行運の雜綴
作盤ガイド: 八字作盤
身旺而四柱傷盡官星,行財運則當發福。用官而見傷官,妙入財印之運。用傷官而多者,宜印運。用傷官而少者,忌印運。用傷官而見官者,運入官旺鄉,禍不堪言,雖有吉神解救,亦必生惡疾,甚至殘軀,或遭官事。傷官原有官星,行去官運發福。傷官帶印,不宜再行財運。傷官用印,運行官殺為宜,印運亦吉,傷食不礙,財運則凶。
以下は行運の零星の断語。身旺にして四柱の官星は傷官に克せられて乾乾淨淨たり。これを「傷盡官星」と叫ぶ。この時財運を走れば便ち發福に当たる――財はよく傷官の気を引いて財の上に至らしめ、さらに官星と糾纏せず。いわんや身旺はまさに財に任ずるに便なり。官星を以て用と為して柱中に偏に傷官を見るは、最も妙は財運あるいは印運を走る。財はよく傷官と官星との關を通じ、印はよく直接に傷官を制住す。傷官を用いて傷官の過多なるは、印運を走るを宜とす。印は来て過度の泄気を止住す。傷官を用いて傷官のもと少なきは、印運を走るを忌む。印は一たび来ればわずか有るのみの傷官をも克し掉す。傷官を用いて柱中また官星を見るは、一たび運は官星の旺地に入れば、禍患は言説に堪えず。縱うす吉神の解救あるも、また必ず惡疾を生じ、甚だしきは身体殘傷し、あるいは官司に惹れ上ぐ。もし命中の傷官はもとより官星と並存すれば、官星を除去するの運に走到ればかえって發福す。傷官格にして柱中に印を帯ぶるは、さらに財運を走るを宜からず。財は印を壞らん。傷官に印を用うるは、官殺運を走る最も宜し。官殺は印を生ず。印運もまた吉なり。さらに食傷運を走るも事を碍げず。独り財運のみ凶と為る。財は一たび印を壞れば、用神は便ち傷わる。
傷官多印比,而財淺者,喜行財運或傷官運。傷官用財者,行財得地運發福,逢敗財運必死。傷官用財,不宜比劫運。傷官用財,行財旺身輕運則吉。傷官而有殺印,印運最利,傷食亦亨,雜印非吉,逢財即危。四柱殺旺運純,身旺為官清貴(運純獨行制殺運也)。時上偏官無制伏,行制運亦可發福。
傷官格にして印綬比劫多く財星淺薄なるは、財運あるいは傷官運を走るを喜ぶ。財はよく過重の印を損じ去り、傷官はよく淺薄の財を生起す。財を以て用と為すの傷官格は、財星の地を得るの運に走到れば便ち發福す。財星の敗絶の運に走到ればすなわち必ず死す――用神は一たび絶えれば、命もまたこれに随う。傷官に財を用うるは、比劫運を走るを宜からず。比劫は財を奪う。傷官に財を用うるは、財旺にして身太重からざるの運を走ればすなわち吉。財旺なればすなわち用神は勢を得。傷官格にして柱中また七殺ありまた印あるは、印運は最も有利。印はよく殺を化して身を生ず。食傷運もまた亨通す。食傷はよく殺を制す。雜亂の印はかえって吉ならず。一たび財運に遇えば便ち危險。財はすでに印を壞りまた殺を生ず。四柱は七殺旺にして行運は純一なるは、ただ身旺なれば、官を為すこと必然にして清貴なり――作者自注。いわゆる「運純」とは、説く所は専ら殺を制するの運を走りて別路を夾雜せざるを謂う。時柱の上の偏官はもし柱中に制伏する物なければ、それを制し得るの運に走到れば、また發福し得。
柱中七殺,坐祿乘旺,發自坐長生臨官帝旺,又帶比劫,財能化鬼為官,運入印鄉必發。制殺太過為貧儒,但行財運醒殺,亦發威權。七殺乘旺,身又逢刃,貴不可言,只忌財旺生殺,歲運加之,身旺且多災,身弱則尤甚。殺強身弱有印,最忌財運。殺旺身弱,行身弱運,禍不旋踵。身強殺淺,殺運無妨。身殺俱旺無制伏,又行殺旺運,雖貴不久。殺重宜制,如行官殺運,不死必貧。七殺行官殺混雜之運,或制伏太過之運,多去官退職,甚至凶死。
