昔者堯舜讓(じょう)して帝と為り、之噲(しかい)讓して絶(ぜつ)し、湯武爭(そう)して王と為り、白公爭して滅(めつ)す。此れ由りて之を觀れば、爭讓之禮・堯桀之行、貴賤は時有り。未(ま)だ以て常と為す可からざるなり。梁麗(りょうれい)は以て城を衝(と)す可し、而して以て穴を窒(ち)す可からず。器殊(きしゅ)なるを言うなり。騏驥驊騮(ききかりゅう)は、一日にして千里を馳(は)す。鼠を捕(ほ)するは貍(り)と鼬(ゆう)とに若(し)かず。伎(ぎ)殊なるを言うなり。鴟(し)は夜蚤(やそう)を撮(さつ)し、毫末を察す。晝(ちゅう)出づて瞋目(しんもく)して丘山を見ず。性殊なるを言うなり。故に曰く、蓋(こそ)師是(しぜ)して無非(むひ)・師治(しち)して無亂(むらん)は、是れ未だ天地之理・萬物之情を明らかにせざる者なり。是れ猶(な)ほ師天(してん)して無地(むち)、師陰して無陽なり。其の不可行や明(あきら)かなり。然而(しかしなが)るに且(まさ)に語りて舍(しゃ)せざるは、非愚則誣(ひぐそくふ)なり。帝王殊(しゅ)に禪(ぜん)し、三代殊に繼(けい)す。其の時に差(さ)り俗に逆(さか)える者を、之を篡夫(さんぷ)と謂い、其の時に當り俗に義(ぎ)する者を、之を義徒(ぎと)と謂う。默默(もくもく)せよ河伯。女惡(なん)ぞ貴賤之門・小大之家を知らんや、と。
河伯曰く、然らば則ち我何をか為さん。何をか為さざらん。吾れ辭受趣舍(じじゅしゅしゃ)は、吾終に奈何(いか)せん、と。
「天其運乎?地其處乎?日月其爭於所乎?孰主張是?孰維綱是?孰居無事推而行是?意者其有機緘而不得已邪?意者其運轉而不能自止邪?雲者為雨乎?雨者為雲乎?孰隆施是?孰居無事淫樂而勸是?風起北方,一西一東,有上彷徨。孰噓吸是?孰居無事而披拂是?敢問何故?」
北海若曰く、道を以て之を觀れば、何(いず)れをか貴び、何れをか賤(せん)とせん。是れを反衍(はんえん)と謂う。志意(しい)を拘(こう)する無くして、道與(とも)大(おお)に蹇(けん)せん。何れをか少(しょう)とし、何れをか多とせん。是れを謝施(しゃし)と謂う。無一而行(むいちにこう)して、道與參差(しんし)す。嚴乎(げんこ)國之有君(ゆうくん)の若く、私德(してく)無し。繇繇乎(ようようこ)社之有祭(ゆうさい)の若く、私福(しふく)無し。泛泛乎(はんぱんこ)四方之無窮(むきゅう)の若く、無所(むしょ)畛域(しんいき)す。萬物を兼懷(けんかい)し、孰(たれ)をか承翼(しょうよく)せん。是れを無方と謂う。萬物一齊(いっせい)して、孰をか短(たん)とし孰をか長とせん。道終始無く、物死生有りて、其の成を恃(たの)まず。一虛一滿(いっきょいちまん)して、乎(こ)形に位(い)せず。年擧(あ)ぐ可からず、時止め可からず。消息盈虛(しょうそくえいきょ)して、終れば則ち始め有り。是れ大義之方(ほう)を語り、萬物之理を論ずる所以なり。物之生や、若(ごと)驟(しゅう)若(ごと)馳(は)し、動かざる而(なん)して變(か)わらざる無し、時まる而して移(うつ)らざる無し。何をか為さん、何をか為さざらん。夫れ固より將に自(みずか)ら化せんとす、と。
