Libo

巻一

明 · 万民英 · 第1巻 / 25

作盤ガイド: 八字作盤

五行旺相休囚死并び寄生十二宮を論ず

八字命理典籍

初学はまず体例の整った通論の書で枠組みを立て、次に歌賦類、最後に評注と進むのがよい。断語集から入ると、結論は覚えても導出の過程を組み立てられないことが多い。

五行生成を論ず

天高寥廓,六氣迴旋以成四時;地厚幽深,五行化生以成萬物。可謂無窮而莫測者也。聖人立法以推步者,蓋不能逃其數。觀其立數之因,亦皆出乎自然。故載於經典,同而不異,推以達其機,窮以通其變,皆不離於數內。一曰水,二曰火,三曰木,四曰金,五曰土者,咸有所自也。水,北方子之位也,子者,陽之初一,陽數也,故水曰一;火,南方午之位也,午者,陰之初二,陰數也,故火曰二;木居東方,東,陽也,三者,奇之數,亦陽也,故木曰三;金居西方,西,陰也,四者,偶之數,亦陰也,故金曰四;土應西南長夏,五者,奇之數,亦陽也,故土曰五。由是論之,則數以陰陽而配者也。

天は高く広大で、その中を寒・暑・燥・湿・風・火という「六気」が循環しめぐり、春夏秋冬の四時が生まれる。地は厚く幽遠で、その中を金・木・水・火・土という「五行」が化生し、万物が生まれる。この造化の力はまことに無窮で測り知れない。聖人が法則を立てて天体の運行と季節を推算するのも、万物がついに「数」の定めから逃れられないからにほかならない。聖人が数を立てた由縁を考察すると、その根拠はすべて自然の理から出ていることがわかる。だから経典に記された説は互いに一致して矛盾がなく、それに沿って推せば造化の機枢に通じ、それを窮めれば事物の変化に通ずる。すべて「数」の内に収まる。いわゆる「一は水、二は火、三は木、四は金、五は土」という順序は、一つ一つに由来がある。水は北方の「子」の方に属し、子は陽気が最初に萌すところ、一は陽数だから水は一に配される。火は南方の「午」の方に属し、午は陰気が最初に萌すところ、二は陰数だから火は二に配される。木は東方に居し、東は陽、三は奇数でこれも陽だから木は三に配される。金は西方に居し、西は陰、四は偶数でこれも陰だから金は四に配される。土は西南の方と長夏の月に応じ、五は奇数でこれも陽だから土は五に配される。これより論ずれば、五行の生数は陰陽の属性によって配定されたものである。

若考其深義,則水生於一。天地未分,萬物未成之初,莫不先見於水,故《靈樞經》曰:“太一者,水之尊號。先天地之母,後萬物之源。”以今驗之,草木子實未就,人蟲、胎卵、胎胚皆水也,豈不以為一?及其水之聚而形質化,莫不備陰陽之氣在中而後成。故物之小而味苦者,火之兆也;物熟則甘,土之味也。甘極而後淡,淡,本也。然人稟父母陰陽生成之化,故先生二腎,左腎屬水,右腎屬火。火曰命門,則火之因水而後見。故火曰次二。

さらにその義理を深く究めれば、「水」は一に生ず。天地がいまだ分かれず、万物がいまだ形を成さない初めにおいて、最も早く現れるものは水でないものはない。だから《霊枢経》に「太一とは水の尊号である。天地に先んじて万物の母となり、天地の後に万物の源となる」と言う。いま目の前の事物でこれを検証すれば、草木の種子や果実がまだ成らないうちは水であり、人や虫けらの胎・卵・胚もみな水である。これは水が第一位に列すべきことを示しているではないか。水が集まって形質が化生しはじめると、いずれもまず陰陽の二気をその中に備えてから後に形を成す。だから物が小さいうちは味が苦いのが「火」の兆しであり、熟すれば味は甘く転じるのが「土」の味であり、甘が極まって後に淡となる。淡こそ本味である。人は父母の陰陽交合が生じた変化を禀受するから、胚の中で最も早く生成するのが二つの腎で、左の腎は水に属し、右の腎は火に属す。右の腎を「命門」とも言い、火は水に随って後に現れることが見て取れる。だから火は第二位に列する。

蓋草木子實,大小雖異,其中皆有兩以相合者,與人腎同,亦陰陽之兆。是以萬物非陰陽合體則不能化生也。既陰陽合體,然後而春生而秋成,故次三曰木,次四曰金。蓋水有所屬,火有所藏,木有所發,金有所別,莫不皆因土而後成也。故金木水火皆待土而後成。兼其土數,五以成之,則水六,火七,木八,金九;土常以五之生數不可至十者,土不待十以成,是生成之數皆五以合之。明大衍之數,由是以立,則萬物豈能逃其數哉?

草木の種子や果実は、大小こそ異なれ、その中には必ず二片が相合する構造があり、人に二腎があるのと同じ理で、同じく陰陽の兆しである。ゆえに万物は陰陽が一体に合しなければ化生することができない。陰陽が一体に合してから、はじめて春の萌生と秋の成熟がある。だから第三位が木、第四位が金である。水にはおのおの帰属があり、火にはおのおの蔵するところがあり、木にはおのおの発するところがあり、金にはおのおの分別するところがあるが、どれ一つとして土によらずに完成するものはない。だから金・木・水・火はみな土の配合を待ってはじめて成る。土の生数である五を加えてそれぞれの生数と合すれば、水の成数は六、火は七、木は八、金は九となる。土だけは終始この生数の五だけを用いて十には至らない。土はさらに一つの十を待って自らを成す必要がないからである。つまり五行の成数はみな五をもって相合させて得られるということである。《周易・繋辞》に言う「大衍の数」はまさにこれによって立つ。では万物がどうしてこの「数」を逃れられようか。

五行生克を論ず

五行相生相剋,其理昭然。十干十二支、五運六氣、歲月日時皆自此立,更相為用,在天則為氣:寒、暑、燥、溼、風;在地則成形:金、木、水、火、土。形氣相感而化生萬物,此造化生成之大紀也。原其妙用,可謂無窮矣。木主於東;應春。木之為言觸也,陽氣觸動,冒地而生也。水流趨東以生木也;木上發而覆下,乃自然之質也。

五行の間には相生・相克があり、その理は明らかである。十干・十二支、五運六気、そして年月日時の推排はすべてこれによって立てられ、互いに用をなす。この五者は天では気として現れ、すなわち寒・暑・燥・湿・風であり、地では形質に凝り、すなわち金・木・水・火・土である。形と気とが互いに感応して万物を化生する。これは造化生成の大綱であり、その妙用を窮めればまことに尽きることがない。木は東方を主宰し、春季に対応する。「木」の字の意味は「触」で、陽気が触れ動いて土層を突き破って生じ出ることをいう。水は東に流れて木を生ず。木は上に抽発して枝葉を伸ばしつつ下に覆い垂れる。これがその自然の質性である。

火主於南,應夏。火之為言化也,毀也,陽在上,陰在下;毀然盛而變化萬物也。鑽木取火,木所生也。然火無正體,體本木焉。出以應物,盡而復入,乃自然之氣也。金主於西,應秋。金之為言禁也,陰氣始禁止萬物而收斂,披沙揀金,土所生也。生於土而別於土,乃自然之形也。

火は南方を主宰し、夏季に対応する。「火」の字の意味は「化」であり、また「毀」でもある。陽気は上に、陰気は下にあり、炽烈に盛んで万物を変化させる。木を鑽って火を取ることができるから、火は木の生ずるところであることがわかる。しかし火には定まった本体がなく、その本体はじつは木の中に寄っている。物に遇えば発し出て、焼き尽くせばまた隠没に帰る。これがその自然の気性である。金は西方を主宰し、秋季に対応する。「金」の字の意味は「禁」で、陰気がはじめて万物の成長を禁じて収斂させることをいう。砂を汰って金を揀ぶから、金は土の生ずるところであり、土に生まれてまた土と分かれ得る。これがその自然の形質である。

水主於北,應冬。水之為言潤也。陰氣濡潤,任養萬物也。水西而東,金所生也。水流曲折,順下而達,乃自然之性也。土主於中央,兼位西南,應於長夏。土之為言吐也,含吐萬物,將生者出,將死者歸,為萬物家。故長於夏末,火所生也。土或勝水,水乃反土,自然之義也。

水は北方を主宰し、冬季に対応する。「水」の字の意味は「潤」で、陰気が濡湿し滋潤して万物養育の責を担うことをいう。水は西から東へ流れるから、水は金の生ずるところであることがわかる。水流は曲折回環して勢いに順じて下り、四方に通達する。これがその自然の性情である。土は中央を主宰し、また西南の方位を兼ね管め、長夏の月に対応する。「土」の字の意味は「吐」で、万物を含蔵し吞吐することをいう。まさに生まれんとするものはここから出て、まさに死なんとするものはここへ帰る。だから土は万物の家である。土は夏末に生じ、火の生ずるところである。土は時に水を克することができ、水はまた反って土を衝き毀すこともある。これもまた自然の義理である。

五行相剋,子皆能為母,復讎也。木克土,土之子金反克木;金克木,木之子火反克金;火克金,金之子水反克火;水克火,火之子土反克水;土克水,水之子木反克土。互能相生,乃其始也;互能相剋,乃其終也。皆出乎天之性也。《素問》所謂水生木,木復生火,是木受竊氣,故水怒而克火。即子逢竊氣,母乃力爭,與母被鬼傷,子來力救,其義一也。強可攻弱,土得木而達;實可勝虛,水得土而絕;陰可消陽,火得水而滅;烈可敵剛,金得火而缺;堅可制柔,木得金而伐。故五者流行而更轉,順則相生,逆則相剋,如是則各各為用,以成其道而已。

五行の相克を言えば、克される側の「子」はいずれも「母」のために出頭して、母を克する者に復讐する。木は土を克し、土の生ず子たる金は反って木を克する。金は木を克し、木の生ず子たる火は反って金を克する。火は金を克し、金の生ず子たる水は反って火を克する。水は火を克し、火の生ず子たる土は反って水を克する。土は水を克し、水の生ず子たる木は反って土を克する。互いに生ずること能く、これが五行運行の始めであり、互いに克すること能く、これが五行運行の終わりで、いずれも天然の本性から出る。強は弱を攻めることができるから、土は木を得て疏通する。実は虚に勝つことができるから、水は土を得て断絶する。陰は陽を消すことができるから、火は水を得て熄滅する。猛烈は剛硬に敵することができるから、金は火を得て殘缺する。堅硬は柔軟を制することができるから、木は金を得て伐たれる。このゆえに五者は流転更替して、順に従えば相生し、逆にすれば相克する。このように各々その作用をなして、造化の道を成就するにすぎない。

支干源流を論ず

夫干猶木之干,強而為陽;支猶木之枝,弱而為陰。昔盤古氏明天地之道,達陰陽之變為三才。首君以天地既分之後,先有天而後有地,由是氣化而人生焉,故天皇氏一姓十三人,繼盤古氏以治,是曰天靈淡泊,無為而俗自化,始制干支之名,以定歲之所在。其十干曰:於逢、旃蒙、柔兆、疆圉、著雍、屠維、上章、重光、玄、昭陽;十二支曰:困敦、赤奮若、攝提格、單于、執徐、大荒落、敦洋、協洽、灘、作噩、閹茂、大淵獻。

「干」は樹の主幹のようなもので、強健にして陽に属す。「支」は樹の枝のようなもので、柔弱にして陰に属す。上古の盤古氏は天地運行の道に通暁し、陰陽の変化を明らかにして天・地・人の「三才」を分立した。彼は最初の君主として、天地が分判した後に先ず天があり、後に地があり、天地の気が交化してはじめて人が生まれたと考えた。だから天皇氏は一姓十三人で、盤古氏に続いて天下を治め、「天霊」と号し、恬淡無為にして風俗は自ずから化に帰した。彼が最も早く干支の名号を制定し、もって年歳の所在を標定した。当時の十干の名号は于逢・旃蒙・柔兆・彊圉・著雍・屠維・上章・重光・玄黓・昭陽といい、これが後世の暦書に言う「歳陽」である。十二支の名号は困敦・赤奮若・摂提格・単于・執徐・大荒落・敦牂・協洽・涒灘・作噩・閹茂・大淵献といい、これが「歳陰」である。これらの古名は後に《爾雅・釈天》と《史記・暦書》にまだ残されている。

