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五燈會元巻第七

宋 · 普济 · 第48巻 / 144

龍華球禪師法嗣

龍華球禅師法嗣

杭州仁王院俊禪師

杭州仁王院俊禅師

僧問。古人道向上一路。千聖不傳。如何是不傳底事。師曰。向上問將來。曰。恁麼則上來不當去也。師曰。既知如是。踏步上來作甚麼。

僧が問うた、「古人道ふ、向上の一路、千聖傳へずと。如何なるか是れ傳へざるの事」。師は言った、「向上に向ひて問ひ將來れ」。曰く、「さようらば則ち上來當たらずして去らん」。師は言った、「既に如是を知りて、踏步して上來して作麼せん」。

酒仙遇賢禪師

酒仙遇賢禅師

姑蘇長洲林氏子。母夢吞大珠而孕。生多異祥。貌偉怪。口容雙拳。七歲甞沈大淵。而衣不潤。遂去家。師嘉禾永安可依。三十剃染圓具。往參龍華。發明心印。回居明覺院。唯事飲酒。醉則成歌頌.警道俗。因號酒仙。偈曰。綠水紅桃華。前街後巷走百餘遭。張三也識我。李四也識我。識我不識我。兩箇拳頭那箇大。兩箇之中一箇大。曾把虗空一𭣟破。摩挲令教卻恁麼。拈取須彌枕頭臥。楊子江頭浪最深。行人到此盡沈吟。他時若到無波處。還似有波時用心。金斝又聞泛。玉山還報頹。莫教更漏促。趂取月明回。貴買硃砂畵月。算來枉用工夫。醉臥綠楊陰下。起來強說真如。泥人再三叮囑。莫教失卻衣珠。一六二六。其事已足。一九二九。我要吃酒。長伸兩腳眠一𮄔。起來天地還依舊。門前綠樹無啼鳥。庭下蒼苔有落花。聊與東風論箇事。十分春色屬誰家。秋至山寒水冷。春來柳綠花紅。一點動隨萬變。江村煙雨濛濛。有不有。空不空。笊籬撈取西北風。生在閻浮世界。人情幾多愛惡。祇要吃些酒子。所以倒街臥路。死後卻產娑婆。不願超生淨土。何以故。西方淨土且無酒酤。師於祥符二年上元凌晨。浴罷就室。合拳右舉。左張其口而化。

姑蘇長洲林氏の子。母夢に大珠を吞みて孕む。生れて異祥多し。貌偉怪にして、口雙拳を容る。七歲嘗て大淵に沈みて、衣潤はず、遂に家を去る。嘉禾永安の可依に師事す。三十剃染圓具し、往きて龍華に參じ、心印を發明す。回りて明覺院に居り、唯だ酒を飲むを事とす。醉へば則ち歌頌を成し、道俗を警む。因りて酒仙と號す。偈に曰く、「綠水に紅桃花、前街後巷走ること百餘遭。張三も我を識り、李四も我を識る。我を識る我を識らず、兩箇の拳頭那箇か大ならん。兩箇の中一箇大なり、曾て虛空を把りて一つに𭣟破りき。摩挲して却ってさように教へ、須彌を拈取して枕頭に臥す。楊子江頭浪最も深し、行人此れに到りて盡く沈吟す。他時若し無波の處に到らば、還た有波の時の用心に似たらん。金斝又泛ぶを聞き、玉山還た頹るを報ず。更漏の促さるを教へる莫れ、月明を趁取して回れ。貴く朱砂を買ひて月を畫く、算へて來れば枉げて工夫を用ゐたり。醉臥綠楊の陰の下、起きて強ひて眞如を説く。泥人再三の叮囑、衣珠を失はしむる莫れ。一六二六、其の事已に足る。一九二九、我酒を喫さんと要す。長く兩脚を伸べて一𮄔に眠り、起きて天地還た依舊なり。門前の綠樹啼鳥無く、庭下の蒼苔落花有り。聊か東風と箇の事を論ず、十分の春色誰かの家に屬する。秋至れば山寒く水冷たく、春來れば柳綠く花紅し。一點動きて萬變に隨ふ、江村烟雨蒙蒙たり。有にして有らず、空にして空ならず、笊籬西北の風を撈取す。閻浮世界に生まれて、人情幾多の愛惡。只だ些の酒子を喫せん、所以に街に倒れ路に臥す。死し後却って娑婆に産せん、超生して淨土に願はず。何を以ての故ぞ。西方淨土且つ酒酤無し」。師祥符二年上元の凌晨、浴び罷みて室に就き、拳を合せて右を擧げ、左其の口を張りて化す

