Libo

漸卦(艮下巽上)

明 · 杨爵 · 第12巻 / 14

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

漸,女歸吉,利貞。

《漸》卦、女子の出嫁して能く循序に行えば、ゆえに吉祥。正を守るに宜し。

漸,進而不遽之義,女歸如是則吉也。婚禮備而貞女始行,歸以漸之義也。又利於貞,漸歸亦有貞之義焉。獨取於女歸者,閨門萬化之原,廉恥之道風俗所關,於義尤重,如漸之義而進,女歸則吉也。進而得位,則可以行所學而澤被於下,為往有功也。必人君致敬盡禮而後進,為進以禮,有漸之義,進以正也。進以正則可以正邦矣,若枉己失道,未有能正人者也,而況於正邦乎?擇主量時之義亦在其中矣。

「漸」は循序に前進して急躁せざる意で、女子の出嫁が若能くかくのごとくなれば、便ち吉祥。婚禮の六禮は齊備したる後に、貞を守る女子はこそ出門せんと肯んず。正に「出嫁循序漸進」の意。卦辞は又た「利貞」といい、漸進に出嫁する本身も亦た守正の意を含むを見るべし。此處に單に「女子の出嫁」を取りて象と爲すは、閨門は萬般の教化の源頭にして、廉恥の道は又た一代の風俗に關係して、道義に就いて言えば分量は尤も重ければ。能く「漸」のごとく循序に進めば、女子の出嫁は便ち吉祥。漸進して相當の地位を得れば、便ち以て平生の學んだ所を施行して、恩澤は百姓に及ぶ。これがすなわち《彖傳》の說く所「往きて功あり」。必ず人君の敬を致し禮を盡くしたる後にこそ出仕せんと肯んず。これを「禮を以て進む」といい、循序漸進の意を含み、すなわち「正を以て進む」なり。正道を以て進身してこそ、以て邦國を匡正し得べし。倘若先に自己を歪めて道を丟掉せば、從來能く他人を匡正する有らず、況んや邦國を匡正するをや。明主を選擇し時勢を審度する道理も、皆此の裏面に含められたり。

以卦體之有位者言,則九五以剛自下進居上卦之中,有得中道之象,為進得位往有功之大者也。止而巽,亦進有漸而得正之義也,故動可以不窮。若急迫用壯而進,則未為得正,動取窮阨而不可以有為矣。居賢徳與善俗必以漸,始能有成。居者,有而安之之義,欲徳之有於己而與之相安,必優遊厭飫之久而後可得。善風俗雖王者亦必世而後仁,徳盛者固感之必應矣,然欲不識不知歸其有極而禮樂興,此非積久曷能有成?

卦體の中の爵位有る爻より言えば、九五は陽剛の質を以て下より上に進みて上卦の中に居る、中道を得る象有りて、正に「進みて位を得、往きて功あり」の中の最も顯著の一個。下卦の艮は止・上卦の巽は順で、止まりて能く順なれば、亦た漸進して正を得る意を含む。ゆえに行動は以て窮困に至らざるを得べし。倘若急迫に剛壯を憑恃して硬に闖入せば、あれは便ち正と算する能わず、一たび動けば便ち困厄を招來して、作爲有る能わず。賢德に安處し風俗に善を化するは、皆必ず循序・漸進してこそ成就有るを得べし。「居」は之を擁有して之に安んずる意。德性をして真に自己の所有と爲りて之と相安せしめんと想わば、必ず從容に涵泳し浸潤を飽經して長久なる後にこそ做り到り得。風俗を改善するに至りては、縱使王者なるも三十年を要してこそ大に仁化を行い得。德行の深厚の人は固然として之を感ずれば應ぜざるなく、然るに《詩經・大雅・皇矣》の說く「識らず知らず」のごとき自然に做り到り、《尚書・洪範》の說く「其の極に歸する有り」のごとき至善の準則に歸し、禮樂をして此により興起せしめんは、若し長久の積累にあらざれば、怎に成就有らんや。

當漸之時,凡懐明徳新民之具者,進而益世,為理所當然。初六在下,固為當進,居止之初,是能以禮義自節而不遽進,進為有漸,鴻漸于干之象也。載贄以出而其地與人皆未定,則進身之權度在我矣。小子之智,能見近小而不能見逺大,以其上無應與,故以為危厲而有言焉,不知君子體用之學,豈可絶人逃世而終與鳥獸同群哉?於君子則無咎矣。若與人以為厲而有言焉,則其言為可信,初六宜止而不宜進矣。

此の漸進の時に當たり、凡そ明德を明らかにし民を新にする才具を懷抱する人は、出でて世に益有るは、理の當然である。初六は最下に居りて、本來便ち前進すべし。然るにそれは下卦の艮止の初に處して、能く禮義を以て自己を節制して輕率に躁進せず、前進は自ずから次第有りて、正に「鴻は干に漸む」――鴻雁は循序して水辺に落ちる象。見るの禮物を帶びて出門して仕を求めるも、落腳の地と共に事える人とが皆未だ定まらざれば、則ち進身の分寸・尺度は便ち自己の手裏に掌握せらる。年少・無知の人は眼光はただ眼前の小處に及びて長遠の大處を見ず、初六の上面に相應の援手なきに因りて、便ち以て危險と爲して之に對して閑言有り。彼らは君子の體用兼備の學問を懂得せず、怎に人と斷絶し世事を逃避して、終身に鳥獸と伍と爲らんや。君子に於て言えば、かく爲すは並びに過錯なし。倘若別人に換えれば、あの危險と爲す閑言は便ち聽信するに値す――初六は當に止まるべく進むべからず。

六二中正而有應,則徳與位稱而不為尸位,祿以功受而不為素餐,為鴻漸于盤、飲食衎衎之象而吉。如六二者,可謂遇其時矣。九三過剛不中,居止之極,過剛則必躁進,止極則欲速進,不暇擇其所事,而進之不得其所矣,為鴻漸于陸之象。鴻,水鳥,陸地非其所安也。群類離已而孤立無助,夫征不復也;所為失道而不能有成,婦孕不育也,凶莫甚焉。惟利於禦寇,寇者切害之名,指人之私慾而言。私慾者,心徳之害也,故以為寇。以此極剛而用之於克己,則能拔去病根而且甚速,乃為利也。聖人慾變三之剛惡而歸之於剛善焉,故以此啟之。

六二は居中・得正して上に正應有りて、德と位と相稱し、尸位と算せず。俸祿は功勞を憑って得て、素餐と算せず。ゆえに「鴻は磐に漸み、飲食衎衎たり」――鴻雁は磐石の上に落ちて飲食・和樂の象で、因りて吉祥。六二のごときは、以て好時候に遇上したりと說き得べし。九三は過分に剛強にして中に居らず、又た下卦の艮止の極處に處す。過剛なれば便ち必ず躁進し、止は極處に到れば便ち急いで速を求めて、從事すべき對象を挑選するに及ばずして貿然として前進す。ここに進むこと其の地方を得ずして、「鴻は陸に漸む」の象と成る――鴻は水鳥で、陸地は並びに其の安身の處にあらず。同類は彼を離れて去り孤立・無援す。これがすなわち「夫征きて復らず」、丈夫は遠行して返らず。爲す所は正道を背離して事を成す能わず。これがすなわち「婦孕みて育たず」、婦人は懷孕して生み出す能わず。凶險は此より甚だしきなし。其の唯一の利有るは「寇を禦ぐ」なり。「寇」は切身の害の名目で、ここは指す所は人の私欲。私欲は心中の德性の大害なれば、ゆえに之を「寇」と稱す。この極端の剛強を自らを克制する上に用いれば、便ち能く病根を拔除して、而して效を見ること極めて速し。これがこそ利有り。聖人は九三の剛強中の惡を剛強中の善に轉化せんと想い、ゆえにこの句を以て彼を開導す。

