第十六 七政を論ず
夫七政者,乃是玄象之端,正天之度,王者仰之以為治政,故謂之政。七者,數有七也。凡有三解:一雲日月五星合為七政;二雲北斗七星為七政;三雲二十八宿布在四方,方別七宿,共為七政。此三種七政,皆配五行,並三辰之首也。日月五星為七政者,《尚書·考靈曜》七政曰:日月者,時之主也;五星者,時之紀也。故曰:在璇璣玉衡,以齊七政。七政,謂日月五行之政。七政,卽日月五星也。
いわゆる「七政」とは、天象の綱領・天度を校正する準則である。帝王はそれを仰観して以て治理を施行す。だからそれを「政」と称す。「七」と称するは、その数目が七なるがゆえである。従来共に三種の解釈あり。一説は日・月に五星を加えて七政と為す。二説は北斗七星はすなわち七政。三説は二十八宿が四方に分布し毎方に七宿ありて合して七政と為す。この三種の七政はみな五行に配属するを要し、またみな「三辰」(日・月・星)の中の首要である。まず日月五星を七政と為すのこの一説を講ず。緯書《尚書考霊曜》の七政を論ずるにいう、日月は時令の主宰、五星は時令の綱紀、と。だから《尚書・舜典》に「璇璣玉衡に在り、以て七政を斉う」という。――ここの七政は、すなわち日月と五行の星の政令で、すなわち日・月と金木水火土の五星である。
日者,《河圖汗光篇》云:日為陽精,始日實也。《元命苞》云:陽以一起,故日,日行一度;陽成於三,故有三足烏。烏者,陽精,其言僂呼,俗人見僂呼似烏,故以名之。又云:火精陽氣,故外熱內陰,象烏也。日尊故滿,滿故施,施故仁,仁故精。精在外,在外故大。日外暑,外暑故陽精外吐。
まず太陽を言う。《河図汗光篇》にいう、日は陽の精華で、だから「日」は「実」より名を得る。充実して亏なきの義を取る。《春秋元命苞》にいう、陽気は「一」より頭を起こす。だから日と呼ぶ。太陽は毎日一度を行進す。陽は「三」に成就す。だから日中に三足烏あり。烏は陽の精気で、その叫声は「僂呼」を作す。俗人は「僂呼」と叫ぶ鳥を見て形状が烏鴉に似れば、すなわち「烏」を用いてそれを称す。またいう、日は火の精・陽の気で、だから外面は熾熱にして内裏は陰を含む。正に烏鴉に取象す(羽色は黒にして陰に属す)。日は尊貴なればこそ円満し、円満すればこそ能く施与し、能く施与すればこそ仁と為り、仁と為ればこそ精純なり。その精華は外に顕れ、外に顕るればこそ看て大なり。日は外に在りて炎熱し、外熱すればこそ陽精は外に向かって噴吐す。
天有三百六十五度四分度之一,布在四方,日,日一歷,無差遲,使四方合如一,故其字四合一也。《白虎通》云:日徑千里,圍三千里,下於天七千里。《太玄經》云:日一南,萬物死;日一北,萬物生。《物理論》云:夏則陽盛而陰衰,故晝長而夜短;冬則陰盛而陽衰,故晝短而夜長。行陽道長,出入卯酉之北;行陰道短,出入卯酉之南;春秋陰陽等,故行中道,晝夜等也。
周天は共に三百六十五また四分之一度あり、四方に分布す。太陽は毎日一周を巡行し、毫も遅誤差錯なく、四方をして合斉して一のごとくせしむ。だから「日」のこの字の構形はすなわち「四」と「一」との相合の義を取る。《白虎通》にいう、太陽の直径は一千里、周長は三千里、天を離れて七千里、と。《太玄経》にいう、太陽はひとたび南行すれば、万物はすなわち凋死し、ひとたび北行すれば、万物はすなわち滋生す、と。《物理論》にいう、夏は陽盛にして陰衰す。だから白昼は長く黒夜は短し。冬は陰盛にして陽衰す。だから白昼は短く黒夜は長し。太陽が陽道を走る時は昼は長く、出没の処は正東(卯)正西(酉)の北に偏す。陰道を走る時は昼は短く、出没の処は卯酉の南に偏す。春分秋分の時は陰陽均等す。だから中道を走り、昼夜もまた様子一の長さなり。
《考靈曜》云:春一日,日出卯入酉,昴星一度中而昏,斗星十二度中而明;仲夏一日,日出寅入戌,心星五度中而昏,營室十度中而明;秋一日,日出卯入酉,須女四度中而昏,東井十一度中而明;仲冬一日,日出辰入申,奎星一度中而昏,氐星九度中而明。卯酉陰陽交會,日月至此為中道,萬物盛衰出入之所,故號二八之門,以當二八月也。故《詩推度交》云:卯酉之際為改政。
《尚書考霊曜》は四時の昏旦中星を記す。春分のこの日は、日は卯に出で酉に落ち、昴宿の一度は黄昏の時に中天に上り、斗宿の十二度は天亮の時に中天に上る。仲夏のこの日は、日は寅に出で戌に落ち、心宿の五度は黄昏の時に中天に上り、営室の十度は天亮の時に中天に上る。秋分のこの日は、日は卯に出で酉に落ち、須女の四度は黄昏の時に中天に上り、東井の十一度は天亮の時に中天に上る。仲冬のこの日は、日は辰に出で申に落ち、奎宿の一度は黄昏の時に中天に上り、氐宿の九度は天亮の時に中天に上る。卯位と酉位とは陰陽交会の処で、日月はここに行き到ればすなわち中道を走る。もまた万物盛衰出入の関口で、だって「二八の門」と呼ぶ。それが正に二月と八月とに対応するがゆえである。だから緯書《詩推度災》(文中は「詩推度交」と作る)にいう、卯酉の交界の際は、正に政令を改換する時候である、と。
《漢書·天文志》云:日者,君之象。君行急則日行疾,君行緩則日行遲,遲疾失其常則蝕。蝕在交道也。蝕者,陰侵陽,臣凌君之象也,故日蝕修德以禳之。月者,《春秋元命苞》云:月者,陰精,為言闕也。中有蟾蜍與兔者,陰陽兩居相附,托抑詘合,陽結治其內,光炬中氣似文耳。兔善走,象陽動也。兔之言僖僖呼呼,溫暖名也。
《漢書・天文志》にいう、日は君主の象徴である。君主は行事が急躁なれば、太陽はすなわち走ること速し。君主は行事が遅緩なれば、太陽はすなわち走ること慢し。快慢は常度を失えば、便ち日食が発生す。日食は黄道と白道の交点の上に発生す。日食は陰が陽を侵犯するに、すなわち臣下の君主を欺凌するの象である。だから日食に遇えば明德政を修めて以て禳除するを要す。さらに月亮を言う。《春秋元命苞》にいう、月は陰の精華で、「月」のこの字は「闕」に義を取る。すなわち亏缺あるなり。月中に蟾蜍と兔子あり。是れ陰陽の両者が同じく処し相依り、彼此抑譲屈合す。陽は凝結してその裏面を統治し、光焰の中のあの紋理に似たる一点のものはすなわち陽気である。兔子は善く走る。陽の運動を象徴す。「兔」の読音は「僖僖呼呼」のごとく、もとは温暖の名称である。
月,水之精,故內明而氣冷。陰生不滿者,詘於君也;至望而盈者,氣事合也;盈而缺者,詘向尊也。其氣卑,卑故修表成緯。陰受陽精,故精在內,所以金水內景;內景,故精陰沈執不動。月為陰精,體自無光,藉日照之乃明,猶如臣自無威,假君之勢乃成其威。月初未政對日,故無光缺;月半而與日相對,故光滿;十六日已後漸缺,亦漸不對日也。
月は水の精華で、だから内裏は明亮にして気性は寒冷。月は初生する時は円満せず。君(日)に対して屈从するがゆえである。望日に到りて盈満するは、気と事と相合するがゆえである。盈満した後また亏缺するは、再度尊者に向かって屈譲するがゆえである。その気は卑下す。卑下すればこそただ外表を修飾して「緯星」と為るのみ能くす(恒定の経星と相対す)。陰は陽の精気を接受す。だから精華は裏面に含む。因って金と水とはみな「内景」に属す。すなわち光華は内に蔵る。すでに内景なれば、その精気は便ち陰沈に持守して外に動かず。月は陰精で、本体自身は並びに光を発せず。太陽の照射に憑ってこそ明亮す。正に臣子の自身に威勢なく、君主の権勢を借りてこそ威厳を成就するがごとし。月初はまだ太陽に正対せず。だから光なくして残缺す。月半に到りて太陽と正相対す。だから光華は円満す。十六日以後は逐漸亏缺し、もまた逐漸に太陽に正対せざるに至る。
