五燈会元 巻第一
六祖彌遮迦尊者
六祖弥遮迦尊者
中印度人也。既傳法已。遊化至北天竺國。見雉堞之上有金色祥雲。歎曰。斯道人氣也。必有大士為吾嗣。乃入城。於闤闠間有一人手持酒器。逆而問曰。師何方來。欲往何所。祖曰。從自心來。欲往無處。曰。識我手中物否。祖曰。此是觸器而負淨者。曰。師識我否。祖曰。我即不識。識即非我。復謂之曰。汝試自稱名氏。吾當後示本因。彼說偈答曰。我從無量劫。至於生此國。本姓頗羅墮。名字婆須密。祖曰。我師提多迦說。世尊昔遊北印度。語阿難言。此國中吾滅度後三百年。有一聖人姓頗羅墮。名婆須蜜。而於禪祖。當獲第七。世尊記汝。汝應出家。彼乃置器禮師。側立而言曰。我思往劫。甞作檀那。獻一如來寶座。彼佛記我曰。汝於賢劫釋迦法中。宣傳至教。今符師說。願加度脫。祖即與披剃。復圓戒相。乃告之曰。正法眼藏。今付於汝。勿令斷絕。乃說偈曰。無心無可得。說得不名法。若了心非心。始解心心法。祖說偈已。入師子奮迅三昧。踴身虗空。高七多羅樹。卻復本座。化火自焚。婆須蜜收靈骨。貯七寶函。建浮圖寘於上級。即襄王十七年甲申歲也。
中印度の人なり。法を伝えて後、北天竺国に遊化し、城垛の上に金色の祥雲あるを見て、嘆息していう:「これ道人の気象なり、かならず大士ありて我が後嗣を作さん。」ここに城に入る。街市の間に一人ありて手に酒器を執り、迎え来たりて問う:「師父は何方より来たり、何処に往かんとする。」祖いう:「自心より来たり、処所無きの処に往かんとす。」問う:「我が手裏の物を識るや。」祖いう:「これ染汚の器具なり、而も清浄の人を担負す。」問う:「師父は我を識るや。」祖いう:「我は即ち識らず、識れば即ち我に非ず。」また彼に対していう:「汝試みに自ら姓名を報じよ、我隨って汝の本因を開示せん。」その人偈を以て答えていう:我無量劫より来して、直にこの国家に生まれに至る。本姓は頗羅堕、名字は婆須密。祖いう:「我が師父提多迦かつて説きて曰く:世尊昔北印度に遊びて、阿難に対していう:この国の中、我が滅度の後三百年に、一の聖人ありて姓は頗羅堕、名は婆須蜜、禅祖の中に於いてかならず第七位を得ん、と。世尊汝に記せり、汝まさに出家すべし。」その人便ち酒器を放下して師父を礼拝し、側立していう:「我往劫かつて檀那(施主)と作したるを想起す、一如来に宝座を献ぜり。その仏我に記していう:汝賢劫の釈迦法の中に至教を宣伝せん、と。いま正に師父の説く所と符合す。願わくは度脱を加えん。」祖便ち彼の為に披剃し、また戒相を円具せしめ、ここに彼に告ぐ:「正法眼蔵、いま汝に付す、断絶せしむること勿れ。」ここに偈を説いていう:心無く、亦得べきも無し。説き出すべきは法と叫ばず。もし心の心に非ざるを了達せば、始めて心の心法を解せん。祖偈を説き已りて、師子奮迅三昧に入り、身を虚空に踊らし、高さ七つの多羅樹に及び、本座に回りて、火を化して自焚す。婆須蜜霊骨を収めて、七宝函の中に貯存し、浮図を建てて上級に置く。これすなわち周の襄王十七年甲申の歳なり。
七祖婆須蜜尊者
七祖婆須蜜尊者
北天竺國人也。姓頗羅墮。常服淨衣。執酒器。遊行裡閈。或吟或嘯。人謂之狂。及遇彌遮迦尊者。宣如來往誌。自省前緣。投器出家。受法行化。至迦摩羅國。廣興佛事。於法座前。忽有智者自稱。我名佛陀難提。今與師論義。祖曰。仁者論即不義。義即不論。若擬論義。終非義論。難提知師義勝。心即欽服。曰。我願求道。霑甘露味。祖遂與剃度。而授具戒。復告之曰。如來正法眼藏。我今付汝。汝當護持。乃說偈曰。心同虗空界。示等虗空法。證得虗空時。無是無非法。即入慈心三昧。時梵王帝釋及諸天眾俱來作禮。而說偈言。賢劫眾聖祖。而當第七位。尊者哀念我。請為宣佛地。尊者從三昧起。示眾曰。我所得法。而非有故。若識佛地。離有無故。語已。還入三昧。示涅槃相。難提即於本座起七寶塔。以塟全身。即定王十九年辛未歲也。
北天竺国の人なり。姓は頗羅堕。常に浄衣を着し、酒器を執りて、里巷に游行し、或いは吟じ或いは嘯く。他人は彼を狂と謂う。弥遮迦尊者に遇うて如来往昔の授記を宣説するに及び、自ら前縁を省察し、酒器を放下して出家し、法を受けて行化す。迦摩羅国に至りて、広く仏事を興す。法座の前に於いて、忽然として一智者ありて自称していう:「我名づけて仏陀難提、いま師父と論義せんと欲す。」祖いう:「仁者、論ずれば即ち義に非ず、義は即ち論ぜず。もし論義せんと擬すれば、終に義論に非ず。」難提師父の義が己に勝れるを知りて、心中便ち欽服し、いう:「我願くは道を求めて、甘露の味を霑わん。」祖ここに彼の為に剃度して具足戒を授け、また彼に告ぐ:「如来の正法眼蔵、我いま汝に付す、汝まさに護持すべし。」ここに偈を説いていう:心は虚空界の如し、虚空に等しき法を開示す。虚空を証得する時、是無く、非法も亦無し。便ち慈心三昧に入る。この時梵王・帝釈および諸天衆皆来りて作礼し、偈を説く:賢劫衆聖の祖にして、而も正に第七位に当たる。尊者我等を哀念し、請うて仏地を宣説したまえ。尊者三昧より起ちて、大衆に開示していう:「我が得たる所の法は、有るの故に非ず。もし仏地を識らんと欲せば、有を離れ無を離るるが故なり。」説き已りて、また三昧に入り、涅槃の相を示現す。難提便ち本座に於いて七宝塔を建起し、全身を葬む。これすなわち周の定王十九年辛未の歳なり。
八祖佛陀難提尊者
八祖仏陀難提尊者
迦摩羅國人也。姓瞿曇氏。頂有肉髻。辯捷無礙。初遇婆須蜜。出家受教。既而領徒行化。至提伽國毗舍羅家。見舍上有白光上騰。謂其徒曰。此家有聖人。口無言說。真大乘器。不行四衢。知觸穢耳。言訖。長者出致禮。問。何所須。祖曰。我求侍者。長者曰。我有一子。名伏馱蜜多。年已五十。口未曾言。足未曾履。祖曰。如汝所說。真吾弟子。伏䭾聞之。遽起禮拜。而說偈曰。父母非我親。誰是最親者。諸佛非我道。誰為最道者。祖以偈答曰。汝言與心親。父母非可比。汝行與道合。諸佛心即是。外求有相佛。與汝不相似。欲識汝本心。非合亦非離。伏䭾聞偈已。便行七步。祖曰。此子昔曾值佛。悲願廣大。慮父母愛情難捨。故不言不履耳。長者遂捨令出家。祖尋授具戒。復告之曰。我今以如來正法眼藏付囑於汝。勿令斷絕。乃說偈曰。虗空無內外。心法亦如此。若了虗空故。是達真如理。伏䭾承師付囑。以偈讚曰。我師禪祖中。當得為第八。法化眾無量。悉獲阿羅漢。爾時佛陀難提即現神變。卻復本座。儼然寂滅。眾興寶塔。塟其全身。即景王十二年丙寅歲也。
