Libo

革卦

春秋 · 卜子夏 · 第9巻 / 15

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

離下兌上 革,已日乃孚,元亨利貞,悔亡。彖曰:革,水火相息,二女同居,其志不相得,曰革。已日乃孚,革而信之,文明以說,大亨以正。革而當,其悔乃亡。天地革而四時成,湯武革命,順乎天而應乎人。革之時大矣哉。

下卦を離・上卦を兌と為すは、《革》卦なり。革卦は言う:彼の日に到りて、人乃ち信ぜん。大いに亨通して、正を守るに利ありて、悔恨消失す。《彖伝》は言う:革とは、水火の互に止息するなり。両の女子は一処に同住して、心志は卻って合い来らず。此れ即ち「革」と曰う。彼の日に到りて乃ち人に信を取るは、変革の後人乃ち之を信ずるを言うなり。文明にして又た和悦にして、大いに亨通して正道に合す。変革当を得れば、悔恨自然消亡す。天地は変革して四季形成し、商湯・周武王は天命を変革して、上は天道に順い下は人心に応ず。革卦の処する所の時機は、意義実に重大なりや。

火不遂其上,澤不得而下,故相息。息也者,勞而止之而得其自生也。二女同居,志乖而不可處,故革而制之,後乃成也。已日而信之,文明而說之剛,則大中元亨以正也。革而當,其悔乃亡。物不久,革之而後成。天地革而成四時也。湯武革命,得其時而天下正也。革非習近之所得也,其大矣哉。

火は能く一直に順遂に上に向かいて焼く能わず、沢水も亦た能く順暢に下に向かいて流るる能わず。ゆえに両者は互に止息す。謂う所の「息」とは、相手をして挫折して停下せしむるにして、反って此を因に自身の新生を獲得す。両の女子は一屋に同住して、心志乖違して共処するに法なし。ゆえに変革を用いて裁制を加えて、此の後乃ち事を成すを得。彼の日に到りて人乃ち信ずるは、文明にして和悦にして、又た陽剛を以て主と為ればなり。ここに於て大「中」の道を守住して、大いに亨通して正に合す。変革当を得れば、悔恨即ち消亡す。事物は能く長久変わらざる能わず、変革を経過して然る後に乃ち成就する能し。天地は変革して四季を形成し、商湯・周武王は天命を変革するは、時機を抓住して天下を正道に帰せしめればなり。変革は旧習に因循して眼前に貪る能くする所にあらず。其の意義は実に重大なりや。

象曰:澤中有火,革。君子以治厯明時。澤中有火,革而後存。君子修其歴數,明其四時之革,而授以民時也。

《象伝》は言う:沢の中に火あるは、此れ即ち革卦なり。君子は此より暦法を制訂して時令を明辨す。沢の中に火を蔵して、両者は必ず変革を経過して乃ち并存する能し。君子は暦数を修訂して、四季の更替変革の規律を弄清して、農時を百姓に頒授す。

初九,鞏用黃牛之革。象曰:鞏用黃牛,不可以有為也。革者,中格事,順於人,而後民志堅,而勉其務也。從已之為而為,則莫聽也,其能久乎,愼初者也。

初九は、黄牛皮を用いて之を牢牢に捆縛するを要す。《象伝》に曰く:黄牛皮を用いて捆縛するは、初九は未だ作為する所有る可からざるを言うなり。変革の此の事は、「中」道に合して事情に切合し、人心に順応して、然る後に百姓の心志乃ち堅定にして、乃ち己の本分に勉力するに肯ず。若し只だ己の意思に按りて一意孤行せば、即ち人の聴従に肯ずする無し。彼の如くして長久する能わんや。ゆえに此の一爻は人をして変革の初に於て格外謹慎せしめんと欲するなり。

六二,已日乃革之,征吉無咎。象曰:已日革之行有嘉也。柔以守位,中以為道,上應於五,有命而行。已日遂革而從其制也。以斯而行,嘉吉也。

六二は、彼の日に到りて乃ち往きて之を変革して、前往して吉利にして、過ちなし。《象伝》に曰く:彼の日に到りて乃ち変革するは、前行して喜慶あらん。六二は陰柔を以て本位を守住して、「中」に居るを以て立身の道と為して、上に向かいて九五と相「応」して、君命を得て乃ち行動す。彼の日に到れば即ち勢いに順いて変革して、君上の裁制に服従す。此の様に為りて往けば、自然嘉美吉慶有らん。

九三,征凶,貞厲。革言三就,有孚。象曰:革言三就,又何之矣。剛得上位,專極其火,性將制,其應不從,其革也。反道背時,征之凶,正之危。自初至三,令已成矣,民已信,又何云也。

九三は、前往して凶険ありて、固守するも亦た危厲あり。変革の主張は三次商議して已に成就して、人は已に信従せり。《象伝》に曰く:変革の言は三次已に成就して、復た何処に往かんや。九三は陽剛にして下卦の最上位に居りて、離火の性子を極端に発揮して、一味に己の性子を憑りて他人を裁制せんと欲す。上六は之と相「応」するも并びに聴従せずして、它復た強行に変革せんと欲す。此れ正道に違背して時機を錯失して、前往せば即ち凶にして、固執して守り下るも亦た危険なり。初九より九三に到りて、変革の号令は已に完成して、百姓も亦た已に相信せり。復た何の好く再び説くあらんや。

