丘之所言(きゅうのしょごん)。皆吾之所棄也(かいがのしょき)。亟去走歸(きゅうきょそうき)。无復言之(むふくごんの)。子之道(しのどう)。狂狂汲汲(きょうきょうきゅうきゅう)。詐巧虛僞事也(さこうきょぎじ)。非可以全真也(ひかいぜんしん)。奚足論哉(きそくろんさい)。
王曰:「天子之劍何如?」
子貢還(しこうかん)。報孔子(ほうこうし)。孔子推琴而起(こうしすいきんえんき)。曰、其聖人與(きせいじんよ)。乃下求之(なんげきゅうの)。至於澤畔(しこうたくはん)。方將杖拏而引其船(ほうしょうじょうどえんいんきせん)。顧見孔子(こけんこうし)。還鄉而立(かんきょうえんりつ)。孔子反走(こうしはんそう)。再拜而進(さいはいえんしん)。
曰:「天子之劍,以燕谿石城為鋒,齊岱為鍔,晉衞為脊,周宋為鐔,韓魏為夾;包以四夷,裹以四時;繞以渤海,帶以常山;制以五行,論以刑德;開以陰陽,持以春夏,行以秋冬。此劍,直之無前,舉之無上,案之無下,運之無旁,上決浮云,下絕地紀。此劍一用,匡諸侯,天下服矣。此天子之劍也。」
客曰、子將何求(ししょうかきゅう)。
文王芒然自失,曰:「諸侯之劍何如?」
孔子曰、曩者先生有緒言而去(のうしゃせんせいゆうしょごんえんきょ)。丘不肖(きゅうふしょう)。未知所謂(みちしょい)。竊待於下風(せつたいこうかふう)。幸聞咳唾之音(こうぶんかたのおん)。卒以相丘也(そついそうきゅう)。
曰:「諸侯之劍,以知勇士為鋒,以清廉士為鍔,以賢良士為脊,以忠聖士為鐔,以豪桀士為夾。此劍,直之亦無前,舉之亦無上,案之亦無下,運之亦無旁;上法圓天以順三光,下法方地以順四時,中和民意,以安四鄉。此劍一用,如雷霆之震也,四封之內,無不賓服而聽從君命者矣。此諸侯之劍也。」
客曰、嘻(き)。甚矣子之好學也(じんいしのこうがく)。
王曰:「庶人之劍何如?」
孔子再拜而起曰(こうしさいはいえんきわく)。丘少而脩學(きゅうしょうえんしゅうがく)。以至於今(いしこうこん)。六十九歲矣(ろくじゅうくさいい)。无所得聞至教(むしょとくぶんしきょう)。敢不虛心(かんふきょしん)。
曰:「庶人之劍,蓬頭突鬢垂冠,曼胡之纓,短後之衣,瞋目而語難。相擊於前,上斬頸領,下決肝肺。此庶人之劍,無異於鬬雞,一旦命已絕矣,無所用於國事。今大王有天子之位而好庶人之劍,臣竊為大王薄之。」
客曰、同類相從(どうるいそうじゅう)。同聲相應(どうせいそうおう)。固天之理也(こてんのり)。吾請釋吾之所有而經子之所以(がしょうしゃくがのしょゆうえんけいしのしょい)。子之所以者(しのしょいしゃ)。人事也(じんじ)。天子諸侯大夫庶人(てんししょこうだいふしょじん)。此四者自正(しししゃじせい)。治之美也(ちのび)。四者離位而亂莫大焉(ししゃりいえんらんぼくだいえん)。官治其職(かんちきしょく)。人憂其事(じんゆうきじ)。乃无所陵(なんむしょりょう)。故田荒室露(こでんこうしつろ)。衣食不足(いしょくふそく)。徵賦不屬(ちょうふふぞく)。妻妾不和(さいしょうふわ)。長少无序(ちょうしょうむじょ)。庶人之憂也(しょじんのゆう)。能不勝任(のうふしょうにん)。官事不治(かんじふち)。行不清白(こうふせいはく)。群下荒怠(ぐんかこうたい)。功美不有(こうびふゆう)。爵祿不持(しゃくろくふじ)。大夫之憂也(だいふのゆう)。廷无忠臣(ていむちゅうしん)。國家昏亂(こっかこんらん)。工技不巧(こうぎふこう)。貢職不美(こうしょくふび)。春秋後倫(しゅんしゅうこうりん)。不順天子(ふじゅんてんし)。諸侯之憂也(しょこうのゆう)。陰陽不和(いんようふわ)。寒暑不時(かんしょふじ)。以傷庶物(いしょうしょぶつ)。諸侯暴亂(しょこうぼうらん)。擅相攘伐(せんそうじょうばつ)。以殘民人(いざんみんじん)。禮樂不節(れいがくふせつ)。財用窮匱(ざいようきゅうき)。人倫不飭(じんりんふちょく)。百姓淫亂(ひゃくせいいんらん)。天子有司之憂也(てんしゆうしのゆう)。今子既上无君侯有司之勢(こんしきじょうむくんこうゆうしのせい)。而下无大臣職事之官(えんげむだいしんしょくじのかん)。而擅飾禮樂(えんせんしょくれいがく)。選人倫(せんじんりん)。以化齊民(いかせいみん)。不泰多事乎(ふたいたじ)。
王乃牽而上殿。宰人上食,王三環之。莊子曰:「大王安坐定氣,劍事已畢奏矣。」
且人有八疵(しょじんゆうはっし)。事有四患(じゆうしかん)。不可不察也(ふかふさつ)。非其事而事之(ひきじえんじの)。謂之摠(いのそう)。莫之顧而進之(ぼくのこえんしんの)。謂之佞(いのねい)。希意導言謂之諂(きいどうごんいのてん)。不擇是非而言謂之諛(ふたくぜひえんごんいのゆ)。好言人之惡謂之讒(こうごんじんのおくいのざん)。析交離親謂之賊(せきこうりしんいのぞく)。稱譽詐僞以敗惡人謂之慝(しょうよさぎいはいあくじんいのとく)。不擇善否(ふたくぜんひ)。兩容頰適(りょうようきょうてき)。偷拔其所欲謂之險(とうばつきしょよくいのけん)。此八疵者(しはっししゃ)。外以亂人(げいらんじん)。內以傷身(ないいしょうしん)。君子不友(くんしふゆう)。明君不臣(めいくんふしん)。所謂四患者(しょいしかんしゃ)。好經大事(こうけいだいじ)。變更易常(へんこうえきじょう)。以挂功名(いかこうめい)。謂之叨(いのとう)。專知擅事(せんちせんじ)。侵人自用(しんじんじよう)。謂之貪(いのたん)。見過不更(けんかふこう)。聞諫愈甚(ぶんかんゆじん)。謂之很(いのごん)。人同於己則可(じんどうこうきそくか)。不同於己(ふどうこうき)。雖善不善(すいぜんふぜん)。謂之矜(いのきょう)。此四患也(ししかん)。能去八疵(のうきょはっし)。无行四患(むこうしかん)。而始可教已(えんしかきょうい)。
於是文王不出宮三月,劍士皆服斃其處也。
孔子愀然而歎(こうししゅうぜんえんたん)。再拜而起曰(さいはいえんきわく)。丘再逐於魯(きゅうさいちくこうろ)。削跡於衛(さくせきこうえい)。伐樹於宋(ばつじゅこうそう)。圍於陳蔡(いこうちんさい)。丘不知所失(きゅうふちしょしつ)。而離此四謗者何也(えんりししほうしゃか)。