蔡邕獨斷曰:“干,干也。其名有十,亦曰十母,即今甲乙丙丁戊己庚辛壬癸是也;支,枝也。其名十有二,亦曰十二子,即今子丑寅卯辰已午未申酉戍亥是也。”謂之天皇氏者,取其天開於子之義也;謂之地皇氏者,取其地闢於丑之義也;謂之人皇氏者,取其人生於寅之義也。故干支之名在天皇時始制,而地皇氏則定三辰,道分晝夜,以三十日為一月,而干支始各有所配。

蔡邕《独断》に言う。「干とは主幹の意で、その名目は十あり、「十母」とも言い、すなわちいまの甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸である。支とは枝の意で、その名目は十二あり、「十二子」とも言い、すなわちいまの子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥である」。「天皇氏」と称するのは「天は子に開く」の意を取り、「地皇氏」と称するのは「地は丑に闢く」の意を取り、「人皇氏」と称するのは「人は寅に生ず」の意を取ったのである。だから干支の名号は天皇氏の時にはじめて制定され、地皇氏に至ってはじめて日・月・星の「三辰」を釐定し、昼夜を分け、三十日をもって一月とし、干支はこれより各々配属を得た。

人皇氏者,主不虛王,臣不虛貴,政教君臣所自起,飲食男女所自始,始得天地之氣而有子母之分,於是干支始有所屬焉。至於伏羲仰觀象於天,俯觀法於地,中觀萬物與人,始畫八卦以通神明之德,以類萬物之情,以作甲曆而文字生焉。逮及黃帝授河圖,見日月星辰之象,於是始有星官之書。命大堯探五行之情,占斗綱所建,於是始作甲子配五行納音之屬。

いわゆる人皇氏とは、君主が王の虚名だけを持たず、臣子が貴の虚位だけを持たず、政令教化と君臣の名分が彼より興り、飲食男女の事が彼より始まったことをいう。人はこれではじめて真に天地の気を禀得して母子の分かれがあり、干支もまた各々帰属を持ちはじめた。伏羲に至り、彼は上に天の物象を観、下に地の法則を観、中に万物と人事を観て、はじめて八卦を画き神明の徳性を会通し、万物の情状を比類し、甲暦を制作した。文字もこれによって生まれた。この一節はまさに《周易・繋辞下》に記す伏羲画卦の事である。黄帝が《河図》の伝授を受け、日月星辰の運行する図象を見て、はじめて星象を記録する典籍ができた。彼はまた大撓に五行の情性を探究させ、北斗の斗柄の指す方位を観測させた。ここにおいて甲子を創制し、五行の納音を配したこの体系ができた。

納音を総論す

嘗觀《筆談》論六十甲子納音,本六十律,旋相為宮,法也。納音與《易》納甲同法:干納甲、坤納癸,始於干而終於坤。納音始於金,金,干也,終於土,土,坤也。五行之中,惟有金鑄而為器,則音響彰,納音所以先金。納音之法,同類娶妻,隔八生子,律呂相生之法也。甲子,金之仲,同位娶乙丑,隔八下生壬申;金之孟壬申,同位娶癸酉,隔八上生庚辰;金之季庚辰,同位娶辛已,隔八下生戊子。火之仲戊子,娶乙丑,生丙申;火之孟丙申,娶丁酉,生甲辰;火之季甲辰,娶乙已,生壬子。木之仲如是左行,至於丁已,中呂之宮。五音一終,復自甲午金之仲,娶乙未,隔八生壬寅,一如甲子之法,終於癸亥。

かつて沈括《夢溪筆談》が六十甲子の納音を論じるのを見た。それは六十律に本づき、各律が輪番で宮音を充てるという一定の法であるという。納音の推法は《周易》の「納甲」と同じ筋道で、乾卦は甲を納れ、坤卦は癸を納れ、乾より始まって坤に終わる。納音は金より始まり、金は乾に対応し、土に終わり、土は坤に対応する。五行の中で金だけが器物を鋳成した後に音響が最も顕著だから、納音は金を先とする。納音の推法を「同類は妻を娶り、八を隔てて子を生ず」といい、これが律呂相生の法である。甲子は金の仲位で、同位の乙丑と配して夫妻とし、八位を隔てて下に壬申を生ず。壬申は金の孟位で、同位の癸酉と配し、八位を隔てて上に庚辰を生ず。庚辰は金の季位で、同位の辛巳と配し、八位を隔てて下に戊子を生ず。戊子は火の仲位で、己丑と配して丙申を生ず。丙申は火の孟位で、丁酉と配して甲辰を生ず。甲辰は火の季位で、乙巳と配して壬子を生ず。木の仲位はこのように左に推し進めて、丁巳に至る。丁巳はすなわち仲呂の宮で、宮・商・角・徴・羽の五音が一巡を終える。そして再び甲午という金の仲位から起こり、乙未と配し、八を隔てて壬寅を生じ、全く甲子の法に照らして推し進めてついに癸亥に終わる。

自子至於已為陽,故自黃鍾至於仲呂皆下生;自午至於亥為陰,故自林鍾至於應鍾皆上生。夫上下生者,正謂天氣下降,地氣上升。數之所合,變之所由出也。乾為天,坤為地,乾坤合而為泰;德為父,紅為母,德紅合而為東;干為君,支為臣,干支合而納音生。是故甲乙為君,子丑為臣,子丑甲乙合而為金。蓋五行之在天下,各有氣性,有材位,或相濟或相剋,若成器未成器,旺中受絕,絕中受氣,惟相配而取之為不同耳。此金之數之所以難同而又有海中沙中之異。

子から巳に至るまで陽に属するから、黄鐘から仲呂までの六律はみな下生であり、午から亥に至るまで陰に属するから、林鐘から応鐘までの六呂はみな上生である。いわゆる上生・下生とは、まさに天気が下に降り、地気が上に昇ることを言う。数はこれによって相合し、変化もまたこれによって生ず。乾は天となり、坤は地となる。乾坤相合して《泰》卦となる。徳は父となり、紅は母となる。徳紅相合して東となる。天干は君となり、地支は臣となる。干支相合して納音が生ず。だから甲乙は君、子丑は臣で、子丑が甲乙と相配すれば金となる。五行は天地の間に存し、各々その気性があり、各々その材質と位次があり、あるいは互いに済助し、あるいは互いに克制し、また成器済みと未成器、旺中に絶を受けるもの、絶中に気を受けるもののさまざまな差別がある。ただ配する干支が異なるため各々異なるのである。これが同じ金であっても数は一致し難く、「海中金」「沙中金」といった分別のある所以である。

納音取象を論ず

昔者,黃帝將甲子分輕重而配成六十,號曰花甲子,其花字誠為奧妙,聖人借意而喻之,不可著意執泥。夫自子至亥十二宮,各有金、木、水、火、土之屬,始起於子為一陽,終於亥為六陰,其五行所屬金、木、水、火、土,在天為五星,於地為五嶽,於德為五常,於人為五臟,其於命也為五行。是故甲子之屬乃應之於命,命則一世之事。故甲子納音象,聖人喻之,亦如人一世之事也。

昔、黄帝は甲子を軽重によって分配し、六十組に配して「花甲子」と称した。この「花」の字は実に奥妙で、聖人がこれを借りて喩えとしたもので、字面を死に堅く解してはならない。子から亥までの十二宮は、どの宮にも各々金・木・水・火・土の帰属がある。子に起こるは一陽の初生、亥に終わるは六陰の窮尽である。この五行の所属は、天では歳星・熒惑・太白・辰星・鎮星の五星となり、地では五嶽となり、徳では仁・義・礼・智・信の「五常」となり、人の身では五蔵となり、人の命に落ちれば命中の五行となる。だから甲子のこの配属はまさに人の命に応じ、命の管するものは人の一生の事である。このゆえに聖人が六十甲子の納音に取った物象も、人の一生の経歴のごとくである。

何言乎?子丑二位,陰陽始孕,人在胞胎,物藏根,未有涯際;寅卯二位,陰陽漸開,人漸生長,物以拆甲,群葩漸剖,如人將有立身也;辰巳二位,陰陽氣盛,物當華秀,如人三十、四十而有立身之地,始有進取之象;午未二位,陰陽彰露,物已成齊,人至五十、六十,富貴貧賤可知,凡百興衰可見;申酉二位,陰陽肅殺,物已收成,人已龜縮,各得其靜矣;戌亥二位,陰陽閉塞,物氣歸根,人當休息,各有歸著。詳此十有二位先後,六十甲子可以次第而曉。

なぜそう言うのか。子丑の二位は、陰陽がいま孕みはじめたばかりで、人はなお胞胎の中にあり、物はなお根の中に蔵れ、すべてに辺際がない。寅卯の二位は、陰陽が漸く開き、人は漸く長じ、物は殻を破り甲を裂きはじめ、衆花が次第に綻び開く。人がまさに立身せんとするに譬える。辰巳の二位は、陰陽の気がまさに盛んで、物はまさに開花し秀発し、人が三四十歳にしてすでに立身の地を得、進取の気象を見せはじめるに譬える。午未の二位は、陰陽が全く顕露し、物はすでに長じ斉い、人は五六十歳にして富貴貧賤はすでに断定でき、一生の興衰も見て取れる。申酉の二位は、陰陽が転じて粛殺となり、物はすでに収成し、人もすでに収斂し縮まり、各々安静に帰する。戌亥の二位は、陰陽が閉塞し、物の気は根本に帰り、人はまさに休養生息し、各々帰着がある。この十二位の先後の次序を明らかにすれば、六十甲子の取象は順を追って明らかにできる。

甲子乙丑何以取象為海中之金?蓋氣在包藏,有名無形,猶人之在母腹也;壬寅癸卯絕地存金,氣尚柔弱,薄若繒縞,故曰金泊金;庚辰辛巳以金居火土之地,氣已發生,金尚在礦,寄形生養之鄉,受西方之正色,乃曰白蠟金;甲午乙未則氣已成,物質自堅實,混於沙而別於沙,居於火而煉於火,乃曰沙中金也;壬申癸酉氣盛物極,當施收斂之功,穎脫鋒銳之刃。蓋申酉金之正位,干值壬癸,金水淬礪,故取象劍鋒而金之功用極矣;至戌亥則金氣藏伏,形體已殘,鍛鍊首飾,已成其狀,藏之閨閣,無所施為,而金之功用畢,故曰庚戌辛亥釵釧金。

甲子・乙丑がなぜ「海中金」という取象を取るのか。この時、金気はなお内に包蔵されていて、名目はあっても形体がなく、人がまだ母腹の中にいるようなものだからである。壬寅・癸卯は金が絶地に処りながらなお金気を存していて、気がなお柔弱で、繒帛縞素のように薄い。だから「金箔金」という。庚辰・辛巳は金が火土の地に居し、金気はすでに発動しているが、金はなお鉱石の中に留まり、生養の郷に形を寄せ、西方の正色たる白を秉受する。だから「白蝋金」という。甲午・乙未は金気がすでに養い成され、質は自ずから堅実で、砂の中に混ざりながら砂と分別でき、火の中に処りながら火の陶錬を受ける。だから「沙中金」という。壬申・癸酉は気盛んで物極まり、まさに収斂の功を施すべき時で、鋒刃が脱穎して出る。申酉はもともと金の正位で、天干に壬癸を逢えば、金水が互いに淬礪する。だから「剣鋒」の象を取り、金の功用はここに至って極点に達する。戌亥に至れば、金気は蔵伏し、形体はすでに殘缺し、鍛錬を経て首飾を作り、形状はすでに定まり、閨閣の中に蔵されて再び施すところがない。金の功用はここに完結する。だから庚戌・辛亥を「釵釧金」という。

