遁月日時を論ず
作盤ガイド: 八字作盤
夫命以年為本為父,月為兄弟僚友,日為主為妻為己身,時為子孫為帝產為平生榮辱之首。又曰年為根,月為苗,日為花,時為實,故苗無根不生,實無花不結。所以遁月從年,遁時從日。遁月即甲己之年,正月起丙寅,二月丁卯,順行十二月。古歌曰:甲已之年丙作首,乙庚之歲戊為頭,丙辛之歲尋庚上,丁壬壬位順行流,更有戊癸何處起?甲寅之上好追求。
推命は年柱を以て根本と為し、父親を代表し、月柱を以て兄弟與同僚朋友を代表し、日柱を以て主と為し、妻室を代表し、また自身を代表し、時柱を以て子孫を代表し、後嗣の出ずる所を代表し、一生榮辱の頭一件の事。又一説あり、年は根、月は苗、日は花、時は果實。だから苗は根なければ長じ出づる能わず、果實は花なければ結成せず。これよりして月柱の干支を推排するは年干より遁を起こさんとす、時柱の干支を推排するは日干より遁を起こさんとす。いわゆる遁月とは、すなわち甲年・己年の正月は丙寅より起こり、二月は丁卯、依次順推十二個月。古歌訣に説く、甲年己年の正月は丙寅より起頭し、乙年庚年は戊寅より起頭し、丙年辛年は庚寅の上に往きて尋ねるを須う、丁年壬年はすなわち壬寅より順に排し下去す。また戊年癸年は何處より起こるべきや。甲寅の上に往きて追尋すれば便ち是れ。
遁時如甲子日子時生人即甲己,還加甲,便知子時乃甲子,丑時乃乙丑,順行十二時。古歌曰:甲己還加甲,乙庚丙作初,丙辛從戊起,丁壬庚子居,戊癸何方發?壬子是直途。
いわゆる遁時とは、たとえば甲子日の子時に出生した人、甲と己とは一組に歸し、仍舊甲の上に加え、ここにおいて子時は甲子なるを知り、丑時は乙丑、依次順推十二個時辰。古歌訣に説く、甲日己日は仍舊甲子より起こり、乙日庚日は丙子より起頭し、丙日辛日は戊子より起こり、丁日壬日は庚子の上に安んず。戊日癸日はまた何處より發端すべきや。壬子はすなわちあの直路。
月時之法,取天干合數,陰陽之配也。既取合數,自生化數,月則取生,時則取克。假如甲己化土,火生土故,月起丙寅;水克土故,時起甲子。月遁起寅,人生於寅之義,東作方興之時也;時遁起子,天開於子之義,一陽方生之候也。究而言之,則皆相生而轉,循環無端焉。蓋上古曆元年甲子,月甲子,日甲子,時甲子,甲己起,甲子祖於此也。有甲子則乙丑、丙寅順布十二宮,陽生陽,陰生陰,相間一位,同類為夫婦。是起月之法,不外起時之中矣。
遁月と遁時との方法は、取る所は天干相合の數、すなわち陰陽相配の道理。すでに相合の數を取れば、自然化氣の數を生出す。遁月は相生を取り、遁時は相克を取る。たとえば甲と己とが相合して土を化せば、火は能く土を生ず、だから月柱は丙寅より起こる。水は土に克せられ、だから時柱は甲子より起こる。遁月は寅位より起こり、「人は寅に生ず」の意思を取り、あれは東方農事方興の時。遁時は子位より起こり、「天は子に開く」の意思を取り、あれは一陽初生の時。推究到底、これらは皆相生に順って輾轉して行き、循環し起來して頭尾を尋ね得ず。原来上古の曆元のあの年は甲子年・甲子月・甲子日・甲子時で、甲己の一組は甲子より遁を起こす、根源はすなわち此に在り。甲子あれば、便ち依次乙丑・丙寅を排出し、順に十二宮を布く。陽干は陽干を生じ、陰干は陰干を生じ、彼此は一位を相隔ち、同類相配して便ち夫婦を成す。見る可きは起月の方法は、幷び起時の道理の外に超出せざるなり。
年月日時を論ず
凡論人命,年月日時排成四柱,遁月從年,則以年為本,遁時從日,則以日為主。古法以年看,子平以日看,本此。如人本木而得卯月以乘之,主金而得酉時以乘子,謂之本,主乘旺氣;如本水而得甲申、丙子、壬戌、癸亥月;主火而得丙寅、戊午、甲辰、乙已時;本木而得己亥、辛卯、甲寅、庚寅月,主金而得辛已、癸酉、庚申、壬申時,謂之本,主還家;本木而得癸未月,主金而得乙丑時;木水而得壬辰月,主火而得甲戌時,謂之本,主持印。四位如此,更吉神往來,凶煞迴避,謂之本主得位,本勝於主者多得祖蔭,主勝於本者當自卓立,本主兩強,富貴雙全。
およそ人命を推論するに、年・月・日・時を排して四柱と為す。月柱は年干より遁を起こす、だから年を拿って「本」と作す。時柱は日干より遁を起こす、だから日を拿って「主」と作す。古法は年柱を以て命を看、子平の法は日柱を以て命を看る、根拠はすなわち此に在り。たとえば人の年柱が木に属してまた卯月を得てそれを承載せば、日柱が金に属してまた酉時を得てそれを承載せば、これを本と主とが皆旺気に乘ずという。又如年柱が水に属して甲申・丙子・壬戌・癸亥のこの幾個の月を得、日柱が火に属して丙寅・戊午・甲辰・乙巳のこの幾個の時を得れば、年柱が木に属して己亥・辛卯・甲寅・庚寅のこの幾個の月を得、日柱が金に属して辛巳・癸酉・庚申・壬申のこの幾個の時を得れば、これを本と主とが皆自家の宮位に回到したという。再如年柱が木に属して癸未月を得、日柱が金に属して乙丑時を得れば、年柱が水に属して壬辰月を得、日柱が火に属して甲戌時を得れば、これを本と主とが皆印綬を握住したという。四個の位置をこのごとく安頓して、加うるに吉神の往來照應・凶煞の回避不犯あれば、すなわち本と主とが皆位を得たという。本が主に強く過ぎるは、多く祖上の蔭庇を承受し得。主が本に強く過ぎるは、自己に靠って卓然自立すべし。本と主との両辺とも強ければ、あれは富貴雙全。
四柱中更抑揚歸中,無太過不及,方作好命,有一位不及,必主蹇滯,然諸家命術皆云好年不如好月,好月不如好日,好日不如好時,大率以年則統乎一歲,月則該乎三十,而時日為得之。獨不知得日時之吉而月不應,反為無用,況用神多取諸月,是月又可輕乎?唐李虛中獨以日干為主,卻以年月時合看生剋制化,旺相休囚,取立格局。此發前賢所未發,故今術家宗之。
四柱の中にまた抑強扶弱して中和に歸し、太過なくまた不及なくして、はじめて好命と算し得。ただ一個の位置の不及あれば、必ず一生蹇滯を主る。ただ各家の命術は皆説く、好年は好月に如かず、好月は好日に如かず、好日は好時に如かずと。大意は年はただ一歳を統管し、月はただ三十日を管し、しかして日と時とははじめて本人に切近す。彼らは卻って曾て想到せず、たとい日・時が吉を得るも、月令の上で相應せざれば、あの吉もまた無用を成す。況んや「用神」を取るは多半月令の上より取るを須う、月令はまたどうして看輕すべきや。唐代の李虚中は獨り日干を以て主と為し、再び年・月・時の三柱を合起して生克制化・旺相休囚を看、此に據って格局を立定す。これは前賢の未發なるを發する見解で、だから今の術家は皆彼を奉じて宗と為す。
又曰年為太歲,主人一生禍福,如當生太歲,是金是木,要日月相生相應,造化和順,則根基牢固,一生卓立成就。眾支干五行不順反克,沖破為傷,本主無壽,被形帶煞。及生,月日時者主損木氣,破傷祖業,六親冷淡蹇滯之命也。月為運元,行運從月逮起,若日時是本生年之福,宜歸運元生旺處以扶助之,故官印貴人,祿馬財星宜在運元生旺處為佳;若日時是本生年之禍,宜歸運元剝克處以潛濟之。故土多窒塞,宜歸運元疏通處;水多氾濫,宜歸運元歸宿處;火多暴露,宜歸運元晦息處;金木太強,宜歸運元沈潛處。
