五燈会元 巻第一
七仏
仏家典籍
短いものは心経・金剛経・四十二章経・壇経から読み始められる。浄土は阿弥陀経・無量寿経・観経を見る。大乗の叙事と禅を見るなら、法華・維摩・楞厳・円覚・地蔵へ進む。
七佛
七仏
古佛應世。緜歷無窮。不可以周知而悉數也。近故譚賢劫有千如來。暨於釋迦。但紀七佛。按長阿含經云。七佛精進力。放光滅闇冥。各各坐樹下。於中成正覺。又曼殊室利為七佛祖師。金華善慧大士登松山頂行道。感七佛引前。維摩接後。今之撰述。斷自七佛而下。
古来、諸仏は世に応現し、久遠にわたって経歴は無窮であり、一々に周知し尽くすことはできない。近世がただ賢劫(現在の、千仏が出世する大劫)に千の如来ありと説き、釈迦牟尼に至っても七仏だけを記すのはこのためである。《長阿含経》にいう:七仏の精進の力は光を放って暗冥を滅し、それぞれ樹下に坐してその中に正覚を成ず。また曼殊室利(すなわち文殊菩薩。菩薩は菩提薩埵の略で、覚りを求めつつ衆生を済度する者)は七仏の祖師である。金華の善慧大士は松山の頂に登って行道し、七仏が前に引導し維摩が後に続くのに感応した。いまこの撰述は、七仏以下から断って筆を起こす。
毗婆尸佛(過去莊嚴劫。第九百九十八尊)
毘婆尸仏(過去荘厳劫の第九百九十八尊)
偈曰。身從無相中受生。猶如幻出諸形象。幻人心識本來無。罪福皆空無所住。長阿含經云。人壽八萬歲時。此佛出世。種剎利。姓拘利若。父槃頭。母槃頭婆提。居般頭婆提城。坐波波羅樹下。說法三會。度人三十四萬八千。神足二。一名騫茶。二名提舍。侍者無憂子方膺。
偈にいう:身体は無相の中から生を受け、幻の術が諸々の形象を出すようである。幻人の心識はもとより無く、罪も福も空であって住する所がない。《長阿含経》にいう:人の寿命が八万歳の時、この仏が世に出た。種姓は刹帝利、姓は拘利若。父は槃頭、母は槃頭婆提という。般頭婆提城に居り、波波羅樹の下に坐した。説法すること三会、度した者は三十四万八千。神足の弟子二名:一は騫茶、二は提舎。侍者は無憂といい、子は方膺という。
屍棄佛(莊嚴劫。第九百九十九尊)
尸棄仏(荘厳劫の第九百九十九尊)
偈曰。起諸善法本是幻。造諸惡業亦是幻。身如聚沫心如風。幻出無根無實性。長阿含經云。人壽七萬歲時。此佛出世。種剎利。姓拘利若。父明相。母光耀。居光相城。坐分陀利樹下。說法三會。度人二十五萬。神足二。一名阿毗浮。二名婆婆。侍者忍行子無量。
偈にいう:諸々の善法を起こすももとより幻、諸々の悪業を造るもまた幻である。身は聚沫のごとく、心は風のごとし。幻より出でて根無く、実性もない。《長阿含経》にいう:人の寿命が七万歳の時、この仏が世に出た。種姓は刹帝利、姓は拘利若。父は明相、母は光耀という。光相城に居り、分陀利樹の下に坐した。説法三会、度した者は二十五万。神足の弟子二名:一は阿毘浮、二は婆婆。侍者は忍行といい、子は無量という。
毗舍浮佛(莊嚴劫。第一千尊)
毘舎浮仏(荘厳劫の第一千尊)
偈曰。假借四大以為身。心本無生因境有。前境若無心亦無。罪福如幻起亦滅。長阿含經云。人壽六萬歲時。此佛出世。種剎利。姓拘利若。父善燈。母稱戒。居無喻城。坐婆羅樹下。說法二會。度人一十三萬。神足二。一扶遊。二鬱多摩。侍者寂滅子妙覺。
偈にいう:地水火風の四大を仮に借りて身体とするも、心はもとより生ぜず、ただ境界に因ってのみある。前の境界が無くなれば、心もまた無い。罪と福は幻のごとく、起こっては滅する。《長阿含経》にいう:人の寿命が六万歳の時、この仏が世に出た。種姓は刹帝利、姓は拘利若。父は善燈、母は称戒という。無喻城に居り、婆羅樹の下に坐した。説法二会、度した者は一十三万。神足の弟子二名:一は扶遊、二は郁多摩。侍者は寂滅といい、子は妙覚という。
拘留孫佛(見在賢劫。第一尊)
拘留孫仏(現在賢劫の第一尊)
偈曰。見身無實是佛身。了心如幻是佛幻。了得身心本性空。斯人與佛何殊別。長阿含經云。人壽四萬歲時。此佛出世。種婆羅門。姓迦葉。父禮得。母善枝。居安和城。坐尸利沙樹下。說法一會。度人四萬。神足二。一薩尼。二毗樓。侍者善覺子上勝。
偈にいう:身に実体なきを見る、これがすなわち仏身である。心の幻のごときを了達する、これがすなわち仏の幻である。身心の本性が空であると了得すれば、この人と仏とに何の別があろうか。《長阿含経》にいう:人の寿命が四万歳の時、この仏が世に出た。種姓は婆羅門、姓は迦葉。父は礼得、母は善枝という。安和城に居り、尸利沙樹の下に坐した。説法一会、度した者は四万。神足の弟子二名:一は薩尼、二は毘楼。侍者は善覚といい、子は上勝という。
拘那含牟尼佛(賢劫。第二尊)
拘那含牟尼仏(賢劫の第二尊)
偈曰。佛不見身知是佛。若實有知別無佛。智者能知罪性空。坦然不怖於生死。長阿含經云。人壽三萬歲時。此佛出世。種婆羅門。姓迦葉。父大德。母善勝。居清淨城。坐烏暫婆羅門樹下。說法一會。度人三萬。神足二。一舒槃那。二鬱多樓。侍者安和子導師。
偈にいう:仏は身を見ず、ゆえにこれが仏と知れる。もし実に知る者があれば、すなわち別に仏はない。智者は罪の性が空であると知れば、泰然として生死に怖れない。《長阿含経》にいう:人の寿命が三万歳の時、この仏が世に出た。種姓は婆羅門、姓は迦葉。父は大徳、母は善勝という。清浄城に居り、烏暫婆羅門樹の下に坐した。説法一会、度した者は三万。神足の弟子二名:一は舒槃那、二は郁多楼。侍者は安和といい、子は導師という。
迦葉佛(賢劫。第三尊)
迦葉仏(賢劫の第三尊)
偈曰。一切眾生性清淨。從本無生無可滅。即此身心是幻生。幻化之中無罪福。長阿含經云。人壽二萬歲時。此佛出世。種婆羅門。姓迦葉。父梵德。母財主。居波羅奈城。坐尼拘律樹下。說法一會。度人二萬。神足二。一提舍。二婆羅婆。侍者善友子集軍。
偈にいう:一切衆生の性はもとより清浄で、本より生ぜず、また滅すべきものもない。この身心はすなわち幻より生じたものである。幻化の中には罪もなく福もない。《長阿含経》にいう:人の寿命が二万歳の時、この仏が世に出た。種姓は婆羅門、姓は迦葉。父は梵徳、母は財主という。波羅奈城に居り、尼拘律樹の下に坐した。説法一会、度した者は二万。神足の弟子二名:一は提舎、二は婆羅婆。侍者は善友といい、子は集軍という。
釋迦牟尼佛(賢劫。第四尊)
釈迦牟尼仏(賢劫の第四尊)
姓剎利。父淨飯天。母大清淨妙位。登補處。生兜率天上。名曰勝善天人。亦名護明大士。度諸天眾。說補處行。於十方界中。現身說法。普曜經云。佛初生剎利王家。放大智光明。照十方世界。地湧金蓮華。自然捧雙足。東西及南北。各行於七步。分手指天地。作師子吼聲。上下及四維。無能尊我者。即周昭王二十四年甲寅歲四月八日也。至四十二年二月八日。年十九。欲求出家而自念言。當復何遇。即於四門遊觀。見四等事。心有悲喜而作思惟。此老.病.死。終可厭離。於是夜子時。有一天人名曰淨居。於窻牖中叉手白言。出家時至。可去矣。太子聞已。心生歡喜。即逾城而去。於檀特山中修道。始於阿藍迦藍處三年。學不用處定。知非便捨。復至鬱頭藍弗處三年。學非非想定。知非亦捨。又至象頭山。同諸外道日食麻麥。經於六年。故經云。以無心意.無受行。而悉摧伏諸外道。先歷試邪法。示諸方便。發諸異見。令至菩提。故普集經云。菩薩於二月八日。明星出時成道。號天人師。時年三十矣。即穆王三年癸未歲也。既而於鹿野苑中為憍陳如等五人轉四諦法輪而證道果。說法住世四十九年。後告弟子摩訶迦葉。吾以清淨法眼.涅槃妙心.實相無相.微妙正法。將付於汝。汝當護持。並勑阿難。副貳傳化。無令斷絕。而說偈曰。法本法無法。無法法亦法。今付無法時。法法何曾法。爾時世尊說此偈已。復告迦葉。吾將金縷僧伽梨衣傳付於汝。轉授補處。至慈氏佛出世。勿令朽壞。迦葉聞偈。頭面禮足曰。善哉。善哉。我當依勑。恭順佛故。爾時世尊至拘屍那城。告諸大眾。吾今背痛。欲入涅槃。即往熈連河側。娑羅雙樹下。右脇累足。泊然宴寂。復從棺起。為母說法。特示雙足化婆耆。並說無常偈曰。諸行無常。是生滅法。生滅滅已。寂滅為樂。時諸弟子即以香薪競茶毗之。燼後金棺如故。
