王姓婦の夫命造
作盤ガイド: 八字作盤
壬寅 壬寅 辛未 己丑 六歲 癸卯 十六 甲辰 廿六 乙巳 三六 丙午 四六 丁未 五六 戊申 六六 己酉
年柱壬寅、月柱壬寅、日柱辛未、時柱己丑、日主辛金は寅月に生まる。大運は六歳に起こり、順に癸卯・甲辰・乙巳・丙午・丁未・戊申・己酉。年干壬は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱壬寅より順推して癸卯・甲辰・乙巳……となる。この造は兩個の壬水は辛金の氣を泄し、兩個の寅木また辛金の財なり。財多くして身弱し。救應ただ時干己土に在るのみ。——己土は能く水を納れまた能く金を生じ、還た未・丑兩支上に根あり。這一造は妻子丈夫の八字を持ちて來りて離婚を問う。作者の批語と勸解を并び記下す。
離婚之風日盛。夫婦之道乖。壬申初春。有王姓婦者。囑。評其無君命造倨謂溺情聲色。流連博弈。外宿多日。輒不一歸婦備受精神痛苦。擬與仳離。答卷曰。辛金雙見壬寅。又值春木萌動。財多峰弱,幸時上已土。納水生金。又得丑未之根。救弱主而任財。
離婚の風氣は一天盛んなること一天のごとく、夫婦の道是に因りて乖違す。壬申年初春、一位の王姓婦人ありて我に嘱して彼女の丈夫の命造を評せしめ(底本の「無君」は「夫君」とすべし)、說く、彼は聲色に沉溺し賭博に流連し、外に夜を過ごして多日歸らざること一度あり。彼女備えて精神上の痛苦を受け、彼と分居離異せんと打算すと。我批復して曰く、辛金日主兩度壬寅を見る。壬水は身を泄し、寅木は財と爲り、また正に春天木氣萌動に値いて是「財多身弱」なり(底本の「峰弱」は「身弱」とすべし。下同)。所幸時干に己土ありて、一面壬水を容納し、一面辛金を生扶し、また丑と未の兩支上に根を得て、能く弱主を救い起こし、この份の財を擔起す。
夫雖刵氣已動。節侯尚寒。土多均無暖氣。示中之丁。見奪於丑內之癸。寅中之丙。懾服於干頭之壬。八字尚欠精神。自然之理也。乙運乙已之沖。已土用神受損。宜其如無鞍之馬。無楫之舟。隨波逐流。從人徵逐而莫由自主,試頭號貴夫子是否念六負起。迷沉淫樂耶。婦曰。然。
不過雖も春氣すでに動くも、節候還だ寒し。局中土雖も多きも然れど暖氣なし。未中に藏する丁火は丑中の癸水に奪い去られ、寅中に藏する丙火また天干の壬水に懾服せらる。故に這八字終に一點の精神を欠く。這是自然の理なり(底本の「刵氣」「示中」皆訛字あり。當に「春氣」「未中」とすべし)。乙運裡は乙木は己土と相冲剋して、用神己土損を受く。彼の鞍子なき馬・槳なき船のごとく、波に隨い流に逐うて、別人に跟隨して追逐玩樂して自己の主を爲す能わざるも怪しむに足らず。我因りて試みに問う。您丈夫は二十六歲よりして始めて淫樂に沉迷せしや否や。婦人答えて曰く、正に然り。用神損を受くるの年即是行爲度を失うの年なり。これは作者の批語を驗證するの老辦法なり。
余曰。是庸何傷。三十一歲歲尾。達足已運。火來欣發熾昌康泰。是應發揚蹈歷。丕振家聲。認定正途。悔司前非。則賢伉儷和好如初。齊眉偕老。奚必一時不克妨耐乎。婦乃暢然意滿。興辭而退後果應驗余斷。婦又詢余。伊夫之後運如何。余曰。三十六歲以下。丙午丁三運尤佳。後來居上。快哉快哉。
我曰く、これ何の要緊かあらん。三十一歲年底に就中巳運に走足す。巳中丙火一來すれば、命局暖を得て煥發昌盛す。彼時彼自然發奮有爲にして、家聲を重振し、正路を認定して前非を悔悟せん。是を以て賢伉儷和好如初にして、眉に齊くし偕老せん。何ぞ必ずしも一時の忍耐能わざるがために斷送せんや(底本の「不克妨耐」は「不克忍耐」とすべし)。婦人ここに至りて心滿意足して、告辭して去り、後來果たして我が判斷に應驗せり。彼女また我に問う、丈夫以後の運如何。我曰く、三十六歲以下丙・午・丁の三運尤其好く、後來居上して痛快なること甚だし。這一則は韋氏の命を批するに兼ねて勸諭を作すを見るべし。肯んじてただ吉凶を斷ずるを顧みて人家の家庭を管せざるにあらざるなり。
蔣邦彥命造
庚辰 己卯 壬寅 辛丑 八歲 庚辰 十八 辛巳 廿八 壬午 三八 癸未 四八 甲申 五八 乙酉 六八 丙戌
年柱庚辰、月柱己卯、日柱壬寅、時柱辛丑、日主壬水は卯月に生まる。大運は八歳に起こり、順に庚辰・辛巳・壬午・癸未・甲申・乙酉・丙戌。年干庚は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱己卯より順推して庚辰・辛巳・壬午……となる。この造は地支寅・卯・辰會して東方木局を成し、木多くして水縮む。天干己・庚・辛・壬順連し、地支丑・寅・卯・辰順連して、金水木一氣聯珠す。用神は庚金に在り。水を生じてまた能く木を制す。是全局の樞紐にして、また彼の後來甲運に死するの原因なり。
此蔣邦彥先生命也。蔣君幼年窮困。劬學無遺。黌舍蜚聲。早登鄉榜。壬運入仁版。歷膺浙江財政廳長。溫州關監督命使命。甲了年後。隨張宗昌服官魯垣。執掌財權極點資數百肆。參賽宗昌人敗。同避日本。戊辰年甲子月。被宗昌遣人潛殺於寓邸。
これは蔣邦彥先生の命造なり。蔣君幼年窮困にして、苦學輟まず、學校中に甚だ聲名ありて、早年に就中舉人に考中せり。壬運裡仕途に進入し(底本の「入仁版」は「入仕版」とすべし)、歷任浙江財政廳長・溫州關監督等の職たり(この句底本文字衍訛あり)。甲子年後張宗昌に隨いて山東に官を爲し、財權を掌握し、數百萬を積資せり(この句底本また訛字あり)。後來張宗昌兵敗れて、彼一同に日本に避往せり。戊辰年甲子月、張宗昌の人を派して寓所に潛入せしめ殺害せられり。以下則ち逐層に這一生の起落の何を以て盡く八字の中に在るを解釋す。