又一説あり、年柱は「太歲」で、人の一生の禍福を主管す。仮令出生のあの年の太歲が金に属しあるいは木に属すれば、すなわち日柱月柱のそれと相生相應して造化和順なるを須う。こうすれば根基ははじめて牢固にして、一生能く卓然成就あるを得。もし衆多の干支の五行が順承せずしてかえって相克し、冲破して傷を成せば、あれば年柱のこの本主は長寿を得ず、形体の上でもなお凶煞を帯びんとす。更に月・日・時の三柱を看れば、もしこの三柱が年上の元気を損傷せば、すなわち祖上の産業を破敗し、六親冷淡して、一生蹇滯を主る。月柱は「運元」で、大運を行くは月柱より推起するを須う。仮令日柱時柱が本生年の福気の所在ならば、大運をして運元の生旺の處に歸してそれを扶助せしむべし。だから官星・印綬・貴人・禄馬・財星は最も運元の生旺の處に落ちるに宜しい。仮令日柱時柱が本生年の禍患の所在ならば、大運をして運元の剥削克制の處に歸して暗中それを救済せしむべし。だから土太多くして窒塞するは、運元の疏通の處に歸するに宜しく、水太多くして泛濫するは、運元の帰宿ある處に歸するに宜しく、火太多くして暴露するは、運元の晦暗止息の處に歸するに宜しく、金木太強なるは、運元の沈潛の處に歸するに宜しい。
或運元集生時之福,或運元發福於生時,日者三陽之會,帝皇之象,時者近侍之臣,以親帝座,而時日有君臣慶會,天地德合。或年月日時四位納音生旺之氣,或四位祿與福貴氣聚於時上,謂之四位集福於帝座;或時倒揭,旺氣秀氣散在諸位,而諸位乘吉會之氣者,謂之帝座發福於四位。夫集福於帝座則以純厚忠信為心,發福於四位則以聰明端直自進。若近侍之臣切忌土火金氣太旺,不能久住,水木清奇多是翰林。年月發福處,不要生時破壞,敗壞處仍要生時解釋。
ある時は運元が生時の福気を聚攏し來り、ある時は運元が福気を生時の上に發散す。日柱は三陽會合の處で、象を帝王に取る。時柱はすなわち帝王の身辺の近侍の臣で、それが帝座に緊挨着するがゆえなり。だから時と日との間に、はじめて君臣慶會・天地德合の説法あり。ある時は年・月・日・時の四位の納音が皆生旺の氣に乘じ、ある時は四位の禄気・福氣・貴氣が皆時柱の上に聚る。これを「四位が帝座に福を集む」という。ある時はかえって時柱が旺氣秀氣を其余の各位に散布し、しかして各位がまた皆吉會の氣に乘ず。これを「帝座が四位に福を發す」という。福気が帝座に聚るは、人と為り純厚忠信を以て心を立つ。福気が四位に發すは、聰明端正に憑って自ら上進を求む。時柱のこの近侍の臣に至っては、最も土・火・金の三氣の太旺を忌み、あれでは久しくその位に居る能わず。水木清奇なるは、多半翰林の才を出ず。年柱月柱の福を發する處は、生時に破壊せられざるを須う。年月の敗壞する處は、なお生時に靠って解救化釋するを要す。
由是論之,年月日時均重,而時為尤重。人命貴賤、壽夭、窮通、得喪只在生時之辨。時有八刻,有初正末氣不同,須細察之。《定真論》曰:傷年不利父,傷月不利兄弟,亦主初年艱辛,傷日不利己身,名折腰煞,傷時不利子孫,亦無結果。若年生日月時三位謂之上生下,主損本氣,兼破祖業;時上生日月年謂之下生上,主增福德。若上生下得丑行相逢,乘生福氣,亦作好命看,若相乘生禍,則不佳。四柱純粹,無刑沖破害,空亡死絕,更有福神互為之助方為吉命,反此則凶。
これよりして説來、年・月・日・時の四柱は皆要緊にして、しかして時柱は殊に要緊。人命の貴賤・壽夭・窮通・得失は、全て生時の上に分辨す。一個の時辰に八刻あり、また初氣・正氣・末氣の不同あり、必ず細細に體察するを須う。《定真論》に説く、年柱を傷れば父親に不利、月柱を傷れば兄弟に不利にして、また早年艱辛を主る。日柱を傷れば自身に不利、これを「折腰煞」という。時柱を傷れば子孫に不利にして、また一生結果なきを主る。もし年柱が往きて日・月・時の三柱を生ぜば、これを「上生下」といい、年上本氣を損耗し、また祖業を破敗せんとす。時柱が往きて日・月・年の三柱を生ぜば、これを「下生上」といい、福德を增益するを主る。倘若上生下にしてまた丑位の一路相接に逢着せば、乘ずる所は生發の福氣で、また以て好命と作して看る可し。もし乘ずる所がかえって禍を招くの氣ならば、あれは好からず。四柱が純粹にして、刑・冲・破・害なく、空亡死絶なく、更に福神ありて彼此幫扶すれば、はじめて吉命と算す。これと相反するはすなわち凶命。
胎元を論ず
夫胎者,受形之始,故易干知太始,以形言也;月者,成氣之時,故傳曰積日以為月,以氣言也。今談命或不以胎月為重,殊不思胎月是四柱之根苗,日時雖為緊,若不犯破胎月,或乘旺氣祿馬之處則為福尤多,或日時之吉而為胎月所犯,則吉亦歸無用。是胎月最為樞要。
いわゆる「胎」とは、人の形を受くるの開端、だから《周易》に「乾は太始を知る」と説く、あれは形體に就いて言うなり。いわゆる「月」とは、氣候養成の時段、だから《左伝》に「日を積みて以て月と為す」と説く、あれは氣に就いて言うなり。今の命を談ずる人は、あるいは胎と月とを看重せず、卻って曾て想到せず、胎と月とはまさに四柱の根と苗とを正す。日柱時柱は固然要緊なれど、ただそれらが往きて胎月を冲犯破壞せざるを須う。あるいは胎月がまた旺氣・禄馬の地に乘ずれば、福分はかえって格外多し。これに反して、日時は吉なりというも、卻って胎月に冲犯せらるれば、あの吉もまた無用に歸す。見る可きは胎と月とこそ最も關鍵の樞紐なり。
胎元之取,唯有一法,以當生前三百日為十月之氣,乃是受胎之正,譬甲子日生便以甲子為受胎之日,蓋五六計三百日,看其生日在何月中有,則閏在其中矣。且如戊子生人甲寅月乙丑日,須於半月前十月或十一月內,尋當生乙丑日,乃是三百日之正胎。
「胎元」を推取するにただ一個の辦法あり。出生之前の三百天を拿って懷胎十月の氣に當つ、あれがはじめて受胎の正日。たとえば甲子日に出生したれば、すなわち前面のあの甲子日を以て受胎の日と為す。五と六とを乘じて合計三百天なればなり。ただこの生日の干支が前面の哪一個月の裡に出現したるやを看れば、あれば其間の閏月有無も、すなわち一幷に裡頭に算入せらる。たとえば戊子年に出生した人が、甲寅月乙丑日に生まれれば、すなわち前に往きて半個多月を推し、十月あるいは十一月の內に生日と同干支のあの乙丑日を尋出して、あれがはじめて三百天を足すの正胎元。
坐命官を論ず
神無廟無所歸,人無室無所棲,命無宮無所主,故有命宮之說,不然流年星辰,為凶為吉,以何憑據?此法看是何月生人坐於何時,然後方定命坐何宮。先將所生之月從子上起正月,亥上二月,戌三,酉四,申五,未六、午七,已八,辰九,卯十,寅十一,丑十二,逆行十二位,次將所生之時加於所生之月,順行十二位,逢卯即安命宮,假令甲子年三月生人得戌時,卻將正月加子,二月在亥,三月在戌為止,又將戌時加在戌上、亥上、亥子上、子丑上、丑寅上、寅卯上、卯逢卯便是,即命坐卯宮是也。仍隨甲子年起,亦如起月之法。甲已之年丙作首,乃丁卯宮也。次看三方並本命流干犯何星凶吉推之。
神は廟宇なければ歸依する處なく、人は房屋なければ棲身する處なく、命は宮位なければ主宰なし。だから「命宮」のこの一説あり。さもなくば、流年の上の各路の星辰は、凶か吉か、何を憑って判斷せん。この方法は、某月に生まれた人が哪個の時辰の上に坐るかを看て、然る後に命宮の哪一宮に落ちるを定出す。先ず出生の月份を子位より正月と起こし、亥位を二月、戌位を三月、酉位を四月、申位を五月、未位を六月、午位を七月、巳位を八月、辰位を九月、卯位を十月、寅位を十一月、丑位を十二月とし、逆に數えて十二位を滿す。再び出生の時辰を所得の月位の上に加え、順に十二位を數え、卯に數到ればすなわち彼處に命宮を安下す。たとえば甲子年三月に出生して戌時を得た人は、先ず正月を子の上に加え、二月は亥、三月は戌に止まる。再び戌時を戌の上に加え、順に亥・子・丑・寅に往きて數え下去し、卯に數到れば、卯に逢えば則ち止まる、あれはすなわち命の卯宮に坐するなり。命宮の天干は仍舊甲子のこの年干に随って遁を起こし、辦法は月柱を起こすと相同。甲年己年の正月は丙寅より起頭し、順に推して卯に至れば、便ち丁卯宮。接ぎて再び三方會照および本命の行く所の天干の冲犯したる哪些の星曜を看、此に據って吉凶を推斷す。