種姓は刹帝利。父は浄飯王、母は大清浄妙という。位は補処(次の世に仏となるべき候補の位)に登り、兜率天に生まれて勝善天人と名づき、護明大士ともいう。諸天の大衆を教化し、補処の修行を説いて、十方世界に身を現して説法した。(底本の句読は「母大清浄妙位。登補処」とするが、いま「大清浄妙。位登補処」と読む。)《普曜経》にいう:仏は初め刹帝利の王家に生まれ、大智慧の光明を放って十方世界を照らし徹し、地より金蓮華が涌き出でて自然に両足を托した。東・西・南・北にそれぞれ七歩歩み、分手して天を指し地を指して師子吼した:上下および四維に、我より尊き者なし。この日が周の昭王二十四年甲寅の歳の四月八日である。昭王四十二年二月八日、年十九歳にして出家を求めんとし、自ら思った:さらに何に遇うことがあろうか。すなわち四門に遊観して老・病・死など四等の事を見、心中また悲しくまた喜ばしく、思惟した:この老・病・死は、ついに厭離すべきものである。ここに夜の子の時、浄居という天人が窓牖の中より合掌して告げた:出家の時到れり、行くべし。太子これを聞きて心に歓喜し、すなわち城墻を翻越えて去った。檀特山の中に道を修めた。まず阿藍迦藍のもとに三年いて不用処定(無所有処定)を学び、究竟でないと知って捨て、次に郁頭藍弗のもとに三年いて非非想定を学び、これもまた究竟でないと知ってまた捨てた。さらに象頭山に至り、外道と同じく日に麻麦のみを食して六年を過ごした。ゆえに経にいう:心意なく領受なき行持をもって、諸の外道をことごとく摧伏したと。まず一々に邪法を試み、種々の方便を開示し、種々の異見を発起して、人をして菩提(覚り)に到らしめんとしたのである。ゆえに《普集経》にいう:菩薩は二月八日に明星の出ずる時に道を成り、天人師と号した、時に三十歳。これすなわち周の穆王三年癸未の歳である。そして鹿野苑の中にて憍陳如ら五人のために四諦(苦・集・滅・道)の法輪を転じて道果を証さしめた。説法住世四十九年。後に弟子の摩訶迦葉に告げた:「我は清浄法眼・涅槃(煩悩が止息し、再び生死に流転しない境地)妙心・実相無相の微妙なる正法を、まさに汝に付嘱せんとす。汝はまさに護持すべし。」また阿難に命じて副贰として伝化せしめ、断絶せしむることなかれ。ここに偈を説いていう:法の根本はもとより法なし、法なき法もまた法なり。いま無法を付嘱する時、法法はいずれもかつて法ならんや。この時世尊この偈を説き已りて、また迦葉に告げた:「我はまさに金縷の僧伽梨衣(仏の大衣)を汝に伝え付け、転じて補処の菩薩に授けて、慈氏仏(すなわち弥勒)の出世するに及び、朽壊せしむることなかれ。」迦葉偈を聞きて頭面礼足していう:「善いかな善いかな。まさに依命して仏に恭順するがゆえに。」この時世尊拘尸那城に至り、大衆に告げた:「我いま背痛みて、涅槃に入らんとす。」すなわち熙連河の側に詣り、娑羅双樹の下にて右脇に臥し、両足を累ねて、泊然として宴寂に入った。また棺中より起ちて、母のために法を説き、特に双足を出して婆耆を度し、さらに無常の偈を説いた:一切の造作は皆無常なり、これすなわち生滅の法なり。生滅滅尽せば、寂滅を楽と為す。この時諸弟子は香薪をもって争い荼毘(火葬)せんとした。焼き尽くした後、金棺はなお故のごとし。
爾時大眾即於佛前。以偈讚曰。凡俗諸猛熾。何能致火爇。請尊三昧火。闍維金色身。爾時金棺從座而舉。高七多羅樹。往反空中。化火三昧。須臾灰生。得舍利八斛四斗。即穆王五十二年壬申歲二月十五日也。自世尊滅後一千一十七年。教至中夏。即後漢永平十年戊辰歲也。世尊才生下。乃一手指天。一手指地。周行七步。目顧四方曰。天上天下。唯吾獨尊。世尊一日陞座。大眾集定。文殊白椎曰。諦觀法王法。法王法如是。世尊便下座。世尊一日陞座。默然而坐。阿難白椎曰。請世尊說法。世尊雲。會中有二比丘犯律行。我故不說法。阿難以他心通觀是比丘。遂乃遣出。世尊還復默然。阿難又白。適來為二比丘犯律。是二比丘已遣出。世尊何不說法。世尊曰。吾誓不為二乘聲聞人說法。便下座。世尊一日陞座。大眾集定。迦葉白椎曰。世尊說法竟。世尊便下座。世尊九十日在忉利天。為母說法。及辭天界而下。時四眾八部。俱往空界奉迎。有蓮花色比丘尼作念雲。我是尼身。必居大僧後見佛。不如用神力變作轉輪聖王。千子圍繞。最初見佛。果滿其願。世尊才見。乃訶雲。蓮花色比丘尼。汝何得越大僧見吾。汝雖見吾色身。且不見吾法身。須菩提巖中宴坐。卻見吾法身。世尊昔因文殊至諸佛集處。值諸佛各還本處。唯有一女人近彼佛坐。入於三昧。文殊乃白佛雲。何此人得近佛坐。而我不得。佛告文殊。汝但覺此女令從三昧起。汝自問之。文殊遶女人三帀。鳴指一下。乃托至梵天。盡其神力而不能出。世尊曰。假使百千文殊。亦出此女人定不得。下方過四十二恆河沙國土。有罔明菩薩能出此女人定。須臾。罔明大士從地湧出。作禮世尊。世尊勑罔明出。罔明卻至女子前。鳴指一下。女子於是從定而出。世尊因波斯匿王問。勝義諦中有世俗諦否。若言無。智不應二。若言有。智不應一。一二之義。
この時大衆はすなわち仏前にて偈をもって讃えていう:凡俗の諸々の猛火は熾盛なれど、いずくんぞ焼き動かさん。尊者に願わくは三昧(心を専らにして散ぜざる定境)の火をもって、この金色の身を荼毘したまえ。この時金棺は座より昇起し、高さ七つの多羅樹(仏典に常用される一種の棕櫚で、高さの単位にも用いる)に及び、空中に往反して火光三昧を化出した。片刻の間にただ灰燼(底本のこの字は生僻な字形、いま「灰」と読む)のみ残り、舎利八斛四斗を得た。これすなわち周の穆王五十二年壬申の歳の二月十五日である。世尊の滅度より一千一十七年にして、教法は中土に伝わり、後漢の永平十年戊辰の歳となる。世尊生まれてすぐ、一の手で天を指し一の手で地を指し、七歩を行じて目で四方を顧りていう:「天上天下、唯我独尊。」世尊ある日座に昇り、大衆が集まり定まって後、文殊は椎を敲いていう:「法王の法を諦かに観よ、法王の法はかくのごとし。」世尊すなわち座を下りた。世尊ある日座に昇り、黙然として坐す。阿難は椎を敲いていう:「世尊に法を説きたまえと請う。」世尊いう:「会中に二名の比丘(出家の男衆)あり、戒律を犯す行為あり。我この故に法を説かず。」阿難は他心通をもってこの二名の比丘を観見し、すなわち彼らを遣り出した。世尊なお黙然。阿難また告げた:「さきに二名の比丘の戒を犯せるに因りて、この二名はすでに遣り出せり、世尊なにゆえまだ法を説かざるや。」世尊いう:「我は誓って二乗声聞人(ただ自らの解脱を求める声聞・縁覚)のために法を説かず。」便ち座を下りた。世尊ある日座に昇り、大衆集まり定まって後、迦葉は椎を敲いていう:「世尊法を説き已れり。」世尊便ち座を下りた。世尊は忉利天にて九十日間母のために法を説き、天界に辞して下る時、四衆八部は皆空中に至り奉迎した。蓮華色比丘尼ありて心に思う:「我は尼衆の身なれば、かならず大僧の後に列なって始めて仏を見ん。