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五燈会元 巻第一

宋 · 普济 · 第17巻 / 144

蘇溪和尚

蘇渓和尚

僧問。如何是定光佛。師曰。鴨吞螺師。曰。還許學人轉身也無。師曰。眼睛突出。

僧が問うた。「如何なるか是れ定光佛。」師は言った。「鴨が螺螄を呑む。」曰く、「還た学人の身を転ずるを許すや無きや。」師は言った。「眼睛突出せり。」

盤山積禪師法嗣

盤山積禅師法嗣

鎮州普化和尚者

鎮州普化和尚、

不知何許人也。師事盤山。密受真訣。而徉狂出言無度。暨盤山順世。乃於北地行化。或城市。或塚間。振一鐸曰。明頭來。明頭打。暗頭來。暗頭打。四方八面來。旋風打。虗空來。連架打。一日。臨濟令僧捉住曰。總不恁麼來時如何。師拓開曰。來日大悲院裡有齋。僧回舉似濟。濟曰。我從來疑著這漢。凡見人無高下。皆振鐸一聲。時號普化和尚。或將鐸就人耳邊振之。或附其背。有回顧者。即展手曰。乞我一錢。非時遇食亦吃。甞暮入臨濟院吃生菜。濟曰。這漢大似一頭驢。師便作驢鳴。濟謂直歲曰。細抹草料著。師曰。少室人不識。金陵又再來。臨濟一隻眼。到處為人開。師見馬步使出喝道。師亦喝道作相撲勢。馬步使令人打五棒。師曰。似即似。是即不是。師甞於闤闠間搖鐸唱曰。覔箇去處不可得。時道吾遇之。把住問曰。汝擬去甚麼處。師曰。汝從甚麼處來。吾無語。師掣手便去。臨濟一日與河陽木塔長老同在僧堂內坐。正說師每日在街市掣風掣顛。知他是凡是聖。師忽入來。濟便問。汝是凡是聖。師曰。汝且道我是凡是聖。濟便喝。師以手指曰。河陽新婦子。木塔老婆禪。臨濟小廝兒。卻具一隻眼。濟曰。這賊。師曰。賊。賊。便出去。唐咸通初。將示滅。乃入市謂人曰。乞我一箇直裰。人或與披襖。或與布裘。皆不受。振鐸而去。臨濟令人送與一棺。師笑曰。臨濟廝兒饒舌。便受之。乃辭眾曰。普化明日去東門死也。郡人相率送出城。師厲聲曰。今日葬不合青烏。乃曰。明日南門遷化。人亦隨之。又曰。明日出西門。方吉。人出漸稀。出已還返。人意稍怠。第四日。自擎棺出北門外。振鐸入棺而逝。郡人奔走出城。揭棺視之。已不見。唯聞空中鐸聲漸遠。莫測其由。