《漢書·天文志》云:月,日行十三度四分度之一。立春、春分,東從青道;立秋、秋分,西從白道;立冬、冬至,北從黑道;立夏、夏至,南從赤道;季夏行中道。赤青出陽道,白黑出陰道。晦而見西方,謂之朓;朔而見東方,謂之朒。若君舒緩,臣驕慢,故日行遲而月行疾;君肅急,則臣恐懼,故日行疾而月行遲,不敢迫近君位也。其行遲疾失度,亦蝕。蝕者,當日之沖有闇虛,闇虛當月則月蝕,當星則星亡。月蝕者,陽侵陰也。董仲舒云:於人,妃后大臣諸公之象。月為刑,故月蝕修刑以禳之。
《漢書・天文志》にいう、月亮は毎日十三また四分之一度を行く。立春・春分の時は東辺より「青道」を走り、立秋・秋分の時は西辺より「白道」を走り、立冬・冬至の時は北辺より「黒道」を走り、立夏・夏至の時は南辺より「赤道」を走り、季夏は則ち中道を走る。その中、赤道・青道は陽道に属し、白道・黒道は陰道に属す。晦日にして西方に出現するを「朓」と呼び、朔日にして東方に出現するを「朒」と呼ぶ。もし君主が寛緩にして臣下が驕慢なれば、すなわち日行は遅く月行は疾くなり、君主が厳粛急切にして臣下が畏懼すれば、すなわち日行は疾く月行は遅くなり、敢えて君位に迫近せず。月行の快慢はひとたび常度を失えば、もまた月食が発生す。月食の成因は、太陽に正対するあの一方に「暗虚」(すなわち地影)ありて、暗虚は正に月亮に対して、月はすなわち亏食す。正に或る星宿に対すれば、あの星はすなわち隠没して見えず。月食は陽の陰を侵犯するに属す。董仲舒にいう、人事の上に落ちれば、月は妃后・大臣・諸公の象である。月は刑を主る。だから月食に遇えば刑政を修明して以て禳除するを要す、と。
五星者,《說文》云:星者,萬物之精。或曰:日分為星,故其字日下生。《史記》云:星,金之散精,星隕為石,此金是也。《春秋》云:隕石於宋,隕星也。又云:星者,陰精,金亦陰也。列而言之,各配五行,不獨主金。歲星,木之精,其位東方,主春,蒼帝之子,人主之象,五星之長,司農之官,主福慶。凡有六名:一名攝提,二名重華,三名應星,四名纏星,五名紀星,六名修人星。其所主國,曰吳、齊。超舍而前為盈,退舍為縮。行邪則主邪,行正則主正;政急則行疾,政緩則行遲;酷則行陰,和則行陽;行陽則旱,行陰則水;治則順度,亂則逆行。以其主歲,故名歲星。
さらに五星を言う。《説文解字》にいう、星は万物の精華、と。あるいはいう、太陽は分散し開けばすなわち星と成る。だから「星」の字は「日」より従い下に「生」に従う、と。《史記・天官書》にいう、星は金の散落したる精気で、星は地に墜ちればすなわち石頭と成る。見えるにそれは金に属す、と。《春秋》は「宋に隕石す」を記載す。言うは正に墜落したる星である。また一説あり、星は陰の精華にして、しかして金もまた陰に属す。ただしもし逐一に分列せば、五星は各々一行に配属して、並びに単単に金を主るにあらず。まず歳星(木星)を言う。それは木の精華で、方位は東方に在り、春季を主り、蒼帝の子・君主の象と為り、五星の長で、農事を掌管する官に相当し、福慶の事を主管す。それは共に六個の名号あり。一を攝提と名づけ、二を重華、三を應星、四を纏星、五を紀星、六を修人星と為す。それの主る所の分野の国は呉と斉。それはもし応に在るべき星舎を越えて向前すれば、「盈」と呼ぶ。退後して一舎すれば、「縮」と呼ぶ。それの運行が偏邪なれば、すなわち人主の邪僻に応験し、運行が端正なれば、すなわち人主の端正に応験す。政令が急迫すればそれは便ち走ること速く、政令が寛緩すればそれは便ち走ること慢く、政令が苛酷なればそれは便ち陰道を走り、政令が平和なればそれは便ち陽道を走る。陽道を走ればすなわち旱し、陰道を走ればすなわち澇す。天下が治まればそれは度に順いて行い、天下が乱ればそれは逆行す。それが歳功を主管するに因りて(約十二年に天を一周し、毎年一経行し一次す)、だから名づけて歳星と為す。
熒惑,火之精,其位南方,主夏,赤帝之子,方伯之象,五星之伯。上承太一,下司人君,謂天子理也。伺無道,出入無常,為天伺察,所往主兵亂賊喪飢疾。凡有二名:一名罰星,二名執法。其所主國,曰荊、越。是太白之雄,出南為熒惑,居西為天理,在東為縣息。以其出入無常,故名熒惑。鎮星,土之精,其位中央,主四季,女主之象,主德,為五星之王,一名地候,伺女主之邪正。入陽則為外,入陰則為內。四星皆失,鎮星乃為動。以其鎮宿不移,故名鎮星。
熒惑(火星)は火の精華で、方位は南方に在り、夏季を主り、赤帝の子・方伯の象と為り、五星中の伯長である。それは上に太一の命を承え、下に人君を督察す。すなわち天子の治理を督察するなり。それは無道の君を偵伺し、出没に常規なく、上天に替わりて巡察す。到る所は兵乱・盗賊・喪亡・飢荒・疾疫を主る。それに両個の名号あり。一を罰星と名づけ、二を執法と為す。主る所の分野の国は荊と越。それは太白の雄配である。南方に出現すれば熒惑と呼び、西方に居れば天理と呼び、東方に在れば県息と呼ぶ。それが出没常なく熒熒として人をして迷惑せしむるに因りて、だから名づけて熒惑と為す。鎮星(土星)は土の精華で、方位は中央に在り、四季の末を主り、女主の象と為り、徳を主り、五星の王で、また「地候」と名づく。もっぱら女主の邪と正とを察す。それは陽位に進入すればすなわち外事を主り、陰位に進入すればすなわち内事を主る。必ず其余の四星が全く度を失してこそ、鎮星はこそそれがために変動す。それが毎年一宿を鎮守して移動せざるに因りて、だから名づけて鎮星と為す。
太白,金之精,其位西方,主立秋,白帝之子,大將之象,以司兵凶。日南方,太白居其南;日北方,太白居其北,曰盈。日南方,太白居其北;日北方,太白居其南,曰縮。未可出東方而出東方,名重華;未可下東方而下東方,名少歲;未可出西方而出西方,名太白;未可下西方而下西方,名白省。凡有六名:一名天相,二名天政,三名大臣,四名大皓,五名明星,六名大囂。《詩》云:東曰啟明,西曰長更。其所主國,曰秦、晉、鄭。太白是歲星之雄。太白主兵,兵,西方,金,色白,故曰太白。
太白(金星)は金の精華で、方位は西方に在り、立秋を主り、白帝の子・大将の象と為り、兵事と凶事とを掌管す。太陽が南に偏する時は太白もまたそれの南辺に在り、太陽が北に偏する時は太白もまたそれの北辺に在る。これを「盈」と呼ぶ。太陽が南に偏するに太白はかえってそれの北辺に在り、太陽が北に偏するに太白はかえってそれの南辺に在る。これを「縮」と呼ぶ。東方に出現すべからざるにしかれども東方に出現するを「重華」と呼び、東方に沈没すべからざるにしかれども東方に沈没するを「少歳」と呼び、西方に出現すべからざるにしかれども西方に出現するを「太白」と呼び、西方に沈没すべからざるにしかれども西方に沈没するを「白省」と呼ぶ。それは共に六個の名号あり。一を天相と名づけ、二を天政、三を大臣、四を大皓、五を明星、六を大囂と為す。《詩経・小雅・大東》にいう、清晨に東方に在るを「啓明」と呼び、黄昏に西方に在るを「長庚」と呼ぶ(文中は「長更」と作る)。主る所の分野の国は秦・晋・鄭。太白は歳星の雄配である。太白は兵事を主り、兵は西方に属し、西方は金に属し、金色は白。だから太白と呼ぶ。