巫咸祒曰:「來,吾語女。天有六極五常,帝王順之則治,逆之則兇。九洛之事,治成德備,監照下土,天下戴之,此謂上皇。」
河伯曰く、然らば則ち何ぞ道を貴(たっと)ぶや、と。
商大宰蕩問仁於莊子。莊子曰:「虎狼,仁也。」
北海若曰く、道を知る者は必ず理(り)に達し、理に達する者は必ず權(けん)に明らかにして、權に明らかなる者は物を以て己を害(がい)せず。至德者は、火能く之を熱せず、水能く之を溺(でき)せず、寒暑能く之を害せず、禽獸能く之を賊(ぞく)せず。其の薄(せま)れるに非ざるを謂うなり。其の安危を察し、福禍に寧(ねい)じ、去就(きょしゅう)を謹(きん)じて、之を害す能(あた)はざる莫(な)きを謂うなり。故に曰く、天は内に在り、人は外に在り。德は乎(こ)天に在り。天與人の行を知るは、乎天に本づき、乎德(とく)に位(い)し、蹢躅(てきちょく)して屈伸(くっしん)し、樞(すう)に反りて而して極を語らん、と。
曰:「何謂也?」
曰く、何をか天と謂い、何をか人と謂う、と。
莊子曰:「父子相親,何為不仁?」
北海若曰く、牛馬四足は、是れを天と謂う。馬首を落(らく)し、牛鼻を穿(せん)するは、是れを人と謂う。故に曰く、人を以て天を滅する無く、故を以て命を滅する無く、得を以て名に殉(じゅん)ずる無かれ。謹(きん)して守りて失はざれば、是れを其の真に反ると謂う、と。
曰:「請問至仁。」
夔(き)は蚿(げん)を憐(あはれ)み、蚿は蛇を憐み、蛇は風を憐み、風は目を憐み、目は心を憐む。
莊子曰:「至仁無親。」
夔、蚿に謂いて曰く、吾れ一足を以て趻踔(てんちゃく)して行く。予無如(むじょ)なり。今子の萬足を使うや、獨(ひと)り奈何(いか)せん、と。
大宰曰:「蕩聞之,無親則不愛,不愛則不孝。謂至仁不孝,可乎?」
蚿曰く、然(しか)らず。子獨(ひと)り唾(だ)を噴(ふん)する者を見ざるか。噴(ふん)れば大なる者珠(しゅ)の如く、小なる者霧(む)の如くして、雜(ぞう)して下る者數(すう)し勝(あ)げず。今予吾が天機(てんき)を動かすも、而して其の然る所以を知らざるなり、と。
莊子曰:「不然,夫至仁尚矣,孝固不足以言之。此非過孝之言也,不及孝之言也。夫南行者至於郢,北面而不見冥山,是何也?則去之遠也。故曰:以敬孝易,以愛孝難;以愛孝易,以忘親難;忘親易,使親忘我難;使親忘我易,兼忘天下難;兼忘天下易,使天下兼忘我難。夫德遺堯舜而不為也,利澤施於萬世,天下莫知也,豈直大息而言仁孝乎哉!夫孝悌仁義,忠信貞廉,此皆自勉以役其德者也,不足多也。故曰,至貴,國爵並焉;至富,國財並焉;至願,名譽並焉。是以道不渝。」
蚿、蛇に謂いて曰く、吾衆足を以て行くも、而して子の無足に及ばざるは何ぞ、と。
北門成問於黃帝曰:「帝張咸池之樂於洞庭之野,吾始聞之懼,復聞之怠,卒聞之而惑;蕩蕩默默,乃不自得。」
