五燈会元 巻第一
僧問。古路坦然時如何。師曰。不前。曰。為甚麼不前。師曰。無遮障處。問。如何是嵩山境。師曰。日從東出。月向西頹。曰。學人不會。師曰。東西也不會。問。六識俱生時如何。師曰。異。曰。為甚麼如此。師曰。同。
僧が問うた。「古路坦然たる時は如何。」師は言った。「前ならず。」曰く、「何の故に前ならざる。」師は言った。「遮障無き処。」問う。「如何なるか是れ嵩山の境。」師は言った。「日は東より出で、月は西に向って頹る。」曰く、「学人会せず。」師は言った。「東西も亦た会せず。」問う。「六識倶に生ずる時は如何。」師は言った。「異。」曰く、「何の故にかくの如く。」師は言った。「同。」
日子和尚
日子和尚
因亞谿來參。師作起勢。谿曰。這老山鬼。猶見某甲在。師曰。罪過。罪過。適來失祗對。谿欲進語。師便喝。谿曰。大陣當前。不妨難禦。師曰。是。是。谿曰。不是。不是(趙州雲。可憐兩箇漢。不識轉身句)。
亞渓の来りて参ずるに因り、師は起つ勢いを作した。渓は言った。「この老山鬼、猶お某甲の在るを見て居る。」師は言った。「罪過、罪過。適来対を失したり。」渓は語を進めんと欲した。師は便ち喝した。渓は言った。「大陣前に当たる、妨げず御し難し。」師は言った。「是、是。」渓は言った。「不是、不是。」(趙州は言った。「憐れむべし两箇の漢、身を転ずる句を識らず。」)
蘇州西禪和尚
蘇州西禅和尚
僧問。三乘十二分教則不問。如何是祖師西來的的意。師舉拂子示之。其僧不禮拜。竟參雪峰。峰問。甚麼處來。曰。浙中來。峰曰。今夏甚麼處。曰。西禪。峰曰。和尚安否。曰。來時萬福。峰曰。何不且在彼從容。曰。佛法不明。峰曰。有甚麼事。僧舉前話。峰曰。汝作麼生不肯伊。曰。是境。峰曰。汝見蘇州城裡人家男女否。曰。見。峰曰。汝見路上林木池沼否。曰。見。峰曰。凡覩人家男女。大地林沼。總是境。汝還肯否。曰。肯。峰曰。祇如舉起拂子。汝作麼生不肯。僧乃禮拜曰。學人取次發言。乞師慈悲。峰曰。盡乾坤是箇眼。汝向甚麼處蹲坐。僧無語。
僧が問うた。「三乗十二分教は則ち問わず、如何なるか是れ祖師西来の的的の意。」師は拂子を挙げて之に示した。其の僧は礼拜せず、竟に雪峯に参じた。峯は問うた。「什麼の処より来た。」曰く、「浙中より来ました。」峯は言った。「今夏は什麼の処。」曰く、「西禅。」峯は言った。「和尚安きか否や。」曰く、「来る時万福なり。」峯は言った。「何ぞ且く彼に従容せざる。」曰く、「佛法明らかならず。」峯は言った。「什麼の事か有る。」僧は前話を挙げた。峯は言った。「汝作麼生に彼を肯んぜざる。」曰く、「是れ境。」峯は言った。「汝は蘇州城裏の人家の男女を見るか。」曰く、「見ます。」峯は言った。「汝は路上の林木池沼を見るか。」曰く、「見ます。」峯は言った。「凡そ人家の男女、大地の林沼を睹れば、総て是れ境。汝は還た肯んずるか否や。」曰く、「肯んじます。」峯は言った。「只だ如し拂子を挙げ起すに、汝作麼生に肯んぜざる。」僧は乃ち礼拜して言った。「学人取次に言を発したり、師の慈悲を乞う。」峯は言った。「乾坤を尽くして是れ箇の眼、汝は何の処に向って蹲坐せん。」僧は語無し。
