莊子、楚に之(ゆ)く。空髑髏(くうどくろ)を見る。髐然(こうぜん)形(けい)有り。撽(きゃく)して馬撾(ばか)を以て、因(よ)りて之に問うて曰く、夫子は生を貪(たん)して理(り)を失い、此れ爲(な)るに至(し)れるか。將(まさ)に亡國之事・斧鉞之誅を遭(あ)いて、此れ爲るに至れるか。將に不善之行有り、父母妻子之醜(しゅう)に愧(き)して、此れ爲るに至れるか。將に凍餒(とうだい)之患有りて、此れ爲るに至れるか。將に春秋(しゅんじゅう)の及ぶところに及ぶか、と。
於是(ここ)に語(ご)卒(そつ)して、髑髏を援(えん)し、枕(ちん)して臥(が)す。夜半(やはん)、髑髏夢(む)に見(けん)して曰く、子之談(だん)は辯士(べんし)に似(に)る。子の言う所を視るに、皆生人之累(るい)なり。死せば則ち此れ無し。子死人之説を聞かんと欲するか、と。
刻意尚行,離世異俗,高論怨誹,為亢而已矣;此山谷之士,非世之人,枯槁赴淵者之所好也。語仁義忠信,恭儉推讓,為修而已矣;此平世之士,教誨之人,遊居學者之所好也。語大功,立大名,禮君臣,正上下,為治而已矣;此朝廷之士,尊主強國之人,致功併兼者之所好也。就藪澤,處閒曠,釣魚閒處,無為而已矣;此江海之士,避世之人,閒暇者之所好也。吹呴呼吸,吐故納新,熊經鳥申,為壽而已矣;此道引之士,養形之人,彭祖壽考者之所好也。
莊子曰く、然(ぜん)、と。
若夫不刻意而高,無仁義而修,無功名而治,無江海而閒,不道引而壽,無不忘也,無不有也,澹然無極而眾美從之。此天地之道,聖人之德也。
髑髏曰く、死は上(じょう)君(くん)無く、下臣(げしん)無く、亦(ま)た四時之事無し。從然(しょうぜん)として天地を以て春秋(しゅんじゅう)と爲(な)す。南面王(なんめんおう)之樂も、過(か)ぐる能(あた)はざるなり、と。
故曰,夫恬淡寂漠虛無無為,此天地之平而道德之質也。故曰,聖人休休焉則平易矣,平易則恬淡矣。平易恬淡,則憂患不能入,邪氣不能襲,故其德全而神不虧。
莊子信(しん)ぜずして曰く、吾れ司命(しめい)をして子之形を復(ふく)せしめ、子に骨肉肌膚(こつにくきふ)を生(しょう)ぜしめ、子を反(かえ)して父母妻子閭里知識(りょりしき)に歸(き)せしめん。子之を欲するか、と。
故曰,聖人之生也天行,其死也物化;靜而與陰同德,動而與陽同波;不為福先,不為禍始;感而後應,迫而後動,不得已而後起。去知與故,循天之理。故無天災,無物累,無人非,無鬼責。其生若浮,其死若休。不思慮,不豫謀。光矣而不耀,信矣而不期。其寢不夢,其覺無憂。其神純粹,其魂不罷。虛無恬惔,乃合天德。
髑髏深矉(しんぴん)蹙頞(しゅくあく)して曰く、吾安(なん)ぞ能く南面王樂を棄てて、復た人間之勞(ろう)と爲(な)らんや、と。
故曰,悲樂者,德之邪;喜怒者,道之過;好惡者,德之失。故心不憂樂,德之至也;一而不變,靜之至也;無所於忤,虛之至也;不與物交,惔之至也;無所於逆,粹之至也。故曰:形勞而不休則弊,精用而不已則勞,勞則竭。
顏淵、東に之齊(せい)に之かんとす。孔子憂色(ゆうしょく)有り。子貢下席(げせき)して問うて曰く、小子敢へて問はん。回、東に之齊に之かんとす。夫子憂色有る。何ぞ邪、と。
水之性,不雜則清,莫動則平;鬱閉而不流,亦不能清,天德之象也。故曰:純粹而不雜,靜一而不變,惔而無為,動而以天行,此養神之道也。夫有幹越之劍者,柙而藏之,不敢用也,寶之至也,精神四達並流,無所不極,上際於天,下蟠於地,化育萬物,不可為象,其名為同帝。
孔子曰く、善なる哉、女(なんじ)之問(もん)や。昔者管子(かんし)有言(ゆうげん)、丘甚(じん)に之を善(ぜん)と爲(な)す。曰く、褚小(ちょしょう)なる者は、以て大を懷(かい)す可からず。緶短(べんたん)なる者は、以て深(しん)を汲(きゅう)す可からず。夫の若是(じゃくぜ)の者は、以て命(めい)之成(せい)有りて、形(けい)之適(てき)有りと爲(な)す。損益(そんえき)す可からざるなり。吾恐(おそ)れ、回之齊侯に堯舜黃帝之道を言い、而(なん)して重(おも)に燧人神農之言を以てせんことを。彼將(まさ)に内を求めて得ざらん。得ざれば則ち惑(わく)せん。人惑えば則ち死せん、と。
純素之道,唯神是守。守而勿失,與神為一;一之精通,合於天倫。野語有之曰:「眾人重利,廉士重名,賢人尚志,聖人貴精。」故素也者,謂其無所與雜也;純也者,謂其不虧其神也。能體純素,謂之真人。
