Libo

五行例断

未详 · 佚名 · 第4巻 / 12

作盤ガイド: 金口訣起課, 大六壬起課

一水

水夾木,買賣交關婚事足。水夾金,文書遠信酒食迎。水夾火,驚恐官災心痛禍。水夾土,妨妻破財害田土。

この門はある一行が中に居り、別の一行に上下両頭で挟まれるときの主る事を説く。読み方は「甲が乙を挟む」即ち甲が中にあって乙が両頭にあるということである。水が木を挟めば、水木が相生して、売買・交易が順調で、婚事もまた円満に成し遂げられることを主る。水が金を挟めば、金が来て水を生じ、文書の往来・遠方の書信があり、また酒食の歓迎があることを主る。水が火を挟めば、水火が交戦して、惊恐と官非・災禍、心痛の疾を主る。水が土を挟めば、土が来て水を克し、妻を妨害し、金銭を破耗し、田産の上にも損を受けることを主る。

二火

火夾土,爭競財氣因婦女。火夾木,朋友酒食遠相迎。火夾金,病死傷亡官事侵。火夾水,傷妻損財官事起。

火が土を挟めば、火が土を生じて気が洩れ、財気のため人と争競し、事は婦女より起こることを主る。火が木を挟めば、木が来て火を生じ、朋友が酒食を設けて遠道より迎えに来ることを主る。火が金を挟めば、火が来て金を克し、疾病・死亡、人口の傷損、および官司の侵扰を主る。火が水を挟めば、水火が相激して、妻を傷り財を損じ、官司がこれに随って起こることを主る。

三木

木夾火,多為子孫失小口。木夾土,牢獄爭財競田土。木夾金,自家財物被人侵。木夾水,益進資財事事喜。

木が火を挟めば、木が火を生じて気を洩らし、多くは子孫の事のためで、家中の幼小を損失することを主る。木が土を挟めば、木が来て土を克し、牢獄の災があり、金銭のために争奪し、田土のために相競することを主る。木が金を挟めば、金が来て木を克し、自家の財物が人に侵占されることを主る。木が水を挟めば、水が来て木を生じ、資財が日に増し、事々に歓喜することを主る。

四金

金夾火,喪卻妻兒家痛苦。金夾木,分散家財損六畜。金夾土,土中金寶藏難聚。金夾水,子孫喜事從行起。

金が火を挟めば、火が来て金を克し、妻子・児女を喪失し、一家が痛苦することを主る。金が木を挟めば、金が来て木を克し、家財が分散し、六畜が損を受けることを主る。金が土を挟めば、土が来て金を生じ、象は金宝が土中に埋藏するがごとく、財はあっても聚めることが難しいことを主る。金が水を挟めば、金が水を生じて気が暢び、子孫に喜びの事あり、事は出行の中より生ずることを主る。

五土

土夾水,遺忘田土官不喜。土夾木,賣卻田園分產屋。土夾金,競界爭田墳墓侵。土夾火,信息田園和會我。

土が水を挟めば、土が来て水を克し、田土が人に遺忘・侵占され、官府のほうも歓喜しないことを主る。土が木を挟めば、木が来て土を克し、田園を売り却し、房产を分割することを主る。土が金を挟めば、土が金を生じて気を洩らし、地界のため相競し、田畝のため相争い、墳墓にまで人に侵占されることを主る。土が火を挟めば、火が来て土を生じ、音信の伝わることあり、田園の事が人と和会して我に帰することを主る。

四位内に五行を見る

入式云:四位內見二木,諸事難成。又云:如見二木,或見水,卻為大喜。問見三木如何?曰:主官事纏身。又兄弟三人,並無父母。其兄弟三人俱各再娶,更無子孫。問見四木如何?曰:主官事。其家合主新蓋舍屋,家中缺費,惟四壁而已,主貧乏艱難也。

《入式歌》に曰く、四位の内に二重の木を見れば、諸事成り難し。又曰く、もし二重の木を見て、同時に水が来て相生するを見れば、かえって大喜となる、と。問う、三重の木を見ればどうか。曰く、官司が身に纏うことを主る。また兄弟三人あって父母なく、その兄弟三人が俱に各々再娶し、さらに子孫なし。問う、四重の木を見ればどうか。曰く、これも官司を主る。その家は新たに屋舍を蓋ったべく、そのために家の費が短缺して、ただ四壁あるのみで、貧乏・艱難を主る。

入式云:二土比和遲晚看,言諸事求雖有成而遲也。如見二土苟無傷克,但得比和,安得有滯?若受刑剋,亦主淹留。問四位內見三土如何?曰:主合有配婦凶惡,諸求不成。又主其家姊妹三人,亦無父母也。蓋同類者為兄弟,生我者為父母,我生者為子孫,克我者為官鬼,我克者為妻財。合四位內無相生克,只有同類,乃是勾陳太常,以上言姊妹三人也。問見四土如何?主無凶也。故曰:三土四土,丑婦凶惡,其災福與上同斷。

