第二十一 五帝を論ず
負鼎於殷廟,垂釣於磻溪,商賈南陽,飼牛車下,當此之時,其善未見;及登師輔,仁聖並彰,此豈非卑下而能宏濟。其賢德已上,氣正無邪,故居最上。然氣之初也,齡齒終長;氣之末也,命相短促。此四氣又有四別:若上清秀,靈智愈高;上而濁汙,乃須修飭;下而清秀,琢磨方以為器;加之昏濁,朽木不可復雕。兼貴賤、富貧、好丑、善惡、性情、年命,乃有萬途,並五行氣感所致。今且就《文子》論其二十五等,以為階差,自外諸徒,難以具辨。知人則哲,惟帝其難,非明聖者,孰能辨識。
反って看れば、伊尹は鼎俎を背負して殷商の宗廟に到りて用を求め、姜太公は磻谿に垂釣し、百里奚は南陽の一帯に経商し、寧戚は車の下に牛を養う。――彼らはあの時において、善徳はまだ顕露せざりき。師・輔の高位に登上するに及びて、仁徳と聖明と便ち一斉に顕彰せり。これは豈に正に出身は卑下にしてしかも終に宏大に済世しうるの例子にあらざるか。前面のいう所の賢人・徳人以上の諸等に至っては、禀気は純正にして邪雑なし。だから最上に居る。さらに、禀受する所は気の初生の階段なれば、寿数は便ち久長なり。禀受する所は気の衰末の階段なれば、命相は便ち短促なり。上述の王・相・休・囚のこの四種の気はまた各々四種の差別あり。上等に処りてしかも気が清秀なれば、霊智はさらに高明なり。上等に処りてしかも気が濁汚なれば、すなわち必ず修治整飭を加えるを要す。下等に処りてしかも気が清秀なれば、琢磨を経てなお器と成すべし。もし身は下等に居りてまた昏濁の気を加えば、あれはたとえば朽木のごとく、再び雕琢して成らざるなり。さらに加えて貴と賤・富と貧・美と醜・善と悪・性情の差異・寿命の長短、交錯せばすなわち千万種の情形あって、全く是れ五行の気の感応の造成する所である。ここに姑らく《文子》のいう所の二十五等に依りて以て層級を劃分す。この外にさらに種種の類別ありて、則ち一一に分辨し難し。《尚書・皐陶謨》に「人を知れば則ち哲なり。ただ帝もまた其れを難しとす」(能く人を識るこそ明智と算す。この一点は帝尭をもってしても難しと感ず)といい、見えるに明達聖哲の人にあらざれば、誰か能く識辨して清らかならんや。
《祿命決》云:王氣中生者,其人王相,宜爵祿;相氣中生者,其人多官;死氣中生者,其人多疾病短命。此並論其生月,當五行氣盛衰時也。況其稟受氣者,其人形質、情性、骨肉、藏府,皆象五行。
《禄命決》にいう、王気の中に出生するは、この人は時を得勢を得て、爵位俸禄を取得するに宜し。相気の中に出生するは、この人は官職多し。死気の中に出生するは、この人は疾病多くして寿命短促なり。これらの講ずる所はみな出生の月份で、正に五行の気の盛衰のいずれの階段に逢うかである。況んや人の禀受する所はすでに五行の気なれば、則ち彼の形体質貌・性情・骨肉・臓腑も、もまたみな五行に取象せらるるなり。
《相書》云:木人細長直身,火人小頭豐下短小,土人員面大腹,金人方面兌口,水人面薄身偏蛇行。木人青色真,有白是害氣;火人赤色真,有黑是害氣;土人黃色真,有青是害氣;金人白色真,有赤是害氣;水人黑色真,有黃是害氣。
《相書》にいう、木に属する人は身形は細長挺直す(樹木の修直に象る)。火に属する人は頭小にして下部は豊満にして身材は短小なり(火焰の上鋭下闊に象る)。土に属する人は臉は円く腹は大なり(土の厚重に象る)。金に属する人は臉は方く口は尖なり(金の方正に象る)。水に属する人は面容は清薄にして身体は偏側にして走路は揺曳して蛇行のごとし(水流の曲折に象る)。気色に至っては、木に属する人は青色を現ずるこそ本色で、もし白色を現出せば便ち是れ害気(金は木を克す)。火に属する人は赤色を現ずるこそ本色で、もし黒色を現出せば便ち是れ害気(水は火を克す)。土に属する人は黄色を現ずるこそ本色で、もし青色を現出せば便ち是れ害気(木は土を克す)。金に属する人は白色を現ずるこそ本色で、もし赤色を現出せば便ち是れ害気(火は金を克す)。水に属する人は黒色を現ずるこそ本色で、もし黄色を現出せば便ち是れ害気(土は水を克す)。いわゆる害気とは、すなわち現ずる所の色は正に本命の五行を克制するあの一行の色である。
配日,則甲乙為皮毛,丙丁為爪筋,戊己為肉,庚辛為骨,壬癸為血脈。配卦,則干為頭,離為目,坎為耳,兌為口,坤為腹,巽為手,艮為股膝,震為足。其藏府性情,各有別解。然人居天地之內,在山川之中,各隨方位,形性不等。所以東夷之人,其形細長,修眉長目,衣冠亦尚狹長。東海句麗之人,其冠高狹,加以鳥羽,象於木枝。長目者,目主肝,肝,木也,故細而長,皆象木也。
もし十天干(日)に配せば、則ち甲乙は木に属して皮毛に対応し、丙丁は火に属して指甲と筋とに対応し、戊己は土に属して肌肉に対応し、庚辛は金に属して骨骼に対応し、壬癸は水に属して血脉に対応す。もし八卦に配せば、則ち乾は頭と為り、離は目と為り、坎は耳と為り、兌は口と為り、坤は腹と為り、巽は手と為り、艮は大腿膝蓋と為り、震は足と為る。五臓六腑と性情との配属に至っては、各々専門の解説あり。さらに、人は天地の間・山川の中に生活して、方位の不同に隨って、形貌性情もまた各々一様ならず。だから東夷の人は形体は細長にして、眉毛は修長にして眼睛は細長にして、衣冠もまた狭長の式様を崇尚す。東海の高句麗人の帽子は高くして窄く、なお鳥羽を插上す。樹木の枝条に取象するなり。眼睛の細長なるは、目は肝を主りて、しかして肝は木に属すればに由る。だから細くして長し。――これらはみな木に取象するなり(東方は木に属す)。
南蠻之人,短小輕壑,高口少髮,衣冠亦尚短輕。高口者,口人中主心,心,火也,火炎上,故高;炎上,故少髮也。西戎之人,深目高鼻,衣而無冠者,鼻主肺,肺,金也,故高;目,肝也,肝為木金之所制,故深;金主裁斷,故髮斷無冠。北狄之人,高權被髮衣長者,權主腎,腎,水也,故高權;被髮者,象水流漫也;衣長,亦象水行也。中夏之人,容貌平整者,象土地和平也;其衣冠車服備五色者,象土包含四行也。
南蛮の人は身材は矮小にして軽捷にして、人中は高く頭髪は稀少にして、衣冠もまた短小軽便を崇尚す。人中の高きは、口と人中とは心を主りて、しかして心は火に属し、火性は炎上すればに由る。だから人中は高聳す。もまた正に火性は炎上して焚灼するに因りて、だから頭髪は稀少なり。――これらは火に取象するなり(南方は火に属す)。西戎の人は眼窩は深陥し鼻梁は高聳し、ただ衣を穿ちて冠を戴かず。鼻は肺を主り、肺は金に属す。だから鼻は高し。眼睛は肝を主り、肝は木に属し、木は金に克制せらる。だから眼窩は深陥す。金は裁断を主る。だから彼らは頭髪を截断し冠を戴かず。――これらは金に取象するなり(西方は金に属す)。北狄の人は顴骨は高聳し頭髪を披散し衣服は長大なり。顴骨は腎を主り、腎は水に属す。だから顴骨は高聳す。頭髪を披散するは、水流の漫衍に取象す。衣服の長大なるも、もまた水の流行して滞らざるに取象す。――これらは水に取象するなり(北方は水に属す)。中夏(中原)の人は容貌は端正平整にして、土地の平和に取象す。彼らの衣冠車馬服飾は五色斉備して、土は能く木火金水の其余の四行を包含するに取象す(中央は土に属す)。
孔子曰:東僻之人曰夷,精以僥;南僻之人曰蠻,信以樸;西僻之人曰戎,頑以剛;北僻之人曰狄,肥以戾;中國之人,安居和味。《帝王世紀》云:堯流共工於幽州,以竄北狄;遷三苗於三危,以竄西戎;放驩兜於崇山,以竄南蠻;殛鯀於羽山,以竄東夷。
孔子にいう、東辺の偏遠の地の人を夷と呼び、精明にして軽捷なり。南辺の偏遠の地の人を蛮と呼び、篤信にして質朴なり。西辺の偏遠の地の人を戎と呼び、頑悍にして剛強なり。北辺の偏遠の地の人を狄と呼び、粗壯にして暴戾なり。中原の人は則ち居処は安定し飲食は調和す、と。《帝王世紀》に記載す、尭は共工を幽州に流放し、以て北狄の地を充実し、三苗を三危に遷し、以て西戎の地を充実し、驩兜を崇山に放逐し、以て南蛮の地を充実し、鯀を羽山に誅戮し、以て東夷の地を充実せり。――これがすなわち四方の民と四方の気と相配するの由来である。
《春秋文耀鉤》云:氣隨人形,故南方至溫,其人大口,象氣舒緩也;北方至寒,其人短頸,象氣急縮也;東方川谷所經,其人小頭兌形,象木小上也;西方高土,日月所入,其人面多毛,象山多草木也;中央四通,雨露所施,其人面大,象土平廣也。
