Libo

帰妹卦

春秋 · 卜子夏 · 第10巻 / 15

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

兌下震上 歸妹,征凶,無攸利。彖曰:歸妹,天地之大義也。天地不交,而萬物不興。歸妹,人之終始也。說以動,所歸妹也。征凶,位不當也。無攸利,柔乘剛也。

下卦を兌・上卦を震と為すは、《帰妹》卦なり。帰妹卦は言う:前往して凶険ありて、便利ある無し。《彖伝》は言う:少女の出嫁するは、天地間の大義なり。天地陰陽は交合せざれば、万物即ち興盛する能わず。少女の出嫁するは、人倫の終結と開端に関係す。喜悦を因に行動して、其の嫁出する所は少女なり。前往して凶険なるは、爻位の「当」ならざればなり。便利ある無きは、陰柔の陽剛の上に凌乗すればなり。

少女之窮也,無所往而歸其長陽。女說其有歸,而往也。男說其有家,而娶也。有生化之義焉,不交則無終也。故少配長,說以與動,有終而自此始也。少陰失位以求合,人斯賊之矣。不足以相久,徵其凶哉。柔得中,眾之歸也。陰雖從陽,陽下其陰,失其位也。柔制其剛也。豈人倫之序哉,不足以獨化也。故無攸利。至於終,存乎生化之大義焉。

少女は走る可き路無きに到りて、往く可き処なくして年長の陽剛に歸向す。女子は帰宿有るを因に喜悦して、ここに於て出嫁す。男子は家室有るを因に喜悦して、ここに於て迎娶す。此の裡面に生養化育の意義を含んで、男女は相交合せざれば、人倫即ち帰結なし。ゆえに少女は長男に配して、喜悦を因に之に随いて行動して、人生の終結と開端は皆此より生ず。然れど少陰は其の位に当たらずして卻って急に合を求めば、人は即ち此を因に彼女を軽賤し、彼女を傷害す。此の如き結合は長久するに足らずして、前往して自然凶険なり。六五は陰柔にして「中」を得て、是れ衆人の歸向する所なり。陰は本より陽に順従すべく、此処は卻って陽の陰の下に屈居して、位置は顛倒して、成りて柔を以て剛を裁制す。此れ何処に人倫の次第に合せんや、単に一方に靠るも亦た万物を化育するに足らず。ゆえに便利ある無しと曰う。其の最終の帰結に至りては、則ち生養化育の大義を保存するに在り。

象曰:澤上有雷,歸妹。君子以永終知敝。澤之濡雷,震於其上,雨微而雷震。雖不當於大,亦相歸之物也。無歸也,斯敝之矣。君子知其敝,無所往,故歸而永終也。

《象伝》は言う:沢の上に雷あるは、此れ即ち帰妹卦なり。君子は此より長久の帰結を求取して其の中の弊病を預知す。沢水は下に於て潤沢して、雷は上に於て震動して、雨勢微弱にして雷声轟響す。此の如き配合は盛大と算すに足らざるも、畢竟亦た彼此帰属の一対なり。若し帰属なければ、即ち衰敗破敝せん。君子は此の層の弊病を明白して、少女の往く可き処なきを知りて、ゆえに彼女をして出嫁せしめて、ここをもって長久の終結を求む。

初九,歸妹以娣,跛能履,征吉。象曰:歸妹以娣,以恆也。跛能履,吉相承也。無所往歸之矣。初說而後動也,何不可乎。故?娣雖不足行,茍能徵,則吉。《周禮》曰:歸,以恆者也。柔而隨剛,吉相承也。歸妹相終,非情,故以禮歸之。

初九は、少女は出嫁して陪嫁の偏房を為して、跛脚の人のなお能く走るが如し。前往して吉利。《象伝》に曰く:娣の身份を以て出嫁するは、其の能く常道を守るを取ればなり。跛脚にしてなお能く走るは、吉は能く輔助承事するに在ればなり。少女は往く可き処なくして、只好く此の如く嫁出す。初九は先ず喜悦有りて然る後に乃ち行動す。何の不可あらんや。ゆえに陪嫁の娣を為すは独り当一面するに足らざるも、ただ前往するに肯ぜば、即ち吉利なり。《周礼》は女子の出嫁を講じて、説く所は正に此の種の常を守るの道なり。陰柔にして陽剛に随従して、吉は能く輔助承事するに在り。少女は出嫁して能く相守して底に到るは、靠る所は本より私情にあらず。ゆえに礼制に按りて彼女を嫁出すべし。

九二,眇能視,利幽人之貞。象曰:利幽人之貞,未變常也。剛居內而應,柔之制也。道之反,不足以為明也。眇而視者矣。自守其幽,不變其常,雖利也。豈娶之道哉。

九二は、一眼偏盲してなお能く看見して、幽靜に自守する人の正道を守持するに利あり。《象伝》に曰く:幽人の正を守るに利あるは、未だ常道を改変せざればなり。九二は陽剛にして内卦に居りて六五と相「応」して、反って陰柔の裁制を受く。此れ正道の顛倒過来せるにして、明察と称するに足らずして、ただ一隻の眼睛偏盲してなお勉強して看る能くするに算するのみ。それ己の幽靜の処境を安守して、常道を改変せざれば、固然利あるも、然れど此れ何処に正常の嫁娶の道と称せんや。