《入式歌》に「二土は比和して遅晚を看る」と言うのは、諸事は成り得るが成るのが遅いという意である。実のところ二重の土がもし傷克を受けず、ただ互いに比和するのみなら、どうして淹滞があろうか。ただ刑克を受けてはじめて、拖延を主るのである。問う、四位の内に三重の土を見ればどうか。曰く、凶悪の妻を娶ることを主り、求むる諸事が成らず、またその家に姉妹三人あって父母なきことを主る。これは五行の中で同類なる者を兄弟と為し、我を生ずる者を父母と為し、我が生ずる者を子孫と為し、我を克する者を官鬼と為し、我が克する者を妻財と為すからである。四位内に相生も相克もなく、ただ同類があるのみなら、配する所はまさに勾陳・太常のこの二つの土神で、だから姉妹三人と断ずるのである。問う、四重の土を見ればどうか。曰く、大凶なし。だから三土・四土は妻の相貌が醜陋で性情が凶悪を主ると言い、その余の災福は上に断ずるところと同じである。

入式云:二金刑剋都無順,二金皆凶神也,亦是白虎之位,兼主不順。故其家饒鬥訟,兄弟不義,妯娌不和更金上見火,主家死亡人口。問見三金如何?曰:主陰人淫亂,家宅不寧,合主門師禳鎮其宅,亦死亡人口,又主官事,其災福亦與二金同斷。問見四金如何?曰:此四位為純金,其象主君不君,臣不臣。父不父,子不子,亂綱紀,其父母兄弟骨肉皆主不順,最為大凶。

《入式歌》に「二金は刑克して順なることなし」と言う。二重の金はいずれも凶神に属し、また白虎の居る位で、兼ねて諸事の不順を主る。だからその家は争闘・訴訟が多く、兄弟の間で情義を講じず、妯娌の間が和さない。金の上にさらに火が来て克するを見れば、家に人が死ぬことを主る。問う、三重の金を見ればどうか。曰く、女眷の淫乱を主り、家宅が寧まらず、法師を請じて来て禳解・鎮宅すべきことを主る。同様に人が死ぬことをも主り、また官司をも主り、災福は二重の金と同じく断ず。問う、四重の金を見ればどうか。曰く、四位が純粋に金なら、その象は君が君にあらず、臣が臣にあらず、父が父にあらず、子が子にあらず、綱紀が紊乱し、父母・兄弟・骨肉の間が皆和順せず、最も大凶を主る。

入式云:二火為災百事殘,主其家有陰人殘患,更主家內火光焚燒。若火上見二水,主有婦人產死。如二火見二水之上,主夫妻不和,休離應之。問見三火如何?曰:主陰人官事也,更主陰人殘害。此課亦主婦女主家,為純陰之課,陰旺陽衰也。其家多生女。亦主外人主家,更釜鳴數次,見火光應也。問四火如何?曰:二火為災百事殘,其三火以為甚,何況四火乎?

《入式歌》に「二火は災を為して百事残す」と言う。その家に女眷の残疾・病患あることを主り、さらに家内に火光が焚焼することを主る。もし火の上に二重の水が来て克するを見れば、婦人の産死あることを主る。もし二重の火が二重の水の上に落ちれば、夫妻の不和を主り、妻を休め離別する上に応ずる。問う、三重の火を見ればどうか。曰く、女眷が官司に罹ることを主り、さらに女眷が残害に遭うことを主る。このような課はまた婦女が家を主ることをも主る。それは純陰の課で、陰が旺んで陽が衰えるから、その家は娘を多く生む。外姓の人が家を主ることをも主り、さらに鍋釜が数次自ら鳴り、火光を見る応験がある。問う、四重の火はどうか。曰く、二重の火ですら百事残缺なのに、三重の火はそれを甚だしくする。まして四重の火をや。

入式云:二水皆順為大吉。謂見二水為之大喜,亦不為災。如上見二土,主傷陽人兩口,破財賊傷。如上見二火,必有官事傷人。如上見二木,其家出外求財大吉。如上見六合木,合主婚姻成合,交關爭役吏也。青龍則為財矣。問見三水如何?曰,其家必有痔痛男童,及有外賊傷財物數次,其家亦主水災,此課大凶。問見四水如何?亦與三水同斷,皆主大凶。

《入式歌》に「二水は皆順にして大吉を為す」と言う。二重の水を見るのは大喜の象で、災をも為さない。ただし上に二重の土が来て克するを見れば、男丁二口を傷り、財を破りて賊に傷られることを主る。上に二重の火を見れば、必ず官司ありて人を傷る。上に二重の木を見れば、その家が外に出て財を求めるに大吉である。上に六合に属する木を見れば、婚姻の成合を主り、および交易・往来、差役・吏を争う事がある。もし上が青竜に属する木なら、即ち財を得るである。問う、三重の水を見ればどうか。曰く、その家は必ず痔の痛みを患う男童あり、および外来の盗賊が数次にわたり財物を傷損し、その家はまた水災をも主り、この課は大凶。問う、四重の水を見ればどうか。曰く、三重の水と同じく断じ、皆大凶を主る。

