Libo

六壬粹言・自序

清 · 刘赤江(慕农) · 第1巻 / 15

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

八卦の書は伏羲の画卦に始まり、周文王の手で六十四卦の体系へと推演された;六壬の術は黄帝に受け継がれ、姜太公の手で世に伝えられた。両家は旗鼓相…

大六壬典籍

まず起課と三伝を発する機械的な流れを確実にしてから、課体と神煞に入る。起課を飛ばして断語だけ読んでも、書中の例を自分で再現できない。

八卦書自伏羲,而文王演之。六壬受於黃帝,而太公傳之。旗鼓相當,功力悉敵也。自各秘其術,言人人殊,世所行者惟《大全》中之《畢法》,《指南》中之《會篡》,如車之有軌。然《畢法》則隨手拈來,意盡而止。《會篡》則引而不發,未放厥詞。餘殫精竭慮,寒暑不輟者七載,見前人一詞之善,一簡之合,即捃摭焉而納之於其中,分匯推移,理其部署。時有稍露隙明,暢申微義,亦不過引而伸之,觸類而長之,以求斯理之明徹而止,而不敢以自用自專者忝其間也。稿凡三易,始成是編。噫!餘之用心亦苦矣。

八卦の書は伏羲の画卦に始まり、周文王の手で六十四卦の体系へと推演された;六壬の術は黄帝に受け継がれ、姜太公の手で世に伝えられた。両家は旗鼓相当、功力に優劣がない。ところが後世の各家はそれぞれ自家の法門を秘し、言うことが人それぞれ異なり、世に行われているのは《六壬大全》に収められた《畢法賦》と《六壬指南》に収められた《会篡》の二つだけで、車に轍があるようなものだ。しかし《畢法賦》は手当たり次第に拾い上げ、意味が尽きたところで打ち止め、それ以上は語り尽くそうとしない;《会篡》は「引而発かず」――弓を満々と引き絞りながら矢を放たず、ついに言葉を明かさなかった。私はこのために心を砕き、七年の間寒暑を問わず中断しなかった。前人に一句でも善い言葉、一条でも理に合うものがあれば、採集して書中に納め、分類して集め配し、その位次を条理立てた。その間、折々に私自身がわずかに隙間の明かりを見出し、幽微な義理を暢やかに申し述べたところも、ただ前人の言葉を「引いて之を伸ばし、類に触れて之を長ず」に過ぎず、ただこの理を明徹に説き尽くすことを求めるだけで、自用自専のものを敢えてその間に加えようとはしなかった。稿を前後三度改めて、ようやくこの編が成った。ああ、私のこの苦心もまた並大抵ではなかった。

獨是斷一事,而求之義例,或有未及載者,則所謂書不盡言,言不盡意也。斷一事而執前人之成法以繩之,或有不相吻合者,則所謂學我者拙,似我者死也。輪扁以古人之書為糟粕,而自言其得心應手之妙,臣不能傳之臣之子,臣之子亦不得受之於臣。《易》曰,神而明之,存乎其人。是固非三折肱九轉丹者,不足以語斯也。余觀陳公獻先生所傳《占驗》一卷,心之靈,齒之慧,皆為印板書中之所無。郭御青先生所存數條,如老吏折獄,周折如意,斯可謂獨出心裁,而善談元理者矣。我夫子言,學有適道與立與權之分。《畢法補談》,則適道之書也。《指南匯箋》,則與立之書也。陳郭兩先生之占驗,則與權之書也。六壬之術,不外乎此矣。剞劂既成,爰舉其大略,以弁簡端。

ただ、一事を断ずるにあたり義例に依拠を求めても、書に載っていない場合に必ず出くわす――これが《周易・繋辞》のいう「書は言を尽くさず、言は意を尽くさず」である。一事を断ずるにあたり前人の成法に固執して照らし合わせても、符合しない場合に必ず出くわす――これがいわゆる「我に学ぶ者は拙、我に似る者は死」で、そっくり写す者は拙くなるだけ、一途に似せようとする者は行き詰まるしかない。《荘子・天道》の車輪を斫る輪扁は、古人の遺した書を糟粕と呼び、自らの斫輪の得心応手の妙は、臣たる者がその子に伝えることもできず、子もまた父から受けることができないと語った。《周易・繋辞》に「神にして明らかにするは、その人に存す」とある。つまりこの道理は、良医の「肱を三たび折る」ように幾度も練り、丹家の「九転」のように長く功を積んだ人でなければ、語り合えない。私は陳公献先生の伝えた《占験》一巻を見るに、心の霊妙、口の叡慧は、いずれも板に刻んだ書物の中にはないものであり;郭御青先生の残した数条は、老練な獄吏の判事のように周旋曲折して意のままで、まさに独創の才で玄理を善く語る人といえよう(清人は康熙帝玄燁の諱を避けたので「玄」を「元」と作る)。孔夫子は、学に「適道」「与立」「与権」の三層の区別があると言った。《畢法補談》は「適道」の層の書で、人を正道に導く;《指南匯箋》は「与立」の層の書で、人を立たしめる;陳・郭両先生の占験は「与権」の層の書で、事に臨んで変通させる。六壬という術数は、この三層を出ない。刻版がすでに完成したので、その大略を挙げて巻首に記す。

道光六年歲次丙戌夏至前三日,蛟門劉赤江慕農甫書於荊門之知止小舍。

道光六年、干支の紀年が丙戌のこの年、夏至の三日前、蛟門の人劉赤江、字は慕農、荊門の任地の「知止小舎」にて書す。道光六年はすなわち西暦一八二六年;蛟門は著者の籍貫、荊門は今の湖北にあり、「知止小舎」はその書斎の号で、《大学》の「止るを知りて而後定まる」の意を取っている。

巻一・辨非十則

月将第一

用月將之法,諸書皆以每月中氣為過宮。每月中氣者,即太陽過宮所躔之辰也。其法至精至確。乃有用月令合神者,未免自我作古,似是而非。至姚廣孝用河圖生成之數,陽從生數,陰從成數,因其數而超之,創為異說,更屬荒唐,斷不可從。

「月将」を配する方法は、諸家の書いずれも毎月の中気を太陽過宮の期とする。いわゆる毎月の中気とは、太陽が黄道十二宮を越える際に躔するあの一つの地支のこと:たとえば雨水の後に太陽が亥宮に入れば「登明」亥将を用い、春分の後に戌宮に入れば「河魁」戌将を用い、以下もこれに準ずる。この方法は最も精密で最も確かで、取りうる。ところが「月令合神」を月将に充てる者がある――すなわち当月の月建の六合の神を取り、正月建寅なら亥を、二月建卯なら戌を用いる――これはみずから新法を立て己意で風気を開くに等しく、見た目はもっともらしいが実は違う。明初の姚広孝が《河図》の生数成数で推したことについては:陽干陽支は一二三四五の生数に従い、陰干陰支は六七八九十の成数に従い、その数にしたがって幾位かを超えて、別に異説を創ったが、さらに荒唐であり、断じて従うべからず。月将を取るには太陽の実際の躔次の一条を認めるだけで、他に法はない。

十干貴人第二

十干貴神,《通龜》、《訂訛》諸書,皆甲戊庚用丑未,六辛用寅午。而《曾門》、《金匱》等書,甲戊用丑未,庚辛用寅午,相為互異。查《協紀》一書,雖與此又異,而甲戊庚俱用丑未,則同。子平中天乙貴人,亦甲戊庚同用丑未,可知《通龜》所用,確乎其不可易矣。

