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繋辞上・第三章

宋 · 张载 · 第9巻 / 13

作盤ガイド: 大衍筮法, 六爻納甲の立卦

彖者,言乎象者也;象,謂一卦之質。齊小大者存乎卦,卦有稱名至小而與諸卦均齊者,各著其義也,蓋稱名小而取類大也。辨吉凶者存乎辭,欲見小疵者,必存乎辭。憂悔吝者存乎介,悔吝吉凶之萌,惟介于石者能見幾而作。“憂悔吝者存乎介”,欲觀易象之小疵,宜存志靜,知所動之幾微也。靜知,亦作靜志。幾者動之微,虛靜則知幾。震無咎者存乎悔。凡言無咎者,必求其始皆有悔,今能改之也。有咎而免者,善震(而)[之]補也。

《繋辞上》第三章の「彖とは、象を言う者なり」と言う。「彖」は一卦の卦辞を指し、それが論説する所は全卦の総象である。ここに言う「象」とは、一卦の体質、すなわち整卦が呈する本然の形態である。経文はまた「小大を斉しくする者は卦に存る」と言う:ある卦は名号が極めて小さいのに、諸の大卦と並び立って同じく観られうる——各卦が各々標明すべき義理を有し、名称は小さいも取譬する類は極めて大なるがゆえに。経文の「吉凶を辨ずる者は辞に存る」——細微の毛病を見出さんと欲すれば、必ず辞句の裏に尋ね入るを要す。経文の「悔吝を憂うる者は介に存る」:「悔」と「吝」は吉凶がまさに萌動する苗頭で、《豫》卦六二の「介于石」のごとき操守堅定の人のみが、幾微を察見して当機に行動しうる。いわゆる「悔吝を憂うる者は介に存る」とは、卦象の中のあの細小の瑕疵を看清かんとすれば、心志を存養して寧静にし、よって行動が初起する時の幾微を知るべきことを言う。「静知」は一の版本に「静志」と作る。「幾」は変動がまだ形を成さない微兆で、ただ虚静の心のみが幾を知りうる。経文の「咎なきに震える者は悔に存る」:およそ《易》の中に「无咎」を講ずる——すなわち過錯なからん所は、その初を遡れば、もともと皆悔いうる処あったが、ただ今能く改正するのみ。本に過錯ありて終に禍を免れうるは、まさに奮然として震動してもって補救を加えるによる。

繋辞上・第四章

易與天地準,故能彌綸天地之道。“易與天地準”,此言易之[為]書也。易行乎其中,造化之謂也。言“彌綸”“範圍”,此語必夫子所造。彌者彌縫(補)綴[緝]之義;綸者往來經營之義。

《繋辞上》第四章は篇を開きて「易は天地に准じ、よって天地の道を弥綸しうる」と言う。「易与天地准」と言うは、《易》この書を講ず——その規模格局は天地と等斉しい。「易行乎其中」と言うに至っては、それは書を指さず、天地間の生生不已の造化そのものを指す。経文の裏の「弥綸」と後文の「範囲」という二つの詞は、必ず孔子自身が鋳造した語彙である。「弥」は弥縫・綴緝の意で、天地の道の縫隙を一一に補合する。「綸」は往来経営の意で、糸を理り縄を結ぶがごとく反覆して経緯し、それをして条貫して乱れざらしむる。

易之為書與天地準。易即天道,獨入於爻位繫之以辭者,此則歸於人事。蓋卦本天道,三陰三陽一升一降而變成八卦,錯綜為六十四,分而有三百八十四爻也。因爻有吉凶動靜,故繫之以辭,存乎教誡,使人動則觀其變而玩其占,其出入以度,內外使知懼,又明於憂患與故,無有師保,如臨父母。聖人與人撰出一法律之書,使人知所向避,易之義也。

《易》この書の格局は天地と等斉しい。《易》はその自体が天道で、ただ一たび爻位の上に落ち文辞を繋げば、人事の上に帰結する。卦の根柢はもともと天道である:三陰三陽が一升一降して八卦を変出し、八卦が錯綜して相重なりて六十四卦と為り、再び分かち開けば三百八十四爻である。每一爻に吉あり凶あり・動あり静ありなので、それに文辞を繋げて、教導告誡をその裏に存放し、人をして一たび挙動あればすなわちその変化を観察しその占験を玩味せしむる。《繋辞下》第八章の「その出入は度をもってし、外内にして懼れを知らしめ、また憂患と故とに明らかにして、師保なくとも、父母に臨むがごとし」と言うは、講ずる所はまさにこれである:人の進退出入に皆循すべき法度あり、外に応じて事に当たるも内に存して心を持するも懼れを知り、また憂患の由来と所以然に明白で、たとえ身辺に師傅保傅の督責なくとも、《易》を読む時は父母に面対するがごとく放肆を敢えてしない。聖人が世人のために撰したこの一部の法律に近き書は、人をして何に趨向し何に回避すべきかを知らしむ——これが《易》の用意である。

仰以觀於天文,俯以察於地理,是故知幽明之故;原始反終,故知死生之說。天文地理,皆因明而知之,非明則皆幽也,此所以知幽明之故。萬物相見乎離,非離不相見也。見者由明而不見[者]非無物也,乃是天之至處。彼異學則皆歸之空虛,蓋徒知乎明而已,不察夫幽,所見一邊耳。

