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第三 支干の数を論ず

隋 · 萧吉 · 第2巻 / 11

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

支干數者,凡有二種:一通數,二別數。今先辯通數,後論別數。通數者,十干、十二支也。干有十者,應天地之大數也。《易繫辭》言:天數五,地數五。天地之數,不過於十,故以干極於十。十主日,十日為一旬也。支十二者,《禮稽命徵》言:佈政十二,尊卑有序。《援神契》言:三三參行,四四相扶。天有四時之氣,以三月成一時,故言三三參行,四四相扶。天地人謂之三才,是為三者,物生之常數,因而各生三,本三而末九,所以十二。《元命苞》言:數成於三,故合於三。三月,陽極於九,故一時九十日也。支象於月,十二月為一歲也。此辨通數。

干支の数は全部で二類ある。一は「通数」(総数)、二は「別数」(各支各干自身の数)である。今まず通数を弁明し、それから別数を論ずる。いわゆる通数とは、天干十・地支十二という二つの総数である。天干が十である所以は、天地の大数に対応するためである。《周易・繋辞》にいう、天数五・地数五、天地の数は合わせて十を過ぎない。だから天干は十を極限とする、と。十天干は「日」を主管し、十日を一旬とする。地支が十二である所以は、《礼稽命徴》にいう、政令を施布するに十二類あり、尊卑各々次序がある、と。《孝経援神契》にいう、三三相参して行い、四四彼此に扶助する、と。天に四時の気あり、毎三か月が一時を構成する。だから「三三参行」という。四時は互相に扶持する。だから「四四相扶」という。天・地・人は合わせて三才と称し、見えるに三は万物生成の常数である。この三から各々さらに三を生ぜしめれば、本数は三で末数は九、三と四が相乗して十二を得る。《春秋元命苞》にいう、数は三に成就する。だから毎三か月を合して一時とする。陽数は九に極まる。だから一時は九十日である、と。地支は月に取象し、十二か月を一年とする。以上は通数を弁明したものである。

別數者,支數則子數九,丑八,寅七,卯六,辰五,巳四,午九,未八,申七,酉六,戌五,亥四。《太玄經》云:子午九者,陽起於子,訖於午;陰起於午,訖於子。故子午對沖,而陰陽二氣之所起也。寅為陽始,申為陰始。從所起而左數,至所始而定數。故自子數至申,數九;自午數至寅,亦九。所以子午九也。

次に別数を言う。地支の数は、子九・丑八・寅七・卯六・辰五・巳四・午九・未八・申七・酉六・戌五・亥四である。《太玄経》が解釈していう、子と午がともに九を取るのは、陽気は子に起こり午に止まり、陰気は午に起こり子に止まるからである。だから子午の二支は正に相対冲し、陰陽二気の各々発起する処である。寅は陽気の始め、申は陰気の始めである。推算の方法は、その支の「起」こる位置から左に順に数え、陰陽の「始」まる那一支に至るまで数え、得た位数がその数である。だから子から順に申まで数え(子丑寅卯辰巳午未申)、共に九位。午から順に寅まで数え(午未申酉戌亥子丑寅)、同じく九位。ゆえに子午の数はともに九である。

丑未為對沖,自丑數至申,數八;自未數至寅,亦八,所以丑未八也。寅申為對沖,自寅數至申,數七;自申數至寅,亦七,所以寅申七也。卯酉為對沖,自卯數至申,數六;自酉數至寅,亦六,所以卯酉六也。辰戌為對沖,自辰數至申,數五;自戌數至寅,亦五,所以辰戌五也。巳亥為對沖,自巳數至申,數四;自亥數至寅,亦四,所以巳亥四也。又云:陽數極於九,子午為天地之經,故取陽之極數。自丑未巳下,各減一,從八至四,理自可知。

丑と未は相対冲する。丑から申まで数えて八位、未から寅まで数えても八位。だから丑未はともに八を取る。寅と申は相対冲する。寅から申まで数えて七位、申から寅まで数えても七位。だから寅申はともに七を取る。卯と酉は相対冲する。卯から申まで数えて六位、酉から寅まで数えても六位。だから卯酉はともに六を取る。辰と戌は相対冲する。辰から申まで数えて五位、戌から寅まで数えても五位。だから辰戌はともに五を取る。巳と亥は相対冲する。巳から申まで数えて四位、亥から寅まで数えても四位。だから巳亥はともに四を取る。なお一つの更に簡便な説がある。陽数は九を極とし、子午は天地の経緯正位である。だから陽数の極点九を取る。丑未の一対から下は、毎対依次に一を減じ、八から逓減して四に至る。道理は自ずから明らかである。

干數者,甲九,乙八,丙七,丁六,戊五,己九,庚八,辛七,壬六,癸五。《太玄經》云:甲己九者,甲起甲子,從子故九;己為甲配,故與甲俱九。乙起乙丑,從丑故八;乙配於庚,與庚俱八。丙起丙寅,從寅故七;辛配於丙,與丙俱七。丁起丁卯,從卯故六;丁配於壬,與壬俱六。戊起戊辰,從辰故五;癸配於戊,與戊俱五。

天干の数は、甲九・乙八・丙七・丁六・戊五・己九・庚八・辛七・壬六・癸五である。《太玄経》が解釈していう、甲と己がともに九を取るのは、六十甲子中、甲が最も先に子と配して甲子となり、甲は子に隨って九を取るからである。己は甲と相合(甲己合)する。だから甲と同じく九を取る。乙は最も先に丑に配して乙丑となり、丑に隨って八を取る。乙は庚と相合する。だから庚と同じく八を取る。丙は最も先に寅に配して丙寅となり、寅に隨って七を取る。辛は丙と相合する。だから丙と同じく七を取る。丁は最も先に卯に配して丁卯となり、卯に隨って六を取る。丁は壬と相合する。だから壬と同じく六を取る。戊は最も先に辰に配して戊辰となり、辰に隨って五を取る。癸は戊と相合する。だから戊と同じく五を取る。

支有十二,以對沖同數,故自九至四;干唯有十,以配合同數,故自九至五。又云:支從地,故數畢於陰,以四偶也;干從天,故數畢於陽,以五奇也。五則止於五氣,四則極於四時。上不過九者,陽之極數也。五行及支干之數,相則倍之,王則十而倍之,休則如本,因死半之。以此四而孳,數乃無極。此並從氣增減,氣盛則多,氣衰則少也。

地支は十二個あり、相対冲する二支は同数ゆえに、六対の支は恰好九から四までの六つの数を用いる。天干は十個のみで、相合化する二干は同数ゆえに、五対の干は恰好九から五までの五つの数を用いる。なお一つの解釈がある。地支は地に従属する。だからその数は陰数に終止し、偶数四を末とする。天干は天に従属する。だからその数は陽数に終止し、奇数五を末とする。五を取るのは五行の気に止まり、四を取るのは四時に極まる。上限は九を超えない。九は陽数の極点だからである。五行および干支の数は、さらに「休王」の状態によって増減する。「相」の位に処れば本数を加倍し、「王(旺)」の位に処れば十倍を以てさらに加倍し、「休」の位に処れば本数を保持し、「死」の位に処れば半分に減ずる。この四種の情形に照らして孳衍し続ければ、数目は窮尽がない。これらはみな気の盛衰に隨って増減する。気盛なれば数は大きく、気衰すれば数は小さい。

第四 納音の数を論ず

納音數者,謂人本命所屬之音也。音,卽宮商角徵羽也。納者,取此音以調姓所屬也。《樂緯》云:孔子曰,吹律定姓,一言得土曰宮,三言得火曰徵,五言得水曰羽,七言得金曰商,九言得木曰角。此並是陽數。

いわゆる「納音」の数とは、一人の本命年干支の帰属する楽音を指す。ここでいう音とは、宮・商・角・徴・羽の五音である。「納」とは、この音を取って姓氏の帰属する五行を調定することである。《楽緯》にいう、孔子が講ずる、律管を吹奏して姓氏の帰属を判定する。推算する時、一歩(「一言」)数えて得るは土、音は宮。三歩数えて得るは火、音は徴。五歩数えて得るは水、音は羽。七歩数えて得るは金、音は商。九歩数えて得るは木、音は角。一・三・五・七・九は全て陽数(奇数)で、納音を推すには陽数のみを用いる、と。

凡五行有生數、壯數、老數三種。木,生數三,壯數八,老數九。火,生數二,壯數七,老數三。土,生數五,壯數十,老數一。金,生數四,壯數九,老數七。水,生數一,壯數六,老數五。管輅云:土老數一者,土為萬物之主,一切歸之,所以一也。三才交而人理具,火之為德,取三才之義,故老數三。水,上應五星,下同五藏,故水老數五。金配七曜,故金老數七。木,在天為九星,在地為九州島,在人為九竅,故木老數九。先生數,次壯數,後老數。納音論其本命,故以終數言之。

五行の数は全部で三種ある。生数・壮数・老数である。木の生数は三、壮数は八、老数は九。火の生数は二、壮数は七、老数は三。土の生数は五、壮数は十、老数は一。金の生数は四、壮数は九、老数は七。水の生数は一、壮数は六、老数は五。管輅がこの「老数」の組を解釈していう、土の老数が一を取るのは、土は万物の主宰であり、一切がそれに帰結するから、一を取る。天・地・人の三才が交会して、人道は初めて完備する。火の徳性はまさに三才の義を取る。だから老数は三を取る。水は上において五星に対応し、下において人身の五蔵に対応する。だから水の老数は五を取る。金は日月五星の「七曜」に対応する。だから金の老数は七を取る。木は天上において九星に対応し、地上において九州に対応し、人身において九竅に対応する。だから木の老数は九を取る。三種の数の次序は……