九四,悔亡,有孚。改命吉。象曰:改命之吉,信志也。剛能辨志,信而行正,守卑上從,承命而改,得其道矣,何悔之有。

九四は、悔恨消失して、心に誠信を存し、政令を更改せば則ち吉。《象伝》に曰く:命を改めて吉なるは、其の心志の人に信を取ればなり。九四は陽剛にして能く志向を明辨して、信を守りて行事端正にして、臣位を安守して上に向かいて君主に順従し、君命を秉承して旧制を更改しに往く。此れ即ち変革の正道に合せり。復た何の悔する可きあらんや。

九五,大人虎變,未占有孚。象曰:大人虎變,其文炳也。剛居尊而革之知變之道,勇於變革,易而為功也。得於中而煥乎其外,理著於兆矣,豈俟占而知哉。

九五は、大人の変革は虎皮の毛を換うるが如く光彩鮮明にして、占問するを要せずして已に人に信を取れり。《象伝》に曰く:大人の虎変の如きは、其の文采炳煥を言うなり。九五は陽剛を以て尊位に居りて変革を主持して、変通の道理を深知して、革新に勇于す。ゆえに変ること容易にして能く成功す。其の内心は「中」道に得て、外表ここを因に光彩煥発して、事理は征兆の上に於て早已に顕明せり。何ぞ復た占卜を待ちて乃ち知らんことを要せんや。

上六,君子豹變,小人革面。征凶,居。貞吉。象曰:君子豹變,其文蔚也。小人革面,順以從君也。虎變者,明其理,勇於變也。發而成文,君子之類也,大人之道也。其次勇而變焉,故其文蔚也。內信而外說也。小人無所明也。安於舊俗,樂於縱。故革面而已也。猶思其故行也,則周之三監也。征之凶哉。居而守正,獲其吉也。

上六は、君子の変革は豹紋の新を換うるが如く文采斐然として、小人も亦た面目を改換せり。継続して前往せば凶険ありて、安居して正を守って乃ち吉利。《象伝》に曰く:君子の豹変の如きは、其の文采蔚然を言うなり。小人の面目を改換するは、君上に順従するなり。謂う所の虎変とは、事理を明白して変革に勇于して、外に発すれば便ち文采を成就す。此れ君子の一類の人にして、大人の做法なり。次一等の人も亦た能く改変に勇于す。ゆえに文采はただ蔚然として観る可きなり。彼らは内心誠信にして外表和悦なり。小人は道理に一も明らかなる無く、旧有の習俗に安んじて、己を放縦するを喜ぶ。ゆえにただ臉面を一たび改むるの能くするのみ。若しなお旧日の行跡を念念不忘せば、那れ即ち周初の殷民を監視して叛乱したる管叔・蔡叔・霍叔の三監の如く、前往して必ず凶険。安居して正道を守住して、乃ち吉利を獲得するを得べし。

鼎卦

巽下離上 鼎,元吉,亨。彖曰:鼎,象也。以木巽火,亨飪也。聖人亨以享上帝,而大亨以養聖賢。巽而耳目聦明,柔進而上行,得中而應乎剛,是以元亨。

下卦を巽・上卦を離と為すは、《鼎》卦なり。鼎卦は言う:大吉にして亨通す。《彖伝》は言う:鼎とは、一件の象を取るの器なり。木柴を火中に送り入るるは、食物を烹煮するなり。聖人は牲牢を烹煮して上帝を祭享し、又た大規模に烹煮して聖賢を供養す。謙遜柔順にして、ここをもって耳聡目明す。陰柔は前進して上に向かいて行きて、「中」に居りて陽剛と相「応」す。ゆえに大いに亨通す。

天下者,神器也。鼎者大器也。其治之者,必有法也,故以治鼎為法焉。離巽合而成象矣。趾分其初也,次實腹也,中虛耳也。上剛鉉也,故曰鼎,象也。其義以木巽火也。有亨飪之道也。聖人南面而設制度,使天下以器,而治其大器,則物無滯矣。則固矣,故曰鼎。取新也。利出否焉,不置其器者也。治其器必以制度,制之道莫上乎立敬,立敬莫先乎享上帝,此制度之先也。

天下は神聖の器物にして、鼎は則ち国家の大器なり。之を治理するは必ず法度あるを要す。ゆえに鼎を治むるを借りて法度を講明す。離と巽の両卦相合して、即ち鼎の形象を構成す。初爻は分張して下に在りて鼎足の如く、二・三の両爻は充実して鼎腹の如く、五爻は中空にして鼎耳の如く、上爻は陽剛にして耳を貫くの鼎鉉の如し。ゆえに鼎は一件の象を取るの器と曰う。意義に就きて講ずれば、木柴を火中に送り入るるにして、烹煮の道理を含む。聖人は南面して君と為りて制度を設立して、天下人をして各々器用に按りて行事せしめて、ここをもって国家の此の大器を治理せば、万事は即ち壅滞せずして、根基も亦た穩固せり。ゆえに鼎と曰う。鼎の用意は新を取るに在り。「否を出すに利あり」は、陳腐の残渣を倒出すにして、然れど鼎の此の器物本身を廃棄せず。器物を治理するは必ず制度に依頼して、而して制度を建立するの関鍵は、敬心を樹立するより重要なる莫し。敬心を樹立するは、又た上帝を祭享するより在先なる無し。此れ一切の制度の開端なり。

鼎用多而致治者,莫若乎養聖賢。此其器也,得其器行其事然後能為天下王。聖人巽於聖賢,則明矣。以天下之目視也,以天下之耳聽也,於何而不至焉。柔得大位,斂身若不足,故天下歸之。剛上而尊賢,剛而任能也。則天下何有焉。是以大有慶而能通也。

