。《明史》本傳作《周易辨說》,其名小異,然《藝文志》仍作《周易辨録》,蓋刊本字誤也。
臣らは謹んで考订した:《周易辨録》は全四巻で、明代の楊爵の撰である。楊爵は字を伯修といい、陜西富平の人で、嘉靖己丑年に進士に及第し、官は山東道監察御史に至った。彼は上疏して朝廷の祥瑞・符命を崇信する説を痛烈に駁したため、詔獄に投じられ、七年間繋がれてようやく釈放された。生平の事跡は《明史》本伝に記されている。この書の巻首には自序があり、嘉靖二十四年乙巳と題されている。すなわち周怡・劉魁らとともに獄中に囚われ、互いに《周易》を講論した際の作であり、ゆえに《繋辞伝》の「困は徳の辨なり」という一句を取って名付けたのである。《明史》本伝では書名を《周易辨説》と作し、やや異なるが、《芸文志》は依然《周易辨録》と作しており、刊本の文字の誤りであろう。
所釋惟六十四卦,每卦惟載上下經卦辭,然其訓解則六爻及《彖傳》《象傳》皆兼及之,特不列其文耳。其說多以人事為主,頗剴切著明。蓋以正直之操,處杌■〈揑,木代扌〉之會,幽居遠念,寄託良深,有未可以經生常義律之者。然自始至終無一字之怨尤,其所以為純臣歟。乾隆四十四年八月恭校上。
この書が解釈するのは六十四卦のみで、各卦には《上経》《下経》の卦辞だけが録されているが、その訓解は六爻の爻辞および《彖伝》《象伝》をも併せて論じており、ただそれらの原文を改めて抄録しないだけである。その説は多く人事に立脚し、きわめて肯綮にあたり明白透徹している。これは彼が正直の節操をもって「杌陧」――すなわち国勢の危殆不安な時局――に身を処し、幽囚の中で国事を深く思い、寄托がきわめて深かったからで、一部は通常の経生の解経の常規では律しきれないところがある。しかし全書を通じて怨恨・責怨の言辞は一字もなく、まさにこれが彼の純臣たる所以であろう。乾隆四十四年八月、恭しく校订して献上する。
周易辨録原序
予久蒙幽繫,自以負罪深重,憂患驚惕之念,即夙夜而恆存也。困病中日讀《周易》以自排遣,愚昧管窺,或有所得,則隨筆之以備遺忘。歲月既久,六十四卦之說畧具矣,因名曰《周易辯録》。《繫辭》曰:「困,徳之辯也。」吾以驗吾心之所安、力之所勝何如耳。若以為實有所見而求灋於古人焉,則吾死罪之餘,萬萬所不敢也。楊爵書。
私は長く幽囚の身を蒙り、自ら負う罪責は重いと思い、憂患・驚惧の念が日夜心の中にあった。困頓・病苦の中で、毎日《周易》を読んで自らを慰めた。愚昧浅陋な一孔の見ではあるが、時折領会することがあれば、後日の忘却を防ぐため随筆で記した。日が経つにつれ六十四卦の解説がほぼ整い、そこで《周易辨録》と名付けた。《繋辞伝》に「困は徳の辨なり」とある。私はただこれを借りて、自分の心がどこまで安んじられるか、力がどこまで担えるかを試したにすぎない。もし私に真に見識があり、古人に定法を求め得ると言うならば、それは死罪を負い幸いにも苟且に生きながらえたこの身が、決して敢えて当てはまることではない。楊爵記す。
周易辨録巻一
欽定四庫全書。周易辯録卷一。(明)楊爵撰。
以下は《欽定四庫全書》本《周易辨録》巻一、明代の楊爵(字は伯修)の撰である。
乾卦(乾下乾上)
乾:元亨利貞。
《乾》の卦辞はいう:乾道は元・亨・利・貞の四つの徳性を備えている。
乾卦擬天純陽不已之義也。元亨利貞,乾之徳也。分而言之有四,合而言之一元而已。氣始動為元,流行為亨,以變則變、以化則化為利,機藏於靜,其動而為元亨利者皆具於此,為貞。乾之四徳,一誠可以盡之矣。《易》有聖人之道四焉:以言者尚其辭,以動者尚其變,以制器者尚其象,以卜筮者尚其占。然必尚辭、尚變、尚象,而後可以語尚占也。故筮者,易中之一義,必配之以道而後可用也。《繫辭》曰:「吉凶者,得失之象也。」自《坤》而至《未濟》,雖情偽萬變,莫不以合此天道而為得為吉,戾此天道而為失為凶也。悔吝無咎,亦即其得失淺深而言之也。
《乾》卦は天に象を取り、純陽の気が運行して止まらない理を説く。「元・亨・利・貞」は乾の徳性で、分けていえば四つ、合わせていえばただ一つの「元」にすぎない。気が動き始めるのを「元」といい、通暢して流れ行くのを「亨」といい、変ずべきときに変じ、化すべきときに化して各々その宜を得るのを「利」という。この動きの機が静に収蔵され、発動して元となり亨となり利となるものがすべてその内に完備して含まれるのを「貞」という。乾のこの四つの徳性は、「誠」の一字で言い尽くせる。《周易》には聖人の道が四条含まれている:それをもって言を立てる者は卦爻辞を重んじ、それをもって行動する者は爻の変を重んじ、それをもって器物を作る者は卦象を重んじ、それをもって卜筮する者は占断を重んじる。しかし必ず先に辞を重んじ、変を重んじ、象を重んじて、それから初めて占を重んじることができる。ゆえに占筮は《易》の一層の意にすぎず、必ず義理を添えてこそ用いることができる。《繋辞伝》に「吉凶は得失の象なり」という。《坤》卦から《未済》卦まで並べてみると、人情・事変は真偽万端で変化は窮りないが、いずれもこの天道に合致すれば「得」であり吉となり、背けば「失」であり凶となるにほかならない。「悔」「吝」「无咎」に至っても、また得失の深さの度合いに応じて分けて言うだけである。
大哉乾元,為萬物所資以始,匪特資之以始也,非乾元則不能有終矣。故亨也者,亨此元也;利也者,利此元也;貞也者,貞此元也。一理流行而用各不同,隨其所至之善而名之耳。在人則為仁義禮智,而仁則無所不包,發而為惻隠、羞惡、辭讓、是非,而惻隠則無所不貫。雲行雨施,品物流形,天命之不已,而所以為亨也。上天之載,無聲無臭,雲雨品物顯於聲臭,形而下之器也,必有形而上之道焉。大明終始,會乾道之一本也;六位時成,識乾道之萬殊也,生而知之也。時乗六龍以御天,非行六龍,由六龍行,安而行之也。聖人窮理盡性以至於命,乾卦性命之理,畫前之易,聖人先得之矣。
偉大なりや乾元!万物は皆これに依って初めて始まりを得る。始まりを得るだけでなく、乾元なくしては万物は終わりをも得られない。ゆえに「亨」とはこの「元」を通達せしめることであり、「利」とはこの「元」を各々その宜を得させることであり、「貞」とはこの「元」を正固に帰せしめることである。同一の理が流行して作用がそれぞれ異なるのは、ただそれが至った層の美に随って名付けたにすぎない。人の身においては仁・義・礼・智として表れ、「仁」は包まないものなく、発すれば惻隠・羞悪・辞譲・是非の四端となり、そのうち惻隠の心がまた残り三者を貫いている。《彖伝》のいう「雲行雨施、品物流形」は、まさに天命が運行して止まらないゆえに「亨」と称するのである。《詩経・大雅・文王》に「上天の載、声なく臭なし」とあり、雲雨と万物が聞き見える形跡として現れるのは「形而下」の器であり、器の背後には必ず「形而上」の道がある。「大明終始」は乾道が同一の源に出ることを領会すること、「六位時成」は乾道が千差万別に分化することを認識することで、これは生まれながらに明らかな境界である。「時に六龍を乗りて以て天を御す」とは、聖人が六龍を駆り立てるのではなく、六龍の自然の運行に順うこと、すなわち从容安然としてそれを践履することである。聖人は事理を窮め、本性を尽くして天命に通ずるに至る。《乾》卦の説くところはまさに性命の理であり、卦を画く以前から存在した易理で、聖人が一足先にそれを悟ったのである。
乾道變化,由動極而向於靜之始,利之義也。萬物各得其性命之正,而保合太和,為靜之極,貞之義也。聖人之徳首出庶物,以神道設教於上,猶乾道變化也;萬國咸寧,猶萬物各正性命而保合太和也。元亨者,顯諸仁也;利貞者,藏諸用也。聖人過化存神,上下與天地同流者也,故配合而迭言之。