此釋猶為未盡。夫萬物皆稟五常之氣,化合而生。物生之後,必至成壯;成壯之後,必有衰老。故有三種義。為人之道,自壯及老,莫不本乎禮義而以立身。然存禮義者,靡不有初,鮮克有終。今既論納音人之所屬,非人莫能行其禮義,故以終老之數,禮義明之。

上面のこの解釈はなお透徹に足りない。万物はみな五常の気を禀受し、化合を経て産生される。事物は出生した後、必ず成熟壮盛に走向し、成熟壮盛した後、必ず衰敗老朽に走向する。だから生・壮・老三種の数の含義がある。人たるの道理は、壮年より老年に至るまで、礼義をもって根本として立身処世せざるを得ない。しかるに礼義を守れる者は、往々にして好ましい開頭を有するも、最後まで堅持しうる者は稀である。今論ずるは納音の対応する人の帰属であり、人のみが礼義を実行できる以上、だから「終老」の一档の数を用い、礼義に配合して説明する。

一言得土者,土以含弘德厚,位高為君。君為民主,主則無二,唱始之言,故數一也。三言得火者,火既主禮,孝敬為先,不敢棄所生之德,故其數三,從木數也。水居陰位,人臣之道,土能制水,如君制臣,縱之則行,壅之則止,水不自專,故從土數五也。金既主義,義是夫妻之道,妻無自專,有從夫之義,火為金夫,故用火數七也。木主仁孝,金能克木,宗廟之象。《式經》云:金為骸骨,木為棺槨。此明金木為鬼神之事,以敬事,故木從金數,故數九也。一示君德,二順父母,三表臣節,四敬從夫,五事鬼神,此則禮義備而人事畢矣,故納音數用之。

一歩数えて土を得る。土は含容広大・徳性深厚で、地位は最も高く君主を象徴する。君主は万民の主で、主宰は一のみあり二はありえず、首に開端を倡する那一声である。だから数は一を取る。三歩数えて火を得る。火は「礼」を主管し、礼は孝敬を以て先とし、自らを生育した恩徳に背棄することを敢えてせず、火は木の生ずる所ゆえに、三を取る――この三はもともと木の生数であり、火はそれを生ずる木から数を取る。水は陰位に居り、人臣たるの道である。土は水を制約できる。たとえば君主が臣下を管束するがごとく、放てば流行し、堵せれば停止し、水は自ら主張できない。だから水はそれを制する土から数を取って五とする。金は「義」を主管し、義は夫婦の道に体現される。妻は自ら主張できず、夫に順従する道理があり、火は金の夫である(火は金を克し、克する者は夫)。だから金は火の老数七を用いる。木は仁孝を主管し、金は木を克しうる。これは宗廟祭祀の象である。《式経》にいう、金は骸骨、木は棺椁である、と。これは金木が鬼神の事に関渉することを表明し、敬慎を以て相事えるを要する。だから木は金に隨従して数を取り、因って九である。帰納すれば、一は君徳を顕示し、二は父母に順事し、三は臣節を表明し、四は丈夫を敬順し、五は鬼神に奉事する――このごとく礼義は斉備し、人事もまた窮尽される。だから納音の数はこの一組を採用する。

納音者,子午屬庚,震卦所直日辰也;丑未屬辛,巽卦所直日辰也;寅申屬戊,坎卦所直日辰也;卯酉屬己,離卦所直日辰也;辰戌屬丙,艮卦所直日辰也;己亥屬丁,兌卦所直日辰也。一言得土者,本命庚子,子屬於庚,數之,一言便以得之是也。三言得火者,本命丙寅,寅屬於戊,從丙數至戊,凡三是也。五言得水者,本命壬戌,戌屬於丙,從壬數至丙,凡五是也。七言得金者,本命壬申,屬於戊,從壬數至戊,凡七是也。九言得木者,本命己巳,巳屬於丁,從己數至丁,凡九是也。六十甲子,例皆如是。支屬八卦為納音者,皆以次而取對沖,如子午屬庚,子午相對沖也,餘例悉然。

納音を推す基礎配属は、子・午は天干の庚に帰属し、これは震卦の値する日辰である。丑・未は辛に帰属し、巽卦の値する日辰である。寅・申は戊に帰属し、坎卦の値する日辰である。卯・酉は己に帰属し、離卦の値する日辰である。辰・戌は丙に帰属し、艮卦の値する日辰である。巳・亥は丁に帰属し、兌卦の値する日辰である。この六組の配属は八卦納甲の法から来て、以下の納音推算の前提である。具体の推法は、本命の天干から起き、十干の順序に従って本命の地支の帰属する那天干まで数え、数えた歩数がすなわち得る幾「言」である。いわゆる一言で土を得るとは、たとえば本命が庚子であれば、子は庚に帰属し、庚から数え起きて一歩で至る。だから一言であり、納音は土に属する。三言で火を得るとは、たとえば本命が丙寅であれば、寅は戊に帰属し、丙から戊まで数えて(丙・丁・戊)共に三歩。だから三言であり、納音は火に属する。五言で水を得るとは、たとえば本命が壬戌であれば、戌は丙に帰属し、壬から丙まで数えて(壬・癸・甲・乙・丙)共に五歩。だから五言であり、納音は水に属する。七言で金を得るとは、たとえば本命が壬申であれば、申は戊に帰属し、壬から戊まで数えて(壬・癸・甲・乙・丙・丁・戊)共に七歩。だから七言であり、納音は金に属する。九言で木を得るとは、たとえば本命が己巳であれば、巳は丁に帰属し、己から丁まで数えて(己・庚・辛・壬・癸・甲・乙・丙・丁)共に九歩。だから九言であり、納音は木に属する。六十甲子はみなこの例に照らして推算する。地支が八卦に帰属して納音を定めるは、すべて依次に相対冲する二支を取って一組と合する。たとえば子午がともに庚に属するのは、まさに子と午が相対冲するからであり、其余各組もみなこのごとくである。

夫陽施陰化,故受氣定形,皆資於陰陽,以養成之。是以人之所屬,皆以陽數言也。所以子午屬庚之例者,乾為父,坤為母,共有六子,故曰:干將三男震坎艮,坤將三女巽離兌。陰陽相生,故就干索女,就坤索男。所以干一索而得巽,曰長女;再索而得離,曰中女;三索而得兌,曰少女。坤一索而得離,曰長男;再索而得坎,曰中男;三索而得艮,曰少男。

陽は施与を司り、陰は化育を司る。だから万物が気を受け形を成すには、いずれも陰陽両方面に依って養育成就せねばならない。ゆえに人の納音帰属は、一律に陽数(一・三・五・七・九)をもって表述する。「子午は庚に属す」の一組の配属の来歴については、八卦から説き起こさねばならない。乾は父、坤は母で、共に六つの子女を生ず。だから乾は震・坎・艮の三つの男卦を統領し、坤は巽・離・兌の三つの女卦を統領するという。陰陽は互相に生成するゆえに、乾に至って女を求め、坤に至って男を求める。ゆえに乾は第一回に求索して巽を得て長女と称し、第二回に求索して離を得て中女と称し、第三回に求索して兌を得て少女と称する。坤は第一回に求索して震を得て長男と称し(底本はここ「震」を誤って「離」と作る)、第二回に求索して坎を得て中男と称し、第三回に求索して艮を得て少男と称する。

甲是陽干之始,乾下三爻取之;壬是陽干之末,乾上三爻取之;乙是陰干之始,坤下三爻取之;癸是陰干之末,坤上三爻取之。餘有六干,陽付其男,陰付其女。甲乙之後,次於丙丁,故以丙付少男艮,以丁付少女兌;丙丁之後,次於戊己,故以戊付中男坎,以己付中女離;戊己之後,次於庚辛,故以庚付長男震,以辛付長女巽。所以從少而付老,自小及大,從微至著故也。

甲は陽干の開頭で、乾卦の下の三爻に配される。壬は陽干の末尾で、乾卦の上の三爻に配される。乙は陰干の開頭で、坤卦の下の三爻に配される。癸は陰干の末尾で、坤卦の上の三爻に配される――これが「乾は甲壬を納し、坤は乙癸を納す」である。残る六つの天干は、陽干は三つの男卦に交付され、陰干は三つの女卦に交付される。甲乙の後は依次に丙丁である。だから丙を少男の艮に交付し、丁を少女の兌に交付する。丙丁の後は依次に戊己である。だから戊を中男の坎に交付し、己を中女の離に交付する。戊己の後は依次に庚辛である。だから庚を長男の震に交付し、辛を長女の巽に交付する。最も年少から分配を始め、再び逐歩に年長に給する所以は、小により大に及び、微により顕に由る道理を取ったのである。

付干既訖,次付其支。震為長子,故其卦,初九得干之子,九四得干之午,震干庚,故子午屬庚。巽為長女,子後次丑,故其卦,初六得坤之丑,午後次未,六四得坤之未,巽干辛,故丑未屬辛。坎為中男,丑後次寅,其卦,初六得干之寅,未後次申,六四得干之申,坎干戊,故寅申屬戊。