鼎の用途は甚だ多し。而して真に大治を帯来する能くするは、聖賢を供養するより重要なる莫し。此れ正に其の器物と為るの意義の在る所にして、此の器有りて、此の事を為成して、然る後に乃ち天下の王と為るを得。聖人は謙遜に聖賢を礼待せば、眼光即ち明察ならん。天下人の眼睛を用いて看て、天下人の耳朵を用いて聴けば、復た何の達せざる所あらんや。六五は陰柔を以て尊貴の大位に居りて、自身を収斂して総じて足らずを覚えるが如し。ゆえに天下は彼に帰附す。上九は陽剛にして上に在りて賢者を尊崇し、君主は剛健にして能有る人を任用するに肯ぜば、然らば天下は復た何の難辦の事あらんや。ここをもって大いに喜慶有りて能く通達す。

象曰:木上有火,鼎。君子以正位凝命。木上有火,爨鼎之道。治鼎者也,當聖人養賢使能也。君子正位守職,成聖人之命也。

《象伝》は言う:木の上に火あるは、此れ即ち鼎卦なり。君子は此より名位を端正し使命を凝聚す。木の上に火を燃すは、正に火を焼きて鼎を煮るの様子なり。鼎を治むるに会する人は、聖人の賢才を養育し能者を任使するに相当す。君子は己の名位を端正し本職を守好して、此を以て聖人の托付する所の使命を成全す。

初六,鼎顚趾,利出否。得妾以其子,無咎。象曰:鼎顚趾,未悖也。利出否,以從貴也。下鼎趾也,上應顚也。治鼎之道,用鼎之始也。應滌覆否,顚之利也。妾本下也,而以孚升士,雖賤而才貴。火上從而致其新也。可無咎矣。夫制者,有位而從權,雖反可也。

初六は、鼎は翻転せられて鼎足は上に朝かえり、裡面の汚穢残渣を倒出するに利あり。妾を娶りて彼女を因に児子を生めば、過ちなし。《象伝》に曰く:鼎足の翻転するは、本より常理に違背せず。残渣を倒出するに利あるは、以て尊貴の一方に順従せんと欲するなり。初六は最下に在りて是れ鼎足なり。それ九四と相「応」して上に向かいて牽引せられて、即ち翻転の象と成れり。鼎を治むるの弁法は、鼎を用い始むるの時正に此の如くなるべし。鼎身を洗滌して汚物を倒浄すべく、此れ即ち鼎を翻すの好処なり。妾の地位は本より低下なるも、卻って誠信を憑りて己の児子をして士に進身せしむ。人は卑賤なるも才具は可貴なり。火は上に在りて之に随いて焼き起れば、鼎中は便ち新物に換上せり。ゆえに過ちなからん。凡そ制度を主持する人は、其の位に居りて権変を懂得せば、做法は便ち一時に常規と相反するも、亦た可なり。

九二,鼎有實,我仇有疾,不我能即,吉。象曰:鼎有實,愼所之也。我仇有疾,終無尤也。剛以中應而承其實,任之重者矣。四以近權,惡我專任,怨偶敵我,不可以不愼其所行。然九四之覆,餗正無幾矣。豈暇謀我哉。獲其終吉也矣。

九二は、鼎中に食物満装せり。我が対頭は正に病を害して、我に靠近する能わず。吉利。《象伝》に曰く:鼎中に実物あるは、己の去向を謹慎すべし。我が対頭は病有りて、終に過失なからん。九二は陽剛にして「中」に居りて六五と相「応」して、鼎中の実物を承載す。是れ重任を担負するの人なり。九四は君位に靠近して権勢を握有して、九二の独り専任を得るを厭悪して、怨偶と成りて我と敵を為す。ゆえに九二は己の行止を謹慎せざる可からず。然れど九四は自ら正に鼎を打翻して、鼎中の美食は眼に見て残り無多し。何ぞ復た工夫ありて来りて我を算計せんや。ゆえに九二は終竟吉利を獲得す。

九三,鼎耳革,其行塞,雉膏不食,方雨虧悔,終吉。象曰:鼎耳革,失其義也。尊柔非應,而革於四,鼎耳所以待實而將用也。革則我道不通也。雉膏焉得而食哉。夫君子之修徳,用其知也,欲其效也,無已知以應,不能進也,安得其任哉。失修徳之義也。當鼎新主,耳目聦眀,以柔徳接之,獨見以進則悔虧而終吉也。

九三は、鼎耳は変故を発生して、行動はここを因に受阻して、肥美の野鶏肉は喫上せず。天降の甘雨を待たば、悔恨即ち減少して、最終吉利。《象伝》に曰く:鼎耳の変を生ずるは、其の本来の意義を喪失せればなり。六五は陰柔を以て尊に居りて、九三と并びに相「応」せずして、中間は又た九四の阻隔改変する所と為る。鼎耳は本より鼎の食物を満装して抬挙取用を準備するを待つ所にして、鼎耳は一変して、我が路子は即ち通ぜず。肥美の雉肉は何ぞ復た喫到する能わんや。君子は徳行を修養するは、己の才智を施展して、其の功效に見るを指望するを要す。若し己と相応するの知遇の人なければ、即ち上進するに法なく、又何の任用せらるるを談ぜんや。此れ即ち徳を修むるの本意を喪失せり。正に鼎道更新して新君の耳聡目明の時に当たりて、君主は柔順の徳を以て彼を接納して、彼は独自の見識を憑りて進用を得れば、然らば悔恨即ち減少して終に吉利に帰せん。

九四,鼎折足,覆公餗,其形渥,凶。象曰:覆公餗,信如何也。以不中之才當鼎食之寵,事上與下,力何任焉,折足者矣。非唯足折,亦虧公任也。公任虧則受凶。渥者,形濡什而不勝也。非所任而任,以至於此,信有凶矣,如之何哉。