《春秋文耀鈎》にいう、一方の気は一方の人の形貌を造就す。南方は最も温熱にして、あの里の人は嘴大なり。気の舒展和緩に取象す。北方は極めて寒冷にして、あの里の人は脖頸は短し。気の収緊急縮に取象す。東方は河川谿谷の流経する所にして、あの里の人は頭小にして形体は上鋭なり。樹木の上端の細小なるに取象す。西方は地勢は高くして、是れ日月の落下する地方にして、あの里の人は面上に毛多し。山上に草木を多生するに取象す。中央は四方に通達して、是れ雨露の普施する処にして、あの里の人は臉面は寛大なり。土地の平坦広闊に取象す、と。
《家語》云:孔子曰:堅土之人剛,弱土之人柔,墟土之人大,沙土之人細,息土之人美,耗土之人丑。南方有不死之草,北方有不釋之冰,東方有君子之國,西方有刑殘之尸,中土多聖人,皆象其氣也。
《孔子家語》に孔子のいうを記載す、堅硬の土地に生まるる人は性情は剛強にして、鬆軟の土地に生まるる人は性情は柔和なり。墟丘の地に生まるる人は身材は高大にして、沙土の地に生まるる人は身材は細瘦なり。肥沃滋生の地に生まるる人は相貌は美好にして、瘠薄耗損の地に生まるる人は相貌は醜陋なり。南方に終年不死の草あり、北方に終年不化の氷あり、東方に君子の国あり、西方に刑を受け残害せられたる尸骸あり、中原の一帯は聖人を多出す。――これらはみな各方の気の性質に取象するなり、と。
故曰:山氣多男,澤氣多女,水氣多瘖,風氣多聾,休氣多癃,木氣多傴,岸下溼氣多腫,正氣多力,險阻之氣多癭,寒氣多壽,熱氣多夭,谷氣多痺,氣多狂,衍氣多仁,陵氣多貪,輕土多利起,重土多遲鈍,急水人輕,遲水人重。此並隨陰陽五行之氣,故善惡斯別。
だからいう、山地の気は男を多生し、水沢の気は女を多生す。水気の盛なる地方は喑唖の人多し。風気の盛なる地方は耳聾の人多し。休廃の気の盛なる地方は疲癃残疾多し。木気の盛なる地方は傴僂駝背多し。岸辺低下して湿気の重き地方は浮腫の疾多し。正気の充盛する地方は人は気力あること多し。山川険阻の気の盛なる地方は癭瘤を多生す。寒冷の気の盛なる地方は人は長寿多し。炎熱の気の盛なる地方は人は夭折多し。山谷の気の盛なる地方は痹症を多生す。某种の気(底本のここは一生僻字と為す)の盛なる地方は狂疾を多生す。平衍の地の人は仁厚多し。丘陵の地の人は貪求多し。軽鬆の土壤の上の人は敏捷善動多し。厚重の土壤の上の人は遅緩遅鈍多し。水流の湍急なる処の人は軽捷し、水流の迂緩なる処の人は穏重なり。これらの差別はみな陰陽五行の気に隨って来たる者で、だから人の善悪もまたすなわちこれに因りて高下を分出す、と。
第二 人の游年年立を論ず
游年凡有三名,而為二別。三名者:一游年,二行年,三年立。游年之名,皆以運動不住為義,以其隨歲行遊,不定一所也。年立卽是行年。立者,是住立為義,以其今年立於北辰也。就人而論,常行不息,故謂曰行;就歲而論,今之一歲,年住於此,故謂之立。
「游年」は共に三個の名称あるに、ただ両類に分成すのみ。三個の名称は、一を游年と呼び、二を行年と呼び、三を年立と呼ぶ。凡そ「游年」と称するは、みな運行移動して一処に停留せざるの意思を取る。それが歳数に隨って逐年に游走して、並びに某一個の位置に固定せざればに由る。「年立」は実はすなわち行年である。「立」は駐停站定の意思を取る。今年の行年はすなわち某一個の辰位に停駐すればに由る(原文は「北辰に立つ」といい、星辰の主する所の位に停立するを指す)。人のこの一面に就きて言えば、年歳は常に行きて息まず。だからこれを「行」と呼ぶ。歳のこの一面に就きて言えば、当年のこの一年はこの位置に停駐す。だからこれを「立」と呼ぶ。名称は三個あるといえども、実は一は游年、一は行年(年立)、ただ両類のみである。
二別者,游年從八卦而數,年立從六甲而行。六甲者,男從丙寅左行,女從壬申右轉,並至其年數而止,卽是行年所至,立於其處也。若欲算知之者,男以實年加二算而左數,女以實年加一算而右數,並從甲子旬始,盡其算,卽是立處也。
両類の分別は、游年は八卦の方位に按って数えるを以てし、年立は「六甲」(甲子・甲戌・甲申・甲午・甲辰・甲寅のこの六個の甲を以て頭を起こす旬)の干支に按って推行するを以てす。六甲を用いて推するの方法は、男子は丙寅より起こり順時針(左行)に数え、女子は壬申より起こり逆時針(右転)に数え、みな本人の年数に到るまでにして止まり、数え到ったあの一位はすなわち行年の到る所で、すなわち彼の今年の「立つる」所の位置である。もし算法を用いて直接に求得せんと欲せば、男子は実足年歳に二を加え、然る後に左に向かって数え、女子は実足年歳に一を加え、然る後に右に向かって数え、みな甲子旬より起算し、この数を数え尽くし、いずれの一位に落つるか、いずれの一位がすなわち年立の処である。
所以男從丙寅數,何者?日生於寅,日為陽精,男從陽,故取日。丙為太陽,故取丙以配寅。女從壬申數,何者?月生於申,月為陰精,女從陰,故取月。壬為太陰,故取壬以配申。陽故左行,陰故右轉。
なにゆえ男子は丙寅より数を起こすか。太陽は寅に生ずればに由る(寅は日出の時と為る)。太陽は陽気の精華で、男子は陽に属し応に陽に従うべし。だから太陽を以て準と為す。しかして十天干の中、丙は太陽の干と為る。だから丙を取りて以て寅に配し、「丙寅」を得。なにゆえ女子は壬申より数を起こすか。月亮は申に生ずればに由る(申は月出の時と為る)。月亮は陰気の精華で、女子は陰に属し応に陰に従うべし。だから月亮を以て準と為す。しかして十天干の中、壬は太陰の干と為る。だから壬を取りて以て申に配し、「壬申」を得。陽は升進を主る。だから男子は順行して左に向かう。陰は退降を主る。だから女子は逆行して右に向かう。
《孔子元辰經》云:若甲子旬,男從丙寅,女從壬申;甲戌旬,男從丙子,女從壬午;甲申旬,男從丙戌,女從壬辰;甲午旬,男從丙申,女從壬寅;甲辰旬,男從丙午,女從壬子;甲寅旬,男從丙辰,女從壬戌。皆曰行年。此並候病之法,非通常用。
《孔子元辰経》にいう、もし甲子のこの一旬に生まれば、男子は丙寅より数を起こり、女子は壬申より数を起こる。甲戌旬に生まれば、男子は丙子より起こり、女子は壬午より起こる。甲申旬に生まれば、男子は丙戌より起こり、女子は壬辰より起こる。甲午旬に生まれば、男子は丙申より起こり、女子は壬寅より起こる。甲辰旬に生まれば、男子は丙午より起こり、女子は壬子より起こる。甲寅旬に生まれば、男子は丙辰より起こり、女子は壬戌より起こる。以上のこれらの起例はみな「行年」と呼ぶ。この一套は主として以て疾病を占候するの方法に用い、並びに通行常用の推法にあらず、と。
游年者,男一歲,數從離起,左行八卦,二則在坤,三則在兌,四則在干,五則在坎,六則在艮,七則在震,八則在巽。巽不受八,進而就離,離則是八,坤卽九,兌卽十,以次而數。一若至坤,坤不受一,還退就離,故至十數,皆在政方也。女年一,從坎右行,亦如離法。艮不受八,干不受一,皆歸於坎。
游年の推法に至っては、男子は一歳の時に離卦より数を起こり、順左して行きて八卦を遍暦す。――二歳は坤に在り、三歳は兌に在り、四歳は乾に在り、五歳は坎に在り、六歳は艮に在り、七歳は震に在り、八歳は本応に巽に在るべし。ただし巽卦は「八」のこの数を接受せず、一応位を前進して離に帰するを要す。だから離はすなわち八なり。九は則ち坤に在り、十は則ち兌に在り、これに依りて類推す。反って、もし「一」に数え到りて坤に落たば、坤もまた「一」を接受せず、退回して来て離に帰するを要す。だから一直に十に数え到るまで、これらの数はみな正位の方に帰す。女子は一歳の時に坎卦より数を起こり、右に向かって行き、弁法は男子の離より起こると一様なり。ただ女子のこの一路上は艮卦は「八」を受けず乾卦は「一」を受けず、この両種の情形に遇えばみな坎に帰するを要す。
所以巽不受八、坤不受一者,坤巽依位,並夾離宮。巽是陽位,有進義而無終義,八是卦之終數,故不受之,前以付離。坤是陰位,陰有退而無進,退則須滅,不敢當其陽始之數,故退讓就離。干不受一、艮不受八者,干是陽也,又為天也,自在其始,始是一義,重則數偶,數偶則成陰,故以付坎。艮是陰也,艮又為山,山則是終,游年曆行八卦,卦數於八,終卽止也,自有其終,理不重受,故付坎。
巽卦の「八」を受けず坤卦の「一」を受けざるは、道理はこのようである。坤と巽とは方位に按って排列せば、正好に一左一右にして離宮を夾む。巽は陽位に属し、前進の義ありて終止の義なし。しかして「八」は八卦の数え到る頭の終数なれば、だから巽はそれを接受せず、向前にそれを離に交付するを要す。坤は陰位に属し、陰はただ退あるのみにして進なく、一退すればすなわち消滅に帰せんと要す。因って敢えて「一」のこの陽気初始の数に当たらず。だから退譲して開け、もまた離に帰す。乾卦の「一」を受けず艮卦の「八」を受けざるは、道理は、乾は純陽にして、また天を代表し、本身就ち開端に処す。しかして「一」は正に開端の義なり。同一の開端に再び叠加一次せば、数はすなわち偶数と成り、偶数は便ち変じて陰と為る。だからそれを坎に交付す。艮は陰に属し、艮はまた山を代表し、山は止住・終結の象なり。游年は歴行して八卦を経て、卦数は八に到ればすなわち終点なり。艮は本身すでに自ら終止の義を具え、理に按れば応に再び重複して一個の終数を承受すべからず。だからもまた坎に交付す。