迦摩羅国の人なり。姓は瞿曇氏。頭頂に肉髻あり、弁才敏捷にして滞碍無し。初め婆須蜜に遇い、出家して教を受く。隨って徒衆を帯領して行化し、提伽国の毎舎羅家に至り、屋上に白光の上騰するを見て、徒衆に対していう:「この家に聖人あり、口裏に言説無く、真に大乗の法器なり。彼四通の大路を行かず、是れ触途に穢あるを知るなり。」説き已りて、長者出で来りて礼を行じ、問う:「何をか須要とする。」祖いう:「我侍者を求む。」長者いう:「我に一子あり、伏駄蜜多と名づき、すでに五十歳なり、口裏かつて言を説かず、脚かつて路を行かず。」祖いう:「汝の説く如くは、真に我が弟子なり。」伏駄これを聞きて、立刻に起ちて礼拝し、偈を説いていう:父母は並非我の親、誰か最も親しき者ぞ。諸仏は並非我の道、誰か最も是れ道なる者ぞ。祖偈を以て答えていう:汝の言は心と親しみ、父母比ぶ可からず。汝の行は道と相合し、諸仏の心即ち是なり。外に向かい有相の仏を求むるは、汝と相似せず。汝の本心を識らんと欲せば、合に非ず、離にも非ず。伏駄偈を聞き已りて、便ち七歩を行ず。祖いう:「この子往昔かつて仏に遇えり、悲願広大、ただ父母の恩愛は離れ難しと恐れ、ゆえに言を説かず路を行かざりき。」長者ここに彼を捨てて出家せしむ。祖隨即具足戒を授け、また彼に告ぐ:「我いま如来の正法眼蔵を汝に付嘱す、断絶せしむること勿れ。」ここに偈を説いていう:虚空に内外無し、心法も亦かくの如し。もし虚空の故を了達せば、即ち是れ真如の理に通達す。伏駄師父の付嘱を承受し、偈を以て讃称す:我が師父禅祖の中に在りて、かならず第八と作さん。法化の徒衆限量無く、皆阿羅漢を獲得せん。この時仏陀難提便ち神変を現じ、本座に回りて、儼然として寂滅す。衆人宝塔を建起し、全身を葬む。これすなわち周の景王十二年丙寅の歳なり。
九祖伏䭾蜜多尊者
九祖伏䭾蜜多尊者
提伽國人也。姓毗舍羅。既受八祖付囑。後至中印度行化。時有長者香葢。𢹂一子而來。瞻禮祖曰。此子處胎六十歲。因號難生。甞會一仙者。謂此兒非凡。當為法器。今遇尊者。可令出家。祖即與落髮授戒。羯磨之際。祥光燭座。仍感舍利三七粒現前。自此精進忘疲。既而祖告之曰。如來大法眼藏。今付於汝。汝護念之。乃說偈曰。真理本無名。因名顯真理。受得真實法。非真亦非偽。祖付法已。即入滅盡三昧而般涅槃。眾以香油旃檀闍維。收舍利。建塔於那爛陀寺。即敬王三十五年甲寅歲也。
提伽国の人なり。姓は毎舎羅。すでに八祖の付嘱を受けて、後に中印度に至りて行化す。この時長者香蓋ありて、一の児子を帯て来りて瞻礼し、祖に対していう:「この子胎裏に六十年あり、此の因に難生と号す。かつて一仙人に遇い、この子凡ならず、かならず法器と為るべしと説けり。いま尊者に遇う、彼をして出家せしむべし。」祖便ち彼の為に落髪授戒す。羯磨の時、祥光座席を照耀し、還って舎利二十一组の前に出現するに感応す。此より精進し、疲労を忘る。隨後祖彼に告ぐ:「如来の大法眼蔵、いま汝に付す、汝これを護念せよ。」ここに偈を説いていう:真理本より名無し、名に因りて始めて真理を顕す。真実の法を受くる、真に非ず、亦偽に非ず。祖法を付して後、便ち滅尽三昧に入りて般涅槃す。衆人香油・旃檀を以て荼毘し、舎利を収め、那爛陀寺に塔を建つ。これすなわち周の敬王三十五年甲寅の歳なり。
十祖脇尊者
十祖脅尊者
中印度人也。本名難生。初將誕時。父夢一白象。背有寶座。座上安一明珠。從門而入。光照四眾。既覺遂生。後值九祖。執侍左右。未甞睡眠。謂其脇不至席。遂號脇尊者焉。初至華氏國。憩一樹下。右手指地而告眾曰。此地變金色。當有聖人入會。言訖。即變金色。時有長者子富那夜奢。合掌前立。祖問曰。汝從何來。答曰。我心非往。祖曰。汝何處住。答曰。我心非止。祖曰。汝不定邪。曰。諸佛亦然。祖曰。汝非諸佛。曰。諸佛亦非。祖因說偈曰。此地變金色。預知有聖至。當坐菩提樹。覺華而成已。夜奢復說偈曰。師坐金色地。常說真實義。回光而照我。令入三摩諦。祖知其意。即度出家。復具戒品。乃告之曰。如來大法藏。今付於汝。汝護念之。乃說偈曰。真體自然真。因真說有理。領得真真法。無行亦無止。祖付法已。即現神變而入涅槃。化火自焚。四眾各以衣裓盛舍利。隨處興塔而供養之。即貞王二十二年己亥歲也。
中印度の人なり。本名は難生。まさに出生せんとする時、父は一頭の白象が背上に宝座あり、座上に一顆の明珠を安じて、門より入り、光は四衆を照らすを夢見たり。覚めて便ち出生す。後に九祖に遇上りて、左右に執侍し、かつて睡眠せず、脅席に沾らずと謂い、ここに脅尊者と号す。初め華氏国に至りて、一樹の下に歇息し、右手を以て地を指し大衆に告ぐ:「この地金色に変ぜば、かならず聖人ありて会に入らん。」説き已りて、地便ち金色に変ず。この時長者子富那夜奢ありて、合掌して前面に立つ。祖問う:「汝何処より来たる。」答えていう:「我が心並往まず。」祖いう:「汝何処に住する。」答えていう:「我が心並止まず。」祖いう:「汝定まらざるか。」いう:「諸仏も亦かくの如し。」祖いう:「汝は諸仏に非ず。」いう:「諸仏も亦是れに非ず。」祖ここに偈を説いていう:この地金色に変ずるは、預め聖人の到来あるを知る。かならず菩提樹下に坐して、覚花開成せん。夜奢また偈を説いていう:師父金色の地に坐し、常に真実義を説く。回光して我を照らし、我をして三摩地に入らしめよ。祖その意を知りて、便ち彼を度して出家せしめ、また具足戒を授け、ここに彼に告ぐ:「如来の大法蔵、いま汝に付す、汝これを護念せよ。」ここに偈を説いていう:真体自然に即ち真、真に因りて始めて理あるを説く。この真にして又真の法を領得すれば、行無く、止も亦無し。祖法を付して後、便ち神変を現じて涅槃に入り、火を化して自焚す。四衆各々衣襟を以て舎利を盛り、処に随い塔を建てて供養す。これすなわち周の貞王二十二年己亥の歳なり。
十一祖富那夜奢尊者
十一祖富那夜奢尊者
華氏國人也。姓瞿曇氏。父寶身。既得法於脇尊者。尋詣波羅柰國。有馬鳴大士迎而作禮。問曰。我欲識佛。何者即是。祖曰。汝欲識佛。不識者是。曰。佛既不識。焉知是乎。祖曰。既不識佛。焉知不是。曰。此是鋸義。祖曰。彼是木義。祖問。鋸義者何。曰。與師平出。馬鳴卻問。木義者何。祖曰。汝被我解。馬鳴豁然省悟。稽首皈依。遂求剃度。祖謂眾曰。此大士者。昔為毗舍利國王。其國。有一類人如馬裸露。王運神力分身為蠶。彼乃得衣。王後復生中印度。馬人感戀悲鳴。因號馬鳴焉。如來記雲。吾滅度後六百年。當有賢者馬鳴於波羅柰國。摧伏異道。度人無量。繼吾傳化。今正是時。即告之曰。如來大法眼藏。今付於汝。即說偈曰。迷悟如隱顯。明暗不相離。今付隱顯法。非一亦非二。尊者付法已。即現神變。湛然圓寂。眾興寶塔。以閟全身。即安王十四年戊戌歲也。
華氏国の人なり。姓は瞿曇氏。父は宝身と名づく。すでに脅尊者の所に於いて法を得、隨即波羅奈国に前往す。馬鳴大士ありて迎え来りて作礼し、問う:「我仏を識らんと欲す、いずれか是れ。」祖いう:「汝仏を識らんと欲す、あの識らざるは即ち是なり。」問う:「仏すでに識らず、なんぞ是なるを知らん。」祖いう:「すでに仏を識らず、なんぞ非なるを知らん。」いう:「これ鋸の義なり。」祖いう:「彼は木の義なり。」祖問う:「鋸の義は何ぞ。」いう:「師父と平斉に出ず。」馬鳴かえって問う:「木の義は何ぞ。」祖いう:「汝我に解開せられたり。」馬鳴豁然として省悟し、稽首して帰依し、ここに出家剃度を求む。祖大衆に対していう:「この大士、往昔は毘舎利国王なり。その国に一類の人ありて馬の如く赤裸なり、王神力を運らして分身を蚕と為し、それらの人始めて衣服を得たり。王後に再生して中印度に、馬人感恋して悲鳴す、此の因に馬鳴と号す。如来かつて説きていわく:我が滅度の後六百年、かならず賢者馬鳴ありて波羅奈国に於いて異道を摧伏し、人を度すること無量、我が伝化を継承せん、と。いま正にその時なり。」便ち彼に告ぐ:「如来の大法眼蔵、いま汝に付さん。」ここに偈を説いていう:迷と悟は隠と顕の如く、明と暗とは相離れず。いまこの隠顕の法を付す、一に非ず、亦二に非ず。尊者法を付して後、便ち神変を現じ、湛然として円寂す。衆人宝塔を建起し、全身を封蔵す。これすなわち周の安王十四年戊戌の歳なり。
