Libo

巻十三・慕農占験集全一

清 · 刘赤江(慕农) · 第14巻 / 15

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

仕宦章第一

庚辰三月庚辰日子時戌將,鄉友陳立齋占胡省文庶常朝考可留館否。午、辰、寅。子寅辰午、寅辰午庚。此公不待散館而回,且有不測之憂。蓋因課得顧祖,有得其舊廬之象。且馬至四重,其行必疾,是以知其不待散館而回也。又干上神空亡,喪吊全逢,且作日辰之兩鬼,龍神下賊,官祿俱空,不測之憂,其能免乎?果回籍數月而逝。

庚辰年三月庚辰日子時に占い、戌将を用ゐる。同郷の朋友陳立斎が庶吉士胡省文に替りて朝考に能く館に留まるか否かを占う。課盤:三伝は上より下へ初伝午・中伝辰・末伝寅;四課の上一排の上神は子・寅・辰・午、下一排は寅・辰・午・庚、旧式に依りて右より左へ読み、第一課は庚上に午を乗せ、第二課は午上に辰を乗せ、第三課は日支の辰上に寅を乗せ、第四課は寅上に子を乗ず。断語:この位は散館を待たずして便ち郷に回らんとし、而且して意料之外の憂患あり。課は「顧祖」を得、旧居に回るの象あればなり;駅馬はまた四重に湊り、行程は必ず快し、故に彼の散館を待たずして便ち回るを知る。さらに言えば日干上神は空亡に落ち、喪門弔客は一斉に湊り上り、またみな日干日支の両重の官鬼を作し、青龍は下面の地盤の神に克せられ、官星と禄神とは一并に空に落つ――意外の憂は何処にか躲過し得んや?後に果して籍に回りて几个月にして去世せり。

庚辰十二月丁未日寅進子將,紹友蕭季思占施南府嵩菽圃太守能調首府否。丑、巳、巳。卯巳卯巳、巳未巳丁。首府必為吳越人所得,太尊未必能調。然卻有別缺署理。且不至一次。蓋因日比月建自別處發用,丑為揚分,是以知為吳越人所得也。中末干支行年得五驛馬,又係皇恩,命上貴登天門,太歲月建,又生其命上神,是以有署理別缺。不止一次也,後果署理鹽法及督糧道事。首府丁公兆祺,江蘇人。

庚辰年十二月丁未日寅時に占い、子将を用ゐる(底本は「寅時」を「寅進」と譌る)。紹興の朋友蕭季思が施南府知府嵩菽圃に替りて能く首府に調任するか否かを占う。課盤:三伝は初伝丑・中伝巳・末伝巳;四課の上排は卯・巳・卯・巳、下排は巳・未・巳・丁、右より左へ読み、第一課は丁の寄する所の未上に巳を乗せ、第二課は巳上に卯を乗せ、第三課は日支の未上に巳を乗せ、第四課は巳上に卯を乗ず。断語:首府の一缺は必ず呉越人に得去られん、この位の太尊は未必に調し成らざらん、ただ別に別の缺ありて以て署理すべく、而且して一回に止まらず。日建と月建とが比和して別処より発用し、丑はまた揚州の分野なればなり、故に呉越人に得去られんを知る。中末の両伝と日干日支・行年とが五重の駅馬を湊得し、また正しく是れ皇恩;本命上の貴人は天門に登り、太歳月建はまた来たりて本命上神を生ず、故に別缺を署理するの事あり、且つ一次に止まらず。後に果して塩法道と督糧道との事務を署理せり。首府の一缺は丁兆祺に得去られたり、正しく是れ江蘇人。

辛巳年正月丙辰日午時子將,紹友蕭季思占兩湖總督張筠圃制軍可升調否。巳、亥、巳。辰戌巳亥、戌辰亥丙。太歲乘天空發用,且遁丁神,生其年上神,中值貴人,天詔加臨日干,目一必有召之應。曰,還是內用,是外用?曰:龍神與日干相比是內用。果何官?曰:德神入天門發用,行年上乘白虎,主有威權生殺之柄,必刑部也。果奉詔入京,隨授刑部侍郎,次年轉倉場。

辛巳年正月丙辰日午時に占い、子将を用ゐる。紹興の朋友蕭季思が両湖総督張筠圃に替りて能く升調するか否かを占う。課盤:三伝は初伝巳・中伝亥・末伝巳;四課の上排は辰・戌・巳・亥、下排は戌・辰・亥・丙、右より左へ読み、第一課は丙の寄する所の巳上に亥を乗せ、第二課は亥上に巳を乗せ、第三課は日支の辰上に戌を乗せ、第四課は戌上に辰を乗ず。断語:太歳上に天空を乗せて発用し、また遁して丁神を得、往きて行年上神を生ず;中伝は正しく貴人に値い、天詔は日干に加臨す――日ならずして必ず征召の応験あらん。人の問う有り:是れ内用か還是れ外用か?答えて曰く:青龍と日干とが相比和す、是れ内用。又問うて究竟に何の官を做すや?答えて曰く:日徳が天門に進みて発用し、行年上に白虎を乗ず、威権生殺の柄を執掌するを主る、必是れ刑部。後に果して詔を奉じて京に進み、随て刑部侍郎を授けられ、第二年に倉場に轉任せり。(底本は「不日必有」を「目一必有」と譌る。)

以是歲行年上乘日祿故也。辛巳正月丁卯日卯時亥將,裘慎甫司馬占新任陳望坡制軍、溫會僑方伯、鄧解預廉訪三大憲法,尚有更調否。未、卯、亥。未亥亥卯、亥卯卯丁。制臺、臬臺皆到任,藩臺尚有更調。蓋陳為土間,屬未,鄧有刑形,溫則水旁,屬亥,未為干神發用,卯為支神加干,是以知二人皆蒞任也。

(上の条を承く)第二年に倉場に轉任せし所以は、あの一年の行年上が正しく日禄を乗在ればなり。辛巳年正月丁卯日卯時に占い、亥将を用ゐる。裘慎甫司馬が新任の総督陳望坡・布政使温会僑・按察使鄧解預のこの三位の大憲に、還た更調有るや無きやを占う。課盤:三伝は初伝未・中伝卯・末伝亥;四課の上排は未・亥・亥・卯、下排は亥・卯・卯・丁、右より左へ読み、第一課は丁の寄する所の未上に卯を乗せ、第二課は卯上に亥を乗せ、第三課は日支の卯上に亥を乗せ、第四課は亥上に未を乗ず。断語:総督と按察使とはみな任に到るを会し、布政使は還た更調せんとす。「陳」の字は土旁を帶びて未に属し、「鄧」の字は刀形を帶び、「温」の字は水旁を帶びて亥に属せばなり;未は日干上神を作して発用し、卯は是れ日支の神にして日干上に加到せり、故にこの両位のみな任に莅まんとするを知る。(底本は「三大憲」の下に一の「法」の字を衍す。)

亥貴旬空,又為干陰之缺神,空缺相併,則其缺空矣。且占其一而缺其一,是以知藩臺尚有更調節也。後制臺臬臺俱到任,溫藩臺左遷郎中,江西臬司廉敬升湖北藩臺。

温方伯に至りては:亥上は貴人を乗ずと雖も、却って旬空に落ち、而且して亥はまた日干陰神の主る所のあの「缺」;空と缺とが一処に并到せば、この缺は便ち懸空す。何を況んや三箇人を占うに恰恰に一箇を缺く、故に布政使の還た更調せんとするを知る。後に総督と按察使とはみな任に到り、温布政使は降調して郎中と為り、江西按察使廉敬は湖北布政使に升任せり。(底本は「更調也」に一の「節」の字を衍す。)

