出兵擇門第六
出陣吉門宜善擇,子孫為我報仇時。更兼命門相生吉,一鼓擒王只在茲。出師以聞驚日為母,宜以子孫時,出子孫門擊之,大勝。
出陣の走る所の吉門は好好に挑選し、「子孫」の那一行の時辰と方位を取れば、即ち我方の為に替わりて讎に報ゆるに等し。若し出ずる所の門の上神が更に主將本命の上の神と相生すれば、更に吉、一鼓作氣して敵王を擒拿するは此の擧に在り。出師は警報を聞いた其の日を以て「母」と為し、其の生ずる所の子孫の時に於て、子孫の屬する門より出兵して打ち往くに宜しく、必ず大勝を獲ん。
假如甲乙聞賊寇境,取火命人舉紅旗,或巳午時,從南門出兵,乃是子孫為報仇,火為木之子也。忌金命人、申酉時、出西門,俱不利。餘仿此。若所出之門上神與大將命上神相生,更吉。
例を擧げて言えば:甲の日・乙の日に敵人が入境したと聞けば、甲乙は木に屬し、木は火を生ずれば、即ち火命の人を派して紅旗を擧げ、あるいは巳時・午時に於て、南門より出兵すれば、これ即ち子孫を用いて我に替わりて讎を報ずるなり、火は木の生ずる子なればなり。反對に金命の人を忌み用い・申時酉時を忌み・西門より出兵するを忌むべし、金は木を克し、皆不利なり。其余の各干はこれに照らして類推せよ。このほか、若し出ずる所の門の上の神が主將本命の上の神と相生すれば、那就更に吉なり。
行擇吉道第七
行擇吉道看玄神,玄神受克最堪嗔。月將加時罡指處,前行通利自安平。凡行兵,看玄武受克之方,不可往。假如玄武乘巳午,則亥子方不可往。惟斗罡所指之地大吉。如甲子日巳將午時,罡指東南巳地,宜行。
行軍に路を擇ぶは「玄武」を看るを要し、玄武が克を受くる其の一方は最も嫌忌するを要す。月將を占時に加えて盤を轉じ、天罡の指す處は、前に向かって走れば通利平安なり。凡そ行軍は、先ず玄武の克を受くる方位を看よ、彼處は往く可からず。例えば玄武が巳・午の火に乘ずれば、火は水を怕る、則ち亥・子のこれら水に屬する方位は即ち往く可からず。ただ斗罡の指す地方のみ大吉なり。例えば甲子の日に巳將を用いて午時に加えれば、天罡は東南の巳地を指向す、即ち彼處より行軍するに宜し。
軍行擇路豈多途?更以陰陽作歲模。陽年大吉加干上,陰歲還將小吉鋪。丙壬之下為人道,甲庚之下是天居。其法又論歲之陰陽擇吉,陽歲以大吉加太歲,陰年以小吉加太歲,尋天上丙壬甲庚之下為行兵之路,吉。假如甲午年以大吉加子,向未戌辰丑方,合甲庚丙壬之方。癸卯年以小吉加卯,向未辰戌丑方,合甲庚丙壬之方。蓋甲課在寅,庚課在申,丙課在巳,壬課在亥,寅申巳亥所臨之方是也。餘俱不利。
行軍に路を擇ぶは豈にただ一条の門徑ならんや。還可按じて年の陰陽によりて別に一格を立つ:陽年は「大吉」(丑)を太歲の干の上に加え、陰年は「小吉」(未)を太歲の上に鋪す。天盤を轉じ出せば、丙・壬の下は「人道」、甲・庚の下は「天道」なり。この一法は太歲の陰陽に按じて吉を擇ぶ:陽年は大吉を太歲に加え、陰年は小吉を太歲に加え、然る後に天盤上の丙・壬・甲・庚の落つる下を尋ねて、以て行軍の路と為し、吉なり。例えば甲午年は、大吉を子の上に加えて盤を轉ぜば、即ち未・戌・辰・丑の幾箇の方位に向かって走り、正に甲庚丙壬の位に合す。癸卯年は、小吉を卯の上に加え、また未・辰・戌・丑の幾方に向かって走り、同じく甲庚丙壬の位に合す。甲の寄宮は寅に在り、庚の寄宮は申に在り、丙の寄宮は巳に在り、壬の寄宮は亥に在り、指す所は即ち寅申巳亥の臨む方なればなり。これ以外の方位は皆不利なり。
水陸吉凶第八
出行日吉陸宜之,支吉宜舟水路施。干忌卯辰卯忌子,尤防支上克干時。日,日干也。支,支辰也。日吉,日上見吉神吉將也。支吉,是辰上見吉神吉將也。日為陸路,辰為水路。日吉宜陸,辰吉宜水。若支吉干有傷,只宜水,不宜陸。《兵將賦》云:“支吉干傷,水面通船而地陰是也。”
出行の時日干が吉なれば即ち陸路を走るに宜しく、日支が吉なれば即ち船に坐りて水路を走るに宜し。日干の上は卯・辰を見るを忌み、地盤卯の上は子を見るを忌み、なかんずく日支の上神が日干を克する情形を防ぐを要す。ここに言う「日」は日干を指し、「支」は日支を指す。「日吉」は日干の上に吉神吉將を見るをいい、「支吉」は日支の上に吉神吉將を見るをいう。日干は陸路を代表し、日支は水路を代表す:日干が吉なれば即ち陸路を走り、日支が吉なれば即ち水路を走れ。若し日支が吉にして日干が傷を受くれば、那即ちただ水路を走るに宜しく、陸路を走るに宜からず。《兵將賦》に曰く:「日支吉にして日干傷を受くれば、即ち水面より船を行ぜよ、這正是地陰の象なり。」