九四は、鼎足折断して、王公の美食を打翻して、鼎身は淋漓として沾污す。凶。《象伝》に曰く:王公の美食を打翻するは、此の信任は復た何と交代せんや。九四は「中」に居らざるの才具を以て鼎食を享用するの寵位を占據して、上は君主を事奉せんとし、下は衆人を照応せんと欲す。其の力量は何ぞ担い起らんや。ここに於て鼎足を折断せり。ただ足を折るのみならず、亦た王公の委任を辜負す。托する所を辜負せば、即ち凶険を遭受せん。謂う所の「渥」とは、形体は湯汁に浸透せられて狼狽して支撑する能わざるの様子なり。本より其の勝任する能くする事にあらざるを卻って彼に担任せしめば、乃ち此の歩田地に落ち至る。確かに凶険ありて、又た何と為る能わんや。

六五,鼎黃耳金鉉,利貞。象曰:鼎黃耳,中以為實也。文而虛中,待鉉以載也,故能應剛而任重之矣。尊柔以能,利而得正也。

六五は、鼎は黄色の鼎耳と銅鉉を配上して、正を守るに利あり。《象伝》に曰く:鼎に黄耳有るは、「中」に居るを以て其の実質と為せばなり。六五は文明にして内心虚空にして、鉉の鼎耳に貫入して鼎を抬起せんを待てば、ゆえに能く陽剛と相「応」して重任を承担す。それ尊位に居りて卻って柔順に能有る人を任用す。ここをもって利ありて「正」を得。

上九,鼎玉鉉,大吉。無不利。象曰:玉鉉在上,剛柔節也。剛上而尊,賢助以載鼎也。玉鉉者,貴於金而不當用也。剛能聦逹,茍柔奉之巽,而以順得其節矣。器大治矣,故大吉而無不利也。

上九は、鼎は玉製の鼎鉉を配上して、大吉にして、利あらざる無し。《象伝》に曰く:玉鉉は最上に在りて、是れ剛と柔各々其の節度を得ればなり。上九は陽剛にして上に居りて人の尊崇を受く。是れ賢者は力を出して鼎を抬挙し起るなり。玉鉉は銅鉉より更に貴重にして、本より日常の用うる所の物にあらず。上九は陽剛にして聡明通達にして、六五は又た柔順謙遜に彼を奉承して、剛柔相済して、即ち応有の節度を得たり。鼎の此の大器は治理して好し。ゆえに大吉にして不利無し。

震卦

震下震上 亨,震來虩虩,笑言啞啞,震驚百里,不喪匕鬯。彖曰:震,亨。震來虩虩,恐致福也。笑言啞啞,後有則也。震驚百里,驚逺而懼邇也。出可以守宗廟社稷,以為祭主也。

下卦を震・上卦も亦た震と為すは、《震》卦なり。震卦は言う:亨通す。雷震は伝わり来りて人をして驚恐不安せしめて、随いて談笑の声は啞啞として起る。雷震は百里の遠きを驚動して、主祭人の手中の匕匙と香酒は卻って曽て失落せず。《彖伝》は言う:震は亨通す。雷震は伝わり来りて人を驚恐せしむるは、恐懼を知るを以て乃ち福沢を招来する能くすればなり。談笑啞啞は、此の後行事に法則有らんとす。百里を震驚するは、遠方を驚動して近処の人をして戒懼せしむるなり。長子は出でて事を主りて、能く宗廟社稷を守住して、祭祀の主を充当す可し。

震,亨。因其震而自震也。微而震之,保其終也。雷者天之震也。君子變其容,號令者,上之震也,保其終也。雷來類震者,外一動也。君子省諸內,見外猶驚之,況於自動乎。動者,吉凶悔吝之所生也。事之來驚,而虩虩然,後獲其笑語也,福之生後之則也。震,始生之陽,長子者也。長者能震,是震其初也。有其長子,則能驚其逺而懼邇也。君子可以守宗廟祭祀,則匕鬯不缺而保其社稷也。皆初震而有其後者也。

震卦の亨通する所以は、人は震動を受けて能く自ら警醒するを以てなり。震動なお軽微の時に於て先ず自ら震醒して、乃ち最後の結果を保全する能し。雷は上天の震動にして、君子は之が為に色を変え容を改む。上位の者は号令を発施す。之れ人君の震動にして、皆善終を守住せんが為なり。雷は一来れば、凡そ之と同類の物は皆震動に随いて、那れ過ぎず外物の一次の動盪なり。君子は卻って此より内に向かいて反省す。外物を見てなお驚惕す。況んや是れ己の挙動する所有るをや。挙動とは、正に吉・凶・悔・吝の産生するの根源なり。事情は来る時先ず驚懼不安して、此の後乃ち談笑の従容を獲得して、福沢は此より生じて、法則も亦た之に随いて確立す。震は初生の陽にして、長子を象徴す。長子は能く震動を主るは、正に最初に於て即ち己を震醒せんと欲するなり。此の如き長子有れば、即能く遠方を驚動して近処をして戒懼せしむ。君子はここをもって宗廟祭祀を守住する能く、匕匙香酒は缺失せざらんとし、社稷は保全を得ん。此れら皆開端の処に於て震懼を知りて、ここを因に好き結末あるの例子なり。

象曰:洊雷震,君子以恐懼,修省。重雷震而不已也。君子修已而履省之,恐懼之至,患無由及也。

《象伝》は言う:雷声の相継いで至るは、此れ即ち震卦なり。君子は此より心に恐懼を懐きて、自身を修養し過失を反省す。雷声は重畳して、震動して停まず。君子は己を修養して、歩歩反省検査して、戒懼は極点に到れば、禍患即ち降臨するに由無し。

