五燈会元 巻第一
文殊菩薩
文殊師利菩薩
一日令善財採藥。曰。是藥者採將來。善財徧觀大地。無不是藥。卻來白曰。無有不是藥者。殊曰。是藥者採將來。善財遂於地上拈一莖草。度與文殊。文殊接得。呈起示眾曰。此藥亦能殺人。亦能活人。文殊問菴提遮女曰。生以何為義。女曰。生以不生生為生義。殊曰。如何是生以不生生為生義。女曰。若能明知。地水火風四緣未甞自得。有所和合而能隨其所宜。是為生義。殊曰。死以何為義。女曰。死以不死死為死義。殊曰。如何是死以不死死為死義。女曰。若能明知。地水火風四緣未甞自得。有所離散而能隨其所宜。是為死義。菴提遮女問文殊曰。明知生是不生之理。為甚麼卻被生死之所流轉。殊曰。其力未充。
一天善財に藥を採らしめて說いた、「是れ藥ならば、採りて將來れ。」善財は遍く大地を觀れば、藥ならざる無し、却って來りて稟白した、「藥ならざる無し。」文殊は說いた、「是れ藥ならば、採りて將來れ。」善財は便ち地上に於いて一莖の草を拈じて、文殊に度した。文殊は接得して、呈起して衆に示して說いた、「此の藥も亦た能く人を殺し、亦能く人を活かす。」文殊は庵提遮女に問うた、「生は何を以てか義と爲す。」女は說いた、「生は生生ぜざるを以て生義と爲す。」文殊は說いた、「如何にしてか生は生生ぜざるを以て生義と爲す。」女は說いた、「若し能く明らかに知らば、地水火風の四緣は未だ嘗て自ら得ず、和合する所有りて其の宜しきに隨う能くす、是を生義と爲す。」文殊は說いた、「死は何を以てか義と爲す。」女は說いた、「死は死せざるを以て死義と爲す。」文殊は說いた、「如何にしてか死は死せざるを以て死義と爲す。」女は說いた、「若し能く明らかに知らば、地水火風の四緣は未だ嘗て自ら得ず、離散する所有りて其の宜しきに隨う能くす、是を死義と爲す。」庵提遮女は文殊に問うた、「生は不生の理を明らかに知る、什麼の爲に却って生死に流轉せらるる。」文殊は說いた、「其の力は未だ充たず。」
天親菩薩
天親菩薩
從彌勒內宮而下。無著菩薩問曰。人間四百年。彼天為一晝夜。彌勒於一時中成就五百億天子。證無生法忍。未審說甚麼法。天親曰。秖說這箇法。秖是梵音清雅。令人樂聞。
彌勒內宮より下る。無著菩薩は問うた、「人間の四百年は、彼の天を以て一晝夜と爲す。彌勒は一時の中に於いて五百億の天子を成就して、無生法忍を證せしむ。何の法を說いたを知らず。」天親は說いた、「只だ此の個の法を說く。只だ是れ梵音淸雅にして、人をして聞くを樂しましむ。」
維摩會上。三十二菩薩各說不二法門。文殊曰。我於一切法。無言無說。無示無識。離諸問答。是為菩薩入不二法門。於是文殊又問維摩。仁者當說何等是菩薩入不二法門。維摩默然。文殊讚曰。乃至無有語言文字。是菩薩真入不二法門。
維摩の會上、三十二菩薩は各々不二法門を說く。文殊は說いた、「我は一切法に於いて、言無く說無く、示無く識無く、諸の問答を離る、是を菩薩の不二法門に入ると爲す。」是に於いて文殊は又た維摩に問うた、「仁者は當に何等が是れ菩薩の不二法門に入るを說くべき。」維摩は默然たり。文殊は贊して說いた、「乃至語言文字の有ること無し、是れ菩薩の眞に不二法門に入るなり。」
善財
善財
參五十三員善知識。末後到彌勒閣前。見樓閣門閉。瞻仰讚嘆。見彌勒從別處來。善財作禮曰。願樓閣門開。令我得入。尋時。彌勒至善財前。彈指一聲。樓閣門開。善財入已。閣門即閉。見百千萬億樓閣。一一樓閣內有一彌勒領諸眷屬並一善財而立其前。善財因無著菩薩問曰。我欲見文殊。何者即是。財曰。汝發一念心清淨即是。無著曰。我發一念心清淨。為甚麼不見。財曰。是真見文殊。