蛇曰く、夫の天機の動く所は、惡(なん)ぞ易(か)う可けんや。吾何ぞ足を用ゐんや、と。
帝曰:「汝殆其然哉!吾奏之以人,徵之以天,行之以禮義,建之以大清。夫至樂者,先應之以人事,順之以天理,行之以五德,應之以自然,然後調理四時,太和萬物。四時迭起,萬物循生;一盛一衰,文武倫經;一清一濁,陰陽調和,流光其聲;蟄蟲始作,吾驚之以雷霆;其卒無尾,其始無首;一死一生,一僨一起;所常無窮,而一不可待。汝故懼也。
蛇、風に謂いて曰く、予吾が脊脅(せききょう)を動かして行けば、則ち有似(ゆうじ)なり。今子蓬蓬然(ほうほうぜん)として北海に起こり、蓬蓬然として南海に入る。而して無有(むゆう)なるが似(に)るは何ぞ、と。
吾又奏之以陰陽之和,燭之以日月之明;其聲能短能長,能柔能剛;變化齊一,不主故常;在谷滿谷,在阬滿阬;塗卻守神,以物為量。其聲揮綽,其名高明。是故鬼神守其幽,日月星辰行其紀。吾止之於有窮,流之於無止。予欲慮之而不能知也,望之而不能見也,逐之而不能及也;儻然立於四虛之道,倚於槁梧而吟。目知窮乎所欲見,力屈乎所欲逐,吾既不及已夫!形充空虛,乃至委蛇。汝委蛇,故怠。
風曰く、然り。予蓬蓬然として北海に起こりて南海に入る。然而(しかしなが)るに我を指するは則ち我に勝(か)ち、我を蹴(ちゃ)するも亦た我に勝つ。然りと雖も、夫の大木を折(せつ)し大屋を蜚(ひ)するは、唯(ただ)我能(あた)はり。故に衆小不勝(しゅうしょうふしょう)を以て大勝(たいしょう)と為すなり。大勝と為すは、唯聖人能(あた)はり、と。
吾又奏之以無怠之聲,調之以自然之命,故若混逐叢生,林樂而無形;布揮而不曳,幽昏而無聲。動於無方,居於窈冥;或謂之死,或謂之生;或謂之實,或謂之榮;行流散徙,不主常聲。世疑之,稽於聖人。聖也者,達於情而遂於命也。天機不張而五官皆備。此之謂天樂,無言而心說。故有焱氏為之頌曰:『聽之不聞其聲,視之不見其形,充滿天地,苞裹六極。』汝欲聽之而無接焉,而故惑也。
孔子、匡(きょう)に遊(ゆう)す。宋人(そうじん)之を圍(い)むこと數匝(すうそう)。而して弦歌(げんか)不惙(ふてつ)。子路入りて見えて曰く、何(いか)ぞ夫子之娛(ぐ)なる、と。
樂也者,始於懼,懼故祟;吾又次之以怠,怠故遁;卒之於惑,惑故愚;愚故道,道可載而與之俱也。」
孔子曰く、來れ、吾れ女(なんじ)に語(かた)らん。吾窮(きゅう)を諱(い)むこと久しきも、而して免(まぬか)るる能はざるは命なり。通(つう)を求むること久しきも、而して得ざるは時なり。堯舜の時に當りて、天下窮人(きゅうじん)無く、知(ち)の得る所に非ざるなり。桀紂の時に當りて、天下通人無く、知の失ふ所に非ざるなり。時勢(じせい)適(あ)たま然(しか)るなり。夫の水行に蛟龍(こうりゅう)を避(さ)けざるは、漁夫(ぎょふ)之勇なり。陸行に兕虎(じこ)を避けざるは、獵夫(りょうふ)之勇なり。白刃(はくじん)前に交(まじ)え、死を視ること生の若きは、烈士(れっし)之勇なり。窮なること命有るを知り、通なること時有るを知り、大難(だいなん)に臨みて懼(おそ)れざるは、聖人之勇なり。由(ゆう)、處(お)れ。吾命(めい)は制(せい)する所有り、と。
