繋辞上・第十二章
易曰:“自天祐之,吉無不利。”子曰:祐者,助也,天之所助者順也。(自)易曰“自天祐之”,此(篇)[言]宜在“立心勿恆凶”下,蓋上言“莫益之”,故此言多助也。變而通之以盡利,理勢既變,不能與時順通,非盡利之道。鼓之舞之以盡神。鼓天下之動者存乎神。神一作辭。
《繋辞上》第十二章は頭を開きて言う:「《易》に曰く『天より祐えらる、吉利あらざるなし』。子曰く、祐とは助なり。天の助くる所は順なり。」張載に按ずれば、「自天祐之」のこの一句はもともと《益》卦上九の「心を立てて恒ならざれば、凶」の下に排在すべきであった。上文が「之を益す者莫く、或いは之を撃つ」と講じて、人の相助するなきを言うがゆえに、ここに続けて多助を講じて、前後が正しく相照応する。経文の「変じて之を通じて以て利を尽くす」:事理と形勢がすでに変じて、人がもし時勢に随って順応変通できなければ、その利を窮尽する路数ではない。経文の「之を鼓い之を舞いて以て神を尽くす」:天下の一切の動作を鼓動するは、「神」に在る。此処の「神」の字は一の版本に「辞」と作る。
天下之動,神鼓之也,神則主(於)[乎]動,故天下之動,皆神[之]為(之)也。辭不鼓舞則不足以盡神,辭謂易之辭也。於象固有此意矣,又繫之以辭,因而駕說,使人向之,極盡動之義也。
天下の一切の動作は、皆神がそれを鼓動している。神はもともと動を主管するので、天下の動は一つとして神の作為ならざるはない。文辞がもし人を鼓舞できなければ、この神を発揮し尽くすに足らない。ここの「辞」とは、《易》の卦爻辞を指す。卦象の裏に本すでにこの層の意思を含み、聖人はまたそれに文辞を繋げて、文辞に就いて铺陳して開き、人をして向往し趨赴せしめ、「動」の意義を極処に推した。
歌舞為巫風,言鼓舞之[以]盡神者,與巫之為人無心若風狂然,主於動而已。故以好歌舞為巫風,猶(之)[雲]如巫也。巫主於動,以至於鼓舞之極也,故曰盡神。因說鼓舞之義,故取巫(以)為言。語其動而已。
《尚書・伊訓》は歌舞に耽るを「巫風」と呼ぶ。ここに鼓舞を用いて神を窮尽すると言うは、巫者が作法する時のあの无心にして癲がごとく狂がごとき様子を取り、一味にただ動に主とするのみ。だから歌舞を愛好するを巫風と称するは、「巫のごとし」と言うに等しい。巫は専ら動に主とし、動きて鼓舞の極点に至るまでするので、借りて「尽神」を形容する。ここはただ「鼓舞」の意思を講じんとするがゆえに、巫を取って比方を打つに過ぎず、言う所はただあの「動」の字のみで、真に巫風を美と為すのではない。
乾坤其易之縕邪!乾坤成列而易之乎其中矣,乾坤毀則無以見易,易不可見,則乾坤或幾乎息矣。陰陽、剛柔、仁義之本立,而後知趨時應變,故乾坤毀則無以見易。感而後有通,不有兩則無一,故聖人以剛柔立本,乾坤毀則無以見易。
経文に言う:「乾坤は其れ易の緼なるか!乾坤が列を成せば易はその中に立つ。乾坤が毀れれば、以て易を見るなし。易見えざらんとすれば、乾坤は或いは幾ばくか息えん。」陰と陽・剛と柔・仁と義のこれら成対の根本が一たび確立すれば、人ははじめてどう時宜に趨合し変化に応対するかを知る。だから乾坤が一たび毀れれば《易》を見るに由なしと言う。必ず先ず感あって後に通あり、対立の両端なければ、またあの統一の「一」もない。だから聖人は剛柔の両者を用いて根本を立定する。これがまさに張載の「一物両体」の説である:両が立たなければ一は見えず、乾坤が毀れれば以て易を見るなし。
乾坤既列,則其間六十四卦爻位錯綜以為變易。苟乾坤不列,則何以見易?易不[可]見,則是無乾坤。乾坤,天地也;易,造化也。聖人之意莫先乎要識造化,既識造化,然後(有)[其]理可窮。彼惟不識造化,以為幻妄也。不見易則何以知天道?不知[天]道則何以語性?
乾坤がすでに排列して両端を成せば、中間の六十四卦の爻位は錯綜交互して変易を生出す。仮に乾坤が排列し開かなければ、またどこより《易》を見んや?《易》が見えなければ、すなわち乾坤なきに等しい。乾坤とは、すなわち天地である。易とは、すなわち造化である。聖人の用意は、人をして先ず造化を認識せしめるより要紧なるはない。造化を認識して、その理ははじめて窮究すべき処あり。仏老の流がまさに造化を認識しないがゆえに、こそこの世界を幻妄と看做す。《易》を見なければ、何を凭って天道を知らん?天道を知らなければ、また何を凭って性を談論せん?
