Libo

禄元互換

明 · 万民英 · 第13巻 / 25

作盤ガイド: 八字作盤

此格止有四日:戊申、丁酉、丙子、庚子。戊申日見乙卯時,戊取卯中乙木為官,乙取申中庚金為官,互換成其貴祿,柱中喜壬癸為財,生助乙木官星,運臨官旺鄉,便是貴命,忌見甲煞、辛傷、寅酉沖。丁酉見壬寅,丙子見癸巳,庚子見丁亥,喜忌與前同推。如一命:癸亥、壬戌、丙子、癸巳,互換祿旺,各臨官貴,無刑沖破害,故貴。又:己未、辛未、丙子、癸巳,合格,大貴。古法論祿元互換,如戊午見丁巳之例,是取臨官之祿。

この格は四日のみ:戊申・丁酉・丙子・庚子。戊申日に乙卯時を見るを例とすれば、戊土は卯中の乙木を取って自己の官星とし、時干の乙木はまた申中の庚金を取って自己の官星とする。日と時がたがいに交換して各々貴禄を得るので、「禄元互換」とよぶ。四柱の中に壬癸がありて財と為り、もって乙木の官星を生助するを喜び、行運が官旺の郷に走れば、すなわち貴命である。甲木が七煞を作し、辛金が傷官を作すを忌み、また寅酉の相冲をも忌む。丁酉日に壬寅時を見、丙子日に癸巳時を見、庚子日に丁亥時を見るは、喜忌はいずれも前に照らして推し求める。たとえば癸亥、壬戌、丙子、癸巳の一造は、日時の禄旺が互換して各々官貴の位に臨み、また刑冲破害がないので顕貴である。また己未、辛未、丙子、癸巳のごときもまたこの格に合して大貴を主とする。古法の講ずる禄元互換は、戊午日に丁巳時を見る類のごとく、臨官の禄を取る。

子午雙包

子為帝座,午為端門,帝王所居之位,人命或兩子兩午,或兩午包一子,或兩子包一午,有水火既濟之道,陽生陰生之機,遇者主貴。如壬午、壬子、戊午、壬子,兩午兩子;壬子、癸丑、戊午、壬子,甲子、庚午、丙申、戊子,戊午、丁未、庚子,皆兩個包午;戊午、甲子、甲申、庚午,甲午、壬申、甲子、庚五,皆兩午包子。俱貴命。

子位は帝座、午位は端門で、いずれも帝王の居する処である。人の命に、あるいは二つの子に二つの午を配し、あるいは二つの午が一つの子を挟み、あるいは二つの子が一つの午を挟めば、水火既済の道があり、また一陽初生・一陰初生の機括を含み、これに遇う人は貴を主とする。たとえば壬午、壬子、戊午、壬子は両午両子。壬子、癸丑、戊午、壬子、甲子、庚午、丙申、戊子、および戊午、丁未、庚子はいずれも両子が午を挟む。戊午、甲子、甲申、庚午、甲午、壬申、甲子、庚午はいずれも両午が子を挟む。これらの造はいずれも貴命である。

青龍伏形

甲乙木屬東方,謂之青龍伏形者,伏於金也。如甲申、甲戌、乙巳、乙酉、乙丑,此五日生,坐下財官,俱要月令有托,官星得地,不見傷官之神,金木相停為合象。有以乙巳日時,名青龍伏藏,主飲酒有失,暗損福壽,不飲則可。詩曰:甲乙如居申酉鄉,木逢春旺最為良,四柱若逢庫相助,財官雙美不尋常。

甲乙木は東方に属し、東方は青龍である。いわゆる「青龍伏形」とは、木が金の下に潜伏することをいう。たとえば甲申・甲戌・乙巳・乙酉・乙丑の五日生まれの人は、日支の下に財と官を蔵し、総じて月令上に依托するところがあり、官星が各自地を得、また傷官が来て剋するを見ず、金と木とが勢力相当であってこそ、配合して象を成すと算す。また人あるいは乙巳日・乙巳時をもって「青龍伏蔵」とよび、飲酒により失事を主とし、暗に福分寿命を折損す。酒を戒めれば妨げなし。詩中にいう:甲乙木がもし申酉の金郷に坐せば、木は春に逢いて当旺なるが最も上好。四柱にもしさらに庫地が相助けば、財官両美は尋常ならず。

白虎持勢

庚辛金屬西方,謂之白虎持勢者,得其勢也。如庚午、庚寅、庚戌、辛巳、辛卯、辛未,此六日生,坐下財官印貴,要日主有托受生氣,或官旺得時有助,不見財官,用官必貴,用財必富,歲運同。有以辛卯日時犯白虎,不利勇猛戰鬥,令人多有眼目之疾,重犯尤忌之。詩曰:白虎持世寅卯強,如臨巳午未戌鄉,四野遇之多富貴,必向皇都作棟樑。

庚辛金は西方に属し、西方は白虎である。いわゆる「白虎持勢」とは、金が自己の気勢を得たことをいう。たとえば庚午・庚寅・庚戌・辛巳・辛卯・辛未の六日生まれの人は、日支の下に財・官・印と貴神に坐し、日主に依托するところがありて生気を承受するか、あるいは官星が当旺で時を得てまた帮扶があればよい。ただ財官がたがいに掺杂するを見ず、官を取って用と為せば必ず顕貴、財を取って用と為せば必ず富を発す。流年大運の看法は同じである。また人あるいは辛卯日・辛卯時が白虎を犯すといい、勇猛争闘に利ならず、多く人をして眼目の疾を患わしむ。重複して犯到するはとりわけ忌むべし。詩中にいう:白虎が権を当てて寅卯の財が強旺なり、もしさらに巳午未戌の郷に臨めば、四方にこの格に遇うは多く富貴を主とし、必ず京城に到りて棟梁の臣を為す。

朱雀乘風

丙丁火屬南方,謂之朱雀乘風,亦持勢之義也。丙丁喜居金水之鄉,身旺有托富貴。如丙子、丁亥,水火既濟,又合胎元受氣之貴,官旺財旺為上。丙丁有申子辰水局,亦為既濟。賦云:火旺得水,以成既濟之功,須水火相停,不致偏枯方是。丙申、丙辰、丁酉,丁丑,得身有托,生氣相扶,財官旺相,俱吉。有以丁未日時名朱雀折足,大不利六畜,亡散死傷,或患瘡疾,有甲乙則有子孫。詩曰:朱雀乘風是丙丁,如逢金水便崢嶸,申子辰鄉多貴達,逢時多殿玉階行。

丙丁火は南方に属し、南方は朱雀である。いわゆる「朱雀乗風」もまた得勢の意である。丙丁は金水の郷に坐するを喜び、ただ日主が身旺で依托あれば、富貴を主とする。たとえば丙子・丁亥の二日は、水火既済で、また胎元受気の貴格に合し、官旺・財旺をもって上乘とする。丙丁がもし申子辰を見て水局を会成すれば、同じく既済の象である。賦文にいう:火旺にして水を得て、初めて既済の功を成す。ただし水火が勢均力敵で、偏枯に至らざればこそ数に入る。丙申・丙辰・丁酉・丁丑の数日は、日主に依托するところがあり、また生気の扶持を得、財官が旺相で、いずれも吉利に属す。また人あるいは丁未日・丁未時をもって「朱雀折足」とよび、六畜に大いに利ならず、逃散死傷を主とし、あるいは瘡疾を患う。命中に甲乙木ある者は、なお子孫を有し得る。詩中にいう:朱雀乗風とは丙丁の両干を指し、もし金水に逢えばすなわち頭角を露わす。申子辰の郷に坐すれば多く顕貴達し、時を得るの際は常に玉階の上に行走す。

玄武當權

壬癸水屬北方,謂之玄武當權,亦持勢之義。如壬寅、壬午、壬戌、壬辰、癸巳、癸丑、癸未,俱坐下財官印,若身旺有依託,官星通月令生氣,為貴,大忌水局傷官,重並凶惡,死於不義,如遇土局火重,宜見金洩氣,生助本身,為吉,沖破身弱則凶,歲運同。有以壬辰日時名玄武受戳,主官員被讒,有失小人,是非不寧。詩曰:玄武秋生旺北方,如臨巳午土神鄉,若見艮寅財福厚,平生名利兩吉昌。又:玄武當權要得真,日干壬癸坐財星,官星若也居門戶,無破當為大用人。