孔子西遊於衞,顏淵問師金曰:「以夫子之行為奚如?」
無幾何(むきか)にして、將(しょう)甲(こう)者進みて至り、辭(じ)して曰く、陽虎(ようこ)と為(な)して故に圍めり。今非ざれば、辭して退(しりぞ)かんことを請う、と。
師金曰:「惜乎!而夫子其窮哉!」
公孫龍(こうそんりゅう)、魏牟(ぎぼう)に問うて曰く、龍は少(しょう)にして先王之道を學び、長(ちょう)して仁義之行を明らかにす。合同異(ごうどうい)、離堅白(りけんぱく)し、然(ぜん)不然(ふぜん)と為し、可(か)不可(ふか)と為す。百家之知を困(くん)し、衆口之辯を窮(きゅう)す。吾自ら以て至達(したつ)と為せり。今吾莊子之言を聞く、汒焉(ぼうえん)として之を異(い)とす。知(ち)の及ばざるや、言(げん)の及ばざるやを知らず。今吾れ口を開く無(な)し。敢へて其の方を問はん、と。
顏淵曰:「何也?」
公子牟、机(き)に執(と)りて大息(たいそく)し、仰(ぎょう)して天に笑うて曰く、子獨(ひと)り夫の埳井(かんせい)之鼃(あ)を聞かざるか。東海之鼈(べつ)に謂(い)いて曰く、吾樂(らく)なり。出でて梁(りょう)に跳(ちょう)す井幹(せいかん)之上、入りて缺甓(けってき)之崖に休(やす)む。水に赴(ふ)けば則ち腋(えき)を接(しょう)し頤(い)を持(じ)し、泥に蹶(けつ)けば則ち足を沒(ぼつ)し跗(ふ)を滅(めつ)す。還(かえ)りて虷(かん)蟹(かい)と科斗(かと)とを視るに、吾に若(し)くは莫(な)し。且つ夫の一壑(いっかく)之水を擅(せん)して、而して埳井之樂を跨跱(かじ)す。此れ亦(ま)た至(し)れるなり。夫子奚(なん)ぞ時に來りて入りて觀(み)ざる、と。東海之鼈、左足未だ入らざるに、右膝已(すで)に縶(ちっ)せり。於是(ここ)に逡巡(しゅんじゅん)して卻(しりぞ)き、之に海を告げて曰く、夫の千里之遠も、以て其の大を稱(しょう)するに足らず。千仞(せんじん)之高も、以て其の深を極(き)むるに足らず。禹之時、十年に九潦(りょう)し、而して水は加(か)ふる者鴻(こう)なり。湯之時、八年に七旱(かん)し、而して崖は損(そん)ぜざる者不爲(い)せず。夫の頃久(けいきゅう)を為(な)して推移(すいい)せず、多少を為して進退(しんたい)せざるは、此れ亦た東海之大樂なり、と。於是埳井之鼃之を聞きて、適適然(てきてきぜん)として驚き、規規然(ききぜん)として自ら失せり。
師金曰:「夫芻狗之未陳也,盛以篋衍,巾以文繡,尸祝齊戒以將之。及其已陳也,行者踐其首脊,蘇者取而爨之而已;將復取而盛以篋衍,巾以文繡,遊居寢臥其下,彼不得夢,必且數眯焉。今而夫子,亦取先王已陳芻狗,聚弟子游居寢臥其下。故伐樹於宋,削跡於衞,窮於商周,是非其夢邪?圍於陳蔡之間,七日不火食,死生相與鄰,是非其眯邪?