初九,震來虩虩,後笑言啞啞。吉。象曰:震來虩虩,恐致福也。笑言啞啞,後有則也。剛能制斷,辨物也。動之於初,震其始恐懼其初,後有則,得震之義也。

初九は、雷震は伝わり来りて人をして驚恐不安せしめて、此の後卻って能く談笑啞啞として、吉利。《象伝》に曰く:震来して驚恐するは、恐懼を知るを以て乃ち福沢を招来する能くすればなり。談笑啞啞は、此の後行事に法則有らんとす。初九は陽剛にして能く決断して、事物を弁別するに善し。それ最初に於て即ち動作する所有りて、開端の処に於て己を震醒して始に於て戒懼して、此の後行事は便ち法度有らん。此れ乃ち真に震卦の意義を得たり。

六二,震來厲,億喪貝,躋于九陵,勿逐,七日得。象曰:震來厲,乘剛也。剛初而震之,保其吉也。二而已震,失其義也。乘剛震位,危喪資也。則度其喪而上升矣,兩震不相應也。何所來乎,雖懼而不失中,可以自省,終固其所,勿逐之矣。七日而得其所喪也。七日者,極六爻而反下也。剛斯易矣。

六二は、雷震は伝わり来りて危険ありて、銭財を喪失せんと估量して、只好く高高の九重の山陵に登上して避ける。追尋しに往くを要せず、七天以後自然復得せん。《象伝》に曰く:震来して危有るは、六二の陽剛の上に凌乗すればなり。初九は最初に於て即ち震を受けて自ら警せば、ゆえに吉利を保住せり。六二は震已に発作するを待ちて乃ち震動せば、即ち震卦の本意を喪失せり。それ陽剛を凌乗して身は震動の位に処れば、ゆえに危険ありて資財を損失せんとす。ここに於て它損失を権衡して上に向かいて避升す。上下両の震卦は同性にして、彼此并びに相「応」せずして、又何処より援手を得んや。それ驚懼するも、卻って「中」道を喪失せずして、能く自ら反省して、終竟己の位置を穩住せり。ゆえに追いに往くを要せず。七天の後自ずから喪失したる物を找回せん。謂う所の七天とは、六爻の一周を走完して下卦に返帰して、彼の時陽剛は已に平易に転成せり。

六三,震蘇蘇,震行無眚。象曰:震蘇蘇,位不當也。弱而無當,蘇蘇也。居不安矣。行乃無眚也。

六三は、震動の中に於て緩緩に驚醒して恍惚不定す。震に因りて行動せば、即ち災禍なからん。《象伝》に曰く:震動の中に恍惚不安なるは、其の処する所の位置の「当」ならざればなり。六三は陰柔にして位置当ならざれば、ゆえに恍恍惚惚たり。原処に留るも并びに安穏ならずして、身を動かして前行すれば反って災禍無し。

九四,震遂泥。象曰:震遂泥,未光也。光可震也。而屈於柔,安於眾陰之中,已泥者也。失其震首,省不能致後之福,雖得所奉,豈足光哉。

九四は、震動の後終に泥の裡に陥る。《象伝》に曰く:震して泥に陥るは、其の道未だ光大する能わざるを言うなり。九四は本より光明有りて震威を発動するに足るも、卻って陰柔の下に屈居して、衆多の陰爻の中に安処して、已に泥濘の中に陥り入れり。它首倡震動の地位を丟掉して、便ち反省するも亦た日後の福沢を換回する能わず。縦になお人の之を奉承する有るも、又何の光大を談ぜんや。

六五,震往來厲,億無?。有事。象曰:震往來厲,危行也。其事在中,大無喪也。懼而往也。尊行何安,其反來也。剛以為疾,故皆危也。則以度而居矣,位得大中,事之主也。剛從而依,而不敢遂逼矣,懐懼而已,無所喪也。

六五は、震動の来るや、前往して危険にして退回するも亦た危険なり。估量し下るに并びに損失なく、仍旧祭祀の事を主持する可し。(原文「億无」下に一字を缺く、通行本は「喪」と作る。)《象伝》に曰く:往来皆危険なるは、行動に危有るを言うなり。六五の主持する所の事は「中」を守るに在れば、ゆえに大体上損失有らざらん。それ心に戒懼を懐きて前に向かいて走るも、然れど尊位を以て行事せば又何処に安穏あらんや。転身して退回せば、陽剛は又た逼迫して患と為る。ゆえに往来皆危険なり。ここに於て它形勢を審度して安居して動かず。それ上卦の大「中」に位居して、是れ事を主るの人にして、陽剛は随従して之に依附して、并びに敢えて一味に進逼せず。それ過ぎず戒懼を懐くのみにして、実際上并びに失する所なし。

上六,震索索,視矍矍,征凶。震不于其躬,于其鄰,無咎。?媾有言。象曰:震索索,中未得也。雖凶無咎,畏鄰戒也。索索而驚,矍矍而視,重震之極而中心不自得也。君子安其身而後動也。極懼也,何所容哉。內外震懼,身之危,征之凶矣。震不以躬,懼鄰而驚,則無咎也。兩震者,動而自省,則行之有終,陽之和,象之純故也。自震而戒,則可兩震求合,則乖也。