「乾道変化」は、動きが極まって静に転ずる始まりで、これが「利」の義である。万物が各々その性命の正を得て、保ち合わせて最も和らいだ状態に聚まるのは静が極まることで、これが「貞」の義である。聖人の徳は超然として衆人の上に先んじ、神妙な天道をもって上位で教化を施すのは、乾道の変化のごときである。《彖伝》に「万国咸に寧し」というのは、万物が各々性命を正しくして太和を保合するがごときである。「元・亨」は仁徳を顕出させること、「利・貞」は作用を収蔵することである。聖人の経過する所では人は自ずから感化され、その存養する心地は自ずから神妙に測り難く、上下は天地と同一に流行する。ゆえに《彖伝》は天道と聖人とを配合して交互に言うのである。
兩乾相繼,天行健之象也。君子法天行健之象而以自強不息焉,以義理勝私邪而能要之以有終也。所謂仁以為己任,死而後已,非天下之至強,其孰能與於此,即孔子嘆所未見之剛者也。為私邪所制而間隔其義理之心,則懦夫而已矣。自強不息,君子入聖之功也。勉勉循循,持之以敬畏,假之以歲月,勿忘助之不已,則與至誠無息之聖同歸矣,此欲從末由之際功夫也。
上下二つの乾卦が重なるのは、まさに「天行健」の卦象である。君子は天の運行が剛健にして息まない象に倣い、よって自ら強めて息まず、義理をもって私欲・邪念に勝ち、しかも最後まで持ちこたえることができる。曾子のいう「仁を己の任とし、死して後已む」は、天下最も剛強な者でなければ誰ができよう。これもまた孔子が見たことがないと嘆いた「剛」である。もし私欲・邪念に制され、心中の義理を隔絶すれば、それはただの懦夫にすぎない。自ら強めて息まないことは、君子が聖境に入る工夫である。勤勉不懈・循序漸進し、敬畏の心をもってそれを守り、長い歳月をもってそれを成し遂げ、忘れず、また苗を引き抜いて助長せず、このように持続して止まなければ、「至誠息まず」の聖人と殊途同帰できる。これはまさに顔淵のいう「従おうと欲すれど手の施しようがない」というとき、最も下すべき那一段の工夫である。
初九以乾剛得正,處最下草澤中,居仁由義之俊傑,為龍之潛藏而未見之象也。在國曰市井之臣,在野曰草莽之臣,皆謂庶人。徳未上孚,人未見知,而欲求用,則失身而無以正天下,君子不為也,故勿用。舜之側微,伊尹耕莘,說築傅巖,孔子待價,孟子不見諸侯,皆此道也。乾之時固不可以言否,而在君子一時一事未能遂所願,則亦否之義也。《象》曰:「潛龍勿用,陽在下也。」陽言龍,而下言勿用之義也。
初九は乾の剛健の徳をもって正位に居るが、全卦の最下に処し、ちょうど草野・水沢の中に身を置き、仁に安んじ義に行う杰出した人材で、まさに龍が潜伏して隠れ、未だ現れない象である。このような人は都城では「市井の臣」と呼ばれ、郷野では「草莽の臣」と呼ばれ、いずれも官位のない平民をいう。徳行がまだ君王に上達して信任を得ておらず、人もまだ彼を知らない。このとき急いで任用を謀れば、それは自ら身分を失い、かえって天下を正す由なく、君子はやらない。ゆえに爻辞に「用うる勿れ」という。虞舜は微賤の出であり、伊尹は有莘の野で耕し、傅説は傅岩で築壁の労役に服し、孔子は買い手を待ち、孟子は自ら諸侯に見えようとしなかった。皆この道を行ったのである。《乾》卦のこの時は本来《否》卦のような閉塞を言うに足らないが、君子にとって一時・一事がその願いに叶わなければ、「否」の意を帯びる。《象伝》に「潜龍用うる勿れ、陽下に在るなり」という。「陽」というのは龍のごとき資質を指し、「下に在る」というのはなぜ「用うる勿れ」なのかを釈するのである。
九二乾剛得中,善莫善於此徳也。位初九之上,則離於潛隠而名實顯著,聞其風而興起者宜亦多矣。始脫深藏之跡,未履明顯之位,為龍見在田而光澤耀世之象也。以此徳而處此地,君未嘗不欲其輔己以有為也,民未嘗不望其興道以致治也。天之生此民也,使先知覺後知,使先覺覺後覺,九二天民之先覺者也,以斯道而覺斯民,乃其責任也。故利見九五之大人,相與有為而成正大光明之業,則性分之理盡而事天之道得矣。
九二は乾の剛健の徳を備えしかも下卦の中位に居り、徳性はこれより良いものはない。その位置は初九の上にあり、すでに潜伏・隠蔵の状態を脱し、名声と実徳とが顕れ出て、その風範を聞いて奮起して倣う者は多いはずである。深く蔵して露わにしなかった行跡を脱したばかりで、まだ顕要の職位には登っていない、まさに龍が田野に現れ光輝が世間を照らす象である。このような徳をもってこのような位に処れば、君主で彼に補佐して事業を成させたいと願わぬ者はなく、百姓で彼に正道を興し治世をもたらしてほしいと望まぬ者はいない。天がこれらの百姓を生んだのは、先に理を知った者に後に知る者を導かせ、先に覚った者に後に覚る者を喚起させるためであり、九二はまさに天生の百姓の中で先に覚った一人で、この道をもって天下人を喚起するのは本来その責任である。ゆえに爻辞に「大人を見るに利し」という――九五のごとき大人を見るに利あり、君臣が互いに配合して作為をなし、正大光明の事業を成就する。こうすれば天性中に本有の道理が尽くされ、天に事える道も得られるのである。
九三乾剛得正之君子也,知義理之所在而慷慨以為之者也。以其過剛不中,強毅果敢之氣有餘,而從容委曲之風不足,能以義為質,而於禮行遜出之道或未盡也。然質本乾剛,識未嘗不明也,力未嘗不強也,知其性質之偏而勇於克勵者,又其所能也,故終日乾乾而夕猶惕若,幾於自強不息矣。下不在田,則或疑于田矣;上不在天,則或疑於天矣。好剛自是,一念之差而不自克,則或流於剛惡不自知。所處之地、所稟之資皆危厲之階也,而致曲之功罔敢自怠,故得無咎。惟其為九三也,故不能無過;惟其不安於九三也,故能補過。
九三は乾の剛健の徳を備えて正位に居る君子で、義理のある所を明らかにすれば慷慨してそれを行う。それが剛強に過ぎて中位に居らないため、剛毅果敢の気魄は余るが、从容婉転の風度は足りない。義をもって立身の本質とすることはできるが、礼に依って行い謙遜退譲する面ではなお足りないかもしれない。ただしその資質は本来剛健で、見識は明らかでないことなく、力量は強劲でないことなく、自らの性情の偏りを知って勇んで克制・磨練することができるのもまた彼のできるところである。ゆえに終日勤勉して懈らず、夜になっても警惕・戒惧し、自ら強めて息まないことに近づく。下は九二の「田」の位にいないので、田にありながら田にあらざるごとく、上は九五の「天」の位にいないので、天に近づきながら未だ天に至らざるごとく見える。もし一途に強さを誇り自ら是とし、一念の差で自ら克制できなければ、剛愎の悪徳に流れて自ら全く覚らないことになりかねない。彼の処する地位・禀受する資質はいずれも危険への階梯であり、まさにこのゆえに彼は細微な所から工夫し一点の懈怠も敢えてせず、ゆえに過ちなくあり得るのである。まさに彼が九三であるがゆえに全く過失なしとはいえず、またまさに彼が九三の偏りに安んじないがゆえに過失を補救し得るのである。
《象》言反復道,無終食之間違仁,造次必於是,顛沛必於是也。《文言》曰行事,則無事而不乾乾也;曰與時偕行,則無時而不乾乾也。用力之實,則忠信以進徳、修辭立誠以居業也。不能先知之,則未有能行之者也,故曰知至至之,可與幾也;知終終之,可與存義也。知義理之至而求以至之,則察之極其精,故可與幾,所謂始條理者智之事也;知義理之終而求以終之,則措之無不當,故可與存義,所謂終條理者聖之事也。即《大學》格物致知、誠意正心,《中庸》明善誠身,堯舜禹惟精惟一、允執厥中也。千古聖賢之學問,聖人於此爻發之盡矣。