天干の分配が畢り、続いて地支を分配する。震は長子である。だから震卦の初九爻は乾家の子を得、九四爻は乾家の午を得る。震の納する天干は庚である。ゆえに子・午は庚に帰属する。巽は長女である。子の後は依次に丑である。だから巽卦の初六爻は坤家の丑を得る。午の後は依次に未で、六四爻は坤家の未を得る。巽の納する天干は辛である。ゆえに丑・未は辛に帰属する。坎は中男である。丑の後は依次に寅である。だから坎卦の初六爻は乾家の寅を得る。未の後は依次に申で、六四爻は乾家の申を得る。坎の納する天干は戊である。ゆえに寅・申は戊に帰属する。見えるに、支を配するは十二辰の先後順序に従い、六子卦の初爻と四爻の上に依次に分派されるのである。

離為中女,寅後次卯,故其卦,初九得坤之卯,申後次酉,九四得坤之酉,離干己,故卯酉屬己。艮為少男,卯後次辰,故其卦,初六得干之辰,酉後次戌,六四得干之戌,艮干丙,故辰戌屬丙。兌為少女,辰後次己,故其卦,初九得坤之己,戌後次亥,九四得坤之亥,兌干丁,故己亥屬丁。

離は中女である。寅の後は依次に卯である。だから離卦の初九爻は坤家の卯を得る。申の後は依次に酉で、九四爻は坤家の酉を得る。離の納する天干は己である。ゆえに卯・酉は己に帰属する。艮は少男である。卯の後は依次に辰である。だから艮卦の初六爻は乾家の辰を得る。酉の後は依次に戌で、六四爻は乾家の戌を得る。艮の納する天干は丙である。ゆえに辰・戌は丙に帰属する。兌は少女である。辰の後は依次に巳である。だから兌卦の初九爻は坤家の巳を得る。戌の後は依次に亥で、九四爻は坤家の亥を得る。兌の納する天干は丁である。ゆえに巳・亥は丁に帰属する。

六子取干,則乾坤之餘;取支,並從乾坤而得。陽取於干,陰取於坤,皆受於父母。故六子並主十二辰,人之納音,皆所繼焉。甲乙壬癸不為納音者,以屬乾坤故也。或問曰:六子用干,則取父母之不用者;用支,則並同於父母者,何?答曰:干,是陽也,陽體奇,故正得一往分用;支,是陰也,陰體偶,故以再往用之。又復龜則用日,是以正求於干,故發兆分為十分;筮則用辰,正求於支,是以飛伏六爻,並論十二支。雖復體不兼要,須相配以明義。干為尊,故不得不先設,而後求支。筮雖不正用干,亦須干助,以顯其趣;猶如龜判十二支,兆體雖無支象,必約而論之。筮雖闕三甲、三壬、三乙、三癸,亦約虛以求實。

六つの子卦の取る天干は、乾坤両卦の用い残したものであり、取る地支も全て乾坤両卦から分得したものである。陽卦は乾家の支を取り、陰卦は坤家の支を取り、いずれも父母卦から承受して来る。だから六子卦は各々十二地支を主管し、人の納音もすべてここから承継される。甲・乙・壬・癸の四干が納音推算に参与しないのは、それらが乾坤父母両卦に分属し、地位が尊貴で、六子の分配の列に在らないからである。ある人が問う、六子卦の用いる天干は父母卦の用いないものを取ったのに、用いる地支は父母卦と完全に同じであるのは何故か、と。答えていう、天干は陽に属し、陽の本体は奇数である。だから一遍を走れば分配し尽くす。地支は陰に属し、陰の本体は偶数である。だから二遍を走って初めて用い尽くす(十二支を六卦に分け、毎卦は二支を得る)。さらに、亀卜は「日」を用い、主に天干に向かって求取する。だから亀兆は十份に分かれる。蓍筮は「辰」を用い、主に地支に向かって求取する。だから飛神伏神・六爻納支を講じ、併せて十二地支に論及する。両者は各々側重あれど、体例は兼備できず、なお互いに配合してこそ義理を講明できる。天干は尊貴である。だから天干を先に安排せざるを得ず、然る後に地支を求める。蓍筮は直接天干を用いないといえども、天干に依り輔助してこそ旨趣を顕出できる。たとえば亀卜が十二地支を判ずるに、亀兆自体に地支の象はないが、必ず約略にそれを推論せねばならない。蓍筮は三つの甲・三つの壬・三つの乙・三つの癸を缺く(乾坤両卦が各々三爻の干を占める)といえども、虚位を借りて実用を求取するのである。

且設干往,先從父母而為始,後及六子。以甲付干,以乙付坤,以丙付艮,以丁付兌,以戊付坎,以己付離,以庚付震,以辛付巽,歷八卦訖,壬還到干,次癸還到坤。十干所在六爻,乾坤位尊,取其始末理,然體各得二。干支既當爻正用,故卦別皆備。陽卦取其陽支,陰卦取其陰支,四卦同陽,四卦同陰,非正同於父母。當伏羲畫八卦,為三爻,備天地人,所以分乾卦,別取三。乾坤居始,故取甲乙。後神農重之以為八,純子有重來之理,所以卦六干並同。父母無二之義,故後卦取乎壬癸。其甲乙壬癸各少三者,皆排在虛用之中,不全無者,陰有從陽之義。

さらに仮定して天干を依次に分派すれば、まず父母卦から始め、然る後に六つの子卦に輪番する。甲を乾に給し、乙を坤に給し、丙を艮に給し、丁を兌に給し、戊を坎に給し、己を離に給し、庚を震に給し、辛を巽に給する。八卦が一遍輪を終えれば、壬はまた乾に帰り、続いて癸はまた坤に帰る。十天干は各卦の六爻の上に分布し、乾坤は地位尊貴で、有始有終の道理を取る。だからそれらは各々二つの天干を得る。干と支はすなわちいずれも爻位に落ちて実用せねばならない。だから每一卦は配備斉全である。陽卦は陽支を取り、陰卦は陰支を取り、四つの陽卦は同じく陽支を用い、四つの陰卦は同じく陰支を用いる。完全に父母卦に等同するわけではない。初め伏羲が八卦を画いた時、毎卦三爻で、以て天・地・人の三才を斉備した。だから天干を分派する時、毎卦は別に三爻の干を取る。乾坤は開端に居る。だから先ず甲と乙を取る。後に神農が三爻を重畳して六爻の卦となし、六爻の卦は「重来一遍」の道理がある。だから六爻の天干は前後相同じく、また父母卦は第二を有りえないがゆえに、後の一遍が乾坤に至れば壬と癸を取る。甲・乙・壬・癸が各々三爻の位を少なくするに至っては、みな虚設待用の中に排せられ、完全に棄置して用いないのではない。これはまさに陰に陽に順従する義理あるを取る。

第五 九宮の数を論ず

九宮者,上分於天,下別於地,各以九位。天則二十八宿、北斗九星,地則四方四維及中央,分配九有。謂之宮者,皆神所遊處,故以名宮也。鄭司農云:太一行八卦之宮,每四乃入中央。中央雲者,地神之所居,故謂之九宮。

いわゆる「九宮」は、上において天に対応し、下において地に区分される。天地は各々九つの位置を以て划分する。天上に二十八宿と北斗九星あり、地上に東西南北の四正・東南西南東北西北の四隅および中央あり、この九方を分配すれば、すなわち九有(九州)である。「宮」と称する所以は、これらの位置がみな神霊の游行止息する処所だからで、だから「宮」の字をもって命名する。鄭司農(鄭衆)にいう、太一の神は八卦の宮を巡行し、毎に四宮を走り過ぎれば中央に一回帰る。いわゆる中央とは、地神の居る所である。ゆえに合わせて「九宮」と称する、と。

《易緯乾鑿度》云:易一陰一陽之謂道也,故太一取其數以行九宮。《易》曰:天一,地二,天三,地四,天五,地六,天七,地八,天九,地十。天地之數,合五十有五。九宮用者,天除一,地除二,人除三,餘四十九,以當蓍策之數。又四時除四,餘四十五。五者,五行;四十者,五行之成數。合之,則一節之數。分置五方,方各九者,一時九十日之數,四方成四時也。三宮相對,止十五者,為一氣之數,成二十四氣也。

《易緯・乾鑿度》にいう、《周易》は「一陰一陽之を道と謂う」と講ず。だから太一はこの数を取って九宮を巡行する。《周易・繋辞》にいう、天一・地二・天三・地四・天五・地六・天七・地八・天九・地十、天地の数は合計五十五。九宮の取用するは、天のために一を減じ、地のために二を減じ、人のために三を減じて、四十九を残し、正に揲蓍の用いる蓍策の数に相当する。さらに四時のために四を減じて、四十五を残す。この四十五の中、五は五行を代表し、四十は五行成数(六・七・八・九・十)の和である。両者相合して、正に一節の日数である。四十五を分置して五方とすれば、毎方各々九を得、十日一旬と相乗すれば一時九十日の数となり、四方は四時を構成する。九宮盤上の相対する三宮を相加すれば十五のみを得、十五日は一つの節気の日数で、累積して正に二十四節気を構成する。

《尚書洪範》云:初一曰五行,位在北方,陽氣之始,萬物將萌。次二曰敬用五事,位在西南方,謙虛就德,朝謁嘉慶。次三曰農用八政,位在東方,耕種百穀,麻枲蠶桑。次四曰協用五紀,位在東南方,日月星辰,雲雨並興。次五曰建用皇極,位在中宮,百官立表,政化公卿。次六曰乂用三德,位在西北,抑伏強暴,斷制獄訟。次七曰明用稽疑,位在西方,決定吉凶,分別所疑。次八曰念用庶徵,位在東北,肅敬德方,狂僭亂行。次九曰向用五福、威用六極,位在南方,萬物盈實,陰氣宣佈,時成歲德,陰陽和調,五行不忒。

