五燈會元卷第十
上堂。卓拄杖一下。召大眾曰。八萬四千法門。八字打開了也。見得麼。金鳳夜棲無影樹。峰巒才露海雲遮。
上堂して、拄杖を一卓して、大衆を召して言った。「八万四千の法門は、八字に打開き了れり、見得るか、金鳳は夜に無影の樹に栖み、峰峦は纔かに露れども海雲が遮る。」
太平州吉祥法宣禪師
太平州吉祥法宣禅師
僧問。如何是祖師西來意。師曰。久旱無甘雨。田中稻穗枯。曰。意旨如何。師曰。今年米價貴。容易莫嫌麤。
僧が問うた。「如何なるか是れ祖師西来意。」師は言った。「久旱に甘雨無く、田中の稲穂は枯れたり。」言った。「意旨如何。」師は言った。「今年は米価貴し、麤きを嫌うこと莫くして容易なれ。」
台州護國守昌禪師
台州護国守昌禅師
上堂。拈拄杖卓曰。三十六旬之開始。七十二候之起元。萬邦迎和氣之時。東帝布生成之令。直得天垂瑞彩。地擁貞祥。微微細雨洗寒空。淡淡春光籠野色。可謂應時納祐。慶無不宜。盡大地人。皆添一歲。敢問諸人。且道那一人年多少。良久曰。千歲老兒顏似玉。萬年童子鬢如絲。
上堂して、拄杖を拈じて卓して言った。「三十六旬の開始、七十二候の起元、万邦は和気を迎うる時、東帝は生成の令を布く、直に天は瑞彩を垂れ、地は貞祥を擁し、微微たる細雨は寒空を洗い、淡淡たる春光は野色を籠む、謂う可し時に応じて祐を納れ、慶は宜しからざる無しと。」大地の人を尽くし、皆一歳を添う。敢えて諸人に問う、「且く道え那一人か年多少。」良久して言った。「千歳の老児は顔は玉に似て、万年の童子は鬢は絲の如し。」
鄧州丹霞普月禪師
鄧州丹霞普月禅師
上堂。威音已前。誰當辨的。然燈已後。孰是知音。直饒那畔承當。未免打作兩橛。縱向這邊行履。也應未得十全。良由杜口毗耶。已是天機漏洩。任使掩室摩竭。終須縫罅離披。休雲體露真常。直是純清絕點。說甚皮膚脫落。自然獨運孤明。雖然似此新鮮。未稱衲僧意氣。直得五眼齊開。三光洞啟。從此竿頭絲線。自然不犯波瀾。須明轉位回機。方解入鄽垂手。所以道。任使板齒生毛。莫教眼睛顧著。認著則空花繚亂。言之則語路參差。既然如是。敢問諸人。不犯鋒鋩一句作麼生道。良久曰。半夜烏龜眼豁開。萬象曉來都一色。
上堂して言った。「威音已前は、誰か当たりて的を辨ぜん、然灯已後は、孰れか是れ知音、直饒那畔に承当するも、未だ免れず打ちて両橛と作す、縦く這辺に向かって行履するも、亦た応に十全を得ざらん、良に由る杜口なる毘耶は、已に是れ天機漏泄なり、摩竭に室を掩うに任れども、終に須く縫罅離披せん、体は真常を露うと云うを休めよ、直に是れ純清にして点を絶す、甚の皮肤脱落を説かんや、自ずから独り運び孤明なり、然ると雖も此の如く新鮮なるも、未だ衲僧の意気に称えず、直に五眼斉しく開き、三光洞啓するを得ば、此より竿頭の絲線は、自ずから波瀾を犯さず、須く轉位回機を明らめて、方に入鄽垂手を解せん、是を以て道う、板歯に毛を生ずるに任れども、眼睛に顧着するを教えること莫れ、着けを認めれば則ち空花繚乱し、之を言えば則ち語路参差す、既に是の如し、敢えて諸人に問う、鋒鋩を犯さざる一句は作麼生に道わん。」良久して言った。「半夜に烏亀の眼は豁開し、万象は暁来って都て一色なり。」
東京妙慧尼慧光淨智禪師
東京妙慧尼慧光浄智禅師
上堂。舉趙州勘婆話。乃曰。趙州舌頭連天。老婆眉光覆地。分明勘破歸來。無限平人瞌睡。