十二祖馬鳴大士者
第十二祖馬鳴大士
波羅柰國人也。亦名功勝。以有作無作諸功德最為殊勝。故名焉。既受法於夜奢尊者。後於華氏國轉妙法輪。忽有老人。座前仆地。祖謂眾曰。此非庸流。當有異相。言訖不見。俄從地湧出一金色人。復化為女子。右手指祖而說偈曰。稽首長老尊。當受如來記。今於此地上。宣通第一義。說偈已。瞥然不見。祖曰。將有魔來。與吾較(音角)力。有頃。風雨暴至。天地晦冥。祖曰。魔之來信矣。吾當除之。即指空中。現一大金龍。奮發威神。震動山嶽。祖儼然於座。魔事隨滅。經七日。有一小蟲。大若蟭螟。潛形座下。祖以手取之。示眾曰。斯乃魔之所變。盜聽吾法耳。乃放之令去。魔不能動。祖告之曰。汝但歸依三寶。即得神通。遂復本形。作禮懺悔。祖問曰。汝名誰邪。眷屬多少。曰。我名迦毗摩羅。有三千眷屬。祖曰。盡汝神力。變化若何。曰。我化巨海極為小事。祖曰。汝化性海得否。曰。何謂性海。我未甞知。祖即為說性海曰。山河大地。皆依建立。三昧六通。由茲發現。迦毗摩羅聞言。遂發信心。與徒眾三千。俱求剃度。祖乃召五百羅漢。與授具戒。復告之曰。如來大法眼藏。今當付汝。汝聽偈言。隱顯即本法。明暗元不二。今付悟了法。非取亦非離。付囑已。即入龍奮迅三昧。挺身空中。如日輪相。然後示滅。四眾以真體藏之龍龕。即顯王三十七年甲午歲也。
波羅奈国の人なり。亦名づけて功勝、有作・無作の種種の功德最も殊勝なるを以て、故に名を得たり。すでに夜奢尊者の所に於いて法を受け、後に華氏国に於いて妙法輪を転ず。忽然として一の老人ありて座前に仆倒す。祖大衆に対していう:「これ庸常一流に非ず、かならず異相あらん。」説き已りて便ち見えず。片刻地より涌出して一の金色人、また女子と化し、右手を以て祖を指し偈を説く:稽首長老尊、かならず如来の記を受けん。いまこの地の上に於て、第一義を宣通せん。偈を説き已りて、眨眼の間に見えず。祖いう:「まさに魔来たらん、我と力を較べん。(「較」は音角、較量なり。)」過ぎて一会儿、風雨暴至し、天地晦暗す。祖いう:「魔の来るは真なり、我まさにこれを除くべし。」便ち空中を指して、一条の大金龍を現出し、威神を奮発し、山岳を震動す。祖座上に儼然として動かず、魔事隨即滅除す。七日を過ぎて、一条の小虫あり、大きさ蟭螟の如く、座下に潜蔵す。祖手を以て捉えて、大衆に出示していう:「これ魔の変じたる所にして、来りて我が法を偷聴するなり。」ここにそれを放し去らしむるも、魔は動くこと能わず。祖それに告ぐ:「汝ただ三宝に帰依せば、便ち神通を得ん。」ここに本形を回復し、作礼して懺悔す。祖問う:「汝名づけて誰、眷属多少。」いう:「我名づけて迦毘摩羅、三千の眷属あり。」祖いう:「汝の神力を尽くせば、変化は如何ばかりに至る。」いう:「我巨海を変ずるも、極めて小事なり。」祖いう:「汝性海を変ずること、能うや。」いう:「何をか性海と謂う、我かつて知らず。」祖便ち彼の為に性海を説く:「山河大地、皆これに依りて建立す。三昧六通、此処より発現す。」迦毘摩羅これを聞きて、便ち信心を発し、徒衆三千と一斉に出家剃度を求む。祖ここに五百羅漢を召集し、彼らの為に具足戒を授け、また彼に告ぐ:「如来の大法眼蔵、いままさに汝に付すべし。汝偈を聴け:隠と顕とは即ち本法、明と暗とは元来不二なり。いまこの悟りたる法を付す、取に非ず、亦離にも非ず。」付嘱の後、便ち龍奮迅三昧に入り、身を空中に挺し、日輪の相の如くして、而して後示滅す。四衆真体を龍龕の裏に蔵す。これすなわち周の顕王三十七年甲午の歳なり。
十三祖迦毗摩羅尊者
十三祖迦毘摩羅尊者
華氏國人也。初為外道。有徒三千。通諸異論。後於馬鳴尊者得法。領徒至西印度。彼有太子。名雲自在。仰尊者名。請於宮中供養。祖曰。如來有教。沙門不得親近國王.大臣權勢之家。太子曰。今我國城之北。有大山焉。山有一石窟。可禪寂於此否。祖曰。諾。即入彼山。行數裡。逢一大蠎。祖直前不顧。盤繞祖身。祖因與授三皈依。蟒聽訖而去。祖將至石窟。復有一老人素服而出。合掌問訊。祖曰。汝何所止。答曰。我昔甞為比丘。多樂寂靜。有初學比丘數來請益。而我煩於應答。起嗔恨想。命終墮為蠎身。住是窟中。今已千載。適遇尊者。獲聞戒法。故來謝爾。祖問曰。此山更有何人居止。曰。此去十里。有大樹蔭覆五百大龍。其樹王名龍樹。常為龍眾說法。我亦聽受耳。祖遂與徒眾詣彼。龍樹出迎曰。深山孤寂。龍蟒所居。大德至尊。何枉神足。祖曰。吾非至尊。來訪賢者。龍樹默唸曰。此師得決定性明道眼否。是大聖繼真乘否。祖曰。汝雖心語。我已意知。但辦出家。何慮吾之不聖。龍樹聞已。悔謝。祖即與度脫。及五百龍眾俱授具戒。復告之曰。今以如來大法眼藏。付囑於汝。諦聽偈言。非隱非顯法。說是真實際。悟此隱顯法。非愚亦非智。付法已。即現神變。化火焚身。龍樹收五色舍利。建塔焉。即赧王四十一年壬辰歲也。
華氏国の人なり。初めは外道にして、徒衆三千あり、種種の異論に通暁す。後に馬鳴尊者の所に於いて法を得、徒衆を帯領して西印度に至る。彼処に太子ありて、雲自在と名づき、尊者の名を仰慕し、宮中に請じて供養す。祖いう:「如来に教あり:沙門は国王・大臣の権勢の家に親近することを得ず。」太子いう:「いま我が国の城北に一座の大山あり、山裏に一の石窟あり、彼処に於いて禅寂する可きや。」祖いう:「可なり。」便ちその山に進入す。数里を行きて、一条の大蟒に遇上る。祖直に向前し、並びに回頭せず、蟒は祖の身を盤繞す。祖ここにそれに為りて三帰依を授け、蟒聴き已りて便ち離去す。祖まさに石窟に到らんとする時、また一の老人ありて素服を着て出で、合掌して問訊す。祖いう:「汝何処に住する。」答えていう:「我往昔かつて比丘なりき、甚だ寂静を喜べり。初学の比丘の屢々来りて請益する有り、我応答に厭煩し、瞋恨の想を生起し、命終して蟒身に堕し、この窟の中に住す、いま已に千載なり。さきに尊者に遇上りて、戒法を聞くことを得たり、故に来りて謝を致す。」祖問う:「この山裏に還って何人か居住する。」いう:「此処より十里を去るに、一の大樹ありて五百の大龍を蔭覆す。その樹王は名づけて龍樹、常に龍衆の為に法を説き、我も亦聴受す。」祖ここに徒衆とともに彼処に前往す。龍樹出で迎えていう:「深山孤寂にして、龍蟒の居る所なり。大徳至尊、何を以てか枉げて神足を労せられん。」祖いう:「我は至尊に非ず、是れ賢者を来訪するなり。」龍樹心中默念す:この師父は決定性を得、道眼を明了せるや。是れ大聖真乗を継承せるや。祖いう:「汝心中に語るといえども、我已に意上に於て知れり。只管出家の事を弁ぜよ、何ぞ我が聖に非ざるを顧慮せん。」龍樹これを聞きて、悔過して謝罪す。祖便ち彼を度脱し、連ねて五百の龍衆と一斉に具足戒を授け、また彼に告ぐ:「いま如来の大法眼蔵を汝に付嘱す。仔細に偈を聴け:隠にも非ず顕にも非ざる法、説くは始めて真実際なり。この隠顕の法を悟れば、愚に非ず、亦智にも非ず。」法を付して後、便ち神変を現じ、火を化して身を焚く。龍樹五色の舎利を収め、塔を建つ。これすなわち周の赧王四十一年壬辰の歳なり。
十四祖龍樹尊者
十四祖龍樹尊者