且(まつ)し女(なんじ)獨(ひと)り聞(ぶん)かざる邪。昔者海鳥魯郊(ろこう)に止まる。魯侯之を御(ぎょ)し、觴(しょう)を廟(びょう)に施(し)し、九韶(きゅうしょう)を奏(そう)して以て樂(がく)と爲し、太牢(たいろう)を具(ぐ)して以て膳(ぜん)と爲す。鳥乃ち眩視(げんし)憂悲(ゆうひ)して、敢へて一臠(いちれん)を食(しょく)せず、敢へて一杯(いっぱい)を飲せず。三日にして死せり。此れ己を養うを以て鳥を養うなり。鳥を養うを以て鳥を養うに非ざるなり。夫の鳥を養うを以て鳥を養うは、宜(よろ)しく之を深林に棲(せい)せしめ、壇陸(だんりく)に遊ばせ、江湖に浮(ふ)せしめ、鰍鰷(しゅうちょう)を食之(しょくし)、行列に隨(ずい)て止まらしめ、委蛇(いい)に處(お)らしむべし。彼唯(ただ)人言之惡聞(おもん)す。奚(なん)ぞ夫の譊譊(どうどう)を為さん。咸池九韶之樂、之を洞庭之野に張(ちょう)す。鳥之を聞きて飛(ひ)し、獸之を聞きて走(そう)し、魚之を聞きて下(げ)さる。人卒之を聞きて、相與に環(かん)して觀(かん)す。魚水に處りて生(しょう)じ、人水に處りて死す。彼必ず與(とも)に相(あい)異(い)なる。好惡(こうお)異(い)なればなり。故に先聖其の能を一(いつ)ならず、其の事を同(どう)ならず。名は實(じつ)に止(し)まり、義は適(てき)に設(せつ)せらる。是れを條達(じょうたつ)して福持(ふくじ)と謂う。
列子行(こう)して道傍(どうぼう)に食(しょく)す。百歳の髑髏を見る。攓蓬(けんぼう)して之を指(し)して曰く、唯(ただ)予與汝(じょ)と、汝未だ嘗て死せず、未だ嘗て生ぜざるを知る。汝果(か)に養(よう)か。我果に歡(かん)か、と。
種(しゅ)有幾(ゆうき)に、水を得れば則ち㶆(ちょ)と爲(な)る。水土之際を得れば、則ち蛙(あ)之衣(い)と爲る。陵屯(りょうとん)に生ずれば、則ち陵舄(りょうせき)と爲る。陵舄鬱栖(うっせい)を得れば、則ち烏足(うそく)と爲る。烏足之根は蠐螬(せいそう)と爲り、其の葉は胡蝶(こちょう)と爲る。胡蝶胥(しょ)に化(か)して蟲と爲り、竈下(そうか)に生ず。其の狀は脱(だつ)の若(じゃく)く、其の名を鴝掇(こうせつ)と曰う。鴝掇は千日して鳥と爲る。其の名を乾餘骨(かんよこつ)と曰う。乾餘骨之沫(まつ)は斯彌(しび)と爲り、斯彌は食醯(しょくけい)と爲る。頤輅(いろ)食醯に生(しょう)ず。黃軦(こうきょう)九猷(きゅうゆう)に生ず。瞀芮(ぼうぜい)腐蠸(ふけん)に生ず。羊奚(ようけい)は不筍(ふじゅん)久竹(きゅうちく)に比(ひ)し、久竹は青寧(せいねい)を生(しょう)ず。青寧は程(てい)を生ず。程は馬を生ず。馬は人を生ず。人又反(かえ)りて機(き)に入る。萬物皆機に出でて、皆機に入る。
繕性於俗,俗學以求復其初;滑欲於俗,思以求致其明;謂之蔽蒙之民。
達生
古之治道者,以恬養知;生而無以知為也,謂之以知養恬。知與恬交相養,而和理出其性。夫德,和也;道,理也。德無不容,仁也;道無不理,義也;義明而物親,忠也;中純實而反乎情,樂也;信行容體而順乎文,禮也。禮樂徧行,則天下亂矣。彼正而蒙己德,德則不冒。冒則物必失其性也。
達生第十九
古之人,在混芒之中,與一世而得澹漠焉。當是時也,陰陽和靜,鬼神不擾,四時得節,萬物不傷,群生不夭,人雖有知,無所用之,此之謂至一。當是時也,莫之為而常自然。
生之情(じょう)に達する者は、生之所(しょ)無(む)以爲(い)を務めず。命之情に達する者は、知(ち)之所無奈何(むないか)を務めず。形を養うは必先(ひさ)ぎ物を以てす。物餘(あま)り有りて、而して形養はれざる者有り。生有るは必先ず形を離れず。形離れずして而生(せい)亡(ぼう)する者有り。生之來(らい)は、能く卻(しりぞ)く可からず。其の去は、能く止(し)め可からず。悲(ひ)なる哉。世之人、以て形を養う足りて生を存(そん)すと爲(な)す。而して形を養うは果(か)に生を存するに足らざるならば、則ち世奚(なに)をか足りて爲さん。足らずと雖も、而して爲さざる可からざる者は、其の爲(な)す免(めん)ぜざるなり。
逮德下衰,及燧人伏羲始為天下,是故順而不一。德又下衰,及神農黃帝始為天下,是故安而不順。德又下衰,及唐虞始為天下,興治化之流,𣻏淳散樸,離道以善,險德以行,然後去性而從於心。心與心識知而不足以定天下,然後附之以文,益之以博。文滅質,博溺心,然後民始惑亂,無以反其性情而復其初。