六三,歸妹以須,反歸以娣。象曰:歸妹以須,未當也。夫以不敵,將配以仁者,遽而行之不能終也。故待其所從道極,相說而來,歸以娣可也。未當故也。

六三は、少女は出嫁するも卻って時機を等待するを要して、只好く退回して陪嫁の偏房を為す。《象伝》に曰く:出嫁して等待を要するは、位置の「当」ならざればなり。其の身份は本より相手に配得上せずして、卻って仁厚の君子に嫁がんと欲す。倉促に行を成すは能く善終せざるなり。ゆえに其の跟従する所の一方の尽頭に走り至るを待ちて、彼此情投意合して再び来れば、彼の時陪嫁の娣を為すも亦た可なり。此れ皆六三の陰爻を以て陽位に居りて処する所の恰好在らざるの縁故なり。

九四,歸妹愆期,遲歸有時。象曰:愆期之志,有待而行也。過下升上,陽以居陰,剛過其柔也。得其無與,合而來之,義也。遲歸有時,此得待而行也。

九四は、少女は出嫁して婚期を誤りて、遅く出嫁して自ずから合適の時候有らん。《象伝》に曰く:期を誤るの心意は、時機を等待して乃ち行動せんと欲するなり。九四は下卦を越過して上卦に升入して、陽爻を以て陰位に居りて、是れ剛強の柔順を超過せり。それ上下皆相「応」の配偶なくして、ただ相手の情投意合して自ら前来するを待つの能くするのみ。此れ乃ち道理に合せり。遅く出嫁して自ずから其の時有るは、正に時機を等待して然る後に行動せんと欲するなり。

六五,帝乙歸妹,其君之袂,不如其娣之袂良。月幾望,吉。象曰:帝乙歸妹,不如其娣之袂良也。其位在中以貴行也。殷王之少妹,歸妹之貴也。古者王女下嫁於諸侯,衣服不繫其夫。下王后一等,故君之袂,不如娣之袂。妻貴於夫,夫下妻也。故見其妻象焉。月幾望,陰盈盛也。陰而得中,無與爭者,故吉也。

六五は、帝乙は其の妹を嫁出して、正妻の衣袖はなお陪嫁の娣の衣袖の華美に如かず。月は将に圓ならんとして未だ圓ならず。吉利。《象伝》に曰く:帝乙の妹を嫁ぐは、正妻の衣袖は娣の衣袖の華美に如かず。彼女は「中」位に位居して、是れ尊貴の身份を以て出嫁せるなり。帝乙は殷商の君王にして、其の嫁ぐ所は其の小妹にして、此れ帰妹の一類中の最も尊貴の例子なり。古時王家の女児は諸侯に下嫁して、衣服の等級は丈夫に随わずして、ただ王后より低き一等なり。ゆえに正妻の衣袖は反って陪嫁の娣の衣袖の華美に如かず。妻子の身份は丈夫より尊貴にして、丈夫は妻子の下に屈居するを要す。ゆえに此処に顕出するは妻の形象なり。月は将に圓ならんとして未だ圓ならずは、陰気の盈満興盛なり。陰柔にして能く「中」を得て、彼女と相争い来る誰も無し。ゆえに吉利。

上六,女承筐無實,士刲羊無血,無攸利。象曰:上六,無實承虛筐也。柔而居極,歸妹之窮也。復何待乎。無其歸者也。女徒承筐,不見其實也。士求進,安得其偶哉。道之窮而無所利也。

上六は、女子の捧ぐる竹筐の裡は空にして一物無く、男子は羊を宰するも卻って血を見ず。便利ある無し。《象伝》に曰く:上六の筐中に実物なきは、一隻の空筐を捧ぐればなり。上六は陰柔にして全卦の頂端に居りて、是れ帰妹の道の尽頭に走り至れり。復た何を指望する能わんや。已に帰す可きの対象無し。女子は白白に筐子を捧ぐるも、裡面に祭品を看見せず。男子は進取を求めんと欲するも、又何処に配偶を找到せんや。此れ道路窮尽して一も利無きなり。

巻六 周易下経豊伝第六

豊卦

離下震上 豐,亨。王假之,勿憂宜日中。彖曰:豐,大也。明以動,故豐。王假之,尚大也。勿憂宜日中,宜照天下也。日中則昃,月盈則食,天地盈虛,與時消息,而況於人乎,況於鬼神乎。

下卦を離・上卦を震と為すは、《豊》卦なり。豊卦は言う:亨通す。君王は能く豊大の境に達して、憂慮するを要せずして、正午の太陽の如くなるべし。《彖伝》は言う:豊とは即ち盛大なり。既に光明にして又た能く行動すれば、ゆえに能く豊大す。君王は豊大に達するは、盛大を崇尚すればなり。憂慮するを要せずして日中に宜しきは、普く天下を照す可きを言うなり。然れど太陽は正中に到れば即ち偏斜して、月は圓満すれば即ち虧蝕して、天地間の盈満と空虛は、皆時序に随いて消長す。況んや是れ人をや、況んや是れ鬼神をや。

夫明者,內含其照也。動而施之,乃豐也。明以時動,物伸其直,得盡其大生長之而遂成也。期盛之矣。豐之道者也,唯尚大而當之,故王能極之也。不失天下之情,則勿憂而旣治矣。日之明盛於中也,王宜照於天下也,則無微而不大也。過於中則憂,大斯盈,盈斯缺矣。大之道也,蓋聖人戒乎其大也。

