『読易詳説』提要
『読易詳説』は全十巻からなる。現在伝わる本は、清代の四庫館臣が『永楽大典』から輯録・抄出して再び編み直したものであって、宋元時代から伝わる旧…
易経易学典籍
術数への応用を目指すなら、まず六十四卦の卦爻辞と《説卦伝》の取象に親しむ。義理を目指すなら《繋辞伝》から入るのがよい。
△《讀易詳說》十卷(永樂大典本)
『読易詳説』は全十巻からなる。現在伝わる本は、清代の四庫館臣が『永楽大典』から輯録・抄出して再び編み直したものであって、宋元時代から伝わる旧刻本ではない。
宋李光撰。光字泰發,上虞人。崇寧五年進士。官至參知政事。諡莊簡。事蹟具《宋史》本傳。光為劉安世門人,學有師法。紹興庚申以論和議忤秦檜,謫嶺南。自號讀《易》老人,因攄其所得,以作是書。故於當世之治亂,一身之進退,觀象玩辭,恆三致意。
本書は南宋の李光(りこう)の撰である。李光は字を泰発といい、越州上虞(今の浙江上虞)の人である。宋徽宗崇寧五年に進士に及第し、官は参知政事――すなわち副宰相――に至り、没後に朝廷から「荘簡」の諡を賜った。その一生の事蹟は『宋史』本伝に詳しく記されている。李光は元祐の名臣劉安世の門人で、学問に師承と家法があった。宋高宗紹興十年庚申、金人との議和に反対して宰相秦檜(しんかい)の忌みに触れ、嶺南に謫された。自ら「読『易』老人」と号し、謫居中に『易』を読んで得た心得更を書き表してこの書を成した。だから書中で当世の治乱や一身の出処進退に言及する時は、つねに卦象を観、卦爻辞を玩味することに再三の意を致している。
如解《坤》之六四云:“大臣以道事君,苟君有失德而不能諫,朝有闕政而不能言,則是冒寵竊位,豈聖人垂訓之義哉!故《文言》以括囊為賢人隱之時,而大臣不可引此以自解。”又解《否》之初六云:“小人當退黜之時,往往疾視其上。君子則窮通皆樂,未嘗一日忘其君。”
たとえば『坤卦』六四爻を解して言う。「大臣は正道をもって君に仕えるもので、もし君に失徳があっても諫めず、朝廷に闕政があっても言わなければ、それは寵を冒して位を窃むことであり、どうして聖人が垂訓を残した義であろうか。だから『文言伝』は『括囊』――袋の口を結んで黙していること――を賢人が隠退する時の処遇と言うのだが、大臣たる者はこの句を引いて自らの沈黙を弁解してはならない。」また『否卦』初六爻を解して言う。「小人は退黜される時にあたって、しばしば上の者を疾く見て憎む。君子は困窮でも顕達でも自ら楽しむことができ、一日たりともその君を忘れたことがない。」
解《蠱》之初六云:“天下蠱壞,非得善繼之子堪任大事,曷足以振起之?宣王承厲王后,修車馬,備器械,復會諸侯於東都,卒成中興之功,可謂有子矣,故考可以無咎。然則中興之業,難以盡付之大臣,《蠱卦》特稱父子者以此。”其因事抒忠,依經立義,大旨往往類此。
『蠱卦』初六爻を解して言う。「天下の局面がすでに蠱乱の域にまで壊れているのに、善く父の業を継ぎ大事を任せられる子がいなければ、どうしてこれを振起することができよう。周宣王は周厲王の残した局面を継ぎ、車馬を整え器械を備え、改めて東都に諸侯を会して、ついに中興の功を成した。立派な子がいたと言うべきで、だからこそ『蠱卦』は『考は咎なかるべし』と言う――亡き父も過ちに問われなくなるのだ。これで見れば、中興の大業をすべて大臣に任せきることは難しく、『蠱卦』がことさら父子を称するのはこの意による。」彼は経を解く機に乗じて一片の忠悃を披瀝し、経文に依拠して義理を立てている。全書の大旨はおおむねこの類である。
史載其紹興中奏疏云:“淮甸咫尺,了不經營。長江千里,不為限制。晉元帝區區草創,猶能立宗社,修宮闕,保江浙,未聞專主避敵如今日也。”其退而著書,蓋猶此志矣。光嘗作胡銓《易解序》曰:“《易》之為書,凡以明人事。學者泥於象數,《易》幾為無用之書。邦衡說《易》,真可與論天人之際。”又曰:“自昔遷貶之士,率多怨懟感憤。邦衡流落瘴鄉,而玩意三畫,可謂困而不失其所亨,非聞道者能之乎?”其《序》雖為銓作,實則自明其著述之旨也。
史書には彼が紹興年間に上した奏疏を載せる。「淮甸は咫尺の間にあるのにまったく経営せず、長江千里の天険も防線としない。晋の元帝は僅かな草創の勢いで、なお宗廟社稷を立て、宮阙を修め、江浙を保った。今日のようにひたすら敵を避けることを国策としたとは聞かない。」彼が後に退いて著書したのも、胸中になおこの志を抱いていたからであろう。李光はかつて胡銓(こせん)の『易解』に序を作って言った。「『易』という書は、ひとえに人事を明らかにするためのものである。『易』を学ぶ者が象数に拘泥してばかりいると、『易』はほとんど無用の書となってしまう。邦衡が『易』を説くのは、まさに彼と天人の際の理を論ずるに足る。」また言った。「昔から遷謫された士は、多く怨怼感憤を抱く。邦衡は瘴癘の郷に流れ落ちながら、意を三画の卦に玩ばせた。困にあってその亨通を失わないと言うべきで、道を聞いた者でなければできようか。」この序は胡銓のために作ったものだが、実は自らの著述の趣旨を明らかにしたものである。
書中於卦爻之辭,皆即君臣立言,證以史事,或不免間有牽合。然聖人作《易》以垂訓,將使天下萬世無不知所從違,非徒使上智數人矜談妙悟,如佛家之傳心印,道家之授丹訣。自好異者推闡性命,鉤稽奇偶,其言愈精愈妙,而於聖人立教牖民之旨愈南轅而北轍,轉不若光作是書,切實近理,為有益於學者矣。
書中では卦辞・爻辞について、すべて君臣の関係に即して論を立て、さらに史事をもって証する。そのため時にやや牽強附会を免れないところもある。しかし聖人が『易』を作ったのはもともと訓戒を垂示するためで、天下万世の人に何に従い何を避けるべきかを知らしめようとしたのであって、少数の上智の者に玄妙な悟りを誇らせるためではない――仏家が心印を伝え、道家が丹訣を授けるようなものではない。異説を好む者が性命の理を推し演べ、奇偶の数を鉤考して以来、その言はますます精微に、ますます玄妙になるが、聖人が教を設け民を啓導した本旨からはますます南轅北轍に遠ざかった。これと比べれば、かえって李光のこの書のほうが切実で理に近く、学者に益がある。
自明以來,久無傳本,朱彝尊《經義考》亦云“未見”。茲從《永樂大典》薈萃成編。原闕《豫》、《隨》、《無妄》、《睽》、《蹇》、《中孚》六卦及《晉卦》六三以下,其《復》與《大畜》二卦《永樂大典》本不闕而所載光解《復卦》闕《大象》及後四爻,《大畜》則一字不存,《繫辭傳》以下亦無解。其為原本如是,或傳寫佚脫,均不可知,姑仍其舊。其書《宋史》作《易傳》,諸家書目或作《讀易老人解說》,或作《讀易詳說》,殊不畫一,而十卷之數則並同,殆一書而異名也。今從《永樂大典》題為《讀易詳說》,仍析為十卷,存其舊焉。
この書は明代以来久しく伝本がなく、朱彝尊『経義考』にも「未見」と著録されるだけだった。現在のものは『永楽大典』から捜輯して編成し直したものである。原書は『豫』『随』『无妄』『睽』『蹇』『中孚』の六卦と、『晋卦』六三爻以下の部分を欠く。『复』『大畜』の二卦については『永楽大典』本には缺がないが、載せる李光の『复卦』の解は『大象伝』と後の四爻を欠き、『大畜卦』は一字も存せず、『繋辞伝』以下にもまったく解がない。これが原本からそうであったのか、伝写の過程で佚脱したのかはいずれも知る由もなく、姑くその旧態のままとする。この書は『宋史』には『易伝』と作り、諸家の書目にはあるいは『読易老人解説』、あるいは『読易詳説』と作って、名称が甚だ統一しない。しかし十巻の数は皆同じであり、おそらく同一書の異名であろう。今は『永楽大典』の題に従って『読易詳説』と定め、なお十巻に析って旧の面貌を存する。
巻一
乾卦(乾下乾上)
上經。乾下乾上。乾:元亨利貞。乾,天也。以廣大無所不包謂之天,以剛健運行不息謂之乾。乾,純陽之卦,人君之象也。夫以區域之大,非有以主宰之,則強弱相陵,眾寡相併,髙下相傾,紛紛者何時而巳邪?聖人作《易》之意,首立《乾》《坤》兩卦,以明君臣之大分。孔子繫之曰:“天尊地卑,乾坤定矣;卑髙以陳,貴賤位矣。”言君臣之位如天地之不可易也。有一言以盡乾之功用者,健而巳。執大象以御神器,非天下之至健孰克勝任,故以象人君之徳。賞罰威福之柄,利害生殺之權,皆自我出而不移於臣下,則乾綱立矣。
『周易』上経。『乾卦』は下卦が乾、上卦も乾である。卦辞に「元・亨・利・貞」と言う。乾はすなわち天である。広大無辺で包まないものがないので「天」と称し、剛健に運行して止まることがないので「乾」と称する。乾は純陽の卦で、人君に象を取る。天下の疆域がこれほど広大で、それを主宰する者がいなければ、強き者は弱き者を陵し、衆き者は寡き者を併せ、高き者は下き者を傾けて、紛紛として終わる日があろうか。聖人が『易』を作った用意は、まず『乾』『坤』の二卦を立てて君臣の大名分を明らかにすることにあった。孔子は『繋辞伝』でこれに繋げて言う。「天は尊く地は卑し、乾坤定まる。卑高陳らば、貴賤位す。」君臣の名位が天地のように改易できないことを言うのである。乾の功用を一字で言い尽くせば「健」に尽きる。天地の大象を執って国家の神器を御するのは、天下の至健でなければ誰が堪えられよう。だから乾をもって人君の徳に象るのである。賞罰威福の柄、利害生殺の権は皆君主自身から出て臣下に移さず、こうして「乾綱」が立つのである。李光は秦檜が独相となり威福が下に移った時局に身を置いていたので、巻を開く第一の義として大権の旁落を許さぬことを強調したのであり、その指向は明らかである。