《繋辞上》第四章の「仰いで以て天文を観、俯して以て地理を察す。これを以て幽明の故を知る。原を始め終を反すれば、故に死生の説を知る」と言う。天上の文象・地上の形理は、皆「明」を凭って人に認知される。「明」のその一分に属さざればすなわち皆「幽」である——これが聖人の幽明の所以然を知りうる所以である。《説卦》の「万物は離に於いて相見る」——離は火で日で明である。この一分の光明なくんば、万物は彼此照見しえない。要紧なのは:見られうるは固然として明によるが、見られないは決して物なきに等しくない——あれはちょうど天道の最深至の所在である。仏老のごとき異学は見られないを一概に空虚に帰する——これはただ「明」の一辺を知って「幽」の一辺を体察せず、見る所は片面に過ぎない。

氣聚則離明得施而有形,氣不聚則離明不得施而無形。方[其]聚也,安得不謂之(有)[客]?方其散也,安得遽謂之無?故聖人仰觀俯察,但云“知幽明之故”,不云“知有無之故”。

気が一たび凝聚すれば、「離」の光明はその上に施加しえて、形の見えるあり。気が凝聚せざれば、光明は附麗する所なく、すなわち無形と為る。しかし知るべし:まさにそれが聚まる時、どうしてこれが気が暫時作客して成した形体なるを承認せざらんや?まさにそれが散ずる時、またどうして直ちにそれが烏有に化したと断定せんや?聚散はただ気の一往一来で、一個の真の「生出」と「消滅」はない。だから聖人は仰いで天文を観俯して地理を察し、ただ「幽明の故を知る」と言って「有无の故を知る」と言わない——一字の差は、まさに儒者と諸子の分界である。

[大易不言有無,言有無,諸子之陋也。人雖信此說,然不能知以何為有,以何謂之無。如人之言曰自然,而鮮有識自然之為體。]盈天地之間者,法象而已;文理之察,非離不相睹也。方其形也,有以知幽之(故)[因];方其不形也,有以知明之故。

《大易》はかつて「有」と「無」を講じない。一たび口を開きて有を分かち無を分かつは、あれは諸子の浅陋である。人はたとえ口頭上でこの説法に信服しても、実際には究竟何をもって「有」と為し何をもって「無」と為すかを説き清めえない。ちょうど人人が皆「自然」の二字を言えるが、真に自然がいかなる本体かを識る人が極めて少ないがごとし。天地の間に充満するは、法則と形象に非ざるはなし。文彩条理が察見されうる所以は、離明の照臨あるに非ざれば不可である。気が凝まりて形を成す時は、まさにこれによってあの幽隠の一面の来たる所を推知すべく、気が散じて形を成さざる時も、またまさにこれによってあの顕明の一面の所以然を推知すべし。幽明はもともと一気の両態で、二つの世界ではない。

[釋氏語實際,乃知道者所謂誠也,天德也。其語(則)[到]實際,則以人生為幻妄,(幻妄)以有為為疣贅,以世界為陰濁,遂厭而不有,遺而弗存。就(而人)[使]得之,乃誠而惡明者也。儒者則因明致誠,因誠致明,故天人合一,致學(者)而可以成聖,得天而未始(離)[遺]人,易所謂不遺、不流、不過者也。

仏家の講ずる「実際」は、道を知る者の言う「誠」に相当し、すなわち天徳である。しかし彼らは一たび実際を講ずれば、人生を幻妄と看做し、作為あるを贅疣と看做し、この世界を陰濁の物と看做して、よってそれを厭棄して其有るを承認せず、それを抛き開けて其の存留せしむるを肯じない。たとえ彼らが真にこの路の上に得る所有るとも、それはただ《中庸》のいわゆる「誠」をして「明」を厭悪する一偏である。儒者は然らず:「明」より推して「誠」に至り、また「誠」より推して「明」に至り、明と誠は両進するので、天人合一しえて、為学の功夫を凭って聖人を成就しえて、天より之を得て終始人事を抛き下げない——これがまさに《繋辞》の言う「曲成万物而不遺」「旁行而不流」「範囲天地之化而不過」の境地である。

故語雖似是,觀其發本要歸,與吾儒二本殊歸。道一而已,此是則彼非,彼是則我非,是故不當同日而語。其言流遁失守,窮大則淫,推行則詖,致曲則邪,求之一卷之中,其弊數數有之。

だから仏家の話頭は聴き上げれば儒者と相似るとはいえ、ただその立論の根本と最後の帰宿を考察すれば、それが我ら儒家と二つの根本・二条の帰路なるを発見する。道理はただ一個:こちらが正しければかちが錯し、かちが正しければ我がこちらが錯する。それゆえ両家は根本より一処に置いて相提して論ずべきにあらず。彼らの言説は游移逃遁して拠守する所なし:大処に推せば夸誕に流れ、外に推行すれば偏頗に流れ、一曲の処に落ちれば邪僻に流れる。ただ彼らの一巻の書の裏に細かく尋検すれば、この類の毛病は触れて目に皆満つ。

大率知畫夜陰陽則能知性命;能知性命則能知鬼神,知聖人。彼(直)欲[直語]太虛,不以畫夜陰陽累其心,則是未始見易;[未始見易,]則雖欲免畫夜陰陽之累,末由也已。(已)[易]且不見,又烏能更語真際!舍真際而談鬼神,妄也。所謂實際,彼徒能(請)[語]之而已,未始真解也。]

大致に言えば、昼夜の交替・陰陽の消長を懂得しえてこそ、性命を懂得するに談じ足る。性命を懂得しえてこそ、鬼神を懂得し聖人を懂得するに談じ足る。彼らはこの一層を撇き開けて、径直に「太虚」を談論せんと欲し、昼夜陰陽に自己の心を牽累せしめるを肯じない——これは従来《易》を見たことがないに等しい。すでに従来《易》を見たことがなければ、たとえ昼夜陰陽の牽累を摆脫せんと欲するも、門路なし。《易》すらかつて見得ずして、またどこでさらに何の「真際」を講ずるに及ばん!真際を撇き開けて鬼神を談ずれば、ただ妄説あるのみ。彼らの口中のいわゆる「実際」は、ただこの二字を口に説き出しうるのみで、従来真に理会し得たことがない。