[不見易則不識造化,不識造化則不知性命,既不識造化,則將何謂之性命也?][有謂心即是易,造化也,心又焉能盡易之道!][易乃是性與天道,其字日月為易,易之義包天道變化。][釋氏之言性不識易,識易然後盡性,蓋易則有無動靜可以兼而不偏舉也。]
《易》を見なければ造化を認め得ず、造化を認め得なければ性命を知らない。すでに造化すら認め得なければ、また何を拿って性命を称説せん?或る人は「心がすなわち易、すなわち造化」と言うが、しかし心はまたどうして《易》の道理を窮尽しえよう!《易》の講ずる所はまさに性と天道で、字形に就いて言えば、日と月とが合わさって「易」と為り、その意義は天道の変化を包挙する。仏家は性を談じて《易》を識らない。必ず先ず《易》を識得して、そうして後にはじめて性を尽くすに談じ足る——《易》は有と無・動と静を一併に兼摂し、その中のどの一辺も偏挙しないがゆえに。
是故形而上者謂之道,形而下者謂之器,化而裁之謂之變,推而行之謂之通,舉而錯之天下之民謂之事業。一陰一陽不可以形器拘,故謂之道。乾坤成列而下,皆易之器。乾坤交(變)[通],因約裁其(變)[化]而[指]別之,[則名體各殊,]故謂之變。推(而)行其變,盡利而不遺,可謂通矣;舉盡利之道而錯諸天下之民以行其典禮,易之事業也。遺一作匱。
経文に言う:「故に形而上者を道と謂い、形而下者を器と謂い、化して之を裁くを変と謂い、推して之を行うを通と謂い、挙げて之を天下の民に错けるを事業と謂う。」一陰一陽の往復は形体器物をもって拘限できないので、それを「道」と称す。乾坤が排列して象を成す以下、およそ形の指すべきあるは、皆《易》の「器」である。乾坤が交相に貫通し、人はその中よりその流行を約束裁断して一一に指認分別し、よって名称と体段が各々同じからず——だから「変」と呼ぶ。この変を推行して開き、その利を尽くして遺漏なければ、「通」と呼びうる。再びこの尽利の道を挙げ出して天下の百姓に施し、用いて典章礼制を推行す——これが《易》の事業である。「遺」の字は一の版本に「匱」と作る。
(約裁其化而指別之,則名體各殊,故謂之變。)運於無形之謂道,形而下者不足以言之。(鼓萬物而不與聖人同憂,天道也。聖不可知也,無心之妙非有心所及也。)“形而上[者]”是無形體者(也),故形(以)[而]上者謂之道也;“形而下[者]”是有形體者,故形(以)[而]下者謂之器。無形跡者即道也,如大德敦化是也;有形跡者即器也,見於事實(如)[即]禮義是也。
この化を約束裁断して一一に指認分別すれば、名称と体段はすなわち各々同じからず——だからそれを「変」と称す。无形の中に於いて運行するを「道」と呼び、形而下のあの一層はそれを言い上げるに及ばない。天が万物を鼓動して聖人と憂を同じくせざるは、これが天道である。聖が測知すべからざる歩に至る——あの无心にして成る妙用は、一個の有心の人の企及しうる所ではない。いわゆる「形而上者」とは、形体なきもので、だから形而上者を道と称す。いわゆる「形而下者」とは、形体あるもので、だから形而下者を器と称す。形迹の指すべきなきがすなわち道で、たとえば《中庸》の言う「大徳敦化」である。形迹の見うるあるがすなわち器で、具体的事物の上に落実し、たとえば礼と義である。
(聖人因天地之化裁節而立法,使民知寒暑之變,故謂之春夏秋冬,亦化而裁之一端耳。)凡不形以上者,皆謂之道,惟是有無相接與形不形處知之為難。須知氣從此首,蓋為氣能一有無,無則氣自然生,[氣之生即]是道(也)是易(也)。化而裁之存乎變,推而行之存乎通,
聖人は天地の造化に依って裁節を加えて法度を制定し、百姓をして寒暑推移の節候を知らしめ、因りてそれに春夏秋冬と名を定める——これもまた「化して之を裁く」の一端に過ぎない。およそ形体の上に落ちざるは、皆道と呼ぶ。ただ「有」と「無」の相接する処・「有形」と「无形」の交界する処が、最も認取しがたい。知るべし、一切は必ず「气」のここより頭を起こさねばならぬ:気は有と無を統一しうるがゆえに——いわゆる無とは、ただ気がまだ凝聚していないことで、気は自然に生発する。そして気の生発そのものがすなわち道、すすなわち易である。経文は続けて「化して之を裁くは変に存り、推して之を行うは通に存る」と言う。
[常人之學,日益而(莫)[不]自知也。仲尼行(者)[著]習察,異於他人,[故自]十五至[於]七十,化而裁之,其進德之盛者歟!][聖人因天地之化裁節而立法,使民知寒暑之變,故為之春夏秋冬,亦化而裁之之一端耳。]
常人は学問を為して、一日々に長進あるも自己では覚察しない。孔子はしかし同じからず:《孟子》が世人を譏りて「之を行うも着せず、之に習うも察せず」と言う——孔子はちょうど行えば則ち着し、習えば則ち察し、旁人と両様なので、十五歳にして学に志すより一路に七十歳にして心の欲する所に従うに至るまで、一段一段に「化して之を裁く」——これはおそらく徳を進めるの盛であろう!聖人は天地の造化に依って裁節を加えて法度を制定し、百姓をして寒暑推移の節候を知らしめ、因りてそれに春夏秋冬と定める——これもまた「化して之を裁く」の一端に過ぎない。
“變則化”,由粗入精也,“化而裁之謂之變”,以著顯微也。“化而裁之存乎變”,存四時之變,則週歲之化可裁;存畫夜之變,則百刻之化可裁。[“推而行之存乎通”,]推四時而行,則能存週歲之通,推畫夜而行,則能存百刻之通。
《中庸》の「変すれば則ち化す」と言うは、あれは粗より精に入る過程である。《繋辞》の「化して之を裁くを変と謂う」と言うは、あれは顕著の一頭を拿って幽微の一頭を顕明すること。だから「化して之を裁くは変に存る」と言う:四時の分界の変を存住すれば、一整年の默默たる流行を裁断し出すべく、昼夜の分界の変を存住すれば、一昼夜百刻の默默たる流行を裁断し出すべし。いわゆる「推して之を行うは通に存る」:四時を推移して行い下れば、すなわち一整年の貫通を存住しうる。昼夜を推移して行い下れば、すなわち百刻の貫通を存住しうる。変は指すべき節点、化は跡なき流行で、両者は相須って後に見えうる。
神而明之,存乎其人,默而成之,不言而信,存乎德行。上天之載,無聲臭可象,[正]惟儀刑文王,當冥契天德而萬邦信說,故易曰“神而明之,存乎其人”。[“神而明之,存乎其人”,]不知上天之載,當存文王。
経文は最後に言う:「神にして之を明らかにするは、其の人に存る。黙して之を成し、言わずして信ずるは、徳行に存る。」《詩経・大雅・文王》の「上天の載は、声無く臭無し」と言う——天道には声音气味の象を取るべきがないので、あの詩は続けて「文王に儀刑せば、万邦孚を作さん」と言う——文王を效法して暗かに天徳に契合すれば、天下の万邦は自然に信服して喜悦す。だから《易》は「神にして之を明らかにするは、其の人に存る」と言う。すでに上天の載がどのようかを知らなければ、すなわち文王の身上に於いて存想体認すべし。
