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二つ目 生死の所を論ず

隋 · 萧吉 · 第3巻 / 11

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

五行體別,生死之處不同,遍有十二月、十二辰而出沒。木,受氣於申,胎於酉,養於戌,生於亥,沐浴於子,冠帶於丑,臨官於寅,王於卯,衰於辰,病於巳,死於午,葬於未。火,受氣於亥,胎於子,養於丑,生於寅,沐浴於卯,冠帶於辰,臨官於巳,王於午,衰於未,病於申,死於酉,葬於戌。金,受氣於寅,胎於卯,養於辰,生於巳,沐浴於午,冠帶於未,臨官於申,王於酉,衰於戌,病於亥,死於子,葬於丑。

五行の形体は各々相同じからず。だからそれらの生と死の処所も同じでない。毎一行はみな十二月・十二辰を走り遍くして依次に出現・隱没する。これがすなわち後世のいう「十二運(長生十二宮)」である。木は、申に受気し、酉に成胎し、戌に養を得、亥に長生し、子に沐浴し、丑に冠帯し、寅に臨官し、卯に帝旺し、辰に衰し、巳に病し、午に死し、未に入葬(墓)する。火は、亥に受気し、子に成胎し、丑に養を得、寅に長生し、卯に沐浴し、辰に冠帯し、巳に臨官し、午に帝旺し、未に衰し、申に病し、酉に死し、戌に入葬する。金は、寅に受気し、卯に成胎し、辰に養を得、巳に長生し、午に沐浴し、未に冠帯し、申に臨官し、酉に帝旺し、戌に衰し、亥に病し、子に死し、丑に入葬する。見えるに各行はいずれも「長生」の支を以て起算し、順行して十二辰を経て墓庫に終わる。

水,受氣於巳,胎於午,養於未,生於申,沐浴於酉,冠帶於戌,臨官於亥,王於子,衰於丑,病於寅,死於卯,葬於辰。土,受氣於亥,胎於子,養於丑,寄行於寅,生於卯,沐浴於辰,冠帶於巳,臨官於午,王於未,衰病於申,死於酉,葬於戌。

水は、巳に受気し、午に成胎し、未に養を得、申に長生し、酉に沐浴し、戌に冠帯し、亥に臨官し、子に帝旺し、丑に衰し、寅に病し、卯に死し、辰に入葬する。土はすこし同じからず、亥に受気し、子に成胎し、丑に養を得、寅に寄行(位を借りて過ぐ)し、卯に長生し、辰に沐浴し、巳に冠帯し、午に臨官し、未に帝旺し、申に衰と病とを合併し、酉に死し、戌に入葬する。土は四季に分王し火位に依附して行うを要するがゆえに、中間に「寄行」を一つ多くし、衰と病とはまた一辰に併せる。

戌是火墓,火是其母,母子不同葬;進行於丑,丑是金墓,金是其子,義又不合;欲還於未,未是木墓,木為土鬼,畏不敢入;進休就辰,辰是水墓,水為其妻,於義為合,遂葬於辰。昔舜葬蒼梧,二妃不從,故知合葬非古。然季武子云:自周公已來,未之有改。《詩》云:谷則異室,死則同穴。蓋以敦其義合,骨肉同歸。水土共墓,正取此也。

上文に土は戌に葬るというが、戌は実は火の墓庫で、火は土の母であり、母子は合葬すべからず。もし前進して丑に至れば、丑は金の墓庫で、金は土の児子であり、義においても合せず。もし未に退れば、未は木の墓庫で、木は土を克する「鬼」であり、土はそれを畏れて敢えて入らず。さらに辰に前進すれば、辰は水の墓庫で、水は土の妻(土は水を克し、克さるる者は妻)であり、義において正に相配する。そこで土は最終的に辰に葬る。昔、虞舜は蒼梧に葬られたが、二妃はそれに随って合葬せず。見えるに合葬は上古の制ではない。ただ季武子が言うには、周公以来この規矩は改動したことがない、と。《詩経》にいう、生きている時は二つの処に分住し、死した後は同穴に葬るを要す、と。これはおそらく夫婦の合義を敦厚にし、骨肉を一処に同帰せしめるためであろう。水と土が一つの墓庫を共用するは、まさにこの層の意を取ったのである。

又以四季釋所理歸於斯。高堂隆以土生於未,盛於戌,壯於丑,終於辰,長為水土墓,故辰日不哭,以辰日重喪故也。袒踴之哀,豈待移日。高堂所說,蓋為浮淺。其生王意,又別是一家。《五行書》云:土雖有寄王於火鄉,生於巳,葬於辰,然土分王四季,各有生死之所。辰土,受氣於申酉,胎於戌,養於亥,生於子,沐浴於丑,冠帶於寅,臨官於卯,王於辰,衰病於巳,死於午,葬於未。未土,受氣於亥子,胎於丑,養於寅,生於卯,沐浴於辰,冠帶於巳,臨官於午,王於未,衰病於申,死於酉,葬於戌。

さらに四季末月の道理をもって解釈すれば、結論もまたこの一点に帰する。高堂隆は土は未に生じ戌に盛んにし丑に壮なりし辰に終わるとし、辰は長く水と土の共同の墓庫として存する。だから辰日には哀を挙げ哭泣しない。辰日は「重喪」の日に属するからである。実のところ袒衣頓足の哀痛は内心より発する。どうして一日を換えるを待って再び哭するに及ばん。高堂隆のこの説は、いささか浮泛膚浅である。彼の講ずる土の生旺の次序に至っては、それはまた自ら一家の言を成す。《五行書》にいう、土は「火郷に寄旺し、巳に生じ、辰に葬る」の一組の講法あるといえども、土は実際に四季末月に分旺し、四つの土支は各々自己の生死の所を有する。辰土は、申・酉に受気し、戌に成胎し、亥に養を得、子に長生し、丑に沐浴し、寅に冠帯し、卯に臨官し、辰に帝旺し、巳に衰病し、午に死し、未に入葬する。未土は、亥・子に受気し、丑に成胎し、寅に養を得、卯に長生し、辰に沐浴し、巳に冠帯し、午に臨官し、未に帝旺し、申に衰病し、酉に死し、戌に入葬する。この組の推法の規律は、自ら居る支を以て帝旺と為し、前に逆推して四位を長生と為し、後に順推して三位を墓と為す。

戌土,受氣於寅卯,胎於辰,養於巳,生於午,沐浴於未,冠帶於申,臨官於酉,王於戌,衰病於亥,死於子,葬於丑。丑土,受氣於巳午,胎於未,養於申,生於酉,沐浴於戌,冠帶於亥,臨官於子,王於丑,衰病於寅,死於卯,葬於辰。

戌土は、寅・卯に受気し、辰に成胎し、巳に養を得、午に長生し、未に沐浴し、申に冠帯し、酉に臨官し、戌に帝旺し、亥に衰病し、子に死し、丑に入葬する。丑土は、巳・午に受気し、未成胎、申に養を得、酉に長生し、戌に沐浴し、亥に冠帯し、子に臨官し、丑に帝旺し、寅に衰病し、卯に死し、辰に入葬する。四つの土支は各々本位に旺し、墓は下一の土支に在り、循環して相銜接する。

《孝經援神契》云:五行,土出利以給天下。《龜經》云:土,木動為辰土,火動為未土,金動為戌土,水動為丑土。又云:甲乙寅卯為辰土,丙丁巳午為未土,庚辛申酉為戌土,壬癸亥子為丑土。凡五行之王,各七十二日,土居四季,季十八日,並七十二日,以明土有四方,生死不同。此蓋卜筮所用。

《孝経援神契》にいう、五行の中、土は利益を生出して天下に供給する。《亀経》にいう、土を論ずるに、木爻が発動すれば辰土を取り、火爻が発動すれば未土を取り、金爻が発動すれば戌土を取り、水爻が発動すれば丑土を取る、と。またいう、甲乙寅卯(木)は辰土に配し、丙丁巳午(火)は未土に配し、庚辛申酉(金)は戌土に配し、壬癸亥子(水)は丑土に配する、と。凡そ五行が当旺するは各々七十二日を占め、土は四季末月に分居し、毎季十八日、四つの十八日を合わせてもまた七十二日である。これはすなわち土が四方に分属し、各自の生死の処が相同じからざるを説明する。以上のこの組の説法は主に卜筮の時に用いるものである。

若論定位王相及生死之處,皆以季夏六月為土王之時。《禮記》云:中央土在季夏之後。此則歲之半,處四時之中央。天社、地神、人鬼,又並在未;坤亦在未卦,主於土,故云土德於未,終於丑。《易》曰:西南得朋,東北喪朋。此則明土王定在於未,墓定在辰也。

もし固定方位の王相および生死の処を討論すれば、それは一律に季夏六月を以て土の当旺する時令とする。《礼記・月令》は中央の土を季夏の後に排す。それは正に一年の中点で、四時の中央に処する。天社の神・地神と人鬼も、また未に帰する。坤卦は同じく未の方位に在り、土を主管する。だから土の徳は未に在り、終結は丑に在るという。《周易・坤卦》にいう、西南に往けば朋を得、東北に往けば朋を喪う、と。これはすなわち土の帝旺が未に固定し、墓庫が辰に固定することを表明する。

