Libo

宣公

战国 · 公羊高 · 第35巻 / 44

(經八八)大雩。

(経八八)大雩を行った。

(經八九)冬,十月壬午,楚師滅陳,執陳公子招,放之於越,殺陳孔瑗。

(経八九)冬十月壬午、楚の軍が陳を滅ぼし、陳の公子招を捕らえて越に放逐し、陳の孔瑗を殺した。

(經八十)葬陳哀公。

(経八十)陳哀公を葬った。

昭公(經九一)九年

昭公(経九一)九年

春,叔弓會楚子於陳。

春、叔弓が陳で楚子と会見した。

(經九二)許遷於夷。

(経九二)許が夷に遷った。

(經九三)夏,四月,陳火。

(経九三)夏四月、陳で火災があった。

(傳)陳已滅矣,其言陳火何?存陳也,曰存陳悕矣!曷為存陳?滅人之國,執人之罪人,殺人之賊,葬人之君,若是則陳存悕矣!

(伝)陳はすでに滅びているのに、なぜ「陳火」と書くのか。陳を保存したと言うのである。保存したと言うとは、実に哀れなことだ。なぜ陳を保存したと言うのか。人の国を滅ぼし、人の罪人を捕らえ、人の賊を殺し、人の国君を葬る。このようにして陳が保存されるとは、実に哀れなことだ。

(經九四)秋,仲孫貜如齊。

(経九四)秋、仲孫貜が斉に行った。

(經九五)冬,築郎囿。

(経九五)冬、郎囿を修築した。

昭公(經十一)十年

昭公(経十一)十年

春,王正月。

春、周暦正月。

(經十二)夏,晉欒施來奔。

(経十二)夏、晋の欒施が奔って来た。

(經十三)秋,七月,季孫隱如、叔弓、仲孫貜帥師伐莒。

(経十三)秋七月、季孫隠如・叔弓・仲孫貜が軍を率いて莒を攻めた。

(經十四)戊子,晉侯彪卒。

(経十四)戊子、晋侯彪が卒した。

(經十五)九月,叔孫舍如晉。

(経十五)九月、叔孫舎が晋に行った。

(經十六)葬晉平公。

(経十六)晋平公を葬った。

(經十七)十有二月甲子,宋公戍卒。

(経十七)十二月甲子、宋公戍が卒した。

昭公(經十一一)十有一年

昭公(経十一一)十有一年

春,王正月,叔弓如宋。

春、周暦正月、叔弓が宋に行った。

(經十一二)葬宋平公。

(経十一二)宋平公を葬った。

(經十一三)夏,四月丁巳,楚子虔誘蔡侯般,殺之於申。

(経十一三)夏四月丁巳、楚子虔が蔡侯般を誘い騙して、申で殺した。

(傳)楚子虔何以名?絕也。曷為絕之?為其誘封也。此討賊也,雖誘之則曷為絕之?懷惡而討不義,君子不予也。

(伝)楚子虔はなぜ名を称されるのか。彼を絶したのである。なぜ絶したのか。誘い騙して討伐したからである。これは賊を討つことなのだから、誘い騙したとしても、なぜ絶するのか。悪意を懐いて不義を討つことは、君子の是としないところである。

(經十一四)楚公子棄疾帥師圍蔡。

(経十一四)楚の公子弃疾が軍を率いて蔡を包囲した。

(經十一五)五月甲申,夫人歸氏薨。

(経十一五)五月甲申、夫人帰氏が卒した。

(經十一六)大搜於比蒲。

(経十一六)比蒲で大蒐を行った。

(傳)大搜者何?簡車徒也。何以書?蓋以罕書也。

(伝)大蒐とは何か。車徒を検閲することである。なぜ記すのか。おそらく稀であるから記すのである。

(經十一七)仲孫貜會邾婁子,盟於侵羊。

(経十一七)仲孫貜が邾婁子と会見し、侵羊で会盟した。

(經十一八)秋,季孫隱如會晉韓起、齊國酌、宋華亥、衛北宮佗、鄭軒虎、曹人、杞人於屈銀。

(経十一八)秋、季孫隠如が晋の韓起、斉の国酌、宋の華亥、衛の北宮佗、鄭の軒虎、曹の人、杞の人と屈銀で会合した。

(經十一九)九月,己亥,葬我小君齊歸。

(経十一九)九月己亥、わが魯の小君斉帰を葬った。

(傳)齊歸者何?昭公之母也。

(伝)斉帰とは何者か。昭公の母である。

(經十一十)冬,十有一月丁酉,楚師滅蔡,執蔡世子有以歸,用之。

(経十一十)冬十一月丁酉、楚の軍が蔡を滅ぼし、蔡の世子有を捕らえて連れ帰り、彼を用いた。

(傳)此未逾年之君也,其稱世子何?不君靈公,不成其子也。不君靈公,則曷為不成其子?誅君之子不立,非怒也,無繼也。惡乎用之?用之防也。其用之防奈何?蓋以築防也。

(伝)これはまだ年を越していない国君なのに、なぜ世子と称するのか。霊公を国君とみなさず、ゆえにその子も成り立たせないのである。霊公を国君とみなさないのに、なぜその子を成り立たせないのか。誅討された国君の子は立てられないのであり、怒りからではなく、後継ぎがないのである。どこに用いたのか。堤防に用いたのである。どうして堤防に用いたのか。おそらく彼をもって堤を築いたのである。

昭公(經十二一)十有二年

昭公(経十二一)十有二年

春,齊高偃師師納北燕伯於陽。

春、斉の高偃が軍を率いて、北燕伯を陽に送り入れた。(底本は「師師」で、「帥師」であろう。)

