Libo

兩軍對陣第二十五

明 · 佚名 · 第7巻 / 10

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

兩軍對陣欲交鋒,先看軍容用計攻。陣是圓形宜用火,若教方體木當從。旗幟忽然青作色,也須白旄往前沖。更審八方誰出馬,克刑擇吉誰張弓。

兩軍が對陣して將に交鋒せんとす、先ず對方の軍容を看て而して後に何の計策を用いて攻むるかを定む。敵陣が圓形に擺すれば金に屬す、我は即ち火形の陣を用いて往きて破れ。敵陣が方形に擺すれば土に屬す、我は即ち木形の長陣を用いて中より破れ。敵人の旗幟が忽然一率に青色を用ゐれば、那是木氣、我は即ち白旄白甲を用いて冲り上がるを要す。なお審明して敵人が八方のいずれの一方より出馬するかを看よ、我便ち相克・相刑に按じて吉門を擇取し、對應する方位より弓を張りて迎戰す。

主客既定,勝負已明,則於交陣欲戰之時,夫得無作用哉?於是觀其軍容若何,始出奇以應之。軍容者,軍之陣勢與旗幟形色也。如敵陣作圓形,此金陣也,我則排尖陣以破之(尖者火也,取火克金);如敵陣方形,如土陣也,我則排成長陣以破之(長者木也,取木克士);如敵陣所張旗幟衣服,皆純青色,則是木氣,我即用白旗白甲以應之(白,金色,金克木);五方之色,以克彼者為勝。

主客は旣に已に分定し・勝負も已に明白なれば、那麽兩陣の相交る將に開戰せんとする時に到り、豈に施爲する可きの處なからんや。是に於て敵人の軍容の如何を觀察して、乃ち奇を出して勝を制するを好し。言う所の軍容は、即ち軍隊の陣勢形狀と旗幟衣甲の顏色。例えば敵陣が圓形に擺すれば、圓は金に屬す、我は即ち尖形の陣を排出して往きて破れ、尖は火に屬し、火の金を克するを取るなり。敵陣が方形に擺すれば、方は土に屬す、我は即ち長形の陣を排出して往きて破れ、長は木に屬し、木の土を克するを取るなり。敵人の張る所の旗幟衣服が全て純青色なれば、那是木氣、我は即ち白旗白甲を用いて彼に應ず、白は金色、金は木を克す。要するに五方の顏色は、能く對方を克する其の一色を以て取勝す。

四方,八卦之方位也。當用奇門休、生、傷、杜、景、死、驚、開,如八卦位,看敵在何方出馬,我則取克彼刑,彼出吉門以接刃(如彼自死門來,我從生門出應,是擇吉也。如彼自兌位出馬,我從離位張弓,是克他也)。刑是十二支之三刑。

歌訣の説く所の「八方」は、即ち八卦の方位。當に奇門の休・生・傷・杜・景・死・驚・開の八門に配合し、八門は正に八卦の位に對す。敵人がいずれの一方より出馬するかを看て、我便ち能く彼を克し・能く彼を刑する方位を取り、吉門より出でて彼と交鋒す。例えば敵人が死門の方向より來れば、我は即ち生門より出でて應戰す、這是吉を擇ぶなり。敵人が兌位より出馬すれば、我は即ち離位より弓を張れ、離火は兌金を克す、這是彼を克するなり。ここに言ふ「刑」は、十二地支の間の三刑を指す。

以實擊虛虛擊實,因奇用正正還奇。彼勞我逸攻宜急,我眾他微可用圍。兵法云:“實者虛之,虛者實之。”如敵空虛,我以實擊之,是實擊虛也,如敵實我設虛以擊,是虛擊實也(如玄德因劉璋之弱而得益州,是以實擊虛之事。張飛以二十騎拖柴揚塵退曹兵百萬,是以虛擊實之事)。

用兵は實を以て虚を擊ち・虚を以て實を擊つを要す、敵人が奇を用ゐれば我は即ち正を以て相因す、敵人が正を用ゐれば我は即ち彼に還して以て奇と爲す。對方が遠來して疲勞し我軍が逸を以て勞を待てば、即ち急攻すべし。我衆にして敵寡なれば、即ち圍みて之を困らしむ可し。兵法に曰く:「實のは虚と裝り、虚のは實と裝るべし。」敵人が空虚なれば、我は實力を以て往きて打つ、這就是實を以て虚を擊つなり。敵人が充實なれば、我は虚勢を擺し出して往きて打つ、這就是虚を以て實を擊つなり。例えば劉備が劉璋の勢弱に趁りて益州を取得したるは、即ち實を以て虚を擊つの例子。張飛が二十騎を用いて樹上に柴枝を拖りて塵土を揚げ、曹操の百萬大軍を嚇退したるは、即ち虚を以て實を擊つの例子なり。

敵設奇,我因其奇而擊之以正(如曹操遣蔡瑁詐降周瑜,而周瑜遂因以奇破曹操)。敵用正來,我破其正而擊之以奇(如韓信拔趙之類)。彼軍遠來,是勞也,我宜急攻之。彼兵寡將微,是我宜圍之,以俟其自敗。其虛虛實實、奇奇正正,妙用多端,不可一言而盡也。

敵人が奇計を設くれば、我は即ち其の奇計に順いて正兵を以て彼を擊破す、例えば曹操が蔡瑁を派して周瑜に詐降せしめ、周瑜は返ってこれに借りて奇計を用いて曹操を大破したるが如し。敵人が正兵を以て來攻せば、我は即ち其の正兵を破りて奇兵を以て取勝す、例えば韓信が趙國を攻取したるの一類の戰例の如し。對方が遠道より來るは、是れ「勞」、我方は即ち急攻すべし。對方が兵少なく將弱ければ、我方は即ち彼を圍んで、其の自己に潰敗するを待て。こ裡頭の虚虚實實・奇奇正正は、妙用變化すること極めて多く、一句の話に説き盡くす能わざるなり。