壬子癸丑何以取象桑柘木?蓋氣居盤屈,形狀未伸,居於水地,蠶衰之月,桑柘受氣,取其時之生也;庚寅辛卯則氣已乘陽,得栽培之勢力其為狀也,奈居金下,凡金與霜素堅,木居下得其旺,歲寒後凋,取其性之堅也,故曰松柏木;戊辰己巳則氣不成量,物已及時,枝葉茂盛,鬱然成林,取其木之盛也,故曰大林木;壬午癸未,木至午而死,至未而墓,故楊柳盛夏葉凋,枝幹微弱,取其性之柔也,故曰楊柳木;庚申辛酉,五行屬金而納音屬木,以相剋取之。蓋木性辛者,唯石榴木;申酉氣歸靜肅,物漸成實,木居金地,其味成辛,故曰石榴木;觀他木至午而死,惟此木至午而旺,取其性之偏也。戊戌己亥,氣歸藏伏,陰陽閉塞,木氣歸根,伏乎土中,故曰平地木也。

壬子・癸丑がなぜ「桑柘木」という取象を取るのか。この時、木気は盤曲し縮まって形状がいまだ伸展せず、また水地に処り、まさに蚕事の衰える月に当たり、桑樹・柘樹がこの時に気を受ける。これが時を得て生ずる意を取るのである。庚寅・辛卯は木気がすでに陽気に乗じて升り、栽培の勢いを得て形状を成すが、奈何せん金の下に処る。金と霜はもとより堅硬で、木がその下に居ればかえってその旺気を得、歳寒の後になってはじめて凋零する。その性質の堅貞を取る。だから「松柏木」という。戊辰・己巳は木気が盛大にして計量できず、草木はすでに時に至り、枝葉は茂盛して蔚然と林を成す。木の繁盛を取る。だから「大林木」という。壬午・癸未は、木は午に至って死に、未に至って墓に入るから、楊柳は盛夏に当たって葉が先に凋み、枝幹は細弱である。その性質の柔軟を取る。だから「楊柳木」という。庚申・辛酉は、干支の五行はもともと金に属しながら納音は木に属し、相克の上から象を取るのである。木性に辛辣の味を帯びたものは石榴木だけであり、申酉の気は粛静に帰し、果実は漸く結成し、木が金地に居れば味は変じて辛となる。だから「石榴木」という。他の木は午に至れば死すが、唯独この木は午に至ってかえって旺する。その性情の偏異を取る。戊戌・己亥は、気は蔵伏に帰し、陰陽は閉塞し、木気は根本に帰して土の中に潜伏する。だから「平地木」という。

丙子丁丑何以取象澗下水?蓋氣未通濟,高段非水流之所,卑溼乃水就之鄉,由地中行,故曰澗下水;甲寅乙卯,氣出陽明,水勢恃源,東流滔注,其勢浸大,故曰大溪水;壬辰癸巳,勢極東南,氣傍離宮,火明勢盛,水得歸庫,盈科後進,乃曰長流水也;丙午丁未,氣當升降,在高明火位,有水沛然作霖,以濟火中之水,惟天上乃有,故曰天河水;甲申乙酉,氣息安靜,子母同位,出而不窮,汲而不竭,乃曰井泉水;壬戌癸亥,天門之地,氣歸閉塞,水歷遍而不趨,勢歸乎寧謐之位,來之不窮,納之不溢,乃曰大海水也。

丙子・丁丑がなぜ「澗下水」という取象を取るのか。この時、水気はいまだ通達せず接済されず、高いところは水の流れ至る所ではなく、低窪湿潤のところこそ水の趨帰する郷で、水はただ地中に潜行する。だから「澗下水」という。甲寅・乙卯は、水気が升出して陽明に転じ、水勢は頼れる源があり、滔滔と東に奔注し、気勢は漸く壮大となる。だから「大渓水」という。壬辰・癸巳は、水勢が東南の極に至り、気は離宮に近づき、火は明るく勢いは盛んで、水はちょうど辰庫に帰入し、一処に注ぎ満ちてからさらに前に流れる。まさに《孟子》の「科に盈ちて後に進む」に合する。だから「長流水」という。丙午・丁未は、気はまさに升降の際に当たり、高明の火位に処りながら、大水が沛然と降って甘霖となり、火中の水を接済する。このような水は天上にのみある。だから「天河水」という。甲申・乙酉は、気息は安静で、金水の子母が同位にあり、湧き出て窮まらず、汲取しても竭きない。だから「井泉水」という。壬戌・癸亥は天門の地で、気は閉塞に帰し、水は遍く諸処に流れて再び奔趨せず、勢いは寧静の位に帰し、来るものはいくらでも容れ、納めるものはいくらでも外に溢れない。だから「大海水」という。

戊子己丑何以取象霹靂火?蓋氣在一陽,形居水位,水中之火,非神龍則無,故曰霹靂火;丙寅丁卯,氣漸發輝,因薪而顯,陰陽為治,天地為爐,乃曰爐中火也;甲辰乙巳,氣形盛地,勢定高岡,傳明繼晦,子母相承,乃曰覆燈火也;戊午己未,氣過陽宮,重離相會,炳靈交光,發輝炎上,乃曰天上火也;丙申丁酉,氣息形藏,勢力韜光,龜縮兌位,力微體弱,明不及遠,乃曰山下火也;甲戌乙亥謂之山頭火者,山乃藏形,頭乃投光,內明外暗,隱而不顯,飛光投干,歸於休息之中,故曰山頭火也。

戊子・己丑がなぜ「霹靂火」という取象を取るのか。この時、火気はまさに一陽の初動に当たり、形体は水位に居し、水中の火で、神龍のほかにこの火を有するものはない。だから「霹靂火」という。丙寅・丁卯は、火気が漸く光輝を発し、柴薪を憑ってはじめて顕現し、陰陽を主宰とし、天地を炉竈とする。だから「炉中火」という。甲辰・乙巳は、火気と形体とがともに旺盛の地に至り、勢位は高岡の上に安く、光明を代々伝えて黑暗を接続し、母子相承して絶えない。だから「覆燈火」という。戊午・己未は、火気が陽宮を越え、二つの離卦が相会し、光明が交り映じ、炽盛にして上に騰発する。だから「天上火」という。丙申・丁酉は、気息はすでに収められ形体はすでに蔵され、勢力は収斂して外に露せず、兌位に縮まり、力量微弱で形体単薄で、光明は遠く照らせない。だから「山下火」という。甲戌・乙亥を「山頭火」というのは、山がその形体を蔵し、山頭がその光を投映し、内は明るく外は暗く、隠蔽して顕揚せず、余光を遠く天干に投じて休息の中に帰するからである。だから「山頭火」という。

庚子辛丑何以取象壁上土?氣居閉塞,物尚包藏,掩形遮體,內外不交,故曰壁上土;戊寅己卯,氣能成物,功以育物,發乎根,壯乎萼蕊,乃曰城頭土也;丙辰丁巳,氣以承陽,發生已過,成齊未來,乃曰沙中土也;庚午辛未,氣當承形,物以路彰,有形可質,有物可彰,乃曰路傍土也;戊申己酉,氣以歸息,物當收斂,龜縮退閒,美而無事,乃曰大驛土也;丙戌丁亥,氣成物府,事以美圓,陰陽曆遍,勢得其間,乃曰屋上土也。

庚子・辛丑がなぜ「壁上土」という取象を取るのか。この時、土気は閉塞の中に処り、万物はなお包蔵され、土はただ形を掩い体を遮るのみで、内外は往來しない。だから「壁上土」という。戊寅・己卯は、土気が万物を成就することができ、その功用は万物を養育するにあり、草木は根より発し、花萼花蕊の上で壮大となる。だから「城頭土」という。丙辰・丁巳は、土気が陽気を承け、発生の段階はすでに過ぎ、長斉成熟の段階はいまだ至らない。だから「沙中土」という。庚午・辛未は、土気がまさに形体を承載し、万物は道路によって顕彰され、形あって質証でき、物あって彰顯できる。だから「路旁土」という。戊申・己酉は、土気は止息に帰し、万物はまさに収斂し、縮まり退閑し、美しく事なきを得る。だから「大驛土」という。丙戌・丁亥は、土気はすでに万物の府庫となり、事は美満に円成し、陰陽の一巡はすでに歴遍し、勢位はちょうどその間に安処する。だから「屋上土」という。

餘見路旁之土播殖百穀,午未之地,其盛夏長養之時乎?大驛之土通達四方,申酉之地,其得朋利亨之理乎?城頭之土取堤防之功,五公恃之,立國而衛民也;壁上之土明粉飾之用,臣庶資之,爰居而爰處也;沙中之土,土之最潤者也,土潤則生,故成齊未來而有用;屋上之土,土之成功者也,成功者靜,故止於一定而不遷。蓋居五行之中,行負載之令,主養育之權,三才五行皆不可失;處高下而得位,居四季而有功。金得之鋒銳雄剛,火得之光明照耀,木得之英華越秀,水得之濫波不泛,土得之稼穡愈豐。聚之不散,必能為山,山者,高也;散之不聚,必能為地,地者,原也。用之無窮,生之罔極,土之功用大矣哉!

私が思うに、路旁の土は百穀を植殖でき、それは午未の地に当たり、まさに盛夏に万物を長養する時ではないか。大驛の土は四方に通達し、それは申酉の地に当たり、まさに《周易・坤卦》の「西南に朋を得」て亨通する理に合するのではないか。城頭の土は築堤設防の功を取り、公侯はこれに憑って国を立て民を衛る。壁上の土は粉刷装飾の用を顕し、臣民百姓はこれに靠って安居する。沙中の土は土の中で最も滋潤で、土が潤えば物を生ず。だから「成斉未だ至らず」と言いつつなお用があるという。屋上の土は土の中ですでに成功したもので、成功すれば静止に帰するから、一処に固定して再び遷移しない。土は五行の中に居し、負載の令を行い、養育の権を掌り、天・地・人の三才と五行はいずれもそれを欠くことができない。高所低所に処るを問わず位を得、四季の末に分居して各々その功がある。金は土を得れば鋒鋭雄剛となり、火は土を得れば光明照曜し、木は土を得れば英華秀発し、水は土を得れば波瀾に節があって泛濫せず、土自身が勢を得れば庄稼はいよいよ豊盛となる。聚まって散らなければ必ず山となる。山はすなわち高。散り開いて聚まらなければ必ず地となる。地はすなわち原野。それを用いて窮まることなく、生養に止境なし。土の功用はまことに大きい。

五行取象,皆以對待而分陰陽,即始終而明變化。如甲子乙丑對甲午乙未,海中沙中,水土之辨,陰陽之分也;壬寅癸卯對壬申癸酉,金泊劍鋒,金木之辨,剛柔之別也;庚辰辛已對庚戌辛亥,白蠟釵釧,干巽異方,形色各盡也;壬子癸酉對壬午癸未,桑柘楊柳,一曲一柔,形質多別也;

六十甲子の五行取象は、みな両両相対する方式で陰陽を分別し、始と終の対照によって変化を説明する。たとえば甲子乙丑と甲午乙未とが相対し、一つは海中金、一つは沙中金、これは水と土の分別で、すなわち陰と陽の分別である。壬寅癸卯と壬申癸酉とが相対し、一つは金箔金、一つは剣鋒金、これは金と木の分別で、すなわち剛と柔の分別である。庚辰辛巳と庚戌辛亥とが相対し、一つは白蝋金、一つは釵釧金、乾位と巽位の二つの異なる方に分居し、形状と顔色は各々その異を尽くす。壬子癸酉と壬午癸未とが相対し(納音の例により、ここの「癸酉」は「癸丑」の誤りとすべき)、一つは桑柘木、一つは楊柳木、一つは盤曲、一つは柔弱で、形状と質地は大いに異なる。