卯太沖,辰天罡,干忌卯辰,謂干上忌見太沖、天罡也。子神后也,卯忌子,謂地盤卯上忌見神后;蓋有舟揖,故忌水神在上覆之。《兵帳賦》云:“日忌罡沖”是也。又云:“欲渡江河,支傷莫入。”故支上莫克支。
卯即ち「太冲」、辰即ち「天罡」。言う所の日干が卯辰を忌むは、日干の上に太冲・天罡の兩神を見るを忌むを説くなり。子即ち「神后」、言う所の卯が子を忌むは、地盤の卯位の上に神后の壓臨を見るを忌むを説くなり、卯は舟楫を代表すれば、故に水神の其の上に覆うを怕るなり。《兵帳賦》に「日は罡冲を忌む」と曰う、講ずる所は正にこのなり。それがまた曰く「江河を渡らんと欲すれば、日支が傷を受くれば即ち水に下る勿れ」、故に日支の上の神は日支を克すべからず。
畏河臨井子加歲,亥季宜舟孟神稽。己卯戊寅二日惡,水龍三日避休趨。壬癸子為三河,卯酉辰為三井,三河有一河加井,不可渡。歲,太歲也。神后忌加太歲之上。《兵帳賦》曰:“天河加井以沉波,太歲遭虛而禍起。”假令亥臨酉,為河覆井,防有沉溺之災。亥即壬也,不看課傳。四季,辰戌丑未,亥加四季,被土制之,則水路吉,故宜舟。若途聞有以羊酒犒軍者,若白虎乘魁罡加日,主有強人當路。
最も怕るは天河が地井の上に壓し、また「神后」(子)が太歲の上に加わるを怕る。亥が四季の位に加われば即ち船を行くに宜しく、四孟に加われば即ち一停するを要す。己卯・戊寅の兩日は好からず、「觸水龍」の三天は更に躲开するを要す。壬・癸・子は天上の三河、卯・酉・辰は地上の三井、三河の中ただ一条が井の上に加われば、即ち水を渡る可からず。「歲」は太歲を指し、神后は太歲の上に加わるを忌む。《兵帳賦》に曰く:「天河が井に加われば即ち船を沈め浪を翻し、太歲が虚に遭えば禍事便ち起こらん。」例えば亥が酉の上に臨めば、即ち河が井を覆う、沉溺の災を防ぐを要す。ここに亥即ち壬水、ただ天地盤を看て、課傳を看ず。四季は辰・戌・丑・未を指し、亥が四季の上に加わりて土に制せられれば、水路は返って吉、故に船を行くに宜し。若し途中に人の羊酒を以て軍を犒せんとすると聞かば、而して「白虎」がまた河魁・天罡に乘じて日干に加臨すれば、那は路上に強人の道を攔む有るを主る。
野宿安營第九
野宿行疲欲建營,干支怕墓及三刑(卯辰巳兵家所忌)。將逢龍虎多生恐,神遇魁罡定有驚。若還大吉臨干上,急往他圖莫遽停。安營之際,干支乘墓,主士卒不寧。墓神,春未、夏戌、秋丑、冬辰。
野外に宿營し、行軍疲乏して寨を紮る時、最も怕るは日干日支の上に墓神と三刑を見る、卯・辰・巳の三支は正に兵家の忌む所なり。天將が若し龍・虎に遇えば、多く恐懼を生ぜん。天神が若し河魁・天罡に遇えば、一定有して驚擾有らん。倘若「大吉」(丑)が日干の上に臨到せば、即ち急ぎ別に打算を作し、停留する勿れ。営を安んずる時、日干日支に墓神に乘れば、士卒の安寧を得ざるを主る。墓神は春季の未・夏季の戌・秋季の丑・冬季の辰なり。
兵家以卯辰巳為三刑,若臨日辰上,主本夜有賊兵至劫營,宜防之。外又有五行三刑。如子日忌卯,卯日忌子;丑日戌,戌日未,未日丑;寅日巳,巳日申,申日寅;辰午酉亥自見。此等亦並忌之。兵書云:“五刑五墓,日辰逢而夜防賊至。”
兵家は卯・辰・巳を看て三刑と作し、若しそれらが日干日支の上に臨めば、當天夜裡に敵兵の來りて営を劫する有るを主り、當に防備すべし。このほかまた五行の三刑有り:子の日は卯を忌み、卯の日は子を忌む。丑の日は戌を忌み、戌の日は未を忌み、未の日は丑を忌む。寅の日は巳を忌み、巳の日は申を忌み、申の日は寅を忌む。辰・午・酉・亥は則ち自刑、各々本支を見れば即ち是れなり。これらもまた一幷に忌むを要す。兵書に曰く:「五刑・五墓は、日干日支の上に一たび遇えば、夜裡に即ち敵兵の來襲を防ぐを要す。」
戌為魁,辰為罡,二辰名為天羅地網,支干逢主士卒恐怖。更天將得蛇虎,重遽驚惶,本夜必有軍至,逢劫煞其害尤甚。故兵書云:“若但魁罡為恐怖,將兼蛇虎禍尤深。”此之謂也。大吉丑也。若支干上見丑字加臨,最凶,安營必被賊劫,急往尋善地可也。若非丑字,無妨。故《兵帳鉤玄》云:“不臨斯將盡堪停。”斯,將指大吉也;初傳亦忌之。
戌は河魁、辰は天罡、この兩支は合わせて「天羅地網」と稱し、日干日支の上に遇えば、士卒の恐懼不安を主る。若し天將がまた螣蛇・白虎なれば、那就驚惶は加倍し、當夜に必ず敵軍の到来有らん。更に劫煞に逢上せば、害處は更に大なり。故に兵書に曰く:「單は魁罡なれば够く人を恐怖せしめ、天將が更に兼ねて螣蛇白虎なれば、禍患は就更に深し。」講ずる所は正にこのなり。「大吉」即ち丑なり。若し日干日支の上に丑字の加臨を見れば、最も凶、営を紮れば必定に敵人の來りて劫する有らん、當に急ぎ別に好き地方を尋ぬべし。若し丑字ならざれば、即ち妨礙なし。故に《兵帳鉤玄》に曰く:「この一將に臨まざれば、即ち皆停駐する可し。」ここに言う「斯將」は指す所は大吉なり。初傳の上に之を見るも、同じく忌むを要す。