[易曰:“原始(要)[反]終,故知死生之說”者,死生止是人之終始也。][精氣為物,游魂為變,是故知鬼神之情狀。][“精氣為物,游魂為變”,精氣者,自無而有;游魂者,自有而無。自無而有,神之情也;自有而無,鬼之情也。自無而有,故顯而為物;自有而無,故隱而為變。顯而為物者,神之狀也;隱而為變者,鬼之狀也。

《繋辞上》第四章の「原を始め終を反すれば、故に死生の説を知る」と言う——いわゆる死生とは、人のこの一段の生命の終と始に過ぎず、別途に一套の神秘的名目はない。経文は続けて「精気は物を為し、游魂は変を為す。これを以て鬼神の情状を知る」と言う。いわゆる「精気為物」とは、気が無形より聚まりて有形と為ること。いわゆる「游魂為変」とは、気が有形より散じて無形に帰すること。無より有となるは、これが「神」の実情。有より無となるは、これが「鬼」の実情。無より有となるがゆえに顕現して一々の物と為る。有より無となるがゆえに隠没して変化と為る。顕現して物と為るは神の形状、隠没して変と為るは鬼の形状。鬼神の二字は、張載のここに於いては意志ある霊怪ではなく、気の屈伸往来の両種の情状である。

大意不越有無而已。物雖是實,本自虛來,故謂之神;變是用虛,本緣實得,故謂之鬼。此與上所謂神無形而有用,鬼有形而無用,亦相會合。所見如此,後來頗極推闡,亦不出此。]

総じての意思は「有」「無」の両端を出でないのみ。物は実実在在とはいえ、それはもともと虚の処より凝聚して来たので、その自ら虚より実となる一面に就いて「神」と称す。変化は化して虚に帰するとはいえ、それはもともと実体に縁って有ったので、その自ら実より虚となる一面に就いて「鬼」と称す。これは前面に言うた「神は形なくして用あり、鬼は形ありて用なし」の講法と、また正しく吻合する。我が当初の見解はすなわちこのごとく、後に反覆して推衍闡発して説く所を更に細密にしたとはいえ、終にこの意思を超出しなかった。

[與範巽之言:易所謂“原始反終[故]知死生之說”者,謂原始而知生,則求其終而知死必矣。此夫子所以直季路之問而不隱也。體不偏滯,[乃可謂無方無體。偏滯]於畫夜陰陽者物也,若道則兼體而無累也。以其兼體也,故曰“一陰一陽”,又曰“陰陽不測”,又曰“一闔一闢”,又曰“通乎畫夜”。語其推行,故曰“(通)[道]”;語其不測,故曰“神”;語其生生,故曰“易”;其實一物,指事而異名爾。

これは范巽之に答えた話である:《易》の言う「原を始め終を反すれば、故に死生の説を知る」は、生命の開端を推原して「生」を懂得すれば、それに循って終結を求めて「死」を懂得するもまた必然である意。孔子が子路の死生を問うに答えたは、まさにこの道理に就いて直截に作答したので、隠諱したものはない。およそ本体が一辺に偏滞せざるは、はじめて「无方无体」と称するに配す。昼夜陰陽のどれか一辺に偏滞するは、あれは「物」である。「道」に至っては、陰陽の両体を兼摂してどの一辺にも拖累されない。まさにそれが兼体するがゆえに、《繋辞》ははじめて「一陰一陽之謂道」と言い、また「陰陽不測之謂神」と言い、また「一闔一辟謂之変」と言い、また「昼夜の道に通じて知る」と言う。その推行流布に就いて言えば「道」と呼び、その測度すべからざるに就いて言えば「神」と呼び、その生生不息に就いて言えば「易」と呼ぶ。実は同一の物で、ただ異なる事相を指して異なる名目を立てたのみ。

大率天之為德,虛而善應,其(實)[應]非思慮聰明可求,故謂之神,老氏況諸谷以此。太虛者,氣之(所)體。氣有陰陽,屈伸相感(而)[之]無窮,故神之應也無窮;其散無數,故神之應也無數。雖無窮,其實湛然;雖無數,其實一而已。陰陽[之]氣,散則萬殊,人莫知其一也;合則混然,人不見其殊也。

大抵、天の具える徳性は、虚にして感応に善い。その感応は人の思慮聡明の求めえ得る所に靠らないので、「神」と称す。老子がそれを空谷に比したは、取る所はまさにこの一層の虚にして能く応ずるの意である。「太虚」はすなわち気の本体で、空空蕩蕩の一片の死寂ではない。気は陰陽に分かれ、一屈一伸して互相に感通して永く窮尽がないので、神の感応もまた窮尽なし。気の離散は千頭万緒にして数計すべからざるので、神の感応もまた数計するに由なし。無窮と言うも、その本体は実は澄然湛寂である。無数と言うも、その本体は実はただ一個である。陰陽の気が一たび散開すれば、万般の差別と為りて、人はそれがもともと一体なるを見出しえない。一たび合攏すれば、浑然一片と為りて、人はまたその中にもともと差別あったを見出しえない。

形聚為物,形潰反原,[反]原者,其游魂為變乎!所謂變者,對聚散存亡為(之)文,非如螢雀之化,指前後身而為說。輔嗣所解,似未失其歸也。]