庚寅辛卯對庚申辛酉,松柏石榴,一堅一辛,性味迥異也;戊辰己巳對戊戌己亥,大林平地,一盛一衰,巽干殊方也;戊子己丑對戊午己未,霹靂天上,雷霆揮鞭,日月同照也;丙寅丁卯對丙申丁酉,爐中山下,火盛木焚,金旺火滅也;甲辰乙巳對甲戌乙亥,覆燈山頭,含光畏風,投光止艮也;庚子辛丑對庚午辛未,壁上路旁,形分聚散,類別死生也;戊寅己卯對戊申己酉,城頭大驛,東南西北,坤艮正位也;丙辰丁巳對丙戌丁亥,沙中屋上,干溼互用,變化始終也。

庚寅辛卯と庚申辛酉とが相対し、一つは松柏木、一つは石榴木、一つは性堅、一つは味辛で、性情と滋味は迥として異なる。戊辰己巳と戊戌己亥とが相対し、一つは大林木、一つは平地木、一つはまさに盛ん、一つはすでに衰え、巽方と乾方とに分かれ処る。戊子己丑と戊午己未とが相対し、一つは霹靂火、一つは天上火、一方は雷霆が鞭を揮うがごとく、一方は日月が同照するがごとし。丙寅丁卯と丙申丁酉とが相対し、一つは炉中火、一つは山下火、一方は火盛んで木を焚き、一方は金旺んで火を滅す。甲辰乙巳と甲戌乙亥とが相対し、一つは覆燈火、一つは山頭火、一方は光を含んで風吹を怕れ、一方は光を艮山に投じて止まる。庚子辛丑と庚午辛未とが相対し、一つは壁上土、一つは路旁土、形態の上で聚と散に分かれ、類別の上で死と生に分かれる。戊寅己卯と戊申己酉とが相対し、一つは城頭土、一つは大驛土、方位の上で東南と西北に分かれ、まさに坤位と艮位に当たる。丙辰丁巳と丙戌丁亥とが相対し、一つは沙中土、一つは屋上土、乾と湿とが互いに用をなし、変化を頭から尾まで言い尽くしている。

圓看方看,不外旺相死休;因近取遠,莫逃金木水火土。以干支而分配五行,論陰陽而大明終始。天成人力相兼,生旺死絕並類。嗚呼!六十甲子聖人不過借其象以明其理,而五行性情、材質、形色、功用無不曲盡而造化無餘蘊矣。

円く見ようが方く見ようが、結局、旺・相・死・休という幾つかの気象から跳び出ることはできない。近くに譬えを取ろうが遠くに譬えを取ろうが、金木水火土のこの五つから逃れることはできない。干支をもって五行に分配し、陰陽を講じて始終を徹底的に説明する。天然の生成と人力の作用とは兼ね備え、生・旺・死・絶は各々その類に帰する。ああ、六十甲子は、聖人がこれらの物象を借りてその中の道理を説明したものにすぎず、五行の性情・材質・形色・功用で曲折に言い尽くされないものは一つもなく、造化の奥秘も再び余すところがないのである。

六十甲子の性質吉凶を釈す

甲子金,為寶物,喜金木旺地。進神喜,福星,平頭,懸針,破字。乙丑金,為頑礦,喜火及南方日時。福星,華蓋,正印。丙寅火,為爐炭,喜冬及木。福星,祿刑,平頭,聾啞。丁卯火,為爐煙,喜巽地及秋冬。平頭,截路,懸針。戊辰木,山林山野處不材之木,喜水。祿庫,華蓋,水馬庫,棒杖,伏神,平頭。己巳木,山頭花草,喜春及秋。祿庫,八吉,闕字,曲腳。庚午土,路旁干土,喜水及春。福星,官貴,截路,棒杖,懸針。辛未土,含萬寶,待秋成,喜秋及火。華蓋,懸針,破字。

甲子は納音が金に属し、取象は宝物で、金旺・木旺の地を行くことを喜ぶ。帯びる神煞は「進神」(甲子・己卯・甲午・己酉の四位、気機が前に推進する義を取り、万事順遂を主る)、「福星」、「平頭」(甲・丙・丁・壬といった字の頭の筆画が平直なのでこの名を得る。命中に多く見れば刑傷を主り、あるいは僧道に宜しい)、「懸針」(甲・申・辛・卯といった字に一縦が針のごとく下垂し、刑克傷害を主る)、「破字」(字形が残缺して不完整で、破敗損折を主る)。乙丑は納音が金に属し、取象はいまだ冶錬を経ていない頑鉱で、火を見ることを喜び、また南方に生じるか南方に属する日時を喜ぶ。「福星」「華蓋」「正印」を帯びる。丙寅は納音が火に属し、取象は炉中の炭で、冬と木を見ることを喜び、「福星」「禄刑」「平頭」「聾唖」(字形が閉塞して口がなく、耳目口舌の疾を主る)を帯びる。丁卯は納音が火に属し、取象は炉中の煙で、東南の巽地と秋冬を喜び、「平頭」「截路」(日時が壬癸の空亡に逢い、去路を截断されたがごとく、処処阻滯を主る)「懸針」を帯びる。戊辰は納音が木に属し、山林曠野の中の材を成さない樹で、水を見ることを喜び、「禄庫」「華蓋」「水馬庫」「棒杖」「伏神」「平頭」を帯びる。己巳は納音が木に属し、山頭の花草で、春と秋を喜び、「禄庫」「八吉」「闕字」「曲脚」(己・巳といった字の下脚が弯曲し、足脛の患を主る)を帯びる。庚午は納音が土に属し、路旁の乾土で、水と春を見ることを喜び、「福星」「官貴」「截路」「棒杖」「懸針」を帯びる。辛未は納音が土に属し、万宝を含蔵して秋の成熟を待ち、秋と火を喜び、「華蓋」「懸針」「破字」を帯びる。

壬申金,戈戟,大喜子午卯酉。平頭,大敗,妨害,聾啞,破字,懸針。癸酉金,金之椎鑿,喜木及寅卯。伏神,破字,聾啞。甲戌火,火所宿處,喜春及夏。正印,華蓋,平頭,懸針,破字,棒杖。乙亥火,火之熱氣,喜土及夏。天德,曲腳。丙子水,江湖,喜木及土。福星,官貴,平頭,聾啞,交神,飛刃。丁丑水,水之不流清澈處,喜金及夏。華蓋,進神,平頭,飛刃,闕字。戊寅土,堤阜城郭,喜木及火。伏神,俸杖。聾啞。己卯土,破堤敗城,喜申酉及火。進神,短夭,九丑,闕字,曲腳,懸針。

壬申は納音が金に属し、取象は戈戟の類の兵器で、子・午・卯・酉の四正の位を見ることを最も喜び、「平頭」「大敗」「妨害」「聾唖」「破字」「懸針」を帯びる。癸酉は納音が金に属し、敲鑿用の錘と鑿で、木と寅卯を見ることを喜び、「伏神」「破字」「聾唖」を帯びる。甲戌は納音が火に属し、火の棲宿する所で、春と夏を喜び、「正印」「華蓋」「平頭」「懸針」「破字」「棒杖」を帯びる。乙亥は納音が火に属し、火の散ずる熱気で、土と夏を見ることを喜び、「天徳」「曲脚」を帯びる。丙子は納音が水に属し、取象は江湖で、木と土を見ることを喜び、「福星」「官貴」「平頭」「聾唖」「交神」「飛刃」を帯びる。丁丑は納音が水に属し、流動せず清澈な一潭の水で、金と夏を見ることを喜び、「華蓋」「進神」「平頭」「飛刃」「闕字」を帯びる。戊寅は納音が土に属し、堤防の土丘と城郭で、木と火を見ることを喜び、「伏神」「棒杖」「聾唖」を帯びる。己卯は納音が土に属し、潰決した堤、敗壊した城で、申酉と火を見ることを喜び、「進神」「短夭」「九丑」(九つの陰日陽時が相配した丑恶の辰で、淫乱と容貌の丑を主る)「闕字」「曲脚」「懸針」を帯びる。

庚辰金,錫蠟,喜秋及微木。華蓋,大敗,棒杖,平頭。辛巳金,金之幽者,雜沙石,喜火及秋。天德,福星,官貴,截路,大敗,懸針,曲腳。壬午木,楊柳干節,喜春夏。官貴,九丑,飛刃、平頭、聾啞,懸針。癸未木,楊柳根,喜冬及水,亦宜春。正印,華蓋,短夭,伏神,飛刃,破字。甲申水,甘井,喜春及夏。破祿馬,截路,平頭,破字,懸針。乙酉水,陰壑水,喜東方及南。破祿,短夭,九丑,曲腳,破字,聾啞。丙戌土,堆阜,喜春夏及水。天德,華蓋,平頭,聾啞。丁亥土,平原,喜火及木。天乙,福星,官貴,德合,平頭。

庚辰は納音が金に属し、取象は錫と蝋で、秋とわずかばかりの木を喜び、「華蓋」「大敗」「棒杖」「平頭」を帯びる。辛巳は納音が金に属し、深く蔵していまだ出ない金で、沙石の中に混在し、火と秋を見ることを喜び、「天徳」「福星」「官貴」「截路」「大敗」「懸針」「曲脚」を帯びる。壬午は納音が木に属し、楊柳の枝幹節段で、春夏を喜び、「官貴」「九丑」「飛刃」「平頭」「聾唖」「懸針」を帯びる。癸未は納音が木に属し、楊柳の根で、冬と水を喜び、春も相宜しく、「正印」「華蓋」「短夭」「伏神」「飛刃」「破字」を帯びる。甲申は納音が水に属し、甘美な井水で、春と夏を喜び、「破禄馬」「截路」「平頭」「破字」「懸針」を帯びる。乙酉は納音が水に属し、背陰の山谷の中の水で、東方と南方を喜び、「破禄」「短夭」「九丑」「曲脚」「破字」「聾唖」を帯びる。丙戌は納音が土に属し、堆り上げた土阜で、春夏と水を喜び、「天徳」「華蓋」「平頭」「聾唖」を帯びる。丁亥は納音が土に属し、平坦な原野で、火と木を見ることを喜び、「天乙」「福星」「官貴」「徳合」「平頭」を帯びる。

戊子火,雷也。喜水及春夏,得土而神天。伏神,短夭,九丑,杖刑,飛刃。己丑火,電也,喜水及春夏,得地而晦。華蓋,大敗,飛刃,曲腳,闕字。庚寅木,松柏干節,喜秋冬。破祿馬,相刑,杖刑,聾啞。辛卯未,松柏之根,喜水土及宜春。破祿,交神,九丑,懸針。壬辰水,龍水,喜雷電及春夏。正印,天德,水祿馬庫,退神,平頭,聾啞。癸巳水,水之不息,流入海,喜亥子,乃變化。天乙,官貴,德合,伏馬,破字,曲腳。甲午金,百鍊精金,喜水木土。進神,德合,平頭,破字,懸針。乙未金,爐炭餘金,喜大火及土。華蓋,截路,曲腳,破字。

戊子は納音が火に属し、取象は雷で、水と春夏を見ることを喜び、土の相配を得れば神威が天に上達し、「伏神」「短夭」「九丑」「杖刑」「飛刃」を帯びる。己丑は納音が火に属し、取象は電で、水と春夏を見ることを喜び、地気を得れば光はかえって晦暗し、「華蓋」「大敗」「飛刃」「曲脚」「闕字」を帯びる。庚寅は納音が木に属し、松柏の枝幹節段で、秋冬を喜び、「破禄馬」「相刑」「杖刑」「聾唖」を帯びる。辛卯は納音が木に属し(原文は「辛卯未」と作るが、「未」は「木」の誤りとすべき)、松柏の根で、水土を喜び、春にも宜しく、「破禄」「交神」「九丑」「懸針」を帯びる。壬辰は納音が水に属し、龍の居する水で、雷電と春夏を喜び、「正印」「天徳」「水禄馬庫」「退神」「平頭」「聾唖」を帯びる。癸巳は納音が水に属し、奔流して息まずついに海に入る水で、亥子を見ることを喜び、こうしてはじめて変化騰達し、「天乙」「官貴」「徳合」「伏馬」「破字」「曲脚」を帯びる。甲午は納音が金に属し、百錬して成った精金で、水・木・土を見ることを喜び、「進神」「徳合」「平頭」「破字」「懸針」を帯びる。乙未は納音が金に属し、炉炭の中に残る余金で、大火と土を喜び、「華蓋」「截路」「曲脚」「破字」を帯びる。