大將居方第十
主帥宜居貴旺臨,亭亭豹尾大將軍。登明卯酉青常後,除定開危與世明。太歲直居並月建,又宜歲後太陰神。玉前絳後明中利,百戰都能奏凱音。貴,天乙貴人也。旺臨,謂天乙臨地盤旺地。假令六月辛酉日陽貴在午,臨巳是為旺地,主將宜立巳地,向西北安營,中敵大勝。
主帥は當に天乙貴人の旺に臨む地に駐り、あるいは「亭亭」「豹尾」「大將軍」の幾箇の神位の上に駐るべし。また「登明」(亥)・卯・酉を取るも可、あるいは青龍・太常・貴人の後二位を取るも可。更に除・定・開・危の四位を加え、これらは皆世の公認する吉方なり。太歲と月建の値する位・太歲の後の太陰の位もまた居るに宜し。至於玉堂の前・絳宮の後・明堂の中は、皆利有り、これに據りて百戰して皆凱を奏する能し。ここに言う「貴」は天乙貴人、「旺臨」は天乙が地盤の旺地に臨むを説くなり。例えば六月辛酉の日、陽貴は午に在り、午が巳位に臨むは正に旺地、主將は即ち巳地に立ち、西北に向かって営を安んじ、敵を迎えて大勝すべし。
月將加時,神后落處為亭亭。豹尾者,申子辰年在戌,巳酉丑年在未,寅午戌年在辰,亥卯未年在丑。其沖名黃幡。大將軍,三年一移,孟歲以午、仲歲以未、季歲以申加太歲天罡不是也。捷法:寅卯辰年在子,巳午未年在卯,申酉戌年在午,亥子丑年在酉。
月將を占時に加えて盤を轉じ、「神后」(子)の落つる處即ち「亭亭」の位なり。「豹尾」の排法は:申子辰年は戌に在り、巳酉丑年は未に在り、寅午戌年は辰に在り、亥卯未年は丑に在り。豹尾と相沖する其の一位を「黃幡」と曰う。「大將軍」は三年に一度位を移し、舊法は孟年は午を用い・仲年は未を用い・季年は申を用いて太歲の上に加えて取る、天罡を用いて加ゆるは不對なり。簡捷の算法は:寅卯辰年は子に在り、巳午未年は卯に在り、申酉戌年は午に在り、亥子丑年は酉に在り。
以上三神俱宜大將居之,又以天上亥為大將軍,卯為左將軍,酉為右將軍,子為後將軍,五將各因時移居其位。如月將加時,天盤亥子臨酉上,正西安營吉,亥臨卯上,正東安營吉。但以亥所臨之方為主,不拘子午卯酉十二方也。如有事,大將居亥下,前後左右分兵總之,大勝。此法出《兵機總要》。
上面のこの三箇の神位は、主將は皆駐紮する可し。別に一法あり:天盤の亥を以て大將軍と為し、卯を左將軍と為し、酉を右將軍と為し、子を後將軍と為し、この幾位の將は各々時辰に随いて本位に移居す。例えば月將を占時に加え、天盤の亥・子が酉の上に臨到せば、即ち正西に営を安んじて吉と為す。亥が卯の上に臨到せば、即ち正東に営を安んじて吉と為す。要するに亥の臨む所の方位を以て主と為し、必ずしも子午卯酉などの十二箇の固定方位に拘泥せず。一旦事有れば、主將は亥の下に居り、前後左右に兵を分かちて拱衛せば、必ず大勝を獲ん。此法は《兵機總要》に出づ。
太陰,天乙後二位是也。月建前一日為除,四日為定,七日為危,十日為開日,為天上除定開危之方。《兵帳賦》云:“青常六合,大梁大火以同居;除定開危,主將其位而喜在。”大梁,酉也。大火,卯也。太陰在太歲後二位也。
言う所の「太陰」は、即ち天乙貴人の後の第二位なり。月建より前に数うて第一天は除日、第四天は定日、第七天は危日、第十天は開日、この四日の對應する位置即ち天盤上の除・定・開・危の方なり。《兵帳賦》に曰く:「青龍・太常・六合と大梁・大火とが同じく一宮に處す。更に除・定・開・危の四位に逢えば、主將が彼處に駐在すれば即ち喜有り。」大梁は酉、大火は卯なり。太陰もまた太歲の後の第二位を取る可し。
《玉帳經》云:“入敵境下營,宜擇善地;上將宜太歲、太陰、大將軍、月建、豹尾、九天之上。”九天者,春寅、夏巳、秋申、冬亥,即戰雄是也。如大將在亥,春臨寅,夏臨巳,秋臨申,冬臨亥。在九天之上,臨雄位可以取勝者。其位分不便,則有背雄向雌之法,安營於戰雄天盤上神也。此為大將而言,若別將,取月支上神方向安營。
《玉帳經》に曰く:「敵境に入りて営を紮らば、好き地方を挑選するを要す。主將は當に太歲・太陰・大將軍・月建・豹尾・九天の幾箇の神位の上に駐るべし。」言う所の「九天」は、春寅・夏巳・秋申・冬亥、即ち「戰雄」なり。例えば大將軍が亥に在れば、春天は寅に臨み、夏天は巳に臨み、秋天は申に臨み、冬天は亥に臨み、九天の上に駐り・雄位に臨めば、即ち能く取勝す。若し其の位置の地形が不便なれば、また「雄を背けて雌に向かう」の辦法有り、即ち営を戰雄の在る天盤上の神の處に安んずべし。これは主將に就て言う。若し別部の將領なれば、即ち月支の上神の指す方向を取りて営を安んずべし。