夫壬日春生,寅卯辰會起木局。木多水縮為患。自取庚金為用。賴基生水制木也。以言格局。乃傷官司用印耳。春金廢而無力。萬不可逢火。幸不見財星。印無傷害。天干已庚辛壬。地支丑寅兒子辰。金水木聯珠一氣。精神飽滿。皆為貴徵。顯赫一時。固所宜焉。
壬水は春天に生まれ、地支寅・卯・辰會して木局を成し、木多くして水吸い乾され。これ禍患の所在なり。自然要く年干庚金を取りて用神と爲し、それに賴りて一面水を生じ、一面木を制す(底本の「賴基」は「賴其」とすべし)。格局に就て言えば、これを「傷官用印」と叫ぶ。——木は壬水の傷官にして、庚金は壬水の印綬なり。印を用ゐて傷を制す。春天の金は「廢」の地に處して力なく、故に萬々火に遇うべからず(火は金を剋すれば則ち用神傷を受く)。所幸局中に財星(火)を見ず、印綬就中傷害を受けず。天干己・庚・辛・壬相連なり、地支丑・寅・卯・辰相連なりて(底本の「兒子」二字は衍訛と爲す)、金水木聯珠一氣にして精神飽滿す。皆貴顯の徵象にして、顯赫一時たりしは本來應當なり。
壬運比肩幫峰。故為發軔之始,以後僅千運稍遜。癸未運壞惡。甲運敵庚。戊辰年本為七殺助印。乃懾於運君甲亡之可能。雖幸而越過。至甲子月。終於殺身慘斃。可見命有前定。不可挽也。
壬運は比肩身を幇く。故に彼の起步發跡の始と成る(底本の「幇峰」は「幇身」とすべし)。以後ただ午運のみ稍や差あり(底本の「僅千運」は「僅午運」とすべし。午は火地にして庚金用神を剋傷す)。癸未運好からず。甲運裡は甲木は庚金と相敵して用神制を受く。戊辰のあの年、戊土本來壬水の七殺にして、殺は能く印を生ず。理を照らせば好なるべし。無奈甲木の庚を剋するの凶險に畏れ(底本この句文字訛脱あり)、雖も僥倖に大半年を熬え過ぎるを得たりしも、甲子月に到りて終に遇害し慘死せり。見るべし命に前定ありて挽回する法なし。用神制せらるるの運、剋せらるるの月即是死期なり。前の楊杏佛の一造と正に同一條の理路なり。
黃玉麟命造
丁未 丙午 癸巳 戊午 三歲 乙巳 十三 甲辰 廿三 癸卯 三三 壬寅 四三 辛丑 五三 庚子
年柱丁未、月柱丙午、日柱癸巳、時柱戊午、日主癸水は午月に生まる。大運は三歳に起こり、順に乙巳・甲辰・癸卯・壬寅・辛丑・庚子。年干丁は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱丙午より倒退して乙巳・甲辰・癸卯……となる。この造は日干癸は時干戊と相合し、午月火旺の時に生まれ、局中また丙・丁・巳・午・未の一片の火あり。戊癸合して火に化し、條件齊備す。是張時甫の一造に繼ぐまた一個の真化格にして、亦た全書の最後の一造なり。
黃玉麟先生。皮簧聞於時。藝名綠牡丹。亦擅書畫。瀟灑儒雅。誠為利梨圓雋品。前以功君之介。囑評其命。余曰。戊癸相合。既見丙丁。又得已午未。而當榴火舒紅。槐艿結綠之侯。乃純粹經火之格。宜其慧質天生。學無不精。豈平常優孟。可望其項背哉。
黃玉麟先生は京劇(皮黃)を以て名一時に重く、藝名綠牡丹と曰い、また書畫に擅長して瀟灑儒雅たり。確かに梨園中の雋品なり(底本の「利梨圓」は「梨園」とすべし)。先頃功君の介紹を經て、我に嘱して彼の命を評せしむ。我曰く、戊と癸相合し、局中既に丙・丁の火を見、また巳・午・未南方一片の火地を得て、正に石榴花紅・槐樹結綠の時節に當る。これ是純粹の化火の格なり(底本の「經火」は「化火」とすべし)。彼の天生慧質にして何を學ぶも皆精なるも怪しむに足らず。尋常の伶人(「優孟」は春秋時の名優にして後に伶人の代稱と爲る)は、何ぞ彼の項背を望見せんや。
一生行運。應卯寅辛三部。最為醇美。惜少土運。否則土之洩秀尤為出色當行。辰丑為溼土。中含癸水。有悖於格。瑕瑜互見而已。或詢余何方為宜。余曰。既化火成格。自莫妙於南國。黃君貪首者再。據謂曩歲鬻藝雲南。賣座最甚。座價漲至八元有廳。勢將媲美梅博士之歐遊。足可豪矣。然得地利之宜。亦與有功焉。
彼一生の行運は、卯・寅・辛の三步を以て最も醇美と爲す(木は火を生じて格を助け、辛金は則ち火に煉せらる)。可惜土運を缺く。否れば土能く火の秀氣を泄化して、尤其出色當行ならん。辰と丑に至りては皆濕土にして、その中癸水を含み、化火の格と相違背す。ただ瑕瑜互見と說くのみ。ある人我に問う、彼何方に宜しいや。我曰く、既然火に化して格を成せば、自然南方に妙なるは莫し。黃君再三點頭し(底本の「貪首」は「頷首」とすべし)、說く、從前雲南に到りて藝を賣り、賣座最も盛んにして票價八元有零に漲り、氣勢將に梅蘭芳博士の歐洲の行に比するに足らんとす。亦た自ら豪るに足る。見るべしあの次の成功は、地利の宜を得るもまた一份の功勞あり。この一造は「命・運・方位」の三者合看を以て結と爲り、正に前の某軍人の南方に往きて求助する一則と相印證すべし。
盧棠(鄔志豪・程霖生を附す)
戊辰 己未 丁巳 丙午 四歲 庚申 十四 辛酉 廿四 壬戌 三四 癸亥 四四 甲子 五四 乙丑
これは盧棠の八字なり。左邊一列上より下に至るは「四柱」なり。年柱戊辰、月柱己未、日柱丁巳、時柱丙午。日柱の天干「丁」は「日主」と稱して、全局命を論ずるの主人翁にして、その餘七個の字皆それを圍繞して生剋を論ず。右邊一列は「大運」にして、即ち人生每十年更換するの運程なり。前面の數字は交進這步運の虛歲なり。四歲に庚申に交り、十四歲に辛酉に交り、廿四歲に壬戌に交り、三四歲に癸亥に交り、四四歲に甲子に交り、五四歲に乙丑に交る。這六步の運は月柱己未より起こり、六十甲子の次序を照らして往下に順數して排成せられ、之を「大運順行」と叫ぶ。底本原表ただ五十四歲の乙丑に排るのみ。再往して下一步は便ち六十四歲の丙寅なり。下文韋千里の言う所の「丙運」は丙寅運の前五年を指し、「寅運」は後五年を指す。表を讀む時須く這一層を補足すべし。