辰星,水之精,其位北方,主冬,黑帝之子,宰相之象,主刑。政酷則不入,政和則不出。凡有六名:一名安調,二名細極,三名熊星,四名鉤歲,五名伺農,六名勉星。其所主國,曰趙、代。辰星主德,是天之執政,出入平時,故曰辰星。經云:五車西北第一星曰太白,次北一星曰辰星,次東北一星曰歲星,次東南一星曰鎮星,次西南一星曰熒惑。此當五星分氣也。
辰星(水星)は水の精華で、方位は北方に在り、冬季を主り、黒帝の子・宰相の象と為り、刑罰を主管す。政令が苛酷なればそれは常度に入らず、政令が平和なればそれは常度を越出せず。それは共に六個の名号あり。一を安調と名づけ、二を細極、三を熊星、四を鈎歳、五を伺農、六を勉星と為す。主る所の分野の国は趙と代。辰星は徳を主り、上天の執政の官で、出没はみな時に合す。だから辰星と呼ぶ。星経にいう、五車星の中の西北方の第一星を太白と呼び、さらに北に往きて一星を辰星と呼び、さらに東北に往きて一星を歳星と呼び、さらに東南に往きて一星を鎮星と呼び、さらに西南に往きて一星を熒惑と呼ぶ。――これは正に五星の気の五車中における分布である。
又云:歲星變為彗星、欃雲、槍雲、天狗;熒惑變為彗星、蚩尤旗、格澤;鎮星變為獄漢、天沸、旬始、虹蜺;太白變為彗星,卽掃;辰星變為枉矢、天槍、天棓。並是五星氣亂,見妖星也,王者視之以知得失。《考靈曜》云:歲星為規,熒惑為矩,鎮星為繩,太白為衡,辰星為權。權衡規矩繩,並皆有所起,周而復始。故政失於春,歲星滿偃,不居其常;政失於復,熒惑逆行;政失於季夏,鎮星失度;政失於秋,太白失行,出入不當;政失於冬,辰星不效其鄉;五政俱失,五星不明。春政不失,五穀孳;夏政不失,甘雨時;季夏政不失,時無菑;秋政不失,人民昌;冬政不失,少疾喪;五政不失,日月光明。此則日月五星共為七政之道,亦名七曜,以其是光曜運行也。
星経にまたいう、歳星が変異を発生すれば、化して彗星・欃雲・槍雲・天狗と為る。熒惑が変異すれば、化して彗星・蚩尤旗・格沢と為る。鎮星が変異すれば、化して獄漢・天沸・旬始・虹霓と為る。太白が変異すれば、化して彗星と為る。すなわち掃星である。辰星が変異すれば、化して枉矢・天槍・天棓と為る。これらはみな五星の気が紊乱する時に顕現する妖星で、帝王はそれらを観察すれば、すなわち政事の得失を知るを得。《尚書考霊曜》はまた五星を五種の量具に比す。歳星は円規、熒惑は曲尺、鎮星は墨繩、太白は秤杆、辰星は秤錘。権・衡・規・矩・繩はみな各々起点ありて、周して復始して運行す。だから春天の政事が失当なれば、歳星はすなわち盈満偃伏して常度を守らず。夏天(文中は「復」と作る)の政事が失当なれば、熒惑はすなわち逆行す。季夏の政事が失当なれば、鎮星はすなわち度を失う。秋天の政事が失当なれば、太白はすなわちその行道を失い出没は時に当たらず。冬天の政事が失当なれば、辰星はすなわちそれが在るべき方位に應験せず。五時の政が全く失当なれば、五星はみな昏暗にして光なし。反対に、春政失わざれば、五穀は繁茂し、夏政失わざれば、甘霖は時に應じ、季夏政失わざれば、四時に灾なく、秋政失わざれば、人民は昌盛し、冬政失わざれば、疾病死喪は少なし。五政みな失わざれば、日月は自然に光明なり。以上はすなわち日月五星が合して七政と為るの道理。それらはもまた「七曜」と呼ばる。みな光を発して運行する天体なるがゆえである。
北斗為七政者,北斗,天樞也。天有七紀,斗有七星,第一至第四為魁,第五至第七為杓,合有七也。《尚書緯》云:璇璣,斗魁四星;玉衡,拘橫三星,合七,齊四時五威。五威者,五行也。五威在人為五命,七星在人為七端。北斗居天之中,當崑崙之上,運轉所指,隨二十四氣,正十二辰,建十二月。又,州國分野年命,莫不政之,故為七政。
第二種の説法は北斗七星を以て七政と為す。北斗は天の枢紐である。天に七紀あり、斗に七星あり。第一より第四星に至るを「魁」と為す。すなわち斗身である。第五より第七星に至るを「杓」と為す。すなわち斗柄である。合わせて正に七と為る。《尚書緯》にいう、「璇璣」は斗魁のあの四顆の星を指し、「玉衡」は横列する三顆の星を指す(文中は「拘横」と作る)。合わせて是れ七で、それを用いて四時と「五威」とを斉一す。五威はすなわち五行。五威は人の身上に落ちて「五命」と呼ばれ、七星は人の身上に落ちて「七端」と呼ばる。北斗は天の中央に居り、正に崑崙山の上に当たり、それの旋転して指す所の方向は二十四節気に隨って推移し、以て十二辰を端正し十二月の月建を確立するに用いる。この外、州国の分野・人の行年本命は、それの統轄を受けざるなし。だからそれを七政という。
《虞錄》云:北斗七星,據璇璣玉衡以齊七政。政者,天子所治天下,故王者承天行法。《合誠圖》云:北斗有七星,天子有七政。斗者,居陰布陽,故稱北斗。其七星各有四名。《合誠圖》云:斗第一星名樞,二名璇,三名璣,四名權,五名衡,六名開陽,七名標光。
《虞録》にいう、北斗七星は、璇璣玉衡に依拠して以て七政を斉一す。いわゆる「政」とは、すなわち天子の治理する所の天下で、だから帝王は天意を承奉して以て法度を推行するを要す。《春秋合誠図》にいう、北斗に七星あり、天子に七政あり。斗身は陰位に処して陽気を布散す。だから「北斗」と称す。この七顆の星は各々四套の名号あり。《合誠図》は第一套を給出す。斗の第一星の名は枢、第二は璇、第三は璣、第四は権、第五は衡、第六は開陽、第七は標光。
《黃帝斗圖》云:一名貪狼,子生人所屬;二名巨門,丑亥生人所屬;三名祿存,寅戌生人所屬;四名文曲,卯酉生人所屬;五名廉貞,辰申生人所屬;六名武曲,己未生人所屬;七名破軍,午生人所屬。《孔子元辰經》云:一名陽明星,二名陰精星,三名真人星,四名玄冥星,五名丹元星,六名北極星,七名天開星。
《黄帝斗図》は第二套の名号を給出し、併せてそれらを人の生年の地支の上に配す。第一を貪狼と名づけ、子年生の人の属する所。第二を巨門と名づけ、丑年・亥年生の人の属する所。第三を禄存と名づけ、寅年・戌年生の人の属する所。第四を文曲と名づけ、卯年・酉年生の人の属する所。第五を廉貞と名づけ、辰年・申年生の人の属する所。第六を武曲と名づけ、巳年(底本は「己」と作る)・未年生の人の属する所。第七を破軍と名づけ、午年生の人の属する所。これがすなわち後世の本命星君の説の源頭である。《孔子元辰経》は第三套を給出す。第一を陽明星と名づけ、第二を陰精星、第三を真人星、第四を玄冥星、第五を丹元星、第六を北極星、第七を天開星と為す。
《遁甲經》云:一名魁真星,二名魁元星,三名權九極星,四名魁細星,五名魓剛星,六名紀星,七名飄玄陽星。第一水,二水土,三木土,四金木,五金土,六火土,七火。所以子午各獨屬一星,其餘並兩辰共屬者,子午為天地之經,斗第一及第七魁剛兩星亦是斗之經建所用指也,自餘非所指者,故並兩屬。故六十甲子,從第一起甲子以配之,往還周旋,盡其數矣。
《遁甲経》は第四套を給出す。第一を魁真星と名づけ、第二を魁元星、第三を権九極星、第四を魁細星、第五を魓剛星、第六を某紀星(首字は罕見の異体で字書に失載)、第七を飄玄陽星と為す。それらの五行の属性は次のごとく依次す。第一は水に属し、第二は水に属して土を兼ね、第三は木に属して土を兼ね、第四は金に属して木を兼ね、第五は金に属して土を兼ね、第六は火に属して土を兼ね、第七は火に属す。なにゆえ子・午は各々単独に一星に帰属し、其余の地支はみな両両として共に一星に属するかに至っては――子と午とは天地の経線なればに由り、しかして北斗の第一星と第七星(魁星と剛星)もまた正に北斗が以て経建を定め方向を指示するの両顆である。其余の指向を担任せざる星は、則ち両個の地支に由りて合属す。だから六十甲子は第一星より起きて甲子を以て依次に相配し、往復回旋して、恰好この数を配し尽くす。