五行皆以父母臨官中生者,取其盛壯能生養義。唯金在火中生者,巳中有方壯之土,能生金也。金非火不革其形,故金在火位中生。又云:金生鬼中者,金父土戊己,寄治丙丁,父不能獨養,要須母也。金在南方值己火,金得火方化,金化而水生。戊己土有化生之水,則金不畏火。己含水氣,則金之繼母也。五行皆以葬後之月而受氣者,以其死還復生,神氣不絕故也。

五行はみな己を生ずる「父母」が臨官の位に処する時に長生する。取るは父母が壮盛にしてこそ生養しうる道理である。独り金のみが火位(巳)の中に長生する。これは巳中に正当壮盛の土を含み、土は金を生じうるからである。しかも金は火を経なければ形体を改変できない。だから金はかえって火位の中に長生する。別に一つの解釈がある。金は「鬼」(我を克する者)の中に生ずというのは、金の父は戊己土で、戊己土は丙丁火の位に寄治するからである。父は単独で養育できず、必ず母に依拠せねばならない。金は南方において己と火に遇い、金は火を得てこそ熔化し、金が一たび熔化すれば水が産生する。戊己土中に化生し出た水を含む。だから金は火を畏れない。己中に水気を含むは、すなわち金の継母に相当する。五行がいずれも入葬の後の下一月に受気するに至っては、死してなお復生し、神気は断絶したことなきがゆえである。

三つ目 四時の休王を論ず

休王之義,凡有三種:第一,辨五行體休王;第二,論支干休王;第三,論八卦休王。五行體休王者:春則木王,火相,水休,金囚,土死。夏則火王,土相,木休,水囚,金死。六月則土王,金相,火休,木囚,水死。秋則金王,水相,土休,火囚,木死。冬則水王,木相,金休,土囚,火死。

「休王」(または休旺と作る)が講ずるは、五行の気が季節に随い盛衰する五種の状態で、共に三組の講法がある。第一は五行本体の休王を弁じ、第二は干支の休王を論じ、第三は八卦の休王を論ずる。まず五行本体の休王を言う。春は木が当旺(王)し、我を生ずる所の生ずる火は「相」(次旺)に処し、我を生ずる水はすでに「休」(退居)し、我を克する金は「囚」され、我の克する土は「死」となる。夏は火が当旺し、土は相、木は休、水は囚、金は死。六月(季夏)は土が当旺し、金は相、火は休、木は囚、水は死。秋は金が当旺し、水は相、土は休、火は囚、木は死。冬は水が当旺し、木は相、金は休、土は囚、火は死。

支干休王者:春則甲乙寅卯王,丙丁巳午相,壬癸亥子休,庚辛申酉囚,戊己辰戌丑未死。夏則丙丁巳午王,戊己辰戌丑未相,甲乙寅卯休,壬癸亥子囚,庚辛申酉死。六月則戊己辰戌丑未王,庚辛申酉相,丙丁巳午休,甲乙寅卯囚,壬癸亥子死。秋則庚辛申酉王,壬癸亥子相,戊己辰戌丑未休,丙丁巳午囚,甲乙寅卯死。冬則壬癸亥子王,甲乙寅卯相,庚辛申酉休,戊己辰戌丑未囚,丙丁巳午死。

次に干支の休王を言う。実は上の五行の休王を対応する干支に換えて表述するに過ぎない。春は、甲乙寅卯(木)が当旺し、丙丁巳午(火)を相と為し、壬癸亥子(水)を休と為し、庚辛申酉(金)を囚と為し、戊己辰戌丑未(土)を死と為す。夏は、丙丁巳午が当旺し、戊己辰戌丑未を相と為し、甲乙寅卯を休と為し、壬癸亥子を囚と為し、庚辛申酉を死と為す。六月は、戊己辰戌丑未が当旺し、庚辛申酉を相と為し、丙丁巳午を休と為し、甲乙寅卯を囚と為し、壬癸亥子を死と為す。秋は、庚辛申酉が当旺し、壬癸亥子を相と為し、戊己辰戌丑未を休と為し、丙丁巳午を囚と為し、甲乙寅卯を死と為す。冬は、壬癸亥子が当旺し、甲乙寅卯を相と為し、庚辛申酉を休と為し、戊己辰戌丑未を囚と為し、丙丁巳午を死と為す。

八卦休王者:立春艮王,震相,巽胎,離沒,坤死,兌囚,干廢,坎休。春分震王,巽相,離胎,坤沒,兌死,干囚,坎廢,艮休。立夏巽王,離相,坤胎,兌沒,乾死,坎囚,艮廢,震休。夏至離王,坤相,兌胎,乾沒,坎死,艮囚,震廢,巽休。

次に八卦の休王を言う。八卦の休王は王・相・胎・没・死・囚・廃・休の八種の状態に分かれ、八節に隨って転ずる。立春の時は艮卦が当旺し、震を相と為し、巽を胎と為し、離を没と為し、坤を死と為し、兌を囚と為し、乾を廃と為し、坎を休と為す。春分の時は震卦が当旺し、巽を相と為し、離を胎と為し、坤を没と為し、兌を死と為し、乾を囚と為し、坎を廃と為し、艮を休と為す。立夏の時は巽卦が当旺し、離を相と為し、坤を胎と為し、兌を没と為し、乾を死と為し、坎を囚と為し、艮を廃と為し、震を休と為す。夏至の時は離卦が当旺し、坤を相と為し、兌を胎と為し、乾を没と為し、坎を死と為し、艮を囚と為し、震を廃と為し、巽を休と為す。見えるに八種の状態は後天八卦の次序に按って依次に輪転する。

立秋坤王,兌相,干胎,坎沒,艮死,震囚,巽廢,離休。秋分兌王,干相,坎胎,艮沒,震死,巽囚,離廢,坤休。立冬干王,坎相,艮胎,震沒,巽死,離囚,坤廢,兌休。冬至坎王,艮相,震胎,巽沒,離死,坤囚,兌廢,干休。其卦從八節之氣,各四十五日。

立秋の時は坤卦が当旺し、兌を相と為し、乾を胎と為し、坎を没と為し、艮を死と為し、震を囚と為し、巽を廃と為し、離を休と為す。秋分の時は兌卦が当旺し、乾を相と為し、坎を胎と為し、艮を没と為し、震を死と為し、巽を囚と為し、離を廃と為し、坤を休と為す。立冬の時は乾卦が当旺し、坎を相と為し、艮を胎と為し、震を没と為し、巽を死と為し、離を囚と為し、坤を廃と為し、兌を休と為す。冬至の時は坎卦が当旺し、艮を相と為し、震を胎と為し、巽を没と為し、離を死と為し、坤を囚と為し、兌を廃と為し、乾を休と為す。八卦は各々立春・春分・立夏・夏至・立秋・秋分・立冬・冬至のこの八つの節気に依って当令し、毎卦は各々四十五日を主り、八卦を合わせて正に三百六十日となる。

凡當王之時,皆以子為相者,以其子方壯,能助治事也。父母為休者,以其子當王,氣正盛,父母衰老,不能治事,如堯老,委舜以國政也。所畏為死者,以其身王,能制殺之。所克者為囚者,以其子為相,能囚讎敵也。

凡そ某一行が当旺する時は、すべてそれの生ずる「子」を以て相と為す。児子が正に壮年に当たり、事を助けて弁ずることができるからである。それを生ずる「父母」を以て休と為す。児子が当旺して気が正に興盛し、父母は衰老してすでに事を理することができないからである。たとえば帝堯が年老いて国政を虞舜に託したがごとし。自己の畏懼する所(我を克する者)を以て死と為す。自己が当旺すれば、かえってよくそれを制服し殺しうるからである。自己の克する所を以て囚と為す。自己の児子が相位に処して、よく仇敵を囚禁しうるからである。これがすなわち王・相・休・囚・死の五種の状態の生克の来歴である。

柳世隆云:木,王時為林園竹樹,相時為葦荻草萊,休時為椽柱船車,囚時為薪樵榛梗,死時為棺槨朽株。火,王時為陶冶炎光,相時為燈燭,休時為煙氣,囚時為炭燼,死時為灰。土,王時為國邑山嶽,相時為城社丘陵,休時為田宅,囚時為牆垣,死時為糞壤。金,王時為金玉寶器,相時為銀銅利刃,休時為鉛錫犂鋤,囚時為焦器釜鑊,死時為沙礫碎鐵。水,王時為海瀆,相時為湖澤陂泉,休時為溝渠,囚時為酒漿,死時為枯池涸井。此並王時氣盛,故為洪大之物;相時氣劣,其比漸小;休時氣衰,故復轉微之;囚時於惡,所以最下;死時棄不用,故是枯朽之類也。

