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第二十一 五帝を論ず

隋 · 萧吉 · 第9巻 / 11

作盤ガイド: 暦注(黄暦), 万年暦

遂古以來,所論五帝,凡有三種。《河圖》云:「東方青帝靈威仰,木帝也;南方赤帝赤熛怒,火帝也;中央黃帝含樞紐,土帝也;西方白帝白招拒,金帝也;北方黑帝葉光紀,水帝也。」陶華陽云:「有皇伯、皇仲、皇叔、皇季、皇少,兄弟五人,卽靈威仰等。此五帝並天上神,下治於世,綜理神鬼,次第相接,治太微宮,其精為五帝之座,五星隨王受氣,卽明堂所祭者也。」故云:「宗祀文王於明堂,以配上帝。」

遠古以来、「五帝」に関する説法は共に三種あり。第一種は緯書《河図》に出づ。東方の青帝の名は霊威仰で、是れ木を主る天帝。南方の赤帝の名は赤熛怒で、是れ火を主る天帝。中央の黄帝の名は含枢紐で、是れ土を主る天帝。西方の白帝の名は白招拒で、是れ金を主る天帝。北方の黒帝の名は叶光紀で、是れ水を主る天帝。この一組の五帝は天上の五方・五行に按って職を分かつ至尊の神である。梁代の陶弘景(号は華陽隠居)にいう、天上に皇伯・皇仲・皇叔・皇季・皇少の兄弟五人ありて、すなわち霊威仰等のこの五位である。彼らはみな天上の神霊で、下に臨みて人間に世事を治理し、神鬼の政を総管し、次序に依りて相承接替し、「太微宮」(すなわち太微垣。古人はそれを天帝の布政する朝廷と視る)に居処す。彼らの精気は天上に顕現すればすなわち「五帝座」の諸星で、しかして歳星・熒惑・鎮星・太白・辰星の五顆の行星は、則ち各々当令得勢するに隨ってその気を承受す。この一組の五帝は、すなわち帝王の「明堂」において大祭を挙行する時に祭祀する所の対象である。だから《孝経》にいう、「明堂において上帝を尊祀し、しかして文王を以て配享す」、と。

《禮記》曰:「春之月,其帝大皥;夏之月,其帝炎帝;中央土,其帝黃帝;秋之月,其帝少皥;冬之月,其帝顓頊。」東方大昊庖羲氏,主春,蒼精之君;南方炎帝神農氏,主夏,赤精之君;中央黃帝軒轅氏,主四季,黃精之君;西方白帝金天氏,主秋,白精之君;北方黑帝顓頊氏,主冬,黑精之君。

第二種の説法は《礼記・月令》に出づ。春季の三箇月は、当令の帝は大皥(太昊)。夏季の三箇月は、当令の帝は炎帝。中央は土に属し、当令の帝は黄帝。秋季の三箇月は、当令の帝は少皥(少昊)。冬季の三箇月は、当令の帝は顓頊。この一組の五帝は天神にあらずして、しかして上古の人間の帝王で、各々その徳を以て一方一时に配属す。東方の大昊はすなわち庖羲氏(伏羲)で、春季を主管し、是れ青蒼の精の化する所の君主。南方の炎帝はすなわち神農氏で、夏季を主管し、是れ赤色の精の化する所の君主。中央の黄帝はすなわち軒轅氏で、四季の末の各十八日を主管し(土は四季に寄旺す)、是れ黄色の精の化する所の君主。西方の白帝はすなわち金天氏(少昊)で、秋季を主管し、是れ白色の精の化する所の君主。北方の黒帝はすなわち顓頊氏で、冬季を主管し、是れ黒色の精の化する所の君主。

《易》曰:「帝出於震。」此蓋人帝之始,始於伏羲。五行之次,以木為先;四時相易,以春為首,故庖羲為五帝之先也。又諸史以少昊、顓頊、高辛、唐、虞,謂之五帝,此蓋自舜以前,五行相承為帝也。《易經》乃上取伏羲,下至虞舜,不言中閒三帝者,以其因修,無所造作,何以得言之,故不論也。

《周易・説卦伝》にいう、「帝は震に出づ」、と。震卦は東方に居り木に属し春を主る。講ずるは正に人間の帝王世系の開端で、――伏羲より起こる。五行相生の次序は木を以て首に居り、四季の更替は春を以て頭と為す。だから庖羲(伏羲)はこの一組の五帝の最前に排せらる。この外、歴代の史書はまた少昊・顓頊・高辛(帝嚳)・唐(尭)・虞(舜)を五帝と称す。これは第三種の説法で、舜以前の一段の世系に就きて言えば、五行相生に按って依次に承接して帝と為る。《易経》のなにゆえ上に伏羲を舉げ下に虞舜に及び、しかして中間の三位の帝王を提げざるかに至っては、あれは彼らがただ前人の成法に沿袭して以て修治を加え、並びに開創性の制作なく、拠って以て論を立つるに由なきがゆえに、だから略去して談ぜず。

大昊帝庖羲者,姓風也,母華胥,履大人跡而生於成紀,蛇身人首,以木德王天下,為百王先。《易》曰:「帝出於震。」震,木,東方,主春,象日之明,故曰太昊。因象龜文而畫八卦,為罔罟以田漁。古者人畜相食,為害者多,帝觀蜘蛛之網,教民取犧牲,以充庖廚,故曰庖犧,是謂羲皇。後世音謬,謂之伏犧,或云宓羲,一號雄皇氏。《孝經鉤命決》云:「伏羲,日角珠衡戴勝。」《禮含文嘉》云:「伏羲德洽上下,天應以鳥獸文章,地應以龜書,伏羲則象,作八卦。」

太昊帝庖羲は、姓は風、母親の名は華胥といい、巨人の足跡を踩み到りて受孕し、成紀(今の甘粛天水の一帯)にて彼を生下す。相伝えて彼は蛇身人首にして、木徳を以て天下を統治し、歴代帝王の首に居る。《周易》の講ずる「帝は震に出づ」、震卦は木に属し東方に居り春季を主り、また日出の光明に取象す。だから彼を「太昊」と称す(昊は光明盛大の意思)。彼は亀背の紋理を観察して八卦を画出し、また縄網を編結して人に教えて猟を打ち魚を捕らしむ。上古の時、人は禽獣と互相残食し、受害する者甚だ多し。彼は蜘蛛の網を結ぶ様子を観察し、百姓を教えて牲畜を捕取して厨房に供し烹煮せしむ。だからまた「庖犧」と呼ぶ(庖は厨房、犧は牲口)。すなわち後人の称する所の羲皇である。後世の読音は訛変して「伏犧」と写し、もまた「宓羲」と写作する有り。彼はまた一個の称号ありて雄皇氏と呼ぶ。緯書《孝経鈎命決》にいう、伏羲は額骨の中央は隆起して日のごとく、眉骨は横平にして珠のごとく、頭上に勝形の飾物を戴く。――これは彼の生まれながらの聖人の異相を形容するなり。《礼含文嘉》にいう、伏羲の徳沢は天地上下に通洽し、上天は鳥獣の身上の花紋を用いて彼に回応し、大地は神亀の書を負うを用いて彼に回応し、伏羲はここに於てこれらの物象に取法して、八卦を創制せり、と。

炎帝神農氏,姓姜,母任姒,名女登,感神龍而生帝於常年,人身牛首,以火承木,位南方,主夏,故曰炎帝。作耒耜,始教民耕農,嘗別草木,令人食穀以代犧牲之命,故號神農,一號魁氏,是為農皇。《禮含文嘉》云:「神農作田道,就耒耜,天應以嘉禾,地出以醴泉。」

炎帝神農氏は、姓は姜、母は任姒で、名は女登といい、神竜を感応して懐孕し、常年(一に常羊と作る)にて彼を生下す。相伝えて彼は人身牛首にして、五徳の次序の上に火を以て伏羲の木徳に承接し(木は火を生ず)、方位は南方に属し、夏季を主管す。だから「炎帝」と称す。彼は耒耜等の農具を制作し、最も早く百姓を教えて耕種せしめ、また親口に百草を嘗辨し、人をして穀物を以て食と為すを得せしめ、従って牲口を宰殺して命を取るの事を免去す。だから号して「神農」とし、また号して魁□氏(「魁」の下の一字は底本は生僻の字形を作す。すなわち古書の称する所の魁隗氏)とし、尊せられて農皇と為る。《礼含文嘉》にいう、神農は耕作の法を創立し、耒耜を制成せり。上天は嘉禾を長出するを用いて彼に回応し、大地は甘泉を涌出するを用いて彼に回応せり、と。

黃帝軒轅氏,姓姬,母附寶,見大電光繞北半斗樞星,明照郊野,感而生帝於壽丘,以土承火,位在中央,故曰黃帝。治五氣,設五帝,始垂衣裳,作舟車,造屋宇。古者巢居穴處,黃帝易之以上棟下宇,以蔽風雨,故號軒轅。亦云居軒轅之丘,因以為號,一號帝鴻氏,或歸藏氏,或有熊氏。《春秋文耀鉤》云:「黃帝龍顏,得天庭法,中宿,取象文昌。」《禮含文嘉》云:「黃帝修兵革,以德行,則黃龍至,鳳凰來儀。」

黄帝軒轅氏は、姓は姫、母の附寶は巨大の電光が北斗枢星を環繞し郊野を照亮するを見、感応に因りて懐孕し、寿丘にて彼を生下す。彼は五徳の次序の上に土を以て神農の火徳に承接し(火は土を生ず)、方位は中央に居る。だから「黄帝」と称す。彼は五行の気を調理し、五方の天帝の祭祀を設立し、始めて上衣下裳の服制を制定し、舟船車輛を造出し、房屋を営建せり。上古の人々は樹上に巢を築き洞穴の中に棲身せり。黄帝はそれを改めて上に屋棟あり下に屋檐あるの房舎と為し、以て風雨を遮蔽するに用いたり。だから号して「軒轅」とす(軒は車廂、轅は車杠。彼の車を造るの義を取る)。もまた彼は軒轅の丘に居住すと説法して、因ってこれを以て号と為す。彼は別に帝鴻氏・帰蔵氏・有熊氏等の称号あり。緯書《春秋文耀鈎》にいう、黄帝は生まれながらに竜のごとき容貌あり、天庭(額部)の法相を得、中天の星宿の位に居り、文昌星に取象す、と。《礼含文嘉》にいう、黄帝は兵甲を整治すれども、しかして徳行を以て本と為す。ここに於て黄竜は降臨し、鳳凰は来朝して翩然として起舞せり、と。

少昊金天氏,姬姓,名摯,字青陽,母女文節,有大星如虹,下流華渚,夢接意感,生帝。以金承土,故曰金天,卽圖讖所謂白帝朱宣也。位在西方,主秋,金有光明,居小陰位,故曰少昊。《文耀鉤》云:「帝摯載干,是謂清明,發節移度,蓋象招搖。」顓頊高陽氏,姓姬,母景僕,見搖光貫月如虹,感而生帝於若水,以水承金,位在北方,主冬,故號顓頊。《文耀鉤》云:「顓頊並干,上法月參,集威成紀,以理陰陽。」此五帝,既禮所配五方者也。