西天竺國人也。亦名龍勝。始於摩羅尊者得法。後至南印度。彼國之人。多信福業。祖為說法。𮞏相謂曰。人有福業。世間第一。徒言佛性。誰能覩之。祖曰。汝欲見佛性。先須除我慢。彼人曰。佛性大小。祖曰。非大非小。非廣非狹。無福無報。不死不生。彼聞理勝。悉回初心。祖復於座上。現自在身。如滿月輪。一切眾唯聞法音。不覩祖相。彼眾中有長者子。名迦那提婆。謂眾曰。識此相否。眾曰。目所未覩。安能辨識。提婆曰。此是尊者現佛性體相。以示我等。何以知之。葢以無相三昧。形如滿月。佛性之義。廓然虗明。言訖。輪相即隱。復居本座。而說偈言。身現圓月相。以表諸佛體。說法無其形。用辨非聲色。彼眾聞偈。頓悟無生。鹹願出家。以求解脫。祖即為剃髮。命諸聖授具。其國先有外道五千餘眾。作大幻術。眾皆宗仰。祖悉為化之。令歸三寶。復造大智度論.中論.十二門論。垂之於世。後告上首弟子迦那提婆曰。如來大法眼藏今當付汝。聽吾偈言。為明隱顯法。方說解脫理。於法心不證。無瞋亦無喜。付法訖。入月輪三昧。廣現神變。復就本座。凝然禪寂。迦那提婆與諸四眾。共建寶塔以塟焉。即秦始皇三十五年己丑歲也。
西天竺国の人なり。亦名づけて龍勝。初め摩羅尊者の所に於いて法を得、後に南印度に至る。その国の人は多半福業を信ず。祖彼らの為に法を説けば、彼ら便ち相いていう:「人に福業あれば、是れ世間の第一なり。空しく口に仏性を説くも、誰か見ることを得ん。」祖いう:「汝仏性を見んと欲せば、先ず須く我慢を除去すべし。」その人問う:「仏性は大なるか小なるか。」祖いう:「大に非ず、小に非ず、広に非ず、狭に非ず、福無く、報無く、死せず、生ぜず。」彼らこの道理が己に勝れるを聞きて、皆初心を回転す。祖また座上に於いて自在身を現出し、満月輪の如く、一切の大衆はただ法音を聴聞して、祖の形相を見ず。衆中に長者子ありて、迦那提婆と名づき、衆人に対していう:「この相を認識するや。」衆人いう:「眼目すらかつて見ず、いずくんぞ弁識することを得ん。」提婆いう:「これ尊者が仏性の体相を顕現して、我等を開示するなり。何を以てか知る。無相三昧は形状満月の如く、仏性の意は廓然として虚明なるが故なり。」説き已りて、輪相便ち隱没し、祖また本座に回りて、偈を説いていう:身体は円月の相を現出し、以て諸仏の体を表示す。説法に形無く、以て声色に非ざるを弁明す。それらの人偈を聞きて、頓悟して無生に入り、皆出家を願い以て解脱を求む。祖便ち彼らの為に剃髪し、諸聖に命じて具を授けしむ。その国は原先に外道五千余人ありて、大幻術を作し、衆人皆宗仰せり。祖尽く彼らを度化して、彼らをして三宝に帰依せしむ。また《大智度論》《中論》《十二門論》を撰造し、世に流伝す。後に上首弟子迦那提婆に告ぐ:「如来の大法眼蔵いままさに汝に付すべし。我が偈を聴け:隠顕の法を闡明するが為に、始めて解脱の理を説き出す。法に於いて心は並証得せず、瞋無く、亦喜無し。」法を付し畢りて、月輪三昧に入り、広く神変を現じ、また本座に就きて、凝然として禅寂す。迦那提婆と四衆と共同に宝塔を建起して安葬す。これすなわち秦始皇三十五年己丑の歳なり。
十五祖迦那提婆尊者
十五祖迦那提婆尊者
南天竺國人也。姓毗舍羅。初求福業。兼樂辯論。後謁龍樹大士。將及門。龍樹知是智人。先遣侍者以滿缽水置於座前。尊者覩之。即以一針投之而進。欣然契會。龍樹即為說法。不起於座。現月輪相。唯聞其聲。不見其形。祖語眾曰。今此瑞者。師現佛性。表說法非聲色也。祖既得法。後至迦毗羅國。彼有長者。曰梵摩淨德一日。園樹生耳如菌。味甚美。唯長者與第二子羅睺羅多取而食之。取已隨長。盡而復生。自餘親屬。皆不能見。祖知其宿因。遂至其家。長者廼問其故。祖曰。汝家昔曾供養一比丘。然此比丘道眼未明。以虗霑信施。故報為木菌。唯汝與子精誠供養。得以享之。餘即否矣。又問長者。年多少。答曰。七十有九。祖乃說偈曰。入道不通理。復身還信施。汝年八十一。此樹不生耳。長者聞偈已。彌加歎伏。且曰。弟子衰老。不能事師。願捨次子。隨師出家。祖曰。昔如來記此子。當第二五百年為大教主。今之相遇。葢符宿因。即與剃髮執侍。至巴連弗城。聞諸外道慾障佛法。計之既久。祖乃執長旛入彼眾中。彼問祖曰。汝何不前。祖曰。汝何不後。彼曰。汝似賤人。祖曰。汝似良人。彼曰。汝解何法。祖曰。汝百不解。彼曰。我欲得佛。祖曰。我灼然得佛。彼曰。汝不合得。祖曰。元道我得。汝實不得。彼曰。汝既不得。云何言得。祖曰。汝有我故。所以不得。我無我我。故自當得。彼辭既屈。乃問祖曰。汝名何等。祖曰我名迦那提婆。彼既夙聞祖名。乃悔過致謝。時眾中猶互興問難。祖折以無礙之辯。由是歸伏。乃告上足羅睺羅多而付法眼。偈曰。本對傳法人。為說解脫理。於法實無證。無終亦無始。祖說偈已。入奮迅定。身放八光。而歸寂滅。學眾興塔而供養之。即前漢文帝十九年庚辰歲也。
南天竺国の人なり。姓は毎舎羅。初め福業を求め、また弁論を喜好す。後に龍樹大士を謁見せんとし、まさに門に至らんとするに、龍樹は智人なるを知りて、先に侍者をして満鉢の水を座前に置かしむ。尊者これを見て、便ち一針を投下して然る後に入り、欣然として契会す。龍樹便ち彼の為に法を説き、並びに座位を離れず、月輪の相を現出し、ただ声音を聴聞するのみにて、形を見ず。祖大衆に対していう:「いまこの瑞相は、師父が仏性を顕現して、説法は声色に非ざるを表示するなり。」祖すでに法を得て、後に迦毘羅国に至る。彼処に長者ありて、名を梵摩浄徳という。ある日園中の樹上に木耳の菌の如きを生じ、味道甚だ美なり。ただ長者と第二の子羅睺羅多と取りて食するのみ。取れば還って随いて長じ、尽きて又生ず。其余の親属は皆見ること能わず。祖其中の宿因を知りて、便ち彼の家に至る。長者ここに縁故を問う。祖いう:「汝の家往昔かつて一比丘を供養せり、而もこの比丘は道眼未だ明らかならず、空しく信施を沾受せり、故に身を報じて木菌と為す。ただ汝と児子と精誠に供養するを以て、始めて享用を得、其余の人は則ち能わず。」また長者の年紀多少を問う。答えていう:「七十九。」祖ここに偈を説いていう:道に入りて理に通達せず、還って身を以て信施を償還す。汝八十一歳に到れば、この樹便ち木耳を生ぜじ。長者偈を聞き已りて、倍加して歎服し、並びにいう:「弟子衰老して、師父に事奉する能わず、願わくは次子を捨てて師父に随い出家せしめん。」祖いう:「往昔如来この子に記せり、かならず第二の五百年に於いて大教主と作さんと。いま相遇うは、正に宿因に符合す。」便ち彼の為に剃髪して執侍せしむ。巴連弗城に到りて、諸外道まさに仏法を障碍せんとするを聞き、計議すでに久し。祖便ち手に長幡を執りて彼らの衆中に走り入る。彼ら祖に問う:「汝なにゆえ向前せざる。」祖いう:「汝なにゆえ向後せざる。」彼らいう:「汝賤人に似たり。」祖いう:「汝良人に似たり。」彼らいう:「汝何の法を解する。」祖いう:「汝百様皆解せず。」彼らいう:「我仏を得んと欲す。」祖いう:「我は明明白白に仏を得たり。」彼らいう:「汝得べからず。」祖いう:「元来我は得ると説く、汝実に得ず。」彼らいう:「汝すでに得ず、なんぞ得と説く。」祖いう:「汝『我』有るの故、故に得ず。我『我我』無し、故に自然まさに得べし。」彼ら詞窮まりて、便ち祖に問う:「汝名づけて何。」祖いう:「我名づけて迦那提婆。」彼ら夙に祖の名を聞きて、ここに悔過して謝を致す。この時衆中なお相いに問難を興起す、祖は滞碍無き弁才を以て一々に折服せしめ、此の因に帰伏す。ここに上足羅睺羅多に告げて法眼を付す、偈にいう:本より伝法の人に対して、始めて解脱の理を説き出す。法に於いて実に証無く、終無く、亦始無し。祖偈を説き已りて、奮迅定に入り、身上より八道の光を放ちて、寂滅に帰す。学衆塔を建てて以て供養す。これすなわち前漢の文帝十九年庚辰の歳なり。