北斗領二十八宿,一星主四時,魁起室,剛起角,以次分屬。若人行年至室,而五星行到此宿者,隨星吉凶也。《合誠圖》云:樞星為雍州,璇星為冀州,璣星為青兗州,權星為徐揚州,衡星為荊州,開陽星為梁州,標光星為豫州。此為三才之道,併為斗之所政也。
北斗は二十八宿を統領し、毎一顆の星は一段の時令を主管す。斗魁は室宿より起算し、斗柄の剛星は角宿より起算し、依次に分派帰属す。仮に或る人の行年が室宿に走り到り、しかして五星が恰好この一宿に行き到れば、吉凶はすなわちあの顆の星に隨って定まる。《合誠図》はまた七星を九州に配す。枢星は雍州を主り、璇星は冀州を主り、璣星は青州と兖州とを主り、権星は徐州と揚州とを主り、衡星は荊州を主り、開陽星は梁州を主り、標光星は豫州を主る。これがすなわち天・地・人の三才の道で、もまた統統北斗の統轄する所に帰す。
二十八宿為七政者,以其分定國邦,布官設位也。《運斗樞》云:天有將相之位,佐列宿為衛,皆據璇璣玉衡,以齊七政,四時佈德,三道正氣。《尚書考靈曜》云:二十八宿周天三百六十五度四分度之一,故葉時月,正日度。星二十八宿配五行,有二別:一總配,二別配。
第三種の説法は二十八宿を以て七政と為す。それらが各国の疆域を划分確定し官职の位次を布列したるがゆえに。《春秋運斗枢》にいう、天上に将相の位次あり、輔佐の列宿は護衛を充当し、全く璇璣玉衡に依拠して以て七政を斉一し、四時は徳沢を布施し、三道は気候を端正す、と。《尚書考霊曜》にいう、二十八宿は周天を環遶して共に三百六十五また四分之一度。だから能く月份時令を協調し太陽の行度を校正す。二十八宿の五行に配するに両種の分法あり。一種は「総配」、一種は「別配」。
總配者:東方蒼龍七宿,角、亢、氐、房、心、尾、箕,木也,合三十二星,七十五度;南方朱雀七宿,東井、轝鬼、柳、七星、張、翼、軫,火也,合六十五星,一百五度;西方白虎七宿,奎、婁、胃、昴、畢、觜、參,金也,合五十一星,八十度;北方玄武七宿,斗、牽牛、須女、虛、危、營室、東壁,水也,合三十五星,九十八度。其屬土者,東則角亢,南則井鬼,西則奎婁,北則斗牛,皆居四季為土也。
まず総配を言う。東方の蒼竜七宿――角・亢・氐・房・心・尾・箕は、木に属し、共に三十二顆の星・七十五度。南方の朱雀七宿――東井・輿鬼・柳・七星・張・翼・軫は、火に属し、共に六十五顆の星・一百零五度。西方の白虎七宿――奎・婁・胃・昴・畢・觜・参は、金に属し、共に五十一顆の星・八十度。北方の玄武七宿――斗・牽牛・須女・虚・危・営室・東壁は、水に属し、共に三十五顆の星・九十八度。土に属するに至っては、東方は角・亢、南方は井・鬼、西方は奎・婁、北方は斗・牛。――それらはみな四方交接の季月の位に処す。だから土に帰す。これは正に土が四季に寄旺するの通例に合す。土に専属の一方なく、便ち四方より各々首尾の両宿を借る。四方七宿の度数を相加すれば、恰も是れ周天の三百六十五度の奇あり。読者は上に列する度数に按って逐方に累計すればすなわち験得しうる。
故曾子云:春分鳥星昏主春者中,可以種稷;夏至心星昏主夏者中,可以種黍菽;秋分虛星昏主秋者中,可以種麥;冬至昴星昏主冬者中,山人可以伐器械,家人可以收萑葦、蓄積、田獵。王者坐視四星之中,而知民之緩急,急則不賦力役,故曰敬授民時也。此為總配。
だから曾子にいう、春分の時は「鳥星」(南方朱雀中に春を主るあの顆)が黄昏に中天に上れば、すなわち稷を播種すべし。夏至の時は心星が黄昏に中天に上れば、すなわち黍と豆を播種すべし。秋分の時は虚星が黄昏に中天に上れば、すなわち麦を播種すべし。冬至の時は昴星が黄昏に中天に上れば、山居する人は以て木材を砍伐して器械を制作し、居家する人は以て芦荻を收割し粮草を儲備し田猟に従事すべし。帝王は安坐してこの四顆の中星を観察すれば、すなわち百姓の農事の緩急を知るを得。農事が緊迫する時は便ち力役を征発せず。これがすなわち《尚書》のいう所の「敬授民時」である。以上は総配の講法である。
別配五行者:角二星,為天門,三光之路,十二度,於時在辰,鄭分,木也。亢四星,為天庭,尚書之曹,九度,於時在辰,鄭分,春夏為火,秋冬為水也。氐四星,為宿宮,路寢所止,十五度,於時在卯,宋分,春夏為金,秋冬為水也。房六星,為明堂,政教之道,五度,於時在卯,宋分,土也。心三星,為天王之位,五度,於時在卯,宋分,春夏為木,秋冬為火也。
さらに別配を言う。すなわち逐宿に分別して五行に配し、併せて一一に星数・所司の職掌・所占の天度・所値の地支(十二次の辰)と分野の国とを注明す。角宿は二星で、天門である。日月五星の三光が運行する通道で、十二度を占め、辰に値り、鄭国の分野で、木に属す。亢宿は四星で、天庭である。たとえば尚書省の官署のごとく、九度を占め、辰に値り、鄭国の分野で、春夏は火に属し秋冬は水に属す(凡そ両属を注するは、みなその宿が季節に隨ってその気を変換することを表示す)。氐宿は四星で、安寝の宮で、天子の路寝の所在で、十五度を占め、卯に値り、宋国の分野で、春夏は金に属し秋冬は水に属す。房宿は六星で、明堂で、政教を頒布する所で、五度を占め、卯に値り、宋国の分野で、土に属す。心宿は三星で、天王の座位で、五度を占め、卯に値り、宋国の分野で、春夏は木に属し秋冬は火に属す。
尾九星,為後宮,妃嬪之府,十八度,於時在寅,燕分,水也。箕四星,為王后所居,進御之寢,十一度,於時在寅,燕分,木也,春夏為金,秋冬為土也。斗六星,為主爵祿,褒賢進士,二十六度,於時在丑,吳分,木也。牽牛六星,為主橋樑,七政之始,八度,於時在丑,吳分,木也。須女四星,為主布帛,天之內藏,十二度,於時在子,越分,春夏為水,秋冬為火也。
尾宿は九星で、後宮で、妃嬪の府第で、十八度を占め、寅に値り、燕国の分野で、水に属す。箕宿は四星で、王后の居る所・進御の寝殿で、十一度を占め、寅に値り、燕国の分野で、木に属するに、しかして春夏は金に属し秋冬は土に属す。斗宿は六星で、爵位俸禄を主管し、賢良を褒奨し士人を薦抜す。二十六度を占め、丑に値り、呉国の分野で、木に属す。牽牛は六星で、橋梁を主管し、七政推歩の起点で、八度を占め、丑に値り、呉国の分野で、木に属す。須女は四星で、布帛を主管し、上天の内府の庫蔵で、十二度を占め、子に値り、越国の分野で、春夏は水に属し秋冬は火に属す。この一組は尾より女に至り、寅・丑・子の三辰を跨ぎ、分野は燕より呉より越に由り、正に東北より東南沿海の一線に至る。その中、箕宿はすでに本気は木に属すと注し、また春夏は金に属し秋冬は土に属すと注するは、それが東方蒼竜の末に居りてすでに土旺の季位に近づくがゆえに、時令に隨って気を換するを要す。
虛二星,為廟堂,主祭祀事,十一度,於時在子,齊分,春夏為水,秋冬為金也。危三星,為墳墓,以識先祖,十七度,於時在子,齊分,春夏為水,秋冬為火也。營室二星,為主軍糧,以稟士卒,十六度,於時在亥,衛分,春夏為木,秋冬為土也。東壁二星,為文章,圖書之府,九度,於時在亥,衛分,春夏為金,秋冬為水也。
