年時(賦を存し注せず)
作盤ガイド: 八字作盤
陰暗晴暑,天道之常,水旱兵災,年時之變。欲決禍福於一年,須審吉凶於八卦。初觀萬物,莫居死絕之鄉;次察群黎,吉在旺生之地。三言府縣官僚,兄弟則徵科必迫;四論朝廷宰相,沖身則巡警無私。五為君上之爻,六為昊天之位。應亦為天,克世則天心不順;
陰晦・晴朗・暑熱は、これは天道の常態なり。水災・旱災・兵災は、これは年成の變數なり。一整年の禍福を判定せんと要せば、便ち須らく八卦六爻の上に吉凶を細審すべし。年時を占するに爻位に按じて職司を分派す。初爻は萬物百産を看る。最もそれの死・絶の地に坐するを忌む。二爻は百姓群黎を察す。吉處はそれの旺・生の地に落つるに在り。三爻の說くは府縣一級の官吏なり。この爻もし「兄弟」に臨めば、賦稅徵斂必然逼迫す。四爻の論ずるは朝廷宰輔なり。この爻もし來りて卦身を冲せば、則ち巡查警戒公正無私なり。五爻は君上の位、上爻は蒼天の位なり。應爻もまた天を代表す。應の來りて世を克するは、便ち天心順ならざるなり。
世還為地,逢空則人物多災。太歲逢兄乘旺,有溫州之大颶,流年值鬼帶刑,成漢寢之轟雷。發動妻財,旱若成湯之日;交重父母,澇如堯帝之時。猛烈火官回祿,興災於熙應;汪洋水鬼元冥,作禍於江淮。尤怕屬金,四海干戈如鼎沸,更嫌值土,千門瘟疫若符同。逢朱雀而化福爻,財動則旱蝗相繼;遇勾陳而加世位,兄興則饑饉相仍。莽興盜起,由玄武之當官;宋殄異多,因螣蛇之御世。
世爻は則ち大地を代表す。それ一たび空亡に落つれば、人と物と皆災多し。太歲の爻もし「兄弟」に臨みて旺に乘ずれば、便ち溫州のごとき大颶風あり。流年の爻もし「官鬼」に臨みてまた刑を帶ぶれば、便ち漢代宗廟の轟雷に擊中せらるるがごとき異變あり。「妻財」發動すれば、旱情商湯の世のごとし。「父母」交重すれば、水澇唐堯の時のごとし。官鬼が火に屬して性猛烈なれば、便ち火神回禄の災を興すにして、熙應の際の火患はすなわちこれに由りて起る。官鬼が水に屬して勢汪洋なれば、便ち水神玄冥の祟を作すにして、江淮一帶屢々その害を受く。官鬼はことに金に屬するを怕る。一たび金に屬すれば則ち四海兵戈鼎沸のごとし。さらにそれの土に値するを嫌う。一たび土に値すれば則ち千門萬戸瘟疫流行して、符契に照するがごとく家家病に染む。官鬼が「朱雀」に臨みて子孫を化じ出し、再加えて妻財發動せば、すなわち旱災と蝗災と踵を接きて來る。官鬼が「勾陳」に遇い加えて世位に臨み、再加えて兄弟興動せば、すなわち饑荒連年斷えず。王莽篡位・群盜並起のごとき亂象は、「玄武」の官鬼を當てて來るに由る。宋代の災異特別繁多は、「螣蛇」の世爻に御臨するの故なり。
若在乾宮,天鼓兩鳴於元末;如當震卦,雷霆獨異於國初。艮主山崩,臨應則宋都有五石之隕;坤為地震,帶刑則懷仁有二所之崩。坎化父爻,雨血雨毛兼雨土;巽連兄弟,風紅風黑及風旋。日生黑子,宋恭帝驚離象之反常;沼起白龍,唐玄宗遭兌金之變異。發動空亡,乃驗天書之詐;居臨內卦,定成黑眚之妖。
災異の出づるは哪一宮に在れば、すなわち哪一類の怪象に應ず。《乾》宮に落つれば、元朝末年の天鼓兩度轟鳴するがごとき天變なり。《震》卦に落つれば、本朝開國の初の雷霆獨異のごとき奇徵なり。《艮》は山崩を主る。艮が應爻に臨めば、便ち宋朝都城の五石隕落の事あり。《坤》は地震を主る。坤また刑を帶ぶれば、便ち懷仁一地兩處崩塌の災あり。《坎》が「父母」爻を化じ出づれば、天上便ち血を下し・毛を下し以至土を下さんとす。《巽》が「兄弟」爻に連なれば、便ち紅風・黑風および旋風を刮さんとす。太陽に黑子を生ずるは、宋恭帝時の《離》象反常の警兆なり。池沼に白龍躍起するは、唐玄宗時の《兌》金變異の徵應なり。これらの異象の爻もし發動してまた空亡に落つれば、便ち天書の類の僞造欺詐の上に應ず。もし内卦に居臨すれば、就一定に黑眚のこの類の妖異に應成す。
欲知天變於何方,須究地支而分野。身持福德,其年必獲休祥;世受刑傷,世歲多遭驚怪。年豐歲稔,財福生旺而無傷;冬暖夏涼,水火休囚而莫助。他宮傷克,外國侵凌。本卦休囚,國家衰替。陰陽相合,必須雨順風調;兄鬼皆亡,必主民安國泰。唯明天道,能知萬象之森羅。識透玄機,奚啻一年之休咎。
天變の落つるは哪一方なるかを知らんと要せば、便ち須らく地支の配する所の分野に按じて推すべし。十二支各々一片の疆域を主る。異象の爻の屬するは哪一支なれば、災祥は便ちあの一方に應ず。卦身が福德すなわち「子孫」を持せば、この一年必ず吉慶祥瑞を得。世爻が刑傷を受くれば、この一年便ち驚怪の事に多遇す。年成豊稔なるは、「妻財」と子孫と皆生旺にして傷を受けざるがゆえなり。冬暖夏涼なるは、水爻火爻皆休囚にして人の相助するなきがゆえなり。もし他宮の爻の來りて本宮を傷克せば、外邦侵凌を主る。本卦休囚無氣なれば、國勢衰替を主る。陰爻陽爻彼此相合せば、必定風調雨順なり。「兄弟」と「官鬼」と皆卦に上らざれば、必ず民安國泰を主る。ただ天道を明白して、こそ萬象の森羅次第を通曉しうる。其中の玄機を識透せば、また何ぞただ一年の休咎を斷ずるのみならんや。
國朝(賦を存し注せず)
君怒則臣忠,共濟明良之會;國泰則民樂,當推禍福之原。雖天地尚知其始終,況國家豈能無興廢?本宮旺相,周文王創八百年之基;大象休囚,秦始皇遺二世主之禍。九五逢陽,當遇仁明之主;四爻值福,必多忠義之臣。歲克衰宮,玉樹後庭花欲謝;年傷弱世,鼎湖龍去不多時。世臨沐浴合妻財,夫差戀西施而亡國;應帶咸池臨九五,武后革唐命而為周。游魂遇空,虞舜南巡不返;歸魂帶煞,始皇返國亡身。子發逢空,張子房起歸山之計;將星被害,嶽武穆抱籲天之冤。
君主肯んじて諫を納れて怒を動かせば、臣下こそ敢えて忠を盡くし、君明く臣良くしてこそ一代の盛會を湊成す。國家安泰して百姓こそ安樂す。ゆえに禍福の根源を推究するを要す。天地なお尚且つ始あり終あり。まして國家をや、どうして興廃なからんや。本宮旺相なれば、譬すれば周文王の八百年の基業を開創するがごとし。卦の大象休囚なれば、譬すれば秦始皇のただ二世に傳えて便ち亡國の禍を留下せしがごとし。九五の位に陽爻逢えば、當に仁徳英明の主あるべし。四爻が「子孫」に臨めば、朝中必ず忠義の臣多し。太歲が衰弱の卦宮を克せば、便ち陳後主の《玉樹後庭花》まさに唱殘せんとするの光景なり。流年が無力の世爻を傷つけば、便ち黃帝の龍に乘りて鼎湖に別去し國君の世に久しからざるの兆頭なり。世爻が「沐浴」に臨みて「妻財」と相合せば、譬すれば吳王夫差の西施に迷戀して以て亡國に致るがごとし。應爻が「咸池」を帶びて九五の位に臨めば、譬すれば武則天の唐命を革して自ら立ちて周と爲すがごとし。遊魂卦にして空亡に逢えば、譬すれば虞舜の南巡して蒼梧に一往きて返らざるがごとし。歸魂卦にして凶煞を帶ぶれば、譬すれば秦始皇の東巡歸途に身死するがごとし。「子孫」發動して落空せば、譬すれば張良の功成の後に辭を托して山に歸るがごとし。將星害を受くれば、譬すれば岳飛の冤を蒙りて天を呼びて死するがごとし。
應旺生合世爻,聖主得椒房之助;日辰拱扶子位,東宮攝天子之權。世克福爻,唐玄宗有殺兒之事;子傷君位,隋楊廣有弒父之心。一卦無孫,宋仁宗有絕嗣之嘆,四爻克子,秦扶蘇中趙高之謀。身值動官,唐太宗禁庭蹀血;世安空弟,周泰伯讓國逃荊。凶神生合世神,玄宗信林甫之佞;君位傷克四位,商紂害比干之忠。離宮變入坎宮帶凶殺,而徽欽亡身於漠北;乾象化為巽象有吉曜,而孫劉鼎足於東南。國之治亂興衰,卦理推詳剖決。
應爻旺相にして世爻を生合するは、聖明の主の後宮内助を得るなり。日辰が「子孫」の位を拱扶するは、東宮太子の天子の權を代攝するなり。世爻反って往きて子孫を克するは、譬すれば唐玄宗の子を殺すの事あるがごとし。子孫反って往きて君位を傷つくるは、譬すれば隋煬帝楊廣の父を弑するの心を存するがごとし。整卦子孫を見ざれば、譬すれば宋仁宗の空しく天下を擁して後なきを嘆ずるがごとし。四爻が子孫を克傷せば、譬すれば秦公子扶蘇の趙高の詭計に中るがごとし。卦身が發動の「官鬼」に臨めば、譬すれば唐太宗の宮禁の中に血同室に濺ぐがごとし。世爻安靜にして「兄弟」落空せば、譬すれば周太王の長子泰伯の國を讓りて荊蠻に出奔するがごとし。凶神の來りて世爻を生合するは、譬すれば唐玄宗の李林甫の姦佞を聽信するがごとし。君位の爻の反って往きて四爻を傷克するは、譬すれば商紂王の忠臣比干を殺害するがごとし。《離》宮が《坎》宮に變入して凶殺を帶ぶれば、すなわち徽宗・欽宗の漠北に身死するに應ず。《乾》象が《巽》象と化して吉曜あれば、すなわち孫權・劉備の東南に鼎足するに應ず。一國の治亂興衰は、皆これらの卦理に依りて推詳剖斷しうる。
征戰
醫不執方,兵不執法,堪推大將之才能;謀事在人,成事在天,當究先師之妙論。觀世應之旺衰,以決兩家之勝負;將福官之強弱,以分彼我之軍師。(世為我,應為彼。世旺克應則勝,應旺克世則負。子孫為我之將軍,官鬼為彼之敵帥。)父母興隆,立望旌旗之蔽野;金爻空動,側聽金鼓之喧天。(父母為旌旗,旺動主兵起,金空動則聞金鼓聲。金空則響,故也。)
良醫は成方を死守せず、良將は兵法を死守せず。これに由りて大將の才具を推知しうる。謀劃は人に在り、成敗は天に在り。ゆえに前輩師承の妙論を參究するを要す。戰陣を占するに先ず世應兩爻の旺衰を看て、以て兩軍の勝負を判す。再び「子孫」と「官鬼」との強弱を較え、以て彼我兩邊の主將を分かつ。かく取用する所以は:世爻は我方、應爻は敵方なり。世旺にして應を克すれば則ち我勝ち、應旺にして世を克すれば則ち我負く。子孫は我方の將軍、官鬼は對方の敵帥なり。「父母」爻興隆せば、立ちて便ち旌旗の原野を遮蔽するを望見しうる——父母はまさに旌旗の象にして、旺にして動けば便ち兵を興すを主る。金爻落空にして發動せば、耳を側めて便ち鉦鼓喧天を聽聞す——金は中空すれば則ち聲響す。ゆえに金鼓の音あり。