辛巳正月丙子日申時亥將,任淑渠刺史占今年可升遷否。午卯亥申、卯子申丙。申、亥、寅。今年未能,明年春定得升遷。蓋因財官驛馬遞互相生,中傳月將乘貴人,且繫天詔,必有遷轉之事。嫌初中空陷,是以今年未能,明歲行年在亥,乘皇書驛馬,生其日干、龍神,必得升遷。次年正月升安陸府知府。

辛巳年正月丙子日申時に占い、亥将を用ゐる。任淑渠知州が今年能く升遷するか否かを占う。課盤:先ず四課を列す、上排は午・卯・亥・申、下排は卯・子・申・丙、右より左へ読み、第一課は丙の寄する所の巳上に申を乗せ、第二課は申上に亥を乗せ、第三課は日支の子上に卯を乗せ、第四課は卯上に午を乗ず;再び三伝を列す、初伝申・中伝亥・末伝寅。断語:今年は還た成らず、明年の春天に一定に升遷せん。財爻・官星・駅馬が彼此逓相生し、中伝の月将上に貴人を乗せ、また正しく是れ天詔、必ず遷轉の事あらん;惜しむらくは初伝中伝がみな空陥に落つ、故に今年は成らず。明年の行年は亥に到り、亥上に皇書と駅馬とを乗せ、また来たりて日干と青龍とを生ず、必ず升遷を得ん。第二年の正月に果して安陸府知府に升任せり。

辛巳二月丁亥日午時亥將,任淑渠刺史占乃弟醴渠太守在京候選區,何日可以得缺。酉辰巳子、辰亥子丁。巳、戌、卯。課得鑄印,太常入傳,且太歲乘天空發用,生其年命上神,又為支馬,今年必得銓選。嫌年乘日墓,目下尚不能得,須俟戌月土旺,墓化為庫,得缺當在此時。龍祿居丑,其缺當在吳越之分。果九站臺遷寧波府知府。

辛巳年二月丁亥日午時に占い、亥将を用ゐる。任淑渠知州が彼の弟弟醴渠太守に替りて京に在りて候選し何時にか能く缺に補到するかを占う。課盤:先ず四課を列す、上排は酉・辰・巳・子、下排は辰・亥・子、丁、右より左へ読み、第一課は丁の寄する所の未上に子を乗せ、第二課は子上に巳を乗せ、第三課は日支の亥上に辰を乗せ、第四課は辰上に酉を乗ず;再び三伝を列す、初伝巳・中伝戌・末伝卯。断語:課は「鑄印」を得、太常はまた三伝に進み、加うるに太歳上に天空を乗せて発用し・往きて本命行年上神を生じ、太歳はまた正しく是れ日支の駅馬――今年は一定に選び得べし。ただ行年上に日干の墓を乗ずるを嫌めば、眼下は還た手に到る能わず;須く戌月の土の当旺するを待ちて、墓は便ち化じて庫と為り、缺に補するは便ちこの時候に在り。青龍と日禄とは丑上に落つ、あの缺は当に呉越の分野に在るべし。後に果して九月に寧波府知府に遷任せり。(底本は「候選」の下に一の「區」の字を衍し、「果九月」を「果九站台」と譌る。)

辛巳九月己卯日戌時戌將,遠安令祝行村明府奉調節鍾祥,占部復可準否。丑申巳子、申卯子己。巳、戌、卯。課得鑄印,格合天心,太歲發用生其日干,朱陰生太歲,部復必準。嫌太歲受上下夾克,是以今年未能,開正歲建月建與朱雀作三合,方得部文。便命上驛馬夾克,干上幕貴臨年,恐前程未能遠到耳。後部復,果旋有請告之事。

辛巳年九月己卯日戌時に占い、戌将を用ゐる。遠安県令祝行村が鍾祥に調を奉じ、部裏の批復の能く准するか否かを占う。課盤:先ず四課を列す、上排は丑・申・巳・子、下排は申・卯・子・己、右より左へ読み、第一課は己の寄する所の未上に子を乗せ、第二課は子上に巳を乗せ、第三課は日支の卯上に申を乗せ、第四課は申上に丑を乗ず;再び三伝を列す、初伝巳・中伝戌・末伝卯。断語:課は「鑄印」を得、格局はまた「天心」に合し、太歳は発用して来たりて日干を生じ、朱雀の陰神はまた太歳を生ず――部復は必ず准せん。ただ太歳の上下に夾克せらるるを嫌む、故に今年は還た成らず;明年の正月に到るを要し、太歳と月建とが朱雀と三合を結成し、始めて部文を拿到し得。けれども本命上の駅馬は夾克せられ、日干上にまた簾幕貴人ありて行年に臨む、ただ前程の走りて遠からざらんを怕るのみ。後に部復批准し、果して随て便ち病を告げ假を請うの事あり。(底本は「奉調鍾祥」に一の「節」の字を衍す。)

壬午二月甲辰日丑時戌將,任淑渠刺史申報祝行村明府疾痊,示覆鍾祥原缺。戌丑申亥、丑辰亥甲。申、巳、寅。官星乘天馬發用,惜為中傳所克,末傳德祿驛馬又屬旬空,又交車互克,主彼此不和,且日干空亡,太歲克命,貴履地網,朱陰又空,必不能允得所請也。後果如所占。

壬午年二月甲辰日丑時に占い、戌将を用ゐる。任淑渠知州が祝行村に替りて病已に痊愈せしを申報し、請示して鍾祥の原缺を恢復せんことを。課盤:先ず四課を列す、上排は戌・丑・申・亥、下排は丑・辰・亥・甲、右より左へ読み、第一課は甲の寄する所の寅上に亥を乗せ、第二課は亥上に申を乗せ、第三課は日支の辰上に丑を乗せ、第四課は丑上に戌を乗ず;再び三伝を列す、初伝申・中伝巳、末伝寅。断語:官星が天馬を乗せて発用す、惜しむらくは中伝に克せらる;末伝の日徳・日禄・駅馬はまたみな旬空に落つ;日干日支は交車互克す、彼此不和を主る。加うるに日干は空亡に落ち、太歳はまた本命を克し、貴人は脚に地網を踏み、朱雀の陰神もまた空なり――請する所の事は必定に批下来らず。後に果して占の如し。

癸未六月乙巳日亥時未將,穆子羽刺史因案為上司所劾,餘代占課寄之。酉丑申子、丑巳子乙。酉、巳、丑。合局克干,年上又乘蛇貴,應有一番風波,幸三傳俱為天將所制,金局無力克干,干上子水又能脫金生干,化凶為吉。雖嫌交車互克,幸干支上神作六合,始雖齟齬,後終和好也。後果如所占。

癸未年六月乙巳日亥時に占い、未将を用ゐる。穆子羽知州は案子に因りて上司に彈劾せられ、我は彼に代わりて一課を占いて寄せ去れり。課盤:先ず四課を列す、上排は酉・丑・申・子、下排は丑・巳・子・乙、右より左へ読み、第一課は乙の寄する所の辰上に子を乗せ、第二課は子上に申を乗せ、第三課は日支の巳上に丑を乗せ、第四課は丑上に酉を乗ず;再び三伝を列す、初伝酉・中伝巳・末伝丑。断語:三伝は巳酉丑の金局を結成して来たりて乙木の日干を克し、行年上にまた螣蛇と貴人とを乗ず、本当に一場の風波あるべし;幸いに三伝はみな天将に制住せられ、金局は力なくして日干を克せず、日干上の子水はまた能く金を泄して反って日干を生ず、是に於て凶を化して吉と為す。日干日支の交車互克するを嫌むと雖も、好いことに干支上神は六合を結成す――起初は龃龉あれども、末了は終帰に和好せん。後に果して占の如し。