少昊金天氏は、姫姓で、名は摯、字は青陽。母の女文節(すなわち女節)は一顆の大星が彩虹のごとく華渚に墜落するを見、夢中にそれと交接し心に感あらるる所ありて懐孕し、少昊を生下す。彼は五徳の次序の上に金を以て黄帝の土徳に承接し(土は金を生ず)。だから号して「金天」とす。すなわち図讖書の裏のいう所の白帝朱宣である。方位は西方に在り、秋季を主管す。金性に光明の義ありて、しかして秋は少陰の位に居る。だから「少昊」と称す(昊はなお光明の義を取り、一個の「少」字を冠して以て太昊と別たる)。《春秋文耀鈎》にいう、帝摯は天道を承奉して行う。これを清明と呼ぶ。彼は節令を頒布し暦度を推移し、北斗斗柄の前端の招揺星に取象せり、と。顓頊高陽氏は、姓は姫。母の景僕は北斗の第七星の揺光が彩虹のごとく月亮を貫穿するを見、感応に因りて懐孕し、若水にて彼を生下す。彼は五徳の次序の上に水を以て少昊の金徳に承接し(金は水を生ず)、方位は北方に在り、冬季を主管す。だから号して「顓頊」とす。《春秋文耀鈎》にいう、顓頊は天道と並行し、上は月亮と参宿とに取法し、威徳を聚合し綱紀を整飭し、以て陰陽を治理するに用いたり、と。以上の伏羲より顓頊に至るこの一組の五帝は、すなわち《礼記・月令》の裏に五方五時に配属せられたるあの五位である。

帝嚳高辛氏,姬姓,生而神異,自言其名曰逡,以木承水,五行名官,故號高辛。《帝王世紀》云:「高辛齒,有聖德,能順三辰。」帝堯陶唐民,祁姓,母慶都,出洛渚,遇赤龍,感孕十四月,而生帝于丹陵,名放勳,以火承木。其兄帝摯,封之於唐,故是號陶唐氏。《文耀鉤》云:「堯眉八彩,是謂通明,曆象日月,陳剬考功。」《禮含文嘉》云:「堯,廣被四表,致於龜能。」

帝嚳高辛氏は、姫姓で、生まれてすなわち神異不凡にして、自ら説き出して名字を「逡」と為せり。彼は五徳の次序の上に木を以て顓頊の水徳に承接し(水は木を生ず)、併せて五行の名目を以て官職を命定す。だから号して「高辛」とす。《帝王世紀》にいう、高辛は生まれながらに□歯あり(底本のこの字は生僻の字形を作し、駢歯を指す。すなわち牙歯の駢列せるをいい、古人はそれを聖人の相と視る)、聖徳を具有し、能く日・月・星の三辰の運行に順応せり、と。帝尭陶唐氏(底本は「氏」を「民」と作る)は、祁姓で、母の慶都は出行して洛水の岸辺に到り、赤竜に遇見し、感応して十四箇月懐孕し、丹陵にて彼を生下し、取る名を放勲とす。彼は五徳の次序の上に火を以て帝嚳の木徳に承接す(木は火を生ず)。彼の哥哥の帝摯は彼を唐地に封じたり。だから号して陶唐氏とす。《春秋文耀鈎》にいう、尭の眉毛に八種の彩色ありて、これを通達明察と呼ぶ。彼は日月の運行を観測推算して以て暦法を制定し、また法度を頒布し百官の功績を考覈せり、と。《礼含文嘉》にいう、尭の徳沢は広く四方の外に被り、以至神亀もまた来たりて效力せり、と。

帝舜有虞氏,姓姚,母握登,見大虹,意感,生帝於姚墟,名重華,字都君,目重瞳子,故名重華。以土承火,堯封之於虞,故號有虞氏,設五色之服。《文耀鉤》云:「舜重瞳子,是謂諒,上應攝提,以統三光。」《禮含文嘉》云:「舜損己以安百姓,致鳥獸鶬鶬,鳳凰來儀。」此三帝並少昊、顓頊,共為五帝。

帝舜有虞氏は、姓は姚。母親の握登は巨大の虹霓を見、心に感あらるる所ありて懐孕し、姚墟にて彼を生下し、取る名を重華、字は都君とす。彼が一只眼の中に両個の瞳仁あるに因りて、だから名を重華と取る(重は重叠の義)。彼は五徳の次序の上に土を以て尭の火徳に承接し(火は土を生ず)、尭は彼を虞地に封じたり。だから号して有虞氏とす。彼は五種の顔色を制定して以て等級を区別する礼服の制と為せり。《春秋文耀鈎》にいう、舜は生まれながらに重瞳ありて、これを□諒と呼ぶ(底本の首字は生僻の字形を作す)。意は誠信明察を謂い、上は北斗の攝提星に應じ、以て日・月・星の三光を統摂するに用いる、と。《礼含文嘉》にいう、舜は能く自己の享用を減じて以て百姓を安顿し、鳥獣の和鳴し鳳凰の来朝して儀容に度あるを招致せり、と。帝嚳・帝尭・帝舜のこの三位に、さらに少昊・顓頊を加え、合わせてすなわち前面のいう所の第三組の五帝と為る。

《史記》以伏羲、女媧、神農為三皇,黃帝以下為五帝;《帝王世紀》以羲皇、神農、黃帝為三皇,少昊已下為五帝。今案《禮記》郊配五德,自伏羲至顓頊為五帝,是其正位。所以然者,《易》稱帝出於震,蓋五德之首也,以次而行,至顓頊則五德數終。若以少昊為首,則金非五德之先;若以黃帝為首,土居中央,本非創始,故從木為先,伏羲為五德之首,《易》言是也。其帝嚳已下,皆行次相承也。

《史記》は伏羲・女媧・神農を以て三皇に算え、黄帝以下を五帝に算う。《帝王世紀》は則ち羲皇(伏羲)・神農・黄帝を以て三皇に算え、少昊以下を五帝に算う。いま《礼記》の郊祀配享の五徳の制度を考察すれば、伏羲より顓頊に至るこの五位こそ五帝で、これこそ正当の排法である。理由は、《周易》に「帝は震に出づ」といい、震は東方の木と為り、正に五徳の起点である。ここより相生の序に順って推演し下れば、顓頊に到りて水に属し、五徳は恰好一輪を走完す。仮に少昊(金)を以て首と為さば、則ち金は並びに五行相生の開端にあらず。仮に黄帝(土)を以て首と為さば、土は中央に居り、もともと開創の位にあらず。だからなお応に木を以て先と為し、伏羲をして五徳の首に居らしむべし。《周易》の講ずる所は正にこの道理である。帝嚳以下の諸帝に至っては、もまたみな五行相生の次序に按って依次に承接せられたるなり。

上帝有五,靈威仰等姓氏事,伏羲年代久遠,典籍遺漏,不可具釋。然五德相承,謂受天明命,必豫符瑞,以明會昌。若應命之主,皆承太微五帝之精以誕於世,必有先征,示其萌兆也。木王則蒼帝之子,火王則赤帝之子,土王則黃帝之子,金王則白帝之子,水王則黑帝之子。

天上の上帝は共に五位あり。霊威仰等の五帝の姓氏の来歴に至っては、上溯して伏羲に到れば年代はあまりに遠く、典籍の記載もまた散佚ありて、一一に解釈清楚するに法なし。ただしいわゆる五徳相承とは、帝王が上天の明命を承受するに、事先に必ず「符瑞」(天命に應ずるの祥瑞征兆)を顕現し、以て天命の帰する所・時運の昌盛を昭示するをいう。凡そ天命に應じて興起する君主は、みな太微垣の中の五帝の精気を承受して人世に降誕したるもので、事先に必ず征兆ありて、彼の興起の苗头を顕示す。木徳の王たる当るは、すなわち蒼帝霊威仰の子。火徳の王たる当るは、すなわち赤帝赤熛怒の子。土徳の王たる当るは、すなわち黄帝含枢紐の子。金徳の王たる当るは、すなわち白帝白招拒の子。水徳の王たる当るは、すなわち黒帝叶光紀の子。

故《錄圖》云:「東方蒼帝,體為蒼龍,其人長頭面、大角、骨起、眉、背豐博,順金授火。南方赤帝,體為朱鳥,其人尖頭、圓面、方頤、張目、小上廣下、須髥偃胸,順水授土。中央黃帝,體為軒轅,其人面方、廣顙、兌頤、緩唇、背豐厚,順木授金。西方白帝,體為白虎,其人方顙、直面、兌口、大鼻、小角,順火授水。北方黑帝,體為玄武,其人夾面、兌頭、深目、厚耳、垂腹、反羽,順土授木。」此並象五行之符,依其行次以相傳授也。

だから緯書《録図》にいう、東方の蒼帝は、本体は蒼竜の象で、その精を禀受して生まるる人は、頭面は狭長にして額角は高大にして骨骼は隆起し眉骨は顕露し背部は寛厚なり。彼は自己を克する金徳に順服し、しかして徳運をその生ずる所の火徳に伝授す。南方の赤帝は、本体は朱鳥の象で、その精を禀する者は頭尖にして面は円く下巴は方正にして双目は張大にして上小にして下寛にして鬚髯は濃密にして胸部は前挺す。彼は己を克する水徳に順服し、しかして徳運をその生ずる所の土徳に伝授す。中央の黄帝は、本体は軒轅の象で、その精を禀する者は面は方く額は寛く下巴は尖削にして嘴唇は寛緩にして背部は豊厚なり。彼は己を克する木徳に順服し、しかして徳運をその生ずる所の金徳に伝授す。西方の白帝は、本体は白虎の象で、その精を禀する者は額頭は方正にして面部は平直にして口形は尖小にして鼻子は大にして額角は低小なり。彼は己を克する火徳に順服し、しかして徳運をその生ずる所の水徳に伝授す。北方の黒帝は、本体は玄武の象で、その精を禀する者は両頬は夾窄にして頭形は尖削にして眼窩は深陥にして耳廓は厚実にして腹部は下垂にして髪際は反巻す。彼は己を克する土徳に順服し、しかして徳運をその生ずる所の木徳に伝授す。これらはみな五行の気の符験の象を取りて、相克相生の行次に按って逓に相伝授す。

《感精符》云:「蒼帝,望之廣,視之博;赤帝,望之火煌煌燃,視之尖上;黃帝,望之小,視之大,廣厚正方;白帝,望之明,視之茂;黑帝,望之巨,視之穉。」《元命苞》云:「蒼精用事,象歲星;赤精用事,象熒惑;黃精用事,象鎮星;白精用事,象太白;黑精用事,象辰星。」此皆五德之依五行,子母相傳也。

緯書《感精符》は五帝の精の感生する所の帝王の気象を描述していう、蒼帝の一系は、遠く望めば開闊に顕れ、近く看れば博大に顕る。赤帝の一系は、遠く望めば火焰の熊熊として燃焼するに似て、近く看れば上部は尖鋭なり。黄帝の一系は、遠く望めば小に似て、近く看ればかえって大にして、寛厚にして端正方直なり。白帝の一系は、遠く望めば明亮にして、近く看れば豊茂なり。黒帝の一系は、遠く望めば巨大にして、近く看ればかえって稚嫩に顕る、と。《春秋元命苞》にいう、蒼精は権を当て事を用いる時は、歳星(木星)に取象す。赤精は権を当て事を用いる時は、熒惑(火星)に取象す。黄精は権を当て事を用いる時は、鎮星(土星)に取象す。白精は権を当て事を用いる時は、太白(金星)に取象す。黒精は権を当て事を用いる時は、辰星(水星)に取象す。これらはみな五徳が五行に依托して立ち、母の子を生ずるの相生の次序に按って一代一代伝え下るを講ずるなり。