且つ夫の知(ち)は非(ひ)の境(きょう)を知らざるも、而して猶お莊子之言を觀(かん)せんと欲するは、是れ猶ほ蚊䖟(ぶんぼう)をして山を負(ふ)せしめ、商蚷(しょうきょく)をして河を馳(は)せしむるが若し。必ず任(にん)に勝(か)ふ能はず。且つ夫の知は妙(みょう)を論ずるに及ばざるも、而して自ら利(り)一時(いちじ)に適(てき)する者は、是れ非ざるか埳井之鼃(かんせいのあ)に。彼方(ひかた)に黄泉(こうせん)を蹴(しゅう)して大皇(たいこう)に登(とう)る。無南無北(むなんむほく)にして、奭然(せきぜん)として四解(しかい)し、不測(ふそく)に淪(りん)す。無東無西にして、玄冥(げんめい)に始めて大通に反る。子乃ち規規然として、察(さつ)を以て之を求め、辯を以て之を索(さく)す。是れ直(ただ)管を以て天を窺(き)い、錐(すい)を以て地を指(し)するのみ。不(ふ)か亦た小(しょう)ならずや。子往(おう)け。且つ子獨り壽(じゅりょう)餘子(よし)之學行(がっこう)於(お)邯鄲(かんたん)を聞かざるか。未だ國能(こくのう)を得ざるに、又其の故行(こぎょう)を失えり。直(ただ)匍匍(ほふく)して歸(き)せりのみ。今子往かざれば、將に子の故を忘れ、子之業(ぎょう)を失はんとす、と。
夫水行莫如用舟,而陸行莫如用車。以舟之可行於水也而求推之於陸,則沒世不行尋常。古今非水陸與?周魯非舟車與?今蘄行周於魯,是猶推舟於陸也,勞而無功,身必有殃。彼未知夫無方之傳,應物而不窮者也。
公孫龍、口呿(か)して合(かん)せず、舌擧(きょ)して下(げ)せず。乃ち逸(いつ)して走(そう)れり。
且子獨不見夫桔槔者乎?引之則俯,舍之則仰。彼,人之所引,非引人也。故俯仰而不得罪於人。故夫三皇五帝之禮義法度,不矜於同而矜於治。故譬三皇五帝之禮義法度,其猶柤■{梨}橘柚邪!其味相反而皆可於口。
莊子、濮水(ぼくすい)に釣る。楚王、大夫二人をして先に往きて言わしめて曰く、願はくは境內(きょうだい)を以て累(るい)とせん、と。
故禮義法度者,應時而變者也。今取猨狙而衣以周公之服,彼必齕齧挽裂,盡去而後慊。觀古今之異,猶猨狙之異乎周公也。故西施病心而矉其裡,其裡之醜人見之而美之,歸亦捧心而矉其裡。其裡之富人見之,堅閉門而不出,貧人見之,挈妻子而去走。彼知矉美而不知矉之所以美。惜乎,而夫子其窮哉!」
莊子、竿(かん)を持ちて顧(かえり)みずして曰く、吾聞く、楚に神龜(しんき)有り、死せる已に三千歳なり。王は巾笥(きんし)して之を廟堂の上に藏(ぞう)す。此の龜は、其の死して骨を留(とど)めて貴(とうと)ばんことを寧(むし)ろ寧(ねんご)ろにするか、其の生きて尾を塗中(とちゅう)に曳(えい)せんことを寧ろにするか、と。
孔子行年五十有一而不聞道,乃南之沛見老聃。
二大夫曰く、寧(むし)ろ生きて尾を塗中に曳かん、と。
老聃曰:「子來乎?吾聞子,北方之賢者也!子亦得道乎?」孔子曰:「未得也。」
莊子曰く、往け。吾將に尾を塗中に曳かん、と。
老子曰:「子惡乎求之哉?」