何れの許りの人かを知らず。盤山に師事し、密かに真訣を受けて、佯狂して言を出すに度無し。暨ちて盤山順世して、乃ち北地に於て行化す。或いは城市、或いは塚間に、一の鐸を振うて言った。「明頭来たれば、明頭に打つ。暗頭来たれば、暗頭に打つ。四方八面より来たれば、旋風に打つ。虚空より来たれば、架を連ねて打つ。」ある日、臨済は僧をして捉え住めて言った。「総てかくの如く来らざる時は如何。」師は拓き開けて言った。「来日大悲院裏に斎有り。」僧は回りて済に挙似した。済は言った。「我従来この漢を疑い著き。」凡そ人を見るに高下無く、皆鐸を一声振う。時に普化和尚と号す。或いは鐸を将て人の耳辺に就きて之を振い、或いは其の背に附す。回顧する者有れば、即ち手を展げて言った。「一銭を乞う。」時に非らざる食に遇いても亦た喫す。嘗て暮に臨済院に入りて生菜を喫す。済は言った。「この漢大いに一頭の驢に似たり。」師は便ち驢鳴を作した。済は直歳に謂うて言った。「草料を細かく抹して著けよ。」師は言った。「少室の人は識らず、金陵に又再来す。臨済の一隻眼、処に到りて人の為に開く。」師は馬歩使の出で喝道するを見て、師も亦た喝道して相撲の勢いを作した。馬歩使は人をして打たしめ五棒せしむ。師は言った。「似たれば即ち似たり、是なれば即ち是ならず。」師は嘗て閛閺の間に鐸を摇い唱えて言った。「箇の行く処を覓むるに得る可からず。」時に道吾之に遇い、把り住めて問うて言った。「汝は何の処に行かんと拟する。」師は言った。「汝は什麼の処より来た。」吾は語無し。師は手を掣めて便ち去った。臨済はある日河陽の木塔長老と同じく僧堂内に坐して、正に師が每日街市に風を掣め顛を掣める、彼を知る是れ凡なるか聖なるかと説く。師は忽ち入り来たる。済は便ち問うた。「汝は凡なるか聖なるか。」師は言った。「汝且く道え、我是れ凡なるか聖なるか。」済は便ち喝した。師は指を以って言った。「河陽の新婦子、木塔の老婆禅。臨済の小廝兒、卻て一隻眼を具す。」済は言った。「この賊。」師は言った。「賊、賊。」便ち出で去った。唐の咸通初、示滅せんと将にす、乃ち市に入りて人に謂うて言った。「一箇の直裰を乞う。」人或いは披襖を与え、或いは布裘を与え、皆受けず、鐸を振うて去った。臨済は人をして一棺を送り与えしむ。師は笑うて言った。「臨済の廝兒は饒舌なり。」便ち之を受けた。乃ち衆に辞して言った。「普化は明日東門に行きて死せん。」郡人相率いて城を出で送る。師は厲声に言った。「今日葬るに青烏に合せず。」乃ち曰く、「明日南門に遷化せん。」人も亦た之に随う。又曰く、「明日西門を出でて、方に吉ならん。」人の出づる漸く稀に、出で已りて還り返り、人意稍や怠る。第四日、自ら棺を擎げて北門の外に出で、鐸を振うて棺に入りて逝く。郡人奔走して城を出で、棺を揭げて之を視るに、已に見えず。唯だ空中の鐸声の漸く遠ざかるを聞くのみ、其の由を測る莫し。

麻谷徹禪師法嗣

麻谷徹禅師法嗣

壽州良遂禪師

寿州良遂禅師

參麻谷。谷見來。便將鉏頭去鉏草。師到鉏草處。谷殊不顧。便歸方丈。閉卻門。師次日復去。谷又閉門。師乃敲門。谷問。阿誰。師曰。良遂。才稱名。忽然契悟曰。和尚莫謾良遂。良遂若不來禮拜和尚。洎被經論賺過一生。谷便開門相見。及歸講肆。謂眾曰。諸人知處。良遂總知。良遂知處。諸人不知。

麻谷に参ず。谷は来るを見て、便ち鋤頭を将て草を鋤きに行く。師は草を鋤く処に到り、谷は殊に顧みず、便ち方丈に帰り、門を閉卻す。師は次日復た去り、谷は又門を閉づ。師は乃ち門を敲く。谷は問うた。「阿誰ぞ。」師は言った。「良遂。」纔わかに名を称して、忽然として契悟して言った。「和尚は良遂を謾る莫れ。良遂若し来りて和尚を礼拜せざるは、経論に賺されて一生を過さん。」谷は便ち門を開きて相見た。及び講肆に帰りて、衆に謂うて言った。「諸人の知る処は、良遂総て知る。良遂の知る処は、諸人は知らず。」

東寺會禪師法嗣

東寺会禅師法嗣

吉州薯山慧超禪師

吉州薯山慧超禅師

洞山來禮拜次。師曰。汝已住一方。又來這裡作麼。曰。良价無柰疑何。特來見和尚。師召良价。價應諾。師曰。是甚麼。價無語。師曰。好箇佛。祇是無光𦦨。

洞山の来りて礼拜する次。師は言った。「汝已に一方に住せり、又ここに来りて什麼を作さん。」曰く、「良价は疑に奈何せんことを奈く、特に来りて和尚に見えんとす。」師は良价を召した。价は応諾した。師は言った。「是れ什麼ぞ。」价は語無し。師は言った。「好個の佛、只だ光焰無きを。」

西堂藏禪師法嗣

西堂蔵禅師法嗣

䖍州處微禪師

虔州処微禅師

僧問。三乘十二分教體理得妙。與祖意是同是別。師曰。須向六句外鑒。不得隨聲色轉。曰。如何是六句。師曰。語底默底。不語不默。總是總不是。汝合作麼生。僧無對。問仰山。汝名甚麼。山曰。慧寂。師曰。那箇是慧。那箇是寂。山曰。祇在目前。師曰。猶有前後在。山曰。前後且置。和尚見箇甚麼。師曰。吃茶去。