虚宿は二星で、廟堂で、祭祀の事を主管し、十一度を占め、子に値り、斉国の分野で、春夏は水に属し秋冬は金に属す。危宿は三星で、墳墓で、以て先祖の葬処を標識するに用い、十七度を占め、子に値り、斉国の分野で、春夏は水に属し秋冬は火に属す。営室は二星で、軍粮を主管し、士卒の口粮を供給し、十六度を占め、亥に値り、衛国の分野で、春夏は木に属し秋冬は土に属す。東壁は二星で、文章の事を主り、図書の府蔵で、九度を占め、亥に値り、衛国の分野で、春夏は金に属し秋冬は水に属す。この四宿は同じく北方玄武に属し、子・亥の両辰に値り、分野は斉・衛に在り、約当今の山東北部と河南北部に当たる。それらの本気はみな水で、だから春夏は一槪に水と作り、秋冬に到ってこそ生克に隨って金・火・土に転ず。ここに由りて見えるに別配の法は本宿の気を以て体と為し時令の気を以て用と為し、両者を叠加して以て吉凶を定む。
奎十六星,為五兵之庫,禁御暴亂,十六度,於時在戌,魯分,春夏為金,秋冬為火也。婁三星,為苑牧,主給享祠,十二度,於時在戌,魯分,春夏為水,秋冬為火也。胃三星,為倉廩,五穀所聚,十四度,於時在酉,趙分,春夏為木,秋冬為水也。昴七星,為主獄事,典治決斷,十一度,於時在酉,趙分,春夏為火,秋冬為金也。畢八星,為邊兵,備夷狄,十度,於時在酉,趙分,春夏為金,秋冬為水也。
奎宿は十六星で、五種の兵器の倉庫で、以て暴乱を禁絶抵御するに用い、十六度を占め、戌に値り、魯国の分野で、春夏は金に属し秋冬は火に属す。婁宿は三星で、苑囿牧場で、祭享の用いる所の犠牲を供給することを主り、十二度を占め、戌に値り、魯国の分野で、春夏は水に属し秋冬は火に属す。胃宿は三星で、倉廩で、五穀の聚積する処で、十四度を占め、酉に値り、趙国の分野で、春夏は木に属し秋冬は水に属す。昴宿は七星で、刑獄の事を主管し、獄訟の裁断を掌理し、十一度を占め、酉に値り、趙国の分野で、春夏は火に属し秋冬は金に属す。畢宿は八星で、辺防の兵で、夷狄を防備し、十度を占め、酉に値り、趙国の分野で、春夏は金に属し秋冬は水に属す。この一組は奎より畢に至り、戌・酉の両辰を跨ぎ、分野は魯と趙に在り、みな西方白虎の位に属す。西方は刑殺を主る。だからこの几宿の職司は多く兵庫・刑獄・辺防のこの類の粛殺の事と関連す。
觜觿三星,為保藏,收檢秋物,二度,於時在申,晉分,春夏為火,秋冬為土也。參伐十星,為天大將,斬劉收穫,九度,於時在申,晉分,春夏為火,秋冬為土也。東井八星,為主水衡,以法平時,三十三度,於時在未,秦分,春夏為火,秋冬為水也。轝鬼五星,為視明,主察奸謀,四度,於時在未,秦分,春夏為水,秋冬為火也。
觜觿は三星で、保守収蔵を主り、秋收の物を収斂検点し、二度を占め、申に値り、晋国の分野で、春夏は火に属し秋冬は土に属す。参宿は伐星を連ねて共に十星で、天上の大将で、斬殺刈獲を主り、九度を占め、申に値り、晋国の分野で、春夏は火に属し秋冬は土に属す。東井は八星で、「水衡」の職を主管し、法度を用いて時務を平治し、三十三度を占め、未に値り、秦国の分野で、春夏は火に属し秋冬は水に属す。輿鬼は五星で、視察昭明を主り、もっぱら奸謀を察覚することを管し、四度を占め、未に値り、秦国の分野で、春夏は水に属し秋冬は火に属す。觜・参は申に値り、井・鬼は未に値り、正に白虎の末と朱雀の首と交接する地方に当たる。だから職司もまた収蔵・斬伐より一転して平治・察奸と為る。見えるに宿次の位置は直接にそれの主る所の事を決定す。
柳八星,為上食,主和滋味,十五度,於時在午,周分,春夏為水,秋冬為火也。星七星,為衣裳,主蓋身體,七度,於時在午,周分,春夏為火,秋冬為水也。張六星,為主客,賜與燕嬉,十八度,於時在午,周分,水也。翼二十二星,為天唱,主以戲虞,十八度,於時在巳,楚分,春夏為木,秋冬為金也。軫四星,為死喪,以知交凶,十七度,於時在巳,楚分,春夏為木,秋冬為土也。
柳宿は八星で、膳食を進献することを主り、滋味を調和することを掌り、十五度を占め、午に値り、周の分野で、春夏は水に属し秋冬は火に属す。星宿は七星で、衣裳を主り、身体を遮蔽することを掌り、七度を占め、午に値り、周の分野で、春夏は火に属し秋冬は水に属す。張宿は六星で、賓客を接待することを主り、賞賜と宴楽とを掌り、十八度を占め、午に値り、周の分野で、水に属す。翼宿は二十二星で、天上の倡優で、歌舞娯楽を主管し、十八度を占め、巳に値り、楚国の分野で、春夏は木に属し秋冬は金に属す。軫宿は四星で、死喪の事を主り、以て交会の凶険を預知するに用い、十七度を占め、巳に値り、楚国の分野で、春夏は木に属し秋冬は土に属す。柳・星・張は同じく午位に値り、翼・軫は同じく巳位に値り、みな南方朱雀に属す。だから職司は多く飲食・衣裳・賓客・歌舞のこの類の礼楽の事に関わる。ここに至りて二十八宿は逐一に配し尽くせり。
《漢書·天文志》云:角、亢、氐,韓鄭兗州之分;房心,宋豫州之分;尾箕,燕幽州之分;井鬼,秦雍州之分;柳、七星、張,三河之分;翼、軫,楚荊州之分;奎、婁、胃,魯徐州之分;昴、畢,趙冀州之分;觜、參,魏梁州之分;斗,江湖之分;牽牛、須女,吳揚州之分;虛、危,齊青州之分;室、壁,衛幷州之分。此皆當分所主,正其州國善惡,故為政也。
《漢書・天文志》は別に一組の分野の划分を記す。角・亢・氐の三宿は韓・鄭と兖州の分野に属す。房・心は宋と豫州に属す。尾・箕は燕と幽州に属す。井・鬼は秦と雍州に属す。柳・七星・張は三河の一帯に属す。翼・軫は楚と荊州に属す。奎・婁・胃は魯と徐州に属す。昴・畢は趙と冀州に属す。觜・参は魏と梁州に属す。斗は江湖の一帯に属す。牽牛・須女は呉と揚州に属す。虚・危は斉と青州に属す。室・壁は衛と并州に属す。これらはみな各宿が自己の分野内に主管する地面で、以てあの一州あの一国の善悪吉凶を判定するに用いる。だからそれらを「政」と呼ぶ。
《石氏天官訓解》云:角二星,是蒼龍之首,上角兩角間,天之道,日月五星所行,故名角。亢,為朝廷,對揚於王,夙夜謀諮四海之內,故名亢。氐,是正寢,冰解之室,故名氐。房,是天子四時所居,故名房。心,前一星為太子,中為天子,後一星為庶子,如人心處中,為身之主,故名心。尾,是東方蒼龍宿之尾,故名尾,象形也。箕,近斗,象播揚五榖,故名箕。
《石氏天官訓解》は逐一に二十八宿の名を得る由来を解釈す。角宿は二星で、蒼竜の頭部で、上面の両只の角の間はすなわち「天の道」で、日月五星はみなここより経過す。だから角と呼ぶ。亢宿は朝廷で、臣下はここに在りて当面向かって君王に陳奏し、日夜天下の事を謀議咨詢す。「亢」に高挙の義あり。だから亢と呼ぶ。氐宿は天子の正寝で、すなわちいわゆる「氷解の室」で、冬尽き春回る時に起居する地方を指す。だから氐と呼ぶ。房宿は天子が四時に起居する処所で、だから房と呼ぶ。心宿は三星。前の一星は太子と為り、中間の一星は天子と為り、後の一星は庶子と為す。正に人の心が中央に居りて一身の主と為るがごとし。だから心と呼ぶ。尾宿は東方蒼竜のこの象の尾巴で、だから尾と呼ぶ。取るは象形である。箕宿は斗宿に靠近し、形状は五穀を簸揚する簸箕に似る。だから箕と呼ぶ。
斗,量器也,斟酌爵祿,其形似斗,故名斗。牛亦象牛角,七政之始,故名牛。女,方正,裁割之象,婢妾之類,故名女。虛,耗也,其間空虛,廟堂之象,故名虛。危,似室屋,亦如墳墓,故名危。營室有六星,為離宮,似宮室,故名室。壁,直立似壁,孔子藏書於壁,效此義也,故名壁。