惠子、梁に相(しょう)と爲(な)る。莊子往きて之を見んとす。或る人惠子に謂いて曰く、莊子來りて、子を代(か)えて相と爲(な)らんと欲す、と。於是(ここ)に惠子恐(おそ)れ、國中を搜(さが)すこと三日三夜。
曰:「吾求之於度數,五年而未得也。」
莊子往きて之を見えて曰く、南方に鳥有り、其の名を鵷鶵(えんすう)と謂う。子之を知るや。夫の鵷鶵は、南海を發(はつ)して北海に飛ぶ。梧桐(ごとう)に非ざれば止まらず、練實(れんじつ)に非ざれば食(し)せず、醴泉(れいせん)に非ざれば飲まず。於是鴟(し)は腐鼠(ふそ)を得、鵷鶵之を過ぎれば、仰ぎて之を視て曰く、嚇(かく)、と。今子欲する、子之梁國を以て我を嚇(かく)せむとするや、と。
老子曰:「子又惡乎求之哉?」
莊子と惠子と濠梁(ごうりょう)之上に遊ぶ。
曰:「吾求之於陰陽,十有二年而未得也。」
莊子曰く、儵魚(しゅくぎょ)出遊(しゅつゆう)して從容(しょうよう)たり。是れ魚之樂なり、と。
老子曰:「然,使道而可獻,則人莫不獻之於其君;使道而可進,則人莫不進之於其親;使道而可以告人,則人莫不告其兄弟;使道而可以與人,則人莫不與其子孫。然而不可者,無佗也,中無主而不止,外無正而不行。由中出者,不受於外,聖人不出;由外入者,無主於中,聖人不隱。名,公器也,不可多取。仁義,先王之蘧廬也,止可以一宿而不可久處,覯而多責。
惠子曰く、子魚に非ざれば、安(なん)ぞ魚之樂を知らん、と。
古之至人,假道於仁,託宿於義,以遊逍遙之虛,食於苟簡之田,立於不貸之圃。逍遙,無為也;苟簡,易養也;不貸,無出也。古者謂是採真之遊。
莊子曰く、子我に非ざれば、安ぞ我之魚之樂を知らざるを知らん、と。
以富為是者,不能讓祿;以顯為是者,不能讓名。親權者,不能與人柄,操之則慄,舍之則悲,而一無所鑒,以闚其所不休者,是天之戮民也。怨恩取與諫教生殺,八者,正之器也,唯循大變無所湮者為能用之。故曰,正者,正也。其心以為不然者,天門弗開矣。」
惠子曰く、我子に非ざれば、固(もと)より子を知らざるなり。子固より魚に非ざれば、子之魚之樂を知らざるは、全(まった)きなり、と。
孔子見老聃而語仁義。老聃曰:「夫播穅眯目,則天地四方易位矣;蚊虻噆膚,則通昔不寐矣。夫仁義憯然乃憤吾心,亂莫大焉。吾子使天下無失其樸,吾子亦放風而動,總德而立矣,又奚傑然若負建鼓而求亡子者邪?夫鵠不日浴而白,烏不日黔而黑。黑白之樸,不足以為辯;名譽之觀,不足以為廣。泉涸,魚相與處於陸,相呴以溼,相濡以沫,不若相忘於江湖!」
莊子曰く、其の本に循(したが)うを請う。子之汝(なんじ)安ぞ魚樂を知ると曰ふ也。既に吾之知之を知りて而して我に問へり。我之を濠上に知るなり、と。
孔子見老聃歸,三日不談。弟子問曰:「夫子見老聃,亦將何規哉?」
至樂
孔子曰:「吾乃今於是乎見龍!龍,合而成體,散而成章,乘雲氣而養乎陰陽。予口張而不能嗋。予又何規老聃哉?」
至樂第十八
子貢曰:「然則人固有屍居而龍見,雷聲而淵默,發動如天地者乎?賜亦可得而觀乎?」遂以孔子聲見老聃。
天下有(ゆう)至樂(しらく)無(む)有耶(や)。有以(ゆうい)活身(かっしん)無有耶。今奚(なに)をか爲(な)し、奚をか據(きょ)せん。奚をか避(ひ)け、奚をか處(お)らん。奚をか就(しゅう)け、奚をか去らん。奚をか樂しみ、奚をか惡(お)まん。