柳世隆は休王の状態に按って五行に具体的事物を配する。木は、当旺の時は林園竹樹、相に処する時は蘆葦荻草、休に処する時は屋椽梁柱と船車、囚に処する時は柴薪と叢生の枝梗、死に処する時は棺槨と朽爛した樹株である。火は、当旺の時は陶窯冶炉の熾焰、相に処する時は灯燭、休に処する時は煙気、囚に処する時は炭火余燼、死に処する時は灰である。土は、当旺の時は国都城邑と高山、相に処する時は城牆社壇と丘陵、休に処する時は田地宅院、囚に処する時は牆垣、死に処する時は糞土である。金は、当旺の時は金玉宝器、相に処する時は銀銅と利刃、休に処する時は鉛錫と犁鋤、囚に処する時は焦げた器皿と鍋鑊、死に処する時は沙礫碎鐵である。水は、当旺の時は大海大川、相に処する時は湖泊沼沢と池泉、休に処する時は溝渠、囚に処する時は酒漿、死に処する時は干枯した池塘と底の見える井である。これらの配法の道理は、当旺の時は気盛んでんがゆえに洪大の物を取り、相に処する時は気力稍々遜り、配する物はすなわち漸く小となり、休に処する時は気はすでに衰减し、だから細微に転じ、囚に処する時は境況悪劣、だから最も低下し、死に処する時は棄置され用いられざるがゆえに、枯朽の類を取る。

趙怡云:五行之位,得其方為盛,得其所畏為終。故木畏金,甲以女弟乙妻庚,庚得木氣,故木胎於金卿,而生於水中,盛於其方,衰於火卿。火中有生金,故終於未,至西方而木終,以金王也。丙以女弟丁妻壬,壬得火氣,故火胎於水卿,生於木中,盛於其方,衰於金位,至北方而終,以水王也。

趙怡にいう、五行は各々自己の本方を得れば興盛し、自己の畏懼する方位に走れば終結する。だから木は金を畏れる。甲は妹の乙を庚に嫁がせ(乙庚合)、庚はここに木気を得る。因って木は金の地盤の上に成胎し、水中に長生し、自己の本方(東方)に興盛し、火の地盤に到れば衰退する。火中に生ずべきの金を含む。だから木は未に終結する。西方に走れば木は徹底的に終結する。そこは金が当旺するからである。丙は妹の丁を壬に嫁がせ(丁壬合)、壬はここに火気を得る。因って火は水の地盤の上に成胎し、木中に長生し、自己の本方(南方)に興盛し、金位に到れば衰退し、北方に走れば終結する。そこは水が当旺するからである。

戊以女弟己妻甲,甲得土氣,故土胎於木卿,而生於火中,盛於其位,衰於水卿,至東方而終,以木王也。庚以女弟辛妻丙,丙得金氣,故金胎火卿,生火位,盛於其方,衰於水卿,至東方而終,有生火也。壬以女弟癸妻戊,戊得水氣,故水胎於土卿,生於金中,盛於其方,衰於木卿,至南方而終,有強土也。更互相生相畏,終始不絕之義也。

戊は妹の己を甲に嫁がせ(甲己合)、甲はここに土気を得る。因って土は木の地盤の上に成胎し、火中に長生し、自己の本位に興盛し、水の地盤に到れば衰退し、東方に走れば終結する。そこは木が当旺するからである。庚は妹の辛を丙に嫁がせ(丙辛合)、丙はここに金気を得る。因って金は火の地盤の上に成胎し、火位に長生し、自己の本方(西方)に興盛し、水の地盤に到れば衰退し、東方に走れば終結する。そこに能生の火があるからである。壬は妹の癸を戊に嫁がせ(戊癸合)、戊はここに水気を得る。因って水は土の地盤の上に成胎し、金中に長生し、自己の本方(北方)に興盛し、木の地盤に到れば衰退し、南方に走れば終結する。そこに強旺の土があるからである。これがすなわち五行が交替して相生し、また交替して相畏し、終わりて復た始まり、綿綿として絶えざる道理である。

第五 支干を配することを論ず

支干之義,多所配合,今略論方位及配所。干不獨立,支不虛設,要須配合,以定歲月日時而用。如君臣夫婦,必配合以相成。總而言之,從甲至癸為陽、為干、為日;從寅至丑為陰、為支、為辰。別而言之,干則甲丙戊庚壬為陽,乙丁己辛癸為陰;支則寅辰午申戌子為陽,卯巳未酉亥丑為陰。

干支の意義は諸々の配合に在り、ここに簡要にそれらの方位と配する所の物を討論する。天干は孤立して存在できず、地支もまた虚設にあらず、必ず互相配合してこそ、年・月・日・時を確定して使用に付しうる。たとえば君と臣・夫と妻のごとく、必ず配合してこそ彼此成就しうる。総じていえば、甲から癸へのこの列は陽に属し、「干」と称して日を主る。寅から丑へのこの列は陰に属し、「支」と称して辰を主る。分かちていえば、天干の中、甲・丙・戊・庚・壬は陽、乙・丁・己・辛・癸は陰。地支の中、寅・辰・午・申・戌・子は陽、卯・巳・未・酉・亥・丑は陰である。

陽則為剛,為君,為夫,為上,為外,為表,為動,為進,為起,為仰,為前,為左,為德,為施,為開。陰則為柔,為臣,為妻,為妾,為財,為下,為內,為裡,為止,為退,為伏,為俯,為後,為右,為刑,為藏,為閉。陰陽所擬,例多且略,大綱如此。

陽に属する一方は、剛強・君主・丈夫・上位・外部・表面・運動・前進・起立・仰視・前方・左側・恩徳・施与・開啓を象徴する。陰に属する一方は、柔順・臣下・妻子・姫妾・財物・下位・内部・裏面・静止・後退・潜伏・俯身・後方・右側・刑罰・収蔵・閉合を象徴する。陰陽の比擬しうる事類はなお多いが、ここはただ略挙するのみで、大綱はこのごときに過ぎない。占断の時、凡そ陽干陽支に遇えば、剛・動・外・進の一路に取象し、陰干陰支に遇えば、柔・静・内・退の一路に取象する。

甲乙寅卯,木也,位在東方。丙丁巳午,火也,位在南方。戊己辰戌丑未,土也,位在中央,分王四季,寄治丙丁。庚辛申酉,金也,位在西方。壬癸亥子,水也,位在北方。甲為干首,子為支初,相配者,太陽之氣,動於黃泉之下,在建子之月,黃鐘之律,為氣之源,在子,故以子為先。萬物湊出於建寅之月,皆以見形,甲屬此月,故以甲為先,而配子。見者為陽,故從干;未見者為陰,故從支。所以用甲子相配,為六旬之始。

甲乙寅卯は木に属し、方位は東方に在り。丙丁巳午は火に属し、方位は南方に在り。戊己辰戌丑未は土に属し、方位は中央に在り、四季末月に分旺し、また丙丁火位に寄治す。庚辛申酉は金に属し、方位は西方に在り。壬癸亥子は水に属し、方位は北方に在り。甲は天干の首、子は地支の始である。二者の相配する所以は、太陽の気が黄泉の下に萌動し始め、正に建子の月(十一月)に当たり、黄鐘律管は一歳の気の源頭で、恰も子位に在る。だから子を以て先と為す。しかして万物が聚まり出でて、みな形体を顕露するは、建寅の月(正月)に在り、甲はこの月に配属する。だから甲を以て先と為し、それをもって子に配する。すでに顕現したるは陽に属する。だから天干に帰する。いまだ顕現せざるは陰に属する。だから地支に帰する。因って甲子を用いて相配し、六十甲子六旬の開端と為す。

干既有十,支有十二,輪轉相配,終於癸亥,故有六十日。十日一旬,故有六旬。一旬盡一甲癸,便以甲配子盡干,至癸酉便盡干,餘支有戌亥;又起甲配戌,盡干,至癸未,餘支有申酉;又起甲配申,盡干,至癸巳,餘支有午未;又起甲配午,盡干,至癸卯,餘支有辰巳;又起甲配辰,盡干,至癸丑,餘支有寅卯;又起甲配寅,盡干,至癸亥。十干有十二支相配,周畢,還從甲子起,故六甲輪轉,止六十日。

天干は十あり、地支は十二あり、輪流して相配し、癸亥に至って止まる。だから共に六十日ある。十日を一旬と為す。因って六旬あり。毎一旬は甲より起こり癸に尽きる。まず甲をもって子に配し、十干を用い尽くせば、癸酉に到ってこの一旬は結了し、戌・亥の二支が余って配する干なし。そこで再び甲を起こして戌に配し、十干を用い尽くして癸未に至り、申・酉の二支が余る。再び甲を起こして申に配し、十干を用い尽くして癸巳に至り、午・未の二支が余る。再び甲を起こして午に配し、十干を用い尽くして癸卯に至り、辰・巳の二支が余る。再び甲を起こして辰に配し、十干を用い尽くして癸丑に至り、寅・卯の二支が余る。再び甲を起こして寅に配し、十干を用い尽くして癸亥に至る。十天干と十二地支がこのように配し一周を終え、また甲子より重新に始まる。だから六つの甲旬が輪転一遍して、恰も六十日である。