延壽輪禪師法嗣

延壽輪禅師法嗣

廬山歸宗道詮禪師

廬山歸宗道詮禅師

吉州劉氏子。僧問。承聞和尚親見延壽來。是否。師曰。山前麥熟也未。問。九峰山中還有佛法也無。師曰。有。曰。如何是九峰山中佛法。師曰。石頭大底大。小底小。尋屬江南國絕。僧徒例試經業。師之眾並習禪觀。乃述一偈。聞於州牧曰。比擬忘言合太虗。免教和氣有親疎。誰知道德全無用。今日為僧貴識書。州牧閱之。與僚佐議曰。旃檀林中。必無雜樹。唯師一院。特奏免試。南康知軍張南金具疏。集道俗迎請。坐歸宗道場。僧問。如何是歸宗境。師曰。千邪不如一直。問。如何是佛。師曰。待得雪消後。自然春到來。問。深山巖谷中。還有佛法也無。師曰。無。曰。佛法徧在一切處。為甚麼卻無。師曰。無人到。問。古人道不是風動.不是幡動時如何。師曰。來日路口有市。問。如何是學人自己。師曰。床窄先臥。粥稀後坐。雍熈二年順寂。塔於牛首庵。

吉州劉氏の子。僧が問うた、「承聞く、和尚親しく延壽を見て來りしと、是れや否」。師は言った、「山前の麥熟せしや未だ」。問うた、「九峰山中還た佛法有るや無し」。師は言った、「有り」。曰く、「如何なるか是れ九峰山中の佛法」。師は言った、「石頭大ききは大なり、小さきは小なり」。尋いで江南の國絕えんに屬し、僧徒例の經業を試する有り。師の衆併せて禅禅觀を習ひ、乃ち一偈を述べ、州牧に聞えて曰く、「比擬して言を忘れて太虛に合し、和氣に親疎を有らしむるを免れん。誰か知らん、道德全く用無きを、今日僧と爲るに書を識るを貴ぶと」。州牧之を閱し、僚佐と議して曰く、「旃檀の林中、必ず雜樹無し。唯だ師の一院、特に奏して試を免れん」。南康の知軍張南金疏を具へ、道俗を集めて迎請し、歸宗の道場に坐す。僧が問うた、「如何なるか是れ歸宗の境」。師は言った、「千邪一直に如かず」。問うた、「如何なるか是れ佛」。師は言った、「雪の消えし後を得て、自然に春到來せん」。問うた、「深山の巖谷の中、還た佛法有るや無し」。師は言った、「無し」。曰く、「佛法一切の處に遍く在り、甚麼の故にか却って無し」。師は言った、「人到らず」。問うた、「古人道ふ、是れ風動ならず、是れ幡動ならずと、時如何」。師は言った、「來日路口に市有らん」。問うた、「如何なるか是れ學人の自己」。師は言った、「牀窄ければ先に臥し、粥稀ければ後に坐す」。雍熙二年順寂す。牛首庵に塔す。

潭州龍興𥙿禪師

潭州龍興𥙿禅師

僧問。如何是學人自己。師曰。張三李四。曰。比來問自己。為甚麼卻道張三李四。師曰。汝且莫草草。問。諸餘即不問。如何是和尚家風。師曰。家風即且置。阿那箇是汝不問底諸餘。