五十三員の善知識に參す。末後に彌勒の閣前に到りて、樓閣の門閉ぢたるを見て、瞻仰贊歎す。彌勒が別處より來るを見る。善財は禮を作して說いた、「願はくは樓閣の門を開きて、我をして入るを得しめよ。」尋ぬる時、彌勒は善財の前に至り、指を彈くこと一聲、樓閣の門は開けり。善財は入りて已り、閣門は即ち閉ぢた。百千萬億の樓閣を見、一一の樓閣の內に一彌勒有りて諸の眷屬を領し竝に一善財と其の前に立つ。善財は因って無著菩薩の問うた、「我は文殊を見んと欲す、何れの者か即ち是れ。」善財は說いた、「お前が一念心淸淨を發すれば即ち是なり。」無著は說いた、「我が一念心淸淨を發す、什麼の爲に見えざる。」善財は說いた、「是れ眞に文殊を見るなり。」
須菩提尊者
須菩提尊者
在巖中宴坐。諸天雨華讚嘆。者曰。空中雨華讚嘆。復是何人。云何讚嘆。天曰。我是梵天。敬重尊者善說般若。者曰。我於般若未甞說一字。汝云何讚嘆。天曰。如是尊者無說。我乃無聞。無說無聞。是真說般若。尊者一日說法次。帝釋雨華。者乃問。此華從天得邪。從地得邪。從人得邪。釋曰。弗也。者曰。從何得邪。釋乃舉手。者曰。如是。如是。
巖中に宴坐す。諸天は花を雨らして贊歎す。尊者は說いた、「空中に花を雨らして贊歎するは、復た是れ何人。云何にか贊歎する。」天は說いた、「我は是れ梵天、尊者の善く般若を說くを敬重す。」尊者は說いた、「我は般若に於いて未だ嘗て一字を說かず、お前は云何にか贊歎する。」天は說いた、「是の如し。尊者は說く無く、我は乃ち聞く無し。說無く聞無し、是れ眞の般若を說くなり。」尊者は一天法を說くの時、帝釋は花を雨らした。尊者は便ち問うた、「此の花は天より得か、地より得か、人より得か。」帝釋は說いた、「弗し。」尊者は說いた、「何より得る。」帝釋は便ち手を擧げた。尊者は說いた、「是の如し是の如し。」
舍利弗尊者
舍利弗尊者
因入城遙見月上女出城。舍利弗心口思惟。此姊見佛。不知得忍不得忍否。我當問之。才近便問。大姊往甚麼處去。女曰。如舍利弗與麼去。弗曰。我方入城。汝方出城。何言如我恁麼去。女曰。諸佛弟子。當依何住。弗曰。諸佛弟子依大涅槃而住。女曰。諸佛弟子既依大涅槃而住。而我亦如舍利弗與麼去。舍利弗問須菩提夢中說六波羅蜜與覺時同異。提曰。此義深遠。吾不能說。會中有彌勒大士。汝往彼問。舍利弗問彌勒。彌勒雲。誰名彌勒。誰是彌勒。舍利弗問天女曰。何以不轉女身。女曰。我從十二年來求女人相。了不可得。當何所轉。即時天女以神通力變舍利弗。令如天女。女自化身如舍利弗。乃問言。何以不轉女身。舍利弗以天女像而答言。我今不知云何轉面而變為女身。
城に入るに因って遙かに月上女が城を出づるを見た。舍利弗は心口に思惟す、此の姉は佛を見て、忍を得るか不得かを知らず。我は當に之に問うべし。纔かに近づきて便ち問うた、「大姉は什麼の處に往く。」女は說いた、「舍利弗が此の如く往くが如く。」舍利弗は說いた、「我は方に城に入り、お前は方に城を出づ、何ぞ我が此の如く往くが如しと言わん。」女は說いた、「諸佛の弟子は、當に何に依りて住すべき。」舍利弗は說いた、「諸佛の弟子は大涅槃に依りて住す。」女は說いた、「諸佛の弟子は既に大涅槃に依りて住す、而して我も亦た舍利弗が此の如く往くが如し。」舍利弗は須菩提に問うた、夢中に六波羅蜜を說くと覺る時と同異如何。須菩提は說いた、「此の義は深遠、吾は說く能はず。會中に彌勒大士有り、お前は彼に往きて問え。」舍利弗は彌勒に問うた。彌勒は說いた、「誰か名づけて彌勒、誰か是れ彌勒。」舍利弗は天女に問うた、「何以てか女身を轉ぜざる。」女は說いた、「我は十二年より以來女人の相を求むれども、了に得る可からず。當に何を轉ずる所あらん。」即時天女は神通力を以て舍利弗を變え、天女の如からしめた。女は自ら化身して舍利弗の如くなり、便ち問うた、「何以てか女身を轉ぜざる。」舍利弗は天女の像を以て答えた、「我は今云何にか面を轉じて變じて女身と爲るを知らず。」