丙申火,白茅野燒,喜秋冬及木。平頭,聾啞,大敗,破字,懸針。丁西火,鬼神之靈響,火無形者,喜辰戌丑未。天乙,喜神,平頭,破字,聾啞,大敗。戊戌木,蒿艾之枯者,喜火及春夏。華蓋,大敗,八專,杖刑,截路。己亥木,蒿艾之茅,喜水及春夏。闕字,曲腳。庚子土,土中空者,屋宇也,喜木及金。木德合,杖刑。辛丑土,墳墓,喜木及火與春。華蓋,懸針,闕字。壬寅金,金之華飾者,喜木及微火。截路,平頭,聾啞。癸卯金,環鈕鈐鐸,喜盛火及秋。貴人,破字,懸針。

丙申は納音が火に属し、白茅荒草を焼く野火で、秋冬と木を見ることを喜び、「平頭」「聾唖」「大敗」「破字」「懸針」を帯びる。丁酉は納音が火に属し(原文は「丁西」と作るが、「丁酉」とすべき)、鬼神が顕霊する時の光響で、形体なき火に属し、辰・戌・丑・未の四庫を見ることを喜び、「天乙」「喜神」「平頭」「破字」「聾唖」「大敗」を帯びる。戊戌は納音が木に属し、枯乾した蒿草艾草で、火と春夏を見ることを喜び、「華蓋」「大敗」「八専」「杖刑」「截路」を帯びる。己亥は納音が木に属し、蒿艾の類の茅草で、水と春夏を見ることを喜び、「闕字」「曲脚」を帯びる。庚子は納音が土に属し、土を以て成して中の空なるもの、すなわち房屋で、木と金を見ることを喜び、「木徳合」「杖刑」を帯びる。辛丑は納音が土に属し、取象は墳墓で、木と火と春を見ることを喜び、「華蓋」「懸針」「闕字」を帯びる。壬寅は納音が金に属し、華美な装飾に用いる金で、木と微弱の火を見ることを喜び、「截路」「平頭」「聾唖」を帯びる。癸卯は納音が金に属し、環・鈕・鈴・鐸の類の小件の金器で、旺火と秋を喜び、「貴人」「破字」「懸針」を帯びる。

甲辰火,燈也,喜夜及水,惡晝。華蓋,大敗,平頭,破字,懸針。乙巳火,燈光也,同上,尤喜申酉及秋。正祿馬,大敗,曲腳,闕字。丙午火,月輪,喜夜及秋,水旺也。喜神,羊刃,交神,平頭,聾啞,懸針。丁未水,火光也,同上。華蓋,羊刃,退神,八專,平頭,破字。戊申土,秋間田地,喜申酉及火。福星,伏馬,杖刑,破字,懸針。己酉土,秋間禾稼,喜申酉及冬。退神,截路,九丑,闕字,曲腳,破字,聾啞。庚戌金,刃劍之餘,喜微火及木。華蓋,杖刑。辛亥金,鍾鼎實物,喜木火及土。正祿馬,懸針。

甲辰は納音が火に属し、取象は灯で、夜間と水を見ることを喜び、白昼を悪み、「華蓋」「大敗」「平頭」「破字」「懸針」を帯びる。乙巳は納音が火に属し、灯の発する光で、喜忌は甲辰と同じく、とりわけ申酉と秋を喜び、「正禄馬」「大敗」「曲脚」「闕字」を帯びる。丙午は納音が火に属し、取象は月輪で、夜間と秋を喜ぶ。それは水気のまさに旺する時だからである。「喜神」「羊刃」「交神」「平頭」「聾唖」「懸針」を帯びる。丁未のこの一位は取象が火光で、喜忌は丙午と同じく、「華蓋」「羊刃」「退神」「八専」「平頭」「破字」を帯びる。戊申は納音が土に属し、秋の田地で、申酉と火を喜び、「福星」「伏馬」「杖刑」「破字」「懸針」を帯びる。己酉は納音が土に属し、秋の田の禾稼で、申酉と冬を喜び、「退神」「截路」「九丑」「闕字」「曲脚」「破字」「聾唖」を帯びる。庚戌は納音が金に属し、刀剣を打造して残った余料で、微火と木を喜び、「華蓋」「杖刑」を帯びる。辛亥は納音が金に属し、鐘鼎の類の実心の重器で、木・火・土を喜び、「正禄馬」「懸針」を帯びる。

壬子木,傷水多之木,喜火土及夏。羊刃,九丑,平頭,聾啞。癸丑木,傷水少之木,喜金水及秋。華蓋,福星,八專,破字,闕字,羊刃。甲寅水,雨也,喜夏及火。正祿馬,福神,八專,平頭,破字,懸針,聾啞。乙卯水,露也,喜水及火。建祿,喜神,八專,九刃,曲腳,懸針。丙辰土,堤岸,喜金及木。祿庫,正印,華蓋,截路,平頭,聾啞。丁巳土,土之沮,喜火及西北。祿庫,平頭,闕字,曲腳。戊午火,日輪,夏則人畏,冬則人愛,忌戊子、己丑、甲寅、乙卯。伏神,羊刃,九丑,棒杖,懸針。

壬子は納音が木に属し、過多の水気に傷られた木で、火・土と夏を喜び、「羊刃」「九丑」「平頭」「聾唖」を帯びる。癸丑は納音が木に属し、水の傷害を受けることの軽い木で、金・水と秋を喜び、「華蓋」「福星」「八専」「破字」「闕字」「羊刃」を帯びる。甲寅は納音が水に属し、取象は雨で、夏と火を見ることを喜び、「正禄馬」「福神」「八専」「平頭」「破字」「懸針」「聾唖」を帯びる。乙卯は納音が水に属し、取象は露で、水と火を見ることを喜び、「建禄」「喜神」「八専」「九刃」「曲脚」「懸針」を帯びる。丙辰は納音が土に属し、取象は堤岸で、金と木を見ることを喜び、「禄庫」「正印」「華蓋」「截路」「平頭」「聾唖」を帯びる。丁巳は納音が土に属し、低窪して水を積む沮洳の土で、火と西北を見ることを喜び、「禄庫」「平頭」「闕字」「曲脚」を帯びる。戊午は納音が火に属し、取象は日輪で、夏に生まれれば人はそれを怕れ、冬に生まれれば人はそれを愛し、戊子・己丑・甲寅・乙卯の四位を見ることを忌み、「伏神」「羊刃」「九丑」「棒杖」「懸針」を帯びる。

已未火,日光,忌夜,亦畏四者。福星,華蓋,羊刃,闕字,曲腳,破字。庚申木,榴花,喜夏,不宜秋冬。建祿馬,八專,杖刑,破字,懸針。辛酉木,榴子,喜秋及夏。建祿,交神,九丑,八專,懸針,聾啞。壬戌水,海也,喜春夏及木。華蓋,退神,平頭,聾啞,杖刑。癸亥水,百川,喜金土火。伏馬,大敗,破字。截路。以上六十甲子,盛大者忌變為小弱,小弱者欲變盛大也耶。

己未は納音が火に属し、取象は日光で、夜間を忌み、同じく前に言った戊子・己丑・甲寅・乙卯の四位を怕れ、「福星」「華蓋」「羊刃」「闕字」「曲脚」「破字」を帯びる。庚申は納音が木に属し、取象は石榴の花で、夏を喜び、秋冬に宜しくなく、「建禄馬」「八専」「杖刑」「破字」「懸針」を帯びる。辛酉は納音が木に属し、取象は石榴の果実で、秋と夏を喜び、「建禄」「交神」「九丑」「八専」「懸針」「聾唖」を帯びる。壬戌は納音が水に属し、取象は大海で、春夏と木を見ることを喜び、「華蓋」「退神」「平頭」「聾唖」「杖刑」を帯びる。癸亥は納音が水に属し、取象は衆川百流で、金・土・火を喜び、「伏馬」「大敗」「破字」「截路」を帯びる。以上のこの六十組の甲子は、およそ取象が盛大なるものは、転じて小弱となることを忌み、取象が小弱なるものは、かえって盛大となることを望む。

先貧賤而後富貴則榮華,先富貴而後貧賤則卑辱;不可以其先貧賤而不論其富貴,亦不可以其先富貴而不論其貧賤也。且生年屬木,假令是庚寅、辛卯,則木之盛大可知;若月日時胎不見他木,則以松柏論,萬一上見楊柳木或柘榴木,則舍大就小,不以松柏論也。假令是壬午癸未生人,則木之小弱可知,若月日時胎不見他木,則以楊柳論,萬一見松柏木或大林木,則棄小論大,不可以楊柳論也。

先に貧賤で後に富貴となるのは、栄華の命である。先に富貴で後に貧賤となるのは、卑辱の命である。その初めが貧賤だからとて後の富貴を談じないことは不可で、その初めが富貴だからとて後の貧賤を談じないことも不可である。たとえば出生の年の納音が木に属するなら、仮に庚寅・辛卯ならば、この木の盛大なることは想い見るべく、月柱・日柱・時柱と胎元とが再び他の木を見なければ、「松柏木」によって論ずる。万一柱上にまた楊柳木あるいは石榴木を見れば、盛大を捨ててその小弱に就かねばならず、再び松柏木によって論ずべからず。反って仮に壬午・癸未年生の人ならば、この木の小弱もまた想い見るべく、月・日・時・胎が再び他の木を見なければ、「楊柳木」によって論ずる。万一松柏木あるいは大林木を見れば、小弱を捨てて盛大に就いて論じ、再び楊柳木によって論ずべからず。

以至天上火、劍鋒金、大海水、大驛土生人,月日時胎別見他位,納音同而小弱者,又如覆燈火,金泊金、井泉水、沙中土生人,月日時胎別見他位,納音同而盛大者,或引凡而入聖,或先重而後輕,皆當從其變者而論之,不可拘於一端。甲子,從革之金。其氣散,得戊申土、癸巳水相之則吉。戊申乃金臨官之地,土者更旺於子,必能生成;癸巳繫金生於巳,水旺於子,納音各有所歸。又為朝元祿,忌丁卯、丁酉、戊午之火。

推し広めて言えば、およそ天上火・剣鋒金・大海水・大驛土といった盛大の象に生まれる人が、月・日・時・胎に他の位を見て、納音は同じで取象が小弱なる場合、また覆燈火・金箔金・井泉水・沙中土といった小弱の象に生まれる人が、月・日・時・胎に他の位を見て、納音は同じで取象が盛大なる場合――前者は平凡より引き入れられて聖境に至るもの、後者は先に重く後に軽に転ずるもので、いずれもその変化する一面に順って論断すべきで、一端に死守すべからず。甲子は「従革の金」で、その気は松散して聚まらないが、戊申の土、癸巳の水を得て辅助されれば吉である。戊申は金の臨官の地で、土は子の位の上にあってまた更に旺し、必ず金を生成し得る。癸巳は金が巳に長生し、水が子に旺するので、納音は各々帰着がある。甲子はまた「朝元禄」ともいい、丁卯・丁酉・戊午の三位の火を見ることを忌む。

乙丑,自庫之金。火不能克。蓋已藏之金自無克害沖破,未有不顯榮者,獨忌己丑、己未之火。閻東叟云:“乙丑為正印,具大福德,秋冬富貴壽考,春夏吉中有凶;入格則建功享福,帶煞類為凶會。”《玉霄寶鑑》云:“甲子乙丑未成器,金見火則成,多見則吉。”