宣州刺史陸亙大夫
宣州刺史陸亙大夫
問南泉。古人瓶中養一鵝。鵝漸長大。出瓶不得。如今不得毀瓶。不得損鵝。和尚作麼生出得。泉召大夫。陸應諾。泉曰。出也。陸從此開解。即禮謝。暨南泉圓寂。院主問曰。大夫何不哭先師。陸曰。院主道得即哭。院主無對(長慶代雲。合哭不合哭)。
南泉に問うた。「古人は瓶中に一の鵞を養い、鵞漸く長大して、瓶を出ることを得ず。如今瓶を毀るを得ず、鵞を損ずるを得ず。和尚作麼生に出し得べき。」泉は大夫を召した。陸は応諾した。泉は言った。「出たり。」陸は此より開解し、即ち礼して謝した。暨ちて南泉円寂し、院主が問うて言った。「大夫何ぞ先師を哭せざる。」陸は言った。「院主道い得れば即ち哭せん。」院主は対無し。(長慶は代わって言った。「哭すべきか哭すべからざるか。」)
池州甘贄行者
池州甘贄行者
一日入南泉設齋。黃檗為首座。行者請施財。座曰。財法二施。等無差別。甘曰。恁麼道。爭消得某甲䞋。便將出去。須臾復入。曰。請施財。座曰。財法二施。等無差別。甘乃行䞋。又一日。入寺設粥。仍請南泉念誦。泉乃白椎曰。請大眾為貍奴白牯念摩訶般若波羅蜜。甘拂袖便出。泉粥後問典座。行者在甚處。座曰。當時便去也。泉便打破鍋子。甘常接待往來。有僧問曰。行者接待不易。甘曰。譬如餧驢餧馬。僧休去。有住庵僧緣化什物。甘曰。有一問。若道得即施。乃書心字。問。是甚麼字。曰。心字。又問妻。甚麼字。妻曰。心字。甘曰。某甲山妻亦合住庵。其僧無語。甘亦無施。又問一僧。甚麼處來。曰。溈山來。甘曰。曾有僧問溈山。如何是西來意。溈山舉起拂子。上座作麼生會溈山意。曰。借事明心。附物顯理。甘曰。且歸溈山去好(保福聞之。乃仰手覆手)。
ある日南泉に入りて斎を設けた。黄檗が首座と為す。行者は財を施さんことを請うた。座は言った。「財法の二施、等しく差別無し。」甘は言った。「かく道えば、争でか某甲の嚫を消し得ん。」便ち将て出でんとす。須臾にして復た入り、曰く、「財を施さんことを請う。」座は言った。「財法の二施、等しく差別無し。」甘は乃ち嚫を行じた。又ある日、寺に入りて粥を設け、仍りて南泉に念誦を請うた。泉は乃ち椎を白して言った。「大衆に請う、狸奴白牯の為に摩訶般若波羅蜜を念ぜよ。」甘は袖を拂って便ち出た。泉は粥の後に典座に問うた。「行者は何の処に在る。」座は言った。「当時便ち去れり。」泉は便ち鍋子を打破った。甘は常に往来を接待す。僧有りて問うて言った。「行者の接待は易ならず。」甘は言った。「譬えば驢を餧い馬を餧うが如し。」僧は休み去った。庵に住む僧有りて縁を化し什物す。甘は言った。「一問有り、若し道い得れば即ち施さん。」乃ち心字を書き、問うた。「是れ什麼の字ぞ。」曰く、「心字。」又问うた妻に、「什麼の字ぞ。」妻は言った。「心字。」甘は言った。「某甲の山妻も亦た庵に住するに合す。」其の僧は語無し。甘も亦た施無し。又一僧に問うた。「什麼の処より来た。」曰く、「潙山より来ました。」甘は言った。「曾て僧有りて潙山に問う、如何なるか是れ西来の意。潙山は拂子を挙げ起せり。上座は作麼生に潙山の意を会する。」曰く、「事を借りて心を明らかにし、物に附いて理を顕す。」甘は言った。「且く潙山に帰り去れ。」(保福は之を聞きて、乃ち手を仰ぎ手を覆うた。)