上堂して、趙州が婆を勘えた話を挙げて、乃ち言った。「趙州の舌頭は天に連なり、老婆の眉光は地を覆う、分明に勘破して帰り来たれば、無限の平人は瞌睡す。」
寶峰照禪師法嗣
宝峰照禅師法嗣
江州圓通青谷真際德止禪師
江州円通青谷真際徳止禅師
金紫徐閎中之季子也。世居歷陽。師雙瞳紺碧。神光射人。十歲未知書。多喜睡。其父目為懵然子。暨成童。強記過人。學文有奇語。弱冠夢異僧授四句偈。已而有以南安巖主像遺之者。即傍所載聰明偈。自是持念不忘。後五年。隨金紫將漕西洛。一夕忽大悟。連作數偈。一曰。不因言句不因人。不因物色不因聲。夜半吹燈方就枕。忽然這裡已天明。每嘯歌自若。眾莫測之。乃力求出家。父弗許。欲以官授之。師曰。某方將脫世網。不著三界。豈復刺頭於利名中邪。請移授從兄玨。遂祝髮受具。未數載名振京師。宣和三年春。徽宗皇帝賜號真際。俾居圓通。上堂。山僧二十年前兩目皆盲。了無所覩。唯是聞人說道。青天之上有大日輪。照三千大千世界。無有不徧之處。籌䇿萬端。終不能見。二十年後。眼光漸開。又值天色連陰。濃雲亂湧。四方觀察。上下推窮。見雲行時。便於行處作計較。見雲住時。便於住處立箇窠臼。正如是間。忽遇著箇多知漢。問道。莫是要見日輪麼。何不向高山頂上去。山僧卻徵他道。那裡是高山頂上。他道。紅塵不到處是。諸仁者。好箇端的消息。還會麼。長連床上佛陀耶。上堂。昨夜黃面瞿曇。將三千大千世界來一口吞盡。如人飲湯水。蹤跡不留。應時消散。當爾時諸大菩薩.聲聞羅漢.及與一切眾生。盡皆不覺不知。唯有文殊普賢瞥然覷見。雖然得見。渺渺茫茫。恰似向大洋海裡頭出頭沒。諸人且道是甚麼消息。若也檢點得破。許他頂門上具一隻眼。示寂闍維。煙氣所及。悉成設利。塔司空山。分窆疊石原。
金紫の徐閎中の季子である。世は歴陽に居る。師は双瞳は紺碧にして、神光は人を射る。十歳にして未だ書を知らず、多く睡を喜ぶ。其の父は目して懵然子と為す。成童に暨りて、強記は人に過ぎ、文を学んで奇語有り。弱冠にして異僧が四句の偈を授くるを夢み、已にして南安巌主の像を以て之に遺る者有り、即ち傍に載する所の聡明の偈なり、自より持念して忘れず。後五年、金紫に随いて西洛に漕を将たり、一夕忽ち大いに悟りて、連ねて数偈を作る、一に曰く。「言句に因らず人に因らず、物色に因らず声に因らず、夜半に灯を吹きて方に枕に就く、忽然として這裏已に天明らむ。」毎に嘯歌自若として、衆は之を測る莫し、乃ち力めて出家を求む、父は許さず、官を以て之に授けんと欲す。師は言った。「某は方に将に世網を脱れ、三界に着かざらんとす、豈に復た利名の中に頭を刺さんや、請う従兄の玨に授け移さん。」遂に髪を祝い具を受け、未だ数載ならずして名は京師に振う。宣和三年の春、徽宗皇帝が号を真際と賜い、円通に居らしめた。上堂して言った。「山僧は二十年前は両目皆盲して、了て覩る所無し、唯だ是れ人の道うを聞く、青天の上に大日輪有りて、三千大千世界を照らして、徧からざる処無しと、筹策万端も終に見る能わず、二十年の後、眼光漸く開く。又た天色の陰に連なり、濃雲の乱れ涌ぐるに値い、四方に観察し、上下に推窮す、雲の行く時を見れば、便ち行く処に於て計校を作し、雲の住する時を見れば、便ち住する処に於て箇の窠臼を立つ、正に是の如き間、忽ち箇の多知の漢に遇い着きて、問うて曰く、莫れ是れ日輪を見んことを要するか、何ぞ高山頂上に向かって去らざる、山僧は却って他に徴して曰く、那里か是れ高山頂上、他は曰く、紅塵の到らざる処是れなり、諸の仁者、好し箇の端的の消息、還た会するか、長連床上の佛陀耶。」