“默[而]成[之,存乎德行]”,學者常存德性,則自然默成而信矣。“神而明之,存乎其人”,道至有難明處而能明之,此則在人也。凡言神,亦必待形然後著,不得形,神何以見?“神而明之,存乎其人”,然則亦須待人而後能明乎神。[存文王則知天載之神,存眾人則知物性之邪。]
いわゆる「黙して之を成すは徳行に存る」とは、学者はただ常に徳性を存養すれば、自然に言わずして成し言わずして信じうる。いわゆる「神にして之を明らかにするは其の人に存る」とは、道理が極めて明白なりがたき処に至って竟にそれを照明しうる——この一層は全く人の身上に在るを言う。およそ「神」を講ずるも、必ず形体あってはじめて顕れ出るを待つ。形体なければ、神はどこより見えん?だから「神にして之を明らかにするは其の人に存る」と言う——見れば神もまた人あって後にはじめて照明されうる。文王の身上に於いて存想すれば、すなわち上天の載のあの神を知る。衆人の身上に於いて存想すれば、すなわち物性の偏邪なるあの一面を知る。
繋辞下
八卦成列,象在其中矣;因而重之,爻在其中矣;剛柔相推,變在其中矣;繫辭焉而命之,動在其中矣。吉凶悔吝者,生乎動者也;剛柔者,立本者也;變通者,趨時者也;吉凶者,貞勝者也;見乎變,隨爻象之變以通其利,故功業見也。
《繋辞下》第一章に言う:八卦が一たび排列して象を成せば、全部の卦象は皆この裏面に含まる。再び八卦を両両相重ねて六十四卦と為せば、三百八十四爻もまた皆この裏面に含まる。剛爻と柔爻が彼此推移往来すれば、一切の変化も皆この裏面に含まる。每一爻に文辞を繋げて命断を加えれば、人事の動向も同じくこの裏面に含まる。吉・凶・悔・吝のこの四様の名目に至っては、全て一個の「動」の字の上より生出する。剛と柔は、用いて根本を立定する。変と通は、用いて時に随い趨合する。そして吉と凶は、則ち一個の「正」の字を靠ってそれに勝つを要す。経文はまた功業が「変に見る」と講じ、張載は解して言う:人が爻位物象の変動に順ってその中の利益を貫通すれば、功業はよって顕現する。
聖人之情見乎辭。聖人之情,存乎教人而已。天地之大德曰生,將陳理財養物於下,故先敘天地生物。聖人之大寶曰位,何以守位曰仁,失位則無以參天地而措諸民也。
経文の「聖人の情は辞に見る」と言う:聖人の心意は、全く人を教うるこの一事の上にあるのみ。経文の「天地の大徳は生と曰う」は、これは下文がまさに財を理し物を養うの一類の事を陳説せんとするがゆえに、だから先ず一句に天地が万物を生養するを叙して、下文の張本と為す。経文の「聖人の大宝は位と曰う。何を以てか位を守ると曰う仁なり」:聖人がもし位を失掉せば、天地と並び立って三と為るに由なく、また仁政を百姓の身に施行するに由なし。
繋辞下・第二章
(昔)[古]者包犧氏之王天下也,仰則觀象於天,俯則觀法於地,觀鳥獸之文與地之宜,此皆是聖人取之於糟粕也。“地之宜”,如為黑,為剛滷,為大塗。
《繋辞下》第二章に言う:「古の包犠氏の天下に王たりしや、仰いで則ち象を天に観、俯して則ち法を地に観、鳥獣の文と地の宜とを観る。」これらは皆聖人が形迹のこの一層の糟粕の上より取ったもので、真の精神は尽くここに在らず。いわゆる「地の宜」とは、《説卦》の講ずる坤を黒色と為し剛鹵の地と為す、坤を大涂と為すがごとく、土地が各々其の性質と宜しき所有るを指す。
以通神明之德,以類萬物之情,神明之德,通於萬殊;萬物之情,類於形器。作結繩而為罔罟,以佃以漁,蓋取諸離。柔附於物,飲血茹毛之教,古所先有。[一作無有。]
経文は続けて「以て神明の徳を通じ、以て万物の情を類す」と言う:神明の徳とは、万般の差別の中に通ずるを要す。万物の情状は、則ち有形の器物の上に於いて帰類比拟するを要す。経文の「結縄を作して罔罟と為し、以て佃し以て漁す。蓋し《離》に諸を取る」と言う:《離》に附麗の義あり、罔罟の縄目は柔軟にして猟する所の物に依附し、まさに《離》象に合す。毛を茹で血を飲む漁猟の教は、上古に最も先んじて有った事である。「古所先有」は一の版本に「古所无有」と作る。
包犧氏沒,神農氏作,斵木為耜,揉木為耒,耒耨之利以教天下,蓋取諸益。天施地生[而]損上益下,[故]播種次之。日中為市,致天下之民,聚天下之貨,交易而退,各得其所,蓋取諸噬嗑。聚而通[貨]、交相有無次之。
経文の「包犠氏没して、神農氏作さる。木を斲って耜と為し、木を揉んで耒と為し、耒耨の利を以て天下に教う。蓋し《益》に諸を取る」と言う:天は施与し地は生養す。《益》卦の義理はまさに上を減損して下を增益するので、漁猟の後に続けて播種耕作を講ず。経文の「日中に市と為し、天下の民を致し、天下の貨を聚め、交易して退き、各々その所を得る。蓋し《噬嗑》に諸を取る」:《噬嗑》に咬合貫通の象あり、人が聚攏して貨物を流通し彼此互いに有無を通ず——この一歩もまた耕種の後に接ぐ。
神農氏沒,黃帝、堯、舜氏作,通其變,使民不倦,神而化之,使民宜之。鴻荒之世,食足而用未備,堯舜而下,通其變而教之也。神而化之,使[民]不知所以然,運之無形以通其變,不(類)[頓]革之,(使)[欲]民宜之也。[大抵]立法須是過人者乃能之,若常人安能立法!凡變法須是通,
経文の「神農氏没して、黄帝・尭・舜氏作さる。その変を通じて民をして倦まざらしめ、神にして之を化して民をして宜しからしむ」と言う。洪荒の世は、食らう所は足れるも器用はなお斉備せず。尭舜以下に至って、はじめてその変化を貫通して百姓を教導す。いわゆる「神にして之を化す」とは、百姓をしてその所以然を知らざる中に教化を受けしむる:聖人は无形の中に於いて運用し、よってその変を貫通し、驟然として更革せず——百姓をして合宜に覚え安んじ得せしめんがためである。大抵法を立つるこの事は、必ず人に過ぎたる人のみが為し得る——尋常の人はどうして法を立てえよう!およそ法を変ずるは、必ず先ず能く「通」ずるを要す。
變其勢也,動其情也,情有邪正故吉凶生。變能通之則盡利,能貞夫一,則吉凶可勝,而天地不能藏其跡,日月不能眩其明。辭各指其所之,聖人之情也;指之使趨時盡利,順性命之理,臻三極之道也。[人]能從之,則不陷於凶悔矣,所謂“變動以利言”者也。
変とは、形勢に就いて言う。動とは、人情に就いて言う。人情に邪あり正あるので、吉凶はこれによって産生す。変じて能くそれを貫通すれば、すなわちその利を窮尽しうる。能く正を守って専一なれば、吉凶は勝たれうる——あの時天地もまたその形迹を蔵しえず、日月もまたその光明を炫惑しえない。《繋辞下》の「辞とは、各々その之く所を指すなり」と言う——あれはまさに聖人の心意で、人を指点して時宜に趨合しその利を窮尽し、性命の理に順って、天地人の三極の道に達せしむ。人がもしそれに依従しえれば、兇険と悔恨に陥入しない——これが《繋辞下》の言う「変動は利を以て言う」である。