謂う所の明とは、内裡に光照を含蓄するにして、之を発動し出して万物に施して、乃ち其の豊大と成る。光明にして能く時に順いて動けば、万物即ち其の本性を伸展して、充分に生長して然る後に成熟す。此れ乃ち盛大と曰う所なり。豊大の道理は、ただ盛大を崇尚して又た担当し得起る人にして乃ち配得上す。ゆえにただ君王のみ能く之を極処に推到す。君王は天下人の実情に違背せざれば、即ち憂慮するを要せずして天下は已に治好せり。太陽の光明は正午に於て最も盛んにして、君王も亦た天下に照臨する可く、彼の如くして再び微細の角落も亦た皆光大を得。然れど一たび正午を過ぎれば即ち憂慮すべし。盛大は即ち盈満に趨りて、盈満は即ち虧缺に転向す。此れ正に「大」の規律にして、ゆえに聖人は人をして盛大に対して常に戒懼を存せしめんと欲するなり。

象曰:雷電皆至,豐。君子以折獄致刑。雷電皆發,天下文明。盛大之時,明刑以肅民也。君子無所隱避,明以折獄而至用刑,可以勿憂。當日中之宜也。

《象伝》は言う:雷と電の一斉に到来するは、此れ即ち豊卦なり。君子は此より案件を判決して刑罰を施行す。雷電は一同に発作して、天下光明燦爛たり。此の盛大の時に当たりて、刑法を昭明して百姓を整粛すべし。君子は隠瞞回避す可き無くして、明察を以て案を判じて進みて刑罰を動用せば、即ち憂慮無きを以て、正に日中天の時宜に合せり。

初九,遇其配主,雖旬無咎。往有尚。象曰:雖旬無咎,過旬災也。豐,尚大也。唯其大者至之以陽,遇四務同而相配,彼俟之為巳主,相須而待也。明方動進而速有功也。遲而過旬失其動也。災之道也。

初九は、己と相配するの主人に遇上して、彼此均等なるも亦た過ちなし。前往して人の推重を受けん。《象伝》に曰く:均等なるも過錯なきは、此の限度を超過せば即ち災禍有らん。豊卦は盛大を崇尚す。惟だ陽剛を用いて盛大を成就するを以て、初九は九四に遇上して、両者は事務相同じくして彼此相配す。相手は己を等待して、己を主人と為す。双方は互に需要して彼此等待す。光明は正に発動して、前進して快ければ乃ち迅速に功を見る能し。拖延して期限を過ぎれば、即ち行動の時機を錯失して、之れ災を招くの路数なり。

六二,豐其蔀,日中見斗,往得疑疾,有孚發若,吉。象曰:有孚發若,信以發志也。柔之為道,靜退者也。又以居內,不能大其上也。是障其光而暗其明也。往之為王,雖尊而陰也。蓋相發則覆,疑矣,且履正不邪,中考自信於心,明生於內,而悟其違時之失,修改其道,無執其故,得其吉也。

六二は、遮蔽物は極厚に加えて、正午の時分に反って北斗星を看見す。前往して猜疑忌恨を遭遇せん。ただ心に誠信を存して誠意を啓発し出せば、即ち吉利。《象伝》に曰く:誠信有りて能く啓発するは、誠信を用いて相手の心志を啓発するなり。陰柔の做法は本より安靜退譲にして、六二は又た内卦に居りて、在上の者の事業を拡大する能わず。此れ即ち光を遮住して己の明を暗くするに等し。其の投奔せんとする所の六五は君位に居るも、卻って亦た陰爻なり。両陰相遇して、本想は互に啓発せんとするに、結果は反って彼此遮覆して、猜疑即ち生じ出来れり。但だし六二は「正」位を踐履して邪路を走らずして、心中に於て反復考量して自信不疑にして、光明は内心より生出す。ここをもって己の時勢に違背するの過失を覚悟して、原來の路数を修改して、旧有の成法を固執せず。ゆえに能く吉を得。

九三,豐其沛,日中見沬,折其右肱,無咎。象曰:豐其沛,不可大事也。折其右肱,終不可用也。居於下體之上,而上應焉。自以為有其位,而應其德也。貴賤之等則三曷足以為德乎。豐沛以為光,應幽陰以為德,豈可大事乎。力小任重者,右肱斯折也。右肱斯折不可用也,自致廢矣。誰復加於咎乎。

九三は、帷幔は極密に遮りて、正午の時分に微弱の星光を看見し、右臂を折断す。過ちなし。《象伝》に曰く:帷幔の極密に遮るは、大事を為す可からざるを言うなり。右臂を折断するは、終竟任用せられる能わざるを言うなり。九三は下卦の最上位に処りて、上に向かいて上六と相「応」して、自ら以為すらく既に位置有りて、又た相応の徳有りと。然れど貴賤の等級に按りて言えば、一の九三は何処に徳を称するに足らんや。幽暗の帷幔を以て光明と為し、幽隱の陰爻を以て依る可きの徳と為せば、此の如くして何ぞ大事を為す能わんや。力量小にして担子重ければ、右臂即ち折断す。右臂は一たび折れれば即ち再用する能わずして、是れ自ら己を廃人と為せるなり。復た過錯を誰の頭上に加え得んや。