《象伝》が九三に「道を反復するなり」というのは、《論語》のいう食事一膳の工夫も仁に違わず、倉卒の間に必ずそれを守り、顛沛流離のときも必ずそれを守ることである。《文言伝》に「事を行う」というのは、何事をなすにも勤勉不懈であること、「時と偕に行う」というのは、いかなるときにも勤勉不懈であることである。真に着力する実処は、「忠信をもって徳を進め」「辞を修めて其の誠を立てて以て業に居る」である。凡そ予め道理を明らかにできない者で真に実行できる者はいない。ゆえに《文言伝》に「至るを知りて之を至らしむれば、与に幾を言うべし。終わるを知りて之を終わらしむれば、与に義を存すべし」という。義理の極致のある所を知ってそれに達せんと力求めれば、体察は極めて精微となり、よって彼と事機の隠微を論じることができる。これが孟子のいう「条理を始める者は智の事なり」である。義理の帰宿のある所を知ってそれを完成せんと力求めれば、処置して妥当でないことなく、よって彼とともに義理を持守できる。これが「条理を終わる者は聖の事なり」である。これすなわち《大学》の格物・致知・誠意・正心、《中庸》の明善・誠身、および堯・舜・禹に伝わった「惟精惟一、允に厥の中を執れ」である。千古の聖賢の全ての学問を、聖人はこの一爻の中に既に発揮し尽くしている。
龍之在淵,時未可出則蟄以潛身,時可以出則躍而向天。九四以乾剛之徳,離下乾之上,處上乾之下,是龍不逺乎淵而出於淵矣,未至於天而向乎天矣。攝九五之事而未履其位,可以躍而不遽躍,故為或躍。處躍之道,四已曲盡之矣,其以剛處柔而善用其剛矣。《象》言進無咎,以其能或而於進之之道為無咎也。《文言》曰自試也。試猶考驗也,驗之於天而天與之,驗之於人而人歸之,非聖人先有姑試之心。以天人交與,驗己於天位,終不容以固辭也。進無咎,言其道之盡善也;自試,言其心之無私也。
龍が深淵に居るとき、時機が未だ出られなければ蟄伏して身を蔵し、時機が出るべきならば騰躍して天に向かって飛ぶ。九四は乾の剛健の徳を憑り、下卦乾の頂点を離れて上卦乾の最下に処する。まさに龍が深淵を離れて遠からず、しかし既に深淵を出て、天に至らないが既に天に向かっている。九五の事務を代理しながら未だその位に登らず、騰躍はできるが急いで騰躍しない。ゆえに「或いは躍る」という。この「躍」の時位に処してどうすべきか、九四は既にその妙を尽くしている。これは剛健の質をもって柔位に居り、自らの剛強を善く運用するものである。《象伝》に「進みて咎なし」というのは、彼が「或」の一字の余地を留め得て、進取の道において過ちをなさないからである。《文言伝》はこれを「自ら試みる」という。「試」は考験である:天に持って行って験して上天が認め、人に持って行って験して人心が帰附するのであって、聖人が事前に姑く試してみるという念を存したのではない。天意・人心が一斉に推し与えるため、自らを天子の位に置いて験せば、最終的にも固く辞退することは許されない。「進みて咎なし」はその行事の道が尽善であることをいい、「自ら試みる」はその存心に私意が毫もないことをいう。
乾道乃革,言離下而上,改革之際,變而通之之時也。義理所在,順適而一之。辭一芥而不知其為小為輕,受天位而不知其為大為重,無意必固我之心也。惟其下不在田、中不在人,故進而上亦可也;惟其上不在天,故退而下亦可也。所以上下無常者,非乾天位而有覬覦之邪心也;所以進退無恆者,非欲離群類而出乎其上也。葢君子進徳修業,預察於義理之至精,而所處契於時中之道也。改革之際,間不容髮,精微之極,非聖人不能盡也。舜避堯之子,禹避舜之子,皆或之義也,舜禹之進斯無咎矣。否則居其宮而逼其子,為突如來如、焚如死如而無所容矣,咎孰大焉。不欲遽進而終不能以不進,事天之外無容心也。或之一言,所以立君臣之大防,而為萬世之慮深逺矣。
《文言伝》に「乾道乃ち革まる」というのは、九四が下卦を離れて上卦に入り、まさに改革の関頭にあたり、変通の時であるという。義理がどこにあれば、それに順応して一つに合する。小草一本を辞退するのも、それを小事・軽いと感じない。天子の位を受けるのも、それを大事・重いと感じない:心に臆測・期必・固執・自我が一点もない。まさに彼が下は九二の「田」位にいず、中に居って人の位にいないがゆえに、上に進取してもよい。まさに彼が上は未だ九五の「天」位にいないがゆえに、下に退いてもよい。いわゆる「上下常なし」とは、天子の位を奪おうと覬覦の邪念を起こしたのではなく、いわゆる「進退恒なし」もまた同類を離れて衆人の上に凌駕しようとするのではない。大抵君子が徳を進め功業を修治するには、事前に義理の最も精微な所を明白に見て、ゆえに処する位が時に応じて中を得る道に契合する。改革の関頭には中に髪一本も容れず、精微に極まり、聖人でなければ徹底できない。虞舜が堯の子丹朱を避け、大禹が舜の子商均を避けたのは、皆この「或」の字の義であり、舜と禹はこうして再び進んでも過ちがない。さもなければ人の宮室に住み人の子を逼せば、《離》卦九四のいう「突如として来たり、焚くがごとく、死すがごとく」のような身を容れる所なき局面となり、これより大きい罪があろうか。すぐには進みたくなくても、最終的には進まざるを得ないのは、天に事えること以外に存心がないからである。「或」の一字は、まさに君臣の間に大いなる防線を立て、万世の長遠のために深く遠く考慮したものである。
九五以乾剛中正之徳,居上卦之中,是聖人位乎天位,因時立制以化成天下,知龍飛於天,騰雲雨以澤潤下土之象也。其曰利見大人,則闢四門、明四目、達四聰,君道之作用,勢莫急於此矣,聖人垂訓之意逺矣哉。堯以不得舜為己憂,舜以不得禹皋陶為己憂,皆是心也。九二在下修身而見於世之大人也,雖徳施巳普、所過必化而未為時用,九五見之而弘治化乃其利也。人主以論相為職,必虛巳忘勢而君子始樂為所用也,否則謂人莫巳若而不足以有為矣。
九五は乾の剛健・中正の徳を備え、上卦の中位に居り、これは聖人が天子の位に処し、時勢に随って制度を建立して天下を教化成就するもので、これが龍が天に飛び雲雨を起こして大地を潤す象であることが知られる。爻辞に「大人を見るに利し」というのは、《尚書・舜典》のいう四方の門を開き、四方の事を明らかに見、四方の言を通じて聴くことである。君道の運用において、形勢上これより急迫なものはなく、聖人がこの訓诫を留めた用意は実に深遠である。堯は舜を得られないことを己の憂いとし、舜は禹と皐陶を得られないことを己の憂いとした。皆この一心である。九二は下位にあって自身を修養し既に世に名を顕した大人で、徳沢の施行は既に普遍し至る所必ず人心を感化できるが、まだ当世の君主に任用されていない。九五が彼を見て教化の功を拡大する、これこそ九五の「利」である。君主たる者は品評・選任の輔相を本職とし、必ず心を虚しくして自らの権勢を忘れてこそ、君子は喜んでその用に供する。さもなければ人は皆己に及ばないと自任すれば、作為をなすに足らない。
上九徳則乾之極也,位則上之極也。以此徳而處此地,則過於上而不能下,龍之亢飛於上而不知蟄以潛身之象也。昧於消息盈虛之理、進退存亡之道,時已極而不知變,則與時偕極矣。盈滿既久,窮災不免,顛覆之凶其將至矣,故有悔,悔自吉而向凶也。伊尹曰:「臣罔以寵利居成功。」周公曰:「茲予其明農哉。」知進退存亡而處之以道矣。
