秦氏老僕王某命造
作盤ガイド: 八字作盤
庚申 戊子 壬子 辛亥 二歲 己丑 十二 庚寅 廿二 辛卯 三二 壬辰 四二 癸巳 五二 甲午 六二 乙未
年柱庚申、月柱戊子、日柱壬子、時柱辛亥、日主壬水は子月に生まる。大運は二歳に起こり、順に己丑・庚寅・辛卯・壬辰・癸巳・甲午・乙未。年干庚は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱戊子より順推して己丑・庚寅・辛卯……。中年以後南方の火地に轉入す。この造は申・子・子・亥の四支全く水なり。庚・辛の兩金また來りて水を生ず。ただ月干一個の戊土中間に立つのみ。これ「身旺無依」の極端の例子なり。前の錢翁の一造と正好く相反す——あの一造は財旺身輕、これ一造は身旺にして用いるべき財なし。
此王某之命也。自幼迄今。胼手胝足。庸役於餘友秦贊臣家。未嘗娶妻。孓然一身。幸侍主忠誠。故為秦氏三代蒼頭健限奴。餘因好奇。曾視其命造。乃壬水生於仲科。三逢祿旺。所謂崑崙之水。可順而不可逆。月上戊土。煢煢孓立。既不足以制水。反又激水之怒,庚辛兩金。洩土生水。尤足為病,是真身旺無依,老健徒苦而已。
これは王某の命造なり。彼自小より今に至るまで手脚皆繭を磨き出し、我が友秦贊臣の家中に做工す。一直に妻を娶らず、孑然一身なり。好しきは主人に侍奉するに忠誠なるがゆえに、秦家三代の老僕と為れり(「蒼頭」は僕役の舊稱。底本の「健限奴」は文字訛あり)。我は好奇に出でて、かつて彼の命造を看過せり:壬水は仲冬に生まれ(底本の「仲科」は「仲冬」とすべし)、申・子・亥の三處皆壬水の祿旺の地なり。これすなわち命書のいう所の「崑崙之水」——水勢浩大、ただその性に順いて導くべく、その性に逆いて堵ぐべからず。月干一個の戊土孤零零に立つ。既に水を制するに足らず、反つて水の怒氣を激起す。庚・辛の兩金また土を泄して水を生ず。いよいよ病根と為れり。これ真に身旺にして依託する所なし。縱い一生康健なりとも、ただ白白に勞苦するのみ。
四十七歲前。一派金水運。不轉溝壑。而得溫飽。已為繳天之幸。已運以還。運轉東南木火。應見起色,據云。三十年來。已積蓄二千餘金。且勤勞如故。其志可嘉。明年換入申運。申之助水。更形氾濫。保身以沒。意中事也。
四十七歳以前一路金水の運、本已氾濫の水勢を助長せり。彼轉輾溝壑せずして溫飽を得る能くするは、已に僥天之幸なり(底本の「繳天」は「僥天」とすべし)。巳運以後運轉して東南木火なり。木は能く水を納れ、火は能く土を生ず。當に些かの起色を見るべし。據説三十年來彼已に兩千餘元を積蓄し、しかも勤勞故のごとし。この份の志氣甚だ嘉許すべし。明年申運に換入す。申金再び水勢を助く。氾濫いよいよ甚だし。能く身体を保ちて安然として老に至る、すなわち在意料の中なり。この造は前の「性情」の章の「身旺八字無抑者」の一條と恰好對看すべし:滿局の幇身の氣發泄する處なし。貴人の身上に落れば橫暴なり、寒微の人の身上に落れば便ち終身勞苦なり。
丐者命造
丁亥 癸丑 庚子 丁亥 九歲 壬子 十九 辛亥 廿九 庚戌 三九 己酉 四九 戊申 五九 丁未
年柱丁亥、月柱癸丑、日柱庚子、時柱丁亥、日主庚金は丑月に生まる。大運は九歳に起こり、順に壬子・辛亥・庚戌・己酉・戊申・丁未。年干丁は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱癸丑より倒退して壬子・辛亥・庚戌……。この造は前の「評斷之擧例」中の潘姓坤命(壬子・癸丑・庚子・丁亥)とほとんど同じ一路数なり:皆寒金水に坐し、丁火癸水に剋せらる。見るべし、同類の命局も貴賤の間は還りて行運と配合を看るを要す。一見相似なればすなわち同命と斷ずべからず。
嘉善沈恆甫君。雅好命理。時相過從。當示我一丐者之命(排列如上)。夫寒金喜火。所嫌支全亥子丑。北方水旺。又月干癸克丁火。五行無木。未得生化之情。一片寒涼之局。宜其蓬飄萍泛。淪落天涯。歌板臨風。飯籃迎月。鵠形菜色。仰面求人矣。
嘉善の沈恒甫君は雅く命理を好み、つねに我と往来し、かつて一個の乞丐の命を持ちて我に見せり(排列は上に見ゆ)。寒金は本來火の暖めに來るを喜ぶべきも、嫌むべきは地支の亥・子・丑が連なりて北方一片と為り、水氣極めて旺なり。月干癸水また年時の兩個の丁火を剋住し、局中五行に木なく、火はそれを生ずる源頭を失い、相生轉化の情を得ず、通盤ただ一片の寒涼なり。怪しむべからず、彼は蓬のごとく萍のごとく、淪落天涯:風に臨みて蓮花落の歌板を敲き、飯籃を提げて月色を迎え、形容枯槁・面に菜色を帶び、臉を仰ぎて人に乞う。この造に木なし。まさに最も要緊の一處なり:木あれば水は木を生じ木は火を生じ、寒局立ちどころに轉ず。木なければ水と火と對立し、只相剋を殘すのみ。