夫の形事(けいじ)を免(めい)せんと欲するは、不若(ふじゃく)世を棄(き)す。世を棄てば則ち無累(むるい)す。無累すれば則ち正平(せいへい)す。正平すれば則ち彼の更生(こうせい)與(とも)にする。更生すれば則ち幾(き)す。事奚ぞ足りて棄つ、生奚ぞ足りて遺(い)せん。事を棄てば則ち形勞(ろう)せず、生を遺れば則ち精虧(き)せず。夫の形全(まった)く精復(ふく)すれば、天與(とも)に一(いつ)と爲らん。天地は萬物之父母なり。合すれば則ち體を成(な)し、分(ぶん)すれば則ち始を成す。形精(けいせい)虧けざれば、是れを能移(のうい)と謂う。精を精(せい)して、又天を輔(ほ)す。
由是觀之,世喪道矣,道喪世矣,世與道交相喪也,道之人何由興乎世,世亦何由興乎道哉!道無以興乎世,世無以興乎道,雖聖人不在山林之中,其德隱矣。
子列子、關尹(かんいん)に問うて曰く、至人(しじん)は行(こう)を潛(せん)して窒(ちつ)せず、火を蹈(とう)して熱(ねつ)せず、萬物之上に行(こう)して慄(りつ)せず。請問(しょうもん)、何以(いい)て此に至る、と。
隱,故不自隱。古之所謂隱士者,非伏其身而弗見也,非閉其言而不出也,非藏其知而不發也,時命大謬也。當時命而大行乎天下,則反一無跡;不當時命而大窮乎天下,則深根寧極而待;此存身之道也。
關尹曰く、是れ純氣之守なり。知巧果敢之列に非ざるなり。居(きょ)れ、吾れ女に語らん。凡(ぼん)そ有貌象聲色(ゆうぼうしょうせいしょく)者は、皆物なり。物與物、何以(いい)て相遠(あいえん)せん。夫の奚(なに)ぞ以て乎(こ)先(せん)と爲(な)すに足らん。是れ唯(ただ)色而已(い)。則ち物之造(ぞう)して不形(ふけい)、乎無所化(むしょか)に止まる。夫の是れ得て而して之を窮める者は、物奚ぞ焉(ここ)に止めん。彼將(まさ)に乎不淫之度に處(お)り、乎無端之紀に藏(ぞう)し、乎萬物之所終始に遊ばん。壹(いつ)して其の性を壹(いち)し、其の氣を養い、其の德を合し、以て乎物之所造に通ぜん。夫の若是(かくのごと)の者は、其の天守(てんしゅ)全(まった)く、其の神郤(きゃく)無く、物奚(なに)ぞ奚(いず)くに入らん。
古之行身者,不以辯飾知,不以知窮天下,不以知窮德,危然處其所而反其性已,又何為哉!道固不小行,德固不小識。小識傷德,小行傷道。故曰,正己而已矣。樂全之謂得志。
夫の醉者之墜車(すいしゃ)や、疾(しつ)すと雖も不死(ふし)す。骨節人與同(こうせつじんよどう)じく、而して犯害(はんがい)人與異(い)なるは、其の神全きなり。乘(じょう)せば亦た知らず、墜(つい)せば亦た知らず。死生驚懼(きょうく)乎(こ)其の胸中に入らず。是故(ぜふ)忤(ご)物而(なん)して不慴(ふしょう)。彼全を酒に得て猶(な)ほ若(も)し是(か)れ。而(なん)して況(いはん)や全を天に得るをや。聖人、天に藏(ぞう)す。故に莫(な)き之を傷(しょう)する能(あた)はざるなり。復讐(ふくしゅう)する者、鏌鎁(もや)を折(せつ)せず。忮心(ししん)有ると雖も、飄瓦(ひょうが)を怨(えん)ぜず。是以(しぜ)天下平均(へいきん)す。故に攻戰之亂(こうせんのらん)無く、殺戮之刑無きは、此の道に由(よ)るなり。
古之所謂得志者,非軒冕之謂也,謂其無以益其樂而已矣。今之所謂得志者,軒冕之謂也。軒冕在身,非性命也,物之儻來,寄者也。寄之,其來不可圉,其去不可止。故不為軒冕肆志,不為窮約趨俗,其樂彼與此同,故無憂而已矣。今寄去則不樂,由(之)[是]觀之,雖樂,未嘗不荒也。故曰,喪己於物,失性於俗者,謂之倒置之民。
人之天を開(かい)せず、而して天之天を開く。天を開く者は德生(とくしょう)す。人を開く者は賊生(ぞくしょう)す。其の天を厭(えん)せず、人に忽(こつ)せざれば、民幾(き)乎(こ)其の真を以てせん、と。
仲尼、楚に適(てき)す。林中(りんちゅう)に出(い)づて、痀僂(くるう)者の承蜩(しょうちょう)を見る。猶(な)ほ掇(てつ)するが若(ごと)し。
仲尼曰く、子巧(こう)なり。道有る邪(や)、と。
秋水時至,百川灌河,涇流之大,兩涘渚崖之間,不辯牛馬。於是焉河伯欣然自喜,以天下之美為盡在己。順流而東行,至於北海,東面而視,不見水端。於是焉河伯始旋其面目,望洋向若而歎曰:「野語有之曰:『聞道百以為莫己若者』,我之謂也。且夫我嘗聞少仲尼之聞而輕伯夷之義者,始吾弗信;今我睹子之難窮也,吾非至於子之門則殆矣,吾長見笑於大方之家。」