六四所乗者過剛不中之九三,為進之不得其所而未安矣,鴻漸于木之象,木非鴻之可安也。然以柔得其正而又巽體,善處乎九三者也,於未得所安之地而有自安之道焉,為或得其桷之象而得無咎,四可謂善處乎九三矣。九五陽剛當漸之時而居尊位,為鴻漸于陵之象。六二已之正應而為九三所間隔,則二無所用其才而功未建,為婦三歲不孕之象。以柔中而應剛中,理之正也,九三之邪豈能終間,故莫之勝而五得吉矣。九五巽體而道未光,故遲久而始得所願焉,幾於危矣。若以純粹之剛中正處之,則賢不肖可以立辨而進退之矣,豈待三歲之久哉?

六四の凌駕する所は過剛・不中の九三で、前進すること其の地方を得ずして未だ安頓せざれば、ゆえに「鴻は木に漸む」の象有り――樹木は並びに鴻雁の棲息する能く所にあらず。然るに六四は陰柔を以て正位を得、又た巽順の體に属して、九三と相處するを善くする人である。未だ安身の地を得ざる處境の裏に在りて、仍ほ自處・求安の辦法有りて、ここに「或いは其の桷を得」――或いは一根の平直の枝幹を找見して棲む可きの象有りて、因りて過錯なし。六四は以て甚だ九三に應付するを會したりと說き得べし。九五は陽剛の質を以て漸進の時に當たりて尊位に居る、「鴻は陵に漸む」の象有り。六二は本來其の正應なるも、却って九三に中より隔斷せられて、ここに六二は才幹を施展する處なく功業は未だ建立せず。これがすなわち「婦三歲孕まず」の象。柔順・居中の爻を以て剛健・居中の爻に應合するは、本來道理の正で、九三の邪僻は豈に永遠に阻隔し得られんや。ゆえに終竟に「之に勝つ莫し」――邪は正に勝つ能わず、九五は以て吉祥を得。九五は身は巽體に處して其の道は未だ光大せざれば、ゆえに遲延すること許久してこそ其の願に償い得、幾く危險に陷らんとせり。倘若純粹の剛健・中正の道を以て自處せば、則ち賢與不肖とは當下に分辨し得、當に進むべきは進み當に退くべきは退きて、どこに三年の久しきを等つを要せんや。

上九以陽剛居漸之上,進之極髙而出乎人位之上,為鴻漸于逵之象。逵,雲路,言其極髙而人不可就焉。斯人也,天子不得臣,諸侯不得友,嚴光、周黨之儔可以當之。其清風髙節,使聞之者起敬,誠足廉頑而立懦焉,助成人材之盛、風化之美,為世道之益亦足多矣,有其羽可用為儀之象而吉矣。視富貴如浮雲而志超乎萬物之外,孰得而亂其所守哉?

上九は陽剛を以て《漸》卦の最上に居りて、前進して極高の處に到りて、人間の爵位の上に超出す。「鴻は逵に漸む」の象有り。「逵」は雲中の通路で、其の極めて高くして世人は攀附する由なきを形容す。かかる人は、天子は彼を以て臣と爲す能わず、諸侯は彼を以て友と爲す能わず。東漢の嚴光・周黨の一流は以て之に當たるに足る。彼らの淸風・高節は、聞く人をして肅然として敬を起さしめ、實在以て貪婪の人をして廉潔と成り懦弱の人をして志氣を立定せしむるに足り、人才の盛・風化の美を成就するを幫助して、世道に對する益處も亦た甚だ觀る可し。ゆえに「其の羽は以て儀と爲す可し」――羽毛は以て儀飾に用作る可きの象有りて、因りて吉祥。富貴を看ること浮雲のごとく、志向は萬物の外に超越せば、誰か還も彼の守る節操を擾亂し得られんや。

歸妹卦(兌下震上)

歸妹,征凶,無攸利。

《歸妹》卦、貿然として前行すれば凶險有りて、何の利益も言うべきなし。

歸妹為天地之大義者,天地交而萬物興,亦歸妹之義也。有夫婦然後有父子,生死始終之理具於此,無歸妹安有始?無始安有終?故歸妹為人之終始也。說以動,則動不以道,徇人慾以滅天理,固有凶而無利矣。位不當則征凶,天地翻覆,冠屨倒置,賢不肖之榮寵擯斥相去逺甚,盈天地間皆非人道矣,至是而欲行則凶立至矣。柔乗剛則柔用事而剛為所屈,君子無所利矣,未至如位不當之甚也。不有君子,其何能國?小人亦何所利哉!

《歸妹》の天地間の大義と爲る所以は、天地の二氣が交感して萬物は興起すれば、此れ亦た正に「歸妹」――少女が出嫁する意。夫婦有りて然る後に父子有りて、生死・始終の道理は皆此の裏面に具備せり。男女の婚配なければ、どこに開始有らん。開始なければ、どこに終結有らん。ゆえに《歸妹》は人倫の終結と開端である。下卦の兌は悅・上卦の震は動で、喜悅に因りて妄動すれば、則ち行動は正道に循わず、人欲に順從して天理を滅絶して、自ずからただ凶險有りて利益なし。諸爻の位置は多く當ならず。ゆえに「征けば凶」――此の時天地は翻覆し冠履は顛倒して、賢者と不肖者とは一邊は榮寵を受盡くし一邊は排斥を遭いて、相去ること懸絶にして、天地之間に充塞するは皆人道に合せず。この地步に到りて還も貿然として行動せば、凶險は立刻に到る。柔爻は剛爻の上に凌駕するは、すなわち陰柔の小人が權を當たりて陽剛の君子は屈せらるるにして、君子の利を得ることなきは、其の嚴重の程度は還も位の當ならざるに及ばざるなり。《左傳》に「君子あらざれば、其れ國たらんや」といい、國中に君子なければ、國家は怎に維持し住み得られん。到頭來、小人は又た何の好處を得られんや。

雷動澤隨,非歸妹其惟動是隨而不以道,亦如歸妹之義也。人之所從所與不可不慎,或沉溺其所有,或怵惕於其可畏,變平生之所守而輕從之,則合之不以道而失其義矣,要其終豈無敝乎?君子所以戒謹恐懼而不茍於其始也。

上卦の震は雷・下卦の兌は澤で、雷は動きて澤は隨う。此れ正に《歸妹》にあらずや。凡そただ別人の擧動に隨うを知りて正道に依循せざるは、亦た皆「歸妹」の意のごとし。人の跟從する對象・結交する人は、慎重せざるべからず。或るは對方の擁有する富貴に沉溺し、或るは對方の加害し得べき威勢を畏懼して、ここに平生の守る所を改變して輕易に跟從すれば、則ち結合は正道に依らずして道義を喪失して、窮竟して最後に至れば、怎に弊害なからんや。君子はここにより戒懼・謹慎して、開頭に於て苟且に從事するを肯んぜず。