僧が問うた。「三乗十二分教の体理は妙を得たり、祖意と是れ同なるか別なるか。」師は言った。「須く六句の外に向って鑑るべし、声色に随いて転ずるを得ざれ。」曰く、「如何なるか是れ六句。」師は言った。「語底、黙底、不語不黙、総て是、総て不是。汝は作麼生に合すべき。」僧は対無し。仰山に問うた。「汝名は什麼ぞ。」山は言った。「慧寂。」師は言った。「那箇是れ慧、那箇是れ寂。」山は言った。「只だ目前に在り。」師は言った。「猶お前後在り。」山は言った。「前後且く置く、和尚は箇の什麼を見る。」師は言った。「茶を喫しに行け。」

章敬腪禪師法嗣

章敬腪禅師法嗣

京兆大薦福寺弘辯禪師

京兆大薦福寺弘弁禅師

唐宣宗問。禪宗何有南北之名。對曰。禪門本無南北。昔如來以正法眼付大迦葉。展轉相傳。至二十八祖菩提達磨。來遊此方為初祖。暨第五祖弘忍大師在蘄州東山開法。時有二弟子。一名慧能。受衣法。居嶺南為六祖。一名神秀。在北揚化。其後神秀門人普寂者。立秀為第六祖。而自稱七祖。其所得法雖一。而開導發悟有頓漸之異。故曰南頓北漸。非禪宗本有南北之號也。帝曰。云何名戒。對曰。防非止惡謂之戒。帝曰。云何為定。對曰。六根涉境。心不隨緣名定。帝曰。云何為慧。對曰。心境俱空。照鑒無惑名慧。帝曰。何為方便。對曰。方便者。隱實覆相權巧之門也。被接中下。曲施誘迪謂之方便。設為上根言。捨方便但說無上道者。斯亦方便之譚。乃至祖師玄言。忘功絕謂。亦無出方便之跡。帝曰。何為佛心。對曰。佛者西天之語。唐言覺。謂人有智慧覺照為佛心。心者佛之別名。有百千異號。體唯其一。無形狀。非青黃赤白.男女等相。在天非天。在人非人。而現天現人。能男能女。非始非終。無生無滅。故號靈覺之性。如陛下日應萬機。即是陛下佛心。假使千佛共傳。而不念別有所得也。帝曰。如今有人念佛如何。對曰。如來出世為天人師。善知識隨根器而說法。為上根者開最上乘頓悟至理。中下者未能頓曉。是以佛為韋提希權開十六觀門。令念佛生於極樂。故經云。是心是佛。是心作佛。心外無佛。佛外無心。帝曰。有人持經念佛。持呪求佛。如何。對曰。如來種種開讚。皆為最上一乘。如百川眾流。莫不朝宗於海。如是差別諸數。皆歸薩婆若海。帝曰。祖師既契會心印。金剛經云無所得法。如何。對曰。佛之一化。實無一法與人。但示眾人。各各自性。同一法藏。當時然燈如來但印釋迦本法而無所得。方契然燈本意。故經云。無我無人。無眾生。無壽者。是法平等。修一切善法。