癸未二月己亥日午時亥將,王叔臣刺史相晤索占。酉辰巳子、辰亥子己。巳、戌、卯。此課白虎驛馬發用空亡,中傳朱雀又入空鄉,獨存末傳之鬼,且太歲龍神不安,任內恐有不如意之事。曰:在何時?曰:十月。緣亥上凶辰,沖其空印故也。曰:此後如何。曰:明歲乘上乘日祿生其日干、龍神,可以穩坐中流矣。後果如所占。

癸未年二月己亥日午時に占い、亥将を用ゐる。王叔臣知州が見面の時に一課を占わんことを求む。課盤:先ず四課を列す、上排は酉・辰・巳・子、下排は辰・亥・子・己、右より左へ読み、第一課は己の寄する所の未上に子を乗せ、第二課は子上に巳を乗せ、第三課は日支の亥上に辰を乗せ、第四課は辰上に酉を乗ず;再び三伝を列す、初伝巳・中伝戌・末伝卯。断語:この一課は白虎と駅馬とが発用するも却って空亡に落ち、中伝の朱雀もまた空郷に進み、ただ末伝の一箇の官鬼を余すのみ;加うるに太歳と青龍とがみな安穩ならず、任内はただ不如意の事あらんを怕るのみ。問う:何時に在りてか?答えて曰く:十月。亥上は是れ凶辰、正しくあの空に落ちたる印綬を沖すればなり。又問う:此の後如何に?答えて曰く:明年の行年上に日禄を乗せ、往きて日干と青龍とを生ず、以て穩坐して中流すべし。後に果して占の如し。(底本は「明歳年上乗日禄」を「明歳乗上乗日禄」と譌る。)

乙酉四月丁巳日巳時酉將,郎牧雲刺史因廣西桂林府出缺,占乃兄靜谷太守可調否。丑酉卯亥、酉巳亥丁。酉、丑、巳。貴神帶驛馬作官星加干,三傳又俁局催之,朱雀乘太歲作月將加支發用,青龍日祿臨年,天喜臨命,皆榮調之征也。又馬至五重,丁神入傳,其慶甚速,。午月必有好音。後果如所占。

乙酉年四月丁巳日巳時に占い、酉将を用ゐる。郎牧雲知州は広西桂林府に缺出せしに因り、彼の哥哥静谷太守に替りて能くあそこに調過するか否かを占う。課盤:先ず四課を列す、上排は丑・酉・卯・亥、下排は酉・巳、亥・丁、右より左へ読み、第一課は丁の寄する所の未上に亥を乗せ、第二課は亥上に卯を乗せ、第三課は日支の巳上に酉を乗せ、第四課は酉上に丑を乗ず;再び三伝を列す、初伝酉・中伝丑・末伝巳。断語:貴人が駅馬を帶びてまた官星を作して日干上に加わり、三伝はさらに合局を結成して来たりてそれを催す;朱雀は太歳を乗せてまた月将を作し、日支上に加わりて発用し;青龍と日禄とは行年に臨み、天喜は本命に臨む――これらはみな是れ榮調の徵兆。加うるに駅馬は五重に湊り、丁神はまた三伝に進み、喜信の来ること極めて快く、五月の裏に必ず好消息あらん。後に果して占の如し。(底本は「合局」を「俣局」と譌る。)

丙戌正月癸未日申時子將,鄉友餘篆之占費新橋方伯官運。卯亥酉巳、亥未巳癸。酉、丑、巳。藩臺必有丁媽之事,當回籍也。蓋因發用雖為生我之神,而亥為干之敗氣,且屬旬空,中官星又坐空,命上乘旺相之財爻入於課傳,財爻旺則印爻被克矣,日祿陷空,驛馬加干,是是知有丁媽回籍之事。後果如所占。

丙戌年正月癸未日申時に占い、子将を用ゐる。同郷の朋友余篆之が布政使費新橋の官運を占う。課盤:先ず四課を列す、上排は卯・亥・酉・巳、下排は亥・未・巳・癸、右より左へ読み、第一課は癸の寄する所の丑上に巳を乗せ、第二課は巳上に酉を乗せ、第三課は日支の未上に亥を乗せ、第四課は亥上に卯を乗ず;再び三伝を列す、初伝酉・中伝丑・末伝巳。断語:この位の藩台は必ず丁憂の事あり、籍に回りて制を守るを要せん。発用の神は我を生ずるなれども、亥は却って是れ日干の敗気、而且して旬空に落ち;中伝の官星もまた空に坐し;本命上に旺相の財爻を乗せて課伝に入る――財爻が一たび旺なれば、印綬(父母)は便ち克せられ;さらに日禄の空に陥り・駅馬の日干上に圧するを加えれば、故に丁憂して籍に回るの事あるを知る。後に果して占の如し。(底本は「丁艱」の両処は并せて「丁媽」と譌り、「是以知」を「是是知」と譌る。)

考試章第二

庚辰四月庚子日酉時申將,鄉友陳立齋占本科狀元落於何生活上,且繫何姓。戌、酉、申。戌亥午未、亥子未庚。會元應落兩湖、廣西三省,非陳姓即王姓也。蓋因天罡加巳,居翼軫之分野,是以落在兩湖、廣西也。未作貴人臨干,是以知為陳王等姓也。及閱邸報,仍陳公繼昌,廣西桂林人。

庚辰年四月庚子日酉時に占い、申将を用ゐる。同郷の朋友陳立斎が本科の状元の何れの省に出で何を姓とするかを占う。課盤:三伝は上より下へ初伝戌・中伝酉・末伝申;四課の上排は戌・亥・午・未、下排は亥・子・未・庚、右より左へ読み、第一課は庚の寄する所の申上に未を乗せ、第二課は未上に午を乗せ、第三課は日支の子上に亥を乗せ、第四課は亥上に戌を乗ず。断語:会元は当に湖北・湖南・広西のこの三省に出ずべし、姓の陈ならざれば姓の王ならん。天罡の辰は巳上に加わり、巳は正しく翼・軫の両宿の分野に当たればなり、故に両湖と広西とに落つ。未上は貴人を作して日干に臨む、故に陈・王の一類の姓と断ず。後に邸報を看るに、果して是れ陳繼昌、広西桂林人。(底本は「落于何省」を「落于何生活上」と譌る。)

庚辰四月庚子日亥時申將,鄉友陳立齋占本科狀元落於何省,且繫何姓。午、卯、子。午酉寅巳、酉子巳庚。天罡加未,狀元應落三輔滇黔等處。必陳朱等姓也。及閱邸報,仍陳公繼昌,廣西桂林人。且繫三元。餘始疑其不驗。既而思之,旬首發用,即會元之象也。三奇入傳,非三元而何?且干上巳,正荊楚分野也。乃知課之奇妙,非鈍根人所能理會,附書以稔來者。

同じく庚辰年四月庚子日、改めて亥時に占い、申将を用ゐる。陳立斎がまた本科の状元の何れの省に出で何を姓とするかを占う。課盤:三伝は初伝午・中伝卯・末伝子;四課の上排は午・酉・寅・巳、下排は酉・子・巳・庚、右より左へ読み、第一課は庚の寄する所の申上に巳を乗せ、第二課は巳上に寅を乗せ、第三課は日支の子上に酉を乗せ、第四課は酉上に午を乗ず。断語:天罡は未上に加わる、状元は当に京畿三輔あるいは雲南・貴州の一帶に出ずべし、必是れ陳・朱の一類の姓。後に邸報を看るに、仍ほ是れ陳繼昌、広西桂林人、而且して連中して三元せり。我は起初にこの一課の験ならざるを疑い、後に細想す:旬首が発用するは、正しく是れ会元の象;三奇が三伝に進むは、三元ならざればまた何ぞ?何を況んや日干上に巳を乗せ、巳は正しく是れ荆楚の分野。これに於て始めて課体の奇妙は鈍根人の領会し能う所にあらざるを知る、特に附記して後来の人に看さしむ。(底本は「以詒来者」を「以稔来者」と譌る。)