初九陽剛在下,女子賢正而處卑微,娣之象也。未有合二姓之好以為宗廟社稷之主之責焉,而成助乎女君,跛之能履,其履幾何?亦深可惜矣。然道行於女君而有常焉,則女君之能進婦道即初九之道也,故得吉,有開誠心、布公道、集眾思、廣忠益之意。諸葛孔明君子未必不樂為所用,而廖立、李平之徒至於痛哭而奮死焉。

初九は陽剛を以て最下に居りて、譬えば女子の賢淑・端正なるも身は卑微に處する、陪嫁の媵妾の象。彼女は兩姓の好を締結して宗廟・社稷の主を擔當する名分なく、ただ正妻を輔助して事を成すのみ能し。これがすなわち「跛にして能く履む」――瘸腿の人は雖も走る能うも、又た幾多遠く走り得られん。實に可惜なり。然るにただ正道が能く正妻を通して施行せられて而して持久すれば、則ち正妻の婦道を推進し得る所以は、其實すなわち初九の功勞で、ゆえに吉を得。ここに開誠・布公して集思・廣益する意を含む。諸葛孔明が主政する時、君子は未だ必ずしも彼に用いらるるを樂しまずとせずして、貶廢せられたる廖立・李平(李嚴)に至るさえ、彼の去世の消息を聞きて、亦た痛哭・失聲して奮って死を以て相報いんとせり。

九二陽剛得中,女子之賢善多矣,上有正應而反陰柔,此徳此善將焉用之?眇之能視,其視幾何?衡門考盤之賢者髙出千古之上,君子尚當企及焉。五雖應二而道未可以大行,幽人之貞必道行天下而後行之,固不屑於眇之能視也。張華之委身晉惠,雖江左粗安,所成幾何,而竟取殺身之禍,昧於幽人貞之戒也。

九二は陽剛を以て中位を得て、女子に就いて言えば賢良・美善の處は甚だ多し。然るに上面の應ずる所の六五は却って陰柔の君で、かかる德・かかる善は又た何の用處に派立てられん。これがすなわち「眇にして能く視る」――一隻の眼は能く看るも、又た幾多看り得られん。《詩經》の裏の「衡門」に栖遲し「考槃」は澗に在る隱居の賢者は、品格は千古の上に高出して、君子は尚お且つ努力して追い及ぶべし。六五は雖も九二と相應ずるも、其の道は能く大に行わるる能わず。ゆえに爻辞に「幽人の貞」――幽居して正を守る人の操守。必ず道が天下に行わるるを得て然る後にこそ出でて施行するを要し、本來「眇にして能く視る」のあの有限の作爲を屑とせず。西晉の張華が身を委ねて痴愚の晉惠帝に事奉して、雖も一方の局面をして勉强に粗安ならしめしも、究竟に幾多成就したるや。最後に反って殺身の禍を招來せり。正に「幽人貞」のこの誡告を明白にせざるなり。

六三歸妹以須,此輩宜束之髙閣,待其既格,然後徐議其任耳,反歸為娣。李文靖言丁謂,顧其為人可使之在人上乎?當是時雖竄逐林莽亦不為過,而使其竟成君子之禍,文靖所處亦未盡善。九四陽剛在上而下無應,賢女擇配而不輕從人,為愆期遲歸之象,非不歸也,待時而己,若無其時亦終不歸矣。子貢問有美玉於斯,韞櫝而藏諸,求善價而沽諸?子曰:沽之哉,沽之哉,我待價者也。伊尹不遇商湯,太公不遇周文,則莘野之耕夫、磻溪之釣叟終焉而己。

六三の「歸妹は須を以てす」――出嫁の少女は擱置せられて等待す。この一類の人は當に之を高閣に束ねて、彼らの真に改正するを待ちて、再び慢慢に何の職任を與うべきかを商議すべし。ゆえに爻辞は退回して媵妾を爲さしめよと言う。北宋の李沆(文靖)が丁謂を評論して、彼の爲人を看れば、怎に彼をして人の上に居らしめ得べけんやと言えり。あの時に於ては、便ち彼を荒野・林莽に放逐するも過分と爲さず。然るに李沆は終竟に彼をして君子を殘害する大禍を釀成せしめたり。李沆の處置も亦た盡善と算する能わず。九四は陽剛を以て上體に居りて下に應爻なく、譬えば賢女の配偶を挑選して肯んじて輕易に人に許さざるがごとし。ゆえに「愆期」――婚期を延誤して遲遲として嫁がざる象有り。これは並びに嫁がざるにあらずして、ただ時機を等待するのみ。倘若始終に合適の時機なければ、亦た終身に嫁がず。《論語・子罕》に子貢が孔子に問うて「此處に一塊の美玉有り、之を匣中に收めて藏めんか、抑も好價錢を求めて賣却せんか」と記せば、孔子は曰く「賣れよ、賣れよ、我は貨を識る價錢を待つなり」と。伊尹は若し商湯に遇わざれば、姜太公は若し周文王に遇わざれば、亦不過有莘の野の一介の農夫・磻溪邊の一個の釣叟にして、終老するのみ。

六五以陰居尊,下應九二之陽,為帝乙歸妹,其君之袂不如其娣之袂良之象,女徳至此盛之至也。為月幾望之象,不曰望而曰幾望,望則已滿矣,六五虛己下應,非自滿者也。何彼穠矣,棠棣之華;曷不肅雝,王姬之車,得此義矣。凡君人者忘其崇髙富貴之勢,尊徳樂義,虛己下賢,期於成君徳而盡君道者,亦此義也。

六五は陰柔を以て尊位に居りて下は九二の陽剛に應ず。ゆえに「帝乙歸妹」――帝乙は妹を嫁がせて、而して「其の君の袂は、其の娣の袂の良なるに如かず」、正妻の衣袖は媵妾の華美に如かず。女子の德はこの地步に到れば盛極と算し得べし。又た「月幾く望なり」の象有り。「望」と言わずして「幾望」と言うは、月は滿すれば則ち虧けて、六五は虚心に下に賢臣に應ずる、並びに自滿の人にあらざれば。《詩經・召南・何彼襛矣》に「何の彼の襛たるや、棠棣の華」「曷に肅雝ならざる、王姬の車」と詠歎して、王姬の下嫁して能く敬和して驕らざるを贊美するは、正にこの層の意に合す。凡そ人君を爲るは、能く自己の崇高・富貴の權勢を忘掉して、德行を尊崇し道義を樂しみ、虚心に賢才を禮敬して、一心に君德を成就し君道を盡くさんを指望するも、亦た正にこの層の意である。

上六居歸妹之終而無應者也。女承筐無實,女無實應於士者也;士刲羊無血,士無實求於女者也,亦何所利哉?有道君子老於林下而時未可為,則終焉而己。雖然,所不利者天下國家也,在君子則道未嘗不亨,於此心此身無不利矣。孟軻氏於平公似之,而所不利者魯之宗廟社稷也。孟子曰:天未欲平治天下也,如欲平治當今之世,舍我其誰?處之固泰然矣,奚以不利言哉?