壬癸水は北方に属し、北方は玄武である。いわゆる「玄武当権」もまた得勢の意である。たとえば壬寅・壬午・壬戌・壬辰・癸巳・癸丑・癸未の各日は、日支の下に財・官・印に坐し、ただ日主が身旺で依托あり、官星がまた月令の生気に通ずれば、すなわち貴を主とする。この格は最も水局を会成して傷官を作すを忌み、重々しく相并就れば凶悪で、甚だしきは非義に死す。もし土局に遇い火気がまた重ければ、金が来て土の気を泄し、転じて日主を生ずるを見るがよく、それは吉である。冲破されて日主がまた弱ければ凶である。流年大運の看法は同じである。また人あるいは壬辰日・壬辰時をもって「玄武受戮」とよび、官を為す人が讒言に中傷られ、小人の身上に吃虧して、是非安らかならざるを主とす。詩中にいう:玄武は秋に生まれて北方に旺たり、もし巳午の土神の郷に臨めば、さらに東北艮位の寅木を見て、財と福いずれも厚く、平生の名利は二つとも昌盛す。もう一首にいう:玄武当権は取ること真切を要す、日干の壬癸が財星の上に坐す。官星もし門戸の位に居れば、破損なければ便ち大用の人たるべし。

勾陳得位

戊己土屬中央,謂之勾陳當位,即當權之義。如戊寅、戊辰、戊子、戊申、乙卯、己亥、己未,皆坐下財官印,若身旺,官得時者貴,財得時者富,不見傷官劫財為妙,忌沖刑,煞旺生災,歲運同。詩曰:戊己勾陳在旺鄉,寅卯之宮號最強,若是更臨辰卯未,亥子相逢大吉昌。又:日干戊己坐財官,號曰勾陳得位看,知有大財分瑞氣,命中值此列朝班。

戊己土は中央に属し、中央は勾陳である。いわゆる「勾陳当位」とはすなわち当権の意である。たとえば戊寅・戊辰・戊子・戊申・己卯・己亥・己未の各日は、日支の下に財・官・印に坐し、ただ日主が身旺で、官星が時を得れば貴を主とし、財星が時を得れば富を主とす。最もよいのは傷官と劫財を見ぬこと。冲を忌み刑を忌み、煞気太きに旺たれば災を生ず。流年大運の看法は同じである。詩中にいう:戊己の勾陳が旺郷に坐す、寅卯の官星の宮は最強と号す。もしさらに辰・卯・未に臨み、また亥子の財郷に相逢えば、すなわち大吉大昌なり。もう一首にいう:日干の戊己が財官の上に坐せば、すなわちこれを勾陳得位とよびて看るべし。知るべし大財ありて祥瑞の気を分かつことを、命がこの格に遇えば便ち朝班に位すべし。

還魂借気

五行自死絕而有救遞相還者。如木絕在申,而遇甲申;金絕在寅,而遇戊寅之類。最吉,有福神次之,無則下。

「還魂借気」とは、五行がもともと死絶の地に行き尽きても、別に救神がたがいに接続し、絶えた処に生に逢い、気がまた還って来ることをいう。たとえば木は申に絶するが、あえて甲申の一柱に遇えば、申中に金は旺なるも、天干に甲木が透けて自らその気を任ず。金は寅に絶するが、あえて戊寅の一柱に遇えば、寅中に木は旺なるも、天干に戊土が透けて金を生ず。いずれもこの類に属する。この種の配合は最も吉利である。もし別に福神が相助ければ次の等、何もなければ下等に落ちる。

八専禄旺

八專日見前,或又添丙午、丁巳、戊辰、戊午、己巳、乙丑、壬子,而無丁未,六十甲子,獨此干支同類,內甲寅、乙卯、庚申、辛酉四日自專祿旺為正,甲乙宜亥卯未寅月成木局,庚申宜巳酉丑申月成金局,為秀氣純而不雜,主為人聰明有壽,平生少病,多好酒色,柱有官煞,雖身強不畏,但混雜則祿不得專,終為有禍,八字帶財印食為福,運行專祿旺鄉財印食旺之地,皆發富貴,怕比肩、劫財,柱無財食官印,多孤,或為僧道。經云:“干與支同,損財傷妻。”又云:“身旺無倚,定為僧為道”是也。

八専の日は前にすでに列べたが、ある説ではまた丙午・丁巳・戊辰・戊午・己巳・乙丑・壬子を添えて、丁未を収めない。六十甲子の中で、ただこれらの干支のみが同一類の五行に属する。その中で甲寅・乙卯・庚申・辛酉の四日は、日支がまさに日干の禄旺の地で、最も純正である。甲乙は亥卯未または寅月に生まれて木局を会成するがよく、庚申は巳酉丑または申月に生まれて金局を会成するがよい。さすれば秀気は純粋で雑らず、人は聡明にして寿あり、平生に病少なく、多くは酒色を好む。四柱に官煞があれば、身強たりさえすれば畏れない。ただ官煞が混雑すれば、禄気は専一に能わず、ついに禍事を出す。八字に財・印・食を帯びればすなわち福であり、行運が専禄の旺郷および財印食旺の地に走れば、いずれも富貴を発し得る。ただ比肩・劫財が来て奪うを怕れる。四柱にもし財・食・官・印がなければ、多くは孤独を主とし、あるいは出家して僧道と為る。経書のいう「天干と地支と同類なれば、財を損し妻を傷る」、またいう「身旺にして倚拠する所なければ、必ず僧道と為る」とはこのことを講ずる。

若只一位祿,運行身旺財食印旺之地,亦主發貴。若並迭三四位祿而無財官,又取沖起對宮財福為用,或月時帶官有氣,以身旺逢官,尤為貴格。忌沖刑散我旺氣,縱貴亦多生病。如朱文公庚戌、丙戌、甲寅、庚午,專祿得火局為食,二庚為煞,居火旺庫,木秀得地,化煞為權,宜成大儒。董丞相己巳、辛未、乙卯、丁亥,專祿而得木局,全日干聚生旺秀氣,運行東方身旺局,全沖起對宮之祿為權,所以大貴。

もし命裡に一位の専禄のみあれば、行運が日主の身旺および財・食・印旺の地に走っても、また発貴を主とする。もし三四位の専禄が重畳して財官なければ、対面の宮位に蔵する財と福を冲動して取って用神と為すべし。あるいは月・時に気ある官星を帯びて、身旺にして官に逢えば、それはさらに貴格である。この格は冲を忌み刑を忌む。それはわが旺気を冲散し、たとえ顕貴でも多病である。たとえば朱文公の八字・庚戌、丙戌、甲寅、庚午は、甲寅が専禄で寅午戌が火局を会成して食神を作し、二つの庚金は七煞であるが、火旺の庫に落ちて制せられ、木の秀気がまた地を得て、ついに煞を化して権と為し、理の当然として一代の大儒と成った。董丞相の八字・己巳、辛未、乙卯、丁亥は、乙卯が専禄で亥卯未が木局を会成し、日干が生旺の秀気をことごとく聚め起こし、行運がまた東方の身旺の局に走り、全体に対面の酉宮の禄を冲起して権柄と化すので、大貴である。

曲直

甲乙日得亥卯未局,柱中須有亥字帶印為入格,若無亥有卯,止是木之本氣,卻要見金土為貴,既無亥字,又無金土,則木不秀不實,難以言貴。如甲寅日有亥,時見丁卯劫財、陽刃、傷官,雖貴不全合格。詩曰:甲乙日生亥卯未,局全曲直須榮貴,柱中無亥宜土金,自是生來享福地。又曰:甲乙生人寅卯辰,又名仁壽兩堪評,亥卯未全嫌白帝,若逢坎位必身榮。

甲乙木の日主で地支が亥卯未の木局を会成し、四柱の中に必ず亥の字があって印綬の気を帯びてこそ、「曲直」の格に入ると算す。もし亥なく卯のみあれば、それはただ木の本気にすぎず、かえって金・土を見てこそ貴を主とする。亥の字なく、また金土なくば、木は秀で実らず、貴とは談じ足らず。たとえば甲寅日に亥あるも、時上に丁卯を見れば、卯は劫財でありまた「陽刃」で、丁は傷官である。さすればたとえ顕貴でも完全な合格とは算さない。詩中にいう:甲乙日生まれの人の地支が亥卯未を得れば、木局斉全して曲直の格を成し、便ち栄貴たるべし。四柱に亥なければ、すなわち土金を見るに宜しく、それもまた生まれて福を享くるの地なり。もう一首にいう:甲乙生まれの人が寅卯辰の東方一気を得れば、またこれを仁と寿の二つが称え得るとよぶ。亥卯未の全きは最も西方の金神が来て剋するを嫌い、もし北方の坎水の位に逢えば必ず身栄えん。