しからば神力をもって転輪聖王と化し、千子に囲遶されて最も先に仏を見んに如かず。」果たして願満ちたり。世尊一見するや、すなわち訶斥していう:「蓮華色比丘尼、なんぞ僧衆を越えて我を見ることを得んや。汝は我の色身を見たれども、我の法身を見ず。須菩提は巌中に宴坐して、かえって我の法身を見たり。」世尊は昔、文殊が諸仏の集会する処に至るに因りて、ちょうど諸仏が各々本処に還るに当たり、ただ一女人ありてその仏に近づきて坐し、三昧に入る。文殊すなわち仏に問う:「なにゆえこの人は仏に近づきて坐することを得、しかして我は得ざるや。」仏は文殊に告ぐ:「汝はただこの女子を三昧より覚せしめ、自ら往きて彼女に問え。」文殊は女子を三匝遶り、弹指一し、また彼女を梵天に托し挙げ、神力を尽くすも彼女を定より出すこと能わず。世尊いう:「たとえ百千の文殊たりとも、この女子の定を出ること能わず。下方に四十二恒河沙国土を過ぎて罔明菩薩あり、この女子の定を出すこと能わん。」片刻、罔明大士は地より涌出し、世尊に作礼す。世尊は罔明に命じて彼女を引出さしむ。罔明はかえって女子の面前に至り、弹指一すれば、女子はすなわち定より出た。世尊は波斯匿王の問いに因りて:勝義諦の中に世俗諦ありや。もし無しと言わば、智慧は二とあるべからず。もし有りと言わば、智慧は一とあるべからず。この一と二との義は、
其義云何。佛言。大王。汝於過去龍光佛法中曾問此義。我今無說。汝今無聽。無說無聽。是名為一義二義。世尊一日見文殊在門外立。乃曰。文殊。文殊。何不入門來。文殊曰。我不見一法在門外。何以教我入門。世尊一日坐次。見二人舁豬過。乃問。這箇是甚麼。曰。佛具一切智。豬子也不識。世尊曰。也須問過。世尊因有異學問。諸法是常邪。世尊不對。又問。諸法是無常邪。亦不對。異學曰。世尊具一切智。何不對我。世尊曰。汝之所問。皆為戲論。世尊一日示隨色摩尼珠。問五方天王。此珠而作何色。時五方天王互說異色。世尊復藏珠入袖。卻擡手曰。此珠作何色。天王曰。佛手中無珠。何處有色。世尊嘆曰。汝何迷倒之甚。吾將世珠示之。便各彊說有青.黃.赤.白色。吾將真珠示之。便總不知。時五方天王悉皆悟道。世尊因乾闥婆王獻樂。其時山河大地盡作琴聲。迦葉起作舞。王問。迦葉豈不是阿羅漢。諸漏已盡。何更有餘習。佛曰。實無餘習。莫謗法也。王又撫琴三徧。迦葉亦三度作舞。王曰。迦葉作舞。豈不是。佛曰。實不曾作舞。王曰。世尊何得妄語。佛曰。不妄語。汝撫琴。山河大地木石盡作琴聲。豈不是。王曰。是。佛曰。迦葉亦復如是。所以實不曾作舞。王乃信受。世尊因外道問。昨日說何法。曰。說定法。外道曰。今日說何法。曰。不定法。外道曰。昨日說定法。今日何說不定法。世尊曰。昨日定。今日不定。世尊因五通仙人問。世尊有六通。我有五通。如何是那一通。佛召五通仙人。五通應諾。佛曰。那一通。你問我。世尊因普眼菩薩欲見普賢。不可得見。乃至三度入定。徧觀三千大千世界。覔普賢不可得見。而來白佛。佛曰。汝但於靜三昧中起一念。便見普賢。普眼於是才起一念。便見普賢。向空中乘六牙白象。世尊因自恣日文殊三處過夏。迦葉欲白椎擯出。才拈椎。
(波斯匿王は引き続き問う:)いったい如何なる事か。仏いう:「大王、汝は過去に龍光仏の法中にてかつてこの意を問えり。我はいま説かず、汝はいま聴かず。説かざると聴かざると、これをこそ一義・二義と名づく。」世尊ある日文殊が門外に立てるを見て、すなわちいう:「文殊、文殊、なにゆえ門内に入らざる。」文殊いう:「我は一法も門外に在るを見ず、何をもってか我をして門内に入らしめん。」世尊ある日坐して、二人が猪を舁きて過ぐるを見て、すなわち問う:「これは何物ぞ。」対ていう:「仏は一切智を具足せり、猪すら識らざらんや。」世尊いう:「なお問い一すことを須う。」世尊は外道の来りて問うに因りて:「諸法は常なりや。」世尊答えず。また問う:「諸法は無常なりや。」また答えず。外道いう:「世尊は一切智を具足せり、なにゆえ我に答えざる。」世尊いう:「汝の問う所は皆これ戯論なり。」世尊ある日随色摩尼珠を出示して五方の天王に問う:「この珠は何色ぞ。」この時五方の天王は各々別の色を説いた。世尊また珠を袖中に蔵し、かえって手を抬げていう:「この珠は何色ぞ。」天王いう:「仏の手中に珠無し、いずくんぞ色あらん。」世尊嘆息していう:「汝らの迷倒するや何とも甚し。我は世間の珠を汝らに示せば、すなわち各々硬に青・黄・赤・白の色ありと説き、我が真珠を汝らに示せば、すなわち一概に知らず。」この時五方の天王は皆悟道した。世尊は乾闥婆王の楽を献ずるに因りて、この時山河大地は皆琴声と化し、迦葉起ちて舞す。王問う:「迦葉は豈に阿羅漢(煩悩を断尽し、再び受生せざる聖者)にあらずや。諸漏すでに尽きたれば、なにゆえ余習あらん。」仏いう:「実に余習無し、法を謗ること勿れ。」王また琴を撫ずること三遍、迦葉もまた三度舞す。王いう:「迦葉舞せり、豈に然らずや。」仏いう:「実にかつて舞せず。」王いう:「世尊なにぞ妄語を説くことを得ん。」仏いう:「妄語にあらず。汝が琴を撫ずれば、山河大地木石皆琴声と化す、豈に然らずや。」王いう:「是なり。」仏いう:「迦葉もまたかくのごとし。ゆえに実にかつて舞せず。」王はここに信受した。世尊は外道の問うに因りて:「昨日は何の法を説きしか。」いう:「定法を説きし。」外道いう:「今日は何の法を説く。」いう:「不定法。」外道いう:「昨日は定法と説きしに、今日なにゆえ不定法と説く。」世尊いう:「昨日は定、今日は不定。」世尊は五通仙人の問うに因りて:「世尊は六通あり、我は五通あり、あの一通とは如何。」仏は五通仙人を呼び、五通は声に応ず。仏いう:「あの一通は、汝我に問え。」世尊は普眼菩薩が普賢を見んと欲するも見ること能わず、乃至三度入定して三千大千世界を遍観し、普賢を尋ねるも見ること能わざるに因りて、便ち来りて仏に白す。仏いう:「汝はただ静三昧の中に一念を起こせば、便ち普賢を見ることを得ん。」普眼はここに纔かに一念を起こせば、便ち普賢が空中に六牙の白象に乗れるを見た。世尊は自恣日に文殊が三処にて夏を過ごせるに因りて、迦葉は椎を敲きて彼を擯出せんとし、纔かに椎を拈じ起せば、
乃見百千萬億文殊。迦葉盡其神力。椎不能舉。世尊遂問迦葉。汝擬擯那箇文殊。迦葉無對。世尊因長爪梵志索論義。預約曰。我義若墮。我自斬首。世尊曰。汝義以何為宗。志曰。我以一切不受為宗。世尊曰。是見受否。志拂袖而去。行至中路。乃省。謂弟子曰。我當回去。斬首以謝世尊。弟子曰。人天眾前。幸當得勝。何以斬首。志曰。我寧於有智人前斬首。不於無智人前得勝。乃歎曰。我義兩處負墮。是見若受。負門處麤。是見不受。負門處細。一切人天二乘。皆不知我義墮處。唯有世尊諸大菩薩知我義墮。回至世尊前曰。我義兩處負墮。故當斬首以謝。世尊曰。我法中無如是事。汝當迴心向道。於是同五百徒眾一時投佛出家。證阿羅漢。世尊昔欲將諸聖眾。往第六天說大集經。勑他方此土.人間天上.一切獰惡鬼神。悉皆輯會。受佛付囑。擁護正法。設有不赴者。四天門王飛熱鐵輪追之令集。既集會已。無有不順佛勑者。各發弘誓。擁護正法。唯有一魔王謂世尊曰。瞿曇。我待一切眾生成佛盡。眾生界空。無有眾生名字。我乃發菩提心。世尊甞與阿難行次。見一古佛塔。世尊便作禮。阿難曰。此是甚麼人塔。世尊曰。此是過去諸佛塔。阿難曰。過去諸佛是甚麼人弟子。世尊曰。是吾弟子。阿難曰。應當如是。世尊因有外道問。不問有言。不問無言。世尊良久。外道讚歎曰。世尊大慈大悲。開我迷雲。令我得入。乃作禮而去。阿難白佛。外道得何道理。稱讚而去。世尊曰。如世良馬。見鞭影而行。世尊一日勑阿難。食時將至。汝當入城持缽。阿難應諾。世尊曰。汝既持缽。須依過去七佛儀式。阿難便問。如何是過去七佛儀式。世尊召阿難。阿難應諾。世尊曰。持缽去。世尊因有比丘問。我於世尊法中見處即有。證處未是。世尊當何所示。世尊曰。比丘某甲。當何所示。是汝此問。世尊成道後。
