Libo

五燈会元 巻第一

宋 · 普济 · 第14巻 / 144

初參馬祖。問曰。如何是西來的的意。祖曰。禮拜著。師才禮拜。祖乃當𮌎蹋倒。師大悟。起來拊掌呵呵大笑曰。也大奇。也大奇。百千三昧無量妙義。祇向一毫頭上。識得根源去。禮謝而退。住後。每告眾曰。自從一吃馬祖蹋。直至如今笑不休。有僧作一圓相。以手撮向師身上。師乃三撥。亦作一圓相。卻指其僧。僧便禮拜。師打曰。這虗頭漢。問。如何是沙門行。師曰。動則影現。覺則冰生。問。如何是佛法大意。師乃拊掌呵呵大笑。凡接機。大約如此。

初め馬祖に參して、問うて說いた、「如何なるか是れ西來的的の意。」祖は說いた、「禮拜せよ。」老師は纔かに禮拜すれば、祖は乃ち當胸に踏み倒す。老師は大悟し、起きて掌を拊して呵呵と大笑して說いた、「大奇なるかな大奇なるかな。百千三昧無量の妙義、只だ一毫の頭上に向かいて、根源を識得し去れり。」禮謝して退く。住して後、每に衆に告げて說いた、「一に馬祖に踏まれ喫してより、直に如今に至るまで笑い休まず。」僧の一の圓相を作し、手を以て撮りて老師の身上に向かう有り。老師は乃ち三拨して、亦た一の圓相を作り、却って其の僧を指す。僧は便ち禮拜す。老師は打って說いた、「此の虛頭の漢。」問うた、「如何なるか是れ沙門の行。」老師は說いた、「動けば則ち影は現じ、覺れば則ち冰は生ず。」問うた、「如何なるか是れ佛法の大意。」老師は乃ち掌を拊して呵呵と大笑す。凡そ機に接するに、大約此の如し。

浮盃和尚

浮杯和尚

凌行婆來禮拜。師與坐吃茶。婆乃問。盡力道不得底句分付阿誰。師曰。浮盃無剩語。婆曰。未到浮盃。不妨疑著。師曰。別有長處。不妨拈出。婆斂手哭曰。蒼天中更添冤苦。師無語。婆曰。語不知偏正。理不識倒邪。為人即禍生。後有僧舉似南泉。泉曰。苦哉浮盃。被這老婆摧折一上。婆後聞笑曰。王老師猶少機關在。澄一禪客逢見行婆。便問。怎生是南泉猶少機關在。婆乃哭曰。可悲可痛。一罔措。婆曰。會麼。一合掌而立。婆曰。伎死禪和。如麻似粟。一舉似趙州。州曰。我若見這臭老婆。問教口瘂。一曰。未審和尚怎生問他。州便打。一曰。為甚麼卻打某甲。州曰。似這伎死漢不打。更待幾時。連打數棒。婆聞。卻曰。趙州合吃婆手裡棒。後僧舉似趙州。州哭曰。可悲可痛。婆聞此語。合掌歎曰。趙州眼光。爍破四天下。州令僧問。如何是趙州眼。婆乃竪立拳頭。僧回。舉似趙州。州作偈曰。當機覿面提。覿面當機疾。報汝凌行婆。哭聲何得失。婆以偈答曰。哭聲師已曉。已曉復誰知。當時摩竭國。幾喪目前機。

凌行婆が來りて禮拜す。老師は坐を與えて茶を喫す。婆は乃ち問うた、「力を盡くして道えざる底の句は阿誰に分付する。」老師は說いた、「浮杯に剩語無し。」婆は說いた、「未だ浮杯に到らざる、妨げず疑着せよ。」老師は說いた、「別に長處有らば、妨げず拈出せよ。」婆は手を斂めて哭いて說いた、「蒼天の中に更に冤苦を添う。」老師は語無し。婆は說いた、「語は偏正を知らず、理は倒邪を識らず、人を爲れば即ち禍は生ず。」後に僧の南泉に擧似する有り。泉は說いた、「苦しいかな浮杯、此の老婆の爲に摧折せらる一上。」婆は後に聞きて笑って說いた、「王老師は猶が機關を少くする在り。」澄一禪客が行婆に逢い見て、便ち問うた、「怎生か是れ南泉が猶が機關を少くする在る。」婆は乃ち哭いて說いた、「悲しむ可し痛む可し。」一は罔措す。婆は說いた、「會するか。」一は合掌して立つ。婆は說いた、「伎死の禪和は、麻の如く粟に似たり。」一は趙州に擧似す。州は說いた、「我が若し此の臭老婆を見れば、問して口を啞ならしめん。」一は說いた、「未だ審かならず和尚は怎生に他を問わん。」州は便ち打つ。一は說いた、「什麼の故に却て某甲を打つ。」州は說いた、「此の伎死の漢に似たり、打たずば更に幾時を待たん。」連れて數棒を打つ。婆は聞きて、却って說いた、「趙州は婆の手裏の棒を喫すに合す。」後に僧の趙州に擧似する有り。州は哭いて說いた、「悲しむ可し痛む可し。」婆は此の語を聞きて、合掌して歎じて說いた、「趙州の眼光は、四天下を爍破す。」州は僧をして問わしめて說いた、「如何なるか是れ趙州の眼。」婆は乃ち拳頭を豎立す。僧は回りて、趙州に擧似す。州は偈を作して說いた、「機に當りて觌面に提す、觌面に機に當りて疾し。お前に報ゆ凌行婆、哭聲は何ぞ得と失とせん。」婆は偈を以て答えて說いた、「哭聲は師已に曉れり、已に曉れるに復た誰が知らん。當時の摩竭國、幾くか目前の機を喪したる。」

潭州龍山和尚(亦云隱山)

潭州龍山和尚(亦云隱山)

問僧。甚麼處來。曰。老宿處來。師曰。老宿有何言句。曰。說則千句萬句。不說則一字也無。師曰。恁麼則蠅子放卵。僧禮拜。師便打。洞山與密師伯經由。見溪流菜葉。洞曰。深山無人。因何有菜隨流。莫有道人居否。乃共議撥草溪行。五七里間。忽見師羸形異貌。放下行李問訊。師曰。此山無路。闍黎從何處來。洞曰。無路且置。和尚從何而入。師曰。我不從雲水來。洞曰。和尚往此山多少時邪。師曰。春秋不涉。洞曰。和尚先住。此山先住。師曰。不知。洞曰。為甚麼不知。師曰。我不從人天來。洞曰。和尚得何道理。便住此山。師曰。我見兩箇泥牛鬬入海。直至於今絕消息。洞山始具威儀禮拜。便問。如何是主中賓。師曰。青山覆白雲。曰。如何是賓中主。師曰。長年不出戶。曰。賓主相去幾何。師曰。長江水上波。曰。賓主相見。有何言說。師曰。清風拂白月。洞山辭退。師乃述偈曰。三間茅屋從來住。一道神光萬境閑。莫把是非來辨我。浮生穿鑿不相關。因茲燒庵。入深山不見。後人號為隱山和尚。