形質が凝聚すれば一物と為り、形質が潰散すればすなわち本原に返帰す。いわゆる本原に返帰するとは、おそらく《繋辞》の講ずる「游魂為変」であろう。ここに言う「変」とは、聚と散・存と亡に相対して立てた文辞で、腐草が蛍に化し雀が水に入りて蛤と為るがごとき、前身後身の二つの躯殻を指して言うのではない。王弼は字を輔嗣といい、彼のこの一句の解釈は、見るに本旨を失っていない。

[所謂山川門霤之神,與郊社天地陰陽之神,有以異乎?易(所)謂“天且弗違而況於鬼神乎”!仲尼以何道而異其稱耶?又謂“游魂為變”,魂果何物?其遊也情狀如何?試求之[使]無疑,然後可以拒神怪之說,知亡者之歸。[此外]學(者)[素]所[援據]以質成其論者,不可不察以自祛其疑爾。]

人々が祭祀に言う山川・門戸・中霤のこの類の神は、郊祀社祭の中の天地陰陽の神と、二者に分別あるや否や?《乾・文言》の「天ですら違わざるに、ましてや鬼神においてをや」——孔子は究竟どの道理に依据してそれらを分別して称呼したか?《繋辞》はまた「游魂為変」と言う——それならば「魂」は到底どのような物か?それが「游」する時の情状はまたどのようなか?これらの問題を一一に追究して疑惑なきに至り、そうして後にはじめて種種の神怪の説に抵挡しえて、また真に死者が究竟どこに帰去するかを明白にする。この外、仏老の学が従来援引し拠守して、用いて彼らのあの套の議論を坐実する説法も、逐一考察して清めざるべからず——自己の心裏の疑団を先行して祛除せんがためである。

[氣之於人,生而不離、死而遊散者謂魂,一成而不變者為魄。]與天地相似,故不違;知周乎萬物而道濟天下,故不過;旁行而不流,樂天知命,故不憂;[意,有思也;必,有待也;固,不化也;我,有方也。四者有一焉,則與天地不相似。]

気が人身の上の分際に就いて言えば:活きる時は形体と相離れず、死後は游散して去るを「魂」と呼び、一旦凝成すれば固定して変らざるを「魄」と呼ぶ。《繋辞上》第四章の「天地と相似れば、故に違わず。知は万物に周して道は天下を済す、故に過らず。旁行して流れず、天を楽しみ命を知る、故に憂えず」と言う。いわゆる「天地と相似」は、《論語》の講ずる絶四をもって准とせねばならない:「意」は私自に揣度すること、「必」は心に期待あること、「固」は執滞して化せざること、「我」は自ら一所を立てること。この四者はただ一様に沾うとも、すなわち天地と相似ない。天地は思無く為無く・待無く執無く・方無く我無し。人は能くこの四病を絶去してこそ、「不違」に談じ足る。

如天地無私,則於道不離,然遺物而獨化,又過乎大中之表也。故下文曰範圍(天地之化)而不過,曲成(萬物)而不遺。(通乎畫夜之道而知)未能周萬物,則必有過。過,失也。

仮にただ天地の无私を学ぶのみならば、固然として道と相離れないが、しかしもしこれによって万物を抛き開けて自ら超化を求めれば、それはまた大中至正の界限の外に走り出た。だから《繋辞》の下文ははじめて「範囲天地之化而不過、曲成万物而不遺」と言い、また「昼夜の道に通じて知る」と言う:一面は超出を許さず、一面は遺漏を許さず。およそ万物に周遍しえざれば、必ず過失する所有る。ここの「過」は、すなわち差失の意で、単に頭を過ぐるを指すのみならず、また偏鋒に走ったを含む。

知周[乎]萬物[而]道濟天下,然後不錯。若不如此,則或得於(彼)[此](或)[而]失於(此)[彼]也。天惟運動一氣,鼓萬物而生,無心以恤物。聖人則有憂患,不得似天。天地設位,聖人成能。聖人主天地之物,又智周乎萬物而道濟天下,必也為之經營,不可以有(愛)[憂]付之無憂。

智慧が万物に周遍し道術が天下を救济するに足れば、こうして差错あるに至らない。もしこの一歩に及ばなければ、こちらを顧みてかちを失うを免れがたい。天はただこの一気を運転して、万物を鼓動して生生せしむのみで、一個の物を体恤する心を存しない。聖人はしかし憂患あり——この一点の上で、到底天と同じくできない。《繋辞下》第十二章の「天地位を設け、聖人成能す」:聖人は天地間の万物の主宰者で、また万物に智を周し天下を道に済すを要すれば、必ず天下のために経営擘画せざるをえず、自己のこの一片の憂ある心を、径直にあの憂なき天に交付して事を了えることはできない。

旁行[而]不流,圓神不倚也。[主應物不能固知,此行而流也。入德處不移,則是道不進,重滯者也。]安土敦乎仁,故能愛。安土,樂其所自生,(□□)[不得其生,非]忠厚之道也。[安土,不懷居也。有為而重遷,無為而輕遷,皆懷居也。]範圍天地之化而不過,

経文の「旁行而不流」は、円通神妙にして一辺に偏倚せざるを言う。もし一味にただ外物に応付せんと求め、自己の知る所を堅定に守住できなければ、それは「行」して流荡したである。反転して、徳に入る処を一歩も挪動を肯じなければ、それはまた道が長進せず、沉重滞塞の人と成る。経文は続けて「土に安んじ仁に敦い、故能く愛す」と言う。いわゆる「安土」とは、自己の従生するこの土地と本分を安楽すること。もし自己の生生の理すら安頓し住えなければ、忠厚の道ではない。また知るべし、「安土」は居処に恋着するにあらず:作為ある人はかえって遷徙の難を看重して動くを肯じず、無作為の人はかえって軽易に遷徙して守るを肯じない——この両様は皆「懐居」である。経文は再び「範囲天地之化而不過」と言う。