十天干はそれぞれ自己の「天乙貴神」を配する。《六壬通亀》《六壬訂訛》系の書は、いずれも甲・戊・庚の三干に丑未を用い、辛の六日には寅午を用いるとする;一方《曽門》《金匱》系の書は、甲・戊に丑未を用い、庚・辛をともに寅午に用いるとし、両家はまさに「庚」の一干で相違している。《協紀辨方書》の所載を査すれば、上の二家とはまた出入りがあるが、甲・戊・庚をともに丑未に用いる点は同じである。さらに子平命理の天乙貴人を見ても、甲・戊・庚がともに丑未を用いる。よって《通亀》の取った一套は、確かで改め難い。凡そ「貴人」を起つには、甲・戊・庚を一律に丑未の両宮に安じ、「庚辛がともに寅午を用いる」という説に迷わされてはならない。

旦暮貴人第三

旦暮貴人即陰陽貴人也,如得卯辰巳午未申六時,則用陽貴,得酉戌亥子丑寅六時,則用陰貴。此法極為妥當,乃有日占即得夜時,亦用日貴;夜占即得日時,亦用夜貴。如此則日占者多,夜占者少,未免偏而不全。又有謂晝夜有長短,晨昏有早晚,以日出日入之時,定旦暮貴人者,更屬刻舟求劍矣。

「旦暮貴人」とは陽貴人と陰貴人のことである。占時が卯・辰・巳・午・未・申の昼に属する六時に落ちれば陽貴を用い、酉・戌・亥・子・丑・寅の夜に属する六時に落ちれば陰貴を用いる。この方法は極めて妥当である。ところがある人は、昼に占いに来れば、たとえ得たのが夜時でも一律に昼貴を用い、夜に占いに来れば、たとえ得たのが昼時でも一律に夜貴を用いると主張する。こうすれば、昼に占う者はもともと多く夜に占う者はもともと少ないので、昼貴を用いる機会が夜貴を圧倒し、一方に偏して周到でない。また白昼黑夜に長短があり、明け暮れに早晩があるから、当地の日出入の実際の時刻で旦暮貴人を定めるべきだという者もいるが、それはさらに「刻舟求剣」である――貴人の昼夜の分は、十二時辰の定分を認めるのであって、節気に従って伸縮する日影ではない。

五行十干生墓第四

起長生日墓之法,有五行十干之別。五行則不論陰陽,一例順行。十干則分陰陽順逆,陽之死地,即陰之生地。如此用則十二神中之臨官,即係日之祿神。日祿不錯,不知此法乃子平家所用,六壬向無此類。查陳公獻郭御青二先生所存占驗之課,俱用五行生墓,而不用十干生墓,其應如響,即此以觀,可以知所適從矣。

「長生」を起し日の「墓」を定める法には、五行で推すものと十干で推すものの二種の区別がある。五行で推せば陰陽を分かたず、一律に順行する:木は亥に長生し、火は寅に長生し、金は巳に長生し、水と土は申に長生し、陰陽は同じ路を歩む。十干で推せば陰陽を分かち順逆を別つ:陽干は順行、陰干は逆行し、陽干の死地はまさに陰干の生地である――たとえば甲は午に死し乙は午に長生する。後の用法によれば、十二運の「臨官」一位はちょうど本日の禄神に落ち、日禄は確かに誤りなく算される。しかし知るべきは、これは子平命家の用いるもので、六壬には従来この種の用法がないということだ。陳公献・郭御青両先生の残した占験課例を査すれば、いずれも五行生墓を用い十干生墓を用いず、而して応験は回声の答えるが如し。この一点をもって見れば、どちらの家に従うべきか、自ずと明らかである。

土墓従火第五

戊己墓神,有從水用辰者,有從火用戌者,各執一是,莫適其歸。不知六壬一書,丙戊同巳,丁己同未,旺祿等神,土即從火為用,而絕墓等神,反從水為用,不亦自相矛盾耶?故戊己斷以用戌作墓,方得其真。

戊・己の二つの土干の「墓」神をどこに安ずべきかについて、水に随って辰を用いると主張する者がある――水の墓は辰にあり、土は水と同宮だから;火に随って戌を用いると主張する者もある――火の墓は戌にあり、土は火位に寄るから。両家各々一説を執り、帰依する所がない。ところが六壬の学では、従来丙と戊はともに巳に寄り、丁と己はともに未に寄る:「旺」「禄」の類を論ずれば土は火に随って走る;もし「絶」「墓」の類を論ずるに至って土がかえって水に随うとすれば、自ら矛楯するではないか。故に戊・己の両干は断じて「戌」をもって墓とすべく、これで初めて真法を得たといえる。

渉害第六

涉害一課,取克賊之神。從地盤曆數歸於本家,以受克深者為用。經云“涉害行來本家止,多克便將用為起”是也。如涉害俱深,則取孟位上神為用,如孟位上無取,則取仲位上神為用。此古法也。近來諸家,均未用之者,然其原委,不可不知也。至擇比一法,涉於趨避,斷不可從。

「渉害」の課は、四課のうち相克相賊の神を取る。その法はこの神を天盤の臨む位置から起こし、地盤に沿って一路その本家宮位まで数え戻り、途中経る幾重の己を克する五行を見て、克を受けること深きを発用に取る。経文のいう「渉害行き来たり本家に止る、克多きは将に用て起と為す」は、まさにこの意である。もし諸神の渉害の深浅が同じなら、四孟――寅・申・巳・亥――の上に落ちる神を発用に取り改める;孟位に取るべきなければ、四仲――子・午・卯・酉――の上に落ちる神を発用に取る。これは古法である。近来の諸家はみなもはやこれを用いないが、その来龍去脈は知らないわけにはいかない。別に「擇比」の法――渉害の深浅を問わず、ただ日干と陰陽の同じ神を発用に挑む――は、すでに趨吉避凶の私意に堕ちたもので、断じて従うべからず。

別責第七

別責一課,或云皆常用天上神作初傳。剛日既取干合上神為用,柔日亦宜取支三合前位上神為用。如酉日取地盤丑位上神,非用丑也。其說似是,不知剛日主動,柔日主靜,陰陽攸分,故用亦有異,仍以古法為是。

「別責」の課は、ある人が剛日柔日を論ぜず、いずれも天盤の神を初伝に取るべきだという:剛日は日干の五合の神の寄る宮位上の神を発用に取るのだから、柔日も日支の三合の前一位の所在宮位上の神を発用に取るべきだと。たとえば酉日は柔日に属し、酉の三合の前一位は丑だから、地盤の丑位に乗ずる天盤の神を取るべきで、「丑」の字をそのまま用いるのではない。この説は一見理があるようだ。ところが剛日は動を主り柔日は静を主り、陰陽はもともと二路に分かれるので、取用の法もこれに従って別がある:剛日は天盤を取り柔日は地盤を取るは、まさに動静の異なりの現れである。やはり古法を正とする。

八専第八

八專一課,《訂訛》亦取遙克,不知伏吟干支只有二神,八專干支同處一位,伏吟課既無遙克之例,而八專何獨有取於遙克耶?且既取遙克,則古來當不設獨足一課矣。有克賊者,照舊用克賊比涉之法。如無克賊者,則用順逆三神之法為合雲。

「八専」の課について、《六壬訂訛》も「遥克」を取りうると主張する。ところが伏吟課では干支が二つの神しか残らず、八専課では干支が一宮に同処してやはり二つの神しか残らず、情形は全く同じである;伏吟課に遥克を取る成例がないのだから、八専は何をもって単独で遥克を取ろうとするのか。まして一旦遥克を許せば、古来わざわざ「独足」の課を立てるべきではなかったはずだ――独足課はまさに八専に克なく三伝が一神に帰る格局で、遥克を取りうればここに至らない。故に:八専課に克あれば、旧来通り「克賊」「比用」「渉害」の老法で取用し;克がなければ、剛日は順に三神を数え柔日は逆に三神を数える法を用いる、これが式に合う。