上六は、震動の中に於て脚步索索として発抖し、両眼は驚惶して四顧す。前往して凶険あり。雷震は己の身上に落ちずして、ただ隣居の身上に落つれば、即ち災禍なからん。但だし姻親の間は難免して閑話あらん。(「?」処は原文缺字、通行本は「婚」と作る。)《象伝》に曰く:脚步索索として発抖するは、心中未だ「中」道を得ざればなり。凶険あるも災禍なきは、隣居の震を受くるを見て警戒を知ればなり。索索として発抖して驚懼し、矍矍として不安に張望するは、重畳の震動の極点に到りて、内心は能く自主せざるなり。君子は総じて先ず自身を安頓し好くして然る後に乃ち行動す。如今恐懼は極処に到れば、復た何の身を容るるの地あらんや。内外皆震懼の中に在りて、自身已に危殆なり。再び前に往きて走れば即ち凶なり。震動は己の身上に落ちずして、隣居の震を受くるを因に自ら驚けば、即ち災禍なからん。上下両の震卦は、若し各々震動に因りて自ら反省せば、行事即ち能有始有終ならん。此れ彼らの同じく陽気の和に属して卦象純一なるの縁故なり。自身の震を受くるより戒懼を知れば便ち好し。若し両の震は硬に互に求合せんと欲せば、反って彼此乖違せん。

艮卦

艮下艮上 艮,其背不獲其身,行其庭不見其人,無咎。彖曰:艮,止也。時止則止,時行則行。動靜不失其時,其道光明。艮其止,止其所也。上下敵應,不相與也。是以不獲其身,行其庭不見其人,無咎也。

下卦を艮・上卦も亦た艮と為すは、《艮》卦なり。艮卦は言う:背部に抑止して、即ち己の身体を覚察せず。自家の庭院の裡を走りて、亦た庭中の人を看見せず。過ちなし。《彖伝》は言う:艮とは即ち止なり。停るべきの時に於て即ち停りて、行くべきの時に於て即ち行きて、動と静は皆時機を錯過せざれば、其の道即ち光明なり。謂う所の「其の止を艮す」とは、各々己の処るべきの処所に停るなり。上下両卦の爻位は相「敵」して相「応」せず、彼此相往来せず。ゆえに自身を覚察せずして、庭院を走り過ぐるも人を看見せず。ここをもって過錯なし。

艮兩止也。各止於所,向也。見敵應而咎生也。不獲其身,不欲彼見於我也。至近而不可通,雖行其庭不見其人。我無見於彼也。不相見也。何敵之有乎,故無咎也。君子之道,無固也,時可止則止之,時可動則動之,消息以時,而道乃光也。

艮卦は上下両の「止」にして、各々己の位置と朝向の上に停る。凡そ相遇して敵「応」を結成する者は、過錯即ち此より産生す。謂う所の「其の身を獲ず」とは、相手をして己を看見せしめんを願わざるなり。彼此は近在咫尺にして互に相通ぜず。ゆえに自家の庭院の裡を走るも亦た庭中の人を看見せずして、我も亦た相手を看に往かず。両辺は互に相見えずして、何ぞ復た敵対の言う可き有らんや。ゆえに過ちなからん。君子の立身の道理は并びに一端を固執せず。時勢は止む可ければ即ち止住して、時勢は動く可ければ即ち動き起して、時勢の消長に随いて進退して、其の道乃ち光大する能し。

象曰:兼山,艮。君子以思不出其位。一體而兩山,兼山者也。位身之止也,思不出其位,止者也。

《象伝》は言う:両山の重畳するは、此れ即ち艮卦なり。君子は此より思慮は己の職位を越出せざるを明白す。同一の卦体にして両座の山を含めば、即ち「兼山」と曰う。居る所の位置は身体の停留する処所にして、思慮は本位を越出せざるは、正に「止」の意思なり。

初六,艮其趾,無咎。利永貞。象曰:艮其趾,未失正也。止於下,艮於趾也。艮則不行也。得其止未失其正也,何所咎乎。利於長正,得其久也。

初六は、脚趾の上に抑止して、過ちなし。長久に正を守るに利あり。《象伝》に曰く:脚趾を抑止するは、未だ「正」道を失わざればなり。最下位に停るは、即ち脚趾に止るなり。既に止住せば、亦た再び走動せず。能く止るべきの処所に止住せば、即ち正道を失わず。復た何の過錯あらんや。長久に正を守るに利あるは、此の如くして乃ち持久する能くするを言うなり。

六二,艮其腓,不拯其隨,其心不快。象曰:不拯其隨,未退聽也。腓隨足也,自動則躁妄也,何益於動乎。艮體不動,則腓不得舉而隨也,性躁而不得往,未退而聽命,故其心不快也。

六二は、小腿肚の上に抑止して、其の跟隨する所の部位を救助する能わずして、心の裡は此れを因に痛快ならず。《象伝》に曰く:随う所の部位を救助する能わざるは、其の未だ退り下りて命を聴くに肯ぜざればなり。小腿肚は本より脚に随いて走る物にして、自ら乱動すれば即ち躁妄と成る。行動に対して何の好処あらんや。艮卦の卦体は動かずして、小腿肚は即ち抬げ起して跟いて走る能わず。其の性子は急躁なるも卻って去り成らずして、又た退り下りて上面の吩咐を聴従するに肯ぜず。ゆえに心の裡に痛快ならず。

九三,艮其限,列其夤,厲薫心。象曰:艮其限,危薫心也。艮於下體而不得通於上,止於體之中也。分其體,夤列矣。危及至心也。知其不可,而不可相見,則全其體。至於三,限其止乃止也。而敵之乃處中道而止之,於事則中分矣,羞辱至故,危薫哉。