銳氣勿攻衰氣勝,亂宜擊整懈精追。洿下正當澭水浸,順風切記逞炎威。兵法曰:“銳氣勿擊。”銳氣,朝氣也,士卒在朝,其氣方銳,至午後則衰矣,擊之則勝。亂,軍之行伍陣法紊,我以整擊之,則勝。懈,彼軍志氣懈怠,我軍精猛,擊之則勝。如彼軍站立洿下,我於上流空水以灌之。如臨陣以順風,宜用火燒,此人事之作用,不筮祝而知者。

敵人の銳氣が正に盛なれば打つ勿れ、其の氣の衰へるを待ちて打てば即ち勝てん。敵陣が混亂すれば即ち整齊の師を以て往きて擊て、敵軍が懈怠すれば即ち精銳の師を以て往きて追へ。敵人が低窪の處に駐れば、正好に上流より水を放りて彼を淹れよ。臨陣して順風を得れば、切に火を放りて威を逞しむるを記れ。兵法に「銳氣は擊つ勿れ」と曰ふ、銳氣即ち早晨の氣:士卒は清晨に於て氣勢正に銳く、午后に到れば即ち衰ふ、其の時に彼を打てば即ち勝てん。言う所の「亂」は、敵軍の行伍陣法の紊亂する、我は整齊を以て往きて打てば即ち勝てん。言う所の「懈」は、敵軍の志氣の松懈する、我軍は精銳勇猛にして、往きて打てば即ち勝てん。若し敵軍が低窪の地に站れば、我は即ち上流に於て水を決りて彼を灌げ。若し臨陣して風の刮るは順風なれば、即ち火を放りて彼を燒くに宜し。これら皆人事の上の作爲、占卜を用ゐずとも明白なり。

若用六壬,依《兵機總要》訣例占之:“發用雌雄定輸贏,勝負初傳天下評。年命支上空虎勝,本行貴旺武衰贏。勾陳玄武攻方利,陳覆攻方責克亨。日辰武傷時克武,季贏孟敗視罡星。”此總要占訣也,注見前《主客勝負》篇內。

倘若六壬を用いて占はんと欲せば、即ち《兵機總要》の訣例に依れ:「發用は戰雄か戰雌か、輸赢を定め、勝負は全て初傳を憑りて評斷す。行年本命と日支の上とに空亡に落ち・白虎を見る一方は返って能く取勝す。本命の行く所は貴神が當旺にして玄武が衰弱の一方は赢を獲る。勾陳・玄武の所在するは攻むる所の方に利し。勾陳が攻むる所の方を覆壓し、能く克せば即ち通達す。日干日支が若し玄武に傷せらるれば、即ち占時をして來りて玄武を克せしむるを要す。天罡が四季に落つれば則ち赢ち・四孟に落つれば則ち敗れ、全て罡星を看れ。」這就是《兵機總要》の占訣、其の註解は前面の《主客勝負》一篇の內に見よ。

急出從神第二十六

急密發兵從急神,私門卯下用機深。旺與克玄方莫去,須向天罡與太陰。占者用兵遣將,約戰,此正體也。設未陣之先,猝有不虞,則速急發兵應之,當統兵向六合與太沖下(以備六合為私門,太沖卯也)。至干旺方與克我之方、玄武所立之方,都不可往,宜往天罡、太陰之下。

緊急にして隱祕に兵を發するは、「急神」に順いて走り、「私門」卯の下より出發せば、機謀乃ち深し。當令の旺方と玄武を克する其の一方とは皆往く勿れ、必ず「天罡」と「太陰」の下に向かって走るを要す。凡そ兵事を占ふに、將を遣わし期を約して戰ふは、那是正常の路數。假如なお未だ列陣せずして、忽然意外出でば、即ち急ぎ兵を發して應付するを得、此の時當に兵を統べて「六合」と「太冲」の下に向かって走るべし、六合は私門、太冲即ち卯なればなり。至於日干の當旺する方・我を克する方および玄武の立つ所の方は、皆往く可からず、宜しく天罡と太陰の下に往くべし。

占賊去留第二十七

賊兵去否斗罡尋,孟未仲季季遠奔。大吉過干賊已出,未過潛住欲來侵。夫既定勝負而後戰,則賊必棄甲曳兵而走矣。然猶疑其未去,則以斗罡定之。斗罡,即天罡也。月將加時,斗罡加孟,賊未去;加仲,將發;加季,已遠奔矣。《兵機總要》云:“加季如今過遠出”是也。

敵兵は到底走り去ったか否かを知らんと欲すれば、即ち「斗罡」を尋ぬよ:四孟に加われば、なお未だ走らず。四仲に加われば、正に身を動かさんとす。四季に加われば、已に遠く逃げ去れり。若し「大吉」(丑)が日干を越え過ぎれば、敵人は已に界を出でり。越え過ぎざれば、敵人はなお近處に潛伏し、再び來りて侵犯せんと想ふ。旣に已に勝負を定めて而して後に交戰せば、敵人は必定に盔を丟げ甲を棄てて逃跑せん。但しなお其の真に走らざるを疑心せば、即ち斗罡を用いて判定せよ。斗罡即ち天罡なり。月將を用いて占時に加えて盤を轉ぜ:天罡が四孟に加われば、敵人は未だ去らず。四仲に加われば、將に出發せんとす。四季に加われば、已に遠遁せり。《兵機總要》に「季に加われば如今遠く出で過ぎり」と曰ふ、即ちこの意思なり。