行年第九

行年之法,男起丙寅,女起壬申,此正法也。乃有謂男從生年旬首前三位起一歲,女從生年旬首後五位起一歲,如甲戌旬年生人,男起丙子,女起壬午。甲申旬年生人,男起丙戌,女起壬辰,六甲不同。似乎有理,細按之,全是似是而非,夫人生於寅,為歲月之首建,是以男從寅起,申者寅之對也,是以女人申起。陳公獻先生尊用此法,無不應驗,予用之亦驗,則六甲異用之說,可以置之不論矣。

「行年」を推す法は、男命は丙寅より一歳を起して順行し、女命は壬申より一歳を起して逆行する、これが正法である。ところがある人は、男命は生年の属する旬の旬首から前へ三位を数えて一歳を起し、女命は旬首から後へ五位を数えて一歳を起すと主張する。この説によれば、甲戌旬に生まれた人は男は丙子に起こり女は壬午に起こり、甲申旬に生まれた人は男は丙戌に起こり女は壬辰に起こり、六甲旬ごとに異なる。見た目は理があるようだが、詳しく按ずれば全て似是而非である。知るべきは「人は寅に生ず」――寅は一年十二月のうち最も先に建つ月であるから、男命は寅に起る;申は寅の对冲の位であるから、女命は申に起る。陳公献先生は従来この正法を遵用して験ならざるがなく、私もこれを用いて験あり。ならば「六甲各旬に起点を別に換える」の説は、置いて論ぜずともよい。

列宿分野第十

二十八宿分野,今古不同。考列宿之行,積七十年有奇,而差一度,二千一百十餘年而移一宮。堯時冬至日在虛,周在牛,漢唐宋在斗,元明在箕,至我朝嘉慶年間在箕一度,是列宿之行較堯時已經移二宮矣。

二十八宿を十二宮に配する分野は、古今同じではない。列宿の移行を考究すれば、およそ七十有余年ごとに一度を差し、二千一百十数年で一宮を挪し渡る――天文上これを「歳差」と称す。尭の時、冬至の日太陽は虚宿にあった;周代には牛宿に移り;漢・唐・宋の三代は斗宿にあり;元・明の二代は箕宿にあり;本朝嘉慶年間に至っては、すでに箕宿一度の上にある。こう算すれば、列宿の移行は尭の時に比べすでに二宮を挪し渡った。故に旧書の分野で方位・地界を断ずれば、必ず今の天象に合わず、校定し直さずにはいられない。

查《大全》所載女虛危列子宮,斗牛列丑宮云云。此乃宋代星躔,非今時躔度也。考《曆象考成》之法,分周天為三百六十度,六十分為一度。丑宮:箕一至八。子宮:斗二十二至二十三度、牛七、女十一、虛四。亥宮:虛八至九、危二十二、室七。戌宮:室八至十五、壁十三、室七。酉宮:奎十至十一、婁十二、胃十二、昴十一。申宮:昴三至八、觜О、參六。未宮:參七至十、井二十六。午:井二十七至三十、鬼四、柳十六、星四。巳宮:星五至八、張十八、翌七。辰宮;翌八至十六、軫十三、角七。卯宮:角八至十、亢十、氐十六。寅宮:氐十七、房四、心八、尾十五、箕О。共三百六十度。

《六壬大全》の所載を査すれば、女・虚・危の三宿を子宮に列し、斗・牛の二宿を丑宮に列する、等々。あれは宋代の星躔であって、当今の躔度ではない。《暦象考成》の算法によれば、周天を三百六十度に分け、毎度を六十分とし、各宮の占める宿度は以下の通り。丑宮:箕宿一度から八度。子宮:斗宿二十二度から二十三度、牛宿七度、女宿十一度、虚宿四度。亥宮:虚宿八度から九度、危宿二十二度、室宿七度。戌宮:室宿八度から十五度、壁宿十三度、また「室七」(底本は戌宮に「室」の字が再見するが、次の「室」は当に「奎」の譌、今は照録して改めず)。酉宮:奎宿十度から十一度、婁宿十二度、胃宿十二度、昴宿十一度。申宮:昴宿三度から八度、觜宿零度、参宿六度。未宮:参宿七度から十度、井宿二十六度。午宮:井宿二十七度から三十度、鬼宿四度、柳宿十六度、星宿四度。巳宮:星宿五度から八度、張宿十八度、翼宿七度(底本は「翼」を「翌」と作る)。辰宮:翼宿八度から十六度、軫宿十三度、角宿七度。卯宮:角宿八度から十度、亢宿十度、氐宿十六度。寅宮:氐宿十七度、房宿四度、心宿八度、尾宿十五度、箕宿零度。十二宮合計三百六十度。占課に「星宮分野」を論ずるには、この表に照らして取れば、本朝実測の天象に合う。

羅洪烈云,西洋曆法周天之數三百六十年餘。而太陽行度,每歲循環一周,但為至日所限,周天之度未畢,而冬至之日既至,此歲差之法所由來,是以太陽行度,始於冬至之日,終於大雪之末。每歲所躔,計差五十一秒,積至七十年間方差一度。黃道過宮,由此而異,星垣度分,今古相殊云云。但遵用新法,則經中所謂牛女乘常,斗牛相加,風伯會箕,雨師會畢諸法,均不可用矣。故仍錄古法於圖考中,而備載新法於此,以見古今之異如此而已,不可以不知也。

羅洪烈は言う:西洋暦法は周天を三百六十度有余と定める(底本は「度」を「年」と譌る);太陽の行度は毎年一周を循環するが、冬至という定点の制限を受ける――周天の度数がまだ満ちないうちに冬至の日がすでに至り、「歳差」の算法はこれに由って来る。故に太陽行度を推すには、冬至の日を起算とし、大雪の末を終わりとする。毎年の躔する位置は五十一秒を差し、七十年に積って初めて一度を差し満たす。黄道の過宮はこれによって移動し、星宿の占める度分も今古異なる、等々。ただし一概に新法を遵用すれば、経書にいう「牛女乗常」「斗牛相加」「風伯会箕」「雨師会畢」の類の取象断法は全て用いられなくなる――あの断語はみな宋代の宿度で宮に配して立てたものだから。故に本書は依然として古法を図考に録し、同時に新法をここに完整に載せ、人に古今の異なりはただこれだけと見させる。両套とも知るべく、偏廃してはならない。

巻二・畢法補談一 立課

両儀陰陽有真銓

兩儀陰陽有真銓。兩儀謂干支取課之法。先以亥子丑列北方,寅卯辰列東方,巳午未列南方,申酉戌列西方,次第布定,謂之地盤。再用月將加於占人所得之時。月將即太陽也。冬至日,日躔星紀,大吉丑將。大寒日,日躔元枵,神后子將。雨水日,日躔諏訾,登明亥將。春分日,日躔降婁,河魁戌將。穀雨日,日躔大梁,從魁酉將。小滿日,日躔實沈,傳送申將。夏至日,日躔鶉首,小吉未將。大暑日,日躔鶉火,勝光午將。處暑日,日躔鶉尾,太乙巳將。秋分日,日躔壽星,天罡辰將。霜降日,日躔大火,太沖卯將。小雪日,日躔析木,功曹寅將。