且運皆金水。繼不為東郭乞食 。亦必為溝壑餓莩。設此等命局。運行東南木火。未始非季子買臣。由困入亨之一流,富貴貧賤。固繫乎命。然運之芝枯盛衰,關鍵尤為重要。管子曰。壽之修短有數。命之顯晦有定。要皆運會豐塞維繫之。誠哉是言。我輩為人評命,對於運途之推敲。不可或忽也。
何況大運また皆金水に在り。接下來たとい齊の東郭のごとく墦間に食を乞うに似ずとも、必ず溝壑中の餓殍と為らん。假しこのような命局が東南木火の運を行くを得ば、未だ嘗て蘇秦・朱買臣の一流の困頓より通達に轉ずる人物ならざるに非ず(蘇秦の字は季子、早年落魄。朱買臣は薪を負いて書を讀み、後に顯位に至る)。富貴貧賤は固より命に係るといえども、然れども運の榮枯盛衰(底本の「芝枯」は「榮枯」とすべし)、關鍵いよいよ重要なり。管子曰く:壽命の長短に定數あり、命運の顯晦に定分あり、總じて皆運會の丰厚と閉塞とに維繫せらる。この話真に對なり。我ら人のために命を評するに、運途の推敲に於ては、一點も忽略すべからず。
僧侶命造
戊戌 庚申 己酉 壬申 九歲 辛酉 十九 壬戌 廿九 癸亥 三九 甲子 四九 乙丑 五九 丙寅
年柱戊戌、月柱庚申、日柱己酉、時柱壬申、日主己土は申月に生まる。大運は九歳に起こり、順に辛酉・壬戌・癸亥・甲子・乙丑・丙寅。年干戊は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱庚申より順推して辛酉・壬戌・癸亥……。この造は地支申・酉・戌の三字齊全し、これ西方一片の金なり。天干また庚金・壬水を透し、己土日主の氣全く金水に泄盡され、局中一點の火もなし。命書出家の命を論ずるに、一には孤寡の氣を看、二には身と局との向背を看る。この造はまさに身弱無依の一種なり。
此為一僧侶之命。孫福堂為餘言。是僧三歲父母雙亡。七歲為舅氏粥入某寺。藩髮昄依。按已酉日元。生於申月。支全西方。干透庚壬。金勢猛烈。洩氣太過。局中無火。只可用劫然戊土虛脫。用神無力。終以身弱傷重,無印為病,固生成寒微之命也。
これは一位の僧人の命造なり。孫福堂我に語らく:この僧三歳にして父母雙亡、七歳にして舅父に某寺に賣り入れられ(底本の「粥入」はすなわち「鬻入」)、剃髮歸依せり。按ずるに己酉日元申月に生まれ、地支申酉戌全く西方金局を成し、天干また庚金・壬水を透す。金勢猛烈、日主の氣泄されること太過。局中一點の火なし。則ちただ年干戊土の比劫を取りて身を幇くるほかなし。然れども戊土同じく虚脱無力、用神軟弱なり。歸根する處は身弱にして傷官(庚金は身を泄する神)太重、また印綬ありて身を生じ主を護るなし。これ病根なり。本來生成の寒微の命なり。
喜忌篇雲。日干旺甚無依。若不為僧即道。今乃知向弱無依。亦黃冠客。空桑子之一流耳。九歲以來,皆行金水運。清淨無為。孓然一向。鮮淑堪言。然以後甲子乙丑。水木之鄉。亦不過謝絕紅塵。砥礪清修。誦經禮佛。度其老納生溽而已。甲運若不圓寂。可至寅運以臻樂土。
《喜忌篇》曰く:日干極點に旺して依託なき者は、和尚と為らざれば道士と為る。如今始めて知る、日干極點に弱くして依託なき者も、同じく道士(「黃冠客」)、僧人(「空桑子」。伊尹空桑に生まるの典を用いて出家人を指す)の一流なり。彼九歳以来皆金水の運を走る。清淨無為、孑然一身、説くべき好事なし。以後の甲子・乙丑の水木の鄉も、不過紅塵を謝絕し、清修を砥礪し、經を誦し佛に禮し、老僧の一生を度過するのみ。甲運若し圓寂せざれば、寅運に至りて樂土に登るべし——寅中に丙火あり、寒局暖を得。彼一生中唯一火を見るの處なり。
殤孩命造
戊辰 戊午 辛丑 戊戌 三歲 己未 十三 庚申 廿三 辛酉 三三 壬戌 四三 癸亥 五三 甲子
年柱戊辰、月柱戊午、日柱辛丑、時柱戊戌、日主辛金は午月に生まる。大運は三歳に起こり、順に己未・庚申・辛酉・壬戌・癸亥・甲子。年干戊は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱戊午より順推して己未・庚申・辛酉……。この孩子生まれて剛ぎ滿月にして夭折す。所列の大運實に一步も走らざりき。ここに錄するはただその排法の全を存するがため。この造は三個の戊土、辰戌丑の四庫中にその三を有す。土重きこと出奇、然るに辛金脆嫩、五行また全く木なし。下文の斷語はすなわち「土重金埋」の四字より生ず。