貴神の劫煞に臨む

天乙被煞主災同,貴人厄難有何通;神被將克家長損,神克妻兒鬼哭凶。劫煞騰蛇火見凶,鬼怪顛邪兆宅宮;更主婦人心痛病,門椽屋爆影光紅。劫煞朱雀鬥爭張,文字凶來官事傷;若見火光還應得,爭妻競婦女身亡。

この門は十二貴神が劫煞に遇うたときの応験を位ごとに説く。天乙貴神が煞に傷られれば、同じく災を主り、貴人自身が難に遭うて、なんの通達があらんや。貴神が将神に克されれば、家長の損を主る。貴神がかえって将神を克すれば、妻子・児女に凶ありて、家中に鬼が哭く。螣蛇が劫煞に遇い火を帯びれば、これを見て凶とし、宅の中に鬼怪・癲邪の兆を顕し、また婦人に心痛の病あることを主り、門椽・屋梁が爆裂して響き、夜に紅い影光がある。朱雀が劫煞に遇えば争闘・喧鬧を主り、文書によって凶事を招き、官司が人を傷る。もし火光を見ればそれは応ずべき事で、また妻妾を争奪し、婦人を競逐するがために女子が身を亡ぶことを主る。

劫煞六合事急忙,公私牽惹鬥爭張;自家無事人欺辱,看取人元定禍殃。劫煞勾陳入課排,上門子午必然災;更主爭訟三五度,死亡人口犯神來。劫煞青龍莫上門,火光流血或成屯;驚憂賊盜傷人物,獄訟紛紜死喪頻。

六合が劫煞に遇えば、事が来ること急迫で、公事・私事が一緒に牽惹し、争闘・喧擾する。自家はもともと事なくて人に欺辱され、さらに人元と六合とが相合するか否かを見てはじめて、禍殃の軽重を定めることができる。勾陳が劫煞に遇いて課中に排入し、もし子午という「上門」の位に臨めば、必然に災がある。さらに争訟が三五回ありて、家に人が死ぬことを主る。凶神を犯した故である。青竜が劫煞に遇うは、それが門に臨むを最も忌む。火光・流血を主り、あるいは事が屯滞して行き難い。また驚憂・盗賊が人を傷り物を損じ、牢獄・訴訟が紛紜して断えず、死喪が頻々とすることを主る。

劫煞天后女人連,申酉臨之事並然;況當奴婢私逃走,人元克將破財錢。劫煞太陰不可當,婦人計謀事難防;不明暗昧臨小口,將與人元莫犯傷。劫煞玄武凶事重,賊來謀害入家中;臨申防賊臨酉走,賊神見虎殺傷凶。

天后が劫煞に遇えば、事は女人に牽連する。もし申・酉の上に臨めば、応験も同じである。このほか奴婢が私に逃走することをも主る。もし人元がまた来て将神を克すれば、金銭を破耗する。太陰が劫煞に遇うは、その勢い当たり難く、婦人が計謀を施すことを主り、事は防ぎ難い。暗昧・不明の事が家中の幼小の身に臨む。このとき将神と人元は決して再び犯傷に来てはならない。玄武が劫煞に遇えば、凶事はいっそう重く、盗賊が図謀して加害し、家中に闖入することを主る。玄武が申に臨めば賊を防ぎ、酉に臨めば賊はすでに走り脱した。もし賊神の玄武がまた白虎に遇えば、殺傷の凶あることを主る。

劫煞災煞遇太常,財帛散失兩三場;更主酒宴毒藥害,如在魁罡主此殃。白虎行年災劫關,必須喪事有重重;兩虎當旺魁罡上,人元是木有深凶。劫煞災煞合天空,驚恐相爭分外凶;若更人元來克將,望成求就盡胸中。

太常が劫煞・災煞に遇えば、財帛が二三回散失することを主り、また酒宴の上で人に毒薬を下されて害せられることをも主る。もし太常が河魁(戌)・天罡(辰)の上に落ちれば、いっそうこの殃に応ずる。白虎が行年の上で災煞・劫煞のこの関に遇えば、必ず喪事が重々ある。もし二重の白虎が旺に当たって魁罡の上に落ち、人元がまた木に属して金に克されれば、凶險はいっそう深い。劫煞・災煞が天空と合すれば、惊恐と争いとを主り、格別に凶險である。もし人元がまた来て将神を克すれば、望んで成就せんとする事は、すべて胸中に空しく存するだけである。

解曰:勾陳言上門者,子午卯酉是也。子午為天門,卯酉為人門。前云六合逢劫煞主因公事損其身,更看人元與六合和不和,若更克人元必凶。又太陰法言:克將主破財,人元受克主殺夫。又曰:玄武之見白虎者,為臨申是也。臨酉主妻走也。

原文の解釈に曰く、勾陳の条に言う「上門」とは、子午卯酉の四正の位で、その中で子午を天門と呼び、卯酉を人門と呼ぶ。前に六合が劫煞に逢えば公事によってその身を損ずることを主ると言ったが、さらに人元と六合とが和するか否かを見なければならない。もし六合がさらに人元を克すれば必ず凶である。また太陰の法に曰く、太陰が将神を克すれば財を破ることを主り、人元が克を受ければ夫を克することを主る。また曰く、玄武が白虎に遇うとするのは、玄武が申位に臨む(申は白虎の郷に属す)が故である。酉位に臨めば妻が走り出ることを主る。