或問云:天一之行,以坎為一宮,離為九宮;八卦游年,乃以離為一宮者,何?荅曰:天一於天下九州島之事,故從始一而行;游年於人年命之事,故以終九而起命。女游年從坎,男以德苞終始,故九一併數,起太陽之位;女以陰生陽,故從其創始陰位而行。坎位本一,受數一起,共為二,陰數也。游年所至之卦,因三變之:一變為禍害,再變為絶命,三變為生氣。生氣則吉,禍害、絶命則凶。吉則可就其方,凶則宜避其所。
人ありて問う、天一神の運行は、坎を以て第一宮と為し離を以て第九宮と為す。八卦の游年はかえって離を把げて第一宮と作す。これは為什麼か。回答していう、天一神の管する所は天下九州の公事なれば、だから起始の「一」(坎)より出発して運行す。游年の管する所は個人の年命の私事なれば、だから終末の「九」(離)より頭を起こして以て人の命位を定む。女子の游年は坎より起これるなり。男子は則ちその徳性を以て終始を包挙す。だから九と一と合して併せて数え、すなわち太陽の居する所の位(離)より数を起こす。女子は陰を以て陽を生ず。だから最初創始の陰位(坎)より行を起こす。坎はもともと「一」の位に居り、再び起数の「一」を承受し、合わせて「二」と成り、正に陰数なり。游年の到る所のあの一卦は、三次の変爻に依りて以て推断するを要す。一爻を変ずれば「禍害」と為り、両爻を変ずれば「絶命」と為り、三爻を変ずれば「生気」と為る。生気を得ればすなわち吉し。禍害・絶命を得ればすなわち凶し。吉なるは以てあの方位に向かって往くべし。凶なるはすなわち応にあの処所を避开すべし、と。
禍害者,以其相剋害也。如干初九甲子水,變成巽,巽初六辛丑土,是飛辰來克伏辰也;坎初六戊寅木,變成兌,兌初九丁巳火,是飛伏相害也。絕命者,以其卦體被剋制也,如震變為兌,金克木也;艮變為巽,木克土也。生氣者,以其相生同體也,如干變成兌,體同金也;震變成離,木生火也。禍害、絕命,亦有厭行,以其卦所至相制者禳之。如沖火以避兵火,懸一柏木而攘震死,此並五行相制之驗也。游年、年立,卽是人之年命,皆配五行,故於此而釋之。
いわゆる「禍害」は、変じ出づる卦と本卦とが五行相克相害するに因る。たとえば乾卦の初九は甲子を納し水に属し、変じて巽卦と為れば、巽卦の初六は辛丑を納し土に属す。これがすなわち「飛辰」(変じ出でたる爻の干支)の前来して「伏辰」(本卦の爻の干支)を克するなり。またたとえば坎卦の初六は戊寅を納し木に属し、変じて兌卦と為れば、兌卦の初九は丁巳を納し火に属す。これがすなわち飛・伏の両辰の相為に損害するなり。いわゆる「絶命」は、整個の卦体が克制せらるるに因る。たとえば震(木)の変じて兌(金)と為るは、是れ金の木を克するなり。艮(土)の変じて巽(木)と為るは、是れ木の土を克するなり。いわゆる「生気」は、二者の相生または同じく一体に属するに因る。たとえば乾の変じて兌と成れば、両卦は同じく金に属す。震の変じて離と成れば、是れ木の火を生ずるなり。禍害・絶命に遇上せば、もまた厭勝禳解の弁法あり。すなわち能く至る所の卦を克制するあの一行を用いて以てそれを化解するを用いる。たとえば火を冲克する物事を用いて以て兵火の灾を避くるがごとく、またたとえば一段の柏木を懸掛して以て震卦の主る所の死厄を禳解するがごとし。これらはみな五行相制の理の応験である。游年と年立とはすでにすなわち人の年命の繋る所なれば、しかして全く五行に配属せられたれば、だからここに一併に解釈を加う。
第二十四 禽虫を論ず(ここに就きて二段に分かつ。一は五霊を論じ、二は三十六禽を論ず)
第一 五霊を論ず
凡含生蠢動,有知之數,莫不藉五氣而成性,資陰陽以立形。故有陸處水居,潛見道別,遊翔飛走,駑駿不同,皆由氣之清濁,稟性深淺。《考異郵》云:含牙戴角,著脰垂芒,皆為陰也。陰有殺氣,故備有爪牙之毒,螫蠆之類也。飛翔羽翮,柔善之獸,皆為陽也,陽有仁氣,無殺性也。
凡そ生命を含有し能く蠕動し知覚あるの一類は、五行の気を憑借して以て本性を形成し、陰陽二気に依托して以て形体を確立せざるなし。だからあるは陸地に棲息しあるは水中に居り、あるいは潜蔵しあるいは顕現し、途径は各々相同じからず。あるは游泳しあるは飛騰奔走し、あるは駑鈍にしてあるは迅捷なり。これらの差別はみな禀する所の気の清濁、および受くる所の本性の深浅に源を発す。緯書《春秋考異郵》にいう、口に利牙を含み頭に犄角を戴き、頸上に硬毛倒刺を生じ尾端に毒芒を垂るるは、みな陰類に属す。陰は粛殺の気を含有す。だからこの類の動物はみな爪牙の毒害を配備す。蜂蝎の螫刺の類すなわち是なり。翅を展げて飛翔し羽毛を生じ、性情は柔順善良なる禽獣に至っては、みな陽類に属す。陽は仁愛の気を含有す。だから粛殺の性なし、と。
《家語》云:齕吞者八竅而卵生,齟者九竅胎生。晝生似父,夜生類母,至陰者牝,至陽者牡,皆氣使然也。凡是蠢動之物,併為蟲類。今略分三種:一曰禽,二曰獸,三曰蟲。有羽飛者為禽,有四足走者為獸,無羽足者為蟲。至如蜉蝣之羽,蟭蟟之翼,飛百足,蚊蚋六手,此雖有羽足,猶是蟲例。其朝生暮死,腐穢蠱溼,此皆因變化隨類生者,亦並蟲也。《考異郵》云:蟲入日而化微,故令促。
《孔子家語》にいう、吞咽して咀嚼せざる動物は、身上に八竅ありて以て卵を生ず。能く咀嚼する動物は(原文のこの字は底本は生僻の字形を作す)、身上に九竅ありて以て胎を生ず。白天に出生するは父に像り、夜裏に出生するは母に像る。陰気は極処に到るは雌と為り、陽気は極処に到るは雄と為る。これらはみな気がそれをして此の如くせしむるなり。凡そ蠕動の生物は、みな虫類に帰入す。ここに姑らく分かちて三種と為す。一を禽と呼び、二を獣と呼び、三を虫と呼ぶ。羽毛ありて能く飛ぶは禽と為り、四足ありて能く跑るは獣と為り、すでに羽なくまた足なきは虫と為る。蜉蝣の羽・蟭蟟(蝉類)の翅、またあの種の飛行の多足の物(底本のこの字は生僻の字形と為す)・六足の蚊蚋に至っては、それらは羽と足とを長ずるといえども、仍旧に虫のこの一類に帰す。あの朝に生まれ暮に死する、および腐穢湿熱の中に滋生するは、みな物に隨って変化し類に依って生ずる者で、もまた一併に虫と算す。《考異郵》にいう、虫は日気を感受して化生し、形体は微小なれば、だから寿命は短促なり、と。
又鳥、魚二名,於此二者,其號雖別,鳥則飛翔,卽是禽也;魚則潛游,蟲之屬也。《家語》云:鳥、魚生於陰而屬於陽,故皆卵生。魚游於水,鳥遊於云,所以立冬則燕雀入海,化而為蛤,本其類也。
別にまた鳥・魚のこの両個の名目あり。この両者は名号は別あるといえども、実は鳥は能く飛翔すれば、すなわち禽に属す。魚は水中に潜游すれば、虫のこの一類に属す。《孔子家語》にいう、鳥と魚とはみな陰に生まれて陽に帰属す。だからみな卵生なり。魚は水裏に游び、鳥は雲中に游ぶ。正に此の如くなるがゆえに、古人こそ立冬の後に燕雀は海に入り変化して蛤蚌と成るを説けり。――これはそれらがもともと同一類の気の化する所なればに由りて、だから能く相互に転変す、と。
禽名通於獸,獸名不通於禽,故知禽有趨地之能,獸無飛空之用。然此三等,名例甚多,不可具釋,今且先論五靈,次配卦及三十六禽。《家語》云:羽蟲三百六十,鳳為之長;毛蟲三百六十,麟為之長;甲蟲三百六十,龜為之長;鱗蟲三百六十,龍為之長;倮蟲三百六十,人為之長。又曰:毛蟲之精曰麒麟,羽蟲之精曰鳳,介蟲之精曰龜,鱗蟲之精曰龍,倮蟲之精曰聖人。毛蟲西方,羽蟲南方,甲蟲北方,鱗蟲東方,倮蟲中央。此則皆稱蟲也。
「禽」のこの名称は以て走獣を兼指すべし(古人に「五禽」の獣類を兼包するの説あり)。「獣」のこの名称は則ち能く飛禽を兼指する能わず。ここに由りて知るべし、禽は地上に落到して行走するの本領ありて、獣は騰空飛行の能力なきなり。ただしこの三大类は名目は繁多にして、一一に解説する能わず。いま姑らくまず五霊を論じ、其次にそれらと八卦との配属および三十六禽を講ず。《孔子家語》にいう、羽毛を長ずる動物に三百六十種ありて、鳳を以て首領と為す。毛を長ずる動物に三百六十種ありて、麟を以て首領と為す。甲殻ある動物に三百六十種ありて、亀を以て首領と為す。鱗ある動物に三百六十種ありて、竜を以て首領と為す。毛なく裸露の動物に三百六十種ありて、人を以て首領と為す、と。またいう、毛虫の精華を麒麟と呼び、羽虫の精華を鳳と呼び、介虫(甲虫)の精華を亀と呼び、鱗虫の精華を竜と呼び、倮虫の精華を聖人と呼ぶ。毛虫は西方(金)に配し、羽虫は南方(火)に配し、甲虫は北方(水)に配し、鱗虫は東方(木)に配し、倮虫は中央(土)に配す。見えるにこの五大類は通通「虫」と称せらるるなり、と。