すなわち百千万億の文殊を見た。迦葉は神力を尽くすも椎を挙げる能わず。世尊はここに迦葉に問う:「汝はいずれの文殊を擯出せんとする。」迦葉対うる言無し。世尊は長爪梵志の来りて論義を求むるに因りて、あらかじめ約定していう:「我の義もし駁倒せられば、我自ら首を斬らん。」世尊いう:「汝の義は何を以て宗と為す。」梵志いう:「我は一切を受けざるを以て宗と為す。」世尊いう:「この『見』を汝は受くるや否や。」梵志は袖を払い去り、半路に至りて始めて省悟し、弟子にいう:「我は回帰して首を斬り世尊に謝罪すべし。」弟子いう:「人天大衆の面前にて幸いに勝を得たりと謂うべし、何となれば首を斬らん。」梵志いう:「我は寧ろ智ある者の面前にて首を斬るとも、智なき者の面前にて勝を得ず。」ここに嘆息していう:「我の義は両処とも堕負せり。この見もし受くれば、堕負の処は粗。もし受けざれば、堕負の処は細。一切の人天二乗は皆我が義の堕負する所を知らず、ただ世尊と諸大菩薩のみ我が義の堕負せるを知る。」世尊の前に回りていう:「我の義両処堕負せり、ゆえにまさに首を斬りて謝罪すべし。」世尊いう:「我が法の中にこの事無し。汝はまさに回心して道に向かうべし。」ここに彼と五百の徒衆と同時に仏に投じて出家し、阿羅漢を証す。世尊は昔諸聖衆を将いて、第六天に至りて《大集経》を講ぜんと欲し、他方此土・人間天上の一切の狞悪の鬼神を勅して皆集会せしめ、仏の付嘱を受けて正法を擁護せしめんとす。もし会に赴かざる者あらば、四天の門王は熱鉄輪を飛ばして彼を追い来集せしむ。集会の後、仏勅に順わざる者なく、各々弘誓を発して正法を擁護す。ただ一魔王ありて世尊にいう:「瞿曇、我は一切衆生が仏と成り尽くし、衆生界空しきに及び、衆生の二字も無きに至りて、始めて菩提心を発さん。」世尊かつて阿難と行きて、一の古仏塔を見、世尊便ち礼拝す。阿難いう:「これ何人の塔ぞ。」世尊いう:「これ過去諸仏の塔なり。」阿難いう:「過去諸仏は何人の弟子ぞ。」世尊いう:「是れ我が弟子なり。」阿難いう:「まさにかくあるべし。」世尊は外道の問うに因りて:「言語あるを問わず、また言語なきをも問わず。」世尊良久せり。外道讃歎していう:「世尊大慈大悲にて、我が迷雲を撥き開き、我をして入ることを得しめたり。」ここに作礼して去る。阿難仏に問う:「外道は何の道理を得て、讃言して去る。」世尊いう:「世の良馬が鞭影を見て走るが如し。」世尊ある日阿難に分付す:「飯の時至れり、汝はまさに城に入り鉢を持すべし。」阿難応諾す。世尊いう:「汝すでに鉢を持せば、須く過去七仏の儀式に依るべし。」阿難便ち問う:「如何なるものか過去七仏の儀式は。」世尊阿難を呼び、阿難声に応ず。世尊いう:「鉢を持して行け。」世尊は比丘の問うに因りて:「我世尊の法の中に於いて、見処はすでに有り、証処は未だ是れならず。世尊まさに何を指示すべきか。」世尊いう:「比丘某甲、まさに指示すべきはすなわち汝のこの一問なり。」世尊道を成じて後、
在逝多林中一樹下跏趺而坐。有二商人以五百乘車經過林畔。有二車牛不肯前進。商人乃訝。見之山神。報言。林中有聖人成道。經逾四十九日未食。汝當供養。商人入林。果見一人端然不動。乃問曰。為是梵王邪。帝釋邪。山神邪。河神邪。世尊微笑。舉袈裟角示之。商人頂禮。遂陳供養。世尊因耆婆善別音響。至一塚間。見五髑髏。乃敲一髑髏問耆婆。此生何處。曰。此生人道。世尊又敲一曰。此生何處。曰。此生天道。世尊又別敲一問。此生何處。耆婆罔知生處。世尊因黑氏梵志運神力。以左右手擎合歡.梧桐花兩株。來供養佛。佛召仙人。梵志應諾。佛曰。放下著。梵志遂放下左手一株華。佛又召仙人。放下著。梵志又放下右手一株華。佛又召仙人。放下著。梵志曰。世尊。我今兩手皆空。更教放下箇甚麼。佛曰。吾非教汝放捨其華。汝當放捨外六塵.內六根.中六識。一時捨卻。無可捨處。是汝免生死處。梵志於言下悟無生忍。世尊因靈山會上五百比丘得四禪定。具五神通。未得法忍。以宿命智通。各各自見過去殺父害母。及諸重罪。於自心內各各懷疑。於甚深法不能證入。於是文殊承佛神力。遂手握利劒。持逼如來。世尊乃謂文殊曰。住。住。不應作逆。勿得害吾。吾必被害。為善被害。文殊師利。爾從本已來無有我人。但以內心見有我人。內心起時。我必被害。即名為害。於是五百比丘自悟本心。如夢如幻。於夢幻中無有我人。乃至能生所生父母。於是五百比丘同讚嘆曰。文殊大智士。深達法源底。自手握利劒。持逼如來身。如劒佛亦爾。一相無有二。無相無所生。是中雲何殺。世尊因地布髮掩泥。獻華於然燈。然燈見布髮處。遂約退眾。乃指地曰。此一方地。宜建一梵剎。時眾中有一賢於長者。持標於指處插曰。建梵剎竟。時諸天散華。讚曰。庶子有大智矣。世尊因七賢女遊屍陀林。
逝多林の中の一樹の下に結跏趺坐す。二商人ありて五百輛の車を将いて林の辺を過ぐるに、その中二車の牛は進む肯んぜず。商人らは怪しみ、山神を見、山神彼らに告ぐ:「林中に聖人ありて道を成り、すでに四十九日を過ぎて食せず。汝らまさに供養すべし。」商人林に入り、果たして一人が端坐して動かざるを見、すなわち問う:「梵王か、帝釈か、山神か、河神か。」世尊微笑し、袈裟の一角を舉げて彼らに示す。商人頂礼し、ここに供養を陳す。世尊は耆婆の音響を弁ずるに善きに因りて、一の墳間に至りて、五髑髏を見、便ち一髑髏を敲いて耆婆に問う:「この人は何処に生ぜし。」いう:「この人は人道に生ぜし。」世尊また一髑髏を敲いていう:「この人は何処に生ぜし。」いう:「この人は天道に生ぜし。」世尊また別に一髑髏を敲いて問う:「この人は何処に生ぜし。」耆婆は生処を知らず。世尊は黒氏梵志が神力を運らし、左右の手を以て合歓・梧桐の花二株を擎げて仏に供養せるに因りて、仏仙人を呼ぶに梵志声に応ず。仏いう:「放下せよ。」梵志はここに左手の花一株を放下す。仏また仙人を呼ぶ:「放下せよ。」梵志また右手の花一株を放下す。仏また仙人を呼ぶ:「放下せよ。」梵志いう:「世尊、我いま両手皆空なり、更に箇の何を放下せん。」仏いう:「我は汝にその花を放捨せよと教ふるにあらず。汝はまさに外の六塵(色・声・香・味・触・法)、内の六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)、中間の六識を、一時に捨却すべし。捨つべき処無きに至る、すなわち汝の生死を免るる処なり。」梵志この言の下に悟りて無生忍に入る。世尊は霊山会の五百比丘が四禅定を得、五神通を具足し、未だ法忍を得ざるに因りて、宿命智通を憑みて各々過去に父を殺し母を害し及び種々の重罪を見て、自心に於いて各々懐疑し、甚深の法に証入すること能わず。ここに文殊は仏の神力を承けて、手に利剣を握り、持てて如来を逼む。世尊すなわち文殊に対していう:「住せ住せ、まさに逆事を作すべからず、我を害するを得ず。我かならず害せられん、善のために害せらるるが為なり。文殊師利、汝は本より我・人无し、ただ内心に我・人あるを見るが故のみ。内心起る時、我かならず害せらる、これを害と名づく。」ここに五百比丘は自ら本心に悟見し、夢のごとく幻のごとし。夢幻の中に我・人無し、乃至能生と所生の父母もなし。ここに五百比丘は同時に讃歎していう:「文殊は大智の士にして、深く法の源頭を通達して底に窮まる。自ら手に利剣を握り、持てて如来の身を逼む。剣の如く、仏もまたかくのごとし、一相にして二相無し。無相・無所生、ここに於いてなんぞ殺すことを得ん。」世尊は昔、因地的に頭髪を以て地に鋪きて泥濘を掩い、燃燈仏に花を献ず。燃燈は鋪髪の処を見て、便ち衆人をして退後せしめ、地を指していう:「この一方の地は、よく一座の梵刹を建つべし。」この時衆中に賢于長者ありて、標竿を執りて指す所に一插していう:「梵刹建ち已れり。」この時諸天は花を散じて讃歎していう:「この人真に大智慧あり。」世尊は七位の賢女が尸陀林に遊べるに因りて、