柱中の七殺は祿位の上に坐して旺気に乗り、日主は自家また長生・臨官・帝旺の地に坐し、また比肩劫財を帯びて身を助く。この時財星はよく身を攻むるの「鬼」を轉じて有用の官と為す(七殺は制なければ鬼と叫ばれ、制有り化有りて初めて官と称せらる)。運は印鄕に入れば必ず發達す。反対に、殺を制するを制すこと太過なるは、多半はただ清苦の讀書人。ただ財運を走りて壓死せられたる殺を重新に引動せしむれば――財はよく殺を生ず――また威權を發せり。七殺は旺に乘りて日主また羊刃に坐するは、貴なること言うべからず。殺と刃と相濟するはまさに權を掌るの象。忌む所はただ財旺して殺を生じ、歲運はさらに一重の財を添う。身旺はなお灾多し。身弱はすなわちさらに言うを用いず。殺強に身弱にして全く印に靠りて化するは、最も財運を忌む。財は一たび印を壞れば、殺は便ち直ちに日主を攻む。殺旺に身弱にして、さらに身をしてさらに弱ならしむるの運を走れば、禍事は轉眼に至る。身強にして殺淺きは、殺運を走る妨げず。まさに殺氣を補足す。身と殺とみな旺にして制伏の神なく、また殺旺の運を走れば、縱うす貴顯たるもまた長久せず。殺重はもとより制伏すべきに、もしかえって官殺の運を走れば、死せざるもまた貧ならん。七殺にして官殺混雜の運を走り、あるいは制伏太過の運を走れば、多半は官を去り職を退き、甚だしきは凶死す。
殺用食制,殺重食輕,則喜助食之運;殺輕食重,則喜助殺之運。殺食平均,而日主根輕,則喜助身之運。帶殺正官,不論去官留殺,去殺留官,身輕則喜助身,食輕則喜助食。日干衰弱,但不能從殺,殺即有制有化,歲運逢財旺殺旺地,必成災禍。倘更無制無化,歲運逢財逢殺旺地,無不危亡。身殺兩等,行運寧可扶身。
食神を用いて殺を制する。もし殺重くして食輕ければ、すなわち食神を幇助するの運を走るを喜ぶ。もし殺輕くして食重ければ、かえって七殺を幇助するの運を走るを喜ぶ――両辺は総じて拉平せんことを要す。もし殺と食ともともと均衡して、ただ日主の根氣太輕なれば、すなわち身を助くるの運を走るを喜ぶ。正官にして七殺を帶ぶるは、官を除きて殺を留むると殺を除きて官を留むるとを論ぜず。凡そ身輕ければすなわち身を助くるの運を喜び、食輕ければすなわち食を助くるの運を喜ぶ。日干は衰弱なるといえども、しかるにまた弱きこと徹底せるに足らず、從殺と作りて論ずる能わず。この時縱うす柱中は殺に對して制有り化有るも、一たび歲運は財旺・殺旺の地に走到れば、また必ず灾を成す。倘若柱中はもとより制なく化なければ、歲運はさらに財に逢い殺旺の地に逢えば、危亡せざるはなし。身と殺と勢均力敵なるは、行運は寧ろ身を扶する一辺に偏向す――身は立ち得て、殺は初めて我が用と為る。
原有制伏,殺出為福。原無制伏,殺出為禍。(原有即八字既有七殺、又有制殺,殺出、即行殺運也,此指身弱而言。)官星純正,行運復得官旺之鄉,或官星成局之運,或財旺生官之地,皆是作福之處。(此指身強而言)。日干弱,財官旺,又有殺混,行運復遇,更是徒流之命。
原局にすでに制伏の神あるは、運の上にさらに七殺を出づればかえって福と為る。原局に制伏なきは、運の上に殺を出づれば便ち禍と成る。作者自注に曰く。いわゆる「原有」とは、指す所は八字の裡にすでに七殺ありまた殺を制するの物あるを謂う。いわゆる「殺出」とは、すなわち七殺の運を走るを謂う。この一条はすなわち身弱に就いて言うなりと。官星は純正にして雜なからざるは、行運はさらに官星の旺地に走到し、あるいは官星の会して一局を成すの運に走到し、あるいは財旺して官を生ずるの地に走到れば、みな福を作るの処なり。作者自注。この一条はすなわち身強に就いて言う――身強なれば初めて官旺を受け得と。日干弱くして財官すでに旺にして、また七殺の来て混雜するあるは、行運はさらに財官殺の地に遇上れば、すなわちさらに流徙充軍のごときの苦命なり。