上堂して言った。「昨夜の黄面瞿曇は、三千大千世界を将て来りて一口に吞尽くせり、人の湯水を飲むが如く、蹤迹は留めず、時に応じて消散す、当に爾の時、諸の大菩薩・声聞羅漢・及び一切の衆生と、尽く皆覚えず知らず、唯だ文殊普賢有りて瞥然として觑見す、然ると雖も見るを得るも、渺渺茫茫として、恰似せり大洋海の裏頭に於て頭を出でて頭を没す、諸人は且く道え是れ何の消息ぞ、若しも検点し破るを得ば、他の頂門の上に一只眼を具するを許さん。」示寂し闍維す、烟气の及ぶ所は、悉く設利と成る。塔は司空山、分かちて叠石原に窆す。
台州真如道會禪師
台州真如道会禅師
上堂。空劫中事。自肯承當。日用全彰。有何滲漏。正好歸家穩坐。任他雪覆青山。不留元字掛懷。誰顧波飜水面。且道正不立玄.偏不附物一句。如何舉似。機絲不掛梭頭事。文彩縱橫意自殊。
上堂して言った。「空劫中の事は、自ら肯て承当し、日用は全く彰れ、何の渗漏か有らん、正に家に帰りて穏坐するに好く、他の雪が青山を覆うに任れ、元字を懐に挂けずして留めず、誰か顧みん波が水面に飜るを、且く道え正は玄を立てず偏は物に附けざる一句を、如何に挙似せん、機糸は梭頭の事を挂けず、文彩は縦横にして意自ら殊なり。」
興國軍智通大死翁景深禪師
興国軍智通大死翁景深禅師
台州王氏子。自幼不群。年十八。依廣度院德芝披剃。始謁淨慈象禪師。一日聞象曰。思而知。慮而解。皆鬼家活計。興不自遏。遂往寶峰求入室。峰曰。直須斷起滅念。向空劫已前掃除玄路。不涉正偏。盡卻今時。全身放下。放盡還放。方有自由分。師聞頓領厥旨。峰擊鼓告眾曰。深得闡提大死之道。後學宜依之。因號大死翁。建炎改元。開法智通。上堂。來不入門。去不出戶。來去無痕。如何提唱。直得古路苔封。𦏪羊絕跡。蒼梧月鏁。丹鳳不棲。所以道。藏身處沒蹤跡。沒蹤跡處莫藏身。若能如是。去住無依。了無向背。還委悉麼。而今分散如雲鶴。你我相忘觸處玄。僧問。如何是正中偏。師曰。黑麵老婆披白練。曰。如何是偏中正。師曰。白頭翁子著皂衫。曰。如何是正中來。師曰。屎裡飜筋斗。曰。如何是兼中至。師曰。雪刃籠身不自傷。曰。如何是兼中到。師曰。崑崙夜裡行。曰。向上還有事也無。師曰。捉得烏龜喚作鼈。曰。乞師再垂方便。師曰。入山逢虎臥。出谷鬼來牽。曰。何得干戈相待。師曰。三兩綫。一斤麻。紹興初。歸住寶藏巖。以事民其服。壬申二月示微恙。乃曰。世緣盡矣。三月十三。為眾小參。仍說偈曰。不用剃頭。何須澡浴。一堆紅焰。千足萬足。雖然如是。且道向上還有事也無。遂斂目而逝。
台州の王氏の子。幼より群れず。年十八にして、広度院の徳芝に依りて披剃した。始めて浄慈の象禅師を謁え、一日象の説くを聞く。「思して知る、慮して解するは、皆是れ鬼家の活計。」興は自ずから遏えず。遂に宝峰に往きて室に入るを求む。峰は言った。「直に須く起滅の念を断じ、空劫已前に向かって玄路を掃除し、正偏に渉らず、今時を尽却し、全身を放下し、放尽くして還た放てば、方に自由の分有らん。」師は聞きて頓に厥の旨を領した。峰が鼓を撃ちて衆に告げて言った。「深く闡提大死の道を得たり、後学は宜しく之に依るべし。」因りて大死翁と号す。建炎改元に、智通に於て法を開いた。上堂して言った。