上九は、徳性においては乾徳が極まり、位置においては上位が極まったものである。このような徳をもってこのような位に処すれば、上に居り過ぎて自ら下に処することができず、まさに龍が高く飛び上がって蟄伏・蔵身を知らない象である。彼は消長・盈虚の道理、進退・存亡の分寸を明らかにせず、時勢が既に尽きたのに変通を知らなければ、時勢とともに窮尽する。盈満が既に久しければ、窮困・災禍は免れず、傾覆の凶が近づく。ゆえに爻辞に「悔あり」という――「悔」は本来吉から凶に転ずる信号である。伊尹はいう:「臣子たる者、寵幸・利禄を憑って已成の功業に占まるなかれ」と。周公はいう:「ここより私は事理を明らかにする農夫とならん」と。これが進退・存亡を知り、道に依って自らを安頓するものである。
用九,六陽皆變而為陰也。首者,先之義也,陽剛不為物先,則群龍無首之象也,如是而可吉也。坤之義,地道也,臣道也,妻道也;用九之義,天道也,君道也,夫道也。特事有可以用柔者,而乃為善用其剛也。聖人以天下之才徳為才徳,以天下之聰明為聰明,其才徳聰明始高出於億兆人之上矣。以堯舜之至聖,而用人施政必諮於四嶽九官,而舍己從人以為徳。天道下際而光明,必如是始合於天則而天下治矣。否則自有肺腸、自獨俾臧,自蔽其耳目而妄行,以治亂矣。
「用九」とは、六つの陽爻がすべて陰爻に変わることである。「首」は先頭に立ち、先んじる義である。陽剛にして事物の前頭に立たないのが「群龍首なし」の象で、こうしてこそ吉を得られる。《坤》卦の意義は地道・臣道・妻道であり、「用九」の意義は天道・君道・夫道である。ただある事柄は本来柔順の方式で処理すべきものがあり、それはまさに自らの剛強を善く運用することである。聖人は天下人の才徳を己の才徳とし、天下人の聡明を己の聡明とする。その才徳・聡明はこれこそ真に億万人の上に高出する。堯・舜のような至高の聖徳をもってしても、用人・施政には必ず四岳と九官に諮問し、己見を捨て衆人に従うことを美徳とした。天道は下に臨んで普く光明を照らすが、必ずこのようであってこそ上天の法則に合し、天下は治められる。さもなければ独自の心腸を存し自らのみを是と見なし、自らの耳目を蒙蔽して胡乱に行えば、治めるべき天下を乱世にしてしまう。
元為善之長,亨為嘉之會,利為義之和,貞為事之乾,天命之謂性也;體仁足以長人,嘉會足以合禮,利物足以和義,貞固足以乾事,率性之謂道也。命與性一也,降自天為命,具於人為性;性與道一也,綂於心為性,見於行為道,體用一原,顯微無間也。
「元」は衆善の首領、「亨」は衆美の会合、「利」は義の調和、「貞」は事をなすの骨干である。この一層が説くのはまさに《中庸》のいう「天命のこれを性と謂う」である。「仁を体して以て人を長とするに足り、嘉会して以て礼に合するに足り、物を利して以て義に和するに足り、貞固にして以て事を幹すに足り」、この一層が説くのはまさに《中庸》のいう「性に率うのこれを道と謂う」である。天命と本性はもともと一つの事である:上天から降るのを「命」といい、人の身に具わるのを「性」という。本性と道もまた一つの事である:心に統摂するのを「性」といい、行為に表れるのを「道」という。本体と作用は同一の根源に出て、顕著と隠微の間に隔閡はない。
乾之元,於時為春,於人為仁,而為眾善之長。仁義禮智皆善也,而仁綂乎義禮智,長之義也。亨,於時為夏,於人為禮,而為眾美之會。一事一節之合道,可以言嘉,而不可以言嘉之會;禮則品節文章,燦然秩然,眾理聚會而無不備。《說卦》以離為南方之卦,萬物皆相見,亦此義也。利,於時為秋,於人為裁成斷制,所行合宜而從容中節也。貞,於時為冬,至理歸藏,隨在各足;於人為智,知正道而固守之也。知正道而固守之,智之實,豫之義也,事豫則立,故為事之乾也。
乾の「元」は四時では春に属し、人の身では「仁」であって、ゆえに衆善の首領である。仁・義・礼・智は皆善であるが、「仁」は義・礼・智を統摂できる。これが「首領」の義である。「亨」は四時では夏に属し、人の身では「礼」であって、ゆえに衆美の会合である。一事・一環節が道に合するのは「嘉」と呼べても「嘉の会」とは呼べない。「礼」は品級・節度・条文・儀章が一々粲然と秩序立ち、衆多の道理が一処に会聚して備わらないものがない。《説卦伝》が離卦を南方の卦とし、万物ここに至って皆互いに相見るというのもこの義である。「利」は四時では秋に属し、人の身では裁断・処置であり、なす事が合宜で从容して中節する。「貞」は四時では冬に属し、至理が収まり潜蔵して随処に自足して具備する。人の身では「智」であり、正道を認めて牢く守る。正道を認めて牢く守るのは「智」の実処であり、また「予め備える」の義でもある。《中庸》に「凡事は豫すれば則ち立つ」という。ゆえに「貞」は事をなすの骨干である。
體仁與天地萬物為一體,君徳備矣,故足以長人。嘉其所會,好之既篤,行之必至,故足以合禮。嘉猶《書》言惟予一人汝嘉之義也。物各有則,因物付物,使之各得其所,利物也;利物則處得時措之宜,而於義無所乖矣,程子言處物為義者是也。不貞固則不能信以成之,而不誠無物矣,安能立事,故貞固足以乾事。元亨利貞,乾之四徳也,非君子體仁義禮智之深者,不足以行此四徳。君子其可以配天乎,故曰乾元亨利貞。
仁をもって自らの身体とし、天地万物と一體に合すれば、君長たるの徳が完備し、ゆえに衆人の長に居ることができる。自ら会合する礼を赞美し、好むこと既に深ければ、実行して必ず到位し、ゆえに礼に合することができる。この「嘉」は、《尚書・洛誥》の「惟れ予一人に汝嘉れ」の「嘉」の字のごときである。万物は各々その法則を有し、事物そのものに順って事物に対し、それらを各々その所を得させる。これが「物を利す」である。物を利し得れば、処置して時に応じ施設の分寸に合し、「義」に一点の違背もない。程頤のいう「物に処るを義と為す」はまさにこの理である。正を守り固持できなければ、誠信をもって事を成し遂げることはできず、「誠なければ物なし」であれば、どうやって事業を立てられよう。ゆえに「貞固にして以て事を幹すに足り」という。元・亨・利・貞は乾の四徳であり、仁・義・礼・智を深く体認した君子でなければこの四徳を実行するに足らない。君子がこうあれば、天と配することができるだろう!ゆえに《乾》卦の卦辞に「乾、元亨利貞」という。
乾元綂天,言元包乎亨利貞也。乾元者始而亨,言乾元與亨利貞流行而為一矣。亨之後為利,利之後為貞,四徳一理也。始而亨亦性情也,必於利貞言性情,主靜者四徳之義,天地萬物之理皆如此。《復》卦以一陽始生見天地之心,則動而用也;此以利貞為性情,則靜而體也。其實心與性情貫體用動靜而無不在也。一理始動,洋洋乎發育萬物,是乾始能以美利利天下矣。然但言利而不言其何所利,言何所利則有限而狹小矣;不言所利,見其無所不利矣,乾始之功大矣哉。
《彖伝》に「乾元天を統べる」というのは、「元」が亨・利・貞をその中に包んでいるということである。《文言伝》に「乾元とは始めて亨るなり」というのは、乾元が亨・利・貞と一路に流行して一體に合することである。亨の後は利、利の後は貞で、四つの徳性は同一の道理にすぎない。「始めて亨る」も性情に属するが、必ず「利貞」においてこそ「性情」と言うのは、静を主とするのが四徳の根本義で、天地万物の道理は皆こうだからである。《復》卦は一陽の初生において天地の心を見出したが、あれは動く所において作用を講じたものである。ここで「利貞」を性情とするのは、静の所において本体を講じたものである。実は心と性情は体・用・動・静を貫通し、在らない所がない。一つの道理が動き始めれば、浩々として万物を生養する。これが乾元が万物を開創し、美しい利益をもって天下を利する所以である。しかし《文言伝》はただ「利」と言うのみで利のある所を言わない。一旦利のある所を指し明かせば限量があって狭小になるからで、利する所を言わないからこそ、まさにそれが利さない所なしと見えるのである。乾元が万物を開創する功用、実に偉大である!