正官如月時重犯,天干多透,再行官旺鄉,變官為鬼,旺處必傾,多致災夭。正官格,行殺運,即是殺來混官。正官格,行墓運,即是官星入墓。財官旺強,日主衰弱,行運至財殺旺鄉,多染勞療。正官為用,大忌行運至傷官之地,更忌刑沖破害之運。正官而用財印,身稍輕,則喜助身運,官稍輕,則喜助官運。
正官はもし月柱・時柱の上に重複して出現し、天干また多処に透出し、さらに官星の旺地を走れば、正官は便ち変じて身を攻むる鬼と為る。旺なること極処に至れば必ず傾覆し、多く災殃夭折を招く。正官格は七殺運を走れば、すなわち七殺の来て官星を混雜するに等しく、格局は立刻に濁に変ず。正官格は官星の墓運に走到れば、すなわち官星の墓に入るに等しく、用神は收藏せられて事に任じる能わず。財官旺強にして日主衰弱なるは、行運は財殺の旺郷に走到れば、多半は癆瘵の症に染む(底本の「勞療」はすなわち「癆瘵」)。正官を以て用神と為すは、最も傷官の地に行運するを忌む。傷官はまさに官星を克す。さらに刑・冲・破・害の運を忌む。官根は一動けば便ち立ち得ず。正官格にして兼ねて財と印とを用うるは、両頭の孰れか軽きを看るを要す。身稍々軽ければすなわち身を助くるの運を喜び、官稍々軽ければすなわち官を助くるの運を喜ぶ。
正官用財,運喜印綬身旺之地,切忌食傷,然若身旺而財輕官弱,仍喜財官運也。正官帶傷食而用印制,運喜官旺印旺之鄉。正官而帶殺,其命中用比合殺,則財運可行,傷食可行,只不可復露七殺;若命中傷官合殺,則傷食與財俱可行,而不宜逢印矣。
正官にして財を用いて官を生ずるは、行運は印綬と身旺の地とを喜ぶ。財旺なれば身は須く助あるを要すればなり。切に食傷運を忌む。食傷は直接に官を克す。不過もし身はもとより旺にして財軽く官弱なれば、すなわちなお財運官運を喜ぶ――総じてどれ一頭か足らざるを看る。正官格にして柱中に食傷を帯び、印に靠りて食傷を制伏せんとするは、行運は官旺・印旺の郷を喜ぶ。官は印を生じ印は傷を制し、用神はいよいよ固し。正官格にしてまた七殺を帯ぶる。もし命中は比肩を用いて七殺を合住し、官を留めて殺を去れば、すなわち財運は走り得、食傷運もまた走り得。たださらに七殺を露出せらるべからず。もし命中は傷官を用いて七殺を合住すれば、すなわち食傷と財との両路はみな走り得。しかるにさらに印運に逢うを宜からず――印は一たび来れば便ち殺を合するの傷官を克し掉すがゆえに。
食神多者,宜行印運。食神少者,忌行印運。食神喜行身旺地,遇梟逢比總成空。身旺印多,財運無妨;身弱有印,殺運何妨。印有比肩,喜行財運;印無比肩,畏行財運。貪財壞印,喜行比劫之鄉。印綬太過,不喜再行身旺地。財有比肩,喜行比劫之鄉。印太輕,宜官殺運生之;印太多,須財運制之。