客凄然變容曰(かくせいぜんへんようわく)。甚矣子之難悟也(じんいしのなんご)。人有畏影惡迹而走者(じんゆういえいおくせきえんそうしゃ)。舉足愈數而迹愈多(きょそくゆすうえんせきゆうた)。走愈疾而影不離身(そうゆしつえんえいふりしん)。自以爲尚遲(じいいしょうち)。疾走不休(しっそうふきゅう)。絕力而死(ぜつりょくえんし)。不知處陰以休影(ふちしょいんいきゅうえい)。處靜以息迹(しょせいいそくせき)。愚亦甚矣(ぐえきじんい)。子審仁義之間(ししんじんぎのかん)。察同異之際(さつどういのさい)。觀動靜之變(かんどうせいのへん)。適受與之度(てきじゅよのど)。理好惡之情(りこうおのじょう)。和喜怒之節(わきどのせつ)。而幾於不免矣(えんきこうふめんい)。謹脩而身(きんしゅうじしん)。慎守其真(しんしゅきしん)。還以物與人(かんいぶつよじん)。則无所累矣(そくむしょるいい)。今不脩身而求之於人者(こんふしゅうしんえんきゅうのこうじんしゃ)。不亦外乎(ふえきげ)。
孔子愀然曰(こうししゅうぜんわく)。請問何謂真(しょうもんかいいしん)。
孔子遊乎緇帷之林,休坐乎杏壇之上。弟子讀書,孔子絃歌鼓琴,奏曲未半。
客曰、真者(しんしゃ)。精誠之至也(せいせいのし)。不精不誠(ふせいふせい)。不能動人(ふのうどうじん)。故强哭者雖悲不哀(こきょうこくしゃすいひふあい)。强怒者雖嚴不威(きょうどしゃすいげんふい)。强親者雖笑不和(きょうしんしゃすいしょうふわ)。真悲无聲而哀(しんひむせいえんあい)。真怒未發而威(しんどみはつえんい)。真親未笑而和(しんしんみしょうえんわ)。真在內者(しんざいないしゃ)。神動於外者也(しんどうこうげしゃ)。是所以貴真也(ぜしょいきしん)。其於人理也(きこうじんり)。事親則慈孝(じしんそくじこう)。事君則忠貞(じくんそくちゅうてい)。飲酒則歡樂(いんしゅそくかんらく)。處喪則悲哀(しょそうそくひあい)。忠貞以功爲主(ちゅうていいこういしゅ)。飲酒以樂爲主(いんしゅいらくいしゅ)。處喪以哀爲主(しょそういあいいしゅ)。事親以適爲主(じしんいてきいしゅ)。功成之美无不一其迹矣(こうせいのびむふいちきせきい)。事親以適(じしんいてき)。不論所以矣(ふろんしょいい)。飲酒以樂(いんしゅいらく)。不選其具矣(ふせんきぐい)。處喪以哀(しょそういあい)。无問其禮矣(むもんきれいい)。禮者(れいしゃ)。世俗之所爲也(せいぞくのしょい)。真者(しんしゃ)。所以受於天也(しょいじゅこうてん)。自然不可易也(しぜんふかえき)。故聖人法天貴真(こせいじんほうてんきしん)。不拘於俗(ふくこうぞく)。愚者反此(ぐしゃはんし)。不能法天而恤於人(ふのうほうてんえんじゅつこうじん)。不知貴真(ふちきしん)。祿祿而受變於俗(ろくろくえんじゅへんこうぞく)。故不足也(こふそく)。惜哉(せきさい)。子之蚤湛於人僞(しのそうちんこうじんぎ)。而晚聞大道也(えんばんぶんだいどう)。
有漁父者,下船而來,須眉交白,被髮揄袂,行原以上,距陸而止,左手據膝,右手持頤以聽。曲終而招子貢子路,二人俱對。
孔子又再拜而起曰(こうしゆうさいはいえんきわく)。今者丘得遇也(こんじゃきゅうとくぐう)。若天幸然(じゃくてんこうぜん)。先生不羞而比之服役(せんせいふしゅうえんひのふくえき)。而身教之(えんしんきょうの)。敢問舍所在(かんもんしゃしょざい)。請因受業而卒學大道(しょういんじゅぎょうえんそつがくだいどう)。
客指孔子曰:「彼何為者也?」
客曰、吾聞之(がぶんの)。可與往者與之(かよおうしゃよの)。至於妙道(しこうみょうどう)。不可與往者(ふかよおうしゃ)。不知其道(ふちきどう)。慎勿與之(しんふつよの)。身乃无咎(しんなんむきゅう)。子勉之(しべんの)。吾去子矣(がきょしい)。吾去子矣(がきょしい)。乃刺船而去(なんしせんえんきょ)。延緣葦間(えんえんいかん)。
子路對曰:「魯之君子也。」
顏淵還車(がんえんかんしゃ)。子路授綏(しろじゅうすい)。孔子不顧(こうしふこ)。待水波定(たいすいはじょう)。不聞拏音而後敢乘(ふぶんどおんえんこうかんじょう)。
客問其族。子路對曰:「族孔氏。」
子路依車而問曰(しろいしゃえんもんわく)。由得爲役久矣(ゆうとくいえききゅうい)。未嘗見夫子遇人如此其威也(みじょうけんふうしぐうじんじょしきい)。萬乘之主(ばんじょうのしゅ)。千乘之君(せんじょうのくん)。見夫子未嘗不分庭伉禮(けんふうしみじょうふぶんていこうれい)。夫子猶有倨敖之容(ふうしゆうゆうごうのよう)。今漁父杖拏逆立(こんぎょほじょうどぎゃくりつ)。而夫子曲要磬折(えんふうしきょくようけいせつ)。言拜而應(ごんはいえんおう)。得无太甚乎(とくむたいじん)。門人皆怪夫子矣(もんじんかいかいふうしい)。漁人何以得此乎(ぎょじんかいいとくし)。
客曰:「孔氏者何治也?」
孔子伏軾而歎曰(こうしふくしょくえんたんわく)。甚矣由之難化也(じんいゆうのなんか)。湛於禮儀有閒矣(ちんこうれいぎゆうかんい)。而朴鄙之心至今未去也(えんぼくひのしんしこんみきょ)。進(しん)。吾語汝(がごじょ)。夫遇長不敬(ふぐうちょうふけい)。失禮也(しつれい)。見賢不尊(けんけんふそん)。不仁也(ふじん)。彼非至人(ひひしじん)。不能下人(ふのうげじん)。下人不精(げじんふせい)。不得其真(ふとくきしん)。故長傷身(こちょうしょうしん)。惜哉(せきさい)。不仁之於人也(ふじんのこうじん)。禍莫大焉(かぼくだいえん)。而由獨擅之(えんゆうどくせんの)。且道者(しょどうしゃ)。萬物之所由也(ばんぶつのしょゆう)。庶物失之者死(しょぶつしつのしゃし)。得之者生(とくのしゃせい)。爲事逆之則敗(いじぎゃくのそくはい)。順之則成(じゅんのそくせい)。故道之所在(こどうのしょざい)。聖人尊之(せいじんそんの)。今漁父之於道(こんぎょほのこうどう)。可謂有矣(かいゆうい)。吾敢不敬乎(がかんふけい)。
子路未應,子貢對曰:「孔氏者,性服忠信,身行仁義,飾禮樂,選人倫,上以忠於世主,下以化於齊民,將以利天下,此孔氏之所治也。」