僧に問うた、「什麼の處より來る。」說いた、「老宿の處より來る。」老師は說いた、「老宿に何の言句有る。」說いた、「說けば則ち千句萬句、說かざれば則ち一字も無し。」老師は說いた、「恁麼に則ち蠅子の卵を放つ。」僧は禮拜す。老師は便ち打つ。洞山と密師伯とが經由して、溪流の菜葉を見たり。洞は說いた、「深山に人無し、因何に菜の流に隨う有る。道人の居するや莫れ否。」乃ち共に議りて草を撥きて溪行す。五七里の間、忽ち老師の羸形異貌を見て、行李を放下して問訊す。老師は說いた、「此の山に路無し、闍黎は何の處よりか來る。」洞は說いた、「路無しは且く置け、和尚は何よりか入りし。」老師は說いた、「我は雲水より來らず。」洞は說いた、「和尚が此の山に住する多少の時ぞ。」老師は說いた、「春秋は渉らず。」洞は說いた、「和尚が先に住せし、此の山が先に住せし。」老師は說いた、「知らず。」洞は說いた、「什麼の故に知らざる。」老師は說いた、「我は人天より來らず。」洞は說いた、「和尚は何の道理を得て、便ち此の山に住する。」老師は說いた、「我は兩個の泥牛の鬥いで海に入るを見て、直に于今に至るまで消息を絕つ。」洞山は始めて威儀を具えて禮拜し、便ち問うた、「如何なるか是れ主中の賓。」老師は說いた、「青山は白雲を覆う。」說いた、「如何なるか是れ賓中の主。」老師は說いた、「長年戸を出でず。」說いた、「賓主は相去ること幾何ぞ。」老師は說いた、「長江の水上の波。」說いた、「賓主が相見えば、何の言說有る。」老師は說いた、「清風は白月を拂う。」洞山は辭して退く。老師は乃ち偈を述べて說いた、「三間の茅屋は從來住す、一道の神光は萬境に閑なり。是非を把りて我を辨ずること莫れ、浮生は穿鑿して相關らず。」茲に因って庵を燒きて、深山に入りて見えず。後の人は號けて隱山和尚と爲す。

襄州居士龐蘊者

襄州居士龐蘊

衡州衡陽縣人也。字道玄。世本儒業。少悟塵勞。志求真諦。唐貞元初謁石頭。乃問。不與萬法為侶者是甚麼人。頭以手掩其口。豁然有省。後與丹霞為友。一日。石頭問曰。子見老僧以來。日用事作麼生。士曰。若問日用事。即無開口處。乃呈偈曰。日用事無別。唯吾自偶諧。頭頭非取捨。處處沒張乖。朱紫誰為號。丘山絕點埃。神通並妙用。運水及搬柴。頭然之。曰。子以緇邪。素邪。士曰。願從所慕。遂不剃染。後參馬祖。問曰。不與萬法為侶者是甚麼人。祖曰。待汝一口吸盡西江水。即向汝道。士於言下頓領玄旨。乃留駐。參承二載。有偈曰。有男不婚。有女不嫁。大家團欒頭。共說無生話。自爾機辯迅捷。諸方嚮之。因辭藥山。山命十禪客相送至門首。士乃指空中雪曰。好雪。片片不落別處。有全禪客曰。落在甚處。士遂與一掌。全曰。也不得草草。士曰。恁麼稱禪客。閻羅老子未放你在。全曰。居士作麼生。士又掌曰。眼見如盲。口說如瘂。甞遊講肆。隨喜金剛經。至無我無人處致問曰。座主。既無我無人。是誰講誰聽。主無對。士曰。某甲雖是俗人。粗知信向。主曰。祇如居士意作麼生。士以偈答曰。無我復無人。作麼有疎親。勸君休歷座。不似直求真。金剛般若性。外絕一纖塵。我聞並信受。總是假名陳。主聞偈。欣然仰歎。居士所至之處。老宿多往復問醻。皆隨機應響。非格量軌轍之可拘也。元和中。北遊襄漢。隨處而居。有女名靈照。常鬻竹漉籬以供朝夕。士有偈曰。心如境亦如。無實亦無虗。有亦不管。無亦不拘。不是賢聖。了事凡夫。易復易。即此五蘊有真智。十方世界一乘同。無相法身豈有二。若捨煩惱入菩提。不知何方有佛地。護生須是殺。殺盡始安居。會得箇中意。鐵船水上浮。士坐次。問靈照曰。古人道。明明百草頭。明明祖師意。如何會。照曰。老老大大作這箇語話。

是れ衡州衡陽縣の人。字は道玄。世は本より儒業。少くして塵勞を悟りて、真諦を志し求む。唐の貞元の初め石頭に謁して、乃ち問うた、「萬法と侶と爲らざる者は是れ什麼の人ぞ。」頭は手を以て其の口を掩う。豁然として省有り。後に丹霞と友を爲す。一天、石頭は問うて說いた、「子が老僧を見てより來る、日用の事は作麼生。」士は說いた、「若し日用の事を問わば、即ち開口の處無し。」乃ち偈を呈して說いた、「日用の事は別無し、唯だ吾が自ら偶譜す。頭頭は取舍に非ず、處處は張乖を没す。朱紫は誰が號けを爲す、丘山は點埃を絕す。神通と並びに妙用とは、水を運びて柴を搬く。」頭は之を然として說いた、「子は緇を以てするか、素を以てするか。」士は說いた、「慕う所に從わんことを願う。」遂に剃染せず。後に馬祖に參して、問うて說いた、「萬法と侶と爲らざる者は是れ什麼の人ぞ。」祖は說いた、「お前が一口に西江の水を吸い盡くすを待ちて、即ちお前に向かいて道わん。」士は言下に於いて頓に玄旨を領し、乃ち留駐して、參承すること二載。偈有りて說いた、「男有るに婚せず、女有るに嫁せず。大家は團欒頭、共に無生の話を說く。」自爾より機辯は迅捷にして、諸方は之に向う。藥山を辭するに因って、山は十禪客をして相送せしめて門首に至らしむ。士は乃ち空中の雪を指して說いた、「好き雪ぞ、片片は別處に落ちず。」全禪客有りて說いた、「甚處に落つ。」士は遂に一掌を與う。全は說いた、「草草たるを得ず。」士は說いた、「恁麼に禪客と稱する、閻羅老子は未だお前を放さざる在り。」全は說いた、「居士は作麼生。」士は又た掌して說いた、「眼の見ること盲の如く、口の說くこと啞の如し。」嘗て講肆に遊びて、『金剛經』に随喜して、無我無人の處に至りて問を致して說いた、「座主、既に無我無人なり、是れ誰が講り誰が聽く。」主は對無し。士は說いた、「某甲は俗人なりと雖も、麁かに信向を知る。」主は說いた、「只だ居士の意の作麼生が如き。」士は偈を以て答えて說いた、「無我復た無人、作麼か疏親有らん。君に勸む座を歷るを休めよ、直に真を求むるに似ず。金剛般若の性は、外に一纖塵を絕つ。我聞くと並びに信受とは、總じて是れ假名の陳。」主は偈を聞きて、欣然として仰歎す。居士の至る所の處は、老宿は多く往復して問酬し、皆な機に隨りて響に應ず、格量の軌轍の拘る可きに非ざる也。元和の中、北に襄漢に遊びて、處に隨いて居す。女有りて名は靈照、常に竹漉籬を鬻ぎて朝夕を供す。士に偈有りて說いた、「心は境の如く亦た如し、實無くして亦た虛無し。有るも亦た管せず、無きも亦た拘らず。是れ賢聖ならず、事を了せる凡夫なり。易くして復た易し、即ち此の五蘊に真智有り。十方の世界は一乘と同じ、無相の法身は豈に二有らん。若し煩惱を捨てて菩提に入らば、何方に佛地有るを知らず。生を護るは須らく是れ殺せん、殺し盡くして始めて安居す。個中の意を會得すれば、鐵船は水の上に浮かぶ。」士が坐する次、靈照に問うて說いた、「古人の說く、明明たる百草の頭、明明たる祖師の意。如何に會する。」照は說いた、「老老大大として此の語話を作す。」