五靈總為諸蟲之首,今止言其四,以人處中央者,謂有性情之物,人最為主故也。靈者,神靈之義,五禽於蟲獸之中最靈,故曰五靈。《禮記·月令》云:春,其蟲鱗。鄭元注云:龍蛇之屬。夏,其蟲羽,飛鳥之屬。中央,其蟲倮,虎豹淺毛之屬。秋,其蟲毛,狐狢之屬。冬,其蟲介,龜鱉之屬。又云:國君行,前朱雀,後玄武,左蒼龍,右白虎。
五霊は総じて各類動物の首領である。ここにただその中の四種(麟・鳳・亀・竜)を説きて、しかして人を中央に置くは、一切の性情ある生物の裏において、人は最も主宰たるに因るがゆえに。いわゆる「霊」は、すなわち神霊の義である。この五種は虫獣の中に在りて最も霊性あり。だから「五霊」と称す。《礼記・月令》にいう、春季は、当令するは鱗虫。鄭玄の注、竜蛇の類を指す。夏季は、当令するは羽虫、飛鳥の類を指す。中央の土は、当令するは倮虫、鄭玄の注は虎豹のこの類の毛の短くして裸露に近き動物を指す。秋季は、当令するは毛虫、狐貉の類を指す。冬季は、当令するは介虫、亀鳖の類を指す。《月令》にまたいう、国君の出行する時は、前面に朱雀旗を樹て、後面に玄武旗を樹て、左辺に蒼竜旗を樹て、右辺に白虎旗を樹つ、と。
《尚書·刑德放》言:東方春,蒼龍,其智仁;南方夏,朱鳥,好禮;西方秋,白虎,執義;北方冬,元龜,主信,會中央土之精。《禮運》則不論五德,止辨四靈而已。《鉤命訣》云:失仁則龍麟不舞,失禮則鸞鳳不翔,失智則黃龍不見,失義則白虎不出,失信則元龜不見。
緯書《尚書刑徳放》にいう、東方は春を主り、是れ蒼竜で、その徳は智と仁と為る。南方は夏を主り、是れ朱鳥で、礼を喜好す。西方は秋を主り、是れ白虎で、義を執守す。北方は冬を主り、是れ玄亀で、信を主守し、併せて中央の土の精気を会合す。しかして《礼記・礼運》は則ち五徳の配属を講ぜず、ただ麟・鳳・亀・竜の四霊を分辨するのみ。緯書《鈎命訣》にいう、政を為して仁を失えば、竜麟は来たりて起舞せず。礼を失えば、鸞鳳は来たりて飛翔せず。智を失えば、黄竜は出現せず。義を失えば、白虎は出来せず。信を失えば、玄亀は顕現せず。これは五霊の出現するか否かを、把げて君主の五常の徳の完備するか否かの験証と當るなり。
《禮記》曰:麟鳳龜龍,謂之四靈。《左傳》云:麟鳳五靈,王者之嘉瑞。《禮》云麟鳳龜龍,不見有虎,於金行稱虎,義則不足。前朱雀,後玄武,是同;其餘三蟲,並有差異。《元命苞》云:離為鳳。又言:鳳,火精;靈龜生水,玄武主北方。此同。《禮》說唯龍、麟、虎三者不同。左青龍,右白虎,舊說不疑。《衍孔圖》以麟為木精,龍則非木;《大戴禮》以麟為毛蟲,麟復成金;麟若為金,虎則無用。公羊高以麟為木精,木生於火,夫子修《春秋》至麟而止,豈知為漢之瑞,今所不埶。
《礼記》にいう、麟・鳳・亀・竜は、これを四霊と呼ぶ。《左伝》は則ちいう、麟鳳等の五霊は、王者の美好の祥瑞なり、と。《礼記》の舉ぐる所はただ麟・鳳・亀・竜のみにして、虎あるを見ず。しかしながら金のこの一行に配するに到ってはまた白虎を称するを要す。このようになれば配属の義はすなわち周全ならず。諸家の説法の中、ただ前朱雀・後玄武のこの両項のみ一致して、其余の竜・麟・虎の三者の配属は、各家みな出入あり。《春秋元命苞》にいう、離卦は鳳に対応す。またいう、鳳は火の精華なり。霊亀は水に生じ、玄武は北方を主管す。これは前面の各家と一致す。《礼記》の説と相出入するは、ただ竜・麟・虎の三者のみ。左を青竜・右を白虎と為すは、旧有の成説にして、向來疑問なし。しかしながら《衍孔図》は麟を把げて木の精華と為せば、則ち竜は木に属せざらん。《大戴礼記》は麟を帰して毛虫に入れれば、麟はまた変じて金に属せり。麟はもし金に属せば、白虎は安んずる位置なし。公羊高は麟を以て木の精華と認め、しかして木は火に生じ、孔子は《春秋》を修めて麟を獲るに写き到りてすなわち筆を擱げたり。あにこれが漢家(火徳)の祥瑞なるを知るを得んや。――この一説はいま採取を予せず。
案蔡邕《月令章句》言:天官五獸,左蒼龍,大辰之貌;右白虎,大梁之文;前朱雀,鶉火之體;後玄武,龜蛇之質;中有大角軒轅,麒麟之信。亦龍生於水,遊於木;鳥生於木,遊於火;麟生於火,遊於土;虎生於土,遊於金;龜生於金,游於水。修其母,致其子,五行之情也。
蔡邕《月令章句》の説法を考察す、天上の星官に五獣ありて、左辺は蒼竜で、是れ大辰(心宿)の形貌。右辺は白虎で、是れ大梁(昴宿の一帯)の文采。前面は朱雀で、是れ鶉火(柳・星・張宿)の形体。後面は玄武で、是れ亀蛇の質性。中間に大角・軒轅の二星ありて、是れ麒麟の信を守るの象。彼はまたいう、竜は水に生じて木に游び、鳥は木に生じて火に游び、麟は火に生じて土に游び、虎は土に生じて金に游び、亀は金に生じて水に游ぶ、と。これは各霊がみな己を生ずるの行(母)に生じて、己の生ずる所の行(子)に游ぶを説くなり。その母行を修治せば、すなわち能くその子行を招致す。――これは正に五行相生の情理である。
故貌恭體仁,則鳳凰來儀;言從和義,則神龜至;視明禮修,則麒麟臻;智聽故事,則黃龍見;思叡信立,則白虎擾。此言當矣。《禮斗威儀》云:乘金而王,麒麟在郊。《保乾圖》又言:歲星為麟。《考異郵》言:麟者,陰精。此並不同。
だから、君主は容貌恭敬にして仁徳を体行せば、鳳凰はすなわち来朝して儀あり。言語は理に順い道義に和せば、神亀はすなわち到来す。観視は明察にして礼制は修挙せば、麒麟はすなわち来到す。聴聞は聡敏にして成例に依拠せば、黄竜はすなわち出現す。思慮は通達にして誠信は確立せば、白虎はすなわち馴服す。これは《尚書・洪範》の「五事」(貌・言・視・聴・思)と五霊の感応とを相配するを把げ、説きて甚だ恰當なり。《礼斗威儀》の「金徳を承けて王と称せば、麒麟はすなわち郊野に出現す」といい、《保干図》のまた「歳星(木星)はすなわち麟なり」といい、《考異郵》の則ち「麟は陰の精華なり」というに至っては――この几種の説法は彼此みな一致せず。
今解以木者,觸也,有觸冒之義。麟有肉角,無所牴觸;龍角端無肉,有牴觸義。《易》象震為龍,故木之義扶龍。天官有軒轅黃龍,麒麟之信,信主於土,修母子應,此意亦同。為漢出者,漢是火德,故子應也,是土之義扶麟。
いまこのように解釈す。木の意思は「触」で、触冒抵拒の義を含有す。麟の頭上の角は肉を帯びたるで、以て抵触するに用いる能わず。竜角の尖端に肉なく、正に抵触の義あり。《周易》の取象は震を以て竜と為し、震は木に属す。だから木のこの一義に就きて言えば、応に竜を以て木に配するを支持すべし。天上の星官の中に軒轅・黄竜の象ありて、蔡邕はあれを麒麟の信を守るの象と説き、しかして「信」は五常の中において土に属す。さらに加えて前面の「母を修めて子を致す」の感応の説に、意思もまた正に相合す。麟の漢家に為に出現するに至っては、漢朝が火徳に属し、土は火の子なればに由る。だから是れ子行の相応なり。――このように看れば、土のこの一義に就きて言えば、応に麟を以て土に配するを支持すべし。
《易通卦驗》言:立秋,虎始嘯。《孔衍圖》云:虎,金精。《大戴禮》言:虎七月而生,應陽數。《考異郵》亦言:虎斑文者,陰陽之雜。虎為毛蟲,定是金獸。《考異郵》云:參代虎之德,義主斬刈。所以學門謂之虎門,乃畫虎於門者,以兌居西方,兌是說言,主講說故。又金有殺伐之威,虎有毒害之猛,故金義扶虎。
《易通卦験》にいう、立秋のこの日、老虎は嘯叫を開始す、と。《孔衍図》にいう、虎は金の精華なり、と。《大戴礼記》にいう、虎は七箇月を懐胎して生ず。陽数の七と相応す、と。《考異郵》もまたいう、虎の身上の斑紋は、是れ陰陽の交雑の表現なり、と。虎はすでに毛虫に帰入せれば、あれは確定して金に属するの獣なり。《考異郵》にいう、参宿は虎の徳性を代表し、その義は斬殺刈除を主宰す、と。だから学宮の大門は「虎門」と称し、併せて門上に虎を画す。これは兌卦が西方に居り金に属し、しかして兌にまた喜悅・言説の義ありて、学説を講論するを主管するがゆえにの縁故である。さらに、金に粛殺征伐の威厳ありて、虎に毒害傷人の凶猛あり。だから金のこの一義に就きて言えば、応に虎を以て金に配するを支持すべし。