以上十七神臨處,主將俱宜居之,是在擇者。若《運珠經》之所謂“繹宮利中,明堂利前,玉堂利後。”闕疑以俟高明。
以上一共に十七箇の神の臨む處は、主將は皆駐紮する可し、具體にいずれの一處を取るかは、即ち方を擇ぶ人の斟酌を看れ。至於《運珠經》の説く所の「絳宮は中に居るに利し、明堂は前に居るに利し、玉堂は後に居るに利す」、其の説の來歷は明らかならず、姑く疑を存じ、高明の人の判斷を留待す。
貯營糧草第十一
行兵糧草最居先,月將加時方上看。堆積秦吳為美地,天盤丑未細詳端。兵行而糧食隨之,故大將居方既定,即料理糧草之處。法以天盤丑未下為吉,蓋丑為斗,未為井,糧草居此,永無耗渙之患。秦即未,吳即丑。又必玄武賊盜不臨之地為吉(盜神,正月在卯順行四仲。賊神,春卯、夏午、秋酉、冬子。劫殺,正月在亥,逆行四孟。天盜,春巳夏午秋酉冬子)。
行軍して戰を打つに、糧草は頭等の大事、月將を用いて占時に加えて天盤を轉じ出し、方位を看て以て定むるを要す。堆放するに秦・吳の兩處の分野は即ち好き地方、天盤の丑・未の兩位は細細に推詳するを要す。軍隊が一たび動けば、糧食即ち跟うて上らざるを得ず、故に主將の駐地が一たび定まれば、緊接して糧草の存放の處を安排するを要す。取法は天盤丑・未の臨む下を以て吉と為す、丑の中に斗宿あり・未の中に井宿あり、糧草をここに放れば、永遠に損耗散失の患有る能わざればなり。秦即ち未、吳即ち丑なり。このほかまた必ず玄武と各種の盜賊の神の臨まざる地方を選んで乃ち吉なり。これらの盜賊の神は:「盜神」は正月は卯に在り、四仲の位に順いて輪排す。「賊神」は春は卯・夏は午・秋は酉・冬は子に在り。「劫殺」は正月は亥に在り、四孟の位に逆りて輪排す。「天盜」は春は巳・夏は午・秋は酉・冬は子に在り。
潛伏士卒第十二
設伏如逢子丑神,可藏萬卒沒人尋。卯千酉百宜先備,歇息潛形望丙壬。太歲太陰與月建,又宜潛向大將軍。四神之下藏兵吉,主將亭亭候賊音。糧草既定,又當安歇士卒。天上神后、大吉之下,可藏萬人。太沖之下可藏千人。從魁之下可藏百人。
埋伏を設くるに若し子・丑の兩神に遇上せば、萬名の士卒を蔵り下さる可くして人の察覺する者なし。卯の下は千人を蔵る可く、酉の下は百人を蔵る可し、皆預め安排するを要す。休息して形を蔵さんと欲すれば、即ち丙・壬の兩位を望め。このほか太歲・太陰・月建、および大將軍の位も、また皆潛蔵する可し。この四神の下に兵を蔵るを吉と為し、主將は則ち「亭亭」の位に駐して敵情を等候す。糧草の安排が定まれば、接續して士卒に歇息の處を安排するを要す:天盤「神后」(子)と「大吉」(丑)の下は、一萬人を蔵る可し。「太冲」(卯)の下は千人を蔵る可し。「從魁」(酉)の下は百人を蔵る可し。
又法:凡欲伏兵及避害者,月將加時,可從天上大吉方出,至小吉方而止。轉向傳送上立定,又轉向太沖上處潛伏,敵雖強,莫奈我何。此亦踏罡步斗之意。丙即天盤之巳,壬即天盤之亥,不用遁干。欲安歇潛形,可從天上巳亥下去。《兵帳賦》云:“丙壬憩臥。”是也。
別に一法あり:凡そ兵馬を埋伏しあるいは危害を躲避せんと欲する者は、月將を占時に加えて盤を轉じ、天盤「大吉」(丑)の方より出發し、「小吉」(未)の方に走到して停住し、更に轉じて「傳送」(申)の上に站定し、然る後に轉向して「太冲」(卯)の處に潛伏せば、かくの如くすれば、敵人は再び強しと雖も我を奈何する能わざらん。これ即ち道家の罡を踏み斗を步むの意なり。歌訣の裡の「丙」は天盤の巳を指し、「壬」は天盤の亥を指し、遁干を用いて推せず。安歇して形を蔵さんと欲すれば、即ち天盤巳・亥の臨む下より過ぎよ。《兵帳賦》に「丙壬に憩臥す」と曰う、講ずる所は正にこのなり。
又太歲、太陰、月建、大將軍四神臨方藏兵,大吉,主將則宜居亭亭之下者,神后落處是也。
このほか、太歲・太陰・月建・大將軍のこの四神の臨む方位に兵を蔵るも、また大吉なり。主將本人は則ち當に「亭亭」の下に駐すべし、言う所の亭亭は、即ち「神后」(子)の天盤上の落處なり。
察賊所在第十三
要知賊藏在何處,天目加臨識地分。伏吟兵近反吟遠,若識來方發用評。凡欲知賊何處,當以天目所臨之方定之。天目,春辰、夏未、秋戌、冬丑。假令二月占,戌將加巳,天目在辰加亥,其賊在西北方也。
敵人が何人が何處に蔵るるかを知らんと欲すれば、即ち「天目」の加臨するがいずれの宮かを看よ、これに據りて其の屬する地分を認出す。伏吟課を占得せば、敵兵は近處に在り。返吟課を占得せば、敵兵は遠處に在り。若し敵人がいずれの方向より來るかを知らんと欲すれば、即ち初傳發用を評斷せよ。凡そ敵人の何處に在るかを知らんと欲すれば、皆當に天目の臨む方を用いて以て定むべし。天目は春辰・夏未・秋戌・冬丑なり。例えば二月に課を起こし、戌將を用いて巳時の上に加えれば、天目の辰は便ち亥位に加わり、則ち敵人は即ち西北方に在り。