士曰。你作麼生。照曰。明明百草頭。明明祖師意。士乃笑。士因賣漉籬。下橋吃撲。靈照見。亦去爺邊倒。士曰。你作甚麼。照曰。見爺倒地。某甲相扶。士將入滅。謂靈照曰。視日早晚及午以報。照遽報。日已中矣。而有蝕也。士出戶觀次。靈照即登父座。合掌坐亡。士笑曰。我女鋒捷矣。於是更延七日。州牧於公頔問疾次。士謂之曰。但願空諸所有。慎勿實諸所無。好住。世間皆如影響。言訖。枕於公膝而化。遺命焚棄江湖。緇白傷悼。謂禪門龐居士。即毗耶淨名矣。有詩偈三百餘篇傳於世。

士は說いた、「お前は作麼生。」照は說いた、「明明たる百草の頭、明明たる祖師の意。」士は乃ち笑う。士は漉籬を賣るに因って、橋を下りて撲を喫す。靈照は見て、亦た爺の邊に去りて倒る。士は說いた、「お前は什麼を作す。」照は說いた、「爺の地に倒るるを見て、某甲が相扶く。」士は將に滅に入らんとして、靈照に謂えて說いた、「日の早晚を視て、午に及びて以て報え。」照は遽かに報えて說いた、「日は已に中なるも、而して蝕有る也。」士は戸を出でて觀る次、靈照は即ち父の座に登りて、合掌して坐亡す。士は笑って說いた、「我が女は鋒捷なるかな。」是に於いて更に七日を延ばす。州牧于公頔が疾を問う次、士は之に謂えて說いた、「但だ願わくは諸の所有を空くして、愼んで諸の所無を實にする勿れ。好く住せ。世間は皆な影響の如し。」言を訖えて、于公の膝に枕して化す。遺命は焚して江湖に棄つ。緇白は傷悼して、禪門の龐居士は即ち毗耶の淨名なりと謂う。詩偈三百餘篇有りて世に傳う。

五燈會元 卷第三

五燈會元巻第四

南嶽下三世

南嶽下三世

百丈海禪師法嗣

百丈海禅師法嗣

洪州黃檗希運禪師

洪州黄檗希運禅師

閩人也。幼於本州黃檗山出家。額間隆起如珠。音辭朗潤。志意沖澹。後遊天台逢一僧。與之言笑。如舊相識。熟視之。目光射人。乃偕行。屬㵎水暴漲。捐笠植杖而止。其僧率師同渡。師曰。兄要渡自渡。彼即褰衣躡波。若履平地。回顧曰。渡來。渡來。師曰。咄。這自了漢。吾早知當斫汝脛。其僧歎曰。真大乘法器。我所不及。言訖不見。師後遊京師。因人啟發。乃往參百丈。丈問。巍巍堂堂。從何方來。師曰。巍巍堂堂。從嶺南來。丈曰。巍巍堂堂。當為何事。師曰。巍巍堂堂。不為別事。便禮拜。問曰。從上宗乘如何指示。丈良久。師曰。不可教後人斷絕去也。丈曰。將謂汝是箇人。乃起。入方丈。師隨後入。曰。某甲特來。丈曰。若爾。則他後不得孤負吾。丈一日問師。甚麼處去來。曰。大雄山下採菌子來。丈曰。還見大蟲麼。師便作虎聲。丈拈斧作斫勢。師即打丈一摑。丈吟吟而笑。便歸。上堂曰。大雄山下有一大蟲。汝等諸人也須好看。百丈老漢今日親遭一口。師在南泉普請擇菜次。泉問。甚麼處去。曰。擇菜去。泉曰。將甚麼擇。師竪起刀。泉曰。祇解作賓。不解作主。師以刀點三下。泉曰。大家擇菜去。泉一日曰。老僧有牧牛歌請長老和。師曰。某甲自有師在。師辭南泉。泉門送。提起師笠曰。長老身材沒量大。笠子太小生。師曰。雖然如此。大千世界總在裡許。泉曰。王老師聻。師戴笠便行。師在鹽宮殿上禮佛次。時唐宣宗為沙彌。問曰。不著佛求。不著法求。不著僧求。長老禮拜。當何所求。師曰。不著佛求。不著法求。不著僧求。常禮如是事。彌曰。用禮何為。師便掌。彌曰。大麤生。師曰。這裡是甚麼所在。說麤說細。隨後又掌。裴相國鎮宛陵。建大禪苑。請師說法。以師酷愛舊山。還以黃檗名之。公一日拓一尊佛於師前。跪曰。請師安名。師召曰。裴休。公應諾。師曰。