大哉乾乎,剛健中正純粹精也。剛健之徳,其體不偏不倚,其用無過不及,則極於中正矣;中正則純然粹然而無不精矣,非中正之外復有所謂純粹精也,七字之義,中正二字可以盡之。剛健中正純粹精,猶言大徳之敦化也;六爻發揮,猶言小徳之川流也。葢時見而見,時潛而潛,此理也;可上而上,可下而下,亦此理也。無時無處而非剛健中正純粹精之作用也,其六爻之發揮曲盡而無餘蘊矣。聖人時中之道與乾道脗合而無二者也,其繼天出治,無非以六陽旁通之理而時出之,所謂時乗六龍以御天也。雲行雨施而天下平,則治化格天而萬國咸寧也。
《文言伝》に「大なるかな乾や、剛健中正にして純粋精なり」という:剛健という徳性は、本体においては偏らず倚らず、作用においては過ぎず及ばざらず、それで「中正」の極致に達する。中正し得れば、自ずから純然・精粹にして精微ならないことなく、中正の外に別にいわゆる「純粋精」があるのではない。この七字の義は「中正」の二字で言い尽くせる。「剛健中正純粋精」は《中庸》のいう「大徳敦化」のごとく、「六爻発揮」は「小徳川流」のごとし。大抵顕るべきときに顕れ、潜蔵すべきときに潜蔵するのがこの道理であり、上進すべきときに上進し、退下すべきときに退下するのもまたこの道理である。一時・一処も剛健中正純粋精が作用しないことはなく、六爻の発揮は既にそれを曲折・詳尽に講じ余蘊を留めない。聖人が時に応じて中を守る道は乾道と吻合して異ならない。彼が天命を承継して出て世を治めるのは、六つの陽爻が互いに貫通する道理を時機に応じて施用するにほかならない。これがいわゆる「時に六龍を乗りて以て天を御す」である。「雲行雨施」にして天下太平なのは、教化の功が上天に感通し、ゆえに「万国咸に寧し」である。
坤卦(坤下坤上)
坤:元亨,利牝馬之貞。君子有攸往,先迷後得主利,西南得朋,東北喪朋,安貞吉。
《坤》卦の卦辞はいう:坤は元始に亨通し、母馬のように柔順に正を守るのに利しい。君子が往く所あれば、先んじれば迷い、後に居て従えば得る所があって利を主とする。西南に往けば朋類を得、東北に往けば朋類を喪う。正道に安んずれば吉。
坤者,順而有常之意。操順而冇常之徳,以應天下之故,安往而不元亨。牝馬之貞,即順而有常之徳也,故以為利。君子之有所往也,以先則迷,能後則得而主乎利焉;西南則得朋,東北則喪朋,必至於安貞而與道為一斯可矣。此皆牝馬貞之意,而所以致元亨也,故吉。元亨者,言其通變宜時而應用之不窮也;吉則徳盛業廣而事成矣。
「坤」は柔順にして常規ある義である。柔順にして常規ある徳性を持守し、これをもって天下の種々の事変に応じれば、どこに行って元始に亨通しないことがあろうか。「牝馬の貞」はまさに柔順にして常規ある徳性で、ゆえにこれを「利」と称する。君子が往く所あるとき:先んじれば迷い、後に居て従えば得る所があって「利」を主とする。西南に往けば朋類を得、東北に往けば朋類を喪う。必ず正道に安んじて道と一つに合してこそ到位である。これらは皆「牝馬の貞」の義であり、またまさに「元亨」を招く缘由で、ゆえに「吉」という。いわゆる「元亨」は、その権変に通達し時宜に合して運用が窮りないことをいう。「吉」と言うに至っては、徳業が盛大にして事が成ったことである。
坤之為用,贊相乎乾而不自作,地道也,妻道也,臣道也。先則踰理失分,凌犯於上,而為天理所不容,迷孰大焉,臣無有作福作威玉食者,而後則得。孟子告滕文公為國之道,兼舉三代井田學校之制,期以新其國而為王者師;答畢戰則告之以分田制祿之法而已。主利者,臣職之一事,地道長養萬物之義也,主於利而應用當其可,則亦利中之義也。
坤の作用は乾を輔佐して自ら主張しないこと、これが地道・妻道・臣道である。先んじるのは条理を越え本分を失い、上位の者に凌犯することで、天理の容するところではない。これより大きい迷惑があろうか。《尚書・洪範》に臣子たる者は擅りに賞を行い、擅りに威を逞しくし、擅りに美食を享用してはならないという。ゆえに後に居て従うのみしてこそ得る所がある。孟子が滕文公に治国の道を告げたとき、夏・商・周三代の井田と学校制度を併せ挙げ、その国を一新して自ら王者の師となることを期した。畢戦の問いに答えるに至っては、ただ田を分かち俸禄を定める具体的办法を講じたにすぎない。いわゆる「利を主とす」は臣子の職分中の一事で、すなわち大地が万物を長養する義である。利を主として運用が適切に至れば、それもまた「利」の中に応にある義である。
西南坤方,居易俟命,順坤道也;東北艮方,行險徼倖,反坤道也。得道者多助,故得朋;失道者寡助,故喪朋。先迷後得主利,以其職分所當為者而戒勉之也;西南得朋,東北喪朋,以其性分所固有者而致丁寧之意也。修其職而未能以義理用事者或有之,故戒之勉之極其詳,皆詞之不可已者也。
西南は坤の居する方位で、平易の地に安んじ静かに天命を候つのは、坤道に順って行くことである。東北は艮の居する方位で、険を冒して事を行い僥倖に成を求めるのは坤道に違反する。道を得る者はこれを助ける者多く、ゆえに「朋を得」、道を失う者はこれを助ける者少なく、ゆえに「朋を喪う」。「先に迷い後に主利を得」は臣子の職分上なすべき事について誡め励ますものであり、「西南に朋を得、東北に朋を喪う」は人の本性中に固有のものについて反復して叮咛するものである。ある人は本職を尽くしてはいるが、事ごとに義理に依って行うとは限らない。ゆえに彼を誡め励まし、言うこと極めて詳尽で、これらの言葉は言わざるを得ないのである。
勉強而未至於安焉者,非誠也。安貞則順適乎義理之中正而止於至善矣,此一節深一節之義也。至是則盡性命之理,極精微之蘊,坤道葢自我而出之矣。乾道則堯舜禹湯文武盡君道者之作用也,坤道則稷契皋夔伊傅周召盡臣職者之事也。引而伸之,觸類而長之,則凡綂屬之分、才質之宜、卷舒運用、先後緩急之異施,無非此道,而天下之能事畢矣。故曰神而明之存乎其人,黙而成之,不言而信,存乎徳行。
勉強して行ってまだ安然自適の境地に至らなければ、それは真誠とはいえない。「安貞」に至れば、義理の中正に順適して至善の境地に止まる。これは一層より一層深い義である。この歩に至れば、性命の理を体認し尽くし、最も精微な意蘊を極処に発揮して、坤道はほとんど己の身から流出する。乾道は堯・舜・禹・湯・文王・武王という君道を尽くした者たちの作用であり、坤道は后稷・契・皐陶・夔・伊尹・傅説・周公・召公という臣職を尽くした者たちの事業である。この道理を引申して触類旁通に拡充すれば、凡そ上下統属の分際、才質の宜なる安排、或いは卷き或いは舒くの運用、先后緩急の異なる施為は、いずれもこの道でなくてはならず、天下のなし得る事もその中に尽きる。ゆえに《繋辞伝》に「神妙にそれを領会するは其の人に在り、黙してそれを成し言わずして人を信ぜしむるは徳行に在り」という。