又《靈匣經》云:“大吉加於干前一神,是謂過干,賊已過關;如未過,則賊潛住,尚欲來侵我”(假令甲子日,大吉加卯,是過干,賊已出界。若臨寅或臨丑,是未過關,賊尚未出)。

《靈匣經》に別に一説有り:「大吉が日干の前面の第一位の神の上に加われば、即ち『過干』と曰ふ、敵人は已に關を過ぎり。若しなお未だ過ぎざれば、敵人は近處に潛伏し、還に來りて我を侵犯せんと想ふ。」例を擧げて言へば:甲子の日、甲は寅宮に寄せ、大吉が卯の上に加われば即ち過干、敵人は已に邊界を出でり。若し大吉が寅に臨みあるいは丑に臨めば、即ちなお未だ關を過ぎず、敵人はなお未だ境を出でず。

分兵追襲第二十八

魯都臨處知賊去,陰空臨之不可圍。魁罡如入遭囚繫,魯勾相生賂釋賊。兵言窮寇勿追,若欲追之,則當以魯都看賊之所息。《經》云:“游都察賊至,魯都察賊歸。”是也。游都沖處即魯都,魯都臨支,賊尚在近處;若臨干去日又遠,賊已遠去,不可追,即因天罡加孟仲季決之亦是。

「魯都」の臨む所の處を以て、即ち敵人のいずれの處に往けるかを知る可し。若し「太陰」と空亡とが其の上に臨めば、即ち圍みに往く可からず。魯都が若し「河魁」「天罡」の下に落入すれば、追ひ往けば返って囚繫せられん。魯都が若し「勾陳」と相生せば、那是人の賄賂を受けて敵人を放走せしめたるなり。兵法は「窮寇は追ふ勿れ」と講ず、若し一定要して追はんとすれば、即ち魯都を用いて敵人の歇息する處を看るを要す。《經》の上に曰く:「遊都は敵の來るを察し、魯都は敵の歸るを察す。」正にこの意なり。遊都と相沖する其の一位即ち魯都:魯都が日支に臨めば、敵人はなお近處に在り。若し日干に臨みてまた日を離るること遠ければ、敵人は已に遠く走り、再び追ふ可からず。天罡を用いて孟・仲・季に加えて判斷するも、結論は一樣なり。

若魯都入空地,並太陰之下,不可見;太陰為陰私藏匿;空亡,入空。斗者,天罡也,天罡為牢獄之所;魁,天魁也,天魁為幽禁河之地,賊入其下,必遭囚擊。至於分我軍之法,擇吉神將之方,並刑剋魯都之方便是。又有魯都生勾陳,為捉人受賂而釋賊之說。

若し魯都が空亡の地に落進み、あるいは「太陰」の下に落ちれば、敵人は見えざらん:太陰は陰私藏匿を主り、空亡は則ち落空なり。「斗」は天罡を指し、天罡は牢獄の所。「魁」は天魁(戌)を指し、天魁は幽禁の地。敵人が若しこの兩處の下に逃げ入れば、必定に囚禁擒獲せられん。至於兵を分かちて追擊するの辦法は、即ち吉神吉將の所在する方位、および能く魯都を刑克する方位を選んで往きて追へ。別にまた一種の説有り:魯都が勾陳を生ずれば、人を捉へた後に賄賂を收めて、また敵人を放掉するを主る。

伏兵前後第二十九

恐賊埋兵居要程,支干上決最通靈。巳申子卯來覆立,寇敵奸心布伏兵。旺相帶刑逢必戰,空亡體廢不來爭。干傷在前支傷後,支干俱損莫驚沖。日行險隘,恐人謀害,當以日辰時三處決之,日傷勿在前,辰傷勿在後,時傷勿在中(此與前《兵機》、《心鏡》合,但彼不取時耳)。

敵人の必經の要道上に埋伏せんことを擔心すれば、日干日支を用いて判斷するを最も靈驗と爲す。巳・申・子・卯の四神が覆壓して上れば、即ち敵寇の心懷奸詐・伏兵を布きたるなり。こ四神が若し旺相に當りまた刑を帶ぶれば、遇上すれば必定に打たん。若し空亡に落ち・氣數廢絶せば、來りて相爭はざらん。日干が傷を受くれば、伏兵は前に在り。日支が傷を受くれば、伏兵は後に在り。日干日支が皆損を受くれば、即ち貿然と衝擊する勿れ。行軍して險要の隘口を經過し、人の圖謀加害せんとする有らんを怕れば、當に日干・日支・占時のこ三處を用いて判斷すべし:日干が傷を受くれば前面を走る勿れ、日支が傷を受くれば後面を走る勿れ、占時が傷を受くれば中間を走る勿れ。これ前面の《兵機總要》《六壬心鏡》の説法と一致す、ただ彼の兩家は占時を取らざるのみ。

又曰,斗罡加孟勿在前,加仲勿在中,加季勿在後。若天罡加日辰,必有惡人躡我蹤跡,宜急去。

別に一説有り:天罡が四孟に加われば、隊伍の前面を走る勿れ。四仲に加われば、中間を走る勿れ。四季に加われば、後面を走る勿れ。若し天罡が日干日支に加臨せば、一定に歹人の我軍の行蹟を跟蹤する有らん、當に急ぎ離開すべし。

渡關覘賊第三十

見賊行程渡關方,行年歲月日沖難。支干上將休囚惡,旺相相生去即安。魁罡蛇虎尤當忌,向國方門要細研。渡關,謂我軍欲渡彼境,覘聽賊所虛實,先看大將行年本命,不可與太歲日月沖破相剋,即在太歲日月沖破,亦不可輕去。《經》云:“凶不凶,視破沖。”是也。破神,子破酉、卯破子之類。沖,十二宮對沖。