元亨利貞,乾之四徳,猶四時之運,施之於人則仁義禮智,而信行乎其中矣。天之道,一噓為春夏(乾至蒙),而物以生長;一吸為秋冬,而物以肅殺。《文言》曰:“元者,善之長也”,故體乾之元足以長人;“亨者,嘉之會也”,故體乾之亨足以合禮;“利者,義之和也”,故體乾之利足以和義;“貞者,事之乾也”,故體乾之貞足以乾事。
元・亨・利・貞は乾の四つの徳性で、春夏秋冬の四時の運行に譬えられる。人に施せば仁・義・礼・智の四徳となり、「信」がその中を貫いて行き来する。天道は呼吸のようだ。一嘘となれば春夏となって万物が生長し、一吸となれば秋冬となって万物が粛殺する。(本文中の「乾至蒙」の三字は旧刻本の版心に標した本巻の起訖を示すもので、巻一が『乾』卦から『蒙』卦までを説くことを表し、李光の原文ではない。ここでは底本のままに留める。)『乾・文言伝』に言う。「元は善の長である。」だから乾の「元」を体する者は人の長たるに足る。「亨は嘉の会である。」だから乾の「亨」を体する者は礼に合するに足る。「利は義の和である。」だから乾の「利」を体する者は義を和するに足る。「貞は事の幹である。」だから乾の「貞」を体する者は事を幹するに足る。
“乾元者,始而亨者也;利貞者,性情也。”乾之徳,析而為四,則元也、亨也、利也、貞也,各主一時之事也;合而為二,則元亨者始而亨者也,利貞者性情也。乾始萬物而亨之,利者情也,貞者靜而正,靜而正則性也。“六爻揮旁通”為情,則情者性之動也;以發揮為情,則“剛健中正純粹精”為性可知矣。
『乾・文言伝』に言う。「乾元は始めて之を亨らしめる。利貞とは性情を言う。」乾の徳性は分けて言えば四項目、すなわち元・亨・利・貞で、それぞれ一時節の事を司る。合わせて言えば二項目で、「元亨」は始めて通じること、「利貞」は性と情である。乾は万物を始めて之を亨らしめるが、その中で「利」は情に属する。「貞」は静かにして正を守ることで、静かにして正を守るのはすなわち性である。『文言伝』の「六爻発揮、旁通」と言うのは情を言うので、情が性の発動であることが見える。発揮をもって情とする以上、『文言伝』の言う「剛健中正、純粹精」が性であることもまた明らかである。
《彖》言“大哉乾元”,終之以“萬國咸寧”;《文言》稱“大哉乾乎”,終之以“天下平”。文王之言本之乾元,孔子之言本之聖人。聖人體天以立徳,帝王之道以剛健中正純粹精為體,以變化隨時、施澤利物為用,言各有所主。“乾始能以美利利天下,不言所利,大矣哉”者,餘卦皆指名所利,如《坤》“利牝馬之貞”、《屯》“利建侯”之類是也;乾道無所不利,故不言所利,以見乾道之大也。
『乾・彖伝』は冒頭に「大なるかな乾元」と言い、結びは「万国咸寧」に帰する。『乾・文言伝』は「大なるかな乾」と称し、結びは「天下平」に帰する。文王の言は乾元という天道から説き起こし、孔子の言は聖人という人事から説き起こした。聖人は天に法って己の徳性を立て、帝王の道は「剛健中正、純粹精」をもって本体とし、時に随って変化し恩沢を施して万物を利することをもって功用とする。二つの説はそれぞれ重点がある。『文言伝』の「乾は始めて美利をもって天下を利す。其の利する所を言わず、大なるかな」と言うのは、他の諸卦は皆利する対象を指名して言う――例えば『坤卦』の「牝馬の貞に利あり」、『屯卦』の「侯を建るに利あり」など――のに対し、乾道だけは利さない所がないので、わざわざ利する所を指名する必要がなく、まさにこれをもって乾道の大なるが見えるのである。
“時乗六龍以御天”者,乗此六爻之時,則可以御造物之大權,而出乎造物之外矣。“雲行雨施,天下平”者,徳澤旁流,如雲行雨施,物各適其平,天下孰有泮渙者乎?此反覆以盡乾徳之妙也。乾道至此,孰知乾之為聖人,聖人之為乾乎!
「時に六龍に乗りて天を御す」というのは、六爻それぞれの時勢に乗って行けば造化の大権を握り、かえって造化の外に超然と立つことができるということである。「雲行き雨施して天下平」というのは、恩徳の沢惠が四方に流布して、雲が行き雨が降るがごとく、万物がそれぞれ応分の均平を得れば、天下に渙散離析するものがあろうか、ということである。これは乾徳の微妙を反復して言い尽くしたものである。乾道をここまで説き尽くせば、乾が聖人なのか聖人が乾なのか、誰に分けられよう。
《彖》曰:“大哉乾元,萬物資始,乃統天。雲行雨施,品物流形。大明終始,六位時成,時乗六龍以御天。乾道變化,各正性命,保合太和,乃利貞。首出庶物,萬國咸寧。”乾道大矣,惟元亨利貞四者足以盡之。乾以一元之氣生飬萬物,物莫不稟氣於元,天何為哉?故曰“大哉乾元,萬物資始,乃統天”也。皷之以雷霆,潤之以風雨,雲行雨施,然後蟄者以奮,甲者以坼,草木鳥獸流動分形,形質呈露矣。此釋乾之所謂元亨也。
『乾・彖伝』に言う。「大なるかな乾元。万物は之に資って始まり、乃ち天を統ぬ。雲気流行して雨沢施降し、品物は流れて形を成す。終始を大明して六位時に成り、時に六龍に乗りて天を御す。乾道変化して万物各々その性命を正しくし、太和の気を保ち合して、乃ち利ありて貞なり。衆物の上に首出でて万国咸寧なり。」乾道は偉大であり、元・亨・利・貞の四字だけで言い尽くすに足る。乾は一元の気をもって万物を生養し、万物は「元」から気を禀けないものはなく、天自身に何らの作為があろうか。だから『彖伝』は「大なるかな乾元、万物資って始まる、乃ち天を統ぬ」と言う。雷霆をもって之を鼓動し、風雨をもって之を潤沢し、雲行き雨施した後、蟄伏の虫豸は奮い起こり、甲殻を帯びた種子は綻裂し、草木鳥獣は流れ生長して各々形体に分化し、形質が皆顕れる。この一段は乾の言う「元」と「亨」を解釈するものである。
“大明終始,六位時成,時乗六龍以御天”者,聖人體元亨之徳,運用造化,以成位乎其中也。天之道有終有始,四時之代謝,六子之運動,循環無窮。聖人大明乎終始之運,故卦之六爻以時而成,潛、見、飛、躍不失其幾,然後可以乗天地之正,御六氣之辨也。
「大明終始、六位時成、時乗六龍以御天」というのは、聖人が元・亨の徳性を体現して造化の功を運用し、それによって天地の間に自己の位置を確立することを言う。天道には終りがあり始まりがあり、春夏秋冬の四時の更迭、震坎艮巽離兌の六子卦の表す運動は循環往復して窮まりがない。聖人はこの終りて復た始まる運転を透徹に明らめたので、『乾卦』の六爻は時序に随って成るのである。潜蔵・顕現・飛騰・跳躍のいずれもその関鍵の時機を逸しない。こうしてこそ天地の正道に乗り、陰陽風雨晦明の六気の変化を駕御することができる。
“乾道變化,各正性命,保合太和”,此釋乾之所謂利貞也。天地絪縕,萬物化醇,物有因形而移易者,亦有自有而入無、自無而入有者,此乾道變化之妙,故物各得正其性命以保合太和也。與生俱生者性也,命則所稟受於天者。保謂存之而不亡,合謂聚之而不散;保之合之,不失其太和,故能利且貞也。乾備此四徳,以統御群形而為萬物之宗;聖王體乾之四徳,以臨制海內而為庶邦之長。乾與聖人各盡其剛健之徳,同功而異用,所以俱為域中之大歟。
「乾道変化、各正性命、保合太和」の数句は、乾の言う「利」と「貞」を解釈するものである。天地の二気が交密纏綿し、万物はこれにより化育醇厚となる。その中には形体によって転移変易する物類もあり、有から無に向かいまた無から有に向かうものもある。これこそ乾道変化の奥妙であり、だから万物は各々その性命を正しくして太和の気を保ち合することができる。生命とともに生成するものを「性」と言い、「命」は天から禀け受けたものである。「保」は存して失わせないこと、「合」は聚して散らせないことを言う。保ち聚めることができて太和の気を失わないので、利がありて正く固いのである。乾は元亨利貞の四徳を備え、もって衆多の形体を統御して万物の宗主となる。聖王は乾の四徳を体現し、もって天下に君臨し節制して万邦の長となる。乾と聖人は各々その剛健の徳性を尽くし、功效は同じで作用は異なる。だから両者とも天地の間の偉大なる存在なのであろう。
《象》曰:“天行健,君子以自強不息。”《易》無非象,乾坤至大之物不可形容,故但言其用而巳。至健者,乾之用也;自強不息者,君子取法於乾也。天所以歴萬古而無敝者,以息息不停,運而無跡也。君子體之以進徳修業,如成湯之昧爽丕顯,坐以待旦;文王日昃不暇食,固足以繼天道矣。蓋處尊崇富貴之地,內有滛聲美色之蠧,外有臺池苑囿之觀,自非以道制欲,未有不荒怠者。《中庸》曰“至誠無息”,不息則乆,非體本剛健,安能無作輟者乎?