僧が問うた、「如何なるか是れ學人の自己」。師は言った、「張三李四」。曰く、「比來自己を問ふ、甚麼の故にか却って張三李四と道ふ」。師は言った、「汝且く草草たる莫れ」。問うた、「諸餘は即ち問はず、如何なるか是れ和尚の家風」。師は言った、「家風は即ち且く置く。阿那箇か是れ汝の問はざる諸餘」。

保福儔禪師法嗣

保福儔禅師法嗣

漳州隆壽無逸禪師

漳州隆壽無逸禅師

開堂陞座。良久曰。諸上座。若是上根之士。早已掩耳。中下之流。競頭側聽。雖然如此。猶是不得已而言。諸上座。他時後日到處。有人問著今日事。且作麼生舉似他。若也舉得。舌頭鼓論。若也舉不得。如無三寸。且作麼生舉。

堂を開き座に升る。良久して曰く、「諸の上座、若し是れ上根の士ならば、早く已に耳を掩はん。中下の流、頭を競はして側聽す。然ると雖も如此、猶ほ是れ已むを得ずして言ふ。諸の上座、他時後日到る處、人の今日の事を問着せば、且く作麼生か他に擧似せん。若しも擧げ得れば、舌頭鼓論す。若しも擧げ得ざれば、三寸無きが如し。且く作麼生か擧げん」。

大龍洪禪師法嗣

大龍洪禅師法嗣

鼎州大龍山景如禪師

鼎州大龍山景如禅師

僧問。如何是佛法大意。師便喝。僧曰。尊意如何。師曰。會麼。曰。不會。師又喝。問。太陽一顯人皆羨。皷聲絕罷意如何。師曰。季秋凝後好晴天。

僧が問うた、「如何なるか是れ佛法の大意」。師便ち喝す。僧曰く、「尊意如何」。師は言った、「會するか」。曰く、「會せず」。師又喝す。問うた、「太陽一たび顯るれば人皆な羨む、鼓聲絕え罷みし意如何」。師は言った、「季秋の凝後好き晴天」。

鼎州大龍山楚勛禪師

鼎州大龍山楚勛禅師

上堂。良久曰。大眾祇恁麼各自散去。已是重宣此義了也。久立又奚為。然久立有久立底道理。知了。經一小劫如一食頃。不知便見茫然。還知麼。有知者出來。大家相共商量。僧出提坐具。曰。展即徧周沙界。縮即絲髮不存。展即是。不展即是。師曰。你從甚麼處得來。曰。恁麼則展去也。師曰。沒交涉。問。如何是大龍境。師曰。諸方舉似人。曰。如何是境中人。師曰。你為甚麼謾我。問。亡僧遷化向甚麼處去。師曰。阿彌陀佛。問。善法堂中師子吼。未審法嗣嗣何人。師曰。猶自恁麼問。

上堂。良久して曰く、「大衆只ださように各自散じて去れば、已に重ねて此の義を宣へ了へれり。久立して又奚をか爲す。然れども久立に久立の道理有り。知れば、一小劫を經て一食の頃の如し。知らざれば便ち茫然を見る。還た知るか。知る者有らば出で來れ、大家相い共に商量せん」。僧出でて坐具を提げて曰く、「展すれば即ち沙界に遍周し、縮めば即ち絲髮存せず。展する是れか、不展是れか」。師は言った、「汝甚麼の處よりか得て來れり」。曰く、「さようらば則ち展じて去らん」。師は言った、「交涉を沒す」。問うた、「如何なるか是れ大龍の境」。師は言った、「諸方人に擧似す」。曰く、「如何なるか是れ境中の人」。師は言った、「汝甚麼の故にか我を瞞す」。問うた、「亡僧遷化して甚麼の處に向ひて去る」。師は言った、「阿彌陀佛」。問うた、「善法堂中師子吼ゆ、未だ審らかならず、法嗣何人を嗣ぐ」。師は言った、「猶ほ自らさように問ふ」。