食神多きは、印運を走るを宜とす。印はよく過多の食神を制住す。食神少なきは、印運を走るを忌む。一制すればすなわち蕩然として存ぜず。食神は身旺の地を走るを喜ぶ。身旺なれば初めて力ありて食神を生じ得。もし梟神の食を奪うに遇上り、あるいは比劫の食を争うに逢えば、便ち帰総して空に落つ。身旺にして印多きは、財運を走る妨げず。財はまさに印を損ず。身弱にして印あるは、七殺運を走るもまた妨げず。印はよく殺を化して身を生ず。印格にして柱中に比肩あるは、財運を走るを喜ぶ――財は印を壞るといえども、比肩ありて旁に在りて財を分かち印を護れば、用神に傷らず。印格にして比肩なきは、すなわち財運を走るを怕る。印を護る人なければなり。もし命中すでに「貪財壞印」の局を成せば、比劫の郷を走るを喜ぶ。比劫は財を去りて印は保全を得。印綬もとすでに太過なるは、さらに身旺の地を走るを喜ばず。扶くることいよいよなればいよいよ壅塞す。財格にして比肩あるも、また比劫の郷を走るを喜ぶと説く――按ず。比劫はもと財を奪うの物。この条は常理と相左す。疑うに「財」字はまさに「印」とすべく、これ上文の「印有比肩」の一条を承けて誤れるなり。印太輕きは、官殺運を走りてそれを生ぜしむるを宜とす。印太多きは、財運を走りてそれを制することを須うず。
財多身弱,畏入財鄉。財多身弱,身旺運以為榮;身旺財衰,財旺鄉而發福。財多全仗印扶身,喬木家聲舊有名,不但妻賢兒子秀,晚年財帛累千金。柱中無財,若行財運,雖美,有名無實。財多身弱,又行官鄉,或財旺之運,禍患百出。財多身弱,要印扶身;身旺財衰,怕劫分奪。刃助官,則運喜助官,若命中官根深,則印綬比劫之方,反為美運。刃用殺,殺不甚旺,則運喜助殺,殺若太重,則運喜身旺。小盈大虧,恐是劫財之地。財多身弱,遇劫為福。財弱身旺,見劫為禍。多劫又遇劫運,守窮途而悽惶。
財多くして身弱なるは、財地に走り入るを怕る。財多くして身弱は、身旺の運を走れば初めて榮顕あり。身旺にして財衰なるは、財旺の郷を走れば便ち發福し得。ここに舊歌訣の一首を引く。「財多全仗印扶身,喬木家聲舊有名,不但妻賢兒子秀,晚年財帛累千金」と。説く所は財多身弱の命は全く印綬に仗りて日主を扶助す。印はもし力を得れば、ただ出身門第の清高なるのみならず、しかも妻賢く子秀なり。晩年はさらに千金の財を積得。四柱の中にもとより財なきは、たとえ財運を走るも、看るに美なれど究竟は名あって実なしに属す。原局に接応すべき根なければなり。財多くして身弱にしてまた官鄕を走り、あるいは財旺の運を走れば、禍患は百出す――財は官を生じ官は身を克し、身はいよいよ支持し得ず。財多くして身弱は印に靠りて身を扶くるを要す。身旺に財衰なればすなわち比劫の来て分奪するを怕る。羊刃格にして官星を以て刃を駕馭するは、行運は官星を幇助するを喜ぶ。もし命中の官星は根深くして力足らば、すなわち印綬比劫の方はかえって美運と成る。官はすでに用に足りてさらに添うるを要せざればなり。羊刃格にして七殺を以て刃を駕馭するは、殺はもし旺ならざる甚だしからず、行運は七殺を幇助するを喜ぶ。殺はもし太重なれば、行運は便ち身旺を喜ぶ。いわゆる「小盈大虧」は、多半は劫財の地に走到するなり。得は小にして失は大。まさに劫財の本色なり。財多くして身弱は、比劫に遇いて福と為す。財弱にして身旺は、比劫を見て禍と為す。原局はもとすでに劫多く、運の上にさらに劫運に遇えば、すなわちただ窮途に守りて凄凄惶惶たるのみ。
流年篇
流年の看法
流年干支,利於用神為善。流年干支,不利於用神為惡。流年干支,利於用神,但為局中他神克去或合住,善而不善,然亦不惡,平庸而已。流年干支,不利於用神,但為局中他神克去或合住,惡而不惡,然亦不善,平庸而已。