上六は《歸妹》の終位に處して相應の爻なし。「女は筐を承えて實なし」、女子の捧ぐる筐の裏に東西なく、是れ女方は實在の東西を拿出して男方に應合する能わず。「士は羊を刲きて血なし」、男子は羊を宰るも血を出さず、是れ男方は實在の東西を拿出して女方に求合する能わず。かくのごとき則ち還も何の利益か言うべきあらん。道ある君子は山林の下に老死して、時勢は有爲を容れずして、亦た此に到りて止まるのみ。雖も然りとするも、いわゆる「利有る所なし」は、指す所は天下・國家の好處を得ざる。君子の本人に就いて言えば、道は未だ嘗て亨通せざらずして、此の心此の身に對して、何の不利もなし。孟子の魯平公のあそこでの遭遇は此と相似して、而して利を得ざるは魯國の宗廟・社稷である。《孟子・公孫丑下》に孟子の言を記して曰く「上天は還も天下をして太平ならしめんと欲せず。若し天下をして太平ならしめんと欲せば、當今の世に、我を除いて還も誰有らんや」と。彼は自處すること何等か泰然なるか、どこに「不利」の二字を談ずるに及ばん。

豐卦(離下震上)

豐,亨。王假之,勿憂,宜日中。

《豐》卦は亨通す。君王は能くかかる盛大の境地に達して、憂慮するを須とせず、當に日の正中に在るがごとくにして普照して天下に及ぼすべし。

察之極其精,處之極其當,則惟動丕應徯志,為盛大之勢,亨之道也,家國與天下皆然。若以極大者言,則惟王者可以當之,如舜之覃敷文徳至於四方風動,禹之祇臺徳先、不距朕行至於東漸西被朔南暨,此亨之極也,故曰王假之,尚大也。盛極則衰,氣運之常,聖人以天自處,則有回氣運之道焉,故勉之以勿憂宜日中也。宜日中,宜守中道之義也,日中則照無不徧,未中與過中,照或有不及者焉。聖人以仁義禮樂化天下,舉一世而甄陶之,通其變使民不倦,神而化之使民宜之,則何盛極之衰之可憂哉?故曰宜日中,宜照天下也。

事理を觀察すること精到の極點に至り、事務を處置すること恰當の極點に至れば、ここに一たび擧動有れば、天下は便ち極めて大に響應す。人心は久しく已に引領・企盼するが因りて、これが盛大の氣勢を形成して、すなわち「豐」の亨通する所以の道理で、一家・一國より以て天下に至るまで皆このごとし。若し極めて盛大のあの一層に就いて言えば、ただ王者のみ之に當たるに足る。虞舜の廣く文德を布きて、終に四方の風に聞きて動くに至り。大禹は己德を以て先と爲すを敬して、天下は其の政令に違抗する人なく、教化は東は海に漸じ西は流沙に被り北南とも聲教に通達す。これがすなわち亨通の極致なれば、ゆえに《彖傳》に「王、之に假る、大ききを尚ぶなり」という。盛は極まれば必ず衰うるは氣運の常理で、聖人は天を以て自處せば、便ち氣運を挽回する辦法有り。ゆえに卦辞は彼を勉励して「憂う勿れ、日中に宜し」という。「日中に宜し」は當に中道を固守すべき意。日は正中に到れば、照耀は便ち遍からざるなし。未だ正中に到らざる或いは已に正中を過ぎたれば、照耀は便ち照り及ばざる處有るを免れず。聖人は仁義・禮樂を以て天下を教化して、整個の一代人を陶鑄して材と成し、其の變化を會通して百姓をして倦怠を生ぜざらしめ、神妙に感化して百姓をして各々其の宜を得せしめば、則ち還も何の盛極にして衰うるの憂うべき有らん。ゆえに《彖傳》に「日中に宜しとは、天下を照らすに宜しきなり」という。

日中則昃而夕矣,月盈則食而缺矣,天地盈虛且與時消息而有盛有衰矣,況於人?況於鬼神?而可無盛衰乎?天地之盈虛消息,以其有常者而言也,如五百年元氣積厚,生聖人而成治化,則盈而息也,自此則漸虛而消矣。鬼神則自其屈伸往來變化不測者而言,如熱極則風生,亢極則雨生,澇極則陽生,凡一日之間陰晴不常、變態不測,此皆鬼神之理也。只以連日雨觀之,熱氣盛則雨之候,雨驟則又不能久。人之一身之老少及家國天下之廢興存亡,則又易見者也。君子盡其在人者而已,本於天者則順受之。

日は正中に到れば便ち西に偏りて、隨いで便ち黄昏。月は圓滿すれば便ち虧蝕して、隨いで便ち殘缺。天地の盈虛は尚お且つ時序に随いて消長して盛有り衰有るを、況んや人に於てをや。況んや鬼神に於てをや。怎に盛衰なからんや。天地の盈虛・消長は、其の常規有る一面に就いて言う。譬えば五百年の間に元氣の積累は深厚にして、便ち聖人を生出して一代の治化を成就す。これがすなわち盈滿にして生息す。此より後は便ち漸漸に虛虧して消退す。鬼神は則ち其の屈伸・往來して變化は測度する可からざる一面に就いて言う。譬えば熱は極點に到れば便ち風を起し、亢旱は極點に到れば便ち雨を下し、水澇は極點に到れば便ち太陽を出す。一天の内に陰晴は定まらず變化は測れず。これらは皆鬼神の屈伸の理。ただ連日の下雨を拿げて看るに:熱氣は盛なれば便ち雨を下さんとする徵候で、雨は來ること急驟にして又た持久する能わず。一個人の一身の少壯・衰老、及び一家・一國・天下の興廢・存亡に至りては、則ち更に見易し。君子はただ人事の做り得べき部分を盡くすのみで、天命に本づくあの一部分に至りては、便ち理に順いて承受す。

雷電皆至,亦豐之象也。折獄致刑,取於雷電威照之義,非威則照無所用而適足以長奸慝,非照則威為暴虐而或至於殺無辜。初九遇其配主,雖旬無咎,陽與陽本不相應。初九為離之體,有明者也;九四為震之主,能動者也。非九四則初九無所用其明焉,非初九則九四無以措其動焉。配主,謂其才徳與己相配而可相主矣。雖旬則無咎焉,相與往則足以成功矣,故可尚也。古人有謀斷相資者類於此。

《豐》卦の《大象傳》に「雷電皆至る、豐」といい、雷電は一齊に到來するも亦た豐盛の象。案を斷じ刑を用うるに取る所は雷電の威勢と照察とを兼具する意。威勢なければ、照察は施す處なくして、反ってただ奸邪を助長するのみ。照察なければ、威勢は便ち暴虐と成りて、甚至り無辜を殺害するに至る。初九の爻辞に「其の配主に遇う、雖も旬なりとも咎なし」という。陽爻と陽爻とは本來相應相應ぜざるも、然るに初九は離體に属して明察の德有る人で、九四は震卦の主にして能く行動する人。九四なければ、初九の明察は施す處なし。初九なければ、九四の行動は措手する由なし。「配主」は說く所は對方の才德が自己と相配して以て互いに主宰と爲り得べし。「雖も旬」――雖も彼此均等なりとも、亦た過錯なし。彼此結合して往かば、便ち以て功業を成就するに足る。ゆえに「尚ぶ可し」、推崇するに値す。古人の中の善く謀る者と善く斷ずる者とが相互に憑借するは、正に此と相類す。