此造產生甫經匝月。即遭夭折。初視之。殺印相生。不似殤孩。然重重厚土埋。藏脆嫩之金。五行無木。未得疏揚之利。一重午火,缺木之生。多土之晦。更夫能為力。滴天髓所謂氣濁神柘者是也。
この命造生まれて剛ぎ一個月滿つるに夭折せり。初めて見れば、午火七殺は戊土印綬を生じ、印綬は再び辛金日主を生ず。これ「殺印相生」の好結構にして、早殤の相に似ず。然れども層層の厚土脆嫩の辛金を埋住せり——辛金は陰金に属し、珠玉のごとく、最も土の多き埋沒を怕る。五行の中また完全に木なく、木の來りて土氣を疏鬆するの好處を得ず。僅有の一重の午火も、上に木のそれを生ずるなく、下に衆土にその光焰を泄せられ、更に能くする所なし。これまさに《滴天髓》のいう所の「氣濁神枯」(底本の「神柘」は「神枯」とすべし):氣すでに渾濁、神また枯竭す。縱い格局の名あるとも、一條の性命を撑起すること能わず。
渠父於產後即囑余推算。並欲選一湯餅之期。余謂之曰。近則已未月。遠則己已年。土勢猛烈。蘭摧玉折。堪為憂慮。後果於六月病亡。誠哉。命有定數。不可強也,客歲又見一命。與此造同類。惟為甲午時。土有木疏。宜其聰穎堅強。然未來庚運之沖甲。殊屬不利。姑視其後。竊恐亦非壽徵耳。
孩子の父親は産後すなわち我に推算を囑し、還りて滿月酒を辦する日子を選ばんと欲す(「湯餅」はすなわち滿月の筵)。我彼に語らく:近きは己未月、遠きは己巳年、土勢猛烈、おそらく蘭摧玉折せん。慮るに足る。後に果然六月に病亡せり。命確かに定數あり。強求すべからず。去年また一個の命を見るに、この造と同類にして、ただ時柱甲午と為る——一個の甲木多し。土便ち木の來りて疏通するあり。ゆえにあの孩子聰穎にして堅強なり。ただ將來の庚運甲木を沖剋せん。甚だ不利なり。姑く往後如何なるかを看ん。私かりにおそらく長壽の相に非ず。同類の兩造ただ一字を差するに生死判然たり。まさに韋氏の反覆強調する「配合」の二字なり。
跛足者命造
庚申 甲申 癸卯 庚申 十歲 乙酉 二十 丙戌 三十 丁亥 四十 戊子 五十 己丑 六十 庚寅
年柱庚申、月柱甲申、日柱癸卯、時柱庚申、日主癸水は申月に生まる。大運は十歳に起こり、順に乙酉・丙戌・丁亥・戊子・己丑・庚寅。年干庚は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱甲申より順推して乙酉・丙戌・丁亥……。この造は三個の申金、兩個の庚金、共に五處の金ありて癸水を生ず。ただ月干甲木と日支卯木の兩點の木氣あるのみ。金多くして水濁り、木弱くして傷を受く。これ下文に彼の殘疾を斷ずる憑據なり。上の一造の殤孩と同じく「印重身軽」に属す。一つは夭、一つは殘。程度同じからずして病理相通ず。
前論印重身輕之命。生甫匝月。即遭夭殤。余曾於友人家得視一造。亦為印重身輕。但僅不良於行。體格尚健。茲已魁梧奇偉。有成人氣象矣。夫癸水生於孟秋。重金五見。實鑑所謂金多水濁。亦滿盤濁氣耳。甲卯雨水,既時失勢。豈能周旋於刀槍劍戟之中。
前に論ぜし印重身軽の命、生まれて剛ぎ滿月にして夭折せり。我かつて朋友の家に於て別の一造を見る。亦た印重身軽なれども、ただ行動不便なるのみ。體格還りて強健と算し、如今已に魁梧奇偉に長じ、甚だ成人の氣象あり。この一造を看るに:癸水孟秋七月に生まれ、金重きこと五處の多きに至る。まさに《寶鑑》のいう所の「金多水濁」(底本の「實鑑」は當に「寶鑑」の訛りとすべし)。滿盤皆濁氣なり——印は本來身を生ずるも、多きに至って災を成し、反つて日主の清氣を渾濁せしむ。局中の甲木と卯木の兩點の木氣(底本の「雨水」は當に「兩木」とすべし)、既に時令に當らずまた氣勢を失う。豈に能く刀槍劍戟のごとき重金の中に周旋せんや。
命局偏枯如是,益以兩歲辛酉年。沖去卯木長生。陰金陽金會合。其遭殘疾宜矣。設非跛足。殃禍之變。或有更甚者,刻走酉運以戊寅年最凶。丙運以下。雲開見日,錦繡前程。未可限量。
命局偏枯なることこの地步に至り、加うるに兩歳の那年は辛酉なり。酉は日支卯と相冲し、卯木のこの長生の地を冲掉す。陰金(辛・酉)と陽金(庚・申)會合成勢し、木摧折せらる——木は四肢筋骨を主る。ゆえに殘疾に遭遇するは理の當然なり。假使跛足に非ざれば、災禍の變故或いは還りて更に重からん。眼下酉運を走る。その中戊寅年をもって最も凶とす(寅申相冲、木根再び動く)。丙運以下火來りて局を暖め、重金を制住すれば、則ち雲開き日を見、錦繍前程未だ限量すべからず。この造は殤孩の一造と幷列す。作者の用意は説明するに在り:同一種の病も、輕重同じからざれば、應驗の程度も同じからず。命を讀むに分寸能くすることを須とす。