大運を論ず
夫運者,人生之傳舍。探命之說先以三元、四柱、五行、生死、格局致合以定根基,然後考究運氣,協而從之以定平生之吉凶也。古人以大運則一辰十歲,折除以三日為年者何?蓋一月之終,晦朔周而有三十日,一日之終,晝夜周而有十二時;總十年之運氣,凡三日有三十六時,乃見三百六十日為一歲之數;在一月之中有三百六十時,折除節氣,算計三千六百日為一辰之十歲也。天論折除之法必用生者日曆。過日時數,其節氣之數。陽男陰女,大運以生日後未來節氣日時為數,順而行之;陰男陽女,大運以生日前過去節氣日時為數,逆而行之。
いわゆる「運」とは、人生途中の借宿する旅舍。命理を推探するに、先ず三元・四柱・五行・生死・格局を配合して根基を定下し、然る後に運気を考究して、運をして命と協同相從せしめ、據って一生の吉凶を斷定す。古人の定大運は一個の地支が十歳を管し、三天を用いて一年を折算す。これは何を為むや。一個月は盡頭に走至れば、晦朔一周して共に三十天。一天は盡頭に走至れば、晝夜一周して共に十二個時辰。總計十年の運気は、三天に三十六個時辰あり、まさに三百六十天を一年の數と為すに對應す。一個月の中に三百六十個時辰あり、再び節氣に按じて折算し、合計三千六百天、すなわち一個の地支の管する所の十年。總じて説來、折除の方法は必ず出生者當日の曆書を用い、生日より節氣の間に經過したる日數と時辰數とを數出するを須う。陽年生の男・陰年生の女は、大運は生日以後の將に到らんとする節氣日時に按じて計數し、順に排す。陰年生の男・陽年生の女は、大運は生日以前の已に過ぎたる節氣日時に按じて計數し、逆に排す。
假如甲子陽男十二月二十四日已時生,是月也二十九日申時立春,陽男數以未來之日,自二十四日已時至二十五日已時方是一日之實數,至二十九日申時正得五日三時之節氣,實歷過六十三日折除,過六十三時折除,計六百三十日,乃一歲奇九月之大運;起於丁丑,必自十二月生日後,實經歷過二十有一之日,月運方移宮,是越三歲九月之內,方是甲子十二月生,行一歲奇九月之大運也。
たとえば甲子年生の陽男が、十二月二十四日巳時に出生し、しかしてこの月の二十九日申時に立春す。陽男は將來の日子を數えるを須う。二十四日巳時より二十五日巳時に數到りて、はじめて實足一日と算し、一直に二十九日申時に數到れば、正好五日零三個時辰の節氣數を得。實際經過したる六十三日を用いて折除し、また經過したる六十三個時辰を用いて折除し、合計六百三十日、すなわち一歳零九箇月上大運。大運は丁丑より起こり、必ず十二月生日以後より實實在在に二十一天を經過して、月運ははじめて一宮を移す。このごとく推して去り、三歳九箇月のこの一段を越過して、はじめてこの甲子年十二月生の人が一歳零九箇月の大運に交上する算法なり。
凡行運,在干兼用地支之神,在支則棄天干之物。蓋大運重地支,故有行東方、南方、西方、北方之辨損。用神者欲運制之益,用神者欲運生之身。弱欲運引進旺鄉;官欲運生,不欲運傷;煞欲運制,不欲運助。財欲運扶,不欲運劫;印欲運旺,不欲運衰;食慾運生,不欲運梟絕。更看四柱強弱何如,原有原無,原輕原重。
およそ行運を看るに、天干の上に走至ればすなわちそれの坐る所の地支の神を連ねて一幷に參用し、地支の上に走至ればすなわちあの天干の物を撇開し得。大運は地支を以て重と為すがゆえに、はじめて東方・南方・西方・北方に行くの分別あるを得。もし「用神」が命局を損傷するならば、すなわち大運の來りてそれを克制するを盼む。もし用神が命局に有益ならば、すなわち大運の來りてそれを生助するを盼む。身弱なるは、大運をしてそれを旺鄉に引進せしむるを須う。官星は運の來りて生ずるを須う、運の來りて傷るを須せず。七煞は運の來りて制するを須う、運の來りて助けるを須せず。財星は運の來りて扶けるを須う、運の來りて劫するを須せず。印綬は運にそれを旺ならしむるを須う、運にそれを衰ならしむるを須せず。食神は運の來りて生ずるを須う、運に梟神に遇いてそれを絶たしむるを須せず。この外にまた四柱本身の強弱如何・原局の裡にこの字あるや無や・原局の裡にそれは輕か重かを看るを須う。
如木人用金為官,陽男運出未入申,陰男運出亥人戌;金人用木為財,陽男出丑入寅,陰男出已入辰,俱向祿臨馬。原有官,行官運發官;原有財,行財運發財;原有災,行災運發災。更看當生年時得氣渾淺,四柱得氣深,迎運便發,得氣淺,須交過運始發,得其中氣,運至中則發。
たとえば木命の人が金を用いて官星と作せば、陽男の大運は未を走出して申に進入し、陰男の大運は亥を走出して戌に進入す。金命の人が木を用いて財星と作せば、陽男は丑を走出して寅に進入し、陰男は巳を走出して辰に進入す。これらは皆禄位に朝向し驛馬に臨着する走法。原局の中に本来官星あれば、官運を行けばすなわち官を發す。本来財星あれば、財運を行けばすなわち財を發す。本来災患を帯ぶれば、災運を行けばすなわち災を發す。また出生の年・時の得氣は厚か薄かを看出するを須う。四柱の得氣深厚なるは、一たび運に迎上せばすなわち發す。得氣淺薄なるは、あの一步の運を交過してはじめて發す。ただ中間の一段の氣を得たのみなれば、運が中段に走至りてはじめて發す。
凡行運,長生主有創建作新之事;到臨官、帝旺,主興盛快樂,發福進財,生子骨肉之慶;到衰病之鄉,多退敗、破財、疾病等事;到死絕鄉,主骨肉死喪,自身衰禍鈍悶,百事蹇塞;到敗運,主落魄懶惰,酒色昏迷;到胎庫成形、冠帶之鄉,百事得中,安康平易。凡行運至夾貴、華蓋、貴人,六合上,及乘生旺氣者,皆主善慶,仍須察當生根基,十分則應五分,生時則應十分,福與災同;凡行運至臨官、帝旺上,太歲持之,官員主薦事改秩之喜中。
およそ行運が「長生」に走至れば、開創建立・革故鼎新の事あるを主る。「臨官」「帝旺」に走至れば、興盛快樂・發福進財・生子添丁の骨肉喜慶を主る。「衰」「病」の鄉に走至れば、多く退敗・破財・疾病の一類の事あり。「死」「絶」の鄉に走至れば、骨肉死喪を主り、自身衰敗して禍を招き、昏鈍煩悶して、百事阻塞す。「敗」運に走至れば、落魄懶惰を主り、酒色に沉迷す。胎・庫の成形および「冠帶」の鄉に走至れば、百事平順得中にして、安康平易。およそ行運が夾貴・華蓋・貴人・六合の處に碰上し、および生旺の氣に乘ずるは、皆善事慶事あるを主る。ただ仍お出生時の根基を察看するを須う。根基ただ一半なるは只だ一半に應し、根基十足なるははじめて十足に應ず。福に遇い災に遇うは皆同一個の道理。およそ行運が臨官・帝旺の上に走至り、また太歲の扶持あれば、官を做るは薦舉升遷・品秩を改換するの喜事あるを主る。
小運を論ず
夫大運司十年之休咎,小運掌一歲之災祥,是小運者補大運之不足而立名也。古人以男起丙寅順行,女起壬申逆行,一定而不可易也。解者謂男之陽火,元氣起戊子,三十丁已,十月至丙寅,此木生火;女之陰水,元氣起庚子,二十辛已,十月至壬申,為金生水,此其數也。