庚辰十月辛亥日巳時寅將,王攝三明府占乃弟在陸院試。巳、寅、亥。巳申辰未、申亥未辛。月德驛馬長生作官星發用,天喜臨干,劫煞入辰,太歲朱雀與日相生,主文章高下咸宜,命上寅、年上戌,又與日貴之午作三合,必進無疑。干上未八數,發用巳四數,巳有雙義,重之亦為八也。後果入泮第八名。

庚辰年十月辛亥日巳時に占い、寅将を用ゐる。王摂三県令が彼の弟弟に替りて院試を占う。課盤:三伝は初伝巳・中伝寅・末伝亥;四課の上排は巳・申・辰・未、下排は申、亥・未・辛、右より左へ読み、第一課は辛の寄する所の戌上に未を乗せ、第二課は未上に辰を乗せ、第三課は日支の亥上に申を乗せ、第四課は申上に巳を乗ず。断語:月徳・駅馬・長生の三者は兼ねて官星を作して発用し、天喜は日干上に臨み、劫煞は日支に進み、太歳と朱雀とはまた日干と相生す、文章の写るや高きも低きもみな合式を論ぜざるを主る;本命上に寅を乗せ行年上に戌を乗じ、また日貴の午と寅午戌の三合を結成す――必定に入学す、疑問なし。さらに名次を看る:日干上の未は是れ八数、発用の巳は是れ四数、而して巳は両重の意思を兼ぬ、加倍すれば正しくも是れ八。後に果して学に進み、名は第八に列せり。

婚姻章第三

辛巳五月甲寅日子時申將,紹友陶永成占婚。戌、午、寅。午戌午戌、戌寅戌甲。用合干支,結成火局。但三傳逆合,事有不順。交車互克,格合解離,初期傳妻財,又受上下夾克,干支二陰神,復作自刑,其中有人間阻。且男女行年,合中有刑,又女年從空,空即不能成事也。後果如所占。

辛巳年五月甲寅日子時に占い、申将を用ゐる。紹興の朋友陶永成が婚事を占う。課盤:三伝は初伝戌・中伝午・末伝寅;四課の上排は午・戌・午・戌、下排は戌・寅・戌・甲、右より左へ読み、第一課は甲の寄する所の寅上に戌を乗せ、第二課は戌上に午を乗せ、第三課は日支の寅上に戌を乗せ、第四課は戌上に午を乗ず。断語:発用は日干日支と相合し、三伝はまた寅午戌の火局を結成す;けれども三伝は是れ逆して合する、事情は便ち順ならず。日干日支は交車互克し、格局は正しく「解離」に合し;初伝の妻財はまた上下に夾克せられ、日干日支の両箇の陰神は還た彼此自刑す――中間に必ず人ありて中より梗を作さん。加うるに男女の双方の行年は合すと雖も刑を帶び、女方の行年はまた空亡に落ち、一たび空に落てば、事は便ち成らず。後に果して占の如し。(底本は「初伝」に一の「期」の字を衍す。)

孕産章第四

庚辰九月甲子日寅時辰將,揚友吳益三占六甲。辰、午、申。辰寅午辰、寅子辰甲。所產必男,主十月辰日生產而不育。蓋罡加比日,其為生男必矣。甲午以亥水炎長生,故知十月。命上申、年上子,待干上辰之六合來會局,且辰又為勝光所臨,是以知為辰日也。嫌發用六合加於寅位,為月之死氣所克,恐生而難育也。後果於是日生,二載而殤,

庚辰年九月甲子日寅時に占い、辰将を用ゐる。揚州の朋友呉益三が懐孕生産を占う。課盤:三伝は初伝辰・中伝午・末伝申;四課の上排は辰・寅・午・辰、下排は寅・子・辰・甲、右より左へ読み、第一課は甲の寄する所の寅上に辰を乗せ、第二課は辰上に午を乗せ、第三課は日支の子上に寅を乗せ、第四課は寅上に辰を乗ず。断語:生下するは必是れ男孩、十月の辰日に生産するを主る、ただ養い活かさず。天罡の辰は日干と比和の位に加われば、男を生ずるは是れ定まれり;甲木は亥水を以て長生と為す、故に十月に断ず。本命上に申を乗せ行年上に子を乗ず、ただ日干上の辰の来たりて申子辰の合局を湊成するを待つ;辰はまた正しく勝光の午の臨む所の地、故に辰日と断ず。ただ発用の辰上に六合を乗せて寅位に加わり、当月の死気に克せらるるを嫌む、ただ生下して養い難からんを怕るのみ。後に果してこの日に生産し、两年後に夭折せり。

辛巳十月壬辰日巳時卯將,鄉友崔仲和占六甲。寅、子、戌。子寅未酉、寅辰酉壬。三傳俱陽,主男。干神一陽二陰,為男也。又三合缺一,格合虛一待用,主午月當產。干支交車六合,懷胎平安。干神上下相生,產亦順利。惟嫌行年上神克其空亡之胎財,恐生而不育耳。果年餘而殤。

辛巳年十月壬辰日巳時に占い、卯将を用ゐる。同郷の朋友崔仲和が懐孕生産を占う。課盤:三伝は初伝寅・中伝子・末伝戌;四課の上排は子・寅・未・酉、下排は寅・辰・酉・壬、右より左へ読み、第一課は壬の寄する所の亥上に酉を乗せ、第二課は酉上に未を乗せ、第三課は日支の辰上に寅を乗せ、第四課は寅上に子を乗ず。断語:三伝はみな是れ陽支、男を生ずるを主る;日干の上下は一陽二陰、あの一陽を以て主と為す、また是れ男。三合局は一位を缺き、格局は正しく「虚一待用」に合し、五月に当に産すべきを主る。日干日支は交車六合し、懐胎は平安;日干の上下は相生し、生産もまた順利。ただ行年上神の往きてあの空に落ちたる胎財を克するを嫌む、ただ生下して養い活かさざらんを怕るのみ。後に果して一年多にして夭折せり。

壬午三月乙酉日辰時酉將,鄉友崔仲和為謝為珉妻占六甲。未、子、巳。未寅寅酉、寅酉酉乙。其母必傷,子亦難育。蓋因日墓乘死囚之氣發用,又斗繫日本,不能扶其日干,且三傳遞克,初中空陷,支乘胎神六合加干克干,上門亂首。年命上神,又俱被夾克,是以知其母必傷也。又乙干以巳為子孫,乃乘虎受克,是以知子亦難育也。後產後母子俱亡。

壬午年三月乙酉日辰時に占い、酉将を用ゐる。同郷の朋友崔仲和が謝為珉の妻子に替りて懐孕生産を占う。課盤:三伝は初伝未・中伝子・末伝巳;四課の上排は未・寅・寅・酉、下排は寅・酉・酉・乙、右より左へ読み、第一課は乙の寄する所の辰上に酉を乗せ、第二課は酉上に寅を乗せ、第三課は日支の酉上に寅を乗せ、第四課は寅上に未を乗ず。断語:産婦は必ず傷を受け、孩子もまた養い難し。乙木の墓の未が死囚の気を乗せて発用し、天罡はまた日干の根本を壓住して乙木を扶起し得ず;三伝は輾転相克し、初伝中伝はみな空陥に落ち;日支上に胎神と六合とを乗せて日干上に加到して来たりて日干を克す、是れ登門して上を犯し首尾を亂す。本命行年上神はまたみな夾克せらる、故に産婦の必ず傷を受くると断定す。さらに言えば乙木は巳を以て子孫と為す、巳は却って白虎を乗せて克を受く、故に孩子のまた養い難きと断定す。後に産後に母子ともに亡故せり。