唐の宣宗が問うた。「禅宗何ぞ南北の名有る。」対えて言った。「禅門は本より南北無し。昔如来は正法眼を以って大迦葉に付し、展転相伝えて、二十八祖菩提達磨に至り、来たりて此方に遊びて初祖と為る。暨ちて第五祖弘忍大師、蘄州の東山に在りて法を開く。時に二弟子有り、一名は慧能、衣法を受け、嶺南に居りて六祖と為る。一名は神秀、北に在りて化を揚ぐ。其の後神秀の門人普寂は、秀を立てて第六祖と為し、而自ら七祖と称す。其の得る所の法は一なれども、開導して悟りを発くに頓漸の異有り、故に曰く南頓北漸。禅宗に本より南北の号有るに非ざるなり。」帝は言った。「如何に名づけて戒と為す。」対えて言った。「非を防ぎ悪を止むを戒と謂う。」帝は言った。「如何に為して定と為す。」対えて言った。「六根は境に渉れども、心は縁に随わず、名づけて定と為す。」帝は言った。「如何に為して慧と為す。」対えて言った。「心境倶に空にして、照鑑して惑い無し、名づけて慧と為す。」帝は言った。「何をか方便と為す。」対えて言った。「方便とは、実を隠し相を覆う権巧の門なり。中下を被って接し、曲りに施して誘導す、之を方便と謂う。設し上根の為に言えば、方便を舎て但だ無上道を説く者、斯れも亦た方便の談なり。乃至祖師の玄言、功を忘れ謂を絶するも、亦た方便の跡を出づること無し。」帝は言った。「何をか佛心と為す。」対えて言った。「佛は是れ西天の語、唐の言は覚。人に智慧覚照有るを佛心と謂う。心は是れ佛の別名。百千の異号有り、体は唯だ其の一。形状無く、青黄赤白、男女等の相に非ず。天に在りて天に非ず、人に在りて人に非ず、而も天を現じ人を現じ、能く男し能く女す。始に非ず終に非ず、生無く滅無し。故に霊覚の性と号す。陛下の日に万機に応ずるが如く、即ち是れ陛下の佛心。仮令千佛倶に伝うとも、別に得る所有ることを念ぜざるなり。」帝は言った。「如今人の念佛せる有るは如何。」対えて言った。「如来出世して天人の師と為る。善知識は根器に随いて法を説く。上根の為に最上乗の頓悟至理を開く。中下は未だ頓ちに暁ること能わず。是を以って佛は韋提希の為に権に十六観門を開き、念佛して極楽に生ぜしむ。故に経に云く、是心是佛、是心作佛。心の外に佛無く、佛の外に心無し。」帝は言った。「人の経を持し佛を念じ、呪を持して佛を求むる有るは如何。」対えて言った。「如来の種種の開賛は、皆最上の一乗の為なり。百川の衆流の如く、海に朝宗せざる莫し。是の如き差別の諸数、皆薩婆若海に帰す。」帝は言った。「祖師は既に心印に契会せり、《金剛経》に云く無所得の法は如何。」対えて言った。「佛の一化、実に人と与する一法無し。但だ衆人に示す、各おの自性、同じく一法蔵。当時然灯如来は但だ釈迦の本法を印して得る所無し、方に然灯の本意に契す。故に経に云く、我無く人無く、衆生無く、寿者無し。是の法平等。一切の善法を修し、

不住於相。帝曰。禪師既會祖意。還禮佛轉經否。對曰。沙門釋子。禮佛轉經。蓋是住持常法。有四報焉。然依佛戒修身。參尋知識。漸修梵行。履踐如來所行之跡。帝曰。何為頓見。何為漸修。對曰。頓明自性。與佛同儔。然有無始染習。故假漸修對治。令順性起用。如人吃飯。不一口便飽。師是日辯對七刻。賜紫方袍。號圓智禪師。仍勑修天下祖塔。各令守護。

(対えて続けて曰く:)相に住せざれ。」帝は言った。「禅師は既に祖意に会せり、還た佛を礼し経を転ずるか否や。」対えて言った。「沙門釈子、佛を礼し経を転ず、蓋し是れ住持の常法。四の報焉有り。然して佛戒に依りて身を修め、知識を参尋し、漸く梵行を修め、如来の行く所の跡を履践す。」帝は言った。「何をか頓見と為し、何をか漸修と為す。」対えて言った。「頓ちに自性を明らむれば、佛と俦を同じくす。然れども無始の染習有り、故に漸修を仮りて対治し、性に順いて用を起さしむ。人の飯を喫するが如く、一口にして便ち飽くること無し。」師是の日弁対七刻。紫の方袍を賜い、号して円智禅師と号す。仍りて天下の祖塔を修め、各おの守護せしむるを敕す。

福州龜山智具禪師

福州亀山智具禅師

揚州柳氏子。初謁章敬。敬問。何所而至。師曰。至無所至。來無所來。敬雖默然。師亦自悟。住後。上堂。動容瞬目。無出當人一念淨心。本來是佛。仍說偈曰。心本絕塵何用洗。身中無病豈求醫。欲知是佛非身處。明鑑高懸未照時。後值武宗沙汰。有偈示眾曰。勑命如雷下翠微。風前垂淚脫禪衣。雲中有寺不容住。塵裡無家何處歸。明月分形處處新。白衣寧墜解空人。誰言在俗妨修道。金粟曾為居士身。忍僊林下坐禪時。曾被歌王割截肢。況我聖朝無此事。祇令休道亦何悲。暨宣宗中興。乃不復披緇。咸通六年終於本山。諡歸寂禪師。