『乾・大象伝』に言う。「天の行は健にして息まず、君子は之に法って自ら奮い励まして止まない。」『易』に象でないものは一つもないが、乾・坤は極めて広大なもので、具体的な形状で描摹できないので、その功用を言うだけである。「至健」は乾の功用であり、「自彊息まず」は君子が乾から法り取るものである。上天が万古を経て衰敗しないのは、一息一息止まることがなく、運転して痕跡を留めないからである。君子はこれを体して徳性を進め功業を修める。商湯が夜明け前からその徳を昭明にして端坐して天明を待ち、周文王が日が傾くまで食事を顧みなかったように、これでこそ真に天道を承続するに足る。当知るべきは、人はひとたび尊貴富厚の地位に居れば、内には淫声美色の類の蠹害があり、外には楼台池沼苑囿の類の玩賞がある。道義をもって欲望を節制できなければ、荒怠しないものはない。『中庸』に「至誠息まず」と言う。息まないからこそ久しい。本体に剛健な人でなければ、時に作し時に輟むことをなくせようか。李光のこの言は、実は高宗の偏安享楽と政事の時作時輟に対する諷切である。
夫子於彖辭之外,別以八卦錯綜取義,謂之《大象》。惟乾、坤、坎、離、震、兌、艮八純卦無互體、合體、卦變之異,故坎曰“洊至”,離曰“明兩”,震曰“洊雷”,兌曰“麗澤”,艮曰“兼山”,曰“隨風”,各取一物以為象。而乾坤至大之物又異乎六子,故但云“天行健”“地勢坤”而巳。此無象之象,眾象之所宗也。
孔子は卦辞・彖辞の外に、別に八卦を交錯綜合する方法で義を取った。これを『大象伝』という。乾・坤・坎・離・震・兌・艮の八純卦だけは互体・合体・卦変の種々の差別がないので、『坎卦』の大象は「水洊び至る」と言い、『離卦』は「明両つ作る」と言い、『震卦』は「洊雷」と言い、『兌卦』は「麗沢」と言い、『艮卦』は「兼山」と言い、『巽卦』は「風に随う」と言い、各々具体的な物一つを取って象を立てる。乾・坤は極めて広大なもので、また六子卦と同じではないので、「天行健」「地勢坤」と言うだけである。これは具体的物象のない象でありながら、一切の物象が共に宗主とするものである。
初九:潛龍勿用。《象》曰:“潛龍勿用”,陽在下也。龍之為物,變化不測,因時而飛潛,故龍全其神;聖人渉世,消息盈虛,觀時而進退,故能合於道。乾體純陽,方群陰在上,則退遁而潛伏。乾之初九,一陽之氣方伏而未動,於卦為《復》,乃神龍蟄藏之時。猶聖賢君子當小人道長,則以儉徳避難,消聲滅跡,惟恐入林之不深,況可求用於世而榮以祿哉?象言“陽在下”者,陽伏而在下,是陰方為主之時。
『乾卦』初九の爻辞。「潜龍、用いる勿れ。」『小象伝』に言う。「『潜龍勿用』は陽が下に在れば也。」龍というものは変化を測れず、時勢に随ってあるいは飛びあるいは潜む。だから龍はその神妙を保ち全うできる。聖人は世間に身を渉らせ、消長盈虚の勢いに随って時機を観て進退を決する。だから道に合できるのである。乾卦は純陽の爻で、衆多の陰気がなお上に圧している時には退避隠遯して潜伏する。『乾卦』初九は一陽の気がちょうど伏蔵して未だ発動しない段階で、卦象で言えば『复卦』に相当し、まさに神龍が蟄伏収蔵する時である。これは聖賢君子が小人の勢力がまさに滋長しようとする時に当たるようなもので、徳行を収斂して禍難を避け、声跡を消して、山深く入ること足りないを恐れるばかりで、どうして世用を求め俸禄をもって自らを栄顕する暇があろうか。『小象伝』の「陽在下も」は、陽気が潜伏して下位に居ると言うのであり、まさに陰気が権を当て主を為す時である。李光が嶺南に謫した時にこの一段を書いたのは、自らを言ったのであり、同時に秦檜が国を当て正人が退避した南宋の朝局を言ったのでもある。
《文言》曰:“龍徳而隱者也。不易乎世,不成乎名,遯世無悶,不見是而無悶,樂則行之,憂則違之,確乎其不可,潛龍也。”蓋有龍徳而潛隱,則當不易乎世者,不為時世所易也;不成乎名者,不為名髙之所累也;遯世無悶者,身否而心亨也;不見是而無悶者,舉世非之而不見沮也;樂則行之,憂則違之,確乎其不可者,能順乎消息之理而不為萬物之所移也。
『乾・文言伝』に言う。「これは龍のような徳性を有して隠居して出ない人である。世俗に因って己を変えず、刻意して名を成さず、世を避けて隠居して煩悶せず、人に認められなくても煩悶しない。意に合う事は之を行い、憂疑する事は之を避け、確乎として動かし難い。これが潜龍である。」おおよそ龍徳を具えて潜蔵隠居する者の、所谓「世に易わらず」とは当時の世風に変えられないことを言い、所谓「名を成さず」とは高名に累われないことを言い、所谓「遯世悶なし」とは困頓に身を処して内心が通泰であることを言い、所谓「是と見られずとも悶なし」とは挙世が皆その人を非議しても沮喪しないことを言い、所谓「楽ならば則ち之を行い、憂ならば則ち之に違う、確乎として其れ不可」は、消長盈虚の理に順応して外物に動揺されないことを言う。
又曰:“潛龍勿用,下也。”龍之潛隱,非得巳也,時尚未可而不強行,故伏而在下也。又曰:“潛龍勿用,陽氣潛藏。”一陽之氣方潛藏於九淵之下,是其時之未可有為也。又曰:“君子以成徳為行,日可見之行也。潛之為言也,隱而未見,行而未成,是以君子弗用也。”聖人觀時為隱顯,雖有成徳形於可見之行,方時屯否,故隱而未見,非終不見也;君子以成徳為行,行而未成,非卒不成也。聖人豈真無意於世哉?時未可用故也。聖人用時而不用於時,故不先時而動,亦不後時而縮也。其潛而勿用也,待時而巳;弗用者,非為時之所棄也,聖人當斯時而弗之用也,則用在我矣。
『文言伝』また言う。「『潜龍勿用』は下に在れば也。」龍が潜蔵隠伏する所以は、情願そうするのではなく、時機がまだ許さないので強いて動かず、だから下に伏処する。また言う。「『潜龍勿用』は陽気がなお潜蔵すれば也。」一陽の気がまさに深淵の下に潜蔵しているので、この時はまだ有為にできないことが見える。また言う。「君子は養い成した徳性を行為に表す。毎日見える行為である。所谓『潜』は隠れて未だ顕れず、行為が未だ成就しないので、君子は暫く施展しない。」聖人は時勢を観て隠か顕かを決し、すでに成就した徳性は見える行為に表れるが、ちょうど艱難閉塞の時局に当たっているので隠れて顕れない――永遠に顕れないのではない。君子は成徳を行為に表すが、行為がまだ成就しないだけで――終竟成就できないのではない。聖人は本当に世事に意がないのか。ただ時機が用いられないだけである。聖人は時勢を運用する人であり、時勢に翻弄される人ではない。だから時機の前に抢って妄動せず、時機の後に落ちて退縮もしない。其の潜蔵して用いない所以は、ただ時機を待っているだけである。所谓「不用」は時代に棄てられたのではなく、聖人がこの種の時に自ら用いることを選ばないのである――かくて用と不用の主動権は依然として我に在り。この数句は李光が自ら心迹を明らかにしたもので、謫居は棄てられたのではなく時を待つのである。
九二:見龍在田,利見大人。《象》曰:“見龍在田”,徳施普也。乾之六爻無人臣之位,聖人乗六爻以御天,升降上下,因時而飛潛。當初九陰長之時,不得不潛;九五陽盛之時,不得不飛,豈冇二哉?九二群陰退聽,出潛離隱,居中漸大,是聖人將有為有行之時,利澤可以及物矣。《象》曰“見龍在田,徳施普也”,田者,農所興作以飬利萬物者也。聖人居及物之地,可以施恩澤於天下,如田畤之利,其施普矣。
『乾卦』九二の爻辞。「龍、田野に見る。大人を見るに利あり。」『小象伝』に言う。「『龍を田に見る』は徳施普し也。」『乾卦』六爻に人臣の位は一爻もない。聖人は六爻の時勢に乗って天道を駕御し、あるいは升りあるいは降り、あるいは上りあるいは下り、時機に随って飛騰しあるいは潜蔵する。初九の陰気滋長の時に当たっては潜せざるを得ず、九五の陽気極盛の時に当たっては飛ばざるを得ない――二人の異なる人であろうか。九二に至って衆陰は退き命を聴き、龍は潜蔵を出で隠伏を脱して、下卦の中に居り気象が漸く大きくなる。これは聖人がまさに有為にしようとする時であり、恩沢利益はすでに万物に及びうるのである。『小象伝』の「龍を田に見る、徳施普し也」の「田」は農夫が耕作して万物を養い利する所である。聖人は恩沢が物に及びうる地位に居り、恩惠を天下に施すことができる。田地の利のように、その施与は普遍的である。
《文言》曰:“龍徳而正中者也。庸言之信,庸行之謹,閒邪存其誠,善世而不伐,徳博而化。《易》曰‘見龍在田,利見大人’,君徳也。”餘卦皆以二為臣位,乾之六龍皆君徳也,故九二以龍徳而處正中之位,與五雖非相應,而或飛或見,各因其時。庸者,中之用也。孔子曰:“中庸之為徳也,其至矣乎!”庸言之信,庸行之謹,閒邪存其誠,所以修胸中之誠,發而為言行者無非中庸也。此聖人居正中之地而能履正中之徳者,有此功徳足以善世,未嘗自伐,故其徳溥博而能化治;至於能化,則雖頑獷者無不服從矣。
『乾・文言伝』に言う。「これは龍徳を有して中に居り正を守る人である。平常の言語は信実を講じ、平常の行為は謹慎を講じ、邪念を防閑して誠意を保存し、世を善に向かわせて自ら誇らず、徳性は広博にして人を感化しうる。『易』に『龍を田に見る、大人を見るに利あり』とは、君主の徳性を言う。」他の諸卦は皆第二爻を臣位とするが、独り『乾卦』の六龍は皆君徳である。だから九二は龍徳を憑にして中に居り正を得る位置に処する。九五とは正応を構成しないが、一つは飛び一つは見えて、各々その時勢に順う。「庸」とは中道の運用である。孔子が言う。「中庸を徳とするは、其れ至れるか。」平常の言語に信実を講じ、平常の行為に謹慎を講じ、邪念を防閑して誠意を保存することは、皆胸中の誠を涵養するためであり、発して言語行為となれば中庸に合しないものはない。これは聖人が中正の地に処して中正の徳を践履できる様子である。このような功徳があって世を善に向かわせるに足りても、けっして自誇しないので、その徳性は広博にして化育治理できる。人心を化育する域に至れば、頑劣粗野な人でも従わない者はない。
又曰:“君子學以聚之,問以辨之,寛以居之,仁以行之。《易》曰‘見龍在田’,君徳也。”九二一爻,稱龍徳者一,稱君徳者二,聖人深著其非人臣之位,能進徳修業則可漸躋乎大君之道也。聚者,儲蓄其見聞也;辨者,辨析其義理也;寛者,不狹其所居也;行者,非獨善其身也。利見大人者,非獨利見九五之大人,能以利澤及物,則天下皆利見之矣,豈特二五自相求哉!