求財章第五

己卯正月辛酉日辰時亥將,遣人往鄉友宋占鰲處借銀,占可允否。亥、午、丑。亥辰子巳、辰酉巳辛。三傳逆行,干支沖剋,先時似無和洽之意,但月將乘龍發用,又作三奇,中傳貴登天門,天財臨命入辰,復作六合,太歲作財爻臨年,又乘進旺之氣,後必允許。後果如所占。

己卯年正月辛酉日辰時に占い、亥将を用ゐる。人を派して同郷の朋友宋占鰲の処に銀子を借りに遣り、能く応ずるか否かを占う。課盤:三伝は初伝亥・中伝午・末伝丑;四課の上排は亥・辰・子・巳、下排は辰・酉・巳・辛、右より左へ読み、第一課は辛の寄する所の戌上に巳を乗せ、第二課は巳上に子を乗せ、第三課は日支の酉上に辰を乗せ、第四課は辰上に亥を乗ず。断語:三伝は逆行し、日干日支はまた相冲相克す、起先は談の攏まらざるが如し;けれども月将が青龍を乗せて発用し、また兼ねて三奇を作し、中伝の貴人は天門に登り、天財は本命に臨みて日支に入り・また六合を結成し、太歳は兼ねて財爻を作して行年に臨み・還た漸進当旺の気を乗ず――後来に至りて必定に応ぜん。後に果して占の如し。

己卯五月丙辰日丑時申將,邵雲亭少府占財。午、丑、申。午亥未子、亥辰子丙。三傳遞生空亡,財爻又入墓地,財何能有?且干支上明暗二鬼剋日,末傳空財,復助其空鬼,又要元武發用,傳入勾陳,為干之脫氣,不惟所求難得。且恐有貪汙敗名,因財致禍之事。後果如所占。

己卯年五月丙辰日丑時に占い、申将を用ゐる。邵雲亭県丞が財を求めるを占う。課盤:三伝は初伝午・中伝丑・末伝申;四課の上排は午・亥・未・子、下排は亥・辰・子・丙、右より左へ読み、第一課は丙の寄する所の巳上に子を乗せ、第二課は子上に未を乗せ、第三課は日支の辰上に亥を乗せ、第四課は亥上に午を乗ず。断語:三伝は輾転相生すと雖も却ってみな空亡に落ち、財爻はまた墓地に進入し、財は何処にか来たり得ん?何を況んや日干日支上に明暗の両重の官鬼ありて来たりて日干を克す;末伝のあの空の財爻は、反ってまた往きてあの空の官鬼を幇襯し;さらに元武の発用して勾陳に伝入するを加え、日干の脱気を成せり――求める銭は得難きのみならず、還た貪汚に因りて名声を敗壊し・銭の為めに禍を惹くの事あらんを怕る。後に果して占の如し。

庚辰五月己未日酉時申將,杭友柳耘圃客楚負欠,央友挽江右金粹然擔保,占可允否。卯、午、午。巳午巳午、午未午己。其事必允。蓋因龍神乘官星發用,月將貴人加臨年命。又中末干支,乘建旺之朱雀,生其太歲日辰。又干支上下,交車俱作六合,巳乘六俁成神,作干支之陰神,主有人明暗吹噓,其事必成。後果如所占。

庚辰年五月己未日酉時に占い、申将を用ゐる。杭州の朋友柳耘圃が湖北に客居して債を欠き、人を托して江西の金粹然に保を作さしめ、対方の肯んじて応ぜんや否やを占う。課盤:三伝は初伝卯・中伝午・末伝午;四課の上排は巳・午・巳・午、下排は午・未・午・己、右より左へ読み、第一課は己の寄する所の未上に午を乗せ、第二課は午上に巳を乗せ、第三課は日支の未上に午を乗せ、第四課は午上に巳を乗ず。断語:この事は必定に応ず。青龍が官星を乗せて発用し、月将と貴人とが本命行年に加臨せばなり;中末の両伝と日干日支とが当令建旺の朱雀を乗せ、往きて太歳と日辰とを生じ;日干日支の上下は交車してみな六合を結成し;巳上に還た六合と成神とを乗せ、日干日支の陰神を作す――人ありて明らかに暗らかに彼に替りて吹噓し説項するを主り、事は必ず成すを辦す。後に果して占の如し。(底本は「六合」を「六俣」と譌る。)

庚辰九月丁巳日酉時辰將,餘友柳耘圃遣僕往州城借銀,中可允否。酉、辰、亥。未子酉寅、子巳寅丁。財爻乘貴人發用,又係正時,末傳亥作三奇。龍作長生加臨日干,必得允許。但以發用斷之,不過六數而已。惟嫌式中天財陷空,驛馬又入墓庫,使人必空手而回,其銀當後時寄來也。後果如所占。

庚辰年九月丁巳日酉時に占い、辰将を用ゐる。我の朋友柳耘圃が僕人を派して州城に銀子を借りに遣り、能く応ずるか否かを占う。課盤:三伝は初伝酉・中伝辰・末伝亥;四課の上排は未・子・酉・寅、下排は子・巳・寅・丁、右より左へ読み、第一課は丁の寄する所の未上に寅を乗せ、第二課は寅上に酉を乗せ、第三課は日支の巳上に子を乗せ、第四課は子上に未を乗ず。断語:財爻が貴人を乗せて発用し、また正しく是れ占の時辰;末伝の亥は兼ねて三奇を作し;青龍はまた長生を作して日干に加臨す――必定に応ず。ただ発用の神に按じて数目を算えば、また過ぎず六成のみ。ただ盤中の天財の空に落ち・駅馬のまた墓庫に進入するを嫌む、派し去りし人は必定に空手にして回り来り、銀子は当に些時を過ぎて別に寄せ来るべし。後に果して占の如し。

庚辰九月癸亥日未時辰將,紹友餘九如占財。巳、寅、亥。巳申未戌、申亥戌癸。巳作貴人,財爻發用,又乘丁馬,財已動極。嫌末亥遁旬癸,沖剋初傳之財,年命上雖乘午財,又為天將所傷,支上天財,雖為干之長生,又乘元武劫煞,且干支共爭一財,財何能有?後果驗。

庚辰年九月癸亥日未時に占い、辰将を用ゐる。紹興の朋友余九如が財を求めるを占う。課盤:三伝は初伝巳・中伝寅・末伝亥;四課の上排は巳・申・未・戌、下排は申・亥・戌・癸、右より左へ読み、第一課は癸の寄する所の丑上に戌を乗せ、第二課は戌上に未を乗せ、第三課は日支の亥上に申を乗せ、第四課は申上に巳を乗ず。断語:巳上は貴人を作し、財爻は発用し、また丁神駅馬を乗ず、財はもと已に極処まで動けり。惜しむべし末伝の亥は遁して本旬の癸を得、反って来たりて初伝のあの財を沖克す;本命行年上は午を乗せて財と為すと雖も、却って天将に傷せられ;日支上の天財は是れ日干の長生なれども、又して元武と劫煞とを乗ず;何を況んや日干日支が共にこの一箇の財を争う――財は豈に手に到るを得んや?後に果して応験せり。