乾元萬物資始,坤元萬物資生,此孔子之《易》也。乾元天氣之始,坤元地氣之始,五行得天之氣而各自以為氣,非有二也。如鼓之以雷霆,潤之以風雨,皆乾之事而坤不與焉,故大可以包乎至,而至則大中之一事,以詣其極也。乾元易知之始,坤元簡能之始,施於天者為乾元,而承之於地為坤元,天地之氣配合而無間也。
「乾元万物に始めるを資らしむ」「坤元万物に生ずるを資らしむ」は、孔子が《彖伝》で講じた《易》である。乾元は天気の開端、坤元は地気の開端で、五行は各々天の気を禀受して自ら一気を成すのであって、別に二つの来源があるのではない。雷霆をもって万物を鼓動し、風雨をもって万物を滋潤するのは皆乾の事で、坤は参与しない。ゆえに《乾》に「大なるかな」といえば《坤》の「至れるかな」をその中に包むことができ、「至」はただ「大」の中の一事で、それを極処に推したにすぎない。乾元は《繋辞伝》のいう「易くして知る」の開端、坤元は「簡にして能くす」の開端である。天上に施行するを乾元といい、地上に承接するを坤元といい、天地二気は配合して間隙がない。
至哉坤元,為萬物所資以生,非自生也,以乾元之知大始,順承之而與之生也。萬物資生乃順承天,是坤厚載物而徳合於無疆矣。以厚載物則含弘矣,徳合無疆則光大矣,含弘言其體,光大言其用,此品物所以咸亨也。牝馬為地之類,則柔順之義也;行地無疆,則貞之義也。柔順而必利於貞,乃君子所行也;柔順而不能貞,則失之不及,流於柔惡而無所不至矣,豈君子之道哉。
偉大なりや坤元!万物はこれに依ってようやく生長を得る。しかし坤が自ら万物を生ずるのではなく、乾元が開創を主管し、坤は順承して、乾とともに万物を生養する。「万物生ずるを資る、乃ち順に天を承く」――これが坤の深厚をもって万物を承載し、徳性が無辺無際に合することである。深厚をもって万物を承載し得るのが「含弘」で、徳性が无疆に合するのが「光大」である。「含弘」はその本体を言い、「光大」はその作用を言う。これが万物のすべて亨通し得る所以である。母馬は地の類の動物で、柔順の義を取る。「地を行きて疆なし」は守正の義を取る。柔順にして必ず守正に利しくてこそ、君子の行く道である。柔順にして守正できなければ、不及に失して柔弱の悪徳に流れ何事もなし得てしまい、それがどうして君子の道であろうか。
先之迷,以凌分而失道也;以先為失道,則後為順而得常道矣。西南得朋,則與君子之類同行而可相與以有為矣,持此道以有終,則國與民賴之而上下皆有福慶矣。東北則反其常道,顛亂迷謬,為君子所不與,而身不能以自保矣,此未能有終所致也。言此者,見遵道有終則有慶矣。安貞則與貞為一而非勉強,純乎義理而合於坤道之貞矣,故曰應地無疆。
先んじて迷う所以は、本分を越え正道を失ったからである。先んじるが失道である以上、後に居て従うは順理にして常道を得る。「西南に朋を得」は君子の類の人と同道に行い、手を携えて事業をなし得ることである。この路を堅持して底まで行けば、国家と百姓は皆彼に仰ぎ頼み、上上下下みな福慶がある。「東北」は常道に違背し、顛倒・錯乱・迷惑・荒謬で、君子の賛同するところではなく、自身さえ保てない。これは善終できないが招くものである。これらを言うのは、正道に遵循して善終できれば福慶があることを顕明にするためである。「安貞」に至れば、「貞」と一體に合して勉強して作るのではなく、純然として義理で、坤道の貞正に合する。ゆえに《彖伝》に「地に応えて疆なし」という。
地勢有高卑,則重坤之象也;重坤則至厚之義也。君子體重坤之義而以厚徳載物焉。宇宙間事皆吾分內物也,民吾同胞,物為吾與,非仁者不能有此心也。伊尹恥君不及堯舜,匹夫匹婦不獲其所,若已推而納之溝中,真能以厚徳載物矣。凡君子度量絶人、犯而不校之類,亦此義也。反身而求以至之者,惟精察其稟賦之偏蔽而勇克去之,則高明廣大可馴致而與天地同體矣。
大地の形勢に高低あるのは、まさに二つの坤卦が重なる象で、二坤が重なるのは極めて深厚の義である。君子は重坤の義を体察し、よって深厚の徳をもって万物を承載する。宇宙の間の事は皆我が分内に管すべき事である。張載《西銘》に百姓は我が同胞、万物は我が同伴というのは、仁者でなければこのような胸懐はない。伊尹は自らの君主が堯舜に及ばないことを恥とし、一人の普通の男女が安頓を得ないのを見れば、あたかも自分が彼を山溝に推し入れたかのごとく思った。これこそ真に厚徳をもって物を載せるをなした者である。凡そ君子の度量が常人を遥かに越え、冒犯されても計りにかけない類も、皆この義である。これに反して自身の上に工夫してこの境地に達するには、ただ精細に自己の天資中の偏頗・蒙蔽の所を省察して勇猛に克除すれば、高明広大の境界は逐歩に達し得て、よって天地と同体となる。
初六於履霜之始而即知有堅氷之將至,霜與氷同一陰氣之凝也。小人一念萌於利而志不在天理之公,即不善之道也,患得患失,馴習不已而至於極,則弒奪之禍所由生。知微之君子,當於霜未至而慎之焉。孶孳為善者,舜之徒也;孳孳為利者,蹠之徒也。早於辯而用舍之,豈特免於堅氷之禍,而且無霜之可虞矣。
初六は霜を踏み始めたばかりのとき、既に堅氷が至ることを知る。霜と氷は同じく陰気が凝結して成る。小人が一個の念頭を私利の上に萌发させ、志向が天理の公にあらざれば、これが不善の路を歩むことである。患失・患得して習気は日に養われて極処に積もり、君を弑し国を奪う禍乱がここから生ずる。幾微を洞察する君子は、霜がまだ降らないうちに戒慎すべきである。孟子はいう:孜々として善を行う者は舜の類の人、孜々として利を求める者は盗跖の類の人、と。早く分別を明らかにして任用するか捨てるかを決めれば、堅氷の禍を免れるだけでなく、霜を降らせることさえ憂慮するに足りない。
六二柔順中正,有和而不流之徳。存之於心而無私曲則直也,措之於行而當於理則方也。直其為方之體,而方其所以行乎直者也。直方而至於大,特未化之,而下聖人一等矣。以此徳而應用焉,則宜時通變之機前定於心,而弛張盈縮之妙綽乎其有餘,不待習於作用而所施自能順利矣。此即牝馬之貞、後得、西南、安貞之義也。六二之於坤卦,可謂克肖之子矣。其曰地道光者,即安貞之吉、應地無疆、充實光輝之義也。
六二は柔順にして中正、中庸のいう「和して流れず」の徳性を備えている。心に存して毫も偏私・曲折なく、これが「直」である。施行して件件事理に合すれば、これが「方」である。「直」は「方」の本体、「方」は「直」の推行である。直・方をなして「大」に拡充するが、ただ未だ変化・不測には至らず、聖人に比べて一等低いだけである。このような徳をもって事に応じ物に接すれば、時に合い通変する機宜は既に心中に定まり、収放・伸縮の妙用は綽綽として余裕あり、練熟を待たずとも用いることができ、施行する所は自ずから順当である。これが爻辞の「習わずとも利あらざるなし」という所以である。これもまた卦辞の「牝馬の貞」「後に得」「西南に朋を得」「安貞」の義である。六二の《坤》卦に対するは、酷肖たる父母の好児子といえる。《象伝》に「地道の光なり」というのは、「安貞の吉」「地に応えて疆なし」および充実にして光輝あるの義である。