乙丑は「自庫の金」で、火はそれを克し動かせない。すでに収蔵されて庫に入った金は、自ずから克害・衝破されないから、およそ命中にそれを帯びる者で顕達して栄耀しない者はいない。ただ己丑・己未の二位の火を見ることを忌む。閻東叟に言う。「乙丑は正印で、大いなる福徳を備え、秋冬生まれは富貴にして長寿、春夏生まれは吉の中に凶あり。もし好格局に配し得れば功を建て福を享け、凶煞を帯びればおおむね凶禍を聚める」。《玉霄宝鑑》に言う。「甲子・乙丑のこの二位の金はいまだ器を成さず、金は火に遇ってはじめて錬成し、火が多く見られるのはかえって吉利である」。

丙寅,赫曦之火。無水制之則有燔灼炎熱之患,水不可過,獨愛甲寅之水,就位濟之。又名朝元祿。《五行要論》云:“丙寅火含靈明沖粹之氣,四時生生之德,入貴格則文采發應,主魁甲之貴。”丁卯,伏明之火。氣弱,宜木生之,遇水則凶,乙卯、乙酉水最毒。

丙寅は「赫曦の火」で、水が来て制約するものがなければ焚灼炎熱の患いがある。しかし水もまた過ぎてはならず、ただ甲寅のあの一位の水を喜ぶ。それは同じく寅位にあって近く済助するからである。丙寅はまた「朝元禄」ともいう。《五行要論》に言う。「丙寅の火は霊明・冲和・純粋の気を含み、四時生生不息の徳を備え、貴格に配れば文采が煥発し、状元及第の貴を主る」。丁卯は「伏明の火」で、火気が衰弱し、木を用いてそれを生ずるを宜とす。一旦水に遇えば凶で、その中で乙卯・乙酉の二位の水の害が最も烈しい。

戊辰,兩土下木。眾金不能克,蓋土生金,有子母之道。得水生之為佳。《五行要論》云:“戊辰、庚寅、癸丑三辰,挺剛德清健之數,生於春夏,能特立獨奮,隨變成功;更逢旺氣,則有凌霄聳壑之志。惟忌秋生,雖懷志節,屈而不伸。”己巳,為近火之木。金自此生,於我無傷;忌見生旺之金。閻東叟云:“己巳在巽,為風動之木,根危易拔,和之以金、土,運規東南,方成材用,雖外陽內陰,別無輔助,則其氣虛散,更為金鬼所克,乃不材之木也。

戊辰は二重の土の下に圧された木である。衆多の金もそれを克し得ない。土は金を生ずることができ、金と土の間に母子の情があって、肯んじて反って土下の木を傷つけないからである。もし水を得て生養されればなお良い。《五行要論》に言う。「戊辰・庚寅・癸丑のこの三位は、いずれも挺拔剛強・徳性清正健旺の数理を有し、春夏に生まれれば特立奮発し、随機応変して成功する。若し更に旺気に逢えば、雲霄に直上し山壑より高く出る志がある。ただ秋に生まれるを忌み、志節を懐抱しながら屈抑して伸展しない」。己巳は火に近づいた木である。金は巳位より長生し、己巳の木自身に傷害はないが、当生当旺の金を見ることを忌む。閻東叟に言う。「己巳は巽位に居し、風に吹き動かされる木で、根基が穏やかでなく抜き上げられやすい。金と土を用いてそれを調和し、運程が東南の方を行けば、有用の材となることができる。それは外は陽で内は陰だが、もし他に輔助がなければ、気は虚浮渙散し、更に金という鬼煞に克されれば、それは一株の材を成さない木である」。

庚午辛未,始生之土。木不能克,惟忌水多,反傷其氣。木多卻有歸,蓋木歸未也。閻東叟云:“庚午、辛未、戊申、己酉皆厚德之土,含容鎮靜,和氣融洽,福祿優裕,入格則多歷方嶽之任,有普惠博愛之功。”壬申,臨官之金,利見水土,若丙申、丙寅、戊午之火則為災害。《玉霄寶鑑》云:“壬申、癸酉,金旺之位,不可復旺,旺則傷物;不可見火,見火則自傷。”

庚午・辛未はいま生成したばかりの土である。木はそれを克し得ず、ただ水多きを忌み、水多ければかえって土気を傷る。木が多いのはかまわない。木はついに未庫に帰入するからである。閻東叟に言う。「庚午・辛未・戊申・己酉はいずれも徳性淳厚の土で、包容でき、鎮静でき、和気が融恰し、福禄が豊裕である。好格局に配すればおおむね一方の大員を任ずることができ、恩恵を普く施し百姓を博愛する功がある」。壬申は「臨官の金」で、水と土を見るに利あり。もし丙申・丙寅・戊午のこの数位の火に遇えば、災害となる。《玉霄宝鑑》に言う。「壬申・癸酉はまさに金旺の位に当たり、再びこれを旺にしてはならず、太旺はすなわち物を傷る。また火を見るべからず、火を見ればかえって自ら傷る」。

甲戌,自庫之火。不嫌眾水,只忌壬戌。所謂墓中受克,其患難逃。《五行要論》云:“甲戌火為印為庫,含至陽藏伏之氣,貴格逢之,富貴光大。惟忌復生,防吉中有凶。”乙亥,伏明之火。其氣湮鬱而不發,借己亥、辛卯、己巳、壬午發,未木生之則精神旺相,癸亥、丙午水有之則不吉。

甲戌は「自庫の火」で、衆多の水を怕れず、ただ壬戌のあの一位を忌む。壬戌はそれと同じく戌墓にあって、これを「墓中に克を受く」と言い、禍患は避けられない。《五行要論》に言う。「甲戌の火は印でもあり庫でもあり、極盛の陽が潜蔵隠伏する気を含み、貴格の中でそれに遇えば、富貴光大を主る。ただ更に火の来て重複相生するを忌み、吉中に凶生ずるを提防すべし」。乙亥は「伏明の火」で、火気が内に鬱結して発し出ず、己亥・辛卯・己巳・壬午のこれらの位を借りて引発せねばならない。未中の木あってそれを生ぜば、精神旺盛となり、もし癸亥・丙午の類の水に遭えば、不吉となる。

丙子,流衍之水。不忌眾土,惟嫌庚子,乃旺中逢鬼,不祥莫大焉。《五行要論》云:“丙子自旺之水,陽上陰下,精神俱全,稟之者天資曠達,識量淵深;春夏為濟物之氣,多建利澤之功。”丁丑,福聚之水。最愛金生,忌辛未、丙辰、丙戌,相刑破也。《五行要論》云:“丁丑、乙酉,在數為渙弱之水,陰盛陽弱,稟之者器識清明,多慧少福,橐以水木旺氣,則陰陽均協,為貴達崇顯之氣。”

丙子は「流衍の水」で、衆多の土を怕れず、ただ庚子のあの一位を嫌う。水がまさに旺んで旺処に我が克する鬼煞に遭えば、これより不祥なるはないからである。《五行要論》に言う。「丙子は自旺の水で、陽は上に陰は下にあり、精と神とがともに完備している。それを禀受する者は天资が曠達で、見識器量は深邃である。春夏に生まれれば万物を済助する気となり、多く民を利し物を潤す功を建てられる」。丁丑は「福聚の水」で、最も金の来てそれを生ずるを喜び、辛未・丙辰・丙戌を忌む。互いに刑あり破ありだからである。《五行要論》に言う。「丁丑・乙酉は数理の上で渙散柔弱の水に属し、陰気盛んで陽気弱い。それを禀受する者は器識清明で、聡慧有余にして福分不足である。もし水木の旺気を用いてそれを充実させれば、陰陽均衡協調して、顕貴通達の気となる」。

戊寅,受傷之土。最為無力,要生旺火,以資其氣。忌己亥、庚寅、辛卯諸色木克,主短折之凶。《五行要論》云:“戊寅、丙戌此二位乘土德厚氣,一含生火,一含宿火,是謂陽靈襲中,福慶之辰;貴格得之,道德蓋世,貴極人臣,惟親王、貴公子多於此日生;常格得之,亦主福壽遐遠,始終安逸。”

戊寅は「受傷の土」で、最も力なく、当生当旺の火を須ちてその土気を資養せねばならない。己亥・庚寅・辛卯のこの数種の木の来てそれを克するを忌み、短命夭折の凶を主る。《五行要論》に言う。「戊寅・丙戌のこの二位は土徳の厚重の気に乗り、一つはまさに生発する火を含み、一つはすでに棲宿する火を含む。これを陽明の霊気が内に承襲するといい、福慶の辰である。貴格がそれを得れば、道徳盖世・貴極人臣を主り、親王と顕貴の公子はおおむねこの二日に生まれる。平常格局がそれを得ても、福寿綿長・一生安逸を主る」。

己卯,自死之土。抑又甚焉。貴得丁卯、甲戌、乙亥、己未之火,由合而來,以致其福。《五行要論》云:己卯,自死土,建於震位,風行雷動,散為和氣,德自沖虛。稟之者類有道行,隨變而適,有養生自在之福壽,惟不利死絕,則為久假不歸之徒。”

己卯は「自死の土」で、戊寅の受傷より更に甚だしい。それは丁卯・甲戌・乙亥・己未のこれらの火を得るを貴とし、干支の相合より来て、もってその福分を成就する。《五行要論》に言う。「己卯は自死の土で、建位は震卦にあり、風行雷動し、散らし開けば一団の和気となり、徳性はもとより冲虚である。それを禀受する者はおおむね道行があり、事に随って変化し自処宜しきを得て、天年を頤養し自在無拘の福寿がある。ただ死絶の地を行くに利せず、一走死絶すれば長く借りて帰らない人となる」。

庚辰,氣聚之金。不用火制,其器自成,火盛反喪其器,病絕火無害。若甲辰、乙巳火,惡不可言;亦不能克眾木,蓋我氣亦聚耳。閻東叟云:“庚辰之金具剛健沈厚之德,稟聰明疏通之性。春夏福禍倚伏,秋冬秀穎充實;入格則兼資文武,帶煞則好弄兵權。”

庚辰は「気聚の金」で、必ずしも火を用いて鍛錬するを要せず、器物は自ずから成就する。火が太旺なればかえってこの器物を毀す。ただ病・絶の地に処る弱火のみ妨害なし。もし甲辰・乙巳のこの二位の火に遭えば、それは壊れて言うべからざるほどである。それはまた衆多の木を克し動かせず、それ自身の気はただ聚まっていまだ発しないにすぎないからである。閻東叟に言う。「庚辰の金は剛健沈厚の徳性を備え、聡明通達の性情を禀有す。春夏に生まれれば禍福は互いに倚伏し、秋冬に生まれれば才華秀発して充実す。好格局に配すれば文武兼備し、凶煞を帯びれば兵権を弄するを好む」。

辛巳,自生之金。精神具足,體氣完備,炎烈熾化而不亡。忌丙辰、乙巳、戊午之火。蓋金生於巳,而不能生敗於午,絕於寅而氣散,復見生旺之火,烏可當之?《五行要論》云:“辛巳金為自生學堂,具英明瑰奇之德,秋冬得力十全,春夏七凶之吉;入貴格則主學行英偉,致身清貴,常懷濟物之心。”

辛巳は「自生の金」で、精と神とが充足し、形体と気とが完備し、たとい烈火に焼錬され変化しても消亡しない。それは丙辰・乙巳・戊午のこの数位の火を忌む。金は巳に長生するが、午位に至れば敗し、寅位に至れば絶して気散ずるから、もし更に当旺の火に遭えば、どうして堪えられよう。《五行要論》に言う。「辛巳の金は自生の『学堂』で、英明瑰奇の徳を備え、秋冬に生まれれば力を得て十全十美、春夏に生まれれば七分の凶の中に三分の吉を帯びる。貴格に配れば学問品行卓異を主り、清貴の位に居り、常に万物を済助する心を懐く」。