《玄黃歌》以伏吟課近兵,反吟課兵遠。第觀《兵機總要》云:“天魁加天為陰,反覆反吟也,占賊主立至。”則知反吟兵遠非當云也,“反吟兵近伏吟遠”為是。蓋伏吟者,十二宮各歸本家,兵常未動。反吟則神已離位,互相沖擊,非遠而伏。
《玄黃歌》は伏吟伏吟課を敵兵の近に在りと斷じ・返吟課を敵兵の遠に在りと斷ず。但し《兵機總要》を看るに曰く:「天魁が天上に加わるを陰と為し、反復して相沖すれば即ち返吟、敵を占えば敵人の立刻に到るを主る。」ここから見れば「返吟は兵遠を主る」の説法は不妥、當に「返吟は兵近・伏吟は兵遠」に作るを是とす。伏吟は十二宮が各々本位に歸する、兵馬は通常なお未だ動かざればなり。返吟は則ち諸神は已に位を離れ、彼此對沖す、正に逼近にして遠伏にあらざるなり。
賊之來方,則初傳定之,如初傳見火從南來,見金從西來,見水從北來,見木從東來。《兵帳賦》云:“欲知賊方位,當看初傳五行,火作南兵,土神乃從於四季。初傳木位,其謀必於東瞑。”此法雖出古人,尚欠通順,不若以游都等神臨處定之為是。
敵人の來る方向は、初傳を用いて以て定む:初傳が火に屬すれば、南方より來る。金に屬すれば、西方より來る。水に屬すれば、北方より來る。木に屬すれば、東方より來る。《兵帳賦》に曰く:「敵人の方位を知らんと欲すれば、即ち初傳の五行を看よ:火に屬すれば南方の兵、土に屬すれば則ち四季の隅より來り、初傳が木位に落つれば、圖謀は必ず東方より出づ。」この法子は雖も古人に出づれど、卻ってなお順暢ならず、遊都などの神の臨む處を用いて判定するに如かず更に妥當なり。
途中前後疑逢賊,大吉加臨定識真。丑到坎離賊卯下,如臨辰戌伏登明。寅申定是居參宿,丑未應知匿軫星。卯酉從魁須隱伏,若臨巳亥丑中尋。他行旺相來沖擊,設法抽軍別路行。
行軍途中に前後に敵有りと懷疑すれば、「大吉」(丑)の加臨する處を用いて即ち認準する能し。丑が坎(子)・離(午)の位に落到すれば、敵人は卯の下に在り。丑が辰・戌に臨めば、敵人は「登明」(亥)の下に伏す。丑が寅・申に臨めば、敵人は一定に參宿の屬する申位に在り。丑が丑・未に臨めば、即ち敵人の軫星の屬する巳位に蔵るるを知る。丑が卯・酉に臨めば、敵人は「從魁」(酉)の下に隱伏す。丑が巳・亥に臨めば、即ち丑の中に到りて尋ぬべし。若し敵人が正に旺相の氣に當りて來りて衝撃せば、即ち設法して隊伍を抽き走り、別に別路を擇びて行軍するを要す。
《神樞經》云:“欲知賊方,以大吉推之。”《兵帳賦》並諸書俱視二吉,似太繁瑣,只看五字為捷:丑加子午賊卯下(子午,坎離之卦也),臨辰戌在或亥下(登明亥也),臨寅申賊在申(參,申中宿也),臨丑未賊在巳下(軫,巳中宿也),臨卯酉賊在酉下(從魁,酉也),臨巳亥賊在丑下。若賊之所在是當季旺相方來沖擊我,其鋒不可擋,最宜避之。假令夏占,丙寅日伏吟,大吉臨丑,賊居旺地,宜擇吉地避之,餘仿此。
《神樞經》に曰く:「敵人の方位を知らんと欲すれば、大吉を用いて推せ。」《兵帳賦》と其他の各書は皆兼ねて大吉・小吉の兩神を看る、似乎ただ繁瑣なり、其の實ただ五箇の字を看るを最も便捷と為す:丑が子・午に加われば、敵人は卯の下に在り、子午即ち坎離の兩卦の位なり。丑が辰・戌に臨めば、敵人は亥の下に在り、登明即ち亥なり。丑が寅・申に臨めば、敵人は申に在り、參宿は申に屬す。丑が丑・未に臨めば、敵人は巳の下に在り、軫宿は巳に屬す。丑が卯・酉に臨めば、敵人は酉の下に在り、從魁即ち酉なり。丑が巳・亥に臨めば、敵人は丑の下に在り。倘若敵人の所在の處が正に本季の旺相の方に當りて來りて我を衝撃せば、其の鋒芒は擋る能わず、最も避くるを好し。例えば夏天に課を起こし、丙寅の日に伏吟を得、大吉が丑の上に臨めば、丑土は夏に於て相を為し・旺地に居す、即ち別に吉地を擇びて躲避すべし、其余の情形はこれに照らして類推せよ。
探賊消息第十四
探賊消息從耳目,丑未之神天耳明,卯酉二神為地目,相探四處最為真。即之賊之所在,欲從旁察其端的,則以丑未所臨方下探之(以丑未為天耳故也);探訪密事,須於卯酉神臨方下探之(以卯酉為地目故也)。
敵人の消息を探聽するは「耳」「目」の兩組の神を靠むを要す:丑・未の兩神は天耳、最も能く聽き明白す。卯・酉の兩神は地目。こ四處に到りて打探せば、得る所の消息は最も真實なり。旣に敵人の所在を知り、また傍より確切の情形を察明せんと欲すれば、即ち丑・未の臨む方位の下に到りて探せ、丑未は天耳なればなり。機密の事を打聽せんと欲すれば、必ず卯・酉の臨む方位の下に到りて探るを要す、卯酉は地目なればなり。