十日一旬,一旬之內,二支無配偶者,為之孤;所對沖者,為之虛。卜筮所云空亡,以支孤無干,故名為空亡。亡者,無也,無干故亡;所對者全虛,故云空也。算法:橫下十二支,位於四方;縱下八干,位於四方;下戊己,位於中央。若甲子旬,取甲干以配子支,如此次第相配,至戊辰,位在中央,土為四行主,不可移,故取辰支、巳支入中央,配戊己,餘悉以干就支。至戌亥,無干配之,單故為孤;辰巳之位,支干並無,故名為虛。

十日を算して一旬と為し、毎一旬の内、総じて二つの地支は天干に配し得ず、この二支を「孤」と呼ぶ。この二支と相対冲する二支を、「虚」と呼ぶ。卜筮中のいうところの「空亡」とは、正にこの二つの地支が孤孤零零として天干の配すべきなきがゆえに、名を取って空亡と為す。「亡」とはすなわち無である。天干なきがゆえに亡という。それらの対冲する位置は完全に落空する。だから空という。算筹をもって排布する方法は、横向に十二地支を摆り、四方に分列する。縦向に八つの天干(戊己を除く)を摆り、また四方に分列する。さらに戊・己の両干を摆り、中央に安ず。甲子旬を例に取れば、甲干を取って子支に配し、依次に往下に配する。戊辰に配する時、戊己の位は中央に在り、土は四行の主宰で、移動しえない。だから辰支・巳支を中央に収めて戊・己に配し、其余はなお干をもって支に就く。戌・亥に配する時はすでに天干の配すべきなく、孤零零として残る。だから「孤」という。しかして辰・巳の原位上は支も干もすでに挪去した。だから「虚」という。

其空亡之辰,從五行言之。如甲子旬,無戌亥,水土半空亡,以戌是土,亥是水也,不全無亥子,故云半也。甲戌旬,無申酉,為金全空亡,以金二支並無也。甲申旬,無午未,為火土半空亡,以巳午不全無也。甲午旬,無辰巳,亦然。甲辰旬,無寅卯,亦云木全空亡。甲寅旬,無子丑,亦水土半空亡。並以二支不俱無也。

空亡の辰はもし五行の上より講ずれば、なお全空と半空の分あり。たとえば甲子旬は戌・亥を缺く。これは水と土が各々半ば空く。戌は土に属し亥は水に属するが、水の二支の亥・子は全く缺けず(ただ亥を缺き子を缺かず)。だから「半空亡」という。甲戌旬は申・酉を缺く。申酉はともに金に属し、金の両支は全く缺く。だから「金全空亡」である。甲申旬は午・未を缺く。午は火に属し未は土に属し、火の二支の巳・午は全く缺けず。だから火土各半空亡である。甲午旬は辰・巳を缺く。情形相同じ。甲辰旬は寅・卯を缺く。寅卯はともに木に属す。だから「木全空亡」という。甲寅旬は子・丑を缺く。これも水土各半空亡である。判別の関鍵は、ただ同一行の二支が同時にともに空かどうかを看るに在る。

《兵書》云:陽生甲子,不足戌亥,仍為天門;陰生甲午,不足辰巳,仍為地戶;陽界甲寅,不足子丑,仍為鬼門;陰界甲申,不足午未,仍為人門;陽盛甲辰,卯為之隔;陰興甲戌,酉為之隔。此並是六甲之空支也。《春秋元命苞》云:地不足東南,右動終而入虛門。此明甲子孤在戌亥,虛在辰巳也。

《兵書》にいう、陽気は甲子旬に生じ、この旬は戌・亥を缺く。戌亥は便ち「天門」と称せられる。陰気は甲午旬に生じ、この旬は辰・巳を缺く。辰巳は便ち「地戸」と称せられる。陽気は甲寅旬に分界し、この旬は子・丑を缺く。子丑は便ち「鬼門」と称せられる。陰気は甲申旬に分界し、この旬は午・未を缺く。午未は便ち「人門」と称せられる。陽気は甲辰旬に盛んにし、卯を以て間隔と為す。陰気は甲戌旬に興り、酉を以て間隔と為す。これらの言う所はみな六つの甲旬各自の空亡の支である。《春秋元命苞》にいう、大地は東南の方向に欠缺あり、右に運行して終点に到れば虚門に入る、と。これは正に甲子旬の孤が戌亥に在り、虚が辰巳に在ることを説明する。

一干一支為一日者,以周天三百六十五度四分度之一日,日行一度,故正用一干一支,以主一日也。三旬為一月者,月日行十三度四分度之一,三旬而周天也。十二月為一歲者,四時時有三月,生殺之功,備遍十二支也。一歲合三百六十日者,六六三十六,六甲之數也。六甲閒兩月之日者,以陰陽奇偶備也。陽者為奇,陰者為偶。萬物庶類,吉凶之理,以此彰矣。

一つの天干が一つの地支に配して合して一日と為すは、周天は共に三百六十五又四分の一度あり、太陽は毎日一度を行るがゆえに、正に一干一支を用いて一日を主管するに足る。三旬を合して一月と為すは、月亮は毎日十三又四分の一度を行り、三旬(三十日)にして恰好周天を一圏繞行するがゆえである。十二月を合して一歳と為すは、四時は毎時三箇月あり、生長と粛殺の功用は十二地支を遍暦してこそ完備を算すがゆえである。一年に三百六十日を合するは、六に六を乗じて三十六を得、正に六甲の数(六十に六を乗じて三百六十)であるがゆえである。六甲の外になお約二箇月の日数の差額を多出するは、正に陰陽の奇偶の両方面をいずれも完備せしめんがためである。陽は奇数、陰は偶数である。万物衆類の吉凶の理は、すなわちここに由りて彰顯する。

其支干相配,歲月日時並然。立歲之元,起於上元甲子;立月之元,起甲巳之歲,十一月甲子;立日之元,六旬起自甲子;立時之元,冬夏二至後,得甲巳之日,夜半起甲子。四事皆以甲子為首也。

干支の相配する規矩は、年・月・日・時の四者はみな相同じ。年の元始を確定するは、上元甲子年より起算する。月の元始を確定するは、甲年または己年の十一月甲子月より起算する。日の元始を確定するは、六旬は甲子日より起算する。時の元始を確定するは、冬至・夏至の後に甲日または己日に遇い、夜半子時より甲子時を起こす。年月日時のこの四つの事は、みな甲子を以て開頭と為す。

其上配九星、下配九州島者,《黃帝兵決》云:甲子從北斗魁第一星起,順數至庚午,在第七剛星,至辛未,還從第六星,逆數至丙子,又從第一星,順數盡六甲。其下配九州島者,史書云:甲齊,乙東夷,丙楚,丁南夷,戊魏,己韓,庚秦,辛西夷,壬燕,癸北夷。《漢書·五行志》云:甲乙,海外,日月不治;丙丁,江淮海岱;戊己,中州河濟;庚辛,華山以西;壬癸,常山以北。子,周;丑,翟;寅,楚;卯,鄭;辰,邯鄲;巳,衛;午,秦;未,中山、宋;申,齊;酉,魯;戌,越;亥,燕。

干支が上に九星に配し、下に九州に配する弁法に至っては、《黄帝兵決》にいう、甲子より起こり、北斗の魁の第一颗の星より始め、順に数えて庚午に至り、正に第七颗の星(揺光)に落着する。辛未に到れば、第六颗の星に退回し、改めて逆に数え、直ちに丙子に数え至る。それから再び第一颗の星より起こり、順に数え下して、六十甲子を数え尽くす、と。下に九州に配する弁法は、史書にいう、甲は斉地に配し、乙は東夷に配し、丙は楚地に配し、丁は南夷に配し、戊は魏地に配し、己は韓地に配し、庚は秦地に配し、辛は西夷に配し、壬は燕地に配し、癸は北夷に配する、と。《漢書・五行志》にいう、甲乙は海外に配し、それは日月の光照の及ばざる処である。丙丁は江淮と海岱の一帯に配する。戊己は中州と黄河・済水の地区に配する。庚辛は華山以西に配する。壬癸は常山以北に配する。地支の分配は、子は周に配し、丑は翟に配し、寅は楚に配し、卯は鄭に配し、辰は邯鄲に配し、巳は衛に配し、午は秦に配し、未は中山と宋に配し、申は斉に配し、酉は魯に配し、戌は越に配し、亥は燕に配する。

《龍首經》曰:子,齊,青州;丑,吳、越,揚州;寅,燕,幽州;卯,宋,豫州;辰,晉,兗州;巳,楚,荊州;午,周,三河;未,秦,雍州;申,蜀,益州;酉,梁州;戌,徐州;亥,衛,幷州。若地辰之位,史漢近之;星次而論,龍首為當。其配人身,甲乙為頭,丙丁為胸脅,戊己為心腹,庚辛為股,壬癸為手足。則子為頭,丑亥為胸臂,寅戌為手,卯酉為腰脅,辰申為尻肱,巳未為脛,午為足。此皆初為首,末為足,配五藏也。干以甲乙為肝,丙丁為心,戊己為脾,庚辛為肺,壬癸為腎也;支以寅卯為肝,巳午為心,辰戌丑未為脾,申酉為肺,亥子為腎。此皆從五行配之。