財力糧草之本根,兄乃伏兵之形勢。(財為糧草,旺多衰少,空為無糧。兄為伏兵,又為奪糧之神,不宜旺動。)木興扶世,濟川宜駕乎輕舟;火旺生身,立寨必安於勝地。(木為舟揖,若動來生扶世身或水爻與子孫動,宜乘舟決戰以取勝;火為營寨,若旺動生扶世身,結寨必得形勝之地。)父母興持,主帥無寬仁之德;子孫得地,將軍有決勝之才。(父母持世動,乃主帥不恤士卒,上下離心,若帶兄弟凶神,須防自變。子孫持世身旺動,將軍必決勝千里外。)
「妻財」は糧草の根本、「兄弟」は伏兵の形勢なり。財爻旺なれば則ち糧多く、衰なれば則ち糧少なく、落空すれば便ち糧なし。兄弟は既に伏兵を主り、また糧草を劫奪するの神なり。ゆえに旺動を宜とせず。木爻興起して來りて世を扶けば、河を渡るに當に輕舟を駕すべし——木は舟楫と爲す。木動して來りて世身を生扶し、あるいは水爻と子孫と同動せば、船に乘りて決戰し勝を取るを宜とす。火爻旺相にして來りて身を生ぜば、營を扎れば必ず險要の地を得——火は營寨と爲す。火旺にして動きて世身を生扶せば、寨を立てて定めて形勝を占住しうる。父母爻興旺にして持世せば、主帥は便ち寬仁の徳を缺少す。父母持世して動くは、主帥の士卒を體恤せず上下心を離るなり。もしさらに兄弟などの凶神を帶ぶれば、還は須らく自家の變を生ずるを防ぐべし。子孫爻地を得れば、將軍は便ち決勝の才あり。子孫持世して身に臨みて旺動せば、主將必ず能く千里の外に決勝せん。
水爻克子子孫強,韓信背水陣而陳餘被斬;(卦中水爻動及世持水爻,或動出水爻克傷子孫,若子孫旺相,得日辰月建生扶或子孫旺動,則可效韓信背水陣,死中求生而反勝。)陰象持兄兄克應,李朔雪夜走而元濟遭擒。(兄為伏兵,如在內象旺動、克應,乃我伏兵;克世是他伏兵。若兄在陽象,宜日間伏;兄在陰象,宜夜間伏,如唐憲宗朝李朔,雪夜銜枚而走,搗蔡城以擒吳元濟也。)
水爻の來りて子孫を克するも、しかして子孫本身強旺なれば、それすなわち韓信の水を背にして陣を列し陳餘を斬りしの打法を效法しうる。卦中の水爻發動し、あるいは世爻水を持し、あるいは動じて水爻を化じ出して來りて子孫を克傷するは、本より不利なり。ただ要するに子孫旺相にして、また日辰・月建の生扶を得、あるいは子孫自ら旺動せば、便ち死地に置きて後に生き、敗を反して勝と爲すを得。陰爻の上に兄弟を持ち、しかして兄弟が往きて應爻を克せば、それすなわち李愬の雪夜奔襲し呉元濟を生擒せしの局面なり。兄弟は伏兵を主る。それ内卦に旺動して應を克するは、我方の伏兵なり。もし反って世を克せば、すなわち敵方の伏兵なり。兄弟が陽爻に落つれば、白天に伏を設くるを宜とす。陰爻に落つれば、夜裡に伏を設くるを宜とす——唐憲宗時の李愬はまさに雪夜に乘じて枚を銜え疾走し、直に蔡州を搗きて呉元濟を擒にせしなり。
世持子而被傷,可效周亞夫堅壁不戰;(世持子孫,將必有才能可以克敵。若父動克,宜且固守以避其鋒,不利速戰。如漢景帝時七國反,帝使周亞夫屯細柳以攻之,中夜軍驚擾亂至帳下,亞夫堅臥不起,深溝高壘,數日乃定,遂破七國之兵。)應臨官而遭克,當如司馬懿固壘休兵。(應持官旺相,彼將才能我難與敵。雖卦有子孫發動,終不能大勝。如三國時司馬懿自料才能不如孔明,甘受巾幗之辱,堅壘不戰。)
世爻が持する所の子孫傷を受くれば、すなわち當に周亞夫の堅壁して出でざるを學ぶべし。世の子孫を持すは、我方主將の本より敵を克するの才あるを說明す。ただしもし「父母」發動して來りて子孫を克せば、すなわち暫く固守して以てその鋒を避くるを宜とし、速戰に利あらず。漢景帝時に七國叛亂して、景帝は周亞夫を派して兵を細柳に屯せしめ討伐せしむ。半夜軍中驚擾して一直に帳前に鬧到せども、亞夫は安臥して起たず、ただ深溝高壘を管し、幾天後軍心自ずから定まり、終に七國の兵を擊破せり。應爻が官鬼に臨みて我方遭克せば、すなわち當に司馬懿のごとく堅壘休兵すべし。應爻が官鬼を持して旺相なれば、敵將の才略高強・我それと鋒を爭い難きを說明す。この時卦中縱い子孫發動あるとも、終に能く大勝する能わず。三國時の司馬懿は自ら才略の諸葛亮に及ばざるを知り、心甘んじて送來する女人巾幗の羞辱を忍受し、ただ堅守して戰わず。
世持衰福得生扶,王翦以六十萬眾而勝楚;(世身雖持子孫衰弱,亦難勝敵。若得月建日辰生扶,可效始皇時王翦以六十萬眾卒成勝楚之功。)卦有眾官臨旺子,謝玄以八千精兵而破秦。(卦有官鬼,父母雖多而安靜、休囚,子孫雖少而當權、旺動,此乃寡勝眾之象,如晉謝玄、劉牢之以八千兵渡江,破秦王符堅九十萬眾。)
世爻の持する所の子孫衰なると雖も、卻って生扶を得れば、便ち王翦の六十萬大軍を率いて楚を滅せしの局面なり。世身子孫を持すと雖も、子孫衰弱は本より敵に勝ち難し。一旦月建・日辰の來りて生扶するを得れば、便ち秦始皇時の王翦を效法して、國を傾くるの兵六十萬にして、終に楚を滅すの功を成就せん。卦中官鬼衆多なると雖も、しかして子孫旺相權に當れば、便ち謝玄の八千精兵を以て前秦を大破せしの局面なり。卦裡の官鬼・父母多しと雖も、卻って皆安靜にして休囚なり。子孫ただ一位あるのみなるも、卻って權に當りて旺動す——これまさに寡を以て衆に勝つの象なり。東晋の謝玄・劉牢之の八千兵を以て江を渡り、苻堅の九十萬大軍を擊破せしは、まさにこの道理なり。
兩子合世扶身,李郭同心而興唐室;(子孫為將,世為國君。若卦中有兩子旺動生扶世身,主國有二將合謀勝敵之兆。如唐李光弼、郭子儀二人同心,以忠義自勵,終能靖亂復興唐室。)二福刑沖化絕,鍾鄧互隙而喪身家。(若有二子爻生旺變動、相沖,相刑、兩化入死墓絕空,雖勝敵將,必爭權專寵相殘害之兆,如晉鍾會、鄧艾領兵平蜀,蜀平而嫌隙互生,乃至自相屠戮、身家俱喪。)
兩重の子孫が世に合し身を扶くは、便ち李光弼・郭子儀の同心して唐室を中興せしの象なり。子孫は將、世爻は國君なり。卦中に兩位の子孫旺動して來りて世身を生扶せば、すなわち國家の兩員の大將を得て同心協力・合謀破敵するを主る。唐代の李光弼と郭子儀とは彼此誠を推して、各々忠義を以て自ら勵し、終に禍亂を平定し唐室を復興せり。兩重の子孫が互相刑冲してまた絶地に化入するは、便ち鍾會・鄧艾の彼此猜忌して身家俱に喪わるるの象なり。もし兩個の子孫爻皆生旺發動するも、卻って彼此相冲相刑し、あるいは雙雙死・墓・絶・空に化入せば、則ち縱い敵將に戰勝すとも、必ず權を爭い寵を邀るるに因りて自相殘害せん。晋時に鍾會・鄧艾が兵を領して蜀を平げ、蜀地一たび定まれば、兩人嫌隙頓生して、終に互相屠戮し身と家と一齊に斷送せるに至れり。
子化死爻,曹操喪師於赤壁;(子孫為我軍卒,若動入死墓空絕,應又克世或鬼父動傷身世,必致三軍喪命,損兵折將之兆,如曹操誇水軍八十萬眾,乘勢襲吳,而為周瑜、黃蓋火攻所敗。)世逢絕地,項羽自刎於烏江。(世乃一國之君,三軍之師,最宜旺相剋應為吉,若被應爻刑沖剋害而世又休囚,及動入死墓空絕,主將必然不利。如項羽百戰百勝,而一朝兵散,羞見江東父老,自刎烏江。)
子孫が死爻に化入するは、便ち曹操赤壁に師を喪うの象なり。子孫は我方の軍卒を代表す。もしそれ發動して死・墓・空・絶に落入し、應爻また來りて世を克し、あるいは官鬼・父母發動して身世を傷及せば、必ず三軍覆沒・兵を損し將を折るを主る。曹操は水軍八十萬と號して、勢に乘じて吳を襲い、結果周瑜・黃蓋の火攻に敗れたり。まさにこの象なり。世爻が絶地に落つるは、便ち項羽の烏江に自刎するの象なり。世爻は既に一國の君にして、また三軍の統帥なり。最も旺相にして應を克するを宜とす。もし應爻に刑冲克害せられ、世また休囚し、あるいは發動して死・墓・空・絶に入れば、主將必定利ならず。項羽は百戰百勝なるも、一朝兵敗衆散して、江東父老に見るに羞じて、終に烏江に自刎せり。
水鬼克身,秦苻堅有淝水之敗;(水鬼旺動傷克身世,敵兵必得舟揖渡江之利,如秦苻堅以投鞭斷流之眾,而竟敗於謝玄八千渡江之兵。)火官持世,漢高祖遇平城之圍。(火爻帶鬼,賊寨必近,若火鬼持世,須防困圍。若得子孫旺動,雖被圍得勝。如田單之下齊城。若子衰官旺,必致困圍。如漢高祖被匈奴圍於平城,七日乃解。)
水に屬する官鬼の來りて身を克するは、便ち苻堅の淝水に戰敗せしの象なり。水鬼旺動して身世を傷克するは、敵軍の舟船渡江の利を占むるを說明す。前秦苻堅は自ら鞭を投げて流を斷つべしと誇り、兵多きかくのごとくして、竟に謝玄の渡江の八千人の手下に敗れたり。火に屬する官鬼持世するは、便ち漢高祖の平城に圍まるるの象なり。火爻が官鬼を帶ぶるは、敵人の營寨すでに逼近せるを說明す。もし火鬼また持世せば、すなわち須らく困め合圍せらるるを防ぐべし。この時もし子孫旺動を得れば、圍まると雖も能く勝を取り、田單の困守して終に齊城を收復せしがごとし。もし子孫衰にして官鬼旺なれば、すなわち必ず重圍に陷入するに致る——漢高祖の匈奴に平城に困められ、七天にしてこそ圍解を得しは、まさにこの象に應ず。
應官克世卦無財,張睢陽食盡而斃。(應持鬼克世卦又無財,乃是食盡死亡之象。如張巡被圍睢陽城。)世鬼興隆生合應,呂文煥無援而降。(旺鬼持世乃困圍之象。卦又無財,子孫又弱,世又生合應爻,乃兵少食盡降敵之兆。宋呂文煥守襄陽,元兵圍之甚久,賈似道隱蔽不援,城中食盡遂降。)