孫群命造
甲寅 丁卯 戊寅 甲寅 十一 戊辰 廿一 己巳 三一 庚午 四一 辛未 五一 壬申 六一 癸酉 七一 甲戌
年柱甲寅、月柱丁卯、日柱戊寅、時柱甲寅、日主戊土は卯月に生まる。大運は十一歳に起こり、順に戊辰・己巳・庚午・辛未・壬申・癸酉・甲戌。年干甲は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱丁卯より順推して戊辰・己巳・庚午……。この造は三個の寅、一個の卯、兩個の甲、木氣六位を占む。戊土日主孤立無援、ただ月干丁火の一點の印綬あるのみ。木は土を剋して七殺と為る。殺重身輕已に極まる。下文にこの一造を借りて「制殺」と「化殺」の分別を講ず。全篇議論最も精彩なる一段なり。
汪君以此命垂詢。謂繫亡友孫群之造。何以生前走火運大利。金運大敗。申金運且作屈原汨羅以自盡。余曰。殺重身輕。設無丁印。何以自存。殺之太過。逢傷食制之不足。反激其怒。何如印綬生化之為美。此所以金運遠不及火運也。申運沖寅。一金為三木所敗。命遭不祿。亦所當然。
汪君この命を持ちて我に問う。曰く亡友孫群の命造なり。問う何以生前火運を走りて大いに利を得、金運を走りて大いに敗れ、申金運に至りて竟に屈原の汨羅に投げるに效いて自盡せしやと。我答えていわく:この造殺重身軽。假使月干丁火のこの一點の印綬なかりせば、日主根本自存する由なし。七殺太過の時、若し食傷に遇いこれを制せんとして力量足らざれば、反つてその怒氣を激起す。何ぞ印綬を用いて殺氣を生化して過來るの穩妥なるに如かんや。これすなわち彼の金運を走る(金は食傷、殺を制するも力弱し)こと火運を走る(火は印綬、殺を化して身を生ず)に遠く及ばざるの緣故なり。申運三個の寅と相冲す。一個の金三個の木に對付せんとす。寡は衆に敵せずして木に敗れ、これにより喪命す。亦た理の當然なり。
夫殺重之命。正如盜匪侵主逢印。如遇仲連排難。足以斡旋兩方。各不傷和。若逢傷官食神。而無力量。乃如忽至老弱殘警。欲逮捕之。勢必警匪相戰。終於警為匪殺。反激匪怒。為事主者。則如棟折榱崩。其危不言可喻矣。故凡命中忌神太過只宜洩化不宜強制制之有力則益。制之不足則損,此亦餘經驗談也。
作者つづきて一個の極めて生動なる比方を打つ:殺重の命、正しく強盜の主人の家に闖入するがごとし。この時若し印綬に遇わば、好比魯仲連のごとき善く難を排し紛を解する人を請來するに等しく、足りて兩方の間に斡旋し、誰も和氣を傷らず——印は一面殺の生を受け、一面轉じて身を生ず。兩邊ともにその所を得。若し遇う所は傷官食神にして力量足らざれば、好比忽然として幾個かの老弱殘兵のごとき警察來りて逮捕せんと欲すに等しく、勢い匪徒と交戰せざるを得ず、結果警察反つて匪徒に殺され、更に匪徒の怒火を激起す。事主を作るのこの一家、棟梁折れ椽子崩るるがごとし。危險言わずして喻るべし。ゆえに凡そ命中忌神太過の者は、ただ泄化を宜とし強制を宜とせず:制し得る動きあれば益あり、制し得ざれば反つてその損を受く。これ亦た我が經驗の談なり。
潮州鄭君命造
壬午 己酉 庚申 丙子 八歲 庚戌 十八 辛亥 廿八 壬子 三八 癸丑 四八 甲寅 五八 乙卯
年柱壬午、月柱己酉、日柱庚申、時柱丙子、日主庚金は酉月に生まる。大運は八歳に起こり、順に庚戌・辛亥・壬子・癸丑・甲寅・乙卯。年干壬は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱己酉より順推して庚戌・辛亥・壬子……。この造は庚金酉月に生まれまた申に坐す。祿旺俱全なり。年干壬水秀を泄し、申子水局を會成し、時干丙火七殺孤懸無根なり。前人彼に勸めて殺を用いて政に從わしめんとす。作者は卻って食神を用いて商を經ぐを主張す。兩説の分歧全く丙火の水に敵し得るや否やに在り。下文すなわちこの場の辯論なり。
此潮州人鄭君命造也。曩時請人批命。咸謂酉月庚申日。喜火鍛鍊。應用丙殺。有勸其涉跡政界者。前歲囑余推評。余曰。庚金得祿旺於秋令。年干透壬。支會申子。水盛而居相位。丙火豈能敵相水而制旺金。五行缺木。丙更無力。殺弗能和,不如用壬水食神。以順金勢,並洩秀氣。