十六祖羅睺羅多尊者
十六祖羅睺羅多尊者
迦毗羅國人也。行化至室羅筏城。有河名曰金水。其味殊美。中流復現五佛影。祖告眾曰。此河之源。凡五百里。有聖者僧伽難提居於彼處。佛誌。一千年後。當紹聖位。語已。領諸學眾。泝流而上。至彼。見僧伽難提安坐入定。祖與眾伺之。經三七日。方從定起。祖問曰。汝身定邪。心定邪。提曰。身心俱定。祖曰。身心俱定。何有出入。提曰。雖有出入。不失定相。如金在井。金體常寂。祖曰。若金在井。若金出井。金無動靜。何物出入。提曰。言金動靜。何物出入。言金出入。金非動靜。祖曰。若金在井。出者何金。若金出井。在者何物。提曰。金若出井。在者非金。金若在井。出者非物。祖曰。此義不然。提曰。彼義非著。祖曰。此義當墮。提曰。彼義不成。祖曰。彼義不成。我義成矣。提曰。我義雖成。法非我故。祖曰。我義已成。我無我故。提曰。我無我故。復成何義。祖曰。我無我故。故成汝義。提曰。仁者師誰。得是無我。祖曰。我師迦那提婆。證是無我。難提以偈讚曰。稽首提婆師。而出於仁者。仁者無我故。我欲師仁者。祖以偈答曰。我已無我故。汝須見我我。汝若師我故。知我非我我。難提心意豁然。即求度脫。祖曰。汝心自在。非我所繫。語已。即以右手擎金缽。舉至梵宮。取彼香飯。將齋大眾。而大眾忽生厭惡之心。祖曰。非我之咎。汝等自業。即命難提分座同食。眾復訝之。祖曰。汝不得食。皆由此故。當知與吾分座者。即過去娑羅樹王如來也。愍物降跡。汝輩亦莊嚴劫中已至三果而未證無漏者也。眾曰。我師神力。斯可信矣。彼雲過去佛者。即竊疑焉。難提知眾生慢。乃曰。世尊在日。世界平正。無有丘陵。江河溝洫。水悉甘美。草木滋茂。國土豐盈。無八苦.行十善。自雙樹示滅八百餘年。世界丘墟。樹木枯悴。人無至信。正念輕微。不信真如。唯愛神力。言訖。
迦毘羅国の人なり。行化して室羅筏城に至り、一条の河ありて金水と名づき、味道特別に美なり、中流また五仏の影を現出す。祖大衆に告ぐ:「この河の源頭、大約五百里、聖者僧伽難提ありて彼処に住す。仏かつて記せり:一千年後、かならず聖位を紹継せん、と。」説き已りて、諸学衆を帯領して流に沿い而上す。彼処に到りて、僧伽難提の安坐して定に入れるを見る。祖衆人と等候して、二十一日を過ぎて、始めて定中より起つ。祖問う:「汝は身定か、それとも心定か。」難提いう:「身心皆定なり。」祖いう:「身心皆定なれば、なんぞ還って出入あらん。」難提いう:「出入ありといえども、定相を失わず。金の井裏に在るが如し、金の体は常に寂なり。」祖いう:「もし金井に在らば、もし金井を出ずれば、金に動静無し、何物か出入する。」難提いう:「金の動静を説けば、何物か出入する。金の出入を説けば、金は並非動静。」祖いう:「もし金井に在らば、出づるは何の金ぞ。もし金井を出ずれば、在るは何の物ぞ。」難提いう:「金もし井を出ずれば、在るは便ち金に非ず。金もし井に在らば、出づるは便ち物に非ず。」祖いう:「この義は然らず。」難提いう:「あの義は並非執著。」祖いう:「この義はかならず堕負せん。」難提いう:「あの義は成立する能わず。」祖いう:「あの義は成立する能わざれば、我が義便ち成ぜり。」難提いう:「我が義成ずといえども、法は並非我の故なり。」祖いう:「我が義已に成ぜり、我『我』無きが因なり。」難提いう:「我『我』無きの故、また何の義を成ぜん。」祖いう:「我『我』無きの故、故に汝の義を成ぜり。」難提いう:「仁者の師父は誰ぞ、この無我を得たる。」祖いう:「我が師父迦那提婆、この無我を証得せり。」難提偈を以て讃称す:稽首提婆師、而も仁者の身上に出現す。仁者『我』無きの故、我仁者を以て師と為さんと欲す。祖偈を以て答えていう:我已に『我』無きの故、汝須く『我我』を見るべし。汝もし我を以て師と為すの故、我は並非『我我』なるを知るべし。難提心意豁然として、便ち度脱を求む。祖いう:「汝の心自在なり、我の係縛する所に非ず。」説き已りて、便ち右手を以て金鉢を擎げて、梵宮に挙げ至り、彼処の香飯を取りて、まさに大衆の斎を供せんとす、而も大衆は忽然として厭悪の心を生起す。祖いう:「我が過に非ず、是れ汝ら自家の業なり。」便ち難提をして座を分ちて同食せしむ。衆人また驚訝す。祖いう:「汝ら食を得ざるは、皆この故の因なり。まさに我と座を分つ者は、即ち過去娑羅樹王如来なり。万物を憐愍して形跡を降下せし者なるを知るべし。汝らも亦荘厳劫の中に已に三果に到りて、未だ無漏を証得せざる者なり。」衆人いう:「我が師の神力はこれ信ずべし。彼過去仏と説くは、便ち私に懐疑す。」難提衆生の我慢を知りて、便ちいう:「世尊在世の時、世界平正にして丘陵無く、江河溝洫の水皆甘美にして、草木滋茂し、国土豊盈し、八苦無く、十善通行せり。双樹の示滅より八百余年、世界は丘墟と変成し、樹木枯悴し、人に至信無く、正念軽微にして、真如を信ぜず、ただ神力を愛するのみ。」説き已りて、
以右手漸展入地。至金剛輪際。取甘露水。以琉璃器持至會所。大眾見之。即時欽慕。悔過作禮。於是。祖命僧伽難提而付法眼。偈曰。於法實無證。不取亦不離。法非有無相。內外云何起。祖付法已。安坐歸寂。四眾建塔。當前漢武帝二十八年戊辰歲也。
便ち右手を漸々地下に伸入し、直に金剛輪際に至り、甘露水を取りて、琉璃器を以て会所に持て至る。大衆これを見て、当時に欽慕し、悔過して作礼す。ここに祖は僧伽難提に命じて法眼を付す、偈にいう:法に於いて実に証無く、取らず亦離れず。法は有相に非ず亦無相に非ず、内外は何処よりか生起せん。祖法を付して後、安坐して寂に帰す。四衆塔を建つ。当時前漢の武帝二十八年戊辰の歳なり。
十七祖僧伽難提尊者
十七祖僧伽難提尊者
室羅筏城寶莊嚴王之子也。生而能言。常讚佛事。七歲即厭世樂。以偈告其父母曰。稽首大慈父。和南骨血母。我今欲出家。幸願哀愍故。父母固止之。遂終日不食。乃許其在家出家。號僧伽難提。復命沙門禪利多為之師。積十九載。未嘗退倦。每自念言。身居王宮。胡為出家。一夕。天光下矚。見一路坦平。不覺徐行。約十里許。至大巖前。有石窟焉。乃燕寂於中。父既失子。即擯禪利多出國。訪尋其子。不知所在。經十年。祖得法受記已。行化至摩提國。忽有涼風襲眾。身心悅適非常。而不知其然。祖曰。此道德之風也。當有聖者出世。嗣續祖燈乎。言訖。以神力攝諸大眾。遊歷山谷。食頃。至一峰下。謂眾曰。此峰頂有紫雲如葢。聖人居此矣。即與大眾徘徊久之。見山舍一童子。持圓鑑直造祖前。祖問。汝幾歲邪。曰。百歲。祖曰。汝年尚幼。何言百歲。童曰。我不會理。正百歲耳。祖曰。汝善機邪。童曰。佛言。若人生百歲。不會諸佛機。未若生一日。而得決了之。祖曰。汝手中者。當何所表。童曰。諸佛大圓鑑。內外無瑕翳。兩人同得見。心眼皆相似。彼父母聞子語。即捨令出家。祖擕至本處。授具戒訖。名伽耶舍多。他時聞風吹殿鈴聲。祖問曰。鈴鳴邪。風鳴邪。舍多曰。非風鈴鳴。我心鳴耳。祖曰。心復誰乎。舍多曰。俱寂靜故。祖曰。善哉。善哉。繼吾道者。非子而誰。即付法眼。偈曰。心地本無生。因地從緣起。緣種不相妨。華果亦復爾。祖付法已。右手攀樹而化。大眾議曰。尊者樹下歸寂。其垂蔭後裔乎。將奉全身於高原建塔。眾力不能舉。即就樹下起塔。當前漢昭帝十三年丁未歲也。