然爻有攻取愛惡,本情素動,因生吉凶悔吝而不可變者,乃所謂“吉凶以情遷”者也。能深存繫辭所命,則二者之動見矣。又有義命當吉當凶、當(否)[亨]當(亨)[否]者,聖人不使避凶趨吉,一以貞勝而不顧,如“大人否亨”、“有隕自天”、“過涉滅頂凶無咎”、損益“龜不克違”及“其命亂也”之類,三者[情]異,(情)不可不察。
しかし爻と爻との間に相攻相取・相爱相悪あり、本来の情実がすでにあそこに動いて、因りて吉凶悔吝を生出して更改しえざるは、これが《繋辞下》の言う「吉凶は情を以て遷る」である。能く深く《繋辞》の指点する話を存記すれば、この両種の動向は皆見出しうる。この外にさらに一類あり:義と命に按って本に吉なるべし・本に凶なるべし・本に否塞なるべし・本に亨通なるべしに、聖人は人をして凶を避け吉に趨かしめず、ただ一味に正を守って勝を取りて顧慮しに行かない——たとえば《否》卦九五の「大人否亨」、《姤》卦九五の「自天隕るあり」、《大過》上六の「渉りて頂を滅す、凶、咎なし」、《損》《益》両卦の言う「十朋の亀も克く違えず」、および《否》卦の「その命乱るなり」のこの類。この三種の情形は各々同じからず、細かく分辨せざるべからず。
天地之道,貞觀者也;日月之道,貞明者也;天下之動,貞夫一者也。著天地日月,以剛柔立其本也,其變雖大,蓋不能遷夫正者也。一本下有“剛柔立本,故又著見之”。貞明不為日月所眩,貞觀不為天地所遷。貞,正也,本也,不眩、不惑、不倚之謂也。
経文の「天地の道は、貞にて観る者なり。日月の道は、貞にて明らかなる者なり。天下の動は、貞にて一なる者なり」と言う。ここに天地と日月を標出するは、剛柔の両者を以て根本を立定する。それらの変化は極めて大とはいえ、終にあの「正」を遷移しえない。この句の下は一の版本にさらに「剛柔立本、故又着見之」の一語あり。いわゆる貞明とは、日月に炫惑されざること。いわゆる貞観とは、天地に遷動されざること。「貞」はすなわち正で、すなわち本で、眩まず惑わず偏倚せざるの意である。
天地之道至(廣)[大]至(大)[廣],貞乃能觀也;日月之明,貞乃能明也;天下之動,貞乃能一也。蓋言天地之道,不眩惑者始能觀之;日月之明,不眩惑者始能明之;天下之動,不眩惑者始能見夫一(者)也。所以不眩惑者何?正以是本也。本立則不為聞見所轉,其(見)[聞]其(聞)[見],須透徹所從來,乃不眩惑。此蓋謂人以貞而觀天地,明日月,一天下之動也。
天地の道は至大至広で、ただ正を守る人のみが観えうる。日月の光明は、ただ正を守る人のみが明えうる。天下の動作は、ただ正を守る人のみがそれを一に統一しうる。これは言う:天地の道は、炫惑されざる人のみが看清しうる。日月の明は、炫惑されざる人のみが照明しうる。天下の動は、炫惑されざる人のみがあの「一」を見出しうる。何を凭って炫惑されざりえよう?まさに「正」を立てて根本と為すがゆえに。根本が一たび立てば、耳聞目見に牽いて走られない。自己の聞見する物は、必ずその来歴を透徹に弄清してこそ、眩惑に至らざりうる。この一段はおそらく言う:人は「貞」を以て天地を観・日月を明・天下の動を統一するを要す。
貞明不為日月之所眩,貞觀不為天地之所遷,貞觀貞明,是己以正而明日月、觀天地也。[多]為日月之明與天地變化所眩惑,故必己以正道觀之。能如是,不越乎窮理。豈惟耳目所聞見,必從一德見其大源,至於盡處,則可以不惑也。[心]存默識,實(有)信有此,苟不自信,則終為物役。事千變萬化,其究如此而已,天下之動貞夫一者也。
貞明とは、日月に炫惑されざること。貞観とは、天地に遷動されざること。いわゆる貞観貞明とは、実は自己が正道をもって日月を照明し天地を観照すること。人は多く日月の光明と天地の変化に炫惑され住するので、必ず自己が正道を用いてそれを看るを要す。能くこのように為しえれば、すなわち「理を窮む」の二字を出でない。これは単に耳目の聞見する所の事にあらず、必ずあの一貫の徳の上よりそれの大本大源を見て、一直に尽処に推して、はじめて再び疑惑せざりうる。心裏に默默と存記体認して、実実にこの道理あるを信得する。もし自己が信過ざれば、終に外物に役使される。世事は千変万化するも、追究して底に至ればただこのごとし——だから「天下の動は、貞にて一なる者なり」と言う。
爻象動乎內,吉凶見乎外,因爻象之既動,明吉凶於未形,故曰“爻象動乎內,吉凶見乎外”。功業“通其變使民不倦”,豈有聖人變法而不通也?
《繋辞下》第一章の「爻象は内に動き、吉凶は外に見る」と言う:爻象がすでに動き起したに乗じて、すなわち吉凶のまだ形を成さざる前にそれを照明す——だから「爻象動乎内、吉凶見乎外」と言う。功業に至っては、まさに経文の言う「その変を通じて民をして倦まざらしむ」——どこに聖人が法度を変じて行き通らざるの道理あらんや!
黃帝、堯、舜垂衣裳而天下治,蓋取諸乾坤。君逸臣勞。上古無君臣尊卑勞逸之別,故制以禮,垂衣裳而天下治,必是前世未得如此,其文章禮樂簡易樸略,至堯則煥乎其有文章。然傳上世者,止是伏犧神農。此仲尼道古也,猶據聞見而言,以上則不可得而知。
経文の「黄帝・尭・舜は衣裳を垂れて天下治まる。蓋し《乾》《坤》に諸を取る」と言う:乾は上にあり坤は下にあり、君は安逸にして臣は労作す——まさにこの象である。上古はもともと君臣尊卑・労逸分工の分別なく、だから礼を用いてそれを節制す。「衣裳を垂れて天下治まる」と言うは、あれは必ず前代がまだこの一歩に及ばざりしを言う——あの時の文章礼楽は簡朴粗略で、尭に至りてはじめて《論語》の讃する「煥乎として文章あり」のごとし。しかし伝え得られた上古の世も、ただ伏羲・神農に至るを止む。孔子がここに古事を述説するも、またなお自己の聞見の及ぶ所に依拠して言うのみで、更に上は知るに由なし。
所傳上世者未必有自,從來如此而已。安知其間(固)[故]嘗有禮文,一時磨滅爾,又安知上世無不如三代之文章者乎!然而如周禮則不過矣,可謂周盡。今言治世,且指堯舜而言,可得傳者也。歷代文章,自夫子而損益之,見其禮而知其政,聞其樂而知其德,不可加損矣。
伝えられた上古の事は必ずしも皆確鑿たる来歴あるにあらず、ただ歴來このごとく言うに過ぎない。どうしてあの中間にかつて礼楽文明あって、ただ一時に湮滅したに過ぎざるを知らんや?またどうして上古に三代のごとき文章制度に及ばざるがなきを知らんや?ただ《周礼》のごときに至っては、則ち再び超過するものなく、周備詳尽と言うべし。今治世を講ずるに、姑く尭舜を指して言う——あれは文献の伝えうるあるがゆえに。歴代の礼楽文章は、孔子の一番の損益折衷を経て、よってその礼を見ればすなわちその政を知り、その楽を聴けばすなわちその徳を知る——再び増減するに由なし。
刳木為舟,剡木為楫,舟楫之利以濟不通,致遠以利天下,蓋取諸渙。舟車之作,舟易車難,故舟先於車。服牛乘馬,引重致遠,以利天下,蓋取諸隨。不勞而得其欲,故動而悅。[取諸隨]