炎上

丙丁日遇寅午戌局,柱中須有寅字帶印為入格,無寅止是九流近貴之命,若火自旺,無亥水相濟,不貴。喜東北方運,忌見辰丑戊己,晦火光明,多主眼疾,或患風氣,柱有木制成貴,忌水金鄉,怕沖。詩曰:丙丁日坐寅午戌,火炎上格從此出,無寅無亥不成名,忌逢土晦主殘疾。

丙丁火の日主で地支が寅午戌の火局を会成し、四柱の中に必ず寅の字があって印綬の気を帯びてこそ、「炎上」の格に入ると算す。寅なくば、ただ九流の中で貴人に挨近する命にすぎない。もし火気が自ら旺でも、亥水の相済うものなくば、また貴を主としない。この格は東方・北方の運を行くを喜び、辰・丑と戊己土を見るを忌む。土は火の光明を掩暗し、多く眼病を主とし、あるいは風疾を患う。四柱に木が来て土を疏し制すれば貴格を成し、水郷・金郷に走るを忌み、また冲を怕れる。詩中にいう:丙丁日が寅午戌の上に坐すれば、炎上の一格はここより生ず。寅なく亥なくば名を成すことを得ず、最も忌むは土に逢いて火を晦まし身に残疾を主とすること。

従革

辛日見巳酉丑局,須帶丙丁巳午一二位方成其器,但不可火多。如辛巳、辛酉、辛丑三日不喜五月生,被火所傷,宜八月或水土養育食神印綬為吉。詩曰:白虎但逢巳酉丑,格乎從革名偏厚,丙丁巳午少逢之,貴氣煉成官最久。又:金居從革貴人欽,造化清高福最深,四柱火來相混雜,空門藝術謾經論。

辛金の日主で地支が巳酉丑の金局を会成し、さらに丙丁または巳午の火を一两位帯びてこそ、金を煉って器物と成すことができる。ただ火はまた多すぎてはならない。たとえば辛巳・辛酉・辛丑の三日は、五月に生まるるを喜ばず。その時は火太きに旺てかえって金を傷る。八月に生まるるがよく、あるいは水土が来て養育し、食神・印綬をもって相扶けるを吉とす。詩中にいう:白虎辛金はただ巳酉丑に遇えば、「従革」の格を成し、名分は格外に厚重なり。丙丁巳午の火を少少に一点遇うは、貴気一たび鍛錬を経れば、官運は最も長久なり。もう一首にいう:金が従革の格に居るは貴人の敬するところ、造化は清高にして福分は最深し。四柱にもし火が来て混杂し克破すれば、それはただ空門と技芸の裡に経論を空談するのみ。

潤下

壬癸日見申子辰全,忌引卯巳死絕之地,三刑四沖之鄉,死絕則不流,沖刑則橫流,歲運同。或曰水太泛須柱有土神一兩位制之,得成堤岸,既有土怕會木為凶,如有木傷土要金印救解,終是一生成敗。運喜西方,不宜東南。詩曰:壬癸日逢申子辰,局名潤下最為真,必須巳午並辰戌,申字當權貴絕倫。又:天干壬癸喜冬生,更值申辰會局成,或是全歸亥子丑,等閒平步上青雲。

壬癸水の日主で地支に申子辰が斉備すれば、「潤下」とよぶ。この格は時辰を卯・巳の類の水の死絶の地に引くを忌み、また三刑四冲の郷に落ちるも忌む。水は死絶の地に到れば流れ動かず、冲刑に遇えば氾濫して横流す。流年大運の看法は同じである。また人あるいは水勢太きに泛び、四柱に一两位の土神あって節制してこそ、堤岸を築成し得るという。しかし土すでにあれば、また木局を会成して土を剋して凶と為るを怕れ、もし真に木が土を傷れば、金印を要して救解し、さすれば一生はついに成敗反復す。行運は西方を喜び、東南に宜しからず。詩中にいう:壬癸日が申子辰に逢えば、局名は潤下、最も真切なり。さらに巳午の財と辰戌の土あるを須ち、申の字が権を当てれば貴は比ぶべからず。もう一首にいう:天干の壬癸は冬に生まるるを喜び、さらに申辰に遇って水局を会成す。あるいは地支すべて亥子丑の北方一気に帰すれば、能く軽々と平歩青雲すべし。

稼穡

賦云:戊己忻逢四季,乃為稼穡之名。是戊己生逢季月,喜見木為官,止得一木為妙,木多則土虛,主虛詐為破家不仁之人。辰未土聚之地,見巳午火即貴,亦不宜多,多則土燥,不能滋生萬物。丑戌之土,內懷金氣,不宜重見,恐存煞氣,不生萬物,又不宜見金洩氣,不貴。秋土不成器為死土,因土內含金,冬土不成器為泥土,因土內含水,故土只四季也。詩曰:戊己日生宜四季,多防丑戌壞金氣,生來見木或逢熒,箇中消息真榮貴。又:戊己生逢四月中,戊辰丑未要全逢,喜行財地嫌官煞,運到東方定有凶。

賦文にいう:戊己土が欣然として辰戌丑未の四季の月に遇えば、すなわち「稼穡」の名目を得る。これは戊己が四季月に生まれて、木を見て官星を作すを喜ぶが、ただ一位の木を得るが最も妙である。木多ければ土虚しく、人は虚偽奸詐を主とし、家を敗して不仁の輩である。辰・未は土気の聚会する地で、巳午の火を見ればすなわち貴を主とす。火もまた多く宜しからず、多ければ土焦燥して万物を滋生することができない。丑・戌の土は内裏に金気を蔵し、重複して現るるに宜しからず、それは煞気を存留して万物を生ぜしめず。また金を見て土の気を泄するに宜しからず、さすれば貴ならず。秋の土は器を成さず、これを死土とよぶ。土の中に金を含む故である。冬の土も器を成さず、これを泥土とよぶ。土の中に水を含む故である。ゆえに稼穡はただ四季月を取る。詩中にいう:戊己日生まれの人は四季の月に宜しく、多く丑戌の土が金気を壊すを防ぐべし。生まれて木を見るか火の光に逢えば、ここの中の消息こそ真の栄貴なり。もう一首にいう:戊己が四季月中に生まれれば、戊辰と丑未は斉備するが最もよし。財地を行くを喜び官煞を嫌い、運が東方の木郷に到れば必ず凶あり。

土局潤下

賦云:戊己居於潤五,萍梗他鄉。此象乃戊申、戊子、戊辰三日,生於申子辰壬癸水旺之鄉,非特貧賤奔波,合主四肢眼目疾,或惡瘡膿血而死。辰戌丑未運應,其餘土虛,逢水局,皆漂流之命,若目旺之土,在水局富貴,行火鄉發達。如戊辰、甲子、戊甲、乙卯,是土虛逢潤下,故主目疾為軍。辛未、庚子、戊辰、壬子,土從眾水,得土堤防,行丙申、丁酉運生財大發,交乙未運戊午年破財,復得平章之職,不可例戊己居潤下為凶。

賦文にいう:戊己土が潤下の水局の裡に落ちれば、すなわち浮萍断梗のごとく他郷に漂泊すべし。この象は戊申・戊子・戊辰の三日を指し、申子辰の壬癸水旺の郷に生まるるをいう。ただ貧賤奔波のみならず、また多く四肢と眼目の疾を主とし、あるいは悪瘡膿血によりて死す。辰戌丑未の運に到ってこそ応験あり。このほか凡そ土虚にして水局に遇うは、いずれも漂流の命に属す。もし自身の旺相の土ならば、水局の中に処ってかえって富貴で、火郷に行けば発達す。たとえば戊辰、甲子、戊申、乙卯の一造は、土虚にして潤下に逢うゆえ、眼疾を患いて充軍した。また辛未、庚子、戊辰、壬子の一造は、土は衆水に従うも、また土を得て堤防を築き、丙申・丁酉運を行って財を生じ大いに発し、乙未運に交わる戊午年に財を破るも、随後に平章の職を得た。見るべし、一概に戊己の潤下に居るをもって皆凶として論ずるべからざるを。