室羅筏城の宝荘厳王の子。生まれてすぐ言葉を話し、常に仏事を称賛した。七歳で世俗の楽しみを厭い、偈をもって父母に告げた。「大慈の父に稽首し、血肉の母に和南いたします。私は今出家しようと思います。どうか哀愍を賜りますように。」父母が固く止めたので、彼は一日中食べず、ようやく在家での出家を許され、僧伽難提と号し、また沙門の禅利多を師とさせられた。十九年を積み、退くことも倦むこともなかった。常に自ら思った。「王宮に身を置いて、何が出家であろうか。」ある夜、天の光が下り照り、一条の平坦な道が見え、知らず知らずゆるゆると歩いて行き、約十里で大きな岩の前に至り、石窟があったので、その中で宴寂した。父はすでに子を失い、禅利多を国から追放し、子を捜したが行方が分からなかった。十年過ぎ、祖は法を得て記を受けた後、化を行って摩提国に至った。忽然として涼風が大衆を吹き、身心が非常に悦び快かったが、理由が分からなかった。祖は言った。「これは道徳の風である。必ず聖者が世に出て、祖灯を嗣ぐであろう。」言い終わると、神力をもって諸大衆を攝持し、山谷を遊歴した。一食の工夫で一つの峰の下に至り、衆人に言った。「この峰の頂に紫雲が傘蓋のようである。聖人がここに住している。」大衆とともに久しく徘徊し、山の庵に一人の童子が、円鑑を持って祖の前まで来るのを見た。祖は尋ねた。「お前は何歳か。」答えて「百歳です。」祖は言った。「お前の年はまだ幼いのに、なぜ百歳と言うのか。」童子は言った。「私は理に会しないので、ちょうど百歳です。」祖は言った。「お前は機鋒に巧みか。」童子は言った。「仏が言うには、もし人が百歳生きても諸仏の機に会せぬならば、一日生きて決了を得るに如かず。」祖は言った。「お前が手に持つものは、何を表すのか。」童子は言った。「諸仏の大円鑑は、内外に瑕翳なく、二人がともに見ると、心眼が皆似ています。」その父母は子の言葉を聞き、彼を捨てて出家させた。祖は本処に連れて行き、具足戒を授け終え、名を伽耶舍多とした。後に風が殿の鈴を鳴らすのを聞き、祖は尋ねた。「鈴が鳴るのか、風が鳴るのか。」舍多は言った。「風鈴が鳴るのではなく、我が心が鳴るのです。」祖は言った。「心はまた誰か。」舍多は言った。「みな寂静のゆえです。」祖は言った。「善いかな、善いかな。我が道を継ぐのは、お前をおいて誰がいよう。」すなわち法眼を付し、偈に言う。「心地は本来無生、因は地上で縁に随って起こる。縁と種は互いに妨げず、花と果もまたこのようである。」祖は法を付した後、右手で木を攀じて化し去った。大衆は議して言った。「尊者が樹下に帰寂したのは、後裔に蔭を垂れんとするのか。」全身を高原に奉って塔を建てようとしたが、衆人が力を尽くしても挙がらず、樹の下に塔を起した。前漢昭帝十三年丁未の歳に当たる。
十八祖伽耶舍多尊者
十八祖伽耶舍多尊者
摩提國人也。姓鬱頭藍。父天葢。母方聖。甞夢大神持鑑。因而有娠。凡七日而誕。肌體瑩如琉璃。未甞洗沐。自然香潔。幼好閑靜。語非常童。持鑑出遊。遇難提尊者。得度後。領徒至大月氏國。見一婆羅門舍有異氣。祖將入彼舍。舍主鳩摩羅多問曰。是何徒眾。祖曰。是佛弟子。彼聞佛號。心神竦然。即時閉戶。祖良久扣其門。羅多曰。此舍無人。祖曰。答無者誰。羅多聞語。知是異人。遽開關延接。祖曰。昔世尊記曰。吾滅後一千年。有大士出現於月氏國。紹隆玄化。今汝值吾。應斯嘉運。於是鳩摩羅多發宿命智。投誠出家。授具訖。付法偈曰。有種有心地。因緣能發萌。於緣不相礙。當生生不生。祖付法已。踴身虗空。現十八種神變。化火光三昧。自焚其身。眾以舍利起塔。當前漢成帝二十年戊申歲也。
摩提国の人。姓は鬱頭藍。父の名は天蓋、母の名は方聖。かつて大神が鑑を持つのを夢見て、それによって娠し、ただ七日で誕生した。肌体は瑩澈として瑠璃のごとく、洗沐しなくても自然に香潔であった。幼い頃から閑静を好み、言葉は平常の児童のようではなかった。鑑を持って遊び出て、難提尊者に遇い、度を得た後、徒衆を率いて大月氏国に至り、一戸の婆羅門の舎に異気があるのを見た。祖がその舎に入らんとすると、舎主の鳩摩羅多が尋ねた。「何の徒衆か。」祖は言った。「仏弟子である。」彼は仏の名号を聞き、心神竦然として、すぐに門を閉じた。祖は久しくその門を敲いた。羅多は言った。「この舎の中に人はいない。」祖は言った。「『いない』と答えたのは誰か。」羅多はこの言葉を聞き、異人と知り、すぐに門を開いて延接した。祖は言った。「昔世尊が記した。『我が滅後一千年、大士が月氏国に出現し、玄化を紹隆せん。』今お前が我に遇うは、まさにこの嘉運に応ずる。」そこで鳩摩羅多は宿命智を発し、誠を投じて出家した。授具が終わり、法を付す偈に言う。「種あり、心地あり、因縁は萌を発することができる。縁において礙なきとき、当にあの生を生じて生ぜず。」祖は法を付した後、身を踊らせて虚空に至り、十八種の神変を現じ、火光三昧を化して、自らその身を焚いた。衆人は舍利をもって塔を起した。前漢成帝二十年戊申の歳に当たる。
十九祖鳩摩羅多尊者
十九祖鳩摩羅多尊者
大月氏國婆羅門之子也。昔為自在天人(欲界第六天)。見菩薩瓔珞。忽起愛心。墮生忉利(欲界第二天)。聞憍屍迦說般若波羅蜜多。以法勝故。升於梵天(色界)。以根利故。善說法要。諸天尊為導師。以繼祖時至。遂降月氏。後至中天竺國。有大士名闍夜多。問曰。我家父母素信三寶。而常縈疾瘵。凡所營作。皆不如意。而我鄰家久為旃陀羅行。而身常勇徤。所作和合。彼何幸。而我何辜。祖曰。何足疑乎。且善惡之報有三時焉。凡人但見仁夭暴壽.逆吉義兇。便謂亡因果.虗罪福。殊不知影響相隨。毫𨤲靡忒。縱經百千萬劫。亦不磨滅。時闍夜多聞是語已。頓釋所疑。祖曰。汝雖已信三業。而未明業從惑生。惑因識有。識依不覺。不覺依心。心本清淨。無生滅。無造作。無報應。無勝負。寂寂然。靈靈然。汝若入此法門。可與諸佛同矣。一切善惡.有為無為。皆如夢幻。闍夜多承言領旨。即發宿慧。懇求出家。既受具。祖告曰。吾今寂滅時至。汝當紹行化跡。乃付法眼。偈曰。性上本無生。為對求人說。於法既無得。何懷決不決。又云。此是妙音如來見性清淨之句。汝宜傳布後學。言訖。即於座上。以指爪剺面。如紅蓮開出。大光明照耀四眾。而入寂滅。闍夜多起塔。當新室十四年壬午歲也。