敵人の行止を探明せんと欲せば、關を越え境を渡るを要す。此の時行年が若し太歲・月建・日辰に沖せらるれば、難有らん。日干日支の上の神將が休囚に落つれば好からず、旺相を得また相生すれば、往けば平安なり。「河魁」「天罡」「螣蛇」「白虎」はなかんずく忌むを要し、往く所の國・向かふ所の方・出づる所の門は皆細細に研究するを要す。言う所の渡關は、我軍の對方の境內に渡りて、窺探打聽して敵方の虛實を探るなり。先ず主將の行年本命を看て、太歲・月建・日辰と相沖破・相克す可からず。たといただ太歲・月建・日辰の沖破する方位に身を處するのみなるも、また輕々しく前往す可からず。《經》の上に「凶か凶ならざるかは、破と沖とを看よ」と曰ふ、即ちこの道理なり。言う所の「破神」は、子の酉を破り・卯の子を破るの類の如し。言う所の「沖」は、即ち十二宮の對沖なり。

《玉門經》曰:“差人覘賊虛實,日辰上見旺相之神,更與日辰相生者吉;見休囚之神,又與日辰相剋,則不可去。”

《玉門經》に曰く:「人を派して敵方の虛實を窺探せしむるに、日干日支の上に旺相の神を見、而且日干日支と相生する者は、吉なり。若し休囚の神を見、また日干日支と相克すれば、那就派し往く可からず。」

蛇,螣蛇;虎,白虎;魁罡,辰戍也;若辰戌乘蛇虎二神加支干年命上,或加去方門上尤最忌(方,所至之方也;門,去使所出之門也)。

歌訣の裡の「蛇」は螣蛇、「虎」は白虎、「魁罡」即ち辰・戌の兩支なり。若し辰・戌が螣蛇・白虎のこ兩將に乘じて、日干日支あるいは主將の行年本命の上に加え、あるいは往く所の方位と出づる所の門の上に加われば、那是最も忌諱するを要す。ここに言ふ「方」は往かんとする所の方位を指し、「門」は使者の出發する走る其の一道の門を指す。

行年歲月日沖否。若向沖陰有慶還,亥午罡臨人宅吉,出軍玄武畏方難。主將行年若在太歲、月建、日沖下,不可去(一作差人行年)。此《玉門經》斷法,《玉曆鈐》作“本命行年,忌見日辰上對沖之神。”

なお行年に太歲・月建・日辰の沖する有るか否かを看るを要す。若し「太冲」と「太陰」の方向に向かって往けば、即ち喜慶有りて歸らん。亥・午と天罡とが日干日支の上に臨むは吉なり。出兵すれば難くは玄武の畏るる方位に在り。主將の行年が若し太歲・月建・日辰の沖する下に落つれば、即ち前往す可からず、別の一傳本は説くは所派する人の行年なり。これは《玉門經》の斷法。《玉曆鈐》は則ち「本命と行年とは、日干日支の上の之と對沖する神を見るを忌む」と作す。

沖,太沖也;陰,太陰。歲後二位是太陰,太沖臨處可去,有喜。還,回還也。《玉帳經》云:“令人探賊,出天上太沖下,則人鬼不見,又宜太陰之上探之。”正此意也。

歌訣の中の「冲」は「太冲」(卯)を指し、「陰」は「太陰」を指す。太陰は太歲の後の第二位を取る。太冲の臨む所の處は往く可く、往けば喜有り。「還」は回還の意思なり。《玉帳經》に曰く:「人を派して敵を探らしむるに、天盤太冲の下より出づれば、人も鬼も彼を見えず。また宜しく太陰の上に於て打探すべし。」正にこの意思なり。

人宅,即日辰也。《玉門經》云:“日辰上得登明、天罡、勝光,宜急去。”玄武畏方,是克玄武之方也。《靈匣經》曰:“玄武乘神能制所往之方,出兵大勝。乘神畏所往之方,凶。假令武乘勝光,不宜往北方。”

歌訣の裡の「人宅」即ち日干日支なり。《玉門經》に曰く:「日干日支の上に『登明』(亥)・『天罡』(辰)・『勝光』(午)を得れば、即ち急ぎ身を動かすべし。」言う所の「玄武の畏方」は、能く玄武を克する其の一方なり。《靈匣經》に曰く:「玄武の乘ずる神が能く往かんとする所の方位を制住せば、出兵して大勝す。若し乘ずる神が返って往く所の方位を怕れば、即ち凶なり。例えば玄武が勝光(午火)に乘ずれば、即ち水に屬する北方に往くに宜からず。」

迷路求通第三十一

迷路申辰下可從,三途罡孟左宜沖。仲中季右依之法,陽左宜令陰右通。兩路日良趨左大,辰良右小斷無壅。我軍度關,去國已遠,一時嚮導不及,迷失路途,或二三路相雜,則不可不決也。

路に迷へば、即ち申・辰の下より走れ。三条の岔路に碰上せば、天罡が四孟に加われば左路を走り、四仲に加われば中路を走り、四季に加われば右路を走れ。別に一法ありて天罡が陽支に落つれば左を走り・陰支に落つれば右を走る。若しただ兩条の路なれば、日干が吉なれば左邊の大路を走り、日支が吉なれば右邊の小路を走れ、斷じて毫も窒礙なし。我軍が關を渡りたる後、本國を離るること已に遠く、一時に向導を尋ね得ず、道路を迷失し、あるいは兩三条の路が交交錯して辯じ難し、こは占斷せざるを得ざるなり。