『文言伝』また言う。「君子は学問をもって知を蓄え、問いかけをもって是非を弁じ、寛厚な心をもって自ら処り、仁愛の態度をもって事を行う。『易』に『龍を田に見る』とは、君主の徳性を言う。」九二の爻について、「龍徳」と称する所が一か所、「君徳」と称する所が二か所あり、聖人は再三それが人臣の位ではないと明らかにする――徳性を増進し功業を修治できるなら、一歩一歩大君の道に登ることができるのだ。所谓「聚」とは己の見聞を蓄積すること、所谓「弁」とはその中の義理を辨析すること、所谓「寛」とは自らの胸襟の居処を狭くしないこと、所谓「行」とはただ独善を顧みないことである。所谓「大人を見るに利あり」は、九五のあの大人を見るのに利するだけを指すのではない。恩沢利益を万物に施し及ぼすことができれば、天下の人は皆彼を見ることによって利を得る。どうして九二と九五の二爻が互いに求め合うだけのことであろうか。
九三:君子終日乾乾,夕惕若厲,無咎。《象》曰:“終日乾乾”,反復道也。乾之六爻皆龍也,三獨稱君子,以得人位之正,不待象而明。當二卦之際,處重剛之中,上下皆乾,故曰“乾乾”。以九居三,至健也,稍進則登乎君位矣,禍福存亡之幾間不容髮。聖人處此時也,則憂勞畏慎,不敢自暇自逸,故《象》曰“終日乾乾,反復道也”。三居下卦之極、上卦之下,終始之際,終則有始,天行也,反覆皆不離乎道。君子體此剛健之徳,自強不息,雖宴息休暇安身之時,惕然有臨深履薄之危,敬慎如此,故得無咎也。
『乾卦』九三の爻辞。「君子は終日勤勉して怠らず、夜になっても危険に臨むように警惕する。こうすれば咎なし。」『小象伝』に言う。「『終日乾乾』とは、反復して正道を行くことである。」『乾卦』六爻は皆龍であるが、独り第三爻だけが「君子」と称されるのは、人位の正を得ているので、物象を借りなくてもすでに明らかだからである。九三はちょうど上下二つの乾卦の交接する際にあたり、重なった剛爻の中に処し、上は乾で下も乾である。だから「乾乾」と言う。陽爻の九が第三位に居るのは極めて剛健で、もう一歩進めば君位に登る。禍と福、存と亡の分際は、中に髪一筋も容れない。聖人がこの種の時に処すれば、憂勤畏慎して自らに片刻の安逸も許さない。だから『小象伝』に「終日乾乾、反復道也」と言う。第三爻は下卦の頂点・上卦の下端に位し、まさに終と始の交接する所であり、終ればまた始まる。これが天道の運行で、往き来たりして正道を離れない。君子はこの剛健の徳を体して自彊息まず、燕居休息して身を安んずる時でさえ、なお惕惕として深淵に臨み薄氷を履むがごとく戒惧する。敬慎がこの域に至るので、咎なきを得るのである。
《文言》曰:“君子進徳修業。忠信所以進徳也;修辭立其誠,所以居業也。知至至之,可與幾也;知終終之,可與存義也。是故居上位而不驕,在下位而不憂,故乾乾因其時而惕,雖危無咎矣。”聖人處危疑之時,非孔子反覆其辭,安知“終日乾乾,夕惕若厲”為進徳修業乎?忠信者,進徳之階也;修辭立誠者,居業之具也。至與終,皆謂三也。知至而能至之,則居下卦之上而不失其幾;知終而能終之,則處上卦之下而不廢其義。故居上位而不驕,在下位而不憂,因時而惕,雖危無咎也。
『乾・文言伝』に言う。「君子は徳性を進め、功業を修める。忠実信実は以て徳性を進めるものであり、言辞を修飾し誠意を立てるのは、以て功業を守るものである。到達すべき目標を知って努力して到達すれば、之と幾微の理を論ずべし。終止すべき限界を知って時に終止すれば、之とともに義理を守るべし。それ故、上に居て驕らず、下に居て憂えず、勤勉して怠らず時に随って警惕する。危険に処っても咎なし。」聖人が危険で疑わしい時に処する時、孔子のように反復して申説する者がいなければ、誰が「終日乾乾、夕惕若厉」がまさに徳性を進め功業を修めることを説いていると分かろうか。忠信は徳性を進める階梯であり、修辞立誠は功業を守る憑藉である。「至」と「終」はどちらも第三爻を言う。到達すべきを知って到達できるのは、下卦の頂点に居て時機を逸しないことであり、終止すべきを知って終止できるのは、上卦の下端に処して義理を廃しないことである。だから上に居て驕らず、下に居て憂えず、時機に随って戒惧する。危うけれども咎なし。
又曰:“終日乾乾,行事”者,乾以剛健之道進而行事,非潛隱之時也。又曰:“終日乾乾,與時偕行”者,乾生於子,統三男而長子用事,雖欲退遁不可得也,故知終曰乾乾者,與時而偕行也。又曰:“重剛而不中,上不在天,下不在田,故乾乾因其時而惕,雖危無咎。”三處重剛不中之位,又以陽居陽,髙亢之甚,巳過九二之中庸,故下不在田;未登九五之大位,故上不在天。當斯時也,欲進則有逼上之嫌,欲退則有失位之懼,故乾乾因其時而惕,雖危無咎矣。聖人慮患之意,纎悉周盡如此。
『文言伝』また「終日乾乾、行事」と言うのは、乾が剛健の道をもって前に推し進めて事をなすことで、これはもはや潜蔵隠伏の時ではない。また「終日乾乾、与時偕行」と言うのは、乾の気が子位に生じて、震・坎・艮の三つの男卦を統領し長男が事を当たるので、退避隠遯しようとしてもできない。だから「乾乾」と言うのは、時勢とともに前行するのだと知るべきである。また言う。「重ねて剛で中に居らず、上は天位に在らず、下は田位に在らず、だから勤勉して怠らず時に随って警惕する。危うけれども咎なし。」第三爻は重ねて剛で中に居らない位に処し、また陽爻で陽位に居るので高亢が甚だしく、すでに九二の中庸の地を越えた。だから「下は田に在らず」と言う。しかしまた九五の大位にまだ登っていないので「上は天に在らず」と言う。この種の時にあっては、進もうとすれば君上を逼る嫌疑があり、退こうとすれば位を失う恐れがある。だから勤勉して怠らず時に因って戒惧するしかなく、危うけれども咎なしである。聖人が人の患を慮る用心は、細密周到がこの域に至る。これはまさに近臣の位に身を置く者の進退両難についての、李光の現身の論である。
九四:或躍在淵,無咎。《象》曰:“或躍在淵”,進無咎也。九四雖以陽剛處陰爻,然巳在下卦之上,有進而巳。淵者,神龍所居,物所不能害也。在淵而能躍,則升降變化舉皆在我,孰能制之?故不如九三之危,直曰無咎也。四為陰位,有淵之象;與五同體,有躍之象。勢既至此,雖欲退就安全之地不可得也,故《象》曰“進無咎也”。湯伐桀,升自陑;武王師逾孟津,斯其時乎!
『乾卦』九四の爻辞。「あるいは躍り上がり、あるいはなお深淵に在る。咎なし。」『小象伝』に言う。「『或いは躍り淵に在る』とは、進んでも咎なきことである。」九四は陽剛の爻で陰位に処しているが、すでに下卦を越えてその上に居り、進む一路しかない。「淵」は神龍の居る所で、外物は彼を傷つけ得ない。身は深淵に在りながら能く躍り上がれば、上昇下降・変化進退はすべて我が主となし、誰が之を制約できよう。だから九三のように危疑ではなく、直ちに「無咎」と言う。第四爻は陰位で深淵の象があり、第五爻と同じく上卦に在るので騰躍の象がある。形勢がすでにこの歩みに至れば、安全な所に退こうとしてもできない。だから『小象伝』は「進みて咎なき也」と言う。商湯が夏桀を討って陑の地から進兵し、周武王の軍が孟津を渡ったのは、およそこの種の時であろう。
《文言》曰:“上下無常,非為邪也;進退無恆,非離群也。君子進徳修業,欲及時也,故無咎。”九四位升於外,履重剛之險,居不中之地,一上一下,疑於為邪;一進一退,疑於離群。聖人方進徳修業,欲乗可為之時,時不可失,故上下進退,使人莫得而測也。又曰“自試”者,此舜之歴試諸艱也。曰“乾道乃革”者,四近九五之位,與上同體,此湯武革命,應乎天而順乎人也。
『乾・文言伝』に言う。「或いは上り或いは下り常なく、邪僻の事を為さんとするに非ず。或いは進み或いは退き恒なく、群を離れるに非ず。君子は徳を進め業を修め、時に及ばんと欲して咎なし。」九四の位はすでに外卦に升り、重剛の険境を踏み、中に居らぬ位に処している。一上一下は人に邪僻と疑われやすく、一進一退は人に同類を離れると疑われやすい。実は聖人はこの時まさに徳を進め業を修め、有為にできる時機に乗じようとしており、時機は逸してはならないので、彼の上下進退は人に測らせない。『文言伝』がまた「自試」と言うのは、舜が種々の艱難の試錬を経たことを指す。「乾道乃ち革」と言うのは、第四爻が九五の位に近く上卦と同体であるので、これはちょうど商湯・周武の革命のように、上は天心に応え下は人意に順うのである。
又曰:“九四重剛而不中,上不在天,下不在田,中不在人。”此正聖人危疑之時,故曰“或躍”,或者,疑之也。居危疑之地,能以道消息而卒不為人所疑,故得無咎也。乾至九四,舜、禹居攝之時也,孔子於此反覆周慎如此,不然,其能免乎?