九四,豐其蔀,日中見斗,遇其夷主,吉。象曰:豐其蔀,位不當也。日中見斗,幽不明也。遇其夷主吉,行也。陽以守卑而不能弘其大,以當於時也。是幽其明而暝其晝也。初陽之來,為相發之主,事合志終,得其明動之義,故吉也。

九四は、遮蔽物は極厚に加えて、正午の時分に反って北斗星を看見す。己と相当するの主人に遇上して、吉利。《象伝》に曰く:遮蔽極厚なるは、位置の「当」ならざればなり。正午に斗を見るは、幽暗にして明ならざればなり。相当の主人に遇上して吉なるは、行動すべきを言うなり。九四は陽爻を以て陰位に居りて自ら卑下を守りて、豊大の事業を弘揚し起して時勢に適応する能わず。此れ即ち己の光明を遮暗して白昼を昏夜と為せるなり。初九の此の陽爻の前来するは、正に之と互に啓発するの主人にして、事情合拍して心志相終えて、乃ち「明」と「動」の相合するの意義を得。ゆえに吉利。

六五,來章,有慶譽,吉。象曰:六五之吉,有慶也。柔居尊,陽能尚其大,而不以力得,其日中之宜也。天下無所隱諱,無微而不照,則天下歸其章明之德矣。故其慶譽之吉哉。

六五は、文采ある賢才を招来して、喜慶と美譽有らん。吉利。《象伝》に曰く:六五の吉利は、喜慶有ればなり。六五は陰柔を以て尊位に居りて、陽剛の才は皆其の盛大を成就するを願意して、而して它并びに強力を靠りて奪取せず。正に日中天の時宜に合せり。天下に隠瞞忌諱す可き無くして、再び細微の地方も亦た照す無き無し。ここに於て天下は皆其の彰明の徳行に歸向す。ゆえに喜慶美譽の吉利有らん。

上六,豐其屋,蔀其家,窺其戸,闃其無人,三歳不覿,凶。象曰:豐其屋,天際翔也。窺其戸,闃其無人,自藏也。極其大過於豐之所也。無道可弘,柔而無鑑也。唯富其室,厚其家,自謂其翔於天際,人莫之見也。自藏也者,雖窺其戸,可得見乎。過明之逺,而動之極也,不覿以三年矣。凶其至也。

上六は、房屋を造ること高大なるも、卻って帷幔を用いて家門を遮蔽せり。門縫より張望すれば、静悄悄として人影を見ずして、三年も人を見ず。凶。《象伝》に曰く:屋子を造ること高大なるは、天辺に翱翔するが如し。門内を窺看して空に一人無きは、自ら己を蔵起せればなり。上六は盛大を極端に推到して、已に豊卦の応有の限度を超出せり。它弘揚す可きの道なくして、陰柔にして又た鑑識を缺乏して、ただ居室を富麗にし家業を豊厚ならしむるを知る。自ら以為すらく天際に高翔して、誰も己を看見する能わざらんと。謂う所の「自蔵」とは、便ち人の門縫より張望する有るも、又何処に彼を看見する能わんや。それ光明に離るること太だ遠くして、躁動は又た極点に到れり。ゆえに三年も人を見ずして、凶険も亦た之に随いて来る。

旅卦

艮下離上 旅,小亨。旅貞吉。彖曰:旅小亨。柔得中乎外,而順乎剛,止而麗乎明,是以小亨。旅貞吉也。旅之時義大矣哉。

下卦を艮・上卦を離と為すは、《旅》卦なり。旅卦は言う:小に亨通して、羈旅在外にして能く正を守れば即ち吉利。《彖伝》は言う:旅は小に亨通するは、六五の陰柔にして外卦に於て「中」を得て陽剛に順従し、内卦は止を知りて又た外卦の光明に依附すればなり。ゆえに小に亨通して、羈旅は正を守りて吉なり。旅卦の処する所の時勢の意義は、実に重大なりや。

雖柔中得乎外,下而順於艮剛。上不能有其上,而寄旅於下,下不事其上,而不應於上,旅之義也。柔得中附順於下剛,而剛不距,是以小亨。旅之為道,不敢妄動,上麗其明乃可止也。止不妄也。明辨也。不為物疑,故正吉也。旅之為道,貞吉而後極,旅小亨。故再雲旅。非大人不能安其旅,而獲其小亨也。

六五は陰柔にして外卦に於て「中」を得るも、卻って下に向かいて艮卦の陽剛に順従するを要す。上の者は能く真に其の上位を擁有する能わずして、只好く客旅の如く下に寄身す。下の者も亦た其上に侍奉せずして、上と并びに相「応」せず。此れ即ち「旅」の含義なり。陰柔は中を得て下面の陽剛に依附順従して、陽剛も亦た拒絶を加えず。ゆえに小に亨通す。他郷に客と為るの道理は、軽挙妄動するを敢えてせずして、上に向かいて光明に依附して乃ち安頓下来る能し。止りて妄為せずして、明にして能く弁別して、外物に猜疑せられず。ゆえに正を守れば則ち吉。羈旅の道は、先ず正を守りて吉を得て然る後に乃ち其の道を尽す能くして、乃ち此の点の小小の亨通有らん。ゆえに卦辞は「旅」の字を重ねて説き一遍せり。徳ある大人にあらざれば、能く羈旅に安んじて此の小亨を獲得する能わず。