殃崛摩羅尊者
殃崛摩羅尊者
未出家時。外道受教為嬌屍迦。欲登王位。用千人拇指為花冠。已得九百九十九。唯欠一指。遂欲殺母取指。時佛在靈山。以天眼觀之。乃作沙門在殃崛前。殃崛遂釋母欲殺佛。佛徐行。殃崛急行。追之不及。乃喚曰。瞿曇。住。住。佛告曰。我住久矣。是汝不住。殃崛聞之。心忽開悟。遂棄刃。投佛出家。
未だ出家せざるの時、外道は教を受けて嬌尸迦と爲し、王位に登らんことを欲し、千人の拇指を用いて花冠と爲す。已に九百九十九を得て、只だ一指を欠く、便ち母を殺して指を取らんと想えり。當時佛は靈山に在り、天眼を以て之を觀て、便ち沙門と作して殃崛の前に在り。殃崛は便ち母を放ちて佛を殺さんと想った。佛は徐に行き、殃崛は急ぎ行くも、之を追うに及ばず、便ち喚いた、「瞿曇、住まれ住まれ。」佛は彼に告げた、「我は住して久し。是れお前が住せざるなり。」殃崛は之を聞き、心は忽ち開悟し、便ち刃を棄て、佛に投じて出家した。
賓頭盧尊者
賓頭盧尊者
因阿育王內宮齋三萬大阿羅漢。躬自行香。見第一座無人。王問其故。海意尊者曰。此是賓頭盧位。此人近見佛來。王曰。今在何處。者曰。且待須臾。言訖。賓頭盧從空而下。王請就座。禮敬。者不顧。王乃問。承聞尊者親見佛來。是否。者以手䇿起眉。曰。會麼。王曰。不會。者曰。阿耨達池龍王曾請佛齋。吾是時亦預其數。
阿育王が內宮に三萬の大阿羅漢を齋するに因って、親しく香を行じ、第一座に人無きを見た。王は其の故を問うた。海意尊者は說いた、「此れは賓頭盧の位。此の人は近く佛を見て來り。」王は說いた、「今何の處に在る。」海意は說いた、「且く須臾を待て。」說き畢りて、賓頭盧は空より下った。王は座に就くことを請い、禮敬した。尊者は顧みず。王は便ち問うた、「尊者は親しく佛を見て來たと承聞する、是か否か。」尊者は手を以て眉を策起して說いた、「會するか。」王は說いた、「會せず。」尊者は說いた、「阿耨達池の龍王はかつて佛を請うて齋せしむ、吾は是の時亦た其の數に預れり。」
障蔽魔王
障蔽魔王
領諸眷屬一千年。隨金剛齊菩薩覔起處不得。忽一日得見。乃問曰。汝當依何而住。我一千年覔汝起處不得。齊曰。我不依有住而住。不依無住而住。如是而住。
諸の眷屬を領して一千年、金剛齊菩薩に隨って起って起處を覓むれども得ず。忽然一天見るを得て、便ち問うた、「お前は何に依りて住すべき。我は一千年お前の起處を覓むれども得ず。」齊は說いた、「我は有に依りて住せず、無に依りて住せず、是の如くして住す。」
那叱太子
那咤太子
析肉還母。析骨還父。然後現本身。運大神力。為父母說法。
肉を析きて母に還し、骨を析きて父に還して、然る後本身を現じ、大神力を運らして、父母の爲に法を說く。
秦跋陀禪師
秦跋陀禅師