金白水清

賦云:金白水清,此輩宜登科第。此象乃庚申、辛酉日生秋月令,引到時上遇亥子水鄉,以金則白,以水則清,無刑沖破害,主富厚。切忌夏生,則不入格,春金二三月,運行西北亦可。如庚辰、庚子、癸巳、癸酉、癸丑等日,生秋冬月令,無火傷,無土制,見金水相停成局,亦是。詩曰:金清水白主榮貴,秀麗文章定出群,更無火土來刑制,聲譽掀騰翰苑人。

賦文にいう:金白水清のこの類の人は、科挙登第に宜し。この象は庚申・辛酉日が秋月に生まれ、時辰がまた亥子の水郷に引くを指す。金を論ずれば色は白、水を論ずれば性は清で、もし刑冲破害なくば、富厚を主とす。切に夏に生まるるを忌み、さすればこの格に入らず。春の金が二三月に生まれ、行運が西北方に走るもまた可なり。庚辰・庚子・癸巳・癸酉・癸丑のこれらの日のごとき、秋冬の月令に生まれ、火なくして金を傷らず、土なくして水を制せず、金と水と勢力相当にして一局を会成すれば、同じく金白水清と算す。詩中にいう:金清水白の命は栄貴を主とし、秀麗の文章は必ず衆に出づ。さらに火土なくして刑克制せず、声誉高く揚がりて、便ち翰林院中の人物なり。

木火交輝

賦云:火明木秀,生春月以為榮。此象乃甲戌、甲午、甲寅、丙午、丙寅、丙戌等日,生春月或夏月,柱無金水傷壞,時上有木火。行木火運,木日火秀,行南方運,火日木秀,行東方運,主清貴福厚,火日火秀,行東亦貴。如丙辰日生火旺月,行木火運亦可,但富而不貴,木秀無火,則不成局,以木火有通明之象故也。如:丁巳、甲辰、甲寅、丁卯;甲午、丙寅、丁卯、丙午;丁巳、甲辰、乙巳、丁亥。三命皆木火光輝,清貴之造。

賦文にいう:火明るく木秀で、春月に生まれればすなわち栄顕。この象は甲戌・甲午・甲寅・丙午・丙寅・丙戌などの日を指し、春月あるいは夏月に生まれ、四柱に金水なくして傷壊せず、時上にまた木火あるをいう。木火の運を行くに、木日主にして火をもって秀気と為せば、南方を行くに宜しく、火日主にして木をもって秀気と為せば、東方を行くに宜しく、いずれも清貴にして福厚を主とす。火日主にしてなお火をもって秀気と為せば、東方を行くも貴なり。たとえば丙辰日が火旺の月に生まれ、木火運を行くもまた可なり。ただ富にして貴ならず。もし木秀あるのみで火なくば、局を成さず。木と火と相配してこそ通明の象あるを要するからである。たとえば丁巳、甲辰、甲寅、丁卯、甲午、丙寅、丁卯、丙午、丁巳、甲辰、乙巳、丁亥の三つの命造は、いずれも木火交々に輝映して、清貴の造に属す。

火金鑄印

賦云:金非火不能成器,火非金無以顯諸用,金火相停,有鑄印之象,忌丑字為損模。賦云:乘軒衣冕,金火何多。又云:金鬼無偏,此之謂也。

賦文にいう:金は火を経ずんば器物を鋳成すこと能わず、火は金なくんばその用を顕すに由なし。金と火と勢均力敵なれば、すなわち鋳印の気象あり。この格は丑の字を見るを忌む。丑は金庫の湿土で、鋳印の模子を損壊する。賦文またいう:能く軒車に乗り冠冕を戴く人は、命裡の金火何ぞ多きや。またいう:金が火鬼に遇いて偏枯せず、講ずるところいずれもこの道理なり。

火土夾雑

火見土則暗,土宿火則晦,故火自火,土自土,兩不相掩為妙,若火土夾雜,主愚濁。經云:“火虛土聚成何用,定是塵埃碌碌人”是也。如:戊申、己未、丙午、乙未;庚戌、乙丑、丙辰、戊戌;戊戌、丁巳、己未、丙寅。三命皆火土夾雜,平常。

火はひとたび土を見れば光暗く、土の裡に火を宿すはかえって晦さ増す。ゆえに火は火、土は土で、両下たがいに遮掩せざるをよしとす。もし火土が夾雑すれば、人は愚鈍混濁を主とす。経書のいわゆる「火气虚しく土气聚まれば、究竟何の用ぞや、必ず塵埃裡に碌碌無為の人なり」とは、まさにこれを講ずる。たとえば戊申、己未、丙午、乙未、庚戌、乙丑、丙辰、戊戌、戊戌、丁巳、己未、丙寅の三つの命造は、いずれも火土夾雑で、一生平常である。

墓煞

古歌曰:墓中逢鬼要知之,夾煞持丘骨肉離,犯此凶星無救助,生來福壽少年虧。如:甲日見庚戌、庚辰,乙日見辛丑、辛未,丙日見壬辰、壬戌,丁日見癸丑、癸未,戊日見甲辰、甲戌,己日見乙丑、乙未,庚日見丙辰、丙戌,辛日見丁丑、丁未,壬日見戊辰、戊戌,癸日見己丑、己未,此謂七煞入墓。《珞錄子》云:夾煞持丘,親姻哭送。如己巳、戊辰、癸丑、丙辰,癸日見戊為官,己為煞,戊己並在辰上,又為癸水庫,多主早發早夭。或曰:煞非止七煞,乃羊刃、亡、劫,與日時或日月夾藏墓中,皆凶。

古歌にいう:墓庫の中に剋我の鬼に遇えば、この一点を知るべし。煞が挟まれてまた墳丘を守れば、骨肉すなわち離散す。犯してこの兇星に救助なくば、生まれて福分寿命はいずれも少年に虧損す。いわゆる墓中に鬼に逢うとは、たとえば甲日に庚戌・庚辰を見、乙日に辛丑・辛未を見、丙日に壬辰・壬戌を見、丁日に癸丑・癸未を見、戊日に甲辰・甲戌を見、己日に乙丑・乙未を見、庚日に丙辰・丙戌を見、辛日に丁丑・丁未を見、壬日に戊辰・戊戌を見、癸日に己丑・己未を見、これらを皆「七煞入墓」とよぶ。《珞禄子》にいう:煞を挟んで墳丘を守れば、親戚姻眷は哭して送葬すべし。たとえば己巳、戊辰、癸丑、丙辰の一造は、癸水日主が戊土をもって正官とし己土をもって七煞とし、戊己が並び辰上に列なり、辰はまた癸水の墓庫で、多くは早年に発達して早年に夭亡を主とす。また人あるいは、ここでの煞は七煞のみならず、凡そ「羊刃」「亡神」「劫煞」が日時または日月に挟蔵されて墓庫の中にあるは、いずれも凶を主とすという。

四位純全

寅申巳亥有五行生氣驛馬學堂,是為四生;子午卯酉有五行旺氣,乙辛丁癸臨之,是為四正;辰戌丑未,五行雜氣,華蓋、正印臨之,是為四墓。經云:財官印綬,鎮居於寅申巳亥。《真寶賦》云:子午卯酉,八專之象,文為一品邦砥柱,武則分茅掛印成功。又云:寅申巳亥,位至三公。《元理賦》云:子午卯酉全備,酒色昏迷。《千里馬》云:四庫全備,龍變化為大海,為九五之尊。《寶鑑賦》云:辰戌丑未順行,帝王君命無疑。《理愚歌》云:四庫全時為四貴,位班上列據權衡。

寅申巳亥の四支には五行の生気が蔵され、また「驛馬」「学堂」の所在で、四生とよばれる。子午卯酉の四支には五行の旺気が蔵され、乙・辛・丁・癸が各々その上に臨み、四正とよばれる。辰戌丑未の四支は五行の雑気で、「華蓋」と正印がその上に臨み、四墓とよばれる。経書にいう:財・官・印綬は、常に寅申巳亥に鎮守す。《真宝賦》にいう:子午卯酉は八専の象で、文に従えば一品の国家の柱石を作し、武に従えば能く分封して印を掛かげて功を立つ。又いう:寅申巳亥が斉備すれば、三公に位すべし。《元理賦》にいう:子午卯酉の四字が全備する人は、酒色に沉迷しやすい。《千里馬》にいう:四庫が全備すれば、龍のごとく変化して大海に入り、九五の尊と為すべし。《宝鑑賦》にいう:辰戌丑未が順次に順行すれば、それは疑いなく帝王の命。《理愚歌》にいう:四庫が斉全すればすなわち四貴で、位次は上列に排して権衡を握る。