経文の「木を刳って舟と為し、木を剡って楫と為し、舟楫の利を以て通通ぜざるを済し、遠きを致して以て天下を利す。蓋し《渙》に諸を取る」:《渙》に水上に流行し渙散通達の象あり。舟と車の制作は、舟を造るは易く車を造るは難し、だから舟は車の前に排す。経文の「牛に服し馬に乗り、重きを引き遠きを致し、以て天下を利す。蓋し《随》に諸を取る」:牛馬は人に代わって重を負い、人は労苦せずしてその欲するを得遂するので、動いて喜悦する——まさに《随》卦の震動にして兌説の卦象に合す。
重門擊柝以待暴客,蓋取諸豫。有備則無患,故豫。斷木為杵,掘地為臼,臼杵之利,萬民以濟,蓋取諸小過。備物致用,過以養物。[小過]弦木為弧,剡木為矢,弧矢之利以威天下,蓋取諸睽。養道雖至,禁綱尚疏,但懲其乖亂而已。[睽]
経文の「重門に柝を撃ちて以て暴客を待つ。蓋し《豫》に諸を取る」:預め防備あれば後患なし——「豫」はまさに預備の義である。経文の「木を断ちて杵と為し、地を掘りて臼と為し、臼杵の利、万民以て済る。蓋し《小過》に諸を取る」:器物を備弁して実用に供し、稍々力を過ぎて万物を养活す——だから《小過》を取る。経文の「木に弦して弧と為し、木を剡って矢と為し、弧矢の利を以て天下を威す。蓋し《睽》に諸を取る」:民を養う道はすでに周至なれど、禁令の網羅はなお甚だ稀疏で、弓矢はただあの乖戻作乱の人を懲治するに用いるのみ——だから《睽》卦の乖離の象を取る。
上古穴居而野處,後世聖人易之以宮室,上棟下宇以待風雨,蓋取諸大壯。剛以承上,柔以覆下,上其棟下其宇之象。棟,屋脊檁也;宇,椽也。若指第二檁為棟,則其間已有宇,不得[為]上棟也。若指栿為棟,又益遠矣。宇[兩]垂而下,故言“下宇”。
経文の「上古は穴に居り野に処り、後世の聖人は之を宮室に易え、上に棟下に宇ありて、以て風雨を待つ。蓋し《大壮》に諸を取る」:剛強は上にあって承托し、柔順は下にあって覆蓋す——まさに棟が上にあり宇が下にある形象である。「棟」は屋脊上の正檩で、「宇」は屋檐の椽子である。もし第二根の檩をもって棟と為せば、それの上頭にすでに宇あれば、「上棟」と称しえない。もし梁栿をもって棟と為せば、それはなお遠く離れた。宇は両辺より垂れ下るので、「下宇」と言う。
上古結繩而治,後世聖人易之以書契,百官以治,萬民以察,蓋取諸夬。禮(成)教備,養道足,而後刑可行,政可明,明而不疑。備一作修。易說制作之意蓋取諸某卦,止是取[其]義與象契,非必見卦而後始有為也,然則是言夫子之言爾。
経文の「上古は縄を結びて治め、後世の聖人は之を書契に易え、百官以て治まり、万民以て察し。蓋し《夬》に諸を取る」:礼と教とが皆完備し、民を養う道もまた充足して、そうして後に刑罰は施行し下りうる、政令は明白に起りうる——明白なれば人はまた疑惑を生ぜず。「備」の字は一の版本に「修」と作る。《易》が或る制作を講じて「蓋し某卦に諸を取る」と言うは、ただその義理が卦象と契合するを言うのみで、聖人が先に卦を見てそうして後に着手して做したを言うのではない。こう見れば、これらの話はすなわち孔子が追述した説法に過ぎない。
繋辞下・第四章
[陽卦多陰,陰卦多陽。][陽卦多陰,則陽為之主;陰卦多陽,則陰為之主;雖小大不齊,而剛柔得位,為一卦之主則均矣。]陽一君而二民,君子之道也;陰二君而一民,小人之道也。一其歸者,君子之道;多以御者,小人之理。御一作御。陽遍體眾陰,眾陰共事一陽,理也。是故二君共一民,一民事二君,上與下皆小人之道也;一君而體二民,二民而宗一君,上與下皆君子之道也。
《繋辞下》第四章の「陽卦は陰多く、陰卦は陽多し」と言う。陽卦の裏に陰爻が多ければ、あの一個の陽爻がすなわち主と為る。陰卦の裏に陽爻が多ければ、あの一個の陰爻がすなわち主と為る。両者に小大の別あるも、ただ剛柔が各々その位を得て能く一卦の主と為る——この一点の上で相同じである。経文の「陽は一君にして二民、君子の道なり。陰は二君にして一民、小人の道なり」:衆人をして一に帰向せしむるは、君子の道である。众多を以て駕御するは、小人の理である。「御」の字は一の版本にもまた御と作る。一個の陽爻が遍体に貫通して衆陰に及び、衆陰が共同して一陽に奉事す——これは理に合す。だから言う:二個の君が一個の民を共有し一個の民が二個の君に奉事すれば、上下を論ぜず皆小人の道である。一個の君が二個の民を統体し二個の民が一個の君を共宗すれば、上下を論ぜず皆君子の道である。
繋辞下・第五章
易曰:“憧憧往來,朋從爾思。”子曰:天下何思何慮!天下同歸而殊塗,一致而百慮,天下何思何慮!日往則月來,月往則日來,日月相推而明生焉;寒往則暑來,暑往則寒來,寒暑相推而歲成焉;往者屈也,來者信也,屈信相感而利生焉。尺蠖之屈,以求信也;龍蛇之蟄,以存身也;精義入神,以致用也;利用安身,以崇德也。
《繋辞下》第五章は《咸》卦九四の爻辞を引いて言う:「憧憧として往来し、朋は爾の思に従う。」孔子は解して言う:天下に何の思慮すべきがあろう!天下の路は同じからずとはいえ、帰宿は一個である。百般の思慮あるも、致する所は一処である——それでなお何の思い慮るべきがあらん!日が過ぎ去れば月が来、月が過ぎ去れば日が来——日月が互相に推移して光明は生出す。寒が過ぎ去れば暑が来、暑が過ぎ去れば寒が来——寒暑が互相に推移して一年は成就す。去るは屈、来るは伸で、一屈一伸が互相に感応して、利益はその中より生出す。尺蠖が身を弓め屈するは、伸展を求めんがためである。龍蛇が蟄伏するは、自身を保存せんがためである。義理を研精して神に入る歩に至るは、その実用を致さんがためである。用いられて便利にして身心が安頓するは、自己の徳を崇高にせんがためである。
正惟存神爾。不能利用,(使)[便]不思不勉,執多以御,故憧憧(之)心勞而德喪矣。將陳恬知交養,故序日月寒暑屈信相感之義(也)。
ここに言う所は、正しくただ一個の「存神」に過ぎない。もし義理を用いて便利にできなければ、《中庸》の講ずる思わずして得・勉めずして中るに及ばず、ただ許多の頭緒を抓住して事を駕御し、よって心裏に憧憧として定まらず往来して紛擾し、結果として心力は勞敝して徳もまた随いて喪失す。孔子はまさに恬静と明知とが交相に養育する道理を陳説せんとして、だから先ず日月の往来・寒暑の推移・一屈一伸が互相に感応するこの層の意思を铺叙し出した。
君子行義以達其道,精一於義,使不思而得,不勉而中,如介于石,故能見幾而作。天下何思何慮,明屈信之變,斯盡之矣。
君子は義理を履行して自己の道を通達し、心思を義の上に専精凝一して、思索を待たずして自ずから得・勉强を待たずして理に中るを為し、《豫》卦六二の言う「石に介す」のごとく操守堅定なので、能く幾微を看破して当機に行動しうる。いわゆる「天下何思何慮」とは、ただ一屈一伸の変化を看明白にしえれば、この句の意思もまた窮尽する。
[天下何思何慮,行其所無事,斯可矣。]“何思何慮”,行其所無事而已。下文皆是[此]一意。行其所無事,惟務崇德,但妄意有意即非行其所無事;行其所無事,則是意、必、固、我已絕。今天下無窮動靜情偽,止一屈信而已,在我先行其所無事,則復何事之有!