人事滄桑。升沉無定。際茲景氣。富者貧。貧者困。世途尤險。比來海上經濟凋枯。地產衰落。市況蕭瑟。令人惴愉,尤以盧棠,鄔志豪。程霖生。三公慘遭失敗。更不勝今昔之概。余嘗得視渠等之命焉。盧命排列如上。炎上而戊已吐秀。精時果干。逢百庸凡僮輩。近走丙運。運屬助格,不應挫跌。殆以壬申癸酉年之克火。甲戍年之損傷戊土。乙廖年之克已沖己。運年不利。有所致歟。六十九歲後。行入寅運。歲運並美。或得東山再起。
人世滄桑として、升降沈浮一定なし。眼下のごとき蕭條の局面に碰上れば、原本富めるは轉じて貧となり、原本窮するは更に困す。世路格外に凶險なり。近來上海經濟枯竭し、地產跌價し、市面冷落にして、人をして心中惴惴不安たらしむ。その中尤以盧棠・鄔志豪・程霖生の三位慘遭失敗して、更に人をして今昔懸殊の感慨を生出さしむ。這幾位の八字は我皆看たり。盧棠の四柱は就中上面に排せり。日主丁火は未月に生まれ、地支巳・午・未の三字會して南方火局を成し、時干また丙火を透して、滿盤火勢燎原にして、「炎上格」に属す。——即ち火一氣獨り旺にして、旺して違逆すべからざるに到り、ただその勢に順うのみにして再び水を取りて剋制する能わざるの專旺格局なり。天干の戊・己兩土は火の生ずる所の食神と傷官にして、過盛の火氣を勢に順いて泄出す。命理上は之を「吐秀」と叫んで、聰明外露・才華顯達の象徵なり。(底本の「精時果干。逢百庸凡僮輩」は數字訛誤あり。大意はこの造の氣象精純果決にして、遠く尋常の庸碌の輩の比にあらずを說く。)彼近年正に丙運を走る。丙火は炎上格と同氣にして、本來格局を幇扶するの好運に属し、理を照らせば跟頭を栽うべからず。失敗する所以は大概壬申(一九三二)・癸酉(一九三三)の兩年壬癸水來りて火を剋し、甲戌(一九三四)年は甲木年干戊土を剋傷し、乙亥(一九三五)年は乙木己土を剋し亥水日支巳火を冲して、運雖も好なるも「流年」接連して梗を作すに因る所致なり。六十九歲以後寅運に走入る。寅木は火を生じて、炎上格と相得して益彰し、大運流年雙雙轉じて美となれば、あるいは還だ能く東山再起せん。
鄔命為甲申丙寅甲申壬申。建祿沖破,用丙火食神以制殺,固是長袖善舞之輩。且以出水梟神為病。刻在幸運。絆合丙火。歲逢乙亥。亥為壬祿,更如助紂為虐。遭際之一蹶不振宜矣。或謂未運殊佳。然壬運又險。縱能復興。亦不過野花一現而已。
鄔志豪の八字は甲申・丙寅・甲申・壬申なり。甲木日主は寅月に生まれ、寅正に甲木の「祿」地にして(祿は即ち日主の地支中に於て權に當り位を得るの處)、本該「建祿格」を成すべきも、無奈局中三個の申金一齊に寅を冲して、祿冲破せられ、根基先ず自ら動摇す。所幸月干丙火食神を透して、以て申中庚金七殺を制伏すべく、故に彼本來長袖善舞・交際周旋に善きの人物なり。可惜時干また壬水偏印を透す。——偏印別名「梟神」にして、專ら食神の食を奪うを會す。這就命中の病根と成れり。他此刻正に辛運を行く。辛は丙と天干五合を作して、用神丙火を絆住して施展する能わしめず。流年また乙亥に逢う。亥は壬水の祿地にして、梟神に力を添うるに等し。真に助紂爲虐と謂うべく、一蹶不振に遭遇するも亦た理の當然なり。ある人言う、彼の後面の未運甚だ好しと。然れども未運以後の壬運また險なり。縱令一度復興するも、不過野花一現にして、開くこと久しからざるのみ。
程命為丙戍癸已乙亥癸未。初視這。身財兩停。細侒之。立夏以後。已戍未丙。中南火土進氣。水木無根。遠不敵火土。應以身弱論。行運都屬克身。故雖飽享蔭福。歷來劫耗可觀。及至戍益為不支。厥後戍已兩運。財理身輕。仍難樂觀。際茲年屆大衍。詩云,明哲保身,程君正可如孔子之知命。而永自韜養矣。
程霖生の八字は丙戌・癸巳・乙亥・癸未なり。乍看の下、日主と財星兩邊勢均力敵するがごとし。細かに按ずれば卻って然らず。乙木日主は立夏以後に生まれ、火土令に當り、局中巳・戌・未に再び年干丙火を加えて、中方の土と南方の火一路進氣して、而して水木皆根基なく、遠く火土の聲勢に抵うる能わず。ただ「身弱」を作して論ずべし。彼一路行く所の運また全く日主を剋伐するの運なり。故に雖も飽くまで祖上の蔭庇の福を享くるも、歷來の破財耗損もまた十分に觀るべきあり。戌運に到りて更加支撑する能わず。此の後戌・己兩步の運仍ほ財重身輕にして、依然樂觀し難し。如今彼年近五十にして——古人《周易・繫辭》の「大衍之數五十」に依りて五十歲を「大衍」と稱す——《詩經・大雅・烝民》に「既に明らかに且つ哲なり、以てその身を保つ」の句あり。程君正に孔子の天命を知るに效法して、此れより長く收斂自守するを當にすべし。
綁匪(前軍官)
辛卯 庚寅 辛巳 戊子 七歲 己丑 十七 戊子 廿七 丁亥 三七 丙戌 四七 乙酉 五七 甲申
乾造(男命):年柱辛卯、月柱庚寅、日柱辛巳、時柱戊子、日主は辛金なり。大運は七歳に己丑に起こり、その後十七歳戊子、廿七歳丁亥、三七歳丙戌、四七歳乙酉、五七歳甲申。這一列は月柱庚寅より倒して上に六十甲子を數へて排成せられ、之を「大運逆行」と叫ぶ。前一造の順行と正に相反す。順逆は年干の陰陽と男女の性別に由りて決す。陽年生まれの男命・陰年生まれの女命は順排、陰年生まれの男命・陽年生まれの女命は逆排なり。この造は年干辛は陰に属し、また男命なれば、故に逆排す。また每步の大運は十年を管し、前五年は偏に天干を重くし、後五年は偏に地支を重くす。下文の言う所の「亥運」は即ち丁亥運の後五年(三十二より三十七歳)、「丙運」は即ち丙戌運の前五年(三十七より四十二歳)なり。