閩の人である。幼い頃、本州の黄檗山で出家した。額のあいだに珠のような隆起があり、声は朗らかで、志は淡白だった。後に天台山を遊んで一人の僧に出逢い、語らい笑うこと旧知のようだった。よく見ると、その目は人を射抜くような光を放ち、それでともに行くことにした。ちょうど渓水が急に増水し、笠を脱ぎ杖を突いて立ち止まった。その僧が師を誘ってともに渡ろうとした。師は言った。「あなたが渡りたければ、自分で渡るがいい。」すると彼は衣を褰げて波の上を歩み、平地を踏むようで、振り返って言った。「渡れ、渡れ。」師は言った。「とっ、この自了漢め。お前の脛を斫ってやるべきだったと分かっていたのだ。」その僧は嘆じて言った。「まことに大乘の法器だ。私の及ぶところではない。」言い終わると姿を消した。師は後に京師を遊び、人の啓発によって百丈に参じた。丈は問うた。「堂堂たる威風の者よ、どこから来たのか。」師は言った。「堂堂たる威風で、嶺南から来ました。」丈は言った。「堂堂たる威風で、何事のために来たのか。」師は言った。「堂堂たる威風で、他の事のためではありません。」そのまま礼拜した。問うていった。「上代より伝わる宗乗を、どのように指示していただけますか。」丈はしばらく黙っていた。師は言った。「後の人々に断絶させてはなりません。」丈は言った。「てっきり汝は一人前の人かと思っていたぞ。」立ち上がって方丈に入った。師は後に続いて入り、言った。「某甲はわざわざ参じました。」丈は言った。「そうであるなら、後日、吾を裏切ってはならぬ。」丈がある日師に問うた。「どこへ行って来たのか。」答えて言った。「大雄山の下に茸を採りに行って来ました。」丈は言った。「大蟲(虎)に会ったか。」師はすぐに虎の吼え声をまねた。丈は斧を取って斫りつける構えをした。師はすぐに丈の頬を一つ張った。丈はにこにこと笑い、そのまま帰って行った。上堂して言った。「大雄山の下に一頭の大蟲がいる。汝らもよく気をつけて見ておくがいい。百丈老漢は今日、自ら一口を喰らった。」師が南泉の普請(作務)で菜を摘んでいる時、泉が問うた。「どこへ行くのか。」答えて言った。「菜を摘みに行きます。」泉は言った。「何をもって摘むのか。」師は菜切り刀を竪に立てた。泉は言った。「賓となることは解しても、主となることを解さぬな。」師は刀で三下を点じた。泉は言った。「みんなで菜を摘みに行こう。」泉がある日言った。「老僧に牧牛の歌がある。長老に和してもらいたい。」師は言った。「某甲には自分の師がおります。」師が南泉を辞すると、泉は門まで送り、師の笠をつまみ上げて言った。「長老の体躯はこれほど大きいのに、笠が小さすぎるな。」師は言った。「そうはいっても、大千世界はみなこの中に収まっています。」泉は言った。「王老師はどうなのだ。」師は笠をかぶってそのまま行ってしまった。師が塩宮の殿上で礼仏していた時、ちょうど唐の宣宗が沙弥であって、問うていった。「仏に求めず、法に求めず、僧に求めない。長老が礼拜なさるのは、何をお求めですか。」師は言った。「仏に求めず、法に求めず、僧に求めず、常にこのように礼しているだけです。」宣宗は言った。「礼して何になるのか。」師はすぐに頬を張った。宣宗は言った。「なんと粗野な。」師は言った。「ここはどんな場所だ。粗いだの細かいだのと言うのか。」続けてもう一つ張った。裴相国(裴休)が宛陵を鎮め、大きな禅苑を建てて師に説法を請うた。師が故山をことのほか愛していたので、やはり黄檗と名づけた。裴公がある日一尊の仏像を師の前に置き、跪いて言った。「師に名をお付けいただきたい。」師は呼んだ。「裴休。」公ははいと答えた。師は言った。

與汝安名竟。公禮拜。師因有六人新到。五人作禮。中一人提起坐具。作一圓相。師曰。我聞有一隻獵犬甚惡。僧曰。尋𦏪羊聲來。師曰。𦏪羊無聲到汝尋。曰。尋𦏪羊跡來。師曰。𦏪羊無跡到汝尋。曰。尋𦏪羊蹤來。師曰。𦏪羊無蹤到汝尋。曰。與麼則死𦏪羊也。師便休去。明日陞堂曰。昨日尋𦏪羊僧出來。僧便出。師曰。昨日公案未了。老僧休去。你作麼生。僧無語。師曰。將謂是本色衲僧。元來祇是義學沙門。便打趂出。師一日揑拳曰。天下老和尚。總在這裡。我若放一線道。從汝七縱八橫。若不放過。不消一揑。僧問。放一線道時如何。師曰。七縱八橫。曰。不放過。不消一揑時如何。師曰。普。裴相國一日請師至郡。以所解一編示師。師接置於座。略不披閱。良久曰。會麼。裴曰。未測。師曰。若便恁麼會得。猶較些子。若也形於紙墨。何有吾宗。裴乃贈詩一章曰。自從大士傳心印。額有圓珠七尺身。掛錫十年棲蜀水。浮盃今日渡漳濵。一千龍象隨高步。萬裡香花結勝因。擬欲事師為弟子。不知將法付何人。師亦無喜色。自爾黃檗門風。盛於江表矣。一日上堂。大眾雲集。乃曰。汝等諸人慾何所求。以拄杖趂之。大眾不散。師卻復坐曰。汝等諸人盡是噇酒糟漢。恁麼行腳。取笑於人。但見八百一千人處便去。不可圖他熱閙也。老漢行腳時。或遇草根下有一箇漢。便從頂門上一錐。看他若知痛癢。可以布袋盛米供養他。可中總似汝如此容易。何處更有今日事也。汝等既稱行腳。亦須著些精神好。還知道大唐國內無禪師麼。時有僧問。諸方尊宿盡聚眾開化。為甚麼卻道無禪師。師曰。不道無禪。祇是無師。闍黎不見馬大師下有八十四人坐道場。得馬師正法眼者止三兩人。廬山歸宗和尚是其一。夫出家人。須知有從上來事分始得。且如四祖下牛頭。橫說竪說。猶未知向上關捩子。

(師は続けて言った。)「お前に名を付け終えたぞ。」公は礼拜した。師のところに六人の新参が来たので、五人は礼をしたが、中の一人は坐具を掲げて円相(円を描くしぐさ)を作った。師は言った。「聞いたところ、ひどく悪い猟犬が一隻いるそうだな。」僧は言った。「羚羊の声を尋ねて来ました。」師は言った。「羚羊に声はない。何を尋ねるのか。」曰く、「羚羊の跡を尋ねて来ました。」師は言った。「羚羊に跡はない。何を尋ねるのか。」曰く、「羚羊の蹤を尋ねて来ました。」師は言った。「羚羊に蹤はない。何を尋ねるのか。」曰く、「それでは死んだ羚羊です。」師はそのまま引き下がってしまった。翌日、陞堂して言った。「昨日羚羊を尋ねた僧、出て来い。」僧はすぐに出た。師は言った。「昨日の公案はまだ了していないが、老僧はもう休んだ。お前はどうする。」僧は答えられなかった。師は言った。「てっきり本色の衲僧かと思ったら、元はといえばただの義学沙門だった。」すぐに打って追い出した。師がある日拳を握って言った。「天下の老和尚はみなここにいる。吾が一筋の道を放てば、お前たちは七縦八横に自在だ。放さなければ、一握りで消えてしまう。」僧が問うた。「一筋の道を放つ時はどうなりますか。」師は言った。「七縦八横。」曰く、「放さず一握りで消える時はどうなりますか。」師は言った。「普。」裴相国がある日師を郡に迎え、自分が著した一編を師に示した。師は受け取って座に置き、少しも開こうとしなかった。しばらくして言った。「会得したか。」裴は言った。「測りかねます。」師は言った。「そのまま会得できたなら、まだいくらかましだ。紙墨に形づけたなら、吾宗の何たるかがあろうか。」裴はそこで詩一首を贈った。「大士より心印を伝えしより、額に円珠ある七尺の身。錫を掛けて十年蜀水に棲み、杯を浮かべて今日漳濱を渡る。一千の龍象は高き歩みに随い、万里の香花は勝縁を結ぶ。師に仕えて弟子と為らんと愿うも、法を何人に付さんか知らず。」師もまた喜色を見せなかった。これより黄檗の門風は江表に盛んとなった。ある日上堂して、大衆が雲集した。そこで言った。「汝らは何を求めて来たのか。」拄杖で追い払った。大衆は散らなかった。師はまた座に戻って言った。「お前たちは皆、酒粕を喰らうような輩だ。そんな行脚をして人に笑われる。千人八百人のいる所を見ればそこへ行く。人のにぎやかさを当てにしてはならぬ。老漢が行脚していた頃、草むらの下に一人の漢に会えば、すぐに天灵の上から一錐を与えた。彼が痛痒を知るなら、布袋に米を盛って供養してやれる。みなお前たちのようにこんな容易なことなら、どうして今日の事があろうか。お前たちは行脚と名乗るからには、少しは気骨を持たねばならぬ。大唐国内に禅師がいないことを知っているか。」その時、僧が問うた。「諸方の尊宿はみな衆を集めて教化しているのに、なぜ禅師がいないと言うのですか。」師は言った。「禅がないとは言わぬ。ただ師がいないだけだ。闍黎は見ないか、馬大師の下に八十四人が道場に坐したが、馬師の正法眼を得た者はわずか二三人だった。廬山の帰宗和尚はその一人だ。出家した者は、上代より伝わる事の分を知っていてこそ一人前だ。たとえば四祖の下の牛頭は、横説竪説しても、なお向上の關捩子を知らなかった。」