曰く、我道有り。五六月(ごろくげつ)、纍丸(るいがん)二(ふた)つして而して墜(つい)せざれば、則ち失ふ者錙銖(ししゅ)なり。三(みつ)纍して墜せざれば、則ち失ふ者十一(じゅういち)なり。五(いつつ)纍して墜せざれば、猶(な)ほ掇(てつ)する之(これ)也。吾れ身を處(お)ること、若(ごと)撅株駒(けつしゅく)の如し。吾れ臂(ひ)を執(しゅう)すること、若(ごと)槁木之枝の如し。天地之大(だい)、萬物之多(た)雖(すえど)も、而して唯(ただ)蜩翼(ちょうよく)之知(ち)。吾不反(ふはん)不側(ふそく)、萬物を以て蜩之翼(よく)に易(か)えず。何(なに)をか爲(な)して而して得ざらん、と。
北海若曰:「井蛙不可以語於海者,拘於虛也;夏蟲不可以語於冰者,篤於時也;曲士不可以語於道者,束於教也。今爾出於崖涘,觀於大海,乃知爾醜,爾將可與語大理矣。天下之水,莫大於海,萬川歸之,不知何時止而不盈;尾閭洩之,不知何時已而不虛;春秋不變,水旱不知。此其過江河之流,不可為量數。而吾未嘗以此自多者,自以比形於天地,而受氣於陰陽,吾在[於]天地之間,猶小石小木之在大山也,方存乎見小,又奚以自多!計四海之在天地之間也,不似礨空之在大澤乎?計中國之在海內,不似稊米之在大倉乎?號物之數謂之萬,人處一焉;人卒九州,穀食之所生,舟車之所通,人處一焉;此其比萬物也,不似豪末之在於馬體乎?五帝之所連,三王之所爭,仁人之所憂,任士之所勞,盡此矣。伯夷辭之以為名,仲尼語之以為博,此其自多也,不似爾向之自多於水乎?」
孔子、顧(かえ)りて弟子に謂(い)いて曰く、志(し)を用(もち)ふるに分(ふん)せざれば、乃ち神に凝(ぎょう)す。其(き)痀僂丈人(くるうじょうじん)之謂(い)う邪(や)、と。
河伯曰:「然則吾大天地而小豪末,可乎?」
顏淵、仲尼に問うて曰く、吾嘗(つね)て乎觴深(しょうしん)之淵を濟(せい)す。津人(しんじん)、舟を操(そう)すること神(しん)の若(ごと)し。吾之に問うて曰く、操舟(そうしゅう)は學ぶ可き邪、と。曰く、可なり。善游(ぜんゆう)する者は數(しゅく)にして能(のう)す。若(にゃく)夫の善沒(ぜんぼつ)する者は、未だ嘗て舟を見ずして而して舟を操(あやつ)る、と。吾之に問へども而して吾に告げざるなり。敢へて何を謂うか問はん、と。
北海若曰:「否。夫物,量無窮,時無止,分無常,終始無故。是故大知觀於遠近,故小而不寡,大而不多:知量無窮。證曏今故,故遙而不悶,掇而不跂,知時無止;察乎盈虛,故得而不喜,失而不憂,知分之無常也;明乎坦塗,故生而不說,死而不禍,知終始之不可故也。計人之所知,不若其所不知;其生之時,不若未生之時;以其至小求窮其至大之域,是故迷亂而不能自得也。由此觀之,又何以知(毫)[豪]末之足以定至細之倪!又何以知天地之足以窮至大之域!」
仲尼曰く、善游する者は數にして能くす。若(にゃく)夫の善沒する者の未だ嘗て舟を見ずして而して舟を操るは、彼淵を視ること陵(りょう)の若く、舟之覆(ふく)を視ること、其の車行(しゃこう)之卻(きゃく)の若きなり。覆卻萬方(ふくきゃくばんぽう)乎(こ)前に陳(ちん)すとも、而して乎(こ)其の舍(しゃ)に入る能はず。惡往(おこう)して而して暇(か)ならざらん。瓦(が)を以て注(ちゅう)する者は巧(こう)し、鉤(こう)を以て注する者は憚(たん)し、黃金を以て注する者は殙(こん)す。其の巧は一(いつ)なり。而して矜(きょう)する所有(あ)るは、外を重(ちょう)ぜばなり。凡そ外重き者は、內拙(ないせつ)なり、と。
河伯曰:「世之議者皆曰:『至精無形,至大不可圍。』是信情乎?」
田開之(でんかいし)、周威公を見る。威公曰く、吾聞く、祝腎(しゅくじん)は學生(がくせい)す。吾子祝腎與(とも)に遊ぶ。亦(ま)た何をか之を聞きしや、と。
北海若曰:「夫自細視大者不盡,自大視細者不明。夫精,小之微也;垺,大之殷也,故異便。此勢之有也。夫精粗者,期於有形者也;無形者,數之所不能分也;不可圍者,數之所不能窮也。可以言論者,物之粗也;可以意致者,物之精也;言之所不能論,意之所不能察致者,不期精粗焉。
田開之曰く、開之は帚(そう)を操りて門侍(もんじ)す。亦た何をか夫子に聞くことを得んや、と。