《尚書・洪範》の列する九疇は、正に九宮と一々相配する。第一は「五行」で、方位は北方に在り、かの処は陽気の開端で、万物はまさに萌発しようとする。第二は「敬用五事」で、方位は西南に在り、謙虚を以て徳行を成就し、天子に朝見し嘉慶の礼を行うべし。第三は「農用八政」で、方位は東方に在り、百穀の耕種・麻を種え蚕を養う事を主る。第四は「協用五紀」で、方位は東南に在り、日月星辰の運行に秩序あり、雲雨がともに興作する。第五は「建用皇極」で、方位は中宮に在り、百官が表率を樹立し、公卿が政教を推行する。第六は「乂用三徳」で、方位は西北に在り、強暴を圧服し、獄訟を裁断する。第七は「明用稽疑」で、方位は西方に在り、吉凶を決断し、疑难を分辨する。第八は「念用庶徴」で、方位は東北に在り、恭敬して徳を修め、狂妄僭越の乱行を戒除すべし。第九は「向用五福・威用六極」で、方位は南方に在り、万物は盈満充実し、陰気は始めて宣布し、時令は一歳の徳を成就し、陰陽は調和して五行に差錯を出さない。

故《黃帝九宮經》云:戴九,履一,左三,右七,二四為肩,六八為足,五居中宮,總御得失。其數則坎一、坤二、震三、巽四、中宮五、干六、兌七、艮八、離九。太一行九宮,從一始,以少之多,順其數也。配算曰:中央及四仲,各分九算。命雲木落歸本,分六至亥,故取震六算,以置於干;水流向末,分八至丑,故取坎八算,以置於艮;金義而堅,分二還未,故取兌二算,以置於坤;火本炎盛,自處其鄉,故離算不動;土王四季,本生於巳,故分中宮四算,以置於巽。故成戴九履一之位也。

だから《黄帝九宮経》にいう、頭上に九を戴き、脚下に一を履き、左辺は三、右辺は七、二と四を両肩と為し、六と八を両足と為し、五は中宮に居り、全局の得失を総管する、と。卦位に換えて言えば、すなわち坎一・坤二・震三・巽四・中宮五・乾六・兌七・艮八・離九である。太一が九宮を巡行するは、一から起步し、少より多に由り、数序に順って依次に前進する。算筹をもって九宮を布置する方法は、中央および子・午・卯・酉の四仲の位に、各々先ず九根の算筹を分給する。口诀に「木落は本に帰る」という――木の葉が凋落すれば本根に帰する。そこで震宮から六根を分出して亥の方位に移す。だから震の六根の算筹を取って乾宮に放つ。口诀に「水は末に流向する」という――水は末端に流れて行く。そこで八根を分出して丑の方位に移す。だから坎の八根の算筹を取って艮宮に放つ。口诀に「金は義にして堅」という――金は義を主り性は剛堅である。そこで二根を分出して未の方位に退る。だから兌の二根の算筹を取って坤宮に放つ。火は本性炎熱旺盛で、自らの本郷に安守する。だから離宮の算筹は動かない。土は四季末月に旺して本は巳に生ず。だから中宮から四根の算筹を分出して巽宮に放つ。このようにして、「戴九履一」の九宮格局が形成される。

又,初成八卦之法,命方之算。先取北方九算,命曰水生木,縱一算置寅上,一算置卯上,一算置辰上;又橫一算置甲上,一算置乙上。次取東方九算,命曰木生火,於南方布五位。又取南方之算,命曰火生土,於中央一算,於西北為戊,一算於西南為巳。又取中央之算,命曰土生金,於西方布五位。又取西方之算,命曰金生水,於北方布五位。五方布十干十二支位訖,然後加陰干各一,命曰陰數偶也;次加陽支各一,命曰支體本。加其始餘算,十二月之數也。一算置西北,命曰干之始也;二算置西南,命曰坤之始也。又餘算九,置於中央,為易象也。

なお別に、最初に算筹をもって八卦を布成した方法はこのごとしである。まず各方に算筹を指定する。先ず北方の九根の算筹を取る。口诀に「水は木を生ず」という。縦に一根を寅位に放ち、一根を卯位に放ち、一根を辰位に放つ。さらに横に一根を甲位に放ち、一根を乙位に放つ。続いて東方の九根の算筹を取る。口诀に「木は火を生ず」という。南方に五つの位置を布下する。さらに南方の算筹を取る。口诀に「火は土を生ず」という。中央に一根を放ち、西北に一根を放って戊と為し、西南に一根を放って己と為す。さらに中央の算筹を取る。口诀に「土は金を生ず」という。西方に五つの位置を布下する。さらに西方の算筹を取る。口诀に「金は水を生ず」という。北方に五つの位置を布下する。五方の十天干・十二地支の位を布置し畢って、然る後に毎一つの陰干に各々一根を加える。口诀にこれを「陰数は偶」と謂う。さらに毎一つの陽支に各々一根を加える。口诀にこれを「地支の本体の在る所」と謂う。開頭に残した算筹を加え入れて、正に十二か月の数に合する。さらに一根の算筹を西北に放ち、これを乾卦の起始と謂う。二根を西南に放ち、これを坤卦の起始と謂う。なお九根の算筹を残し、中央に放って易象と為す。

命曰干主甲壬,卽取甲壬上算,以成乾卦。又命曰坤主乙癸,次取乙癸上算,以成坤卦。父母之卦,爻象既定,次及六子。先起長男,命曰震主庚子午,卽取庚及子午上算,以成震卦。又次長女,命曰巽主辛丑未,次取辛及丑未上算,以成巽卦。又次中男,命曰坎主戊寅申,次取戊及寅申上算,以成坎卦。又次中女,命曰離主己卯酉,次取己及卯酉上算,以成離卦。又次少男,命曰艮主丙辰戌,次取丙及辰戌上算,以成艮卦。又次少女,命曰兌主丁巳亥,次取丁及巳亥上算,以成兌卦。

口诀に「乾は甲・壬を主る」といい、そこで甲位と壬位の上の算筹を取り、それらをもって乾卦を組み成す。またいう「坤は乙・癸を主る」、続いて乙位と癸位の上の算筹を取り、坤卦を組み成す。父母両卦の爻象はすでに確定し、続いて六つの子卦に輪が回る。まず長男を起こし、口诀に「震は庚と子午を主る」といい、庚位および子・午の両位の上の算筹を取り、震卦を組み成す。次は長女で、口诀に「巽は辛と丑未を主る」といい、辛位および丑・未の両位の上の算筹を取り、巽卦を組み成す。次は中男で、口诀に「坎は戊と寅申を主る」といい、戊位および寅・申の両位の上の算筹を取り、坎卦を組み成す。次は中女で、口诀に「離は己と卯酉を主る」といい、己位および卯・酉の両位の上の算筹を取り、離卦を組み成す。次は少男で、口诀に「艮は丙と辰戌を主る」といい、丙位および辰・戌の両位の上の算筹を取り、艮卦を組み成す。次は少女で、口诀に「兌は丁と巳亥を主る」といい、丁位および巳・亥の両位の上の算筹を取り、兌卦を組み成す。この一組の配法は前の納音に用いた干支属卦と完全に一致する。

八卦既成,問曰:八卦從何而始?曰:因五行生。又問:五行因何生?曰:因天地生。天地因何生?曰:因太一生。太一因何生?曰:因易生。故云:易有太極,是生兩儀。故變易字為太一,變太一字為天,天一生,地二生也;變天字為水,天生水也;變水字為木,水生木也;變木字成火,木生火也;變火字成土,火生土也;變土字成金,土生金也;變金字成八卦字,八卦因五行生也;變八卦字為十二月字,八卦所主,月也;變十二月字,成地出萬物,以終歸乎地也。此九宮八卦創制之法備矣。

八卦はすでに組み成され、そこで或る人が発問する。八卦はどこから始まるのか。答えて、五行より生ず。又問う、五行は何より生ずるか。答えて、天地より生ず。天地は何より生ずるか。答えて、太一より生ず。太一は何より生ずるか。答えて、「易」より生ず。だからいう、易に太極あり、太極は両儀を生ず、と。ゆえに算筹の演布において、「易」の字を「太一」に変え、「太一」を「天」に変える――天一が生じ地二が生ずる。「天」を「水」に変えるのは、天が水を生ずるからである。「水」を「木」に変えるのは、水が木を生ずるからである。「木」を「火」に変えるのは、木が火を生ずるからである。「火」を「土」に変えるのは、火が土を生ずるからである。「土」を「金」に変えるのは、土が金を生ずるからである。「金」を「八卦」に変えるのは、八卦は五行より生ずるからである。「八卦」を「十二月」に変えるのは、八卦の主管するものがまさに月份だからである。最後に「十二月」を「地出万物」に変え、万物が終竟大地に帰することを表示する。九宮八卦創制の法は、ここに至って完備する。この連続した「字を変える」ことは文字遊戯ではなく、術家が算筹盤上で層々に標記を改換する口诀である。名目を改換する毎に、上一層の生成関係を筹位の上に落とし込み、「易」から一路「地出万物」まで推して、開篇の「易に太極あり、是れ両儀を生ず」の次第と首尾が相応ずる。