問生法師講何經論。生曰。大般若經。師曰。作麼生說色空義。曰。眾微聚曰色。眾微無自性曰空。師曰。眾微未聚。喚作甚麼。生罔措。師又問。別講何經論。曰。大涅槃經。師曰。如何說涅槃之義。曰。涅而不生。槃而不滅。不生不滅。故曰涅槃。師曰。這箇是如來涅槃。那箇是法師涅槃。曰。涅槃之義。豈有二邪。某甲秖如此。未審禪師如何說涅槃。師拈起如意曰。還見麼。曰。見。師曰。見箇甚麼。曰。見禪師手中如意。師將如意擲於地曰。見麼。曰。見。師曰。見箇甚麼。曰。見禪師手中如意墮地。師斥曰。觀公見解。未出常流。何得名喧宇宙。拂衣而去。其徒懷疑不已。乃追師扣問。我師說色空涅槃不契。未審禪師如何說色空義。師曰。不道汝師說得不是。汝師秖說得果上色空。不會說得因中色空。其徒曰。如何是因中色空。師曰。一微空故眾微空。眾微空故一微空。一微空中無眾微。眾微空中無一微。
生法師に何の經論を講ずると問うた。生は說いた、「《大般若經》。」老師は說いた、「作麼生して色空の義を說く。」說いた、「衆微聚まりて色と曰い、衆微自性無きを空と曰う。」老師は說いた、「衆微未だ聚まらざるに、何とか喚ぶ。」生は罔措せり。老師は又た問うた、「別に何の經論を講ずる。」說いた、「《大涅槃經》。」老師は說いた、「如何に涅槃の義を說く。」說いた、「涅にして生ぜず、槃にして滅せず。不生不滅、故に涅槃と曰う。」老師は說いた、「此れは是れ如來涅槃、彼れは是れ法師涅槃。」說いた、「涅槃の義、豈に二あらん。某甲は只だ是の如し。禪師は如何に涅槃を說くを知らず。」老師は如意を拈起して說いた、「還って見るか。」說いた、「見る。」老師は說いた、「箇の什麼を見る。」說いた、「禪師の手中の如意を見る。」老師は如意を地に擲ちて說いた、「見るか。」說いた、「見る。」老師は說いた、「箇の什麼を見る。」說いた、「禪師の手中の如意の地に墮つるを見る。」老師は斥けて說いた、「公の見解を觀るに、未だ常流を出でず、何を以てか名の宇宙に喧しいを得る。」衣を拂りて去った。其の徒は懷疑已まず、便ち老師を追いて扣問した、「我が師の色空・涅槃を說けるは契らず。禪師は如何に色空の義を說くを知らず。」老師は說いた、「お前の師の說くは是れに非ずと道わず。お前の師は只だ果上の色空を說けり、因中の色空を說くを會せず。」其の徒は說いた、「如何なるか是れ因中の色空。」老師は說いた、「一微の空なる故に衆微は空、衆微の空なる故に一微は空。一微の空中に衆微無く、衆微の空中に一微無し。」
寶誌禪師
寶志禪師
初。金陵東陽民朱氏之婦。上巳日聞兒啼鷹巢中。梯樹得之。舉以為子。七歲依鍾山大沙門僧儉出家。專修禪觀。宋太始二年髮而徒跣。著錦袍往來皖山劒水之下。以翦尺拂子拄杖頭。負之而行。天鑑二年梁武帝詔問。弟子煩惑未除。何以治之。答曰。十二。帝問。其旨如何。答曰。在書字時節刻漏中。帝益不曉。帝甞詔畫工張僧繇寫師像。僧繇下筆輙不自定。師遂以指𠢐面門。分披出十二面觀音。妙相殊麗。或慈或威。僧繇竟不能寫。他日。與帝臨江縱望。有物泝流而上。師以杖引之。隨杖而至。乃紫旃檀也。即以屬供奉官俞紹。令雕師像。頃刻而成。神采如生。師問一梵僧。承聞尊者喚我作屠兒。曾見我殺生麼。曰。見。師曰。有見見。無見見。不有不無見。若有見見是凡夫見。無見見是聲聞見。不有不無見是外道見。未審尊者如何見。梵僧曰。你有此等見邪(汾陽曰。不枉西來)。師垂語曰。終日拈香擇火。不知身是道場。又曰。大道秖在目前。要且目前難覩。欲識大道真體。不離聲色言語。又曰。京都鄴都浩浩。還是菩提大道(法眼曰。京都鄴都浩浩。不是菩提大道)。