應爻が官鬼を持して來りて世を克し、卦中また妻財なければ、便ち張巡の睢陽に困守し糧盡きて死せしの象なり——財は糧草を主る。財なければすなわち炊斷なり。ゆえに食盡き身亡ぶと斷作す。世爻上の官鬼興旺にして、世また往きて應爻を生合せば、便ち呂文煥の援なくして降せしの象なり。旺鬼持世は本よりすでに被圍の格局なり。卦中また妻財なく、子孫また弱く、世爻反って往きて應爻を生合せば、すなわち兵少なく糧絶え城を開き敵に降るの兆頭と成る。宋將呂文煥が襄陽を鎭守し、元兵圍困する日久しく、賈似道情を匿して援兵を發さず、城中糧盡きて、降るほかなかりしなり。
外宮子動化絕爻,李陵所以降虜。(子在外宮動而被應克世,是我軍遠征,初雖見勝,終必有敗。又化絕爻不免降虜。如漢武時李陵之事。)內卦福興生合應,樂毅所以背燕。(內卦子孫動而反生合應爻,傷克身世,是我將卒有背主降敵之兆。如燕將樂毅背燕投趙。)
外卦の子孫發動して絶爻に化入するは、便ち李陵の匈奴に降せしの象なり。子孫が外卦に發動するは、我軍の遠征して外に在り、起初なお能く勝を取るを說明す。一旦應爻轉じ來りて世を克せば、終に敗るるを要し、さらに絶地に化入せば、すなわち敵國に投降するを免れず。漢武帝時の李陵は孤軍深入して後に胡に降せしは、まさにこの象なり。内卦の子孫興動して卻って往きて應爻を生合するは、便ち樂毅の燕を背くるの象なり。内卦の子孫發動は本當に本國を護衛すべきも、卻って反って應爻を生合し身世を傷克するは、我方將士の主を背きて敵に降るの兆頭なり。燕將樂毅の後來燕を離れ趙に投ぜしは、まさにこの道理なり。
鬼雖衰而遇生扶,勿追窮寇。(官爻雖衰,若遇動爻日辰生扶拱合,是敵兵雖少必有救援。)子雖旺而遭剋制,毋急興師。(子孫雖旺若被父母日辰動爻克害,彼必有計不可急攻,攻之必被摧折,雖不大敗亦損軍威。宜緩圖之。)
官鬼衰なると雖も、卻って生扶に遇えば、すなわち殘敵を追趕するに往く勿れ。官鬼は敵方を代表す。それ本身弱しと雖も、一旦動爻あるいは日辰ありて來りて生じ・來りて扶け・來りて拱し・來りて合せば、敵兵少なしと雖も別に救援接應あるを說明し、窮追すれば必ず埋伏に中る。子孫旺なると雖も、卻って克制に遭えば、すなわち急いで兵を發する勿れ。子孫は我將を代表す。それ縱い旺相なるとも、もし父母・日辰あるいは動爻に克害せられれば、對方に別に計謀あるを說明し、貿然として急攻すべからず。硬攻すれば必ず挫折を受け、たとい大敗に至らずとも、また軍威を折損せん。當に從容として緩圖すべし。
鬼爻暗動傷身,吳王被專諸之刺。(官爻雖靜而被日辰沖動旺克害身世,必若吳王被專諸之刺。若鬼暗動而被世克或子動來救,則如荊何刺秦王不中,而反自被誅。)子化官爻克世,張飛遭范張之誅。(子孫化官生合應而克害身世,乃是我兵卒謀殺主帥,而欲降敵之象。如後漢張飛素不恤士卒,一日被範強、張達梟首帳下,順流而投孫權也。)
官鬼暗動して卦身を傷及するは、便ち吳王の專諸に行刺せられしの象なり。官鬼は本來安靜なるも、卻って日辰に冲起せられ、また旺にして身世を克害せば、これすなわち暗中に行刺して手を得るなり。反して、官鬼暗動すと雖も、卻って世爻に克せられ、あるいは子孫發動して來りて救えば、それすなわち荆軻の秦王を刺して刺中らず、自己反って誅殺せられしがごとし。子孫が官鬼を化じ出して來りて世を克するは、便ち張飛の范強・張達に殺されしの象なり。子孫が官鬼を化じ出して、往きて應爻を生合して反って身世を克害するは、我方士卒の主帥を謀害し意敵に降らんとするの卦象なり。後漢の張飛は平素士卒を體恤せず、一日部將范強・張達に帳中に首級を割去られ、流れに順いて孫權に投奔せしは、まさにこの象に應ず。
要識用兵之利器,五行卦象並推詳。(土為炮石,金為刀箭,水木為舟,火為營寨,又乾兌為刀,震巽為弓馬火槍,坤為野戰類。若此象有克應之神,宜用此器以克敵;應爻官父在此象克世,宜反防敵人用此器。)仁智勇器之將豈越於此?攻守克敵用兵當審於時。
用兵の利器を辨識せんと要せば、須らく五行と卦象とを一併に推詳すべし。五行の方面:土は炮石、金は刀箭、水と木は舟船、火は營寨なり。卦象の方面:乾・兌は刀と爲し、震・巽は弓馬火槍と爲し、坤は野戰の一類を主る。もしこれらの象裡に能く應爻を克するの神あれば、すなわち相應の器械を使用して往きて敵を制するを宜とす。もし應爻の官鬼・父母がこれらの象上に落ちて來りて世を克せば、すなわち須らく反って敵人のこの種の器械を用いて我を打つを提防すべし。仁あり・智あり・勇ありまた善く器を用うるの將領は、本領どうして能くこの範圍を超出せんや。攻守の際に敵を克し勝を制せんと要せば、兵を用うるに總じて須らく時機を審察すべし。
身命
乾坤定位,人物肇生,感陰陽而化育,分智愚於濁清。即富且壽世爻旺相更無傷;非夭即貧,身位休囚兼受制。(人生一世貧賤高低,合為何等人物。但看世爻為主。若世爻旺相日辰動爻生扶合助,而不來刑沖剋害者,乃為上吉,必主其人富貴有福壽;若世爻休囚無氣而被日辰動爻剋制,主其人非貧即夭,無福壽無造化人也。)世居空位,終身作事無成;(凡占身命,大忌世身空亡,主一生作事無成,多謀少遂,難立家計。)
天地既に定位せられ、人と萬物とこそ生成し始む。陰陽二氣を感受して化育し、氣の清きを禀るは智者と成り、氣の濁きを禀るは愚人と成る。既に富にして且つ壽なるは、世爻旺相にして毫も傷克なきなり。短命ならざればすなわち貧寒なるは、身位休囚にしてまた制せらるるなり。身命を占するに、一個人の一生の貴賤高低・究竟何等の人物に屬するかを斷ぜんと要せば、全く世爻を以て主と爲す。世爻旺相にして、また日辰・動爻の生扶合助を得て、しかして刑冲克害なければ、これは上等の好卦にして、必ず此人富貴にして福壽あるを主る。世爻休囚無氣にして、反って日辰・動爻に克制せられれば、すなわち此人貧ならざればすなわち夭するを主り、福壽なく造化なき人なり。世爻が空亡の位に坐すれば、一生事を爲すも皆能く成らず。身命を占するに最も世爻・卦身の空亡に落つるを忌む。落空すれば則ち一輩子謀劃多くして成就少なく、家業立て難し。
身入墓爻,到老求謀多戾。(如世身入墓,主其人如醉如痴,不伶不俐,動靜行藏必不響快,雖有所為亦皆不稱心也。)卦宮衰弱根基淺,爻象豐隆命運高。(卦有大象旺衰,有爻象旺衰。如占身命,得大象旺亦好,可許他根基壯實,更得六爻中身世在吉地,乃是十全造化。然卦宮旺相,不如爻象旺相,蓋人之根源繫於卦,命之吉凶繫於爻,故卦宮無氣根基薄,爻相得時有氣,命運必高。如立春節艮旺震相巽胎離沒坤死兌囚乾休坎廢類。大抵旺勝相胎、沒勝休囚也。)
卦身が墓爻に落進せば、老に到るも謀を求むる皆違逆多し。世爻・卦身墓に入るの人は、往々醉するがごとく痴れるがごとく、伶俐足らず、一擧一動皆爽利ならず、縱い作爲あるとも皆心を稱さず。卦宮衰弱のは根基淺薄にして、爻象豊隆のは命運高強なり。卦に整卦大象の旺衰あり、もまた單爻爻象の旺衰あり。身命を占する時に大象旺を得るは固より好し。彼に根基壯實を許しうる。もし六爻の中に世爻・卦身また吉地に落つれば、それすなわち十全の造化なり。ただし卦宮旺相は終究爻象旺相に如かず。人の來歷根源は卦に係り、一生命運の吉凶は卻って爻に係るがゆえに。卦宮無氣はただ根基薄些のみ。ただ爻象時を得て氣あれば、命運必然高し。旺衰は節令に按じて排定す。たとえば立春の後、艮は旺と爲し、震は相と爲し、巽は胎と爲し、離は沒と爲し、坤は死と爲し、兌は囚と爲し、乾は休と爲し、坎は廢と爲す。大抵旺は相と胎とに勝り、沒はまた休と囚とに勝る。
若問成家,嫌六沖之為卦;(凡遇六沖卦,必主其人作事有始無終。前卦六沖,前三十年生涯澹泊;後卦六沖,三十年後家業凋零,前後六沖則一生苦楚不能發達。)欲知創業,喜六合之成爻。(占身命得六合卦,主其人春風和氣,交遊必善,謀事多遂,基業開拓。如前合前亨,後合後遂,前後皆合、主一身通達萬事如心。)
もし家を成し業を立つる能否を問わば、すなわち卦の六冲を成するを嫌う。およそ六冲の卦に遇えば、必ず此人の事を爲すに始あり終なきを主る。本卦六冲なれば、前三十年生計清淡なり。變卦六冲なれば、三十年後家業凋零す。前後皆六冲なれば、それすなわち一生辛苦して、終に發達し難し。もし事業を開創する能否を知らんと要せば、すなわち卦の六合を成するを喜ぶ。身命を占して六合卦を得れば、此人の人を待ること春風に沐するがごとく、交遊必ず廣くして善、事を謀るに多く能く意に稱い、基業漸次開拓すを主る。本卦相合せば、前半生亨通す。變卦相合せば、後半生順遂す。前後皆合せば、すなわち一身通達して萬事心のごとし。
動身自旺,獨力撐持;(如世爻不遇動爻日辰而生扶,而自強、自旺、得時發動者,其人必白手成家,無人幫助。)衰世遇扶,因人創立。(若世爻無氣而遇日月動爻生扶,必遇好人提拔成家,不能自權自立也。)日時合助,一生偏得小人心;歲月克沖,半世未沾君子德。(如世身遇年月日時生扶拱合,主上得貴人親愛,下得小人忠敬。如見刑沖剋害,則官府欺凌,小人謗毀。一曰:父來合得父之蔭,兄來克受兄之累。餘可類推。)