大運は十年間の吉凶を主管し、小運は一年內の災祥を主管す。見る可きは小運は大運の不足を補うが為に立下した名目なり。古人は男命を定むるに丙寅より順行し、女命を壬申より逆行す、これは定死して更改し得ず。解説する人の認むるは、男は陽火に属し、元気は戊子より起算し、三十位を數えて丁巳に至り、再び十箇月を數えて丙寅に至る、これは木の來りて火を生ず。女は陰水に属し、元気は庚子より起算し、二十位を數えて辛巳に至り、再び十箇月を數えて壬申に至る、これは金の來りて水を生ず。男女小運の起點は、すなわちこのごとく推算出來したなり。
醉醒子以為男女小運皆由時生而行之,逆順亦以年定。如陽命陽年甲子時生墮地,即行乙丑,二歲丙寅,一位一年,周而復始,陰命陽年逆行亦然。嘗試用之,屢驗,亦要與大運及柱中用神日主較量吉凶。童限未交大運,專用此法;行死絕煞旺之宮,必有危難。先詳八字衰旺喜忌,然後以此參之,無不中矣。今之談命者只以大運為用,殊不知小運亦有緊關。大運雖吉,其小運不通,未可便言吉利;大運雖凶,其小運卻吉,未可便作凶推。此小運又名行年,不可不究。
醉醒子は卻って認めて曰く、男女の小運は皆出生の時辰より接きて往下に排すべし、逆行順行は仍お出生年の陰陽に按じて定むと。たとえば陽年出生の陽命は、甲子時に生まれ、一たび落地すればすなわち乙丑を行き、兩歳に丙寅を行き、一個の干支が一年を管し、周而復始す。陽年出生の陰命は逆に排し、道理もまた一樣。我曾て試みに用い、屢々應驗せり。ただもまた大運および命局中の用神・日主と一幷に吉凶を較量するを須う。孩童時期は未だ大運に交上せず、すなわち専にこの法子を用いる。もし死絶の地あるいは凶煞正旺の宮に行至れば、必ず危難あり。先ず八字の衰旺喜忌を詳審清楚にして、然る後に小運を拿って參照すれば、中らざるなし。今の命を談ずる人はただ大運を取用するを知りて、小運にもまた緊要關口あるを知らず。大運は吉なりというも、小運通通ぜざれば、なお便ち吉利と説く能わず。大運は凶なりというも、小運卻って吉なれば、また便ち凶と斷作する能わず。この小運はまた名づけて「行年」という、考究を加えざるべからず。
太歲を論ず
夫太歲者,乃一歲之主宰,諸神之領袖。其說有二:如四柱中生年曰當生太歲,如逐年輪轉曰遊行太歲。當生太歲乃終身之主,其理已論於前;其逐年太歲游行十二宮,定一年之禍福,為四時之吉凶。蓋太歲如君也,大運如臣也。如君臣和悅,其年則吉;若值刑戰,其年則凶。經運:歲傷日干,有禍必輕;日犯歲君,災殃必重。
「太歲」は一年の主宰、衆神の領袖。それに兩種の講法あり。四柱中の出生の年を「當生太歲」といい、逐年輪轉するを「游行太歲」という。當生太歲は終身の主宰で、道理は前面已に講過せり。あの逐年の太歲は十二宮中に游行して、一年の禍福を決定し、一年四季の吉凶を主る。いわゆる游行とは、この主宰が逐年一副の干支を換え、哪一宮に輪到れば、すなわちそれよりあの一年の事を管轄すと説く。大体説來、太歲は君主に比し、大運は臣子に比す。君臣和睦融洽なれば、この一年はすなわち吉。もし刑克交戰に碰上せば、この一年はすなわち凶。旧籍に説く、太歲が日干を傷れば、禍患は必ず輕し。日干が歳君を冲犯すれば、災殃は必ず重しと。
此又分言:歲君傷日者,如庚年克甲日為偏官,譬君治臣,父治子,雖有災晦,不為大害,何則?上治其下,順也,其情尚未盡絕;日犯歲君,如甲日克戊年為偏財,譬臣其君,子其父,深為不利,何則?下凌上,逆也,其凶決不能免。若五行有救,四柱有情,如甲日克戊年,四柱原有庚申金,或大運中,亦有將甲木制伏純粹。不能克戊土為有救;如大運並四柱有一癸字與戊相合為有情。經云:壬以癸妹配戊,凶為吉兆。
此處にまた分ちて説くを須う。歳君が日干を傷るは、たとえば庚年が甲日を克するがごとく、庚は甲に対しては偏官で、たとえば君主の臣下を管治し、父親の兒子を管教するがごとく、災晦ありというも、大害と算せざる。何を為むや。上のその下を治むるは順で、情分はなお斷絶せざればなり。日干が歳君を冲犯するは、たとえば甲日が戊年を克するがごとく、戊は甲に対しては偏財で、たとえば臣下の君主を欺凌し、兒子の父親を冒犯するがごとく、あれは極めて不利。何を為むや。下のその上を凌ぐは逆で、あの凶險は決然免れ得ず。ただもし五行の上に救あり、四柱の間に情あれば、情形はまた自ずから同じからず。たとえば甲日が戊年を克し、しかして四柱中に原本庚申の金あり、あるいは大運中にもまた金ありて、能く甲木を制伏乾淨にして、戊土を克し動かせざらしむれば、これを「救あり」という。又如大運連同四柱の中に一個の癸字ありて戊と相合すれば、これを「情あり」という。旧籍に説く、壬は妹妹の癸を嫁して戊に與うれば、凶かえって吉兆を成すと。
又有真太歲、徵太歲之說。經云:生時相逢真太歲。假如甲子生人又見甲子年,謂之真太歲,又名轉趾煞,要大運日主與太歲相和相順,其年則吉;若值刑沖破害,與太歲互相戰克則凶。如癸已日逢丁亥流年;日干支沖剋太歲曰徵,運干支傷沖太歲亦曰徵,太歲干支沖日干支亦曰徵,其年則凶,災禍未免。
另外「真太歲」「征太歲」の説法あり。旧籍に説く、出生の年份がまた流年の上に碰見せば、あれはすなわち真太歲。たとえば甲子年生の人が、流年また甲子に逢えば、これを真太歲といい、また名、また名づけて「轉趾煞」。大運と日主とが太歲と相和相順して、この一年はじめて吉。もし刑・冲・破・害に碰上し、太歲と互相戦克せば、すなわち凶。たとえば癸巳日が丁亥流年に逢上すれば、日柱干支は太歲を冲克せば、すなわち「征」と作す。大運干支が太歲を傷冲するも、また征と作す。太歲干支がかえって日柱干支を冲するも、同じく征と作す。このごとき年份はすなわち凶、災禍は免れ難し。
又如甲子流年又是甲子運,謂之歲運並臨,獨羊刃、七煞為凶,財、官、印綬亦吉。又如甲子日見甲子太歲,謂之日年相併,如君子得之,謂之君臣處會,其年利奏對,有面君之喜,若當省士人得之,有登薦仕進之象,又要與歲君帝座和協,方為奇特;若是常俗小人遇之,最為不善,若生時相和,為災稍輕。故經云:太歲當頭立,諸神不敢當,若無官事擾,定主見重喪。此之謂與!更加以勾林、元亡、咸池、孤苦、宅墓、病死、官符、喪吊、白虎、羊刃、暴敗、天厄諸凶煞並臨,禍患百出,甚者死。
再如流年が甲子にして、大運もまた甲子なれば、これを「歳運幷臨」という。ただ羊刃・七煞の幷到のみ凶と算し、もし幷する所が財星・官星・印綬ならば、仍お吉と為す。又如甲子日が甲子太歲に遇上するは、これを「日年相幷」という。君子を做るがこれに遇上すれば、君臣相會といい、この一年は上殿奏對に宜しく、君王に面見するの喜事あり。省試に應ずる士子がこれに遇上すれば、薦舉を獲て仕途に進身するの氣象あり、ただもまた歳君帝座と和洽相協して、はじめて奇特と算す。もし尋常の小人がこれに遇上すれば、あれは最も不善。倘若出生の時辰がそれと相和せば、災禍はなお稍々輕し。だから旧籍に説く、太歲は頭に當りて立てば、諸神は皆抵擋を敢てせず、もし官司の來りて攪擾するなくば、一定要重喪を見んとす。説く所はまさにこのことか。もし再加うるに勾林・元亡・咸池・孤苦・宅墓・病死・官符・喪弔・白虎・羊刃・暴敗・天厄のこれらの凶煞が一齊に壓來せば、あれば禍患百出にして、重きはなお命を送らんとす。