有此眼目。方辨得邪正宗黨。且當人事宜。不能體會得。但知學言語念。向皮袋裡安著。到處稱我會禪。還替得汝生死麼。輕忽老宿。入地獄如箭。我才見汝入門來。便識得了也。還知麼。急須努力。莫容易事。持片衣口食。空過一生。明眼人笑汝。久後總被俗漢筭將去在。宜自看遠近。是阿誰面上事。若會即便會。若不會即散去。珍重。問。如何是西來意。師便打。自餘施設。皆被上機。中下之流。莫窺涯涘。唐大中年終於本山。諡斷際禪師。

(師は続けて言った。)「この眼目があってこそ、邪正の宗徒を弁別できる。さて目の前の人事すら体会できずに、ただ言葉を学び覚えて皮袋の中に収め、どこへ行っても『私は禅を会している』と言い張る。それでお前の生死に代われるか。老宿を軽んじれば、地獄に入ること箭のごとし。お前が門に入って来ただけで、もう見抜いていたのだ。分かるか。急いで努力しなさい。たやすいことと思うな。わずかの衣と食を得て、空しく一生を過ごすな。明眼の人はお前を笑う。後には皆、俗物に数えられてしまう。自ら遠近をよく見よ。これは誰の顔の上の事なのか。会するならそのまま会し、会せないなら散って行け。珍重。」問うた。「西来意とは何ですか。」師はすぐに打った。そのほかの施設は、みな上根の機に応じたもので、中下の輩には涯も涯も見えなかった。唐の大中年間に本山で遷化した。諡は断際禅師。

福州長慶大安禪師(號懶安)

福州長慶大安禅師(号は懶安)

郡之陳氏子。受業於黃檗山。習律乘。甞自念言。我雖勤苦。而未聞玄極之理。乃孤錫遊方。將往洪井。路出上元。逢一老父謂師曰。師往南昌。當有所得。師即造百丈。禮而問曰。學人慾求識佛。何者即是。丈曰。大似騎牛覔牛。師曰。識得後如何。丈曰。如人騎牛至家。師曰。未審始終如何保任。丈曰。如牧牛人執杖視之。不令犯人苗稼。師自茲領旨。更不馳求。同參祐禪師。創居溈山。師躬耕助道。及祐歸寂。眾請接踵住持。上堂。汝諸人總來就安。求覔甚麼。若欲作佛。汝自是佛。擔佛傍家走。如渴鹿趂陽𦦨相似。何時得相應去。汝欲作佛。但無許多顛倒攀緣.妄想惡覺.垢淨眾生之心。便是初心正覺佛。更向何處別討所以。安在溈山三十來年。吃溈山飯。屙溈山屎。不學溈山禪。祇看一頭水牯牛。若落路入草。便把鼻孔拽轉來。才犯人苗稼。即鞭撻。調伏既久。可憐生受人言語。如今變作箇露地白牛。常在面前。終日露迥迥地。趂亦不去。汝諸人各自有無價大寶。從眼門放光。照見山河大地。耳門放光。領釆一切善惡音響。如是六門。晝夜常放光明。亦名放光三昧。汝自不識取。影在四大身中。內外扶持。不教傾側。如人負重擔。從獨木橋上過。亦不教失腳。且道是甚麼物任持。便得如是。且無絲髮可見。豈不見誌公和尚雲。內外追尋覔總無。境上施為渾大有。珍重。僧問。一切施為是法身用。如何是法身。師曰。一切施為是法身用。曰。離卻五蘊。如何是本來身。師曰。地水火風。受想行識。曰。這箇是五蘊。師曰。這箇異五蘊。問。此陰已謝.彼陰未生時如何。師曰。此陰未謝。那箇是大德。曰。不會。師曰。若會此陰。便明彼陰。問。大用現前.不存軌則時如何。師曰。汝用得但用。僧乃脫膊。遶師三匝。師曰。向上事何不道取。僧擬開口。師便打。曰。這野狐精出去。有僧上法堂。

その郡の陳氏の子。黄檗山で受業し、律乗を学んだ。嘗て自ら念じた。「私は勤苦しているが、まだ玄奥の極理を聞いていない。」そこで錫杖一本で行脚に出た。洪州に向かう途中、上元を通った時、一人の老人が師に言った。「師が南昌へ行けば、得るものがあるでしょう。」師はすぐに百丈のもとへ行き、礼して問うた。「学人は仏を識りたいと求めています。どれがそれですか。」丈は言った。「まるで牛に乗って牛を探すようなものだ。」師は言った。「識り得た後はどうなりますか。」丈は言った。「人が牛に乗って家に帰るようなものだ。」師は言った。「始終どのように保任すべきか、まだ分かりません。」丈は言った。「牧童が杖を執って牛を見守り、人の苗や作物を荒らさせないようにするようなものだ。」師はこれによって旨を領し、もはや外へ駆け求めなかった。同参の祐禅師が沩山を開いて居すると、師は自ら耕して道を助けた。祐が寂すると、衆は師に跡を継いで住持するよう請うた。上堂して言った。「お前たちは皆、安のところに集まって来て、何を探しているのか。仏になりたいのなら、お前はすでに仏だ。仏を担いで他家を走り回るのは、渇いた鹿が陽炎を追うようなもので、いつ応え得るだろうか。仏になりたければ、多くの顛倒・攀縁・妄想・悪覚・垢浄衆生の心さえなければ、それがそのまま初心正覚の仏だ。どこへ別に道理を求めに行くのか。安は沩山で三十年来、沩山の飯を食い、沩山の糞を垂れ、沩山の禅は学ばず、ただ一頭の水牯牛を見ているだけだ。路を外れて草に入れば、すぐ鼻輪を引いて戻す。人の苗や作物を荒らせば、すぐ鞭打つ。調伏して久しく、かわいそうに人の言葉を聞くようになった。今では露地の白牛と化して、常に目の前にいて、一日中あらわに光って、追っても去らない。お前たちにはそれぞれ無価の大宝がある。眼の門から光を放って山河大地を照らし、耳の門から光を放って一切の善悪の音響を聞き取る。このような六門は、昼夜つねに光明を放つ。放光三昧とも名づく。お前は自分で見出さないが、その光は四大の身の中にあって、内外を支えて倒れさせない。人が重い荷を負って一本橋を渡るように、足を踏み外させもしない。さあ言ってみよ、何が支えていればこのようになるのか。しかも糸髪ほども見えるものがない。志公和尚が言ったではないか、『内外に追い求めても何もなく、境に施為すれば実に大有』と。珍重。」僧が問うた。「一切の施為は法身の用です。法身とは何ですか。」師は言った。「一切の施為は法身の用だ。」曰く、「五蘊を離れて、本来の身とは何ですか。」師は言った。「地水火風、受想行識だ。」曰く、「それは五蘊です。」師は言った。「それは五蘊とは異なる。」問うた。「この陰がすでに謝し、あの陰がまだ生じない時はどうですか。」師は言った。「この陰はまだ謝していない。あれは大徳だ。」曰く、「会しません。」師は言った。「この陰を会すれば、あの陰が明らかになる。」問うた。「大用が現前して軌則を存しない時はどうですか。」師は言った。「お前は用いられるならただ用いよ。」僧はそこで衣服を脱ぎ、師の周りを三度回った。師は言った。「向上の事をどうして言い取らない。」僧が口を開こうとした。師はすぐに打って言った。「この野狐精め、出て行け。」ある僧が法堂に上がり、