「両儀」とは、干・支で四課を起つ法のことで、一陰一陽、各々二課を出す。起課はまず定盤を布く:十二地支を方位に照らして一圏に排し、亥・子・丑を北方に列し、寅・卯・辰を東方に列し、巳・午・未を南方に列し、申・酉・戌を西方に列し、順に排定する。この一圏を「地盤」と呼び、固定して動かない。さらに当令の「月将」を求占人の占う時辰の上に加える。月将とは太陽のこと――太陽がどの宮に躔するかで、その宮の将神を取る。冬至以後、太陽は「星紀」の次に躔り、「大吉」丑将を用い;大寒以後、「玄枵」の次に躔り、「神后」子将を用い(底本は清帝の諱を避け「玄」を「元」と作る);雨水以後、「諏訿」の次に躔り、「登明」亥将を用い;春分以後、「降婁」の次に躔り、「河魁」戌将を用い;穀雨以後、「大梁」の次に躔り、「従魁」酉将を用い;小満以後、「実沈」の次に躔り、「伝送」申将を用い;夏至以後、「鶉首」の次に躔り、「小吉」未将を用い;大暑以後、「鶉火」の次に躔り、「勝光」午将を用い;処暑以後、「鶉尾」の次に躔り、「太乙」巳将を用い;秋分以後、「寿星」の次に躔り、「天罡」辰将を用い;霜降以後、「大火」の次に躔り、「太冲」卯将を用い;小雪以後、「析木」の次に躔り、「功曹」寅将を用い。十二中気は各々一将を管し、月に従って更替する。将を取るには中気過宮の一条だけを認める。

以此值月之將,加於地盤正時之上,順布十二宮,謂之天盤。再視本日之干支,甲寄寅,乙寄辰,丙戊寄巳,丁己寄未,庚寄申,辛寄戌,壬寄亥,癸寄丑。取日干寄宮上所得神為第一課,名干上陽神。再取干陽上所得之神為第二課,名干上陰神。取日支本宮上所得神為第三課,名支上陽神。再取支陽上所得神為第四課,名支上陰神。而四課於是備矣。

起課の手続きは:この当直の月将を地盤上の占時の所在する宮に圧し加え、さらに時計回りに十二支を順に一圏に敷き詰める。この活動する一層の盤を「天盤」と呼ぶ。天盤が一転定まれば、十二宮上下相圧の格局が出る。続いて本日の日干がどの宮に寄るかを見る:甲は寅に寄り、乙は辰に寄り、丙と戊はともに巳に寄り、丁と己はともに未に寄り、庚は申に寄り、辛は戌に寄り、壬は亥に寄り、癸は丑に寄る。日干の寄る宮の地盤の上に天盤の落ちる神を取って第一課とし、「干上陽神」と名づけ;さらにこの神を地盤位としてその頭上に天盤の落ちる神を取って第二課とし、「干上陰神」と名づける。転じて日支の本宮地盤の上に天盤の落ちる神を取って第三課とし、「支上陽神」と名づけ;さらに支陽神の頭上に落ちる神を取って第四課とし、「支上陰神」と名づける。ここに至って日干が二課を出し日支が二課を出し、「四課」が揃う。四課は全局の根基で、三伝はみなここから出る。

三伝初中立法推

三傳初中立法推。四課既布,則三傳宜立矣。立傳之法有九。一克賊,二比用,三涉害,四遙克,五昴星,六別責,七八專,八伏吟,九返吟。諸法俱詳後文。四課既立,則取克賊之神,立為初傳,名曰發用。取初傳位上神為中傳,中傳位上神為末傳。而三傳備矣。初傳為發端,中傳為轉移,末傳為歸結。得德祿和合等神則吉,得刑害墓克沖絕等神則凶。初吉終凶,終歸於凶,初凶終吉,終歸於吉。其旨多端,詳占法門。

四課がすでに排布されたら、続いて「三伝」を立てる。立伝の門路は全部で九種ある:一は「克賊」、二は「比用」、三は「渉害」、四は「遥克」、五は「昴星」、六は「別責」、七は「八専」、八は「伏吟」、九は「返吟」。この九法各々の条件と取法は、後文にみな詳説がある。四課が立ち定まった後、四課のうち相克相賊のあの神を挑んで「初伝」に立て、また「発用」ともいう;さらに初伝の臨む宮位の頭上に天盤の落ちる神を取って「中伝」とし、中伝の頭上に落ちる神を取って「末伝」とし、三伝はここに揃う。三伝は各々分業がある:初伝は事の発端、中伝は中途の転移、末伝は最後の帰結である。三伝上に「徳」「禄」「和」「合」の類の神を得れば吉と断じ、「刑」「害」「墓」「克」「冲」「絶」の類の神を得れば凶と断ず。起頭が吉で收尾が凶なら、ついに凶に帰す;起頭が凶で收尾が吉なら、ついに吉に帰す――落点は末伝を見る。そのうちの意旨は頭緒が多く、詳しくは後の「占法」一門を見よ。

上克下賊先重審

上克下賊先重審。上克下謂之克,下克上為之賊。蓋陰陽生合比和,吉凶之端倪不露,惟於相剋處,一逗殺機,而吉凶遂爾見形也。立課之法,先取一下克上為用,雖有二三課之上克下,亦所不計,名曰重審。以下克上,事須重複審詳也。如四課並無下克,惟一上克下,則取一上克為用,名曰元首。元首者,別無下克,亭亭然有首出庶物之象也。俱以所得克賊之神為初傳,以初傳所乘神為中傳,以中傳所乘神為末傳。一云,四課取克賊為用,惟元首重審,決事有準。經云,入不入,事最急。蓋課以克賊發用為入,無克賊為不入也。

四課のうち、上の天盤の神が下の地盤の神を克するを「克」といい;下の地盤の神が上の天盤の神を克するを「賊」という。大凡そ陰陽の間が相生・相合・相比和の時は、吉凶の苗头は顕れない;ただ相克の処においてのみ、殺機が一透し吉凶が形跡を現すので、立課はまず克の処から手を下す。立課の法:まず一つの「下賊上」の課を取って発用とし、たとえほかに二三課の上克下があっても、一概に計に入れない。この種の課を「重審」と名づける――下が上を犯すので、事は反復審詳を要し、故にこの名を取る。もし四課に下賊上がなく、ただ一課の上克下だけあれば、この一つの上克を取って発用とし、「元首」と名づける――元首とは、別に下克がそれと争うことなく、亭亭として《周易・乾卦》の「首出庶物」の気象がある。両者ともに取った克賊の神を初伝とし、初伝の乗ずる神を中伝とし、中伝の乗ずる神を末伝とする。もう一説:四課に克賊を取って発用する諸課のうち、ただ元首・重審の二課の断事が最も准確である。経文に「入るか入らざるか、事最も急なり」――課に克賊の発用あるを「入」といい、全く克賊なきを「不入」といい、凡そ入課は占する事が皆緊急である。

重審課。謂課得一下賊上為用,曰重審。計二百五十六課,以下克上,必須再三詳審,然後可行。仍以神將斷其吉凶。如丙寅日,干上午,三課無克,取四課下克上為用,三傳辰巳午。干支各乘旺神,三傳遞相引進,中末又為旺祿,主人宅俱泰,凡事有成。惟以靜守為吉,如欲動用,則變為羅網煞而有凶矣。

「重審課」:四課のうちただ一課だけ下賊上があれば、それを取って発用とし、この課を重審と名づけ、全局共二百五十六課がこれに属す。下が上を犯すものだから、事は必ず再三審詳して然る後行動すべし。吉凶を断ずるには依然として天将と合わせて見る。例:丙寅日に占い、日干は巳に寄り干上に午を乗せ、前三課はいずれも克なく、ただ第四課のみが下克上であれば、それを取って発用とし、三伝は辰・巳・午。日干上・日支上に各々旺相の神を乗せ、三伝は辰が巳を生じ巳が午を生じ、一路遞相に引進する;中伝の巳は丙火の禄で末伝の午は丙火の旺地、禄旺俱全で、人身と家宅がともに安泰、凡事成すべし。ただこの課は静守するにのみ宜しく吉;もし動いて求進しようとすれば、辰・巳・午が順行して転じて「羅網煞」となる――羅網は拘系牽絆を主り、一動すれば制を受け、かえって凶あり。