「天下何思何慮」は、《孟子》の言う「その無事なる所を行う」を為しえれば已み。いわゆる「何思何慮」とは、その無事なる所を行うに過ぎない——下文の講ずる所は皆この一個の意思である。その無事なる所を行うは、ただその徳を崇高にするに専心す。一旦妄かに揣度して私意に着けば、それはその無事なる所を行うではない。真にその無事なる所を行いうるは、すなわち《論語》の講ずる意・必・固・我の四病がすでに断絶したである。如今の天下の無窮無尽の動静と真偽は、帰結すればただ一屈一伸のみ。我がこの一辺に於いて先ずその無事なる所を行いえれば、なお何の事の纏糾すべきかあらん!
日月寒暑之往來,尺蠖之屈,龍蛇之蟄,莫非行其所無事,是以惡其鑿也。百慮而一致,先得此一致之理,則何用百慮!慮雖百,卒歸乎理而已[矣]。此章[從]“憧憧往來”,要其有心,至於“德之盛也”,率本此意。
日月の往来・寒暑の推移・尺蠖の弓屈・龍蛇の蟄蔵は、一つとしてその無事なる所を行うならざるなし——だから《孟子》ははじめてあの穿鑿を厭悪する。百般の思慮あるも帰趣はただ一個で、先ずこの「一致」の理を得着すれば、なおあの百般の思慮を用うるや!思慮はたとえ百様あるも、最後にはただこの理に帰するに過ぎない。この一章は「憧憧往来」より講じ起り、要害はあの「有心」の病を点出するに在り、一直に「徳の盛なり」に至るまで講じて、通篇は皆この意思に本る。
咸之九四,有應在初,思其朋,是(咸)[感]其心也。不言心而言心之事,不能虛以受人,乃憧憧而致其思,咸道失矣。憧憧往來,心之往來也;不能虛以接物而有所繫著,非行其所無事也。
《咸》卦九四は、初六と相応ずる義ありて、一心に自己の同類を想着する——これがすなわち心を拿って人に感ずること。爻辞は直に心を言わずして心の為す所を言う——まさに彼が心を虚しくして他人を接納できず、かえって憧憧として定まらず一味に彼のあの点の思慮を用いるを見出す。このようであれば、《咸》卦の虚にして人を受くる感通の道は失掉す。いわゆる「憧憧往来」とは、心の往来して定まらざること。心を虚しくして外物に接应できずして牽系執着する所有れば、それはその無事なる所を行うではない。
精義入神,豫而已。學者求聖人之學以備所行之事,今日先撰次來日所行必要作事。如此,若事在一月前,則自一月前栽培(挨)[安]排,則至是時有備。言前定,[道前定,]事前定,皆在於此積累,乃能有功。天下九經,自是行之者也,惟豫而已。撰次豫備乃擇義之精,若是則何患乎物至事來!
いわゆる「精義入神」とは、説き穿てばすなわち一個の「豫」の字、すなわち預め備あること。学者が聖人の学を研求するは、将来の行わんとする所の事に預備せんがためである:今日に於いて先ず明日の必ず弁ずべき事を一一に編排停当す。このように照らして做せば、仮に某事がなお一ヶ月の後にあっても、すなわち一ヶ月の前より培植安排を開始し、時に至っては自然に備あって患なし。《中庸》の「言は前に定まれば則ち跲まず、事は前に定まれば則ち困まず、道は前に定まれば則ち窮まず」は、皆この一番の積累を靠ってはじめて功を見る。《中庸》の列する天下を治むる九条の大経は、もともと行いに往くべきもので、また无非一個の「豫」の字である。事先に編排預備するは、まさに義を択びて精に択ぶこと。能くこのようであれば、なお何の外物の頭に臨み事の逼り来るを恐れん!
精義入神須從此去,豫則事無[不]備,備則用利,用利則身安。凡人應物無節,則往往自失,故要在利用安身,(益)[蓋]以養德也。若夫窮神知化則是德之盛,故云“未之或知”。蓋大則猶可勉而至,大而化則必[在]熟,化即達也。
「精義入神」の功夫は、必ずここより做り起さねばならない:預め豫あれば、事は斉備せざるなし。斉備すれば、用いて便利あり。用いて便利あれば、身心は安頓す。およそ人が外物に応接して節制なければ、往往として自己が失措す——だから要紧の処は「利用安身」に在り、これがまさに用いて徳性を涵養する所である。「神を窮め化を知る」に至っては、あれはすでに徳の極盛なので、経文は「此れを過ぎて以往は、未だ之を知る或いはなきなり」と言う。大抵「大」のこの一歩に至るまではなお勉力を靠って達すべく、「大」より「化」に至るには必ず純熟を靠らねばならない。いわゆる化とは、すなわち通達无碍である。
“精義入神以致用”謂貫穿天下義理,有以待之,故可(推)[致]用。窮神是窮盡其神也,入神是僅能入於神也,言入如自外而入,義固有淺深。“日月相推而明生焉,寒暑相推而歲成焉”,神易無方體,一陰一陽不測,皆所謂“通乎畫夜之道”也。
いわゆる「精義入神以致用」とは、天下の義理を一一に貫穿して、胸中に先ず以て応対する所有り、だから能く実用に推致す。分別すべし:「神を窮む」はあの神を窮究して底に至ること、「入神」はただ剛に神の門裏に進入しうること。一個の「入」の字は、ちょうど外面より走り来りて入るがごとし——見れば二者の分量はもともと浅深の別あり。経文の「日月相推して明生焉、寒暑相推して歳成焉」——神と易は皆固定した方所と形体なく、一陰一陽の往復は測度すべからざる。これらは皆《繋辞上》の言う「昼夜の道に通ず」である。
(屈信相感而利生,感以誠也;情偽相感而利害生,雜之偽也。)“精義入神”,事豫吾內,求利吾外也;[求一作素。]“利用安身”,素利吾外,致養吾內也。窮神知化乃養成自然,非思勉之能強,故崇德而外,君子未或致知也。“精義入神”,(養)[豫]之至也。
一屈一伸が互相に感応して利益が生出するは、あれは誠を以て相感ずる。真情と虚偽とが互相に感応して利害が生出するは、あれは偽を攙雑した。いわゆる「精義入神」とは、事を預め我が内裏に備弁して、求めて我が外面に便利ならしめんとすること。「求」の字は一の版本に「素」と作る。いわゆる「利用安身」とは、平素より我が外面に便利にして、よって我が内裏を養育する。「神を窮め化を知る」に至っては、あれは涵養して自然而然の歩に至ったで、思索勉强を靠って強求しうる所にあらず——だから徳を崇めるの外に、君子は別に一套の知を致す工夫なし。「精義入神」とは、まさに「豫」を極処に為したである。
義以反經為本,經正則精;仁以敦化為深,化行則顯。義入神,動一靜也;仁敦化,靜一動也。仁敦化則無體,義入神則無方。“精義入神”,要得盡思慮,臨事無疑。“精義入神”,固不待接物。然君子何嘗不接物,人則見君子閒坐獨處,不知君子接物在其中。睡雖不與物接,然睡猶是成熟者。