申傳送也,辰天罡也,二神臨方有路,黃帝云:“軍行迷路,若功曹、傳送臨日辰,前路通;天罡蛇虎臨日辰,前路不通。”《兵帳賦》云:“洿泥之地,天罡指處堪行。”又云:“錯迷失路,參角堪前。”參,申宿;角,辰宿。

申は「傳送」、辰は「天罡」、こ兩神の臨む所の方位は路有りて走る可し。黃帝に曰く:「行軍して路に迷へば、若し『功曹』(寅)・『傳送』(申)が日干日支に臨めば、前路は通暢す。若し『天罡』と螣蛇・白虎とが日干日支に臨めば、前路は通せず。」《兵帳賦》に曰く:「低窪泥濘の地は、天罡の指す處より走れば通ず。」また曰く:「路を錯迷せば、參宿・角宿に靠れば即ち前行する能し。」參宿は申に屬し、角宿は辰に屬す。

逢三路,未知從何路,則以天罡加宜孟左去,加仲宜中去,加季右去。《七十二占》同此。陽,六陽之神也,子、寅、辰、午、申、戌,天罡臨此六位,宜往左。陰,六陰之神也,丑、卯、巳、未、酉、亥,天罡臨此六位,宜往右。此又一法。

三条の岔路に遇上し、いずれの一条を走るかを知らざれば、即ち天罡を看よ:四孟に加われば即ち左路を走り、四仲に加われば即ち中路を走り、四季に加われば即ち右路を走れ。《七十二占》の説法はこれと相同なり。言う所の「陽」は、六箇の陽支:子・寅・辰・午・申・戌、天罡がこ六位の上に臨めば、左に往くに宜し。言う所の「陰」は、六箇の陰支:丑・卯・巳・未・酉・亥、天罡がこ六位の上に臨めば、右に往くに宜し。これはまた別の一種の法子なり。

設逢兩路可疑,日上吉可向左道,或大道去,吉。辰上吉,可向右路,或小路去,吉。《兵帳賦》云:“兩歧惑意,日辰左右。”即此之謂也。

假如兩条の路に遇ひて取捨し難ければ、日干の上が吉なれば、即ち左邊の其の一条の路を走り、あるいは大路を走れ、吉なり。日支の上が吉なれば、即ち右邊の其の一条の路を走り、あるいは小路を走れ、吉なり。《兵帳賦》に「兩条の岔路は人をして主意を拿え難からしめば、即ち日干日支を用いて左右を分かつ」と曰ふ、講ずる所は正にこのなり。

昴星俯視關梁杜,猴虎干支有路蹤。若見罡魁蛇虎阻,未虛臨處更休攻。陽日昴星課為仰視,載在起例。凡遇此等課,主關梁杜塞不通。

「昴星」課を占得すれば、即ち關隘橋梁の堵塞の象なり。若し「猴」(申)と「虎」(寅)とが日干日支の上に落つれば、前路は便ち蹤跡の循む可き有らん。若し「天罡」「河魁」と螣蛇・白虎の阻攔するを見れば、未と虛宿の臨む所の處もまた整裝前行するに往く勿れ。陽日の昴星課はまた「仰視」と曰ふ、課を起こすの凡例の裡に記載有り。凡そこ一類の課に遇へば、皆關隘橋梁の堵塞不通を主る。

猴,傳送之屬;虎,寅也。二神臨日辰,前去有路。魁、罡、蛇、虎四神加臨日辰上,前路不通。《兵帳賦》云:“神后多池,小吉阻道。”蓋神后子也,臨處必有水池。小吉臨方有井泉。未,小吉。虛,子中宿也。攻,治,謂治裝前行也。

歌訣の裡の「猴」は「傳送」(申)に屬し、「虎」即ち寅なり。こ兩神が日干日支に臨めば、前面に路有りて走る可し。若し「河魁」「天罡」と螣蛇・白虎のこ四者が日干日支の上に加臨せば、前路は通せざらん。《兵帳賦》に曰く:「神后の處は多く水池有り、小吉の處は道を阻むに會せん。」神后即ち子、其の臨む所の處は必ず水池有らん。小吉の臨む所の方は則ち井泉有らん。歌訣の裡の「未」即ち小吉、「虛」は子の中の宿名なり。「攻」は治辦の意思、指す所は整裝前行す。

中途防截第三十二

遠涉途間怕賊邀,加時占測好推敲。巳申子卯臨支後,立於前路欲指挑。不臨支干兵離遠,如到干支近我巢。旺相帶刑逢必戰,空亡休廢且虛跑。干為大路支為小,勝光之下看哮咆。

遠行の途中に敵人の攔截を怕れば、即ち月將を占時に加えて課を起こして細細に推敲す。巳・申・子・卯が日支に臨めば、敵兵は我の後面に在り。日干に臨めば、敵人は即ち前路に站りて挑釁して戰を要す。こ四神が一箇も日干日支に臨まざれば、敵兵は我を離るることなお遠し。若し已に日干日支の上に到れば、那是我軍の巢穴に逼近せんとするなり。それらが旺相に當りまた刑を帶ぶれば、遇上すれば必定に打たん。若し空亡・休廢無氣に落つれば、不過虚に聲勢を張りて一趟を跑るのみなり。日干は大路を代表し、日支は小路を代表す、更に「勝光」(午)の下に咆哮の勢有るや否やを看よ。