六三爻陰而位則陽,陰中有陽,為含章之象,葢衣錦尚絅、闇然日章之義也。不言陰不中正者,坤有順徳,內含章美而將之以順,多於陰不中正之義矣。據三之才,不患其終於不發也,患其發之輕易而或流於躁妄也,故聖人戒之而使其發之中於機會焉。發之而中於機會,則發之以時而斯為貞矣。留侯之於高帝,招四皓以羽翼太子,因沙中之謀教之以平其宿憾而封功臣,得此義矣。才可作事而自以為功,亦徳未純者,而其失易至於此也,故復以從王事而無成有終致戒焉。
六三は陰爻にして陽位に居り、陰の中に陽を含み、まさに「章を含む」の象である。すなわち《中庸》のいう錦衣を着てその外に単衣を罩せ、暗澹と見えて日に彰顯する義である。「陰にして中正ならず」と言わないのは、坤が本来柔順の徳を有し、内に美好な文采を含んで柔順をもってこれを行い、この一層の意が「陰にして中正ならず」の面を圧倒したからである。六三の才具でいえば、終始して発用しないことを憂える必要はなく、ただ発するのが軽率に過ぎて躁動・妄為に流れることを憂える。ゆえに聖人はこれを誡め、発用して正しく時機に合することを要する。発用して正しく時機に合するのは、時に応じて発することで、これを「貞」という。留侯張良が漢高帝を輔佐し、商山四皓を請出して太子を羽翼せしめ、また諸将が沙中に私語して謀反する機を趁って、高帝に勧めて最も恨む雍齒を先に封賞して宿怨を平め功臣を安撫せしめたのは、まさにこの一層の義を得たものである。才干があって事を弁じながらその功を自ら居るのも、徳性がまだ純粋でないことで、この毛病は最も犯しやすい。ゆえに爻辞はまた「或いは王事に従う、成すことなく終わりあり」をもってこれを誡める。
坤為土,三居下之上,有土諸侯之象也。古者諸侯釋位以間王政,不常有也,故曰或。為王股肱心膂而從其事,則鞠躬盡力,代王以終其事,而於成功則不敢自有而必歸於君上焉。葢代天理物者,人君之責;人臣之道,主於贊襄輔弼而已,幾微有差,則大惡基焉,非有光大之智不能識也。
坤は五行では土に属し、六三は下卦の最上位に処し、封地を擁する諸侯の象がある。古く諸侯が自らの職位を放下して王朝政事に過問することは常にあることではない。ゆえに爻辞に「或」の字を用いる。君王の臂膊・脊梁となってその事に参与すれば、躬を鞠め力を尽くし、君王に代わって事を弁じ終えるべきである。功労に至っては敢えて己有とせず、必ず君上に帰する。大抵天に代わって万物を治するのは君主の職責であり、臣子たるの道理はただ赞助・輔佐するにある。この中に一点の偏差があれば、大悪がここから奠基する。光明宏大な見識なくしては見抜けない。
周公曰:孺子來相宅,其大惇典殷獻民,亂為四方新闢,作周恭先。予旦以多子越御事,篤前人成烈,答其師,作周孚先。召公曰:予小臣敢以王之讎民百君子,越友民保受王威命明徳,王末有成命,王亦顯。我非敢勤,惟恭奉幣,用供王能祈天永命。凡周召所履,皆無成有終之義也。
《尚書・洛誥》に周公の言を記す:「若き成王が洛邑の営建を視察に来て、常法を大いに尊崇し、殷商の帰順した賢良を厚遇し、この新築の四方の都を治め上げ、周朝のために恭敬の先例を開かんとす。我が姫旦は衆卿士と弁事の官員を率いて、篤実に先王の已成の功業を継承し、彼らの衆庶に報い、周朝のために誠信の先例を開かん」と。召公はいう:「我が小臣、敢えて殷商のもと王に敵した百官君子を率い、帰順の百姓とともに、王の威命と明徳を受けん。王は終わりに成命を得、王の功業もまた顕揚す。我は敢えて勤労を自ら居らず、ただ恭敬に礼幣を奉り、王を供して上天に長久の天命を賜わるを祈らん」と。凡そ周公・召公の躬行したところは皆「成すことなく終わりあり」――その功を居らずしてその終わりを善くする――の義である。
六四乗六三陰之不得中者也,應初六陰之不得正者也,比六五雖以中徳居尊位,然陰性易迷,柔或不能持久,況亦不得其正,流而為反覆顛倒不難矣。所比所乗所應皆若是,而四獨以居陰得正與其間,難乎其為處矣。若四者,衡門之下可以棲遲,黙以求容而冀免於刑戮斯可焉。以重陰而務晦藏,聖人因其才質之宜而教以處身之義也。茍輕自漏洩,務為譏評,撩虺蛇之首,踐虎狼之尾,殺身不足惜,而於世道益難矣,此有道君子所深戒也。若欲轉移斯世,使陽徳漸亨而向於治,四雖居正而質陰柔,亦非有撥亂反正之才也,故無譽。
六四は六三の上に凌駕し、六三は陰爻にして中に居らず、下は初六に応じ、初六は陰爻にして位に当たらず、上は六五に比す。六五は中徳をもって尊位に居るが、陰柔の性は迷いやすく、柔順も必ずしも長く守れず、況んやそれもまた位に当たらず、反復・顛倒に滑り落ちるは難しくない。親比する所、凌駕する所、感応する所は皆この様で、独り六四のみが陰爻をもって陰位に居って正を得、中間に挟まれて実に安身し難い。六四のような人は、簡陋の門戸の下に姑く身を栖め、沈黙して言わずに見容れられんことを求め、刑戮を免れんことを期すれば、それでよい。それが重陰の質にして隠晦・収蔵を務むるがゆえに、聖人はその才性の宜に順い、これに安身立命の道理を教える――爻辞のいわゆる「囊を括る、咎なく誉れなし」である。もし軽率に心迹を泄露し、一途に朝政を譏議すれば、それは毒蛇の頭を撩撥し、虎狼の尾を踏みに行くようなもので、自ら命を送るは固然として惜しむに足らないが、世の道に対してはかえってより艱難にする。これは有道の君子が深く警戒するところである。この世の道を扭転して、陽剛の徳を漸々亨通して治世に向かわせようとするのは、六四は位に居って正を得るが資質は終竟陰柔で、乱を撥し正に反する才干もない。ゆえに「誉れなし」という。
六五以柔順之徳而位上卦之中,是以中徳而居尊位也。以中徳而居尊位,則能以身心所得者而化成天下矣,為黃裳之象。黃也者,不偏不倚之體,天徳也;裳也者,無過不及之用,王道也。天徳王道,所謂合內外之道也。成功文章燦然秩然,而本於心徳之敷措,黃裳之義也。裳為身之章,取發外之義。不曰衣而曰裳者,上衣下裳為乾坤之象,聖人取義之精如此,所謂其詞文、其言曲而中者,此亦一義也。
六五は柔順の徳をもって上卦の中位に居り、これは中正の徳を憑って尊貴の位に処するものである。中徳をもって尊位に居れば、自身の心地の得た所を推し出して天下を教化成就できる。ゆえに「黄裳」の象がある。「黄」は偏らず倚らざる本体で天徳に属し、「裳」は過ぎず及ばざらざる作用で王道に属する。天徳と王道は《中庸》のいう内外を貫通する道である。功業・文章が粲然として秩序立ち、内心の徳性の施展に根源于するのが「黄裳」の義である。裳は人身の文飾で、内より外に発する義を取る。「衣」と言わず「裳」というのは、上衣下裳がまさに乾上坤下の象に合するからで、聖人の義を取る精細さはここに至る。《繋辞伝》のいう「其の辞文あり」「其の言曲にして中なる」もまたこれの一証である。
凡列爵分土、井田學校,所以裁成天地之道、輔相天地之宜,維持之以紀綱,涵濡之以禮樂,事業之大彌六合而無間者,皆自一念之微所發越,而亦非有所増益於性分之外也。至是則君道盡,而代天理物之任無歉矣,故元吉。