非其次者,必有克代而不終也。秦以金德代周,二世而仁;漢以火行繼周,代秦偽金,故其祚長遠。若是其行次者,則有符瑞也。《春秋元命苞》云:「堯火精,故慶都感赤龍而生。」漢以孔子獲麟得圖書云:「姬周亡,火曜,劉起,帝卯金。」故高祖斬白蛇,而神母哭云:「赤帝子殺我白帝子。」光武感赤伏符而中興,此皆火德之征也。四行所感,例皆如此。往代帝王,符瑞非一,不可具述。今略論五帝配五行如此。

凡そ相生の次序に合せずして天下を取得するは、必ず相克の方式を以て前朝を取代す。因って国祚は能く久長せず。秦朝は金徳を以て周朝を取代せり(周は火徳で、火は金を克し、金は並びに火の生ずる所にあらず)。ただ二世に伝うるのみにして敗亡せり。漢朝は火徳を以て上に周朝を承け、秦のあのその位に当たらざる偽の金徳を取代せり。だから国祚は長遠なり。凡そ相生の行次に合乎するは、すなわち符瑞の顕現あらん。《春秋元命苞》にいう、尭は火精の生ずる所なれば、だからその母の慶都は赤竜を感応して懐孕せり、と。漢代の人は孔子の麟を獲る時の得たる図讖の書に依拠していう、姫姓の周朝はまさに亡びんとし、火徳はまさに顕耀せんとし、劉氏はまさに興起せんとし、皇帝を做るは「卯金」なり(「劉」の字は拆けば卯・金・刀と為り、隠れて劉姓を指す)、と。だから漢高祖の劉邦は白蛇を斬った後、一位の神婦ありて哭いていう、「赤帝の子は我が白帝の子を殺せり」、と。後来の光武帝劉秀は「赤伏符」の符命に因りて漢室を中興せり。これらはみな漢家の火徳に属するの験証である。其余の木・土・金・水の四行の感応する所の符瑞は、情形もまたみなこれと相類す。歴代帝王の符瑞は一種に止まらず。一一に叙述するに法なし。以上はすなわち五帝の五行に配するに関する大略の討論である。

第二十二 諸官を論ず

自三五已來,紀官無定,皆因符瑞,名號不同,或以鳥龍,或以雲火,莫不仰觀俯察,因事而置事。雖時世不一,五行無爽。至於顓頊,以人事紀官,南正重司天以屬神,北正黎司地以屬民,於是神民不離。高辛氏立五行名官,以勾芒為木正,祝融為火正,蓐收為金正,玄冥為水正,后土為土正,分掌其職。

三皇五帝以来、官職の設立に定制を並ばず、みな当時に出現する符瑞に依りて命名す。因って名号は各々相同じからず。あるは鳥を以て名と為し(少昊の鳥官のごとし)、あるは竜を以て名と為し(伏羲の竜師のごとし)、あるは雲を以て名と為し(黄帝の雲師のごとし)、あるは火を以て名と為す(炎帝の火師のごとし)。仰いで天象を観て俯して地理を察し、事情に因応して職事を設立せざるなし。歴代の官名は一ならざるといえども、しかしながら五行に取法するのこの一点は則ち従来差錯なし。顓頊の時に到りて、改めて人事を用いて以て官名を命定す。南正の重を派して天事を掌り神祇の祭を統属せしめ、北正の黎を派して地事を掌り人民の務を統属せしむ。ここより神界と人間とは各々その分に安んじて再び相混ぜず。高辛氏(帝嚳)の時に到りて、便ち五行の名目を用いて以て官を命ず。「勾芒」を以て木正(木を主る官)と為し、「祝融」を火正と為し、「蓐収」を金正と為し、「玄冥」を水正と為し、「后土」を土正と為し、各々本行の職事を分掌せしむ。

少皓氏有四子:重、該、修、熙。重為勾芒,木官之神;該為蓐收,金官之神;修、煕併為玄冥,水官之神。顓頊氏子曰黎,為祝融,火官之神。共工氏子曰勾龍,為后土,土官之神。此五神,生而為上公,死為貴神,別稱五祀,已配五行。

少皓(少昊)氏に四個の兒子あり。重・該・修・煕。重は勾芒を担任し、是れ木を主る官の神。該は蓐収を担任し、是れ金を主る官の神。修と煕とは一同に玄冥を担任し、是れ水を主る官の神。顓頊氏の兒子を黎と呼び、祝融を担任し、是れ火を主る官の神。共工氏の兒子を勾竜と呼び、后土を担任し、是れ土を主る官の神。この五位の神は、生前は上公に位列し、死後は尊貴の神霊と成り、別に「五祀」(すなわち歴代常祀の五位の行神)と称す。彼ら自身はすでに分別に五行に配属せられたり。

《周書》云:武王營洛邑未成,四海之神皆會,曰:「周王神聖,當知我名,若不知,水旱敗之。」明年,雨雪十餘旬,深丈餘。五大夫乘車,從兩騎,止王門。太公曰:「車騎無跡,謂人之變。」乃使人持粥進之曰:「不知客尊卑何?」從騎曰:「先進南海御,次東海御,次北海御,次西海御,次河伯,次風伯,次雨師。」武王問太公,並何名。太公曰:「南海神名祝融,東海神名勾芒,北海神名玄冥,西海神名蓐收。」

《周書》に記載す、周武王は洛邑を営建してまだ完工せざるに、四海の神はみな一緒に聚まりていう、「周王はすでに神明聖哲なれば、理応に我らの名字を知るべし。もし知らざれば、我らはすなわち水旱の灾を用いて彼を敗壊せん」、と。第二年に、雨雪は連続して十馀旬を下り、積深は一丈の余あり。五位の大夫の模様の人ありて車を乗りて来たり、各々両名の騎従を隨え、王宮の門外に停まる。姜太公にいう、「車馬は経過するもしかし痕跡を留めず。見えるに常人にあらずして、神物の変化なり」、と。ここに於て人を派して粥を端して送上せしめ、問うていう、「諸位の客人の尊卑の次第は如何なるかを知らず」、と。隨行の騎従は答えて、「まず南海の神に進め、其次は東海の神、其次は北海の神、其次は西海の神、再次は河伯、再次は風伯、再次は雨師」、と。武王は便ち太公に問う、この几位はみな何と名を呼ぶや。太公にいう、「南海の神の名は祝融と呼び、東海の神の名は勾芒と呼び、北海の神の名は玄冥と呼び、西海の神の名は蓐収と呼ぶ」、と。見えるに四海の神の用いる所は、なお勾芒・祝融・蓐収・玄冥のこの一套の五行官神の名号である。

《禮記·月令》云:「春之月,其神勾芒;夏之月,其神祝融;中央土,其神后土;秋之月,其神蓐收;冬之月,其神玄冥」是也。此五方之神,以配五行。又,黃帝置三公之職,以象三臺星,風后配上臺,天老配中臺,五聖配下臺,置左右二監,此亦五行之謂也。四司分掌四方,卽四時之法也。堯以羲和四子,分掌四時方嶽之職,謂之四嶽。

《礼記・月令》にいう、「春季の三箇月は、当令の神は勾芒。夏季の三箇月は、当令の神は祝融。中央は土に属し、当令の神は后土。秋季の三箇月は、当令の神は蓐収。冬季の三箇月は、当令の神は玄冥」、と。講ずるは正にこの道理である。この五位の方神は、すなわち五行に配属せられたる者である。この外、黄帝は三公の職を設置し、以て天上の三台星に取象するに用いる。風后は上台に配し、天老は中台に配し、五聖は下台に配す。また左監・右監の両職を設く。これも同じく五行の数の体現である。四司は分別に四方を掌管す。すなわち四時の制を効法するなり。尭は羲仲・羲叔・和仲・和叔のこの羲和四子を任用し、四時と四方の岳鎮の職事とを分掌せしめ、彼らを「四岳」と称す。

太公曰:太師者,心腹之臣,所使是人之英,故曰前疑,常立於前,決疑事也。太史者,耳目之臣,所使視聽,是人之後,故曰後承,常立於後,承主之過,取驗於天。太傅者,爪牙之臣,所使守衛,是人之傑,故曰左輔,輔人主缺事,立於左,拒君之難。太保者,羽翼之臣,所使察伺,是人之警,故曰右弼,常立於右,弼人主之邪。

姜太公にいう、太師は君主の心腹のごとき臣子で、任用する所は必ず人中の英才なり。だから「前疑」と呼び、常に君主の前面に侍立し、君主に替わりて疑難を裁断す。太史は君主の耳目のごとき臣子で、任用する所は視聴を負責し、位は君主の身後に処す。だから「後承」と呼び、常に君主の後面に侍立し、承接して併せて君主の過失を糾正し、併せて天象の上より験証を取得す。太傅は君主の爪牙のごとき臣子で、任用する所は守衛を負責し、必ず人中の豪傑なり。だから「左輔」と呼び、君主を輔助して缺失を彌補し、左辺に站立して、君主に為に危難を抵当す。太保は君主の羽翼のごとき臣子で、任用する所は察訪伺候を負責し、必ず人中の機警の士なり。だから「右弼」と呼び、常に右辺に侍立して、君主の邪僻を匡正す、と。

四輔既立,王者安而無為,百姓濟而無害。若四輔不具,猶格虎無備,濟河無舟。若王者不知古今之務、遠方之緯,不謀於諸侯,不達言語,動作不合於制,太師爭之。不知天變、星曆之運、天官動靜、鐘律之音、山川怪異,不善災害,太史陳天文以爭之。發號令不應先王法度,與大臣無禮,枉道於民,處刑不平,獨信自專,臨政不莊,又不恤臣僕,太傅爭之。升車不應和鸞,揖讓不中磬佩,淫燕馳騁,沈冒酒色,宗廟不敬,輿服失度,朝廷無節,太保爭之。此則四時之官,四嶽之分職,前疑主夏,後承主冬,左輔主春,右弼主秋。

太師・太史・太傅・太保のこの「四輔」はひとたび設立せられれば、君王は便ち安然として無為にして治め、百姓もまた済助を得て損害を受けず。四輔はもし斉備せざれば、たとえば空手にして虎を搏ちて毫も防備なく、河を渡るに舟船なきがごとし。仮に君王が古今の政務と遠方の綱紀とに通暁せず、諸侯と商議せず、各方の言語に通達せず、挙動が法度に合せざれば、則ち太師に由りて直言規諫せしむ。仮に君王が天象変異・星暦運行・天官星宿の動静・鐘律音調の変化および山川の怪異を了解せず、能く灾害に妥善に応対せざれば、則ち太史に由りて天文を陳述して以て規諫せしむ。仮に君王の号令を発施するに先王の法度に合せず、大臣に対して礼を失し、百姓に対して枉道にして行い、刑を用いるに公平ならず、独断専信にして、朝に臨み政を理するに荘重ならず、また臣仆を体恤せざれば、則ち太傅に由りて規諫せしむ。仮に君王の車に登るに和鈴鸞鈴の節奏に合せず、揖譲するに佩玉と磬声の節度に合せず、宴飲を縦情し馳騁游猟し、酒色に沉溺し、宗廟に対して恭敬ならず、車馬服飾は制度を逾越し、朝廷上下に毫も節制なければ、則ち太保に由りて規諫せしむ。この四輔は実はすなわち四時の官・四岳の分掌する所の職事である。前疑(太師)は夏を主り、後承(太史)は冬を主り、左輔(太傅)は春を主り、右弼(太保)は秋を主る。