元首課。謂課得一下克下為用,曰元首。計一百二十課。以上克下,大順之徵,凡事順利。仍以神將斷其吉凶。如壬戌日干上申,三課無克,取第二課上克下為用,三傳巳寅亥。安傳為日財,末為德祿,又要三傳遞互相生,日占,巳為貴人,干貴求財,無不亨利。

「元首課」:四課のうちただ一課だけ上克下があれば、それを取って発用とし、この課を元首と名づけ(底本は「一下克下」と作るが、上の「下」の字は当に「上」の譌)、全局共一百二十課がこれに属す。上が下を克するは、尊が卑に臨み大順の徴で、凡事順利。吉凶を断ずるには依然として天将を参す。例:壬戌日に占い、日干は亥に寄り干上に申を乗せ、其余の三課に克なし、第二課の上克下を取って発用とし、三伝は巳・寅・亥。初伝の巳火は壬水の財爻(底本の「安伝」は当に「初伝」)、末伝の亥は壬の禄であると同時に壬の日徳でもある;さらに三伝の巳・寅・亥が遞相に生じ、一路気を通ず。もし昼に占いに来れば、巳上に貴人を乗せ、日干が貴を得てかつ財に逢うので、財を求めて亨通し利を得ないことはない。

克多取用比方知

克多取用比方知。謂課有二三下克上,或二三上克下,擇課之陰陽與日比者為用,其中末亦如克賊相因。曰比用。計九十五課。占主事有兩歧,須擇其近於己者為和。乃能有所得也。乃以神將斷其吉凶。

四課に二三課とも下賊上、あるいは二三課とも上克下があれば、克の頭緒が多くなるので、この幾つかの克神のうち日干と陰陽属性の同じあの一つを挑んで発用とする――陽日は陽神を取り、陰日は陰神を取り、同類相親しむを「比」と呼ぶ。中伝末伝は依然として克賊の法に照らし層々相因して取って来る。この格を「比用」と名づけ、共九十五課がこれに属す。比用を占えば、事に二つの岔路があり両下相持を主り、必ず自己に近い・自己と同類のあの路を挑んで往かねば得る所がない;もし両頭とも欲すれば、かえって落空する。吉凶を断ずるには依然として天将を以て参看する。

陽日陽比課格。如甲戌日量課未申,二課子未,三課卯戌,四課申卯。除上克不用,外餘二課,皆下賊上,甲為陽日,取子之與日比者為用,三傳子巳戌。初為敗氣,中為脫氣,末傳雖為日財,奈墓覆日干,所為不通,凡占不吉。

「陽日陽比格」:たとえば甲戌日に占い、第一課は未が申に加わり、第二課は子が未に加わり、第三課は卯が戌に加わり、第四課は申が卯に加わる(底本の「量課」はすなわち「一課」の譌)。そのうち上克下に属する一課を除去して用いず、残る二課はいずれも下賊上;甲は陽日なので、この二つの下賊上の神のうち「子」を取る――子は陽に属し陽日と比す――発用とし、三伝は子・巳・戌。初伝の子水は甲木の沐浴敗気、中伝の巳火は甲木の脱気(木は火を生じ我が気を泄す)、末伝の戌土は甲日の財爻だが、無奈く戌はまたまさに甲の墓神で、墓が日干の頭上に覆うので、所作所為はいずれも通暢でない。この課は凡そ占して吉ならず。

陰日陰比格。如辛卯日,一課午辛,四課未亥。二上克下,辛為陰日,取未之與日比者為用。三傳未卯亥,合局作財,奈初中空陷,僅存末傳亥為脫氣,且遁丁神而作暗鬼,如取其財,必有禍出,日占,將乘白虎尤凶。

「陰日陰比格」:たとえば辛卯日に占い、第一課は午が辛に加わる(辛は戌に寄る)、第四課は未が亥に加わり、二課とも上克下;辛は陰日なので「未」を取る――未は陰に属し陰日と比す――発用とし、三伝は未・卯・亥。未・卯・亥は三合して木局を成し、木は辛金の財で、一見財局を結んだよう;無奈く初伝の未・中伝の卯はともに旬空に陥り虚して実ならず、ただ末伝の亥水の一つだけが実で、しかも亥はまた辛金の脱気(金は水を生じ我が気を泄す)、亥上に遁する天干はさらに日干の暗鬼を化す。こうして財を求めれば、必ず禍を招いて出る。もし昼に占いに来れば、末伝の亥上にさらに白虎を乗せるので、それは格別に凶だ。

見機在孟察微仲

見機在孟察微仲。謂陽日上用一陽,今則二陽三陽俱比矣。陰日止用一陰,今則二陰三陰俱比矣。則以涉害之法取之。涉者渡也,害者克也。先取孟位上乘神為和,曰見機。如孟位無以,則取仲位上乘神為用,曰察微(無取季位上神)。其中末亦如克賊之相因。占主凡事艱辛,必須歷盡風霜而後能得,乃苦盡甘來之象,仍以神將斷其吉凶。

前の格「比用」は、陽日にただ一つの陽神のみ比しうるか、陰日にただ一つの陰神のみ比しうる場合;今は陽日に二つ三つの陽神が出ていずれも日と比し、陰日も二つ三つの陰神が出ていずれも日と比し、比ぶべき選択がなくなれば、「渉害」の法に改めて取らねばならない。「渉」は渡る、「害」は克:この幾つかの克神を各々天盤の臨む処から本家地盤に渡り戻らせ、沿路に受ける克が幾重かを見て、深きを取用とする。もし深浅が相等しければ、まず四孟――寅・申・巳・亥――の上に落ちる乗ずる神を発用に取り、これを「見機」と呼ぶ;孟位に取るべきなければ、四仲――子・午・卯・酉――の上に落ちる乗ずる神を発用に取り、これを「察微」と呼ぶ(四季の位の辰・戌・丑・未上の神は取らない)。中伝末伝は依然として克賊の例に照らし相因して下る。渉害を占えば、凡事艱辛を主り、必ず風霜を歴尽して然る後に手に到る、苦尽きて甘来たるの象である。吉凶を断ずるには依然として天将と合わせて見る。

見機課。謂涉害取四孟上神為用,曰見機。計五十三課。蓋有害者,不可不見其機也。如癸未日,一課巳癸,二課酉巳,三課亥未,三下克上,俱與日比,則取孟位上酉為用,三傳酉丑巳。干乘日財,支見旺神,三傳又合局生干,嫌初中空亡,如日占天將皆貴常勾,土神助傳之生,無不亨快。

「見機課」:渉害に四孟上の神を取って発用とするを見機と名づけ、共五十三課がこれに属す。すでに害を身に有する以上、まずその機を見て先んじて転機の所在を察し出さざるべからず。例:癸未日に占い、第一課は巳が癸に加わる(癸は丑に寄る)、第二課は酉が巳に加わり、第三課は亥が未に加わり、この三課はいずれも下賊上、三つの神はまたいずれも陰日と比し、擇比は手を下す処なく、そこで渉害によって孟位上に落ちる酉を取って発用とし、三伝は酉・丑・巳。日干上に巳火を乗せ、癸水の財である;日支上に旺相の神を見る;三伝の巳・酉・丑は三合金局を成し、また回頭して日干の癸水を生ず、格局はもともと好い。嫌う所は初伝の酉・中伝の丑が旬空に落ちること。もし昼に占いに来れば、天将は貴人・太常・勾陳の一路の属土の神を得、土は金を生じ三伝の生気を助け起すので、亨通し暢快しないことはない。

察微課。謂涉害取四仲上神為用,曰察微。計二十六課。蓋有害者,不可不察其微也。如庚辰日,二課子戌,四課申午,二下克上,俱與日比,孟位無取,則取仲位上申為用,三傳申戌子。初傳德祿空亡,末傳脫氣,幸干支互受上神之生,尚有所益,但以靜守為定,如欲動用,即為支上之午火所克,而有凶矣。