貴神の人元に値る

人元克神爭官訟,更兼父子不相同。神臨魁罡墓上病,與土同鄉見死凶。神到甲乙休會客,必然席上有紛爭。水上見神陰小損,若居火位喜還生。

この門は貴神と人元とが相配する吉凶を説く。人元が来て貴神を克すれば、争闘と官司を主り、また父子の間で意見が合わないことをも主る。貴神が魁罡(辰戌)あるいは墓庫の上に臨めば、病あることを主る。もし土と同郷に処して墓に入れば、死亡の凶を見る。貴神が甲乙の木の上に落ちれば、賓客を宴するに宜しくなく、席上に必ず紛争が起こる。貴神が水位の上にあれば、家中の女眷・幼小が損を受けることを主る。もし火位の上に落ちれば、火が来て土を生じ、喜びの事がかえってこれによって生ずる。

神臨驛馬添官職,定知官事損得理。合是青龍居寶位,全必逢之多見喜。貴神克將陰小損,貴神受克定災同。下克上兮子孫逆,上克下兮妻財凶。日上見神當日事,月逢月內年歲中。常取相生皆主喜,如逢相剋必然凶。

貴神が驛馬に臨めば、官を加え職を進めることを主り、たとえ官司があっても必ず理を占めて相手方が損ずる。もしちょうど青竜が宝位に居るに合すれば、およそこのような配合に逢えば、多くは喜びを見る。貴神が将神を克すれば、女眷と幼小とが損を受けることを主る。貴神自身が克を受ければ、同じく災ありと断ず。下位が上位を克すれば、子孫の忤逆を主る。上位が下位を克すれば、妻と銭財とに凶あることを主る。貴神が日辰の上に落ちれば、事は当日に応じ、月建の上に落ちれば当月に応じ、太歳の上に落ちれば当年に応ずる。総じての原則は、およそ相生はすべて喜びを主り、相克に逢えば必ず凶である。

貴神の神煞に臨む

貴神上見災煞、劫煞主貴人有厄難,諸事不和,文字凶,貴神受克主傷家長。若貴神克將神主妻哭泣,大凶。若人元克貴神,主有官事爭訟,更兼父子不睦。若貴神臨魁罡,據此課不得會客,宴上必有爭張,兄弟鬥訟也。故曰:神到甲乙……,今言魁罡者,甲乙木來克貴神,亦有不和爭鬥。今魁罡乃鬥訟之神,故有不和鬥爭之理。二說皆通,宜從魁罡也。

貴神の上に災煞・劫煞を見れば、貴人が厄難に遭い、諸事が和せず、文書の上に凶ありて、貴神が克を受ければ家長を傷ることを主る。もし貴神が将神を克すれば、妻が哭泣することを主り、大凶。もし人元が貴神を克すれば、官司・争訟あることを主り、兼ねて父子の不和がある。もし貴神が魁罡(辰戌)の上に臨めば、この課に照らして賓客を会せず、宴上に必ず争張があり、兄弟の間も斗訟する。だから歌訣に「神が甲乙に至れば客を会するを休め」と言い、しかるにここでは魁罡を言う。甲乙の木が来て貴神の土を克するも、固より不和・争闘あり。魁罡はもともと斗訟を主る神なので、同様に不和・争闘の理がある。二説とも通ずるが、魁罡の一説に従うのがよい。

若水上見貴神,主陰人小口有災也。若火上見貴神主喜慶之事。或有官司災難,必主消散得理通和。若貴臨驛馬,必加官進祿,更主得珍寶之物,有大吉之喜。驛馬亦依後排也。故貴神主有二凶,若下克上主子孫逆黨,若上克下主妻子財帛之凶。若臨年太歲大凶,日月亦然,若四位相生有大喜,相剋大凶。

もし水の位の上に貴神が落ちれば、土が水を克して、女眷と幼小とに災あることを主る。もし火の位の上に貴神が落ちれば、火が土を生じて、喜慶の事あることを主る。たとえ官司・災難があっても、必ず消散し、理を占めて和順に帰する。もし貴神が驛馬に臨めば、必ず官を加え禄を進め、さらに珍宝の物を得ることを主り、大吉の喜びである。驛馬の排法は後文の列する所に依る。貴神自身にも二種の凶象がある。下位が上位を克すれば、子孫が忤逆して結党することを主る。上位が下位を克すれば、妻子と財帛とに凶あることを主る。もし貴神が流年・太歳の上に臨んで克を受ければ大凶、日に臨むも月に臨むも同じである。要するに四位が相生すれば即ち大喜あり、相克すれば即ち大凶である。

魁罡の臨む所

天罡爭鬥決雌雄,本與河魁一例同。兩將更加諸位上,必然鬥訟入官凶。解曰:凡行將上下見辰戌臨諸方位及臨辰戌上,主有斗打見於頃刻間也。又曰:凡兩神臨諸方位上無不鬥訟,為是天之牢獄煞,鬥訟之神,如課內見之,定主鬥訟之凶。