假如甲日見戊年太歲,甲又生寅卯亥未,年月日時又重見甲乙字並克,戊年柱中無庚辛已酉丑金局制木,丙丁火局焚木者,太凶。如一命戊辰、戊午、戊戌、甲寅,羊刃倒戈,遇壬申年四月,項生惡瘡,頭將墮死;又一命乙丑、乙亥、壬申、乙已,運行辛未、丙寅,日干之壬克太歲之丙,日支之庚申克太歲之寅甲,又寅刑已,已刑申,刑寅,行辛未運,合太歲之木局傷官,皆不為吉,其年甲午火旺戰克,故死非命。
たとえば甲日が戊年太歲に遇上し、甲がまた寅・卯・亥・未のこれらの木勢を得たる月份に生まれ、年月日時の上にまた重々甲・乙を出現して一齊にそれを克し來り、しかして戊年の柱中にすでに庚・辛および巳酉丑の金局の往きて木を制するなく、また丙・丁の火局の往きて木を焚するなくば、あれば大凶。有一造は戊辰・戊午・戊戌・甲寅で、羊刃は戈を倒して相向し、壬申年四月に走至れば、頸の上に惡瘡を生じ、頭は幾乎掉落せんとして死せり。又有一造は乙丑・乙亥・壬申・乙巳で、運は辛未・丙寅を行く。日干の壬は太歲の丙を克し、日支申中の庚金は太歲寅中の甲木を克し、寅はまた巳を刑し、巳はまた申を刑し、申はまた回頭して寅を刑す。再行辛未運にして、合して太歲の木局を出して傷官を成す。皆吉兆に非ず。甲午のあの年に到りて火勢正旺にして、交相戦克し、だから非命に死せり。
大抵日犯歲君,在五陽干則重,在五陰干則輕,若日干是天月德。太歲是用神則無咎,而反有獲;天沖地擊,柱中原有,流年再遇,亦無大咎;若太歲克當生時,或時克太歲,亦主有災,卻以子位斷之。
大体説來、日干が歳君を冲犯するは、五個の陽干の上に落ちれば嚴重にして、五個の陰干の上に落ちれば稍々輕し。仮令日干が本身就是「天德」「月德」にして、しかして太歲がまた正是命中の用神ならば、あれは但だ過錯なきのみならず、かえって收穫あるもあり。天干相冲・地支相撃のこの一類に至っては、命局の裡に原本よりあれば、流年再び一たび碰上するも、また大の過錯あるべからず。もし太歲が往きて出生の時柱を克し、あるいは時柱が往きて太歲を克すれば、同じく災あるを主る。ただあれは子女のこの一位の上に落到して斷ずるを須う。
總じて歳運を論ず
夫太歲者,年中天子,一歲諸神煞之尊;統正方位,四送六氣,遷運四時以成歲功,至尊無上,若人遇克沖壓伏,皆為不詳之兆。運者協和二十四氣,般運一生休咎,扶持四柱,輔弼三元,運與流年二者相為表裡,乃人命禍福死生所繫,歲用天元,運用地支,凡行好運而日干傷流年天元,為福輕;若行不好運及脫財官運而日干傷歲干,為禍重,若是已發之命,禍患立至,凡行不好運,未可便言衰絕,大要知已發未發,其氣數已過未過言之。
太歲は一年の中の天子、一歳の諸般の神煞の尊長。それは四方方位を統正し、四時六氣を輸送し、四季を推遷運轉して一年の功用を成就す。至尊無上。人はもしそれを克し・それを冲し・それを壓し・それを伏するに遇上せば、皆不祥の兆。大運はすなわち二十四節氣を調協し、一生の休咎を搬運するで、それは四柱を扶持し、三元を輔助す。大運と流年とは互いに表裏を為し、人命の禍福生死は皆この両者の身に係る。太歲は天干を看るに重きをおき、大運は地支を看るに重きをおく。およそ好运を行きて日干が往きて流年の天干を傷れば、福氣はすなわち減輕す。もし好からざる運を行き、あるいは已經財官の運を脱出して、日干がまた往きて歳干を傷れば、禍患はすなわち重し。倘若本是已に發達した命なれば、禍患は立刻到來す。およそ好からざる運を行くも、また一口に衰絶と斷作するべからず。緊要なるは此命を分清して已發か未發か、あの一段の氣數は已過か未過かを辨えて、然る後に斷語を下す。
行運以生月為運元,最怕行運與太歲沖剋,若歲運沖月必禍;若歲運與日相對,謂之返吟,歲運壓日,謂之伏吟,二者不利六親,非橫破財,不為吉兆。凡歲運吉凶,當生天元,或支中原無官星,天元有正官或原有偏官制伏太過,運遇天元官星,亦可發福;支無財而運干是財,亦可發財;支無煞而運干是煞,亦足為禍。
行運は出生の月柱を以て「運元」と為し、最も大運と太歳との互相冲克を怕る。もし歳と運とが一同に月柱を冲せば、必定禍を招く。もし歳運と日柱とが正相對冲すれば、「返吟」と作す。歳運が日柱干支と相同にして上頭に壓るは、「伏吟」と作す。この兩種は皆六親に不利、橫生意外ならずんば破財、皆吉兆に非ず。およそ歳運の吉凶を看るに、また出生時の天干を參看するを須う。仮令地支中に原本官星なく、しかして天干の上に正官あれば、あるいは原有偏官にして卻って制伏せられて太過せば、あれば行運が天干の官星に遇上するも、能く發福す。地支中に財なく、しかして運干が財なれば、能く發財す。地支中に七煞なく、しかして運干が煞なれば、また以て禍を招くに足る。
晦氣者,乃不明之象,昏昧之道也,即甲已乙庚之例,以合則晦也,日干與時干不宜與太歲元天元合,合則名為晦氣。又要分日干合太歲,如甲日已年之例,太歲合日干,如已日甲年之例。甲合已災重,已合甲災輕,歲位近者災重,遠者災輕,如歲在日前五辰而遇合,謂之太歲入宅,晦氣臨門,主災厄。大運不宜與太歲相剋相沖,尤忌運克歲,與日犯同,主破耗喪事,有貴人祿馬解之稍吉,八字有救無虞。
いわゆる「晦氣」とは、取る所は光明顯らず、昏昧不明の意思、すなわち甲と己とが合し、乙と庚とが合するこの一類。一たび相合すれば、光はすなわち晦暗すればなり。日干と時干とは皆太歳の天干と相合するに宜からず、一たび合すればすなわち晦氣と作す。此處にまた兩頭に分作するを須う。一は日干の往きて太歳に合する、たとえば甲日が己年に遇うがごとし。二は太歳の來りて日干に合する、たとえば己日が甲年に遇うがごとし。甲が往きて己に合すれば、災は重し。己が甲に合せらるれば、災は輕し。太歳の位置が離れて近ければ、災はすなわち重し。離れて遠ければ、災はすなわち輕し。たとえば太歳が日柱前面の第五位に落ちて日干と相合すれば、これを「太歳入宅・晦氣臨門」といい、災厄あるを主る。大運もまた太歳と相克相冲するに宜からず、殊に運の往きて歳を克するを忌み、あれは日干が歳君を冲犯するがごとく同一で、破財耗損・家中の喪事を主る。もし貴人・禄馬ありて來りて解救せば、稍々轉吉し得。八字の裡に別に救應あれば則ち擔憂するを須せず。
十干合を論ず
夫合者,乃和諧之義,如陽見陽,二陽相競則為克,陰見陰,二陰不足則為克,唯陰見陽,陽見陰為合,亦如男女相合而成夫婦之道。東方甲乙木畏西方庚辛金克。甲屬陽為兄,乙屬陰為妹,甲兄遂將乙妹嫁金家,與庚為妻,所以乙與庚合。南方丙丁火畏北方壬癸水克。丙屬陽為兄,丁屬陰為妹,丙兄遂將丁妹嫁水家,與壬為妻,所以丁與壬合。
いわゆる「合」とは、和諧の意思を取る。陽干が陽干に碰上すれば、兩陽相爭して便ち克を成す。陰干が陰干に碰上すれば、兩陰皆不足を嫌い、亦た克を成す。ただ陰の陽を見・陽の陰を見るのみはじめて合と作す。まさに男女相配して夫婦の道を成すがごとし。十天干の裡に彼此五位を相隔たる兩個のみ合す。甲は己に數到りて五位を隔て、乙は庚に數到りて五位を隔て、其余はこれに照らして類推す。下面の五條は、皆妹を嫁せて親を結ぶを用いてこの道理を講す。東方の甲・乙木は西方の庚・辛金の來りて克するを怕る。甲は陽に属し、兄長。乙は陰に属し、妹妹。甲哥哥は便ち乙妹妹を嫁して金家に到らしめ、庚に妻を作さしむ。だから乙と庚と相合す。南方の丙・丁火は北方の壬・癸水の來りて克するを怕る。丙は陽に属し、兄長。丁は陰に属し、妹妹。丙哥哥は便ち丁妹妹を嫁して水家に到らしめ、壬に妻を作さしむ。だから丁と壬と相合す。