初めは、金陵東陽の民朱氏の婦、上巳の日に兒の啼くを聞きて鷹の巢に在り、樹に梯し之を得て、擧げて以て子と爲す。七歲にして鍾山大沙門僧儉に依りて出家し、專ら禪觀を修す。宋太始二年、髮を披き脚を赤脚にして、錦袍を著て皖山劍水の下を往來し、翦尺・拂子を把りて杖頭に拄けて、之を負いて行く。天監二年、梁武帝は詔して問うた、「弟子は煩惑未だ除かず、何を以てか之を治せん。」答えた、「十二。」帝は問うた、「其の旨は如何。」答えた、「書字の時節、刻漏の中に在り。」帝は愈々曉らず。帝は嘗て詔して畫工張僧繇に老師の像を寫さしめし。僧繇は筆を下す輒ち自ら定まらず。老師は便ち指を用いて面門を劃き開き、分披して十二面觀音を出だし、妙相は殊麗にして、或いは慈しみ或いは威あり。僧繇は竟に寫す能はず。他日、帝と江に臨んで縱望す。物有りて流に逆らい上る。老師は杖を用いて之を引き、杖に隨いて至れり、乃ち是れ紫旃檀なり。便ち供奉官兪紹に交付して、老師の像を彫らしむ。頃刻にして成り、神采は生けるが如し。老師は一梵僧に問うた、「承り聞くに尊者は我を屠兒と喚ぶと、曾て我が生を殺すを見たか。」說いた、「見た。」老師は說いた、「見有る見、見無き見、不有る亦た不無の見。若し見有る見は是れ凡夫見、見無き見は是れ聲聞見、不有る亦た不無の見は是れ外道見。尊者は如何にか見るを知らず。」梵僧は說いた、「お前に此等の見有るか。」(汾陽は說いた、「枉げず西來なり。」)老師は語を垂れて說いた、「終日香を拈じ火を擇ぶも、身は是れ道場なるを知らず。」又た說いた、「大道は只だ目前に在り、要するに目前は睹め難し。大道の眞體を識らんと欲せば、聲色言語を離れず。」又た說いた、「京都鄴都浩浩たり、還って是れ菩提大道。」(法眼は說いた、「京都鄴都浩浩たり、菩提大道に非ず。」)
善慧大士者
善慧大士
婺州義烏縣人也。齊建武四年丁丑五月八日。降於雙林鄉傳宣慈家。本名翕。年十六納劉氏女。名妙光。生普建.普成二子。二十四與里人稽亭浦漉魚。獲已。沈籠水中。祝曰。去者適。止者留。人或謂之愚。會有天竺僧嵩頭陀曰。我與汝毗婆尸佛所發誓。今兜率宮衣缽見在。何日當還。因命臨水觀影。見圓光寶葢。大士笑謂之曰。鑪韛之所多鈍鐵。良醫之門足病人。度生為急。何思彼樂乎。嵩指松山頂曰。此可棲矣。大士躬耕而居之。有人盜菽麥瓜果。大士即與籃籠盛去。日常營作。夜則行道。見釋迦.金粟。定光三如來。放光襲其體。大士乃曰。我得首楞嚴定。天嘉二年。感七佛相隨。釋迦引前。維摩接後。唯釋尊數顧共語。為我補處也。其山頂黃雲盤旋若葢。因號雲黃山。梁武帝請講金剛經。士才陞座。以尺揮按一下。便下座。帝愕然。聖師曰。陛下還會麼。帝曰。不會。聖師曰。大士講經竟。又一日講經次。帝至。大眾皆起。唯士端坐不動。近臣報曰。聖駕在此。何不起。士曰。法地若動。一切不安。大士一日披衲.頂冠.靸履朝見。帝問。是僧邪。士以手指冠。帝曰。是道邪。士以手指靸履。帝曰。是俗邪。士以手指衲衣。大士心王銘曰。觀心空王。玄妙難測。無形無相。有大神力。能滅千災。成就萬德。體性雖空。能施法則。觀之無形。呼之有聲。為大法將。心戒傳經。水中鹽味。色裡膠青。決定是有。不見其形。心王亦爾。身內居停。面門出入。應物隨情。自在無礙。所作皆成。了本識心。識心見佛。是心是佛。是佛是心。念念佛心。佛心念佛。欲得早成。戒心自律。淨律淨心。心即是佛。除此心王。更無別佛。欲求成佛。莫染一物。心性雖空。貪嗔體實。入此法門。端坐成佛。到彼岸已。得波羅蜜。慕道真士。自觀自心。知佛在內。不向外尋。即心即佛。即佛即心。心明識佛。曉了識心。