凡そ爵位を分列し土地を划分し、井田を推行し学校を興弁し、もって天地の道を裁制成就し、天地の宜に輔助配合し、綱紀をもってこれを維繫し、礼楽をもってこれを涵養・浸潤する――このように六合に弥漫して間隙なき宏大の事業は、全て心の中の一念の微から発揚して来たもので、本性の外に何かを增添したのではない。この歩に至れば君道は尽くされ、天に代わって万物を治する責任も毫も欠けず、ゆえに爻辞に「元吉」という。
上六陰盛之極,與陽相搏擊,坤為地,居卦之終,則龍戰于野之象也。上六言龍,非真龍也,特以力強而敵乎龍,故稱龍焉。初六言堅氷至,亦於上六驗之矣。當小人類霜之始,其勢固甚微也,使國有人焉,制而去之不難矣;及馴習積累而至於盛,則假政柄以制君子之去留,終於君子盡去、小人獨存,而成天地閉塞之世,至是則亦末如之何矣。
上六は陰気が極めて盛んで、陽と搏闘せんとする。坤は地であり、上六はまた全卦の末尾に居り、ゆえに「野に龍戦う」の象がある。上六に「龍」というのは真の龍ではなく、ただその勢力が強横にして龍と抗衡し得るゆえに、これを龍と称するのである。初六の「堅氷至」もまたまさに上六において応験を得る。小人が初降の霜のごとく頭を出したばかりのとき、勢力は本来極めて微弱で、仮に国中に人があれば、制止して彼を除くのは難しくない。日々に積累して強盛に至れば、朝廷の権柄を借りて君子の去留を決定し、最後には君子が排擠し尽くされ小人が朝堂を独霸して、天地閉塞して通じない時世を成す。この歩に至れば如何ともし難い。
人之云亡,邦國殄瘁,未有國無君子而國不亡者也,未有國亡而小人能保其富貴者也。故君子小人同一傷也,而君子則傷於當戰之時,小人則傷於既戰之後。既戰之後,國本已撥,小人夷滅之禍即不旋踵而至矣。其血玄黃,聖人不獨示君子以知幾逺害之道,而所以喻小人者亦明且切矣。
《詩経・大雅・瞻卬》に「人之云亡、邦国殄瘁」――賢人が喪い尽くされれば国家はこれに随って病困する。君子なき国家で滅亡せぬものは未だ嘗てなく、国家が亡びて小人が富貴を保てたこともまた嘗てない。ゆえに君子と小人は同じく傷つく:君子は交戦の当口に傷つき、小人は交戦の後に傷つく。交戦の後は国家の根本は既に抜かれ、小人が誅滅される禍事は瞬く間に至る。爻辞に「其の血玄黄」というのは、聖人はただ君子に幾微を洞察し禍害を遠ざける路を指すのみならず、小人を暁喻する意もまた明白かつ懇切に言い尽くしている。
初六《象》言馴致其道,上六則曰其道窮也。上六已窮之道,即初六馴致之道也。葢至是則善類已空,國勢顛覆,小人者雖欲容身保位而謀慮已窮,無所施矣。觀兩《象》之詞,見聖人扶陽抑陰、為天地生民之慮深逺矣。
初六の《象伝》に「道に馴致す」――この路に順って一歩一歩行く――とあり、上六の《象伝》には「其の道窮まるなり」――この路は尽きた――という。上六が尽きた路は、まさに初六が一歩一歩歩んできた路である。大抵この歩に至れば、善類は既に掃空し、国勢は傾覆し、小人は縱使身家・職位を保たんと欲しても、既に智窮り計尽きて施展する所がない。この二条の《象伝》の言を見れば、聖人が陽剛を扶助し陰柔を抑制して、天地と蒼生のために考慮した深遠さが見える。
用六者,六爻之陰皆變而為陽也。陰柔之性,見之不能明,守之不能固,變而為陽,則愚可至於明,柔可至於強,而能長久於義理之正矣,故利永貞。變之之道無他焉,博學審問、慎思明辨篤行,人一能之已百之,人十能之已千之,斯可矣。
「用六」とは、六つの陰爻がすべて陽爻に変わることである。陰柔の性情は事を見て明らかにせず、原則を守って牢くせず、一旦陽剛に変われば、愚昧は明白に変わり、柔弱は剛強に変わり得て、長く義理の正道に守ることができる。ゆえに「永貞に利し」という。転変の办法は別になく、《中庸》のいう博学・審問・慎思・明辨・篤行である:他人が一分の力でできることを、我は百分の力でし、他人が十分の力でできることを、我は千分の力でする。こうすればよい。
剝盡為坤,純陰之卦,於時為消,於事為慝,天理絶盡之世也。然卦之徳為順,可以順乎理;卦之象為地,可以配乎天。順理希天,可以成大有為之業矣。故聖人畧其消慝之跡,盡神化鼓舞之道,出其意料思慮之外而裁成之。其有進善之才者,則誘掖之,欲其善之進而極於成焉;有去惡之心者,則防戒之,欲其惡之去而至於盡焉,不敢以清明之事業而絶望於昏濁之世也。葢聖人視天下無不可為之時,亦無不可變之人,此有教無類之義、與人為善之心也。所謂化而裁之謂之變,推而行之謂之通,舉而措之天下之民謂之事業也。
《剥》卦の陽気が剥落し尽くされれば《坤》となる。純陰の卦で、時序においては消退に属し、事情においては邪慝に属し、天理が断絶し尽くした世道である。しかしこの卦の徳性は「順」で、道理に順って行くことができ、この卦の象は「地」で、天と配することができる。理に順って行い上天に企望すれば、依然として大有作為の事業を成就できる。ゆえに聖人は消退・邪慝の表象を計りにかけず、神妙に感化し人心を鼓舞する办法を極処に用い、人の意料・思慮の外に出てこれを裁制成就する。その中に善に向かう才ある者がいれば誘導・扶持して、その善が絶えず長進して終わりに成就せんことを期し、悪を去る心ある者がいれば防範・誡告して、その悪が除かれて浄尽に至らんことを期する。世道が昏濁であるがゆえに清明の事業に心を死なすことは決して肯んじない。大抵聖人が天下を見るに、為すべからざる時なく、変わるべからざる人なし。これはまさに孔子の「教ありて類なし」の用意、人とともに善をなす存心である。すなわち《繋辞伝》のいう:これを化裁するを「変」と謂い、これを推行するを「通」と謂い、取って天下の百姓に施すを「事業」と謂う。
於其用六而復言利永貞,見卦與諸爻皆不足於義理之純粹,變而為陽始可以進於有為焉,則又正本之論也。春秋戰國之君,不足以擬湯武之聖徳,孔孟固已知之矣,所以惓惓接引而與相周旋者,欲其一變至道而以大終也。不然,則庸劣蔽錮之深,豈可望以三代之治化,而孔孟者顧席不暇暖而皇皇終身,欲何為哉。此皆用六永貞之義也。
「用六」の所で再び「永貞に利し」というのは、《坤》卦自体と各爻が義理の純粋においてなお欠缺があり、必ず陽剛に変わってこそ進んで作為できることを示す――これはまた根本から立論した言である。春秋・戦国時代の国君は商湯・周武の聖徳に及ばないことは、孔子・孟子がもともと明らかにしていた。彼らが懇切にこれらの国君を接引し、彼らと周旋して已まなかったのは、まさに彼らが一変して至道に合し、宏大な結局を得ることを期したからである。さもなければ、あのような庸碌・鄙陋で蒙蔽・固執がここまで深い者に、夏商周三代の治化をなすことをどうやって望めようか。しかし孔子・孟子は坐席を暖める暇もなく、終身奔走して安んじなかったのは、一体何のためか。これらは皆「用六」が「永貞」を講じる用意である。