六二得中得正,為離之主,有明徳之君子,可以益國與民者也。六五當豐之時,以陰柔居尊位,沉溺於富貴崇髙,則昏暗之甚者也。六二有明徳而五不能用,為豐其蔀,厚其障蔽而明不得外見也。日中,明也;見斗則夜而昏矣,己則明而遇人之昏之象也。五何以至此哉?晏安之溺人,或剛立者不能保其有終,而況柔懦者乎?以唐玄宗之才智,討平韋武之亂,委任姚崇宋璟以致富庻,開元之際可謂豐矣,內耽女寵,外信小人,十九年養成天下之亂,竄身巴蜀幾至亡國,此其明驗也。

六二は居中・得正して離卦の主にして、光明の德有りて以て國と民とに益ある君子。六五は豐盛の時に當たりて陰柔を以て尊位に居り、富貴・崇高に沉溺する、昏暗の極點に到れる人。六二は光明の德有るも六五は能く之を任用せずして、ここに「其の蔀を豐にす」――遮蔽の席幕は益々厚重にして、光明は透出するを得ずと成る。「日中」は本來明亮なるも、「斗を見る」――白晝に却って北斗を見れば、則ち昏黑して夜のごとし。これは自己は明白なるも別人の昏暗に遇上する象。六五は何以昏暗してこの地步に到るや。安逸・享樂は最も人を陷溺する能し。剛強・自立の人は尚お且つ未だ必ずしも善終を保住する能わざるに、況んや柔弱・怯懦の人をや。唐玄宗の才智を以て、韋后・武氏の亂を討平して、姚崇・宋璟を委任して天下をして富庶ならしめ、開元年間は以て「豐」と算し得べし。然るに内は女色に沉溺し、外は小人を聽信して、十九年の間に天下の大亂を養成して、最後に巴蜀に逃竄して幾く亡國せり。これがすなわち明證である。

張九齡以直言往而遂得罪,其疑疾不亦甚乎?惟當積其至誠以感動之,則可以得吉,至誠而不動者未之有也。誠之至,則可以發其志而有轉移之理焉,周公之於成王是也。故曰:我之弗闢,我無以告我先王。公可謂極於忠誠矣,故風雷彰變而成王至於感泣焉。誠之至與不至則責之二,五之悟與不悟則委之天。

張九齡は直言・進諫に因りて反って罪を獲たり。唐玄宗の猜忌の病は甚だ深からざるか。かかる時に於ては、臣下はただ至誠を積累して君上を感動してこそ、以て吉を得べし。至誠にして人を感動せしめ得ざるは、從來有らず。誠意は極處に到れば、便ち能く君上の心志を激發して局面を轉移する道理有り。周公の成王に對するは便ちかくのごとし。ゆえに《尚書・金縢》に周公の言を記して曰く「我若し出面して擔當せざれば、我らの先王に交代する能わず」と。周公は以て忠誠を極處に做り到りと算し得べし。ゆえに後來に天は風雷を變じて警を示して、成王は感動して淚を流せり。誠意の到るか到らざるかは、責任は臣下のこの一邊に在りて、君上の悟るか悟らざるかは、則ちただ之を天に聽くのみ。

九三豐其沛,日中見沬,亦以明徳而遇昏暗之時之象也。沬,小星,見沬則暗之甚矣。右肱,便於作用者也,折其右肱,終不可用也。九三剛正離體,有明徳而不為世所用,為折其右肱之象。君子用則行其道於天下,不用則奉身而隠於丘園,有何不可?若三者,明足以察乎事之幾,剛足以致其退之速,故無咎。

九三の「其の沛を豐にし、日中に沬を見る」は、同じく光明の德有るも昏暗の時世に遇上する象。「沬」は微小の星で、白晝の裏に小星さえ看り得べければ、昏暗の極點に到れりを見るべし。右臂は以て事を做るに便きもので、「其の右肱を折る」、右臂は折斷せば便ち終竟に用いる能わず。九三は剛健・守正して、身は離體に處して光明の德有るも、却って世に用いられず。正に「其の右肱を折る」の象。君子は任用せられれば便ち自己の道を天下に施行し、任用せられざれば便ち身を潔くして田園・山林に隱居すれば、何の不可もなし。九三のごときは、明察は以て事情の幾微を看ること清らかにして、剛斷は以て自己をして退くこと迅速たらしむるに足る。ゆえに過錯なし。

九四近六五者,六二應六五者,故取象同豐其蔀、日中見斗,六五為之也。遇其夷主,與初應也,夷,等夷也。初以四為配主,四以初為夷主,相下相資而期以行其志也。初在下,未敢以成功望於初,故但言往有尚。若四得初之明以施其動,有旋乾轉坤之功焉,故得吉。

九四は六五と相鄰り、六二は六五と相應ずれば、ゆえに象を取ること相同じくして、皆「其の蔀を豐にし、日中に斗を見る」という。これは皆六五の造成する所。九四の「其の夷主に遇う」は、初九と相應ず。「夷」は同等の義で:初九は九四を才德相配の「配主」と看れば、九四は初九を地位相當の「夷主」と看る。彼此謙下して互相に憑借して、能く各自の志向を推行せんを指望す。初九は身は下位に在りて、還も敢て其の功業を成就せんを期望せず。ゆえに爻辞はただ「往けば尚ぶ有り」――前往して推崇するに値す。倘若九四が初九の明察を得て自らの行動を施展せば、便ち旋乾・轉坤の功效有りて、ゆえに吉を得べし。

豐之時多賢才焉,初九九三皆剛而得正,九四以剛居柔而動不躁,六二以柔得中正而為明之主,其志其才皆一時成章之士也。六五若能來而致之,布諸列位,使輔己盡君道以答天休焉,則為善守成業之主,有慶譽而吉矣。五陰柔,其才未必能若是焉。聖人以世未嘗無君子,憫其柔暗而不能用則無以保豐大之業,故設此以啟之,其垂教萬世之意深矣。或五居動體,亦有可轉移之理焉。

豐盛の時は賢才は甚だ多し:初九・九三は皆剛健にして正を得、九四は剛爻を以て柔位に居りて行動は躁進せず、六二は柔順にして中正を得て光明の主と爲る。彼らの志向と才干とは皆一時に文章・事業を成就し得べき人物。六五は倘若能くこれらの人を招來して、彼らを各職位に安排して、彼らをして自己を輔佐して君たるの道を盡くさしめて、以て上天の美意に報答せば、則ち善く成を守る君主と成りて、福慶・聲譽有りて吉祥。然るに六五は陰柔にして、其の才は未だ必ずしもこの一步を做り到る能わず。聖人は世上に未だ嘗て君子なきにあらざるを認爲すも、ただ六五の柔弱・昏暗にして能く任用せざるを憐憫す。あれは便ち盛大の基業を保住する法なし。ゆえにこの番の話を設けて彼を啓發す。其の萬世に垂訓する用意は何等か深遠なるか。或いは六五は身は震動の體に處すれば、亦た仍ほ以て轉移し得べき餘地有りと言う。

上六以陰柔居豐之極,是憸夫壬人志於富貴而自封殖其家者也,為豐其屋、蔀其家之象。斯人也,於事之是非、人之賢否則懵乎其無見焉,為窺其戶、閴其無人、三歲不覿之象焉,戶非無人,以昏暗之甚而不能見也。小人亡身殖貨,上而攘奪於君,下而刻剝於民。周之皇父作都於向,擇三有事亶侯多藏,擇有車馬以居徂向,而周遂以亡,豈特小人一身一家之凶而已哉!