列禦寇
又問曰:「有土之君與?」
列禦寇第三十二
子貢曰:「非也。」
列禦寇之齊(れつぎょこうのせい)。中道而反(ちゅうどうえんはん)。遇伯昏瞀人(ぐうはくこんぼうじん)。伯昏瞀人曰(はくこんぼうじんわく)。奚方而反(きほうえんはん)。
「侯王之佐與?」
曰、吾驚焉(がきょうえん)。
子貢曰:「非也。」
曰、惡乎驚(おこうきょう)。
客乃笑而還,行言曰:「仁則仁矣,恐不免其身;苦心勞形以危其真。嗚呼!遠哉其分於道也!」
曰、吾嘗食於十醬(がじょうしょくこうじゅうしょう)。而五醬先饋(えんごしょうせんき)。
子貢還,報孔子。孔子推琴而起,曰:「其聖人與!」乃下求之,至於澤畔,方將杖拏而引其船,顧見孔子,還鄉而立。孔子反走,再拜而進。
伯昏瞀人曰、若是(じゃくぜ)。則汝何爲驚已(そくじょかいきょうい)。
客曰:「子將何求?」
曰、夫內誠不解(ふないせいふかい)。形諜成光(けいちょうせいこう)。以外鎮人心(いげちんじんしん)。使人輕乎貴老(しじんけいこうきろう)。而䪭其所患(えんさいきしょかん)。夫醬人特爲食羹之貨(ふしょうじんとくいしょくこうのか)。多餘之贏(たよのえい)。其爲利也薄(きいりはく)。其爲權也輕(きいけんけい)。而猶若是(えんゆうじゃくぜ)。而況於萬乘之主乎(えんこうこうばんじょうのしゅ)。身勞於國而知盡於事(しんろうこうこくえんちじんこうじ)。彼將任我以事而效我以功(ひしょうにんがいじえんこうがいこう)。吾是以驚(がぜいきょう)。
孔子曰:「曩者先生有緒言而去,丘不肖,未知所謂,竊待於下風,幸聞咳唾之音以卒相丘也。」
伯昏瞀人曰、善哉觀乎(ぜんさいかん)。汝處已(じょしょい)。人將保汝矣(じんしょうほうじょい)。
客曰:「嘻!甚矣,子之好學也!」
无幾何而往(むきかえんおう)。則戶外之屨滿矣(そくこうげのくまんい)。伯昏瞀人北面而立(はくこんぼうじんほくめんえんりつ)。敦杖蹙之乎頤(とんじょうしゅくのこうい)。立有閒(りつゆうかん)。不言而出(ふごんえんしゅつ)。
孔子再拜而起曰:「丘少而脩學,以至於今,六十九歲矣,無所得聞至教,敢不虛心!」
賓者以告列子(ひんしゃいこくれっし)。列子提屨(れっしていく)。跣而走(せんえんそう)。暨乎門(きこうもん)。曰、先生既來(せんせいきらい)。曾不發藥乎(そうふはつやく)。
客曰:「同類相從,同聲相應,固天之理也。吾請釋吾之所有而經子之所以。子之所以者,人事也。天子諸侯大夫庶人,此四者自正,治之美也,四者離位而亂莫大焉。官治其職,人憂其事,乃無所陵。故田荒室露,衣食不足,徵賦不屬,妻妾不和,長少無序,庶人之憂也;能不勝任,官事不治,行不清白,群下荒怠,功美不有,爵祿不持,大夫之憂也;廷無忠臣,國家昏亂,工技不巧,貢職不美,春秋後倫,不順天子,諸侯之憂也;陰陽不和,寒暑不時,以傷庶物,諸侯暴亂,擅相攘伐,以殘民人,禮樂不節,財用窮匱,人倫不飭,百姓淫亂,天子有司之憂也。今子既上無君侯有司之勢而下無大臣職事之官,而擅飾禮樂,選人倫,以化齊民,不泰多事乎!
曰、已矣(いい)。吾固告汝曰人將保汝(がここくじょわくじんしょうほうじょ)。果保汝矣(かほうじょい)。非汝能使人保汝(ひじょのうしじんほうじょ)。而汝不能使人无保汝也(えんじょふのうしじんむほうじょ)。而焉用之感豫出異也(えんえんようのかんよしゅつい)。且必有感也(しょひつゆうかん)。搖而本身(ようじほんしん)。又无謂也(ゆうむい)。與汝游者(よじょゆうしゃ)。莫汝告也(ぼくじょこく)。彼所小言(ひしょしょうごん)。盡人毒也(じんじんどく)。莫覺莫悟(ぼくかくぼくご)。何相孰也(かそうじゅく)。巧者勞而知者憂(こうしゃろうえんちしゃゆう)。无能者无所求(むのうしゃむしょきゅう)。飽食而敖游(ほうしょくえんごうゆう)。汎若不繫之舟(はんじゃくふけいのしゅう)。虛而敖游者也(きょえんごうゆうしゃ)。
且人有八疵,事有四患,不可不察也。非其事而事之,謂之摠;莫之顧而進之,謂之佞;希意道言,謂之諂;不擇是非而言,謂之諛;好言人之惡,謂之讒;析交離親,謂之賊;稱譽詐偽以敗惡人,謂之慝;不擇善否,兩容頰適,偷拔其所欲,謂之險。此八疵者,外以亂人,內以傷身,君子不友,明君不臣。所謂四患者:好經大事,變更易常,以掛功名,謂之叨;專知擅事,侵人自用,謂之貪;見過不更,聞諫愈甚,謂之很;人同於己則可,不同於己,雖善不善,謂之矜。此四患也。能去八疵,無行四患,而始可教已。」
鄭人緩也呻吟於裘氏之地(ていじんかんしんぎんこうきゅうしのち)。祗三年而緩爲儒(しさんねんえんかんいじゅ)。河潤九里(かじゅんきゅうり)。澤及三族(たくきゅうさんぞく)。使其弟墨(しきていぼく)。儒墨相與辯(じゅぼくそうよべん)。其父助翟(きふじょてき)。十年而緩自殺(じゅうねんえんかんじさつ)。其父夢之曰(きふむのわく)。使而子爲墨者予也(しじしいぼくしゃよ)。闔胡嘗視其良(こうこじょうしきりょう)。既爲秋柏之實矣(きいしゅうはくのじつい)。
孔子愀然而歎,再拜而起曰:「丘再逐於魯,削跡於衞,伐樹於宋,圍於陳蔡。丘不知所失,而離此四謗者何也?」
夫造物者之報人也(ふぞうぶつしゃのほうじん)。不報其人而報其人之天(ふほうきじんえんほうきじんのてん)。彼故使彼(ひこしひ)。夫人以己爲有以異於人(ふじんいきいゆういいこうじん)。以賤其親(いせんきしん)。齊人之井飲者相捽也(せいじんのせいいんしゃそうそつ)。故曰今之世皆緩也(こわくこんのせいかいかん)。自是(じぜ)。有德者以不知也(ゆうとくしゃいふち)。而況有道者乎(えんこうゆうどうしゃ)。古者謂之遁天之刑(こしゃいのとんてんのけい)。
客悽然變容曰:「甚矣子之難悟也!人有畏影惡跡而去之走者,舉足愈數而跡愈多,走愈疾而影不離身,自以為尚遲,疾走不休,絕力而死。不知處陰以休影,處靜以息跡,愚亦甚矣!子審仁義之間,察同異之際,觀動靜之變,適受與之度,理好惡之情,和喜怒之節,而幾於不免矣。謹脩而身,慎守其真,還以物與人,則無所累矣。今不脩身而求之人,不亦外乎!」