「察微課」:渉害に四仲上の神を取って発用とするを察微と名づけ、共二十六課がこれに属す。すでに害を身に有する以上、その微を細察してあの一点の隠伏した苗头を看清さざるべからず。例:庚辰日に占い、第二課は子が戌に加わり、第四課は申が午に加わり、二課とも下賊上(戌土は子水を克し、午火は申金を克す)、二つの神はまたいずれも陽日と比し;四孟上に取るべきなく、そこで仲位の午上に落ちる申を取って発用とし、三伝は申・戌・子。初伝の申は庚の禄でありまた庚の日徳でもあるが、可惜にも空亡に落ち;末伝の子水は庚金の脱気。幸い日干と日支は各々自己の上神の生を受け、まだ幾らかの補益がある。しかしこの課は静守するにのみ宜しく定まり得;もし動いて施為しようとすれば、申は日支上の午火に克され、かえって凶あり。

復等課。謂涉害有與日俱比,俱在孟位上,取時之先見者為用。名曰復等。計三課。主兩雄相爭,惟在前者,乃有得也。如戊辰日,一課子戊,四課午亥,皆與日比,又俱在孟位上,取先見之子為用,三傳子未寅,干支俱乘財爻,似宜求財,但子遁甲,亥遁乙,作干支之暗鬼,又三傳遞互相剋,如求財必有禍出,此外又有戊辰、戊戌日返吟兩課。

「復等課」:渉害の神がすでにいずれも日干と比し、また同じく四孟上に落ち、深浅位次が全然相等しければ、時辰上に先ず見えるあの一つを取って発用とし、復等と名づけ、ただ三課のみこれに属す。両雄相争い、ただ前頭を抢した者のみ得る所有るを主る。例:戊辰日に占い、第一課は子が戊に加わる(戊は巳に寄る)、第四課は午が亥に加わり、二つの神はいずれも陽日と比し、またいずれも孟位(巳・亥はいずれも孟)上に落ち、そこで先ず見える子を取って発用とし、三伝は子・未・寅。日干上・日支上にいずれも財爻を乗せ、一見財を求めるに宜しきよう;しかし子上に甲を遁得し亥上に乙を遁得し、甲乙木はまさに戊土の鬼で、干支の暗鬼を成す;さらに三伝の子・未・寅が遞相に克しあえば、もし真に財を求めれば、必ず禍を招いて出る。なお、戊辰・戊戌の両日の返吟課も、同じく復等の例に属す。

按涉害之法,取克賊之神,從地盤曆數歸於本家,以受克深者為用。如丁卯日蛄課丑加卯,四課亥加丑,兩下克上,俱於陰日比,丑加卯,前行歷乙木一重,歸地盤本家丑位。亥加丑前行歷辰戊己未戌土五重,歸地盤本家亥閏,五重者較一重為深。則取亥為用。如上神克下,亦準此推。經云,“涉害行來本家止,多克便將為用起”是也。如涉害俱深,則取孟位上神為用,孟位無以,則取仲位上神為用,則古法也,近來諸家皆無用之,附近志於此,以見其原委如此云。

按:渉害の法は、四課のうち相克相賊の神を、その天盤の臨む宮位から起こし、地盤に沿って順行して自己の本家宮位に数え戻り、沿途に幾重の己を克する五行を経るかを見て、克を受けること深きを発用に取る。たとえば丁卯日に占い、第一課は丑が卯に加わり、第四課は亥が丑に加わり、二課とも下賊上、二つの神はまたいずれも陰日と比す。丑は卯上に加わり、卯から前行して本家の丑位に到るまで、乙木の一重のみ経て土を克す;亥は丑上に加わり、丑から前行して本家の亥位に到るまで、沿途に辰・未・戌等の土位共五重を経て水を克す。五重は一重より深いので、亥を取って発用とする。もし上神が下神を克すときも、この法に照らして推す。経文のいう「渉害行き来たり本家に止る、克多きは将に用て起と為す」は、まさにこの意である。假如して両神の渉害が同じく深ければ、孟位上の神を取って発用とし;孟位に取るべきなければ、仲位上の神を取って発用とする――これは古法で、近来の諸家はみな用いず、ここに附記して、その原委がかくの如きを見せる(底本はこの段の「一課」を「蛄課」と譌り、「亥位」を「亥閏」と譌り、暦数土位の字にもまた譌奪あり、今は悉く照録して改めず)。

蒿矢無取弾射宜

蒿矢無取彈射宜。謂四課上下剋剋,則以日干為主,與二三四課較對。若有一上神遙剋日干,取以為用,曰蒿矢。如無上神遙克,則取日干遙克上神為用,曰彈射。如有二克或克二者,則取日之相比者為用,中末亦如克賊之相因。占主虛而不實,禍福俱輕,帶土金煞,則能克人。蓋蒿矢見金為有鏃,彈射見土為有丸也。主凡事驀然而成。仍以神將斷其吉凶。二課有近射,有遠射。如二課發用,乃日之二課自戰,其勢略大,三課發用,乃辰陽與日干相競,尚覺有力。若四課更遠而無力矣。或兩神剋日,或日克兩神,尤主多心多意。

四課の上下にいずれも相克を見ず(底本は「無克」を「克克」と譌る)、日干を主として、それを第二・第三・第四課の上神と逐一比較対照する。もし一つの上神が位を隔てて遥かに日干を克すれば、それを取って発用とし、「蒿矢」と呼ぶ;上神の遥かに日干を克するがなければ、日干の遥かに克するあの上神を取って発用とし、「弾射」と呼ぶ。もし二神が斉しく日を克し、あるいは日が斉しく二神を克すれば、日干と陰陽の比するあの一つを取って発用とする。中伝末伝は依然として克賊の例に照らし相因して取って来る。この格は占えば虚して実ならざるを主り、禍も福もともに軽し;しかし土・金の類の煞神を帯びれば、真に人を傷つけ得る――蒿矢はもともと蒿杆で作った箭で、金に見えれば箭鏃を安じたと算えられ;弾射はもともと空張りの弓で、土に見えれば泥丸を有したと算えられるので、虚器は一旦実物を有すれば人を傷つけ得る。凡事が意外より出て驀然として成るを主る。吉凶を断ずるには依然として天将を参す。遥克はまた近射遠射に分かる:第二課の発用は、日干自家の両課の交戦で、勢頭はやや大きい;第三課の発用は、日支の陽神が日干と争うもので、なお力あり;第四課の発用に至っては、さらに遠く離れて力量なし。またもし二神が斉しく日を克し、あるいは日が斉しく二神を克すれば、特に人心の紛雑して主意の定まらぬを主る。

蒿矢課。謂四課無克,取上神遙剋日干為用,曰蒿矢。計四十課。蓋神遙剋日,緩而且輕,若折蒿為矢,力弱難傷。主憂喜無實,事多虛謀。仍以神將斷其吉凶。如丙戌日,干上寅,二課亥,遙剋日神,則取亥為為用,三傳亥申巳,初作日鬼,中傳申財,又入鬼鄉,幸得末傳之日祿,尚有可守,如日占,亥乘貴人尤妙。

「蒿矢課」:四課に克なく、あの遥かに日干を克する上神を取って発用とし、蒿矢と名づけ、共四十課がこれに属す。神が位を隔てて遥かに日を克するは、来勢がすでに緩くかつ軽く、蒿杆を折って箭とするが如く、力弱く人を傷つけ難し。憂も喜も実処に落ちず、事は多く虚謀を主る。吉凶を断ずるには依然として天将を参す。例:丙戌日に占い、日干は巳に寄り干上に寅を乗せ、第二課の上神は亥、亥水は遥かに丙火を克すので、亥を取って発用とし、三伝は亥・申・巳。初伝の亥は丙日の官鬼;中伝の申金はもと丙の財だが、また亥の鬼郷に落ち入る;幸い末伝の巳は丙の禄で、なお守るべき処あり。もし昼に占いに来れば、亥上に貴人を乗せ、それは格別に妙――鬼が貴に化し、かえって提携を成す。