「流年」は毎年に輪值するあの一組の干支で、一年ごとに一換し、十年ごとに一換する大運よりさらに眼前の休咎に貼近す。流年を看るの法則は大運を看ると相同じ。流年の干支はもし用神に利あれば、すなわち善年。もし用神に利なからざれば、すなわち惡年。流年の干支はもとより用神に利あるに、しかるに命局の中の別の字に克し去られあるいは合住せられれば、すなわち善にしてその善を見ず。ただしまた惡と算えず、平常なるのみ。流年の干支はもとより用神に利ならざるに、また命局の中の別の字に克し去られあるいは合住せられれば、すなわち惡にしてその惡を見ず。ただしまた善と算えず、同じく平常なるのみ。総じて流年の力は、なお放ちて原局の裡に帰して衡量することを要し、孤立して看る能わず。
流年と運との關係
流年善,運亦善,則更妙。流年善,運惡,則善惡互見。流年惡,運亦惡,則更惡。流年惡,運善,則善惡互見。流年善,惟被局中某神克合,若運來制住克合之神,則仍佳妙。流年惡,惟被局中某神克合,若運來制住克合之神,則仍蹇劣。流年善,惟被局中某神克合,若運來生畏克合之神,則凶多吉少。流年惡,惟被局中某神克合,若運來生輔克合之神,則吉多凶少。流年善,運若生助之,則更善。流年惡,運若生助之,則更惡。(十一)流年善,運若克挫之,則善力減輕。(十二)流年惡,運若克挫之,則惡力減輕。
流年と大運とを合わせて看るに、合わせて十二条あり。流年善にして大運もまた善なれば、すなわちさらに妙。流年善にして大運惡なれば、すなわち善惡互いに見る。流年惡にして大運もまた惡なれば、すなわちさらに惡。流年惡にして大運善なるも、また善惡互いに見る。流年もと善なるに、しかるに命局の中の某個の字に克住せられあるいは合住せられ。もし大運は来てあの克合の神を制伏せば、この一年はなお佳妙なり。流年もと惡なるに、また命局の中の某字に克合せられ。もし大運はあの克合の神を制伏せば、この一年はすなわちなお艱蹇低劣なり――もとより我のため灾を擋ぐあの隻の手は大運に打掉せられたればなり。流年もと善にして某字に克合せられ、大運はかえって去りてあの克合の神を生助せば、すなわち凶多くして吉少し(底本の「生畏」はまさに「生輔」とすべし。下一条と一律)。流年もと惡にして某字に克合せられ、大運もまた去りてあの克合の神を生助せば、かえって吉多くして凶少し。流年善にして、大運はさらに来てそれを生助せば、すなわちさらに善。流年惡にして、大運はさらに来てそれを生助せば、すなわちさらに惡。第十一条。流年善にして、大運はしかるに来てそれを克しそれを挫せば、善の力量は便ち減輕す。第十二条。流年惡にして、大運は来てそれを克しそれを挫せば、惡の力量もまた減輕す。
流年の干支
有謂流年,重天干。亦有以天干為上半年,地支為下半年,皆非的論。當以干支並看,最較精確。其法有十二。流年干支,皆利於有神,乃大吉之年。流年干支,皆不利於用神,乃大凶之年。流年天干,利於用神,地支不利於用神,乃吉凶參半之年。流年天干,不利於用神,地支益助用神,亦吉凶互見之年。流年天干,利於用神,而地支再輔助之,大吉之年。流年天干,不利於用神,而地支再輔助之,大凶之年。
ある人は流年を看るはただ天干を重んずと説き、ある人はまた天干を以て上半年と作し地支を以て下半年と作す。この兩種の説法はみな確当ならず。干支並び看るを要するの所以は、一年の気はもと自ら渾成せればなり。天干は外を主りて已發の事に應じ、地支は内を主りて未形の勢を蔵す。強いて截りて兩個の半年と作して断ぜば、未だ呆板を免れず。以下の十二条は、無非天干と地支との両者の用神に對する向背と輕重とを辨ずるなり。干と支とみな用神に利あるは、大吉の年(底本の「皆利于有神」の「有」は「用」の訛り)。干と支とみな用神に利なからざるは、大凶の年。天干は用神に利ありて地支は用神に利なからざるは、吉凶參半の年。天干は用神に利なからざるにして地支はかえって来て用神を助益するも、また吉凶互いに見るの年。天干は用神に利ありて、地支はまた旁よりそれを輔助するは、大吉の年。天干は用神に利なからざるにして、地支はまた旁よりそれを助長するは、大凶の年。