天罡(辰)は争闘を主り、勝敗を分けずにはおかない。河魁(戌)はこれと同例である。この両位の将神がいったん他の各位の上に加臨すれば、必ず殴闘・訴訟を引き起こし、官府にまで鬧して凶を成す。原文の解釈に曰く、およそ将神を推すとき、上下に辰・戌が各方位に臨むを見るか、あるいは別の神が辰・戌の上に臨むのを見れば、頃刻の間に殴闘の発生することを主る。又曰く、この両位の神がいずれの方位に臨んでも斗訟を免れない。それらは上天の牢獄の煞で、斗訟を主る神だからである。課内にこれらを見れば、定めて斗訟の凶を主る。

伝送の臨む所

傳送臨辰喪事多,到戌爭競官病魔。更主鬼神遠喪怪,占病為凶怎奈何?傳送臨巳火中衰,到木口舌必官災。更主逃亡因事走,釜破門傷大損財。傳送奔騰入火中,官災口舌有重重。遊行況是多屯蹇,車碾喉瘡道路凶。

伝送とは申金で、もともと奔走・行移を主る将神である。伝送が辰に臨めば、喪事が多いことを主る。戌位に至れば、争競・官非と病魔が身に纏うことを主り、さらに鬼神が祟を為し、遠方に喪事の怪異あることをも主る。病を占えば自ずから凶で、如何ともし難い。伝送が巳に臨めば、金は火中で衰敗し、もしさらに寅卯の木位に至れば、口舌を主り、必ず官災がある。さらに人が事に因って逃亡・出走することをも主り、鍋釜が破裂し門戸が損傷して大いに財を破る。伝送が奔騰して火中に落ちれば、官災・口舌が重々あることを主る。出て行くにさらに屯難が重畳し、車輪に碾傷され、喉部に瘡を生ずるといった類の道路の凶がある。

傳送臨金變化多,無刑無克事消磨。雖然喪孝重重過,卻與兄弟兩相和。解曰:申行處便為行移神。若臨寅卯上主傷翁姑及破財,蓋傳送為行移神,車馬號白虎,主遠喪尊長,故寅為翁克,卯為姑克。此定知田蠶不成,與破財同。若病主死,百無一吉。

伝送が金の位の上に臨めば、変化が多端で、あるいは喜びあるいは怒る。もし刑もなく克もなければ、事は自ずから消解して磨き平らぐ。喪服の事が重々経過しても、最終には兄弟と両々和することができる。原文の解釈に曰く、申の行く処は即ち行移の神である。もし寅卯の上に臨めば、公婆を傷りかつ財を破ることを主る。伝送はもともと行移の神で、また車馬・白虎と同類で、遠方の尊長の喪事を主る。だから寅位は公を克することに応じ、卯位は婆を克することに応ずる。このような課はまた田蚕の成らぬことを断じ、財を破ると同じである。もし病を占えば死を主り、百に一つも吉なし。

申到辰主喪事、路行凶,主鬥訟。申到戌主鬼怪邪惡、官事、病患死亡之兆。又曰:傳送臨金上亦主變化多般,或喜或怒也。若傳送無刑無克,主諸事皆喜,縱有凶禍,主消磨了。此課主先凶後吉。雖有死亡,卻有不死之理。雖主重重禍來,其後卻主兄弟和同,若更見天罡,主有鬥訟凶。

申が辰位に至れば、喪事を主り、出て行路に凶あり、また斗訟を主る。申が戌位に至れば、鬼怪・邪悪、官司、および病患・死亡の兆を主る。また一説に曰く、伝送が金の位の上に臨むも、変化が多般で、あるいは喜びあるいは怒ることを主る。もし伝送に刑もなく克もなければ、諸事すべて喜ぶべきことを主り、たとえ凶禍あっても終に消磨し尽くすことを主る。このような課は先に凶にして後に吉を主る。死亡の象はあれど、死に至らぬ理がある。禍事が一重接一重に来るといえども、後にはかえって兄弟が和睦して心を同じくする。ただし課中にさらに天罡(辰)を見れば、依然として斗訟の凶を主る。

飛符の年月日に加わる

若說飛符日上推,便於甲巳乙辰知。丁寅丙卯須當起,戊丑己午庚未期。壬酉辛申癸戌上,其神一干上居之。倘遇斯辰同一位,居然橫禍有危疑。

飛符という煞は日干の上から推し起こす。甲日は巳にあり、乙日は辰にあり。丁日は寅にあり、丙日は卯にあり。戊日は丑にあり、己日は午にあり、庚日は未にあり。壬日は酉にあり、辛日は申にあり、癸日は戌にあり。この一位の煞神は日干と相配するあの一支の上に居る。課を占うに、もし太歳・月建あるいは日辰がちょうど飛符と同じ位に落ちれば、横りに禍事を生じ、危険・可疑の憂いあることを主る。