外太陰下不可探,白虎、閉口下不可探,蓋太陰為陰私蔽匿之神,白虎為傳凶截路之殺,閉口則無有與我言者(旬尾加旬首為閉口)。
このほか三處は探りに往く能わず:太陰の下は探る可からず、白虎の下は探る可からず、「閉口」の下もまた探る可からず。太陰は陰私遮蔽隱匿を主る神なればなり、白虎は凶訊を傳播し・路を攔み截撃する凶煞なればなり、而して閉口に遇上せば、即ち人の肯んじて我に口を開きて說話する者なし。言う所の閉口は、旬尾を旬首の上に加うるなり。
遊都察賊第十五
欲識賊來切要推,游都作限用占之。游都加日今將到,前之一位在明期,二三依次須防禦,若臨前四不侵圍。既得賊之消息,當決其來與不來、有害無害,以預備之。游都臨孟虛信,臨仲半途,臨季速來。天罡加孟仲季,亦如此類推之。若游都臨本支干上,賊本日到。臨前一辰,賊後一日到。臨前二辰,賊後二日到。臨前三辰,賊後三日到。臨第四辰,賊不來也。
敵人が來るか否かを知らんと欲すれば、務めて推算して、即ち「遊都」を取りて界限と作して占うを要す。遊都が日干の上に加われば、敵人は今天到らん。前の一位に加われば、明天到らん。前の二位・前三位に加われば、即ち次いで防備せよ。若し前面の第四位に臨めば、敵人は來りて圍攻せざらん。旣に敵人の消息を得れば、即ち彼が來るか來らざるか・有害か無害かを判定して、好く預め準備す。遊都が四孟に臨めば、消息は假なり。四仲に臨めば、敵人は半路に走到す。四季に臨めば、敵人はすぐに到らん。天罡が孟・仲・季に加わるも、またこの法子に照らして類推せよ。若し遊都が本日の干支の上に臨めば、敵人は當天に到る。前一辰に臨めば、第二天に到る。前二辰に臨めば、第三天に到る。前三辰に臨めば、第四天に到る。前の第四辰に臨めば、敵人は即ち來らず。
都神旺相支干畏,賊勢憑陵難守禦。游都和處喜降卒,畏下難侵大戰時。居在東南災稍重,臨於西北禍當微。不見游都視天乙,臨處還同都將推。子辰巳未加今日,盜賊猖狂疾走似飛。
遊都が旺相の氣を得て加臨し日干日支すれば、正に我方の畏るる所、敵勢は凶猛にして守御し難し。遊都が相生の和順の處に落つれば、喜ばしきは敵兵の來りて降る有らん。其の畏懼し・下神に克制せらるる處に落つれば、敵人は敢えて來侵せず、正に大戰一場すべし。遊都が東南に居れば、兵災は稍や重し。西北に臨めば、禍患は即ち輕し。課中に若し遊都を見ざれば、即ち改めて天乙貴人を看よ、其の臨む處はなお遊都の法子に照らして推斷せよ。若し子・辰・巳・未が本日の干支の上に加われば、敵人の來勢の猖狂・疾走すること飛ぶが如きを主る。
游都加支干旺相而又克干者,主賊勢憑陵,難以克守。若囚死不克,便無凶。《兵帳賦》云:“游都囚死,日辰不克以無凶,以干上下相制而來。”即此意也。若游都囚死,支干無剋制者,賊或不來,有剋制者亦來(假如春丙辰日亥將丑時,順數至辰,見寅為游都,加臨日辰;寅屬木正旺,又克辰土,正所謂“都神旺相支干畏”也。乙酉日丑將巳時,順數至辰見子為游都,子屬水冬旺,加在辰上被克為休地,主賊不來,安妥無虞。都將囚死又無剋制,主賊至,復自遁,如丁丑日子時辰將,巳為游都,加臨丑上,火土相生,游都既囚死又無剋制,故復自遁也)。
遊都が日干日支の上に加わり、旣に旺相の氣に當り・また來りて日干を克する者は、敵勢の凶猛にして人に逼り・固守し難きを主る。若しそれが囚死の地に落ちてまた來りて克せざれば、即ち凶險なし。《兵帳賦》に曰く:「遊都が囚死の地に落ち、日干日支を克せざれば即ち凶險なし。若し干支の上に加わりて上下互相克制せば、敵人は即ち來らん。」講ずる所は正にこの意思なり。若し遊都が囚死にして干支の間にまた克制なければ、敵人は或いは來らざらん。但し克制有る限り、敵人はなおも來らん。試みに三例を擧ぐ:春季丙辰の日、亥將を用いて丑時に加え、順に數うて辰の上に寅を見て遊都と為し、正に日支の上に加臨す。寅は木に屬し、春天に旺に當り、また辰土を克す、這即ち「都神旺相し支干畏る」なり。乙酉の日に丑將を用いて巳時に加え、順に數うて辰の上に子を見て遊都と為す。子は水に屬し、旺は冬天に在り、如今辰の上に加わりてまた土に克され、休地に落つ、敵人の來らず・安然無事を主る。至於遊都が囚死にして克制なくは、敵人は雖も來るもまた自ら退走するを主る:如く丁丑の日・子時に辰將を用い、巳を遊都と為し、丑の上に加臨し、火土相生し、遊都は旣に囚死にしてまた克制なし、故に敵人は來りてまた自己に遁走す。