九宮數一起,自北方始者,坎一正北,應天之始,始無二,故一。北方五行之始,所以五行在北方,故云陽氣之始,萬物將萌。五事數二在西南者,五事,貌言視聽思也,別在後篇解。因五行而有五事次之,故二。又云:坤二在西南,應地之數。西南,林鐘之管,氣之次,二也。五事,人事之先也,故曰謙虛就德、朝謁嘉慶,並五事所主也。

九宮の数は一から始まり、しかも北方に起こるのは、坎一が正北に居り、上天の開端に対応するからである。開端は一であるのみで、二でありえない。だから一を取る。北方はまた五行の起始の地である。だから《洪範》は「五行」のこの疇を北方に安んじ、そこを「陽気の始め、万物まさに萌えん」とする。「五事」の数は二で位は西南にある。五事とは貌・言・視・聴・思である(別に後の篇章で詳しく解す)。先に五行があり、五事はこれに隨ってその後に排される。だから二である。また一説に、坤二は西南に在り、地の数に対応する。西南は林鐘律管の在る所で、気序において第二に排す。だから二である。五事は人事の中で最も優先する。だから「謙虚にして徳に就き、朝謁し嘉慶せよ」といい、講ずるはみな五事の主管する内容である。

八政之數三在東方者,八政,食、貨、祀、司空、司徒、司寇、賓、師也。既有五事,次修八政,故三。又云:震三正東,應人之數,三才義畢。東方春,農之始也。食者,耕種炊烹也;貨者,畜積儲博,錢布金兵也;祀者,祭祀供神也;司空者,土地畝也;司徒者,民戶口大小數也;司寇者,禁備盜賊,糾察非常也;賓者,注籍往來,受容嘉慶也;師者,教訓農夫,耒耜設法也。故云耕種百穀,麻枲蠶桑也。

「八政」の数は三で位は東方にある。八政とは食・貨・祀・司空・司徒・司寇・賓・師を指す。すでに五事があれば、続いて八政を修治せねばならない。だから三である。また一説に、震三は正東に居り、人の数に対応し、天・地・人の三才の義はここに完備する。東方は春に属し、農事の開端である。「食」は耕種と炊煮の事を指す。「貨」は蓄積儲備・銭幣布帛と金銀兵器の類の財用を指す。「祀」は神明を祭祀供奉することを指す。「司空」は土地田畝を掌管する。「司徒」は民戸人口の多少を掌管する。「司寇」は盗賊を防禁し異常を糾察することを負責する。「賓」は往来の賓客を登記し嘉慶の礼を接待することを負責する。「師」は農夫を教導し耒耜農具の法を制定することを負責する。だからこの宮は「百穀を耕種し、麻枲蚕桑」を主るという。

五紀數四在東南者,五紀,歲、日月、奉化、日辰、曆數也。八政既修,非歲時日月,無以敷播植,次之故四。又云:巽四,東南,風行四時,以應四時之數。東南巳,純干用事,干主天,巽主號令,故居東南。歲者,以四時有序,盛衰始終也;日月者,照明萬物,氣候遠近也;奉化者,卽仰王化,須建功貢寶也;日辰者,次序陰陽,斷制產物也;曆數者,記綴度數,農夫候望,賦斂隨時也。故曰:王者惟歲,稅數握成,以化下也;卿士惟月,奉化行道,立寶;師允惟日,陳列眾職,制作於萬品。歲月日時,無易修務,敬時以順紀也。故云日月星辰,雲雨並興也。

「五紀」の数は四で位は東南にある。五紀とは歳・日月・奉化・日辰・暦数を指す。八政はすでに修治されたが、歳時日月を準になければ播種耕作を安排する由がない。だから八政の後に排して四とする。また一説に、巽四は東南に居り、風は四時に行き、その対応するは四時の数である。東南は巳の位で、純乾の気がここに用事し、乾は天を主り巽は号令を主る。だから東南に居る。「歳」とは四時に秩序あり・盛衰あり・始終あることをいう。「日月」とは万物を照明し、気候に遠近の別あることをいう。「奉化」とは王者の教化を仰承し、功業を建立し珍宝を進貢するを要することをいう。「日辰」とは陰陽の次序を排定し、物産の宜を裁断することをいう。「暦数」とは天体の度数を記録し、農夫がこれに拠って天時を観候し、時に依って賦税を徴収せしめることをいう。だからいう、王者の管するは一年の政で、賦税の数はこれに拠って核定し、以て下民を教化する。卿士の管するは一月の政で、教化を奉行し正道を推行し典範を樹立する。師尹の管するは一日の政で、諸々の職守を陈列し各類の器物を制作する。年・月・日・時はいずれも変乱すべからず、各々その務を修め、時令を恭敬して綱紀に順応する。だからこの宮は「日月星辰、雲雨並び興る」を主るという。

皇極數五在中央者,皇王建萬國,處中,分別四方,百官以治,萬事畢理,歲時成就,職貢均等,租稅五穀,以供王事,故在其中央。中央之數本五也。又云:土居中央,應五行之數。若王者動不得中,則不能建萬事,故曰皇之不極,是謂不建也。故曰百官立表,政化公卿也。

「皇極」の数は五で位は中央にある。君王は万国を建立し、自ら中間に居り、分別して四方を統轄し、百官は各々その職を司り、万事はみな治理を得、歳時の収成は成就あり、各地の貢賦は均平にして、租税五穀はすべて王室の事を供給するのに用いる。だから中央に安放する。中央の数はもともと五である。また一説に、土は中央に居り、正に五行中の土の生数五に対応する。もし君王の挙措が中を守ることができなければ、万事を建立できない。だから《洪範》にいう、君王が「皇極」に達しなければ、これを「建せず」と謂う、と。だからこの宮は「百官表を立て、政化は公卿」を主るという。

三德數六在西北者,三德,正直、剛克、柔克。乾為天位,人君之象,過五故數六。又云:干在西北,陰陽氣分於西北,故應六律之數也。西北,干之所處,故人君居之。正直者,人德也,君子方正以義,無所曲私,故云平康正直,不疑其德。剛克者,天德也,法度不失,輕重罪服,故曰沈潛剛克。柔克者,地德也,有德秩祿,安定眾職,賞賜萬國,故曰高明柔克。故云抑服強暴,斷制獄訟也。

「三徳」の数は六で位は西北にある。三徳とは正直・剛克・柔克を指す。乾は天の位置で、君主を象徴する。それは中央の五を超える。だから数は六である。また一説に、乾は西北に在り、陰陽二気は西北に分界する。だから六律の数に対応する。西北は乾の処する地であり、因って君主が居守する。「正直」は人の徳である。君子は方正にして義に合し、偏私曲護なし。だから《洪範》に「平康正直」という――世道が平安なれば正直の道を用い、この徳行に対し疑いあるを要しない。「剛克」は天の徳である。法度は失わず、罪罰の軽重は各々その分に当たる。だから「沈潜剛克」という――沈溺柔弱の人に対して剛強の道をもって矯正する。「柔克」は地の徳である。徳ある人に官秩俸禄を給し、各類の職守を安定させ、天下の諸国に賞賜する。だから「高明柔克」という――高亢明察の人に対して柔和の道をもって調節する。だからこの宮は「強暴を抑服し、獄訟を断制する」を主るという。

稽疑數七在西方者,稽疑者,建立卜筮,問疑擇善,占天地之象,以定吉凶。蓍圓卦方,龜筮共知可否。三人占,從二人之言。昔者聖人慎謀重始,動事作業,樹本開基,決嫌定疑,必謀以賢知,諮以耆艾,參以蓍龜,故舉無過事,慮無失計。蠻夷雖無君臣之序,亦有決疑之卜,或以金石,或以木草。故知稽疑之事,聖人所尚。以其次干之後,故數七也。又云:兌正西,卯酉為天地之門,卯主始,酉主終,故斗指卯則萬物皆出,指酉則萬物皆入。兌應七星之數,兌為金,主悅言,故在西方。故云決定吉凶,分別所疑也。

「稽疑」の数は七で位は西方にある。いわゆる稽疑とは、卜筮の法を建立し、疑难に遇えば発問し善を擇んで従い、天地の象を占測して吉凶を判定する。蓍策は円形を取って天を象り、卦体は方形を取って地を象り、亀卜と蓍筮が共同して可否を判ずる。三人が同じく占えば、その中の二人の相同じい説に依従する。昔、聖人は謹んで謀画し開端を重くし、凡そ挙動あり・事業を創立し・根本を樹立し・基業を開創するには、嫌疑を決断するに、必ずまず賢明有智の者に請教し、再び年高德劭の者に咨詢し、最後に蓍亀をもって参験した。だから事を挙げて過失なく、謀慮して失算なし。四方の蛮夷は君臣の礼序ないといえども、疑を決する占卜はあり、あるは金石を用い、あるは草木を用いる。見えるに稽疑の事は聖人の推重するところである。それが乾(三徳)の後に排するがゆえに、数は七である。また一説に、兌は正西に居り、卯と酉は天地の門戸で、卯は開始を主り、酉は終結を主る。だから斗柄が卯を指せば万物はみな出生し、酉を指せば万物はみな収蔵される。兌は北斗七星の数に対応する。兌は金に属し、喜悅と言説を主る。だから西方に配する。だからこの宮は「吉凶を決定し、疑う所を分別する」を主るという。