此造前當軍官。地運走至亥字。流為綁匪。戊辰冬令。奉判徒刑十三年。現尚繫獄。囹圄生溽。殊形艱因。餘視其命。無甚破敗。殊覺百思不解。客窗無俚。重溫滴天髓。見有載天履地人為貴。順則吉佤凶由悖二語。始恍然大司。蓋此命年柱辛金克卯木。月柱庚金克寅木。時柱戊土克子水。日柱已火克辛金。干支覆載。悖逆刺謬。雖幫身眾多。而財食無能為力。所賴已火制金。身強用官。運至亥水。適沖已火。固宜墮落入格。甘為盜踏丙運戊辰年。土重如崩。縲線羈身。前程斷送。夫又何疑耶。
この人は從前軍官を當てたるも、行運走りて地支の「亥」字に到る時竟に綁匪と淪為せり。戊辰年(一九二八)の冬に徒刑十三年を判處せられ、如今尚ほ獄中に在りて、牢獄生活極めて艱苦なり。我彼の八字を看るに並びに何の大きなる破敗の處もなし。實に百思して解を得ざるなり。後に旅舍に客居して無聊の際、重ねて《滴天髓》を溫習し、「天を戴き地を履めば人は貴と為り、順なれば則ち吉、凶なれば則ち悖る」の兩句を見て、始めて恍然として大悟せり。原來この命は年柱辛金は卯木を剋し、月柱庚金は寅木を剋し、時柱戊土は子水を剋し、日柱巳火は辛金を剋す。——每一柱皆天干は地支を壓剋し、地支は天干を承載するに足らず。四柱通盤悖逆乖謬にして、毫も一處の流通生化なし。雖も日主を幇扶するの金土多くして身弱と為らざるも、然れど錢財を代表するの寅卯の木と才藝口福を代表するの子水食傷とは、全く皆剋されて能く為す無力なり。全局の倚仗し得る所は、ただ日支巳中の丙火の衆金を制住するのみ。これを「身強用官」と叫ぶ。——日主強旺の時は、自己を剋制する官星を取りて「用神」と作す。用神は則ち一個の八字裡最も喫緊にして最も能く命を救うのあの字なり。運走りて亥水に到り、正好巳火の用神を冲掉す。彼の邪途に墮落し甘心して盜と為るも怪しむに足らず。丙運に踏み入るの戊辰のあの年は、年干戊・年支辰は時干戊土と疊加して、土重きことほとんど一切を壓塌せんとす(金は土に埋められ、巳火の氣また盡く土に泄す)。是を以て繩索身に加わり、前程斷送せらる。——これまた何の疑うべきかあらん。
橫財女命(丁未の一造を附す)
丁亥 壬子 壬午 庚子 八歲 癸丑 十八 甲寅 廿八 乙卯 三八 丙辰 四八 丁巳 五八 戊午
坤造(女命):年柱丁亥、月柱壬子、日柱壬午、時柱庚子、日主は壬水なり。大運は八歳に癸丑に起こり、その後十八歳甲寅、廿八歳乙卯、三八歳丙辰、四八歳丁巳、五八歳戊午。月柱壬子より順數して下り、「大運順行」に属す。——年干丁は陰に属し、陰年女命は順排なるが故なり。這一列の運は甲寅以下一路東方の木・南方の火にして、恰好原局の北方水寒の偏を補救す。下文の論ずる吉凶全くここより着眼す。
客有述發橫財事者,流俗心理,娓娓動聽。餘因意及二命焉。一即上列女命。壬水得祿旺於亥了。亦且水歸冬旺。身主強健。丁午兩財。即衰弱夫根。又受沖受合。乃不烊富有之人。然行運多木火。東南之暖。足以濟命局西北之寒。故處境袷旭,夫子並棕。尤以丙寅年。木火根深。財旺碠於極點固於秋。獅得上海跑馬香檳頭獎。
ある客人橫財を發するの事を講起し、正に世俗心理に合して、說くこと娓娓として聽き動かす。我因りて兩個の命造を想到す。一個は則ち上面のこの女命なり。壬水日主は年支亥に「祿」を得、月支子に「旺」を得、しかも子月に生まれて、水は冬令に歸り權に當る。日主非常に强健なり。年干丁火と日支午火は全局僅かなる兩點の財星にして、即是夫星(官殺)の根源なり。——女命は官殺を以て夫と為し、財は能く官を生ず。故に「夫根」と稱す。——偏に午火は兩個の子水に冲され、丁火また壬水に合住せられて、既に冲を受けまた合を受く。本來容易に發財するの命にあらず(底本の「乃不烊富有之人」の一句訛字あり)。所幸彼女の行く運多く木火にして、東南方の暖氣足りて原局西北方の寒氣を救濟す。故に處境反って順遂にして、丈夫と兒女皆榮顯を得たり。尤其丙寅のあの年は寅木は丙火を生じて木火根深く、財星旺極點に到る。是を以て秋天に上海跑馬場の香檳票の頭獎を中てたり。
現又有一命。為丁示癸卯癸亥乙卯。或媚其旺食生財。必富無疑餘獨謂癸水不任眾木。求富大難。抑或因富致禍。非金水歲運。弱主得助。方可積玉堆金。其人極信餘言。蓋渠於丑運丁卯年。曾中萬國儲蓄會頭獎。終以木火太旺。財多身弱,富非應得。既遭順祿。又臥病二載。所得不償所失。直至二十三負交庚運。始見順利。癸酉年又是金水幫峰。是以十謀九成。且於冬季。得中航空獎券之分條頭獎。今已小康雖仍依人作嫁。然時作公債投機。動獲巨利。精神愉快。遠勝於一般大資本家雲。
また一個の命造あり。丁未・癸卯・癸亥・乙卯なり。ある人言う、彼は食神旺にして財を生ぜば、必定大富疑なしと。我卻って獨り異議を持し、以爲らく癸水日主は滿局の衆多の木を擔起し得ず——木は癸水の生ずる所の食傷にして、食傷再生じて火と為りて財と為す。看るに財路通達するがごときも、實は則ち日主太だ弱くして、這份の財を擔動せず。富を求むること太だ難く、好からざれば還た財に因りて禍を招かん。金水的流年大運に走り到り、衰弱の日主を扶し起こすを得て非ざれば、金を堆し玉を積むべからず。此人極めて我が話を信す。原來彼は丑運の丁卯年にかつて萬國儲蓄會の頭獎を中てたるも、終に木火太旺・財多身弱にして、這份の富貴は自己命裡の當に得べきにあらざるがため、既に一場の橫逆の禍に遭い(底本の「既遭順祿」四字訛あり)、また臥病兩年せり。得る所は失う所に抵らず。二十三歳庚運に交進するに至りて、始めて順利を見る。癸酉年また金水身を幇くの年なれば、因りて十件の事九件を成す能く、しかもあの年の冬に航空獎券の分條頭獎を中てたり。如今已に小康と算す。雖も仍ほ人に替わりて事を為すも、但し時時公債投機を為して、動すれば輒ち獲利甚だ巨なり。精神上の愉快は遠く一般の大資本家に勝る。
石軍長二姝(庚戌坤造)
庚戌 甲申 己酉 辛未 二歲 癸未 十二 壬午 廿二 辛巳 三二 庚辰 四二 己卯 五二 戊寅