又游都休囚加旺相地,賊攻城池;若得勾陳剋制游都者,賊兵必敗,不剋制亦不敗(假如二月甲子日子時戌針,以戌加子,順數至卯見丑為游都土死木旺,是游都以死加旺地,主賊攻城池,幸而太沖乘勾陳克游都之土,賊所以敗)。
別に一種の情形は遊都が本身休囚にして、卻って旺相の地に加われば、敵人の要して城池を攻打するを主る。この時若し「勾陳」の遊都を克制する有れば、敵兵は必ず敗れ、若し克制なくは敵人もまた未必敗れず。例を擧げて言えば:二月甲子の日・子時に戌將を用い、戌を子の上に加えて順に數う、卯位に到りて丑を見て遊都と為す。丑土は春天に於て死地に處し、而して卯木は正に旺なり、這即ち遊都が死氣を以て旺地に加わる、敵人の來りて城池を攻むるを主る。幸いに卯の上の「太冲」が勾陳に乘じ、木は遊都の土を克す、故に敵人は終歸敗退せん。
上下相生為喜,游都加臨上下相生,主有降卒。若游都加支干,為下所克,便是畏下,宜戰鬥。《兵帳賦》云:“好鄉不戰,畏則交鋒。”是也(如丙辛二日以寅為游都,臨亥子地,水木相生喜也,主不戰而降。若游都被下神剋制可戰,戰必賊敗,故曰“難侵”、“畏下”,是賊難來侵我也)。
遊都の上下相生は可喜の象なり:其の加臨する處が上下相生すれば、敵兵の來りて投降する有るを主る。若し遊都が日干日支の上に加わりて下の神に克住せられれば、那就是「下を畏る」、正に出戰するに宜し。《兵帳賦》に「好鄕に落つれば即ち戰わず、畏るる所に落つれば即ち交鋒す」と曰う、講ずる所は正にこのなり。例を擧げて言えば:丙の日・辛の日は寅を以て遊都と為し、寅が亥・子の地に臨めば、水は木を生ず、正に相生の可喜の象、敵人の戰わずして降るを主る。若し遊都が下神に克制せられれば、即ち打つ可く、打てば敵人は必ず敗れん、故に「侵し難し」「下を畏る」と曰う、意思是敵人の難く以て我を侵犯するを來さざるなり。
又月將加時,干支上與課傳不見游都,謂離日遠也。則視天乙臨處,一如游都之法,若天乙又離日遠,主賊已往他境不來。又月將加時,干支上見子、辰、巳、未臨日辰,主賊到自回。
更に一種の情形有り:月將を占時に加えて盤を轉じた後、日干日支の上および四課三傳の中に皆遊都を見ず、這即ち「日を離るること遠し」と曰う。この時即ち改めて天乙貴人の臨む處を看て、斷法は完全に遊都の法子に照らす。若し天乙もまた日干日支を離るること甚だ遠ければ、敵人の已に別の境地に往き・不會再來を主る。別に、月將を占時に加えた後、日干日支の上に子・辰・巳・未の臨壓を見れば、敵人は雖も來れども、また自ら退回せんを主る。
疾如飛,言疾走如飛也。“居在東南災稍重,臨於西北禍當輕。”此二句不知所謂,蓋出自《兵機總要》,故存之。
歌訣の裡の説く「疾如飛」は、即ち敵人の跑るること飛ぶが如く快きを形容す。至於「東南に居れば災稍や重し、西北に臨めば禍當に輕し」の這兩句は、其の依據する所を知らず、大概は《兵機總要》の裡より抄來せるなり、故に姑くここに保留す。
來兵何勢第十六
欲知敵至是何兵,來處乘神作準衡。子乃輕驃丑步隊,寅為猛健卯車營。旌旗掩映推辰是,騎馬飛奔自午鳴。機械巳多蛇作陣,干戈未妙有羊擎。申善鬥爭酉畫計,戌軍武勇亥雄英。
來犯するはいずれの類の軍隊かを知らんと欲すれば、即ち敵人の來處の乘ずる神を取りて準繩と為せ。子に乘ずるは輕裝の驃騎、丑に乘ずるは步兵の隊伍。寅に乘ずるは凶猛強健、卯に乘ずるは多くは車陣。旌旗の天を遮り日を蔽う者は、推知して辰なり。馬を策して飛奔して來る者は、午より出づ。巳に乘ずるは器械衆多にして・能く蛇形の陣を擺す。未に乘ずるは兵器精妙にして、また羊角形の擎擧の勢有り。申に乘ずるは爭鬥に善く、酉に乘ずるは謀劃に善く、戌に乘ずるは軍士武勇にして、亥に乘ずるは將領英雄なり。
欲知敵勢形狀,則以來處乘神決之,如來處乘子,則為輕驃之兵;乘丑,則為步隊;乘寅猛健;乘卯車營,謂營中多車也,卯又為天駟,若驛馬天馬乘之,則又主馬壯多,則卯又為船;辰龍也,來則旌旗蔽空;午馬也,來則騎馬飛奔;巳主兵多機械,能作蛇陣,以巳蛇也;未主器械精妙,又羊擎,未屬羊也;申善爭鬥,在途間;酉善畫計,在門中;戌為天魁,主武勇;亥為將首,主英雄。
敵軍の形貌氣勢を知らんと欲すれば、即ち其の來處の乘ずる神を用いて判斷せよ。來處が子に乘ずれば、是れ輕裝驃騎。丑に乘ずれば、是れ步兵隊伍。寅に乘ずれば、凶猛強健を主る。卯に乘ずれば、是れ車營、即ち營中の車輛多し、卯はまた「天駟」と曰い、若し驛馬・天馬の其の上に乘ずる有れば、還に馬匹の壯健にして多きを主る、このほか卯もまた以て船と作して看る可し。辰は龍に屬し、來る時は旌旗が空を蔽う。午は馬に屬し、來る時は馬を策して飛奔す。巳は兵器機械の衆多を主り、能く蛇形の陣を布く、巳は蛇に屬すればなり。未は器械の精良を主り、また羊角擎擧の象有り、未は羊に屬すればなり。申は爭鬥に善く、多くは途中に於て交鋒す。酉は籌劃に善く、多くは門戶の内に於て計を用う。戌は「河魁」、武勇を主る。亥は將領の首、英雄豪傑を主る。