是故大人之行,不出乎害人,不多仁恩;動不為利,不賤門隸;貨財弗爭,不多辭讓;事焉不借人,不多食乎力,不賤貪汙;行殊乎俗,不多闢異;為在從眾,不賤佞諂;世之爵祿不足以為勸,戮恥不足以為辱;知是非之不可為分,細大之不可為倪。聞曰:『道人不聞,至德不得,大人無己。』約分之至也。」
威公曰く、田子無(む)讓(じょう)。寡人願はくは之を聞かん、と。
河伯曰:「若物之外,若物之內,惡至而倪貴賤?惡至而倪小大?」
開之曰く、夫子之言を聞く、善(ぜん)養生(ようせい)者は、牧羊(ぼくよう)の若し。其の後(ご)鞭(べん)して鞭(べん)するを視(み)る、と。
北海若曰:「以道觀之,物無貴賤;以物觀之,自貴而相賤;以俗觀之,貴賤不在己。以差觀之,因其所大而大之,則萬物莫不大;因其所小而小之,則萬物莫不小;知天地之為稊米也,知(毫)[豪]末之為丘山也,則差數覩矣。以功觀之,因其所有而有之,則萬物莫不有;因其所無而無之,則萬物莫不無;知東西之相反而不可以相無,則功分定矣。以趣觀之,因其所然而然之,則萬物莫不然;因其所非而非之,則萬物莫不非;知堯、桀之自然而相非,則趣操覩矣。
威公曰く、何をか謂う、と。
昔者堯舜讓而帝,之噲讓而絕;湯武爭而王,白公爭而滅。由此觀之,爭讓之禮,堯桀之行,貴賤有時,未可以為常也。梁麗可以沖城,而不可以窒穴,言殊器也;騏驥驊騮,一日而馳千里,捕鼠不如狸狌,言殊技也;鴟鵂夜撮蚤,察毫末,晝出瞋目而不見丘山,言殊性也。故曰,蓋師是而無非,師治而無亂乎?是未明天地之理,萬物之情者也。是猶師天而無地,師陰而無陽,其不可行明矣。然且語而不捨,非愚則誣也。帝王殊禪,三代殊繼。差其時,逆其俗者,謂之篡夫;當其時,順其俗者,謂之義[之]徒。默默乎河伯!女惡知貴賤之門,小大之家!」
田開之曰く、魯に單豹(せんひょう)有り。巖居(がんきょ)して水飲(すいいん)し、民利(みんり)與(とも)にせず。行年七十にして、猶お嬰兒之色(えいじのしょく)有り。不幸にして餓虎(がこ)に遇(あ)い、餓虎之を殺(さつ)して食(しょく)せり。張毅(ちょうき)有りて、高門縣薄(こうもんけんぱく)無不(むふ)走(そう)也。行年四十にして、內熱之病(ないねつのびょう)有りて死す。豹は其の內を養うて而して虎其の外を食ふ。毅は其の外を養うて而して病其の內を攻(こう)す。此の二人は、皆其の後鞭(ごべん)を鞭(べん)せざるなり、と。
河伯曰:「然則我何為乎?何不為乎?吾辭受趣舍,吾終奈何?」
仲尼曰く、入りて而して藏(ぞう)する無(な)かれ、出でて而して陽(よう)する無かれ。柴立(さいりつ)其(き)中(ちゅう)央(おう)。三者若(にゃく)得(とく)せば、其の名必ず極(きわ)まらん。夫の畏塗(いと)する者は、十人(じゅうにん)に一人を殺(さつ)すれば、則ち父子兄弟相戒(あいかい)めて、必ず盛(せい)に徒衆(としゅう)を集めて而る後に敢(かん)て出(い)づ。不(ふ)亦た知(ち)ならず乎。人之所(しょ)最(さい)畏(い)るは、衽席之上(じんせきのじょう)、飮食(いんしょく)之間に在るも、而して之を戒(かい)することを知らざる者は、過(か)也、と。
北海若曰:「以道觀之,何貴何賤,是謂反衍;無拘而志,與道大蹇。何少何多,是謂謝施;無一而行,與道參差。嚴乎若國之有君,其無私德;繇繇乎若祭之有社,其無私福;泛泛乎其若四方之無窮,其無所畛域。兼懷萬物,其孰承翼?是謂無方。萬物一齊,孰短孰長?道無終始,物有死生,不恃其成;一虛一滿,不位乎其形。年不可舉,時不可止;消息盈虛,終則有始。是所以語大義之方,論萬物之理也。物之生也,若驟若馳,無動而不變,無時而不移。何為乎,何不為乎?夫固將自化。」
祝宗人(しゅくそうじん)、玄端(げんたん)を以て牢筴(ろうきょう)に臨(りん)し、彘(てい)を説(せつ)いて曰く、女奚(なん)ぞ惡(お)むや死(し)を。吾將(まさ)に女を豢(けん)む三月(さんげつ)、十日戒(じっかい)し、三日齋(さい)し、白茅(はくぼう)を藉(しゃ)きて、女之肩尻(けんきょう)を乎雕俎(ちょうそ)之上に加(か)えん。女之を欲する與(か)、と。彘の爲に謀(ぼ)りて曰く、不如(ふじょ)食(しょく)すに糟糠(そうこう)を以てして、而して其の牢筴之中に錯(さく)せん。自ら爲(な)めば、則ち苟(も)し生(せい)に軒冕之尊(けんべんのそん)有り、死(し)に腞楯(さんじゅん)之上・聚僂之中(じゅるうのなか)を得ば則ち之を爲(な)さん。彘の爲に謀れば、則ち去(きょ)す。自ら爲めば、則ち取る。其の彘に異(い)なる所は何(なん)ぞ也。