坤造(女命):年柱庚戌、月柱甲申、日柱己酉、時柱辛未、日主は己土なり。大運は二歳に癸未に起こり、その後十二歳壬午、廿二歳辛巳、三二歳庚辰、四二歳己卯、五二歳戊寅。月柱甲申より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干庚は陽に属し、陽年女命は逆排なり。這張の表を看るに須く先ず月支申金を認準すべし。己土は申月に生まれ、秋金令に當り、土の元氣皆金に泄し走らる。これ正に下文彼女を斷じて「秀氣盡發」して根基單薄なるの關鍵なり。
石軍長戀有二姝。俗納其一。以充俾室。不識二人之命。孰為優美。就決於餘。余曰。庚戍之造。秋土薄弱。受重金洩。秀氣盡發,當有傾國傾城之姿。惟甲木官星死絕。乃非命發之格。或恐不安於室。或恐早賦孤鵠。良可畏也。
石軍長同時に兩位の女子を戀して、その中の一位を納れて側室と作さんと打算し、然れど兩人の命哪個か好なるを知らず。便ち來りて我に決斷を請う。我曰く、庚戌の這一造は、己土は秋天に生まれて本就單薄にして、また申・酉の重金に氣を泄され、一身の元氣盡く化して秀色外發と為る。故に必ず傾國傾城の容貌あらん。ただ月干甲木は彼女の正官にして、即是夫星なり。而して甲木は申中に「絕」の地に處し、酉中に「胎」の地に處す。官星死絕して根なし。这就誥命夫人と為る能くの格局にあらず。恐らく彼女あるいは閨門を守る能わざるか、あるいは早年就中孤身寡を守らん。實に畏るべし。
另一女命。乃癸丑癸亥丙申已丑。雖傷官見官。幸初冬水旺。又有申金之財。洩土生水。官星有力矣。身主固弱,宜用亥中甲木偏伅。以之合傷幫峰。姿色雖不逮前命豔麗。然兩相評較。彼則艱寒卑薄。此乃愜心貴當。石軍長雖韙佟產。但終迷戀美色。卒娶庚戍秀豔之命。未閱半載。女果席捲遠揚。石軍長悔而無及。追從餘囑之言。再覓癸丑之造。兾聯舊歡,詎料若女已嬪某君。安作商人婦矣。
另一位の女命は癸丑・癸亥・丙申・己丑なり。丙火日主にして、時干己土是傷官、年月兩個の癸水是正官なり。本來「傷官見官」の忌諱を犯す。幸いに初冬水旺の時に生まれ、また日支申金財星あり。財は能く傷官の土を泄し、轉じて官星の水を生ず。官星是に因りて力ありて傷を受けず。她日主本身偏に弱し。宜しく日支亥中に藏する甲木「偏印」を取りて用と為すべし。——偏印は我を生ずるの星にして、一つに來りて時干己土傷官を合住し(甲己相合)、二つに木は火を生じて日主を幇扶す。一擧兩得なり。彼女の姿色雖も前一造の艷麗に比ぶるに及ばざるも、但し兩下比較すれば、前者は格局寒薄艱窘にして、這一造は卻って稱心當を得たり。石軍長雖も我が話の理あるを認むるも、終に美色の誘惑に抵えず、最後は還だ庚戌のあの秀艷の命を娶えり。半年に滿たずして、あの女子果たして財物を卷走して遠く走高飛せり。石軍長悔いるも及ばず、我が當日の囑咐を追想し、再び往きて癸丑のあの一造を尋訪して、重ねて舊歡を續けんを指望す。不料あの位の女子は早已某君に嫁し、安安穩穩として商人婦を做起せり。
舞女陳佩珍
壬寅 壬子 丁亥 癸卯 八歲 辛亥 十八 庚戌 廿八 己酉 三八 戊申 四八 丁未 五八 丙午
坤造(女命):年柱壬寅、月柱壬子、日柱丁亥、時柱癸卯、日主は丁火なり。大運は八歳に辛亥に起こり、その後十八歳庚戌、廿八歳己酉、三八歳戊申、四八歳丁未、五八歳丙午。月柱壬子より逆數して成り、「大運逆行」に属す。——年干壬は陽に属し、陽年女命は逆排なり。這張の表を讀むに一點を盯住せよ。日主はただ丁火の一點のみにして、而して年月兩干壬水・時干癸水、加うるに月支子・日支亥。水勢滿盤なり。女命は我を剋する官殺を以て夫星と為す。此造水は即ち夫星なり。故に下文の論ずる所全く「夫星太多」の四字上に在り。
此乃舞女陳佩珍之命。正式遣逮嫁。傅已五次,刻聞徵逐舞場。氨無所歸。仍度其摟抱生涯。夫一丁被眾水圍,明暗夫星。薈萃重疊。滿盤爭妒之象。是宜蛾眉螓首。蛇物蠍心。招展一般狂蜂浪蝶。如螻蟻之附羶也。
これは舞女陳佩珍の命なり。彼女正式に出嫁せしことすでに五次あり(底本この句訛字あり)、如今聞くに仍ほ舞場裡に周旋して、終に歸宿する處なく、還だ色を以て人に事うるの生涯を過ごす。彼女の八字を看れば、孤零零たる一點の丁火衆水に包圍せられ、天干上に明擺する壬・癸、地支裡に暗藏する亥中の壬水・子中の癸水。明夫星暗夫星層層疊疊一處に匯聚して、滿盤皆爭奪妒合の象なり。彼女の生まれて蛾眉螓首・容貌出衆なるも怪しむに足らず。然れど心腸は蛇蠍に似たり。一班の狂蜂浪蝶を招引して圍繞して去らず、螞蟻の膻味に附着するがごとし。
現行酉運。生水有源。汪洋氾濫。恐仍意馬心猿。得隴望蜀。生張熟魏。送往迎來而已。三十八歲換入戊運。堤岸功成。方有樂觀。或不致浮沈花鏡。得能從一而終。猶足為門楣嬪婦。否則。四十三歲後。申運助起水浪。是又不堪收拾矣。按官殺並見之女命。得良善結果甚多。蓋其去留清楚。或制化得宜而已。若此命之五行少土。官殺不得其制。兩壬妒合一丁。癸水又來相爭。兼以亥中子中。互藏壬癸紛亂無以復加。不致夫星之二三其德星。蓋幾希焉。
彼女現在酉運を行く。酉金は水を生じて、滿盤の水に源頭を添うるに等し。愈々汪洋泛濫す。恐らく仍ほ心猿意馬・隴を得て蜀を望み、張三李四送往迎來するのみ。三十八歳に到りて戊運に換進せば、戊土は能く堤を築き水を防ぎ、局面始めて樂觀すべく、あるいは長く風塵に浮沉せざるに至らん。若し能く一より從い終れば、還だ正經の人家の媳婦と為るに够んずるを得たり。否れば、四十三歳以後申運を走る。申金また水浪を助け起こせば、則ち更に收抬すべからざらん。附帶說明す。女命官殺並見(正官と七殺同時に出現す)して結局良善なるは實に多し。關鍵は去留分別明なるに在り。あるいは官を去り殺を留め、あるいは殺を去り官を留め、あるいは食傷の之を制するあり、印綬の之を化するあり。處置當を得れば便ち妨げなし。この命のごときは、五行獨り土を缺き、官殺物の制伏するなし。兩個の壬水一個の丁火を爭合し(丁壬相合)、癸水また來りて一手を插して相爭う。加うるに亥中・子中彼此暗藏する壬癸あり。紛亂以て復加する無きに至る。《詩經・衛風・氓》に曰く「二三その德」と。このごとき命は夫星に三心二意ならざるを指望せんと欲すれば、機會實に太少なり。