《獨步》云:寅申巳亥四生之局,用物身強,遇之發福。子午卯酉四敗之局,男犯興衰,女犯孤獨,此格合者,多主大富貴,便不免六親刑害,進退連茹,以各相沖無合故也。《精紀》云:子午卯酉,入格為四極全備,失局為遍野桃花,男女犯之,雖貴有財,不免荒淫酒色,薄德之人。詩曰:寅申巳亥四字連,辰戌丑未亦如是,不居大勢掌魁權,必定朝中為近侍。又:日德日貴並魁罡,四柱純全大吉昌,六格局中仍入格,這般造化豈尋常。此取四位日德、四位魁罡,四位日貴,無別干支,與四位純全格同論。

《独歩》にいう:寅申巳亥は四生の局で、ただ用いる所の物が力を得て日主が身強ならば、遇えばすなわち福を発す。子午卯酉は四敗の局で、男子が犯せば興衰常なく、女子が犯せば孤独。この格に合する人は多く大富大貴を主とするが、六親の刑傷妨害を免れず、進退は牽連して清からず。四支が各自相冲して一合なき故である。《精紀》にいう:子午卯酉が格に入れば、これを四極全備とよぶ。局を失えば、遍野桃花と成る。男女がそれを犯せば、貴あり財あるも、荒淫酒色を免れず、徳行浅薄の人である。詩中にいう:寅申巳亥の四字は相连なり、辰戌丑未もまた同じ。こういう人は顕要の位に居らず魁権を掌握せずとも、必ず朝中に近侍の臣を為す。もう一首にいう:日徳・日貴にさらに魁罡を加え、四柱が純一斉全なればすなわち大吉大昌。六种の格局の裡にてなお格に入る、かかる造化は豈に尋常ならんや。ここでいうのは四位の日徳・四位の魁罡・四位の日貴で、別の干支の掺杂なく、四位純全格と同じく看待する。

一気生成

天元一氣,乃四壬寅,四辛卯,四庚辰,四己巳,四戊午,四丁未,四丙申,四乙酉,四甲戌,四癸亥是也。四柱干支一氣,中間亦有輕重貴賤,須細別之。壬寅、辛卯、甲戌富貴雙全;己巳亦貴;戊午、丁未刃旺性強,雖貴亦多凶險,克妻,不善終;庚辰貴而風流,名重利輕;乙酉多傷殘;癸亥多貧薄;丙申生北方亦可取貴,歲運如遇刑沖破奪,必生災禍。大要推其支內有無財官印食,入格有無傷損,天干有無得令,上下干支財官印食可化不可化,可從不可從,定其輕重貴賤。

いわゆる「天元一気」とは、四柱すべて壬寅、あるいはすべて辛卯・庚辰・己巳・戊午・丁未・丙申・乙酉・甲戌・癸亥の類である。四柱の干支が同じく一気を為すが、その間になお軽重貴賤の別があり、必ず細細と分辨すべし。四壬寅・四辛卯・四甲戌は富貴双存を主とし、四己巳もまた貴である。四戊午・四丁未は陽刃が太きに旺て性情剛強で、貴なるも多く兇険で、妻を剋し、往々にして善終を得ず。四庚辰は貴にして風流、名を重んじ利を軽んず。四乙酉は多く傷残、四癸亥は多く貧薄。四丙申はもし北方に生まれれば、また貴を取るべし。流年大運がひとたび刑・冲・破・奪に遇えば、必ず災を生ず。総じての要領は:地支の内に財・官・印・食の有無を推究し、格に入って後に受傷の有無、天干が月令の気を得るや否や、上下干支の帯びる財官印食が化し得るか従し得るかを見て、これによりてその軽重貴賤を定む。

又曰:四干純一不雜,為天元一氣,不可以比肩論,須詳其支神有無生化,有無刑剋,帶財官印合格,歲運不背,必當大貴,沖刑剋制亦凶,不可執定一氣皆以貴言。如甲子、甲戌、甲寅、甲子之類,又名鳳凰干格。果正郎:壬辰、壬子、壬寅、壬寅,壬自絕於寅,是為駁雜,故止正郎。又曰:四支純一不雜,為地物相之一,名芝蘭並秀格,須看乾元是支福聚禍聚,如是福聚合格,多居兩府之貴。如甲寅、丙寅、庚寅、戊寅之類,又名鳳凰支格。

又いう:四つの天干が純一雑らざるを「天元一気」とよび、もって比肩として論ずること能わず。必ず細看して地支の諸神に生化あるか、刑克あるかを見べし。もし財・官・印を帯びて合格し、流年大運がまた相背かずんば、必ず大貴。もし冲・刑・克・制あれば、同じく凶を為す。一概に凡そ一気を貴命として看ると口を切るべからず。甲子・甲戌・甲寅・甲子のごとき類は、また「鳳凰干格」とよぶ。官が正郎に至る者ある人の八字は壬辰、壬子、壬寅、壬寅で、壬水が自ら寅に絶すれば格局すなわち駁雑と算し、それで正郎に止まった。又いう:四つの地支が純一雑らざるは、地支の物が相同じて一を為すを「芝蘭並秀格」とよぶ。天干のこの一元が地支上に聚福か聚禍かを看るべし。もし聚福にして合格ならば、多く両府の貴に位し得る。甲寅・丙寅・庚寅・戊寅のごとき類は、また「鳳凰支格」とよぶ。

詩曰:天元一氣定尊榮,不雜天干一字清,非可比肩爭競論,生來富貴至公卿。又:天元一字水為源,生在秋冬妙莫言,大吉土神逢一位,少年仕路必高遷。又:天元一字土為基,四季生時更是奇,申酉二支加入局,聰明俊秀異常兒。又:天元一字木為根,傳送登明顯福元,四柱官星如得地,功名利祿好爭先。又:天元一字若逢金,時日魁罡福氣深,羊刃逢沖並帶貴,平生得遇貴人欽。又:天元一字火融融,大吉功曹時日中,沖起財官為發用,平生富貴福興隆。竊詳二格,天元同者多貴,地支同者間有不貴,輕精重濁之分也。

詩中にいう:天元一気は尊栄を注定す、天干雑らずして一字清純なり。もって比肩の相争として論ずべからず、生まれて富貴は公卿に至るべし。もう一首にいう:天元の一字がもし水を本源と為せば、秋冬に生まるるは妙不可言なり。さらに丑土のごとき大吉の神の一位に遇えば、少年の時に仕途必ず高昇す。もう一首にいう:天元の一字が土を根基と為し、四季の月に生まれればさらに奇特なり。申酉の二支が局中に加入れば、便ち聡明俊秀の異常の児なり。もう一首にいう:天元の一字が木を根と為し、申・亥の両位を得て福気の元を顕す。四柱の官星がもし地を得れば、功名利禄は自ら争先すべし。もう一首にいう:天元の一字がもし金ならば、時柱日柱がさらに魁罡に逢えば、福気すなわち深し。「羊刃」が冲に逢いながらまた貴気を帯びれば、一生に貴人の敬重を得べし。もう一首にいう:天元の一字が火気融融たれば、丑と寅と時日の中に落ち、財官を冲動して発用と為せば、一生富貴にして福沢興隆す。私かに細察するにこの二つの格:天干の同じきは多く貴を主とし、地支の同じきは間か貴ならざるあり。これは気軽ければ清、気重ければ濁の分別である。

又:四重陽壬水四重寅,離坎交爭旺氣生,運至火鄉加貴顯,往來須忌對提沖。又:人命如逢四卯全,干頭辛字又相連,身輕福淺猶間事,只恐當生壽不堅。又:丙申四位命中全,身煞相停顯福元,不比尋常名利客,管教勢力鎮魁權。又:天干四甲皆逢戌,分奪財官無所益,如還行運到南方,合此傷官些小吉。又:天干四癸立乾宮,木水相生作倒沖,名利盈盈須有旺,南方運行數還凶。