顧視東西。不見師。乃曰。好箇法堂。祇是無人。師從門裡出。曰。作麼。僧無對。雪峰因入山採得一枝木。其形似虵。於背上題曰。本自天然。不假雕琢。寄與師。師曰。本色住山人。且無刀斧痕。僧問。佛在何處。師曰。不離心。又問。雙峰上人。有何所得。師曰。法無所得。設有所得。得本無得。問。黃巢軍來。和尚向甚麼處迴避。師曰。五蘊山中。曰。忽被他捉著時如何。師曰。惱亂將軍。師大化閩城。唐中和三年歸黃檗示寂。塔於楞伽山。諡圓智禪師。

東西を見回して師の姿がないので、言った。「立派な法堂だが、人がいない。」師は門の陰から出て、言った。「何か用か。」僧は答えられなかった。雪峯が山に入って一枝の木を採り、その形が蛇に似ていたので、背に書きつけた。「本より天然、雕琢を仮らず。」師に送った。師は言った。「本色の住山人で、しかも刀斧の痕がない。」僧が問うた。「仏はどこにいますか。」師は言った。「心を離れない。」また問うた。「双峯の上人は、何を得たのですか。」師は言った。「法に得る所はない。たとい得る所があっても、その得は本より得がない。」問うた。「黄巣の軍が来たら、和尚はどこへお避けになりますか。」師は言った。「五蘊山の中。」曰く、「もし彼に捕まえられたらどうします。」師は言った。「将軍を悩ませ乱す。」師は閩城で大いに教化した。唐の中和三年、黄檗に帰って示寂した。楞伽山に塔を建てた。諡は円智禅師。

杭州大慈山寰中禪師

杭州大慈山寰中禅師

蒲坂盧氏子。頂骨圓聳。其聲如鐘。少丁母憂。廬於墓所。服闋思報罔極。乃於幷州童子寺出家。嵩嶽登戒。習諸律學。後參百丈。受心印。辭往南嶽常樂寺。結茅于山頂。一日。南泉至。問。如何是庵中主。師曰。蒼天。蒼天。泉曰。蒼天且置。如何是庵中主。師曰。會即便會。莫忉忉。泉拂袖而出。後住大慈。上堂。山僧不解答話。秖能識病。時有僧出。師便歸方丈。(法眼雲。眾中喚作病在目前。不識。玄覺雲。且道大慈識病不識病。此僧出來是病不是病。若言是病。每日行住不可總是病。若言不是病。出來又作麼生)。趙州問。般若以何為體。師曰。般若以何為體。州大笑而出。明日。州掃地次。師曰。般若以何為體。州置帚。拊掌大笑。師便歸方丈。僧辭。師問。甚麼處去。曰。江西去。師曰。我勞汝一段事得否。曰。和尚有甚麼事。師曰。將取老僧去得麼。曰。更有過於和尚者。亦不能將去。師便休。僧後舉似洞山。山曰。闍黎爭合恁麼道。曰。和尚作麼生。山曰。得(法眼別雲。和尚若去。某甲提笠子)。山又問其僧。大慈別有甚麼言句。曰。有時示眾曰。說得一丈。不如行取一尺。說得一尺。不如行取一寸。山曰。我不恁麼道。曰。和尚作麼生。山曰。說取行不得底。行取說不得底(雲居雲。行時無說路。說時無行路。不說不行時。合行甚麼路。洛浦雲。行說俱到。即本分事無。行說俱不到。即本分事在)。後屬武宗廢教。師短褐隱居。大中歲重剃染。大揚宗旨。咸通三年不疾而逝。僖宗諡性空大師。

蒲坂の盧氏の子。頂骨は丸く高く、声は鐘のようだった。幼くして母を亡くし、墓のそばに庵を結んだ。服喪が終わると罔極の恩に報いようと思い、并州の童子寺で出家した。嵩岳で具足戒を受け、諸々の律学を学んだ。後に百丈に参じて心印を受けた。辞して南岳の常楽寺に向かい、山頂に茅庵を結んだ。ある日、南泉が来て問うた。「庵の中の主とは何か。」師は言った。「蒼天、蒼天。」泉は言った。「蒼天はさておき、庵の中の主とは何か。」師は言った。「会するならただ会せよ。ごちゃごちゃ言うな。」泉は袖を払って出て行った。後に大慈に住した。上堂して言った。「山僧は問答に応じることはしない。ただ病を見分けるだけだ。」その時、一人の僧が出た。師はすぐに方丈に帰った。(法眼は言った。「衆の中で『病が目前にある』と呼ばれても、識らなかったのだ。」玄覚は言った。「さあ言ってみよ、大慈は病を識ったのか識らなかったのか。この僧が出て来たのは病か、病ではないか。もし病だと言うなら、毎日の行住がすべて病とは言えまい。もし病でないと言うなら、出て来て何をしようというのか。」)趙州が問うた。「般若は何を以って体とするか。」師は言った。「般若は何を以って体とするか。」州は大笑して出て行った。翌日、州が掃除をしている時、師は言った。「般若は何を以って体とするか。」州は箒を置き、手を叩いて大笑した。師はすぐに方丈に帰った。僧が辞した。師は問うた。「どこへ行く。」曰く、「江西へ行きます。」師は言った。「お前に一件頼んでもいいか。」曰く、「和尚にどんな用事がありますか。」師は言った。「老僧を連れて行ってくれるか。」曰く、「和尚以上のものでも、連れて行くことはできません。」師はそのままやめた。その僧は後にこの話を洞山に挙げて聞かせた。山は言った。「闍黎、どうしてそんなことを言うのか。」曰く、「和尚ならどうします。」山は言った。「連れて行く。」(法眼は別に言った。「和尚が行かれるなら、某甲が笠をお持ちしましょう。」)山はまたその僧に問うた。「大慈にはほかにどんな言句がある。」曰く、「時々衆に示して言います、『一丈説き得るより一尺行い取るが如かず。一尺説き得るより一寸行い取るが如かず』と。」山は言った。「私はそうは言わぬ。」曰く、「和尚はどう言いますか。」山は言った。「行えないことを説き取り、説けないことを行い取る。」(雲居は言った。「行う時は説く路がなく、説く時は行う路がない。説かず行わない時は、どの路を行うべきか。」洛浦は言った。「行も説も俱に至れば、本分の事はない。行も説も俱に至らなければ、本分の事がある。」)後に武宗の廃仏に遭い、師は粗衣を着て隠居した。大中の年に再び剃染し、大いに宗旨を興揚した。咸通三年、病むことなく逝った。僖宗は性空大師と諡した。