賊兵多寡第十七
占賊多寡有三般,或視游都或視干,或視地盤正時上,法亂相宗斷課難。都將近日只論都,都將遠日只論干。有時干上乘空者,正時加減不虛傳。
敵兵の多少を占うに三種の法子有り:あるいは遊都を看、あるいは日干を看、あるいは地盤上の正時を看る。三法は互相に糾纏し、課を判起するに返って爲難なり。其の實取捨は甚だ簡單なり:遊都が日干日支に靠近せば、即ちただ遊都を論ず。遊都が離るること遠ければ、即ちただ日干を論ず。萬一日干の上に空亡に乘ずれば、那就正時を用いて加減推算し、這一訣は確かに虚ならず。
察賊多寡,有視游都者,有視干者,有視地盤正時者。雖以決斷,不如都近日則以都將上下盤定之。都將離日遠,則以日干上下盤定之;至於干上逢空,則以正時上下盤定之。其言加減者,謂看五行旺相休囚加減論也,如旺則進,相則倍,休言本數,死因減半。數甲己子午九,乙庚丑未八,丙辛寅申七,丁壬卯酉六,戊癸辰戌五,巳亥五之數。
敵兵の多少を察するに、人あるいは遊都を看、人あるいは日干を看、人あるいは地盤の正時を看る。雖も皆判斷する能くするも、然るにこの如く取るに如かず:遊都が日干に靠近せば、即ち遊都の天地盤上下の數を用いて以て定む。遊都が日干を離るること遠ければ、即ち日干の上下盤の數を用いて以て定む。至於日干の上が空亡に落つれば、即ち正時の上下盤の數を用いて以て定む。言う所の「加減」は、五行の旺相休囚に按じて數目を增減す:旺に當れば即ち上に一等を進め、相氣を得れば即ち加倍し、休に處すれば即ち本數を用い、死地に落つれば即ち一半を減ず。各支の先天數は:甲己與子午は九、乙庚與丑未は八、丙辛與寅申は七、丁壬與卯酉は六、戊癸與辰戌は五、巳亥は五なり。
《玄黃一秤金》專以游都決之,歌云:“戰賊多寡如何定,須看游都一決之。旺相休因分增減,先天上下合乘除。再兼亥子支干位,支上雖微干有餘。”假如春占,游都在寅,丑八數,寅七數,七八五十六,此先天數也。但在上無氣,減半言之,若五十六則作則二十八也。如旺則為五萬六千,相則為五千六百,本數五百六十,或只五十六。又亥子加干上,賊數寡也。後二法的。
《玄黃一秤金》は專ら遊都を用いて以て斷ず、その歌訣に曰く:「敵兵の多少を定めんと欲すれば、須らく遊都の一決を看るべし。旺相休囚に按じて增減を分かち、先天數を上下に相乘相除し。更に兼ねて亥・子の日支に落つるか日干に落つるかを看よ、日支に落つれば雖も少なく、日干に落つれば即ち餘有り。」例を擧げて言えば:春天に課を起こし、遊都が寅に在り、寅の臨む所の丑は八數、寅は七數、七八相乘じて五十六を得、這即ち先天の數なり。但しそれが上に於て氣なければ、即ち減半して説くを要し、五十六は便ち二十八と作す。若し旺に當れば、即ち五萬六千と作す。相氣を得れば、五千六百と作す。本數即ち五百六十、あるいはただ五十六を算すのみ。このほか亥・子が日干の上に加われば、敵兵の數目は即ち少し。後面の這兩種の法子は最も準確なり。
賊勢强弱第十八
游都旺剋日辰強,無克休囚弱不揚。蛇虎同臨主猛烈,都方互制定柔剛。乘凶更值空亡地,人馬雖多不是強。多寡,賊數也;強弱,賊勢也。不知強弱,何以禦敵?然亦不離游都決之,如都將乘旺剋日辰,主賊勢強大;不克日辰而又休囚,則賊勢弱而氣不揚矣。蛇虎乘都又日辰,將師士卒懼猛。若都方上下刑剋相乘,主賊半柔半剛。若雖乘蛇虎凶將而值空,則人馬雖多,亦終不足為強也。
遊都が旺に當りまた日干日支を克せば、敵勢は即ち強し。克せず而且休囚なれば、敵勢は即ち弱し、氣燄は張らず。若し「螣蛇」「白虎」が一同に臨壓せば、敵人は猛烈なり。遊都と臨む所の方と互相克制せば、即ち其の柔か剛かを分辨するを要す。若し凶將に乘じてまた空亡の地に落つれば、敵人はたとい再び人馬多しと雖も、また算して強を爲すに足らず。言う所の多寡は、敵兵の數目。言う所の强弱は、敵人の氣勢。强弱を知らざれば、何を憑りて敵を御せんや。斷法はなおもとより遊都を離れず:遊都が旺氣に乘じて日干日支を克すれば、敵勢の強大を主る。日干日支を克せず而且休囚に落つれば、則ち敵勢は即ち弱く・氣燄は揚がらず。螣蛇・白虎が旣に遊都に乘じまた日干日支に乘ずれば、敵方の將帥士卒は皆凶猛にして懼る可し。若し遊都と臨む所の方と上下相刑相克すれば、敵人の半柔半剛を主る。若し雖も螣蛇・白虎のこれら凶將に乘ずるも、卻ってまた空亡に落つれば、則ち人馬雖も多く、終究に以て強を爲すに足らず。