河伯曰:「然則何貴於道邪?」
桓公、澤(たく)に田(てん)す。管仲御(ぎょ)す。鬼を見る。公管仲之手を撫(ぶ)して曰く、仲父(ちゅうほ)何をか見る、と。對(たい)して曰く、臣無所見(むしょけん)、と。
北海若曰:「知道者必達於理,達於理者必明於權,明於權者不以物害己。至德者,火弗能熱,水弗能溺,寒暑弗能害,禽獸弗能賊。非謂其薄之也,言察乎安危,寧於禍福,謹於去就,莫之能害也。故曰,天在內,人在外,德在乎天。知天人之行,本乎天,位乎得,蹢䠱而屈伸,反要而語極。」
公反(かえ)る。詒詒(いい)として爲病(いびょう)し、數日出でず。齊士(せいし)皇子告敖(こうしこうごう)有りて曰く、公則ち自ら傷(しょう)す。鬼惡(なん)ぞ能く公を傷せん。夫の忿滀(ふんちく)之氣は、散(さん)して而して反(かえ)らざれば、則ち不足(ふそく)と爲(な)る。上(じょう)して而して下(げ)せざれば、則ち人をして善怒(ぜんど)せしむ。下して而して上せざれば、則ち人をして善忘(ぜんぼう)せしむ。不上不下(ふじょうふげ)にして、中(ちゅう)身に當りて心に當(とう)るれば、則ち病(びょう)と爲る、と。
曰:「何謂天?何謂人?」
桓公曰く、然らば則ち鬼有る與、と。
北海若曰:「牛馬四足,是謂天;落馬首,穿牛鼻,是謂人。故曰,無以人滅天,無以故滅命,無以得殉名。謹守而勿失,是謂反其真。」
曰く、有り。沈(ちん)有履(ゆうり)、竈有髻(そうゆうけい)。戸内之煩壤(はんじょう)には、雷霆(らいてい)之處(お)り。東北方之下(げ)者、倍阿鮭蠪(ばいあかいりょう)之躍(やく)り。西北方之下者、則ち泆陽(いつよう)之處り。水罔象(すいもうぞう)有り、丘崒(きゅうそつ)有り、山夔(さんき)有り、野彷徨(やぼうこう)有り、澤委蛇(たくいい)有り、と。
夔憐蚿,蚿憐蛇,蛇憐風,風憐目,目憐心。
桓公曰く、請(しょう)問(もん)、委蛇之狀(じょう)何(いか)ん、と。
夔謂蚿曰:「吾以一足趻踔而行,予無如矣。今子之使萬足,獨柰何?」
皇子曰く、委蛇は、其の大は轂(こく)の若(じゃく)く、其の長は轅(えん)の若く、紫衣(しい)して朱冠(しゅかん)す。其の爲(な)る物也、雷車之聲を惡聞(おもん)すれば、則ち其の首を捧(ほう)して立(りつ)す。見る之者、殆(たい)乎霸(は)せん、と。
蚿曰:「不然。子不見夫唾者乎?噴則大者如珠,小者如霧,雜而下者不可勝數也。今予動吾天機,而不知其所以然。」
桓公冁然(さんぜん)として笑うて曰く、此れ寡人之所見(しょけん)なり、と。於是正衣冠(せいいかん)して與之坐(ともにざ)す。不終日(ふしゅうじつ)にして、病之去(きょ)するを知らざるなり。
蚿謂蛇曰:「吾以眾足行,而不及子之無足,何也?」
紀渻子(きしょうし)、王の爲(な)めに雞(けい)を養(やしな)ふ。
蛇曰:「夫天機之所動,何可易邪?吾安用足哉!」
十日(じゅうじつ)して問(もん)う。雞已(すで)に乎(こ)可(か)なりや、と。曰く、未だ。方に虛憍(きょきょう)して氣を恃(じ)む、と。
蛇謂風曰:「予動吾脊脅而行,則有似也。今子蓬蓬然起於北海,蓬蓬然入於南海,而似無有,何也?」
十日して又問う。曰く、未だ。猶お嚮影(きょうえい)に應(おう)ず、と。
風曰:「然,予蓬蓬然起於北海而入於南海也,然而指我則勝我,鰌我亦勝我。雖然,夫折大木,蜚大屋者,唯我能也。故以眾小不勝為大勝也。為大勝者,唯聖人能之。」
十日して又問う。曰く、未だ。猶お疾視(しつし)して盛氣(せいき)す、と。
孔子遊於匡,宋人圍之數帀,而絃歌不惙。子路入見,曰:「何夫子之娛也?」
十日して又問う。曰く、幾(き)矣。雞鳴(けいめい)する者有りと雖も、已(すで)に變(へん)無(な)し。之を望(ぼう)むに、木雞(もっけい)に似(じ)たり。其の德全(まった)し。異雞(いけい)敢へて應(おう)ずる無(な)く、反(はん)て走(そう)れり、と。
孔子曰:「來,吾語女。我諱窮久矣,而不免,命也;求通久矣,而不得,時也。當堯舜而天下無窮人,非知得也;當桀紂而天下無通人,非知失也,時勢適然。夫水行不避蛟龍者,漁父之勇也;陸行不避兕虎者,獵夫之勇也;白刃交於前,視死若生者,烈士之勇也;知窮之有命,知通之有時,臨大難而不懼者,聖人之勇也。由處矣!吾命有所制矣。」