上六は陰柔を以て豐盛の極處に居る、あの諂佞の小人で、一心に富貴を追逐してただ自家の産業を壯大するを顧る人。ゆえに「其の屋を豐にし、其の家に蔀す」――自家の房屋を造ること高大にして、門戸を遮ること嚴實なる象有り。この種の人は事情の是非・人物の賢否に對して、全然昏昧にして見る所なく、ここに「其の戸を窺えば、闃として其の人なし、三歲觿えず」――門縫より窺看すれば、靜悄悄にして一人を見ず、三年も見ること能わざる象有り。其實門内は並びに人なきにあらずして、彼は昏暗・太甚にして看る能わざるのみ。小人は身敗・名裂を惜しまずして財貨を聚斂して、上に對しては君主より攘奪し、下に對しては百姓に刻剥す。《詩經・小雅・十月之交》に周幽王の時の皇父が向邑に別に都邑を建つるを寫して、「三有事を擇ぶ、亶に侯の藏多き」、三卿を挑選して皆富有の人を用い、「車馬有るを擇びて、以て徂向に居らしむ」、車馬有る人を挑選して一同に向邑に遷往せしめ、周室はここにより便ち滅亡に走向せり。これはどこにただ小人の一身・一家の凶險のみならんや。

旅卦(艮下離上)

旅,小亨,旅貞吉。

《旅》卦は稍しく亨通し得。羈旅・在外に正を守る能わば、便ち吉祥。

山上有火,旅之象也;止而相離,亦旅之義也。六五以柔得中於外而順乎上下之二陽,善用柔道而又得剛陽以依之;止而麗於明,於所止之處而用明徳焉:此皆處旅之正道,旅之所以小亨而得吉由於此也,此即旅之時義也。時義若此之大,以羇旅之際,故但可以致小亨。周襄王出居於鄭,自謂不榖不徳而藉晉侯以復國,得處旅之道矣;昭公不聽子家之言而客死於乾侯,失而又失也。

上卦の離は火・下卦の艮は山で、山上に火有るは行旅の象。山は止まり火は動きて二者は相離るも、亦た行旅の意。六五は柔順の質を以て外卦に於て中を得て、而して上下の兩個の陽爻は皆之に順從す。既に柔道を運用するを善くし、又た陽剛を得て以て依靠する可し。下卦は止まりて上卦の光明に附麗して、自らの止まる所の地方に光明の德を施展す。これらは皆身は羈旅に處する正道で、《旅》卦の「小亨」して能く吉を得る原因は、便ち此に在り。すなわち《彖傳》の說く所「旅の時義」。時義はかくのごとき大なるに、ただ身は羈旅・漂泊の際に在るが因りて、ゆえに僅かに小小の亨通を得るのみ。周襄王は迫られて鄭國に出居して、自ら「不榖・不德」と稱し、而して晉文公の力を借重して以て國に復り得しは、以て處旅の道を掌握したりと算し得べし。魯昭公は子家羈の勸告を聽かずして、最後に乾侯に客死せり。あれは便ち一失にして再失なり。

是道也,用之以處夷狄患難皆無不可。折獄致刑,取山上有火照能及逺之義;不留獄,則去而不有之義也。賁之火在山下,明不及逺,故但明庻政而無敢折獄;則旅之火在山上者,自有折獄致刑之用焉。初六當旅之時,以陰柔處下,旅之最下者也,其志瑣瑣然,計錙銖之利,失人心而自取窮極災也。當旅之時,所賴以安身者次舍也,所賴以裕用者資財也,所賴以給役者童僕之貞也,三者皆旅之不可無者也。

この道理は以て夷狄の患に應付し身は患難に陷るるに、適用せざるなし。《旅》卦の《大象傳》に「君子は以て明慎に刑を用いて、獄を留めず」といい:案を斷じ刑を用うるに取る所は山上に火有りて照耀は能く遠處に及ぶ意。獄案を滯留せざるは、取る所は火は過ぎて留まらず去りて據有せざる意。《賁》卦の火は山下に在りて光明は遠處に照り及ばざれば、ゆえに《大象傳》はただ「庶政を明らかにし、敢て獄を折らず」と言うのみ。《旅》卦の火は山上に在れば、自ずから案を斷じ刑を用うる功用有り。初六は羈旅の時に當たりて陰柔の質を以て最下位に處する、旅人の中の最も卑下の者で、心志は瑣碎・猥褻にしてただ錙銖の小利を計較して、因りて人心を失掉して自ら窮困を取りて、災禍を招來す。羈旅の時に當たりて、以て身を安んずるに用うるは客舍で、以て日用を寬裕にするに用うるは資財で、以て使喚に供するに用うるは童僕の忠貞で、此の三樣は皆行旅の缺くべからざるもの。

六二柔順中正,善處乎旅者也,其才其徳皆可以致此,吉不待言而可知矣。旅焚其次,則處身者無其所矣;喪其童僕之貞,則給役者無其人矣。九三過剛不中,居下之上,驕亢而不能下人,人莫與以相親,不能一朝存其身者也,危莫甚焉。三近於離,故取焚次之象。

六二は柔順にして居中・得正して、處旅を善くする人で、才と德とは皆以て客舍・資財・忠僕の此の三樣を取得するに足る。吉祥は言を待たずして知るべし。九三は則ち「旅、其の次を焚く」、客舍は燒かれて、身を安んずる人は落腳の處なし。「其の童僕の貞を喪う」、忠貞の童僕を失えば、使喚に供する人は便ちなし。九三は過分に剛強にして中に居らず、下卦の上に居りて、驕橫・自高にして能く己を屈して人に下る能わず、他人は皆彼と親近するを肯んぜず。是れ一天も自身を保住する能わざる人で、危險は此より甚だしきなし。九三は上體の離火に逼近すれば、ゆえに「次を焚く」の象を取る。

九四旅于處,未得旅之次舍也,以其陽而居陰也。以陽居陰則剛而能柔,處上之下則上而能下,剛而能柔、上而能下,則防身有其具而災不及焉,是于于處之地而得所資以防身之斧也。然所乗者過剛不中之九三,又與己異體而不相得焉;所應者瑣瑣取災之初六,未可相與以有為焉。若四者,僅可藉之以免禍而已,故其心有不快也。子家子不能於意如之強戾,叔孫昭子之才又不能為已之助,知有亡而己矣,此爻似之。

九四の「旅は處に於てす」は、ただ暫時に一個の安身の處有るのみで、未だ正式の客舍を得ず。これは其の陽爻を以て陰位に居るが因りて。陽を以て陰に居るはすなわち剛強にして能く柔順にして、上卦の最下に處するはすなわち上に居りて能く謙下す。剛強にして能く柔順・上に居りて能く謙下なれば、身を防ぐに便ち憑借有りて、災禍も亦た波及し及ばず。ゆえにこの暫居の地に於て竟に以て身を防ぐべき「資斧」を得たり。然るに其の凌駕する所は過剛・不中の九三にして、又た自己と同體ならずして彼此相合せず。應ずる所は瑣碎にして自ら災禍を招く初六にして、亦た能く一同に作爲有る能わず。九四のごときは、僅かにこれらを靠りて勉强に禍を免るるのみ。ゆえに心中は痛快ならず。春秋の時、魯國の子家羈は季孫意如の強橫に對して奈何する能わずして、而して叔孫昭子の才干は又た能く自己に助力を與うる能わず、ただ國事の終竟に敗亡せんを知るのみ。此の一爻は彼と相似す。