(過則溺於空、淪於靜,既不能存其神,又不能知夫化矣。大抵過則不是著有則是著無,聖人自不言有無,諸子乃以有無為說。說有無,斯言之陋也。在易則惟曰神,則可以兼統。)

一たび天地の化を範囲する分寸を超過すれば、空に沉溺し静に陷落する。すなわちあの生生の神を存え住えず、あの流行の化を認め得ない。大抵一の「過」は、「有」に執着するか、「無」に執着するかである。聖人はもともと有无を談ぜず、諸子は偏偏として有无を拿って説を立てる。一たび口を開きて有を講じ無を講ずれば、この話はすでに浅陋である。《易》の裏にはただ一個の「神」の字を言うのみで、「神」は有无・動静を一併に兼摂統貫しうる。

[窮理盡性,然後至於命;盡人物之性,然後耳順;與天地參,無意、必、固、我,然後範圍天地之化;從心不踰矩,老而安死,然後不夢周公。]通乎畫夜之道而知,不偏滯於畫夜之道,故曰通知。故神無方而易無體。

《説卦》の「理を窮め性を尽くして命に至る」と講ずるは:先ず物理を窮究して底に至り本性を尽処に発揮し、そうして後にはじめて「至于命」に談じ足る。人の性を尽くし物の性を尽くしえて、そうして後に孔子の六十にして「耳順」の境地あり。天地と並び立って三と為り、意・必・固・我の四病を絶去しえて、そうして後に「範囲天地之化」に談じ足る。七十にして「心の欲する所に従いて矩を踰えず」しえ、老いて死生に安んじえて、そうして後に必ずしも周公を夢見するを要しない。経文の「昼夜の道に通じて知る」と言うは、昼夜のどの一辺にも偏滞せざるを言うので、通じて之を知ると呼ぶ。まさにこのがゆえに、経文は最後に「神方なく易体なし」に帰結する。

繫辭言易,大概是語易書制作之意;其言“易無體”之類,則是天易也。神[與]易雖是一事,方與體雖是一義,以其不測,故言無方;以其生生,故言無體。然則易近於化。

《繋辞》の裏に「易」を講ずるは、大体に於いて《易》この書の制作の用意を講ずる。しかし「易无体」のこの類の説法のごときは、講ずる所は書ではなく、天地の間のあの自然の「天易」である。「神」と「易」は同じ一事を指すとはいえ、「方」と「体」もまた同一の意思とはいえ、各々側重あり。その測度すべからざるに就いて言えば「无方」と言い、その生生不已に就いて言えば「无体」と言う。こう見れば、「易」この字の分量は、更に「化」に贴近する——すなわちあの綿密漸進・跡の求め得べからざる流行である。

繋辞上・第五章

一陰一陽之謂道,一陰一陽是道也,能繼繼體此而不已者,善也。善,(之)猶言能繼此者也;其成就之者,則必俟見性,是之謂聖。仁者不已其仁,(始)[姑]謂之仁;知者不已其知,(方)[姑]謂之知;(此)是[謂]致曲,曲能有誠也,誠則有變,(化)必仁知會合乃為聖人也。(前)[所]謂聖者,於一節上成性也。夷惠所以亦得稱聖人,然行在一節而已。

《繋辞上》第五章は頭を開きて「一陰一陽之謂道」と言う。一陰一陽のこの交替往復の過程そのものが道である。一路に承接してこの道を自己身上に体現して永く間断せざりうるが、すなわち「善」である。いわゆる善とは、この道を承接し住う人を言うに等しい。真にそれを成就するに至っては、必ず本性を親見するを待たねばならず——これをはじめて「聖」と呼ぶ。仁を行う人は仁の上に停歇を肯じなければ、姑く彼を仁者と称す。知を求める人は知の上に停歇を肯じなければ、姑く彼を智者と称す。これが《中庸》の言う「致曲」で、一偏一曲の上より功夫を為し、一曲の中にも誠ありうる——誠あれば変化を生じうる。しかし必ず仁と知が会合して一と為ってこそ、聖人を成し得る。前面に言うたあの種の「聖」は、ただ或る節目の上に性を成就したのみ。伯夷・柳下恵のまた聖人と称されうる所以は、まさにこのがゆえに——しかし彼らの行う所は終にただ一節の上にあるのみ。

“百姓日用而不知”,蓋所[以]用莫非在道。飲食男女皆性也,但己不自察,由旦至暮,凡百舉動,莫非感而不之知。今夫心又不求,感又不求,所以醉而生夢而死者眾也。繼之者善也,成之者性也。

経文の「百姓は日々用いて知らず」と言うは、百姓が日常に用いる一切は一つとして道の裏にあらざるがないがゆえに。飲食と男女のこれら人倫日用は、もともと皆性である——ただ自己が省察しに行かないのみ。早より晚に至るまで、一切の挙動は一つとして感応の発用ならざるがなく、しかし人は自己で知らない。今の人は、心に求めに行かず、感にも求めに行かないので、渾渾噩噩・酔いて生まれ夢みて死する人があのように多い。経文は続けて「之を継ぐ者は善なり、之を成す者は性なり」と言う。

言繼繼不已者善也,其成就者性也。仁知各以成性,猶(仁禮以成性)勉勉而不息,可謂善成,而存存在乎性。仁知見之,所謂“曲能有誠”者也。不能見道,其仁知終非性之有也。性未成則善惡混,故亹亹而繼善者斯為善矣。惡盡去則善因以(亡)[成],故舍曰善而曰“成之者性[也]。