象曰:山上有火,旅。君子以明愼用刑,而不留獄。火寄於山,火非可久,刑以正法。刑不可久,故明愼用刑,以寄治之,而不留獄。

《象伝》は言う:山の上に火あるは、此れ即ち旅卦なり。君子は此より明察謹慎に刑罰を使用して、案件を積圧せざらしむ。火は山の上に寄托して、停留して長久する能わず。刑罰は法度を端正するに用いるにして、同じく拖延して久し過ぎる可からず。ゆえに明察謹慎に刑を用いて、客旅の暫寄するが如く之を為完了して、獄訟を滞留して決せざらしめず。

初六,旅瑣瑣,斯其所取災。象曰:旅瑣瑣,志窮,災也。柔而在下,瑣瑣賤旅也。有應於上,滿而得志,斯極之矣。以賤役而自盈,斯自取其災也。

初六は、他郷に客と為りて瑣碎猥屑にして、此れ正に災禍を自ら取るの縁由なり。《象伝》に曰く:旅途中に瑣碎猥屑なるは、心志困窮して災を招けばなり。初六は陰柔にして最下に処りて、是れ猥瑣卑賤の旅人なり。それ上に於て九四の相「応」有れば、便ち自満得意し起して、此の点の得意を極処に推到せり。卑賤の僕役の身份を以て自我膨脹するは、正に自ら災禍を招来す。

六二,旅即次,懷其資,得童僕,貞。象曰:得童僕,貞。終無尤也。守位奉上,而三相與得,其次來其資也。奉上而得中,得童僕之貞也。終何尤矣。

六二は、旅人は客舎に住み入りて、懐裡に盤纏を帯びて、還って童僕の忠信を得たり。《象伝》に曰く:童僕の忠信を得るは、終に過失なからん。六二は本位を守住して上の者を奉承して、又た九三と相親互得す。ここをもって客舎に住上して、亦た資財を帯来せり。それ上位に奉事して「中」に居れば、ゆえに童僕の忠貞を得て、終に何の過失ある能わんや。

九三,旅焚其次,喪其童僕,貞厲。象曰:旅焚其次,亦以傷矣。以旅與下,其義喪也。原本闕傳。

九三は、旅人は己の客舎を焼掉して、童僕を喪失せり。便ち正を守るも亦た危険あり。《象伝》に曰く:旅人の客舎を焼掉するは、亦た人をして痛心せしむるに足らん。羈旅の身を以て此の如く下人に対待するは、道理に按りて童僕を喪失するは必然なり。(此の爻の注伝は原本已に缺失せり。)

九四,旅于處,得其資斧,我心不快。象曰:旅于處,未得位也。得其資斧,心未快也。旅以剛而升於上,體寄得所處,未得位也。資斧者,將營作所使之具也。得其所處,下應而獲其資器,而以旅之難也。其可就乎?終不得其位,故我心不快也。

九四は、旅人は暫居の処所有りて、亦た盤纏と斧具を得たるも、然れど我が心の裡は并びに痛快ならず。《象伝》に曰く:旅人の住処有るは、卻って未だ応有の名位を得ざればなり。資斧を得るも、心の裡は仍旧痛快ならず。九四は陽剛を以て上昇して上卦に進入して、身体は寄托して一の身を安ずるの所有るも、卻って正当の位置を取得せず。謂う所の「資斧」とは、営造作業を準備するの時に用うる所の器具なり。それ棲身の処を找到して、又た初六と相「応」して此れらの器具を得たるも、然れど客旅の身を以て、処境本より艱難にして、此の点の憑借を憑りて何処に即ち事を成す能わんや。終竟応有の名位を得ず。ゆえに我が心の裡に痛快ならず。

六五,射雉,一矢亡。終以譽命。象曰:終以譽命,上逮也。君子藏器於身,待時而動,則我由獲也。旅,火山旅也。五寄柔於剛也,物有非可久也。不由於我也,豈久其位乎。將遂安也,非惟失位,抑亦喪其謀矣。以其居中上之位,旅之貴者也,素以眾仰,故及於終有譽之命也。欲麗中,故曰雉也。

六五は、山鶏を射て、一支の箭を丟えり。最終は卻って此を因に美譽と爵命を獲得す。《象伝》に曰く:終に美譽爵命を得るは、其の能く人に上達すればなり。君子は才具を身上に蔵して、時機を等待して動けば、収穫即ち己に由りて掌握せらる。旅卦は上は離・下は艮にして、即ち火の山の上に在るの象なり。六五は陰柔を以て陽剛の間に寄托して、凡そ寄托の物は皆長久する能わずして、主動権は又た己の手裡に在らず。何ぞ長久に此の位置を占住する能わんや。若し只だ眼前の安逸を図れば、那れ即ち位置を喪失するのみならず、原有の謀劃も亦た一倂に喪失せん。好くもそれ上卦の中位に居りて、是れ羈旅の中に於て身份尊貴の一位にして、平素衆人の仰望する所と為る。ゆえに最後に到りてなお美譽と爵命を得。それ「中」道に依附するの意有りて、而して離卦は雉に取象す。ゆえに雉を射ると曰う。

上九,鳥焚其巢,旅人先笑,後號咷。喪牛于易,凶。象曰:以旅在上,其義焚也。喪牛于易,終莫之聞也。旅於上,極巢之髙也。旅得上位,先笑者也。以旅在上,人所嫉也。則焚巢而號咷矣。牛順物也,旅之為道,全於順也。剛而亢居,喪其順也。旅者人之客也,又剛而無順人,何吉哉,故喪於無難也。固其凶哉。