九三は、腰間に抑止して、夾脊の肌肉を撕裂せり。危険は烈火の人心を熏灼するが如し。《象伝》に曰く:腰間を抑止するは、危険の其心を熏灼すればなり。九三は下卦に止りて上に通ずる能わずして、恰好身体全体の中段に停る。身体は腰を攔がれて分かれて、夾脊の肉は即ち撕裂して、危険は直に心上に逼る。若し明らかに為す可からざるを知りて索性彼此相見えざれば、倒に還って身体を保全する能し。然れど九三の此の一爻に到れば、界限は正に此処に卡在して、只好く停住す。それ上九と同じく陽爻にして相「敵」して、又た中間の位置上に処りて截断せられて、事情は便ち腰を攔がれて両截に分かる。羞辱は之に随いて来る。ゆえに危険は火の心を熏すが如し。

六四,艮其身,無咎。象曰:艮其身,止諸躬也。上體兼下,兼兩而止,則時止能止,其身當位,而靜止得於分,故無咎也。

六四は、自身を抑止して、過ちなし。《象伝》に曰く:其の身を抑止するは、「止」を己の身上に落実すればなり。六四は上卦に進入して下卦を兼顧して、両体を兼合して止を知る。正に止るべきの時に於て能く止住せり。それ陰爻を以て陰位に居りて、其の身は位に「当たり」て、安靜に止を守りて本分に合す。ゆえに過錯なし。

六五,艮其輔,言有序,悔亡。象曰:艮其輔,以中正也。上體之中,當其輔也。得其中正言也。言而序,悔亡者也。

六五は、牙床の上に抑止して、説話に条理あれば、悔恨消失す。《象伝》に曰く:牙床を抑止するは、六五の「中」に居りて正に合すればなり。それ上卦の中位に処りて、正に人の牙床の在る所に相当す。其の説く所の話は中正の道に合して、言語は条有り理有り。悔恨は自然消失す。

上九,敦艮吉。象曰:敦艮之吉,以厚終也。動者,利之求也。動失則害至。止者,正之元也,久守則福來,非敦厚之徳不能止其終也。

上九は、敦厚に止を守りて、吉利。《象伝》に曰く:敦厚に止を守るの吉利は、能く厚道を以て善終すればなり。行動とは、利益を求取せんが為なり。一旦動き錯えれば、禍害即ち来る。停止とは、「正」の根本にして、長久に之を守住せば、福沢即ち到来せん。若し敦厚の徳にあらざれば、是れ此の「止」を最後まで守住する能わざるなり。

漸卦

艮下巽上 漸,女歸吉。利貞。彖曰:漸之,進也。女歸吉也。進得位,往有功也。進以正,可以正邦也。其位剛得中也。止而巽,動不窮也。

下卦を艮・上卦を巽と為すは、《漸》卦なり。漸卦は言う:女子の出嫁は吉利にして、正を守るに利あり。《彖伝》は言う:漸とは即ち循序漸進にして、ゆえに女子の出嫁は吉利なり。前進して応有の位置を得て、前往すれば即ち能く功業を建立す。正道を以て前進して、邦国を匡正する可し。説く所の位とは、九五の陽剛にして「中」に居るを指す。内卦は止を知りて外卦は柔順なり。ゆえに行動して困窮に陷入せざらん。

女也者,嫁於夫也,必有歸也。臣也者,得位於君,必有進也。皆以進外為位乎漸,而道乃行也。剛下柔巽之,是以柔得正位乎外,而輔剛,故女歸吉,而往有功也。使柔進得其位,而正邦者,剛得中也。止於相與,而巽以從,則動而何窮哉。

女子は丈夫に嫁ぐに、必ず一の帰宿有らん。臣子は君主の彼処より職位を取得するに、必ず一の進身の路有らん。二者は皆向外に進取するを靠りて位置を取得して、且つ必ず循序漸進して、正道乃ち施行する能し。陽剛は下に居りて柔順を以て之に待てば、ゆえに陰柔は能く外卦に於て「正」位を取得して陽剛を輔佐す。ここをもって女子の出嫁は吉利にして、前往して功業を建つる能し。陰柔をして前進して位を得しめて、ここをもって邦国を匡正するは、九五の陽剛の「中」に居るの縁故なり。内卦は人と相親するに止りて、外卦は謙順にして随従す。此の如くして行動起せば又何ぞ困窮せんや。

象曰:山上有木,漸。君子以居,賢徳善俗。山上有木,得其高進也。君子之居,親其徳而外善於俗,而後能漸之進也。

《象伝》は言う:山の上に樹木あるは、此れ即ち漸卦なり。君子は此より其の身を安処して、賢徳を涵養して風俗を改善す。山の上に樹を長ずるは、山勢を借りて高遠の進長を得ればなり。君子は安居するの時に於て、内は己の徳行に親近し、外は風俗を改良して、然る後に乃ち循序漸進する能し。

初六,鴻漸于干,小子厲,有言無咎。象曰:小子之厲,義無咎也。初至而至於乾也。至弱才業未聞,上無應而首於進者,冝為小人之所危也。道不同,故危之矣。我未位也。無害小人,小人何害於我哉。故雖有言,其義不至於咎矣。

初六は、鴻雁は漸漸に水辺の高岸に飛落す。年幼の小子は危険ありて、些少の閑話を招来せんも、卻って過ちなし。《象伝》に曰く:小子の危険は、道理に就きて言えば并びに過錯と為らざるなり。初六は剛に歩を起し、ただ水辺の岸上に到達するのみ。它極めて柔弱にして、才干学業は未だ人に知られず、上に向かいて又た相「応」の援手なく、卻って帯頭して進を求む。自然小人の脅威と視為せらるる有らん。彼此の路数は同じからざれば、ゆえに小人は彼を為難せんと欲す。然れど我は未だ職位を取得せずして、小人に対して并びに妨害なく、小人は又た何を我に妨害する能わんや。ゆえに縦に些少の閑話有るも、道理の上より説けば未だ過錯を構成するに至らず。