辛巳四月己酉日戌時申將,湖友蔡光德遣僕州城討取銀兩,占可即付否。卯、丑、亥。巳未卯巳、未酉巳己。不能即付,當從別處兌交也。蓋因龍神乘災民星發用,奈屬旬空,迄邐至末傳,始逢財爻。又遙克為用,傳將間退,末傳亥為圖書,主使人持券而回,向別處交兌也。且三傳缺未,得支上神湊合,其銀必係兩次湊合,後果如所占。

辛巳年四月己酉日戌時に占い、申将を用ゐる。湖北の朋友蔡光徳が僕人を派して州城に銀子を討ちに遣り、対方の肯んじて当場に付けんや否やを占う。課盤:三伝は初伝卯・中伝丑・末伝亥;四課の上排は巳・未・卯・巳、下排は未・酉・巳・己、右より左へ読み、第一課は己の寄する所の未上に巳を乗せ、第二課は巳上に卯を乗せ、第三課は日支の酉上に未を乗せ、第四課は未上に巳を乗ず。断語:当場には付けず、別処より兌交するを得。青龍が官星を乗せて発用するも、偏偏として旬空の裏に落ち、一路に迤邐して末伝に到りて始めて財爻に碰上せばなり;また是れ遥克して用を取り、三伝と天将とはみな位を隔てて後退し;末伝の亥は図書契券を主る、故に派し去りし人はただ一紙の憑据を帶回し、別処へ往きて兌するを要すと断ず。何を況んや亥卯未の三合は一箇の未を缺き、日支上神に頼りて湊合して成る、あの筆の銀子は必是れ両回に分かちて湊斉する。後に果して占の如し。

出行章第六

辛巳正月己未日申時亥將,王叔臣刺史赴省,出門馬斃,因占水道平安否。亥、戌、戌。丑戌丑戌、戌未戌己。干支無傷,水陸平安。惟此行不免有意外之費耳。何以言之?蓋因歲破加月破發用,定主財物耗損費。且干支俱乘日墓,又作三刑,中末又重刑其干支,是以所為不通。以致意外之財重重耗費也。後果因公事未也,復赴省城,耗其多金。

辛巳年正月己未日申時に占い、亥将を用ゐる。王叔臣知州は省城に往かんとし、剛く門を出づれば馬は便ち死せり、因りて水路の平安なるか否かを占う。課盤:三伝は初伝亥・中伝戌・末伝戌;四課の上排は丑・戌・丑・戌、下排は戌・未・戌・己、右より左へ読み、第一課は己の寄する所の未上に戌を乗せ、第二課は戌上に丑を乗せ、第三課は日支の未上に戌を乗せ、第四課は戌上に丑を乗ず。断語:日干日支はみな傷を受けず、水路陸路ともに平安、ただこの一趟は意外の花費を免れず。何を以てかく説くや?歳破が月破上に加わりて発用すれば、財物の耗損を定主すればなり;日干日支はまたみな日干の墓神を乗せ、彼此は還た三刑を成し、中末の両伝はさらに重重に日干日支を刑す、故に事情は辦り通らず、以て意外の開銷は一層に一層を接ぐ。後に果して公事の未だ了せざるに因りて、また一趟省城を跑り、許多の銀子を花去せり。(底本は「公事未了」を「公事未也」と譌る。)

癸未七月戊戌日酉時巳將,祖拭之買舟赴省,占道上平安否。寅、戌、午。寅午酉丑、午戌丑戊。三傳合局,生干支神,上下相生,舟行平安。嫌發用白虎克日,又合中犯煞,支上午為自刑,且繫病符,加於行年,恐采薪之憂,有所不免耳。果主僕俱有疾而回。

癸未年七月戊戌日酉時に占い、巳将を用ゐる。祖拭之が船を雇して省城に往き、路上の平安なるか否かを占う。課盤:三伝は初伝寅・中伝戌・末伝午;四課の上排は寅・午・酉・丑、下排は午・戌・丑・戊、右より左へ読み、第一課は戊の寄する所の巳上に丑を乗せ、第二課は丑上に酉を乗せ、第三課は日支の戌上に午を乗せ、第四課は午上に寅を乗ず。断語:三伝は寅午戌の火局を結成し、往きて日干日支の神を生じ、上下相生し、行船は平安。ただ発用の寅上に白虎を乗せて来たりて日干を克するを嫌み、合局の中にまた凶煞を犯す;日支上の午は自刑し、また正しく是れ病符、行年上に加到す――恐らく病を生ずるのこの一層は免れざらん。後に果して主僕ともに病を害して回り来れり。

巻十四・慕農占験集全二

行人章第七

庚辰十一月戊辰日酉時寅將,當陽裴正綱占省友袁子仁何日可到。寅、未、子。寅酉卯戌、酉辰戌戊。人已起程,午日可到。蓋因天驛二馬,白虎作官星發用,又係月將,其力甚雄。且寅加酉地,是已度門限也。故知起程,發用寅,干上戌,待午作三合,是以知為午日到也。後果於壬午日到。

庚辰年十一月戊辰日酉時に占い、寅将を用ゐる。当陽の裴正綱が省城の朋友袁子仁の何れの天にか能く到るかを占う。課盤:三伝は初伝寅・中伝未・末伝子;四課の上排は寅・酉・卯・戌、下排は酉・辰・戌・戊、右より左へ読み、第一課は戊の寄する所の巳上に戌を乗せ、第二課は戌上に卯を乗せ、第三課は日支の辰上に酉を乗せ、第四課は酉上に寅を乗ず。断語:人は已に動身せり、午日に可到る。天馬・駅馬と白虎とがみなこの官星を作すの寅上に合して発用し、寅はまた正しく当月の月将、力量は極めて雄なればなり;而且して寅は酉地に加わり、已に門限を越過せり、故に已に起程せしを知る。発用は是れ寅・日干上は是れ戌、ただ一箇の午の来たりて寅午戌の三合を湊成するを待つ、故に午日に到ると断ず。後に果して壬午日に到れり。

辛巳十月戊戌日申時卯將,任淑渠刺史占乃弟醴渠公坡度寧波新任,可來荊門相晤否。且何日可有信到。子、未、寅。子巳未子、巳戌子戊。天馬臨行年發用,且加楚分,似有迂道而行之象。便坐旬空,則不來矣。干神歸支,此時業已回家,正時乘龍馬加臨丑地,主子月起程,即赴新任也。天馬帶天雞發用,因坐空,須也旬後方有信到。後果如所占。

辛巳年十月戊戌日申時に占い、卯将を用ゐる。任淑渠知州が彼の弟弟醴渠の寧波の新任に赴くや、會さずして先ず荊門に来りて相会し、また几時にか能く信の来る有るかを占う。課盤:三伝は初伝子・中伝未・末伝寅;四課の上排は子・巳・未・子、下排は巳・戌・子・戊、右より左へ読み、第一課は戊の寄する所の巳上に子を乗せ、第二課は子上に未を乗せ、第三課は日支の戌上に巳を乗せ、第四課は巳上に子を乗ず。断語:天馬が行年に臨みて発用し、また楚地の分野上に加わる、道を繞れて行くの像あり;けれどもそれが偏偏として旬空の裏に坐す、あれは便ち来らず。日干の神が日支上に帰到すは、明らかにこの時に人已に家に回りたるを説く;占時上に青龍と駅馬とを乗せて丑地に加わる、子月に動身して径直に新任に赴き往くを主る。天馬はまた天鶏を帶びて発用す、ただ空に坐するに因りて、須くこの一旬を過ぎて始めて信の到る有らん。後に果して占の如し。(底本は「赴寧波新任」の一句に譌あり。)