六五為離之主,有文明之徳,雉之象也。以柔處旅之時而又居非其正,則事多委曲求濟而未有直遂之意焉。有文明之徳而少直遂之意,為射雉一矢亡之象也。徳以文明為大,五具此則所善者多矣,故終以譽命為上所聞。五可謂得而有失、失而終得者也。

六五は離卦の主にして文明の德有りて、正に雉雞の象。柔順の質を以て羈旅の時に處して、而して居る所は又た位に當たらざれば、ここに事を做るに多く委曲・迂回してこそ辦り成りて、徑直・暢遂の餘地なし。文明の德有りて徑直・暢遂の意少なければ、ゆえに「雉を射て、一矢亡す」――野雞を射て一支の箭を失う象。德性は文明を以て大と爲して、六五は既に此の一點を具備せば、稱道すべき處は便ち甚だ多し。ゆえに終竟に美譽と善命とに因りて上面に知聞せらる。六五は以て得る所有りて又た失う所有り、失うて最終に仍ほ得る所有る人と說き得べし。

上九處旅之上,離為雉,鳥之巢也,髙而不下,失其所與而無以自安,為鳥焚其巢之象。在旅人則方自以為得也,而終至於無以容其身,先笑而後號咷也。易,輕易也,離性躁動,故以輕易而喪其順徳焉。輕易與順徳自相反,有此則彼喪矣,順徳喪則焚巢號咷固不免矣,上可謂自取災咎者矣。

上九は《旅》卦の最上位に處す。離は雉で、鳥は總じて巢有るを要す。上九は高く居りて肯んじて下に屈せずして、自己と相親する人を失いて安頓する由なし。ゆえに「鳥は其の巢を焚く」の象有り。旅人の本人に於て言えば、正に自ら以て得意と爲すも、最終に却って容身する處なきに落到して、ここに「先に笑いて後に號咷す」。「易」は輕率・簡慢の義で、離の性情は躁動なれば、ゆえに輕率・簡慢に因りて柔順の德を喪失せり。輕慢と順德とは本來相反して、此の一頭有れば、あの一頭は便ち喪失せらる。順德一たび失えば、巢を焚かれ號哭するは自ずから免れず。上九は以て自ら災禍を招來する人と說き得べし。

巽卦(巽下巽上)

巽,小亨,利有攸往,利見大人。

《巽》卦は稍しく亨通し得。往く所有るに宜しく、大人を見るに宜し。

剛巽乎中正而志行,九五以陽剛居中正之位而其志可行,所謂中天下而立、定四海之民也。初六順乎九二,六四順乎九五,則柔皆順乎剛,用事者為陽剛君子之類,而陰柔之小人歸於從伏之下而不得行其志,故可以小亨而利有攸往、利見大人。其不能大亨者何也?凡陽剛之才之作用,可以大有為而致大亨;巽體本陰而重巽,則巽之巽、陰之陰者也,固不能大有為而致大亨也。

《彖傳》に「剛は中正に巽りて其の志行わる」といい:九五は陽剛を以て中正の位に居りて其の志は施行を得。すなわち《孟子・盡心上》の說く所「天下の中に立ちて、四海の民を定む」。初六は九二に順從し、六四は九五に順從すれば、柔爻は皆剛爻に順從するを見るべし。權を當たり事を用うるは陽剛の君子の一類にして、而して陰柔の小人は皆伏從の下に歸して、自らの私志を施行する能わず。ゆえに能く「小亨」して「往く所有るに利し、大人を見るに利し」。然らば其の大に亨する能わざるは何を爲めぞや。凡そ陽剛の才が作用を發揮すれば、本來大に作爲して大亨に達し得べきに、然るに巽卦の體は本來陰に属し、上下の重疊は又た皆巽で、便ち柔順の上に更に柔順を加え陰の上に更に陰を加えて、自ずから大に作爲して大亨に達する能わず。

治道不能如三代者,僅為小康而已;施為不法乎三代者,溺於陋習而已。如漢唐之治皆為小亨小康而己,其利有攸往,亦不出乎雜覇雜夷之作用也,比於三代聖王井田封建學校之制、對時育物、舉一世而甄陶之,則如天地之相懸矣。九五以剛陽居尊,有大人之象,見之而得以行其所學,亦君子所願也,此亦巽之大人也,比之與天地合徳之大人則有間矣。如漢文帝、唐太宗,亦可謂當時之大人矣,然徳未至於盛則治未至於極,效止庻富而禮樂不興,可以當此之小亨也。

治道は夏・商・周三代の水準に達せざるは、不過小康のみ。施政は三代を取法せざるは、不過陋習に沉溺するのみ。漢・唐の治世のごときは皆ただ小亨・小康と算して、彼らのいわゆる「往く所有るに利し」も、亦た雜用・霸道して夷狄の政を夾帶するあの一點の作用を出でず。三代の聖王の井田・封建・學校の制に比べて、時序に因りて萬物を養育して整個の一代人を陶鑄して材と成すは、あれは真に天と地と一般的に懸隔なり。九五は陽剛を以て尊位に居りて「大人」の象有りて、かかる大人を見て能く自らの學んだ所を施行するも、亦た君子の願う所。不過これはただ《巽》卦の意義の上の大人で、《乾》卦の《文言》の說く天地と德を合わせる大人に比べれば、便ち還も一層を差す。漢文帝・唐太宗のごときも、亦た以て當時の大人と算し得べし。然るに德行は極盛に至らざれば、治績も亦た極致に至らずして、成效は僅かに百姓の衆多・富足に止まりて禮樂は並びに興起せず。正にここの說く所の「小亨」に當たるに足る。

重巽言申命,隨風則言申命行事,申命皆取重巽隨風之義,申命後必有所事也。申者,丁寜告喻之也。或以己之所行諭民知之而後行之,或命民以所當行之事,既命之後即令民行之,上之人視其所行之勤惰而勸懲之,亦行事之義也。

《巽》卦の《彖傳》は上下の重巽に就いて言いて「命を申ぶ」といい、《大象傳》は風の相隨ぎて至るに就いて言いて「命を申び事を行う」という。「申命」は皆重巽・隨風の意より取られる。反覆して申令したる後に必ず行事有るべし。「申」は叮嚀・告諭で:或いは自己の爲さんとする事を先に百姓に曉諭して知らしめて、然る後に之を爲す。或いは百姓をして彼らの當に爲すべき事を爲さしめて、命令の下達したる後に便ち百姓をして照做せしめて、上位に在る人は再び彼らの做ること勤惰を看て以て獎懲を加う。これも亦たすなわち「行事」の意である。

初六當巽之時,以陰居下,過於柔懦而不能振拔者也,事多失之不及,為或進或退而不能果決之象。利於武人之貞焉,武人而非貞則血氣之強而已矣,惟能貞也,則凡剛毅果斷而振奮有為者皆純於義理之正而為君子所尚矣。初非能此,聖人因其柔之甚而激勵之,使志於治也。古人有以性緩而佩弦者,類此。