唐虞之時,官名已百,《商書》云「百僚師師」。夏殷定名為百二十,以應天地陰陽之大數也。故有三公、九卿、二十七大夫、八十一元士,三三相參,合有百二十也。《帝王世紀》云:殷湯問伊摯曰:「古者立三公、九卿、大夫、元士者,何?」摯曰:「三公以與主參王事,九卿以參三公,大夫以參九卿,元士以參大夫,故參而又參,是謂事宗。事宗不失,內外若一。」

唐尭・虞舜の時代は、官名はすでに一百の数に達せり。《尚書・商書》に「百僚師師」(百官は各々その職を以て互相師法す)という。夏・商の両代は官数を一百二十に定め、以て天地陰陽の大数に対応せしむ。だから三公・九卿・二十七大夫・八十一元士を設け、三を以て倍数と為し層層に相参し、合計して正に一百二十なり。《帝王世紀》に記載す、商湯は伊摯(伊尹)に問うていう、「古時に三公・九卿・大夫・元士を設立するは、什麼の道理か」、と。伊摯は回答していう、「三公は以て君主と共同に王朝の大事を参議するに用い、九卿は以て三公を参輔するに用い、大夫は以て九卿を参輔するに用い、元士は以て大夫を参輔するに用いる。層層に相参す。これを『事宗』(政事の統紀)と呼ぶ。事宗はその序を失わざれば、朝廷内外は便ち一体を成すがごとし」、と。

又曰:「相去幾何?」摯曰:三公,智通於天地,應變而無窮,辨於萬物之情,其言足以調陰陽四時而節風雨,如是者,舉之以為三公,故三公之事,常在於道。九卿者,不出四時,通溝渠,修堤防,樹種五穀,通於地理,能通利不利,如此者,舉以為九卿,故九卿之事,常在於德。

商湯はまた問う、「この几等の人は相差すること多少なるか」、と。伊摯にいう、三公は、智慧は天地に通達し、変故を応付して窮盡なく、能く万物の情状を辨明す。彼らの言論は以て陰陽四時を調和し風雨を節制するに足る。このような人は、すなわち挙拔して三公と為す。だから三公の司る所は、常に「道」に在り。九卿に至っては、その職は四時の農事の外を出でず。溝渠を疏通し、堤防を修筑し、五穀を種植し、地理に通暁し、能く土地の宜と不宜とを分辨す。このような人は、すなわち挙拔して九卿と為す。だから九卿の司る所は、常に「徳」に在り。三公は虚を務めて道を論じ、九卿は実を務めて徳を積む。職分の高下はすなわちここより区分せらる、と。

大夫者,出入與民同象,取去與民同解,通於人事,行內舉繩,不傷於言,言足法於世,不害於身,通關梁,實府庫,如是者,舉以為大夫,故大夫之事,常在於仁。元士者,知義而不失期,事功而不獨專,中正強諫而無奸詐,在私立公而可立法度,如是者,舉以為元士,故元士之事,常在於義。道德仁義定,而天下正矣。

大夫に至っては、出入は百姓とその気象を同じくし、取舍は百姓とその見解を同じくし、人情事理に通暁し、行事は心中に自ら準縄あり、説話は偏失を出でず、言論は以て世人の取法と為すに足りてしかも自身に害を及ぼすに至らず、能く関隘橋梁を疏通し府庫を充実す。このような人は、すなわち挙拔して大夫と為す。だから大夫の司る所は、常に「仁」に在り。元士に至っては、道義を明白にして期限を誤らず、弁事に功ありてしかもその功を独攬せず、中に居りて正を守り敢えて強諫して奸詐の心なく、私門に身を処してしかも能く公心を確立し拠って以て法度を訂立しうる。このような人は、すなわち挙拔して元士と為す。だから元士の司る所は、常に「義」に在り。道・徳・仁・義のこの四者はひとたび確定すれば、天下もまた端正す。

又曰:「三公,股肱之臣;九卿,手足之臣;大夫,筋脈之臣;元士,肌肉之臣。」孔子曰:「三公象五嶽,九卿法河海,二十七大夫法山陵,八十一元士法谷阜。」三公在天為三能,九卿為北斗,少微之比為大夫,郎位之類為元士,合百二十,大數存焉。

伊摯はまたいう、「三公は君主の大腿臂膀のごとき臣子、九卿は手足のごとき臣子、大夫は筋脉のごとき臣子、元士は肌肉のごとき臣子」、と。孔子にいう、「三公は五岳に取象し、九卿は江河湖海に取法し、二十七位の大夫は山陵に取法し、八十一位の元士は谷地土丘に取法す」、と。天上において、三公は三能星(すなわち三台星)に対応し、九卿は北斗の諸星に対応し、少微の一類の星宿は大夫に対応し、郎位の一類の星宿は元士に対応す。合計して一百二十。天地の大数はすなわちこの裏面に寄寓せらる。

《合誠圖》云:「天不獨立,陰陽俱動,扶佐立緒,合於二六,以三為舉。故三能六星,兩兩而比,以為三公。三三而九陽精起,故北斗九星,以為九卿。三九二十七,故有攝提、少微、司空、執法、五諸侯,其星二十七,以為大夫。九九八十一,故內列、倍衛、閣道、郎位、扶匡天子之類八十一星,以為元士。凡有百二十官,下應十二月。數之經緯,皆五精流氣,以立官延。」

緯書《春秋合誠図》にいう、天は能く独自事を成さず、必ず陰陽の一斉に運動するを待つ。輔佐の官は各々頭緒を立て、二と六の数に合し、しかして三を以て綱挙と為す。だから三能(三台)は共に六顆の星ありて、両両として並列し、三公に対応す。三に三を乗じて九を得、陽精はここに由りて興起す。だから北斗は共に九星ありて、九卿に対応す。三に九を乗じて二十七を得。だから攝提・少微・司空・執法・五諸侯のこれらの星ありて、共に二十七顆で、大夫に対応す。九に九を乗じて八十一を得。だから内列・倍衛・閣道・郎位・扶匡天子の一類の星は共に八十一顆で、元士に対応す。総じて共に一百二十官で、下に一年の十二箇月に対応す。これらの数目は縦横交織して、みな金木水火土の五行の精気の流布して成る所で、官職の世代の綿延はすなわちここに由りて確立せらる、と。

《尚書》曰:「立太師、太傅、太保,茲惟三公,論道經邦,燮理陰陽,官弗必備,惟其人。」《淮南子》曰:「舉天下之高,以為三公;一國之高,以為九卿;一縣之高,以為二十七大夫;一鄉之高,以為八十一元士。」《感精符》曰:「三公非其人,則山崩,三能移;九卿非其人,則江河潰,輔星角;大夫非其人,則丘陵偃墀,少微等有變;元士非其人,則谷阜毀,扶匡失。」

《尚書・周官》にいう、「太師・太傅・太保を設立す。これ便ち三公で、彼らは治国の道を講論し邦国を経理し、陰陽を調和治理す。これらの官位は必ずしも員額を配し満たすを勉めず、関鍵は合適の人の有るか無きかに在り」、と。《淮南子》にいう、全天下の最高明の人を挙げて三公と為し、一国の最高明の人を挙げて九卿と為し、一県の最高明の人を挙げて二十七大夫と為し、一郷の最高明の人を挙げて八十一元士と為す、と。緯書《感精符》にいう、三公の用人が当を得ざれば、すなわち山は崩れ、三能星は位を移す。九卿の用人が当を得ざれば、すなわち江河は潰決し、輔星は角芒を現出す。大夫の用人が当を得ざれば、すなわち丘陵は傾頽し、少微等の星は変異を発生す。元士の用人が当を得ざれば、すなわち谷地土丘は毀壊し、扶匡星は位を失う。これは人間の官位と天上の星象と相応することを言う。官は職に称せざれば、天地はすなわち灾異を以て示警す、と。

是以王者仰視象於天,俯察法於地,中擇賢能以任之。任得其人,則國昌民安;任非其人,則邦危民弊。《易》曰:「鼎折足,覆公餗。」此喻三公失人,如鼎折足,不堪容著也。《周官》云:天官冢宰,地官司徒,春官宗伯,夏官司馬,秋官司寇,冬官司空。冢宰主會計,司徒主土地,宗伯主禮樂,司馬主兵戎,司寇主刑罰,司空主造作。

だから君王は上に向かって天に取象し、下に向かって地に取法し、中に居れば則ち賢能の人を選択して以て任用に加えるを要す。任用は人を得れば、国家はすなわち昌盛し百姓はすなわち安定す。任用は人に非ざれば、国家はすなわち危殆にして百姓はすなわち困敝す。《周易・鼎卦》の九四爻辞にいう、「鼎は足を折り、公餗を覆す」(鼎足は折断し、公家の美食を一地面に傾覆す)、と。これは三公の用人の失当なるを比喻すれば、たとえば鼎の脚を断ったがごとく、再び盛る所の物を承載する能わず。《周官》(すなわち《周礼》)にいう、天官を冢宰と呼び、地官を司徒と呼び、春官を宗伯と呼び、夏官を司馬と呼び、秋官を司寇と呼び、冬官を司空と呼ぶ。冢宰は会計財用を主管し、司徒は土地民事を主管し、宗伯は礼楽を主管し、司馬は軍旅兵戎を主管し、司寇は刑罰を主管し、司空は営造制作を主管す。

孔子曰:冢宰之官以成道,司徒之官以成德,宗伯之官以成仁,司馬之官以成聖,司寇之官以成義,司空之官以成禮。以之道則國治,以之德則國安,以之仁則國和,以之聖則國平,以之禮則國定,以之義則國成。

孔子にいう、冢宰のこの官職は以て「道」を成就するに用い、司徒は以て「徳」を成就するに用い、宗伯は以て「仁」を成就するに用い、司馬は以て「聖」を成就するに用い、司寇は以て「義」を成就するに用い、司空は以て「礼」を成就するに用いる、と。道を以て国を治めれば、国家はすなわち治を得。徳を以て国を治めれば、国家はすなわち安定す。仁を以て国を治めれば、国家はすなわち和睦す。聖を以て国を治めれば、国家はすなわち太平す。礼を以て国を治めれば、国家はすなわち安穏す。義を以て国を治めれば、国家はすなわち事成す。これは六官を分別に六種の徳目に繋属し、職官の設と治道とを相貫通せしむるなり。

故屬不理,分體不明,法正不一,百事失紀,曰亂;亂,則飭冢宰。地宜不殖,財物不蕃,萬民飢寒,教化不行,風俗漂亂,人民流散,曰危;危,則飭司徒。父子不親,長幼失序,君臣上下乖離異志,曰不和;不和,則飭宗伯。賢能而失官爵,功勞而失賞祿,士卒疾怨,兵弱不用,曰不平;不平,則飭司馬。刑罰暴亂,奸邪不勝,曰不義;不義,則飭司寇。度量不審,舉失蕝霧,都鄙不修,財物失所,曰貧;貧,則飭司空。