喪門の年月日に加わる

正五九當未,二六十辰推。三七十一丑,四八臘戌知。寅午戌在未,亥卯未在辰;申子辰在丑,巳酉丑在戌。

喪門という煞には月による査法と支による査法とがある。月に依れば、正月・五月・九月は未にあり、二月・六月・十月は辰にあり、三月・七月・十一月は丑にあり、四月・八月・十二月は戌にあり。三合局に依れば、寅午戌の月日は未にあり、亥卯未の月日は辰にあり、申子辰の月日は丑にあり、巳酉丑の月日は戌にあり。両法の得る所は実は同じで、いずれも四季の支を以て喪門の居る所とする。

天鬼の年月日に加わる

得春從酉起,三夏午方期。卯上逢秋位,言冬子位推。

天鬼という煞は四季によって位を定める。春季は酉にあり、夏季の三ヶ月は午にあり、秋季は卯にあり、冬季は子にあり。この四位はいずれも四正の支で、天鬼の臨む所は、鬼祟・怪異の事を主る。

天羅地網の年月日に加わる

日前一辰為天羅,對沖地網更無他。若加年月日辰上,囚訟災殃病必多。

天羅は日辰から前へ一位を数えて取り、それと相対冲する那一位が即ち地網である。このほか別法なし。天羅・地網がもし太歳・月建あるいは日辰の上に加臨すれば、牢獄・訴訟、災殃と疾病とがいずれも格別に多いことを主る。羅網の象はもともと拘束して通ぜざるを主るからである。

関隔鎖

酉上見木為關,卯上見土為隔,卯上見金為鎖。寅加酉為關,戌加卯為隔,申加卯為鎖。占此行人不通,遠人不至,囚禁難脫,病孕阻隔,訪人不見,逃亡不還,占物有隔,百事有阻,百事遲留。關上見金為斬關,申卯酉;土上見木為毀隔,寅辰卯。鎖上見火為破鎖,午申卯。

関・隔・鎖は三種の阻滞の象である。酉位の上に木を見るを「関」と呼び、卯位の上に土を見るを「隔」と呼び、卯位の上に金を見るを「鎖」と呼ぶ。具体的に言えば、寅が酉の上に加わるが即ち関、戌が卯の上に加わるが即ち隔、申が卯の上に加わるが即ち鎖である。この三種の象を占得すれば、出行が通ぜず、遠人が来らず、囚禁された者は脱し難く、病人と孕婦とに阻隔があり、人を訪うて見えず、逃亡した人が帰らず、物を射るに遮隔があり、百事が阻まれ、百事が遅延することを主る。逆に、関の上にさらに金が来て木を克するを見るを「斬関」と呼び、申・卯・酉の組合せのごとし。隔の上にさらに木が来て土を克するを見るを「毀隔」と呼び、寅・辰・卯の組合せのごとし。鎖の上にさらに火が来て金を克するを見るを「破鎖」と呼び、午・申・卯の組合せのごとし。

前以酉上見木為關,金又克木為斬關。卯上見土為隔,木又克土為毀隔。卯上見金為鎖,火克金為破鎖。斷曰:囚禁得脫,病孕安,逃亡避罪,關節開通,因事出行,皆為順利。

上文に言った道理はこうである。酉上に木を見て関を成し、もしさらに金が来てこの木を克すれば、関は斬り断たれる。だから斬関と呼ぶ。卯上に土を見て隔を成し、もしさらに木が来てこの土を克すれば、隔は毀り去られる。だから毀隔と呼ぶ。卯上に金を見て鎖を成し、もし火が来てこの金を克すれば、鎖は打破される。だから破鎖と呼ぶ。この三種の象を占得すれば次のように断ずる。囚禁された者は脱し得、病人と孕婦は安に転じ、逃亡した者は罪を避け得、関節・門路はすべて打通し、事に因って出行するに一切順利である。

愚謂:用關隔鎖小吉而不宜,若用斬關毀隔,破鎖而不吉,是賊上加賊,兵上加兵,何傷之甚也。有若取意詳事,而不用五行生剋制化,是舍頭目而取毫芒,宜詳察之。

作者自らの見解では、もし関・隔・鎖を取って用と為せば、もともとただ小吉と算するのに偏に不宜と言い、もし斬関・毀隔・破鎖を取って用と為せば、もともと開通の象なのに偏に不吉と言う。それは即ち賊の上に賊を加え、兵の上に兵を加えるのであって、どうして傷害をこうまで重く言う必要があろうか。ただ名目に照らして意を取って事を論じ、五行の生克・制化を用いて推らなければ、頭目を捨てて毫毛の尖端を把うのであって、本末の倒置である。仔細に省察すべきである。

旬中空亡

甲子旬中戌亥為空亡,甲戌旬中申酉為空亡,甲申旬中午未為空亡,甲午旬中辰巳為空亡,甲辰旬中寅卯為空亡,甲寅旬中子丑為空亡。

六十甲子は十日ごとを一旬とし、毎旬の十干が十支を配し、常に二支が天干に配せられない。この二支が即ち本旬の「旬空」で、空亡とも呼ぶ。甲子旬中は戌・亥を空亡とし、甲戌旬中は申・酉を空亡とし、甲申旬中は午・未を空亡とし、甲午旬中は辰・巳を空亡とし、甲辰旬中は寅・卯を空亡とし、甲寅旬中は子・丑を空亡とする。課を起こすときはまず占日がどの旬に属するかを見れば、課中のどの二支が空に落ちるかがわかる。