壬午二月甲辰日申時戌將,李介庵少府占新任荊門州刺史郎牧云何日可到任。辰、午、申。申午午辰、午辰辰甲。斬關發用,又得龍合,白虎入傳,理應起程而來。嫌發用坐空,始有阻隔,辰前一位巳乘勾陳,必因案件稽留,又格合迴環,主來而又去,且用神離門限甚遠,一時豈能到任?問何日到?曰:末傳白虎,天馬加臨午位,必午月寅日到。果一一如占。

壬午年二月甲辰日申時に占い、戌将を用ゐる。李介庵県丞が新任荊門州知州郎牧雲の何れの天に任に到るかを占う。課盤:三伝は初伝辰・中伝午・末伝申;四課の上排は申・午・午・辰、下排は午・辰・辰・甲、右より左へ読み、第一課は甲の寄する所の寅上に辰を乗せ、第二課は辰上に午を乗せ、第三課は日支の辰上に午を乗せ、第四課は午上に申を乗ず。断語:斬関の神が発用し、また青龍・六合を得、白虎もまた三伝に進み、理に照らせば当に起程して前来すべし。ただ発用の空に坐するを嫌み、起頭より便ち阻隔あり;辰の前一位の巳上に勾陳を乗ず、必是れ案件の為めに擔擱せらる;課格はまた「回環」に合し、来たりてまた去るを主る;何を況んや発用の門限を離るること還た甚だ遠し、一時に豈に任に到るを得んや?何れの天に到るかを問う?答えて曰く:末伝は白虎を乗じ、天馬はまた午位に加臨す、必是れ午月の寅日に到る。後に一一に占の如し。

壬午三月戊寅日子時酉將,杭友柳耘圃占伊子果否來楚,何日可到省。寅、亥、申。申亥亥寅、亥寅寅戊。行人尚未起程,至五月方到,即旋歸也。蓋因發用未度門限,子爻驛馬旬空,是以尚未起程,但辰戌加臨年命,又乘天馬,必主也來。五月方到者何?發用寅、年上戌,待午作三合,且又為將軍加臨之地,因課體迴環,故知其來而復去耳。果如所占。

壬午年三月戊寅日子時に占い、酉将を用ゐる。杭州の朋友柳耘圃が彼の兒子の究竟に湖北に来るか否か・何れの天にか能く省城に到るかを占う。課盤:三伝は初伝寅・中伝亥・末伝申;四課の上排は申・亥・亥・寅、下排は亥・寅・寅・戊、右より左へ読み、第一課は戊の寄する所の巳上に寅を乗せ、第二課は寅上に亥を乗せ、第三課は日支の寅上に亥を乗せ、第四課は亥上に申を乗ず。断語:行人は還た動身せず、五月に到るを要して乃ち到り、到れば便ちまた回去せん。発用が未だ門限を越過せず、子孫爻と駅馬とがまた旬空に落つれば、故に未だ起程せず;ただ辰・戌が本命行年に加臨し、また天馬を乗ずれば、人は必定に要して来らん。何を以て五月に乃ち到ると説くや?発用は是れ寅・行年上は是れ戌、ただ一箇の午に寅午戌の三合を湊成せしめ、而して午はまた正しく大将軍の臨む所の地。課体はすでに是れ「回環」、故に彼の来たりて還た走るを知る。後に果して占の如し。

辛巳六月乙巳日未時午將,楚省廉藩臺出京,由襄陽登舟赴任,道經沙洋,家人求占何日過境。卯、寅、丑。卯辰寅卯、辰巳卯乙。藩臺已由水道赴任,勿庸守候矣。蓋因退茹逢空,貴人驛馬均不見於課傳,日祿乘飛廉發用,天罡乘天馬加支,支為水道,又為任所且天罡臨巳,在日干之前,主其事已過,是以知其由水道赴任,不用守候。後果如所占。

辛巳年六月乙巳日未時に占い、午将を用ゐる。湖北の新任布政使廉某は京城より出發し、襄陽に由りて船に上りて任に赴き、途は沙洋を経る;家人は何れの天に境を過ぐるかを占わんことを求む。課盤:三伝は初伝卯・中伝寅・末伝丑;四課の上排は卯・辰、寅・卯、下排は辰・巳・卯・乙、右より左へ読み、第一課は乙の寄する所の辰上に卯を乗せ、第二課は卯上に寅を乗せ、第三課は日支の巳上に辰を乗せ、第四課は辰上に卯を乗ず。断語:藩台は已に水路を走りて任に赴き去れり、守候するを必とせず。三伝は是れ退茹にしてまた空に逢い、貴人と駅馬とはみな四課三伝に見えざればなり;日禄は飛廉を乗せて発用し、天罡は天馬を乗せて日支上に加わる――日支はすでに水道を主り、また是れ彼の任所;何を況んや天罡が巳上に臨みて日干の前を走る、この事已に過去せるを主る。故に彼の水路に由りて任に赴くを知り、さらに待つを用ゐず。後に果して占の如し。

辛巳十月戊午日辰時寅將,任淑渠刺史在沙洋,守候本道勘堤,占何日可到。丑、亥、酉。寅辰丑卯、辰午卯戊。道臺今日戌時可到,不勘堤即行也。蓋因貴人飛廉發用,正時天罡加支,白虎驛馬臨於戌地,且戌又為發用之墓神,是以知今日戌時可到也。天驛二馬不見課傳,丑貴旬空,又與明日之日建相沖,是以知其不勘堤而行也。後果如所占。

辛巳年十月戊午日辰時に占い、寅将を用ゐる。任淑渠知州は沙洋に在りて本道の来たりて堤工を查勘するを等候し、何れの天にか能く到るかを占う。課盤:三伝は初伝丑・中伝亥・末伝酉;四課の上排は寅・辰・丑・卯、下排は辰・午・卯・戊、右より左へ読み、第一課は戊の寄する所の巳上に卯を乗せ、第二課は卯上に丑を乗せ、第三課は日支の午上に辰を乗せ、第四課は辰上に寅を乗ず。断語:道台は今天の戌時に可到り、而且して堤を勘せずして便ち走る。貴人と飛廉とが発用し、占時の天罡は日支上に加わり、白虎と駅馬とは戌地に落ち、戌はまた正しく是れ発用の神の墓なれば、故に今日の戌時に到ると断ず。天馬駅馬はみな四課三伝に見えず、丑上の貴人はまた旬空に落ち、還た明天の日建と相冲す、故に彼の堤を勘せずして動身するを知る。後に果して占の如し。

音訊章第八

辛巳十月壬寅日卯時寅將,鄉友戚耐庵占有銀兩寄家,可已到否。子、亥、戌。子丑酉戌、丑寅戌壬。銀信已到家矣。蓋因旺神乘青龍天雞發用,又作三奇,中傳日祿乘月建臨年,天南加干,日財臨命,皆銀信之征也。後果如所占。

辛巳年十月壬寅日卯時に占い、寅将を用ゐる。同郷の朋友戚耐庵が家に寄せたる銀子の到りたるか無きかを占う。課盤:三伝は初伝子・中伝亥・末伝戌;四課の上排は子・丑・酉・戌、下排は丑・寅・戌・壬、右より左へ読み、第一課は壬の寄する所の亥上に戌を乗せ、第二課は戌上に酉を乗せ、第三課は日支の寅上に丑を乗せ、第四課は丑上に子を乗ず。断語:銀子と信とは已にみな家に到れり。当旺の神が青龍と天鶏とを乗せて発用し、また兼ねて三奇を作せばなり;中伝の日禄は月建を乗せて行年上に臨み;天馬は日干上に加わり;日干の財爻はまた本命に臨む――これらはみな是れ銀信の家に到るの徵兆。後に果して占の如し。(底本は「天馬加干」を「天南加干」と譌る。)