「来るは門に入らず、去るは戸を出でず、来去に痕無し、如何に提唱せん、直に古路は苔に封ぜられ、𦏪羊迹を絶ち、蒼梧は月に鏁され、丹鳳は栖まざるを得ば、是を以て道う、身を蔵する処は蹤迹を没し、蹤迹を没する処は身を蔵すること莫れと、若し能く是の如くせば、去住は依無く、了て向背無し、還た委悉するか、而今分散すること雲鶴の如く、你我は相忘れて処に触れて玄なり。」僧が問うた。「如何なるか是れ正中偏。」師は言った。「黒面の老婆は白練を披く。」言った。「如何なるか是れ偏中正。」師は言った。「白頭の翁子は皂衫を着る。」言った。「如何なるか是れ正中の来。」師は言った。「屎裏に筋斗を飜す。」言った。「如何なるか是れ兼中至。」師は言った。「雪刃は身を籠めて自ら傷らず。」言った。「如何なるか是れ兼中到。」師は言った。「崑崙は夜裏に行く。」言った。「向上に還た事有るや無しや。」師は言った。「烏亀を捉え得て鼈と喚ぶ。」言った。「乞う師再び方便を垂れん。」師は言った。「山に入れば虎に臥るに逢い、谷を出でれば鬼が来りて牽く。」言った。「何ぞ干戈を以て相待せん。」師は言った。「三両の線、一斤の麻。」紹興の初、帰りて宝藏巌に住し、事を以て民其の服と為し、壬申二月に微恙を示して、乃ち言った。「世縁は尽きたり。」三月十三、衆の為に小参し、仍ほ偈を説いて言った。「頭を剃るを用ゐず、何ぞ須いん澡浴せんや、一堆の紅焔は、千足万足なり、然ると雖も是の如し、且く道え向上に還た事有るや無しや。」遂に目を斂じて逝いた。
衡州華藥智朋禪師
衡州華薬智朋禅師
四明黃氏子。依寶峰有年。無省。因為眾持缽。峰自題其像曰。雨洗淡紅桃蕚嫩。風搖淺碧柳絲輕。白雲影裡怪石露。綠水光中古木清。噫。你是何人。至焦山。枯木成禪師見之。歎曰。今日方知此老親見先師來。師遂請益其贊。成曰。豈不見法眼拈夾山境話。曰我二十年祇作境會。師即契悟(蘿湖野錄雲。成指以問師曰。汝會麼。師曰。不會。成曰。汝記得法燈擬寒山否。師遂誦。至誰人知此意。令我憶南泉。於憶字處。成遽以手掩師口曰。住。住。師豁然有省)。乃曰。元來恁麼地。成曰。汝作麼生會。師曰。春生夏長。秋收冬藏。成曰。直須保任。師應喏。紹興初。出住華藥.婺之天寧。後遷清涼。上堂。海風吹夢。嶺猿啼月。敢問諸人。是何時節。恁麼會得。無影樹下任遨遊。其或未然。三條椽下。直須打徹。後退居明之瑞巖。建康再以清涼挽之。明守亦勉其行。師不從。作偈送使者曰。相煩專使入煙霞。灰冷無湯不點茶。寄語甬東賢太守。難教枯木再生花。未幾而終。
四明の黄氏の子。宝峰に依ること年有りて、省無し。因りて衆の為に鉢を持てば、峰が自ら其の像に題して言った。「雨は淡紅の桃蕚を洗いて嫩く、風は浅碧の柳絲を揺して軽し、白雲の影裏に怪石露われ、緑水の光中に古木清し、噫、汝は是れ何人。」焦山に至りて、枯木成禅師が之を見て、嘆じて言った。「今日方に知る此の老は親しく先師を見て来れりと。」師は遂に其の賛を請益す。成は言った。「豈に見ざらんや法眼が夾山の境の話を拈じて、我は二十年只だ境会を作せりと説くを。」師は即ち契悟す(蘿湖野録に云う。成が指し以て師に問うて曰く、汝は会するか、師は曰く、会せず、成は曰く、汝は法灯が寒山に擬するを記えるか否、師は遂に誦して、誰人か此の意を知る、我をして南泉を憶えしむに至り、憶の字の処に於て、成が遽に手を以て師の口を掩いて曰く、住れ住れ、師は豁然として省有り)、乃ち言った。「元来恁麼の地。」成は言った。「汝は作麼生に会する。」師は言った。「春は生じ夏は長じ、秋は収め冬は蔵す。」成は言った。「直に須く保任すべし。」