これは潮州人鄭君の命造なり。從前人に請うて命を批さしむるに、皆曰く酉月の庚申日、火の來りて鍛煉するを喜ぶべし。當に時干丙火七殺を取りて用と為すべしと。或る人還りて彼に勸めて政界に涉足せしめんとす。前年彼我に推評を囑す。我曰く:庚金酉月に於て旺を得、申支に於て祿を得、本身極めて強し。年干壬水を透出し、地支申と子水局を會成す。水すでに盛にしてまた「相」位に居る(令に當る者を旺と為し、令神の生ずる所を相と為す。秋金は水を生ず。ゆえに水相氣を得)。區區一個の丙火、豈に得勢の水に敵することを得んや、また豈に極旺の金を制することを得んや。何況五行に木を缺き、丙火それを生ずる源頭なく、いよいよ無力なり。七殺調和し來らず。壬水食神を取りて用と為すに如かず。金の氣勢に順いて泄し、秀氣を引き出せ。
士而為商。庶乎近之。金水澄清。貨殖餘暇。致力名山事業。亦足以著述自豪。豈不快意。鄭君領首應之曰。幼攻舉子業。但終功名不售。年三十一。改營商務。則得心應手。尤以甲,運盈財最巨。並謂素上詞曲。原將畢生著作。付梓問世。
食神は口腹を主り、經營を主る。ゆえに讀書人より轉じて商を經ぐるこそ、彼の命に相近しきなれ。金水澄清、氣象通透、生意を為す餘暇に著述のごとき傳えて久遠なる事業に致力す。また自豪するに足り、豈に快意ならずや。鄭君點頭して答えて曰く:我幼年科擧の業を攻讀せり。然れども功名終に考取せず。三十一歳商務に改營す。便ち心手に應ず。いよいよ甲運の裏獲利最も大なり。又自ら一向詞曲を愛好すると言い、本來畢生の著作を付印して世に問わんと打算す。作者の斷ずる所と彼の實歴句句相合す。見るべし、用神の取り違え取り得たるは、直ちに一個の人の一生何の路を走るかに關す。
洵哉。評命擇業。關鍵全繫乎用神之斟酌。設鄭君羨慕虛榮。而信用殺之一言。終身捲入宦海。恐一官半秩。且未得意。巨不惜乎。預卜寅乙兩運。食神見財。營商獲利。更有厚望焉。
確かに、命を評して人のために業を擇ぶ、關鍵全く用神の斟酌に在り。假使鄭君虚榮を羨慕し、「用殺從政」のこの句話を聽信せば、一輩子宦海に卷入せられ、おそらく一官半職も稱心能わず。豈に可惜ならずや(底本の「巨不惜乎」は「巨」當に「豈」とすべし)。預料將來の寅運・乙運、食神財星に遇上す(寅・乙皆木にして、庚金の財と為る)。食神は財を生ず。經商必ず獲利せん。いよいよ期望すべし。この一造は前の榮宗敬・冼冠生の諸造と合看すべし。知るべし、韋氏の事業を論ずるは從來十神の名目を憑りて貴賤を定めず、ただこの神の此の局中に於て走り通ずるか走り通通ぜざるかを問うのみ。
兩行成象・某政界翹楚命造
癸酉 庚申 壬子 辛亥 八歲 己未 十八 戊午 廿八 丁巳 三八 丙辰 四八 乙卯 五八 甲寅 六八 癸丑
年柱癸酉、月柱庚申、日柱壬子、時柱辛亥、日主壬水は申月に生まる。大運は八歳に起こり、順に己未・戊午・丁巳・丙辰・乙卯・甲寅・癸丑。年干癸は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱庚申より倒退して己未・戊午・丁巳……。早年南方の火土、中年以後東方の木地に轉ず。この造は八個の字の裏ただ金と水の兩行あるのみ:庚・辛・申・酉は西方金、壬・癸・亥・子は北方水。一半對一半にして毫も火土の摻雜なし。命書これを「兩行成象」と稱す。下文すなわちこれにより格を立つ。
此命為兩行成象。蓋庚辛申酉西方金。壬癸亥子北方水。金水各居其半。兩行相停。無火土混淆。益以壬祿在亥。庚祿在申。癸祿在子。辛祿在酉。又稱交祿。洵貴格也。王元鼎囑余推餘。余曰。當必仕宦中人。決非凡俗一流。其清純無疵。亦且權高位崇。廉潔有政聲。漢代循吏。不是過也。
この命は「兩行成象」に属す:庚・辛・申・酉は西方金、壬・癸・亥・子是れ北方水。金と水各々一半を占め、兩行分量相當、中間に火土の來りて混淆するなし——命局純粹なることただ一種の氣勢あるのみ。便ち自ら格局を成し、再び尋常の抑扶を按じて取用せず。加うるに壬の祿は亥に在り、庚の祿は申に在り、癸の祿は子に在り、辛の祿は酉に在り。四個の天干各々支上に祿を得。又「交祿」と叫ぶ。實に貴格なり。王元鼎我に推算を囑す。我曰く:これ必ず仕宦中の人なり。決して凡俗の一流に非ず。命局清純無疵、また權を當て位高く勢重し。官と為りて廉潔にして政聲あり。漢代の史書に稱する所の「循吏」も不過此のごとし。
餘因詢之王君。此命為何許人。王君笑而應之曰。先生言之誠是。惟其姓名。恕守秘密。政界翹楚之一耳。據聞四十歲前。栗碌鮮祥。辰運後。方見風雲際會。蓋早年一派火土運。火之克金。土之克水。大悖于格。自屬坎坷。