上九は、鳥巣は焼掉せられて、旅人は起初歡笑して、後来は放声痛哭す。辺邑に於て軽易に牛を丟えり。凶。《象伝》に曰く:羈旅の身を以て最上に居るは、理に按りて即ち焼かるべし。辺邑に於て牛を丟うは、終に人の知る無し。上九は旅卦の最上に処りて、正に鳥巣の築かるる最も高きの処なり。客旅の身を以て上位を占したれば、起初自然歓笑す。然れど客居して人の上に凌駕するは、人の嫉恨を遭うを要す。ここに於て巣は焼掉せられて放声痛哭す。牛は馴順の牲畜にして、羈旅の道は全て一の「順」の字に在り。上九は陽剛にして高亢に自居すれば、即ち此の柔順を喪失せり。旅人は本より他人の客人にして、又た剛強にして人に順従するに肯ぜず。何処に吉利有らんや。ゆえに并びに何の危難も無きの処に於て牛を丟う。凶険は自然免るる能わざるなり。

巽卦

巽下巽上 巽,小亨。利有攸往,利見大人。彖曰:重巽以申命,剛巽乎中正而志行,柔皆順乎剛,是以小亨,利有攸往,利見大人。

下卦を巽・上卦も亦た巽と為すは、《巽》卦なり。巽卦は言う:小に亨通して、前往する所有るに利あり、大人に見ゆるに利あり。《彖伝》は言う:両の巽の重畳するは、政令を反復申明す。陽剛は謙遜にして中正の道を守住して、ここをもって心志は推行を得。陰柔は皆陽剛に順従す。ゆえに小に亨通して、前往する所有るに利あり、大人に見ゆるに利あり。

巽剛巽柔,柔順剛也。申重也。上下皆巽,政之缺,乗其巽而重命,其治命行,則獲安矣。陽居於中正雖巽而志行也。柔皆上順於剛,物無逆者,可以行權而合法也。巽以申之,復其小康也。是以小亨,巽而往無不利也。大人得於中正,利以見之,輔而行其制也。

巽卦は陽剛の陰柔に対して謙遜にして、陰柔は又た陽剛に順従す。「申」とは即ち重複なり。上下両卦は皆巽にして、正に政令の缺失あるの時に当たりて、即ち此の謙順を趁りて重ねて命令を申明して、治理の号令を推行し下れば、天下即ち安定を獲得す。陽爻は中正の位に居りて、謙遜なるも心志はなお能く推行す。陰柔は皆上に向かいて陽剛に順従して、万物は違逆の無し。ゆえに権変を施行して又た法度に合する能し。謙遜を用いて命を反復申明すれば、小康の局面に回復する可し。ゆえに小に亨通すと曰う。謙順にして前往せば即ち不利無し。大人は中正の道を得て、彼に見いに往くに利ありて、彼を輔助して制度を推行せしむ。

象曰:隨風巽,君子以申命行事。風巽,風相隨也。故君子申上之命,而從其事,率民以隨上,而民皆隨令也。

《象伝》は言う:風と風の相随うは、此れ即ち巽卦なり。君子は此より政令を反復申明して政事を推行す。巽は風と為して、両風は相随う。ゆえに君子は君上の命令を重申して事を着手して、百姓を帯領して在上の者に跟随せしめば、ここに於て百姓は皆号令に聴従す。

初六,進退,利武人之貞。象曰:進退,志疑也。利武人之貞,志治也。巽柔在下,而不能果決,進退者也。巽於始,申命行事之初也。利於勇而行之則正也。非暴也,志行其治者也。

初六は、進退猶疑不定にして、武人の如く正を守るに利あり。《象伝》に曰く:進退不定なるは、心志に疑有ればなり。武人の正を守るに利あるは、心志は事情を為办好くするに在ればなり。初六は陰柔にして最下に居りて、能く果断に決定する能わず。ゆえに進退遅疑す。それ巽卦の開頭に処りて、正に政令を申明して事を着手するの起始段階にして、勇敢に執行しに往くに利ありて、那れ乃ち正と算す。此れ并びに暴力を施行せんとするにあらずして、而是れ心志は政事を治理し好くするに在り。

九二,巽在床下,用史巫,紛若吉,無咎。象曰:紛若之吉,得中也。巽乎下也,而又陰居床下之巽,猶得其中。巽下通上,方於祭祀之用史巫,雖多於敬事,達其命不任於已,則吉也。

九二は、謙卑して床底下に至りて、祝史と巫覡を任用して、紛紛擾擾として忙碌す。吉利にして、過ちなし。《象伝》に曰く:紛擾して吉なるは、九二の「中」に居ればなり。それ下に対して謙遜にして、又た陽爻を以て陰位に居りて床下に伏するが如く卑屈なり。好くもなお「中」道を守住せり。それ下より上に至りて君意を通達す。祭祀の時に祝史巫覡を任用するに好比如して、恭敬に神を事るの上に於て繁多を為すも、卻って能く命令を伝達し出して事情を己の身上に攬せず。ゆえに吉利。