庶徵數八在東北者,庶徵者,眾征也。王者以及眾庶,莫不內省咎過,外察徵祥,順征知機,則無禍患。不審其過,不念庶徵,則禍至不悟,敗亡無日矣。有機徵見者,必恭事上帝,用不為過,則降以福應。《詩》云:昭事上帝,聿懷多福。如不共御善,不畏上帝,群神乃怒,必有譴罰。數八者,次七後也。又云:艮八在東北,艮是止義,艮為徑路。萬物大出於震,小出於艮。震為眾男之長,艮為眾男之少,故應八卦之數。艮既為止,令止惡就善也,故在東北。故云肅敬德方,狂僭亂行。

「庶徴」の数は八で位は東北にある。いわゆる庶徴とは、諸々の徴兆である。上は君王より下は百姓に至るまで、内にあっては己の過咎を反省し、外にあっては徴兆祥異を観察せざるを得ない。徴兆に順って先機を察知すれば、禍患あることなし。もし過失を省察せず庶徴に留心せず、禍患が頭に臨んでもなお醒悟しなければ、敗亡は旦夕の間にある。ひとたび先機の徴兆が出現すれば、必ず恭しく上帝に奉事し、行事に差錯なくさば、上天は福報を降下する。《詩経》にいう、明々白々として上帝に奉事すれば、ここに衆多の福祉を招来する、と。もし共に善道を奉行せず上帝を敬畏しなければ、衆神は震怒し、必ず譴責懲罰がある。数が八なのは、それが七の後に排するからである。また一説に、艮八は東北に在り、艮は「止」の意で、艮はまた小路を象る。万物は大規模に震に出生し、小規模に艮に出生する。震は衆男のうちの長子、艮は衆男のうちの幼子。だから八卦の数に対応する。艮はすでに静止を主る。すなわち悪行を止めて善道に帰するを要する。だから東北に配する。だからこの宮は「徳方を粛敬し、狂僭の乱行を戒む」を主るという。

五福六極,數九在南方。五福,壽、富、康寧、攸好德、考終命。壽者,孝悌道德備,然後修神丹,延壽命;富者,德化所及,豐穰無闕;康寜者,國化安寜,長樂無事;攸好德者,論理比類,進善抑惡;考終命者,順時成務,可以壽命,統著善德。六極者,凶短折、疾、憂、惡、貧、弱。凶短折者,斬梟誅裂,大罪也;疾者,榜笞毆擊,疾臥養視也;憂,論作望,兢朝日也;惡,髡赭剝,戮辱錮棄也;貧,償贓賦,沒財產也;弱,離邑里,徙邊地,以戒後也。此罪罰之理居後,故數九。又云:離既在午,以為子沖,極則還反,故離最其末,以為九宮之數。離為明,人君南面以聽政,象離之明,刑罰須明,故在南方。故云萬物率盈實也。

「五福」と「六極」の数は九で位は南方にある。五福とは寿・富・康寧・攸好徳・考終命である。「寿」とは孝悌道徳が斉備した後、さらに丹薬を修錬して寿命を延長することをいう。「富」とは徳化の及ぶ所で、年穀が豊饒にして欠缺なきことをいう。「康寧」とは国家の教化が安寧し、長く歓楽にして事なきことをいう。「攸好徳」とは義理を講論し比類して知り、善人を進用し悪行を抑制することをいう。「考終命」とは時令に順応して事業を成就し、天年を享け尽くすを得て、総括して善徳を彰顯することをいう。六極とは凶短折・疾・憂・悪・貧・弱である。「凶短折」は斬首梟示・誅戮分裂を指し、大罪に属する。「疾」は鞭笞殴打に遭い、病に臥して人の将養照看を要することを指す。「憂」は罪に論せられ判を待ち、朝夕惶恐することを指す。「悪」は髪を剃り赭を塗られ、身份を剥奪され、戮辱と禁錮棄逐を蒙ることを指す。「貧」は贓款賦税を賠償し、財産を没収されることを指す。「弱」は郷里を離れ辺地に遷徙せられ、以て後人を警戒するのに用いられることを指す。これらはみな刑罰罪責の道理で、位次は最後にある。だから数は九である。また一説に、離はすでに午位に居り、子と相対冲し、事物は極点に至れば返る。だから離は最も末に排して、九宮の数の終点と為す。離は光明を主り、君主は南に面して政を聴く。離の明察に取象する。刑罰もまた必ず明察せねばならない。だから南方に配する。だからこの宮は「万物率い盈実す」を主るという。

宮唯有九,不十者,八方與中央,數終於九。上配九天、九星、二十八宿,下配五嶽、四瀆、九州島也。九宮經言:一主恆山,二主三江,三主太山,四主淮,五主嵩高,六主河,七主華山,八主濟,九主霍山。又,一為冀州,二為荊州,三為青州,四為徐州,五為豫州,六為雍州,七為梁州,八為兗州,九為揚州。九州島之名,互有改變。禹貢九州島,卽此配唐時名同者,以堯命禹治洪水,分九州島,因而不易。故周虞有十二州,加幽並營。舜以青州越海,分齊為營州;冀州南北太遠,分衛為幷州;燕以北分置幽州。殷時九州島,有幽營,無青梁;周官九州島,有幽並,無徐梁;漢立十二州,增交益焉。

宮は九のみで十でないのは、八方に中央を加えて、数目は九に至って終止するからである。上にあっては九天・九星と二十八宿に配し、下にあっては五岳・四瀆と九州に配する。《九宮経》にいう、一は恒山を主り、二は三江を主り、三は泰山を主り、四は淮水を主り、五は嵩山を主り、六は黄河を主り、七は華山を主り、八は済水を主り、九は霍山を主る、と。またいう、一は冀州、二は荊州、三は青州、四は徐州、五は豫州、六は雍州、七は梁州、八は兗州、九は揚州である、と。九州の名称は歴代互いに変動がある。《禹貢》の九州はすなわちこの配法に照らし、唐堯の時の名称と同じである。堯が大禹に命じて洪水を治め九州を划分せしめ、此後は沿用して改めない。周と虞舜の時期は十二州あり、幽・并・営の三州を加えた。舜は青州が海を跨いであまりに遠いがゆえに、斉地を分出して営州を設け、冀州は南北あまりに遼濶で、衛地を分出して并州を設け、燕以北は別に幽州を設けた。殷代の九州は幽・営ありて青・梁なし。《周礼・職方》の九州は幽・并ありて徐・梁なし。漢代は十二州を設け、さらに交州と益州を増加した。宮数を分別して名山大川と九州に係属する所以は、占者に一見して宮数を見れば、それが天上でいずれの片の星野に対応し、地上でいずれの方の水土に対応するかを知らしめるためである。しかるに州名は歴代に増減あり、用いる時はまず拠り所とするはいずれの朝の建置かを認清しなければならない。

冀州者,《釋名》云:冀州取地為名,有險易,帝王所都。《太康地記》曰:冀,近,其氣相近也。其地自太行東至碣石、王屋、底柱。《禹貢》云:冀州既載。《呂氏春秋》云:兩河之間為冀州,正北方。荊州者,《釋名》云:荊,警也,南蠻數為寇逆,州道先強,當警備之也。其地北據荊山,南及衡山之陽。《禹貢》云:荊及衡陽惟荊州。《爾雅》云:漢南曰荊州。《呂氏》曰:荊,楚也。青州者,《釋名》云:青,在東生也。《太康地記》曰:少陽色青,歲始事首,卽以為名。其地東北據海,西距岱。《禹貢》云:海岱惟青州。《呂氏》云:東方海隅青州,齊也。

まず冀州を言う。《釈名》にいう、冀州はその土地に就いて名づけた。境内に険あり平あり、帝王の都を建つる処である。《太康地記》にいう、冀とは「近」であり、四方の気がここに彼此相近くことをいう。その地域は太行山より東、碣石山・王屋山・砥柱山に至る。《禹貢》に「冀州既に載す」といい、冀州の治水の功はすでにまず記載された。《呂氏春秋》にいう、二条の河の間は冀州で、位は正北に在る、と。次に荊州を言う。《釈名》にいう、荊とは「警」であり、南方の蛮族が屡々入寇して乱を作し、この州は要衝に処し地勢険強で、警戒防備すべきである。その地域は北に荊山を拠し、南に衡山の南に至る。《禹貢》に「荊および衡陽は惟れ荊州」という。《爾雅》にいう、漢水以南を荊州と呼ぶ。《呂氏春秋》にいう、荊とは楚地である、と。次に青州を言う。《釈名》にいう、青とは東方生発の義を取る。《太康地記》にいう、少陽の色は青で、一年はここから始まり万事はここを以て首とする。これをもって命名する。その地域は東北に大海を拠し、西面は岱山(泰山)に至る。《禹貢》に「海岱は惟れ青州」という。《呂氏春秋》にいう、東方の海辺の青州は、すなわち斉地である、と。

徐州者,《釋名》曰:徐,舒也,土氣舒緩也。其地東至海,北至岱,南及淮。《禹貢》云:海岱及淮惟徐州。《呂氏》云:泗上為徐州,魯也。《爾雅》云:濟東曰徐州。豫州者,《釋名》曰:豫,在九州島之中安豫也。《太康地記》云:稟中和之氣,性理安舒。其地南據荊,北距河。《禹貢》云:荊河惟豫州。《呂氏》云:河漢之間為豫州。《爾雅》云:河南曰豫州。雍州者,《太康地記》云:雍居西北之位,陽所不至,陰氣壅閼,取以為名。其地西據黑水,東距西河。《禹貢》云:黑水西河惟雍州。《呂氏》云:雍州,秦也。《爾雅》云:河西曰雍州。