我因りて王君に問う:この命是何人ぞ。王君笑うて答えて曰く:先生の説く所全く對なり。ただ姓名請う恕して秘密を保守せしめん。彼は政界の翹楚の一なるのみ。據説彼四十歳以前碌碌奇なし、吉慶少なし。辰運以後に至り、始めて風雲際會を見る。これ則ち早年一路火土の運を行き、火來りて金を剋し、土來りて水を剋し、「兩行成象」の格局と大相違背せるがゆえなり——專格最も一物の來りてその純粹を破るを忌む。ゆえにあの數年自然坎坷なり。
迨辰運之曾成水局。乙卯甲三運。木之洩秀。宜其平地聲雷。登龍門而名高望重。展驥足以氣吐眉揚。寅運沖申,雖有亥合。終屬不利。幸勿戀棧。早退林泉為最妙。
辰運に及び、辰は申・子と會して水局を成す(底本の「曾成」は「會成」とすべし)。格局重ねて純粹に歸す。つづく乙・卯・甲の三運、木來りて水の秀氣を泄す——兩行成象の局最もその勢に順いて泄するを喜び、その勢に逆いて剋するを喜ばず。ゆえに彼平地一聲雷、躍登龍門して名高く望重し。駿馬の足を伸ぶるを得るがごとく、揚眉吐氣す。寅運に至れば、寅は月支申と相冲す。時支亥の來りて寅を合するあるといえども、終に不利なり。あの時最も官位を戀棧せず、早く林泉に退歸するを妙と為すべし。
某女史命造
辛丑 乙未 己亥 壬申 七歲 丙申 十七 丁酉 廿七 戊戌 三七 己亥 四七 庚子 五七 辛丑
これは善く畫くをもって知名なる女史の命造なり。年柱辛丑、月柱乙未、日柱己亥、時柱壬申、日主己土は未月に生まる。大運は七歳に起こり、順に丙申・丁酉・戊戌・己亥・庚子・辛丑。年干辛は陰に属し、女命は陰年に生まれれば則ち大運順排す。ゆえに月柱乙未より順推して丙申・丁酉・戊戌……。この造は地支丑と未相冲し、天干辛と乙相戰す。看似交爭す。然るに時干壬水は財、亥中甲木は正官。財は能く官を生ず。まさに女命の夫を看るの緊要の處なり。
此蘭英史之命也。女史以善畫名於時。已生未月。身主不弱。地支丑未相沖。天干辛乙交戰。七殺為食神追制。不如亥中甲木正官。寄生於母宮火為美。應以官為夫星。時透壬財。則財以生官。而官不畏傷食剋制。宜其英姿瘋爽。藝術絕倫。益且夫子面美。誠得天獨厚者也。
これは蘭英女史の命造にして、彼女善く畫くをもって名一時に重し。己土未月に生まれ、本氣令を當て、日主弱からず。地支丑と未相冲し、天干辛金と乙木交戰す:乙木は己土の七殺、辛金は食神。食神緊追して去りて殺を制す。殺すでに傷を受け、取用するに足らず。時支亥中の蔵する甲木正官を取るに如かず——甲木亥に於て長生を得、母宮に寄生す(水は木を生ず。ゆえに水を木の母宮と稱す)。配合いよいよ美なり。女命官をもって夫星と為す。この造正に甲木正官をもって夫と為すべし。時干また壬水を透して財と為す。財去りて官を生ず。官星源あれば、食傷の來りて剋制するを怕れず。怪しむべからず、彼女英姿颯爽(底本の「瘋爽」は「颯爽」とすべし)、藝術超絶、しかも夫・子兩星ともに美なり(底本の「面美」は「兩美」とすべし)。真に得天獨厚なり。
戊戍十年劫財運。始而夫病幾危。繼則自身遇盜。亦云險矣。此後己運平滯。亥運以下。一路金水。蔗境餘甘。頤養安逸。
戊戌のこの十年は劫財の運なり。劫財は財を奪う。財一たび傷つけば則ち官星源頭を失う:開頭は丈夫病重くしてほとんど治せず、つづくは自身盗劫に遇上す。また凶險と算すべし。此後己運平淡呆滯なり。亥運以下一路金水——亥は甲木正官の長生の地、金水また能く木を生じ土を潤す。晩境甘美、安逸にして頤養すべし。この一段は前の「妻財」の章と對看すべし:彼處は男命の妻を看るに妻星と妻宮を分つを説き、此處は女命の夫を看るに夫星と夫宮を分つを説く。道理は一様なり。皆ただ一個の字を憑りて論斷する能わず。
神峰通考載有一命。為辛丑乙未戊戍庚申。乃重土重金。而只有一木。正官受損太過。運至酉金。再克木。卒至自縊而亡。按此兩命。一以有財。而官不受害。所以福慧雙修。一以無財。而成偏枯之局。終自經於溝瀆。不綦慘乎。總之。女命首重夫子兩星。然求夫子兩宮之並美。更非財星不為功也。
《神峰通考》に一個の命を載す:辛丑・乙未・戊戌・庚申。あの一造土重く金もまた重く、然るにただ一個の木あるのみ。正官受損すること太過。酉運に行き至り、金再び木を剋し、ついに自縊して死す。この兩個の命を比較す:一つは財星(壬水)中間に在りて轉圜するあるがゆえに、官星傷害を受けず、ゆえに福慧雙修す。一つは財星なきがゆえに、偏枯の局を成し、最後に溝瀆の間に自盡す。豈に太だ惨ならずや。總じて女命まず夫・子兩星を重んず。然れども夫宮子宮ともに美滿ならんことを求めば、更に財星有るに非ざれば成功能わず——財は能く官を生じ官を護る。これ女命の樞紐なり。この二造竝列せしは、まさに韋氏の慣用する對照法なり:同じ年月にして配置稍々異なれば、禍福懸殊たり。