老聃方將倨堂而應,微曰:「予年運而往矣,子將何以戒我乎?」
夫の天下の尊(とう)ぶ所は、富貴壽善なり。所樂(しょらく)は、身安厚味美服好色音聲なり。所下(しょげ)は、貧賤夭惡なり。所苦(しょく)は、身は安逸(あんいつ)を得ず、口は厚味を得ず、形は美服を得ず、目は好色を得ず、耳は音聲を得ざるなり。若し之を得ざれば則ち大(たい)に憂(ゆう)而(なん)して懼(おそ)る。其の形(けい)と爲(な)るは、亦(ま)た愚(ぐ)なり。
子貢曰:「夫三王五帝之治天下不同,其係聲名一也。而先生獨以為非聖人,如何哉?」
夫の富の者は、身を苦(くる)しめて疾(しつ)に作(さ)し、財を多く積(せき)して而して盡(つ)くし用(もち)ゐず。其の形と爲るは、亦た外(がい)なり。夫の貴(き)の者は、夜以(やい)日(じつ)を繼(けい)ぎ、善否(ぜんぴ)を思慮(しりょ)す。其の形と爲るは、亦た疎(そ)なり。人之生(せい)也、憂與(とも)に生(しょう)ず。壽(じゅ)の者は惽惽(こんこん)として、久(ひさ)しく憂(ゆう)して死せざるは、何苦(なんのく)之(これ)也(や)。其の形と爲るは、亦た遠(えん)なり。烈士は天下に善(ぜん)と見(けん)るも、未だ足りて活身(かっしん)せざるなり。吾此の善之果(か)に善なる邪(や)、果に不善なる邪を知らず。若以(じゃくい)善と爲せば、足らずして活身せず。以て不善と爲せば、足りて人を活(かっ)するに足る。故に曰く、忠諫(ちゅうかん)聽(ちょう)せざれば、蹲循(そんじゅん)して爭(そう)す勿かれ、と。故に子胥(しじょ)之を爭いて、以て其の形を殘(ざん)す。之を爭わざれば、名亦た成らず。誠(せい)に善有るや無きや。
老聃曰:「小子少進!子何以謂不同?」
今俗(ぞく)之爲(な)す所、樂む所、吾又知(ち)之樂果(か)に樂(らく)なる邪、果不樂なる邪を知らず。吾俗之樂む所を觀るに、擧(きょ)羣(ぐん)趣(そう)き、誙誙然(こうこうぜん)として將(まさ)に已む能はざるが如くして、而して皆樂と爲す。吾未だ之を樂と爲さず、亦た未だ之を不樂と爲さざるなり。果に樂有るや無きや。吾以て無爲(むい)を誠(まこと)樂(らく)と爲す。又俗之大苦(だいく)する所なり。故に曰く、至樂は無樂(むらく)にして、至譽(しよ)は無譽(むよ)なり、と。
對曰:「堯授舜,舜授禹,禹用力而湯用兵,文王順紂而不敢逆,武王逆紂而不肯順,故曰不同。」
天下是非果(か)に未(ま)だ定(じょう)すべからざるなり。雖然、無爲は以て是非を定む可し。至樂活身は、唯(ただ)無爲幾(き)に存(そん)す。請(しょう)嘗(こころ)みに之を言はん。天無爲にして之(こ)に清(せい)し、地無爲にして之に寧(ねい)す。故に兩無爲相合(りょうむいあいごう)して、萬物皆化(か)して生(しょう)ず。芒(ぼう)乎芴(はつ)乎、而して從(しょう)乎出(い)づ無き哉。芴乎芒乎、而して象(しょう)有る無き哉。萬物職職(しょくしょく)として、皆無爲に從(しょう)りて殖(しょく)す。故に曰く、天地無爲也、而(なん)して無不爲(むふい)也。人孰(たれ)か能く無爲を得んや。