《龍首経》は則ち別に一組の配法あり。子は斉地・青州に配し、丑は呉越・揚州に配し、寅は燕地・幽州に配し、卯は宋地・豫州に配し、辰は晋地・兗州に配し、巳は楚地・荊州に配し、午は周室・三河に配し、未は秦地・雍州に配し、申は蜀地・益州に配し、酉は梁州に配し、戌は徐州に配し、亥は衛地・并州に配する。もし地面上の十二辰の実際の方位に按じて言えば、史書と《漢書》の配法は比較的事実に近い。もし天上の星次分野に按じて論ずれば、《龍首経》の配法は更に妥当である。干支は人身に配する。甲乙は頭と為し、丙丁は胸脅と為し、戊己は心腹と為し、庚辛は大腿と為し、壬癸は手足と為す。地支は則ち子は頭と為し、丑と亥は胸と臂と為し、寅と戌は手と為し、卯と酉は腰脅と為し、辰と申は臀と上臂と為し、巳と未は小腿と為し、午は脚と為す。この組の配法はみな前頭に排するを頭と為し、末尾に排するを脚と為し、上より下に依次に排布する。さらに五臓に配する。天干は甲乙を以て肝と為し、丙丁を以て心と為し、戊己を以て脾と為し、庚辛を以て肺と為し、壬癸を以て腎と為す。地支は寅卯を以て肝と為し、巳午を以て心と為し、辰戌丑未を以て脾と為し、申酉を以て肺と為し、亥子を以て腎と為す。これらはみな五行の帰属に按って配したものである。

又干以甲乙為皮毛,丙丁為爪筋,戊己為肉,庚辛為骨,壬癸為血脈也;支以寅卯為皮毛,巳午為爪筋,辰戊丑未為肉,申酉為骨,亥子為血脈也。木生在地上,故為皮毛;火有猛毅,故為爪筋;土有持載,故以為肉;金性堅剛,故為骨;水本流潤,故是血脈。並支干所配,故以備釋。

また、天干はなお人身の組織に配する。甲乙は皮毛と為し、丙丁は指甲と筋と為し、戊己は肌肉と為し、庚辛は骨骼と為し、壬癸は血脉と為す。地支も同じく寅卯は皮毛と為し、巳午は指甲と筋と為し、辰戌丑未は肌肉と為し、申酉は骨骼と為し、亥子は血脉と為す。このように配する理由は、木は地面の上に生長する。だから皮毛に対応する。火性は猛烈剛毅である。だから指甲と筋に対応する。土は万物を承載しうる。だから肌肉に対応する。金の性質は堅硬剛強である。だから骨骼に対応する。水はもともと流動潤沢である。だから血脉に対応する。以上はみな干支の配する所の物である。因って一併に詳しく解釈を加える。

第六 五行の相雑を論ず(ここに三段に分かれる:一は五行の体雑を論じ、二は支干の雑を論じ、三は方位の雑を論ず)

一つ目 五行の体雑を論ず

凡五行均布,徧在萬有,不可定守一途。今先論五行體雜。但其氣周流,隨事而用。若言不雜,水只應一,何故謂五而為六?火、金、木、土並爾。當知生數為本,成數為雜。既有雜,故一行當體,卽有五義。如木有曲直,此是木也;木中有火,則是火也;木堪為兵仗,有擊觸之能,卽是金也;木中有潤,卽是水也;木吐華葉子實,卽是土也。

五行は均勻に分布し、一切の事物の中に遍在し、ある固定の説に死守できない。ここにまず五行本体上の相雑を討論する。五行の気は周流して息まず、異なる事情に隨って作用を発揮する。もしそれらが互いに相雑せざるというならば、水はただ「一」のこの数であるべきに、なにゆえ五行を講ずる時それはかえって「六」となるか(生数一に土の五を加えて六となる)。火・金・木・土の情形もまた同じである。明白すべきは、生数は各行の本体であり、成数は則ちすでに相雑を含有する。雑あらん以上は、いかなる一行も本体に就いていえば、いずれも同時に五種の含意を具備する。譬えて木は曲げるべく直めるべく、これは木の本身である。木中に火を含む。これはすなわち火である。木は以て兵器を作るべく、撃刺の能力を具備する。これはすなわち金である。木中に津潤を含む。これはすなわち水である。木は花葉果実を吐出しうる。これはすなわち土である。

火,外陽卽是火也,內陰卽是水也,能殺卽是金也,能熟卽是木也,能生卽是土也。土,能生卽是土也,能容卽是水也,能成卽是木也,能防卽是金也,含陽卽是火也。金,能斷卽是金也,從革卽是木也,含火卽是火也,有汗卽是水也,能生卽是土也。水,外陰卽是水也,內陽卽是火也,含養卽是木也,潤生卽是土也,能殺卽是金也。此皆以義釋一行通有五氣。

火もまたこのごとし。外表は陽、これは火の本身である。内裏は陰、これはすなわち水である。万物を焚殺しうる。これはすなわち金である。食物を成熟せしめうる。これはすなわち木(木は生養成熟の功を主る)。灰土を生出しうる。これはすなわち土である。土は、万物を生養しうる。これは土の本身である。容納しうる。これはすなわち水である。万物を成就しうる。これはすなわち木である。堤防し阻擋しうる。これはすなわち金である。陽気を含蓄する。これはすなわち火である。金は、斬断しうる。これは金の本身である。範に順って変革する。これはすなわち木である。内に火性を含む。これはすなわち火である。表面に水汗を凝出す。これはすなわち水である。水を生じ物を養いうる。これはすなわち土である。水は、外表は陰に属す。これは水の本身である。内裏に陽を含む。これはすなわち火である。含容し養育しうる。これはすなわち木である。生物を潤沢する。これはすなわち土である。万物を淹殺しうる。これはすなわち金である。以上はみな義理の上より、いかなる一行もみな五行の気を通含することを説明する。

就事而論,義則不爾,或有或無。質弱者,則體相容;質堅者,則體不相容。金中無木,木中無金,金木以正相害故;水中無火,火中無水,兩法正相害故,亦無金。金中有水,木中亦有水,木中亦有火,石中亦有火。而水能生木,則木中有水;水生於金,金中有水;火生於木,木中有火;水復從金生,金中有水;水能生木,木中有火。火克於金,那得石復有火?此是火性弱,故能入堅;而水中無金,是堅不能入弱。

ただしもし具体的事物に就いて験証すれば、情形は全くこのごとくではない。ある行の裏には別の行を含み、あるものは含まない。質地の柔弱な者は、本体の間に互いに容納しうる。質地の堅硬な者は、本体の間に互いに容納しえない。金中に木なく、木中に金なし。金と木とは正面相克相害の関係だからである。水中に火なく、火中に水なし。これもこの両者が正に相克害するがゆえであり、同じく火中にも金なし。しかれども金中に水あり、木中にも水あり、木中にさらに火あり、石頭の裏にも火あり。水は木を生じうるがゆえに、木中に水あり。水は金より生ずるがゆえに、金中に水あり。火は木より生ずるがゆえに、木中に火あり。水はまた金より生出す。だから金中に水あり。水は木を生じ、木中にまた火あり。或る人問う、火はもともと金を克す、なにゆえ石頭(金に属す)の裏にかえって火あるか。これは火性が柔弱なれば、だから堅硬の物に钻进しうる。しかるに水中には金なし。見えるに堅硬の物は柔弱の物に進入しえない。

木生於水,木中含水;金能生水,金中含水。所以水中無金木者,金木在水中,不得言水體有金木;溼潤在木石中,木石便得有水義。此亦是弱能入堅,堅不能入弱。炎州有樹,生於火中,此非火能生樹,是火不能燒樹;亦非火在樹中,乃是樹在火中,而體不相雜,無異金在水中而不能雜水體。亦如海中陰火潛燃,此水中有火,但非水體雜火。此稍涉靈奇,亦非五行常準。

木は水より生ず。だから木中に水を含む。金は水を生じうる。だから金中に水を含む。水中に金木なしという所以は、金木はただ水の裏に泡るのみで、水の本体中に金木を含有するとはいえないからである。しかるに湿潤は木頭石頭の中に渗み、木石はすなわち水の意味を含有すというべし。これも同じく柔弱者は堅硬者に進入しえ、堅硬者は柔弱者に進入しえない。南方の炎州に一種の樹ありて火中に生長す。これは火が樹を生じうるにあらず、火がこの樹を焼きえないのである。また火が樹裏に在るにあらず、樹が火中に在るのであり、両者の本体は並び相雑せず。正に金塊が水中に在りてしかも水体と相雑しえざるがごとし。また海中に陰火ありて水下に暗燃するがごときは、これ水中有火と似るといえども、実は水の本体が火を夾雑するにあらず。この類の現象は稍々霊異奇怪に近く、以て五行の常規準則と為すべからず。