鹽官安國師法嗣
塩官安国師法嗣
襄州關南道常禪師
襄州關南道常禅師
僧問。如何是西來意。師舉拄杖。曰。會麼。曰。不會。師便打。師每見僧來參禮。多以拄杖打趂。或曰。遲一刻。或曰。打動關南鼓。而時輩鮮有唱和者。
僧が問うた。「如何なるか是れ西来の意。」師は拄杖を挙げ、曰く、「会すか。」曰く、「会せず。」師は便ち打った。師は毎に僧の来りて参礼するを見るに、多くは拄杖を以って打ち趁った。或いは曰く、「一刻遲し。」或いは曰く、「關南の鼓を打動せり。」しかるに時輩の唱和する者鮮し。
洪州雙嶺玄真禪師
洪州双嶺玄真禅師
初問道吾。無神通菩薩為甚麼足跡難尋。吾曰。同道者方知。師曰。和尚還知否。吾曰。不知。師曰。何故不知。吾曰。去。你不識我語。師後於鹽官處悟旨焉。
初めて道吾に問うた。「無神通の菩薩は何の故に足迹尋ね難き。」吾は言った。「道を同じくする者のみ方に知る。」師は言った。「和尚還た知るか否や。」吾は言った。「知らず。」師は言った。「何の故に知らざる。」吾は言った。「去れ。お前は我が語を識らず。」師は後に塩官の処に於て旨に悟れり。
杭州徑山鑒宗禪師
杭州徑山鑑宗禅師
湖州錢氏子。依本州開元寺大德高閑出家。學通淨名思益經。後往鹽官決擇疑滯。唐咸通三年。住徑山。有小師洪諲以講論自矜(諲即法濟大師)。師謂之曰。佛祖正法。直截亡詮。汝筭海沙。於理何益。但能莫存知見。泯絕外緣。離一切心。即汝真性。諲茫然。遂禮辭。遊方至溈山。方悟玄旨。乃嗣溈山師。咸通七年示滅。諡無上大師。
湖州の銭氏の子。本州開元寺の大徳高閑に依りて出家し、《浄名》《思益経》に学び通ず。後に塩官に往きて疑滞を決択す。唐の咸通三年、徑山に住す。小師の洪𬤇有りて講論を以って自ら矜る(𬤇は即ち法済大師)。師は之に謂うて言った。「佛祖の正法は、直截にして詮を亡くす。汝は海沙を算して、理に於て何の益か有る。但だ能く知見を存せず、外縁を泯絶し、一切の心を離れば、即ち汝の真性。」𬤇は茫然として、遂に礼して辞した。方を遊びて潙山に至り、方に玄旨に悟り、乃ち潙山に嗣いだ。師は咸通七年に示滅した。諡は無上大師。
歸宗常禪師法嗣
帰宗常禅師法嗣
福州芙蓉山靈訓禪師
福州芙蓉山霊訓禅師
初參歸宗。問。如何是佛。宗曰。我向汝道。汝還信否。曰。和尚誠言。安敢不信。宗曰。即汝便是。師曰。如何保任。宗曰。一翳在眼。空華亂墜(法眼雲。若無後語。有甚麼歸宗也)。師辭。宗問。甚麼處去。師曰。歸嶺中去。宗曰。子在此多年。裝束了卻來。為子說一上佛法。師結束了上去。宗曰。近前來。師乃近前。宗曰。時寒。途中善為。師聆此言。頓忘前解。歸寂。諡弘照大師。