所主人情虛假,事不盡誠,聞憂不憂,聞喜不喜,求謀不就,望用無成,行人虛信,病訟無危,逃亡未獲,失物難尋。又曰:凶神落空,凶事消溶;吉神落空,喜信難逢;諸合落空,喜未扶同;旺相落空,過旬始通;財官落空,進取無功;鬼賊落空,雖凶不凶。

空亡に落ちることの主る所は、人情が虚假で、事を為すに誠実を尽くさず、憂いの消息を聞いても実は憂うるに及ばず、喜びの消息を聞いても実は喜ぶに及ばない。謀を求めて成らず、取用を指望して結果なく、外に行った人は偽りの消息を伝えて来る。病と訟とはあっても大きな危なし。逃亡した者は捕えられず、失物は尋ね難い。また一説はさらに詳しい。凶神が空に落ちれば、凶事は自ずから消融する。吉神が空に落ちれば、喜信に逢い難い。諸種の合局が空に落ちれば、喜事は相扶し得ない。旺相の神が空に落ちれば、この旬を過ぎてはじめて通達する。財爻・官爻が空に落ちれば、進取して功なし。鬼煞・賊神が空に落ちれば、凶といえども凶を成さない。

四大空亡

子午旬無水,寅申不見金。假令甲子旬戊辰日課:壬子、癸亥。甲子,甲午旬課干神將方有水是也。謂之四大空亡。寅申不見金,亦同此義。凡有謀用,吉凶不成。

四大空亡は旬空と異なり、ある旬中に某の一行が欠けることを言う。甲子旬と甲午旬の中には水を配する干支がなく、甲寅旬と甲申旬の中には金を配する干支が見えない。例えば言う、甲子旬の戊辰日に課を起こし、課中に壬子・癸亥のような水を帯びる干支が現れる。およそ甲子旬・甲午旬の課で、人元・貴神・将神・地分の四位の上に水が現れるのが、即ち四大空亡に落ちたのである。寅旬・申旬に金を見ないのも同じ道理である。この象を占得すれば、およそ謀る取用あること、吉も凶も成らない。

四絶

寅酉為金絕,主事於文書道路。卯申為木絕,主事於財帛車馬。午亥為水絕,主事因口舌取索。子巳為火絕,主事婦女男子道路。

四絶は四種の五行絶気の支位の組合せで、各々一類の事を主る。寅と酉とが相配して金絶と為し、主る所の事は文書と道路とにある。卯と申とが相配して木絶と為し、主る所の事は財帛と車馬とにある。午と亥とが相配して水絶と為し、事は口舌・争索に因りて起こる。子と巳とが相配して火絶と為し、主る所の事は婦女・男子と道路とに関わる。およそ絶に遇うは、いずれも気数が尽きんとして事体が続き難い象である。

將與神相遇為正絕,主事體盡畢,人會而散,夫妻離別,求事不成,占病必死。將與日相遇為遙絕,主貴人不喜,官職退散。將與時相遇為次絕,主坐著時官人說斷分散之事物損壞。將與命相遇為大絕,主非常驚恐、災禍,破散財帛事占動,進退不寧,占病必死。將與位絕,位與神絕名正絕,與次絕同斷。

さらに相遇する両位の違いによって、絶はまた幾等かに分かれる。将神と貴神とが相遇して絶を成すを「正絶」と呼び、事体がこれに至りて完結し、人は聚まりてまた散じ、夫妻が離別し、事を求めて成らず、病を占えば必ず死す。将神と日辰とが相遇して絶を成すを「遥絶」と呼び、貴人の不悦、官職の退落を主る。将神と時辰とが相遇して絶を成すを「次絶」と呼び、当場に官人が来て分散の事を説合し、器物が損を受けることを主る。将神と本命とが相遇して絶を成すを「大絶」と呼び、異常の惊恐・災禍、財帛の破散を主り、占う事が動盪し、進退して安寧を得ず、病を占えば必ず死す。将神と地分とが相絶し、地分と貴神とが相絶するもまた正絶と呼び、断法は次絶と同じである。

此五絕指事體斷絕,人情離散,器物損壞,占病大凶。如卯中午亥合,名合中有絕。然卯申為木絕,午亥為水絕,凡課中有金與水土未嘗絕也。若有午卯為用,主聚而復散,成而復敗。若申亥為用,則主斷而復續,失而復得。

この五絶はいずれも事体の断絶、人情の離散、器物の損壊を指し、病を占えば大凶である。もし卯と申、午と亥のように、絶すると同時にまた相合を帯びれば、これを「合中に絶あり」と呼ぶ。ただし注意すべきは、卯申はただ木の絶、午亥はただ水の絶で、その中の金と水土とはもともと絶していない。だからもし午・卯を取って用と為せば、聚まりてまた散じ、成りてまた敗ることを主る。もし申・亥を取って用と為せば、かえって断えてまた続き、失いてまた復び得ることを主る。