孔子、呂梁(りょりょう)を觀(かん)す。縣水(けんすい)三十仞(さんじゅうじん)、流沫(りゅうまつ)四十里(しじゅうり)。鼋鼉(げんだ)魚鱉(ぎょへつ)之所能游(ゆう)せざるなり。一丈夫(いちじょうふ)の之に游(ゆう)するを見る。以て苦(く)有りて死せんと欲する者と爲(な)す。弟子をして竝(へい)流(りゅう)して之を拯(じょう)せしむ。數百步(すうひゃくほ)して而(なん)して出(い)づ。被髮(ひはつ)行歌(こうか)して、塘下(とうげ)に游(ゆう)せり。
無幾何,將甲者進,辭曰:「以為陽虎也,故圍之。今非也,請辭而退。」
孔子從(しょう)りて之に問うて曰く、吾子を以て鬼(き)と爲(な)せり。察(さつ)すれば則ち人なり。請問(しょうもん)、蹈水(とうすい)有道(ゆうどう)乎、と。
公孫龍問於魏牟曰:「龍少學先王之道,長而明仁義之行;合同異,離堅白;然不然,可不可;困百家之知,窮眾口之辯;吾自以為至達已。今吾聞莊子之言,汒焉異之。不知論之不及與,知之弗若與?今吾無所開吾喙,敢問其方。」
曰く、亡(な)し。吾道無(な)し。吾乎故(こ)に始(し)め、乎性(せい)に長(ちょう)し、乎命(めい)に成(じょう)ず。齊(せい)與(とも)に入り、汩(こつ)與に偕(かい)に出づ。水之道に從(したが)いて而して私(し)を爲(な)さざるなり。此れ吾之所以蹈水なり、と。
公子牟隱机大息,仰天而笑曰:「子獨不聞夫埳井之鼃乎?謂東海之鱉曰:『吾樂與!出跳梁乎井幹之上,入休乎缺甃之崖;赴水則接腋持頤,蹶泥則沒足滅跗;還虷蟹與科斗,莫吾能若也。且夫擅一壑之水,而跨跱埳井之樂,此亦至矣。夫子奚不時來入觀乎?』東海之鱉左足未入,而右膝已縶矣。於是逡巡而卻,告之海曰:『夫千里之遠,不足以舉其大;千仞之高,不足以極其深。禹之時十年九潦,而水弗為加益;湯之時八年七旱,而崖不為加損。夫不為頃久推移,不以多少進退者,此亦東海之大樂也。』於是埳井之鼃聞之,適適然驚,規規然自失也。
孔子曰く、何をか乎故に始まり、乎性に長じ、乎命に成(じょう)ずると謂う、と。
且夫知不知是非之竟,而猶欲觀於莊子之言,是猶使蚊負山,商蚷馳河也,必不勝任矣。且夫知不知論極妙之言,而自適一時之利者,是非埳井之鼃與?且彼方跐黃泉而登大皇,無南無北,奭然四解,淪於不測;無東無西,始於玄冥,反於大通。子乃規規然而求之以察,索之以辯,是直用管闚天,用錐指地也,不亦小乎!子往矣!且子獨不聞夫壽陵餘子之學於邯鄲與?未得國能,又失其故行矣,直匍匐而歸耳。今子不去,將忘子之故,失子之業。」
曰く、吾陵(りょう)に生(しょう)じて陵に安(あん)んずるは、故なり。水に長(ちょう)じて水に安んずるは、性なり。吾之所以然を知らずして然(ぜん)たるは、命なり、と。
公孫龍口呿而不合,舌舉而不下,乃逸而走。
梓慶(しけい)、木を削(さく)して爲(な)す鐻(きょ)。鐻成(じょう)じて、見る者は驚(きょう)して猶鬼神(ゆうきしん)の如(じょ)し。魯侯見て之に問うて曰く、子何術(なんのじゅつ)を以て之を爲(な)せし與、と。
莊子釣於濮水,楚王使大夫二人往先焉,曰:「願以境內累矣!」
對(たい)して曰く、臣は工人(こうじん)なり。何の術か有らん。雖然、有一(ゆいち)焉。臣將に鐻を爲(な)さんとす。未だ嘗て敢へて氣を耗(こう)せず。必ず齋(さい)して以て心を靜(せい)す。齋(さい)三日にして、而して敢へて慶賞爵祿(けいしょうしゃくろく)を懷(かい)せず。齋五日にして、敢へて非譽巧拙(ひよこうせつ)を懷せず。齋七日にして、輒(ちゃく)然(ぜん)として吾有四肢形體(ゆうししけいたい)を忘る。當是の時也、公朝(こうちょう)無(な)し。其の巧專(せん)して而外滑消(げわいしょう)す。然る後に山林に入りて、天性を觀(かん)す。形軀(けいく)至(し)れば、然る後に成(せい)見(けん)す。然る後に加手(かしゅ)す。不然(ふぜん)なれば則ち已(い)る。則ち天を以て天に合(ごう)す。器之所以疑神(ぎしん)するは、其(き)是(ぜ)與(よ)、と。
莊子持竿不顧,曰:「吾聞楚有神龜,死已三千歲矣,王巾笥而藏之廟堂之上。此龜者,寧其死為留骨而貴乎?寧其生而曳尾於塗中乎?」
東野稷(とうやしょく)、御(ぎょ)を以て莊公に見えんとす。進退中繩(しんたいちゅうじょう)して、左右旋中規(さうせんちゅうき)す。莊公以て文弗過(ぶんふつか)也と爲(な)し、之を使之鉤百(こうひゃく)して而して反(かえ)らしむ。
二大夫曰:「寧生而曳尾塗中。」
顏闔(がんこう)之に遇(あ)い、入りて見えて曰く、稷之馬將に敗(はい)せん、と。公黙(もく)して而して應(おう)ぜず。