師は喏を応え、紹興の初、出でて華薬・婺の天寧に住し、後に清涼に遷った。上堂して言った。「海風は夢を吹き、嶺の猿は月に啼く、敢えて諸人に問う、是れ何の時節ぞ、恁麼に会得すれば、無影の樹の下に遨遊に任れよ、其の或いは未だ然らざれば、三条の椽の下に、直に須く打ちて彻すべし。」後に退きて明の瑞巌に居り、建康は再び清涼を以て之を挽き、明の守も亦た其の行を勉む。師は従わず、偈を作りて使者に送りて言った。「相煩らす専使をして烟霞に入らしむ、灰は冷えて湯無く茶を点ぜず、語を寄す甬東の賢太守、枯木をして更に花を生ぜしむること難し。」未几にして終わった。
石門易禪師法嗣
石門易禅師法嗣
吉州青原齊禪師
吉州青原斉禅師
福州陳氏子。二十八辭父兄。從雲蓋智禪師出家。執事首座。座一日秉拂罷。師問曰。某聞首座所說。莫曉其義。伏望慈悲指示。座諄諄誘之。使究無著說這箇法。踰兩日有省。以偈呈曰。說法無如這箇親。十方剎海一微塵。若能於此明真理。大地何曾見一人。座駭然。因語智。得度。徧扣諸方。後至石門。深蒙器可。出住青原僅一紀。示寂日。說偈遺眾曰。昨夜三更過急灘。灘頭雲霧黑漫漫。一條拄杖為知己。擊碎千關與萬關。
福州の陳氏の子。二十八にして父兄を辞し、雲蓋の智禅師に従りて出家し、首座の事を執った。座が一日拂を秉りて罷りて、師が問うて言った。某は首座の説く所を聞くも、其の義を暁せず、伏して望む慈悲の指示を、座は諄諄として之を誘い、無着の此の法を説くを究めしむ、両日を逾えて省有り。偈を以て呈して言った。「法を説くは此の箇の親しきに如く無し、十方の刹海は一微塵、若し能く此に於て真理を明らむれば、大地は何ぞ曾て一人を見ん。」座は駭然として、因りて智に語りて、度を得た。徧く諸方を扣き、後に石門に至りて、深く器可を蒙った。出でて青原に住すること僅かに一紀。示寂の日、偈を説きて衆に遺して言った。「昨夜三更に急灘を過を過ぎ、灘頭の雲雾は黒く漫漫として、一条の拄杖を知己と為し、千関と万関とを撃碎す。」
越州天衣法聰禪師
越州天衣法聡禅師
上堂。幽室寒燈不假挑。虗空明月徹雲霄。要知日用常無間。烈焰光中發異苗。因裝普賢大士。開光明次。師登梯。秉筆顧大眾曰。道得即為下筆。眾無對。師召侍者。與老僧牢扶梯子。遂點之。
上堂して言った。「幽室の寒灯は挑るを仮らず、虚空の明月は云霄に彻す、要して知らん日用は常に間無く、烈焔の光中に異苗を発くと。」因りて普賢大士を装うに、光明を開く次、師が梯に登りて、筆を秉りて大衆を顧みて言った。「道い得れば即ち筆を下さん。」衆は対えず。師が侍者を召して、老僧に与えて牢く梯子を扶けしむ。遂に之を点じた。
遂寧府香山尼佛通禪師
遂寧府香山尼仏通禅師
因誦蓮經有省。往見石門。乃曰。成都吃不得也。遂寧吃不得也。門拈拄杖打出。通忽悟曰。榮者自榮。謝者自謝。秋露春風。好不著便。門拂袖歸方丈。師亦不顧而出。由此道俗景從。得法者眾。
蓮経を誦するに因りて省有り。往きて石門に見え、乃ち言った。「成都も喫するを得ず、遂寧も喫するを得ず。」門が拄杖を拈じて打出せば、通は忽ち悟りて言った「栄える者は自ら栄え、謝る者は自ら謝る、秋露春風は、好く便を着けず。」門は袖を拂いて方丈に帰り、師も亦た顧みずして出でた。此に由りて道俗は景の従うが如く、法を得る者衆し。
淨因覺禪師法嗣
浄因覚禅師法嗣
東京華嚴真懿慧蘭禪師
東京華厳真懿慧蘭禅師