九三,頻巽吝。象曰:頻巽之吝,志窮也。處卦之髙,巽於下柔,求其巽而不獲,匪其中而莫正,以至於頻蹙憂嗟也。剛不能執志,而窮於巽,可惜也巳。

九三は、一再屈従して愁眉展ばずして、憾惜あり。《象伝》に曰く:屡屡屈従するの憾惜は、心志困窮せればなり。九三は下卦の最高処に処りて、卻って下面の陰柔に対して謙遜するを要す。相手の順従を求めんと欲するも得られずして、それ既に「中」に居らずして又た「正」を得ずして、愁眉苦臉して憂嘆已まざるに至る。陽剛にして能く己の志向を堅守する能わずして、謙順の上に於て窮途に走り至れり。実に惜しむべし。

六四,悔亡,田獲三品。象曰:田獲三品,有功也。陰巽主也。為陽所巽,而順於陽,得位上奉而當之矣。臣而行事悔之道也。順而正之,何悔之有,故建功而田獲三品能歆其神人也。

六四は、悔恨消失して、田獵は三類の獵物を獲得す。《象伝》に曰く:田獵に三類の獵物を獲得するは、功労を建立せるを言うなり。六四は陰爻中の事を主るの一位にして、衆陽は皆之に対して謙遜して、而して它又た陽剛に順従す。それ位を得て上に向かいて君主を奉承して、正に相「当」せり。臣子を為るは擅自に行事するは、本より悔を招くの路数にして、然れどそれ順従して正道に合せば、復た何の悔する可きあらんや。ゆえに能く功業を建立して、田獵に三類の祭品を獲得するに好比如して、神明と人をして欣然と享用せしむるに足る。

九五,貞吉,悔亡。無不利,無初有終,先庚三日,後庚三日,吉。象曰:九五之吉,位正中也。以剛而巽於中正,巽而無違,中而不過,正而得當,以是申命牧下之功,何悔之有,何往不利。始而從之,政非自我,故無初矣。後獲其治,故有終也。甲者則事之首,庚者甲之中也。申重也。事中失而重之治也,則無世無之矣。主巽於臣,臣順於主,而為功也。當其殷巽於大彭、豕韋申之也,其在周巽於齊桓、晉文申之重,而其道小通矣。夫正其失者,先原其始,察其中知其弊,故先之三日也。因其弊而反正其失,得後三日之吉也。不可以不審也。無因而為者,未之有也。

九五は、正を守れば吉にして、悔恨消失して、不利ある無し。起初は順ならざるも最終は成有りて、庚日の前の三天、庚日の後の三天に於て分別に申告せば、吉利。《象伝》に曰く:九五の吉利は、其の正中に位居すればなり。九五は陽剛を以て謙遜に中正の道を守住す。謙順にして違逆せず、中に居りて過分ならず、正を得て恰当なり。此の如き態度を用いて政令を申明して下民を統御せば、復た何の悔する可きあらんや。何処に往くとも利あらざらんや。起初はただ旧有の政令を承接して、政事は本より己より出づるにあらず。ゆえに開端無しと曰う。後来治理の成效を收到して、ゆえに好き結局有りと曰う。天干中の甲は一事の開頭にして、庚は則ち十干の中段に処す。「申」は重申の意思にして、事情は中途に行きて偏差出づるも重ねて整治を加えれば、此れ何れの代に於ても免れざる所なり。君主は臣下に対して謙遜にして、臣下は君主に対して順従して、事功乃ち為成る能し。商代は大彭・豕韋の此の如き方伯を倚重して王命を重申し、周代は斉桓公・晋文公を倚重して王命を重申して、此の弁法を靠りて、王道乃ち勉強して小有通行せり。凡そ過失を糾正する人は、先ず事情の起頭を推原して、再び中間の経過を考察して弊病の在る所を看清す。ゆえに庚日の前の三天に於て先ず準備を作るを要す。弊病に順いて其の偏失を矯正せば、即ち庚日の後の三天の吉利を得。此の事は仔細に審察せざる可からず。縁由無くして貿然に行事して能く成功するは、従来曽て有らざるなり。

上九,巽在床下,喪其資斧,貞凶。象曰:巽在床下,上窮也。喪其資斧,正乎凶也。以剛而居重巽之上,以巽於下,巽而極,過巽無甚焉,在床下者也。極巽失據,無剛之用,資器皆亡之矣,身將安守哉,正其凶也。

上九は、謙卑して床底下に至りて、盤纏と斧具を丟失せり。正を守るも亦た凶。《象伝》に曰く:謙卑して床下に至るは、上位に居りて窮途に走り至ればなり。資斧を丟うは、正に凶険を招来せり。上九は陽剛を以て両の巽卦の最上に居りて、反って下面に向かいて卑屈して、謙遜は極点に到れり。過度の謙卑は此れより甚だしき無し。ゆえに床下に伏すと曰う。謙卑は極処に到れば即ち立足の地を喪失して、陽剛の才は発揮するに由無くして、資財器具すら皆丟光せり。自身は復た何を靠りて守住せんや。此の凶険は它自ら招来せるなり。

兌卦

兊下兊上 兊,亨,利貞。彖曰:兊,說也。剛中而柔外,說以利貞,是以順乎天而應乎人。說以先民,民忘其勞。說以犯難,民忘其死。說之大,民勸矣哉。

下卦を兌・上卦も亦た兌と為すは、《兌》卦なり。兌卦は言う:亨通して、正を守るに利あり。《彖伝》は言う:兌とは即ち喜悦なり。陽剛は「中」に居りて陰柔は外に在りて、喜悦の道を以て正固を守持す。ゆえに上は天道に順い下は人心に応ず。喜悦の道を用いて百姓の前頭を走れば、百姓即ち労苦を忘れん。喜悦の道を用いて冒険犯難に往けば、百姓即ち死亡を忘れん。喜悦の力量は真に大なりや。百姓は此を因に鼓舞を得。