世爻發動して自身旺相なるは、獨力撐持の命なり。世爻並に動爻・日辰の來りて生扶するなく、全く自己の時を得・自強・自旺に憑りて發動す。この種の人は必ず白手起家して、人の幫襯なし。世爻衰弱にして扶助を得るは、人に扶持せられてこそ立起しうるなり。世爻本より氣なく、卻って日辰・月建あるいは動爻の來りて生扶するに遇えば、必ず好人の提拔に遇上してこそ家を成し、自己は主を爲す能わず身を立起す能わず。日辰と時辰と來りて合し來りて助けば、一生偏に能く下人の心を得。太歲と月建と來りて克し來りて冲せば、半世皆貴人の徳に沾る能わず。世爻・卦身もし年・月・日・時の生扶拱合を得れば、上は能く貴人の親近愛護を得、下は能く僕從の忠心敬服を得。もし反って刑冲克害に遭えば、すなわち上に官府の欺凌・下に小人の毁謗あり。還は一說あり。父母爻の來りて合するは、父輩の蔭庇を得るなり。兄弟爻の來りて克するは、兄弟の連累を受くるなり。その餘はこれに照らして類推せよ。
遇龍子而無氣,總清高亦是寒儒;(青龍、子孫持世身,必然立志高遠,不慕功名富貴。如邵康節陶淵明輩,子孫即無氣,亦絕俗超眾之寒士也。)逢虎妻而旺強,雖鄙俗偏為富客。(白虎臨旺財持世,其人雖不知禮義,然必家道殷實。如李澄蕭寵之徒是。旺財有制伏,亦粗知文墨,勉強向上之流,不可以頑俗論。)
「靑龍」と子孫と持世するに遇上して兩者皆氣なければ、縱い清高なるとも、不過一個の寒素書生のみ。「靑龍」と子孫と同じく世爻・卦身に臨むの人は、立志必然高遠にして、功名富貴を慕わず、邵雍・陶淵明の一流のごとし。ただ子孫一旦無氣なれば、すなわちただ超塵脫俗にして清貧の士人を爲るのみ。「白虎」と妻財とに遇上して財爻旺強なれば、此人縱い鄙俗なるとも、偏偏一個の富家翁なり。白虎が旺財に臨みて持世するの人は、大いに禮義を講究せずと雖も、家道は卻って必定殷實なり。李澄・蕭寵の輩のごとし。もし旺財別に制伏あれば、それすなわち還は文墨に粗通して、勉力向上の一類に屬し、一概に當てて頑劣鄙俗と看るべからず。
父母持身,辛勤勞碌;鬼爻持世,疾病纏綿。遇兄則財莫能聚;見子則身不犯刑。(占身不可見父兄官鬼持世。如遇父則克傷子,一生不得安逸。鬼為殃禍,遇之則一身疾病纏身,或主帶疾,或常招官訟,若貴人見之不以此斷。至兄乃剋剝破敗阻滯之神,世或逢之,主克妻妾,破耗多端,一生不聚財物。惟遇子孫則克官鬼,主一生官刑不犯,安閒自在,衣祿豐盈。大怕休囚,唯貴人不宜犯之。)
「父母」爻持身せば、一生辛勤勞碌す。「官鬼」爻持世せば、一生疾病纏綿す。「兄弟」持世に遇えば、錢財聚攏らず。「子孫」持世を見れば、身上刑獄を犯さず。身命を占するに最も父母・兄弟・官鬼の持世を宜とせず。父母持世は須らく子孫を克傷す。ゆえに一生安逸を得ず。官鬼は本より災殃禍患の神にして、持世すれば則ちあるいは疾病身に纏い、あるいは身に殘疾を帶び、あるいは常に官司を招く。ただし官を當て權を掌る人がこれを得れば、すなわちかくのごとく照らして斷ぜず。兄弟は克剥・破敗・阻滯の神にして、世爻もしそれに逢えば、妻妾を克し百端破耗し、一輩子錢財を聚住せざるを主る。ただ子孫持世のみ能く官鬼を克して、終身官刑を犯さず・安閒自在・衣食豊足を主る。ただ最も子孫の休囚無力を怕る。しかして身に官位に居る人は、反って子孫に持世せしめざるを宜とす。
祿薄而遇殺沖,奔走於東西道路;(占身以財為祿,若臨死絕無氣爻則祿薄,而世爻又被惡殺沖動,無一爻吉神救助,此乃至下之命,必主東奔西逐,丐食於街衢者。若世爻動而逢沖,或無沖而世爻衰弱,空動,化出惡殺回頭沖剋世,無助。而殺無制者亦然。)福輕而逢凶制,寄食於南北人家。(子爻若遇死墓絕空則福輕,而世爻更被凶神剋制,或世動而被日辰動爻合往,此為受制於人之象。占身遇之,必主其人倚靠富家,寄食於他人也。)
禄本單薄にして、また凶殺の冲擊に遭えば、一生東西道路に奔走す。身命を占するに「妻財」を以て禄と爲す。財爻もし死・絶に落ちて氣なければ、禄便ち薄し。世爻さらに惡殺に冲動せられ、卦中また一個の吉神の來りて救うなく、これは最下等の命にして、必ず東奔西走し甚だしきは街に沿いて食を乞うを主る。世爻發動して冲に逢い、あるいは冲なきと雖も世爻衰弱・動じて落空・惡殺を化じ出して回頭して世爻を冲克し、また人の幫助なく凶殺また人の制伏なきは、斷法皆一樣なり。福本輕微にして、また凶神に制住せられれば、ただ南北人家に寄食する能くのみ。「子孫」爻もし死・墓・絶・空に落つれば、福分便ち輕し。世爻また凶神に克制せられ、あるいは世爻發動するも卻って日辰・動爻に合住せられれば、これ皆人に受制するの象なり。身命を占して遇上せば、必ず此人富家に依傍し人の鼻息を仰いで活を過ぐるを主る。
子死妻空,絕俗離塵之輩;(占身以福為子,財為妻,二爻若臨死墓絕空之地,乃是刑妻喪子之兆。小兒見之,必絕俗離塵出家輩也;僧道見之,反為吉兆,必無俗累之牽惹矣。)貴臨祿到,出將入相之人。(卦中貴人祿馬旺臨身世,而官鬼父母又來扶助,或月建日辰生合,必是將相之兆,富貴非常之人。)
子孫死地に落ち妻財空亡に落つるは、塵緣を斷絶して家を出づるの一類人なり。身命を占するに「子孫」を以て子女を代表し、「妻財」を以て妻室を代表す。この兩爻もし皆死・墓・絶・空の地に落つれば、便ち妻を刑し子を喪うの兆なり。小孩子これを占得せば、多半須らく出家離俗すべし。僧人道士これを占得すれば、反って吉兆にして、再び俗務の牽累なきを說明す。貴人星臨み禄馬また到れば、將を出で相に入るの人物なり。卦中の「天乙貴人」と「禄馬」と旺相にして身世に臨み、「官鬼」「父母」また來りて扶助し、あるいは月建・日辰の生合を得れば、必ず將相の兆にして、富貴尋常に同じからざるなり。
朱雀與福德臨身合應,乃梨園子弟;(子孫乃喜悅之人,朱雀又主言語,若同臨身世主象,其人必然乖巧。若生合應爻,是合歡於他人之象,故為梨園子弟之兆,不然亦是伶俐人也。若應生合或被日辰動爻來破者,或世應刑沖剋害者勿以此斷。)白虎同父爻持世逢金,則柳市屠人。(父母屬金而帶白虎持世者,必是屠豬殺馬之輩,蓋白虎主喪亡,金為刀劍,而父母又傷克子孫之神,子孫又為六畜,故為宰殺之象,而加之畜類以屠夫斷。若父母有制或子孫旺相發動,或在空避之地,勿以此斷。)
「朱雀」と福德と同じく卦身に臨みて往きて應爻に合するは、梨園中の伶人なり。子孫は歡喜の神、朱雀また言語聲音を主る。兩者同じく身世主象に臨めば、此人必定乖巧伶俐なり。再び往きて應爻を生合せば、すなわち他人を取悅するの象なり。ゆえに梨園子弟と斷ず。退一步說せば少なくともまた一個の機靈人なり。ただしもし應爻反って來りて生合し、あるいはこの合日辰・動爻に破掉せられ、あるいは世應の間本より刑冲克害あれば、便ちかくのごとく斷ずる能わず。「白虎」と父母と同じく世爻を持して五行金に屬するは、市井中の屠戸なり。父母金に屬してまた白虎を帶びて持世するの人は、多くは屠豬宰馬の輩なり。白虎は喪亡を主り、金は刀劍と爲り、父母は本より子孫を傷克するの神にして、しかして子孫また六畜を代表す。合せてまさに牲畜を宰殺するの象なり。ゆえに屠夫と斷作す。もし父母別に制伏あり、あるいは子孫旺相發動し、あるいは子孫空亡裡に躲在して避開せば、すなわちかくのごとく斷ずべからず。
世加玄武官爻,必然樑上君子;身帶勾陳父母,定為野外農夫。(玄武主盜賊之事,而加官鬼臨身,乃樑上君子,穿窬之人也。勾陳職專田土,而加父母,勤苦之神,持世者,乃耕種耘耨之兆也。)財福司權,榮華有日;官兄秉政,破敗無常。(以上人物雖有高下不同,然莫不喜財福而惡兄鬼者。若得財福二爻得時旺相發動,縱是下等之命,一時淹蹇,終須發達。若見官兄當權旺動,雖上等之命,一時亨利,亦有破敗貧窮之時。卻看在何限中便知何年發達,何年破敗也。其中有救無救,當自融通活變。)
世爻に「玄武」と官鬼とを加えば、必ず梁上君子なり。卦身に「勾陳」と父母とを帶ぶれば、定めて田野農夫なり。玄武は盜竊の事を主る。それ官鬼に加臨して身上に臨めば、すなわち牆を穿ち壁を翻るの竊賊なり。勾陳は專ら田土を管す。それ父母のこの勞苦の神に加臨して持世せば、すなわち終歲耕耘の兆なり。「妻財」「子孫」權に當れば、榮華總じて到來の一天あり。「官鬼」「兄弟」政を秉れば、破敗便ち反覆無常なり。以上の說く所の人物は高下の別あると雖も、然るに一個として財福を喜び兄鬼を惡まざるなし。もし財・福二爻時を得て旺相にして發動せば、縱い本より下等の命・一時困頓なるとも、終に發達せんとす。もし官・兄權に當りて旺動せば、縱い本より上等の命・一時亨通得利なるとも、また終に破敗貧窮の日あり。さらにそれらの落つるは哪一個の限内なるかを看れば、すなわち哪一年發達し哪一年破敗するかを知る。其中救あるか無きかに至っては、還は須らく自ら融會變通すべし。
運至中年,凶殺幸無折挫;時當晚景,惡星尤怕攻沖。(人命有三限,每一爻管五年,初二三爻共十五年,外三爻亦管十五年,共三十年。支卦六爻亦管三十年。正卦內三爻十五年為早限;正卦外三爻十五年與支卦內三爻十五年為中限;支卦外三爻為末限,變卦為支卦。凶殺惡星即是官鬼兄弟刑沖剋害之類,早限遇之則早年欠順,中限遇之則中歲災殃,末限遇之則晚景迍邅,老無結局。若子孫等吉神在正卦內三爻得時旺動,主蔭下得意;在正卦外三爻見三十年前福如秋月;在支卦內三爻見,則三十年後財若春潮;至支卦外三爻見,則晚景榮華康寧壽考。又如早限有惡星,末限有吉星者,必初年蹇滯,老景亨通也。餘仿此。要知吉凶之事,依五類推斷,如逢官爻生扶合助,主貴人提拔,或子孫來刑沖剋害,則有僧道相干之事也,宜通變。若六爻安靜,則當再占一卦以斷之。或以不動之卦乾化坤、艮化震之類者非。)