聖人安其所安(せいじんあんきしょあん)。不安其所不安(ふあんきしょふあん)。衆人安其所不安(しゅうじんあんきしょふあん)。不安其所安(ふあんきしょあん)。
孔子愀然曰:「請問何謂真?」
莊子曰、知道易(ちどうい)。勿言難(ふつごんなん)。知而不言(ちえんふごん)。所以之天(しょいのてん)。知而言之(ちえんごんの)。所以之人(しょいのじん)。古之人(このじん)。天而不人(てんえんふじん)。
客曰:「真者,精誠之至也。不精不誠,不能動人。故強哭者雖悲不哀,強怒者雖嚴不威,強親者雖笑不和。真悲無聲而哀,真怒未發而威,真親未笑而和。真在內者,神動於外,是所以貴真也。其用於人理也,事親則慈孝,事君則忠貞,飲酒則歡樂,處喪則悲哀。忠貞以功為主,飲酒以樂為主,處喪以哀為主,事親以適為主,功成之美,無一其跡矣。事親以適,不論所以矣;飲酒以樂,不選其具矣;處喪以哀,無問其禮矣。禮者,世俗之所為也;真者,所以受於天也,自然不可易也。故聖人法天貴真,不拘於俗。愚者反此。不能法天而恤於人,不知貴真,祿祿而受變於俗,故不足。惜哉,子之蚤湛於人偽而晚聞大道也!」
朱泙漫學屠龍於支離益(しゅへいまんがくとりゅうこうしりえき)。殫千金之家(たんせんきんのけ)。三年技成而无所用其巧(さんねんぎせいえんむしょようきこう)。
孔子又再拜而起曰:「今者丘得遇也,若天幸然。先生不羞而比之服役,而身教之。敢問舍所在,請因受業而卒學大道。」
世俗の人は、皆、人が己と同じであることを喜び、人が己と異なることを憎む。己と同じなら欲し、己と異なれば欲しない。これは衆人に出ようとする心である。衆人に出ようとする心を以てしても、何か衆人に出たであろうか。衆人に因って己の聞くところを安んずれば、衆人の伎倆に多く及ばない。しかるに人の国を治めんと欲するは、これ三王の利を攬(と)るも、その患を見ず。これは人の国を以て僥倖を求めるもので、幾ばくの僥倖あって人の国を喪わざることがあろうか。その人の国を存することは、万分の一にも及ばず、人の国を喪うことは、一たび成らずして万余を喪う。悲しいかな、土を有する者はこれを知らない。土を有する者とは、大物を有する者である。大物を有する者は、物たるべからず。物たりて物たらざれば、故に能く物を物たらしむ。その物を物たらしむる者の物にあらざるを明らかにすれば、豈に天下百姓を治むるのみならんや。六合に出入し、九州に遊び、独り往き独り来る。これを独与(どくよ)という。独与の者、これを至貴という。
客曰:「吾聞之,可與往者與之,至於妙道;不可與往者,不知其道,慎勿與之,身乃無咎。子勉之!吾去子矣,吾去子矣!」乃剌船而去,延緣葦間。
大人の教は、形に影が応え、声に響が応えるが如し。問いあればこれに応え、その懐くところを尽くして、天下の匹を為す。響のないところに処り、方(ほう)のないところを行き、汝を挈(ひっさ)げて撓撓(とうとう)に往復し、端緒なきに遊び、依傍なく出入し、日に始まることなし。形容論議して大同に合し、大同して己なし。己なければ、惡(なん)ぞ有るを得ん。有を睹る者は、昔の君子である。無を睹る者は、天地の友である。
顏淵還車,子路授綏,孔子不顧,待水波定,不聞拏音而後敢乘。
賤しきも任ぜざるべからざるは物なり。卑しきも因らざるべからざるは民なり。隱なるも為さざるべからざるは事なり。粗なるも陳(しん)ぜざるべからざるは法なり。遠きも居るべからざるは義なり。親なるも広めざるべからざるは仁なり。節なるも積まざるべからざるは禮なり。中なるも高めざるべからざるは徳なり。一なるも変ぜざるべからざるは道なり。神なるも為さざるべからざるは天なり。故に聖人は天を觀て助けず、徳を成して累(るい)せず、道に出でて謀らず、仁に會(あ)いて恃まず、義に薄(せま)りて積まず、禮に應じて諱(い)まず、事に接して辭せず、法に齊(ととの)うて乱れず、民に恃みて軽しめず、物に因りて去らず。物は為すに足ること莫きも、為さざるべからず。天に明らかならざるは徳に純ならず、道に通ぜざるは自(よ)りて可ならず、道に明らかならざるは悲しいかな。何をか道と謂う。天道有り、人道有り。無為にして尊きは天道なり、有為にして累るは人道なり。主たるは天道なり、臣たるは人道なり。天道と人道と相去ること遠し、察せざるべからざるなり。
子路旁車而問曰:「由得為役久矣,未嘗見夫子遇人如此其威也。萬乘之主,千乘之君,見夫子未嘗不分庭伉禮,夫子猶有倨敖之容。今漁父杖拏逆立,而夫子曲要磬折,言拜而應,得無太甚乎?門人皆怪夫子矣,漁人何以得此乎?」
天地
孔子伏軾而歎曰:「甚矣,由之難化也!湛於禮儀間矣,而樸鄙之心至今未去。進,吾語汝!夫遇長不敬,失禮也;見賢不尊,不仁也。彼非至人,不能下人,下人不精,不得其真,故長傷身。惜哉!不仁之於人也,禍莫大焉,而由獨擅之。且道者,萬物之所由也,庶物失之者死,得之者生,為事逆之則敗,順之則成。故道之所在,聖人尊之。今之漁父之於道,可謂有矣,吾敢不敬乎!」
天地は大なりと雖も、其の化は均(ひと)し。萬物は多しと雖も、其の治は一なり。人卒(じんそつ)は多しと雖も、其の主は君なり。君は徳に原づきて天に成る。故に曰く、玄古の君天下するは、無為にして天徳のみ、と。道を以て言を觀れば、天下の君正し。道を以て分を觀れば、君臣の義明らか。道を以て能を觀れば、天下の官治まる。道を以て汎(ひろ)く觀れば、萬物の應備わる。故に天地に通ずるは徳なり、萬物に行わるは道なり、上に治めて人を治むるは事なり、能く精(せい)する所有るは技なり。技は事に兼ね、事は義に兼ね、義は徳に兼ね、徳は道に兼ね、道は天に兼ぬ。故に曰く、古の天下を畜(やしな)う者は、欲無くして天下足り、無為にして萬物化し、淵靜にして百姓定まる、と。記に曰く、一に通じて萬事畢(おわ)り、心得ずして鬼神服す、と。