斗宿:「斗」はもとは量器で、以て爵位俸禄を斟酌するに用いる。この一宿の形状は斗に似る。だから斗と呼ぶ。牛宿の形状もまた牛角に似て、しかもそれは七政推歩の起点である。だから牛と呼ぶ。女宿は方方正正にして、裁剪割截の象ありて、婢妾の一類の職事に属す。だから女と呼ぶ。虚宿:「虚」は耗損で、この宿は星と星との間は空空蕩蕩として、廟堂の空闊の象である。だから虚と呼ぶ。危宿の形状は屋室に似て、もまた墳墓に似る(高くして危険の状)。だから危と呼ぶ。営室に六顆の星ありて、天子の離宮で、形状は宮室に似る。だから室と呼ぶ。壁宿の星形は直立して一堵の牆壁のごとく、孔子は書を牆壁の中に蔵めたり。正にこの義を取る。だから壁と呼ぶ。
奎,為庫,主兵,形象庫周密。故奎,乖也,兵以乖違故舉,所以名奎。婁,如樓閣,亦似鍾婁,故養犧牲以為名。胃,在藏為五穀之府,主廩倉,故以為名。昴,悴聚,如囚之在牢獄,故主獄事。昴星也,聚則憂,故名為昴。畢,邊夷毛頭之類,如天子警畢,毛頭唱之,畢了唱,以警眾心,故以名之也。
奎宿は武庫で、兵事を主り、星形は倉庫のごとく周密に囲合する。しかして「奎」はまた「乖」と訓し、兵事は総じて彼此乖違するに因りてこそ発動す。だから奎と呼ぶ。婁宿の形状は楼閣に似て、もまた鐘楼(文中は「鍾婁」と作る)に似る。古人はこの類の処所にて祭祀に用いる犠牲を畜養せり。すなわちこれに拠って名を得。胃宿:胃は人の身の臓腑の中において五穀の府で、だからこの一宿は倉廩を主管す。もまた「胃」を以て名と為す。昴宿:「昴」に憔悴聚集の義あり。星象は囚犯が牢獄の裏に挤るがごとし。だから刑獄の事を主管す。星は一処に聚れば便ち憂愁を生ず。因って名づけて昴と為す。畢宿:形は辺地の夷人の頭上の毛飾の一類に似て、また天子の出行する時の儀仗「警蹕」(文中は「警畢」と作る)に似る。――毛頭旗を持する人に由りて前に呼唱せしめ、唱え畢りて再び接続して伝呼す。以て衆人の心を警戒するに用いる。だから「畢」を用いて命名す。
觜,聚也,為白虎之鼻,聚在虎觜須間,故以為名。參,共也,雜金土之氣,共行殺罰,故名參。井,精也,盛水亭平,精微之至,此星象法度,如水之平,故名井。鬼,歸也,陽歸於陰,所以其內一星闇而不明,鬼之象也,故以為名也。柳,留也,《春秋傳》曰:或食於任。柳,一名任也。祭祀鬼神,合和五味,留神靈也,故以名之。
觜宿:「觜」は聚で、それは白虎の鼻子で、星は老虎の嘴鬚の間に聚る。因って名を得。参宿:「参」は共同で、それは金と土の両種の気を雑含し、共同して殺伐刑罰を施行す。だから参と呼ぶ。井宿:「井」は精で、井中に水を盛りて水面は平静し、精微は極処に到る。この一宿は法度を象徴し、正に水面のごとく平なり。だから井と呼ぶ。鬼宿:「鬼」は帰で、陽気は陰中に帰入す。だからそれの当中に一顆の星は昏暗にして明らかならず。正に鬼の形象である。因って名を得。柳宿:「柳」は留で、《春秋伝》に「或いは任に食す」といい、柳の別名はすなわち「任」と呼ぶ。鬼神を祭祀し五味を調和するは、神霊を留住せんがためである。だから「柳」を用いて名と為す。
七星數七,如鳥之衣覆上,故以名之。張,開張也,為朱鳥之嗉,有容納,故主賓客也。翼,如六翮,似鳥兩翅之飛,故以名翼。軫,似小車四馬,車後橫曰軫,凶事之用,故以為名。其狀見邪正,闕陵歷蝕,散為妖異,彗孛飛流,如此之徒,並以占候飛開義釋,故不委具。三種七政,既配五行,略說如此。
星宿の星数は正に七顆で、鳥の身上の羽衣が背を覆うに似る。因って名を得。張宿:「張」は開張で、それは朱雀の嗉囊で、能く食物を容納す。だから賓客宴饗を主管す。翼宿の形は鳥の六根の大羽に似て、たとえば鳥兒の両翅を張開して飛翔するがごとし。だから翼と呼ぶ。軫宿の形状は一輛の四馬小車に似て、車廂の後面のあの横木をすなわち「軫」と呼ぶ。それは凶喪の事に用いる。因って名を得。これらの星宿の形状は以て政事の邪正を顕示しうる。ひとたび亏缺・陵犯・干犯・掩蝕が出現すれば、散じて開きてすなわち妖異の象と為る。彗星・孛星・飛星・流星の類のごとし。これらはみな別に占候の法を用いて解説するを要す。だからここは詳しく舗陳せず。以上の三種の七政はすでに五行を配し畢り、大略はここに講じ到るを以て止む。
第十七 八卦八風を論ず
八卦者,《周易》云:古者庖羲氏之王天下也,仰則觀象於天,俯則觀法於地,觀鳥獸之文與地之宜,近取諸身,遠取諸物,於是始作八卦,以通神明之德,以類萬物之情。兼三才而兩之,故六畫而成卦。因八方之通八風,成八節之氣,故卦有八。其配五行者,乾兌為金,坎為水,震巽為木,離為火,坤艮為土,各以方位言之。《易通卦驗》云:艮,東北,主立春;震,東方,主春分;巽,東南,主立夏;離,南方,主夏至;坤,西南,主立秋;兌,西方,主秋分;干,西北,主立冬;坎,北方,主冬至。
八卦に説き及ぶに、《周易・繋辞下》にいう、古時に伏羲氏は天下を統治し、頭を抬げて天上の物象を観察し、頭を低して地上の法則を観察し、鳥獣の紋理と土地の宜する所とを察看し、近きは自身に取象し、遠きは外物に取象し、ここに於て始めて八卦を画出し、以て神明の徳性を貫通し万物の情状を比類するに用いたり、と。また兼ねて天・地・人の三才を取りて各々両爻を画く。だから六画してこそ一卦を成す。八方は各々一種の風を通じて八個の節気の気を形成するに因りて、だから卦の数目は八と定む。八卦の五行に配するは、乾・兌は金に属し、坎は水に属し、震・巽は木に属し、離は火に属し、坤・艮は土に属す。これらはみな各卦の居る所の方位に按って講ずるを要す。《易通卦験》にいう、艮は東北に在りて立春を主り、震は東方に在りて春分を主り、巽は東南に在りて立夏を主り、離は南方に在りて夏至を主り、坤は西南に在りて立秋を主り、兌は西方に在りて秋分を主り、乾は西北に在りて立冬を主り、坎は北方に在りて冬至を主る、と。
坎居北方者,冬至之日,陽氣動於黃泉之下,子雖大陰之位,以陽氣動其下,故其卦外陰內陽,象水內明,中懷陽也,故居子位以配水。艮在西北者,其卦一陽在上,象立春之時陽氣已發,在於地上,下有重陰,象陰氣猶厚,陽氣尚微。艮既為山,以其重陰在下,積土深,故卦復在丑。丑為未沖,故以配土。
坎はなにゆえ北方に居るか。冬至のこの日に陽気はすでに黄泉の下に萌動すればに由る。子位は太陰の位なるといえども、しかし陽気はそれの下面に在りて動くあり。だから坎卦の卦象は外陰内陽(両陰爻が一陽爻を夾む)で、水の表面は幽暗にして内裏は明澈し中間に陽気を懐くを象徴す。だからそれは子位に居りて水に配す。艮はなにゆえ東北に在るか(底本は「西北」と作るが、上文《通卦験》に拠れば東北と作るべし)。艮卦は一陽は上に在り二陰は下に在りて、立春の時に陽気はすでに発出し地面の上に浮び、しかして下面にはなお重叠の陰ありて、陰気はなお厚く陽気はなお微なるを象徴するがゆえである。艮はすでに山に象れば、重陰の下に在り積土の甚だ深きに由りて、だから卦位はまた丑の上に落つ。丑と未とは相冲し、未は土旺の位。だから艮は土に配す。
震居東方者,震為長男,能主干任,故居顯明之地。東方,春也,萬物咸得生出,明淨顯著。震為雷,雷動則萬物出。春分之時,天氣下降,地氣上騰,天地和同,萬物萌動,故震居卯。卯,木,少陽之位,故以配木。巽居東南者,其卦重陽在上,象立夏之時,陽氣已盛在上,陰氣微弱在於下。木之為物,入地最少,出土最多。巽卦二陽在上,象木出地之多;一陰居下,象木入地之少。木體是陽,亦宜明顯,故在東南以配於木。離居南方者,夏至之時,陰動於黃泉之下,午是盛陽之位而陰氣動,故其卦外陽內陰,象火外明內暗,懷陰氣也,故在南方以配火。