だから、属官はその事を理せず、職分は分清せず、法令は一ならず、百事は綱紀を失う。これを「乱」と呼ぶ。ひとたび乱象が出現すれば、すなわち冢宰を整飭す。土地は能くその宜する所に依りて作物を生長せず、財物は増殖を見ず、万民は飢寒し、教化は推行して開けず、風俗は浮蕩混乱し、人民は流離失所す。これを「危」と呼ぶ。ひとたび危象が出現すれば、すなわち司徒を整飭す。父子は相亲せず、長幼は次序を失い、君臣上下は乖違離心す。これを「不和」と呼ぶ。ひとたび不和が出現すれば、すなわち宗伯を整飭す。賢能の人は官爵を得ず、功ある人は賞賜俸禄を得ず、士卒は怨恨し、兵力は衰弱して任用に堪えず。これを「不平」と呼ぶ。ひとたび不平が出現すれば、すなわち司馬を整飭す。刑罰は残暴混乱にして、奸邪の徒は制伏して住まず。これを「不義」と呼ぶ。ひとたび不義が出現すれば、すなわち司寇を整飭す。度量衡は審定を加えられず、営造措置は標準を失い、都城と辺邑とは修治を加えられず、財物は散失して帰着する所なし。これを「貧」と呼ぶ。ひとたび貧困が出現すれば、すなわち司空を整飭す。

故古之王者,常以季冬考德正法,以觀治亂。德盛者,則修法;德不盛者,則飭政。故法與政,盛而不衰。《淮南子·天文篇》云:「東方為田官,南方為司馬,西方為大理,北方為司空,中央為都官。」《春秋繁露》云:「木司農,火司馬,土司空,金司徒,水司寇。」此並配五行也。

だから古代の君王は、常に冬季の最後の一個月に徳行を考覈し法度を厘正し、以て国家の治乱を考察するに用いたり。徳政の興盛なるは、すなわち法令を修明す。徳政の興盛ならざるは、すなわち政事を整飭す。このようにしてこそ法度と政令とは能く長盛にして衰えず。《淮南子・天文篇》にいう、「東方は田官(農官)に対応し、南方は司馬に対応し、西方は大理(刑を掌る官)に対応し、北方は司空に対応し、中央は都官に対応す」、と。《春秋繁露》にいう、「木は司農に配し、火は司馬に配し、土は司空に配し、金は司徒に配し、水は司寇に配す」、と。これらの説法はみな職官を五行に配属するなり。

《周官》以冢宰計會,司徒土地,並中央之義,與《淮南》《繁露》意同。春官主禮樂者,禮齊上下,樂和人情,皆是仁也,故云:宗伯之官,以成仁。仁屬木,東方也。《淮南》《繁露》並主農者,取春是農之本也。夏官主兵戎者,火氣猛烈,兵之象也。然刑罰歸於司寇,司馬以禮節齊之,主而不用刑也。《淮南》《繁露》並同。

《周官》は冢宰を以て会計を掌り司徒を以て土地を掌らしめ、みな中央の土に属するの義を取る。これは《淮南子》《春秋繁露》の意思と相同じ。春官の宗伯は礼楽を主管するは、礼は能く上下尊卑を斉整し、楽は能く人情を調和し、二者はみな「仁」に属するがゆえに。だから「宗伯の官は、以て仁を成す」という。仁は五常の中において木に属し、方位は東方に在り。《淮南子》《春秋繁露》はみな東方を定めて主農の官と為すは、春季を以て農事の根本と為すの意思を取る。夏官の司馬は軍旅兵戎を主管するは、火気の猛烈なるがゆえに、正に兵戎の象に合す。ただし刑罰は司寇に帰して掌管せしめ、司馬はただ礼を用いて以て軍旅を節制斉整し、軍事を主持してしかも刑戮を動用せず。《淮南子》《春秋繁露》の説法はこれと一致す。

秋官主刑罰者,金之本性主殺伐也。《淮南》大理,亦主刑也。《繁露》為司徒者,名異事同,故云:因時之威,以成大理司徒。冬官主造作者,冬時萬物收藏,百工咸歸其所,故造器用,以供王事。《淮南》說同。《繁露》以為司寇者,謂執法之官須平直之人,如水能平均也,故云:執法阿黨不平,則誅之,故土勝水。是其水取平直之意也。

秋官の司寇は刑罰を主管するは、金の本性は粛殺征伐を主るがゆえに。《淮南子》のいう所の「大理」は、同じく刑を掌る官である。《春秋繁露》は金を以て司徒に配するは、ただ名称の不同なるのみにして事理は相同じ。だから「秋時の粛殺威厳の気に順応し、以て大理・司徒の職事を成就す」という。冬官の司空は営造制作を主管するは、冬季は万物は収蔵し、各行の工匠はみな自己の処所に回帰し、正にこれに乗じて器物用具を製造し、以て王事の需に供すべきがゆえに。《淮南子》の説法はこれと相同じ。《春秋繁露》は水を以て司寇に配するは、法を執る官は必ず公平正直の人を用いるを要するを説けば、たとえば水の能く自然に平を取るがごとし。だから「法を執る者は偏袒不公なれば、すなわち彼を誅責せよ。土は能く水を克すればに由る」という。――これは正に水性の平直を取るの意思である。

雖五運遞興,官名世革,而五行用事,其理齊同。所以禹平洪水,身任司空;九土納賦,伯夷秩宗,必備三禮;契為司徒,敬敷五教;咎繇士師,明用刑典。如此分職,則周官臣是也。自古已來,官數起自於三,極八十一者,陽成於三,極於九,故三公而九卿,九九八十一,黃鐘律之極數也。故尊官取其初數,卑官者取其末數。所以不云一者,一是元氣,屬於天子,故號天子為元首,以其一無二也。《尚書》曰:「元首明哉。」臣非元一,故自三而起。

五徳の運は逓に相興替し官名は代代に変革するといえども、しかしながら五行の作用を発揮するの道理は則ち始終一致す。だから大禹は洪水を平治し、親ら司空に出任し、九州の土地は等第に按って賦税を繳納せり。伯夷は秩宗を担任し、必ず天神・地祇・人鬼のこの三類の礼典を備弁せり。契は司徒を担任し、恭謹にして父義・母慈・兄友・弟恭・子孝のこの五種の教化を施行せり。咎繇(皐陶)は士師を担任し、明察にして刑法典章を施用せり。このようなに職事を分掌するは、正に《周官》の載する所のあの一套の臣職である。自古以来、官数は三より起算し、最多は八十一に到る。これは陽数が三に成り九に極まるがゆえに。だから三公あれば便ち九卿あり、九に九を乗じて八十一を得、正に黄鐘律の推演する極数である。因って尊貴の官は起始の数を取り、卑下の官は末尾の数を取る。「一」より起算せざるの所以は、一は元気にして専ら天子に属するがゆえに。だから天子を「元首」と称す。取るはその独一無二の義である。《尚書》にいう、「元首明なりかな」(君主は英明なるかな)、と。人臣は元一の位を占拠する能わず。だから官数は三より開始す。

周止六卿者,以為通六合,因六無,而設六府也。此乃時代異,故非越五行。又三代命官,皆止於九,故士有三等:下士一命,中士二命,上士三命。大夫三等:下大夫四命,中大夫五命,上大夫六命。卿已上亦三:少卿七命,大卿八命,公則九命。三三而九,亦以陽之正數也。末代以命為品,亦不過九,但以一為尊官,九為卑官。取命,是出自上命,秩下官名,故以多者為重;品是品其次第,一既居先,故以一為貴。

周代はただ六卿を設くるのみで、是れ六合(上下四方)を通貫するの意を取り、六のこの数目に依りて六府(六官の官署)を設立す。これはただ時代の不同なるがゆえに、並びに五行の外を出でず。この外、夏・商・周の三代の官員を任命するは、等級はみな九を以て上限と為す。士は三等に分かれ、下士は一命、中士は二命、上士は三命。大夫は三等に分かれ、下大夫は四命、中大夫は五命、上大夫は六命。卿以上もまた三等で、少卿は七命、大卿は八命、公は則ち九命。三三は九を得、同じく陽の正数を取る。後世は改めて「品」を用いて以て「命」に代替し、もまた九級を超過せず。ただ一品を以て尊と為し九品を以て卑と為すのみ。「命」は上級の授命するに就きて言えば、秩次に按って下級の官職に授予する名号で、だから命数は多いほどすなわち愈貴重なり。「品」は則ちその先後次序を品第す。一はすでに首に居れば、だから一品を以て貴と為す。同じく是れ一個の九字なるに、「命」の上においては数多きを以て貴と為し、「品」の上においては数少なきを以て貴と為す。方向は恰好相反す。混為一談すべからず。

此並方位及數配五行。今次為論支干為官者。《洪範五行傳》云:甲為倉曹,共農賦;乙為戶曹,共口數;丙為辭曹,共訟訴;丁為賦曹,共獄捕;戊為功曹,共除吏;己為田曹,共群畜;庚為金曹,共錢布;辛為尉曹,共本使;壬為時曹,共政教;癸為集曹,共納輸。

以上の講ずる所はみな方位と数目との五行への配属である。下面に接続して干支を以て官職に配属するを討論す。《洪範五行伝》にいう、甲は倉曹に配し、農賦を供弁す。乙は戸曹に配し、戸口の数を供弁す。丙は辞曹に配し、訴訟を供弁す。丁は賦曹に配し、獄訟追捕を供弁す。戊は功曹に配し、官吏の選除を供弁す。己は田曹に配し、畜群牧養を供弁す。庚は金曹に配し、銭幣布帛を供弁す。辛は尉曹に配し、本部の差使を供弁す。壬は時曹に配し、政令教化を供弁す。癸は集曹に配し、租税輸納を供弁す、と。ここの「曹」は漢代の郡県が職を分かつ科室で、ここに十天干を用いて一一に分配す。

子為傳舍,出入敬忌;丑為司空,守將班治;寅為市官,平準賣買;卯為鄉官,親事五教;辰為少府,金銅錢布;巳為郵亭,行書驛置;午為尉官,馳逐追捕;未為廚官,百味悉具;申為庫官,兵戎器械;酉為倉官,五穀畜積;戌為獄官,禁訊具備;亥為宰官,閉藏完具。支干配官,皆從其五行本體,意略可解,不勞繁述。

子は伝舎(駅館)に配し、出入の敬慎と禁忌とを主管す。丑は司空に配し、守衛将吏・班布政治を主管す。寅は市官に配し、平準物価・売買交易を主管す。卯は郷官に配し、親身に五教を推行することを主管す。辰は少府に配し、金銅銭幣布帛を主管す。巳は郵亭に配し、文書を遞送し駅伝を設置することを主管す。午は尉官に配し、馳逐追捕を主管す。未は厨官に配し、百味飲食の斉備を主管す。申は庫官に配し、兵器械具を主管す。酉は倉官に配し、五穀積儲を主管す。戌は獄官に配し、禁繋審訊の一応の設置を主管す。亥は宰官に配し、物資を閉蔵し器用を完備することを主管す。地支天干の官職への配属は、みなそれら各々の五行本体に依照して定む。その中の意思は大略に推知すべし。さらに繁瑣に叙述するを要せず。