中央戊己土畏東方甲乙木克。戊屬陽為兄,己屬陰為妹,戊兄遂將己妹嫁木家,與甲為妻,所以甲與己合。西方庚辛金畏南方丙丁火克。庚屬陽為兄,辛屬陰為妹,庚兄乃將辛妹嫁火家,與丙為妻,所以丙與辛合。北方壬癸水畏中央戊己土克。壬屬陽為兄,癸屬陰為妹,壬兄乃將癸妹嫁土家,與戊為妻,所以戊與癸合。
中央の戊・己土は東方の甲・乙木の來りて克するを怕る。戊は陽に属し、兄長。己は陰に属し、妹妹。戊哥哥は便ち己妹妹を嫁して木家に到らしめ、甲に妻を作さしむ。だから甲と己と相合す。西方の庚・辛金は南方の丙・丁火の來りて克するを怕る。庚は陽に属し、兄長。辛は陰に属し、妹妹。庚哥哥は便ち辛妹妹を嫁して火家に到らしめ、丙に妻を作さしむ。だから丙と辛と相合す。北方の壬・癸水は中央の戊・己土の來りて克するを怕る。壬は陽に属し、兄長。癸は陰に属し、妹妹。壬哥哥は便ち癸妹妹を嫁して土家に到らしめ、戊に妻を作さしむ。だから戊と癸と相合す。この五對の合は、皆妹妹を嫁して自家を克するあの一方に許配し、聯姻を用いて相克を化解す。
甲與己何名為中正之合?甲,陽木也,其性仁,位處十干之首,己,陰土也,鎮靜淳篤,有生物之德,故甲己為中正之合。帶此合主人尊崇重大,寬厚平直。如帶煞而五行無氣則多嗔好怒,性梗不可屈。
甲と己とが相合す、何を以て「中正の合」と稱するや。甲は陽木で、性情は仁を主り、位置は十干の首に排す。己は陰土で、鎮静淳厚篤實にして、万物を生養する徳性あり。だから甲己を中正の合という。命裡にこの合を帯ぶるは、人と為り尊貴崇高・器量重大にして、寛厚にして平正率直。ただもし同時に凶煞を帯びて五行にまた氣なければ、嗔り怒ること多くなり、性子は梗直にして、人に屈就することを肯ぜず。
乙與庚何名為仁義之合?乙,陰木也,其性仁而太柔,庚,陽金也,堅強不屈則剛柔相濟,仁義兼資。故主人果敢有守,不惑柔佞,周旋唯仁,進退唯義。五行生旺則骨秀形清,若死絕帶煞則使氣好勇,體貌不揚,自是非人。甲己、乙庚之合,婦人不忌。
乙と庚とが相合す、何を以て「仁義の合」と稱するや。乙は陰木で、性情は仁を主るもまた太過柔順。庚は陽金で、堅強にして屈折することを肯ぜず。兩下相配すれば便ち剛柔相濟して、仁と義と兼備す。だから人は果斷勇敢にして操守あり、柔媚諂佞に迷惑せられず、待人接物するにただ一個の仁を講り、進退取捨するにただ一個の義に憑るを主る。五行生旺なるは、骨相清秀・形貌清朗。もし死絶に逢いまた凶煞を帯ぶれば、すなわち任性使氣・好勇鬥狠を成し、相貌揚がらず、自ら是と為して人を看不起す。甲己・乙庚のこの兩種の合は、婦人の命中は忌諱するを須せず。
丙與辛何名為威制之合?丙,陽火也,輝赫自盛,辛,陰金也,克刃喜煞。故丙辛為威制之合。主人儀表威肅,人多畏懼,酷毒,好賄喜淫,若帶煞或五行死絕則寡恩少義,無情之人。婦人得之,與天中、大耗、咸池相併者,貌美聲卑,夭冶而淫。
丙と辛とが相合す、何を以て「威制の合」と稱するや。丙は陽火で、光輝赫奕にして、自然顯盛。辛は陰金で、能く羊刃を克して七煞を見るを喜ぶ。だから丙辛を威制の合という。人の儀表威嚴肅穆を主り、衆人は多く畏懼す。ただ性情酷烈狠毒にして、財を貪り賄を好み、また女色に近づくを喜ぶ。もし凶煞を帯びあるいは五行死絶せば、すなわち寡恩少義の無情の人を成す。婦人がこの合を得て、また天中・大耗・咸池と幷び一處に在れば、容貌美麗にして聲音低柔、妖冶にして放蕩。
丁與壬何名為淫慝之合?壬者,純陰之水,三光不照,丁者,藏陰之火,自昧不明。故丁壬為淫慝之合。主人眼明神嬌,多情易動,不事高潔,習下無去,枕歡溺色,於我則吝,於彼則貪,若五行死絕或帶煞,見咸池、大耗、天中自敗,有淫汙家風之丑;親厚小人,侮慢君子,貪婪妄作,必勝而後已。婦人淫邪奸慝,易挑易誘,多招玷辱,或年高而嫁少夫,或年幼而配老夫,或先賤而後良,或先良而後賤。
丁と壬とが相合す、何を以て「淫慝の合」と稱するや。壬は純陰の水で、日月星の三光は皆照り進むべからず。丁は内蔵の陰火で、自身就中晦暗不明。だから丁壬を淫慝の合という。人の眼波明亮・神態嬌媚を主り、多情にして動心し易く、自ら高潔を守ることを肯ぜず、習気は卑下に流れて收斂を知らず、歡愛を貪戀し、聲色に沉溺す。自己の一邊には吝嗇にして、貪る所の一邊には卻って貪求厭くことを知らず。もし五行死絶あるいは凶煞を帯び、また咸池・大耗・天中の自敗を見れば、すなわち淫亂して家風を污辱するの丑事あり。小人に親近し、君子を輕慢し、貪婪妄為にして、上風を占盡せずば罷休することを肯ぜず。婦人のこの合を帯ぶるは淫邪奸慝にして、挑逗引誘せられ易く、多く玷污羞辱を招く。あるいは年紀已に大にして卻って少夫に嫁し、あるいは年紀尚ほ幼にして卻って老夫に配し、あるいは先に低賤にして後に從良し、あるいは先に良善にして後に堕落す。
戊與癸何名為無情之合?戊,陽土也,是老丑之夫,癸,陰水也,是婆娑之婦,老陽而少陰,雖合而無情,主人或好或丑,如戊得癸則嬌媚,姿美得所,男子娶少婦,婦人嫁美夫;若癸得戊則形容古樸,老相俗塵,男子娶老妻,婦人嫁老夫。
戊と癸とが相合す、何を以て「無情の合」と稱するや。戊は陽土で、たとえば年老貌丑の丈夫のごとし。癸は陰水で、たとえば婀娜多姿の婦人のごとし。老陽が少陰に配すれば、相合すというも情意を談ずべからず。人の相貌あるいは美あるいは丑を主る。もし戊日が癸を得れば、便ち嬌媚を顯し、姿容美好にして各々その宜しきを得、男子は能く年輕の妻子を娶り、婦人は能く俊美の丈夫に嫁す。もし癸日が戊を得れば、便ち形容古樸にして、一副の老相俗態、男子は老妻を娶り、婦人は老夫に嫁す。
進交退伏を論ず
閻東叟云:以十干為四候,十五日為一候,十二日為進神候,外三日為交退伏神候。故甲子為第一進神,則丙子、丁丑、戊寅為交退伏神;己卯為第二進神,則辛卯、壬辰、癸巳為交退退伏神;甲午為第三進神,則丙午、丁未、戊申為交退伏神;己酉為第四進神,則辛酉、壬戌、癸亥為交退伏神。值進神則發跡亨快,值交神則庶事不諧,值退神則官資降黜,值伏神則所作滯留。
閻東叟が説く、十天干を配して四個の候と為し、十五天を一候と算し、その中の十二天は「進神」候、另外三天は「交」「退」「伏」神候。だから甲子は第一個の進神で、丙子・丁丑・戊寅は便ちそれの交・退・伏神。己卯は第二個の進神で、辛卯・壬辰・癸巳は便ちそれの交・退・伏神。甲午は第三個の進神で、丙午・丁未・戊申は便ちそれの交・退・伏神。己酉は第四個の進神で、辛酉・壬戌・癸亥は便ちそれの交・退・伏神。命中が進神に値れば、すなわち發跡亨通爽快す。交神に値れば、諸事は称心する能わず。退神に値れば、官職俸禄は貶降に遭わんとす。伏神に値れば、為す所の事は皆停滞進まず。この分法の用意は、一候十五日の中、前十二日は氣まさに往前に進み、後三日は氣已に交して退伏す。だから同一候の内に在りて、吉凶もまた前後兩截に分作す。
十干化氣を論ず
復陽子曰:“十干合而化者,陰陽之配,夫婦之道也。”遇六合,合遁三則化。以五子餘數至已上得合;既合,遁虎統龍,龍主陽,得司天而成變化者也。子者,坎之位,天一生水媾精之象,胎娠陽中。故男子從子左行三十至巳,陽也,故三十而娶,女子從子右行二十至巳,陰也,故二十而嫁。此人事合五行之造化,詎可過於此期哉?