壬午,柔和之木。枝幹微弱,木能生火,卻忌見火多,多則燼矣。雖生旺之金,亦不能傷。蓋金就我敗,得金反貴。水土盛者亦貴。惟忌甲午金傷之。《五行要論》云:“壬午,自死之木。木死絕則魂遊而神氣靈秀,稟之者挺靜明之德,抱仁者之勇,建立功行,可謂靜而有勇,延年益壽。”癸未,自庫之木。生旺則佳,雖乙丑金不能沖破,各歸其根而不相犯。忌庚戌、乙未金。《玉宵寶鑑》云:“壬午、癸未謂之楊柳木者,蓋木至午而死,至未而墓,故盛夏葉稠,得其時則富壽,非其時則貧夭。”

壬午は「柔和の木」で、枝條も主幹も細弱である。木はもともと火を生ずることができるが、それは火多きを忌み、火多ければ自らを焼いて灰燼に帰す。たとい当生当旺の金に遇ってもそれを傷つけ得ない。金は午位に至ればちょうど敗絶するから、それは金を得てかえって貴し。水と土の旺盛なるもまた貴を主る。ただ甲午のあの一位の金の来てそれを傷るを忌む。《五行要論》に言う。「壬午は自死の木である。木は死絶の地に至って魂魄は游散しながら神気はかえって霊秀を顕す。それを禀受する者は沈静明達の徳があり、仁者の勇を懐き、功業徳行を建てることができ、安静にして胆勇ありと言うべく、延年益壽できる」。癸未は「自庫の木」で、生旺の地に処れば良い。たとい乙丑のあの一位の金に遇ってもそれを衝破し得ない。丑と未とは各々自らの根庫に帰入して互いに侵犯しないからである。それは庚戌・乙未の二位の金を忌む。《玉霄宝鑑》に言う。「壬午・癸未が楊柳木と言う所以は、木が午位に至れば死し、未位に至れば墓に入るからで、だから楊柳は盛夏の時、葉は稠密なれどすでに長しない。その時を得れば富有長寿を主り、その時を得なければ貧窮短命を主る」。

甲申,自生之水。其氣流衍,宜有所規。亦借金生,不忌眾土,特嫌戊申,庚子之土。《五行要論》云:“甲申水自生,含天真學堂,得之入局主智識聰慧,妙用無窮。”乙酉,自敗之水。假眾金以相之,蓋我氣既弱,借母以育。忌己酉、己卯、戊申、庚子、辛丑之土,則夭折窮賤。丙戌,福壯祿厚之土。木不能克。忌見生旺之金。若遇火盛則貴不可言。

甲申は「自生の水」で、水気は流布漫衍し、まさに約束規範あるべし。それは同じく金を借りて相生せねばならず、衆多の土を怕れず、ただ特に戊申・庚子のこの二位の土を嫌忌する。《五行要論》に言う。「甲申の水は自生に属し、『天真学堂』の気を含み、それを得て格局に配入すれば、智慧聡敏・妙用無窮を主る」。乙酉は「自敗の水」で、衆多の金を借りてそれを輔助せねばならない。それ自身の気はすでに衰弱し、ただ母気を借りて養育するほかないからである。それは己酉・己卯・戊申・庚子・辛丑のこれらの土を忌み、遇えば夭折と窮賤を主る。丙戌は福気壮盛・禄気厚重の土で、木はそれを克し得ず、当生当旺の金を見るを忌む。もし旺火に遇えば、貴さは言うべからざるほどである。

丁亥,臨官之土。木不能克。嫌金多,須得火生救之,乃吉。忌己亥、辛卯之木。《五行要論》云:“丁亥、庚子二土中含金數,內剛外和。稟之者得有定力,土下濟之以水火旺氣,能建功立事,敢為威果之行。”戊子、己丑,水中之火,又曰神龍之火。遇水方貴,為六氣之君火也。《五行要論》云:“戊子含精神輝光全實之氣,作四時保生之福,入貴格則為大人君子,器宇含弘,富貴終吉。”

丁亥は「臨官の土」で、木はそれを克し得ない。それは金多きを嫌忌し、必ず火を得て生助救援されてはじめて吉である。己亥・辛卯の二位の木を忌む。《五行要論》に言う。「丁亥・庚子のこの二位の土は金の数理を含み、内は剛強で外は温和である。それを禀受する者は定力を有し、土の基礎の上に更に水火の旺気を用いて接済すれば、功業を建て立て、威武果決の事を敢えてできる」。戊子・己丑は水中の火で、また「神龍の火」ともいい、水に遇ってはじめて貴を見る。それは六気のうちに言う「君火」である。《五行要論》に言う。「戊子は精神輝光完足充実の気を含み、四時生命を保养する福を作す。貴格に配すれば大人君子で、器宇は寛宏、富貴にして終に吉慶を得る」。

己丑,為天將之火,又為天乙本家。含威福光厚之氣,發越峻猛,貴局乘之,為將德,為魁名而建功。《燭神經》云:“丑,胎養之火,其氣漸隆。若遇丙寅、戊午之火助之,可成濟物之功。”庚寅、辛卯,歲寒之木。雪霜無以改其操,況金能克之乎?上有庚辛,不假制治,自然成材。閻東叟云:“辛卯木自旺,春夏則氣節挺拔,建功立事;生於秋則狂狷折挫,勁氣不伸。”

己丑は「天将の火」で、また天乙貴人の本家である。それは威厳福厚光大の気を含み、発越すれば峻急猛烈である。貴格がそれに乗ずれば、将帥の徳を成就し、魁を奪い名を揚げて功業を建てられる。《燭神経》に言う。「丑位は胎養の火で、火気はまさに漸く隆盛である。もし丙寅・戊午のような火が来て助ければ、万物を済助する功を成就できる」。庚寅・辛卯は「歳寒の木」で、霜雪もその節操を改変できず、まして金がまたそれを克し動かせようか。それは上にもとより庚辛の金を帯び、必ずしも外力を借りて修治するを要せず、自ずから成材する。閻東叟に言う。「辛卯の木は自旺で、春夏に生まれれば気節挺拔し、功業を建て立てられる。秋に生まれれば狂狷にして挫折を受け、一身の勁気が伸展しない」。

壬辰,自庫之水。若池沼水積之地,忌金來決破。若再見壬辰,是謂自刑,別辰無咎;遇多水、土皆喜。惟畏壬戌、癸亥、丙子之水,生旺太過,汗漫無歸。《五行要論》云:“壬辰水為正印,含清明潤沃之德。稟之者含容弘大,心識如鏡。春夏得之,作大福慧;秋冬得之,類奸詐無德。”

壬辰は「自庫の水」で、池塘沼沢の積水の処のごとく、金の来て堤岸を掘り開き水を放ち去るを忌む。もし柱中に再び一つの壬辰を見れば、「自刑」という。他の辰に換えれば過ちはない。それは水多きまたは土多きに遇って喜ぶが、ただ壬戌・癸亥・丙子のこの数位の水を怕れる。それは水を生旺せしめ過ぎて泛濫漫溢し帰着なきに至らしめるからである。《五行要論》に言う。「壬辰の水は正印で、清明潤沢の徳性を含み、それを禀受する者は度量寛宏にして人を容れ、心思は鏡のごとく明澈である。春夏に生まれてそれを得れば、大福大慧を成就できる。秋冬に生まれてそれを得れば、おおむね奸詐無徳に流れる」。

癸巳,為自絕之水,名曰涸流。若丙戌、丁亥、庚子壯厚之土,其涸可待;若得三合生旺之金生之,則源泉混混,盈科而進也。《五行要論》云:“癸巳、乙卯,自絕自死之水,乃至陰退,藏真精嗇,養凝成貴氣。貴局乘之,類是妙道,君之夙體常德,有功及物。”

癸巳は「自絶の水」で、「涸流」と名づく。もし丙戌・丁亥・庚子の類の壮実厚重の土に遭えば、その枯竭は日を指して待つべし。もし三合局のうち当生当旺の金を得てそれを生ぜば、源泉滾滾として一処に注ぎ満ちてさらに前に流れる活水となる。《五行要論》に言う。「癸巳・乙卯は自絶・自死の水で、すなわち極陰退蔵し、真精は斂蔵して外に泄れず、涵养凝聚して貴気を成就す。貴格がそれに乗ずれば、おおむね玄妙の道に通じ、一身は向に恒常の徳を秉持し、功を立てて万物に恵及す」。

甲午,自敗之金,亦曰強悍之金。遇火生旺,其器乃成。忌丁卯、丁酉、戊子之火凶。《五行要論》云:“甲午金為進神魁氣,具剛明之德。秋冬則吉,春夏或凶;入貴格主科場建統眾之功,非時帶煞,則暴戾克忍,寡恩少義。”

甲午は「自敗の金」で、また「強悍の金」ともいう。当生当旺の火に遇って鍛錬されて、はじめて器を成す。丁卯・丁酉・戊子のこの数位の火を忌み、遇えば凶を主る。《五行要論》に言う。「甲午の金は進神の魁首の気で、剛強明断の徳を備える。秋冬に生まれれば吉、春夏に生まれればあるいは凶あり。貴格に配れば科場得意・衆を統率する功を建つるを主る。もし生まれてその時に非ざるかつ凶煞を帯びれば、性情は暴戾狠忍で、恩寡く義少なし」。

乙未,偏庫之金。亦火制,而土生之則福壯氣聚。忌己未、丙申、丁酉之火。《五行要論》云:“乙未金在數為木庫,又為天將。具純仁厚義之德,無往不吉。貴格得之,是不世之英傑,魁鎮士倫;常格得之,帶煞沖犯,亦作小人中之君子,眉壽人也。”丙申,自病之火,丁酉,自死之火。其氣極微,假木相助,其氣方生。忌甲申、乙酉、甲寅、乙卯之水。閻東叟云:“丙申,病火。以木為文明之德,以水為曠達之性,以土為福慧之基;惟金為暴瘧,縱有吉辰,革為不和之氣。”

乙未は「偏庫の金」で、また火を靠って鍛錬せねばならず、土あってそれを生ぜば福気壮盛・金気凝聚する。己未・丙申・丁酉のこの数位の火を忌む。《五行要論》に言う。「乙未の金は数理の上で木庫に属し、また天将の位で、純正の仁と厚重の義を備え、至るところで吉利である。貴格がそれを得れば、挙世罕有の英傑で、士林の首たるに足る。平常格局がそれを得ても、たとい煞を帯びて相冲犯しても、小人の堆中の君子と称するに足り、長寿の人である」。丙申は「自病の火」、丁酉は「自死の火」で、火気はいずれも極めて微弱で、木を借りて助け、火気ははじめて再び生じ起こる。甲申・乙酉・甲寅・乙卯のこの数位の水を忌む。閻東叟に言う。「丙申は病火である。木をもってそれの文明の徳とし、水をもってそれの曠達の性とし、土をもってそれの福慧の根基とする。ただ金はそれに対して暴虐の物で、たとい柱中に吉辰があっても、搅り乱されて不和の気となる」。

戊戌,土中之木。忌重見土,若納音土多,一生屯蹇。金不能克,蓋金氣至戌而散,遇金乃能致福;利見水多木盛而為貴格。閻東叟云:“戊戌之木,孤根獨立,和之以水火旺氣則有英明秀實之德,入格則文章進達,福祿始終,然乘天將之氣,主備歷艱險,節操不移,方見晚福。”

戊戌は土中に埋もれた木で、重ねて土を見るを忌み、もし納音の土多ければ、一生困頓蹇滞する。金はかえってそれを克し得ない。金気は戌位に至ればすでに消散するから、それは金に遇ってかえって福を招来し得る。水多く木盛んを見るに利し、そうすれば貴格となる。閻東叟に言う。「戊戌の木は孤根独立で、水火の旺気を用いて調和すれば、英明秀発して充実の徳性あり。好格局に配すれば文章通達・福禄有始有終。しかしそれは天将の気に乗じて、必ず艱険を歴尽して節操を改めず、晩年に至ってはじめて福報を見るを主る」。