莊子曰:「往矣!吾將曳尾於塗中。」
少焉(しょうえん)、果(か)に敗れて而して反(かえ)る。公曰く、子何以(いい)て之を知れしや、と。
惠子相梁,莊子往見之。或謂惠子曰:「莊子來,欲代子相。」於是惠子恐,搜於國中三日三夜。
曰く、其の馬力竭(りょくけつ)す。而して猶お之を求む。故に曰く敗なり、と。
莊子往見之,曰:「南方有鳥,其名為鵷鶵,子知之乎?夫鵷鶵,發於南海而飛於北海,非梧桐不止,非練實不食,非醴泉不飲。於是鴟得腐鼠,鵷鶵過之,仰而視之曰:『嚇!』今子欲以子之梁國而嚇我邪?」
工倕(こうすい)、旋(せん)して而して蓋規矩(かいきく)す。指與物化(しよぶつか)して、而して心稽(しんけい)を以てせず。故に其の靈臺(れいたい)一(いつ)にして而して桎(しつ)せず。足を忘れれば屨之適(くのてき)也、要(よう)を忘れれば帶之適也。是非を忘れて知(ち)ざれば、心之適也。內不變(ないふへん)にして、外不從(げふじゅう)す。事會(じかい)之適なり。始(し)乎適にして未だ嘗て不適(ふてき)ならざるは、忘適之適(ぼうてきのてき)なり。
莊子與惠子遊於濠梁之上。
孫休(そんきゅう)有り。踵門(しょうもん)して詫(た)して子扁慶子(しへんけいし)に問うて曰く、休鄉里(きょうり)に居(きょ)して、不修(ふしゅう)と謂(い)はれず、難(なん)に臨(りん)して、不勇(ふゆう)と謂はれず。然而(しかしなが)るに田(てん)は乎不遇歲(ふぐうさい)、事(じ)は乎不遇世(ふぐうせい)に遇(あ)えり。鄉里に賓(ひん)せられ、州部(しゅうぶ)に逐(ちく)せらる。則ち胡(なん)ぞ天に罪(ざい)有らん。休惡(なん)ぞ此の命を遇ふる、と。
莊子曰:「鯈魚出游從容,是魚之樂也。」
扁子曰く、子獨(ひと)り聞(ぶん)かざりしや、夫の至人之自行(じこう)を。其の肝膽(かんたん)を忘れ、其の耳目(じもく)を遺(い)し、芒然(ぼうぜん)彷徨(ほうこう)乎(こ)塵垢之外(じんこうのそと)、逍遙乎無事之業(むじのぎょう)。是れ爲而(いいなん)不恃(ふじ)、長而(ちょうなん)不宰(ふさい)と謂う。今汝(なんじ)知(ち)を飾(しょく)して愚(ぐ)を驚(きょう)し、身を修(しゅう)して汚(お)を明(めい)にし、昭昭乎(しょうしょうこ)若(ごと)く日月を揭(けい)して行(こう)するが如し。汝の形軀を全(まった)くし、九竅(きゅうきょう)を具(ぐ)し、中夭(ちゅうよう)於(お)聾盲跛蹇(ろうもんはけん)して人數(にんすう)に比(ひ)せらるる無きは、而して幸(こう)なり。又何(なに)ぞ暇(か)有りて天を怨(えん)ぜん。子往(おう)け、と。
惠子曰:「子非魚,安知魚之樂?」
孫子出づ。扁子入る。坐(ざ)すること有間(ゆうかん)、仰(ぎょう)して天を嘆(たん)す。弟子問うて曰く、先生何(なに)をか爲(な)して嘆(たん)ずる、と。
莊子曰:「子非我,安知我不知魚之樂?」
扁子曰く、向者(こうじゃ)休來れり。吾至人之德を告げし也。吾恐(おそ)れ其の驚きて而して遂(つい)に惑(わく)せんことを、と。
惠子曰:「我非子,固不知子矣;子固非魚也,子之不知魚之樂,全矣!」
弟子曰く、不然(ふぜん)。孫子之所言是(ぜ)なり、則ち先生之所言非(ひ)なり。非者固(もと)より能く是を惑(わく)する能(あた)はざるなり。孫子之所言非なり、則ち先生之所言是なり。彼固より惑うて而して來(き)たる。又奚(なに)ぞ罪(ざい)歸(き)せんや、と。
莊子曰:「請循其本。子曰『汝安知魚樂』云者,既已知吾知之而問我,我知之濠上也。」
扁子曰く、不然。昔者鳥有りて魯郊(ろこう)に止まる。魯君説(えつ)し、具太牢(ぐたいろう)して以て之を饗(きょう)し、九韶を奏(そう)して以て之を樂(らく)せしむ。鳥乃(こそ)始めて憂悲眩視(ゆうひげんし)し、敢へて飲食(いんしょく)せず。此れ己を養うを以て鳥を養うと謂うなり。若(にゃく)夫の鳥を養うを以て鳥を養うは、宜(よろ)しく之を深林に棲(せい)せしめ、江湖に浮(ふ)せしめ、委蛇(いい)を食之(しょくし)べし。則ち平陸(へいりく)已(い)矣。今夫の休は、啓窶(けいる)寡聞(かぶん)之民なり。吾至人之德を告ぐるは、譬(ひ)へば猶ほ載鼷鼠(さいげきそ)に車馬を以てし、樂鷃雀(がくえんじゃく)に鐘鼓(しょうこ)を以てするが若し。彼又惡(なん)ぞ驚(きょう)せざらん哉、と。