復陽子が説く、「十天干は相合して化すは、陰陽の配對・夫婦の道理」と。およそ六合に遇うは、合の處より遁を起こして第三位に數到れば便ち化氣を發生す。甲子・丙子・戊子・庚子・壬子のこの五個の子の余數を用いて往下に巳位に數到れば、便ち相合の一對を得出す。すでに相合せば、再び寅虎より遁を起こして辰竜に統轄す。竜は陽を主り、天氣を司掌して變化を成就するを得。子は「坎」卦の位置で、「天一水を生ず」の男女媾精の象を取り、胚胎孕育は皆陽氣の中に在り。だから男子は子位より左に三十を數えて巳に至り、あれは陽數で、ここにおいて三十にして妻を娶る。女子は子位より右に二十を數えて巳に至り、あれは陰數で、ここにおいて二十にして出嫁す。これは人事の五行の造化に合乎する、婚嫁はまたどうしてこの期限を拖過すべきや。
東壬子,至丁巳六數。故丁與壬合,丁壬化木。甲德統龍。南戊子,至癸巳六數。故戊與癸合,戊癸化火。丙德統龍。西庚子,至乙巳六數。故乙與庚合,乙庚化金。庚德統龍。中甲子,至己巳六數。故甲與己合。甲己化土。戊德統龍。北丙子,至辛巳六數。故丙與辛合,丙辛化水。壬德統龍。
東方は壬子より起こり、丁巳に數到れば六位、だから丁と壬と相合し、丁壬は木を化し、甲德より辰竜を統轄す。南方は戊子より起こり、癸巳に數到れば六位、だから戊と癸と相合し、戊癸は火を化し、丙德より辰竜を統轄す。西方は庚子より起こり、乙巳に數到れば六位、だから乙と庚と相合し、乙庚は金を化し、庚德より辰竜を統轄す。中央は甲子より起こり、己巳に數到れば六位、だから甲と己と相合し、甲己は土を化し、戊德より辰竜を統轄す。北方は丙子より起こり、辛巳に數到れば六位、だから丙と辛と相合し、丙辛は水を化し、壬德より辰竜を統轄す。
甲己之歲,戊德統龍以土,司化鈞天土氣;乙庚之歲,庚德統龍以金,司化顥天金氣;丙辛之歲,壬德統龍以水,司化玄天水氣;丁壬之歲,甲德統龍以木,司化蒼天木氣;戊癸之歲,丙德統龍以火,司化炎天火氣。統龍天德,上下臨御以成變化,品彙咸亨。故丙遇辛,得申子辰而奮發;乙遇庚,得已酉丑而掀轟;丁遇壬,得亥卯未而清貴;戊遇癸,得寅午戌而榮顯;甲遇己,得辰戌丑未而旺相。是以五運以五宮為正廟,我入母宮為福德,我入子宮為漏洩,我入鬼宮為刑傷,我入妻宮為財帛;子反能剋制於凶煞,仍究煞氣制之。所以五運造化無窮,唯生剋制化。
甲年己年は、戊德より辰竜を統轄して土を以て主と為し、鈞天の土氣を司掌す。乙年庚年は、庚德より辰竜を統轄して金を以て主と為し、顥天の金氣を司掌す。丙年辛年は、壬德より辰竜を統轄して水を以て主と為し、玄天の水氣を司掌す。丁年壬年は、甲德より辰竜を統轄して木を以て主と為し、蒼天の木氣を司掌す。戊年癸年は、丙德より辰竜を統轄して火を以て主と為し、炎天の火氣を司掌す。竜を統べる天德は上下の間に四方に臨御し、ここにおいて變化を成就し、萬類品物は亨通せざるなし。だから丙が辛に遇い、更に申子辰の水局を得れば、便ち能く奮然發跡す。乙が庚に遇い、更に巳酉丑の金局を得れば、便ち能く聲勢轟動す。丁が壬に遇い、更に亥卯未の木局を得れば、便ち清貴を得。戊が癸に遇い、更に寅午戌の火局を得れば、便ち榮顯を得。甲が己に遇い、更に辰戌丑未の土局を得れば、便ち旺相を得。ここにおいて五運は本方の五宮を以て正廟と為す。化神が我を生ずるの母宮に進入するを「福德」といい、我の生ずる所の子宮に進入するを「漏泄」といい、我を克するの鬼宮に進入するを「刑傷」といい、我の克する所の妻宮に進入するを「財帛」という。しかして子宮の神はかえってまた能く凶煞を制住し、仍お煞氣の制服せられたるや否やを追究するを須う。だから五運の造化に窮盡なく、全て生・克・制・化の四個字の上に在り。
三車以甲己年遁起,丙寅至戊辰三數,數至三則變化,辰為龍,亦能變化,故甲己、乙庚、丙辛、丁壬、戊癸隨其所屬天干而得其氣。又曰:甲己丙作首,丙屬火,火生土,故化土。餘例推。其說不外前理。大凡化氣,只取日干而言配合之神。或年月與時皆可用,但要日辰得旺氣於時;若不得月中旺氣,只時上旺氣,亦可;尚得月中旺氣而時上不乘旺氣則不可;若月與日時俱得旺氣,方為全吉。
《三車一覧》は甲年己年の起遁を拿って例と作す。丙寅より戊辰に數到れば三位、數滿三すれば變化發生す。辰はまた竜で、本身もまた能く變化す。だから甲己・乙庚・丙辛・丁壬・戊癸は各々それの属する所の天干に随って相應の氣を得着す。又一説あり、甲年己年の正月は丙寅より起頭し、丙は火に属し、火は能く土を生ず、だから土を化す。其余の各組はこれに照らして類推す。これらの説法は皆前の道理の外に出づるなし。大凡化氣を講るは、ただ日干を取りて説來それに相配する神とす。年・月・時の上の合神もまた皆用い得、ただ必ず日辰が時の上に旺氣を得着するを須う。もし月令中の旺氣を得ざれば、單に時上の旺氣あるのみでも、また還りて可。倘若月令旺氣を得て時上に旺氣を乘ぜざれば、あれは行かず。月令と日時とが皆旺氣を得て、はじめて完全吉利と算す。
甲己化土,非辰戌丑未月不化,其次午月亦化,有戊字間之則不化,名曰妒合。凡辰戌丑未生人,柱有已亥為受氣臨官,至晚年不吉,有官奪官,有財奪財。夫受氣臨官,長生第四位也,以干為主,雙犯則應,餘月不應,又曰:甲己化土,切要木為官,得亥卯、亥未為官,戊癸氣為福,忌見丁壬日時。
甲己は土を化し、辰・戌・丑・未の月に生まれざれば化成せず。その次に午月に生まるるもまた化し得。もし中間に一個の戊字を隔てれば便ち化せず、これを「妒合」という。およそ辰戌丑未の月に生まれた人は、柱中に己亥あればすなわち「受氣臨官」で、晚年に到れば不吉、官星あれば便ち官を奪はれ、財星あれば便ち財を奪はる。いわゆる受氣臨官とは、長生より數え下りて第四位。天干を以て主と為して看れば、兩處皆犯着してはじめて應驗し、其余の月份は則ち應ぜず。又一説あり、甲己は土を化し、緊要なるは木を拿って官星と作す、亥卯あるいは亥未を得れば便ち官ありと算し、戊癸の氣は以て福と為し得、丁・壬の日與時を見るを忌諱す。
乙庚化金,非已酉丑月不化,其次七月亦化,有甲字間之則不化,名曰妒合。凡已酉丑生人,柱有庚申為受氣臨官,晚年不佳。又曰:乙庚化金,切要火為官,故喜丙丁己午甲己為福,忌見戊癸日時。丙辛化水。非申子辰月不化,其次十月亦化,柱有丁字不化,名曰妒合。凡申子辰生人見癸亥,名曰受氣臨官,亦主晚年不佳。又曰:丙辛化水,切要土為官,得辰戌丑未為官,乙庚為福,忌見甲己日時。