義は常経に返帰するをもって根本と為し、常経が端正なれば、義ははじめて精。仁は敦厚化育をもって深しと為し、化育が推行されれば、仁ははじめて顕る。義の神に入るは、動の中に一個の静を含む。仁の敦化は、静の中に一個の動を含む。仁が敦化するがゆえに、指すべき体なし。義が神に入るがゆえに、求むべき方なし。「精義入神」を講ずるは、思慮を用い尽くして、事に臨む時にすなわち疑惑する所なからしめんとする。「精義入神」のこの事は、もともと外物と接触するを待たずして為すべきにあらず。しかし君子はまた何も外物と接せざらんや?旁人はただ君子が閑坐独処するを見て、君子の物に接する功夫がまさにこの裏頭に在るを知らない。すなわち眠るも、外物と相接しないとはいえ、しかしあの一覚もまたなお功夫を涵養して純熟する一段である。
義以反經為本,經正則精;仁以敦化為深,化行則顯。義入神,動一靜也;仁敦化,靜一動也。仁敦化則無體,義入神則無方。“精義入神”,要得盡思慮,臨事無疑。“精義入神”,固不待接物。然君子何嘗不接物,人則見君子閒坐獨處,不知君子接物在其中。睡雖不與物接,然睡猶是成熟者。
「義」は常道に回帰するをもって根本と為し、常道が端正なれば、「義」ははじめて精微なりうる。「仁」は敦厚化育をもって深厚と為し、化育が推行し開けば、「仁」ははじめて顕著なりうる。「義入神」は動より収りて静に帰す。「仁敦化」は静より発用して動と為す。「仁」は敦厚化育の歩に至れば、則ち或る形体に拘執しない。「義」は神妙に入る歩に至れば、則ち或る方所に局限しない。言う所の「精義入神」とは、思慮を窮究して尽頭に至り、事に遇う時に心中に再び疑惑なからしめんとする。この一層の工夫はもともと必ずしも外物と接触するを待たずして為す。しかし君子はまた何も真に外物と接せざらんや?世人はただ君子が閑坐独処するを見て、君子が事物に応接する工夫がまさにこの独処の中に在るを知らない。人が睡る時は外物と相接しないとはいえ、しかし睡中にもなお安穏にして乱れず——これがまさに平日の工夫がすでに純熟した後の自然而然の結果である。
知幾其神,精義入神,皆豫之至也。豫者見事於未萌,豫即神也。
《周易・繋辞下》の「幾を知る其れ神」と言い、また「精義入神」と言う——この二句の講ずる所は皆「豫」——預め備あること——を極処に為した境界である。いわゆる「豫」とは、事がまだ萌発せざる時にすでにそれを見たこと。能く未萌の先に於いて見えれば、この一份の先覚はその自体がすなわち「神」である。
精義入神,利用安身,此大人之事。大人之事則在思勉力行,可以(擴)推而至之;未之或知以上事,是聖人(德)盛德自致,非思勉可得。猶大而化之,大則人為可勉也,化則待利用安身以崇德,然後德盛仁熟,自然而致也,故曰“窮神知化,德之盛也”一。自是別隔為一節。
「精義入神」と「利用安身」とは、これは「大人」の分内の事である。大人の事は、なお思索・勉励・切実な践行の上に落ちて、推拡の工夫を以て一步一步に達すべし。「過此以往、未之或知」以上の境界に至っては、あれは聖人の徳性が充盛して後に自然に到達するもので、思索勉励を以て求め得る所にあらず。これはちょうど《孟子・盡心下》の言う「大而化之」のごとし:「大」はなお人力の勉强して達しうる所、「化」は「利用安身」以てその徳を崇高にするを待って、そうして後に徳性充盛・仁道純熟し、自然而然に到来する。だから《繋辞下》は「神を窮め化を知るは、徳の盛なり」と言う。この一句より、文義は自ずから別の一節を成す。
義有精粗,窮理則至於精義,若(精義)盡性則即是入神,蓋(為)惟一故神。
「義」に精微と粗浅の分別あり。事物の理を窮究すれば、すなわち精微の「義」に達しうる。もし自己の本性を窮尽しえれば、それはすでに「神」の境地に進入したである。これは天地の道がもともとただ一にして二ならず、ただその純一にして雑なきがゆえに、こそ神妙不测たりうるがためである。
通天下為一物(在己)而已,惟是要精義入神。
天下の万物を貫通して見れば、もともとただ一気のみ。真にこの一歩を為し得るには、関鍵はただ「精義入神」のこの一層の工夫に在る。
所存能靜而不能動者,此則存;博學則利用,用利則身安,身安所以崇其德也。所應皆善,應過則所存者復神。
心中に存養する所がもし静に守ることのみ能くして動に応じること能わざれば、それはただ一個の「存」の字を死守するのみ。広博に学ぶこと、はじめて学んだ所を用いて順利たりうる。用いて順利あれば、身心ははじめて安泰す。身心安泰は、まさに用いて徳性を崇高にする所。感応する所が事事に当を得て、感応が過ぎて後、心中に存養する所はまたあの神妙虚明の本体に回復す。
窮神知化,德之盛也。德盛者,神化可以窮盡,故君子崇之。一作窮理盡性。
《繋辞下》の「神を窮め化を知るは、徳の盛なり」と言う。徳性が充盛する人は、天地の神妙と造化の遷流とが皆彼に窮究されて底に至りうるので、君子はこの一層を最も崇高と看做す。この句は別本に「窮理尽性」と作る。
化,事之變也。大可為也,大而化不可為也,在熟而已。易謂“窮神知化”,乃德盛仁熟之致,非智力能強也。
いわゆる「化」とは、事物の遷移変易である。「大」は人力の為し得る所、「大而化之」は做作を靠って達成しうるにあらず、ただ工夫の純熟に在るのみ。《周易》の言う「神を窮め化を知る」とは、すなわち徳性が充盛し仁道が純熟した後に自然に到達する境地で、聡明才力を凭って勉强に求め得るものではない。
形而上者,得辭幾得象矣。神為不測,故緩辭不足以盡神,緩則化矣;化為難知,故急辭不足以體化,急則反神。易所以明道,窮神則無易矣。
形而上の道理は、一たびそれに恰当な言辞を見出しえれば、すなわちほぼその「象」を把握した。「神」は神妙不测なので、語気の舒緩する言辞は「神」を説き尽くすに足らない——語気が一たび緩めば、説き出す所は「化」に変ずる。「化」は知りがたいので、語気の急迫する言辞は「化」を体貼するに足らない——語気が一たび急げば、言う所はまた「神」に帰る。《周易》は用いて大道を闡明するもので、もしすでに「神」を窮尽せば、則ち《易》すらも用いるに及ばない。
見幾則義明,動而不括則用利,屈信順理則身安而德滋。窮神知化,與天為一,豈有我所能勉哉?乃德盛自致爾。大抵思慮靜乃能昭物,須放心寬快公平以求之,乃可見道。況德性自是廣大,易曰“窮神知化,德之盛也”,豈淺心可得!