老聃曰:「小子少進,餘語汝三皇五帝之治天下。黃帝之治天下,使民心一,民有其親死不哭而民不非也。堯之治天下,使民心親。民有為其親殺其殺而民不非也。舜之治天下,使民心競,民孕婦十月生子,子生五月而能言,不至乎孩而始誰,則人始有夭矣。禹之治天下,使民心變,人有心而兵有順,殺盜非殺,人自為種而天下耳,是以天下大駭,儒墨皆起。其作始有倫,而今乎婦女,何言哉!餘語汝,三皇五帝之治天下,名曰治之,而亂莫甚焉。三皇之知,上悖日月之明,下睽山川之精,中墮四時之施。其知憯於𧓽蠆之尾,鮮規之獸,莫得安其性命之情者,而猶自以為聖人,不可恥乎?其無恥也?」
莊子妻死(さいし)。惠子弔(ちょう)之。莊子則ち方に箕踞(ききょ)して盆(ぼん)を鼓(こ)して歌(か)せり。
子貢蹴蹴然立不安。
惠子曰く、人與居(じょ)して、長(ちょう)子老身(ちょうしろうしん)、死(し)て哭(こく)せざる亦(ま)た足矣。又盆を鼓して歌ふは、不(ふ)亦(ま)た甚(じん)ならず乎(こ)、と。
孔子謂老聃曰:「丘治《詩》、《書》、《禮》、《樂》、《易》、《春秋》六經,自以為久矣,孰知其故矣,以奸者七十二君,論先王之道而明周召之跡,一君無所鉤用。甚矣夫!人之難說也,道之難明邪?」
莊子曰く、不然。是(か)れ其の始(し)死する也、我獨(ひと)り何(なん)ぞ能く慨然(がいぜん)無(な)からん。其の始を察(さつ)すれば、而(なん)して本(もと)無生(むせい)なり。非徒(ひと)り無生也、而して本無形(むけい)なり。非徒り無形也、而して本無氣(むき)なり。雜(ぞう)乎芒芴(ぼうはつ)之間に、變(へん)而(なん)して氣有り、氣變而して形有り、形變而して生有り。今又變而して之死(し)す。是れ相與(あいとも)に春秋冬夏四時行(しじこう)なり。人且(まさ)に偃然(えんぜん)として巨室(きょしつ)に寢(しん)せむとす。而して我噭噭然(きょうきょうぜん)として隨(ずい)て之を哭す。自ら以て命(めい)に通(つう)ぜずと爲(な)す。故に止(し)る、と。
老子曰:「幸矣子之不遇治世之君也!夫六經,先王之陳跡也,豈其所以跡哉!今子之所言,猶跡也。夫跡,履之所出,而跡豈履哉!夫白鶂之相視,眸子不運而風化;蟲,雄鳴於上風,雌應於下風而風化;類自為雌雄,故風化。性不可易,命不可變,時不可止,道不可壅。苟得於道,無自而不可;失焉者,無自而可。」
支離叔(しりしゅく)與滑介叔(かつかいしゅく)、冥伯(めいはく)之丘・崑崙之虛に觀(かん)す。黃帝之休(きゅう)する所なり。俄(が)而(に)柳(りゅう)其(き)左肘(さちゅう)に生(しょう)ず。其の意(い)蹶蹶然(けつけつぜん)として之を惡(お)む。
孔子不出三月,復見,曰:「丘得之矣。烏鵲孺,魚傅沫,細要者化,有弟而兄啼。久矣夫丘不與化為人!不與化為人,安能化人!」
支離叔曰く、子之を惡むか、と。
老子曰:「可,丘得之矣!」
滑介叔曰く、亡(な)し。予何をか惡まん。生者は假借(かしゃ)なり。假(か)りて之を生(しょう)ずる者は、生之塵垢(じんこう)なり。死生は晝夜(ちゅうや)なり。且つ吾與子化を觀る。化及(きゅう)我に及べば、我又惡(なん)ぞ惡まんや、と。