一女指屍曰。屍在這裡。人向甚處去。一女曰。作麼。作麼。諸姊諦觀。各各契悟。感帝釋散華曰。惟願聖姊有何所須。我當終身供給。女曰。我家四事七珍。悉皆具足。唯要三般物。一要無根樹子一株。二要無陰陽地一片。三要呌不響山谷一所。帝釋曰。一切所須。我悉有之。若三般物。我實無得。女曰。汝若無此。爭解濟人。帝釋罔措。遂同往白佛。佛言。憍屍迦。我諸弟子大阿羅漢不解此義。唯有諸大菩薩乃解此義。世尊因調達謗佛。生身入地獄。遂令阿難問。你在地獄中安否。曰。我雖在地獄。如三禪天樂。佛又令問。你還求出否。曰。我待世尊來便出。阿難曰。佛是三界大師。豈有入地獄分。曰。佛既無入地獄分。我豈有出地獄分。世尊因文殊忽起佛見.法見。被世尊威神攝向二鐵圍山。城東有一老母。與佛同生而不欲見佛。每見佛來。即便迴避。雖然如此。回顧東西。總皆是佛。遂以手掩面。於十指掌中亦總是佛。殃崛摩羅因持缽至一長者門。其家婦人正值產難。子母未分。長者曰。瞿曇弟子。汝為至聖。當有何法能免產難。殃崛語長者曰。我乍入道。未知此法。待我回問世尊。卻來相報。及返。具事白佛。佛告殃崛。汝速去報。言我自從賢聖法來。未曾殺生。殃崛奉佛語疾往告之。其婦得聞。當時分免。世尊甞在尼俱律樹下坐次。因二商人問。世尊還見車過否。曰。不見。商人曰。還聞否。曰。不聞。商人曰。莫禪定否。曰。不禪定。曰。莫睡眠否。曰。不睡眠。商人乃嘆曰。善哉。善哉。世尊覺而不見。遂獻白㲲兩段。世尊在靈山會上。拈華示眾。是時眾皆默然。唯迦葉尊者破顏微笑。世尊曰。吾有正法眼藏。涅槃妙心。實相無相。微妙法門。不立文字。教外別傳。付囑摩訶迦葉。世尊至多子塔前。命摩訶迦葉分座令坐。以僧伽梨圍之。遂告曰。吾以正法眼藏密付於汝。汝當護持。
一女子が死尸を指していう:「尸はここに在り。人は何の処かに向かい往きしか。」一女子いう:「何を作さん何を作さん、諸姉よ仔細に看よ。」各々皆契悟す。帝釈の花を散じていうを感応す:「ただ願わくは聖姉に何の須要かあらば、我まさに終身供給せん。」女子いう:「我家は衣食・臥具・薬の四事と七種の珍宝と皆具足せり。ただ三様の物を要す:一要に無根の樹子一株、二要に陰陽なき地一片、三要に叫んでも響かざる山谷一処。」帝釈いう:「一切の須要は我皆之有り。至ってこの三様の物は、我実に無し。」女子いう:「汝もしこれら無ければ、なんぞ人を救済することを解せん。」帝釈対うる言無し、ここに一同仏に白せんと往く。仏いう:「憍尸迦、我が弟子の大阿羅漢は皆この意を解せず、ただ諸大菩薩のみこの意を解す。」世尊は提婆達多が仏を謗りて生身地獄に陥れたるに因りて、便ち阿難をして問はしむ:「汝地獄の中に安穏なりや。」いう:「我地獄に在りといえども、三禅天の楽の如し。」仏また問はしむ:「汝なお出離を求めるや。」いう:「我世尊の来たらんを待ちて便ち出づ。」阿難いう:「仏は三界の大師なり、いずくんぞ地獄に入る分あらん。」いう:「仏すでに地獄に入る分無し、我いずくんぞ地獄を出る分あらん。」世尊は文殊が忽然として仏見・法見を起こせるに因りて、世尊の威神に摂せられて二座の鉄圍山に至る。城東に一老母ありて、仏と同日に生まれしが仏を見んことを願わず。仏の来るを見る毎に、便ち回避す。然れどもこの如く、回頭して物を看れば、処処皆仏なり。ここに手を以て面を掩うも、十指の掌中も皆仏なり。央掘摩羅は鉢を持して一長者の門に至れるに因りて、その家の婦人ちょうど産難に値い、母子未だ分たれず。長者いう:「瞿曇の弟子、汝すでに至聖なれば、まさに何の法かよく産難を免るるや。」央掘は長者にいう:「我は道に入ること新しく、未だこの法を知らず、我が世尊に問うを帰りて、来りて相報せん。」帰りて事を仏に具さに白す。仏央掘に告ぐ:「汝速やかに往きて報いよ、曰く我賢聖の法を行じて以来、かつて生を殺さずと。」央掘仏の言を奉じて急ぎ往きて告ぐ。その婦人これを聞きて、当時に分嬬す。世尊かつて尼拘律樹の下に坐し、二商人の問えるに因りて:「世尊車の過ぎるを見たりや。」いう:「見ず。」商人いう:「聞えたりと聞くや。」いう:「聞かず。」商人いう:「もし禅定の中にあらずや。」いう:「禅定に在らず。」「もし睡眠にあらずや。」いう:「睡眠に在らず。」商人ここに讃歎していう:「善いかな善いかな、世尊覚醒して見ず。」ここに白叠布二段を献ず。世尊は霊山会の上に於いて、花を拈じて大衆に示す。この時衆皆黙然、ただ迦葉尊者の顔に破顔微笑せり。世尊いう:「我に正法眼蔵(正法の眼目と宝蔵)・涅槃妙心・実相無相・微妙の法門あり、文字を立てず、教外別伝して摩訶迦葉に付嘱す。」世尊は多子塔の前に来たりて、摩訶迦葉をして座を分ち坐せしめ、僧伽梨を以て彼を圍み、ここに告げていう:「我は正法眼蔵を以て密かに汝に付嘱す。汝はまさに護持して、
傳付將來。世尊臨入涅槃。文殊大士請佛再轉法輪。世尊咄曰。文殊。吾四十九年住世。未曾說一字。汝請吾再轉法輪。是吾曾轉法輪邪。世尊於涅槃會上。以手摩胸。告眾曰。汝等善觀吾紫磨金色之身。瞻仰取足。勿令後悔。若謂吾滅度。非吾弟子。若謂吾不滅度。亦非吾弟子。時百萬億眾。悉皆契悟。
(世尊は引き続きいう:)将来また伝付し続けよ。」世尊臨みて涅槃に入らんとし、文殊大士仏に請うて再び法輪を転ぜしめんとす。世尊叱責していう:「文殊、我四十九年間世に住すれども、かつて一字も説かず。汝は我に請うて再び法輪を転ぜんとす、豈に我かつて法輪を転ぜしと謂わんや。」世尊涅槃会の上に於いて、手を以て胸を摩して大衆に告ぐ:「汝らよく我が紫磨金色の身を観て、瞻仰すること足らんことを得よ、事後に悔ゆること勿れ。もし我滅度せりと言わば、即ち我が弟子に非ず。もし我滅度せずと言わば、亦た我が弟子に非ず。」この時百万億の大衆は皆契悟したり。
西天祖師
西天(印度)の祖師
一祖摩訶迦葉尊者
一祖摩訶迦葉尊者
摩竭陀國人也。姓婆羅門。父飲澤。母香志。昔為鍛金師。善明金性。使其柔伏。付法傳云。甞於久遠劫中。毗婆尸佛入涅槃後。四眾起塔。塔中像面金色有缺壞。時有貧女。將金珠往金師所。請飾佛面。既而因共發願。願我二人為無姻夫妻。由是因緣。九十一劫身皆金色。後生梵天。天壽盡。生中天摩竭陀國婆羅門家。名曰迦葉波。此雲飲光勝尊。葢以金色為號也。繇是志求出家。冀度諸有。佛言。善來。比丘。鬚髮自除。袈裟著體。常於眾中稱歎第一。復言。吾以清淨法眼。將付於汝。汝可流佈。無令斷絕。涅槃經云。爾時世尊欲涅槃時。迦葉不在眾會。佛告諸大弟子。迦葉來時。可令宣揚正法眼藏。爾時迦葉在耆闍崛山畢缽羅窟覩勝光明。即入三昧。以淨天眼。觀見世尊於熈連河側。入般涅槃。乃告其徒曰。如來涅槃也。何其駛哉。即至雙樹間。悲戀號泣。佛於金棺出示雙足。爾時迦葉告諸比丘。佛已茶毗。金剛舍利。非我等事。我等宜當結集法眼。無令斷絕。乃說偈曰。如來弟子。且莫涅槃。得神通者。當赴結集。於是得神通者悉集王舍耆闍崛山畢缽羅窟。時阿難為漏未盡。不得入會。後證阿羅漢果。由是得入。迦葉乃白眾言。此阿難比丘多聞總持。有大智慧。常隨如來。梵行清淨。所聞佛法。如水傳器。無有遺餘。佛所讚歎。聰敏第一。宜可請彼集修多羅藏。大眾默然。迦葉告阿難曰。汝今宜宣法眼。阿難聞語信受。觀察眾心而宣偈言。比丘諸眷屬。離佛不莊嚴。猶如虗空中。眾星之無月。說是偈已。禮眾僧足。升法座而宣是言。如是我聞。一時佛住某處說某經教。乃至人天等作禮奉行。時迦葉問諸比丘。阿難所言。不錯謬乎。皆曰。不異世尊所說。迦葉乃告阿難言。我今年不久留。今將正法付囑於汝。汝善守護。聽吾偈言。法法本來法。無法無非法。何於一法中。有法有不法。說偈已。