是れ婺州義烏縣の人。齊建武四年丁丑五月八日、雙林鄕の傅宣慈の家に降誕す。本名は翕。十六歲にして劉氏の女を納れ、名を妙光と曰い、普建・普成の二子を生む。二十四歲にして里人と稽亭浦に於いて魚を漉す。獲已りて、籠を把りて水中に沈め、祝して說いた、「去る者は適き、止まる者は留まれ。」人或いは之を愚と謂う。會に天竺の僧嵩頭陀有りて說いた、「我はお前と毘婆尸佛の所に於いて誓を發したり。今兜率宮の衣鉢は見に在り、何の日にか當に還るべき。」因って水に臨み影を觀ぜしむ、圓光寶蓋を見たり。大士は笑いて他に對して說いた、「鑪鞲の所は鈍鐵多く、良醫の門は病人足る。生を度するを急と爲す、何ぞ彼の樂を思わん。」嵩は松山の頂を指して說いた、「此れ棲し了るべし。」大士は躬ら耕して之に居たり。人の菽麥瓜果を盜む者有れば、大士は即ち籃籠に盛りて去らしめたり。日は常に營作し、夜は則ち道を行ず。釋迦・金粟・定光の三如來を見るに、光を放ちて其の體を襲ふ。大士は便ち說いた、「我は首楞嚴定を得たり。」天嘉二年、七佛の相隨うを感ず、釋迦は前を引き、維摩は後を接ぎ、唯だ釋尊は數々顧みて共に語る、我が補處と爲す。其の山頂は黃雲盤旋して蓋の若し、因って號けて雲黃山と曰う。梁武帝は請うて《金剛經》を講ぜしむ。大士は纔かに座に升りて、尺を以て揮按すること一下、便ち座を下りた。帝は愕然たり。聖師は說いた、「陛下は還って會するか。」帝は說いた、「會せず。」聖師は說いた、「大士は經を講じ竟えり。」又た一天、經を講ずる時、帝至る。大衆は皆起つも、唯だ大士は端坐して動かず。近臣は報じた、「聖駕は此に在り、何ぞ起たざる。」大士は說いた、「法地は若し動かば、一切安んぜず。」大士は一天、衲を披き冠を頂き靸を履して朝見した。帝は問うた、「是れ僧か。」大士は指を以て冠を指した。帝は說いた、「是れ道か。」大士は指を以て靸履を指した。帝は說いた、「是れ俗か。」大士は指を以て衲衣を指した。大士の《心王銘》に說く、心を觀れば空王なり、玄妙にして測り難し。形無く相無くして、大神力有り。能く千千災を滅し、萬德を成就す。體性は空なりと雖も、能く法則を施す。之を觀れば形無く、之を呼べば聲有り。大法將と爲りて、心戒經を傳う。水中の鹽味、色裏の膠靑。決定して是れ有りて、其の形を見ず。心王も亦た爾、身內に居停す。面門を出入して、物に應じ情に隨う。自在にして无碍、作す所は皆成る。本を了して心を識し、心を識して佛を見る。是の心是れ佛、是の佛是れ心。念々佛心、佛心念佛。早く成らんことを得んと欲せば、心に戒して自律せよ。淨律淨心、心即ち是れ佛。此の心王を除きて、更に別の佛無し。佛と成らんことを求めば、一物に染ずる莫れ。心性は空なりと雖も、貪瞋の體は實なり。此の法門に入れば、端坐して佛と成る。彼岸に到り已れば、波羅蜜を得る。道を慕う眞士、自ら自の心を觀よ。佛は內に在るを知り、外に向かいて尋ねず。即心即佛、即佛即心。心明ければ佛を識り、曉了して心を識る。
離心非佛。離佛非心。非佛莫測。無所堪任。執空滯寂。於此漂沉。諸佛菩薩。非此安心。明心大士。悟此玄音。身心性妙。用無更改。是故智者。放心自在。莫言心王。空無體性。能使色身。作邪作正。非有非無。隱顯不定。心性離空。能凡能聖。是故相勸。好自防慎。剎那造作。還復漂沉。清淨心智。如世黃金。般若法藏。並在身心。無為法寶。非淺非深。諸佛菩薩。了此本心。有緣遇者。非去來今。有偈曰。夜夜抱佛眠。朝朝還共起。起坐鎮相隨。語默同居止。纖毫不相離。如身影相似。欲識佛去處。秖這語聲是。又曰。空手把鋤頭。步行騎水牛。人從橋上過。橋流水不流。又曰。有物先天地。無形本寂寥。能為萬象主。不逐四時凋。四相偈。曰生.曰老.曰病.曰死。識託浮泡起。生從愛慾來。昔時曾長大。今日復嬰孩。星眼隨人轉。朱唇向乳開。為憐迷覺性。還卻受輪回。覧鏡容顏改。登階氣力衰。咄哉今已老。趨拜復還虧。身似臨崖樹。心如念水龜。尚猶耽有漏。不肯學無為。忽染沉痾疾。因成臥病身。妻兒愁不語。朋友厭相親。楚痛抽千脈。呻吟徹四隣。不知前路險。猶尚恣貪嗔。精魄隨生路。遊魂入死關。秖聞千萬去。不見一人還。寶馬空嘶立。庭華永絕攀。早求無上道。應免四方山。