初六は柔順の時に當たりて陰爻を以て下位に居る、過分に柔弱・怯懦にして能く振作・自拔する能わざる人で、事を辦むに多半は趕不上に失する。ゆえに「進退」――忽ち進み忽ち退きて、能く果斷せざる象有り。爻辞に「武人の貞に利し」といい、武人のごときにして正を守るに宜し。武人は若し正を守らざれば、あれは不過血氣の強悍のみ。ただ能く正を守ってこそ、凡そ剛毅・果斷して奮發・有爲の表現は、こそ皆純粹に義理の正より出でて君子の推崇する所と爲る。初六は本來この一步を做り到る能わず。聖人は其の柔弱の太甚なるに因りて之に激勵を加えて、之をして治事に立志せしめんとす。古人の中に性情の遲緩に因りて弓弦を佩帶して以て自ら警むる有り、此と相似す。

九二巽在床下,過於巽者也。史巫之紛若,所以逹誠意於神明也;用史巫紛若,用其誠也。能用其誠,則凡過於巽者皆真徳實意,而非足恭之虛貌,則可以得吉矣。二有剛中之徳,其巽可以合於道,故聖人勉之以用誠焉。非誠則其巽為象恭行詐之小人,而君子之所羞見者也。九三剛正居下之上,巽本可以得正也,然處六四之下,四陰柔其性務入而近於五,是夤縁鑽刺得時得志之小人也。三居其下,朶頥於其勢而數巽焉,可羞之甚也,所得者富貴,所喪者名節,廉恥之不修而其志亦窮矣。

九二の「床下に巽る」は、柔順すること頭を過ぎたり。「史巫紛若」、史官と巫祝とは紛然として併用するは、以て誠意を神明に傳達するに用うるもので、「史巫を用う紛若」は、すなわち彼らのあの誠を用うる。能く真誠を拿出せば、則ち凡そ過分に柔順の擧動は皆真德・實意より出でて、外表の恭順の虛假の模樣にあらずして、以て吉を得べし。九二は剛健・居中の德有りて、其の柔順は以て正道に合せる可し。ゆえに聖人は彼を勉励して誠を用いしめんとす。誠ならざれば、則ち其の柔順は《論語》の譏る所の「足恭」――外表は過分に恭敬して内に欺詐を藏する小人と成りて、君子の相見するを羞づる者。九三は剛健・守正して下卦の上に居りて、本來以て正を得べし。然るにそれは六四の下に處して、六四は陰柔にして性情は專ら鑽營を務めて而又た九五に親近す。是れ攀援・鑽刺して時を得志を得たる小人。九三は其の下に居りて、其の權勢に垂涎して屢々之に對して卑順す。可恥の極點に至れり:其の得る所は富貴にして、其の喪失する所は名節で、廉恥は修められずして志向も亦た窮盡せり。

六四以柔居柔為得其正,當巽之時近於五,能巽於五者也。位在一人之下、萬人之上而能巽於五,庻幾乎夔夔然存敬畏之心者也。如此則道可行於五而功被於上下矣,為田獲三品大有功之象,其過巽之悔至是可以亡之矣。自九三視六四,則四為容悅諂諛之小人,所以戒三之逺乎四也;至是則又以四為虔恭寅畏之大臣,所以勉四之忠於五也。或抑或揚,取各有所指。

六四は柔爻を以て柔位に居りて其の正を得、柔順の時に當たりて又た九五に親近す。是れ能く九五に順從する人。身は一人の下・萬人の上に居りて能く君上に順從するは、庶幾《尚書・大禹謨》の說く所「夔夔齋栗」――恭謹・戒懼して常に敬畏の心を存する人に近し。かくのごとき則ち正道は能く九五の身上に施行せられ、功業は能く上下に覆被す。ゆえに「田に三品を獲」――田獵して三等の獵物を獲る、大に功勞有る象有りて、其の過分に柔順の悔恨は此に到りて便ち消亡し得べし。九三の角度より六四を看れば、六四は悅を取り逢迎して諂媚・阿諛の小人なれば、ゆえに《周易》は九三を誡告して六四を遠離せしめんとす。此の一爻に到りて、又た六四を說くこと虔敬・恭謹して戒懼・敬畏の大臣と爲すは、以て六四を勉励して九五に忠ならしめんと欲す。或いは抑え或いは揚げて、各々其の指向有り。

九五以巽體居尊位,所不足者貞而己,故勉之以能貞則可以得吉,於柔懦不能自立之悔可以亡之,而所為無不利矣。有悔是無初也,以能貞而亡之是有終也。然所謂貞者,不過於惇典庸禮、命徳討罪,合於天理,當於人心,而不叅以私意於其間,則貞之至也。是道也,毫忽幾微之不察則流於失而不自知矣,故必丁寜揆度、詳審周宻而戒之至,則動無過舉,可以得其當而吉矣。先庚三日、後庚三日,即貞之義也。

九五は巽順の體を以て尊位に居りて、其の欠缺する所はただ一の「貞」の字なれば、ゆえに爻辞は彼を勉励す:能く正を守れば以て吉を得て、あの柔弱にして自立する能わざる悔恨は消亡し得て、爲す所は利ならざるなし。「悔有り」は說く所は開頭が好からざるで、すなわち「初なし」。能く正を守りて悔恨を消去するは、すなわち「終有り」。然るにいわゆる「貞」は、不過常典を敦崇し禮制を遵用し、德ある人を任命し罪ある人を討伐して、天理に合し人心に當たりて、其の間に一絲の私意を摻雜せず。これがすなわち貞の極致である。この條の路上に於ては、一絲一毫の細微の處に省察を加えざれば、便ち差失に流れて自己は還も知らず。ゆえに必ず反覆・叮嚀して揣度・權衡して、詳審・周密にして誡告すること極處に至りてこそ、能く擧動は過失なく處置は恰當にして吉祥たらん。爻辞「庚に先んずること三日、庚に後れること三日」の講ずる所は、正にこの「貞」の意である。

上九居巽之極,為過巽之甚,巽在床下之象也。陽剛本能斷者也,而過於巽焉,則失其剛斷之徳,為喪其資斧之象也,其為害誠不細矣。雖為所當為而以優柔不斷處之亦必凶,況所不當為者乎?葢無適而非凶也。執狐疑之心、持不斷之謀者,上九之謂也,所以來讒慝之口、啟群枉之門者皆由於此,故象言其正乎凶,君子可以深戒矣。

上九は《巽》卦の極處に居りて、柔順すること頭を過ぎたり。仍ほ「床下に巽る」の象。陽剛は本來能く決斷するはずなるも、然るに柔順の頭を過ぎたれば、便ち剛毅・決斷の德を喪失す。ゆえに「其の資斧を喪う」――あの斬斷に用うる利斧を失掉する象で、爲害すること實に小ならず。縱使做る所は該做の事なるも、若し優柔・寡斷の態度を以て處置せば亦た必ず凶險なり。況んや做る所は不該做の事なるをや。往くに凶ならざるなしを見るべし。心に狐疑を懷きて決斷の謀を拿出す能わざるは、正に說く所は上九のこの種の人。讒佞の口の張開する所以・群邪の門の敞開する所以は、皆此より來る。ゆえに《小象傳》に「正乎凶なり」――かく下去れば正に凶なり。君子は以て深深に引きて戒と爲すべし。

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