もう一首にいう:四つの陽壬に四つの寅を配すれば、離火坎水は交々に争持して旺気自ら生ず。運が火郷に走ればさらに貴顕を添う。ただ往来の間に月令提綱と相冲するを忌むべし。もう一首にいう:人の命にもし四つの卯の字が斉全し、干頭にまた四つの辛の字連なれば、身軽く福薄きはなお小事、ただ怕れるは生まれて寿元堅ならざること。もう一首にいう:四位の丙申が命中に斉全すれば、日主と七煞と勢均力敵にして福元を顕す。これすなわち尋常の名利を追逐する人に非ず、彼に勢力を憑って魁首の権を鎮守せしむべし。もう一首にいう:天干の四甲がことごとく戌上に坐せば、戌裡の財官は分奪されて益なし。もし行運が南方に到り、この傷官の地に配すれば、倒にまた些かの小吉あり。もう一首にいう:天干の四癸が干宮の亥位に立てば、木水相生して倒冲の勢を成す。名利盛なるも身の旺なるを須ちてこそ担ぎ得べく、運が南方に走れば、命数かえって凶に転ず。

背禄逐馬

背祿者,甲以辛為官為祿,甲生春夏,金絕則無官矣,故為背祿。逐馬者,甲以己土為財為馬,被乙及亥卯未劫奪,甲無財矣,故為逐馬。餘例推。如壬子、壬子、丁未、乙已,定取壬為官祿,壬,亥月建祿,丁生子月,癸旺是煞,壬祿已過為背,曏者有祿,背者無祿;丁取庚為財為馬,子月庚死,此為背祿逐馬,逢煞運,行劫地,亦不發福,無根元故也。《珞錄子》云:“背祿逐馬,守窮途而惶”,與此不同,能見賦中。

いわゆる「背禄」:甲木は辛金をもって官・禄と為す。甲が春夏に生まれれば金気は断絶し、官星もまたなく、これを禄に背くとよぶ。いわゆる「逐馬」:甲木は己土をもって財・馬と為す。己土が乙木および亥卯未の木局に劫奪されれば、甲は財を用いることなく、これを馬を逐うとよぶ。その余の各干はこれに照らして推す。たとえば壬子、壬子、丁未、乙巳の一造は、丁火日主がもとより壬水を取って官・禄と為すべきであるが、壬水の建禄は亥月にある。いま丁は子月に生まれ、子中の癸水が当旺し、それは丁の七煞で、壬水の禄はすでに過ぎ去った。ゆえに「背」とよぶ。禄位に面向する者のみ禄あり、禄位に背く者は禄なし。丁はまた庚金を取って財・馬と為すが、庚金は子月に死す。これすなわち背禄逐馬である。かかる命はさらに煞運に逢い、劫財の地に走っても、福を発する能わず。根元にもともとない故である。《珞禄子》のいわゆる「背禄逐馬は、窮途を守りて惶惶として安らかならず」とは、ここで講ずるとまた同じからず。あの賦文の裡に参看すべし。

十干十二年生大貴人例

六甲年丁卯月乙未日戊寅時,六乙年己卯月甲戌日乙亥時;六丙年庚寅月丁巳日丙午時,六丁年丙午月壬辰日丁未時;六戊年壬戌月己丑日戊寅時,六己年辛未月己未日丙寅時;六庚年甲申月庚申日辛巳時,六辛年丙申月庚午日辛巳時;六壬年辛亥月壬辰日丁未時,六癸年丙辰月丙辰日戊子時。以上逐年,只有一日一時主有大貴人應世建功立業之命,不然,出塵神仙,常術不能曉也。

およそ甲年生まれの人は、丁卯月・乙未日・戊寅時に配す。乙年生まれの人は、己卯月・甲戌日・乙亥時に配す。丙年生まれの人は、庚寅月・丁巳日・丙午時に配す。丁年生まれの人は、丙午月・壬辰日・丁未時に配す。戊年生まれの人は、壬戌月・己丑日・戊寅時に配す。己年生まれの人は、辛未月・己未日・丙寅時に配す。庚年生まれの人は、甲申月・庚申日・辛巳時に配す。辛年生まれの人は、丙申月・庚午日・辛巳時に配す。壬年生まれの人は、辛亥月・壬辰日・丁未時に配す。癸年生まれの人は、丙辰月・丙辰日・戊子時に配す。以上は年によって排列し、各年干の下にこの一日一時のみありてこそ、応運に出世して功業を建立する大貴人の命を主とす。もし然らずんば、すなわち塵世を超出する神仙の一流で、尋常の術数には推算し出せない。

大貴人莫過帝王,考歷代創業之君,乃明朝諸帝,無一合者。余嘗謂天下之大,兆民之眾,如此年月日時生者,豈無其人?然未必皆大貴人。要之,天生大貴人,必有冥數氣運以主之,年月日時多不足憑。餘紀縉紳與凡民,命同者不能悉數。姑就縉紳論,如黃懋官侍郎,與申價副使命同,黃死子兵禍,申死牖下,申先黃死,官之大小又不論也。朱衡與李庭龍命同,朱發科壬辰,李發科癸丑,朱官至尚書,李止大參,壽又不永,其子孫之多寡賢否,又不論也。萬舉與饒才命同,萬舉進士,官至卿貳,饒止舉人,官至太守,然饒多子而萬則少,又萬以謫戌死而饒則否,其壽夭得喪又難論也。

大貴人は帝王を過ぎるものなし。しかれども我が歴代の開国之君および本朝の明代の諸皇帝を考察するに、上の表に合する者なし。我常に思うに、天下これだけ大きく、百姓これだけ多ければ、これらの年月日时に出生する人、豈に無からんや。しかるに未必しも個個が大貴人ならず。つねづね一句:天生の大貴人は、必ず別に冥冥中の気数の主宰あり、年月日时は多く憑るべからず。我が記録した士大夫と平民の中で八字相同なる例は、数え切れぬほど多い。姑らく士大夫に就きていえば:侍郎黄懋官と副使申价とは八字相同なり。黄は兵禍の中に死し、申は家に寿終し、しかも申は黄に先だって死したり。官職の大小に至ってはなお論ずべからず。朱衡と李庭龍は八字相同なり。朱は壬辰年に中式し、李は癸丑年に中式し、朱は官尚書に至り、李は大参に止まり、寿命もまた長からず。子孫の多少賢愚に至っては、また論ずべからず。万挙と饒才是八字相同なり。万挙は進士に中り、官は卿貳に至り、饒才はただ挙人で官は太守に至る。しかるに饒才は子嗣多く万挙は子嗣少なく、万挙はまた貶謫され辺を戍って死し、饒才は然らず。さすれば寿夭得失はまた一概に論じ難し。

三河王且齋兄弟同產,而功名先後亦自不同,況天下之大,九洲之廣,兆民之眾,其八字同者何限,又烏可以例論耶!餘記下說,說一走卒與魯公命同,魯公遇朝廷有大恩寵,則此卒受大責罰,魯公有小喜慶,則此卒有小譴責,其相反有如此者。又某家生子與魯公命同,前後差六十年,術者以魯公之命證之,其家大喜,謂他日必貴,自孩童時恣其所為,後遂酗酒,遊蕩醉死於水,年止十九。

三河の王且斎兄弟は同胎に生まれて、功名の先後もまた各自同じからず。いわんや天下の大・九州の広・生民の衆にて、八字相同の人は知るべからざるほど多く、またどうして一概に論ぜんや。我が記憶するに一伝説あり:ある当差の走卒と魯公とは八字相同なり。魯公が朝廷の大いなる恩寵に遇えば、この走卒は一場の重責を受け、魯公が小なる喜慶あれば、この走卒は一次の小責罰を挨ぐ。両人の遭遇は竟に相反することこのごとし。また某の家に一児生まれ、魯公と八字相同なり。ただ前後して六十年を差ず。術士は魯公の命をもって印证し、その家人は大いに喜び、児が将来必ず貴ならんと認め、小より彼に胡作非為を任せ、後についに酒を酗り放蕩し、酔後に水に落ちて死したり。年紀わずか十九歳。

又記《樂善錄》,太學二士人命同,又同發解過省,約就相近遊宦,庶彼此得知災福,後一人任鄂州教授,一人任黃州教授,未幾黃州者死,鄂州者為治後事,祝曰:“我與公生年月日時同,出處同,公先舍我去,使我今死已後公七日矣,若有靈,宜託夢以告。”其夜果夢云:“我生於富貴,享用過當,故死,公生於寒微,未得享用,故活。”後鄂官至典郡,豈非有所警惕享用不過之所致乎?