剛中正而外柔,順於萬物,皆說其澤。聖人以說先人,而民忘其勞,以說犯難,民則忘死。非大人不能說於民,而民咸說而得其正也。

陽剛は中に居りて正を得て外表柔和にして、万物に順応して、万物は皆其の潤沢を喜愛す。聖人は喜悦の道を以て衆人の前面を走れば、百姓即ち労苦を忘掉す。喜悦の道を以て帯頭して難に赴けば、百姓即ち生死を忘掉す。徳ある大人にあらざれば、能く真に百姓を喜悦せしめずして、亦た能く百姓をして人人歓悦して同時に正道に帰せしむる能わず。

象曰:麗澤,兊。君子以朋友講習。兩說而合者,莫過於朋友講習也。

《象伝》は言う:両沢の相連して互に滋潤するは、此れ即ち兌卦なり。君子は此より朋友と一起に講論学習す。両方は彼此喜悦して契合するは、朋友の間の講論切磋より好き莫し。

初九,和兊吉。象曰:和兊之吉,行未疑也。以剛正之說,首出門而和人也。守正和人也。守正和人,何往不吉。行豈疑哉。

初九は、和順の道を以て人を喜悦せしめば、吉利。《象伝》に曰く:和悦して吉なるは、其の行為の懐疑す可き無ければなり。初九は陽剛端正の喜悦を以て、率先して門を出でて人と和睦相処して、正道を守住して人と交往しに往く。正を守りて人と和せば、何処に往くとも不吉あらんや。行為は又何処に人の猜疑を招かんや。

九二,孚兊吉。悔亡。象曰:孚兊之吉,信志也。失位與三,豈無悔也。志在和人,欲其說,信中不失正,故吉也。夫何悔焉。

九二は、誠信を以て人を喜悦せしめば、吉利にして、悔恨消失す。《象伝》に曰く:誠信喜悦して吉なるは、其の心志の誠実信ず可ければなり。九二は陽爻を以て陰位に居りて「正」を失い、又た六三と親比相近し。何ぞ悔恨無からんや。但だしそれ心志は人と和睦するに在りて、人人の歓悦を希望して、内心誠信にして正道を失わず。ゆえに吉利。復た何の悔する可きあらんや。

六三,來兊凶。象曰:來兊之凶,位不當也。兊者,陽說陰也。過說於上,柔以來人,使人從欲者也。何以終哉,凶其宜也。

六三は、主動に前来して人の歓喜を討わんとす。凶。《象伝》に曰く:来りて悦を求むるの凶険は、其の位置の「当」ならざればなり。兌卦は本より陽爻の陰爻に向かいて悦を示すにして、六三は卻って過分に上面を取悦しに往きて、柔媚を用いて他人を招引して、人をして欲望を放縦せしむ。此の如くして何ぞ好き結末有る能わんや。凶険は其の応得する所なり。

九四,商兊未寧,介疾有喜。象曰:九四之喜,有慶也。乾居臣位,商量冝制,祗上使下,不敢自安,皆獲所說,必得其慶也。故大速有喜也。

九四は、如何に取悦すべきかを反復商量して心中安寧を得ずして、能く断然として小人の此の禍患を隔絶すれば即ち喜慶有らん。《象伝》に曰く:九四の喜慶は、其の福慶有るを言うなり。九四は陽剛にして臣位に居りて、采取すべきの措置を斟酌商量して、君上を敬事して下属を役使して、己を安逸せしむるを敢えてせずして、上下皆其の喜悦する所を得。必ず福慶を獲得せん。ゆえに甚だ速くして喜事有らん。

九五,孚于剝,有厲。象曰:孚于剝,位正當也。陰二君而一民,小人之道也。處尊而孚於上,陰信於小人消君子之道也。得位正當為人之刑,則下化矣。下之消則上危也。可不慎乎。

九五は、陽剛を消剥する小人に対しても亦た誠信を講ずれば、危険あり。《象伝》に曰く:陽を剥ぐるの小人に対して信を講ずるは、九五の処する所の位置の正当なればなり。両の君主にして一の百姓あるのみは、此れ小人の路数なり。九五は身は尊位に居りて上六の此の陰爻に対して推心置腹すれば、即ち誠信を小人に与えたるにして、那れ君子の道を消損せん。它位を得て正当にして、本より衆人の表率と為るべく、下面は自然其の感化を受く。然れど下の君子は一旦消損せられれば、上の君主も亦た危険なり。何何ぞ謹慎せざる能わんや。

上六,引兊。象曰:上六引兊,未光也。為五牽說,信而尚之,柔而匪正也。雖說來矣,豈足光哉。

上六は、他人を牽引して来りて喜悦を求む。《象伝》に曰く:上六の牽引して悦を求むるは、其の道未だ光大する能わざればなり。上六は九五に牽引せられて相悦して、九五は之を信任して并びに之を推重するも、然れど它陰柔にして位「正」ならず。人を引得て前来して歓悦せしむるも、又何処に光大を談ぜんや。

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