次に徐州を言う。《釈名》にいう、徐とは「舒」であり、かの地の土気は舒緩である。その地域は東は大海に至り、北は岱山に至り、南は淮水に至る。《禹貢》に「海岱および淮は惟れ徐州」という。《呂氏春秋》にいう、泗水の一帯は徐州で、すなわち魯地である。《爾雅》にいう、済水以東を徐州と呼ぶ、と。次に豫州を言う。《釈名》にいう、豫とは、その九州の中に居りて安逸和楽なるがゆえである。《太康地記》にいう、豫州は中和の気を禀受し、性情事理ともに安詳舒緩である。その地域は南に荊山を拠し、北は黄河に至る。《禹貢》に「荊河は惟れ豫州」という。《呂氏春秋》にいう、黄河と漢水の間は豫州である。《爾雅》にいう、黄河以南を豫州と呼ぶ、と。次に雍州を言う。《太康地記》にいう、雍は西北の位に処り、陽気はそこに到達せず、陰気は壅塞阻絶する。「壅」を取って命名する。その地域は西に黒水を拠し、東は西河に至る。《禹貢》に「黒水西河は惟れ雍州」という。《呂氏春秋》にいう、雍州はすなわち秦地である。《爾雅》にいう、黄河以西を雍州と呼ぶ、と。

梁州者,《太康地記》云:梁者,剛也,取西方金剛之氣,剛強以為名也。其地東據華山,西距黑水。《禹貢》曰:華陽黑水惟梁州。兗州者,《釋名》云:取兗水為名。《太康地記》曰:辨其履信稟貞正之意也。其地東南據濟,西北距河。《禹貢》曰:濟河惟兗州。揚州者,《釋名》云:揚州多水,水波揚也。其地北據淮,東距海。《禹貢》云:淮海惟揚州。《呂氏》曰:揚州,越也。《爾雅》曰:江南曰揚州。

次に梁州を言う。《太康地記》にいう、梁とは「剛」であり、西方の金気剛硬の義を取り、剛強をもって命名する。その地域は東に華山を拠し、西は黒水に至る。《禹貢》に「華陽黒水は惟れ梁州」という、と。次に兗州を言う。《釈名》にいう、兗州は兗水(済水の支流)を取って名とする。《太康地記》にいう、この名は辨明して誠信あり・貞正を禀受する意を含む。その地域は東南に済水を拠し、西北は黄河に至る。《禹貢》に「済河は惟れ兗州」という、と。次に揚州を言う。《釈名》にいう、揚州は水多く、水波が飛揚する。だから揚と呼ぶ。その地域は北に淮水を拠し、東は大海に至る。《禹貢》に「淮海は惟れ揚州」という。《呂氏春秋》にいう、揚州はすなわち越地である。《爾雅》にいう、長江以南を揚州と呼ぶ、と。

今依九宮之位,冀州正北,在坎宮;荊州西南,在坤宮;青州正東,在震宮;徐州東南,在巽宮;豫州中央,在中宮;雍州西北,在干宮;梁州正西,在兌宮;兗州東北,在艮宮;揚州正南,在離宮。其位與此解相似。太一以兗州在正北坎位,青州在東北艮位,徐州在正東震位,揚州在東南巽位,荊州在正南離位,梁州在西南坤位,雍州在正西兌位,冀州在西北干位。此並從五行本始之氣,西北亥地,故坎水居之;東北寅地,故震木居之;西南巳地,故離火居之;西南申地,故兌金居之;乾為金,故從本金位;巽為木,故從本木位;坤艮俱土,故取地之經,居正南正北。此並依《周禮·職方》之始位,雖宮位微移,五行氣一。

今、九宮の方位に按じて配せば、冀州は正北に在り坎宮に属し、荊州は西南に在り坤宮に属し、青州は正東に在り震宮に属し、徐州は東南に在り巽宮に属し、豫州は中央に在り中宮に属し、雍州は西北に在り乾宮に属し、梁州は正西に在り兌宮に属し、兗州は東北に在り艮宮に属し、揚州は正南に在り離宮に属する。この一組の配法は前に講じた次序と大体相符合する。別に太一家の配法は同じからず、兗州は正北の坎位、青州は東北の艮位、徐州は正東の震位、揚州は東南の巽位、荊州は正南の離位、梁州は西南の坤位、雍州は正西の兌位、冀州は西北の乾位とする。この一組はみな五行の本始の気に依って安排する。西北は亥地(水の生地)である。だから坎水はこれに居る。東北は寅地(木の生地)である。だから震木はこれに居る。西南は巳地(火の生地)である。だから離火はこれに居る。西南はまた申地(金の生地)である。だから兌金はこれに居る。乾は金に属する。だから金の本位に帰る。巽は木に属する。だから木の本位に帰る。坤と艮はともに土に属する。だから大地南北の経線を取り、正南正北に安置する。これらはみな《周礼・職方》の載する原初の方位に依拠し、宫位は稍々移動あれど、五行の気はなお同一組である。

此九州島上對九天分,二十八宿屬焉。《淮南子》云:中央鈞天,數五,其星角亢氐,韓鄭分。鈞,極也,布極四方,亦曰極天,為四行主,對中宮豫州。東方蒼天,數三,其星房心尾,房心,宋分;尾,燕分。東方色青也,對震宮青州。東北變天,數八,其星箕斗牛,箕,燕分;斗,吳分;牛,岱分。水之季,陰氣盡,陽始作,萬物將變,對艮宮兗州。北方玄天,數一,其星女虛危室,女,越分;虛危,齊分;室,衛分。水色黑,故云玄天,對坎宮冀州。

この九州は上に九天の分野に対応し、二十八宿もそれぞれその中に帰属する。《淮南子・天文訓》にいう、中央を「鈞天」と呼び、数は五、所属の星宿は角・亢・氐で、韓・鄭両国の分野である。鈞とは極であり、中極を四方に布散する。極天とも呼び、其余四行の主宰で、中宮豫州に対応する。東方を「蒼天」と呼び、数は三、所属の星宿は房・心・尾で、房・心は宋国の分野、尾は燕国の分野である。東方の色は青。だから震宮青州に対応する。東北を「変天」と呼び、数は八、所属の星宿は箕・斗・牛で、箕は燕国の分野、斗は呉国の分野、牛は岱地の分野である。ここはまさに水の末季に当たり、陰気まさに尽き陽気始めて生じ、万物まさに変化せんとし、艮宮兗州に対応する。北方を「玄天」と呼び、数は一、所属の星宿は女・虚・危・室で、女は越国の分野、虚・危は斉国の分野、室は衛国の分野である。水の顔色は黒。だから玄天と呼び、坎宮冀州に対応する。

西北幽天,數六,其星壁奎婁,壁,衛分;奎婁,魯分。金之季,卽太陰幽闇也,對干宮雍州。西方昊天,數七,其星胃昴畢,胃,魯分;畢昴,趙分。金色白,故曰昊天,對兌宮梁州。西南朱天,數二,其星觜參井,觜參,晉分;井,秦分。居火之季,陽色朱也,對坤宮荊州。南方炎天,數九,其星鬼柳星,鬼,秦分也;柳星,周分也。火性炎上,故曰炎天也,對離宮揚州。東南陽天,數四,其星張翼軫,張,周分;翼軫,楚分。木之季,將卽太陽,故曰陽天也,對巽宮徐州。

西北を「幽天」と呼び、数は六、所属の星宿は壁・奎・婁で、壁は衛国の分野、奎・婁は魯国の分野である。ここはまさに金の末季に当たり、すなわち太陰幽暗の地で、乾宮雍州に対応する。西方を「昊天」と呼び、数は七、所属の星宿は胃・昴・畢で、胃は魯国の分野、畢・昴は趙国の分野である。金の顔色は白。だから昊天と呼び、兌宮梁州に対応する。西南を「朱天」と呼び、数は二、所属の星宿は觜・参・井で、觜・参は晋国の分野、井は秦国の分野である。ここは火の末季に処し、陽気の色は朱紅で、坤宮荊州に対応する。南方を「炎天」と呼び、数は九、所属の星宿は鬼・柳・星で、鬼は秦国の分野、柳・星は周室の分野である。火性は炎熱上昇する。だから炎天と呼び、離宮揚州に対応する。東南を「陽天」と呼び、数は四、所属の星宿は張・翼・軫で、張は周室の分野、翼・軫は楚国の分野である。ここは木の末季に処し、まさに太陽の地に入らんとし、だから陽天と呼び、巽宮徐州に対応する。

此九天亦屬北斗九星之數,故下對九州島。炎天數九,屬斗第一樞星,應離宮,對揚州。變天數八,屬斗第二璇星,應艮宮,對兗州。昊天數七,屬斗第三璣星,應兌宮,對梁州。幽天數六,屬斗第四權星,應干宮,對雍州。鈞天數五,屬斗第五衡星,應中宮,對豫州。陽天數四,屬斗第六開陽星,應巽宮,對徐州。蒼天數三,屬斗第七瑤光星,應震宮,對青州。朱天數二,屬斗第八星,應坤宮,對荊州。玄天數一,屬斗第九星,應坎宮,對冀州。屬斗第八第九二星,陰而不見,以其對陰宮也。又郭璞《易占》云:干一,坤二,震三,巽四,坎五,離六,艮七,兌八。占人及物數皆準此,蓋以父母男女為次也。此九宮八卦之數,故以備釋。