又木中有火,火還燒木,此是生火方盛,故能燒木。石中有火,火不燒石,是火至金鄉,氣巳衰,故不能燒石。其以火消金者,亦取其盛,故能爍金,是不取衰火。猶如金能克木,鉛錫不能斷,此是不堅之金也。土性包含,無所不受,故土中皆備有水金木火。火非直陽氣,猶如范陽地燃,是陰也。土火不相害,雖不恆爾,不得言無。等是四行,何故獨爾?土既居地,地卽是陰,火卽是太陽之氣,故不得恆有也。

さらに、木中に火を含むに、火はかえって木を焼きうる。これは木の生ずる所の火が正当旺盛なれば、だから木を焼き動かしうる。石中にも火を含むに、火は石を焼きえない。それは火が金の地盤(西方)に行き至り、気はすでに衰弱したれば、だから石を焼き動かせない。火を用いて金属を熔化するに至っては、同じく火気旺盛の時を取ってこそ金を熔かしうる。衰弱の火は弁じえない。これはたとえば金は本能的に木を克すれども、鉛錫の類は木頭を砍り断えない。それらは堅硬ならざる金だからである。土性は包容し、受けざるなし。だから土中に水・金・木・火は樣樣具備する。ここの火は単に陽気を指さず、たとえば范陽の一帯に地下に自ら燃する火のごときは、陰火に属する。土と火は並び相克害せず。土中に火を含むは常態にあらざれども、また完全になしとはいえない。或る人問う、同じく四行なのに、なにゆえ独り土中の火のみ別に分別を作すか。回答にいう、土はすなわち地に居り、地はもともと陰である。しかるに火は太陽の気である。だからそれは長久に土中に存在しえない。

二つ目 支干の雑を論ず

支干雜者,《五行書》云:甲以女弟乙嫁庚為妻,故乙中有雜金。立春木王,甲召乙還,乙懷金氣來,故仲春殺榆莢白也。丙以女弟丁嫁壬為妻,丁中有雜水。立夏火王,丙召丁還,丁懷水氣來,故仲夏桑椹熟黑也。戊以女弟己嫁甲為妻,己中有雜木。季夏土王,戊召己還,己懷木氣來,故季夏有果實青也。庚以女弟辛嫁丙為妻,辛中有雜火。立秋金王,庚召辛還,辛懷火氣來,故仲秋棗熟朱也。壬以女弟癸嫁戊為妻,癸中有雜土。立冬水王,壬召癸還,癸懷土氣來,故仲冬草木皆黃也。

さらに干支の相雑を言う。《五行書》は嫁娶を以て譬えと為す。甲は妹の乙を庚に嫁がせて妻子と為す(乙庚合)。だから乙中に金気を夾雑す。立春に木が当旺し、甲は乙を娘家に召回す。乙は金気を帯びて回来する。だから仲春二月に楡荚は金の白色を呈する。丙は妹の丁を壬に嫁がす(丁壬合)。だから丁中に水気を夾雑す。立夏に火が当旺し、丙は丁を召回す。丁は水気を帯びて回来する。だから仲夏五月に桑椹の熟する時は水の黑色を呈する。戊は妹の己を甲に嫁がす(甲己合)。だから己中に木気を夾雑す。季夏に土が当旺し、戊は己を召回す。己は木気を帯びて回来する。だから季夏六月に果実は木の青色を呈する。庚は妹の辛を丙に嫁がす(丙辛合)。だから辛中に火気を夾雑す。立秋に金が当旺し、庚は辛を召回す。辛は火気を帯びて回来する。だから仲秋八月に棗子の熟する時は火の朱紅色を呈する。壬は妹の癸を戊に嫁がす(戊癸合)。だから癸中に土気を夾雑す。立冬に水が当旺し、壬は癸を召回す。癸は土気を帯びて回来する。だから仲冬十一月に草木はみな土の黄色を呈する。

甲丙戊庚壬為男剛強,故自有德不雜;乙丁己辛癸為女柔弱,不自專,從夫,故有雜。猶出嫁之女,卽稱夫氏,歸寧之日,攜子而來,氏族便雜。《五行十雜》云:甲為木,乙為材,丙為火,丁為灰,戊為土,己為泥,庚為金,辛為爐銻,壬為水,癸為濁汙。此皆雜義也。

甲・丙・戊・庚・壬は男干で、性情剛強。だから各々本行の徳を守って夾雑せず。乙・丁・己・辛・癸は女干で、性情柔弱、自ら主張を作す能わず、丈夫に順从するを要す。だって夾雑を帯びる。これはたとえば女子は出嫁した後すなわち夫姓に隨い、娘家に帰りて親を探望する時はまた子供を帯びて回来すれば、氏族の血脉は便ち混雑するがごとし。《五行十雑》にいう、甲は木、乙は木材。丙は火、丁は灰。戊は土、己は泥。庚は金、辛は炉中の銻渣。壬は水、癸は汚濁の水。陽干は本行の純正の体を取り、陰干はそれが加工衰変した後の雑質の体を取る。言う所はみな相雑の意である。

寅卯為木,春懷火,故卯為純木,寅為雜木。巳午為火,夏懷土,故午為純火,巳為雜火。申酉為金,秋懷水,故酉為純金,申為雜金。亥子為水,冬懷木,故子為純水,亥為雜水。土居中央,分主四氣,故辰中有餘木,未中有餘火,戌中有餘金,丑中有餘水,各十二日。故四孟為懷任,生氣之所由;四仲,盛壯之所立;四季,葬送之所在。懷任及葬,皆有雜義。

地支もまたこのごとし。寅卯は木に属し、春はまさに生ぜんとする火気を懐く。だから卯は純粋の木、寅は夾雑の木(寅中に火の長生を蔵す)。巳午は火に属し、夏はまさに生ぜんとする土気を懐く。だから午は純火、巳は雑火。申酉は金に属し、秋はまさに生ぜんとする水気を懐く。だから酉は純金、申は雑金。亥子は水に属し、冬はまさに生ぜんとする木気を懐く。だから子は純水、亥は雑水。土は中央に居り、四時の気を分主する。だから辰中に木の余気を留め、未中に火の余気を留め、戌中に金の余気を留め、丑中に水の余気を留め、各々十二日を占める。因って寅申巳亥のこの四つの「孟」支は懐孕受胎の地で、生気の由来である。子午卯酉のこの四つの「仲」支は壮盛の立つ所の処である。辰未戌丑のこの四つの「季」支は安葬送終の所である。凡そ懐孕と安葬の処は、みな相雑の意味を含有する。

三つ目 方位の雑を論ず

五行非直性相雜,當方亦有雜義。東方甲乙寅卯辰:甲,木也;乙中有雜金;寅中有生火;辰,土也;卯中有死水。南方丙丁巳午未:丙,火也;丁中有雜水;巳中有生金;未,土也;午中有死木。西方庚辛申酉戌:庚,金也;辛中有雜火;申中有生水;戌,土也;又,酉中有胎木。北方壬癸亥子丑:壬,水也;癸中有雜土;亥中有生木;子中有胎火;丑中有死金。此並方別有五行也。

五行は本性の上に互いに夾雑するのみならず、毎一つの方位に就いて言えばもまた夾雑の意あり。東方は甲・乙・寅・卯・辰を包括する。甲は木。乙中に金気を夾む。寅中に火の長生あり。辰は土。卯中に水の死地あり。南方は丙・丁・巳・午・未を包括する。丙は火。丁中に水気を夾む。巳中に金の長生あり。未は土。午中に木の死地あり。西方は庚・辛・申・酉・戌を包括する。庚は金。辛中に火気を夾む。申中に水の長生あり。戌は土。また酉中に木の胎位あり。北方は壬・癸・亥・子・丑を包括する。壬は水。癸中に土気を夾む。亥中に木の長生あり。子中に火の胎位あり。丑中に金の死地あり。見えるに毎一つの方位の内、五行はみな斉備する。

寅午戌,火之位也:寅中有生火,在東方;午中有王火,在南方;戌中有死火,在西方。亥卯未,木之位也:亥中有生木,在北方;卯中有王木,在東方;未中有死木,在南方。申子辰,水之位也:申中有生水,在西方;子中有王水,在北方;辰中有死水,在東方。巳酉丑,金之位也:巳中有生金,在南方;酉中有王金,在西方;丑中有死金,在北方。此一行之體,雜在三方也。未辰丑戌,土之位也:未中有王土,辰中有死土,丑中有衰土,戌中有壯土。此土體雜在四方也。趙怡言:五行相雜,如錦綺焉。斯言當矣。