《玄女經》曰:“間關千里,須防邀截。則以月將加時,看丑申卯子。臨支主有兵在我後,臨干主有兵在我前,相挑欲戰也。若此四神不臨支干,兵離我遠,即無邀截矣。如到支干,是欲近我巢穴,宜備之。且看賊神在何方上,如抵旺相,又帶刑殺,此大戰之兆。如抵空亡休廢,不過虛咆一番耳。”勝光,午也,主道路,加干,賊從大路來邀截;加支,賊從小路來劫(此出《兵機天鏡》)。

《玄女經》に曰く:「千里を跋涉すれば、必ず攔截を提防するを要す。即ち月將を用いて占時に加へ、丑・申・卯・子の四神を看よ:日支に臨めば兵の我の後に有るを主り、日干に臨めば兵の我の前に有るを主り、正に挑釁して開戰せんと想ふ。若しこ四神が皆日干日支に臨まざれば、敵兵は我を離るることなお遠く、即ち攔截の患なし。若し已に日干日支に到れば、那是我軍の巢穴に逼近せんと欲す、當に防備すべし。なお敵方の神のいずれの一方に落つるかを看るを要す:若し正に旺相に當り、また刑煞を帶ぶれば、這是大戰の兆なり。若し空亡休廢に落つれば、不過白白と咆哮して一場するのみ。」「勝光」即ち午、道路を主る:午が日干に加われば、敵人は大路より來りて攔截す。午が日支に加われば、敵人は小路より來りて劫掠す。こ一段は《兵機天鏡》に出づ。

覓水求糧第三十三

覓水須求未卯方,劫糧戊已吉臨藏。玄神克處克干得,丑未臨方也最良。

水を尋ぬるは未・卯の兩方に到りて求むるを要し、糧を劫するは則ち本旬に遁出する戊・己の位の上に吉將の隱藏する有るや否やを看よ。「玄武」の乘ずる神の克住する處、あるいは玄武の日干を克するは、皆能く劫し得手す。丑・未の臨む所の方もまた最も好き去處なり。

孫子云:“因糧於敵。”則迢迢關外,非劫何以取足?於是取水則向卯未方大吉。蓋未中有井宿,其下有井泉。其為天漢之源,其下有河,故卯為天河,未為地井。《兵帳賦》云:“尋房井之清泉。”又云:“欲掠他鄉,戊己須逢吉將。”戊已,是以月將加時尋本旬天上戊己,上乘吉將,主得糧也(假如甲子旬戊己在辰巳,若天乙青龍等吉將臨於天盤辰巳之上,出掠必得財)。

孫子は「糧は敵に因る」と曰ふ、那麽關外の千里の地に遠く在りて、往きて劫掠せざれば怎麼樣に供給を充足せんや。故に水を取るは即ち卯・未の兩方に向かって往け、大吉なり。未の中に井宿を含み・其の下に井泉有れば、卯は天漢銀河の源・其の下に河流有ればなり、故に卯を天河と爲し・未を地井と爲すと曰ふ。《兵帳賦》に「房宿・井宿の下に到りて清泉を尋ぬよ」と曰ふ、また曰く「別處を劫掠せんと想へば、戊・己の位は必ず吉將に逢ふを要す」。言う所の戊己は、月將を用いて占時に加えて盤を轉じたる後、本旬の天盤上に遁得する戊・己の位置を尋ぬ。上に吉將に乘ずれば、即ち糧食を得るを主る。例えば甲子旬中に戊・己は辰・巳に遁じ、若し天乙・青龍などの吉將が天盤の辰・巳の上に臨めば、出でて劫掠せば必定に獲有らん。

玄武,賊神也,我要行劫,我即是賊,故要玄武乘神克處劫之;若玄武乘神剋日干,亦可得也。《兵帳賦》云:“潛起掠地,玄武須旺。能制干支,我軍大獲。若居四季,忌甲乙東征;若乘功曹太沖,忌庚辛酉向。”餘同此。

「玄武」は盜賊を主る神なり。我方の往きて劫掠せんと欲するは、我自己が即ち「賊」なり、故に玄武の乘ずる神の克する所の地方を拿りて往きて劫するを要す。若し玄武の乘ずる神が日干を克するも、一樣に能く得手す。《兵帳賦》に曰く:「潛行して土地を劫掠せば、玄武は必ず旺相たるを要す。能く日干日支を制住せば、我軍は即ち大いに斬獲有らん。玄武が若し辰戌丑未の四季土の上に落つれば、即ち甲の日・乙の日に東に向かって出征するを忌む。若し『功曹』(寅)『太冲』(卯)の木神に乘ずれば、即ち庚の日・辛の日に西方の酉位に向かって行動するを忌む。」其余の情形はこれに照らして類推せよ。

若丑未臨方,亦可劫掠。《兵帳賦》云:“欲劫軍糧,向秦吳大獲。”秦,未之分野;丑,吳之分野。我有糧有水,兵有所恃,自此而潛伏劫掠,自此而拔邑攻城,自此而遣行間諜,與敵往來,無有不豫矣。

若し丑・未が某方に臨めば、其の一方もまた往きて劫掠する可し。《兵帳賦》に曰く:「軍糧を劫さんと想へば、即ち秦・吳の兩分野に向かへ、必ず大獲有らん。」秦は未の分野、吳は丑の分野なり。我方に糧有り水有れば、士兵は即ち依恃する所有らん。これより潛伏劫掠する可く、城邑を拔取し・城池を攻打する可く、間諜を派遣する可く、敵人と往來周旋するに、一様として預め籌劃し好き有らざるなし。

潛兵劫掠第三十四

潛兵劫掠最為強,先察三傳端的詳。初為本國中為將,未為外虜乃他邦。初中克末無人境,獲功無劫得財糧。初生末處人逃彼,末若生初賊虜降。三傳獲克休囚位,兩家敵戰盡遭傷。初中囚死末旺相,退兵自守莫驚張。初中旺相末傳死,直搗巢邱鎖逆王。