運が中年に走り到るに、幸いにして凶殺の來りて折挫するなし。時が晚景に到るに、最も惡星のさらに來りて攻冲するを怕る。人の一命は三限を分かち、每一爻五年を管す。本卦内三爻共に十五年、外三爻もまた十五年を管し、合して三十年と爲す。變卦六爻は別に三十年を管す。具體の分派は:本卦内三爻の十五年は早限と爲し、本卦外三爻十五年に變卦内三爻十五年を加えて中限と爲し、變卦外三爻は末限と爲す——說く所の支卦はすなわち變卦なり。凶殺惡星の指すは官鬼・兄弟および刑冲克害の一類なり。早限に遇上せば、則ち少年順ならず。中限に遇上せば、則ち中年災に遭う。末限に遇上せば、則ち晚境坎坷にして老いて歸宿なし。反して、もし子孫などの吉神が本卦内三爻に時を得て旺動せば、早年に父母蔭庇の下に心を稱するを主る。本卦外三爻に出現せば、則ち三十歲前に福秋月のごとし。變卦内三爻に出現せば、則ち三十歲後に財春潮のごとし。變卦外三爻に到りてこそ出現せば、則ち晚年榮華・康寧高壽なり。またたとえば早限に惡星ありて末限に吉星あれば、必ず少年蹇滯・老來亨通なり。その餘はこれに照らして推せ。究竟何の事に應ずるかを知らんと要せば、すなわち六親五類に按じて斷ず。たとえば官鬼の生扶合助に遇えば、貴人の提拔あるを主る。もし子孫の來りて刑冲克害せば、則ち僧道方面の牽涉あり。皆須らく靈活變通すべし。倘若六爻安靜にして斷を取るに由なければ、當に別に一卦を占して以て決すべし。乾を坤に化し艮を震に化すのこの類の本より動かざる卦をも算入るの說法に至っては、並に取るに足らず。
正內不利,李密髫齔迍邅;(正卦內三爻乃初限,若逢官鬼凶神克戰者,主童年多病,如李密九歲方能行,蓋幼年多疾故也。)支卦有扶,馬援耆頤矍鑠。(支卦外三爻乃末限,若有吉神合助,必然老年康健,如馬援年六十二披甲上馬也。)一卦和同,張公藝家門雍睦;(如占身得六爻安靜,無沖破克害,反相生合,則主其人家門歡好,如張公藝九世同居,上和下睦也。)
本卦内三爻利なからざれば、譬すれば李密の幼年多病・行動迍邅せしがごとし。本卦内三爻は初限にして、もし官鬼凶神ここに在りて交戰克伐に逢えば、童年多病を主る。晋人李密は九歲にしてこそ能く行走す。まさに幼年疾病纏身なるがゆえなり。變卦扶助を得れば、譬すれば馬援の年高くして依然矍鑠たるがごとし。變卦外三爻は末限にして、もし吉神ここに在りて合助あれば、必然老來康健なり。漢將馬援は六十二歲にしてなお能く甲を披き馬に上る。まさにこの象なり。整卦上下和同なれば、譬すれば張公藝一門雍睦なるがごとし。身命を占してもし六爻安靜にして、冲破克害なく、反って彼此相生相合せば、此人の家門和樂するを主る。唐人張公藝の九世同居・上下間なきがごとし。
六爻攻擊,司馬氏骨肉相殘。(若六爻亂動卦又沖剋,或三刑六害者,必主親情不和,骨肉相殘,如晉司馬氏八王樹兵,俱遭誅殺屠戮也。)閔子騫孝孚內外,父獲生身;(占身命以父爻為生我之親,若世能生合此爻,必然能孝於父母,如閔子騫類也。)孔夫子友于家邦,兄同世合。(若世爻兄弟相生合,其人必內和兄弟,外信朋友,如孔夫子類。兄爻在本宮內象,以兄弟言在他宮外象,以朋友言,看內外以別親疏,全在通變。)
六爻互相攻擊すれば、譬すれば司馬氏の骨肉相殘せしがごとし。もし六爻亂動して、卦中また冲あり克あり、あるいは三刑六害を結成せば、必ず親情不睦・骨肉相殘を主る。晋朝司馬氏の八王各々兵を擁し、最後に同じく誅戮に歸せしは、まさにこの象なり。閔子騫の孝行内外皆孚するは、父母爻が世爻の相生を得るがゆえなり。身命を占するに「父母」爻を以て我を生ずるの雙親を代表す。世爻もし能く父母爻を生合せば、此人必ず能く父母を孝養す。閔子騫の一流のごとし。孔子の友愛家國に及ぶは、兄弟爻が世爻と相合するがゆえなり。世爻と「兄弟」爻と相生相合するの人は、家に在りては必ず兄弟と和睦し、外に在りては必ず朋友に信を取る。孔子の一流のごとし。兄弟爻もし本宮内卦に在れば、親兄弟に按じて論ず。もし他宮外卦に在れば、朋友に按じて論ず——内外に憑りて親疏を分かつは、全く靈活變通に在り。
世應相生,漢鮑宣娶桓氏少君為婦;(世是一身之本,應為百歲之妻,若見相生相合,必然夫唱婦隨。)悔貞相剋,唐郭曖尚昇平公主為妻。(世為貞,應為悔,若見相沖相剋,必然琴瑟不調。)箕踞鼓盆歌,世傷應位;(世持虎蛇乘旺發動刑害應爻,應又臨無氣之地,必主克妻,如春秋時莊周妻死,猶箕踞鼓盆而歌。)河東獅子吼,應制世爻。(應爻剋制世爻,乃是牝雞晨鳴之象,其人必憑妻言語。如宋陳季常河東獅子吼,東坡所戲言也。)
世應兩爻相生すれば、譬すれば漢代鮑宣の桓氏少君を娶得せしがごとき夫妻相得なり。世爻は本人立身の本、應爻は白頭偕老の妻室なり。兩爻もし相生相合せば、必定夫唱婦隨す。悔卦と貞卦と相克すれば、譬すれば唐代郭曖の升平公主を娶りて常に爭執を起せしがごとし。内卦を貞と爲し外卦を悔と爲し、世は貞に屬し應は悔に屬す。兩爻もし相冲相克せば、夫妻必然琴瑟調わず。莊周の箕踞して盆を鼓して高歌するがごときは、それは世爻が應位を傷つけしなり。世爻が「白虎」「螣蛇」を帶びて旺に乘じて發動して往きて應爻を刑害し、應爻また無氣の地に落つれば、必ず妻を克するを主る——春秋時莊周の妻死せば、彼反って腿を叉にして坐し瓦盆を敲きて歌う。まさにこの象なり。陳季常の河東獅子吼を聽くがごときは、それは應爻が世爻を制住せしなり。應爻反って世爻を克制するは、母雞の公雞に代わりて晨を司るの象なり。此人凡事必ず妻子に聽從して主を爲さん。宋代陳季常妻を畏れ、蘇東坡便ち戲れに他家に河東獅吼ありと稱せしなり。
世值凶而應克,願聽雞鳴;(若應雖來克世,而世爻自帶刑害及兄官,虎蛇等凶神者,則是彼來救我之失、去我之病,非有所傷於我,主其人必有賢妻,如齊哀公荒怠慢政得陳賢妃,有夙夜警戒相成之道,故詩有雞鳴篇。)身帶吉而子扶,喜聞鶴和。(世帶吉神旺動,子孫又來生扶者,主有賢子共成事業,以濟其美,易云:鳴鶴在陰,其子和之。)
世爻本より已に凶を帶びて應爻來りて克するは、反って妻子の雞鳴して起を促すの好事なり。應爻來りて世を克すると雖も、然るに世爻自身刑害を帶び、また兄弟・官鬼と「白虎」「螣蛇」などの凶神に臨めば、則ち應爻のこの一克は、我に替わりて過失を救い病根を去るにして、並に我を傷と算せず。反って此人に賢内助あるを主る。齊哀公政務を荒怠し、幸いに陳國の賢妃の朝夕警戒規勸を得て、こそ相成の功あり。《詩經》裡の《雞鳴》篇の說くはまさにこの事なり。卦身吉神を帶びて子孫來りて扶けば、それすなわち鶴鳴子の和するを喜聞す。世爻吉神を帶びて旺動し、子孫また來りて生扶せば、賢子ありて父と同心し、共に事業を成し而もその美を增益するを主る。《易經・中孚》のいわゆる鳴鶴陰に在りその子和するは、まさにこの象に合す。
福遇旺,而任王育子皆賢;(占身以福為子孫,若旺相不空及無傷害者,主有賢子,如任遙之子昉,王渾之子戎,見稱於阮籍諸賢。)子化兄,而房杜生兒不肖。(若子孫動變兄鬼者,其子必不肖,蓋兄弟乃破敗之神故也。李英公常曰:房杜平生辛苦,然生子不肖。)伯道無兒,蓋為子臨空位;卜商哭子,皆因父帶刑爻。(凡問子孫不宜父母發動,若子臨空地,必主無子,如鄧伯道棄子而不生,非有傷也。唯父帶刑害虎蛇等惡神動克子孫,休囚不空者,然後克之,如子夏哭子喪明也,若父有制其庶幾。)
子孫爻旺相なれば、譬すれば任家・王家の養い出せる兒子皆賢能なるがごとし。身命を占するに「子孫」を以て兒女を代表す。子孫旺相にして・落空せず・また傷害なければ、賢子あるを主る。任遙の兒子任昉・王渾の兒子王戎は、皆曾て阮籍などの名士の稱許を得たり。子孫が兄弟を化じ出づれば、譬すれば房玄齡・杜如晦の生せる兒子の成材せざるがごとし。子孫發動して兄弟あるいは官鬼に變ずれば、その子必ず不肖なり。兄弟は本より破敗の神なるがゆえに。唐人李勣は曾て感嘆せり:房・杜二公一生辛苦なるも、偏偏生せる兒子爭氣ならずと。鄧伯道兒なきは、子孫爻の空位に落つるがゆえなり。卜商の子を哭して失明せしは、父母爻の刑を帶ぶるがゆえなり。およそ子嗣を問うに、皆父母の發動を宜とせず。子孫もし空地に坐すれば、必ず子なきを主る。鄧攸の子を棄てて終身後なきがごとき、それは並に傷克を受けしに非ず、ただ落空するのみなり。ただ父母の刑害と白虎・螣蛇などの惡神とを帶びて發動して來りて子孫を克し、しかして子孫また休囚にして且つ落空せざれば、こそ眞に克死せらる——子夏の子を哭して以て雙目失明するがごとし。もし父母別に制伏あれば、すなわち還は指望あり。
父如值木,竇君生丹桂五枝芳;(若問子多少,當以五行生成數論之。若父爻屬木,則子孫屬土,土數五,主有五子,如竇燕山生儀、儼、稱、僖、侃類。)鬼或依金,田氏列紫荊三本茂。(論兄弟與子孫同,且如鬼爻屬金,則兄弟屬木矣。有兄弟三人,如田真,田廣、田慶。)
父母爻もし木に屬せば、便ち竇家の五個の兒子丹桂並芳のごとし。子女の多少を問うに、須らく五行生成の數を用いて推すべし。父母木に屬せば、則ち子孫すなわち土に屬す。土の生數は五なり。ゆえに五子あるを主る——五代竇禹鈞は儀・儼・稱・僖・侃の五個の兒子を生下し、皆科第に登れり。官鬼爻もし金に屬せば、便ち田家三兄弟の紫荊同茂のごとし。兄弟の數目を推するは子孫を推するに同法なり。官鬼金に屬せば、則ち兄弟木に屬す。木數は三にして、兄弟三人あるを主る——漢代田眞・田廣・田慶の三兄弟は、家を分くる時庭前の紫荊枯萎し、復合する時紫荊重ねて繁茂せり。