梅君(江西文學家・地支純午)
壬午 丙午 甲午 庚午 五歲 丁未 十五 戊申 廿五 己酉 三五 庚戌 四五 辛亥 五五 壬子
乾造(男命):年柱壬午、月柱丙午、日柱甲午、時柱庚午、日主は甲木なり。四個の地支全く午にして、天干壬・丙・甲・庚また全く陽に属す。是命書所謂「地支一氣」兼ねて「八字純陽」の奇格なり。大運は五歳に丁未に起こり、その後十五歳戊申、廿五歳己酉、三五歳庚戌、四五歳辛亥、五五歳壬子。月柱丙午より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干壬は陽に属し、陽年男命は順排なり。表を看る時須く注意すべし。午は甲木の「死」の地にしてまた丙火の「帝旺」の地なり。四午疊見して、木は火に燒き精光にせらる。これ則ち全局の病根なり。
或謂地支一氣。類多貴格。然亦不可盡信。如上列之造。為江西文學家梅君命也。純支純午。卻屬一世清貧。蓋火熾木楚。壬水制不住。庚金任不住。勢大造為我敵。勢小騅為我用。宜其相如壁立。季子囊空。送窮有文。點金乏術。惟八字純陽。勁節高標。孤芬自賞。固是書生本色。早年聞術家言。辛運合丙。絆住旺神。應見飛黃騰達。詎料行入辛運。丁卯年忽得瘋癱之症。貧而且病。良以辛運本不為劣。歲逢丁字。又克沖午。滴天髓所謂旺者沖衰衰者拔。衰者沖旺旺者發,為禍之烈。不可收拾矣,
ある人言う、地支一氣の八字は大多貴格なりと。其實もまた全く信ずべからず。就中上面の這一造のごときは江西文學家梅君の命なり。四支純午にして、卻って一輩子清貧なり。原因は火太だ熾烈にして木燒焦せられ、年干壬水は這團の旺火を制する能わず、時干庚金もまた這份の重任を擔當し起こす能わず。——火勢大なる時は彼らは我の對手を為す能わず、火勢小なる時は彼らまた場に派して我の用神と作すに用を得ず。彼の司馬相如のごとく家徒四壁し、蘇秦(季子)のごとく囊空如洗なるも怪しむに足らず。韓愈《送窮文》一般の文章ありて、然れど石を點じて金と成すの本事なし。所幸八字純陽にして、人と為る氣節剛勁・格調孤高・自らその芬芳を賞す。これ正に讀書人の本色なり。早年彼術士の說くを聞く。辛運は年月の丙火と相合して、能く旺神を絆住す。當に飛黃騰達すべしと。誰か知らん辛運に走り入るの丁卯年に、忽然瘋癱の症を得、また貧にしてまた病めり。これは辛運本身並びに壞と算せざるも、壞は流年丁に逢うに在り。丁火既に辛金を剋し、卯木また午火を冲動す。——《滴天髓》所謂「旺者は衰を冲すれば衰者拔かれ、衰者は旺を冲すれば旺者發す」。衰弱の辛金往きて旺極の午火を冲せば、反って旺火を激發せしめ起こす。禍と為るの烈、就中收抬すべからざるなり。
又友人胡君八字,為庚寅戊寅甲寅。地支純寅。但殺重制輕。殊為缺憾。供職堸政部。運至已火。化殺功深。由主事而升次長。迨及壬運。黨殺之故。一落壬丈。午運雖亦化殺。終以壬水盡頭。屢起無成。近年來愈趨窮困。竊恐其甲申運。更有屋漏又遭連夜雨之苦也。
還た一位の朋友胡君の八字あり。庚寅・戊寅・甲寅——底本ここにただ三柱を列出して一柱を脱漏せり。今敢えて臆して補わず。讀者其の地支純寅なるを知れば可なり。甲木日主は寅字に坐滿して、看るに身強のごとし。無奈年干庚金七殺太重にして、而して局中殺を制するの物太だ輕し。これは甚だ大きなる缺憾なり。彼は財政部に供職す。運走りて巳火に到る時、巳火は食神にして能く七殺の凶を化解す(所謂「化殺」は即ち食傷を以て殺氣を轉じて我を生ずるの力と為す)。化殺の功深厚なれば、因りて主事より次長に升到せり。壬運に交るを待ちて、壬水は木を生じて殺を助け、七殺と黨を結ぶ。是を以て一落千丈せり。午運雖も同じく能く殺を化するも、終に壬水頭に當りて壓制せられ、屢々起復皆成就なし。近年愈々窮困す。我私らく彼の將來の甲申運を擔心す。申金は寅を冲して、また殺地なり。更に屋漏れて偏に連夜の雨に遭うの苦頭を嘗めんとす。
毛希蒙
庚辰 己丑 癸丑 乙卯 六歲 庚寅 十六 辛卯 廿六 壬辰 三六 癸巳 四六 甲午 五六 乙未
乾造(男命):年柱庚辰、月柱己丑、日柱癸丑、時柱乙卯、日主は癸水なり。大運は六歳に庚寅に起こり、その後十六歳辛卯、廿六歳壬辰、三六歳癸巳、四六歳甲午、五六歳乙未。月柱己丑より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干庚は陽に属し、陽年男命は順排なり。此表は要く兩處を合看すべし。一は月支丑にして、癸水は丑月に生まれて立春前十五日に在り。節氣上すでに丑中己土に由りて權に當る。これ是格を取るの根據なり。二は時支卯は「旬空」に落つ(癸丑日は甲辰旬に属し、該旬中寅・卯の二字を缺く。故に寅卯空亡と為す)。空亡の字は力量折扣を打つを要す。下文韋氏正にこれに據りて「略為減色」と說く。
紹興蔣清渠先生。別署越洲胖漢。服務軍警政學各界。公暇喜研命理。深有心得。早年遊歷大江南北。足跡所至。各同事感請其談命。頗多中肯。前蒙郵示命造多則。囑余評斷。緣將管窺所及。呈呈請粲政。上為毛希蒙先生庚造。毛先生久歷軍旅。勳奠聿著。上年代理定海縣公安局長,勤求民隱。政譽更隆。