上堂。達磨大師。九年面壁。未開口已前。不妨令人疑著。卻被神光座主一覷。腳手忙亂。便道。吾本來茲土。傳法救迷情。一華開五葉。結果自然成。當時若有箇漢。腦後有照破古今底眼目。手中有截斷虗空底鉗鎚。才見恁麼道。便與驀𮌎搊住。問他道。一華五葉且拈放一邊。作麼生是你傳底法。待伊開口。便與掀倒禪床。直饒達磨全機。也倒退三千里。免見千古之下。負累兒孫。華嚴今日。豈可徒然。非唯重整頹綱。且要為諸人雪屈。遂拈拄杖橫按。召大眾曰。達磨大師向甚處去也。擲拄杖。下座。上堂。拈拄杖曰。靈山會上。喚作拈花。少室峰前。名為得髓。從上古德。祇可傍觀。末代宗師。盡皆拱手。華嚴今日不可逐浪隨波。擬向萬仞峰前點出普天春色。會麼。髑髏無喜識。枯木有龍吟。
上堂して言った。「達磨大師は、九年面壁して、未だ口を開かざる已前は、妨げず人をして疑着せしむ、却って神光座主の一觑に被りて、脚手忙乱し、便ち道う、吾は本来茲の土に、法を伝えて迷情を救わんと、一華は開きて五葉と、果を結んで自ずから成ると、当時に若し箇の漢有りて、脳後に古今を照破する底の眼目有り、手中に虚空を截断する底の鉗錘有りて、纔かに恁麼に道うを見れば、便ち与えて蓦く𮌎に搊住して、他に問うて曰く、一華五葉は且く拈げ放ちて一辺に置きて、作麼生か是れ汝の伝うる底の法、伊の口を開くを待ちて、便ち与えて禅床を掀倒せば、直饒達磨の全機も、亦た倒退すること三千里、千古の下に於て、児孫を負累するを免れん、華厳の今日は、豈に徒然ならん、非だのみ頹綱を重ねて整うる、且く要して諸人の為に屈を雪がん。」遂に拄杖を拈じて横按し、大衆を召して言った。「達磨大師は甚の処に向かって去りし。」拄杖を擲ちて、座を下った。上堂して、拄杖を拈じて言った。「霊山の会上に於ては、花を拈ずと喚び、少室峰の前に於ては、髄を得と名づく、上よりの古徳は、只だ傍観する可く、末代の宗師は、尽く皆拱手す、華厳の今日は浪を逐い波に随う可からず、万仞の峰前に向かって普天の春色を点出せんと擬す、会するか、髑髏は喜ぶ識無く、枯木に龍吟有り。」
天寧誧禪師法嗣
天寧誧禅師法嗣
西京熊耳慈禪師
西京熊耳慈禅師
上堂。般若無知。應緣而照。山僧今日撒屎撒尿。這邊放。那邊屙。東山西嶺笑呵呵。幸然一片清涼地。剛被熊峰染汙他。染汙他。莫啾唧。泥牛木馬盡呵叱。過犯彌天且莫論。再得清明又何日。還會麼。來年更有新條在。惱亂春風卒未休。
上堂して言った。「般若は知無く、縁に応じて照らす、山僧は今日屎を撒き尿を撒く、這辺に放ち、那辺に屙す、東山西嶺は笑うこと呵呵、幸なるかな一片の清涼の地、剛く熊峰に染污せらる、之を染污すとも、啾唧する莫れ、泥牛木馬は尽く呵叱す、過犯は天に弥るも且く論ずる莫れ、再び清明を得るは又何の日ぞ、還た会するか、来年は更に新条有りて、春風を悩乱して卒に未だ休せず。」
大洪遂禪師法嗣
大洪遂禅師法嗣
隨州大洪慶顯禪師
随州大洪慶顕禅師
僧問。須菩提巖中宴坐。帝釋雨華。和尚新據洪峰。有何祥瑞。師曰。鐵牛耕破扶桑國。迸出金烏照海門。曰。未審是何宗旨。師曰。熨斗煎荼銚不同。
僧が問うた。「須菩提は巌中に宴坐して、帝釈は華を雨せり、和尚は新たに洪峰に拠る、何の祥瑞か有らん。」師は言った。「鉄牛は耕し破りて扶桑国を、迸いでて金烏は海門を照らす。」言った。「未だ審らかならず是れ何の宗旨ぞ。」師は言った。「熨斗は荼銚を煎ずるに同じからず。」
大洪智禪師法嗣
大洪智禅師法嗣
越州天章樞禪師
越州天章枢禅師