翼奉云:肝之官尉曹,木性仁,尉曹主士卒,宜得仁。心之官戶曹,火性陽,戶曹主婚道之禮。肺之官金曹,金性堅,主銅鐵。腎之官倉曹,水性陰凝藏物,倉曹冬收也,先王以冬至閉關,不通商旅,慎陰無也。脾之官功曹,土性信,出稟四方,功曹事君,以信授教四方也。

漢代の翼奉にいう、肝の対応する官は尉曹で、木性は仁を主りて、しかして尉曹は士卒を主管すればに由る。正に応に仁心ある人を用いるべし。心の対応する官は戸曹で、火性は陽に属して、しかして戸曹は婚嫁の礼を主管するがゆえに。肺の対応する官は金曹で、金性は堅硬にして、銅鉄の事を主管するがゆえに。腎の対応する官は倉曹で、水性は陰に属して凝聚して万物を収蔵し、倉曹は正に冬季収蔵の職なるがゆえに。先王は冬至のこの日に関卡を関閉し、商旅に通行を許さず。すなわち謹く陰気閉蔵の義を守るなり。脾の対応する官は功曹で、土性は信を主り、その気は出でて四方に頒布す。功曹は君主に奉事し、正に誠信を以て四方に教令を伝布するがゆえに、と。

尉曹以獄司空為府,主士卒,獄閉逋亡,與之奸,則螟蟲生。木性靜,與百性通,則魚食於民,從類故蟲。戶曹以傳舍為府,主名籍,傳舍主賓客,與之奸,則民去鄉里。戶曹主民,利戶口,奪民利,故悉去之。

尉曹は監獄と司空の署とを以て官府と為し、士卒を主管し、兼ねて逃亡の人を禁閉することを管す。もしそれらと串通して奸を為さば、すなわち螟虫の灾を招来せん。木性はもと安静を主る。もし百姓と混同して別なければ、すなわち魚の来たりて民を食らうの害あらん。これは同類相召なれば、だから虫灾を以て相応ず。戸曹は伝舎を以て官府と為し、戸口名籍を主管し、伝舎は則ち往来の賓客を主管す。もしそれと串通して奸を為さば、百姓はすなわち郷里を離去せん。戸曹はもとは百姓を主管し戸口を以て利と為す者で、ひとたび反って百姓の利を奪取すれば、百姓は便ち全く散去するなり。

倉曹以廚為府,主廩假,廚主受付,與之奸,則賊盜起。倉曹收以民租,侵克百姓窮。故功曹以小府為府,與四曹計議。小府亦與四府則用,故小府倉出納,主餉種。功曹有二府,所以為五官六府。遊徼、亭長、外部吏,皆屬功曹,與之奸,則虎狼食人。功曹職在刑罰,內為奸,故虎狼盜賊殺奪於民,上奸下亂也。金曹以兵賊嗇夫為府,主討捕,與之奸,則城郭盜賊起,兩偏施。金曹主市租侵奪,故上下相承,故市賈不平。此並從五行,以五藏配六府也。既併名官,故於此釋。

倉曹は厨署を以て官府と為し、粮廩の賑貸を主管し、厨署は則ち收受支付を主管す。もしそれと串通して奸を為さば、すなわち盗賊の興起あらん。――倉曹は百姓の租税を収取し、ひとたび侵奪剋扣すれば、百姓はすなわち窮困するがゆえに。功曹は小府を以て官府と為し、其余の四曹と共同に計議す。小府もまた四府の用度に参与す。だから小府は倉儲の出入を掌り、軍餉と谷種とを主管す。功曹は両処の府署を兼有す。だから合わせて「五官六府」と称す。游徼・亭長および外部の諸吏はみな功曹に隷属す。もしそれらと串通して奸を為さば、すなわち虎狼が人を食らうの応あらん。――功曹の職は刑罰に在り、内部はひとたび奸を為せば、外面はすなわち虎狼・盗賊を出現して百姓を殺掠す。これは上が奸を為せば下は乱を生ずるなり。金曹は兵曹・賊曹の嗇夫の署を以て官府と為し、討捕を主管す。もしそれらと串通して奸を為さば、城郭の中はすなわち盗賊は四起し、賞罰は一辺に偏施せん。金曹は市租を主管す。ひとたび侵奪あれば、上下は便ち相沿いて風と成り、ここに於て市価は公平を失う。以上はみな五行に依照して、五臓を六府に配属す。すでにそれらは同様に官職を以て名と為れば、だからここに一併に解釈す。

第二十三 諸人を論ず(ここに就きて二段に分かつ。一は人の五行に配するを論じ、二は人の游年年立を論ず)

第一 人の五行に配するを論ず

《禮記·禮運篇》云:「人者,天地之德,陰陽之交,鬼神之會,五行之秀氣也。」《文子》曰:「人者,天地之心,五行之端。」是以稟天地五行之氣而生,為萬物之主,配二儀以為三才。然受氣者各有多少:受木氣多者,其性勁直而懷仁;受火氣多者,其性猛烈而尚禮;受土氣多者,其性寬和而有信;受金氣多者,其性剛斷而含義;受水氣多者,其性沈隱而多智。五氣湊合,共成其身。氣若清叡,則其人精俊爽如也;昏濁,則其人愚頑。

《礼記・礼運篇》にいう、「人とは、天地の徳の体現で、陰陽の二気の交合の産物で、鬼神の会聚する所で、五行の中の最も精粹の気の凝成する所である」、と。《文子》にいう、「人は天地の心で、五行の端緒である」、と。だから人は天地五行の気を承受して生ずるもので、因って万物の主と為り、天・地の両儀と並列して合わせて「三才」と称す。ただし毎個の人の受くる所の五行の気は多少同じからず。木気を受くること多きは、性情は剛勁正直にして心に仁愛を懐く(木は仁を主る)。火気を受くること多きは、性情は猛烈にして礼節を崇尚す(火は礼を主る)。土気を受くること多きは、性情は寛厚平和にして信用を講ず(土は信を主る)。金気を受くること多きは、性情は剛毅果断にして義気を含藴す(金は義を主る)。水気を受くること多きは、性情は沈静内斂にして智謀多し(水は智を主る)。五種の気は凑合して一緒になり、共同して一個の人の身体を構成す。受くる所の気はもし清明叡智なれば、この人はすなわち精明俊爽なり。もし昏昧濁重なれば、この人はすなわち愚鈍頑劣なり。

老子云:「陰陽精氣為人。」氣有厚薄,得中和滋液,則生腎智人;得錯亂濁辱,則生貪淫人。《祿命書》云:「金人剛強自用,木人多華而雅,水人開通智慧,火人自貴性急,土人忠信而直。」《周書》云:「人感十而生。」天五行,地五行,合為十也。天五行為五常,地五行為五藏,故《易》曰「在天成象,在地成形」者也。《家語》曰:「天一,地二,人三,三三而九,九九八十一。一主日,日數十,故人十月而生。」

老子にいう、「陰陽二気の精華は凝聚して人と成る」、と。気に厚きと薄きとあり。中正平和・潤沢滋養の気を得れば、すなわち賢明にして智慧ある人を生成す。錯雑紛乱・汚濁卑下の気を得れば、すなわち貪婪淫佚の人を生成す。《禄命書》にいう、金に属する人は剛強にして自ら其是を行い、木に属する人は文采華美にして風度雅正し、水に属する人は心思は開通にして智慧に富み、火に属する人は自ら視て尊貴にして性情は急躁し、土に属する人は忠厚守信にして為人正直なり。――これは五行の本性に按って以て人の性情を判ずるなり。《周書》にいう、「人は十のこの数を感応して降生す」、と。これは天に五行あり地に五行ありて、合わせて正に十なるがゆえに。天の五行は「五常」(仁・義・礼・智・信のこの五種の徳性)に表現し、地の五行は「五蔵」(肝・心・脾・肺・腎の五臓)に表現す。だから《周易・繋辞》に「天に在りては象を成し、地に在りては形を成す」といい、講ずるはすなわちこの道理である。《孔子家語》にいう、天は一と為り、地は二と為り、人は三と為す。三に三を乗じて九を得、九に九を乗じて八十一を得。一は日を主管し、一旬の日数は十。だから人は懐胎十箇月にして降生す、と。

《文子》云:人受天地變化而生,一月而膏,二月而脈,三月而胞,四月而肌,五月而筋,六月而骨,七月而成形,八月而動,九月而躁,十月而生。形骸已成,五藏乃形,外為表,中為裡。頭員法天,足方象地。天有四時、五行、九星、三百六十日,人亦有四支、五藏、九竅、三百六十節。天有風雨寒暑,人亦有喜怒哀樂。

《文子》にいう、人は天地の変化を承受して生成する所である。懐胎一箇月は凝りて脂膏の状と為り、二箇月は血脉を生出し、三箇月は胞胎と成り、四箇月は肌肉を長出し、五箇月は筋を長出し、六箇月は骨を長出し、七箇月は形体は完備し、八箇月は活動を開始し、九箇月は躁動して安ならず、十箇月は便ち降生す。形骸はすでに長成せれば、五臓もまた成形す。外に在るは表で、内に在るは裏である。頭は円く、天に取法す。脚は方く、地に取象す。天に四季・五行・九星・三百六十日あれば、人もまた相応して四肢・五臓・九竅・三百六十個の骨節あり。天に風雨寒暑の変化あれば、人もまた相応して喜怒哀楽の情緒あり、と。

《淮南子》及《文子》並云:膽為雲,肺為氣,脾為風,腎為雨,肝為電,與天相類,而心為主。耳目者,日月也;氣血者,風雨也。《素問》云:夫人法天地,故聖人上配天以養頭,下象地以養足,中傍人事以養五藏。天氣通於肺,地氣通於咽,風氣通於肝,雷氣通於心,谷氣通於脾,雨氣通於腎。六經為川,腸胃為海,九竅為水。法天之紀,用地之理,則災禍去矣。

《淮南子》と《文子》とはみな言う、胆はたとえば天上の雲のごとく、肺はたとえば気のごとく、脾はたとえば風のごとく、腎はたとえば雨のごとく、肝はたとえば電のごとく、様様天と相類す。しかして心はこの一切の主宰である。耳目はたとえば日月のごとく、気血はたとえば風雨のごとし、と。《黄帝内経・素問》にいう、人は天地に取法して生ずる所である。だから聖人は上に向かって天道に配合して以て頭部を保養し、下に向かって大地に取象して以て双足を保養し、中に居りて人事に依傍して以て五臓を保養す。天気は肺と相通じ、地気は咽喉と相通じ、風気は肝と相通じ、雷気は心と相通じ、谷気は脾と相通じ、雨気は腎と相通ず。人身の六経はたとえば河川のごとく、腸胃はたとえば大海のごとく、九竅はたとえば水道のごとし。能く上天の綱紀に取法し大地の條理を運用して以て養生せば、灾祸は自然に消除せん、と。

《左慈相決》云:人頭員以法天,足方以象地,左目為日,右目為月,左眉為青龍,右眉為白虎,鼻為勾陣,伏犀為朱雀,玉枕為玄武。又云:前為朱雀,後為玄武,左為青龍,右為白虎,是曰四體;頭為勾陳,是身之主。