問:寅位在東,何忽白虎居西?荅曰:凡五行相雜,無有獨在一方之義。東方自是木行相次,白虎居西,是殺戮之威。如農在東方,正主於龍,干之六爻並是龍象。震取其運動,干譬聖人,自取龍有飛潛之德,為象各異,故無定準也。如《考異郵》云:陰陽相雜,不妨分在東方。此並靈通,隱顯無定,寧可一執。
人ありて問う、十二支の中の寅(虎に属す)の方位は東方に在るに、どうして白虎は反って西方に居るや。回答していう、凡そ五行はみな交錯相雑す。いずれの一行かただ一個の方位に固定するのみの道理なし。東方はもともと木行の次第に按って排列せられ、白虎は西に居るは、取るは粛殺誅戮の威勢で、両者の拠る所は同じからず。またたとえば農事は東方に属し、あの里は正に竜を以て主と為す。しかして《乾》卦の六爻は通通竜を取りて象と為し、震卦の竜を取るは着眼してその運動するに在り、乾卦は竜を以て聖人を比喻するは、則ち竜の能く飛び能く潜るの徳性あるを取る。――同一の竜にして、取る所の象は各々相同じからず。見えるに並びに固定不変の標準なし。正に《考異郵》のいう所のごとく、陰陽はもともと相互に交雑し、虎もまた妨げず別に一分の帰属を東方に有す。これらの霊物はみな神明に通じ、隠現は常なし。どうして死に一説を執るを得んや、と。
《史蘇龜經》云:木神蒼龍,歲星之精;火神朱雀,熒惑之精;灰土之神,名曰騰蛇;土神勾陳,鎮星之精;金神白虎,太白之精;水神玄武,辰星之精。蒼龍主頭,朱雀主唇頸,騰蛇主胸脅,勾陳主腰腹,白虎主股膝,玄武主腳脛。
《史蘇亀経》にいう、木に属する神は蒼竜で、歳星(木星)の精気と為る。火に属する神は朱雀で、熒惑(火星)の精気と為る。火土の交に処りて「灰」と称するあの一位の神を騰蛇と呼ぶ。土に属する神は勾陳で、鎮星(土星)の精気と為る。金に属する神は白虎で、太白(金星)の精気と為る。水に属する神は玄武で、辰星(水星)の精気と為る。この六神はまた各々人身の一段を主る。蒼竜は頭部を主り、朱雀は唇と頸とを主り、騰蛇は胸と脇とを主り、勾陳は腰と腹とを主り、白虎は大腿と膝とを主り、玄武は脚と小腿とを主る。
案此之六神,朱雀、玄武、蒼龍、白虎,與經緯說同,唯勾陳之神,其語有異。而天官有勾陳之星,在紫微之內,故為土神,此卽蔡邕所云麒麟之信也。騰蛇居火之末,在土之初,而為灰神,以蛇配龜,共為玄武,無有正方,故為灰神。其配頭足等,以東為首,故龍配頭也;以次南轉,故玄武配足。
この六神を考察す、朱雀・玄武・蒼竜・白虎の四者は、経書緯書の説法と一致す。ただ勾陳のこの一位の神のみ、各家の講法は同じからず。ただし天上の星官に確かに勾陳の星ありて、位は紫微垣の内に在り(居中)。だからそれを定めて土神と為す。これもまたすなわち蔡邕のいう所の「麒麟の信」(中央は土に属し信を主る)である。騰蛇は火の末尾・土の開頭に処す。因って「灰神」と呼ばる(火は盡きて灰と成り、正に火土交接の際に当たる)。また蛇は亀と相配するを要して、合わせてこそ玄武と成る。本身に専属の正方位なし。だから只好く灰神と称作す。それらの頭足に配属する次第に至っては、東方を以て起首と為す。だから蒼竜は頭に配す。然る後に依次に南に向かって旋転して排し下り、最後に北方に到る。だから玄武は脚に配す。
禽獸屬八卦者,《易》云:乾為馬,坤為牛,震為龍,巽為雞,坎為豕,離為雉,艮為狗,兌為羊。干,健也,馬取其健也。坤,順也,牛取其順。震,動也,龍取其動。巽,風也,雞取其號令,以象風行坎陰也。豕取其陰離陽也,雉取其飛揚艮門也,狗取其守禦。兌,悅也,言也,羊取其悅草。
禽獣の八卦への配属を講ずるに、《周易・説卦》にいう、乾は馬と為り、坤は牛と為り、震は竜と為り、巽は鶏と為り、坎は豕と為り、離は雉と為り、艮は狗と為り、兌は羊と為る。乾は剛健の義で、馬の強健を取る。坤は柔順の義で、牛の馴順を取る。震は動の義で、竜の善く動くを取る。巽は風の義で、鶏の晨を司り暁を報ずるが号令のごときを取り、以て風の流行を象る。坎は陰に属し、豕(猪)の陰晦の性を取る。離は陽に属し、雉羽の飛揚明麗を取る。艮は門闕と為り、狗の能く門戸を守御するを取る。兌は喜悅・言説の義で、羊の草を食らうを好みて咩鳴して已まざるを取る。(底本の此の段は各卦名と釈義と相接する処に錯行あり。「以て風行坎陰を象る也」「雉は其の飛揚艮門を取る也」は応に分かちて坎・離・艮の三卦に属すべし。)
又干象六龍,取其潛躍之義。《說卦》云:馬取其強健之德,以健之故稱良馬,以父故稱老馬,以其乾乾不息,故稱瘠馬,以其有變化之用,故稱駁馬。然坤卦又稱牝馬之貞,此止取順義。馬之為義,不獨乾坤震,又為善鳴之馬,以震有雷聲,故震雷之象。又為馵足,馬亦曰白頭,為的顙之馬,取其顯耀之義。坎為美脊之馬,以有居中之閏,故或卦龍馬以配者多,以為行天莫若於龍,行地莫過於馬,故多所象也。坤稱子母牛者,重其蕃息。艮既為狗,亦為鼠,狗有守備之能,狗為能止,鼠為所止,並屬於艮。離為鱉蟹螺蜯龜,皆取其有甲,象外陽之義也。此皆五行之所配合,故於此而釋也。
この外、乾卦の六爻はみな竜を取りて象と為す。取るは竜の能く潜み能く躍るの変化の義である。《説卦伝》の乾を馬と為すを講ずる時にいう、馬はその強健の徳を取る。剛健なるに因りて、だから「良馬」と称す。乾は父と為るに因りて、だから「老馬」と称す。乾徳は剛健にして息まず(乾乾不已)に因りて、だから「瘠馬」(骨骼は勁瘦にして耐久なり)と称す。それに変化の用あるに因りて、だから「駁馬」(毛色は駁雑して変化のごとし)と称す。ただし坤卦もまた「牝馬の貞」を講ず。あれはただ母馬の柔順の義を取るのみである。馬は卦象と為るに、乾・坤のみ有るに止まらず、震卦もまた有り。震は善く嘶鳴するの馬と為る。震に雷声あるに因りて、雷震の象を取る。震はまた「馵足」の馬と為る(後の左足の白き馬)。馬にもまた白头と称する有りて、「的顙」の馬と為る(額上に白斑あり)。その顕明耀眼の義を取る。坎は脊背の健美なる馬と為る。坎の陽爻は中に居りて、中実潤沢の象あるに因る。だから各卦の中に竜・馬を以て相配する最多きは、天上に行走するに竜に比するなく、地上に行走するに馬を超過するなきがゆえに、因って取象もまた最も多し。坤卦は「子母牛」と称す。是れその繁殖蕃息の義を着重す。艮はすでに狗と為り、もまた鼠と為る。狗に守衛防備の本領ありて、狗は能く人をして止步せしむる者で、鼠は止めらるる者で、両者はみな艮に帰属す(艮は止と為る)。離は鳖・蟹・螺・蚌・亀と為る。みなそれらの外に甲殻あるを取り、離卦の外陽にして内陰の義を象徴す。これらはみな五行相互に配合するの結果で、だからここに一併に解釈す。
第二 三十六禽を論ず
禽蟲之類,名數甚多,今解三十六者,蓋取六甲之數,拭經所用也。其十二屬配十二支,支有三禽,故三十有六禽。所以支有三者,分一日為三時,旦及晝暮也。若以意求,正應十二屬並居晝位,不應或旦或暮。今依拭經法,以氣而取,孟則在暮,仲則在中,季則在旦,是十二屬當十二辰也。餘二十四,既是配禽,以不當支位。所以孟在暮者,孟是一時之首氣,初則未盛,向仲方盛,故屬也,取近盛氣,所以在暮也。仲則在晝者,以其氣盛在中也。季則在旦者,以季為一時之末,其氣已衰,當初近仲,尚有王勢,故屬旦也。於式當位,二俱不失。
禽獣虫豸のこの一類は、名目の数量は非常に多し。ここの解説する所以の三十六種は、「六甲」(六十甲子を分かちて六旬と為す)の数を取るがゆえに、もまた式盤占法(《拭経》はすなわち式経で、六壬式盤を講ずるの書)の用いる所である。その中の十二生肖は十二地支に配し、毎個の地支は下に三種の禽を轄す。だから共に三十六禽あり。毎支の三種を配する所以は、一天を分かちて三個の時段と為すに由る。早晨・白天・傍晚。もし常理に按って推想せば、十二生肖は本応にみな白天のあの一位に排すべく、応にあればあるは早晨に排しあるは傍晚に排すべからず。いま式経の弁法に依照すれば、気の盛衰に按って以て取るを為す。孟月(毎季の第一月、すなわち寅・巳・申・亥)の支は傍晚に排し、仲月(子・卯・午・酉)の支は白天に排し、季月(丑・辰・未・戌)の支は早晨に排す。このようにして十二生肖はすなわち各々その十二辰の位に当たる。其余の二十四种は、すでにただ陪配の禽のみなれば、すなわち再び正支の位に当たらず。孟支の傍晚に排する所以は、孟は一季の頭一個月の気にして、初起の時はなお旺盛ならず、仲月に到るを要してこそ轉盛す。だからそれは盛気に向かうの一端に帰属し、盛気に靠近するの処を取る。因って傍晚に排す。仲支の白天に排するは、その気の正に当中に盛んなるがゆえに。季支の早晨に排するは、季は一季の末月にして、気はすでに衰退するも、しかしそれが初起する時は仲月に緊接し、なお旺盛の勢を帯ぶるがゆえに、だから早晨に帰属す。このようになれば、式盤の上において各々その位に当たり、気と位との両方面はみなその序を失わず。