紹興の蔣清渠先生は、別號「越洲胖漢」にして、軍界・警界・政界・學界に皆服務したり。公務の暇命理を鑽研するを喜びて、甚だ心得あり。早年彼大江南北を游歷し、足跡到る所、同事皆爭い彼を請うて命を談ぜしめ、言う所多く能く切中せり。此の前彼は許多の命造を寄せ來りて、我に嘱して評斷せしむ。我便ち自己管中豹を窺うの淺見を下面に寫し、敬して指正を請う。上面の這一造は毛希蒙先生の「庚造」なり。——舊時人の八字を稱して庚帖・庚造と為す。八字は年庚を以て首と為すが故なり。毛先生久しく軍旅に在りて功勳卓著す。上一年定海縣公安局長を代理し、民間の疾苦を體察するに勤くして、政聲更に隆盛なり。
夫癸丑日元。於立春前十五日。已值己土用事。土乃七殺。月支丑官本氣己土。藏干辛金偏印。殺印同根月令。是為有情。又殺印同透天干。是為有力。殺印相生。有情而兼有力。貴格也。有為水庫。扶助日元。內有官食同宮。則官受制而不混殺。殺格愈清。乙卯食神得祿。制殺尤力。惜卯落旬空。略為減爭。覘其足智多謀。佐治民事。統率軍旅。皆足以衛國定邦。非偶然也。行運最忌財鄉。已運有破財之忌。現行午運。官聲可振。而阿堵物仍難有緣。乙未運大佳。丙運財來壤印危如壘卵。
癸丑日主は立春前十五天に生まれ、節氣上すでに丑中己土權に當る。己土と癸水同じく陰に属して同性相剋す。故に「七殺」為る(我を剋して陰陽同性の者を七殺と叫び、また偏官と名づく)。月支丑宮の本氣正に己土七殺にして、丑中また辛金を藏す。辛金は癸水を生じて陰陽同性にして、是を「偏印」為す。殺と印同根月令に於て、之を「有情」と叫ぶ。年干庚金星・月干己土殺星また雙雙天干に透出して、之を「有力」と叫ぶ。殺は印を生じ、印は身を生じて、殺印相生して兼有して有情有力なり。これ是貴格なり。年支辰は水庫にして能く日主を扶助す。辰中に戊土正官と乙木食神同宮を藏し、食神就近正官を制住し、正官來りて七殺と混雜せず。殺格是に因りて更に清純なり。時柱乙卯にして、乙木食神は卯に祿を得て、殺を制する力量尤其充足す。可惜卯字は旬空の內に落ちて氣力折扣を打ち、略為減色す。これに由りて彼の足智多謀・民政を輔佐するも軍隊を統率するも皆足りて國を衛り邦を安んずるを見るべし。絕對偶然にあらず。彼の行運最も財鄕を忌む。——財は能く印を壞す。巳運便ち破財の虞あり。現在午運を走れば官聲大いに振うべし。ただ阿堵物(錢財)は仍ほ緣なきのみ。乙未運大佳なり。丙運に到れば則ち財星頭に當りて來りて印綬を壞す。危うきこと累卵のごとし。
某軍需長
庚子 丙戌 乙亥 乙酉 四歲 丁亥 十四 戊子 廿四 己丑 三四 庚寅 四四 辛卯 五四 壬辰 六四 癸巳
乾造(男命):年柱庚子、月柱丙戌、日柱乙亥、時柱乙酉、日主は乙木なり。大運は四歳に丁亥に起こり、その後十四歳戊子、廿四歳己丑、三四歳庚寅、四四歳辛卯、五四歳壬辰、六四歳癸巳。月柱丙戌より順數して排成せられ、「大運順行」に属す。——年干庚は陽に属し、陽年男命は順排なり。此表を讀むに須く「十二長生」に配合して看るべし。陰干乙木は十二宮を逆行して、子に病と為り、亥に死と為り、酉に絕と為り、戌に墓庫と為る。この造は年支子・日支亥・時支酉にして、恰好病・死・絕の三地なり。月支戌は則ち乙木の墓庫(也就是本身の根庫)なり。下文韋氏のその衰えて未だ極まらざるを論ずるは根據全くここに在り。
此係某軍需長之命。滴天髓闡微有云。“弱者宜生。弱之極者。宜克而不宜生也。所謂虛則補其母。是以秋木凋落。宜金而不宜水也。”又曰“太衰宜克,衰極宜洩。”依此而論。本命乙木日干。生於立冬前十日。土王用事。身從死地。時歸絕處。年逢病鄉。所依以生存得。賴有戍支身庫,及時干比肩。雖曰衰弱。尚未臻極地。宜克而不宜世也明矣。
これは某位の軍需長の命なり。《滴天髓闡微》嘗て言いたり。日主衰弱なるは宜しく生扶すべく、衰弱極點に到るは反って宜しく剋制すべく生扶すべからず。所謂「虛すれば則ちその母を補う」は、正に此の故に、秋天凋落の木は宜しく金削を見るべく水生を見るべからず。又曰く、太だ衰なるは宜しく剋すべく、衰極點に到るは宜しく泄すべし。この道理に照らして推せば、本命乙木日主は立冬前十天に生まれ、正に戌月土旺權に當るの時なり。日支亥は乙木の「死」の地、時支酉は「絕」の地、年支子は「病」の地にして、其の存活に賴る所は、ただ月支戌この自身の墓庫、および時干あの同類の乙木比肩のみ。このごとく言えばそれ雖も衰弱なるも、然れど未だ衰竭極まるの地步に到らず。故に宜しく剋すべく生ぜしむべからざるは、就中明白なり。(按:底本「宜克而不宜世」の「世」字は當に「生」字の訛なるべし。)
餘以財旺生官立論。或有取丙火傷官。意為庚亥。死於酉。胎於子。僅有戍庫可賴。庚金有兩乙遙合相助。勢非孤立。按其身掌榷務。繼任軍需。何莫非旺財生官之明徵耶。現行庚寅運。官坐絕地。宦海多風波。寅為羊刃。與亥作合。以刃化印。宜其顯達。名利兩振。卯運欠利。
我因りて「財旺生官」を以て立論せんことを主張す。戌月土旺は乙木の財星にして、財旺にして年干庚金官星を生出す。這條の脈絡最も分明なり。ある人また月干丙火傷官を取りて用と為さんことを主張す。我以て妥ならずと為す。——丙火は時支酉に「死」、年支子に「胎」にして、全局ただ月支戌這一個の火庫以て依託し得るのみ。力量太だ單薄なり(底本ここに「意為庚亥」四字訛あり)。反觀するに庚金は、日・時兩個の乙木位を隔ててそれと相合し(乙庚相合)、兩處の照應を得て聲勢並びに孤立せず。彼一身專賣稅務を執掌し、後來また軍需を接任せるを看れば、哪一樣として旺財生官の明證にあらざらんや。彼現行の庚寅運は庚金官星寅這個の「絕」地に坐して、仕途難免風波なり。但し寅は乙木の「羊刃」(陰干乙木は祿は卯に在り刃は寅に在り。羊刃は身旺幇扶の星)にして、寅また日支亥と相合して、刃氣を化して印綬に入る。故に仍ほ能く顯達して名利雙收す。接下の卯運は則ち欠佳なり。