『文言伝』また言う。「九四は重ねて剛で中に居らず、上は天位に在らず、下は田位に在らず、中は人位に在らず。」これはまさに聖人が危疑の境に処する時である。だから爻辞は「或いは躍る」と言う――「或」の字はすなわち遲疑不定の意である。危疑の地に身を処して、理によって進退消長を把握でき、終に人に猜疑されなければ、咎なきを得られる。『乾卦』が九四に至るのは、舜と禹が天子に代わって摂政した段階に相当し、孔子がここで反復丁寧・周密審慎にこの域に至ったのは、こうでなければ彼らはどうして禍患を免れられよう。
九五:飛龍在天,利見大人。《象》曰:“飛龍在天”,大人造也。九五以剛健履正中之位,變化不測,故曰“飛龍在天”者,位乎天徳,升乎天位也。當草昧雲擾之時,則天地閉而賢人隱;有聖人出,豪傑智謀翕然響應,天下莫不利見之也。有堯舜之君,則有皋、稷、契之臣;有湯武之師,則有伊尹、太公之佐。故二五兩爻皆曰“利見大人”,以見上下之相湏也,故《象》曰“飛龍在天,大人造也”。造者,至也;聲氣之同,不約而,故曰造也。
『乾卦』九五の爻辞。「龍飛んで天に在り。大人を見るに利あり。」『小象伝』に言う。「『飛龍在天』とは大人が来たことである。」九五は剛健の徳をもって中正の位を踏み、変化は測れない。だから「飛龍在天」と言う。その徳性が天徳に合い、その地位が天位に升ったことを意味する。天下が草創して昏乱し雲のように擾攘する時は、天地閉塞して賢人は隠退する。いったん聖人が世に出れば、豪傑の士・智謀の臣が一斉に応じ、天下に彼を見て利を得ない者はいない。尭舜のような君主があれば皋陶・后稷・契のような臣子があり、商湯・周武のような統帥があれば伊尹・太公のような輔佐がある。だから九二・九五の両爻とも「大人を見るに利あり」と言い、上下が互いに相需ることを表明する。だから『小象伝』は「飛龍在天、大人造也」と言う。「造」はすなわち「至」で、声気の同じ者は約せずして同じくなるので「造」と言う。(「不約而」の下に底本は一字脱す。)
張良、韓信之從漢王,耿弇、鄧禹之從光武,房玄齡、杜如晦之輔唐太宗,皆心徳之同,如水火之就燥溼,風雲之從龍虎。故《文言》曰:“同聲相應,同氣相求,水流溼,火就燥,雲從龍,風從虎,聖人作而萬物睹。本乎天者親上,本乎地者親下,則各從其類也。”
張良・韓信が漢高祖に随い、耿弇・鄧禹が漢光武帝に随い、房玄齢・杜如晦が唐太宗を輔佐したのは、皆内心の徳性が同じだったからで、水が湿った所に流れ火が乾いた所に燃え、風が虎に随って起こり雲が龍に随って生ずるがごとしである。だから『乾・文言伝』は言う。「同じ声は互いに応和し、同じ気は互いに求め合う。水は低湿に流れ、火は乾燥に燃える。雲は龍に随い、風は虎に随う。聖人が興れば、万物は皆彼を観る。天に本する者は上に親しみ、地に本する者は下に親しみ、各々その類に従う。」
蓋君子則有君子之類,小人則有小人之類,資適相逄。故邪臣不能事明君,暗主不能容正士。上有九五中正之君,則下有九二剛直之臣。君臣相遇,古人謂之千載一時,詎不然哉!又曰:“飛龍在天,上治”者,在上而可以致治,勢足以有行也。
おおよそ君子には自ら君子の類があり、小人には自ら小人の類がある。禀性の近い者は自然と一か所に湊る。だから邪佞の臣は英明の君に仕えられず、昏暗の主も正直の士を容れられない。上に九五のような中正の君主があれば、下には九二のような剛直の臣子がある。君臣が相遇えること、古人は之を「千載一時」と称す。まさにこの通りではないか。李光のこの嘆は、実は南宋の君相が明ならず正士が斥けられることに対して発したものである。『文言伝』がまた「飛龍在天、上に治む」と言うのは、上位に身を居せば治世を成し遂げられ、権勢が自説を推行するに足ることを言う。
又曰:“飛龍在天,乃位乎天徳”者,九五之君如飛龍在天,則造乎神聖之域,合散消息與天同徳矣。故終之曰:“夫大人者,與天地合其徳,與日月合其明,與四時合其序,與鬼神合其吉凶。先天而天弗違,後天而奉天時。天且弗違,而況於人乎?況於鬼神乎?”此皆仲尼盛讚九五之徳,而正名曰大人,宜天下之所利見也。
『文言伝』がまた「飛龍在天、乃ち天徳に位す」と言うのは、九五のこの君主が飛龍の天に在るがごとく、すでに神聖の境界に入り、聚合離散・消長盈虚が皆上天と同徳となったことを言う。だから最後に総括して言う。「所谓大人とは、その徳性が天地と合し、その光明が日月と合し、その秩序が四時と合し、その定める吉凶が鬼神と合する。天時の先に行動しても天は彼に違わず、天時の後に行動しても彼は天の時序を奉ずる。天なお彼に違わないのに、何况して人をや、何况して鬼神をや。」これらは皆孔子が九五の徳性を極力称賛し、正式に彼を「大人」と命名したもので、天下人は自ずと皆彼を見るを利とするのである。
上九:亢龍有悔。《象》曰:“亢龍有悔”,盈不可久也。乾剛至上九,則位已極矣。陰陽之理,未有極而不反者。揚雄曰:“聖人之道猶日中。”日之既中,無不昃者。處天位之尊,據崇髙富貴之極,茍不知消息盈虛之理,雖以聖人居之,未有無悔吝者。蓋四時之運,功成者去。老氏曰:“功成名遂身退,天之道也。”《泰》之上六“城復于隍”,《剝》之上九“碩果不食”,以見窮上者未有不反下者也。
『乾卦』上九の爻辞。「亢る龍は悔い有り。」『小象伝』に言う。「『亢龍有悔』とは盈満の状態が長く持たないことである。」乾の剛健は上九に至れば位はすでに頂点に達する。陰陽の理は、極点に達して返転しないことは嘗てない。揚雄が言う。「聖人の道は正午の太陽のようだ。」太陽はいったん正中に至れば、続いて西に偏らないことはない。天位の尊貴に身を処し、崇高富貴の頂点を占めながら、消長盈虚の理を知らなければ、聖人がその位に処しても悔いを生じないことはない。当知るべきは、四季の運行は功を成した者が退くべきだということである。老子が言う。「功を成し名を遂げて身を退くは、これ天の道なり。」『泰卦』上六に「城は隍に復す」と言い、『剥卦』上九に「碩果食われず」と言うのは、皆これを明らかにするためである。最上に至った者は、下に返らないものはない。
故《文言》曰:“貴而無位,髙而無民,賢人在下位而無輔,是以動而有悔也。”上九亢陽之地,六爻雖統謂之六位,初、上者事之終始而非位也。《繋辭》但稱二四、三五同功而異位,不及初、上,可識矣,故曰“貴而無位”也。乾,純陽之卦,下皆無應,無民之象也。無位無民,賢人在下而不為之用,此可退之時也。
だから『乾・文言伝』は言う。「位は尊貴だが実の爵位なく、高所に身を居すが百姓なく、賢人は下位に在るも来て輔佐しない。それ故一挙動あれば悔いを生ず。」上九は陽気が亢極する地である。六爻は総じて「六位」と称するが、初爻と上爻は一つの事の始めと終りに過ぎず、真の「位」とは算えない。『繋辞伝』はただ第二爻と第四爻、第三爻と第五爻が功用同じくして位次が異なると言うだけで、初爻と上爻には言及しない。これより明らかなので「貴にして位なし」と言う。『乾卦』は純陽の卦で、下の各爻に相応する陰爻がない。これが「民無し」の象である。実位もなく百姓もなく、賢人は下に在って彼の用に供しない。これはまさに引退すべき時である。
又曰:“亢龍有悔,窮之災也。”蓋陽數窮於九,六位窮於上,茍不知變,則災禍隨之。又曰:“亢龍有悔,與時偕極。”偕極者,不能消息盈虛,與時偕行,昧乎變通之機,窮而不知變也。故堯老不得不傳之舜,舜老而不得不傳之禹。觀其命舜、禹之辭曰:“天之厯數在爾躬,執其中,四海困窮,天祿永終。”若堯舜者,可謂知此矣。故曰:“知進退存亡而不失其正者,其唯聖人乎!”
『文言伝』また言う。「『亢龍有悔』とは窮極に走り抜いて招いた災いである。」陽の数は九に至って窮まり、爻位は上爻に至って窮まる。変通を知らなければ災いが随って来る。また言う。「『亢龍有悔』とは時勢とともに極点に至ったことである。」所谓「偕極」とは、彼が消長盈虚に随って時とともに進めず、変通の関鍵に昧く、窮処に至って改めることを知らないことである。だから尭は年老いて天下を舜に伝えざるを得ず、舜は年老いて禹に伝えざるを得なかった。彼らが舜と禹を任命した時の言を見よ。「天の暦数は爾の躬に在り。中を執れ。四海困窮せば、天の禄は永く終らん。」尭舜のような人は、この理を知ったと言うべきである。だから『文言伝』は言う。「進退存亡の分寸を知ってその正道を失わない者は、それ聖人のみか。」
雖然,“悔吝者,言乎其小疵也”。亢之為言,謂力足以抗彼也。以乾徳之剛健,若久居大位,威福自我,孰能傾之?自禹湯而下,皆傳諸子孫,歴年數百,豈必盡逃禍敗也哉?故曰:“亢之為言也,知進而不知退,知存而不知亡,知得而不知,其惟聖人乎!”