陸維屏命造
乙未 甲申 癸巳 丙辰 三歲 癸未 十三 壬午 廿三 辛巳 三三 庚辰 四三 己卯 五三 戊寅
年柱乙未、月柱甲申、日柱癸巳、時柱丙辰、日主癸水は申月に生まる。大運は三歳に起こり、順に癸未・壬午・辛巳・庚辰・己卯・戊寅。年干乙は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱甲申より倒退して癸未・壬午・辛巳……。この一造は下文に擧ぐる彼の朋友の命とただ年支・日支の互換するを差すのみ(一は乙未・癸巳、一は乙巳・癸未)。八個の字完全に相同じくして位置不同なり。正好く「同字異位」の分別を説明するに用い、全書中極めて難得なる一組の對照なり。
漳州中央銀行總理陸維屏君。精研命理。當示余二造。八字相同。惟年支日支易位而已。一即陸君本人之命。(排列如上)一乃其友。廈門交通銀行某君之造。為乙巳甲申癸未丙辰。余曰。癸水生申月。母強子健。辰為水之餘氣。巳申又化水。身不為弱。甲乙丙並透。則木火金水相停。
漳州中央銀行の總理陸維屏君は命理を精研し、かつて我に兩個の命造を見せり:八個の字完全に相同じく、ただ年支と日支と位置を互換するのみ。一つは則ち陸君本人の命(排列は上に見ゆ)、一つは彼の朋友、厦門交通銀行某君の命造にして、乙巳・甲申・癸未・丙辰と為る。我曰く:癸水申月に生まれ、申金は水の母にして、母強ければ則ち子健なり。辰は水の餘氣、巳は申と相合してまた能く水を化す。ゆえに日主弱しと算せず。天干甲・乙・丙一齊に透出し、木火金水四行分量相當、皆偏枯せず。ここに至るまで、兩造の論斷完全に一樣なり。分別は下一層に至りて始めて見出ださる。
惟君造坐巳。巳內有庚金。日主較強,貴友坐未。未為燥土。並中藏木火。日主較弱。所以有異者。君喜逢木火。貴友喜遇金水。揆諸行運。都金水蓋頭。以論環境。或君不如貴友耳。陸君唯唯而退。
ただ您の命は日支巳に坐す。巳中に庚金を蔵し、金は能く水を生ず。日主較強なり。您の朋友の命は日支未に坐す。未は燥土にして、その中兼ねて木と火を蔵し、水を泄しまた水を耗す。日主較弱なり。分別則ちこの一點上に在り:您は身強、木火に遇うを喜ぶ(身を泄し身を耗す)。您の朋友は身弱、金水に遇うを喜ぶ(身を生じ身を幇く)。再び兩人の行運を對照するに、大運天干皆金水の「蓋頭」(運干は運支の上に壓す)。是のごとくなれば則ち環境を以て論ずれば、或いは您反つて您の朋友に如かず。陸君連聲是を稱して退く。この造最も功夫を見る:同じ八個の字、ただ日支一換するがためのみに、喜忌便ち完全に相反す。所謂「毫釐千里」まさにこれを指す。
某婦再醮命造
丙戌 丙申 乙巳 庚辰 三歲 乙未 十三 甲午 廿三 癸巳 三三 壬辰 四三 辛卯 五三 庚寅
これは一個の女命なり。年柱丙戌、月柱丙申、日柱乙巳、時柱庚辰、日主乙木は申月に生まる。大運は三歳に起こり、順に乙未・甲午・癸巳・壬辰・辛卯・庚寅。年干丙は陽に属し、女命は逆排ゆえ、月柱丙申より倒退して乙未・甲午・癸巳……。早年一路東南の木火なり。この造は時干庚金は乙木の正官すなわち夫星、申月に坐して祿を得、本極めて有力なり。無奈年月の兩個の丙火と日支巳火と合力して庚を剋す。全局また水を缺く。これ下文に彼女の兩次の婚姻を斷ずる根據なり。
此乃女命。乙生申月。時座庚金。夫星得祿。惜乎兩丙一巳。克庚太甚。且五行少水。無印幫身。亦屬偏枯之局。更以早年多東南運。故綠窗貧苦。落於寒微之門。初嬪木商,行屆已運。忽失所天。淒涼特甚。
これは一個の女命なり。乙木申月に生まれ、時柱は庚金に坐す。庚申に於て祿を得、夫星本來甚だ力量あり。可惜年月の兩個の丙火加うるに日支巳中の丙火、庚を剋すること太甚——丙火は乙木の傷官、傷官最も能く夫星を傷る。しかも五行水を缺き、印綬ありて身を幇き傷を制するなし。また偏枯の局に属す。加うるに早年多く東南木火の運を走る。火いよいよ旺にして官いよいよ傷つ。ゆえに彼女出身寒微、閨中清苦なり(「綠窗」は貧家の女子の居處を指す)。初め一個の木材商人に嫁ぐ。巳運に行き至り、巳火申を合して庚を剋す。忽然夫を喪う(「所天」は女子の依恃する丈夫を謂う)。境況分外淒涼なり。
三十五歲再醮某醫。醫本無藉藉名,得婦後。生涯激增。門庭若市。十餘年來。盈財鉅萬。家境日隆。查此子之行壬辰辛三運。水金幫夫。或亦與有功歟。婦聞術家言。卯寅運皆多不利。因就詢於餘。余曰。卯運幫身。且蓋頭為辛金。不足為慮。庚運助官。晚境最優。寅運沖申。官根動搖。非自身殲滅。即夫遭不祿。尤以六十一歲丙戍年。危如累卵矣。