彈射課。謂四課無上神遙剋日干,則取日干克上神為用。曰彈射。計二十五課。蓋我去克他,如彈丸當向量,射物難中。縱有虛名虛利,不可實用。仍以神將斷其吉凶。如癸未日,干上子,三課午,四課巳,日干遙克兩上神,則取巳之與日比者為用。三傳巳辰卯,自第四課財爻發用,為力雖輕,幸得末傳助之,且支上陰陽復見日見,占求財最吉,但不免往來奔波,多心多意耳。

「弾射課」:四課のうち上神が遥かに日干を克するものがなければ、日干の遥かに克するあの上神を取って発用とし、弾射と名づけ、共二十五課がこれに属す。これは我が往きて彼を克するので、弾丸を空に向かって発射するが如く、目標に射中て難し;たとい幾らかの虚名虚利があっても、真に用いるべからず。吉凶を断ずるには依然として天将を参す。例:癸未日に占い、日干は丑に寄り干上に子を乗せ、第三課の上神は午、第四課の上神は巳で、癸水は遥かに午・巳の二つの火神を克するので、「巳」を取る――巳は陰に属し陰日と比す――発用とし、三伝は巳・辰・卯。第四課の財爻上より発用するは力量こそ軽いが、幸い末伝の卯木が来たりて相助ける(木は火を生じ財爻を助け起す)、さらに日支上の陰陽両神がまた重ねて財を見るので、財を求める占に最も吉;ただ往来奔走を免れず、心も多く定まらず(底本の「当向量」「復見日見」等の数字に譌あり、今は照録して補わず)。

陰陽昴星観俯仰

陰陽昴星觀俯仰。謂四課無克,又無遙克,取酉將上下祥為用,曰卯星。昴星者酉中昴宿也。酉位西方,義司決斷。故取以立傳,陽日取地盤酉上神為用為仰視格。陰日取天盤酉下神為用,為府視格。俯視者憂近,仰視者憂遠。二課大端皆凶,如蛇虎入傳更甚。分敘於左。

四課に相克もなく遥克もなく、発用する処なければ、酉宮上下の神を取って発用とし、この格を「昴星課」と呼ぶ(底本は「昴」を「卯」と譌り、「上下神」を「上下祥」と譌る)。いわゆる昴星とは、酉宮の中の昴宿を指す。酉位は西方にあり、義において刑殺決断を主るので、これを取って伝を立てる。陽日は地盤酉位の上に天盤の落ちる神を取って発用とし、「仰視格」と呼ぶ;陰日は天盤の酉字の下に地盤の圧された神を取って発用とし、「俯視格」と呼ぶ。俯視するものは憂患が眼前に近く、仰視するものは憂患がなお遠くにある。この二課は大体いずれも凶を主り、さらに螣蛇・白虎が伝に入ればより凶。それぞれ以下に叙述する。

昴星仰神格。謂剛日昴星,取地盤酉上神為用,中用辰上神,末用日上辰,為仰視格。計四課,主事多驚危險則宜靜守,仍以神將斷其吉凶。如戊寅日,三傳丑午酉,初末皆空,獨存中傳之午,日占乘虎而居支上。諺云,雙拳不敵四手,何況逢兩虎乎?凡占不吉。

「昴星仰神格」:剛日(甲・丙・戊・庚・壬)が昴星課に遇えば、地盤酉位の上の神を取って発用とし、中伝は日支上神を取り、末伝は日干上神を取る(底本の末句「日上辰」は当に「日上神」)、これを仰視格と呼び、共四課がこれに属す。事は多く惊恐危険を主り、ただ静守するに宜し。吉凶を断ずるには依然として天将を参す。例:戊寅日に占い、三伝は丑・午・酉。初伝の丑・末伝の酉はいずれも旬空に落ち、ただ中伝の午一つだけが実;昼に占いに来れば、午上に白虎を乗せ、またまさに日支の上に踞る。俗に「双拳は四手に敵せず」という、まして二匹の虎に遇う――支上に虎を乗せ、伝中にまた虎を見るとは?この課は凡そ占して吉ならず。

昴星俯視格。謂柔日昴星,取天盤酉下神為用,中用日上神,末用辰上神,為俯視格。計一十二課。主事多蔽慝,惟潛藏為宜,仍以神將論其吉凶。如己巳,三傳申申午,雖無蛇虎入傳,但申為虎之本家,課傳三見此神,災驚有所不免。又如癸未日,三傳申寅申,往來綿在干支上,又初中皆空,主往來效能下稍全無一事。如晝占,將乘合元合肥市陰私萬狀,尤不可言又辛未日,三傳申亥申,中傳旬空,夜占,申乘天空。辛卯日三傳子未子,中傳旬空,晝占,子乘天空,其例亦同。

「昴星俯視格」:柔日(乙・丁・己・辛・癸)が昴星課に遇えば、天盤の酉字の下に圧された神を取って発用とし、中伝は日干上神を取り、末伝は日支上神を取る、これを俯視格と呼び、共十二課がこれに属す。事は多く遮蔽隠匿を主り、ただ潜蔵して動かざるに宜し。吉凶を断ずるには依然として天将を参す。例:己巳日に占い、三伝は申・申・午、螣蛇・白虎が伝に入らぬといえども、申はもともと白虎の本家の位で、課と伝中に三度この神を見るので、災惊はついに免れられない。またたとえば癸未日に占い、三伝は申・寅・申、一往一来して干支の上に牽纏し、初伝中伝はまたいずれも空に落ち、奔走往来してとうとう一事も成らぬを主る;もし昼に占いに来れば、天将は六合・元武を乗せ、陰私の事が万状で、特に言うに堪えず(底本はこの句に譌衍の字あり、語意は推すべしも字は臆補すべからず)。またたとえば辛未日に占い、三伝は申・亥・申、中伝は旬空に落ち、夜占なら申上に天空を乗せ;辛卯日に占い、三伝は子・未・子、中伝は旬空に落ち、昼占なら子上に天空を乗せる:これらの例の道理はみな同じ――伝中すでに空亡に落ち、また天空の将に逢えば、事は必ず虚詐にして成るなし。

不備三五合神依

不備三五合神依。謂課有一課與四課相同,或二課與三課相同,則干支之陰陽二神,缺一課矣。陽課缺一,曰陽不備,陰課缺一,曰陰不備。不備者,以干支之陰陽言,非以奇偶陰陽言也。有克賊,照常以克賊等論。中末亦如克賊之相因。如無克無遙,陽日取干五合上神為用,陰日最支三合前位神為用,中末俱有干上神,曰別責。分列於左。

いわゆる「不備」とは、四課のうち第一課と第四課が同じであるか、あるいは第二課と第三課が同じで、一課が重なり、よって干支の陰陽二神が一課不足する。陽位の課が一課短かるを「陽不備」と呼び;陰位の課が一課短かるを「陰不備」と呼ぶ。留意すべきは、ここにいう不備とは、日干・日支各々の陽神陰神に欠があることを指し、奇数偶数で陰陽を分けるのではない。この類の課に克賊あれば、旧来通り克賊諸法で取用し、中末両伝も克賊の例に依り相因する。もし克賊なく遥克もなければ、陽日は日干の五合の神の寄る宮位上の神を取って発用とし、陰日は日支の三合前一位上の神を取って発用とし、中伝末伝はいずれも日干上神を取る、この格を「別責」と呼ぶ(底本は「取」を「最」と譌り、「倶取」を「倶有」と譌る)。以下に分列する。