そうは言っても、『繋辞伝』に「悔と吝とは、ただ小さな瑕疵を言う」とある。「亢」という字は、力が相手に抗衡するに足ることを言う。乾徳の剛健を憑って、もし長く大位に居れば、威権賞罰は皆己より出る。誰が彼を動揺させられよう。禹と湯以来自ずと天下を子孫に伝え、数百年を歴した。どうして皆必ずしも禍敗を免れないと言えよう。だから『文言伝』は言う。「所谓『亢』とは、ただ進むを知って退くを知らず、ただ存するを知って亡するを知らず、ただ得るを知って〔喪うを〕知らざるを言う。能く然らざる者は、それ聖人のみか。」(「知得而不知」の下に底本は「喪」の字を脱す。)
仲尼之意,以為非夫聖人不能升降變化,握其機權,使合散消息常在我而不在彼也,豈非天下至剛至健之徳哉!如使後世之君懼亢龍之有悔,必求賢人而授以天下,則是啟攘奪之風,開覬覦之門,天下紛紛,何時而定乎?善乎韓愈之言曰:“堯舜之傳賢也,欲天下之得其所也;禹之傳子也,憂天下後世爭之之亂也。”其知此乎!
孔子の用意するところは、聖人でなければ自ずと昇降変化して関鍵の権柄を掌握し、聚合離散・消長盈虚の主動権を終始自己の手に握って他人の手に落とさないことができない――これはまさに天下の最剛最健の徳性ではないか、ということである。もし後世の君主が「亢龍有悔」を惧れて、必ず賢人を物色して天下を彼に譲るとすれば、争奪の風気を啓き覬覦の門径を開くに等しく、天下は紛紛擾擾していつ安くなろう。韓愈の言は善い。「尭舜が天下を賢人に伝えたのは、天下人を各々其の所を得しめんがため。禹が天下を子に伝えたのは、後世が争奪して禍乱を生ずるを憂えたのである。」彼はおよそこの理を知ったのであろう。李光が禅譲を軽々しく言うことに反対するのは、まさに当時の朝廷内外で君権をめぐる種々の非分の想いに対するものである。
用九:見群龍無首,吉。《象》曰:“用九”,天徳不可為首也。乾體純剛,六爻皆以九為用,聖人能用此純剛以御天下,故群剛莫不為我用。乾之六爻莫相統一,非如餘卦可舉一而明、立主以定也。方群雄角逐之時,善用陽剛者必不為稱首,不善用者則為世所指名;為世指名,必將合而攻我矣。漢祖卒滅項氏,光武卒降劉盆子,皆不為之首也;陳勝首事,則禍不旋踵矣。故《象》曰“天徳不可為首也”。天之道虛而不屈,應而不藏,未嘗先物而動也;能體乎天徳,故不為之首也。《文言》曰:“乾元用九,天下治也。”乾元者,萬物之始,眾善之長也,能體乾元而用此剛直之徳,則天下治也。又曰:“乾元用九,乃見天則。”天之法象莫大於用九,聖人能盡其道,則不違乎天則而與乾同功矣。
『乾卦』用九の爻辞。「群龍が皆首とならんと争わぬを見る。吉。」『小象伝』に言う。「所谓『用九』とは、天徳は先んじて首とならしめぬことである。」乾卦は通體純剛の爻で、六爻は皆「九」を以て用とす。聖人はこの純剛の道を運用して天下を駕御するので、衆多の剛強の人は我が用に供されない者がない。『乾卦』六爻は互いに統属せず、他の卦のように一爻を挙げて主とし全卦の意義が定まるのではない。まさに群雄が角逐する時にあって、陽剛を善く運用する人は必ず先頭に立つことを肯じない。善く運用しない人は天下人に名指しされ、いったん名指しされれば衆人は必ず連合して我を攻める。漢高祖が終に項羽を滅ぼし、漢光武帝が終に劉盆子を迫降したのは、皆彼らが先頭に立つことを肯じなかったからである。陳勝は最初に起事したので、禍患は転瞬に臨んだ。だから『小象伝』は「天徳は首と為すべからず」と言う。天道は虚にして屈竭せず、感応して蔵れず、嘗て万物の先に立って行動しない。この種の天徳を体会できるので、先頭に立つことを肯じないのである。『乾・文言伝』に言う。「乾元は九を用いて剛の道を行い、天下は治まる。」所谓乾元とは、万物の開端・衆善の首領である。乾元を体現してこの剛直の徳性を運用できれば、天下は自ずと治まる。『文言伝』また言う。「乾元が九を用い、乃ち天の法則を顕現す。」上天の法象で「用九」より大きいものはなく、聖人がこの道理を極致に尽くせば、天の法則に違わず、乾と同じ功效を具えるのである。
坤卦(坤下坤上)
坤下坤上。坤:元亨,利牝馬之貞。君子有攸往,先迷後得主,利西南得朋,東北喪朋,安貞吉。乾坤二物,異體而同用,異位而同功,故乾元資始而坤元資生,有君臣之象焉,故四徳者乾坤之所同也。然乾以不言所利為大,自坤以下各指一事以為利。坤雖與乾合體,亦指言利牝馬之貞。坤之致用,尤以柔順而貞為所利之大,人臣之道也。
『坤卦』は下卦が坤、上卦も坤である。卦辞に言う。「元亨。牝馬のごとく正を守るに宜し。君子往く所有り。先んずれば迷い、後れれば主を得る。西南に行けば利あり、類を得る。東北に行けば類を喪う。安く正を守れば吉。」乾と坤の二つは、形体は異なるが功用は同じく、位置は異なるが功效は一致する。だから乾元は万物をして之に借りて始まらしめ、坤元は万物をして之に借りて生成せしめる。その中に君と臣の象を含むので、元亨利貞の四徳は乾坤の共有するものである。ただし乾は利する所を指名しないことを以て大となし、坤以下の各卦は皆各々一事を指して利する所とする。坤は乾と同体だが、やはり「牝馬の貞に利あり」と指名する。坤が作用を発するのは、とりわけ柔順でありながら正を守ることを最大の利の在りどころとする――これはまさに人臣たる者が守るべき道理である。
“君子有攸往”者,臣道固以柔順為主,然不以正濟,則枉道偷合,為鄙夫妾婦之道者多矣。有攸往者,如伊尹之就桀,孟子見齊、梁之君是也,有辭受可否之義焉,故道合則從,不合則去。小人枉道乾祿,一於求合而巳,故惟君子為可。蓋君子能敬以直內,義以方外,如六二之動,則不疑其所行也。
卦辞に「君子往く所有り」と言うのは、臣道はもとより柔順を主とするが、正道をもって調剤しなければ、正道を歪曲して苟合取容し、鄙夫や妾婦の路数に落ちる者が甚だ多いからである。所谓「往く所有り」とは、伊尹が夏桀に奔るのに往き、孟子が斉宣王・梁恵王を見に行くようなもので、その中に辞受と可否の義理を含む。道が合えば従い、合わなければ去る。小人は正道を歪曲して俸禄を求め、ひたすら迎合のみを想う。だから君子のみがかくのごとく往くことができる。君子は敬をもって内を直くし、義をもって外を方くすることができる。『坤卦』六二のように行動すれば、自らの為す事に疑慮はないであろう。
“君子有攸往”,繼之以“先迷後得主”,人臣之道雖志在得君,又惡不由其道。如伊尹耕有莘之野,必待三聘而後行;諸葛亮臥草廬之中,必待三顧而後見。蓋先則迷惑而失道,後則順而得常,此人臣進退去就之大節也。
卦辞に「君子往く所有り」と言い、続けて「先れれば迷い後れれば主を得る」と言う。人臣たるの道理は、君主の知遇を得ることを志としながらも、正道を循らずして取得することを悪む。伊尹が有莘の野で田を耕したように、必ず成湯が三度聘してようやく山を出るのを待った。諸葛亮が草廬に高く臥したように、必ず劉備が三度門を訪れてようやく見るのを待った。前に抢えば迷惑して正道を失い、後れて応じれば順当で常理に合う。これは人臣たる者の進退去就の大節の在りどころである。
“利西南得朋,東北喪朋”何也?坤,純陰之卦也。西南陰位,朋者其同類也;東北陽位,陰非陽不能獨成其功,臣非君不能獨成其道。故喪其同類之陰,以從剛徳之陽,然後可與有為,無躁求失守之嫌,而獲安貞之吉也。王弼云:“行之不以牝,利之不以永貞,方而又剛,柔而又圓,求安難矣。”蓋坤雖以順為主而有貞焉,雖以柔為體而有剛焉,則不入於邪矣。先儒皆以“先迷後得主”“利西南得朋”,利字屬下文;程氏欲以利字屬上文,云“先迷後得主利”,至《文言》“先迷後得主”,則云主字下脫利字。不若從其舊之為愈。觀《蹇》《解》二卦皆曰“利西南得朋”,何獨於此而疑之哉?