兄持金旺,喜看荀氏之八龍;弟倚水強,驚睹陵公之雙璧。(六親類固當以生成數推之,然不可不別衰旺。逢生旺則當倍加,遇死絕則當減半。故兄持金旺,則有兄弟八人,蓋金數四,倍則八,荀淑子八龍似之。若臨水旺相,則是二人,蓋水數一,倍則二也,陸暐與弟陸恭之雙璧是也。他仿此。若旺相而有制,衰死而有扶,又當以本數斷。若旺爻空動亦以本數斷。不旺不衰而空動,則減半斷之,更宜活變細察。)
兄弟爻金に屬して旺なれば、便ち荀氏八龍のごとき八兄弟を喜見す。兄弟爻水に倚りて強ければ、便ち陸氏雙璧のごとき兩弟兄を驚睹す。六親の數目は固より須らく五行生成數に按じて推すべきも、然るに衰旺を分かたざるべからず。生旺に逢えばすなわち加倍し、死絶に遇えばすなわち減半す。ゆえに兄弟金に屬して旺なれば、金數は四にして、加倍すれば便ち八人なり。まさに荀淑八子の號して八龍とするがごとし。兄弟水に屬して旺相なれば、水數は一にして、加倍すれば便ち兩人なり。まさに陸暐と弟陸恭と竝び雙璧と稱するがごとし。その餘はこれに照らして類推せよ。もし旺相なるも卻って別に制伏あり、あるいは衰死なるも卻って別に扶助あれば、すなわち依然として本數に按じて斷ず。旺爻發動して落空するも、また本數に按じて斷ず。旺ならず衰ならずして動中に落空せば、則ち減半して以て斷ず。總じて須らく活看細察すべし。
至若爻逢重迭,必現在以推詳。(若卦中只有一位,可以五行數推,苟重迭太多,則可即以其數斷之。且如六月丙辰日卜得損之大畜卦,卦中元有兩爻兄弟,六三又化兄弟,日辰月建又是兄弟,共有五重兄弟,則斷五人也。若日辰月建不繫兄弟,則以三兄弟推,宜通變也。)
某一爻の卦中に重疊出現するに至っては、當に眼前現有の重數に按じて推詳すべし。卦中に當該の六親ただ一位ある時、こそ五行の數を用いて推算す。もし重疊多からば、索性就中それの出現するの重數に照らして以て斷ず。たとえば六月丙辰日に《損》の《大畜》を占得せば、卦中に原より兩個の兄弟爻あり、六三また一個の兄弟を化じ出し、日辰と月建と皆兄弟に屬し、前後合して五重の兄弟を成せば、すなわち五人と斷作す。倘若日辰・月建並に兄弟に屬せざれば、それすなわちただ三個の兄弟に按じて推す。ここに最も通融變化を要す。
財動初爻,令伯克親於早歲;(財動則傷父母,如在初爻,則早年見克,如李密生六月其父即喪。)兄興六位,張瞻喪偶於中年。(兄動則克妻財,如居六位,中年必如張瞻之克妻也。)化父生身,柴榮拜郭威為父;(卦有父母,又化出父母來生合世身者,其人必重拜父母,身為他人子,如五季時柴世宗之於周太祖也。)化孫合世,石勒養季龍為兒。(卦有子又化出子,世身去相生合者,主其人必有螟蛉之子,如晉時後趙石勒子石季龍是。然子孫化出而繫外宮則是,繫於本宮則非也。)
妻財が初爻に在りて發動すれば、譬すれば李密の幼年便ち父を喪せしがごとし。財動すればすなわち父母を傷つく。もし初爻に動けば、早年すなわち克を受くるを主る——李密は出生して纔か六個月にして、父親就中去世せり。兄弟が第六爻に在りて興動すれば、譬すれば張瞻の中年に妻を喪せしがごとし。兄動すれば則ち妻財を克す。もし第六爻に居れば、中年必ず偶を喪うの事あり。卦中に父母を化じ出して來りて身世を生合すれば、譬すれば柴榮の郭威を拜して父と爲せしがごとし。卦裡に本より已に父母爻あり、また一個の父母を化じ出して來りて世身を生合せば、此人必ず須らく重ねて父母を拜し、別人の兒子と爲る——五代時柴世宗の周太祖郭威に於けるが、まさにかくのごとし。卦中に子孫を化じ出して來りて世と相合せば、譬すれば石勒の石季龍を收養して子と爲せしがごとし。卦裡に本より已に子孫あり、また一個の子孫を化じ出し、しかして世身の往きてそれと相生相合せば、此人必ず義子あるを主る。晋時後趙石勒の養子石季龍すなわち是なり。ただし化じ出づる子孫は須らく他宮に屬してこそ算し、もし依然として本宮に屬せばすなわちかくのごとく斷ずる能わず。
世陰父亦陰,賈似道母非正室;(父與世皆屬陰者,必是偏生庶出,如宋賈似道也。)身旺官亦旺,陳仲舉器不凡庸。(卦中官爻旺相,世身亦旺相,又逢貴人祿馬文書生合世爻者,必主日金榜標名,龍門跳躍,如陳仲舉為不凡之器,欲斷官職依後功名類推。)化子合財,唐朝明皇有祿山之子;(子從化出,乃螟蛉子也。若與財爻相合或與應爻相合,必與妻妾有情,如安祿山之於楊貴妃也。)內兄合應,陳伯常有孺子之兄。(兄爻在內卦,乃兄弟非朋友也。若與應爻或財爻相合,其妻必與兄弟相通,如陳平之盜嫂也。)
世爻が陰に屬し父母爻もまた陰に屬すれば、譬すれば賈似道の母の正室に非ざるがごとし。父母と世爻と皆陰に屬するは、必ず庶出偏房の生ずる所なり。宋代賈似道はすなわちかくのごとし。卦身旺にして官鬼もまた旺なれば、譬すれば陳蕃の器識不凡なるがごとし。卦中官鬼旺相にして、世爻卦身もまた旺相にして、また「貴人」「禄馬」と文書の爻とありて來りて世爻を生合せば、日後金榜題名・龍門を跳過するを主る。漢代陳蕃は少年すなわち不凡の器と目せられしは、まさにこの象なり。もし官職を細斷せんと要せば、後面の名を求むるの一門に按じて類推しうる。化じ出づる子孫の往きて妻財に合するは、譬すれば唐明皇の安禄山のごとき義子あるがごとし。化し出づるの子孫はすなわち義子なり。それもし財爻と相合し、あるいは應爻と相合せば、この子必ず主人の妻妾と私情あるを主る。安禄山の楊貴妃に於けるすなわち是なり。内卦の兄弟の往きて應爻に合するは、譬すれば陳平の嫂と染まると指せられしがごとし。兄弟爻が内卦に在るは、親兄弟を指して朋友に非ず。それもし應爻あるいは財爻と相合せば、その妻の兄弟と私通するを主る。漢初陳平の嫂を盜むの謗はすなわちこの象に由る。
(以下皆斷婦人身命)應帶勾陳兼值福,盂德耀復產於斯時;(勾陳主黑丑,子孫主賢淑,故應爻旺相臨之而無損傷者,其妻必如孟光,貌雖不揚而其德則美也。)財臨玄武更逢刑,楊太真重生於今日。(玄武淫亂之神,若臨財爻,必不貞潔,更加三刑六害,如楊貴妃汙穢尤甚。)
以下の各條は皆婦人の身命を斷ずるなり。應爻が「勾陳」を帶びてまた子孫に臨めば、便ち孟光のごとき賢婦の今日に重生するなり。勾陳は膚黑く貌醜きを主り、子孫は賢良淑徳を主る。ゆえに應爻旺相にしてこの兩者に臨み、また損傷なければ、その妻は必ず東漢孟光のごとく——容貌は出衆せずと雖も、婦徳は卻って極めて美なり。妻財が「玄武」に臨みてまた刑に逢えば、便ち楊太眞のごとき人の今日に重生するなり。玄武は淫亂の神なり。それ財爻に臨着せば、その人は必ず貞潔ならず。さらに加うるに三刑六害あれば、すなわち楊貴妃のごとく污穢尤も甚し。
合多而眾殺爭持,乃許子和之錢樹;(卦中有合諸事吉,唯婦人女子見之主澆浮淫佚,春心蕩漾,不能堅閨門之守,更加玄武三刑六害臨持財爻者,乃娼妓之兆,如許子和為妓,臨死謂其母曰:錢樹子倒矣。蓋為娼宿客得錢如樹之能生錢也。)官眾而諸凶皆避,如隋煬帝之採花。(凡遇卦中有鬼,日辰月建是鬼,或又化出太過生合財爻而財爻不臨玄武等凶神者,必主其婦重婚再醮。如隋煬帝西苑剪採為花,色渝則易之以新者,喻婦人夫死則再嫁也。若本卦鬼爻不受刑沖剋害,而鬼爻反來沖剋財爻者,乃是生離活別之兆,非夫死再嫁也。)
相合多すぎて衆凶殺また爭いて把持するは、それすなわち許子和のごとき錢樹子なり。卦中に合あれば、事を辦するに大都順利なり。ただ婦人のみこれを得れば、反って輕浮放縱・春心搖蕩して、閨門を守住する能わざるを主る。もしさらに「玄武」と三刑六害と加えて財爻に臨持せば、すなわち淪落して娼妓と爲るの兆なり。唐代妓女許子和は死に臨みて母に對して曰く、なんじの錢樹子倒れたりと——客を接して錢を得ること樹の錢を生ずる能くがごときがゆえに、ゆえにこの稱あり。官鬼衆多にして諸般の凶神皆回避するは、それすなわち隋煬帝の西苑に花を採るの光景なり。卦中本より官鬼あり、日辰・月建また官鬼にして、あるいは再び官鬼を化じ出し、多きこと過頭に到りて、皆來りて財爻を生合し、しかして財爻並に玄武などの凶神に臨まざれば、必ず此婦の改嫁重婚を主る。隋煬帝は西苑に彩綢を剪りて花と爲し、顏色褪ぐればすなわち新しきを換えたり。まさに婦人の夫死して別に嫁ぐを比喻す。ただしもし本卦の官鬼並に刑冲克害を受けず、反って官鬼の來りて財爻を冲克するは、それは生離活別の兆にして、並に丈夫の身死して而も後に再嫁するに非ず。
白虎刑臨,武后淫而且悍;(白虎及強暴之神,婦人見之必然兇悍,更加刑害臨財爻,必如武則天兇悍且淫也。)青龍福到,孟母淑而又慈。(青龍乃喜悅慈祥之神,子孫又清吉之神,若財臨青龍化子,或子臨青龍動來生助者,必主其婦慈祥愷悌,淑善賢德如孟母也。)
「白虎」が刑を帶びて財爻に臨めば、便ち武則天のごときまた淫にしてまた悍なる婦人なり。白虎は強暴の神なり。婦女の卦裡にそれを見れば、性情必然凶悍なり。さらに加うるに刑害同じく財爻に臨めば、すなわち武則天のごとく既に凶横にしてまた淫亂なり。「靑龍」と子孫と同じく到れば、便ち孟母のごときまた淑にしてまた慈なる婦人なり。靑龍は喜悅慈祥の神、子孫は清正吉慶の神なり。財爻が靑龍に臨みて子孫を化じ出し、あるいは子孫が靑龍に臨みて發動して來りて財爻を生助せば、必ず此婦の慈祥和易・賢淑有德を主る。孟子の母親のごとし。
逢龍而化敗兄,漢蔡琰聰明而失節;(財遇青龍本屬聰明,但不宜化出兄爻及敗爻,皆主不貞潔,如伯鍇女蔡琰,文章絕冠當時,失節胡虜。或化出刑爻、病爻、害爻及玄武等同,臨者亦然。)化子而生身世,魯伯姬賢德而無疵。(財動化出子孫,主合世身者,必有懿德,如魯莊公夫人伯姬,言行皆善,無疵可議,見賞於《春秋》。凡占妻當以財爻為主,不可論應爻世爻等作其身也。)