夫子曰く、夫の道は、萬物を覆載するなり。洋洋乎(ようようこ)大なるかな。君子は以て其の心を刳(く)らざるべからず。無為にして之を為すを天と謂い、無為にして之を言うを徳と謂い、人を愛し物を利するを仁と謂い、同じからざるを同じくするを大と謂い、行いて崖異(がいい)せざるを寛と謂い、萬異有るを富と謂う。故に徳を執るを紀と謂い、徳成るを立と謂い、道に循うを備と謂い、物を以て志を挫(くじ)かざるを完と謂う。君子此の十者を明らかにすれば、則ち其の事心の大なるを韜(とう)し、沛(はい)として萬物の歸往(きおう)と為らん。此の若き者は、金を山に藏し、珠を淵に藏し、貨財を利せず、貴富に近づかず、壽を樂しまず、夭を哀しまず、通を榮とせず、窮を醜とせず、一世の利を拘えて以て己の私分(しぶん)と為さず、王天下を以て己の顯處(けんしょ)と為さず。顯るれば則ち明らかなり。萬物は一府、死生は同狀なり、と。
夫子曰く、夫の道は、淵乎其の居るや、漻乎其の清きや。金石は之を得ずれば以て鳴らすこと無し。故に金石は聲有りも、考(こう)せざれば鳴らず。萬物孰(たれ)か能く之を定めん。夫の王徳の人は、素逝(そせい)して通ずるを恥(は)ぢ、本原に立ちて知は神に通ず。故に其の徳廣し。其の心の出るや、物之に採(と)る有り。故に形は道非ざれば生ぜず、生は徳非ざれば明ならず。形を存し生を窮め、徳を立て道を明らかにするは、王徳の人に非ずや。蕩蕩乎(とうとうこ)、忽然として出で、勃然として動き、而して萬物之に從う。此れを王徳の人と謂う。冥冥の中に視れば、獨り曉(あかつき)を見、聲無きの中に聽けば、獨り和を聞く。故に深けれども又た深くして能く物を物とし、神けれども又た神くして能く精を精とす。故に其の萬物と接するや、至無にして其の求を供(たま)い、時に馳聘して其の歸を要(もと)む。大小、長短、脩遠(しゅうえん)。
列禦寇之齊,中道而反,遇伯昏瞀人。伯昏瞀人曰:「奚方而反?」
黃帝、赤水の北に遊び、崑崙の丘に登りて南に望む。還るに及びて、其の玄珠を遺(うしな)う。知を使て索むれど得ず、離朱を使て索むれど得ず、喫詬(きつこう)を使て索むれど得ず、乃ち象罔(ぞうもう)を使う。象罔之を得たり。黃帝曰く、異なるかな、象罔乃(すなわ)ち之を得ること可ならんや、と。
曰:「吾驚焉。」
堯の師は許由と曰い、許由の師は齧缺と曰い、齧缺の師は王倪と曰い、王倪の師は被衣(ひい)と曰う。堯、許由に問うて曰く、齧缺は以て天に配(はい)すべきか。吾は王倪に因りて之に邀(う)けん、と。許由曰く、殆(あやう)し、岌(きゅう)乎(きゅうこ)天下を傾(かたむ)けん。齧缺の人たるや、聰明叡知(そうめいえいち)にして、數(さく)にして給(こう)し、其の性は人に過ぐ。而又た人を以て天を受く。其の過を禁ずるに審(つまびら)かなれども、而も其の過の生ずる所を知らず。與に天に配せんや。彼は且(まさ)に人に乘じて天無く、己を本として形に異ならんとし、知を尊びて火の馳(は)するが如く、緒に為(まみ)えられ、物に檢(かん)せられ、四顧して物に應じ、衆宜に應じ、物と化して而未だ恆(つね)ある無からん。又惡(なん)ぞ足りて天に配せんや。然りと雖も、族有れば祖有り。彼は以て衆父と為る可し、而して衆父の父と為る可からず。治は乱の率(そつ)なり、北面の禍なり、南面の賊なり、と。
曰:「惡乎驚?」
堯、華(か)を觀(み)る。華の封人(ほうじん)曰く、嘻(き)、聖人なるかな。請う、聖人を祝せん、聖人をして壽ならしめん、と。堯曰く、辭す、と。聖人をして富ましめん、と。堯曰く、辭す、と。聖人をして男子多からしめん、と。堯曰く、辭す、と。封人曰く、壽・富・多男子は、人の欲する所なり。女(なんじ)獨り欲せざるは何ぞ、と。堯曰く、男子多ければ則ち懼(おそ)れ多く、富めば則ち事多く、壽なれば則ち辱(はぢ)多し。是の三者は、以て徳を養う所以に非ざるなり。故に辭す、と。封人曰く、始め吾れ女を以て聖人と為せり。今然り、君子なり。天生(てんせい)萬民は、必ず之に職を授く。男子多くして職を授けば、又何ぞ懼れん。富みて人を分(わか)たしめば、又何ぞ事あらん。聖人は、居るや鶉(じゅん)の如く、食うや鷇(こう)の如く、行くや鳥の如くにして無迹(むせき)。天下道有れば、則ち物と與(とも)に昌(さか)ん。天下道無ければ、則ち徳を修めて閑に就(つ)く。千歳厭世(えんせい)して、去りて上僊(じょうせん)し、彼の白雲に乘りて帝鄕に至る。三患至らず、身常に殃(わざわい)無し。則ち何の辱かあらん、と。封人去る。堯之に隨(つ)いて曰く、請問(しょうもん)、と。封人曰く、歸れ、と。
曰:「吾嘗食於十漿,而五漿先饋。」
堯、天下を治む。伯成子高(はくせいしこう)立ちて諸侯と為る。堯、舜に授け、舜、禹に授くるに及び、伯成子高諸侯を辭して耕しと為る。禹往きて之を見る。時に野に耕せり。禹趨(はし)りて下風に就き、立ちて問うて曰く、昔者堯天下を治め、吾子立ちて諸侯と為りし。堯、舜に授け、舜、予に授く。而して吾子諸侯を辭して耕と為す。敢へて問わん、其の故は何ぞ、と。子高曰く、昔者堯の天下を治めしや、賞せずして民勸(すす)み、罰せずして民畏(おそ)れたり。今子は賞罰して、而して民不仁(ふじん)なり。徳此れより衰え、刑此れより立ち、後世の乱は此れより始まらん。夫子盍(なん)ぞ行かざる。吾が事を廢(おとろ)うる無かれ、と。俋俋(ゆうゆう)然として耕して顧みず。
伯昏瞀人曰:「若是,則汝何為驚已?」
泰初(たいしょ)に無有(むゆう)有り、無有にして無名なり。一の起る所、一有りて未だ形無し。物之を得て以て生を為すを徳と謂う。未形なる者分有りて、且(まさ)に然りとすれど間(かん)無きを命と謂う。留動して物を生じ、物成りて生理有るを形と謂う。形體神を保して、各儀則有るを性と謂う。性修めて徳に反り、徳至れば初と同じ。同ければ則ち虚、虚ければ則ち大。喙鳴(かいめい)に合す。喙鳴合せば、天地と為(とも)に合す。其の合や緡緡(びんびん)として、愚なるが若く昏なるが若し。是れを玄徳と謂い、大順に同じ。
曰:「夫內誠不解,形諜成光,以外鎮人心,使人輕乎貴老,而齏其所患。夫漿特為食羹之貨,多餘之贏,其為利也薄,其為權也輕,而猶若是,而況於萬乘之主乎!身勞於國而知盡於事,彼將任我以事而效我以功。吾是以驚。」