張載は《繋辞上》の「繼之者善也、成之者性也」の一句を解して言う:一路に承接して綿延して已まざりうるを「善」と呼び、それを凝定して自己の所有と為せるを「性」と呼ぶ。「仁」と「知」は各々皆用いて性を成就しうる——別本は此処に「仁礼以成性」と作る——皆勉力して懈らず永く停息せざるを要し、これをはじめて善く成就するを称しうる。そして経文の言う「存存」は、帰根結底に於いては「性」の上に落実する。仁者・智者は各々自己の一辺に偏した処より道を見た——これが《中庸》の講ずる「其次致曲、曲能有誠」である。もし始終道を見えなければ、あの一点の仁と知は終に本性中の固有の物ではない。性がまだ成就せざる時は、善と悪は混雑して一処にあるので、孜孜不倦としてあの点の善端を承接し住する——これがすなわち「善」と算えられる。悪が徹底して除尽されるを待って、善もまた随いて凝成する(原文は「亡」と作るも、別本に依って「成」とすべし)——だから経文は再び単に一個の「善」の字を言わずして「成之者性也」と言う。

神不可致思,存焉可也;化不可助長,順焉可也。存虛(名)[明],久至德,順變化,達時中,仁之至,義之盡也。知微知彰,不舍而繼其善,然後可以成(之)[人]性矣。仁者見之謂之仁,知者見之謂之知,

「神」は思慮をもって追求しうるではなく、ただそれを心中に存養するのみ。「化」は苗を揠くがごとく助長しうるではなく、ただそれに順って走るのみ。一段の虚にして明の心地を存養して、日を久しうして至徳に至達し、天地の変化に順応して、随時に中する分寸に通達しうる——これがすなわち仁の至・義の尽である。能くあの幽微の一頭を知り、また能くあの顕着の一頭を知り、放舍を肯じず一路に善端を承接し住して、そうして後に人の本性を成就すべし。経文は続けて「仁者は之を見て之を仁と謂い、知者は之を見て之を知と謂う」と言う。

聞見不足以為己有,“仁者見之謂之仁,知者見之謂之知”,心各(有)[見]本性,始為己有,苟未見性,須當勉勉。今學者既知趨向,殊不費力,何(謂)[為]不勉勉!百姓日用而不知,[故君子之道鮮矣。]百姓日用[而]不知,溺於流也。[顯諸仁,藏諸用,]

耳に聞き目に見て得たる物は、なお自己の所有と算えられない。経文の「仁者は之を見て之を仁と謂い、知者は之を見て之を知と謂う」——見れば、必ず心が自ら本性を見てこそ、はじめて真に自己のものと為る。もしまだ性を見ていなければ、勉め又勉めて少しも歇まざるを肯じすべし。今の学者はすでに力を用いる方向を知り、実は大いなる力を費すこともないのに、なぜ偏偏として勉勉不已を肯じないか!経文の「百姓は日々用いて知らず、故に君子の道は鮮し」——百姓は日々用いながら自知せず、まさに日常の流俗に淹没されたがゆえに。経文は再び「仁に顕れ、用に蔵る」と言う。

[非神不能顯諸仁,(不)[非]知不能藏諸用。][鼓萬物而不與聖人同憂。]老子言“天地不仁,以萬物為芻狗”,此是也;“聖人不仁,以百姓為芻狗”,此則異矣。聖人豈有不仁?所患者不仁也。天地則何意於仁?鼓萬物而已。聖人則仁爾,此其為能弘道也。

「神」にあらざれば、仁徳を顕発し出すことができない。「知」にあらざれば、功用を蔵斂することができない。経文は続けて「万物を鼓動して聖人と憂を同じくせず」と言う。《老子》の「天地は不仁、万物をもって芻狗と為す」は、この一句は正しい。しかしそれが続けて講ずる「聖人は不仁、百姓をもって芻狗と為す」は、この一句は異なる。聖人がどうして不仁なりえよう?聖人の憂患する所はまさに天下の不仁である。天地はどこに一個の仁を行う意を存するか?それはただ万物を鼓動してその生生に任すのみ。聖人はしかし仁ある——まさにこの一点の仁あるがゆえに、《論語》の言う「人能弘道」に談じ足る。

[鼓萬物而不與聖人同憂,天道也。聖(人)不可知也,無心之妙非有(仁)[心]所及也。]天不能皆生善人,正以天無意也。“鼓萬物而不與聖人同憂”,聖人之於天下,法則無不善也。然古者治世多而後世不治,何也?人徒見文字所記,自唐虞以[來論其治亂,殊不知唐虞以]上幾治幾亂,須歸之運數,有大(運)[數],有小(運)[數],故孟子曰:“天[下]之生(民)久矣,一治一亂。”

「万物を鼓動して聖人と憂を同じくせず」は、天道を講ず。聖が測知すべからざる歩に至る——あの无心にして成る妙用は、もともと一個の有心の人の企及しうる所ではない。天は生まれ来るが皆善人なるを保証できない——まさに天がもともと意なきがゆえに。経文は天の「万物を鼓動して聖人と憂を同じくせず」を言い、しかし聖人の天下に対するは、法を立て則を垂れて一処として善ならざるなし。しかしなぜ上古は治世が多く後世はかえって治められないか?それはただ人々が単に文字の記載する一段を見て、唐尭虞舜以来よりその治乱を論じ、殊に唐虞以上にはすでに多少の治・多少の乱を経歴したを知らざるのみ。これはすなわち気運の数に帰せざるをえない:大いなる運数あり、小さなる運数あり。だから《孟子・滕文公下》に言う:「天下の生は久し、一治一乱。」