震はなにゆえ東方に居るか。震卦は長男で、能く主持担当するがゆえに、顕明の地に安置せらる。東方はすなわち春天で、万物はみな能く土を破りて出で、明浄にして顕著なり。震は雷を象徴し、雷はひとたび動けば万物はすなわち出づ。春分の時は、天気は下降し地気は上騰し、天地は交和して万物は萌動す。だから震は卯位に居る。卯は木に属し、少陽の位である。だから震は木に配す。巽はなにゆえ東南に居るか。巽卦は両陽は重叠して上に在り一陰は伏して下に在りて、立夏の時に陽気はすでに上に盛んにして陰気は微弱にして下に蔵るるを象徴するがゆえである。樹木のこの種の物は、土の裏に扎し入る部分は最少なく、地面を露出する部分は最も多し。巽卦は二陽は上に在り、正に木の土を出ずるの多きに象り、一陰は下に在り、正に木の地に入るの少なきに象る。木の本体は陽に属し、もまた顕明すべし。だから巽は東南に居りて木に配す。離はなにゆえ南方に居るか。夏至の時に陰気はすでに黄泉の下に萌動するがゆえである。午は盛陽の位で、偏りにこの時に陰気は発動す。だから離卦の卦象は外陽内陰(両陽爻が一陰爻を夾む)で、火の外表は明亮にして内裏は昏暗にして陰気を懐くを象徴す。だから離は南方に居りて火に配す。
坤居西南者,坤卦純陰之象,能養萬物,莫過於地也。陰體卑順,不敢當首。陰動於午,至未始著,故坤後午之位。地體積陰,坤既純陰,象地。禮以中央土在未,地卽土也,故在西南以配土也。兌在西方者,兌卦一陰在上,象秋分之時陽氣已深。金為少陰,故一陰居上。酉是金位,故在西方以配金。干居西北者,乾卦純陽之象,生萬物者莫過乎天,干為生物之首。陽氣起子,干是陽氣之本,故先子之位。以純陽堅剛,故在西北以配金。
坤はなにゆえ西南に居るか。坤卦は純陰の象で、しかして能く万物を養育するは地に若くなきがゆえである。陰の性体は卑下柔順にして、敢えて首位を占拠せず。陰気は午位より発動を始め、未位に到ってこそ顕著す。だから坤は午位の後に排せらる。地体は陰気の積聚に由りて成る。坤はすでに純陰なれば、正に地を象徴す。礼家は中央の土を未位に定む。しかして地はすなわち土。だから坤は西南に在りて土に配す。兌はなにゆえ西方に在るか。兌卦は一陰は上に在り二陽は下に在りて、秋分の時に陽気はすでに深蔵するを象徴するがゆえである。金は少陰に属す。だからただ一陰のみ上に居る。酉は金の本位。だから兌は西方に在りて金に配す。乾はなにゆえ西北に居るか。乾卦は純陽の象で、しかして能く万物を生養するは天に若くなく、乾は生物の首である。陽気は子位に起こり、乾は陽気の根本で、だから子位の前に排するを要す。それが純陽にして堅剛なるに因りて、だから西北に在りて金に配す。
《易傳》曰:震主春分穀雨,穀雨得天兌,則萬物畢生。兌者,西方之卦,是時日在昴,昴,西方之宿,以日在西,故曰天兌。貌順木得,則天兌為和;貌失木逆,則天兌為害,而常雨為罰。兌主秋分霜降,霜降得天震之動氣,則天下霜,萬物死。震者,東方之卦,是時日在房,房,東方之宿,以日在東,故曰天震。言順金得,則天震為和;言失金逆,則天震為害,而旱罰。所以貌雨言旱者,震陽兌陰,陽旱陰雨也。木之所以雨、金之所以旱者,其人事貌失,則下怨,陰盛故雨;言失則失眾,孤陽獨立,群陰不附,故旱。春秋二時,震兌相臨,天地氣和,所以不極寒熱也。
《易伝》にいう、震は春分と穀雨の両個の節気を主る。穀雨の時に「天兌」の気を得れば、万物はすなわちみな生長し出づ。兌はもと西方の卦で、この時太陽は昴宿に行き到り、昴は西方の星宿で、日が西方に在るに因りて、だからこの股の気を「天兌」と称す。人君は容貌が恭順にして木気が宜を得れば、天兌の気はすなわち調和す。容貌が度を失いて木気が逆乱すれば、天兌の気はすなわち害を為し、天罰は便ち久雨である。兌は秋分と霜降とを主る。霜降の時に「天震」の動気を得れば、天下はすなわち霜を降し、万物は凋死す。震はもと東方の卦で、この時太陽は房宿に行き到り、房は東方の星宿で、日が東方に在るに因りて、だからこの股の気を「天震」と称す。人君は言語が理に順いて金気が宜を得れば、天震の気はすなわち調和す。言語が失当して金気が逆乱すれば、天震の気はすなわち害を為し、天罰は便ち干旱である。なにゆえ容貌が度を失えば久雨を招来し、言語が失当すれば干旱を招来するか。震は陽に属し兌は陰に属し、陽は旱を主り陰は雨を主るがゆえである。さらに人事の上より木がなにゆえ雨を主り金がなにゆえ旱を主るかを講ずれば、容貌が度を失えば則ち下民は怨を生じ、陰気はここに因りて偏盛す。だから雨を下す。言語が失当すれば則ち衆心を失掉し、君主は孤陽独立と変じ、羣陰は帰附し来らず。だから干旱す。春秋の両季に震と兌とは彼此相臨し、天地の気は調和す。だから極寒極熱は出現せざるなり。
坎主冬至大寒,大寒得天坎之氣,則天下大寒。是時日在虛,虛,北方之宿,故曰天坎。聽順水得,則天坎為和;聽失水逆,則天坎為罰,故常寒。離主夏至大熱,大熱發長,復得天離之氣,則天下大熱,萬事畢出。是時日在七星,七星,南方七宿,故曰天離。視順火得,則天離為和;視失火逆,則天離為罰,故常燠。冬夏二時,天地氣並,坎離各當其方,所以極寒熱也。
坎は冬至と大寒とを主る。大寒の時に「天坎」の気を得れば、天下はすなわち大いに冷す。この時太陽は虚宿に行き到り、虚は北方の星宿で、だからこの股の気を「天坎」と称す。人君は聴聞が聡敏にして水気が宜を得れば、天坎の気はすなわち調和す。聴聞が失当して水気が逆乱すれば、天坎の気はすなわち化して天罰と為り、ここに於て長寒解けず。離は夏至と大熱とを主る。暑熱は万物の生長を催発し、さらに「天離」の気を得れば、天下はすなわち大いに熱し、万物は尽数長じ出づ。この時太陽は七星宿に行き到り、七星は南方の七宿に属す。だからこの股の気を「天離」と称す。人君は観察が明白にして火気が宜を得れば、天離の気はすなわち調和す。観察が失明して火気が逆乱すれば、天離の気はすなわち化して天罰と為り、ここに於て長燠退かず。冬夏の両季は天地の気は相並び、坎と離とはまた各々本方に当値す。だからこそ極寒と極熱とが出現するを得るなり。
今分八卦以配方位者,坎離震兌各在當方之辰,四維四卦,則丑寅屬艮,辰巳屬巽,未申屬坤,戌亥屬干。八卦既通八風八方,以調八節之氣,故坎生廣莫風,四十五日至艮,生條風;四十五日至震,生明庶風;四十五日至巽,生清明風;四十五日至離,生景風;四十五日至坤,生涼風;四十五日至兌,生閶闔風;四十五日至干,生不周風;四十五日又至坎。陽氣生五極九,五九四十五,故左行四十五日而一變也。
いま八卦を方位の上に分配す。坎・離・震・兌の四正卦は各々本方の地支に居る。すなわち子・午・卯・酉。四維の卦は則ち丑・寅は艮に属し、辰・巳は巽に属し、未・申は坤に属し、戌・亥は乾に属す。八卦はすでに八風を貫通し八方を鎮守すれば、すなわち以て八節の気を調節するに用いる。だから坎位は「広莫風」を生じ、四十五日を行って艮位に到りて「条風」を生じ、さらに四十五日到って震位にて「明庶風」を生じ、さらに四十五日到って巽位にて「清明風」を生じ、さらに四十五日到って離位にて「景風」を生じ、さらに四十五日到って坤位にて「涼風」を生じ、さらに四十五日到って兌位にて「閶闔風」を生じ、さらに四十五日到って乾位にて「不周風」を生じ、さらに四十五日にしてまた坎位に回帰し、恰好一年の三百六十日なり。四十五のこの数の来歴は、陽の生数は五・極数は九で、五九は相乗して四十五を得。だから風気は左に順いて行い、四十五天毎に変換一次す。