夫子、老聃に問うて曰く、道を治むる者有りて、相勸(あいあ)れんが如くす。不可を以て可と為し、不然を以て然と為す。辯者有る言に曰く、堅白を離(れき)すれば縣(けん)宇(う)の若し、と。若き此の如くして以て聖人と謂う可きか、と。老聃曰く、是れ胥(しょ)易(えき)技係(けいけい)、勞形怵心(ろうけいじゅつしん)の者なり。執留(しうりゅう)之狗の成思(せいし)、猿狙(えんそ)之便(べん)自山林来(きた)る。丘、吾れ女(なんじ)に告げん、之の聞かれざる所と之の言はれざる所とを。凡(およ)そ首趾有りて、心無く耳無き者衆し。形有る者と形無く狀無き者と與(とも)に皆存するは、尽(ことごと)く無し。其の動くは止なり、其の死するは生なり、其の廢(はい)するは起なり。此れ又其の然る所以に非ざるなり。治有りて人に在り。物を忘れ、天を忘れ、其の名を忘己と曰う。忘己の人、是れを天に入ると謂う、と。
伯昏瞀人曰:「善哉觀乎!女處已,人將保女矣!」
將閭葂(しょうりょべん)、季徹に見(まみ)えて曰く、魯君、葂に謂いて曰く、請う、教を受けん、と。辭して獲(え)られず。既に之に告げたり。中(あた)るや否やを知らず。請う、嘗(こころ)みに之を陳(しん)ぜん。臣(しん)魯君に謂いて曰く、必ず恭儉を服して、公忠に拔出(ばっしゅつ)せられて阿私(あし)無きに属(しょく)せば、民孰(たれ)か敢へて和輯(わしゅう)せざらん、と。季徹局局(きょくきょく)然として笑うて曰く、夫子の言の若きは、帝王の徳に於(おい)て、螳蜋(とうろう)の怒りて臂(ひじ)を奮い以て車轍(しゃてつ)に當(あ)たらんとするが若し。必ず勝(た)えざらん。且つ此の如くせば、則ち其の自ら危(あや)うく處(お)りて、觀臺(かんだい)多物(たぶつ)にして、往きて迹を投ぐる者多からん、と。將閭葂覷覷(しょしょ)然として驚き曰く、葂は夫子の言に汒(ぼう)然とせり。雖然、願はくは先生其の概(がい)を言わん、と。季徹曰く、大聖の天下を治むるや、民心を搖蕩(ようとう)して、其の教成り、其の俗易り、賊を滅して進みて其の獨志(どくし)に居り、性の自為(じい)するが若くして、民其の然る所以を知らざらんと欲す。此の若くんば、豈(あに)兄堯舜の教民にして、而して己弟(まい)として溟涬(めいせい)然せんや。徳に同じて心居(こ)せるのみ、と。
無幾何而往,則戶外之屨滿矣。伯昏瞀人北面而立,敦杖蹙之乎頤,立有間,不言而出。
子貢、南に遊びて楚に反(かえ)り、晉を過ぎて漢陰(かんいん)に至る。一丈人(いちじょうじん)方に圃畦(ほけい)を為して、隧を鑿(ほ)りて井に入り、甕(おう)を抱きて出でて灌(そそ)ぐ。搰搰(くつくつ)然として力を用いて多くして功を見ること寡(すく)なし。子貢曰く、械(かい)有りて此に於て、一日にして百畦を浸(ひた)す。力を用ること甚(はなは)だ寡くして功を見ること多し。夫子欲せざるか、と。圃を為る者仰ぎて之を視て曰く、奈何(いか)ん、と。曰く、木を鑿りて機を為り、後重く前輕く、水を挈(あ)ぐること抽(ちゅう)の若く、數(しゃく)として泆湯(いっとう)の如し。其の名を槔(こう)と曰う、と。圃を為る者忿然として色を作(さ)して笑うて曰く、吾れ吾が師に聞く、機械有る者は必ず機事有り、機事有る者は必ず機心有り。機心の胸中に存するは、則ち純白の備はらざるなり。純白備はらざれば、則ち神生定まらず。神生定まらざる者は、道の載せざる所なり。吾は之を知らざるに非ず、羞(は)ぢて為さざるなり、と。子貢瞞然(まんぜん)として媿(は)ぢ、俯(ふ)して對へず。有間(うかん)にして、圃を為る者曰く、子奚為(なにし)て者ぞ、と。曰く、孔丘之徒なり、と。圃を為る者曰く、子は非ざるか、博學を以て聖に擬(ぎ)し、于于(うう)以て衆に蓋(おお)い、獨弦哀歌を以て名聲を天下に賣る者に。汝方に汝の神氣を忘れ、汝の形骸を墮壞(だかい)せば、而して庶幾(こねご)とせん。而(なんじ)身の治むる能わざるに、何の暇(いとま)か天下を治めんや。子往け、吾が事を乏(とぼ)しうる無かれ、と。
賓者以告列子,列子提屨,跣而走,暨乎門,曰:「先生既來,曾不發藥乎?」
子貢卑陬(ひすう)として色を失い、顼顼(ぎょくぎょく)然として自ら得ず。行くこと三十里にして而る後に愈(い)えり。其の弟子曰く、向(さき)の人は何を為る者ぞ。夫子何ぞ之を見て容を變(か)え色を失い、終日自ら反(かえ)さざる、と。曰く、始め吾は以て天下の一人なりと為せり。知らず、復(ま)た夫の人有らんを。吾れ夫子に聞く、事は可と行(おこな)はるるを求め、功は成るを求め、用力寡く功を見ること多きは、聖人の道なり。今徒(ただ)しきに非ず。道を執る者は徳全し、徳全する者は形全し、形全する者は神全し。神全する者は、乃ち聖人の道なり。生を託して民と與に行い、而して其の往く所を知らず。茫乎(ぼうこ)淳備(じゅんび)なるかな。功利機巧は、必ず夫の人の忘るる所なり。夫の若き者は、其の志に非ざれば之を為さず、其の心に非ざれば之を往かず。天下を擧げて之に譽(ほまれ)するも、所謂其の當を得るも、傲(ごう)然として顧みず。天下之を非するも、所謂其の當を失うも、惔(たん)然として受けず。天下の非譽、之に損益すること無し。是れを全徳の人と謂う。我は乃ち之を風波の民と謂う、と。魯に反りて、以て孔子に告ぐ。孔子曰く、彼は假(か)りて渾沌氏の術を修むる者なり。其の一を識りて、其の二を知らず。其の内を治めて、其の外を治めず。夫の明白にして素に入り、無為にして朴に復り、性を體し神を抱き、以て世俗の間に遊ぶ者を、汝將(まさ)に又驚かんとす。且つ渾沌氏の術を、予と汝と何ぞ足りて識(し)らんや、と。
曰:「已矣,吾固告汝曰人將保汝,果保汝矣。非汝能使人保汝,而汝不能使人無保汝也,而焉用之感豫出異也!必且有感,搖而本才,又無謂也。與汝遊者,又莫汝告也。彼所小言,盡人毒也。莫覺莫悟,何相孰也!巧者勞而知者憂,無能者無所求,飽食而遨遊,汎若不繫之舟,虛而遨遊者也。」