揚州柳氏の子。初めて章敬に謁す。敬は問うた。「何の所に至る。」師は言った。「至るに至る所無く、来るに来る所無し。」敬は黙然とすれども、師も亦た自ら悟れり。住の後、上堂して言った。「容を動かし目を瞬く、当人の一念の浄心を出づること無し、本来是れ佛。」仍りて偈を説きて言った。「心本塵を絶つ何を用いてか洗わん、身の中に病無し豈に医を求めん。是の佛の身の処に非ざるを知らんと欲せば、明鑑高く懸りて未だ照らさざる時。」後に武宗の沙汰に値い、偈有りて衆に示して言った。「敕命雷の如く翠微に下り、風前に涙を垂れて禅衣を脱ぐ。雲の中の寺は住するを容れず、塵の裏に家無し何の処に帰らん。明月は形を分かち処処に新た、白衣は寧ろ空を解する人を墜とさん。誰か言う俗に在りて道を修するを妨ぐと、金粟は曾て居士の身と為りき。忍仙は林下に禅を坐する時、曾て歌王に肢を割り截られたり。況んや我が聖朝は此の事無し、只だ道を休めしむるも亦た何の悲かあらん。」暨ちて宣宗中興し、乃ち復た緇を披かず。咸通六年に本山に終わる。諡は帰寂禅師。

金州操禪師

金州操禅師

請米和尚齋。不排坐位。米到。展坐具禮拜。師下禪床。米乃坐師位。師卻席地而坐。齋訖。米便去。侍者曰。和尚受一切人欽仰。今日坐位被人奪卻。師曰。三日後若來即受救在。米三日後果來。曰。前日遭賊(僧問鏡清。古人道。前日遭賊。意旨如何。清雲。祇見錐頭利。不見鑿頭方)。

米和尚を請じて斎せしむに、坐位を排せず。米到りて、坐具を展げて礼拜す。師は禅床を下る。米は乃ち師位に坐す。師は卻て席地に坐す。斎訖りて、米は便ち去った。侍者は言った。「和尚は一切の人に欽仰せられ、今日坐位は人に奪い却されたり。」師は言った。「三日の後若し来たらば即ち救を受くること在り。」米は三日の后果して来り、曰く、「前日賊に遭う。」(僧が鏡清に問うた。「古人の道う、前日賊に遭う、意旨如何。」清は言った。「只だ錐頭の利なるを見て、鑿頭の方なるを見ず。」)

朗州古堤和尚

朗州古堤和尚

尋常見僧來。但曰。去。汝無佛性。僧無對。或有對者。莫契其旨。仰山到參。師曰。去。汝無佛性。山叉手近前三步應喏。師笑曰。子甚麼處得此三昧來。山曰。我從耽源處得名。溈山處得地。師曰。莫是溈山的子麼。山曰。世諦即不無。佛法即不敢。山卻問。和尚從甚處得此三昧。師曰。我從章敬處得此三昧。山嘆曰。不可思議。來者難為湊泊。

尋常僧の来るを見ては、但だ言った。「去れ。汝は佛性無し。」僧は対無し。或いは対する者も、其の旨に契する莫し。仰山到りて参ず。師は言った。「去れ。汝は佛性無し。」山は手を叉きて前三歩して応喏した。師は笑うて言った。「子何の処よりか此の三昧を得て来た。」山は言った。「我は耽源の処より名を得、潙山の処より地を得たり。」師は言った。「潙山の的子か。」山は言った。「世諦は即ち無きに非ず、佛法は即ち敢えず。」山は卻て問うた。「和尚は何の処よりか此の三昧を得た。」師は言った。「我は章敬の処より此の三昧を得たり。」山は嘆じて言った。「不可思議。来る者は湊泊すること難きを為す。」

河中府公畿和尚

河中府公畿和尚

僧問。如何是道。如何是禪。師以偈示之曰。有名非大道。是非俱不禪。欲識箇中意。黃葉止啼錢。

僧が問うた。「如何なるか是れ道、如何なるか是れ禅。」師は偈を以って之に示して言った。「名有るは大道に非ず、是非倶に禅ならず。箇中の意を識らんと欲せば、黄葉は啼を止むる銭。」

永泰湍禪師法嗣

永泰湍禅師法嗣

湖南上林戒靈禪師

湖南上林戒霊禅師

初參溈山。山曰。大德作甚麼來。師曰。介冑全具。山曰。盡卸了來。與大德相見。師曰。卸了也。山咄曰。賊尚未打。卸作甚麼。師無對。仰山代曰。請和尚屏卻左右。溈山以手揖曰。喏。喏。師後參永泰。方諭其旨。