心を離れれば佛に非ず、佛を離れれば心に非ず。佛に非ざれば測る莫く、堪任する所無し。空を執り寂に滯して、此に於いて漂沈す。諸佛菩薩、此れ安心に非ず。心明らかなる大士、此の玄音を悟る。身心の性妙、用は更改無し。是の故に智者、心を放ちて自在なり。心王は空にして體性無しと言う莫れ。能く色身をして邪を作さしめ正を作さしむ。有に非ず無に非ず、隱顯は定まらず。心性は空を離れ、能く凡たり能く聖たり。是の故に相勸めて、好く自ら防慎せよ。刹那に造作すれば、還って復た漂沈す。淸淨の心智、世の黃金の如し。般若の法藏、竝びに身心に在り。無爲の法寶、淺に非ず深に非ず。諸佛菩薩、此の本心を了す。緣有りて遇う者、去來今に非ず。偈有りて說く、「夜々佛を抱きて眠り、朝朝還って共に起つ。起坐鎮に相隨い、語默同じく居止す。纎毫も相離れず、身の影と相似たり。佛の去處を識らんと欲せば、只だ此の語聲是なり。」又た說いた、「空手にして鋤頭を把り、步行にして水牛に騎る。人は橋の上を過り、橋は流れ水は流れず。」又た說いた、「物有りて天地に先んじ、形無き本より寂寥。能く萬象の主と爲り、四時に逐いて凋めず。」四相の偈、生と曰い・老と曰い・病と曰い・死と曰う。識は浮泡に托して起り、生は愛欲より來る。昔時は曾て長大たり、今日は復た嬰孩。星眼は人に隨いて轉り、朱唇は乳に向かいて開く。迷覺性を憐み、還って輪回を受くるを爲す。鏡を覧れば容顏改り、階を登れば氣力衰えたり。咄哉今已に老いたり、趨拜して復た還って虧る。身は崖に臨む樹の似、心は念水の亀の如し。尚も猶ほ有漏に耽り、無爲を學ばんことを肯ぜず。忽ち沈疴の疾に染みて、因って臥病の身と成る。妻兒は愁えて語らず、朋友は厭えて親しまず。楚痛は千脈を抽き、呻吟は四鄰に徹す。前路の險なるを知らずして、猶ほ尚も貪瞋を恣にす。精魄は生路に隨い、遊魂は死關に入る。只だ千萬の去るを聞き、一人の還るを見ず。寶馬は空しく嘶き立ち、庭の花は永く攀ずるを絶つ。早く無上道を求めば、四方の山を免るべし。
南嶽慧思禪師
南嶽慧思禪師
武津李氏子。因誌公令人傳語曰。何不下山教化眾生。目視雲漢作甚麼。師曰。三世諸佛。被我一口吞盡。何處更有眾生可化。示眾曰。道源不遠。性海非遙。但向己求。莫從他覔。覔即不得。得亦不真。偈曰。頓悟心源開寶藏。隱顯靈通現真相。獨行獨坐常巍巍。百億化身無數量。縱令畐塞滿虗空。看時不見微塵相。可笑物兮無比況。口吐明珠光晃晃。尋常見說不思議。一語標名言下當。又曰。天不能葢地不載。無去無來無障礙。無長無短無青黃。不在中間及內外。超群出眾太虗玄。指物傳心人不會。
武津李氏の子。志公に因りて人をして語を傳えて說かしむ、「何ぞ山を下りて衆生を教化せざる。目を雲漢に視て作麼す。」老師は說いた、「三世の諸佛、我が一口に吞み盡されたり。何の處にか更に化すべき衆生有らん。」衆に示して說いた、「道源は遠からず、性海は遥かならず。但だ己に向かいて求め、他に從いて覓めず。覓めれば即ち得ず、得るも亦た眞ならず。」偈に說く、「頓に心源を悟って寶藏を開き、隱顯靈通にして眞相を現ず。獨行獨坐して常に巍巍たり、百億の化身は數量無し。縱び逼塞して虛空に滿つると令すとも、看る時は微塵の相を見ず。笑うべし物は比況無く、口は明珠を吐きて光晃晃たり。尋常には不思議を說くを見る、一語の標名は言下に當る。」又た說いた、「天も能く蓋へず地も載せず、去無く來無く障碍無し。長無く短無く青黃無く、中間及び內外に在らず。群を超え衆を出だして太虛玄たり、物を指し心を傳えて人は會せず。」