繫之為言,或說易書,或說天,或說人,卒歸一道,蓋不異術,故其參錯而理則同也。“鼓萬物而不與聖人同憂”,則於是分出[天]人之道。[人]不可[以]混天,“鼓萬物而[不]與聖人同憂”,此言天德之至也。與天同憂樂,垂法於後世,雖是聖人之事,亦猶聖人之末流爾。

《繋辞》の行文は、或いは《易》この書を言い、或いは天を言い、或いは人を言い、末に皆同一の道に帰する——もともと两套の路数ではないので、文句は交錯参差するも道理は一貫である。「万物を鼓動して聖人と憂を同じくせず」のこの一句は、まさにここに於いて天の道と人の道を分かち開ける。人は天と混為一談にすべからず:天が万物を鼓動して聖人とその憂を同じくせずと言うは、これは天徳の極致を形容する——それは无心にして成るので、憂あるを謂う所なし。天とその憂楽を同じくし法度を垂れて後世に貽すに至っては、聖人の分内の事とはいえ、天徳に比すれば、あれはすでに聖人の末流の一段である。

神則不屈,無復回易,“鼓萬物而不與聖人同憂”(者),此直謂天也。天則無心,神(故)可以不詘,聖人則豈忘思慮憂患?雖聖亦人耳,焉得遂欲如天之神,庸不害於其事?聖人苟不用思慮憂患以經世,則何用聖人?天治自足矣。聖人所以有憂者,聖人之仁也;不可以憂言者,天也。蓋聖人成能,所以異於天地。

神は屈曲せざるもので、また反覆更改もない。「万物を鼓動して聖人と憂を同じくせず」のこの一句は、径直に天を言う。天はもともと心なきがゆえに、その神は毫も屈曲しえない。聖人はどうして思慮憂患を忘掉しえよう?聖人は聖とはいえ、畢竟なお人である——どうして一味に天のごとく神ならんと欲せんや、それはかえって自己の為すべき事を妨害せざらんや?聖人がもし思慮憂患を用いて世務を経綸するを肯じなければ、なお聖人を要して何を為さん?天が自ら治むれば足る。だから言う:聖人の憂ある所以は、まさに聖人の仁である。そしてあの「憂」の字をもって言うべからざるは、こそ天である。《繋辞下》の「天地位を設け、聖人成能す」——聖人はまさに「成能」のこの一点の上に於いて天地と同じからず。

富有之謂大業,日新之謂盛德。富有,廣大不御之盛與!日新,悠久無疆之道與!富有者,大[而]無外也;日新者,久[而]無窮也。顯其聚也,隱其散也,顯且隱,幽明所以存乎象;聚且散,推蕩所以妙乎神。“日新之謂盛德”,過而不有,(不)凝滯於心,知之細也,非盛德日新。惟日新,是謂盛德。義理一貫,然後日新。生生之謂易。

経文の「富有のこれを大業と謂い、日新のこれを盛徳と謂う」と言う。いわゆる富有とは、広大にして抵御するに由なきあの盛大であろう!いわゆる日新とは、悠久にして辺際なきあの道路であろう!富有とは、大にして外なきこと。日新とは、久しくして窮尽なきこと。気は一たび凝聚すれば顕現し、一たび離散すれば隠没する。顕あり隠あるがゆえに、幽明の分際は皆「象」の裏に存放される。聚あり散あり、推移激盪して已まざるがゆえに、「神」の妙用は見え出る。「日新のこれを盛徳と謂う」と言うは、事が過ぎ去れば留存せず、心上に凝滞して化せざるを講ず。もしただ些かの細碎の知見の上に盤桓すれば、それは盛徳ではなく、日新と算えられもしない。ただ一日々に新たなるのみが、盛徳と呼ばるる。義理が貫通して一と為りて、そうして後に日新に談じ足る。経文は続けて「生生のこれを易と謂う」と言う。

生生,猶言進進也。極數知來之謂占,“極數(之)[知]來”;前知也。前知其變,有道術以通之,君子所以措於民者遠矣。通變之謂事。能通其變而措於民,聖人之事業也。易簡之善配至德。循天下之理之謂道,得天下之理之謂德,故曰“易簡之善配至德”。

いわゆる「生生」とは、進みてまた進み、一歩も停まざるに等しい。経文の「数を極め来を知るのこれを占と謂う」——数を極処に推して将来を預知するは、これが先知である。先知してその変化を知り、また貫通すべき道術あれば、君子がこれに拠って百姓の上に施行するは、その效験は深遠である。経文の「変に通ずるのこれを事と謂う」——その変化を貫通して百姓の身に落実するは、これがこそ聖人の事業である。《繋辞上》第六章の末に「易簡之善は至徳に配す」と言う:天下の理に依循して行くを「道」と呼び、天下の理を真に己に得るを「徳」と呼ぶ。だから易簡の善はあの至極の徳に匹配するに足ると言う。

繋辞上・第七章

知崇禮卑,崇效天,卑法地,天地設位而易行乎其中矣。成性存存,道義之門。[“知崇禮卑”,叩其兩端而竭也,崇既效天,卑必法地。]非知,德不崇;非禮,業不廣。

《繋辞上》第七章の「知は崇く礼は卑し。崇きは天に效い、卑きは地に法る。天地が位を設けて易はその中に行わる。性を成して存存たれば、道義の門」と言う。いわゆる「知崇礼卑」とは、まさに《論語》の講ずる両端を叩問してその所有を尽くすこと。智はすでに天の高明を效法せんとすれば、礼は必ず地の卑順を效法せざるをえない。一高一低、両端を並び挙げて後に遺なし。もし「知」なければ、徳は崇高し起らない。もし「礼」なければ、業は広大に開かない。知と礼は、まさに徳を崇め業を広める両脚である。