陽不備課。謂干支之陽神不備,曰陽不備。如庚午日干上午,干陰辰,支陽辰,支陰寅,剛日先盡干神,辰既為干陰所占,則支陽缺一課矣。又辛未日,干陽丑,干陰辰,支陽戌,支陰丑,柔日先盡支神,丑既為支陰所占,則干陽缺一課矣。故曰陽不備。占主事不成全,必有缺憾。干陽不備,主外事不足。支陽不備,主內事不足。仍以神將驗其吉凶。如乙亥日,干上酉,一課缺一干之陽神,酉為官鬼,且繫旬空,有官者占之,主求官事必有缺憾。如常人占,則日鬼空亡,反為吉也。

「陽不備課」:干支の陽神に欠あれば、陽不備と呼ぶ。たとえば庚午日に占い、干上は午、干陰は辰、支陽は辰、支陰は寅――剛日はまず日干のこちら側の神を尽くすので、辰がすでに干陰に占められれば、支陽のこの課が短かる。またたとえば辛未日に占い、干陽は丑、干陰は辰、支陽は戌、支陰は丑――柔日はまず日支のこちら側の神を尽くすので、丑がすでに支陰に占められれば、干陽のこの課が短かる。故に陽不備と呼ぶ。占えば事が成全せず常に缺憾を留めるを主る。日干上の陽神が不備なら外の事の不足を主り;日支上の陽神が不備なら家内の事の不足を主る。吉凶を断ずるには依然として天将に験す。例:乙亥日に占い、干上は酉、四課のうち日干の陽神が一つ短かる;酉金は乙木の官鬼で、しかも旬空に落ちる。官職ある人が占えば、官事を謀るに必ず缺憾を留めるを主り;平常の百姓が占えば、日鬼が空に落ち鬼は祟りを為し得ず、かえって吉。

陰不備課。謂干到之陰神不備,曰陰不備。如甲午日,干陽戌,干陰午,支陽寅,支陰戌,剛日先盡干神,戌既為干陽所占,則支陰缺一課矣。又如乙未日,干陽未,干陰戌,支陽戌,支陰丑,柔日先盡支神,戌既為支陽所占,則干陰缺一課參。故曰陰不備。占同前例。如壬辰日,干上午,一課缺一支之陰神,午為妻財,又係旬空,日占乘後,主妻財有不足之憾。夜占乘元,空財被竊,必有失竊事。

「陰不備課」:干支の陰神に欠あれば、陰不備と呼ぶ(底本は「干支」を「干到」と譌る)。たとえば甲午日に占い、干陽は戌、干陰は午、支陽は寅、支陰は戌――剛日はまず日干のこちら側の神を尽くすので、戌がすでに干陽に占められれば、支陰のこの課が短かる。またたとえば乙未日に占い、干陽は未、干陰は戌、支陽は戌、支陰は丑――柔日はまず日支のこちら側の神を尽くすので、戌がすでに支陽に占められれば、干陰のこの課が短かる。故に陰不備と呼ぶ。占断は前の格の例に照らす。例:壬辰日に占い、干上は午、四課のうち日支の陰神が一つ短かる;午火は壬水の妻財で、また旬空に落ちる。昼に占いに来れば、午上に天后を乗せ、妻室と銭財にいずれも不足の憾みあるを主り;夜に占いに来れば、午上に元武を乗せ、落空の財がさらに人に盗まれ、必ず失窃の事が出る。

剛日別責課。謂剛日不備,無克無遙,取干五合上神為用,澡末末取干上神,為剛日別責。計三課。如丙合辛,辛寄戌,取戌上神為用,如丙辰日,干上午,一課戌上亥,三傳亥午午是也。戊合癸,癸寄予丑,取導丰神為用,如戊辰、戊午日,干上午,兩課丑上寅,三專寅午午是也。主凡事倚仗於人,方能有成。或吉凶多係他人,不干於己之事。仍以神將論其吉凶。如戊辰日,三傳寅午午,寅為長生災民星,午為日之旺神,有官者占之最吉。但事必須借徑而行,方能成就,如日占初蛇終龍,大事可成,認占初蛇終龍,不過小就而已。

「剛日別責課」:剛日が不備の課に遇い、また克なく遥克もなければ、日干の五合の神の寄る宮位上の神を取って発用とし、中伝末伝はいずれも日干上神を取る、これを剛日別責と呼び、共三課がこれに属す。たとえば丙と辛が相合し、辛は戌に寄るので、戌位上の神を取って発用とする:丙辰日に占い、干上は午、第一課は戌上に亥を乗せ、三伝はすなわち亥・午・午。またたとえば戊と癸が相合し、癸は丑に寄るので、丑位上の神を取って発用とする:戊辰・戊午の両日、干上は午、第二課は丑上に寅を乗せ、三伝はすなわち寅・午・午。この格は凡事他人に倚仗して乃ち成るを主り、あるいは吉凶が多く他人の身に係り、もともと自己の事に干らず。吉凶を断ずるには依然として天将を参す。例:戊辰日に占い、三伝は寅・午・午、寅は戊土の長生の地にしてまた官星、午は戊日の旺神で、官職ある人が占えば最も吉。但し事は必ず他人の路を借りて行いて乃ち成就す。もし昼に占いに来れば、初伝に螣蛇を乗せ末伝に青龍を乗せ、大事は成すべし;夜に占いに来て同じく初蛇末龍なら、ただ小成あるのみ。(底本は「中末倶取」を「澡末末取」と譌り、「丑上神」を「導豊神」と譌り、「夜占」を「認占」と譌る、今は照録して改めず。)

柔日別責。謂柔日不備。無克無遙,取支三合前位神為用,中末俱取干上神。為柔日別責。計六課,如酉日取丑為用,如丁酉日,干上巳,三傳丑巳巳。辛酉日,干上酉,三傳丑酉酉。是也。丑日取巳為用,如辛丑日干上丑,三傳巳丑丑。又干上未,三傳亥丑丑是也。主異方求合,遠而無力。謀為不正,事多留連。仍以神將論其吉凶。如辛未日三傳亥丑丑,脫氣發用,三傳全空,中末又為日墓,主凡事仍其費力。終無成就。如夜占亥乘玄武為用,主有失脫,事末乘後,占夫婦必有淫亂事。

「柔日別責」:柔日が不備の課に遇い、また克なく遥克もなければ、日支の三合前一位上の神を取って発用とし、中伝末伝はいずれも日干上神を取る、これを柔日別責と呼び、共六課がこれに属す。たとえば酉日は丑を取って発用とする:丁酉日に占い、干上は巳、三伝はすなわち丑・巳・巳;辛酉日に占い、干上は酉、三伝はすなわち丑・酉・酉。丑日は巳を取って発用とする:辛丑日に占い、干上は丑、三伝はすなわち巳・丑・丑;もし干上が未なら、三伝はすなわち亥・丑・丑。この格は異路他方に向かいて合を求めるを主り、路は遠く力は及ばず、謀る所は正道を出ず、事は多く牽纏し拖延する。吉凶を断ずるには依然として天将を参す。例:辛未日に占い、三伝は亥・丑・丑、脱気の神を以て発用とす(金は水を生じ、亥は辛金の気を泄す)、三伝はまた全て旬空に落ち、中末両伝の丑はまた辛金の墓神で、凡事気力を費やして終に成就なきを主る。もし夜に占いに来れば、初伝の亥上に元武を乗せ、失落走脱の事あるを主り;末伝上に天后を乗せ、夫婦の事を占えば必ず淫乱の情節あり。(底本は「事末乘後」の句に奪字あり、今は照録して補わず。)

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