初めて帰宗に参じて問うた。「如何なるか是れ佛。」宗は言った。「我汝に向って道わば、汝還た信ずるか否や。」曰く、「和尚の誠言、安んぞ敢えて信て信ぜざらんや。」宗は言った。「即ち汝便ち是れ。」師は言った。「如何に保任せん。」宗は言った。「一の翳眼に在れば、空華乱れ墜つ。」(法眼は言った。「若し後語無からんには、什麼の帰宗か有らん。」)師は辞した。宗は問うた。「什麼の処に行く。」師は言った。「嶺中に帰りて行きます。」宗は言った。「子ここに多年、装束し了えて来い。子の為に一上の佛法を説かん。」師は結束して上り去らんとす。宗は言った。「近前せよ。」師は乃ち近前した。宗は言った。「時寒し、途中善く為れ。」師は此の言を聆きて、頓ちに前の解を忘れた。寂に帰した。諡は弘照大師。
漢南高亭和尚
漢南高亭和尚
有僧自夾山來禮拜。師便打。僧曰。特來禮拜。何得打某甲。僧再禮拜。師又打趂。僧回。舉似夾山。山曰。汝會也無。曰。不會。山曰。賴汝不會。若會。即夾山口瘂。
僧有りて夾山より来りて礼拜す。師は便ち打った。僧は言った。「特に礼拜しに来たり、何ぞ某甲を打つを得ん。」僧は再び礼拜した。師は又打ち趁った。僧は回り、夾山に挙似した。山は言った。「汝会すや無きや。」曰く、「会せず。」山は言った。「汝が会せざるに頼る。若し会せば、即ち夾山の口啞ならん。」
新羅大茅和尚
新羅大茅和尚
上堂。欲識諸佛師。向無明心內識取。欲識常住不凋性。向萬物遷變處識取。僧問。如何是大茅境。師曰。不露鋒。曰。為甚麼不露鋒。師曰。無當者。
上堂して言った。「諸佛の師を識らんと欲せば、無明の心内に向いて識り取れ。常住不凋の性を識らんと欲せば、万物の遷変する処に向いて識り取れ。」僧が問うた。「如何なるか是れ大茅の境。」師は言った。「鋒を露さず。」曰く、「何の故に鋒を露さざる。」師は言った。「当たる者無きが故に。」
五臺山智通禪師(自稱大禪佛)
五台山智通禅師(自ら大禅佛と称す)
初在歸宗會下。忽一夜連呌曰。我大悟也。眾駭之。明日上堂眾集。宗曰。昨夜大悟底僧出來。師出曰。某甲。宗曰。汝見甚麼道理。便言大悟。試說看。師曰。師姑元是女人作。宗異之。師便辭去。宗門送。與提笠子。師接得笠子。戴頭上便行。更不回顧。後居臺山法華寺。臨終有偈曰。舉手攀南斗。回身倚北辰。出頭天外看。誰是我般人。
初めて帰宗の会下に在り。忽ち一夜連ねて叫んで言った。「我大悟せり。」衆は之に駭きたり。明日上堂して衆集まる。宗は言った。「昨夜大悟せる底の僧出で来い。」師は出でて言った。「某甲。」宗は言った。「汝は什麼の道理を見て、便ち大悟と言う。試みに説いて看よ。」師は言った。「師姑は元是女人と作る。」宗は之を異とした。師は便ち辞去した。宗は門に送り、与に笠子を提げた。師は笠子を接し得て、頭上に戴きて便ち行き、更に回顧せず。後に台山の法華寺に居す。臨終に偈有りて言った。「手を挙げて南斗に攀じ、身を回して北辰に倚る。頭を出でて天外に看れば、誰人か是我が般の人。
大梅常禪師法嗣
大梅常禅師法嗣
新羅國迦智禪師
新羅国迦智禅師
僧問。如何是西來意。師曰。待汝裡頭來。即與汝道。問。如何是大梅的旨。師曰。酪本一時拋。
僧が問うた。「如何なるか是れ西来の意。」師は言った。「汝が裏頭に来るを待ちて、即ち汝と与に道わん。」問う。「如何なるか是れ大梅の的旨。」師は言った。「酪本は一時に抛ぐ。」
杭州天龍和尚