財爻が靑龍に逢いて卻って敗神あるいは兄弟を化じ出づれば、便ち蔡琰のごとき聰明にして節を失せしなり。財爻が靑龍に遇うは本より聰慧を主る。ただ兄弟爻あるいは沐浴敗爻を化じ出すを宜とせず。化し出づるは皆不貞を主る。蔡邕の女蔡琰は文才冠絶一時なるも、卻って身を匈奴に陷れて身を失せり。もし化じ出づるは刑爻・病爻・害爻なら、あるいは「玄武」に臨着せば、斷法もまた一樣なり。財爻が子孫を化じ出してまた來りて身世を生合するは、便ち魯伯姬のごとき賢徳無瑕なり。財爻發動して子孫を化じ出し、並びに世爻卦身と相生相合せば、その妻必ず美徳あり。魯莊公夫人伯姬のごとく、言行俱に善くして、指摘すべきなく、《春秋》彼女に對して多く稱許あり。およそ妻室を占するに、一概に財爻を以て主と爲し、應爻・世爻を拿りて往きて彼女本身を代表するべからず。
合而遇空,竇二女不辱於盜賊;(卦中若遇化爻動來相合,或帶咸池玄武動來克合,本非佳兆,若得財爻在空避之,是彼欲淫我而我不願之象,如唐奉天竇氏二女,被盜劫之而投崖,寧死不受辱也。)靜而沖動,卓文君投奔於相如。(卦中咸池玄武刑害等殺臨持財爻,若得休囚不動或落空亡,庶幾無事。或被日辰動爻沖之,則如卓文君被相如以琴挑之,欲心因動,不免至夜而亡奔相如,後當壚賣酒。)
合ありて財爻恰好落空するは、便ち竇氏二女の盜賊の污辱を受けざるなり。卦中もし變爻ありて發動して來りて財爻と相合し、あるいは「咸池」「玄武」を帶びて發動して來りて克し來りて合するは、本より好兆頭に非ず。ただし財爻まさに空亡裡に躲在して避開せば、それすなわち對方の我を污せんと欲するも我從わざるの象なり。唐代奉天竇氏の兩個女兒は強盜に劫走せられ、寧ろ崖を跳んでも辱を受けざりしは、まさにこの象なり。財爻本靜なるも卻って冲動せられれば、便ち卓文君の夜奔して司馬相如に就きしなり。卦中の咸池・玄武と刑害などの凶殺と財爻に臨持するも、ただ財爻休囚にして動かざるか空亡に落つれば、還は大致事なし。一旦日辰あるいは動爻に冲起せられれば、すなわち卓文君の司馬相如の琴挑を聽きて、情動き禁じ難く、當夜出奔し、後來還は壚に當りて酒を賣りしがごとし。
福引刑爻發動,衛共姜作誓於柏舟;(子帶刑旺動,必主剋夫,然子乃貞潔之神,遇此等爻而財不值凶者,主守節之象,如衛共姜作柏舟詩,以死自誓也。)身遭化鬼克刑,班婕妤感傷乎秋扇。(卦中原有官與身世相生合,又化官卻來剋制身世及財爻,占法以動爻為始,變爻為終,主先親愛後棄絕之象。如漢班姬於武帝,始親愛後疏絕,所以見秋扇而傷感,作詞以寓其悽楚之思。)
子孫が刑を帶ぶの爻を引して發動すれば、便ち衛共姜の《柏舟》の誓を作せしなり。子孫刑を帶びて旺動するは、本より夫を克するを主る。ただし子孫また貞潔の神にして、かくのごとき爻に遇いして財爻並に凶に臨まざれば、反って節を守るの象を主る。衛世子共伯早く死し、その妻共姜《柏舟》の詩を作り、死を以て自ら誓い再び嫁がず。卦身が化じ出づる官鬼に遭りて刑克せられれば、便ち班婕妤の秋扇に對して懷を傷めしなり。卦中原より官鬼ありて身世と相生相合し、後來また一個の官鬼を化じ出して反って身世と財爻とを克制す。占法は發動の爻を以て事の始と爲し、變出の爻を以て事の終と爲す。ゆえに先く寵愛を蒙り後に棄絶を遭うを主る。漢代班婕妤は宮に入るの初深く親幸を得、其後疏に見え寵を失い、秋後の團扇の棄を遭うを見るに因りて感傷し、辭を作りて以てその凄楚を寄せしなり。
二鬼爭權水父沖,錢玉蓮逢汝權於江滸;(卦中若有二鬼發動,俱來生合財爻,又遇水父來刑沖剋害,而財爻在空避之者,必有兩夫爭權之象,父母逼勒之兆。而已有守節之操,故入於空,如孫汝權之於玉蓮類也。)六爻競合陰財動,秦弱蘭遇陶谷於郵亭。(男帶合則俊秀聰明,女帶合則澆浮淫佚,若六合卦而財爻又屬陰者,不動猶可,動則淫濫無恥,如秦弱蘭遇陶學士也。)
兩個の官鬼爭權して、また水に屬する父母ありて來りて冲するは、便ち錢玉蓮の江の江邊に孫汝權に遇上せしなり。卦中もし兩個の官鬼ありて一齊に發動し、皆來りて財爻を生合し、また水に屬する父母爻に遇い來りて刑冲克害し、しかして財爻恰好空亡に躲進せば、これすなわち兩夫爭娶・父母逼婚の象なり。財爻の空に入るは、まさに女子自ら節を守るの志あるを說明し、ゆえに避開す——戲文裡の孫汝權の錢玉蓮に娶を逼り玉蓮の江に投ぜしは、すなわちこの類に屬す。六爻爭いて合を成して陰性の財爻また發動するは、便ち秦弱蘭の郵亭に陶谷に遇上せしなり。男子の卦合を帶ぶは、人物俊秀聰明を主る。女子の卦合を帶ぶは、反って輕浮淫佚を主る。もし卦六合を成して財爻また陰に屬せば、靜着すれば還は妨げなし。一たび動けばすなわち淫濫無恥なり。驛亭の中の秦弱蘭の陶學士に遇うがごとし。
鬼弱而未獲生扶,朱淑真良人遇蠢;(凡看女人身命以鬼為夫星,不宜空亡,空則難為夫主,又不宜動,動則難為兄弟;亦不宜衰弱,弱則招夫不肖不能發福,若衰弱而無一生扶合助,兼帶勾陳螣蛇等凶神者,必如朱淑真之夫,愚蒙不正,人物侏儒,因有斷腸之詩。)官強而又連龍福,吳孟子夫主賢明。(若鬼爻旺相,更逢青龍福德、祿馬貴人等吉神,主有貴顯賢明之夫,如吳孟子得魯昭公為夫也。若衰而逢助,亦主有賢明之夫。)
官鬼衰弱にして生扶を得ざれば、便ち朱淑眞の一個の蠢丈夫に嫁せしなり。およそ女人の身命を看るに、官鬼を以て夫星と爲す。夫星は空亡に落つるを宜とせず。空なれば則ち丈夫あること難し。もまた發動を宜とせず。動けば則ち兄弟に於て不利なり。さらに衰弱を宜とせず。弱なれば則ち嫁ぐ所人に非ざる・發達する能わず。もし官鬼衰弱にして一點の生扶合助なく、また「勾陳」「螣蛇」などの凶神を帶ぶれば、それすなわち必ず宋代女詩人朱淑眞の丈夫のごとく、愚昧不端・形貌猥瑣にして、以て彼女に滿紙斷腸の詞を寫下せしむるに至れり。官鬼強旺にしてまた「靑龍」と子孫とに連なれば、便ち吳孟子の賢明の夫主を得しなり。官鬼旺相にして、再び靑龍・福德および禄馬・貴人などの吉神に逢えば、丈夫貴顯賢明を主る。吳孟子の魯昭公に嫁得するがごとし。たとい官鬼本衰なるとも、ただ別に幫扶あれば、一樣に賢夫を得るを主る。
若卜嬰孩之造化,乃將福德為用爻。(所喜者兄弟,大要興隆;所忌者父母,最嫌旺動。小兒造化不過卜其生長難易,若富貴貧賤固未暇論,故專以子孫一爻為主。若父母動,則來傷克,故忌;兄弟動,則來扶持故喜,蓋有生扶則易養。)隨官入墓,未為有子有孫;助鬼傷身,不免多災多病。(卦中若見世身隨官入墓者,必死,故曰未為有子有孫。若遇鬼傷克世身、刑沖主象者,必然多病。更逢財爻助之,大凶之兆。若鬼持世臨身亦主多病。)
もし嬰孩の造化を占せんと要せば、すなわち「子孫」爻を取りて用神を作す。原因は小兒の占はただ養育の難易を問うのみ、富貴貧賤は一時還は談及せず。ゆえに專ら子孫一爻を以て主と爲す。この一門裡の喜見するは兄弟なり。最好は興旺なり——兄弟は同類に屬し、動けば則ち來りて子孫を扶持す。生扶あれば便ち養大し易し。忌見するは父母なり。最もそれの旺動を怕る——父母一たび動けばすなわち子孫を克傷す。もし世身が官鬼に隨いて一同墓に入れば、すなわち還は子あり孫あるを說き上げず。卦中一たび世爻・卦身の官に隨いて墓に入るを見れば、その人必ず死す。ゆえに說く、必ずしも再び子嗣を指望するに足らずと。もし官鬼が世身を傷克し主象を刑冲せば、この子必然多病なり。さらに財爻ありて往きて官鬼を生助せば、さらに大凶の兆なり。官鬼持世して身に臨むも、同じく多病を主る。
胎連官鬼,曾輕落地之關;(卦中胎爻臨鬼,或化出鬼爻,或鬼來沖剋者,必此兒生時絕而復甦,俗所謂落地關也。)子帶貴人,自有登天之日。(子爻若帶祿馬貴人,主此子他日必能顯貴,頭角崢嶸。)遇令星,如風搖干;逢絕地,似雨傾花。(凡遇凶神克戰,若得子孫得地健旺,則必無事,雖見小悔猶微風搖干,必不能傷;若在死絕之地,決難生養,一有克戰,則如驟雨傾花,鮮不殘敗。)
胎爻が官鬼に連なれば、この孩子は曾て落地の一關を經歷せり。卦中の胎爻が官鬼に臨み、あるいは官鬼を化じ出し、あるいは官鬼に冲克せられれば、この兒は出生する時必ず曾て氣絶して而も復甦せしなり。俗話の說く所の落地關はすなわちこの個を指す。子孫爻が貴人を帶ぶれば、日後自ずから騰達の日あり。子孫もし「禄馬」「貴人」を帶ぶれば、この子將來必ず能く顯貴するを主り、從小に頭角嶄嶸たらん。子孫もし當令の星に遇えば、凶神の來犯は不過微風の樹を搖るがごときのみ。もし絶地に落つれば、譬すれば驟雨の花朵を打落すがごとし。およそ凶神の來りて克し來りて戰うあるも、ただ子孫地を得て健旺なれば、便ち必ず大礙なし。縱い些小の挫折あるとも、不過清風の樹幹を搖動するのみ、それを傷つくる能わず。もし子孫死絶の地に落つれば、本より養育し難し。再び一たび克戰に遇えば、すなわち急雨の花を傾くるがごとく、凋殘せざる少なし。
子孫化鬼,孝殤十月入冥途;祿貴臨爻,拜住童年登相位。(子化出鬼,乃九死一生之兆,如漢殤帝生才十月即死也。子化出鬼而貴人祿馬交臨,子又旺相,異日必貴,如元拜住年十四即為相。蓋子逢凶而化鬼,謂身化為鬼,故凶;子逢吉而化官,謂身化為官,故吉。)