天台山修禪寺智者禪師
天台山修禅寺智者禪師
諱智顗。荊州華容陳氏子。在南嶽誦法華經至藥王品曰。是真精進。是名真法。供養如來。於是悟法華三昧.獲旋陀羅尼。見靈山一會。儼然未散。
諱を智𫖮と曰う。荊州華容陳氏の子。南岳に在りて《法華經》を誦して藥王品に至りて說く、是れ眞の精進、是れ眞法と名づけ、如來を供養す。是に於いて法華三昧を悟りて、旋陀羅尼(總持。能く善を持して失わせざる呪語或いは法門)を獲て、靈山一會の儼然として未だ散ぜざるを見たり。
泗州僧伽大聖
泗州僧伽大聖
或問。師何姓。師曰。姓何。曰。何國人。師曰。何國人。
或る者問うた、「老師は何の姓。」老師は說いた、「姓は何。」問うた、「何の國の人。」老師は說いた、「何の國の人。」
天台山豐幹禪師
天台山豐干禪師
因寒山問。古鏡未磨時如何照燭。師曰。冰壺無影像。猿猴探水月。曰。此是不照燭也。更請道看。師曰。萬德不將來。教我道甚麼。寒山.拾得俱作禮而退。師欲遊五臺。問寒山.拾得曰。汝共我去遊五臺。便是我同流。若不共我去遊五臺。不是我同流。山曰。你去遊五臺作甚麼。師曰。禮文殊。山曰。你不是我同流。師尋獨入五臺。逢一老人。便問。莫是文殊麼。曰。豈可有二文殊。師作禮未起。忽然不見(趙州代曰。文殊。文殊)。
寒山が問うたに因りて、「古鏡未だ磨かざる時、如何にしてか燭を照らす。」老師は說いた、「氷壺は影像無し、猿猴は水月を探る。」說いた、「此れは是れ燭を照らさざる。更に請う看ん道を。」老師は說いた、「萬德は將來らず、我に什麼を道えと教うる。」寒山・拾得俱に禮を作して退く。老師は五台に遊びんことを想うて、寒山・拾得に問うた、「お前が我と共に五台に遊ばば、便ち我が同流なり。若し我と共に五台に遊ばざれば、我が同流に非ず。」寒山は說いた、「お前が五台に遊んで作麼す。」老師は說いた、「文殊に禮す。」寒山は說いた、「お前は我が同流に非ず。」老師は隨後獨り五台に入り、一老人に逢いて、便ち問うた、「莫し文殊か。」說いた、「豈に二の文殊有る可けん。」老師は禮を作して未だ起たざるに、忽然として見えず。(趙州は代わって說いた、「文殊、文殊。」)
天台山寒山子
天台山寒山子
因眾僧炙茄次。將茄串向一僧背上打一下。僧回首。山呈起茄串曰。是甚麼。僧曰。這風顛漢。山向傍僧曰。你道這僧費卻我多少鹽醋。因趙州遊天台。路次相逢。山見牛跡。問州曰。上座還識牛麼。州曰。不識。山指牛跡曰。此是五百羅漢遊山。州曰。既是羅漢。為甚麼卻作牛去。山曰。蒼天。蒼天。州呵呵大笑。山曰。作甚麼。州曰。蒼天。蒼天。山曰。這廝兒宛有大人之作。
衆僧が茄を炙る時に因りて、茄串を將りて一僧の背に向かいて一た打つ。僧は首を回らす。寒山は茄串を呈起して說いた、「是れ什麼。」僧は說いた、「此の風顚漢。」寒山は傍の僧に向かいて說いた、「お前は道う此の僧が我の多少の鹽醋を費やしたと。」趙州の天台に遊ぶに因りて、路次に相逢う。寒山は牛の跡を見て、趙州に問うた、「上座は還って牛を識るか。」趙州は說いた、「識らず。」寒山は牛の跡を指して說いた、「此れは五百羅漢が山に遊ぶなり。」趙州は說いた、「既に羅漢ならば、什麼の爲に却って牛と爲る。」寒山は說いた、「蒼天、蒼天。」趙州は呵呵と大笑す。寒山は說いた、「作麼す。」趙州は說いた、「蒼天、蒼天。」寒山は說いた、「此の厮兒は宛として大人の作有り。」