《左慈相決》のこの相書にいう、人の頭の円きは天に取法するを取り、脚の方きは地に取象するを取る。左眼は太陽と為り、右眼は月亮と為る。左眉は青竜、右眉は白虎。鼻子は勾陣(すなわち勾陳、居中の神)、額上の隆起する伏犀骨は朱雀、脳後の玉枕骨は玄武。これは五方の神を人の面相の上に配するなり。またいう、面前は朱雀と為り、脳後は玄武と為り、左側は青竜と為り、右側は白虎と為る。この四者を「四体」と呼ぶ。頭は勾陳と為り、中に居りて一身の主と為る。――正に五方は中央を以て四方を統するの格局に合す、と。

又曰:左耳後為太山,右耳後為華山,額為衡山,頂後為恆山,鼻為嵩高山。《相秘訣》云:額為衡山,頭為恆山,鼻為嵩高山,眉為岱山,權為崑崙山。二儀象天地,三亭法三才,四瀆主四時,五官應五行,六府從六律,七門配七星,八節取八風,九候比九州島,十指應十日,十二德象十二月,二十八節應二十八宿。

《左慈相決》にまたいう、左耳の後は東岳太山(泰山)と為り、右耳の後は西岳華山と為り、額頭は南岳衡山と為り、頭頂の後部は北岳恒山と為り、鼻子は中岳嵩高山と為る、と。《相秘訣》は則ちいう、額頭は衡山と為り、頭は恒山と為り、鼻は嵩高山と為り、眉は岱山(泰山)と為り、顴骨は崑崙山と為る、と。この外、相術の上においてはまた両眼を以て「二儀」と為し、天地に取象し、額・鼻・頦の三停を以て「三亭」と為し、天地人の三才に取法し、耳・目・口・鼻の四処を以て「四瀆」と為し、四時を主り、五官を以て五行に対応し、六府(面部の六処の骨相)を以て六律に順応し、七門(七竅)を以て七星に配し、八節(骨節部位)を以て八風に取法し、九候(診脉の九個の部位)を以て九州に比拟し、十指を以て十日(十天干)に対応し、十二徳を以て十二箇月に対応し、二十八節を以て二十八宿に対応す。人身は処処天地の数と相応す。

《家語》云:人生三月微昫,然後目能見;八月生齒,然後能食;朞而臏,然後能行;三年顖合,然後能言。陰窮反陽,故陰以陽變;陽窮反陰,故陽以陰化。是以男子八月生齒,八歲而齔,十六精通,然後能化;女子七月生齒,七歲而齔,十四而化。

《孔子家語》にいう、嬰児は出生三箇月にして、稍々目を開き、然る後に眼睛こそ能く見ゆ。八箇月にして牙を長し、然る後に能く進食す。一周歳を満てて膝骨は長成し、然る後に能く行走す。三歳にして囟門は閉合し、然る後に能く説話す。陰は極点に到ればすなわち反転して陽と為る。だから陰は陰に靠りて以て変化を促成するを要す。陽は極点に到ればすなわち反転して陰と為る。だから陽は陰に靠りて以て化育を促成するを要す。因って男子は(陽に属して陰数を用い)八箇月にして牙を長し、八歳にして牙を換え、十六歳にして精気は通暢し、然る後に能く生育す。女子は(陰に属して陽数を用い)七箇月にして牙を長し、七歳にして牙を換え、十四歳にして便ち能く生育す。これは正に陰陽互根・相手方の数を以て己の変を成すの道理である。

禮,男子二十而冠,有成人父之端;女子十五而笄而許嫁,有成人母之道。此皆從天地五行之大數也。《文子》曰:昔者中黃子云:天有五行,地有五嶽,聲有五音,物有五味,色有五章,人有五位,故天地之閒,二十有五人。上五有神人、真人、道人、至人、聖人;次五有德人、賢人、善人、中人、辨人;中五有仁人、禮人、信人、義人、智人;次五有仕人、庶人、農人、商人、工人;下五有眾人、小人、駑人、愚人、完人。上五之與下五,猶人之與牛馬也。

礼制に依れば、男子は二十歳にして冠礼を行い、父を做るの成人の資格を具備す。女子は十五歳にして笄礼を行いて以て許嫁すべく、母を做るの成人の道を具備す。これらの年歳の規定は、みな天地五行の大数に依従して来たるものである。《文子》にいう、従前に中黄子の講いたるありて、天に五行あり、地に五岳あり、声に五音あり、物に五味あり、色に五章(五色の文采)あり、人に五等の品位あり。だから天地の間に共に二十五等の人あり。最上の一組の五等は神人・真人・道人・至人・聖人。第二組の五等は徳人・賢人・善人・中人・辨人。中間の一組の五等は仁人・礼人・信人・義人・智人。第四組の五等は仕人・庶人・農人・商人・工人。最下の一組の五等は衆人・小人・駑人・愚人・完人。最上の五等と最下の五等とに比すれば、その懸殊は人と牛馬との別のごとし。中黄子のこの一套の分法は、天地の間に凡そ五を以て数と為すの類目――五行・五岳・五音・五味・五色――を一併に人に推及し、五に五を乗じて二十五のこの総数を得出し、以て人品に等第を定出するに用いる、と。

聖人者,以目視,以耳聽,以口言,以足行。真人者,不視而明,不聽而聰,不言而云,不行而從。故聖人之所動天下者,真人未嘗遇焉;賢人之所矯世俗者,聖人未嘗觀焉。所謂道人者,無前無後,無左無右,萬物玄同,無非無是。

聖人もなお眼睛を用いて看、耳朵を用いて聴、嘴を用いて説話、脚を用いて行走す。真人は則ち必ずしも看ずとも自然に明察し、必ずしも聴かずとも自然に聡敏し、必ずしも説話せずとも意旨は自ら明らかにして、必ずしも行動せずとも万物は自然に帰従す。だから聖人の以て天下を感動するのあの作為は、真人は根本に曽て遇上せず。賢人の以て世俗を矯正するのあの事は、聖人もまた根本に過問せず。――境界は愈高ければ、作為は愈簡なり。いわゆる道人に至っては、則ち所謂前後なく、所謂左右なく、万物と幽深に混同して一と為り、是非の分の有ることなし。

《文子》發言二十五人,論止有四,未為具釋,今依諸經書略解。上五有謂人者,孔子曰:「陰陽不測之謂神。」曾子曰:「陽之精氣為神。」神以靈智為義,謂靈智其照如神,故曰神人也。孔子曰:「堯之智如神。」

《文子》は二十五等の人を舉出したるといえども、ただその中の四等を論述したるのみにして、全部を解釈せず。いま各種の経書に依拠して以て大略に一遍を解説す。最上の一組の頭の一等を神人と呼ぶ。孔子にいう、「陰陽変化して測度すべからざるをすなわち神と呼ぶ」。曽子にいう、「陽気の精華はすなわち神なり」、と。神は霊通智慧を以てその本義と為す。是れこの種の人の霊智の照察が神明のごとき一般なるを説きて、だから神人と呼ぶ。孔子は尭を称赞していう、「尭の智慧は神明のごとし」、と。

真人者,性合乎道,有若無,實若虛,明白太素,至極弊然無為,故曰真人。道人者,孔子曰:「其德大乎天地,其量總乎日月,莫之能測者。」有此德量,故曰道人。至人者,真直為素,守一不移,善惡不能回其慮,榮辱不能動其心,故曰至人。

真人は、本性が道に契合する人である。明らかに有るもしかも無きがごとく、明らかに充実するもしかも空虚のごとく、太素(天地未分の時の質朴本原)に通徹明白して、極処に達して渾然として無為なり。だから真人と呼ぶ。道人は、孔子が形容していう、「彼の徳行は天地より大なり、彼の器量は日月を包総し、測度しうる者なし」、と。このような徳行器量を具備すればこそ、だから道人と呼ぶ。至人は、真誠正直を以てその本質と為し、純一の道を固守して動揺せず、善と悪ともに彼の思慮を改変する能わず、栄と辱ともに彼の心志を扰動する能わず。だから至人と呼ぶ。

聖人者,《家語》曰:德合天地,變通無方,窮萬事之終始,協萬品之自然,敷其大道,遂成情性,明並日月,化行若神,民人不知其德,覩者不識其善,此謂聖人也。《莊子》曰:以天為宗,以德為本,以道為門,明於變,謂之聖人。

聖人に至っては、《孔子家語》にいう、彼の徳行は天地と相合し、変化通達して固定の方所なく、能く万事の始末を窮究し、能く万物各自の本然を協調し、彼の大道を敷布して、万物をしてその性情に遂げしむ。彼の明智は日月と並列しうる。教化は推行して神妙のごとく、百姓は日にその徳を受けてしかも知らず、親ら見たる人もまた彼の好在る所を説出する能わず。――これをすなわち聖人と呼ぶ、と。《荘子》にいう、天を以て宗主と為し、徳を以て根本と為し、道を以て門径と為し、万物の変化に通明するを、これをすなわち聖人と呼ぶ、と。

次五德人者,德被於物,使百姓各得其所欲,日用而不知,兼利無擇,與天地合。《易》曰:「大人者,與天地合其德,與日月合其明,與鬼神合其吉凶。」此謂德也。賢人者,智周萬物,動靜合理。孔子曰:好惡與民同情,取舍與民同統,行中規矩,言可法則,為匹夫而不怨,在諸侯而不驕,道足化於百姓而不傷於身,施財天下不貧,此賢人也。

第二組の五等の中の頭の一等は徳人。彼の徳沢は万物を覆被して、百姓をして各々その欲する所を得せしめ、天天受用してしかも覚察せず。彼は普遍に利を施して揀択を加えず、天地の徳と相合す。《周易・乾卦・文言》にいう、「大人のこの人は、徳行は天地と相合し、明智は日月と相合し、吉凶の判断は鬼神と相合す」、と。講ずるはすなわちこの「徳」である。賢人は、智慧が万物に周遍して一動一静みな事理に合する人である。孔子が形容していう、好悪は百姓とその情を同じくし、取舍は百姓とその準則を同じくす。行為は規矩に合乎し、言論は法則と作す可し。身は平民と為りてしかも天を怨まず人を尤めず、位は諸侯に居りてしかも驕縦せず。彼の道は以て百姓を教化するに足りてしかも自身に害を及ぼすに至らず、財物を天下人に施与してしかも自己は貧乏に至らず。――これがすなわち賢人である、と。

善人者,見善如不及,言滿天下無口過。孔子曰:躬行忠信而心不怨,不置仁義,志意廣博而色不伐,思慮明達而辭不爭,篤行信道,自強不息,猶然如將可越而不可及,此君子人也,又謂善人。中人者,一心以事主,進思盡忠,退思補過,順美匡惡,犯而無隱,先公後私,不伐其勞,此中人也。辨人者,智思無窮,情鑑善惡,問無礙滯,巧言如流,去邪從正,無有可匿,此辨人也。