天台平田普岸禪師

天台平田普岸禅師

洪州人也。於百丈門下得旨。後聞天台勝槩。聖賢間出。思欲高蹈方外。遠追遐躅。乃結茅薙草。宴寂林下。日居月諸。為四眾所知。創平田禪院居之。上堂。神光不昧。萬古徽猷。入此門來。莫存知解。便下座。僧參。師打一拄杖。其僧近前把住拄杖。師曰。老僧適來造次。僧卻打師一拄杖。師曰。作家。作家。僧禮拜。師把住曰。是闍黎造次。僧大笑。師曰。這箇師僧今日大敗也。臨濟訪師。到路口先逢一嫂在田使牛。濟問嫂。平田路向甚麼處去。嫂打牛一棒曰。這畜生到處走。到此路也不識。濟又曰。我問你平田路向甚麼處去。嫂曰。這畜生五歲尚使不得。濟心語曰。欲觀前人。先觀所使。便有抽釘拔楔之意。及見師。師問。你還曾見我嫂也未。濟曰。已收下了也。師遂問。近離甚處。濟曰。江西黃檗。師曰。情知你見作家來。濟曰。特來禮拜和尚。師曰。已相見了也。濟曰。賓主之禮。合施三拜。師曰。既是賓主之禮。禮拜著。有偈示眾曰。大道虗曠。常一真心。善惡莫思。神清物表。隨緣飲啄。更復何為。終於本院。遺塔存焉。

洪州の人である。百丈の門下で旨を得た。後に天台の勝れた景観を聞き、聖賢が代々出ていると思い、俗世を超えて高く住し、遠い古人の跡を追おうとして、茅を結び草を刈り、林の下に静かに住んだ。月日が経つうちに四衆に知られ、平田禅院を創って住した。上堂して言った。「神光は昧らず、万古の美しい法則。この門に入って来たら、知解を蓄えるな。」そのまま下座した。僧が参ずると、師は拄杖で一打した。その僧は近寄って拄杖をつかんだ。師は言った。「老僧がさっき軽率だった。」僧はかえって師に一打した。師は言った。「手だれだ、手だれだ。」僧は礼拜した。師はつかんで言った。「それは闍黎の軽率だ。」僧は大笑した。師は言った。「この師僧は今日大敗したな。」臨済が師を訪ねて、道の口に着くと先ず一人の女性が田で牛を使っていた。済は彼女に問うた。「平田への道はどちらへ行くのですか。」彼女は牛に一棒を打って言った。「この畜生はあちこち歩き回るくせに、ここへ来て道も知らない。」済はまた言った。「私は平田への道を尋ねたのですが。」彼女は言った。「この畜生は五歳にもなってまだ使い物にならない。」済は心の中で思った。「先達を見ようと思うなら、まずその使うものを見よ。」そこで釘を抜き楔を除く意を抱いた。師に会うと、師は問うた。「お前はわしの彼女に会ったことがあるか。」済は言った。「もう収めてしまいました。」師はそこで問うた。「近くどこを離れて来た。」済は言った。「江西の黄檗です。」師は言った。「お前が手だれに会って来たことは分かっていた。」済は言った。「わざわざ和尚を礼しに来ました。」師は言った。「もう会ってしまったぞ。」済は言った。「賓主の礼では三拜を施すべきです。」師は言った。「賓主の礼なら、礼しなさい。」衆に示した偈があった。「大道は虚曠、常に一つの真心。善悪を思うな、神は清く物の表。縁に随って啄ばみ飲み、さらに何を為さん。」本院で寂し、遺塔が残っている。

瑞州五峰常觀禪師

瑞州五峯常観禅師

僧問。如何是五峰境。師曰。險。曰。如何是境中人。師曰。塞。僧辭。師曰。甚麼處去。曰。臺山去。師竪一指曰。若見文殊了。卻來這裡與汝相見。僧無語。師問。僧甚麼處來。曰。莊上來。師曰。汝還見牛麼。曰。見。師曰。見左角。見右角。僧無語。師代曰。見無左右(仰山別雲。還辨左右麼)。又僧辭。師曰。汝諸方去。莫謗老僧在這裡。曰。某甲不道和尚在這裡。師曰。汝道老僧在甚麼處。僧竪起一指。師曰。早是謗老僧也。

僧が問うた。「五峯の境とはどのようなものですか。」師は言った。「険しい。」曰く、「境の中の人とはどのようなものですか。」師は言った。「塞がっている。」僧が辞しようとした。師は言った。「どこへ行く。」曰く、「台山へ行きます。」師は指一本を立てて言った。「文殊に会い終わったら、ここへ来てお前に会おう。」僧は答えられなかった。師は問うた。「僧はどこから来た。」曰く、「荘上から来ました。」師は言った。「お前は牛を見たか。」曰く、「見ました。」師は言った。「左の角を見たか、右の角を見たか。」僧は答えられなかった。師は代わって言った。「見るに左右はない。」(仰山は別に言った。「まだ左右を弁じられるか。」)また僧が辞した。師は言った。「お前は諸方へ行っても、老僧がここにいるなどと謗るなよ。」曰く、「某甲は和尚がここにいるとは言いません。」師は言った。「では老僧はどこにいると言う。」僧は指一本を立てた。師は言った。「それでもう老僧を謗ったぞ。」

潭州石霜山性空禪師

潭州石霜山性空禅師

僧問。如何是祖師西來意。師曰。如人在千尺井中。不假寸繩。出得此人。即答汝西來意。僧曰。近日湖南暢和尚出世。亦為人東語西話。師喚沙彌。拽出這死屍著(沙彌即仰山。山後問耽源。如何出得井中人。源曰。咄。痴漢。誰在井中。山復問溈山。溈召慧寂。山應諾。溈曰。出也。仰山住後。常舉前語謂眾曰。我在耽源處得名。溈山處得地)。

僧が問うた。「祖師西来の意とは何ですか。」師は言った。「人が千尺の井戸の中にいるとする。寸の綱も借りずにその人を出せたら、お前の西来意に答えよう。」僧は言った。「近頃湖南の暢和尚が出世して、人のためにあれこれ説いています。」師は沙弥を呼んで言った。「この死体を引きずり出せ。」(沙弥とは仰山のこと。山は後に耽源に問うた。「どうすれば井戸の中の人を出せますか。」源は言った。「とっ、愚痴な奴め、誰が井戸の中にいるというのか。」山はまた潙山に問うた。潙は慧寂と呼んだ。山ははいと答えた。潙は言った。「出たぞ。」仰山が住職となった後、いつもこの話を挙げて衆に言った。「私は耽源のところで名を得、潙山のところで地を得た。」)