王簡云:子,朝為燕,晝為鼠,暮為伏翼。丑,朝為牛,晝為蟹,暮為鱉。寅,朝為狸,晝為豹,暮為虎。《本生經》云:旦為生木。又云:晝為虎,暮為狸。卯,朝為蝟,晝為兔,暮為貉。一云:朝為狐。《本生經》云:暮為鶴。辰,朝為龍,晝為蛟,暮為魚。巳,朝為蟮,晝為蚯蚓,暮為魚蛇。一云:暮為龜。《本生經》言:旦為赤土,晝為蛇,暮為蟬。午,朝為鹿,晝為馬,暮為獐。《本生經》言:旦為馬,晝為鹿,暮為麞。未,朝為羊,晝為鷹,暮為鴈。《本生經》云:暮為老木。申,朝為貓,晝為猨,暮為猴。一云:旦為羊。《本生經》言:暮為死石。
王簡の説法は、子支は、早晨は燕、白天は鼠、傍晚は伏翼(蝙蝠)。丑支は、早晨は牛、白天は蟹、傍晚は鳖。寅支は、早晨は狸、白天は豹、傍晚は虎。《本生経》は則ち寅の早晨は生木と説き、また一説は白天は虎・傍晚は狸。卯支は、早晨は猬、白天は兎、傍晚は貉。別に一説は早晨は狐。《本生経》は傍晚は鶴と説く。辰支は、早晨は竜、白天は蛟、傍晚は魚。巳支は、早晨は蟮(鱔)、白天は蚯蚓、傍晚は魚蛇。別に一説は傍晚は亀。《本生経》は巳の早晨は赤土、白天は蛇、傍晚は蝉と説く。見えるに各家の伝うる所は略々出入あり。午支は、早晨は鹿、白天は馬、傍晚は獐。《本生経》は則ち早晨は馬、白天は鹿、傍晚は麞(麞はすなわち獐)と説く。未支は、早晨は羊、白天は鷹、傍晚は雁。《本生経》は未の傍晚は老木と説く。申支は、早晨は猫、白天は猿、傍晚は猴。別に一説は早晨は羊。《本生経》は申の傍晚は死石と説く。看取すべし《本生経》の一系は全く動物を用いずして、しかして生木・赤土・老木・死石のこの類の五行の物を雑用して以て配するなり、と。
酉,朝為雉,晝為雞,暮為馬。一云:朝為雞,暮為死石。《禽變》云:暮為死土。《本生經》言:暮為鳶。戌,朝為狗,晝為狼,暮為豺。一云:暮為死金。《禽變》云:暮為死火。亥,朝為豕,晝為玃,暮為豬。一云:旦為生木,晝為豕,暮為蛦蝓。一云:旦為豚,晝為。一云:暮為朽木。雖《本生經》及《禽變》互有不同,晝暮之位,理從前解。
酉支は、早晨は雉、白天は鶏、傍晚は馬。別に一説は早晨は鶏・傍晚は死石。《禽変》は傍晚は死土と説く。《本生経》は傍晚は鳶と説く。戌支は、早晨は狗、白天は狼、傍晚は豺。別に一説は傍晚は死金。《禽変》は傍晚は死火と説く。亥支は、早晨は豕、白天は玃(大猿)、傍晚は猪。別に一説は早晨は生木、白天は豕、傍晚は蛦蝓。また一説は早晨は豚、白天は某物(底本のこの字は生僻の字形を作す)。なお一説は傍晚は朽木。《本生経》と《禽変》の両家は彼此に出入あるといえども、しかし早晨・白天・傍晚の三位の安排の理は、なお依照して前面の講ずる所の気の盛衰に依りて以て解釈す。
子為鼠燕伏翼者,色皆玄也,取水之色。鼠之為性,晝伏夜游,象陰氣也;出於穴常見首者,象陽氣萌動於子,欲見之狀也。燕口下有赤者,象陰之懷陽;其尾分者,陰數二也;春分而至,隨陽見也;秋分而蟄,隨陰伏也。《禮記·月令》云:仲春之月,玄鳥至,至日以太牢祀於高禖,以祈子孫也;秋分,玄鳥歸也。是見二月者,子刑卯也。《易通卦驗》云:玄鳥,陰鳥也。伏翼者,鼠老為之,謂之仙鼠。《方言》云:自關已東謂之伏翼。三者皆是陰蟲,故並居子也。
子支に鼠・燕・伏翼を配するは、この三者の毛羽はみな黒色なればに由りて、取るは水の顔色である(子は水に属し、水色は黒)。鼠の習性は白天に躲蔵し夜裏に出没す。陰気に取象す。それが洞穴の裏より出来する時は常常にただ頭を露出す。陽気の子月に萌動し顕露せんと欲してしかもまだ全く出でざるの様子に取象す。燕子は口の下に一片の紅色ありて、陰中に陽を懐抱するを象徴す。その尾巴は分岔して二と為り、正に陰数の二に合す。春分の時節に飛来するは、陽気に隨って出現す。秋分の時節に蟄蔵するは、陰気に隨って潜伏す。《礼記・月令》にいう、仲春二月、玄鳥(燕)は飛来す。燕の来たるこの日に太牢を用いて高禖の神を祭祀し、以て子孫を祈求す。秋分に到れば、玄鳥はまた飛び回去る。燕子は二月(卯月)に出現してしかもなお子支に帰属するは、子は卯を刑し、両者に刑の関係ありて相連なるがゆえに。《易通卦験》にいう、玄鳥は陰に属する鳥なり。伏翼は、老鼠の年老いて変化して成る所で、仙鼠と称す。《方言》にいう、函谷関以東の一帯はそれを把げて伏翼と呼ぶ、と。この三者はみな陰に属する動物なれば、だから一同に子支に帰す。
丑為牛蟹鱉者,丑為艮,立春之節,農事既興,牛之力也。又上當牛宿,《說題辭》曰:牛為陰事,牽耦耜耕也,故在丑。蟹者,立春之時,卉木生根,如其足也。艮為山,巨靈贔負,首頂靈山,負蓬萊山,卽巨蟹也。鱉者,土之精氣而生,中軟外堅,象土含陰陽也;其藏黃者,土之色也。牛亦有黃,蟹中亦黃,皆土精也。丑在北方水位,故兼主水、土。
丑支に牛・蟹・鳖を配するは、丑位は艮卦に属し、正に立春の時節に当たり、農事はひとたび興弁を開始すれば、靠るはすなわち牛力なればに由る。さらに、丑は上は天上の牛宿に應ず。《春秋説題辞》にいう、牛の任ずる所は陰に属する事で、成対の耒耜を牽引して耕地す。だから丑に配す、と。蟹に至っては、立春の時に草木は生根を開始し、あの鬚根の様子は正に蟹足に像る。艮は山と為り、伝説に巨霊神は重物を背負し霊山を頭頂し、蓬莱山を馱するあの神物は、すなわち巨蟹である。鳖に至っては、是れ土の精気を禀いて生ずる所で、内は軟にして外は堅し。土の陰陽を包含するに取象す。その体内に黄色の物を蔵す。正に土の顔色である。牛に牛黄あり、蟹の裏にもまた蟹黄ありて、みな土の精華である。丑は本身は北方の水位の上に処す。だからそれは兼ねて水・土の両行を主る。
寅為虎豹狸者,三獸形類皆相似。寅為木位,木主藂林;寅又屬艮,艮為山,虎之所處。《集靈經》云:寅為少陽,五色玄黃。寅又有生火,火主文章,三獸俱斑,並有文也。上應箕宿,箕主風,虎嘯風起,《易》云「風從虎」。《家語》云:三九二十七,七主星,星主虎,虎七月生,申沖寅,故虎在寅。狸豹以同類相從也。《本生經》云主木者,以寅有相木,正月方生也。
寅支に虎・豹・狸を配するは、この三種の獣の形貌は相類するがゆえに。寅は方位の上において木に属し、木は叢林を主る。寅はまた艮卦に帰属し、艮は山と為り、正に老虎の棲息する所である。《集霊経》にいう、寅は少陽と為り、その色は玄黄相間なり、と。寅の中にまた初生の火を含有し、火は文采を主る。しかしてこの三種の獣の身上にみな斑紋ありて、正に文あるの義に合す。寅は上は天上の箕宿に應じ、箕宿は風を主る。しかして虎はひとたび嘯すれば風はすなわち起こる。《周易・乾卦・文言》に「風は虎に従う」という。《孔子家語》にいう、三に九を乗じて二十七を得、七は星を主り、星は虎を主る。だから虎は七月を懐胎して生ず。申は寅と相冲し、虎は申に生まれて寅に配す。だから虎は寅に在り、と。狸と豹とは則ち同類相従を以て寅に附す。《本生経》は寅は木を主ると説くは、寅の中に「相」の位に処する木気を含有するがゆえに、正月の裏に木こそ剛に生発し起こるなり。
卯為兔蝟狢者,兔,陽蟲也,居月中者,陰懷陽也。《元命苞》云:兔居月中者,陰懷陽也,坎之氣。坎在子位,子刑在卯,故兔屬卯。老兔為蝟,狢亦兔類,故並居卯。一云:狢者,狐也,狐狢相類也。《本生經》言鶴者,此音同字誤也。
卯支に兎・猬・貉を配するは、兎は陽類の物に属して、しかして伝説にそれは月亮の裏に住す。正に陰中に陽を懐抱するの象徴なればに由る。《春秋元命苞》にいう、兎は月中に住す。是れ陰の陽を懐くるなり。坎の気に属す。坎は子位に居り、子の刑は卯に在り。だから兎は便ち卯支に帰属す、と。老兎は変じて猬と為り、貉もまた兎の一類なれば、だから一同に卯に帰す。別に一説あり、貉はすなわち狐で、狐と貉とはもともと相類す。《本生経》の卯の傍晚を鶴と為すと説くに至っては、「貉」「鶴」の二字の読音は相近してしかも写し錯れるがゆえにである。
辰為龍鮫魚者,申為水之源,子為中流,辰為水之末,如百川東注,皆歸於海。龍能興雲致雨,為水蟲之長,非海不能苞容,故其神而大。鮫魚亦是水蟲之長者,故並在辰。巳為蛇蟮蚯蚓者,《拭經》云:巳有騰蛇之將,因而配之。蛇,陽也,本在南;龜,陰也,本在北。以蛇配龜為玄武,二蟲共為一神,以陰偶,故從數在北方。蟮及蚯蚓,皆形同也。《禮記》云:小滿之節,蚯蚓出見。《慎子》云:騰蛇游霧,與蚯蚓同。黃帝有大螾如蚯,以應土德。已有寄生之土,故並配之。