興元府普通院從善禪師

興元府普通院從善禅師

僧問。法輪再轉時如何。師曰。助上座喜。曰。合譚何事。師曰。異人掩耳。曰。便恁麼領會時如何。師曰。錯。問。佩劒叩松關時如何。師曰。莫亂作。曰。誰不知有。師曰。出。

僧が問うた、「法輪再び轉ずる時如何」。師は言った、「上座の喜を助く」。曰く、「合に何の事をか談ずる」。師は言った、「異人耳を掩ふ」。曰く、「便ちさように領會する時如何」。師は言った、「錯り」。問うた、「劍を佩びて松關を叩く時如何」。師は言った、「亂に作す莫れ」。曰く、「誰か有るを知らざる」。師は言った、「出でよ」。

白馬靄禪師法嗣

白馬靄禅師法嗣

襄州白馬智倫禪師

襄州白馬智倫禅師

僧問。如何是佛。師曰。真金也須失色。問。如何是和尚出身處。師曰。牛觝墻。曰。學人不會意旨如何。師曰。已成八字。

僧が問うた、「如何なるか是れ佛」。師は言った、「眞金も亦た須く色を失ふべし」。問うた、「如何なるか是れ和尚の出身の處」。師は言った、「牛の牆を抵く」。曰く、「學人意旨を會せず如何」。師は言った、「已に八字を成せり」。

白兆楚禪師法嗣

白兆楚禅師法嗣

唐州保壽匡祐禪師

唐州保壽匡祐禅師

僧問。如何是佛法大意。師曰。近前來。僧近前。師曰。會麼。曰。不會。師曰。石火電光。已經塵劫。問。如何是為人底一句。師曰。開口入耳。曰。如何理會。師曰。逢人告人。

僧が問うた、「如何なるか是れ佛法の大意」。師は言った、「近前せよ」。僧近前す。師は言った、「會するか」。曰く、「會せず」。師は言った、「石火の電光、已に塵劫を經ぬ」。問うた、「如何なるか是れ人を爲るの一句」。師は言った、「口を開けば耳に入る」。曰く、「如何に理會せん」。師は言った、「人に逢へば人に告ぐ」。

青原下九世

靑原下九世

黃龍達禪師法嗣

黃龍達禅師法嗣

眉州黃龍禪師

眉州黃龍禅師

僧問。如何是密室。師曰。斫不開。曰。如何是密室中人。師曰。非男女相。問。國內按劒者是誰。師曰。昌福。曰。忽遇尊貴時如何。師曰。不遺。

僧が問うた、「如何なるか是れ密室」。師は言った、「斫り開く可からず」。曰く、「如何なるか是れ密室中の人」。師は言った、「男女の相に非ず」。問うた、「國内劍を按ずる者は誰ぞ」。師は言った、「昌福」。曰く、「忽ち尊貴に遇はば時如何」。師は言った、「遺さず」。

清谿進禪師法嗣

淸溪進禅師法嗣

相州天平山從漪禪師

相州天平山從漪禅師

僧問。如何得出三界。師曰。將三界來與汝出。問。如何是和尚家風。師曰。顯露地。問。如何是佛。師曰。不指天地。曰。為甚麼不指天地。師曰。唯我獨尊。問。如何是天平。師曰。八凹九凸。問。洞深杳杳清谿水。飲者如何不升墜。師曰。更夢見甚麼。問。大眾雲集。合譚何事。師曰。香煙起處森羅見。

僧が問うた、「如何にして三界を出づるを得ん」。師は言った、「三界を將て來れば、汝に出でを與へん」。問うた、「如何なるか是れ和尚の家風」。師は言った、「顯露たる地」。問うた、「如何なるか是れ佛」。師は言った、「天地を指さず」。曰く、「甚麼の故にか天地を指さざる」。師は言った、「唯我獨尊」。問うた、「如何なるか是れ天平」。師は言った、「八凹九凸」。問うた、「洞深杳杳として淸溪の水、飮者如何にして升墜せざる」。師は言った、「更に甚麼をか夢見る」。問うた、「大衆雲集す、合に何の事をか談ずる」。師は言った、「香烟起こる處森羅見ゆ」。