摩揭陀国の人なり。姓は婆羅門。父は飲澤と名づき、母は香志という。昔は鍛金師にて、善く金の本性を明了して、これを柔伏せしめたり。《付法伝》にいう:かつて久遠劫の中に於いて、毘婆尸仏の涅槃に入りたりし後、四衆塔を建て、塔中の仏像の面部の金色に缺壊あり。この時一貧女ありて、金珠を執りて金師のもとに詣り、彼に請うて仏面を修飾せしむ。隨って二人ともに発願す:願わくは我ら二人無姻の夫妻(もとより婚姻なきが願いを発して夫婦と為る)と結ばれん。この因縁によりて、九十一劫の身上皆金色なり。後に梵天に生まれ、天寿尽きて、中天の摩揭陀国の婆羅門家に生まれ、迦葉波と名づく、此土に訳して飲光勝尊と為す、すなわち金色の因を以て名を得たり。ここに志を立てて出家を求め、諸有を度脱せんと願う。仏いう:「善来、比丘。」鬚髪自ら脱落し、袈裟身に着たり。常に衆中に於いて称歎せられて第一と為す。仏またいう:「我は清浄法眼をまさに汝に付嘱せん、汝よく流布して断絶せしむること勿れ。」《涅槃経》にいう:この時世尊まさに涅槃せんとする時、迦葉衆会の中に在らず。仏は諸大弟子に告ぐ:迦葉の来たる時、彼をして正法眼蔵を宣揚せしめよ。この時迦葉は耆闍崛山の畢鉢羅窟にて殊勝の光明を見、便ち三昧に入り、浄天眼を以て世尊が熙連河の側に於いて般涅槃に入るを観見し、ここに徒衆に告ぐ:「如来涅槃せり、何の迅速なるや。」隨即双樹間に趕至し、悲恋号泣す。仏は金棺の中より双足を出示す。この時迦葉は諸比丘に告ぐ:「仏すでに荼毘せり。金剛舎利は我等の事に非ず。我等まさに法眼を結集して断絶せしむること勿れ。」ここに偈を説いていう:如来の弟子らよ、しばらく涅槃すること勿れ。神通を得たる者は、まさに結集に趕赴すべし。ここに神通を得たる者皆王舎城の耆闍崛山畢鉢羅窟に集まる。この時阿難は漏いまだ尽きざるを以て、会に入ることを得ず。後に阿羅漢果を証得し、この因に始めて入ることを得たり。迦葉ここに大衆に対ていう:「この阿難比丘は多聞総持にして、大智慧あり、常に如来に随い、梵行清浄なり。聴聞する所の仏法は水を別器に伝うるが如く、遺漏する所無し。仏に讃歎せられ、聡敏第一なり。まさに彼を請じて修多羅(契経)蔵を結集すべし。」大衆黙然。迦葉阿難に告げていう:「汝いままさに正法眼を宣説すべし。」阿難この言を聞きて便ち信受し、衆心を観察して偈を宣ぶていう:比丘の諸眷属、仏を離れれば荘厳あらず、虚空の中の衆星が月無きが如し。この偈を説き已りて、衆僧の足を礼拝し、法座に昇りてこの言を宣告す:「如是我聞:一時仏某処に住して某の経教を説く……」人天等の作礼奉行に至るまで。この時迦葉諸比丘に問う:「阿難の説く所、錯謬なきや。」皆いう:「世尊の説く所と異ならず。」迦葉ここに阿難に告ぐ:「我年歳人の世に久しからず、いま正法を汝に付嘱す、汝よく守護せよ。我が偈を聴け:法法はもとより法、法無し亦非法無し。何の一法の中に於いてか、法あり亦不法あるや。」偈を説き已りて、
乃持僧伽梨衣入雞足山。俟慈氏下生。即周孝王五年丙辰歲也。尊者因外道問。如何是我我。者曰。覔我者是汝我。外道曰。這箇是我我。師我何在。者曰。汝問我覔。尊者一日踏泥次。有一沙彌見。乃問尊者。何得自為。者曰。我若不為。誰為我為。
ここに僧伽梨衣を持てて鶏足山に入り、慈氏の下生を待つ。これすなわち周の孝王五年丙辰の歳なり。尊者は外道の問うに因りて:「如何なるがか『我我』と為す。」尊者いう:「あの『我』を尋ぬる者は、即ち汝の『我』なり。」外道いう:「これは『我我』なり。師の『我』は何処に在る。」尊者いう:「汝我に問うて尋ねよ。」尊者ある日泥を踏めり、一沙弥ありてこれを見て、便ち尊者に問う:「なにぞ自らこれを作す。」尊者いう:「我もし作さずば、誰か我に替わりてこれを作さん。」
二祖阿難尊者
二祖阿難尊者
王舍城人也。姓剎利帝。父斛飯王。實佛之從弟也。梵語阿難陀。此雲慶喜。亦云歡喜。如來成道夜生。因為之名。多聞博達。智慧無礙。世尊以為總持第一。甞所讚歎。加以宿世有大功德。受持法藏。如水傳器。佛乃命為侍者。尊者一日白佛言。今日入城。見一奇特事。佛曰。見何奇特事。者曰。入城時見一攢樂人作舞。出城總見無常。佛曰。我昨日入城。亦見一奇特事。者曰。未審見何奇特事。佛曰。我入城時見一攢樂人作舞。出城時亦見樂人作舞。一日問迦葉曰。師兄。世尊傳金襴袈裟外。別傳箇甚麼。迦葉召阿難。阿難應諾。迦葉曰。倒卻門前剎竿著。後阿闍世王白言。仁者。如來.迦葉尊勝二師。皆已涅槃。而我多故。悉不能覩。尊者般涅槃時。願垂告別。尊者許之。後自念言。我身危脆。猶如聚沫。況復衰老。豈堪久長。阿闍世王與吾有約。乃詣王宮。告之曰。吾欲入涅槃。來辭耳。門者曰。王寢。不可以聞。者曰。俟王覺時。當為我說。時阿闍世王夢中見一寶葢。七寶嚴飾。千萬億眾圍繞瞻仰。俄而風雨暴至。吹折其柄。珍寶瓔珞。悉墜於地。心甚驚異。既寤。門者具白上事。王聞。失聲號慟。哀感天地。即至毗舍離城。見尊者在恆河中流。跏趺而坐。王乃作禮。而說偈曰。稽首三界尊。棄我而至此。暫憑悲願力。且莫般涅槃。時毗舍離王亦在河側。說偈言。尊者一何速。而歸寂滅場。願住須臾間。而受於供養。尊者見二國王鹹來勸請。乃說偈言。二王善嚴住。勿為苦悲戀。涅槃當我淨。而無諸有故。尊者復念。我若偏向一國。諸國爭競。無有是處。應以平等度諸有情。遂以恆河中流。將入寂滅。是時山河大地。六種震動。雪山有五百仙人。覩茲瑞應。飛空而至。禮尊者足。胡跪白言。我於長老。當證佛法。願垂大慈。度脫我等。尊者默然受請。即變殑伽河悉為金地。為其仙眾說諸大法。
王舎城の人なり。姓は刹帝利。父は斛飯王にて、実は仏の堂弟なり。梵語阿難陀、此土に訳して慶喜、亦訳して歓喜と為す。如来道を成ぜし夜に生まれ、此の因に名を得たり。多聞博達、智慧に滞碍無し。世尊は彼を以て総持第一と為してかつて讃歎し加えたり。加以宿世に大功德あり、法蔵を受持すること水を別器に伝うるが如し。仏便ち彼をして侍者を為さしむ。尊者ある日仏に言う:「今日城に入りて、一の奇特の事を見たり。」仏いう:「何の奇特の事を見る。」尊者いう:「城に入る時に一簇の楽人が舞を為すを見、城を出る時には一概に無常を見たり。」仏いう:「我昨日城に入りて、亦一の奇特の事を見たり。」尊者いう:「何の奇特の事を見しか知らず。」仏いう:「我城に入る時に一簇の楽人が舞を為すを見、城を出る時にも亦楽人が舞を為すを見たり。」ある日迦葉に問う:「師兄、世尊が金襴袈裟を伝うるの外、別に箇の何をか伝えしか。」迦葉阿難を呼ぶに阿難声に応ず。迦葉いう:「門前の刹竿を倒してし去れ。」後に阿闍世王告白していう:「仁者、如来と迦葉の二位の尊勝の導師は已に涅槃せり。然るに我は事多きを以て、皆見ること能わず。尊者般涅槃の時、願わくは告げて別れを言わしめん。」