能く事の幾微を見れば、「義」はすなわち明白す。行動して阻塞を受けなければ、功用はすなわち順利す。屈伸進退が皆道理に順えば、身心はすなわち安泰にして徳性は日に増す。「神を窮め化を知る」に至っては、あれは天と合して一と為る境界で、どうして我が個人の勉力の及び得る所であろう?ただ徳性が充盛して後に自然に到達するのみ。大抵思慮が安く静まって、はじめて事物を照見しうる。必ず心を放ちて寛舒明快・公正持平に求めてこそ、道を見るべし。ましてや徳性はもともと広大無辺で、《繋辞下》の「神を窮め化を知るは、徳の盛なり」と言うは、どうして浅狭の心量の得る所であろう!
化不可言難知,可以言難見,如日景之行則可知之,其所以行則難見也。雷霆感動雖速,然其所由來亦漸爾。能窮神知化,德之盛也歟!神化者,天之良能,非人能。故大而位天德,則窮神知化。
「化」は知りがたしと言いがたく、ただ見がたしと言いうるのみ。譬えば日影の推移は、人はこれを知りうるも、しかしそれが究竟何を凭って推移するかは、見えない。雷霆が震動するは迅疾とはいえ、しかしその由来もまた漸々積成した。能く神妙を窮尽し造化を体知するは、これが徳性の充盛であろう!神と化は、上天の本有する良能で、人力の造作しうる所にあらず。だから人は「大」に至りて能く天徳に安処する歩に至れば、自然に神を窮め化を知ることができる。
氣有陰陽,推行有漸為化,合一不測為神。其在人也,智義利用,則神化之事備矣。德盛者,窮神則智不足道,知化則義不足云。天之化也運諸氣,人之化也順夫時;非化非時,則化之名何有?化之實何施?中庸曰“至誠為能化”,孟子曰“大而化之”,皆以其德合陰陽,與天地同流而無不通也。
気は陰陽両端に分かつ:推移運行して逐漸に積累する一面を「化」と呼び、渾合して一と為りてその端を測る莫き一面を「神」と呼ぶ。人の身上に落とせば、能く智慧を以て義を択び能く知る所を用いて順当たらしめば、神と化の工夫もまた完備す。徳性が充盛する人は、「神」を窮尽する歩に至れば智慧はすでに言うに足らず、「化」を体知する歩に至れば「義」もまたもはや提するに及ばない。上天の造化は気に於いて運行し、人の造化は時に於いて順応す。もし気の推行でもなくまた時に合せざれば、「化」のこの名目はどこより有らん?「化」の実功はまたどこより施行せん?《中庸》の「ただ天下の至誠を能く化すと為す」と言い、《孟子・盡心下》の「大而化之」と言う——講ずる所は皆自身の徳性を以て陰陽に契合し、天地とその流行を同じくして通ぜざる所なし。
所謂氣也者,非待其鬱蒸凝聚,接於目而後知之;苟健順、動止、浩然、湛然之得言,皆可名之象爾。然則象若非氣,指何為象?時若非象,指何為時?世人取釋氏銷(凝)礙入空,學者舍惡趨善以為化,直可為始學(遺)遣累者薄乎云爾,豈天道神化所同語也哉!
いわゆる「気」とは、必ずしもそれが鬱結蒸騰して凝聚成形し眼に見え得るを待ってはじめて知ると為すにあらず。ただ健と順・動と止・浩然と湛然のこれらの状態が説き出されうれば、皆それを「象」と名づけうる。すでにこのようであれば、「象」がもし気にあらざれば、なお何を指して「象」と呼ばん?「時」がもし象にあらざれば、なお何を指して「時」と呼ばん?世人は仏家の「碍を銷して空に入る」の説法を取り、学者はまた悪を去り善に就くを「化」と為す——これらは至って初学者が牽累を遣除する浅近の法門と算うるのみで、どうして天道の神化と相提並論しえよう!
物無孤立之理,非同異、屈信、終始以發明之,則雖物非物也。事有始卒乃成,非同異、有無相感則不見其成,不見其成,則雖物非物。故一屈一信相感而利生焉。
天下に孤立して自存する物なし。もし同と異・屈と伸・始と終のこれらの対待関係を借ってそれを顕発せざれば、それは「物」と名づくとはいえ、実はこの物なきに等しい。事は開頭あり結尾あってはじめて完成を算う。もし同異・有無が彼此相感せざれば、その完成を見えず。完成を見えざれば、則ち「物」と名づくとはいえ、実はこの物なきに等しい。だから《繋辞下》は「一屈一信相感じて利生ず」と言う。
知幾者為能以屈為信。君子無所爭,彼信則我屈,知也。彼屈則吾不信而信矣,又何爭!無不容,然後能盡屈信之道,至虛則無不信矣。
能く幾微を識見する人は、はじめて「屈」を「伸」と看做すを懂得す。君子は人と争う所なし:相手が伸べんと要すれば、我はすなわち退屈す——これがまさに明智である。相手が自ら屈して下れば、我は自ら伸ぶを要せずして自然にすでに伸ぶ——それでなお何を争わん!心中に容れざる所なくして、そうして後に屈伸の道を窮尽しうる。心が極虚の歩に至れば、伸びえざるなきなし。
君子無所爭,知幾於屈信之感而已。精義入神,交信於不爭之地,順莫甚焉,利莫大焉。將致用者,幾不可緩;將進德者,徙義必精。此君子所以立多凶多懼之地,乾乾進德,不少懈於趨時也。
君子は人と争う所なく、ただ屈伸の相感ずる間に於いて幾微を見るのみ。「精義入神」は、まさに彼此相争わざる処に於いて双方ともに伸展を得——これより順遂なるもなく、これより有利なるもない。まさに学問を事の上に施用せんとする人は、幾微に一刻も遅緩すべからず。まさに徳性を長進せんとする人は、義に迁就するに必ず精審ならねばならぬ。これがまさに君子が多凶多懼の地に身を処すとはいえ、なお自彊して息まず日にその徳を進め、一刻も時に随い変に応ずるに懈怠せざる所以である。
明庶物,察人倫,然後能精義入神,因性其仁而行。不知來物,未足以利用。
先ず万物の理を明白にし、人倫の序を察知して、そうして後にはじめて「精義入神」に談じ足り、本性に順って仁道を自然に行い出しうる。もし将来の事を預知できなければ、なお「利用」を談ずるに足らない。