また《楽善録》の記するところを見るに:太学裡に两位の士人ありて八字相同なり。また同時に郷試に挙がり省試に通り、両人は相約して相近の地方に官を為し、お互いに各自の禍福を知らしめんとす。後に一人は鄂州教授に任じ、一人は黄州教授に任ず。間もなく黄州の那位は死し、鄂州の这位は彼の為に後事を料理し、祷告していう:我と君とは生年月日時相同にして、出身経歴もまた相同なり。君は先に我を舎て去れり、我をして今日縱い死すとも已に君より七天を晩からしむ。君もし霊あらば、当に夢を托して我に縁故を告ぐべし。当夜に果たして夢に相手がいう:我は富貴の家に生まれ、享用分に過ぎたればこそ死せり。君は寒微の家に生まれ、福分いまだ享尽せざればこそ生けり。後に鄂州の这位は官一郡の長に至る。豈に警惕ありて享用分に過ぎざればこそ得たるに非ずや。

又吾郡有顏守芳生員,與廠民袁大綱命同,顏貧喜富,顏多子袁僅二子,顏在而袁已死,顏讀書守禮,有危疾而能自保,竟歲貢出身,袁則反是。合是數人觀之,豈所生之家不同,而各人所習之業又異,其保身慎修,克儉長年,在吾人自求多福耳,若曰我命該富貴長壽,而不修德進學,驕恣不法,豈命之所以為命也耶!

また我が本郡に生員顔守芳あり、匠戸袁大綱と八字相同なり:顔家はもと貧寒にして後に富に転じ、顔は兒子多く、袁はただ両児のみ。顔は在世にして袁已に死せり。顔は書を読み礼を守り、危重の症を得るも能く自ら保ち、ついに歳貢をもって出身し、袁は処処に相反せり。上の幾人を合わせて見れば、生まるる家庭の同じからざると、各人の従事する行業のまた一様ならざるを見べし。能く身を全うし修養を謹み、能く克制節倹して長年を享くるは、全く我ら自身の福分を求むるに在るのみ。もし我が命は富貴長寿なるべしといいて、徳を修め学を進めんことを肯ぜず、かえって驕縦放肆して法度を守らざれば、それは何の命ぞや、命またどこにかかく作用するや。

論正財

正財者,乃甲見己、乙見戊之例。受我剋制,為我之妻,譬人娶妻,妻齎財嫁我,我必精神康強,而後可享用,若衰微不振,雖妻財豐厚,但能目視,終不得用。故財要得時乘旺,不偏正混亂,不重迭多見,自家日主有力,皆能發福。若財多身弱,柱無印助,財少身強,柱有比劫,太過不及,皆不為福。《珞》云:若月令得財局,身衰逢印資助,當作富論,如先見印,卻怕見財。《獨步》云:先財後印,反成其福,先印後財,反成其辱是也。用財不宜明露,柱見比劫,則宜透出,使人共見則不能奪。

いわゆる「正財」とは、甲木が己土を見、乙木が戊土を見る類である。財は我の克制を受け、我の妻である。たとえば人が妻を娶れば、妻は財物を帯びて我に嫁ぐ。我は必ず精神康健強壮であって、しかる後に能く享用す。もし我衰微不振なれば、縦い妻財豊厚なるも、ただ眼を睁くのみで、終に用いられず。ゆえに財は時を得て旺に乗ずるを要し、偏財・正財の混杂不可、重畳して多く現るるも不可にして、同時に自家の日主に力量あるを要す。さすれば皆福を発し得る。もし財多くして身弱で、四柱にまた印綬の相助なく、あるいは財少なくして身強で、四柱に偏に比肩・劫財あれば、一つは太過、一つは不及で、いずれも福を成さず。《珞禄子》にいう:月令がもし財局を会成し、日主が衰弱にして印綬の資助に逢えば、すなわち富命として論ずべし。ただ假如先に印を見れば、かえってさらに財を見るを怕る。《独歩》にいう:先に財を見て後に印を見れば、かえって福気を成就す。先に印を見て後に財を見れば、かえって羞辱と成る、講ずるところはこのこと。財を用ゆるはもともと天干に明露に宜しからず。しかし四柱にひとたび比肩・劫財を見れば、財はかえって透出に宜しく、衆人をして見る得しめ、他人は暗中に奪い去る能わず。

賦云:財宜藏,藏則豐厚,露則浮蕩是也。凡財格,喜見官星顯露,別無傷損,或更食生印助日主健旺,富貴雙全。如干支見煞,亦能享用,即逢財看煞之義。大怕梟,奪則不能生,刃劫則不能享,庫逢空則不能聚。如甲生午月,見壬傷,丙卯破,乙奪;乙生巳月,見癸傷,丁亥破,甲奪;壬生戌月,甲子旬戌落空亡之類。餘以例推。又曰:財為養命之源,凡人八字不可無財,但不要太多,多則不清,若柱原無財而行財運,乃有名無實,如財多身弱,又行官鄉財旺之地,見財盜氣,官克身,不惟不發祿,且禍患百出。

賦文にいう:財は潜蔵に宜しく、蔵れてこそ丰厚、露れれば浮蕩にして実ならず。およそ財格は、官星显露して別に傷損なきを見るを喜び、あるいはさらに食神の生財・印綬の扶助ありて、日主をして健旺ならしめば、すなわち富貴双存なり。もし干支の間に七煞を見るも、同じく能く享用す。これまさに「財に逢えば煞を看る」の道理なり。財は最も梟神を怕れ、梟神が食を奪えば財を生ず能わず。羊刃劫財を怕れ、さすれば享用に及ばず。財庫がもし空亡に落ちれば、財は聚め難し。たとえば甲木が午月に生まれ、壬水を見れば財路を傷り、丙火と卯木を見れば破られ、乙木を見れば奪わる。乙木が巳月に生まれ、癸水を見れば傷と為り、丁火・亥水を見れば破と為り、甲木を見れば奪と為る。壬水が戌月に生まれて甲子旬に属せば、戌はまさに空亡に落ちる。いずれもこの類である。その余はこれに照らして推す。又いう:財は養命の源頭、人の八字は財なかるべからず。ただ多きも要らず、多ければ清純ならず。もし四柱にもともと財なくして行運が財地に走れば、それは有名無実。財多身弱に至っては、また官郷・財旺の地に走り、財を見れば我の気を泄し、官を見れば我の身を剋す。禄を発するのみならず、しかも禍患百出す。

又曰:財為馬,官為祿,二者不可缺一,實難兩全,原有財星宜行官運,原有官星宜行財運,行財運生官,行官運發財,若柱中原無官星,只是財多,又行財運,亦能成就名利,間有登科者。蓋財不畏多,多則暗生官也,須得身旺方能勝任,若無財,官多身受其制,反不為吉,柱中無官,只取有財為福。又曰:財官與煞,用月支者,所謂以支為命,日干者,所謂以干為祿,若月支有財官,干頭不露,自足為福,若地支無財官,干頭明露,乃虛詐無實之命,縱行旺運,亦不濟事。

又いう:財はすなわち馬、官はすなわち禄、両者は一も欠くべからず。しかし実に両全し難し。原命に財星を帯びる者は、官運を行くに宜しく、原命に官星を帯びる者は、財運を行くに宜しい。財運に走れば官を生じ得、官運に走れば財を発し得。もし四柱にもともと官星なく、ただ財多くして、また財運に走れば、同じく能く名利を成就し、その中に偶か登科あるもあり。これは財が多きを怕れず、多ければ自ら暗中に官を生ずるが故。ただ日主の身旺なるを須ちてこそ担ぎ得べし。反対にもし財なくして官星過多なれば、日主はその克制を受けて、かえって不吉。四柱に官なき者は、単に財あるを取って福と為す。又いう:財・官と七煞、取用が月支にあるは、いわゆる「支をもって命と為す」、取用が日干にあるは、いわゆる「干をもって禄と為す」。もし月支の裡に財官ありて天干に露れざれば、本身已に福と為すに足る。もし地支に財官なくして天干に明々と露れば、それは虚詐無実の命で、縦い旺運を行くも事に済まず。