四敗

水土遇酉,火遇卯,木遇子,金遇午為四敗。凡四敗如乘車,體則似囚繫拘縛之象。主口舌、憂危、官事、刑訟,惟宜捕捉,不宜占病。

水と土とが酉に遇い、火が卯に遇い、木が子に遇い、金が午に遇うを「四敗」と呼び、即ち五行の沐浴・敗地である。四敗の象は人が車に乗って載せられ行くに譬え、身は己に由らず、被囚禁・拘縛の形を成す。主る所は口舌、憂懼・危難、官司・刑訟である。ただ逃亡犯を捕捉するを占うにこれに遇うを宜しくし、疾病を占うには宜しくない。

月建旺相

建者,正月建寅,二月建卯等例是也。入占,旺為事旺相久遠,吉凶力壯,或並立初新之事,亦主月內初新事。凡月建出現謂之龍德,謁望動為,吉凶立應。

言う所の「建」とは、即ち月建で、正月は寅を建て、二月は卯を建て、順にこれに類推する。月建が課に入れば、事が旺盛にして長久なることを主り、吉凶の力量はいずれも強い。あるいは幾件かの新たに起こる事が並び立つことをも主り、また本月内に新たに発生する事をも主る。およそ月建が課中に現れるのを「龍徳」と呼び、貴人を謁し、事を望みて為し、挙動あれば、吉凶ともに即ち応験する。

凡神將建旺者,物則盛大數多,人則健壯少貌,吉則為福愈後,凶則為禍尤深,謀為可望可成,置立淵遠。吉課逢生逢合,有初新財祿喜協之因。凶兆相傷相伐,有初新訟病喪破之事。又曰:吉有建關方顯吉,凶逢生旺轉為災。

およそ貴神・将神が月建に落ちて旺に当たれば、物を射れば物件が盛大で数目が多く、人を占えば人の身が強健で容貌が年少い。吉はいっそう吉で、福気が後まで延び続き、凶はいっそう凶で、禍患が格別に深重である。事を謀れば望み成るべく、創立する基業も永く遠く及び得る。吉課がもしさらに生に逢い合に逢えば、新たに起こる財禄・喜慶の事がある。凶兆がもしさらに相傷・相伐すれば、新たに起こる訴訟・疾病・喪亡・破敗の事がある。だからまた曰く、吉神は月建のこの関を過ぎてはじめて真の吉を顕し、凶神はいったん生に逢い旺に逢えばかえって災禍に転ずる、と。

旺者,生旺,凡旺有三:一曰四時旺,春木,夏火,秋金,冬水。二曰相生旺,如寅卯得亥子水生,亥子得申酉金生,申酉得四季土生,辰戌丑未得巳午火生,巳午火得寅卯木生。三曰隨日辰旺,如將神是寅卯木得亥子日,將神是亥子水得申酉日,將神是巳午火得寅卯日。此名長生合旺也,此日辰透出,所以旺也。

言う所の「旺」とは生旺のことで、およそ旺は三種ある。第一は四時旺で、春は木旺、夏は火旺、秋は金旺、冬は水旺。第二は相生旺で、寅卯の木が亥子の水に生を得、亥子の水が申酉の金に生を得、申酉の金が辰戌丑未の土に生を得、辰戌丑未の土が巳午の火に生を得、巳午の火が寅卯の木に生を得るのごとし。第三は日辰に随う旺で、将神が寅卯の木で亥子の日に占し、将神が亥子の水で申酉の日に占し、将神が巳午の火で寅卯の日に占するのごとし。この一種を長生合旺と名づけ、日辰の上に我を生ずる気が透けて出るから旺と為すのである。

相者,如寅月得卯辰將,卯月得辰巳將,辰月得巳午將,巳月得午未將,仿此將來有氣而相也。所主將來巳動望成,未就初新之事。又曰:吉兆集福於將來,凶應禍隨於旋踵,八節建旺尤宜細詳。

言う所の「相」とは、気勢がいまだ当令せずしてまさに至らんとする状態で、寅月に卯将・辰将を得、卯月に辰将・巳将を得、辰月に巳将・午将を得、巳月に午将・未将を得、これに準じて類推して、いずれも将来に気あって「相」の状態にあるのである。その主る所は将来の事がすでに発動して成就を望めるが、眼下にはいまだ成らず、起こったばかりの新事に属する。だからまた曰く、吉兆は福を将来に積聚し、凶応は禍が踵に隨いて至る。立春・春分など八節の前後の建旺の変化は、特に細かく分辨すべきである。

假令巳月課得辰將,午月課得巳將,原夫盛則繼衰,旺則漸廢。所占殃須危而漸瘥,事須凶而漸退,或因病而重發,或以殘事而再來,占財須吉而凶,占事已過而復起。

逆に、たとえば巳月の課で辰将を得、午月の課で巳将を得れば、それはすでに当令の時を過ぎたのである。事物はもともと盛り極まってこれに衰えが続き、旺ん極まって漸く廃弛する。だからこの類の課の占する災殃は危険といえども漸く好転し、事は凶といえども漸く退く。また旧病によって復発するか、あるいは未了の残事によって再び来ることもある。財を占えば先に吉にして後に凶、事を占えば本より已に過ぎたのに再び起こる。

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