(傳)伯於陽者何?公子陽生也。子曰:「我乃知之矣。」在側者曰:「子茍知之,何以不革?」曰:「如爾所不知何?《春秋》之信史也,其序則齊桓、晉文,其會則主會者為之也,其詞則丘有罪焉耳!」

(伝)「伯于陽」とはどういう意味か。公子陽生である。孔子は言った、「わたしはもともとこのことを知っていた。」傍らの者が言った、「知っていながら、なぜ改めないのですか。」答えて曰く、「おまえたちの知らないところをどうするのか。《春秋》は信ずべき史書であり、その順序は斉桓・晋文、その会盟は会盟を主催した者が行い、その措辞はこの丘に罪のあるところなのだ。」

(經十二二)三月壬申,鄭伯嘉卒。

(経十二二)三月壬申、鄭伯嘉が卒した。

(經十二三)夏,宋公使華定來聘。

(経十二三)夏、宋公が華定を派遣して聘問に来た。

(經十二四)公如晉,至河乃復。

(経十二四)昭公が晋に行き、黄河に至って引き返した。

(經十二五)五月,葬鄭簡公。

(経十二五)五月、鄭簡公を葬った。

(經十二六)楚殺其大夫成然。

(経十二六)楚がその大夫成然を殺した。

(經十二七)秋,七月。

(経十二七)秋七月。

(經十二八)冬,十月,公子整出奔齊。

(経十二八)冬十月、公子整が斉に出奔した。

(經十二九)楚子伐徐。

(経十二九)楚子が徐を攻めた。

(經十二十)晉伐鮮虞。

(経十二十)晋が鮮虞を攻めた。

昭公(經十三一)十有三年

昭公(経十三一)十有三年

春,叔弓帥師圍費。

春、叔弓が軍を率いて費を包囲した。

(經十三二)夏,四月,楚公子比自晉歸於楚,弒其君虔於乾溪。

(経十三二)夏四月、楚の公子比が晋から楚に帰り、干渓でその君である虔を殺した。(底本の「干」の字は乾坤の乾である。)

(傳)此弒其君,其言歸何?歸無惡於弒立也。歸無惡於弒立者何?靈王為無道,作乾溪之臺,三年不成,楚公子棄疾脅比而立之。然後令於乾溪之役曰:「比已立矣,後歸者不得復其田裡。」眾罷而去之,靈王經而死。楚公子棄疾弒公子比,比已立矣,其稱公子何?其意不當也。其意不當,則曷為加弒焉爾?比之義宜乎效死不立。大夫相殺稱人,此其稱名氏以弒何?言將自是為君也。

(伝)これは君を殺したのだが、なぜなお「帰」と書くのか。「帰」は彼が君を殺して自立することに悪意がなかったと言うのである。悪意がなかったとはどういう意味か。霊王は無道で、干渓の台を造らせたが三年たっても成らなかった。楚の公子弃疾が比を脅して立たせた。そこで干渓の役衆に令して曰く、「比はすでに立った。後から帰る者は田里を回復できない。」衆は散って去り、霊王は首を吊って死んだ。楚の公子弃疾が公子比を殺したが、比はすでに立っていたのに、なぜなお公子と称するのか。彼の本志はもとより立つべきでなかったからである。本志が立つべきでなかったのに、なぜなお「弑」の字を加えるのか。比の義からすれば、死を決して立たないべきであった。大夫どうしの殺し合いは「人」と称するのに、ここでは名氏を挙げて「弑」と書くのはなぜか。彼がここから国君になろうとしていると言うのである。(「干渓」、底本の「干」の字は乾坤の乾である。)

(經十三三)秋,公會劉子、晉侯、齊侯、宋公、衛侯、鄭伯、曹伯、莒子、邾婁子、滕子、薛伯、杞伯、小邾婁子於平丘。八月甲戌,同盟於平丘;公不與盟,晉人執季孫隱如以歸。公至自會。

(経十三三)秋、昭公が劉子・晋侯・斉侯・宋公・衛侯・鄭伯・曹伯・莒子・邾婁子・滕子・薛伯・杞伯・小邾婁子と平丘で会合した。八月甲戌、ともに平丘で会盟した。昭公は会盟に参加せず、晋の人々が季孫隠如を捕らえて連れ帰った。昭公は会盟から帰った。

(傳)公不與盟者何?公不見與盟也。公不見與盟,大夫執,何以致會?不恥也。曷為不恥?諸侯遂亂,反陳、蔡,君子不恥不與焉!

(伝)「公不与盟」とはどういう意味か。昭公が会盟への参加を許されなかったのである。昭公が会盟への参加を許されず、大夫が捕らえられたのに、なぜなお会盟から帰ったと書くのか。恥としなかったからである。なぜ恥としなかったのか。諸侯はついに乱を鎮め、陳・蔡を回復させたのだから、君子は参加しなかったことを恥としないのである。

(經十三四)蔡侯廬歸於蔡。陳侯吳歸於陳。

(経十三四)蔡侯廬が蔡に帰った。陳侯呉が陳に帰った。

(傳)此皆滅國也,其言歸何?不與諸侯專封也。

(伝)これらは滅びた国なのに、なぜ「帰」と書くのか。諸侯が勝手に分封することを是としないからである。

(經十三五)冬,十月,葬蔡靈公。

(経十三五)冬十月、蔡霊公を葬った。

(經十三六)公如晉,至河乃復。

(経十三六)昭公が晋に行き、黄河に至って引き返した。

(經十三七)吳滅州來。

(経十三七)呉が州来を滅ぼした。

昭公(經十四一)十有四年

昭公(経十四一)十有四年

春,隱如至自晉。

春、隠如が晋から帰った。

(經十四二)三月,曹伯滕卒。

(経十四二)三月、曹伯滕が卒した。

(經十四三)夏,四月。

(経十四三)夏四月。

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