杭州天龍和尚
上堂。大眾莫待老僧上來便上來。下去便下去。各有華藏性海。具足功德。無礙光明。各各參取。珍重。僧問。如何得出三界去。師曰。汝即今在甚麼處。
上堂して言った。「大衆、老僧が上り来たれば便ち上り来て、下り去れば便ち下り去るを待つ莫れ。各おの華蔵性海有り、功德具足し、光明に礙え無し。各おの参じ取れ。珍重。」僧が問うた。「如何にして三界を出で去るを得ん。」師は言った。「汝は即今什麼の処に在る。」
佛光滿禪師法嗣
佛光満禅師法嗣
杭州刺史白居易
杭州刺史白居易
字樂天。久參佛光得心法。兼稟大乘金剛寶戒。元和中造於京兆興善法堂。致四問(語見興善章)。十五年。牧杭州。訪鳥窠和尚。有問答語句(見鳥窠章)。甞致書於濟法師。以佛無上大慧演出教理。安有狥機高下。應病不同。與平等一味之說相反。援引維摩及金剛三昧等六經。闢二義而難之。又以五蘊十二緣說名色。前後不類。立理而徵之。並鉤深索隱。通幽洞微。然未覩法師醻對。後來亦鮮有代答者。復受東都凝禪師八漸之目。各廣一言而為一偈。釋其旨趣。自淺之深。猶貫珠焉。凡守任處多訪祖道。學無常師。後為賓客。分司東都。罄己俸修龍門香山寺。寺成自撰記。凡為文動關教化。無不贊美佛乘。見於本集。其歷官次第歸全代祀。即史傳存焉。
字は楽天。久しく佛光に参じて心法を得、兼ねて大乗の金剛宝戒を禀けた。元和の中、京兆の興善法堂に造りて、四問を致した(語は興善の章に見ゆ)。十五年、杭州を牧し、鳥窠和尚を訪い、問答の語句有り(鳥窠の章に見ゆ)。嘗て済法師に書を致し、佛の無上大慧に依りて教理を演出し、安んぞ機に徇りて高下有り、病に応じて同からざること、平等一味の説と相反するや有らんと。維摩及び金剛三昧等の六経を援引して、二義を辟きて之に難ず。又以て五蘊十二縁の説、名色を言う、前後類せず、理を立てて之に征す。倶に深を鉤り隠を索め、幽を通じ微を洞す。然れど未だ法師の酬対を睹ず、後来も亦た代わりて答うる者鮮し。復た東都凝禅師の八漸の目を受け、各おの一言を広めて一偈と為し、其の旨趣を釈して、浅きより深きに之く、猶お珠を貫くが如し。凡そ守任する処、多く祖道を訪い、学ぶに常師無し。後に賓客と為り、東都を分司す。己が俸を罄して龍門香山寺を修む。寺成りて自ら記を撰す。凡そ文を為すに、動もて教化に関り、佛乗を賛美せざる無し、本集に見ゆ。其の官を歴る次第、全て代祀に帰す、即ち史伝に存焉。
五洩默禪師法嗣
五泄黙禅師法嗣
福州龜山正元禪師
福州亀山正元禅師
宣州蔡氏子。甞述偈示徒。一曰。滄溟幾度變桑田。唯有虗空獨湛然。已到岸人休戀筏。未曾度者要須船。二曰。尋師認得本心源。兩岸俱玄一不全。是佛不須更覔佛。祇因如此便忘緣。咸通十年終於本山。諡性空大師。
宣州蔡氏の子。嘗て偈を述べて徒に示す。一に曰く、「滄溟幾度か桑田と変わる、唯だ虚空独り湛然とす。已に岸に到る人は筏に恋うを休め、未だ渡らざる者は須く船を要す。」二に曰く、「師を尋ねて本心の源を認め得て、両岸倶に玄しく一全からず。是の佛に須からず更に佛を覓む、只だ因が如くして便ち縁を忘る。」咸通十年に本山に終わる。諡は性空大師。