辰支に竜・鮫・魚を配するは、水局三合の中において、申は水の源頭で、子は水の中流で、辰は水の帰宿で、たとえば百川は東流して最後にみな大海に帰入するがごとし。竜は能く雲を興し雨を降す。是れ水中動物の首領で、大海を除きてはそれを容納するものなし。だからそれはすでに神異にしてまた碩大なり。鮫魚もまた水族の中の巨長なれば、だから一併に辰に配す。巳支に蛇・蟮(鱔)・蚯蚓を配するは、《拭経》は巳位の上に「騰蛇」のこの一位の神将ありと説けば、すなわち勢いに順って蛇を配し上ぐるがゆえに。蛇は陽に属し、もともと南方に在り。亀は陰に属し、もともと北方に在り。蛇を把げて亀に配して合わせて玄武と成す。両種の動物は共に一神と為る。陰の偶数を凑成せんと要するがゆえに、だから数に隨って北方に帰す。蟮と蚯蚓とは、形状はみな蛇と相同じ。《礼記・月令》にいう、小満の時節、蚯蚓は土を出でて見ゆべし、と。《慎子》にいう、騰蛇は能く霧の中に游行す。この一点は蚯蚓と相同じ、と。また伝説に黄帝の時に蚯蚓のごとき大螾の出現ありて、以て土徳に応験するに用いたり。巳の中にもともと土気を寄有す。だからこれらを一併に巳に配す。
《本生經》言土者,以火相合生土也。檢眾書,蟮或為鼉,鼉字復作蟬。《本生經》解蟬云:常水藏,畏羅網,悲吟不言,且欲歌。言其悲吟,與蟬相類;論其水藏,與鼉相類。其形狀及土氣,巳為蛇蟮蚯蚓相類,鼉與蟬並,此非也。又《射覆經》云:遇蟬者,水蟲也,當知是蜆也。
《本生経》は巳を把げて土に配するは、巳の中に火と土と相合し、火は能く土を生ずればに由る。各家の書籍を查考すれば、「蟮」はあるは「鼉」(揚子鰐)と写作し、しかして「鼉」の字もまた「蝉」と写し成る有り。《本生経》の「蝉」を解釈する時にいう、それは常に水裏に蔵れ、羅網を害怕し、悲鳴して語らず、しかもまた歌わんと欲するに似たり、と。悲鳴のこの一点に就きて説けば、蝉と相類す。水裏に蔵るるのこの一点に就きて説けば、また鼉と相類す。しかしながら形状と含有する土気とを論ずれば、巳位の配する所は応に蛇・蟮・蚯蚓のこの一類の相似の物なるべし。鼉と蝉とを併列して進入するは、是れ対ならず。別に《射覆経》にいう、「蝉」を占るるを得るは、是れ水中の虫で、応に指す所は実は蜆なるを知るべし、と。
午為鹿馬麞者,午為太陽,馬有員蹄,象於陽也。午為天路,馬有駿足,涉遠之日,牝牡有時,故《家語》云:八九七十二,偶以承奇,奇主辰,辰為月,月主馬,馬十二月生,丑沖未,未與午合,故在午。鹿蹄坼者,以象陰也,而居陽位者,象懷陰也。《禮記·月令》云:仲夏之月,鹿角解。《易緯通卦驗》云:鹿者,獸中陽也,夏至解角。《家語》云:四九三十六,六主律,律主鹿,故鹿六月生,未與午合,故亦在午。獐鹿同類,因而配之。
午支に鹿・馬・麞を配するは、午は太陽の位と為りて、しかして馬蹄は円きがゆえに、陽に取象す(天円は陽と為る)。午はまた天馬の行空の路で、馬に健足ありて能く遠路を行き、交配もまた一定の時節あり。だから《孔子家語》にいう、八に九を乗じて七十二を得、偶数は奇数を承接し、奇数は辰を主り、辰は月と為り、月は馬を主る。だから馬は十二箇月を懐胎して生ず。丑は未と相冲し(馬は丑月の数に生ず)、しかして未は午と相合す。だから馬は午に配す、と。鹿蹄は分開す。陰に取象す。しかしそれはかえって陽位に居る。正に陽中に陰を懐くを象徴す。《礼記・月令》にいう、仲夏五月、鹿角は脱落す、と。《易緯通卦験》にいう、鹿は獣類の中の陽に属するで、夏至の時に角を解す、と。《孔子家語》にいう、四に九を乗じて三十六を得、六は律を主り、律は鹿を主る。だから鹿は六箇月を懐胎して生ず。未は午と相合す。だから鹿もまた午に配す、と。獐は鹿と同類なれば、因って一併に配上す。
問曰:八卦配禽,離不言馬,《禽變》乃以午為馬者,何?荅曰:坤為牝馬之貞,坤既在未,未與午合,故馬居午。問曰:干亦稱馬,震亦稱馬,何不併取其合?荅曰:行地莫過於馬,坤既是地,取其正用;干天震木,非是地體,故不取合。
人ありて問う、八卦の禽獣を配する時、離卦は並びに馬に配すと説かず(離の配するは雉)、《禽変》はかえって午を把げて馬に配作す。これは為什麼か。回答していう、坤卦に「牝馬の貞」の説法ありて、坤位は未に在りて、しかして未は午と相合す。だから馬はすなわち午に居る、と。また問う、乾卦もまた馬と称し、震卦もまた馬と称するに、なにゆえ一併にそれらの六合の位を取りて以て配せざるか。回答していう、地上に行走するに馬を超過するなく、坤はすでに大地を象徴せば、正にその本用を取る。乾は天を象徴し震は木を象徴し、みな大地の体にあらず。だからそれらの合位を取らず、と。
問曰:若如所解,干之六爻皆稱為龍,行天莫過於龍,龍德應干,何忽居辰?荅曰:未若為馬,誠如來難。馬既在午,正取其合;干位居戌,戌沖在辰,所以龍配於辰。問云:坤既取合,干忽用沖,此義難解。荅曰:坤為陰也,取其柔順從陽之義,故用合;干為陽也,陽體剛強,故取其沖。
また問う、このように解釈せば、乾卦の六爻はみな竜と称し、天上に行走するに竜を超過するなく、竜の徳性は正に乾と相応す。あの竜はどうして忽然と辰位に配するや。回答していう、未位に羊を配して馬に配せざるのこの一点に至っては、確かに汝の詰難する所のごとし。馬はすでに午に配せば、正に坤の未に在りて未午の相合するを取るなり。しかして乾位は戌に在り、戌は辰と相冲す。だから竜は辰に配す、と。また問う、坤は六合を取るに、乾はかえって忽然と相冲に改用す。この道理は講じて通ぜず。回答していう、坤は陰に属し、その柔順にして陽に従うの義を取る。だから「合」を用いる。乾は陽に属し、陽の本体は剛強なり。だからその相「冲」の位を取る。剛柔は取法同じからず。因って一は合を用い一は冲を用いる、と。
未為羊鷹鴈者,《拭經》云:未為小吉,主婚姻禮娉,禮娉有羊鴈之用。鄭玄《婚禮謁文》云:鴈候陰陽,待時乃舉。《易》以坤為羊,坤在未也。《禮記·月令》云:季夏之月,鷹初學習,此因候以配之。《本生經》云老木者,以未為木墓,木至六月衰老也。
未支に羊・鷹・雁を配するは、《拭経》は未位は「小吉」のこの一位の神将にして、婚姻聘娶の礼を主管すると説き、しかして聘礼の上において羊と雁とを用いるに到るがゆえに。鄭玄《婚礼謁文》にいう、大雁は能く陰陽の消長を候知し、時節を等候してこそ起飛す、と。《周易》は坤を以て羊と為し、しかして坤位は正に未に在り。《礼記・月令》にいう、季夏六月、幼鷹は搏撃を学習し開始す。これは物候に按って以て配するなり。《本生経》は未を老木と為すと説くは、未は木の墓庫にして、木は六月に到りてすでに衰老すればに由る。見えるに羊は坤卦の象を取り、雁は婚聘の用を取り、鷹は季夏の候を取る。三者は各々各々の依拠あり。
申為猴猿貓者,秋為殺氣,萬物衰老,猴猿之貌並似老人。七月山果皆熟,猴猿以其儲糧之時為王。《拭經》云:金氣盛時,能老萬物猴猿貌也。《家語》云:五九四十五,五為音,音主猿,猿五月生,午中有沐浴金,殺氣未壯,至申金王,殺氣始強。又言:在火中未有音聲,出火其音方成,故並在申。
申支に猴・猿・猫を配するは、秋天は粛殺の気を主り、万物は衰老し、しかして猴猿の面貌はみな老人に像るがゆえに。七月の裏に山中の野果はみな熟し、猴猿は正に口粮を儲備するの時に当たる。だからこの時に於て最も勢を得。《拭経》にいう、金気の正に盛なる時は、能く万物をして衰老せしむ。猴猿の面貌はすなわちこの種の老態なり、と。《孔子家語》にいう、五に九を乗じて四十五を得、五は音を主り、音は猿を主る。だから猿は五箇月を懐胎して生ず。午位の中において金は「沐浴」の地に処り、殺気はなお強壯ならず。申位に到りて金は正に旺に当たり、殺気こそ強に轉ず、と。またいう、金は火の中に在る時はなお声音を発出する能わず、火を出でてこそ能くその音を成す。――猿は善く啼くを以て著稱す。だから猿と申とはみな一処に帰す、と。
《本生經》言旦為玉者,玉有溫潤鏗鏘之音,故取其旦。暮為死石者,石是玉類,亦有音聲,言其氣衰,故在暮曰死。玉石皆金之本,故皆配金位。貓亦是同類,故以配焉。酉為雞雉烏者,酉為金,威武之用。雞有五德,以武為先,見敵必斗,是其本性。《說題辭》云:雞為積陽,南方之象,火陽精物炎上,故陽出則雞鳴,以類感也。《考異郵》云:雞火畜,鳴近寅,寅陽,有生火,喜故鳴。武事必有號令,故在西方。巽為雞,亦為號令,辰巳並與酉合,故在酉。