諄芒(じゅんぼう)將に東に大壑(たいがく)に之(ゆ)かんとす。適(あ)たま苑風(えんぷう)に東海の濱(ひん)に遇う。苑風曰く、子將に奚(どこ)に之かん、と。曰く、將に大壑に之かんとす、と。曰く、奚為(なにし)てか、と。曰く、夫の大壑の物と為るや、注ぐも盈(み)ちず、酌(く)むも竭(つ)きず。吾將に之に遊ばんとす、と。苑風曰く、夫子、横目(おうもく)の民に意無きか。願はくは聖治を聞かん、と。諄芒曰く、聖治か。官を設け令を施して、其の宜しきを失わず、拔擧して其の能を失わず、事情を畢見(ひっけん)して其の當為(とうい)を行い、行言自為(じい)にして天下化す。指麾(しき)顧(こ)くすれば、則ち四方の民、俱に至らざる莫し。此れを聖治と謂う、と。願はくは德人を聞かん、と。曰く、德人は、居るに思無く、行くに慮無く、是非美惡を藏せず。四海の内、利を共にするを以て說(よろこ)びを為し、給を共にするを以て安を為す。怊(ちょう)乎として嬰兒の其の母を失うが若く、儻(とう)乎として行きて道を失うが若し。財用餘(あま)り有りて、其の自(よ)り來る所を知らず。飲食取足(しゅそく)して、其の自り來る所を知らず。此れを德人の容と謂う、と。願はくは神人を聞かん、と。曰く、上神(じょうしん)は光に乘りて、形と與(とも)に滅亡す。此れを照曠(しょうこう)と謂う。命を致し情を盡し、天地樂して萬事銷亡(しょうぼう)し、萬物復(ま)た情に復る。此れを混冥(こんめい)と謂う、と。
鄭人緩也呻吟裘氏之地。祗三年而緩為儒,河潤九里,澤及三族,使其弟墨。儒墨相與辯,其父助翟。十年而緩自殺。其父夢之曰:「使而子為墨者,予也,闔胡嘗視其良,既為秋柏之實矣?」
門無鬼(もんむき)と赤張滿稽(せきちょうまんけい)と、武王の師を觀る。赤張滿稽曰く、有虞氏に及ばざるなり。故に此の患に遭う、と。門無鬼曰く、天下均治(きんち)にして、有虞氏之を治めしや。抑(そもそ)も乱(みだ)れて而る後に之を治めしや、と。赤張滿稽曰く、天下均治の願(ねが)いは、而して又何ぞ有虞氏を計(はか)らん。有虞氏の薬瘍(やくよう)たるや、禿(とく)して而る後に髢(てい)を施し、病みて而る後に醫を求む。孝子藥を操(と)りて以て慈父を修(おさ)むるに、其の色燋然(しょうぜん)。聖人羞(は)ぢる。至德の世は、賢を尚(とうと)ばず、能を使わず。上は標枝(ひょうし)の如く、民は野鹿の如し。端正なるも義を為さず、相愛(あいあい)するも仁を為さず、實なるも忠を為さず、當(あ)たるも信を為さず、蠢動(しゅんどう)して相使(あいつか)うも、以て賜(たま)ものと為さず。故に其の行迹(ぎょうせき)無く、其事傳(でん)無し、と。
夫造物者之報人也,不報其人而報其人之天,彼故使彼。夫人以己為有以異於人以賤其親,齊人之井飲者相捽也。故曰今之世皆緩也。自是,有德者以不知也,而況有道者乎!古者謂之遁天之刑。
孝子は其の親を諛(へつら)わず、忠臣は其の君を諂(へつら)わず。臣子の盛(せい)なり。親の言う所を然と為し、親の為す所を善と為せば、則ち世俗之を不肖子と謂い、君の言う所を然と為し、君の為す所を善と為せば、則ち世俗之を不肖臣と謂う。而して此の果て必然なるを知らざるか。世俗の所謂然を然とし、所謂善を善とするも、而して道諛(どうゆ)の人と謂わざるは、然らば則ち世俗固(もと)より親より嚴(げん)にして君より尊しや。己を謂うて道諛と為せば則ち勃然として色を作し、己を謂うて衆人と為せば則ち怫然(ふつぜん)として色を作す。而して終身道諛し、終身衆人たり。譬辭を合せて衆を聚むるは、是れ始終本末の符(ふ)せざるなり。衣裳を垂れ、采色を設け、容貌を動かして、以て一世に媚(こ)ぶるも、而して自ら道諛と稱せず。夫人と與(とも)に徒を為して、是非を通ずるも、而して自ら衆人と謂わず。愚の至(いた)りなり。己の愚を知るは、大愚に非ざるなり。己の惑を知るは、大惑に非ざるなり。大惑の者は、終身解(げ)せず。大愚の者は、終身靈(れい)ならず。三人行きて一人惑えば、猶お至る者なり。惑う者少なければなり。二人惑えば則ち勞して至らず。惑う者勝(か)てばなり。而今(こ)も天下を以て惑う者有らば、予願(ねが)い有りと雖も、不可得なり。不(ふ)か亦た悲しからずや。大聲は里耳(りじ)に入らず。折楊皇荂(せつようこうか)をば則ち嗑然(こうぜん)として笑う。故に高言は衆人の心に止まらず。至言出でず。俗言勝てばなり。二缶(ふ)の惑を以て鐘を惑わさば、則ち所適(しょてき)得られざるなり。而今天下を以て惑う者有らば、予願い有りと雖も、其の可得や。不可得るを知りて強(し)いて之を為すは、亦た惑なり。故に莫(な)かれ、釋(はな)ちて推(お)さざれ。推さざれば孰(たれ)か與(とも)に比(くら)べて憂えん。厲(り)の人夜半生に子を生めば、遽(はや)く火を取りて之を視る。汲汲(きゅうきゅう)然として惟(おも)うらくは、恐(おそ)れ其の己に似んことを。
聖人安其所安,不安其所不安;眾人安其所不安,不安其所安。
百年の木を破りて以て犧樽(ぎそん)を為(つく)り、青黃して之を文(あや)なす。其の斷(だん)は溝中(こうちゅう)に在り。犧樽と溝中の斷木と比ぶれば、美惡有間(ゆうかん)なれど、其の性を失うに於て一なり。蹠(せき)と曾史と行義有間なれど、其の性を失うに於て均し。且つ夫の性を失う者五有り。一曰く、五色は目を亂(みだ)して、目をして明ならざらしむ。二曰く、五聲は耳を亂して、耳をして聰ならざらしむ。三曰く、五臭は鼻を薰(くん)して、顙中(そうちゅう)に困慾(こんよく)せしむ。四曰く、五味は口を濁して、口をして厲爽(れいそう)傷(やぶ)れしむ。五曰く、趣舍は心を滑(こつ)して、性をして飛揚(ひよう)せしむ。此の五者は、皆生の害なり。而して楊墨乃ち始めて跂(あが)きて、自ら以て得たりと為す。吾が所謂得に非ざるなり。夫の得と為す者困(くる)しまば、則ち以て得と謂う可きか。則ち鳩鴞(きゅうきょう)の籠中(ろうちゅう)に在るも、亦た以て得と謂う可し。且つ夫の趣舍聲色を以て其の内を柴(さい)にし、皮弁鷸冠(ひっかん)搢笏(しんこつ)紳修(しんしゅう)を以て其の外を約するは、内は柴柵(さいさく)に盈(み)ちて支(し)え、外は纆繳(もくしゃく)に重(かさ)ねられ、睆睆(かんかん)然として纆繳の中に在りて、而して自ら以て得たりと為す。則ち罪人交臂(こうひ)歷指(れきし)して、虎豹囊檻(のうかん)に在るも、亦た以て得と謂う可きか。