福州古靈神贊禪師

福州古霊神賛禅師

本州大中寺受業。後行腳遇百丈開悟。卻回受業。本師問曰。汝離吾在外。得何事業。曰。並無事業。遂遣執役。一日。因澡身命師去垢。師乃拊背曰。好所佛堂而佛不聖。本師回首視之。師曰。佛雖不聖。且能放光。本師又一日在牕下看經。蜂子投牕紙求出。師覩之曰。世界如許廣濶不肯出。鑽他故紙驢年去。遂有偈曰。空門不肯出。投窓也大痴。百年鑽故紙。何日出頭時。本師置經。問曰。汝行腳遇何人。吾前後見汝發言異常。師曰。某甲蒙百丈和尚指箇歇處。今欲報慈德耳。本師於是告眾致齋。請師說法。師乃登座。舉唱百丈門風曰。靈光獨耀。迥脫根塵。體露真常。不拘文字。心性無染。本自圓成。但離妄緣。即如如佛。本師於言下感悟曰。何期垂老得聞極則事。師後住古靈。聚徒數載。臨遷化。剃浴聲鐘告眾曰。汝等諸人。還識無聲三昧否。眾曰。不識。師曰。汝等靜聽。莫別思惟。眾皆側聆。師儼然順寂。塔存本山。

本州の大中寺で受業した。後に行脚して百丈に遇って悟りを開き、受業の寺に戻った。本師が問うて言った。「お前は私を離れて外で、どんな修業をして来た。」曰く、「何の修業もありません。」そこで雑役を命じられた。ある日、沐浴の時に師に背中の垢をこすらせた。師は背中を撫でて言った。「立派な佛堂なのに、仏が聖ではない。」本師は顔を回して彼を見た。師は言った。「仏は聖でなくとも、光を放つことはできる。」本師がまたある日窓の下で経を読んでいると、蜂が窓紙にぶつかって出ようとしていた。師はそれを見て言った。「世界はこれほど広いのに出ようとせず、古い紙を鑚って驢年までも行く気か。」そこで偈を述べた。「空門から出ようとしない、窓に向かうも大いに愚か。百年古紙を鑚り続けて、いつの日か頭を出す時が来よう。」本師は経を置いて問うた。「お前は行脚して誰に会ったのか。近頃お前の発言がいつもと違うのを見ていた。」師は言った。「某甲は百丈和尚に歇み所を指していただき、今はその慈徳に報いたいだけです。」本師はここにおいて衆に告げて斎を設け、師に説法を請うた。師は座に上がり、百丈の門風を挙唱して言った。「霊光は独り耀き、迥かに六根六塵を脱する。体は真常を露し、文字に拘らない。心性は染まることなく、もとより自ら円成している。ただ妄縁を離れれば、すなわち如如の仏だ。」本師はこの言葉のもとで悟りを得て言った。「思いもかけず、老いさきがけて極則の事を聞けた。」師は後に古霊に住して、数年のあいだ徒を集めた。遷化に臨み、剃髪・沐浴して鐘を鳴らして衆に告げて言った。「お前たちは、無声三昧を識るか。」衆は言った。「識りません。」師は言った。「お前たちは静かに聴け。よけいな思惟をするな。」衆は皆耳を傾けた。師は厳として安らかに寂した。塔は本山に残っている。

廣州和安寺通禪師

広州和安寺通禅師

婺州雙林寺受業。自幼寡言。時人謂之不語通。因禮佛次。有禪者問。座主禮底是甚麼。師曰。是佛。禪者乃指像曰。這箇是何物。師無對。至夜。具威儀禮問。今日所問。某甲未知意旨如何。禪者曰。座主幾夏邪。師曰。十夏。禪者曰。還曾出家也未。師轉茫然。禪者曰。若也不會。百夏奚為。乃命同參馬祖。及至江西。祖已圓寂。遂謁百丈。頓釋疑情。有人問師。是禪師否。師曰。貧道不曾學禪。師良久。召其人。其人應諾。師指椶櫚樹子。其人無對。師一日召仰山將床子來。山將到。師曰。卻送本處著。山從之。師召。慧寂。山應諾。師曰。床子那邊是甚麼物。山曰。枕子。師曰。枕子這邊是甚麼物。山曰。無物。師復召。慧寂。山應諾。師曰。是甚麼。山無對。師曰。去。

婺州の双林寺で受業した。幼い頃から口数が少なく、当時の人は彼を「不語通」と呼んだ。礼仏していた時、一人の禅者が問うた。「座主が礼しているものは何ですか。」師は言った。「仏です。」禅者は仏像を指して言った。「これは何物ですか。」師は答えられなかった。夜になって、威儀を整えて礼して尋ねた。「今日のご質問の意旨が、某甲には分かりません。」禅者は言った。「座主は何夏ですか。」師は言った。「十夏です。」禅者は言った。「本当に出家したことがあるのか。」師はいっそう茫然とした。禅者は言った。「これが分からないなら、百夏いても何になる。」そこで馬祖に参ずるよう命じられた。江西に着いた時、馬祖はすでに円寂していたので、百丈に謁して、たちまち疑いが晴れた。ある人が師に問うた。「あなたは禅師ですか。」師は言った。「貧道は禅を学んだことがない。」師はしばらくしてその人を呼んだ。その人ははいと答えた。師は棕櫚の木を指した。その人は答えられなかった。師がある日仰山を呼んで「牀子を持って来い」と言った。山が持って来ようとした。師は言った。「元の所へ戻せ。」山は従った。師は呼んだ。「慧寂。」山ははいと答えた。師は言った。「牀子の向こう側は何物だ。」山は言った。「枕です。」師は言った。「枕のこちら側は何物だ。」山は言った。「物はありません。」師はまた呼んだ。「慧寂。」山ははいと答えた。師は言った。「それは何だ。」山は答えられなかった。師は言った。「行け。」

江州龍雲臺禪師

江州龍雲台禅師

僧問。如何是祖師西來意。師曰。昨夜欄中失卻牛。

僧が問うた。「祖師西来の意とは何ですか。」師は言った。「昨夜、欄の中で牛を失いました。」

京兆衛國院道禪師

京兆衛国院道禅師

新到參。師問。何方來。曰。河南來。師曰。黃河清也未。僧無對(溈山代雲。小小狐兒。要過但過。用疑作甚麼)。師不安。不見客。有人來謁。乃曰。久聆和尚道德。忽承法體違和。略請和尚相見。師將缽鐼盛缽楮。令侍者擎出呈之。其人無對。

新参が来て参じた。師は問うた。「どこから来た。」曰く、「河南から来ました。」師は言った。「黄河は清くなったか。」僧は対がなかった。(潙山は代わって言った。「小さな狐の子よ、渡りたければ渡れ、何を疑うことがあろう。」)師は体調が優れず、客に会わなかった。ある人が謁しに来て、言った。「久しく和尚の道徳を仰ぎ聞いておりましたが、忽ち法体が違和されたと承り、どうかひと目和尚にお目にかかりたい。」師は鉢鐼に鉢楮を盛らせ、侍者に掲げて出て呈させた。その人は対がなかった。

鎮州萬歲和尚

鎮州万歳和尚

僧問。大眾雲集。合譚何事。師曰。序品第一(歸宗柔別雲。禮拜了去)。

僧が問うた。「大衆が雲集しています。いったい何事を談ずべきですか。」師は言った。「序品第一。」(帰宗柔は別に言った。「礼拜し終わったら去れ。」)

洪州東山慧禪師

洪州東山慧禅師

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