兵を潛めて劫掠するは最も功效を見る、先ず三傳を細細に察明するを要す。初傳は本國を代表し、中傳は主將を代表し、末傳は外族他邦を代表す。初傳中傳が末傳を克すれば、如同無人之境に入るが如く、劫奪を費やさずとも財物糧草を得る可し。初傳が末傳を生ずれば、我方の士卒は返って敵陣に逃げ往く者有らん。末傳が初傳を生ずれば、敵人は自ら前に來りて投降せん。三傳が彼此相克してまた休囚の位に落つれば、兩家は交戰して皆傷を受けん。初傳中傳が囚死に落ちて末傳が旺相なれば、即ち兵を退きて自守し、張皇する勿れ。初傳中傳が旺相にして末傳が死地に落つれば、即ち直に敵人の巢穴を搗き、叛逆の王を鎖拿して回らん。

此以初傳為中國,中傳為主將,末傳為所攻之國。如初克末傳,是我克他,如入無人之境一般,獲財無數。初傳生末,則我之士卒反有逃入彼陣者。末傳生初,主賊虜自來投降,不但得財而已。若三傳戰相剋賊,彼此俱有傷敗。初中囚死,末反旺相,宜按兵不動。末傳囚死,初中旺相,則直搗丘巢,以鎖叛逆之王來。

ここに初傳を以て中原本國を代表し、中傳を以て主將を代表し、末傳を以て攻めんとする所の其の國家を代表す。若し初傳が末傳を克せば、即ち我の彼を克する、好像無人之境に走り入るが如く、無數の財物を獲得する能し。初傳が末傳を生ずれば、那麽我方の士卒は返って對方の陣裡に逃げ往く者有らん。末傳が初傳を生ずれば、敵人の自己に來りて投降するを主り、不過些の財物を得るのみにあらず。若し三傳が彼此に交戰相克せば、雙方は皆傷亡敗績有らん。初傳中傳が囚死の地に落ちて末傳が返って旺相なれば、即ち兵を按して動かざるに宜し。末傳が囚死に落ちて初傳中傳が旺相なれば、那就直に敵人の巢穴を搗き、叛逆の首領を鎖拿して回らん。

此出《兵機天鏡》,只以三傳分主客勝負,全不計較日辰。愚謂日辰乃三傳本也,豈可只用傳而不用日辰哉?宜照《神樞經》,以日為彼,以辰為我,辰剋日上神與辰上神剋日上神者,可肆兵劫掠;若日克辰,與日上神克辰上神者,不可劫掠,且防賊來劫我。月將臨玄武,可擒盜不可劫掠;太陰乘玄武,可劫掠而不可擒賊。

以上のこ一套の説法は《兵機天鏡》に出づ、それはただ三傳を用いて主客勝負を分かち、完全に日干日支を理會せず。我以爲日干日支乃ち三傳の根本、怎麼樣にただ三傳を用いて日干日支を用ゐざる可けんや。當に《神樞經》の辦法に依照すべし:日干を以て對方を代表し、日支を以て我方を代表す。日支が日干の上神を克し、あるいは日支の上神が日干の上神を克する者は、即ち放手して出兵劫掠する可し。若し日干が日支を克し、あるいは日干の上神が日支の上神を克すれば、即ち劫掠す可からず、還に敵人の來りて我を劫するを防ぐを要す。月將が「玄武」に臨めば、盜賊を擒拿する可くして劫掠するに宜からず。「太陰」が玄武に乘ずれば、劫掠する可くして敵人を擒ふる能わざらん。

追兵既去,我亦可渡關覘賊矣,但恐賊兵尚有伏吾前後者,未可知也,於是則以巳申子卯覆立支干為有埋伏,不覆則無。若賊神旺相帶刑,逢之必戰;休廢空亡,則不來矣。巳申子卯四神傷干,賊伏在前;四神傷支,賊伏在後;支干俱傷,前後有賊,豈可妄行沖擊哉?

追兵は旣に已に退走せば、我方もまた關を越えて往きて敵情を窺探する可し。ただなお敵人が我の前後に別に埋伏する有らんを怕る、一時に知るに從由なし。是に於て即ち巳・申・子・卯のこ四神を用いて看れ:それらが日干日支の上に覆壓せば即ち埋伏有り、覆壓せざれば即ちなし。若し敵方の神が旺相にしてまた刑を帶ぶれば、遇上すれば必定に打たん。若し休廢空亡に落つれば、敵人は即ち來らざらん。こ四神が日干を傷れば、敵人は我の前に伏す。日支を傷れば、敵人は我の後に伏す。日干日支が皆傷を受くれば、那就是前後に皆敵人有り、怎麼樣に胡亂に衝擊するを得んや。

此出《兵機天鏡》,若《玄黃一秤金》說又不同,再詳之:前後巳申子卯看,臨支在後落干前。日臨辰上前防寇,支若臨干後備奸。亥子臨干居大路,如加辰上小衢潛。

上面のこ一説もまた《兵機天鏡》に出づ。《玄黃一秤金》の講法は卻って一樣ならず、再び下面に錄して以て參詳に備ふ:前後に伏兵有るか否かは、巳・申・子・卯の四神を看よ——日支に臨むは後に伏し、日干に落つるは前に伏す。日干が日支の上に加われば、前面に敵寇有るを防ぐを要す。日支が日干の上に加われば、後面に奸細有るを備ふを要す。亥・子が日干に臨めば、敵人は大路上に在り。亥・子が日支の上に加われば、敵人は小巷小道の中に潛伏す。