尊者許諾す。後に自ら思う:我が身体は危脆にして聚沫の如し、況んやまた衰老せり、いずくんぞ久しからん。阿闍世王我と約あり、便ち王宮に往き、彼らに告ぐ:「我涅槃に入らん、辞行に来る。」門人いう:「王睡せり、通報する能わず。」尊者いう:「王の覚むる時を俟ちて、我に為りて一言せよ。」この時阿闍世王は夢中に一の宝蓋を見、七宝にて厳飾し、千万億人に囲遶されて瞻仰せり。忽然として風雨暴至し、柄を吹折して珍宝瓔珞皆地に墜落す。心中甚だ驚異す。覚悟した後、門人上の事を一々具白す。王これを聞きて、声を失いて号恸し、哀感天地、隨即毘舎離城に趕至し、尊者が恒河の中流に結跏趺坐せるを見る。王ここに礼を作して偈を説く:稽首三界尊、我を拋棄して此に到る。且く悲願の力を憑みて、且く般涅槃に入ること勿れ。この時毘舎離王も亦河側に在り、偈を説く:尊者何の迅速なるや、便ち寂滅の場所に帰向せん。願わくは再び片刻住して、供養を受納せん。尊者は二国の王皆勧請に来るを見て、便ち偈を説く:二王よく安住せよ、苦々悲恋すること勿れ。涅槃は正に我が清浄なり、諸有無きが故なり。尊者また思う:我もし一国に偏向せば、諸国争競してこの理なし。まさに平等を以て有情を度脱すべし。ここに恒河の中流に於いて、まさに寂滅に入らんとす。この時山河大地は六種震動す。雪山に五百仙人ありてこの瑞応を見て、空中を飛びて来り、尊者の足を礼し、胡跪して告白す:「我等長老の此処に於いてまさに仏法を証すべし。願わくは大慈を垂れて、我等を度脱せん。」尊者黙然として請を受け、便ち殑伽河(即ち恒河)を尽く金地と為し、これらの仙衆の為に種種の大法を説く。
尊者復念。先所度脫弟子應當來集。須臾。五百羅漢從空而下。為諸仙人出家授具。其仙眾中有二羅漢。一名商那和修。二名末田底迦。尊者知是法器。乃告之曰。昔如來以大法眼付大迦葉。迦葉入定而付於我。我今將滅。用傳於汝。汝受吾教。當聽偈言。本來付有法。付了言無法。各各須自悟。悟了無無法。尊者付法眼藏竟。踴身虗空。現十八變入風奮迅三昧。分身四分。一分奉忉利天。一分奉娑竭羅龍宮。一分奉毗舍離王。一分奉阿闍世王。各造寶塔而供養之。乃厲王十二年癸巳歲也。
尊者また思う:さきに度脱せし弟子はまさに集まるべし。片刻、五百羅漢空中より下来し、諸仙人の為に出家して具足戒を授く。仙衆の中に二羅漢あり、一を商那和修、二を末田底迦と名づく。尊者は彼らが法器なるを知りて、便ち彼らに告ぐ:「昔如来は大法眼を大迦葉に付し、迦葉は入定して我に付せり。我いま滅せんとして、以て汝らに伝えん。汝ら我が教を受け、まさに偈を聴くべし:本来付する所は有法、付すれども無法と説く。各々須く自ら悟るべし、悟れば『無法』無し。」尊者法眼蔵を付し已りて、身を虚空に踊らし、十八種の変化を現じ、風奮迅三昧に入りて、身体を四分に分かつ:一分は忉利天に奉り、一分は娑竭羅龍宮に奉り、一分は毘舎離王に奉り、一分は阿闍世王に奉る。各々宝塔を建てて供養す。これすなわち周の厲王十二年癸巳の歳なり。
三祖商那和修尊者
三祖商那和修尊者
摩突羅國人也。亦名舍那婆斯。姓毗舍多。父林勝。母憍奢耶。在胎六年而生。梵語商諾迦。此雲自然服。即西域九枝秀草名也。若聖人降生。則此草生於淨潔之地。和修生時。瑞草斯應。昔如來行化至摩突羅國。見一青林。枝葉茂盛。語阿難曰。此林地名優留茶。吾滅度後一百年。有比丘商那和修。於此轉妙法輪。後百歲。果誕和修。出家證道。受慶喜尊者法眼。化導有情。及止此林。降二火龍。歸順佛教。龍因施其地。以建梵宮。尊者化緣既久。思付正法。尋於吒利國。得優波毱多以為給侍。因問毱多曰。汝年幾邪。答曰。我年十七。者曰。汝身十七。性十七邪。答曰。師髮已白。為髮白邪。心白邪。者曰。我但髮白。非心白耳。毱多曰。我身十七。非性十七也。尊者知是法器。後三載。遂為落髮授具。乃告曰。昔如來以無上法眼付囑迦葉。展轉相授。而至於我。我今付汝。勿令斷絕。汝受吾教。聽吾偈言。非法亦非心。無心亦無法。說是心法時。是法非心法。說偈已。即隱於罽賓國南象白山中。後於三昧中。見弟子毱多有五百徒眾。常多懈慢。尊者乃往彼。現龍奮迅三昧以調伏之。而說偈曰。通達非彼此。至聖無長短。汝除輕慢意。疾得阿羅漢。五百比丘聞偈已。依教奉行。皆獲無漏。尊者乃現十八變火光三昧。用焚其身。毱多收舍利。葬於梵迦羅山。五百比丘各持一幡。迎導至彼。建塔供養。乃宣王二十三年乙未歲也。
摩突羅国の人なり。舍那婆斯ともいう。姓は毎舎多。父は林勝と名づき、母は憍奢耶という。胎に六年ありて始めて出生す。梵語商諾迦、此土に訳して自然服と為す、即ち西域の一種の九枝秀草の名なり。もし聖人降生あらば、この草は清浄の地に生ず。和修が出生する時、瑞草応現せり。昔如来行化して摩突羅国に至り、一片の青林を見、枝葉茂盛なり。阿難に対していう:「この林の落地は名を優留茶という。我が滅度の後一百年に、比丘商那和修ありて此処に妙法輪を転ぜん。」後に百年満ちて、果たして和修誕生す。出家して道を証し、慶喜尊者の法眼を受け、有情を化導し、並びにこの林中に住し、二条の火龍を降伏して彼らを仏教に帰順せしむ。龍はこの因にこの地を施舎して、以て梵宮を建造せしむ。尊者化縁すでに久しく、正法を付嘱せんと欲して、便ち咤利国に於て優波毱多を得て給侍と為す。ここに毱多に問う:「汝年幾許ぞ。」答えていう:「我十七歳。」尊者いう:「汝の身十七か、それとも性十七か。」答えていう:「師父の頭髪すでに白し、是れ髪白か、それとも心白か。」尊者いう:「我はただ髪白のみ、心白に非ず。」毱多いう:「我は身十七、性十七に非ず。」尊者彼が法器なるを知る。三年の後、便ち彼の為に落髪授具し、ここに彼に告ぐ:「昔如来は無上法眼を迦葉に付嘱し、展転相授けて、我に至る。我いま汝に付す、断絶せしむること勿れ。汝我が教を受け、我が偈を聴け:法にも非ず、心にも非ず。心无ければ、法も亦無し。この心法を説く時、この法は心法に非ず。」偈を説き已りて、便ち罽賓国の南の象白山の中に隠居す。後に三昧の中に於て弟子毱多に五百の徒衆ありて、常に懈怠軽慢多きを見る。尊者便ち彼処に往きて、龍奮迅三昧を現じて彼らを調伏し、並びに偈を説く:通達は彼此に非ず、至聖に長短無し。汝軽慢の心意を除けば、速やかに阿羅漢を得ん。五百比丘偈を聞き已りて、教に依り奉行して皆無漏を獲たり。尊者ここに十八種の変化を現じ、火光三昧を以て自らの身を焚焼す。毱多舎利を収めて、梵迦羅山に葬る。五百比丘各々一幡を持して、迎え導いて彼処に至り、塔を建てて供養す。これすなわち周の宣王二十三年乙未の歳なり。
四祖優波毱多尊者
四祖優波毱多尊者
吒利國人也。亦名優波崛多。又名鄔波毱多。姓首陀。父善意。十七出家。二十證果。隨方行化。至摩突羅國。得度者甚眾。由是魔宮震動。波旬愁怖。遂竭其魔力。以害正法。尊者即入三昧。觀其所由。波旬復伺便。密持瓔珞縻之於頸。及尊者出定。乃取人狗蛇三屍。化為華鬘。䎡言慰諭波旬曰。汝與我瓔珞。甚是珍妙。吾有華鬘。以相酬奉。波旬大喜。引頸受之。即變為三種臭屍。蟲蛆壞爛。波旬厭惡。大生憂惱。盡己神力。不能移動。乃升六慾天。告諸天主。又詣梵王。求其解免。彼各告言。十力弟子。所作神變。我輩凡陋。何能去之。波旬曰。然則柰何。梵王曰。汝可歸心尊者。即能除斷。乃為說偈。令其迴向曰。若因地倒。還因地起。離地求起。終無其理。波旬受教已。即下天宮。禮尊者足。哀露懺悔。尊者告曰。汝自今去。於如來正法。更不作嬈害否。波旬曰。我誓迴向佛道。永斷不善。尊者曰。若然者。汝可口自唱言。皈依三寶。魔王合掌三唱。華鬘悉除。乃歡喜踴躍。作禮尊者而說偈曰。稽首三昧尊。十力聖弟子。我今願迴向。勿令有劣弱。尊者在世化導。證果最多。每度一人。以一籌置於石室。其室縱十八肘。廣十二肘。充滿其間。最後有一長者子。名曰香眾。來禮尊者。志求出家。尊者問曰。汝身出家。心出家。答曰。我來出家。非為身心。尊者曰。不為身心。復誰出家。答曰。夫出家者。無我我故。無我我故。即心不生滅。心不生滅。即是常道。諸佛亦常心無形相。其體亦然。尊者曰。汝當大悟。心自通達。宜依佛法僧。紹隆聖種。即為剃度。授具足戒。仍告之曰。汝父甞夢金日而生汝。可名提多迦。復謂曰。如來以大法眼藏。次第傳授。以至於我。今復付汝。聽吾偈言。心自本來心。本心非有法。有法有本心。非心非本法。付法已。乃踴身虗空。呈十八變。卻復本座。跏趺而逝。