さらに三合局を看る。寅・午・戌は火の三合の位である。寅中に火の長生あり、東方に属す。午中に火の帝旺あり、南方に属す。戌中に火の墓死あり、西方に属す。亥・卯・未は木の三合の位である。亥中に木の長生あり、北方に属す。卯中に木の帝旺あり、東方に属す。未中に木の墓死あり、南方に属す。申・子・辰は水の三合の位である。申中に水の長生あり、西方に属す。子中に水の帝旺あり、北方に属す。辰中に水の墓死あり、東方に属す。巳・酉・丑は金の三合の位である。巳中に金の長生あり、南方に属す。酉中に金の帝旺あり、西方に属す。丑中に金の墓死あり、北方に属す。これはすなわち同一行の本体が、分散して三つの異なる方位の中に夾雑するをいう――正にこれが「三合」の生・旺・墓の三支を取る道理である。未・辰・丑・戌は土の方位である。未中は土の帝旺、辰中は土の墓死、丑中は土の衰位、戌中は土の壮位。これはすなわち土の本体が四つの方位の中に夾雑するをいう。趙怡にいう、五行は彼此夾雑して、たとえば織成の錦繡綺羅のごとく、経緯交錯し色彩相間する、と。この言い方は甚だ恰当である。

第七 徳を論ず

德者,得也,有益於物,各隨所欲,無悔恡,故謂之為德也。《五行書》云:若有一德,能禳百災。凡陰陽用事,遇德為善,謂之福德,為有救助,萬事皆吉,災害消亡。德有四德,三者從支干論之,一者從月氣論之。支干三種者:一曰干德,二曰支德,三曰支干合德。

「徳」とはすなわち「得」である。事物に益あり、各方をして各々その願いを遂げしめ、悔恨吝惜を遺さざる。だからこれを徳と称す。《五行書》にいう、ただ一つの徳を占得すれば、上百種の灾殃を消除しうる、と。凡そ陰陽が当令し事を用うるの際、徳に遇えばすなわち吉なり。「福徳」と称す。それが救助を帯びて来るがゆえに、万事はみな吉利にして、灾害はこれに隨い消亡する。徳は共に四種あり。その中の三種は干支の上より講じ、一種は毎月の卦気の上より講ずる。干支の上より講ずる三種は、一を「干徳」といい、二を「支徳」といい、三を「支干合徳」という。

干德者:甲德自在,乙德在庚,丙德自在,丁德在壬,戊德自在,己德在甲,庚德自在,辛德在丙,壬德自在,癸德在戊。此十干者,甲丙戊庚壬為陽尊,故德自處;乙丁己辛癸為陰卑,故配德於陽,有從夫之義,所以不自為德。

まず「干徳」を言う。甲の徳は自己の身上に在り、乙の徳は庚に在り、丙の徳は自己の身上に在り、丁の徳は壬に在り、戊の徳は自己の身上に在り、己の徳は甲に在り、庚の徳は自己の身上に在り、辛の徳は丙に在り、壬の徳は自己の身上に在り、癸の徳は戊に在り。この十個の天干の中、甲・丙・戊・庚・壬は陽に属して尊貴。だから徳はすなわち自己の本位に安ず。乙・丁・己・辛・癸は陰に属して卑下。だから徳を自己と相合する陽干に配するを要す。取るは妻の夫に従うの意である。因って自己単独で徳を成す能わず。

揚子雲:配日之道,正有五日:甲己為木,丙辛為火,戊癸為土,乙庚為金,丁壬為水。陰陽之理,必相配偶,以則君臣夫婦之義。甲為君、為夫,己為臣、為妻,君位自在,臣位由君,故己德在甲,乙德在庚也,餘四皆然,陰從陽之道。

揚雄にいう、天干の相配する道理は、正に五対あり。甲と己と相配して木を化し、丙と辛と相配して火を化し、戊と癸と相配して土を化し、乙と庚と相配して金を化し、丁と壬と相配して水を化す。陰陽の理は必ず双を成し対を配するを要し、以て君臣・夫婦の義に取法する。甲は君であり夫であり、己は臣であり妻である。君の位置は自ら本処に在り、臣の位置は君によりて定まる。だから己の徳は甲の上に安じ、乙の徳は庚の上に安ず。其余の四対もまたこのごとく、みな陰の陽に従うの道理を体現す。

支德者:子德在巳,丑德在午,寅德在未,卯德在申,辰德在酉,巳德在戌,午德在亥,未德在子,申德在丑,酉德在寅,戌德在卯,亥德在辰。此皆以其夫生助之所也。子以巳為德者,子,水也,以土為夫,巳中有生土。丑以午為德者,丑,土也,以木為夫,午中有死木。寅以未為德者,寅,木也,以金為夫,未中有冠帶金。卯以申為德者,卯,木也,以金為夫,申中有相金。辰以酉為德者,辰,土也,以木為夫,酉中有胎木。巳以戌為德者,巳,火也,以水為夫,戌中有冠帶水。

さらに「支徳」を言う。子の徳は巳に在り、丑の徳は午に在り、寅の徳は未に在り、卯の徳は申に在り、辰の徳は酉に在り、巳の徳は戌に在り、午の徳は亥に在り、未の徳は子に在り、申の徳は丑に在り、酉の徳は寅に在り、戌の徳は卯に在り、亥の徳は辰に在り。規律は毎支より往前に五位を数る。これらはみなその支の「夫」(それを克するの那一行)が生助を得る所の処を以て徳と為す。子は巳を以て徳と為すは、子は水に属し、水を克する土はそれの夫で、しかして巳中に土の長生あるがゆえである。丑は午を以て徳と為すは、丑は土に属し、土を克する木はそれの夫で、しかして午中に木の死位あるがゆえである。寅は未を以て徳と為すは、寅は木に属し、木を克する金はそれの夫で、しかして未中に金の冠帯あるがゆえである。卯は申を以て徳と為すは、卯は木に属し、金はそれの夫で、しかして申中に相位に処する金あるがゆえである。辰は酉を以て徳と為すは、辰は土に属し、木はそれの夫で、しかして酉中に木の胎位あるがゆえである。巳は戌を以て徳と為すは、巳は火に属し、火を克する水はそれの夫で、しかして戌中に水の冠帯あるがゆえである。

午以亥為德者,午,火也,以水為夫,亥中有相水。未以子為德者,未,土也,以木為夫,子中有沐浴木。申以丑為德者,申,金也,以火為夫,丑中有養火。酉以寅為德者,酉,金也,以火為夫,寅中有生火。戌以卯為德者,戌,土也,以木為夫,卯中有王木。亥以辰為德者,亥,水也,以土為夫,辰中有死土。

午は亥を以て徳と為すは、午は火に属し、水はそれの夫で、しかして亥中に相位に処する水あるがゆえである。未は子を以て徳と為すは、未は土に属し、木はそれの夫で、しかして子中に木の沐浴あるがゆえである。申は丑を以て徳と為すは、申は金に属し、金を克する火はそれの夫で、しかして丑中に火の養位あるがゆえである。酉は寅を以て徳と為すは、酉は金に属し、火はそれの夫で、しかして寅中に火の長生あるがゆえである。戌は卯を以て徳と為すは、戌は土に属し、木はそれの夫で、しかして卯中に木の帝旺あるがゆえである。亥は辰を以て徳と為すは、亥は水に属し、土はそれの夫で、しかして辰中に土の死位あるがゆえである。見えるに十二支の徳は、みなその夫星の歴する所のある一つの運位の上に落着する。

或問云:從夫之義,生者有德,能相和養,故從;死者離背,不能和從,何以死猶為德?答曰:婦無再醮,一降適人,便稱夫氏,雖死猶從其族,豈得生而稱之,死便舍棄?故陰之從陽,生死常存。

或る人問う、すなわち夫に従うの義を講ずる以上、夫星は生旺の地に処してこそ徳ありと算し、それが妻と相和し相養いうるがゆえに、妻は以て隨从しうる。しかれどももし夫星が死の地に処すれば、すでに背離して相和し相従う能わざるに、なにゆえ死位はなお旧として徳と算するか。回答にいう、婦人に改嫁の礼なし。ひとたび人に嫁せば便ち夫姓に隨い、丈夫はたとえ死するとも彼女はなお夫家の宗族に属す。どうして丈夫が生きていれば彼に従い、死せば彼を拋棄することができようか。だから陰は陽に順从し、生死を論わず始終変わらない、と。

支干合德者:子德在甲,丑德在辛,寅德在丙,卯德在丁,辰德在庚,巳徳在己,午德在戊,未德在辛,申德在壬,酉德在癸,戌德在庚,亥德在乙。此皆從子為德也,謂子能扶助其母,有孝養之性,以為德也。

さらに「支干合徳」を言う。これは地支の徳を天干の上に配する。子の徳は甲に在り、丑の徳は辛に在り、寅の徳は丙に在り、卯の徳は丁に在り、辰の徳は庚に在り、巳の徳は己に在り、午の徳は戊に在り、未の徳は辛に在り、申の徳は壬に在り、酉の徳は癸に在り、戌の徳は庚に在り、亥の徳は乙に在り。この一組はみな「子」(我の生ずる所)を以て徳と為す。意は児子はよく母親を扶助し、孝養の品性あり。因って以て徳と算す。

凡干為陽,支為陰,陽體剛強自在,陰體柔順從陽。婦人有三從之禮,每無自專之義,夫死從子,故以子為德。若有支干,各自為德,皆從其夫;既今支干共為德,故離其夫位,故便從子也。子德在甲者,水為木母故也,例皆如之。