《本生経》は申の早晨を玉と為すと説くは、玉に温潤の質地と鏗鏘の声音(金の音声の義に合す)あるがゆえに、だから気の初起する早晨に配す。傍晚を死石と説くは、石は玉と同類にして、もまた能く声音を発出す。ただその気のすでに衰敗するを説くがゆえに、だから傍晚に在りて「死」と称す。玉と石とはみな金の本源なれば、だからみな金位に配す。猫もまた猴猿の一類の走獣なれば、因って一併に配上す。酉支に鶏・雉・烏を配するは、酉は金に属し、金の威武の用を取るがゆえに。鶏に文・武・勇・仁・信の五徳ありて、その中に武を以て首と為し、対手に遇見すれば必ず争闘す。これはその本性である。《春秋説題辞》にいう、鶏は陽気の積聚して成る所で、南方の象に属し、火は陽の精華にして性は炎上す。だから太陽はひとたび出でれば鶏はすなわち打鳴す。これは同類の相感なり、と。《考異郵》にいう、鶏は火に属する家畜で、打鳴の時辰は寅時に接近し、寅は陽に属してしかも初生の火を含有す。鶏は欣喜を感じてだから鳴叫す、と。武事は必ず号令を有するを要す。だから鶏は兵を主る西方に配す。八卦の中、巽は鶏と為り、巽はまた号令を主る。辰・巳はみな酉と相合す。だから酉に配す。
雉是火鳥,為武之威。《方伎傳》云:太白揚光,則雞鳴;熒惑流耀,則雉驚。《易通卦驗》云:雉者是陽,雄鳴則雌應,陽唱陰和之義;當時則雊,亦號令之義。烏者,陰之禽,而居日中。《元命苞》云:烏在日中,象陽懷陰也。以其在日中得陽氣,故仁而能反哺。在酉者,春時日臨兌酉,是二八之門,日所入處,取其終也,故並配酉。
雉は火に属する鳥で、武事の威厳を象徴す。《方伎伝》にいう、太白星(金星)の光芒は大盛なれば、鶏はすなわち打鳴す。熒惑星(火星)は流転して生輝せば、雉はすなわち驚飛す。――これは正に鶏は金に属し雉は火に属するを見るなり、と。《易通卦験》にいう、雉は陽に属し、雄雉はひとたび鳴けば雌雉はすなわち応和す。これは陽唱陰和の義なり。時節に到ればすなわち鳴叫(雊)す。もまた号令の意思を含有す、と。烏鴉は陰に属する禽鳥にして、伝説はかえって太陽の中に住す。《春秋元命苞》にいう、烏は日中に在り。陽中に陰を懐抱するを象徴す。それが太陽の中に在りて陽気を得るに因りて、だから性情は仁厚にして、能く食を銜えて母に反哺す。それが酉に配するは、春分の時に太陽は行臨して兌卦の酉位に至り、あれは二月と八月との分界の「二八之門」で、もまた太陽の落下する所で、その終結の義を取るがゆえに。だから雉・烏はみな酉に配す。
又云暮為死石者,取其金氣衰也。《禽變》曰暮為死土者,土至金末,氣衰敗也。《本生經》云暮為鳶者,亦迅擊有武用也,無五德,故在暮。戌為狗、狼豺者,戌為黃昏,乾為天門,戌既屬干,昏闇之時,以警備也。京氏《別對》曰:狗為主行,以防奸也。《易》曰:艮為狗。艮既是門闕,狗以守防也。《家語》云:七九六十三,三主斗,斗主狗,狗三月生,辰沖戌,寅戌合,故在戌。《禮記·月令》云:九月之時,豺乃祭獸,因候配之。狼形相似,《說文》云:豺,狼屬也,故並居戌。
また一説あり、酉の傍晚は死石と為るは、取るは金気のここに到りて衰敗するの義。《禽変》は傍晚を死土と説くは、土が金気の末尾に到りて、気はすでに衰敗せればに由る。《本生経》は傍晚を鳶(老鷹)と説くは、もまたその迅猛搏撃にして武用の義あるを取る。ただ鳶は鶏のように五徳を具備するに似ず。だからただ傍晚に排する能うのみ。戌支に狗・狼・豺を配するは、戌は黄昏の時に当たり、乾は天門と為り、戌はすでに乾位に帰属し、正に天色は昏暗に値して、警戒守備を需要するがゆえに。京房《別対》にいう、狗は巡行を主管し、以て奸盗を防備するに用いる、と。《周易・説卦》にいう、艮は狗と為る、と。艮はすでに門闕の象なれば、狗は正に以て門戸を守衛するに用いる者である。《孔子家語》にいう、七に九を乗じて六十三を得、三は斗を主り、斗は狗を主る。だから狗は三箇月を懐胎して生ず。辰は戌と相冲し、寅は戌と相合す。だから狗は戌に配す、と。《礼記・月令》にいう、九月の時、豺は猟する所の獣を陈列して祭祀のごとく開始す。これは物候に按って以て配するなり。狼の形貌は豺と相似す。《説文解字》に「豺は狼の一類の動物なり」といい、だから一同に戌に帰す。
一曰暮死金者,金至戌衰敗故也。《禽變》云暮為死火者,戌為火墓也。亥為豬豕猚者,《拭經》云:亥為雜水,穢濁廁溷之象,豬之所居。豬色玄,象水色也;其蹄分者,陰象也;五更必起,不失其常,如水有潮,不違期也。《家語》云:六九五十四,四主時,時主豕,豕四月生也,沖已,故在亥。豕,豬之小者;猚亦取其類,而好夜行,以陰性也,故並在亥。
別の一説、戌の傍晚は死金と為るは、金が戌位に到りてすでに衰敗するがゆえに。《禽変》は傍晚を死火と説くは、戌は火の墓庫なればに由る。亥支に猪・豕・猚を配するは、《拭経》は亥は混雑の水に属し、是れ汚穢廁圏の象徴で、正に猪の居する所と説くがゆえに。猪の毛色は黒く、水色に取象す。その蹄は分開して、陰の象に属す。それは五更に到れば必ず起身し、従来その常度を失わず。たとえば海水に潮汐ありて、従来時刻に違背せざるがごとし。《孔子家語》にいう、六に九を乗じて五十四を得、四は時を主り、時は豕を主る。だから豕は四箇月を懐胎して生ず。四月は巳と為り、巳は亥と相冲す。だから亥に配す、と。豕は猪の中の小なる。猚もまたその同類を取り、しかして夜間に行動するを好み、陰性に属す。だから一併に亥に配す。
一雲旦為生木者,木生於亥也。暮為蛦蝓者,應是,恐字誤也。又云旦為豚,豚豕同也。一雲暮為朽木者,木始生敷,因水淹沒,故腐朽也。問曰:禽蟲之例數多,何故不取麟鳳為屬,乃取蚯蚓蛇鼠小蟲?荅曰:取十二屬者,皆以其知時候氣,或色或形,並應陰陽故也。麟鳳已配五靈,非是虛而不用。
別の一説、亥の早晨は生木と為るは、木は亥に長生するがゆえに。傍晚を蛦蝓と説くは、原字は応に別の一個の虫名なるべし(底本のここの両字はみな生僻の字形を作す)。恐らくは字の写し錯れるならん。また早晨を豚と説く有り。豚と豕とはもともと一物なり。なお一説は傍晚を朽木と為すは、木が剛に萌生して鋪展し始めるや、すなわち水に淹没せられ、だから腐朽せるがゆえに。人ありて問う、禽獣虫豸の種類はあのように多きに、なにゆえ麟・鳳を取りて以て十二属を做らずして、反って蚯蚓・蛇・鼠のこれらの小虫を取るや。回答していう、此の十二属を選取する所以は、それらがみな能く時節を知り気候を感じ、あるいは毛色の上において、あるいは形体の上において、みな能く陰陽と相応ずればに由る。麟・鳳はすでに五霊に配せられれば、並びにそれらを空置して用いざるにあらず、と。
又問曰:麟鳳已配五靈,更不取者;龍虎亦配,何為復用?荅曰:龍動雲興,虎嘯風起,此是應陰陽之氣,所以須取。麟鳳雖靈,無所作動,故不重用。其十二屬,並是斗星之氣,散而為人之命,繫於北斗,是故用以為屬。
また問う、麟・鳳はすでに五霊に配せられれば則ち再び取用せず。しかしながら竜・虎もまた同様に五霊に配せられたるに、なにゆえかえって重複して使用するや(辰は竜に配し寅は虎に配す)。回答していう、竜はひとたび動けば雲はすなわち興起し、虎はひとたび嘯すれば風はすなわち刮り来たる。これはそれらが能く陰陽の気を感応するがゆえに、だから必ず取用するを要す。麟・鳳はもまた霊性あるといえども、しかし什麼の感応発動あるを見ず。だから重複して取用せず。この十二属は、みな北斗星辰の気の散布し下る所で、化して人の命属と為り、北斗に繋属す。だからこそそれらを用いて以て十二生肖を作るなり、と。
《春秋運斗樞》曰:樞星散為龍馬,旋星散為虎,機星散為狗,摧星散為蛇,玉衡散為雞兔鼠,闔陽散為羊牛,搖光散為猴猿。此等皆上應天星,下屬年命也。三十六禽,各作方位,為禽蟲之長,領三百六十,十而倍之,至三千六百,並配五行,皆相貫領。既非占候之用,不復具釋。
《春秋運斗枢》にいう、北斗の第一枢星の気は散布し下りて成りて竜馬と為り、第二旋星は散じて虎と為り、第三機星は散じて狗と為り、第四摧星(権星)は散じて蛇と為り、第五玉衡は散じて鶏・兎・鼠と為り、第六闔陽(開陽)は散じて羊・牛と為り、第七揺光は散じて猴・猿と為る。これらはみな上は天上の星辰に應じ、下は人の年命に繋る。三十六禽は各々一方の位を占め、是れ禽獣虫豸の首領で、各々三百六十種を統領す。この数を十倍に推衍し上げれば、三千六百種に到るべく、全く五行に配属して、層層に貫通統属す。これらはすでに占候の実際の用いる所にあらざれば、すなわち再び一一に解説せず、と。