乙庚は金を化し、巳・酉・丑の月に生まれざれば化成せず。その次に七月に生まるるもまた化し得。もし中間に一個の甲字を隔てれば便ち化せず、これを妒合という。およそ巳酉丑の月に生まれた人は、柱中に庚申あればすなわち受氣臨官で、晚年佳ならず。又一説あり、乙庚は金を化し、緊要なるは火を拿って官星と作す、だから丙・丁・己・午を喜び、甲己の氣は以て福と為し得、戊・癸の日與時を見るを忌諱す。丙辛は水を化し、申・子・辰の月に生まれざれば化成せず。その次に十月に生まるるもまた化し得。柱中に丁字あれば便ち化せず、これを妒合という。およそ申子辰の月に生まれた人が癸亥を見れば、受氣臨官といい、また晚年佳ならざるを主る。又一説あり、丙辛は水を化し、緊要なるは土を拿って官星と作す、辰戌丑未を得れば便ち官ありと算し、乙庚の氣は以て福と為し得、甲・己の日與時を見るを忌諱す。
丁壬化木,非亥卯未月不化,其次正月亦化,柱有丙字不化,名曰妒合。亥卯未生人見甲寅,名曰受氣臨官,晚年不佳。又曰:丁壬化木,切要庚辛申酉為官,丙辛為福,忌見乙庚日時。戊癸化火,非丙午戌月不化,其次四月亦化,柱有己字不化,名曰妒合。凡寅午戌生人見丁已為受氣臨官,晚年不佳。又曰:戊癸化火,切要壬癸亥子為官,丁壬為福,忌見丙辛日時。
丁壬は木を化し、亥・卯・未の月に生まれざれば化成せず。その次に正月に生まるるもまた化し得。柱中に丙字あれば便ち化せず、これを妒合という。亥卯未月に生まれた人が甲寅を見れば、受氣臨官といい、晚年佳ならず。又一説あり、丁壬は木を化し、緊要なるは庚・辛・申・酉を拿って官星と作す、丙辛の氣は以て福と為し得、乙・庚の日與時を見るを忌諱す。戊癸は火を化し、丙・午・戌の月に生まれざれば化成せず。その次に四月に生まるるもまた化し得。柱中に己字あれば便ち化せず、これを妒合という。およそ寅午戌月に生まれた人が丁巳を見ればすなわち受氣臨官で、晚年佳ならず。又一説あり、戊癸は火を化し、緊要なるは壬・癸・亥・子を拿って官星と作す、丁壬の氣は以て福と為し得、丙・辛の日與時を見るを忌諱す。
甲己化土,喜戊辰時生,四季月其土成象,柱中生旺,有氣為上。不可見火,見火則虛,見木氣則克壞。是甲己日怕丙丁時,餘月喜丙。乙庚化金,喜庚辰時生,申酉月其金成象。喜戊土相生,甲己為福。不喜死敗,故此月有乙庚日怕子寅時。丙辛化水,喜壬辰時生,亥子月其水成象。愛庚字相生之氣,乙庚為福。故此月有丙辛日怕卯已時。丁壬化木,喜甲辰時生,寅卯月其木成象。喜丙辛為福。故此月有丁壬日怕午申時。戊癸化火,喜丙辰時生,已午月其火成象。愛甲字相生,丁壬為福。怕卯酉日時,若犯戊已,是火見土,即暗伏不明。
甲己は土を化し、戊辰時に生まるるを喜び、辰戌丑未四季の月に在りてあの土ははじめて象を成し得。柱中にまた生旺に逢い、化神に氣あれば、便ち上等。火を見るべからず、火を見れば土はすなわち空虛。木氣を見れば則ち克壞せられんとす。だから甲己日は丙時丁時を怕る、其余の月份はかえって丙を喜ぶ。乙庚は金を化し、庚辰時に生まるるを喜び、申・酉の月に在りてあの金ははじめて象を成す。戊土の來りて相生するを喜び、甲己の氣は以て福と為し得。死敗の地に落るを喜ばず、だからこれらの月份の裡に乙庚日は子時寅時を怕る。丙辛は水を化し、壬辰時に生まるるを喜び、亥・子の月に在りてあの水ははじめて象を成す。庚字の來りてそれを生ずるを愛し、乙庚の氣は以て福と為し得、だからこれらの月份の裡に丙辛日は卯時巳時を怕る。丁壬は木を化し、甲辰時に生まるるを喜び、寅・卯の月に在りてあの木ははじめて象を成す。丙辛の氣を喜んで福と為す、だからこれらの月份の裡に丁壬日は午時申時を怕る。戊癸は火を化し、丙辰時に生まるるを喜び、巳・午の月に在りてあの火ははじめて象を成す。甲字の來りて相生するを愛し、丁壬の氣は以て福と為し得。卯・酉の日與時を怕り、もし更に戊・己を犯着せば、あれは火が土を見れば、火光はすなわち暗伏して明ならざるなり。
丙寅辛卯、丙辰辛卯、庚申乙酉、庚戌乙酉、己亥甲子,己丑甲子,癸已戊午、癸未戊午、戊子癸丑、戊寅癸丑、酉甲戌、己亥天戌、乙已庚辰、乙卯庚辰、壬午丁未、壬申丁未,以上地支相連,是同氣也,故為正化。
丙寅は辛卯に配し、丙辰は辛卯に配し、庚申は乙酉に配し、庚戌は乙酉に配し、己亥は甲子に配し、己丑は甲子に配し、癸巳は戊午に配し、癸未は戊午に配し、戊子は癸丑に配し、戊寅は癸丑に配し、および後列の乙巳は庚辰に配し、乙卯は庚辰に配し、壬午は丁未に配し、壬申は丁未に配す。これらの兩柱の地支は前後相接して、氣脈相同、だから「正化」と作す。その中の「酉甲戌」「己亥天戌」の兩條は、底本の文字に脱誤あり、已に通讀する能わず、此處に原樣に依って保留し改めず。
有轉角進化。干合中見支辰,四角相順連,如甲辰見己已之類。日時遇之,成立功名不難。有轉角退化。干合中見支午,四角相返連,如甲午見己已之類。日時遇之,功名差晚,到好處多退減,歲運逢之亦歇滅。有座下自化,乃壬午、丁亥、戊子、甲午、辛已、癸已,丁祿在午,壬與丁合,壬祿在亥,丁與壬合之例。壬午、丁亥為福最深,戊子聰明,辛已權謀,甲午亦作小亨,癸已貴中有酒色之疾。
別に一種ありて「轉角進化」といい、天干相合の兩柱の中に辰支を見、四角の干支は順次相接す。たとえば甲辰が己巳に配するこの一類。日柱時柱の上にそれに遇えば、功名を建立するは難からず。又一種ありて「轉角退化」といい、天干相合の兩柱の中に午支を見、四角の干支は反して相接す。たとえば甲午が己巳に配するこの一類。日柱時柱の上にそれに遇えば、功名の來るは較晚にして、好處に走至るも多半打折退減せんとし、歲運の上にそれに碰るも同じく消歇せんとす。還有一種ありて「座下自化」といい、すなわち壬午・丁亥・戊子・甲午・辛巳・癸巳のこの幾組。丁の禄は午に在り、しかして壬はまた丁と相合し、壬の禄は亥に在り、しかして丁はまた壬と相合す、説く所はすなわちこの例子。その中に壬午・丁亥は福を得ること最も深く、戊子は聰明を主り、辛巳は權謀あるを主り、甲午もまた小有亨通と算し、癸巳は則ち貴氣の中に酒色の致す所の疾患を帯ぶ。