苟月支無而年時日支有,亦可取用,月地支坐財官,謂之得時,日地支坐財官謂之得位,時地支坐財官,謂之有成。得時為上,得位次之,有成又次之,兼得一二尤妙。年主祖父富貴,中年後無用。又云:庚辛日生於正月,別位有火為煞,以克庚辛,雖年月見寅卯,亦無祖財,一生熬煎,遇發財處必成災禍,以木旺生火,害日干之金,天元羸弱,財黨煞生,不能為福。

もし月支に財官なくして年・日・時支上にあれば、また取りて用と為すべし。月支に財官に坐するを「得時」とよび、日支に財官に坐するを「得位」とよび、時支に財官に坐するを「有成」とよぶ。得時を上とし、得位を次の一等とし、有成をまた次の一等とす。能くその中の一两様を兼得すればさらに妙なり。年上の財官はただ祖父輩の富貴を主とし、中年以後に到れば用いられず。又いう:庚辛金日主が正月に生まれ、別の位置にまた火ありて七煞を作して庚辛を剋す。さすれば年月に寅卯の財を見るも、祖上の家財なく、一生煎熬す。一たび発財すべき処に遇えば必ず災禍に転ず。木旺にして火を生じ、火は日干の金を害し、天元もともと羸弱にして、財また結党して煞を生ずるゆえ、福を成す能わず。

又云:正財之格,主人誠實,行事儉約,賦性聰明,惟有慳吝,若財旺身衰,主妻秉男權,持家干蠱,又主有好子替力,反得優遊之樂,運行比劫,妻妾多危。《獨步》云:財旺生官,富而且貴,露官藏財,無不高位,藏則豐厚,露則虛費,沖者宜透,實則滋利。

又いう:正財の格は、人が誠実で、事を行うに倹省し、稟性聡明であるが、ただ吝嗇に失す。もし財旺にして身衰なれば、妻子が夫の権柄を代行し、家務を操持し家業を料理することを主とす。また好兒子ありて己に代わりて力を出し、己はかえって清閑の楽を得る。しかし行運がひとたび比肩劫財の地に走れば、妻妾に多く危難あり。《独歩》にいう:財旺にして能く官を生ずれば、すなわち富にして貴なり。官星显露して財星潜蔵するは、高位に身居せざるなし。財は蔵れれば豊厚、露れれば虚耗す。冲动される財は天干に透出するに宜しく、坐実してこそ利益を滋生し得る。

《中書奧旨》云:我去克他為妻財,干強則富。又云:身弱財多,喜兄弟羊刃為助。又云:財旺者遇比無妨。又云:妻財明朗,喬木相求,財星入墓,必定刑妻,支下伏財,偏房寵妾。口訣云:財星太過愚。又云:大運、流年、三合財鄉,必主紅鸞吉兆。《千里馬》云:財源被劫,父命先傾。又云:男逢財多身弱,妻話偏聽,財星得位,因妻致富成家,財遇長生,田園萬頃,財旺生官,白身榮顯。《元理賦》云:大貴者用財而不用官。又云:財臨旺地人多福。又云:孤寡者只為財神被劫。秘訣云:財生身旺兩相停,不喜再見比肩。

《中書奥旨》にいう:我が行って剋する所はすなわち妻財で、天干が強旺なればすなわち富を主とす。又いう:身弱にして財多きは、兄弟比肩と「羊刃」が来て助けるを喜ぶ。又いう:財星もと旺たる者は、比肩に遇いても妨げなし。又いう:妻財明朗なる人は、高門に攀附し得。財星が墓庫に入れば、必ず妻を刑克す。財が地支の下に蔵すれば、偏房寵妾を主とす。口訣にいう:財星太過の人はかえって愚鈍なり。又いう:大運・流年が三合して財郷を会成すれば、必ず紅鸞の喜の吉兆あるを主とす。《千里馬》にいう:財源が劫されれば、父の性命まず傾覆す。又いう:男子が財多身弱に逢えば、すなわち偏に妻の言を聴く。財星が位を得る者は、妻によりて家を致し富を成す。財が長生の地に遇う者は、田園万頃に至るべし。財旺にして官を生ずる者は、白衣の身もまた栄顕すべし。《元理賦》にいう:大貴の人は往々にして財を用いて官を用いず。又いう:財が旺地に臨む人は多福なり。又いう:孤寡の人はただ財神の劫さるるに因る。秘訣にいう:財と身と両相均衡して日主また旺なれば、すなわち再び比肩を見るを喜ばず。

《萬祺》云:正財逢生旺而優遊享福,遇劫財則晦滯呻吟,官星若見,平生惹是招非,七煞若逢,處事少成多敗。財旺身衰,禍深福淺,財多身弱,要印扶身,身旺財衰,怕劫分奪,財食入庫者福厚,例食求財者貧夭。詩曰:正財喜旺食豐盈,日主剛強力可勝,若是財多身自弱,平生破敗事無成。又:正財還與月官同,最怕干支遇破沖,歲運若臨財旺處,須教得富勝陶公。又:正財切忌劫財神,破害刑沖不可論,歲運那堪逢刃地,命延不死也遭。財星得位正當權,日主高強名利全,印綬若逢相濟助,金珠滿櫃福綿綿。

《万祺賦》にいう:正財が生旺の地に逢えば、便ち優游して福を享くべし。劫財に遇えば晦暗滞塞して呻吟安からず。官星もし現れれば、一生に是を惹き非を招く。七煞もし碰上すれば、事に処して成ること少なく敗るること多し。財旺身衰なれば、すなわち禍深く福浅し。財多身弱なれば、印綬を要して日主を扶助す。身旺财衰なれば、また劫財が来て分奪するを怕る。財と食神と一同に庫に入るは福分厚し。ただ食神に靠って財を求むるを知るはかえって貧夭す。詩中にいう:正財は旺相に逢うを喜び、衣食豊盈なり。日主剛強にして初めて担当し得べし。もし財多くして自身衰弱なれば、一生破敗して事事成らず。もう一首にいう:正財と月上の官星と同じく看る、最も怕れるは干支の間に破と冲に遇うこと。流年大運もし財旺の処に走れば、必ず陶朱公よりも富むべし。さらに一首にいう:正財は最も劫財の神を忌み、破・害・刑・冲はさらに言うに及ばず。流年大運どこでか再び羊刃の地に逢うに経えん、命は延続して死なずとも殃に遭うべし。財星が位を得て正しく権柄を当て、日主高強なれば便ち名利双存なり。もしさらに印綬が来て相済け相助けば、金珠櫃に満ち福沢綿綿たり。

又:身旺無官只取財,財神沖破卻為災,身衰財旺還知夭,官盛身強福祿媒。又:財多如何不發財,只因身弱少培栽,運到比肩身旺地,富貴榮華次第來。又:財多身弱刃剛強,身旺之鄉大不祥,鳳寡鸞孤寒夜怨,房中妻哭兩三場。又:財神忌透只宜藏,身旺逢之大吉昌,切忌比劫相遇會,一生名利被分張。又:財多身旺足榮歡,身旺財多化作官,身衰財多財累己,是非不競起爭端。合諸說,觀正財喜忌見矣。

もう一首にいう:身旺にして官星なきはただ財を取って用と為す。財神ひとたび冲破されればかえって災禍と成る。身衰にして財旺のはまた夭折の虞あるを知るべし。官盛にして身強こそ福禄の媒介なれ。もう一首にいう:財多ければ何ぞかえって財を発せざる。ただ身弱にして培植栽養を欠くに因る。運が比肩・身旺の地に走るを待てば、富貴栄華は一様に到来す。もう一首にいう:財多身弱にして羊刃剛強、さらに身旺の郷に走れば大いに不祥。孤鸞寡鳳は寒夜に悲怨し、房中の妻子は哭くこと二三場たるべし。もう一首にいう:財神は明透を忌みてただ潜蔵に宜しく、身旺の人これに逢えば便ち大吉大昌。切に比肩劫財と相遇会合するを忌む、それは一生の名利を人に分け取らしむ。もう一首にいう:財多身旺は以て栄顕歓楽に足り、身旺财多はなお能く官星を化生す。身衰にして財多ければ、財かえって自己の拖累と成り、是非断えず争端四起す。以上の各家の説を綜すれば、正財の喜と忌は皆明らかなり。

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