この九天は同時に北斗九星の数に対応する。だから下に九州と相配しうる。炎天の数は九で、北斗第一の天枢星に属し、離宮に応じ揚州に対する。変天の数は八で、第二の天璇星に属し、艮宮に応じ兗州に対する。昊天の数は七で、第三の天璣星に属し、兌宮に応じ梁州に対する。幽天の数は六で、第四の天権星に属し、乾宮に応じ雍州に対する。鈞天の数は五で、第五の玉衡星に属し、中宮に応じ豫州に対する。陽天の数は四で、第六の開陽星に属し、巽宮に応じ徐州に対する。蒼天の数は三で、第七の瑶光星に属し、震宮に応じ青州に対する。朱天の数は二で、第八の星に属し、坤宮に応じ荊州に対する。玄天の数は一で、第九の星に属し、坎宮に応じ冀州に対する。北斗の第八・第九のこの二つの星は陰に属し肉眼で見えない。まさにそれらの対する所は陰宮だからである。また郭璞《易占》にいう、乾一・坤二・震三・巽四・坎五・離六・艮七・兌八で、人事を占し物を占する数目はみなこれを以て準とする。これは父・母・男・女の次序に按って排したものである。北斗の第八・第九の二颗とは、すなわち後世のいう輔・弼の二隠星で、肉眼に見えない。だから正に坤・坎の二つの陰宮に配する。郭璞のこの一組の卦数は前の九宮の用いた坎一・坤二の一組と相同じからず、別に一家を立てたものに属し、占断する時はまず自分の用いるはいずれの一組かを分清せねばならない。以上は九宮八卦の数である。だからここに詳しく解説を加える。

五行大義 巻第二

第四 相生を論ず(ここに三段に分かれる:一は相生を論じ、二は生死の所を論じ、三は四時の休王を論ず)

一つ目 相生を論ず

經云:天生一,始於北方水;地生二,始於南方火;人生三,始於東方木;時生四,始於西方金;五行生五,始於中央土。又曰:天始生一者,因一而生天,非天生一也。故云:一生二,二生三,三生萬物。地生二者,亦因二而生地;因三生人,因四生時。五行皆由一而生,數至於五,土最在後,得五而生五行也。

経書の上にいう、天は生数一、北方の水より始まる。地は生数二、南方の火より始まる。人は生数三、東方の木より始まる。時は生数四、西方の金より始まる。五行は生数五、中央の土より始まる、と。また解釈していう、いわゆる「天始めて一を生ず」とは、実は一有りてこそ天を生じたのであり、天が一を生出したのではない。だから《老子》にいう、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず、と。いわゆる「地は二を生ず」とも、二有りてこそ地を生じたからである。三有りてこそ人を生じ、四有りてこそ四時を生じたからである。五行はみな「一」より生じ、数は五に排して、土は最後に排し、五を得てこそ全体の五行を生成する。

五行同出而異時者,出離其親,有所配偶。譬如人生,亦同元氣而生,各出一家,配為夫妻,化生子息。故五行皆相須而成也。五行同胎而異居,有先後耳。夫五行皆資陰陽氣而生,故云:濡氣生水,溫氣生火,強氣生木,剛氣生金,和氣生土。故知五行同時而起,托義相生。傳曰:五行並起,各以名別。然五行既以名別,而更互用事,輪轉休王,故相生也。

五行は同一の源より出でて異なる時に現れる。たとえば子女が父母を離れて、各々別に配偶を有するがごとし。譬えて人の出生のごとく、同じく元気を禀受して来て、長成した後に各々本家を離れ、配して夫妻を成し、再び化生して子女を成す。だから五行はみな彼此に依頼してこそ成就しうる。五行は同胎の生まれにして分居各所に在り、ただ先後の別あるのみである。五行はみな陰陽の気に依ってこそ産生しうる。だからいう、湿潤の気は水を生じ、温熱の気は火を生じ、強靭の気は木を生じ、剛硬の気は金を生じ、冲和の気は土を生ず、と。これによって知られる、五行はもともと同時に興起したので、ただ「相生」の義を借りて次第を安排したのである、と。伝文にいう、五行は一斉に興起し、ただ各々名称をもって相区別する。すなわち五行が名称をもって相区別し、また交替して当令し事を行い、輪流に休・王を経歴すれば、そこに相生の関係がある、と。

穎容云:凡五行相生,謂異類相化,如男女異姓,能至繁殖;若以水濟水,不生嘉味。河閒獻王問溫城董君曰:孝者,天之經,地之義也,何謂也?對曰:天有五行,木火土金水是也。木生火,火生土,土生金,金生水,水生木。木為春,春主生,夏主長養,秋主收,冬主藏,藏者,冬之所成也。是故父之所生,其子長之;父之所長,其子養之;父之所養,其子成之。不敢不致如父之意,盡為人之道也。故五行者,五常也。

穎容にいう、凡そ五行相生とは、同類ならざる物が互いに化育することを指す。たとえば男女異姓が通婚してこそ後代を繁衍できるがごとく、もし水をもって水に加えれば、好ましい味道を調出できない。河間献王劉徳が温城の人董仲舒に問うていう、《孝経》に講ずる孝は天の常経・地の大義とは、これは何の意か、と。董仲舒が回答していう、天に五行あり、すなわち木・火・土・金・水である。木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず。木は春に対応し、春は生発を主り、夏は長養を主り、秋は収斂を主り、冬は収蔵を主る。収蔵はまさに冬の成就する事である。だから父輩の生じたる所を、児子は継いでこれを長大せしめ、父輩の養大したる所を、児子は継いでこれを撫育し、父輩の撫育したる所を、児子は継いでこれを成就せしめる。児子は敢えて父の心意を完全に体現せざるなし。これが人たるの道理を尽くす。だから五行はすなわち五常の道である、と。

《白虎通》云:木生火者,木性溫暖,火伏其中,鑽灼而出,故木生火。火生土者,火熱,故能焚木,木焚而成灰,灰卽土也,故火生土。土生金者,金居石,依山津潤而生,聚土成山,山必生石,故土生金。金生水者,少陰之氣潤澤,流津銷金亦為水,所以山雲而從潤,故金生水。水生木者,因水潤而能生,故水生木也。《元命苞》云:陽吐陰化,故水生木也。

《白虎通》にいう、木が火を生ずる所以は、木性は温暖で、火は木中に潜伏し、木を钻り灼焼すれば火が冒出する。だから木は火を生ず。火が土を生ずる所以は、火に熱力あり、木材を焚焼でき、木が焼き尽きれば灰となり、灰はすなわち土。だから火は土を生ず。土が金を生ずる所以は、金は石頭の裏に藴蔵し、山中の潤沢の気に依托して生成する。土を積んで山を成せば、山中に必ず石を生ず。だから土は金を生ず。金が水を生ずる所以は、少陰の気は潤沢を帯び、流出する津液は金属を銷熔し化して水と為しうる。だから山間に雲を起こすもまた潤気に隨って生ずる。ゆえに金は水を生ず。水が木を生ずる所以は、草木は水の滋潤を得てこそ生長しうる。だから水は木を生ず。《春秋元命苞》にいう、陽気は吐生し陰気は化育する。だから水は木を生じうる、と。

《春秋繁露》云:東方木,木,農之本,司農尚仁,五穀畜積,司馬食之,故木生火。火,本朝司馬,尚知,天時形兆未萌,昭然獨見,天下既寧,以安君臣,故火生土也。土,君,尚信,因時之威武強御,以成大理司徒,故土生金。金,大理司徒,尚義,邊境安寧,寇賊不發,邑無獄訟,則安執法司寇,故金生水。水,執法司寇,尚禮,君臣有位,長幼有序,百工維時,以成歲用,器械既成,以給司農田官,故水生木。兩說事義雖別,而相生是同。五行各定形,唯火鑽灼方出者,火是大陽之氣,溫故乃生。鑽木出者,還寄託萬物耳,如聖人無名,能理萬物,還以萬物為名。陽氣至神,故有隱顯。

《春秋繁露》は官職をもって相生を講ず。東方は木に属し、木は農事の根本で、農を掌る官は「仁」を崇尙し、五穀は蓄積され、軍を掌る司馬の食用に供する。だから木は火を生ず。火は朝中の司馬に対応し、「智」を崇尙し、天時の徴兆はまだ顕露せざるに能く独り看清し、天下安定の後、以て君臣を安頓する。だから火は土を生ず。土は君主に対応し、「信」を崇尙し、当時の威武強力に憑藉し、教化刑名を掌る大理・司徒の職を成就する。だから土は金を生ず。金は大理・司徒に対応し、「義」を崇尙し、辺境は安寧し、寇賊は起こらず、城邑に訴訟なく、そこで法を執る司寇は安穏を得る。だから金は水を生ず。水は法を執る司寇に対応し、「礼」を崇尙し、君臣は各々その位あり、長幼は各々その次序あり、百工は時に依って労作し、一年の用度を成就する。器械が制成した後、農を掌る田官に交付して使用せしめる。だから水は木を生ず。《白虎通》と《春秋繁露》のこの二種の説の依拠する事象は同じあれど、相生を講ずる道理は一致する。五行は各々確定の形体あり、独り火のみ木を钻り灼焼して初めて出現する。これは火がもともと太陽の気で、温に遇ってこそ生ずるからである。木を钻って出るに依るは、不過暫時万物の上に寄托するのみである。これはたとえば聖人はもとより名号なく、万物を治理しうるがゆえに、かえって万物の名をもって彼を称するがごとし。陽気は極めて神妙である。だから時に隠れ時に顕れる。

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