廣莫風者,廣,大也;莫,沙漠也,寒氣廣遠,自沙漠而來也。亦云:此時陽氣在下,陰莫之廣大也。條風者,條,達也,此時達生萬物也。明庶風者,庶,眾也,此時陽以施惠之德,眾物皆明出也。清明風者,天氣明淨清涼也,此時清風吹萬物,使盛大明淨可觀也。
「広莫風」の名を得る由来:「広」は大で、「莫」は沙漠を指し、寒気は広遠にして、沙漠より一路に吹き来たる。もまた一説あり、この時陽気は下に伏し、陰気は則ち広大無辺なり(「莫」は「漠」に通じ、広大の義を取る)。「条風」:「条」は通達で、この時風は能く通達して万物を生養す。「明庶風」:「庶」は衆多で、この時陽気は恩惠の徳を施布し、衆物はみな明朗に長じ出づ。「清明風」:天気は明浄清涼で、この時清風は万物を吹拂し、それらをして盛大明浄にして観賞に供せしむ。
景風者,景,高也,萬物至此太高也。亦言景,竟也,陽道至此終竟也。涼風者,秋風涼也,此時陰氣淒涼,收成萬物也。閶闔風者,昌盛也,此時萬物盛而收藏之也。不周風者,周,遍也,萬物備成;不周者,閉不通也,言此時純陰無陽,閉塞不通也。
「景風」:「景」は高で、万物はこの時に到りて長じて極めて高し。もまた「景」はすなわち「竟」で、陽道はここに到りて終結すという説あり。「涼風」:秋風は寒涼で、この時陰気は凄清にして、万物を収斂成就す。「閶闔風」:「昌」は盛で、この時万物はすでに盛極まりて之を収蔵に加う。「不周風」:「周」は周遍で、万物はここに到りてすでに完備して成る。しかして「不周」は閉じて通ぜず。言うはこの時純陰にして陽なく、天地は閉塞して通ぜず。八風の名字は、このように一年の陽気の生・長・収・蔵の四段の過程を標出せり。
《淮南子》曰:東北方曰蒼門,生條風;東方曰開明門,生明庶風;東南方曰陽門,生清明風;南方曰暑門,生景風;西南方曰白門,生涼風;西方曰閶闔門,生閶闔風;西北方曰幽都門,生不周風;北方曰寒門,生廣莫風。
《淮南子・天文訓》は別に「八門」の名を立てて以て八風に配す。東北方を蒼門と呼び、条風を生ず。東方を開明門と呼び、明庶風を生ず。東南方を陽門と呼び、清明風を生ず。南方を暑門と呼び、景風を生ず。西南方を白門と呼び、涼風を生ず。西方を閶闔門と呼び、閶闔風を生ず。西北方を幽都門と呼び、不周風を生ず。北方を寒門と呼び、広莫風を生ず。配する所の風は前面の八卦の一路と完全に相同じ。ただ毎個の方位に別に一個の門名を起こしたるのみ。
蒼門者,東北木將用事,春之始,故曰蒼門。開明門者,明,陽也,日之所出,故曰開明門。陽門者,月建在巳,純陽用事,故曰陽門。暑門者,盛衰之時,故曰暑門。白門者,月建在申,金氣之始,故曰白門。閶闔門者,八月建在酉,萬物將收,閶,大;闔,閉,收閉之時,故曰閶闔門。幽都門者,幽,暗也,玄冥將始用事,陰聚故幽也,故曰幽都門。寒門者,積寒所在,故曰寒門。此八極之方,是八風之所起也。
この八個の門名は各々理由あり。「蒼門」:東北は木のまさに当令せんとする処で、春の開端である。蒼は木の色。だから蒼門と呼ぶ。「開明門」:明はすなわち陽で、ここは太陽の昇起する地方である。だから開明門と呼ぶ。「陽門」:月建は巳に在り、純陽が当令す。だから陽門と呼ぶ。「暑門」:正に暑気の極盛にしてまさに転衰せんとする時に当たる。だから暑門と呼ぶ。「白門」:月建は申に在り、金気はここより始まる。白は金の色。だから白門と呼ぶ。「閶闔門」:八月は酉を建て、万物はまさに収斂せんとす。「閶」は大で、「闔」は閉で、正に大いに収閉する時に加う。だから閶闔門と呼ぶ。「幽都門」:「幽」は幽暗で、北方の水神玄冥はまさに当令せんとし、陰気は聚集するがゆえに幽暗なり。だから幽都門と呼ぶ。「寒門」:寒気の積聚する所。だから寒門と呼ぶ。この八個の極遠の方位は、すなわち八風の発起する地方である。
《呂氏春秋》云:東方滔風,東南動風,南方巨風,西南悽風,西方飄風,西北厲風,北方寒風,東北炎風。此意亦同於前。《太公兵書》云:坎名大剛風,干名折風,兌名小剛風,艮名凶風,坤名謀風,巽名小弱風,震名嬰兒風,離名大弱風。
《呂氏春秋》はまた一套の名称あり。東方を滔風と呼び、東南を動風と呼び、南方を巨風と呼び、西南を凄風と呼び、西方を飄風と呼び、西北を厲風と呼び、北方を寒風と呼び、東北を炎風と呼ぶ。――用意は前面の各家と相同じく、ただ名を取る角度の不同なるのみ。《太公兵書》は則ち直接に八卦に按って八風に命名し、軍事占候に用いる。坎位の風を大剛風と呼び、乾位を折風と呼び、兌位を小剛風と呼び、艮位を凶風と呼び、坤位を謀風と呼び、巽位を小弱風と呼び、震位を嬰兒風と呼び、離位を大弱風と呼ぶ。
大剛風者,大陰之氣,好殺故剛。折風者,金強,能摧折物也。小剛風者,亦金殺故也。凶風者,艮在鬼門,凶害之所也。謀風者,坤為地,大陰之本,多陰謀也。小弱風者,巽為長女,故稱弱也。嬰兒風者,震為長男,愛之,故曰兒。大弱風者,離為中女,又弱於長女也。大剛、小剛,客勝;大弱、小弱,主人勝;凶,有凶害之事;謀,有謀逆之人;折,為將死;嬰兒風,主人強。此並兵家顴客主盛衰,候風所從來也。
《太公兵書》は逐一にこれらの名目を解釈す。「大剛風」と呼ぶは、坎は太陰の気にして殺伐を好行するがゆえに、だから剛なり。「折風」と呼ぶは、乾金は剛強にして能く物件を摧折するがゆえに。「小剛風」と呼ぶは、もまた兌金の殺を主るに因る。「凶風」と呼ぶは、艮位は東北の鬼門に在りて凶害の所在なるがゆえに。「謀風」と呼ぶは、坤は地と為りて太陰の本源にして多く陰謀を生ずるがゆえに。「小弱風」と呼ぶは、巽は長女なるがゆえに、だから弱と称す。「嬰兒風」と呼ぶは、震は長男にして人の愛惜する所と為るがゆえに、だから兒と称す。「大弱風」と呼ぶは、離は中女にして長女よりさらに弱きがゆえに。占戦に用いるの断法は、大剛風・小剛風を刮れば、客軍は勝を得。大弱風・小弱風を刮れば、主軍は勝を得。凶風を刮れば、凶害の事あらん。謀風を刮れば、軍中に叛逆を図謀する人あらん。折風を刮れば、主将まさに死せんとす。嬰兒風を刮れば、主軍は強盛なり。これらはみな兵家が以て主客双方の盛衰を観察し風の何方より吹き来たるかを候察するの弁法である。
楊泉云:春氣臑,其風溫以和,喜風也;夏氣盛,其風陽以貞,樂風也;秋氣勁,其風熛以清,怒風也;冬氣冷,其風凝以厲,哀風也。又,四維之風,隨生成之氣,方土異宜,各隨所感而風者,天之號令,治政之象。若君有德令,則風不搖條,清和調暢;若政令失,則氣怒兇暴,飛沙折木。此天地報應之理也。此皆五行之氣,故並釋焉。
晋人の楊泉にいう、春気は温軟にして、その風は温和調順なり。是れ歓喜の風。夏気は盛壮にして、その風は陽剛にして端正なり。是れ快楽の風。秋気は勁急にして、その風は急疾にして清冽なり。是れ憤怒の風。冬気は寒冷にして、その風は凝滞にして凄厲なり。是れ悲哀の風。四隅の風に至っては、則ち当地の生成の気に隨って定まる。各処の水土は同じからず所宜に別ありて、みな各々の感召する気に按って風を起こす。風は上天の号令にして、もまた政治の象徴である。君主にもし仁徳の号令あらば、風は樹枝をも吹き動かさず、清和にして調暢す。もし政令に失あらば、風気はすなわち憤怒凶暴にして、飛沙走石し樹木を折断す。これがすなわち天地報応の道理である。以上の種種もまたみな五行の気の致す所なれば、だから一併にここに解説す。