卦辞に「西南に利ありて朋を得、東北に朋を喪う」と言うのは、何の理か。坤は純陰の卦である。西南は陰の方位で、「朋」はその同類を指す。東北は陽の方位である。陰は陽を離れて独自に功業を成就できず、臣子も君主を離れて独自にその道を成就できない。だから同類の陰を捨てて剛徳の陽に追従し去り、然るのちに有為にでき、急躁に進み操守を失う嫌いなく、「安貞」の吉を得ることができる。王弼が言う。「行動するに牝馬の柔順を取らず、利を得るに長久の正固を守らず、方正の外にさらに剛硬を添え、柔弱の外にさらに円滑を添えれば、安穏を求めようとしても難しい。」およそ坤は順を主としながらその中に「貞」を含み、柔を体としながらその中に「剛」を含む。こうしてこそ邪路に流れ込まない。昔の儒者は皆「先迷後得主」と「利西南得朋」を断ち切って読み、「利」の字を下句に属させた。程頤は「利」の字を上句に属させて「先迷後得主利」と読もうとしたが、『坤・文言伝』にはただ「先迷後得主」と作るので、彼は「主」の字の下に「利」の字を脱漏したと言った。このように改めるよりは、旧読に従うほうが穏当である。『蹇』『解』の二卦を見ても皆「西南に利あり」と言う。どうして独り『坤卦』でここに疑いを生ずるのか。
《彖》曰:“至哉坤元,萬物資生,乃順承天。坤厚載物,徳合無疆,含光大,品物咸亨。牝馬地類,行地無疆,柔順利貞。君子攸行,先迷失道,後順得常。西南得朋,乃與類行;東北喪朋,乃終冇慶。安貞之吉,應地無疆。”坤元雖不若乾之大,然其資生萬物亦不可有加矣,故曰“至哉坤元”也。蓋天以氣始而地以形生,天道日運而不窮,一噓一吸而歲功成;地隤然而處乎下,豈能違之哉?天之覆燾萬物,四維上下不可測度,古往今來無有窮盡,可謂無疆矣。地能以厚徳持載之,則與天合矣;天地合徳,故能含光大、品物咸亨也。
『坤・彖伝』に言う。「至れるかな坤元。万物は之に資って生じ、順に承けて天を載す。坤は厚くして物を載せ、徳は無疆に合し、弘光を含み大きくして品物は咸く亨る。牝馬は地の類に属し、地を行って疆なし、柔順にして正固に利し。君子の行あるは、先んずれば道を迷い、後れて順えば常を得る。西南に朋を得は、乃ち類と偕に行く。東北に朋を喪うは、乃ち終に慶有り。安貞の吉は、地の無疆に応ず。」坤元は乾のように広大ではないが、万物を生成する功は加えるものがない。だから「至れるかな坤元」と言う。当知るべきは、天は気を以て開創し、地は形を以て生育する。天道は日々運転して窮まらず、一呼一吸の間に一年の功効が成就する。大地は厚く安く下に処して、どうしてそれに違えよう。上天は万物を覆い庇い、四方上下は測度する所なく、古から今に窮りなし。「無疆」と言うべきである。大地は深厚の徳性を以てそれを載せることができ、天と合する。天地の徳性が相合するので、弘光を含み大きくして品物を皆亨通せしめることができる。
地以柔順為正,故有牝馬之象。然行天莫如龍,行地莫如馬,行地無疆,非有剛健之材不能也。牝馬雖柔順而利於貞固,是柔而能剛、弱而能強;若一於柔順,則妾婦之道爾,非君子之所行也。蓋坤之道専以象人臣,雖以柔順為體而有貞焉,則剛健矣。如此乃能與坤徳相應,故安貞之吉應地無疆也。此三無疆所以各不同也。
大地は柔順を正とするので、牝馬を取って象とす。しかし天に飛行するは龍に及ぶものなく、地に行くは馬に及ぶものない。大地に行って辺際なきを得るには、剛健の材を具えなければできない。牝馬は柔順だが、貞正堅固に利する。これが柔にして能く剛、弱にして能く強である。もし一たび柔順のみならば、それは妾婦の路数であって、君子の行うべきではない。坤の道は専ら人臣に象を取る。柔順を本体としながらその中に「貞」を含めば、それが剛健である。こうしてこそ坤の徳性に相応するので、「安貞の吉」はまさに大地の無疆に応ずる。『彖伝』に三か所「無疆」と言うが、含義は各々同じではない。理はここに在る。李光のこの説は、まさに人臣のために「順にして能く貞、柔にして守有り」の一条の界線を立て、柔順を一味の逢迎に読ませないためである。
《象》曰:“地勢坤,君子以厚徳載物。”乾《大象》曰“天行健,君子以自強不息”,坤《大象》曰“地勢坤,君子以厚徳載物”,乾坤之道皆聖賢所取法也。天地者,乾坤之體也。乾健而坤順,地勢非止於順,而大體則順也。人臣非體坤之厚徳,曷足以任重致逺,以當國之大事哉!
『坤・大象伝』に言う。「地の勢は坤順なり。君子は之に法り、厚き徳を以て物を載す。」『乾卦』大象は「天行健、君子以自彊不息」と言い、『坤卦』大象は「地勢坤、君子以厚徳載物」と言う。乾坤二卦の道理は皆聖賢の法り取る対象である。天と地は、乾と坤の実体である。乾の性は健、坤の性は順。大地の形勢は順の一面のみではないが、大体に就いて言えば順である。人臣たる者が坤のような深厚の徳性を体現できなければ、どうして重任を担い遠路を行き、国家の大事を引き受けるに足りよう。
初六:履霜,堅冰至。《象》曰:“履霜堅冰”,陰始凝也,馴致其道,至堅冰也。履霜者,寒之始也;堅冰者,寒之極也。方履霜而有堅冰之象。蓋柔順者,坤之道,人臣之象也。臣道固貴乎柔順,然順而不巳,則阿諛迎合,其始甚比,其終也禍有不可勝言者。唐髙宗欲立武氏,大臣皆力爭,長孫無忌、褚遂良相繼以死,李績獨曰:“此陛下家事,何湏問外人?”武氏立而唐之社稷幾殱焉。秦二世專任趙髙,卒有望夷之禍。
『坤卦』初六の爻辞。「霜を履めば堅氷至る。」『小象伝』に言う。「『履霜堅氷』とは、陰気が凝結し始めたことである。この道に順って一歩一歩発展していけば、堅氷の地歩に至る。」霜を履むは寒さの始まりで、堅氷は寒さの極点である。いま霜を履んだばかりなのに、すでに堅氷の兆しを含んでいる。柔順は坤の道理であり、人臣の象である。臣道はもとより柔順を貴ぶが、順従に止まりがなければ阿諛迎合に変わる。初めはただ格別に親附するに過ぎなかったのが、終りに醸成された禍患は言い尽くせない。唐高宗が武則天を后に立てようとした時、大臣は皆極力諫争し、長孫無忌・褚遂良が相次いでこのため命を落とした。ただ李勣ひとりが言った。「これは陛下の家事で、どうして外人に問う必要があろう。」その結果武氏が皇后に立てられ、唐朝の社稷はほとんど断たれた。秦の二世は専ら趙高を信任し、ついに望夷宮の禍を醸した。李光がこの二つの例を挙げたのは、陰に当朝の秦檜に順従する一類の人々を言ったのである。
故孔子曰:“臣弒其君,子弒其父,非一朝一夕之故,其所由來者漸矣,由辨之不早辨也。《易》曰‘履霜堅冰至’,蓋言順也。”夫始於順,其極至於窮凶極惡而不可制,故《易》之初六首以為戒也。雖然,乾坤合體,一剛一柔,本以相濟,以剛健之主而御柔順之臣,天下之常理也,聖人之意蓋為後世之慮如此。
だから孔子は『坤・文言伝』で言う。「臣が君を弑し、子が父を弑するは、皆一朝一夕の故ではない。その由来は漸く積んで成ったもので、ただ弁ずべき時に早く弁じなかったからである。『易』に『履霜堅氷至る』とは、まさに一つの『順』の字を説く。」初めはただ順従だったのが、極点に発展すれば凶悪を極めて制御できなくなる。だから『坤卦』初六は冒頭にこれを取り上げて警戒とするのである。とは言うものの、乾坤はもともと一体で、一剛一柔、もともと互いに調剤するためのものである。剛健の君主が柔順の臣子を駕御する。これが天下の常理である。聖人の用意は、まさにこのように後世のために長遠の計を為したのである。
六二:直方大,不習無不利。《象》曰:六二之動,直以方也;“不習無不利”,地道光也。《易》以五為君位,二為臣位,以六居二,人臣而處陰位,位之正中者也,故無初六馴致之漸、六四逼上之嫌,可以守道而行志矣。夫盡道事主,既直且方,鮮有不蹈禍悔者;惟六二以陰柔處下,故得任其直方,引其黨類,而朝無忌惡之者。唐虞之際,皋、夔、稷、契之徒咸聚之朝廷,此臣道之大也,以此事上,往無不利矣,何疑之有哉?故曰“敬義立而徳不孤”,“直方大,不習無不利”,則不疑其所行也。
『坤卦』六二の爻辞。「直く、方く、大きく、習わずとも利あらざるなし。」『小象伝』に言う。「六二の動は、直くして方なり。『不習无不利』とは、地道が光を放つことである。」『易』は第五爻を君位とし、第二爻を臣位とする。陰爻の六をもって第二位に居るのは、人臣が陰位に処するので、位置はまた中にして正しい。だから初六のような一歩一歩積んでゆく隐患もなく、六四のように君上に逼る嫌疑もなく、正道を守って自らの志を施行することができる。当知るべきは、道理を尽くして君主に仕える直くして方き者は、禍に遭い悔いを招かないことは少ない。ただ六二は陰柔の質を以て下位に処するので、その直方を放手に施展し、その同道を援引することができて、朝廷上に猜忌厭悪する人がない。唐尭虞舜の時代、皋陶・夔・后稷・契の人々は皆朝廷に聚集した。これが臣道の極致である。このような態度を以て君上に事えば、どこに往っても利ならないことはなく、何を疑慮することがあろうか。だから『文言伝』は「敬義立てば徳孤ならず」と言う。「直方大、不習无不利」とは、すなわち自らの為す事に毫も疑慮しないことである。
六三:含章可貞,或從王事,無成有終。《象》曰:“含章可貞”,以時發也;“或從王事”,知光大也。人臣積善在巳,瞭然使家喻戶曉,必有忌惡之者,惟深自晦匿,然後可以守正而行志。故竭力以從王事,有功而不敢成,亦不敢貽患於後,而卒能終之,但歸羙以報其上爾。如此,庶免於咎悔,周公之事成王是也。
『坤卦』六三の爻辞。「章を含んで貞にすべし。或いは王事に従い、成を居らずして終り有り。」『小象伝』に言う。「『含章可貞』とは、時機の熟するを待って発するのである。『或従王事』とは、その智が光大である。」人臣たる者が善行を己の身に積み、もし明白にして家に諭し戸に暁させれば、必ず忌恨厭悪する人を招く。ただ自己を深く蔵して、然るのちに正道を守って志向を施行できる。だから彼は全力を尽くして君王の事を辧じ、功労があっても敢えて己のものとせず、また敢えて後日に禍患を残さず、終に事を成し遂げて、ただ美名を君上に帰して報酬とするだけである。こうすれば、災咎と悔恨を免れる望みがある。周公が周成王に事えたのはこの通りである。