大月氏国の婆羅門の子。昔は自在天人(欲界第六天)で、菩薩の瓔珞を見て、忽然として愛心を起こし、忉利(欲界第二天)に堕生した。憍尸迦が般若波羅蜜多(「彼岸に到る」の意、すなわち生死の此岸から解脱の彼岸に渡る)を説くのを聞き、法が殊勝なるがゆえに、梵天(色界)に昇った。根器が鋭利なるがゆえに、法要を説くに善く、諸天は尊師と為した。祖を継ぐ時が至ったので、月氏に降生した。後に中天竺国に至り、大士の名を闍夜多という者がいて、問うた。「我家の父母は一向に三宝を信じていますが、常に疾病に纏われ、凡そ営むところ皆意に如しません。一方、隣家は久しく旃陀羅の業を営んでいますが、身体は常に勇健で、作すところ皆和合します。彼は何と幸運で、私は何と罪がないのでしょう。」祖は言った。「何を疑うことがあろう。そもそも善悪の報応には三時がある。凡人はただ仁者が夭折し、暴者が長寿で、悖逆が吉利で、行義が凶であるのを見て、因果がなく罪福は虚しいと言うが、影と響が互いに随い、毫厘も差し違えないことを知らない。たとい百千万劫を経ても、磨滅することはない。」そのとき闍夜多はこの言葉を聞き、たちまち疑いを消釋した。祖は言った。「お前はすでに三業を信じたが、まだ業は惑より生じ、惑は識によって有り、識は不覚に依り、不覚は心に依ることを明らめていない。心は本来清浄で、生滅なく、造作なく、報応なく、勝負なく、寂寂然として、霊霊然としている。お前がもしこの法門に入れば、諸仏と同じことができる。一切の善悪、有為無為は、皆夢幻のごとし。」闍夜多はこの言葉を承けて旨趣を領得し、宿慧を発して出家を懇請した。すでに受具し、祖は告げた。「我は今寂滅の時が至った。お前は行化の行跡を紹継すべきである。」そこで法眼を付し、偈に言う。「性上は本来無生、対して求むる人のためにのみ説く。法においてすでに得なければ、何ぞ決或いは不決を懐かん。」また言った。「これは妙音如来の見性清浄の句である。お前は当に後学に伝布すべし。」言い終わると、座の上で爪をもって面門を劃き開き、紅蓮が開くがごとく、大光明が四衆を照耀して、寂滅に入った。闍夜多は塔を建てた。新室十四年壬午の歳(王莽新朝)に当たる。
二十祖闍夜多尊者
二十祖闍夜多尊者
北天竺國人也。智慧淵沖。化導無量。後至羅閱城。敷揚頓教。彼有學眾。唯尚辯論。為之首者。名婆修盤頭(此雲徧行)。常一食不臥。六時禮佛。清淨無欲。為眾所歸。祖將欲度之。先問彼眾曰。此徧行頭陀。能修梵行。可得佛道乎。眾曰。我師精進。何故不可。祖曰。汝師與道遠矣。設苦行歷於塵劫。皆虗妄之本也。眾曰。尊者蘊何德行而譏我師。祖曰。我不求道。亦不顛倒。我不禮佛。亦不輕慢。我不長坐。亦不懈怠。我不一食。亦不雜食。我不知足。亦不貪欲。心無所希。名之曰道。時徧行聞已。發無漏智。歡喜讚歎。祖又語彼眾曰。會吾語否。吾所以然者。為其求道心切。夫絃急即斷。故吾不贊。令其住安樂地。入諸佛智。復告徧行曰。吾適對眾。抑挫仁者。得無惱於衷乎。徧行曰。我憶念七劫前。生常安樂國。師與智者月淨。記我非久當證斯陀含果。時有大光明菩薩出世。我以老故。䇿杖禮謁。師叱我曰。重子輕父。一何鄙哉。時我自謂無過。請師示之。師曰。汝禮大光明菩薩。以杖倚壁畫佛面。以此過慢。遂失二果。我責躬悔過以來。聞諸惡言。如風如響。況今獲飲無上甘露。而反生熱惱邪。惟願大慈。以妙道垂誨。祖曰。汝久植眾德。當繼吾宗。聽吾偈曰。言下合無生。同於法界性。若能如是解。通達事理竟。祖付法已。不起於座。奄然歸寂。闍維。收舍利建塔。當後漢明帝十七年甲戌歲也。
北天竺国の人。智慧は淵深冲虚で、化導に限量なかった。後に羅閱城に至り、頓教を敷揚した。そこに学衆がいて、ただ論議を崇尙していた。彼らの首領をなす者、名を婆修盤頭(ここでは遍行と訳す)といい、常に一食にして臥せず、六時に仏を礼し、清浄にして欲なく、衆人の帰するところであった。祖は彼を度せんとして、先ずその人々に問うた。「この遍行頭陀が梵行を修して、仏道を得ることができるか。」衆人は言った。「我が師は精進です。なぜ不可でありましょう。」祖は言った。「お前たちの師は道から遠い。たとい苦行が塵劫を経ても、皆虚妄の根本である。」衆人は言った。「尊者はどのような徳を蘊積して、我が師を譏諷するのですか。」祖は言った。「我は道を求めず、また顛倒せず。我は仏を礼せず、また軽慢せず。我は長坐せず、また懈怠せず。我は一食せず、また雑食せず。我は足ることを知らず、また貪欲せず。心に希求する所がないのを、名づけて道という。」そのとき遍行はこれを聞き、無漏智を発し、歓喜して讃嘆した。祖はまたその人々に言った。「我が言葉を領会するか。我がこのようにする所以は、彼が道を求める心が切りすぎるためである。弦が急なれば断ずる。ゆえに我は許さず、彼をして安楽地に住せしめ、諸仏の智に入らしめんとする。」また遍行に告げた。「我がさきほど衆人に対して仁者を挫抑したこと、心に悩みはないか。」遍行は言った。「我が憶うに、七劫前に常安楽国に生まれ、師父と智者の月浄が我に記して、久しからずして斯陀含果を証せんとしました。当時大光明菩薩が世に出て、我は年老いたので、杖を拄いて礼謁しました。師父は我を叱責して言いました。『子を重んじ父を軽んずるとは、何と鄙陋なことか。』当時私は過ちがないと思い、師父に開示を請いました。師父は言いました。『お前が大光明菩薩を礼して、杖を壁画の仏面に倚せた。この過慢によって、すなわち二果を失った。』私が身を責め悔改して以来、種種の悪言を聞いても、風のごとく響のごとくです。いわんや今無上の甘露を飲むを得て、反って熱悩を生ぜんや。ただ大慈が妙道をもって垂誨せんことを願うのみ。」祖は言った。「お前は久しく衆徳を種殖してきた。必ず我が宗を継ぐであろう。我が偈を聴け。『言下に無生に契し、法界性に同じ。若し能くこのように解れば、事理を通達して便ち了らん。』」祖は法を付した後、座位を離れず、奄然として帰寂した。荼毘して舍利を収め、塔を建てた。後漢明帝十七年甲戌の歳に当たる。
二十一祖婆修盤頭尊者
二十一祖婆修盤頭尊者
羅閱城人也。姓毗舍佉。父光葢。母嚴一。家富而無子。父母禱於佛塔而求嗣焉。一夕。母夢吞明暗二珠。覺而有孕。經七日。有一羅漢名賢眾至其家。光葢設禮。賢眾端坐受之。嚴一齣拜。賢眾避席。雲。回禮法身大士。光葢罔測其由。遂取一寶珠跪獻。試其真偽。賢眾即受之。殊無遜謝。光葢不能忍。問曰。我是丈夫。致禮不顧。我妻何德。尊者避之。賢眾曰。我受禮納珠。貴福汝耳。汝婦懷聖子。生當為世燈慧日。故吾避之。非重女人也。賢眾又曰。汝婦當生二子。一名婆修盤頭。則吾所尊者也。二名芻尼(此雲野鵲子)。昔如來在雪山修道。芻尼巢於頂上。佛既成道。芻尼受報為那提國王。佛記雲。汝至第二五百年。生羅閱城毗舍佉家。與聖同胞。今無爽矣。後一月。果產二子。尊者婆修盤頭年至十五。禮光度羅漢出家。感毗婆訶菩薩與之授戒。行化至那提國。彼王名常自在。有二子。一名摩訶羅。次名摩拏羅。王問祖曰。羅閱城土風。與此何異。祖曰。彼土曾三佛出世。今王國有二師化導。王曰。二師者誰。祖曰。佛記第二五百年。有二神力大士出家繼聖。即王之次子摩拏羅。是其一也。吾雖德薄。敢當其一。王曰。誠如尊者所言。當捨此子作沙門。祖曰。善哉。大王能遵佛旨。即與授具。付法。偈曰。泡幻同無礙。如何不了悟。達法在其中。非今亦非古。祖付法已。踴身高半由旬。屹然而住。四眾仰瞻䖍請。復坐跏趺而逝。茶毗得舍利。建塔。當後漢殤帝十二年丁巳歲也。