大凡天干は陽に属し、地支は陰に属す。陽の本体は剛強、よく自らその位を守る。陰の本体は柔順、陽に順从するを要す。婦人に「三従」の礼あり、従来自ら主張を作さず、丈夫去世すれば児子に依从する。だからここに「子」を用いて徳を定む。もし干と支とが各自単独で徳を論ぜば、それらはみな各自の夫に隨从するを要す。今は干支を合わせて徳を論ずるがゆえに、夫位を離れて、転じて児子に隨从するを要す。だから子の徳は甲に在る。子は水に属し、しかして水は木の母(水生木、木はすなわち水の子)なるがゆえである。其余の各支はみなこの例に照らして推す。

一從月氣為德者,德不孤立,對之以刑。德為陽以從干,刑為陰以從坤。亦如人之治政,刑德兩施:德有慶賜爵賞,所以配陽;刑有殺罰削奪,所以配陰。故王者日蝕則修德,月蝕則修刑。

第四種は毎月の卦気に按って徳を定める。徳は孤立して存在できず、必ず「刑」がそれに相対する。徳は陽に属する。だから乾卦に隨从する。刑は陰に属する。だから坤卦に隨从する。これもまた人間が政事を治理するに、刑と徳の両手を併用するがごとし。徳は慶賀・賞賜・封爵の類の恩典を包含する。だから陽に配する。刑は誅殺・責罰・削奪の類の懲処を包含する。だから陰に配する。因って君王は日蝕に遇えば徳政を修明し、月蝕に遇えば刑罰を整飭する。

董仲舒《春秋繁露》云:天道之常,一陽一陰。陽者天之德,陰者天之刑。陰陽以終歲之行,以觀天之所親任,可以見德刑之用矣。然天之任陽不任陰,好德不好刑,故陽出而積於夏,任德以歲事;陰出而積於冬,錯刑以空處也。太公云:人主舉事善,則天應之以德;惡,則天應之以刑。此並陰陽相對,德不獨治,須偶之以刑也。

董仲舒《春秋繁露》にいう、天道の常規は、一陽一陰である。陽は上天の徳、陰は上天の刑である。陰陽が一年の行程を走り終えるを看て、上天の親近し委任する所はいずれの一方かを観察すれば、徳と刑の各自の作用を明白にしうる。しかるに上天は陽を任用して陰を任用せず、徳を喜好して刑を喜好しない。だから陽気は出でて夏に積聚し、一年の農事を徳に付託する。陰気は出でて則ち冬に積聚し、刑を空閑無事の処に擱置する。姜太公にいう、君主の行事が得当なれば、上天は徳をもって彼に回応する。行事が不善なれば、上天は刑をもって彼に回応する。これらはみな陰陽が彼此相対し、徳は単独で施治できず、必ず刑をもって配するを要することを説明する。

從干巛二卦之氣者,十詤韋卦用事,自十一月而陽氣動,陰爻變;四月乾卦用事,自五月而陰氣動,陽爻變。故黃鐘蕤賓,陰陽之氣始也,德刑在焉。建子之月,坤初六爻變為陽,復卦用事,陽氣動於黃泉之下,陰氣布在蒼天之上,為德在室,而刑在野。建丑之月,坤六二爻變為陽,臨卦用事,陽氣稍出,萬物萌芽,陰氣將降,威怒已衰,為德在堂,而刑在街。

さらに乾・坤の両卦の気に依って刑徳を推排するを言う。十月に坤卦が当令して事を用い(この句は底本に「十詤韋卦用事」と作るが、文字に訛脱あり)、十一月より陽気が萌動し始め、坤卦の陰爻は自下而上に依次に陽爻に変わる。四月に乾卦が当令して事を用い、五月より陰気が萌動し始め、乾卦の陽爻は自下而上に依次に陰爻に変わる。だから黄鐘(十一月)と蕤賓(五月)の両律は、正に陰陽二気の起点で、刑と徳もまたこれに係る。建子の月(十一月)、坤卦の初六爻が陽に変わり、《復》卦となって事を用い、陽気は黄泉の下に萌動し、陰気は蒼天の上に布満する。この時、徳は内室に在り、刑は郊野に在る。建丑の月(十二月)、坤卦の六二爻が陽に変わり、《臨》卦となって事を用い、陽気は稍々顕露し、万物は萌芽を始め、陰気はまさに下降せんとし、粛殺の威怒はすでに衰える。この時、徳は堂上に在り、刑は街市に在る。

建寅之月,坤六三爻變為陽,泰卦用事,陽氣已達,陰氣降入,陰陽交泰,萬物抽其牙葉,為德在庭,而刑在巷。建卯之月,坤六四爻變為陽,大壯卦用事,陽氣上騰乎天,陰氣下入乎地,陰陽氣交,萬物成出,德刑俱會於門。建辰之月,坤六五爻變為陽,夬卦用事,陽氣上達,陰氣衰微,為德在巷,而刑在庭。建巳之月,坤上六爻變為陽,純陽用事,陽氣大盛,陰氣消除,萬物悅壯,無復刑殺,為德在街,而刑在堂。

建寅の月(正月)、坤卦の六三爻が陽に変わり、《泰》卦となって事を用い、陽気はすでに通達し、陰気は地下に降入し、陰陽は交泰して、万物は芽葉を抽出する。この時、徳は庭中に在り、刑は里巷に在る。建卯の月(二月)、坤卦の六四爻が陽に変わり、《大壮》卦となって事を用い、陽気は天に上騰し、陰気は地に下沈し、陰陽二気は相交わり、万物は形を成して出づ。この時、刑と徳とは一同に門口に会合す。建辰の月(三月)、坤卦の六五爻が陽に変わり、《夬》卦となって事を用い、陽気は上に向かって通達し、陰気は衰微す。この時、徳は里巷に在り、刑は庭中に退く。建巳の月(四月)、坤卦の上六爻が陽に変わり、純陽の《乾》卦となって事を用い、陽気は大いに盛んで、陰気は消尽し、万物は欣悦壮大にして、さらに刑殺なし。この時、徳は街市に在り、刑は堂上に退く。見えるに徳は内より外に走り、刑は外より内に退く。一進一退は恰も相反する。

建午之月,乾初九爻變為陰,遘卦用事,陰氣動於黃泉之下,陽氣佈於蒼天之上,為德在野,而刑在室。建未之月,乾九二爻變為陰,遁卦用事,陰氣稍升,陽氣將損,萬物壯極,皆以衰老,為德在街,而刑在堂。建申之月,乾九三爻變為陰,否卦用事,陽氣沈退,陰氣進升,陰陽否隔,殺威方盛,為德在巷,而刑在庭。

建午の月(五月)、乾卦の初九爻が陰に変わり、《姤》卦となって事を用い、陰気は黄泉の下に萌動し、陽気は蒼天の上に布満する。この時、徳は郊野に退き、刑は内室に進入す。建未の月(六月)、乾卦の九二爻が陰に変わり、《遁》卦となって事を用い、陰気は漸漸上昇し、陽気はまさに損減せんとし、万物は壮盛極まりて衰老を始む。この時、徳は街市に在り、刑は堂上に在る。建申の月(七月)、乾卦の九三爻が陰に変わり、《否》卦となって事を用い、陽気は沈降退避し、陰気は上進升騰し、陰陽は阻隔通ぜず、粛殺の威は正に盛り。この時、徳は里巷に在り、刑は庭中に在る。

建酉之月,乾九四爻變為陰,觀卦用事,陽氣內入,陰氣外施,陰陽合爭,萬物變衰,為德在門,刑復會於門。建戌之月,乾九五爻變為陰,剝卦用事,陽氣將盡,陰氣上達,萬物枯悴,殺害盛行,為德在庭,而刑在巷。建亥之月,乾上九爻變為陰,純坤復位,陽氣消除,陰氣大盛,萬物收藏,未見刑犯,為德在堂,而刑在街。此刑德二事,出入向趣,皆以用之,彌忘拙鑿。遇德則吉,逢刑則凶,故於此釋。

建酉の月(八月)、乾卦の九四爻が陰に変わり、《観》卦となって事を用い、陽気は内に向かって収入し、陰気は外に向かって施布し、陰陽は交争し、万物は盛より衰に転ず。この時、徳は門口に在り、刑もまた再度門口に会合す。建戌の月(九月)、乾卦の九五爻が陰に変わり、《剥》卦となって事を用い、陽気はまさに耗尽せんとし、陰気は上に向かって通達し、万物は枯槁憔悴して、殺傷の気は盛行す。この時、徳は庭中に在り、刑は里巷に在る。建亥の月(十月)、乾卦の上九爻が陰に変わり、回復して純陰の《坤》卦となり、陽気は消尽し、陰気は大いに盛んで、万物は収蔵して、さらに刑を加うべきの事なし。この時、徳は堂上に在り、刑は街市に在る。刑と徳のこの二つの事は、一出し一入し、各々趨向あり、占家はみなこれに拠って取用し、用うれば用うるほどそれが生硬穿鑿の説にあらざるを覚える。徳に遇えばすなわち吉、刑に逢えばすなわち凶。だからここに解釈を加える。

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