朱聯泉(餘姚民生工廠廠長)
己酉 己巳 癸酉 戊午 三歲 戊辰 十三 丁卯 廿三 丙寅 三三 乙丑 四三 甲子 五三 癸亥 六三 壬戌
乾造(男命):年柱己酉、月柱己巳、日柱癸酉、時柱戊午、日主は癸水なり。大運は三歳に戊辰に起こり、その後十三歳丁卯、廿三歳丙寅、三三歳乙丑、四三歳甲子、五三歳癸亥、六三歳壬戌。月柱己巳より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干己は陰に属し、陰年男命は逆排なり。此表を讀むに須く先ず土の兩種の身分を分淸すべし。己土と癸水同じく陰にして同性相剋するを「七殺」と叫ぶ(また偏官と名づく)。戊土は陽に属して異性相剋するを「正官」と叫ぶ。この造は年・月兩干皆己土七殺にして、時干戊土乃ち正官なり。下文の論ずる所の「官煞混雜」正に這一點を指す。
上繫餘姚縣民生工廠朱聯泉廠長之造。祖業甚豐。賦性篤厚。殊為地土紳所推戴。廠內經費毫無。概由朱君捐助。夫癸酉日元。生於立夏之後。值火土當權。財官用事。月令官星透天干。理取官星為用。財印為輔不料兩位七殺。年月盤距。大有官煞混雜之嫌。書曰官煞混雜。制煞為福。今四柱不見食傷。制煞無物。妙有印綬化煞。則官乃純。立身玫界。名譽降崇。運途以寅運及乙丑運。俱順境。甲運稍差。子運亦利。癸運分官欠吉。
上面は餘姚縣民生工廠廠長朱聯泉先生の命造なり。彼祖上產業豐厚にして、天性篤實敦厚にして、甚だ地方士紳の推重を受く。廠裡經費一として出づる所なく、全く朱君自己捐助に由る。癸酉日主は立夏以後に生まれ、正に火土權に當り、財星と官星事を掌る。月支巳中に藏する戊土正官時干に透す。理を照らせば應に官星を取りて「用神」と為し、財星を以て官を生じ、印星を以て身を護るを輔佐と作すべし。不料年・月兩干並び排して兩位の己土七殺あり。大いに「官煞混雜」の嫌疑あり。——正官と七殺同時に出現して、一清一濁にして最も不分を忌む。命書に曰く、官煞混雜の時、能く七殺を制すれば便ち轉じて福と為る。如今四柱食神傷官を見ず、煞を制すべき物なし。妙は年支酉・日支酉皆金にして、金は印綬と為り、能く土の殺氣を轉生して水と為して身を養う。殺化され去れば、剩る官星便ち純正なり。故に彼政界に立身して名譽隆盛なり。行運は寅運及び乙丑運を以て皆順境と為し、甲運稍や差あり、子運もまた有利と算す。癸運は比肩の來りて官星を分奪すれば則ち吉を欠く。
張群(上海四明銀行儲蓄部)
乙卯 庚辰 丙子 壬辰 四歲 己卯 十四 戊寅 廿四 丁丑 三四 丙子 四四 乙亥 五四 甲戌 六四 癸酉
乾造(男命):年柱乙卯、月柱庚辰、日柱丙子、時柱壬辰、日主は丙火なり。大運は四歳に己卯に起こり、その後十四歳戊寅、廿四歳丁丑、三四歳丙子、四四歳乙亥、五四歳甲戌、六四歳癸酉。月柱庚辰より往上倒數して排成せられ、「大運逆行」に属す。——年干乙は陰に属し、陰年男命は逆排なり。この造の要點は月支辰に在り。辰は水土雜氣の庫にして、內に戊土・乙木・癸水の三神を藏す。下文の爭論する所の「雜氣」格を取るの法是、則ちこの辰字より生じ出づ。
舊命書人以壬辰戍丑未之月。謂之雜氣。以其藏支多。故謂之雜,唯命理約言一書。闢之最暢。今丙火生於辰月。時透七煞。普通命家當取時上一位貴格。其他六神。概置間廢。愚見所及。取命格當以月中藏神。透干會支為重,本命身健(多印生之。)印旺。(月時之印透天干。)財透。(乙助庚勢。)煞強。(壬旺於子。非混官也。)
舊日の命書凡そ辰・戌・丑・未の四個月に生まるる人に遇えば、皆之を「雜氣」と叫ぶ。這四支の藏する人元最も多ければ故に「雜」を以て之を名づく。ただ清代陳素庵《命理約言》の一書のみ駁斥すること最も痛快なり。如今丙火日主は辰月に生まれ、時干また壬水七殺を透す。一般の命家便ち「時上一位貴格」を取らんと欲す。——即ち專ら時干のあの一位の七殺を以て格を立て——而其の餘の六神を一槪擱置して問わず。我が淺見を以てすれば、格を取るに當に月令の藏する神の能く天干に透出するや否や・能く地支を會合するや否やを以て重と為すべし。(以下四句の括弧內は作者自注にして、逐項にこの造の強弱の依據を交代す:)本命日主健旺(年支卯・月支辰・時支辰中に藏する乙木印星層層生扶するを以て)。印星旺(月・時兩辰の藏する所の乙木皆年干に透すを以て)。財星透出(年干乙木は月干庚金と相合して、反って庚金財星の聲勢を助長す)。七殺強(時干壬水は日支子に通根して旺を得、しかも局中癸水正官無し。故に是純殺にして官煞相混にあらず)。
當取食用煞印。立業宜近財蓋食生財。財滋煞。煞生印。印生身。邊環滋生,非勝達而何,行運最利。食傷。身旺印綬亦宜。逢煞無傷。遇官非福。內助賢淑。財得食生也。令子克家。食神制煞也。 (據聞。此繫上海四明銀行儲蓄部張群八字。亦由蔣翁示我者。)
故に當に辰中戊土食神を取り、七殺と印綬と配合して一同に用と為すべし。彼立身創業は宜しく財路に靠近すべし。食神は財を生じ、財は七殺を滋し、七殺は印を生じ、印また身を生じて、一環一環を扣して連綿滋生するが故なり。這樣の格局は騰達せざれば卻って怪しむべし。行運最も食神傷官に利し。日主既に旺なれば、印綬運を走るも亦た妨げなし。七殺運に遇うも傷を受けず。反って正官運に遇うは並びに福氣にあらず。官來りて殺に混じれば格局便ち濁るが故なり。妻室賢淑なるは、財星(男命は財を以て妻と為す)が食神の生扶を得るがためなり。兒子能く家業を承擔するは、食神能く七殺を制するがためなり(男命は官殺を以て子と為す)。末一行括弧內は作者自注なり。據説これ是上海四明銀行儲蓄部張群の八字にして、亦た蔣清渠翁の我に抄示せし所なり。