此以四神臨支,賊伏後;臨干,賊伏前;不臨干支,則無賊矣。《靈匣經》云:“只取子卯巳三神。”《兵機總要》曰:“太沖、勝光、河魁、登明四神加日辰,後有賊。”此與《靈匣經》、《兵機天鏡》俱背謬之至。

こ一説は:四神が日支に臨めば、敵人は後面に伏す。日干に臨めば、敵人は前面に伏す。皆日干日支に臨まざれば、即ち敵人なし。《靈匣經》は卻って曰く:「ただ子・卯・巳の三神を取れ。」《兵機總要》はまた曰く:「『太冲』(卯)・『勝光』(午)・『河魁』(戌)・『登明』(亥)のこ四神が日干日支に加臨せば、後面に敵人有り。」こ兩家の説法は《靈匣經》《兵機天鏡》と彼此抵牾して、實に乖謬なること甚し。

日往加辰,賊在前;辰往加干,賊在後。《兵仗賦》云:“辰加於日,防賊兵於後驚;日覆於辰,備敵卒於前擾。”是也。若亥子臨干上,賊居大路;臨支辰,賊居小路。黃帝曰:“占盜,課得四上克下,不可劫,以禍從外至內也。四下賊上可劫,以禍從內至外也。課傳得六陽,宜潛匿行劫;得六陽不宜。干支上下,互相剋賊,我劫他,他亦來劫我。”

日干が日支の上に加われば、敵人は前に在り。日支が日干の上に加われば、敵人は後に在り。《兵仗賦》に曰く:「日支が日干の上に加われば、敵兵の後面より驚擾するを防ぐを要す。日干が日支の上に覆えば、敵卒の前面に騷擾するを防ぐを要す。」正にこの意なり。若し亥・子が日干の上に臨めば、敵人は大路上に在り。日支の上に臨めば、敵人は小路上に在り。黃帝に曰く:「盜賊を占ふに、課中の四課が皆上神の下神を克するは、劫しに往く可からず、禍は外より內に向かって來るが故なり。四課が皆下神の上神を賊するは、劫しに往く可し、禍は內より外に向かって去るが故なり。四課三傳に六陽の神を得れば、潛行劫掠するに宜し。六陰の神を得れば即ち宜からず。若し日干日支の上下が互相克賊すれば、那就是我は往きて彼を劫し、彼もまた來りて我を劫すなり。」

攻城拔邑第三十五

陽城龍首亥宮求,巳尾申腹寅背周。陰城首尾背腹反,宜攻背腹莫攻頭。支干旺相賊當敗,初中克末有功收。末絕初中有氣勝,初中無氣主凶憂。

陽城の龍頭は亥宮に在り、龍尾は巳に在り、腹は申に在り、背は寅に在り、四處は圍繞して局を成す。陰城の首尾・背腹は恰好相反す。城を攻むるは其の背と腹とを打つを要し、龍頭を打つ勿れ。日干日支が旺相なれば、敵人は敗る可し。初傳中傳が末傳を克せば、即ち收功する能し。末傳が絶氣にして初傳中傳が氣有れば、即ち取勝す。初傳中傳が氣無ければ、主將は即ち凶憂有らん。

城,所攻之城也。陽,陽日也;陰,陰日也。凡攻城者,莫犯龍頭,宜擊背腹。陽日龍頭在亥,尾在巳,腹在坤,背在艮。坤,申中卦;艮,寅中卦。陰日龍頭在巳,尾在亥,腹在艮,背在坤。若支干旺相,更初中克未傳,必獲破賊殺將之勝。

ここに言ふ「城」は攻めんとする所の城を指し、「陽」は陽日を指し、「陰」は陰日を指す。凡そ城を攻むるに、皆、皆龍頭を觸犯する勿れ、當に其の背と腹とを攻擊すべし。陽日の龍頭は亥に在り、尾は巳に在り、腹は坤に在り、背は艮に在り。坤は申位の含む所の卦、艮は寅位の含む所の卦なり。陰日の龍頭は巳に在り、尾は亥に在り、腹は艮に在り、背は坤に在り。若し日干日支が旺相にして、更に初傳中傳が末傳を克すれば、必定に敵を破り將を斬るの大勝を獲得せん。

絕謂囚死也,有氣旺相也,未傳囚死,初中有氣,攻城大勝。初中無氣,末更旺相,主將必有凶優,逢此者宜擇吉,保守營寨為上。《兵仗賦》云:“龍頭莫犯,支干以休囚;背腹宜攻,要日辰之旺相。”莫解。陽城陰城,非陽日明日,如我在南而城在北為之陰城,我在北而城在南為之陽城,我在東而城在西為坎陰,我在西而城在東為坎陽,當以此為正。

歌訣の裡の「絶」即ち囚死、「有氣」即ち旺相なり。末傳が囚死にして初傳中傳が氣有れば、城を攻めば大勝す。初傳中傳が氣無くして末傳が返って旺相なれば、主將は必有て凶險憂患有らん、こ種の課に遇上せば、最も別に吉日を擇び、先ず営寨を保守するを上策と爲す。《兵仗賦》に曰く:「龍頭は觸犯する勿れ、怕るるは日干日支の休囚に落つるなり。背腹は攻打するに宜し、靠るは日干日支の旺相なり。」こ話は解釋し好からず。至於陽城・陰城は、並不是陽日・陰日を指す:我は南に在りて城は北に在れば、即ち陰城と曰ふ。我は北に在りて城は南に在れば、即ち陽城と曰ふ。我は東に在りて城は西に在れば、坎陰と爲す。我は西に在りて城は東に在れば、坎東に在れば、坎陽と爲す。當にこの講法を以て正と爲す。

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