己亥,自生之木。根本繁盛,不忌眾金,惟嫌辛亥、辛巳、癸酉之金;若見乙卯、丁未水、癸未木,未有不大貴。閻東叟云:“己亥之木,得時則清貴,非時則辛苦。”庚子,厚德之士。能克眾水,不忌他木,蓋木至子無氣;若遇壬申之金,謂之明位祿,其貴必矣。辛丑,福聚之土。眾木不能克,蓋丑為金庫,丑中有金,見木何傷?《玉宵寶鑑》云:“庚子、辛丑土愛木而惡水,見木為官,見水不相宜。”

己亥は「自生の木」で、根柢繁盛し、衆多の金を怕れず、ただ辛亥・辛巳・癸酉のこの数位の金を嫌う。もし乙卯・丁未の水と癸未の木を見れば、大貴ならざるはない。閻東叟に言う。「己亥の木は、生れてその時に逢えば清高顕貴、生まれてその時に非ざれば一生辛苦」。庚子是徳性厚重の土で(原文の「士」は「土」の誤り)、衆多の水を克制することができ、また他の木を怕れない。木は子位に至ればすでに気なきがゆえである。もし壬申のあの一位の金に遇えば、「明位禄」といい、必ず顕貴。辛丑は「福聚の土」で、衆多の木はみなそれを克し動かせない。丑は金庫で、丑中に金を蔵するから、木を見て何の妨害があろう。《玉霄宝鑑》に言う。「庚子・辛丑のこの二位の土は木を喜び水を悪み、木を見ればそれの官星で、水を見れば相宜しくない」。

壬寅,自絕之金,癸卯,氣散之金。若見眾火則喪氣,惟水、土朝之則吉。《五行要論》云:“壬寅、癸卯為虛薄之金,具仁柔義剛之德。科冬剛健無凶,凶為吉兆;春夏則內凶外吉,吉乃先凶。入貴格則志節英明,帶煞則兇暴不能終也。”

壬寅は「自絶の金」、癸卯は「気散の金」である。それらは衆多の火を見れば金気を喪失し、ただ水と土の来て朝拱すれば吉。《五行要論》に言う。「壬寅・癸卯は虚薄の金で、仁厚柔和にして義気剛直の徳性を備える。秋冬は剛健にして凶なく、たとい凶あっても吉の先兆である。春夏は内は凶で外は吉で、吉に見えて実は先に凶ある。貴格に配すれば志向節操は英明、凶煞を帯びれば凶暴にして善終を得ず」。

甲辰,偏庫之火。多火助之,吉,所謂同氣之求,以資其不足。若見戊辰、戊戌木生之,為貴格;忌壬辰、壬戌、丙午、丁未水最毒。《五行要論》云:“甲辰為天將之火,含敏速峻烈之氣,入貴格則為特達,為文魁,利秋冬,不利於夏。”乙巳,臨官之火。水不能克,蓋水絕於巳;得水濟之,則為純粹。若得二三火助之,亦佳。《五行要論》云:“乙巳火含純陽巽發之氣,光輝充實,春冬向吉,夏秋向凶。”

甲辰は「偏庫の火」で、複数の火あって来てそれを助ければ吉。これが《周易・乾卦・文言》に言う「同気相求」で、同類の気を用いてその不足を補う。もし戊辰・戊戌の木を見てそれを生ぜば、貴格となる。最も壬辰・壬戌・丙午・丁未のこの数位の水を忌み、害をなすこと最も毒し。《五行要論》に言う。「甲辰は天将の火で、敏捷迅速にして峻急猛烈の気を含み、貴格に配すれば特出通達し、文科の魁に中ることを得、秋冬に利ありて夏に利なし」。乙巳は「臨官の火」で、水はそれを克し動かせない。水は巳位においてすでに断絶するからである。もし適量の水を得て済助されば、かえってその純粋を成就する。もし更に二三の火を得て相助けば、また良し。《五行要論》に言う。「乙巳の火は純陽を含み巽風より発越する気で、光輝充実している。春冬に生まれれば吉に趨き、夏秋に生まれれば凶に趨く」。

丙午、丁未,銀漢之水。土不能克,天上之水,地金不能生也。生旺太過,反傷於萬物;死絕太多,又不能生萬物。《五行要論》云:“丙午,至崇之水,體南方溫厚之氣。稟之者類有道氣虛變,穎異有為,魁眾出倫;丁未具足三才金數,得沖正之氣。稟之者主精神氣全,性根高妙,盡變之道。”

丙午・丁未は天上の銀河の水である。土はそれを克し得ない。それは天上の水で、地上の金もまたそれを生じ得ない。それが生旺し過ぎればかえって万物を傷害し、死絶し多くすれば、また万物を生養できない。《五行要論》に言う。「丙午は極めて崇高の水で、南方の温厚の気を体禀す。それを禀受する者はおおむね道家虚静善変の気象があり、聡頴特異にして作為あり、抜萃し衆を圧倒できる。丁未は天地人の三才と金の数理を完足に具え、冲和純正の気を得る。それを禀受する者は精・気・神が完全で、性根は高妙、変化の道を窮められる」。

戊申,重阜之土。木絕於申,不能克。若見金水多助,則富貴尊榮之格也。己酉,自敗之土。其氣不足,借火以相助之。見丁卯、丁酉火則吉,切忌死絕。畏辛卯、辛酉木,災蹇夭折。庚戌、辛亥,漸成之金。不可見火,恐有所傷。若得水、土相之為貴。閻東叟云:“庚戌,火墓之金,有剛烈自恃之暴。秋冬庶幾沈厚,春夏動生悔吝;君子執兵刑之權,小人恣獷悍之性。辛亥金稟干健、純明、中正之氣,春、秋、冬三時吉,夏七吉三凶。貴格乘之,體仁守義;若帶刑殺,肆暴貪功。”

戊申は層畳なる土阜の土である。木は申位においてすでに絶したから、それを克し動かせない。もし金と水の多き来て助ければ、富貴尊栄の格局である。己酉は「自敗の土」で、土気不足し、火を借りて輔助せねばならない。丁卯・丁酉の火を見れば吉。最も死絶の地を行くを忌む。それは辛卯・辛酉の木を怕れ、遇えば災殃困頓にして夭折に至る。庚戌・辛亥は「漸成の金」で、すでに成形した器物は再び火を見るべからず、かえって焼き壊されるを怕れる。もし水と土を得て輔助されれば貴し。閻東叟に言う。「庚戌は火墓の中の金で、剛烈自負の暴戾の性を帯びる。秋冬に生まれればなお沈穏厚重、春夏に生まれれば動もすれば悔恨吝惜を招く。君子がそれを得れば兵権刑法を執掌でき、小人がそれを得れば放縦粗獷強悍の性情を縦す。辛亥の金は乾卦剛健・純粋光明・中正不偏の気を禀受し、春・秋・冬の三季はみな吉、夏は七分の吉三分の凶。貴格がそれに乗ずれば、仁徳を体行し道義を恪守でき、もし刑煞を帯びれば、暴虐を肆にし事功を貪求す」。

壬子,專位之木,癸丑,偏庫之木。遇死絕則富貴、生旺則貧賤;水多則夭折;金多土盛為佳。《五行要論》云:“壬子,幽陰之木,陽弱陰盛,柔而無立,類仁水德。用事惟對以丙午水,則為水、木沖粹之德,類入神仙異士標格,非常流也。”甲寅,自病之水,乙卯,自死之水。雖然死病,土不能克,蓋支干二木可以制土。若見壬寅、癸卯之金,則為優裕。《五行要論》云:“甲寅、壬戌二水為伏逆,陰勝於陽,主奸邪害物,惟濟之以火土損益,方成大器。”

壬子是「専位の木」、癸丑是「偏庫の木」である。この二位は死絶に遇ってかえって富貴、生旺に遇ってかえって貧賤、水多ければ夭折、金多く土盛んなれば良し。《五行要論》に言う。「壬子是幽暗深陰の木で、陽気弱く陰気盛ん、柔弱にして立ち起こらず、仁厚の水徳に近い。それが令を当てて事を行う時、ただ丙午の水をもってこれと対せば、はじめて水木冲和純粋の徳となり、かの種の人はおおむね神仙異士の風標あり、尋常の輩に非ず」。甲寅は「自病の水」、乙卯は「自死の水」である。病・死の地に処るが、土はかえってそれを克し動かせない。干支上の二つの木はいずれも土を制し得るからである。もし壬寅・癸卯のこの二位の金を見れば、寛裕有余となる。《五行要論》に言う。「甲寅・壬戌のこの二位の水は潜伏逆行に属し、陰気が陽気を圧倒し、主として人となり奸邪にして物を害す。ただ火と土を用いて増減調剤せば、はじめて大器を成就できる」。

丙辰,自庫之土。厚且壯,喜甲辰火,惡戊辰木。此土凡木不能傷,蓋丙,火也,辰為火偏庫,土已成器。惟嫌戊戌、己亥、辛卯、戊辰之木。《五行要論》云:“丙辰土為正印,建五福吉會之德。稟之者類皆亨大有為,不富即貴,惟犯沖者多為僧道。”丁巳,自絕之土。又不為絕,蓋一土居二火之下,在父母之鄉,乘天屬之恩,故不為絕。木不能克,火多益佳。《玉宵寶鑑》云:“丁巳含東南火德旺,數得之者,含容福壽。”

丙辰は「自庫の土」で、厚重にして壮実、甲辰の火を喜び、戊辰の木を悪む。一般の木はこの土を傷つけ得ない。丙はもとより火に属し、辰はまた火の偏庫で、土は火生を受けてすでに器を成すからである。ただ戊戌・己亥・辛卯・戊辰のこの数位の木を嫌忌する。《五行要論》に言う。「丙辰の土は正印で、《尚書・洪範》に言う寿・富・康寧・攸好徳・考終命の『五福』会聚の徳を建立す。それを禀受する者はおおむね通達にして大作為あり、富まずとも貴し。ただ冲を犯す者はおおむね出家して僧道となる」。丁巳は「自絶の土」だが、また真の絶とは言えない。一つの土が二重の火の下に処り、まさに我を生ずる父母の郷にあって、天然の骨肉の恩を承けるから、絶と論ぜない。木はそれを克し動かせず、火多きはかえって更に良し。《玉霄宝鑑》に言う。「丁巳は東南方の旺盛の火徳を含み、数理の上でそれを得る者は、人となり包容して福寿あり」。

戊午,自旺之火,己未,偏庫之火。居離明之方,旺相之地,其氣極盛,他水無傷。忌丙午、丁未天上之水。《五行要論》云:“己未,衰火,含餘藏寶之氣,春夏之月,運入沈潛之鄉,則明達峻敏,福慶深遠,夏得之,非和氣也,秋得之,則先吉後凶。”庚申、辛酉二木,金居木上,因金以成器,忌再見金,致毀其器。若見甲申、乙酉水則入格。

戊午は「自旺の火」、己未は「偏庫の火」である。それらは離卦光明の方位に居り、旺相の地に正当して、火気極めて盛んで、他の水はそれを傷つけ得ない。ただ丙午・丁未のこの天上の銀河の水を忌む。《五行要論》に言う。「己未は衰退の火で、余焔いまだ尽きず珍を蔵し宝を蓄える気を含む。春夏の月に生まれて運が沈潜收斂の郷に走入れば、明達にして敏捷峻急、福慶深遠。夏に生まれてそれを得れば、和順の気に非ず。秋に生まれてそれを得れば、先に吉で後に凶」。庚申・辛酉のこの二位の木は、金が木の上に居して、金を靠ってはじめて木を器物に作り成すから、再び金を見るを忌み、已成の器物を毀すを怕れる。もし甲申・乙酉の水を見れば、格局に合する。

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