莊子曰:「知道易,勿言難。知而不言,所以之天也。知而言之,所以之人也。古之人,天而不人。」
天道
朱泙漫學屠龍於支離益,單千金之家,三年技成而無所用其巧。
天道第十三
聖人以必不必,故無兵;眾人以不必必之,故多兵。順於兵,故行有求。兵,恃之則亡。
聖人以必不必(せいじんいひつふひつ)。故无兵(こむへい)。衆人以不必必(しゅうじんいふひつひつ)。故多兵(こたへい)。順於兵(じゅんこうへい)。故行有求(ここうゆうきゅう)。兵恃之則亡(へいしのそくぼう)。
小夫之知,不離苞苴竿牘,敝精神乎蹇淺,而欲兼濟道物,太一形虛。若是者,迷惑於宇宙,形累不知太初。彼至人者,歸精神乎無始而甘冥乎無何有之鄉。水流乎無形,發洩乎太清。悲哉乎!汝為知在毫毛而不知大寧。
小夫之知(しょうふのち)。不離苞苴竿牘(ふりほうしょかんどく)。敝精神乎蹇淺(へいせいしんこうけんせん)。而欲兼濟道物(えんよくけんさいどうぶつ)。太一形虛(たいいちけいきょ)。若是者(じゃくぜしゃ)。迷惑於宇宙(めいわくこううちゅう)。形累不知大初(けいるいふちたいしょ)。彼至人者(ひしじんしゃ)。歸精神乎无始(きせいしんこうむし)。而甘冥乎无何有之鄉(えんかんめいこうむかうのきょう)。水流乎无形(すいりゅうこうむけい)。發泄乎太清(はつせつこうたいせい)。悲哉乎(ひさい)。汝爲知在毫毛(じょいちざいごうもう)。而不知大寧(えんふちだいねい)。
宋人有曹商者,為宋王使秦。其往也,得車數乘。王說之,益車百乘。反於宋,見莊子,曰:「夫處窮閭阨巷,困窘織屨,槁項黃馘者,商之所短也;一悟萬乘之主而從車百乘者,商之所長也。」
宋人有曹商者(そうじんゆうそうしょうしゃ)。爲宋王使秦(いそうおうししん)。其往也(きおう)。得車數乘(とくしゃすうじょう)。王說之(おうえつの)。益車百乘(えきしゃひゃくじょう)。反於宋(はんこうそう)。見莊子(けんそうし)。曰、處窮閭阨巷(しょきゅうりょあくこう)。困窘織屨(こんきゅうしょくく)。槁項黃馘者(こうこうこうかくしゃ)。商之所短也(しょうのしょたん)。一悟萬乘之主而從車百乘者(いちごばんじょうのしゅえんじゅうしゃひゃくじょうしゃ)。商之所長也(しょうのしょちょう)。
莊子曰:「秦王有病召醫。破癕潰痤者得車一乘,舐痔者得車五乘,所治癒下,得車愈多。子豈治其痔邪?何得車之多也?子行矣!」
莊子曰、秦王有病召醫(しんおうゆうびょうしょうい)。破癰潰痤者得車一乘(はようかいざしゃとくしゃいちじょう)。舐痔者得車五乘(しいじしゃとくしゃごじょう)。所治愈下(しょちゆうげ)。得車愈多(とくしゃゆうた)。子豈治其痔邪(しきちきじや)。何得車之多也(かとくしゃのた)。子行矣(しこうい)。
魯哀公問乎顏闔曰:「吾以仲尼為貞幹,國其有瘳乎?」
魯哀公問於顏闔曰(ろあいこうもんこうがんごうわく)。吾以仲尼爲貞幹(がいちゅうにいていかん)。國其有瘳乎(こくきゆうちゅう)。
曰:「殆哉圾乎仲尼!方且飾羽而畫,從事華辭。以支為旨,忍性以視民而不知不信。受乎心,宰乎神,夫何足以上民!彼宜女與?予頤與?誤而可矣!今使民離實學偽,非所以視民也。為後世慮,不若休之。難治也!」
曰、殆哉圾乎仲尼(たいさいきゅうこうちゅうに)。方且飾羽而畫(ほうしょしょくうえんかく)。從事華辭(じゅうじかじ)。以支爲旨(いしいし)。忍性以視民(にんせいいしみん)。而不知不信也(えんふちふしん)。受乎心(じゅうこうしん)。宰乎神(さいこうしん)。夫何足以上民(ふかそくいじょうみん)。彼宜女與(ひぎじょよ)。予頤與(よいよ)。誤而可矣(ごえんかい)。今使民離實學僞(こんしみんりじつがくぎ)。非所以視民也(ひしょいしみん)。爲後世慮(いこうせいりょ)。不若休之(ふじゃくきゅうの)。難治也(なんち)。
施於人而不忘,非天布也,商賈不齒。雖以事齒之,神者弗齒。
施於人而不忘(しこうじんえんふぼう)。非天布也(ひてんふ)。商賈不齒(しょうこふし)。雖以事齒之(すいいじしの)。神者弗齒(しんしゃふつし)。
為外刑者,金與木也;為內刑者,動與過也。宵人之離外刑者,金木訊之;離內刑者,陰陽食之。夫免乎外內之刑者,唯真人能之。
爲外刑者(いげけいしゃ)。金與木也(きんよぼく)。爲內刑者(いないけいしゃ)。動與過也(どうよか)。宵人之離外刑者(しょうじんのりげけいしゃ)。金木訊之(きんぼくじんの)。離內刑者(りないけいしゃ)。陰陽食之(いんようしょくの)。夫免乎外內之刑者(ふめんこうげないのけいしゃ)。唯真人能之(ゆいしんじんのうの)。
孔子曰:「凡人心險於山川,難於知天。天猶有春秋冬夏旦暮之期,人者厚貌深情。故有貌願而益,有長若不肖,有順懁而達,有堅而縵,有緩而釬。故其就義若渴者,其去義若熱。故君子遠使之而觀其忠,近使之而觀其敬,煩使之而觀其能,卒然問焉而觀其知,急與之期而觀其信,委之以財而觀其仁,告之以危而觀其節,醉之以酒而觀其側,雜之以處而觀其色。九徵至,不肖人得矣。」
孔子曰、凡人心險於山川(ぼんじんしんけんこうさんせん)。難於知天(なんこうちてん)。天猶有春秋冬夏旦暮之期(てんゆうゆうしゅんしゅうとうかたんぼのき)。人者厚貌深情(じんしゃこうぼうしんじょう)。故有貌愿而益(こゆうぼうけんえんえき)。有長若不肖(ゆうちょうじゃくふしょう)。有順懁而達(ゆうじゅんけんえんたつ)。有堅而縵(ゆうけんえんまん)。有緩而釬(ゆうかんえんかん)。故其就義若渴者(こきしゅうぎじゃくかつしゃ)。其去義若熱(ききょぎじゃくねつ)。故君子遠使之而觀其忠(こくんしえんしのえんかんきちゅう)。近使之而觀其敬(きんしのえんかんきけい)。煩使之而觀其能(はんしのえんかんきのう)。卒然問焉而觀其知(そつぜんもんえんえんかんきち)。急與之期而觀其信(きゅうよのきえんかんきしん)。委之以財而觀其仁(いのいざいえんかんきじん)。告之以危而觀其節(こくのいきえんかんきせつ)。醉之以酒而觀其側(すいのいしゅえんかんきそく)。雜之以處而觀其色(ざつのいしょえんかんきしょく)。九徵至(きゅうちょうし)。不肖人得矣(ふしょうじんとくい)。