羅閱城の人。姓は毘舍佉。父の名は光蓋、母の名は厳一。家は富んでいたが子がなく、父母は仏塔に祈って後嗣を求めた。ある夜、母は明・暗二つの珠を呑む夢を見、覚めて孕んだ。七日過ぎ、一人の羅漢の名を賢衆という者がその家に来た。光蓋は礼を設け、賢衆は端坐して受けた。厳一が出て拜すると、賢衆は座席を避けて言った。「法身大士に回礼します。」光蓋はその中の因縁を推し測れず、一顆の宝珠を取り跪いて献上し、彼の真偽を試した。賢衆はすぐに受け取り、全く遜謝しなかった。光蓋は堪えられず、問うた。「私は丈夫であるのに、礼を致しても顧みず。我が妻にどのような徳があって、尊者は避けたのですか。」賢衆は言った。「我が礼を受け珠を納れたのは、お前に福を得させるためである。お前の婦は聖子を懐いており、生まれて必ず世間の灯、智慧の日となる。ゆえに我は避けたのであって、女人を重んじたのではない。」賢衆はまた言った。「お前の婦は必ず二子を生む。一人を婆修盤頭といい、すなわち我が敬するところである。二人目を芻尼(ここでは野鵲子と訳す)という。昔如来が雪山で道を修していたとき、芻尼が頂上に巣を作った。仏がすでに道を成じ、芻尼は報を受けて那提国王と作った。仏が記した。『お前は第二の五百年に羅閱城毘舍佉家に生まれ、聖人と同胞となる。』今差違いない。」一月後、果たして二子を産んだ。尊者婆修盤頭は年十五にして、光度羅漢に礼して出家し、感応して毘婆訶菩薩が彼のために戒を授けた。化を行って那提国に至った。そこの国王の名は常自在といい、二子があった。一人を摩訶羅、次を摩拏羅という。王は祖に問うた。「羅閱城の土風は、ここと何が違いますか。」祖は言った。「あの土はかつて三仏が世に出ました。今王国には二師が化導しています。」王は言った。「二師とは誰ですか。」祖は言った。「仏が記した第二の五百年に、二位の神力の大士が出家して聖を継ぎます。すなわち王の次子摩拏羅がその一人です。我は徳薄いけれど、敢えてその一人に当たります。」王は言った。「果たして尊者の言うごとくならば、当にこの子を捨てて沙門と作さん。」祖は言った。「善いかな。大王が仏旨に遵うことができるならば。」すなわち彼のために具を授け、法を付し、偈に言う。「泡幻は同じく滞礙なく、如何にして了悟せざらん。法に達すればすなわちその中にあり、今にもあらず、古にもあらず。」祖は法を付した後、身を踊らせて高さ半由旬に至り、屹然として住した。四衆は仰ぎ瞻り虔請したが、また坐して結跏趺して逝した。荼毘して舍利を得、塔を建てた。後漢殤帝十二年丁巳の歳に当たる。
二十二祖摩拏羅尊者
二十二祖摩拏羅尊者
那提國常自在王之子也。年三十。遇婆修祖師出家傳法至西印度。彼國王名得度。即瞿曇種族。歸向佛乘。勤行精進。一日。於行道處。現一小塔。欲取供養。眾莫能舉。王即大會梵行.禪觀.呪術等三眾。欲問所疑。時祖亦赴此會。是三眾皆莫能辨。祖即為王廣說塔之所因(塔。阿育王造者。此不繁錄)。今之出現。王福力之所致也。王聞是說。乃曰。至聖難逢。世樂非久。即傳位太子。投祖出家。七日而證四果。祖深加慰誨曰。汝居此國。善自度人。今異域有大法器。吾當往化。得度曰。師應跡十方。動念當至。寧勞往邪。祖曰。然。於是焚香。遙語月氏國鶴勒那比丘曰。汝在彼國。教導鶴眾。道果將證。宜自知之。時鶴勒那為彼國王寶印說修多羅偈。忽覩異香成穗。王曰。是何祥也。曰。此是西印土傳佛心印祖師摩拏羅將至。先降信香耳。曰。此師神力何如。曰。此師遠承佛記。當於此土廣宣玄化。時王與鶴勒那俱遙作禮。祖知已。即辭得度比丘。往月氏國。受王與鶴勒那供養。後鶴勒那問祖曰。我止林間。已經九白(印度以一年為一白)。有弟子龍子者。幼而聰慧。我於三世推窮。莫知其本。祖曰。此子於第五劫中。生妙喜國婆羅門家。曾以旃檀施於佛宇。作槌撞鐘。受報聰敏。為眾欽仰。又問。我有何緣而感鶴眾。祖曰。汝第四劫中。甞為比丘。當赴會龍宮。汝諸弟子鹹欲隨從。汝觀五百眾中。無有一人堪任妙供。時諸弟子曰。師常說法。於食等者。於法亦等。今既不然。何聖之有。汝即令赴會。自汝捨生.趣生.轉化諸國。其五百弟子以福微德薄。生於羽族。今感汝之惠。故為鶴眾相隨。鶴勒那問曰。以何方便。令彼解脫。祖曰。我有無上法寶。汝當聽受。化未來際。而說偈曰。心隨萬境轉。轉處實能幽。隨流認得性。無喜復無憂。時鶴眾聞偈。飛鳴而去。祖跏趺。寂然奄化。
那提国常自在王の子。年三十、婆修祖師に遇って出家し法を伝え、西印度に至った。そこの国王の名は得度といい、すなわち瞿曇種族で、仏乗に帰向し、勤行精進していた。ある日、行道の処に一座の小塔が現れ、取って供養しようとしたが、衆人は皆挙げることができなかった。王はすなわち梵行・禅観・呪術など三衆を大会し、疑うところを問おうとした。当時祖もこの会に赴いた。この三衆は皆辨明することができなかった。祖はすなわち王のために広く塔の因由を説いた(塔は阿育王の造るところ、ここでは繁く録しない)。今現れたのは、王の福力の致すところである。王はこの説を聞き、便ち言った。「至聖は逢い難く、世楽は久しくあり得ない。」すなわち位を太子に伝え、祖に投じて出家した。七日にして四果を証した。祖は深く慰め誨えて言った。「お前はこの国に住して、よく自ら人を度しなさい。今異域に大法器あり、我は当に往きて度化すべし。」得度は言った。「師父は十方に応跡し、念を動かせばすなわち到る。何ぞ往くを労せん。」祖は言った。「是なり。」そこで香を焚き、遥かに月氏国の鶴勒那比丘に対して言った。「お前はあの国で鶴衆を教導し、道果は将に証せんとす。当に自ら知るべし。」当時鶴勒那はまさにそこの国王宝印のために修多羅偈を説いていたが、忽然として異香が結んで穗となるのを見た。王は言った。「これは何の祥瑞か。」答えて「これは西印土の伝仏心印の祖師摩拏羅が将に至らんとし、先に信香を降したのです。」問うて「この師父の神力はどのようなものか。」答えて「この師父は遠く仏記を承け、必ずこの土に玄化を広く宣べん。」当時王と鶴勒那は皆遥かに作礼した。祖は知って、すなわち得度比丘に辞し、月氏国に往き、王と鶴勒那の供養を受けた。後に鶴勒那は祖に問うた。「私は林間に住して、すでに九白を過ぎました(印度は一年を一白とする)。弟子に龍子という名の者がいて、幼年から聡慧で、私が三世のうちに推し窮めても、その本因が分かりません。」祖は言った。「この子は第五劫の中に妙喜国の婆羅門家に生まれ、かつて旃檀をもって仏宇に施し、槌を作って鐘を撞いた。報を受けて聡敏となり、衆人に欽仰される。」また問うて「私はどのような因縁で鶴衆を感応したのですか。」祖は言った。「お前は第四劫の中でかつて比丘で、当に龍宮の法会に赴かんとしたとき、お前の諸弟子は皆従わんと欲した。お前は五百衆の中を観察して、一人も妙供に堪える者がいなかった。当時諸弟子は言った。『師父は常に法を説き、食において平等なれば、法においても平等です。今すでにこのようでないならば、何の聖があらん。』お前はすなわち彼らをして会に赴かせた。お前が生を捨て生に趣き諸国を転化してから、その五百弟子は福微く徳薄いがゆえに、羽族に生れた。今お前の恩惠に感じて、ゆえに鶴衆として相随する。」鶴勒那は問うた。「どのような方便をもって、彼らを解脱させますか。」祖は言った。「我に無上法宝あり、お前は当に聴受し、未来際を教化すべし。」そこで偈を説いた。「心は万境に随って轉ず、轉ずる処実に能く幽深。流に随いて性を認むれば、喜びなく、また憂いもなし。」当時鶴衆は偈を聞き、飛び鳴いて去った。祖は結跏趺し、寂然として奄化した。
鶴勒那與寶印王起塔。當後漢桓帝十九年乙巳歲也。
鶴勒那と宝印王は塔を建てた。後漢桓帝十九年乙巳の歳に当たる。