子孫が官鬼を化じ出づれば、譬すれば漢殤帝の生下十個月にして便ち夭折せしがごとし。禄馬貴人爻に臨めば、譬すれば元代拜住の少年にして便ち相位に登りしがごとし。子孫が官鬼を化じ出ずるは、本より九死一生の兆にして、漢殤帝は出生纔か十個月にして就中死せり。然るに同じ子の官を化するも、もし「貴人」と「禄馬」と交い臨着し、子孫自身また旺相なれば、日後必定貴顯せん——元人拜住は十四歲にして便ち丞相を做れり。分別は:子孫凶に遇いて鬼を化するは、自身の鬼と化するに等し。ゆえに凶なり。子孫吉に遇いて官を化するは、自身の官と化するに等し。ゆえに吉なり。
凶殺來攢震卦,李令伯至九歲而能行;(震為足,若遇官鬼凶神刑剋,行必遲,如李令伯九歲方能行,蓋為凶神纏擾於足也。)吉神皆聚乾宮,白居易未週歲而識字。(乾為八卦首,於五行屬金,其數則一,又純陽之象。陽主上達,金主聰明,一則數之始也,若遇龍德及子孫在此宮者,必然幼敏。如白樂天生七月便識之無二字。)
凶殺齊しく《震》卦上に聚まれば、譬すれば李密の九歲に到りてこそ走路を得しがごとし。震は人身上に足を代表す。もし官鬼凶神ここに在りて刑克に遇えば、行走必ず遲し。李密は九歲にして方に能く行く。まさに凶神の足に纏住せしがゆえなり。吉神皆《乾》宮裡に聚まれば、譬すれば白居易の週歲に滿たずして便ち字を認識せしがごとし。乾は八卦の首に居り、五行は金に屬し、その數は一にして、また純陽の象なり。陽は向上通達を主り、金は聰明穎悟を主り、一また數の開端なり。もし「靑龍」「天徳」と子孫と皆この宮に落つれば、この兒必然早慧せん——白居易は生下七個月にして、便ち能く之・無の兩個の字を辨認せり。
八純頑劣,晉食我狼子野心;(八純卦六爻相沖,小兒見之必主頑劣性悍,如晉叔向子食我,心野不馴,猶豺狼之子也。)六合聰明,唐李白錦心繡口。(大抵六合卦必然陰陽相半,小兒遇之聰明智慧,他日文字當有擲地金聲之妙,如太白文才也。)
八純卦を得るは頑劣を主る。譬すれば晋國叔向の子食我のごとき狼子野心なり。八純の卦は六爻兩兩相冲す。小兒これを占得せば、必ず性情頑劣凶悍を主る。晋大夫叔向の兒子食我は心性狂野にして馴え難し。古人便ち彼を豺狼の子と說えり。六合卦を得るは聰明を主る。譬すれば唐代李白のごとき錦心繡口なり。六合の卦は大抵陰爻陽爻各々一半を占む。小兒これに遇えば聰明多智にして、日後文を爲すに當に地に擲ちて金石聲を作すの妙處あるべし。李白の才華のごとし。
陽宮陽象,后稷所以歧嶷;(陽主高明,有上述之象,從天數也。占小兒而得純陽卦,子孫又屬陽,必如后稷生於姜嫄,克歧而克嶷也,見《詩.大雅》。)陰卦陰爻,晉帝所以戇呆。(陰主卑汙,有下達之象,法地故也。占小兒得陰宮卦,子孫又屬陰,主痴愚,如惠帝聞蛙聲而曰為公為私,見飢人而曰何不食肉糜,故史以戇呆譏之。)
陽宮は陽象を配す。ゆえに后稷の幼年に岐嶷不凡たり。陽は高明を主り、向上通達の象ありて、法を天に取る。小兒を占して純陽の卦を得、子孫また陽爻に屬せば、この兒必ず姜嫄の生せる后稷のごとく、年幼にして便ち聰慧特出せん。《詩經・大雅》彼を能く岐し能く嶷すと稱す。陰卦は陰爻を配す。ゆえに晋惠帝のごとき戇呆なり。陰は卑下を主り、向下沈滯の象ありて、法を地に取る。小兒を占して陰宮の卦を得、子孫また陰爻に屬せば、痴愚を主る。晋惠帝は蛙鳴を聽聞して、竟にこの蛙は公家の爲に叫ぶか私家の爲に叫ぶかと問う。百姓の餓死するを聽説して、また何ぞ肉粥を食わざるかと問う。史家これに因りて彼を戇呆と譏る。
龍父扶身,效藏燈於祖瑩;(青龍為吉神,父母為詩書學館,若臨身世或動來生合世身福德者,主此兒好學,如祖瑩八歲耽書,父母恐其成疾禁之,乃密藏火,待父母寢後,復燃燈讀之也。)歲君值福,希投筆於班超。(歲君,乃天子爻君象也,子孫臨之,此兒必志大,如漢班超,為兒時嘗投筆嘆曰:“大丈夫當立功異國,安能久事筆硯!”後出使西域,果應萬里封侯。)
「靑龍」と父母と來りて卦身を扶けば、この兒は祖瑩の燈を藏して夜讀するを效法せん。靑龍は吉神、父母は詩書學館を代表す。それらもし身世に臨み、あるいは發動して來りて世身と子孫とを生合せば、この兒の好學を主る。北魏祖瑩は八歲にして便ち讀書に耽り、父母彼の身體を熬壞せんことを怕りて禁止を加えれば、彼便ち偷偷として火種を藏め、父母の睡下するを待ちて再び燈を點じて苦讀せり。太歲の爻が子孫に臨着せば、この兒は班超のごとく筆を投じて戎に從うの望あり。歲君は天子の爻にして、君上を象徵す。子孫それの上に臨めば、この兒の志向必ず大なり。漢代班超は少年時曾て筆を擲ちて長嘆して曰く、大丈夫當に異域に功を立つべし、どうして能く久しく筆硯を侍弄せんやと。後來彼は西域に出使して、果たして萬里の侯を封ぜられしに應じたり。
官鬼無傷,曹彬取印終封爵;(歲君值福固有大志,然卦中官鬼受制或落空亡,則志雖大而終莫能遂,官鬼無傷斯能稱意,如曹彬週歲時提戈取印,後出將入相,終封貴爵也。)父身有氣,車胤囊螢卒顯名。(龍父扶身固知好學,然身世主象及父母官鬼臨死絕地,則徒取辛勤,必父身有氣方有成望,如車胤勤學,卒以成業也。)
官鬼傷を受けざれば、この兒は曹彬の周を抓りて印を取りて終に爵を封ぜられしがごとくならん。太歲が子孫に臨むは固より志向遠大を主る。然るに卦中の官鬼もし制伏せられあるいは空亡に落つれば、志向大なりと雖も終に實現し難し。必ず官鬼完好傷なくして、こそ心を稱するを得。宋代曹彬は週歲に周を抓る時干戈と印信とを抓起し、後來將を出で相に入り、終に顯爵を封ぜられり。父母爻と卦身と皆氣あれば、この兒は車胤の螢を囊めて苦讀して終に名を顯せしがごとくならん。靑龍父母の身を扶くるは固よりその好學を知るべし。ただしもし身世主象および父母・官鬼皆死絶の地に落つれば、それすなわち一場の辛苦を白うす。必ず父母と卦身と皆氣あれば、こそ成就の指望あり。晋人車胤は家貧にして油なく、夏夜に紗囊を以て螢火を盛りて讀を照らし、終に學業を成就せり。
金爻動合,啼必無聲;(五行中惟金有聲,且入之五臟肺主聲,肺屬金,故人聲以金爻取之,若被沖起或落空亡,聲必響亮,惟動而合住,則啼哭無聲也。)父母靜沖,兒須缺乳。(乳以子孫定之,若旺相有氣乳必多。休囚無氣乳必少。最怕父動或靜而逢沖,定須缺乳,克子故也。)
金爻發動して合住せられれば、嬰兒の啼哭必然聲なし。五行の中ただ金のみ能く聲を發す。人身五臟の裡聲音を主るは肺にして、肺また金に屬す。ゆえに人の聲音は金爻を取りて看る。金爻もし冲起せられ、あるいは空亡に落つれば、哭聲かえって響亮なり。ただそれ發動して卻って合に絆住せられてこそ、啼きて聲なからん。父母爻靜なると雖も卻って冲に逢えば、孩子は便ち奶を缺かん。乳汁は「子孫」爻を以て定む。子孫旺相にして氣あれば則ち乳多く、休囚無氣なれば則ち乳少なし。最も父母の發動を怕る。あるいは父母靜なると雖も冲起せられれば——一たび冲せられれば便ち發動するに同じく、父母は子孫を克して、必定乳を缺く。
用旺兒肥終易養,主衰兒弱必難為。(子孫旺相,殺莫能傷,其兒必肥,故易養;子孫休囚敵殺之氣無備,必多災悔,不惟羸瘦亦且難養。)身臨父母,莫逃鞠養之辛勤;(父母持世兒必多災,故鞠育之勞所以不免。父母為辛勤勞苦之神,故為小兒之惡殺也。)世遇子孫,終見劬勞之報效。(子孫持世兒必孝順故劬勞之恩必然報效。蓋子孫為主象臨於世者,以其有親親之義也。)
用神旺相なれば、孩子壯實にして、終に養い好し。主象衰弱なれば、孩子瘦弱にして、必定帶び難し。子孫旺相なれば、凶殺それを傷つくる能わず。この兒必然壯健なり。ゆえに養大し易し。子孫休囚なれば、凶殺に抵當するに力なく、必ず災病多く、但だ瘦弱なるのみならず、しかも成人し難し。卦身が父母に臨着せば、父母は便ち撫養の辛勞を逃れる能わず。父母持世せば、孩子必然多災にして、爹娘を做るは自然に鞠育の苦を免れず——父母爻は本より辛勤勞苦の神なるがゆえに、ゆえに小兒占裡に於てかえって惡殺と算す。世爻が子孫に遇上せば、終に能く兒女の劬勞の恩に報いるを見るを得。子孫持世せば、この兒必然孝順にして、父母の辛苦終に回報あり。子孫は既に主象にしてまた世に臨むは、まさに親愛骨肉の意思を含むがゆえに。
若問榮枯,全在六親之決斷;要知壽夭,須憑三限以推詳。(六親中財福為吉,兄鬼為凶,三限正限正卦管三十年為初限,互卦管三十年為中限,再以互卦又互一卦為末限,亦管三十年。人生壽夭須有定數,不看三限則難取決。如正卦有凶神來克戰,則壽止三十年前;如正卦無凶殺,而互卦見凶殺克戰,則壽止於六十歲;內正互皆無凶殺,其壽必在六旬外,宜以互卦再互一卦推之。若凶殺不動,則看世爻死絕之年斷之,庶無差謬。)合理至微,雖難細述;易爻有準,自在變通。
もし一生の榮枯を問わば、全く六親に憑りて來りて決斷す。壽命の長短を知らんと要せば、須らく三限に依りて來りて推詳すべし。六親の中、妻財・子孫は吉と爲し、兄弟・官鬼は凶と爲す。三限の分法は:本卦三十年を管して初限と爲し、互卦三十年を管して中限と爲し、再び互卦に由りて別に一卦を互出して末限と爲し、もまた三十年を管す。人の壽夭は自ずから定數あり。三限を看ざれば就中取决し難し。たとえば本卦中に凶神ありて來りて克戰せば、壽數は就中三十歲以前を以て止と爲す。本卦に凶殺なくして互卦裡に凶殺ありて克戰せば、壽數は便ち六十歲に止まる。本卦と互卦と皆凶殺なければ、壽數は必ず六旬を過ぎ、當に再び互卦の互する所の卦を用いて往きて推すべし。倘若凶殺始終動かざれば、それすなわち世爻の死・絶に走り到るのあの一年を看て以て斷ず。大致誤ることなし。其中の道理精微入細にして、很に一々說盡すこと難し。好しや卦爻自ずから準則あり。全く人の事に臨みて變通するに看る。