癸未月戊辰日丑時午將,鄉友戚耐庵因半載未得家銀,占何日有信。寅、未、子。寅酉卯戌、酉辰戌戊。己卯日必有信到,且不止一函,蓋因白虎驛馬作位神發用,剋日朱雀,加支作六合,是以知必有信到。年上乘歲月建重迭之人,命上乘青龍,入於中末二傳,是以知不止一函,卯日者何?蓋二馬位神天雞等煞所夾拱之辰也。後己卯日果到二函。

癸未年某月戊辰日丑時に占い、午将を用ゐる(底本は此の処に月份を奪す、今は照録して補せず)。同郷の朋友戚耐庵は半年に家の銀子を收到せざるに因り、何れの天に信あるかを占う。課盤:三伝は初伝寅・中伝未・末伝子;四課の上排は寅・酉・卯・戌、下排は酉・辰・戌・戊、右より左へ読み、第一課は戊の寄する所の巳上に戌を乗せ、第二課は戌上に卯を乗せ、第三課は日支の辰上に酉を乗せ、第四課は酉上に寅を乗ず。断語:己卯日に必ず信の到る有り、而且して一封に止まらず。白虎と駅馬とが兼ねて信神を作して発用し、日を克するの朱雀はまた日支上に加わりて六合を結成せば、故に信の必ず到るを知る。行年上に太歳月建の重疊するの神を乗せ、本命上に青龍を乗せて中末の両伝に進む、故に一封に止まらざるを知る。何を以てか卯日なるや?卯は正しく是れ天馬駅馬・信神・天鶏のこれらの神煞の夾拱する所のあの一位なればなり。後に己卯日に果して両封の信到れり。

趨謁章第九

辛巳正月乙卯日卯時子將,杭友柳耘圃占訪友。丑、戌、未。酉子戌丑、子卯丑乙。貴友蓋有出行之事,此去主半途相見而回。蓋因日德陰神見丁神驛馬,故知其出行之事。傳將乎尾相沖,初中干支空陷,且乙主半道言旋。干支乘空亡之六合,子午為天地之道路,故知為途中相見也。後果如所占。

辛巳年正月乙卯日卯時に占い、子将を用ゐる。杭州の朋友柳耘圃が往きて友人を拜訪するを占う。課盤:三伝は初伝丑・中伝戌・末伝未;四課の上排は酉・子・戌・丑、下排は子・卯・丑・乙、右より左へ読み、第一課は乙の寄する所の辰上に丑を乗せ、第二課は丑上に戌を乗せ、第三課は日支の卯上に子を乗せ、第四課は子上に酉を乗ず。断語:您のあの朋友は大概に出門の事あり、この一趟の往くに、半路上に於て彼に碰見して後に折回せん。日徳の陰神上に丁神と駅馬とを見れば、故に彼に出行の事あるを知る;三伝と天将とは首尾相冲し、初伝中伝と日干日支とがみな空陥に落つ、故に半道に折返るを主る。日干日支上に空に落ちたる六合を乗せ、而して子・午は正しく是れ天地間の大道路、故に路上に於て相見ると断ず。後に果して占の如し。(底本は「首尾相冲」を「乎尾相冲」と譌り、「且主半道言旋」の一句に衍字あり。)

癸未七月戊戌日辰時巳將,戚耐庵遣子赴省訪友求文稿,占能得否。亥、子、丑。子亥未午、亥戌午戊。訪友必見,文稿亦得。蓋因課得連珠三奇,成會二神全入課傳,末傳貴人又與命上神六合,必見無疑,朱雀與太歲發用作三合,文稿亦得,勿以克歲為嫌也。後果如所占。

癸未年七月戊戌日辰時に占い、巳将を用ゐる。戚耐庵が兒子を打發して省城に友人を訪して一篇の文稿を求めしめ、能く得るか否かを占う。課盤:三伝は初伝亥・中伝子・末伝丑;四課の上排は子・亥・未・午、下排は亥・戌・午・戊、右より左へ読み、第一課は戊の寄する所の巳上に午を乗せ、第二課は午上に未を乗せ、第三課は日支の戌上に亥を乗せ、第四課は亥上に子を乗ず。断語:友人を訪えば必定に見着し得、文稿もまた拿到し得。課は亥子丑の連珠を得、また是れ三奇、成神と会神との両位はみな四課三伝に進めばなり;末伝の貴人はまた本命上神と六合を結成す、見面するは是れ疑問なし。朱雀と太歳とが一同に発用して三合を結成す、文稿もまた拿到し得、それの太歳を克するを以てそれを嫌むなかれ。後に果して占の如し。

捕亡章第十

己卯五月乙亥日丑時未將,紹友祝慕宗有一僕逃逸,遣人追之,占可回否。巳、亥、巳。亥巳辰戌、巳亥戌辰。逃奴不復回矣。蓋因元武驛馬發用,又乘亡神故也。且德生日刑,天空落陷,定主人不可獲。勾陳雖克元武,而元陰實傷勾陰,是陽雖追呼,而陰實為其所制也。其不復回何疑,後果如所占。

己卯年五月乙亥日丑時に占い、未将を用ゐる。紹興の朋友祝慕宗に一箇の僕人ありて逃走し、人を派して往きて追はしむ、追うて回るを得るか否かを占う。課盤:三伝は初伝巳・中伝亥・末伝巳;四課の上排は亥・巳・辰・戌、下排は巳・亥・戌・辰(末位の「辰」はすなわち乙の寄宮)、右より左へ読み、第一課は乙の寄する所の辰上に戌を乗せ、第二課は戌上に辰を乗せ、第三課は日支の亥上に巳を乗せ、第四課は巳上に亥を乗ず。断語:この逃奴は回り来らざらん。元武と駅馬とが一同に発用し、また亡神を乗ずればなり;日徳は往きて日刑を生じ、天空はまた空陥に落つ、定まりて人を捉え得ざるを主る。勾陳は能く元武を克すと雖も、けれども元武の陰神は反って勾陳の陰神を傷し――明面上は追呼喝捕すると雖も、暗裏には却って彼に制住せらる。この人の回り来らざるは還た何の疑うべき有らん?後に果して占の如し。

壬午四月癸卯日午時酉將,沙洋一民婦攜子而逃,其夫挽人求占。酉、子、卯。酉午未辰、午卯辰癸。此婦逃往正東方,一十五里外尋之。辰日可獲。時為日之妻財,加臨卯上,是往正東方也。午數九,卯數六,是十五里也。酉作勾陳發用,遙克年上之元武,而勾陰克元陰,故尋之可獲也。干上辰,乘空亡之天后,與發用酉作六合,俟辰日填實,即可獲矣。後果如所占。

壬午年四月癸卯日午時に占い、酉将を用ゐる。沙洋に一箇の民婦ありて孩子を帶びて逃走し、彼女の丈夫は人を托して占わんことを求む。課盤:三伝は初伝酉・中伝子・末伝卯;四課の上排は酉・午・未・辰、下排は午・卯・辰・癸、右より左へ読み、第一課は癸の寄する所の丑上に辰を乗せ、第二課は辰上に未を乗せ、第三課は日支の卯上に午を乗せ、第四課は午上に酉を乗ず。断語:この婦人は正東方へ逃げ往き、十五里以外に到りて找え、辰日に以て捉え得。占時の午は正しく是れ日干の妻財、それは卯上に加臨す、故に正東へ往くと説く;午は是れ九数・卯は是れ六数、合わせて正しく是れ十五里。酉上は勾陳を作して発用し、遥遥として行年上の元武を克住し、勾陳の陰神はまた元武の陰神を克す、故に找え往けば便ち找え着く。日干上の辰は空に落ちたる天后を乗せ、発用の酉と六合を結成し、辰日に等到りて空亡を填實せば、便ち能く捉え得。後に果して占の如し。

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