善人は、善事を見ればすなわち追い及ばざるを恐れ、言論は天下に伝遍してしかも一句の失言なき人である。孔子が形容していう、親ら忠信を踐行して心中に怨尤する所なく、曽て一刻も仁義を擱置せず。志向意趣は広博にして神色に夸耀を見ず、思慮は通達明白にして言辞は人と争わず。篤実に踐行し正道を堅信し、自強して息まず。望み上ぐれば以て追趕すべきに似たるも、実際は則ち追い及ぶ能わず。――これがすなわち君子のこの一類で、すなわちいう所の善人である。中人は、専心一意に君主に侍奉する人である。朝に在れば則ち忠誠を竭くすを想い、退居すれば則ち君主の過失を彌補するを想う。君主の美徳を順成し、君主の過悪を匡正す。寧ろ顔を犯して直諫しても実情を隠瞞せず。公を先にして私を後にし、功労あっても自夸せず。――これがすなわち中人である。辨人は、才智思慮に窮尽なき人である。能く情理を体察し善悪を辨别し、問難に応答して毫も滞碍なく、言辞は機敏にして水の流瀉するがごとく、能く邪僻を去除し正道に依従し、胸中に隠瞞を要する所なし。――これがすなわち辨人である。

中五仁人者,為上不侈其功,為下不羞其陋,慈施惻隱,終而不衰,此仁人也。禮人者,分別尊卑,廉讓謙謹,為上恭敬,為下思敬,此禮人也。信人者,誠實不欺,片言折獄,達不肆意,窮不易操,此信人也。義人者,決斷分了,一度順理,從善屏惡,事無礙滯,此義人也。智人者,識達謀慮,鑑察物情,能知萌兆,豫覩善惡,此智人也。

中間の一組の五等は、頭の一等は仁人。上位に居りて自己の功労を夸大せず、下位に処りて自己の鄙陋を以て恥と為さず、仁慈に施与し心に恻隠を懐き、始終如一にして衰減せず。――これがすなわち仁人(五常の「仁」に対応し、木に属す)。礼人は、能く尊卑の等次を分别し、清廉謙譲にして恭謹に自持し、上位に在る時は人に待つに恭敬し、下位に在る時は心に敬意を存す。――これがすなわち礼人(「礼」に対応し、火に属す)。信人は、誠実にして欺かず、一句話を憑ってすなわち案件の是非を断定しうる。顕達の時は己意を放縦せず、困窮の時は操守を改変せず。――これがすなわち信人(「信」に対応し、土に属す)。義人は、処断決断は分明了当にして、一切の法度はみな事理に順乎し、善行に依従し悪行を屏除し、弁事に毫も滞碍なし。――これがすなわち義人(「義」に対応し、金に属す)。智人は、見識は通達にして謀慮に深く、能く事物の実情を鑑察し、能く事情の萌芽征兆を預知し、預め善悪の走向を看出す。――これがすなわち智人(「智」に対応し、水に属す)。

次五士人者,孔子曰:知不舉多,必審其所由;言不務多,必審其所謂;心有所定,計有所守。雖不能盡道術之本,必有從行也;雖不能遍百善之美,必有所慮也。行既由之,智既知之,言既得之,則性命形骸之不易也。富貴不足以益,貧賤不足以損,此士人也。

第四組の五等の中の頭の一等は士人。孔子が形容していう、彼は知を求めて博雑を図らず、務めて知識の来由を弄清す。説話は繁多を求めず、務めて言辞の指す所を弄清す。彼の心中に自ら確定の主張ありて、謀劃に自ら堅守の準則あり。道術の根本を窮尽する能わざるといえども、しかし必定に依循して行う所有り。百善の美を遍具する能わざるといえども、しかし必定に思慮して択ぶ所有り。行為はすでに道に依循し、見識はすでに道に明らかにして、言語はすでに道に契合せば、則ち彼の性命形骸は再び改易あることなし。富貴は彼に什麼を增添する能わず、貧賤もまた彼に什麼を減損せしむる能わず。――これがすなわち士人である、と。

庶人者,未入仕位,猶居壟畝之閒,或始解褐,未沾品命。《周禮》云:「庶人在官者始入秩也。」此謂庶人也。農人者,用天之道,因地之利,春耕秋收,常在稼穡,此曰農人也。商人者,負販市,隨時鬵貨,貴賤相易,以資產業,此商人也,亦曰賈人也。工人者,雕斵伎巧,備諸器用,造新修故,以力貨財,此曰工人。

庶人は、まだ仕途に進入せざる人で、あるいはなお田間に在りて農を務め、あるいは剛に布衣を脱去して入仕するもまだ品級命数を獲得せざる者。《周礼》にいう、「庶人の官府に在りて職に任ずるは、剛に秩禄の列に進入せり」、と。講ずるはすなわちこの類の庶人である。農人は、天時の道を遵循し地力の利に依憑し、春天は耕種し秋天は収穫し、常年に稼穡に従事する人である。商人は、貨物を背負して市上に販売し(ここに底本は一生僻字あり)、時機に隨って貨物を販運し、貴賤の差を趁って互相交易し、これを以て産業を積累する人で、もまた賈人と呼ぶ(行商を商と為し坐賈を賈と為す)。工人は、雕刻斲削の技芸巧作に従事し、各種の器物用具を備弁し、新器を製造し旧器を修理し、力を出すに靠りて財貨を換取する人である。

下五眾人者,凡雜雲眾人。豫讓曰:「範中行氏以眾人遇我也。」小人者,卑鄙行惡,此曰小人。孔子曰:「桀紂雖帝王,其猶小人也。」《文子》曰:「中繩,謂之君子;不中繩,謂之小人。君子雖死,其名不滅;小人雖得勢,其罪不除。」

最下の一組の五等は、頭の一等は衆人。凡そ平凡混雑にして特出を見ざれば、すなわち衆人と称す。戦国の豫让は曽ていう、「范氏・中行氏は我を普通人と看待するなり」、と。小人は、品格は卑鄙にして行事は邪悪なる人で、だから小人と呼ぶ。孔子にいう、「桀・紂は貴きこと帝王と為るといえども、その人品はなお小人なり」、と。《文子》にいう、準縄に合するを君子と呼び、準縄に合せざるを小人と呼ぶ。君子はたとい死すとも、名声は磨滅せざらん。小人はたとい一时に勢を得るとも、罪悪は終に免除して掉せざるなり、と。

駑人者,駑,鈍也,亦罪隸為名。古者有罪為奴,《尚書》曰:「予則奴戮汝。」罪之也。紂以箕子為奴,亦戮辱也。馬有駑者,以其鈍也。愚人者,嚚闇無知,菽麥不辨,謂之愚人。孔子曰:「其知可及,其愚不可及者。」以其稟昏濁之氣而生,非學所得也。亦曰庸人。孔子曰:心不存始終之規,口不吐訓格之言,又不擇賢以託身,不力行以自定,見小闇大而不知所傷,從物如流而不知所仇,此庸人也。

駑人は、「駑」は遅鈍の意思で、同時にまた罪隷の名称と用作す。古時に人有りて罪あればすなわち没して奴隷と為す。《尚書・甘誓》にいう、「予は則ち汝を奴戮せん」(我はすなわち汝を奴隷に貶めて以て懲処を加えん)、と。すなわち彼の罪を治するなり。商紂王は箕子を奴隷に貶めしは、もまた一種の戮辱である。馬に駑馬と称する有るも、もまたそれの遅鈍の意思を取る。愚人は、愚妄昏昧にして毫も見識なく、豆子と麦子とをも分辨する能わざる人で、だから愚人と呼ぶ。孔子にいう、「彼の聡明は別人も及ぶを得。彼の愚拙は別人も及ぶを得ず」、と。この種の愚拙は因って禀受して昏濁の気にして生ずるに由り、学習に靠りて以て改変しうるにあらず。この類の人もまた庸人と呼ぶ。孔子は庸人を形容していう、心中に始終如一の規矩を存せず、口中に法度に合乎する言語を説出する能わず。また賢者を選択して以て身を托し依靠することを知らず、努力して実行して以て自身を安定するを肯んぜず。ただ小処を見て大局に昧く、自己の傷ある所を知らず。波に隨り流に逐うて外物に跟従して走り、自己の防備すべきを知らず。――これがすなわち庸人である、と。

肉人者,狂痴無識,痛癢莫分,雖能動靜,與完不異,是謂肉人。此二十五等人,由稟五行之氣,各有優劣,故有多等,善惡不同。今且分為四品:其神、真、道、至、聖、德、賢七者,受王氣而生也;善、中、辨、仁、禮、信、義、智八者,相氣而生也;士、庶、農、商、工五者,休氣而生也;眾、小、駑、愚、完五者,囚氣而生也。王氣當其盛時,故最靈聖;相氣微劣於王,故自善忠已下伏王政;休氣已衰,故當仕庶之例;囚氣最劣,故當眾小之流。

肉人(すなわち前面の列する所の完人)は、狂乱痴呆にして全く神識なく、痛痒をも分辨し出す能わざる人である。なお能く動し能く静するといえども、実は一段の完整の木石と分別なし。だから肉人と呼ぶ。この二十五等の人は、みな五行の気を禀受すること同じからざるに由りて、各々優劣あり。だからこのように多くの等第を分出し、善悪は各々異なり。いま姑らく彼らを帰して四品と為し、「休王囚死」(五行の四時に隨って輪転するの旺衰状態。当令は王と為り、次旺は相と為り、退気は休と為り、克せらるるは囚と為り、気盡は死と為る)に按って以て分配す。神人・真人・道人・至人・聖人・徳人・賢人のこの七等は、「王気」(当令最旺の気)を禀受して生ずる所である。善人・中人・辨人・仁人・礼人・信人・義人・智人のこの八等は、「相気」(次旺の気)を禀受して生ずる所である。士人・庶人・農人・商人・工人のこの五等は、「休気」(すでに退ける気)を禀受して生ずる所である。衆人・小人・駑人・愚人・完人のこの五等は、「囚気」(制を受くる気)を禀受して生ずる所である。王気は正に極盛の時に当たれば、だからこの一類の人は最も霊慧聖明なり。相気は王気に略々遜れば、だから善人・中人以下はみな王者の政に服事す。休気はすでに衰退せれば、だからただ士人・庶人の一流に当たるを得るのみ。囚気は最も低劣なれば、だからただ衆人・小人の輩に当たるを得るのみ。

《文子》以上返下,喻人比畜,亦近之矣。然此五氣,有清有濁,有正有邪,有初有末。若得正氣,雖在卑劣,方為大善;若受卑氣,雖居尊勝,眾興大惡。至如桀覆夏宗,紂亡殷族,周衰幽厲,漢滅桓靈,此則處尊興惡者也。

《文子》は最上の一組を拿げて最下の一組と対照し、上等人を人に比作し下等人を牲畜に比作す。この比方もまた説きて貼切と算すべし。ただしこの五種の気はなお清と濁・正と邪・初と末の分別あり。仮に得る所は正気なれば、たとい身は卑賤低微の位置に処すとも、なお能く大善を成就す。仮に受くる所は卑劣の気なれば、たとい身は尊貴優勝の地位に居るとも、反って大いに悪行を興さん。夏桀の夏朝の宗廟を傾覆し、商紂の殷商の宗族を断送し、周朝の幽王・厲王に衰败し、漢朝の桓帝・霊帝に亡滅せしがごとき、これらはみな身は尊位に居りてしかも大いに悪行を興せるの例子である。

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