廬山圓通緣德禪師

廬山圓通緣德禅師

臨安黃氏子。事本邑東山勤老宿剃染。徧遊諸方。江南國王於盧山建院。請師開法。上堂。諸上座。明取道眼。好是行腳本分事。道眼若未明。有甚麼用處。祇是移盤吃飯漢。道眼若明。有何障礙。若未明得。強說多端也無用處。無事切須尋究。僧問。如何是四不遷。師曰。地水火風。問。如何是古佛心。師曰。水鳥樹林。曰。學人不會。師曰。會取學人。問。久負沒絃琴。請師彈一曲。師曰。負來多少時也。曰。未審作何音調。師曰。話墮也。珍重。問。如何是佛法大意。師曰。過去燈明佛。本光瑞如是。本朝遣帥問罪江南。後主納土矣。而胡則者據守九江不降。大將軍曹翰部曲渡江入寺。禪者驚走。師淡坐如平日。翰至。不起不揖。翰怒訶曰。長老不聞殺人不眨眼將軍乎。師熟視曰。汝安知有不懼生死和尚邪。翰大奇。增敬而已。曰。禪者何為而散。師曰。擊皷自集。翰遣裨校擊之。禪無至者。翰曰。不至。何也。師曰。公有殺心故爾。師自起擊之。禪者乃集。翰再拜。問決勝之䇿。師曰。非禪者所知也。太平興國二年十月七日。陞堂曰。脫離世緣。乃在今日。囑令門人壘青石為塔。乃曰。他日塔作紅色。吾再至也。言訖而逝。諡道濟禪師。

臨安黃氏の子。本邑東山の勤老宿を事ゑて剃染し、遍く諸方を游ぶ。江南の國王廬山に院を建て、師を請じて法を開かしむ。上堂、「諸の上座、明るく道眼を取れ、好し是れ行脚の本分の事。道眼若し未だ明めば、甚麼の用處か有らん、只是れ盤を移して飯を喫する漢。道眼若し明めば、何の障礙か有らん。若し未だ明るく得ざれば、強ひて多端を説くも亦た用處無し。無事切に須く尋究すべし」。僧が問うた、「如何なるか是れ四不遷」。師は言った、「地水火風」。問うた、「如何なるか是れ古佛心」。師は言った、「水鳥樹林」。曰く、「學人會せず」。師は言った、「學人を會取せよ」。問うた、「久しく沒弦の琴を負ふ、師に一曲を彈ぜんことを請ふ」。師は言った、「負ひて來ること多少の時なる」。曰く、「未だ審らかならず、何の音調をか作す」。師は言った、「話墮ちたり。珍重」。問うた、「如何なるか是れ佛法の大意」。師は言った、「過去燈明佛、本光瑞に如是なり」。本朝帥を遣はして江南に罪を問へば、後主土を納めたり。而して胡則と言ふ者九江を據守して降らず。大將軍曹翰の部曲江を渡りて寺に入り、禅者驚き走る。師平日の如く淡坐す。翰至り、起たず揖せず。翰怒りて呵して曰く、「長老人を殺して眼を眨まざる將軍を聞かずや」。師熟視して曰く、「汝安んぞ生死を懼れざる和尚有るを知らんや」。翰大いに奇とし、敬を增すのみ。曰く、「禅者何爲れか散ぜし」。師は言った、「鼓を擊てば自ら集まらん」。翰裨校を遣はして之を擊たしむるも、禅至る者無し。翰曰く、「至らざるは何ぞ」。師は言った、「公殺心有るが故に爾り」。師自ら起ちて之を擊つ、禅者乃ち集まる。翰再拜し、勝を決するの策を問ふ。師は言った、「禅者の知る所に非ず」。太平興國二年十月七日、堂に升りて曰く、「世緣を脱離するは、乃ち今日に在り」。門人に囑して青石を壘りて塔と爲さしめ、乃ち曰く、「他日塔紅色を作さば、吾再び至らん」。言訖りて逝く。道濟禅師と諡す。

清涼復禪師法嗣

淸凉復禅師法嗣

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