六二,鴻漸于盤,飲食衎衎,吉。象曰:飲食衎衎,不素飽也。盤非鴻之所處,二非三之所得,今托之矣,非安也。得位相止,飲食且樂,可飽也。

六二は、鴻雁は漸漸に大石盤に飛到して、飲食は和楽融融として、吉利。《象伝》に曰く:飲食の和楽は、并びに白白に飽き喫するにあらざるなり。大石盤は本より鴻雁の栖息する所にあらずして、六二も亦た本より九三の得るべきの対象にあらず。如今姑且此処に身を托するは、本より長久の安にあらず。但だし六二は位を得て「中」に居りて、九三と相親して止す。飲食快楽して、総じて喫飽するを得べし。

九三,鴻漸于陸,夫征不復,婦孕不育,凶。利御宼。象曰:夫征不復,離群醜也。婦孕不育,失其道也。利用御宼,順相保也。得位於上,漸而之陸也。二應五也。為已止之,五合於四,征而不復,顧其類也。已與於二,二自有配偶,邪而不敢孕,失其生化之道,故凶也。兩志相保,無可間也,於長正之道,則可保夫一時之利也。

九三は、鴻雁は漸漸に高平の陸地に飛到す。丈夫は出征して一たび去れば返らず、婦人は孕を懐くも生育する能わず。凶。強寇を抵御するに利あり。《象伝》に曰く:丈夫の出征して返らざるは、己の同類を離開すればなり。婦人の懐孕して育たざるは、正道を喪失せればなり。強寇を抵御するに利あるは、彼此相順従して互に保全すればなり。九三は下卦に於て最上の位を得て、鴻雁の漸進して陸地に登上するに好比如す。六二は本より九五と相「応」するも、卻って九三の就近に截住する所と為る。九五は転じて六四と結合す。ゆえに丈夫の出征して返らずと曰う。ただ己の彼の一類の伴侣を顧るのみ。九三は六二に親近するも、而して六二は本より正の配有り。此の如き結合は邪にして正ならず。ゆえに敢えて生育せずして、生養化育の正道を喪失せり。ここをもって凶険。但だし両方の心志は互に保全して、外人は挑発するに由無し。長久に正を守るの道理に就きて講ずれば固然合せざるも、卻って亦た能く一時の便利を保住す。

六四,鴻漸于木,或得其桷,無咎。象曰:或得其桷,順以巽也。木非鴻之本,止漸而得位於高,或得於桷,桷上附也。承五而相得焉,亦非其安而安也。五巽巳順,尊而相保,不可傾奪,故無咎。

六四は、鴻雁は漸漸に樹木に飛上して、或いは平展の枝椏を找到して落脚する能くして、過ちなし。《象伝》に曰く:平枝を找到する能くするは、其の柔順にして謙遜なればなり。樹木は本より鴻雁の本処にあらずして、六四は循序に進みて高位を得て、姑且一根の平枝を找到せば、彼の枝椏は上に向かいて附着するなり。それ九五を承奉して彼此相得す。本より安穏ならざるも卻って之に居りて安ず。九五は謙遜にして、六四は順従にして、一尊一卑は互に保全して、誰も之を傾覆奪取する能わず。ゆえに過錯なし。

九五,鴻漸于陵,婦三歲不孕,終莫之勝,吉。象曰:終莫之勝,吉得所願也。陵高,安之所。二本應五,三近止之,至五而三,故曰三歲不孕。夫務於大功者,不檢於細故,細故不有,匪正之事不甚非之,及其得至於大位,則人莫敢不懼,而道自復也。

九五は、鴻雁は漸漸に高陵に飛上す。婦人は三年孕する能わざるも、但だし終竟誰の彼女を圧倒する能くする無し。吉利。《象伝》に曰く:終竟彼女に勝過する能くする無きは、吉は願いを得償するに在ればなり。山陵は高峻にして、正に身を安ずるの所なり。六二は本より九五と相「応」するも、卻って九三の就近に截住する所と為る。六二より九五に数えて中間は三位を隔つ。ゆえに三年孕まずと曰う。凡そ大功業を致力する人は、細枝末節を計較せず。細故は既に心上に放たずして、些少の正道に合せざるの事も亦た深く責備を加えず。彼の尊位に登上するを待たば、人は敬畏せざる無く、正道は自然回復せん。

上九,鴻漸于陸,其羽可用為儀。吉。象曰:其羽可用為儀吉。不可亂也。漸之進也。夫進之為道,求其利也。暴速而取害之至也。漸以相與,雖非其道,不至於悔也。上乃進得高陸,不累於世,不爭於利,中心何可亂哉。超然志逺,知夫進退之道,故其羽可用為儀也。

上九は、鴻雁は漸漸に高遠の陸地に飛到して、其の羽毛は礼儀の装飾と為すに用う可し。吉利。《象伝》に曰く:羽毛は儀飾と為すに用う可くして吉なるは、其の行止の紊乱す可からざるを言うなり。漸卦の説く所は循序漸進なり。進を求むるの此の事は本より利を得せんが為にして、急躁に快を求めば、禍害は立刻に到る。循序漸進に人と相処すれば、縦に未だ必ず正道に合せざるも、亦た悔恨を招来するに至らず。上九は高遠の陸地に進到して、世俗に牽累せられず、人と利を争わず。内心は何ぞ乱れんや。それ物外に超然として志趣高遠にして、進退の分寸を深知す。ゆえに其の羽毛は拿り来りて礼儀の表率と為す可し。

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