蓋六三處下卦之上,以陰居陽,人臣之極位也;又坤無正主,其道弱,此正大臣嫌疑危懼之時,故致其曲折如此。使君臣道合,無所疑間,任之專而付之重,有功而見知,則臣豈當蔵其智謀,不以時發哉?孟子曰:“人有所不為,然後可以有為。”人臣內有積羙之徳,當可行之時,則動而不括矣;外有能為之才,盡恭順之道,則功業見乎時矣。故《象》曰“含章可貞,以時發也;或從王事,知光大也”。
六三は下卦の頂点に処し、陰爻で陽位に居る。人臣の到達しうる極高の位置である。加えて『坤卦』には真の君主がなく、臣道は単弱に見える。これはまさに大臣が最も猜嫌を受けやすく、最も危惧を覚える時である。だから爻辞は話をこのように曲折させた。仮に君臣の道が相合し、間に猜疑離間がなく、君主が専一に信任し鄭重に託付し、功労があってまた知られるならば、臣子たる者はどうして自らの智謀を蔵し、時に施すことを肯じない必要があろうか。孟子が言う。「人は為さざる所有りて、然るのちに為す所有り。」人臣の内心に美しい徳性を積蓄し、施行しうる時に遭えば、一たび動けば通暢して阻まない。外にはまた事を辧ずる才干があり、さらに恭敬順従の道理を尽くせば、功業は自ずと当世に顕現する。だから『小象伝』は「含章可貞、時を以て発す也。或従王事、知光大也」と言う。
六四:括囊,無咎無譽。《象》曰:“括囊無咎”,慎不害也。坤,臣道也。六五得人臣正位,而四為未得位、得時者,否泰之分繋乎四之用否,其責任甚大;進而至五,則發為事業有不可掩者矣。括囊,蓋內充其徳、靜以待時之義,漢儒乃以“括囊不言”為訓,豈不陋哉!坤在內為括囊,孔子釋之曰“蓋言謹也”,謹於養徳,謹於正巳也。六四一爻最近君位,乃人臣居髙履危、處嫌疑之地,當閉藏知謀,如囊之括結其口,不復出納,以為明哲保身之謀,聖人發此爻為萬世人臣之戒,則善矣。
『坤卦』六四の爻辞。「囊を括するが如し。咎なく誉れなし。」『小象伝』に言う。「『括囊无咎』とは、慎しめば害を招かぬことである。」坤は臣道を説く。六五は人臣の正位を得たが、六四はまだ位を得ず、ただ時を得た爻である。国勢が閉塞するか通泰するかは、まさに六四の用不用の間に繋がる。その責任は非常に重大である。それが第五爻の位置まで前進すれば、発揮する事業には掩蔵できないものがある。「括嚢」は本来、内に己の徳性を充実させ静かに時機を待つ意であるが、漢代の儒者はこれを「袋の口を括って語らず」と訓解した。なんと浅陋であろうか。坤は内卦に「括嚢」の象を持ち、孔子がこれを解して「大概慎を言うのであろう」と言った――慎んで徳性を涵養し、慎んで自身を端正する。六四この爻は最も君位に近く、まさに人臣が高所に居り、危地を踏み、嫌疑の境に身を処する時である。才智謀略を収蔵して、袋の口を括って物の出し入れをやめるが如く、明哲保身の計とすべきである。聖人がこの爻を発明したのは、万世人臣の鑑戒とするためであり、好意と言うべきである。
雖然,大臣以道事君,不可則止。若君有失徳而不敢諌,朝有闕政而不敢言,則是冐寵竊位、持祿養交,豈聖人垂訓萬世之意哉?蓋坤之六五,非女君則攝主也,斯正屯否隔絶、賢人隱遁避禍之時。故《文言》曰:“天地變化,草木蕃;天地閉,賢人隱。”若巳在髙位,如《遯》之初六,危至而後求行,是速其禍,故《遯》尾之厲,不往何災也。方其時也,雖循黙可也;不然,則是凡為大臣皆當坐視國之顛覆,孰任其咎?學《易》者不觀其時、不悟其幾,曷足以聖人之言哉!
とは言うものの、大臣は正道をもって君主に事えるべきで、行えなければ辞職すべきである。もし君主に失徳があっても敢えて諫めず、朝廷に闕政があっても敢えて口を開かなければ、それは寵を冒して位を窃み、俸禄を守り権貴と交結することである。どうして聖人が万世に垂訓した本意であろうか。须知べきは、『坤卦』六五の指す所は、女主が朝に臨むか権臣が摂政するかであり、それはまさに艱難閉塞・上下隔絶・賢人の隠退避禍の時である。だから『坤・文言伝』は言う。「天地交感して変化すれば草木は蕃り、天地閉塞して通ぜざれば賢人は隠退す。」もし自己がすでに高位に身を居せば、『遯卦』初六のように、危険が臨んでから身を抽こうとしても、それは禍患を速めるだけである。だから『遯卦』初六は「遯尾の厉」を説く。前に往かなければ災禍もないのである。あのような時においては、因循して沈黙してもなお言い訳が立つ。そのような時でないのに沈黙すれば、凡そ大臣たる者は皆坐して国家の傾覆を見るべきだということになり、責任は誰が担うのか。『易』を学ぶ人が処する時勢を見ず、その中の幾微を悟らなければ、どうして聖人の言を論ずるに足りよう。この一段は李光の全書で最も血性の見える所である。彼は「括嚢」を賢人の退隠の時にだけ許し、権を当てる大臣が取り上げて自らの緘黙を弁解することを決して許さない。
六五:黃裳,元吉。《象》曰:“黃裳元吉”,文在中也。乾無臣位,故九二稱“見龍在田”;坤雖無君位,然五實君位,曰“黃裳元吉”者,凡以為戒云。黃,中央之色;裳,下體之飾。是人臣據南向之位,秉大君之權,而能居中守正,不失臣節,吉莫大焉,文孰甚焉!伊尹、周公是也。故《文言》曰:“君子黃中通理,正位居體,羙在其中,而暢於四支,發於事業,羙之至也。”
『坤卦』六五の爻辞。「黄裳、元吉。」『小象伝』に言う。「『黄裳元吉』とは、文が中位に含まることである。」『乾卦』には臣位がないので九二は「龍を田に見る」と称する。『坤卦』には君位がないが、第五爻は実はすなわち君位である。爻辞が「黄裳元吉」と言うのは、すべて警戒を為すためである。黄は中央の色、裳は下身の服飾である。これはつまり、人臣が南面して坐する位置を占め、大君の権柄を掌握しながら、なお中に居り正を守り、臣子の名節を失わなければ、吉はこれより大きいものなく、文もこれより盛んなものがない――伊尹・周公はこのような人である。だから『坤・文言伝』は言う。「君子は中に和の徳を懐き文理に通達し、正位に居って其の體に安んじ、美しさを裡面に含んで四肢に暢達し、事業に発揮す。これ美の至るなり。」
上六:龍戰于野,其血黃。《象》曰:“龍戰于野”,其道窮也。人臣久據大位,操生殺之權,內有震主之威,下有非覬之望,自非伊尹、周公,一旦欲釋位而去,則禍不旋踵矣。以霍光之忠,身死之後猶不免滅族之禍,故其勢必至於戰;戰則冇勝冇負,君臣兩傷。
『坤卦』上六の爻辞。「龍、野に戦い、その血は玄黄なり。」『小象伝』に言う。「『龍戦于野』とは、その道が窮まり尽きたことである。」人臣たる者が長く高位を占め、生殺の大権を掌握し、内には君主を震懾する威勢があり、下にはまた一類の非分の指望を懐く者がある。伊尹・周公のような人でなければ、いったん権位を放して身を抽こうと思えば、禍患は転瞬に至る。霍光の忠誠を以てしても、死後なお滅族の禍を免れない。だから形勢は必ず「戦」の地歩に発展する。一たび交戦すれば勝負があり、君と臣は両敗俱傷する。
坤之上六,其見於初爻:“臣弒其君,子弒其父,非一朝一夕之故,其所由來者漸矣,由辨之不早辨也。《易》曰‘履霜堅冰至’,蓋言順也。”小人事主,其初但阿順而巳,人主利其順適之快,任之必專,至於威柄潛移而不悟,陰盛傷陽而卒不可制,雖欲就臣位不可得也,故《象》曰“龍戰于野,其道窮也”。
『坤卦』上六のこの結末は、初六爻にすでに早く見えていた。「臣が君を弑し、子が父を弑するは、皆一朝一夕の故ではない。その由来は漸く積んで成ったもので、ただ弁ずべき時に早く弁じなかったからである。『易』に『履霜堅氷至る』とは、まさに一つの『順』の字を説く。」小人が君主に事えるのは、初めはただ阿諛順従に過ぎない。君主はその順従の称心快意を貪り、任用は必ず専一で、威権が知らぬ間に移転したことに毫も覚えず、陰気が盛んになりすぎて陽気を傷つけるに至り、終に制服することができない。その時小人は臣子の本位に退き返ろうとしてもできない。だから『小象伝』は「龍戦于野、其道窮也」と言う。
戰必寛閒之鄉,故云野。湯伐桀,戰於鳴條之野;武王伐紂,戰於牧野。湯武之師雖應乎天而順乎人,然以臣伐君,亦由威權不立,積習以致之也。坤卦專主人臣,其防杜漸之戒,豈不深且逺哉!天而地黃,其血黃者,非君傷臣則臣必傷君也。
交戦は必ず空曠開闊の所で行う。だから「野」と言う。商湯が夏桀を討ったのは鳴條の野で交戦し、周武王が商紂を討ったのは牧野で交戦した。湯・武の軍隊は上は天心に応え下は人意に順ったが、臣子の身分を以て君主を討伐するのは、君主の威権が立てられず、日積月累してようやく成ったからでもある。『坤卦』は専ら人臣を主とし、その防微杜漸の告戒は、深く長遠ではないか。天は玄にして地は黄なり。「其の血黄」と言うのは、この地歩に至れば、君主が臣子を傷つけないでは、必ず臣子が君主を傷つけるのである。(爻辞「其血黄」の上に、底本は「玄」の字を脱す。)
用六:利永貞。《象》曰:“用六永貞”,以大終也。用六之道,用此眾爻之六而長守以正固,是能以大終也。人臣立朝,非失之邪佞則失之剛強;坤以柔順為體,終守以正固,上能尊君,下不失臣節,功成名遂則奉身而退,是能以大終也。
『坤卦』用六の爻辞。「永く貞に利し。」『小象伝』に言う。「『用六永貞』とは、大を以て終ることである。」用六の道理は、衆爻のこの「六」を運用して、永く正固を守ることであり、これがすなわち大を以て終ることができることである。人臣たる者が朝廷に身を立てるには、邪佞諂媚に失するか、剛硬強横に失するかである。坤は柔順を本体とし、終にまた正固を守る。上に対しては君主を尊崇でき、下に対しては臣子の名節を失わない。功を成し名を遂げれば身を抽いて引退する。これを以て大を終ることができると言う。