三十五歳にして一位の醫生に改嫁す。この醫生本來名氣あることなし。彼女を娶りて後生意驟増し、門庭市のごとし。十餘年來財を積むこと巨萬。家境日に日に興隆す。彼女の行く所の壬・辰・辛の三運を查するに、壬水は丙を制し、辰土は金を生じ、辛金は官を助く。皆夫星を幇扶す。これ大概亦た功あるならん——命書に妻能く夫を旺すと曰う。看る所は正に妻造中の夫星得力せるや否やなり。この婦人術士に聽きて卯運・寅運皆多く不利なりと曰いて、因りて來りて我に問う。我曰く:卯運は比肩身を幇く。しかも運干「蓋頭」するは辛金にして、能く官星を護る。慮るに足らず。庚運直ちに官星を助起す。晩境最も好し。寅運月支申と相冲す。官星の根基動搖す。自身受損するに非ざれば、則ち丈夫不測に遭うなり。いよいよ六十一歳の丙戌年、丙火再び來りて庚を剋す。あれは危きこと累卵のごとし。
杜白命造
甲辰 丁丑 辛未 戊戌 二歲 戊寅 十二 己卯 廿二 庚辰 三二 辛巳 四二 壬午 五二 癸未
年柱甲辰、月柱丁丑、日柱辛未、時柱戊戌、日主辛金は丑月に生まる。大運は二歳に起こり、順に戊寅・己卯・庚辰・辛巳・壬午・癸未。年干甲は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱丁丑より順推して戊寅・己卯・庚辰……。この造は地支辰・丑・未・戌の四庫齊全し、全く土なり。時干また戊土を透す。土多くして辛金細弱。「土重金埋」の四字一望知るべし。年干甲木本來土を疏すべきも、偏に月干丁火に泄去せらる。病根まさにここに在り。下文の取用と後面に擧ぐる擧人の一造との對照、皆これより生發す。
此為杜白先生之命。杜先生供職郵局。客歲從餘學命。一年來頗見猛進。近蒙討論其本命之喜忌。余曰。辛生冬尾春前。四支皆土。時座透戊。則更不免土重金埋。年頭甲木。足可制土。何奈丁火毗鄰。洩木生土。病根深矣。
これは杜白先生の命造なり。杜先生は郵局に供職し、去年我に從いて命を學ぶ。一年來進步甚だ速し。近來我と彼本人命中の喜忌を討論す。我曰く:辛金冬末春前の十二月に生まれ、四個の地支全く土なり。時柱また戊土を透出す。更に土重くして金を埋住するを免れず——辛金は陰柔の金にして、珠のごとく玉のごとく、最も厚土の掩蓋を怕る。庚金の頑鈍にして土の生を受くるを得るに比ぶべからず。年干甲木本來群土を剋制するに足る。無奈丁火緊挨して旁に在り、甲木の氣を泄去して轉じて土を生ず。一泄一生。病根則ち深し。これすなわち命書のいう所の「病」なり:本來救應の物あるを、卻って別の一物に暗中に破壞せらる。
自喜水之克丁。木之疏土。而獨忌火土之助虐。逢金雖傷甲木。但能幫身。稍解母旺子虛之苦。不作劣論。一生以庚辛運足可溫飽。壬運合丁。如鴻毛遇風。飄然而舉。枯苗得雨。勃然而舉。巳午運生土堪憂。幸蓋頭為辛壬。天不困人。瑕瑜互見而已。
これにより彼自然水の來りて丁火を剋し、木の來りて土氣を疏鬆するを喜び、而して單に火土の病勢を助長するを忌む。金に遇うに至っては、金は甲木を剋して救應の神を傷るといえども、卻って能く日主を幇扶し、稍稍「母旺子虚」(土多きを母と為し、金弱きを子と為す。母過旺なれば則ち子反つて累を受く)の苦處を緩解す。ゆえに壞運と算せず。一生の中、庚運・辛運足りて溫飽すべし。壬運丁火と相合し、あの木を泄し土を生ずる病神を合住す。鴻毛の風に遇うがごとく、飄然として飛起す。また枯苗の雨に遇うがごとく、勃然として興起す。巳運・午運火來りて土を生ず。甚だ憂慮すべし。所幸この兩步の運干「蓋頭」は辛と壬にして、能く地支の力を減ず。上天人の路を絕つに至らず。ただ瑕瑜互見するのみ。
三命通會載有一舉人命。為甲寅丁丑辛未戊戍。與君造僅差一字。緣甲坐寅位。財較得力。制土功深。所以有刺謬之別矣。然亦以丁火為病。故功名止於孝廉。不能再進官階也。
《三命通會》に一位擧人の命を載す:甲寅・丁丑・辛未・戊戌。杜先生の命とただ一個の字を差すのみ(年支辰を寅に換う)。則ち甲木寅位に坐するがゆえに——寅は甲木の祿地、木根を得——この一點の財星(木は辛金の財)便ち得力すること多く、群土を剋制する功效また深し。ゆえに兩造の結果大相徑庭す(底本の「刺謬」はすなわち「剌謬」、相違背するを謂う)。不過あの一造同じく丁火をもって病と為す。ゆえに功名ただ擧人に至るに止まる(「孝廉」は擧人の舊稱)。更に一步を進む能わず。同じ八個の字の裏一個の字を換う。一つは溫飽に止まり、一つは中式擧人なり。仍お同一個の病神に受制す——これ本書最も喜用する對照法なり。