咤利国の人なり。優波崛多ともいい、また鄔波毱多ともいう。姓は首陀。父は善意と名づく。十七歳にて出家し、二十歳にて果を証す。方に随って行化し、摩突羅国に至りて、度を得る人甚だ多し。この因に魔宮震動し、波旬愁怖して、便ち魔力を竭くして正法を傷害せんとす。尊者便ち三昧に入りて、其中の縁由を観察す。波旬また機を伺い、密かに瓔珞を以て彼の頸に套す。尊者が定を出るを俟ちて、便ち人・狗・蛇の三具の死尸を取りて、花鬘と化し、柔言にて波旬を慰諭していう:「汝我に瓔珞を與うること甚だ珍妙なり。我に花鬘あり、以て汝に酬謝せん。」波旬大喜し、頸を伸ばして受け、立即ち三種の臭尸と変じ、虫蛆壊爛す。波旬厭悪し、大いに憂悩し、自らの神力を尽くすも移動する能わず。ここに六欲天に昇りて、諸天主に告げ、また梵王の所に至りて、彼に求めて解除せんとす。彼ら各々告げていう:「十力弟子の作す所の神変、我輩凡陋、いずくんぞ去ることを得ん。」波旬いう:「然らば如何。」梵王いう:「汝よく尊者に帰心せば、便ち除くことを得ん。」ここに彼の為に偈を説きて、回向せしむ:もし地に因りて倒れば、還って地に因りて起つ。地を離れて起つを求めば、終にこの理無し。波旬教を受けて後、便ち天宮に下り、尊者の足を礼して、哀み求めて坦白に懺悔す。尊者彼に告ぐ:「汝今より以後、如来の正法に於いて、還って嬈害を作すや否や。」波旬いう:「我誓って仏道に回向し、永く不善を断たん。」尊者いう:「もしこの如くならば、汝よく親口に唱えていうべし:三宝に帰依すと。」魔王合掌して三遍唱え、花鬘尽く除去せられ、ここに歓喜踊躍し、尊者に向かい作礼して偈を説く:稽首三昧尊、十力の聖弟子。我いま回向せんと願う、劣弱有らしむること勿れ。尊者在世の化導に於いて、果を証する人最も多し。一人を度する毎に、便ち一根の籌を石室の中に投げ入る。その石室は長さ十八肘、闊さ十二肘にて、籌は其間に充満せり。最後に一長者子ありて、香衆と名づき、来りて尊者を礼し、志を立てて出家を求む。尊者問う:「汝は身出家か、それとも心出家か。」答えていう:「我の出家するに来るは、身の為に非ず、亦心の為に非ず。」尊者いう:「身心の為に非ざれば、また誰か出家する。」答えていう:「出家と説く者は、『我』と『我が所』無きが因なり。『我』と『我が所』無ければ、心は生滅せず。心生滅せざれば、即ち是れ常道なり。諸仏も亦常なり、心に形相無くして、その体も亦かくの如し。」尊者いう:「汝かならず大悟すべし、心自ら通達す。まさに仏法僧に依止して、聖種を紹隆すべし。」便ち彼の為に剃度して具足戒を授け、並びに彼に告ぐ:「汝父かつて金日を夢見て汝を生めり、よく提多迦と名づくべし。」また彼に対していう:「如来は大法眼蔵を次第に伝授して、我に至る。いま再び汝に付す。我が偈を聴け:心自ら本より是れ心、本心は並非有一個法。法有るが故有る本心、既に心に非ず、本法にも非ず。」法を付して後、便ち身を虚空に踊らし、十八種の変化を呈し、本座に回りて結跏趺して逝く。
提多迦以室內籌用焚師軀。收舍利。建塔供養。即平王三十一年庚子歲也。
提多迦は室内の籌を以て師父の遺体を火化し、舎利を収め、塔を建てて供養す。これすなわち周の平王三十一年庚子の歳なり。
五祖提多迦尊者
五祖提多迦尊者
摩伽陀國人也。梵語提多迦。此雲通真量。初生之時。父夢金日自屋而出。照耀天地。前有大山。諸寶嚴飾。山頂泉湧。滂沱四流。後遇毱多尊者。為解之曰。寶山者。吾身也。泉湧者。法無盡也。日從屋出者。汝今入道之相也。照耀天地者。汝智慧超越也。尊者聞師說已。歡喜踴躍。而唱偈言。巍巍七寶山。常出智慧泉。回為真法味。能度諸有緣。毱多尊者亦說偈曰。我法傳於汝。當現大智慧。金日從屋出。照耀於天地。提多迦聞師妙偈。設禮奉持。後至中印度。彼國有八千大仙。彌遮迦為首。聞尊者至。率眾瞻禮。謂尊者曰。昔與師同生梵天。我遇阿私陀仙授我仙法。師逢十力弟子。修習禪那。自此報分殊途。已經六劫。者曰。支離累劫。誠哉不虗。今可捨邪歸正。以入佛乘。彌遮迦曰。昔阿私陀仙人授我記雲。汝卻後六劫。當遇同學。獲無漏果。今也相遇。非宿緣邪。願師慈悲。令我解脫。者即度出家。命諸聖授戒。其餘仙眾。始生我慢。尊者示大神通。於是俱發菩提心。一時出家。者乃告彌遮迦曰。昔如來以大法眼藏密付迦葉。展轉相授。而至於我。我今付汝。當護念之。乃說偈曰。通達本法心。無法無非法。悟了同未悟。無心亦無法。說偈已。踴身虗空作十八變。火光三昧。自焚其軀。彌遮迦與八千比丘同收舍利。於班茶山中起塔供養。即莊王七年己丑歲也。
摩伽陀国の人なり。梵語提多迦、此土に訳して通真量と為す。初生の時、父は金日が屋裏より出でて天地を照耀し、前面に一座の大山ありて諸宝にて厳飾し、山頂に泉湧きて滂沱として四方に流向するを夢見たり。後に毱多尊者に遇い、彼の為に解説していう:「宝山は是れ我が身、泉湧は是れ法の窮尽無き、日の屋裏より出づるは是れ汝いま入道の相、天地を照耀するは是れ汝の智慧の超越。」尊者師父の解説を聞きて、歓喜踊躍し、偈を唱えていう:巍巍たる七宝の山、常に智慧の泉を流出す。転じて真法味と成りて、よく一切有縁の人を度せん。毱多尊者も亦偈を説く:我が法は汝に伝わり、汝かならず大智慧を現出せん。金日屋裏より出でて、天地に於いて照耀せん。提多迦師父の妙偈を聞きて、礼を設けて奉持す。後に中印度に至る。その国に八千の大仙あり、弥遮迦を首と為す。尊者の到来を聞きて、衆を率いて瞻礼し、尊者に対していう:「昔師父と同じく梵天に生ぜり。我は阿私陀仙に遇い我に仙法を伝授せし、師父は十力弟子に逢うて禅那を修習せり。此より果報は別の路に分かれ、すでに六劫を過ぎたり。」尊者いう:「支離累劫す、誠に虚ならず。いまよく邪を捨て正に帰して、以て仏乗に入るべし。」弥遮迦いう:「昔阿私陀仙人我に授記していう:汝再び六劫を過ぎて、かならず同学に遇い、無漏果を獲得せん、と。いま相遇う、豈に宿縁に非ずや。願わくは師父慈悲にて、我を解脱せしめん。」尊者便ち彼を度して出家せしめ、諸聖に命じて戒を授けしむ。其余の仙衆は始めて我慢を生起す。尊者は大神通を顕示し、ここに皆菩提心を発して同時に出家す。尊者ここに弥遮迦に告ぐ:「昔如来は大法眼蔵を秘密に迦葉に付嘱し、展転相授けて我に至る。我いま汝に付す、まさに護念すべし。」ここに偈を説いていう:本法に通達する心、法無く非法も亦無し。悟りと未悟とは相同じく、心無く法も亦無し。偈を説き已りて、身を虚空に踊らして十八種の変化を作し、火光三昧を以て自らその身を焚す。弥遮迦と八千比丘とは一同に舎利を収め、班茶山の中に塔を起てて供養す。これすなわち周の莊王七年己丑の歳なり。