初めて潙山に参ず。山は言った。「大徳何を作して来た。」師は言った。「介冑全く具す。」山は言った。「尽く卸し了えて来い、大徳と相見ん。」師は言った。「卸し了えり。」山は喝して言った。「賊は未だ打たず、卸して什麼を作さん。」師は対無し。仰山は代わって言った。「和尚に請う、左右を屏却せよ。」潙山は手を以って揖して言った。「喏、喏。」師は後に永泰に参じて、方に其の旨に諭れたり。

五臺山秘魔巖和尚

五台山秘魔巖和尚

常持一木叉。每見僧來禮拜。即叉卻頸曰。那箇魔魅教汝出家。那箇魔魅教汝行腳。道得也叉下死。道不得也叉下死。速道。速道。學徒鮮有對者(法眼代雲。乞命。法燈代。但引頸示之。玄覺代雲。老兒家放下叉子得也)。霍山通和尚訪師。才見不禮拜。便攛入懷裡。師拊通背三下。通起拍手曰。師兄三千里外賺我來。三千里外賺我來。便回。

常に一の木叉を持す。毎に僧の来りて礼拜するを見れば、即ち叉を頸に却けて言った。「那箇の魔魅が汝をして出家せしめた、那箇の魔魅が汝をして行脚せしめた。道い得ればも叉下に死し、道い得ざればも叉下に死す。速く道え、速く道え。」学徒の対する者鮮し。(法眼は代わって言った。「命を乞う。」法灯は代わって、但だ頸を引きて之に示す。玄覚は代わって言った。「老兒家は叉子を放下せば得たり。」)霍山通和尚が師を訪うた。纔わかに見えて礼拜せず、便ち懐裏に攅り入る。師は通の背を拊つこと三下。通は起ちて手を拍して言った。「師兄三千里の外より我を賺して来らしめたり、三千里の外より我を賺して来らしめたり。」便ち回った。

湖南祇林和尚

湖南祇林和尚

每叱文殊普賢皆為精魅。手持木劒。自謂降魔。才見僧來參。便曰。魔來也。魔來也。以劒亂揮。歸方丈。如是十二年後。置劒無言。僧問。十二年前為甚麼降魔。師曰。賊不打貧兒家。曰。十二年後為甚麼不降魔。師曰。賊不打貧兒家。

毎に文殊、普賢を叱りて皆精魅と為す。手に木剣を持ち、自ら魔を降すと謂う。纔わかに僧の来りて参ずるを見れば、便ち言った。「魔来たれり、魔来たれり。」剣を以って乱れ揮い、方丈に帰る。是の如くなること十二年の後、剣を置きて言無し。僧が問うた。「十二年前は何の故に魔を降した。」師は言った。「賊は貧兒家を打たず。」曰く、「十二年後は何の故に魔を降さざる。」師は言った。「賊は貧兒家を打たず。」

華嚴藏禪師法嗣

華厳蔵禅師法嗣

黃州齊安禪師

黄州斉安禅師

上堂。言不落句。佛祖徒施。玄韻不墜。誰人知得。僧問。如何識得自己佛。師曰。一葉明時消不盡。松風韻罷怨無人。曰。如何是自己佛。師曰。草前駿馬實難窮。妙盡還須畜生行。有人問。師年多少。師曰。五六四三不得類。豈同一二實難窮。師有偈曰。猛熾𦦨中人有路。旋風頂上屹然棲。鎮常歷劫誰差互。杲日無言運照齊。

上堂して言った。「言は句に落ちず、佛祖も徒らに施す。玄韻墜ちず、誰人か知り得ん。」僧が問うた。「如何にして自己の佛を識り得ん。」師は言った。「一葉明らかな時は消え尽くさず、松風の韻罷みて怨ず人無し。」曰く、「如何なるか是れ自己の佛。」師は言った。「草前の駿馬実に窮め難し、妙を尽くさば還た須く畜生行すべし。」人問う有り。「師年多少。」師は言った。「五六四三、類を得ず、豈に一二と同じくせん、実に窮め難し。」師に偈有りて言った。「猛熾の焰中、人路有り。旋風の頂上、屹然として栖る。鎮常劫を歴るも誰か差互せん、杲日言無くして照を運び斉し。」

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