[知]崇,天也,形而上也。通畫夜之道而知,其知崇矣。知及之而不以禮性之,非己有也,故知禮成性而道[義]出,如天地[設]位而易行。天地位定而易行[乎]其中,知禮成[性]而道義出。夫易,聖人所以崇德廣業,以知為德,以禮為業也,(蓋)[故]知崇則德崇矣。

「知崇」は天に属し、形而上の一辺である。昼夜の道に通貫して知りうる——この知はすなわち崇高と算えられる。しかし《論語》の言う「知は之に及ぶ」と言いながら礼をもってそれを自己の本性に化成できなければ、あの知は終に自己のものではない。だから必ず知と礼の両下が夾持して性を成就してこそ、道義はここより流出する——ちょうど天地が各々その位に安んじて易道が自然に中間に行わるがごとし。天地の位次が一たび定まれば、易はその中に行わる。知礼が性を成就すれば、道義は中より流出す。《易》この書は、まさに聖人が用いてその徳を崇高しその業を広大にするもの:知をもって徳と為し、礼をもって業と為すので、知が一たび崇めば、徳もまた随いて崇む。

此論易書之道,而聖人亦[所]以教人。“天地設位而易行乎其中”,比下文“成性存存道義之門”而言也。天地設位,故易行乎其中,知禮成性,則道義自此(而)出也,道義之門(者)[蓋]由仁義行也。

この一段はすなわち《易》書の裏の道理を論ずると同時に、またまさに聖人が拿って人を教うる処である。経文の「天地位を設けて易はその中に行わる」は、下文の「性を成して存存たれば道義の門」と相対照して言う:天地が位次を設定したので、易道はその中に行わる。人が知と礼の両面を性に成就すれば、道義は自然にここより流出す。いわゆる「道義の門」とは、まさに《孟子》の講ずる「仁義より行う」であって「仁義を行う」ではない——道義は成就した性の中より自然に流出するので、外より搬り来たりて勉めて身に安着するではない。

聖人亦必知禮成性,然後道義從此出,譬之天地設位則造化行(於)[乎]其中。知則務崇,禮則惟欲乎卑,成性須是知禮,存存則是長存。知禮亦如天地設位。

たとえ聖人であっても、必ず知と礼をもって性を成就してこそ、そうして後に道義はここより流出する——ちょうど天地が一たび位次を設定すれば、造化が自ずからその中に行わるがごとし。知に就いて言えば、ただそれの崇高なるを求めるのみ。礼に就いて言えば、ただそれの卑下切実なるを求めるのみ。本性を成就せんとすれば、知と礼が並進するに非ざれば不可。いわゆる「存存」とは、長久に存養して一刻も断えざること。知と礼のこの一高一低も、またまさに天地の上下の設位のごとし。

何以致不息?成性則不息。誠,成也,誠為能成性也,[如]仁人孝子所以成[其]身。柳下惠,不息其和也;伯夷,不息其清也;於清和以成其性,故亦得為聖人也。然清和猶是[性之]一端,不得(完)[全]正,不若知禮以成性,[成性]即道義從此出。

どうすれば間断せざるを得るか?性を成就すれば、自然に間断しない。「誠」はすなわち成で、ただ誠のみが本性を成就しうる——ちょうど仁人孝子が誠を靠って自身を成就するがごとし。柳下恵は、「和」の上に於いて間断しなかった。伯夷は、「清」の上に於いて間断しなかった。彼らは各々清・和の一端に就いて自己の性を成就したので、また聖人と称しうる。しかし清と和は終にただ性の一端で、全然中正ならず、知礼をもって性を成すに及ばない。性が一たび成就すれば、道義はすなわちここより流出する。

知極其高,故效天;禮著實處,故法地。人必禮以立,失禮則孰為道?“天地設位而易行乎其中,成性存存,道義之門”,(得)知禮以成性,性乃存,然後道義從此出。

知は極高の処に推すべきなので、それが天を效法すると言う。礼は切実の処に落つべきなので、それが地を效法すると言う。人は必ず礼を靠ってこそ自立しうる——《論語》の「礼に立つ」と講ずるがごとし。礼を失掉せば、なお何をもって道と算えんや?経文の「天地位を設けて易はその中に行われ、性を成して存存たれば道義の門」は、まさに知と礼をもって本性を成就することを講ず——性に存する所有りて、そうして後に道義はここより流出する。

學不能自信而明者,患在不[自]勉爾。當守道不回,如川之流,源泉混混,不舍畫夜,無復回卻,則[自信]自明,自得之也。易曰“繼之者善也”,惟[其]能相繼而不已者,道之善也;至於成性,則不勉而中,不思而得,從容中道矣,(易)[故]曰“成性存存,道義之門”。

為学して自信自明できない人の毛病は、ただ自己が勉励を肯じないに在るのみ。当に道を守住して回頭せず、河川の流水のごとくすべし。《孟子》の「源泉混混として、昼夜を舍てず」——一直に前に往きて絶えず倒退せず、このようであればすなわち自信自明しえ、自己が真に己に之を得たである。《繋辞》の「之を継ぐ者は善なり」——ただ一路に承接して綿綿として已まざりうるのみが、こそ道の善き処である。本性が成就するに至れば、ちょうど《中庸》の言う「勉めずして中り、思わずして得、従容として道に中る」——だから「性を成して存存たれば道義の門」と言う。

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