流年地支,利於用神,而天干再輔助之,大吉之年。流年地支,不利於用神,而天干再輔助之,大凶之年。流年天干,利於用神,而地支克挫之,吉力減輕。流年天干,不利於用神,而地支克挫之,凶力減輕。(十一)流年地支,利於用神,而天干克挫之,吉力減輕。(十二)流年地支,不利於用神,而天干克挫之,凶力減輕。
地支は用神に利ありて、天干はまた旁よりそれを輔助するは、大吉の年。地支は用神に利なからざるにして、天干はまた旁よりそれを助長するは、大凶の年。天干は用神に利ありて、地支はしかるに来てそれを克しそれを挫するは、吉の力量減輕す。天干は用神に利なからざるにして、地支は来てそれを克しそれを挫するは、凶の力量もまた減輕す。第十一条。地支は用神に利ありて、天干はしかるに来てそれを克しそれを挫するは、吉力減輕す。第十二条。地支は用神に利なからざるにして、天干は来てそれを克しそれを挫するは、凶力減輕す。歸納すればこの十二条は、外に三層の意思を出でず。干支は同向なればすなわち力全く、干支は異向なればすなわち力分かれ、一方はもう一方に克挫せられればすなわち力減ず。流年を看るはただまずこの一年の干と支と各々用神に對する向背を定め、さらに両者の相助するか相碍するかを看るを須うず。吉凶の分量は自然に出づ。
月建篇
月建の看法
月建干支,利於用神為善。月建干支,不利於有神為惡。月建干支,利於用神,但為局中他神克運河或合住,善而不善,然亦不惡,平庸而已。月建干支,不利於用神,但為局中他神克去或合住,惡而不惡,然亦不善,平庸而已。
「月建」とはすなわち流月で、すなわち毎年の十二個月の各々輪值するあの一組の干支で、流年よりまた一層細し。看法は流年と相同じ。月建の干支は用神に利あればすなわち善、用神に利なからざればすなわち惡(底本の「不利于有神」の「有」はなお「用」の訛り)。月建の干支はもとより用神に利あるに、しかるに命局の中の別の字に克し去られあるいは合住せられれば、すなわち善にしてその善を見ず。ただしまた惡ならず、平常なるのみ(底本の「克運河」の三字は訛衍。まさに「克去」とすべし)。月建の干支はもとより用神に利ならざるに、また局中の別の字に克し去られあるいは合住せられれば、すなわち惡にしてその惡を見ず。ただしまた善ならず、同じくこれ平常なり。
月建と流年との關係
月建善,流年亦善,則更妙。月建善,流年惡,則善中有惡。月建惡,流年亦惡,則更惡。月建惡,流年善,則惡中有善。月建善,惟被局中某神克合,若流年制住克合之神,則仍佳妙。月建惡,惟被局中某神克合,若流年制住克合之神,則仍蹇劣。月建善,惟被局中某神克合,若流年生輔克合之神,則凶多吉少。月建惡,惟被局中某神克合,若流年生輔克合之神,則吉多凶少。月建善,流年再生助之,則更善。月建惡,充年再生助之,則更惡。月建善,流年若克挫之,則善力減輕。月建惡,流年若克挫之,則惡力減輕。
月建と流年とを合わせて看るに、条例は前の流年と大運とを配せる十二条と全く平行す。月建善にして流年もまた善なれば、すなわちさらに妙。月建善にして流年惡なれば、すなわち善の中に惡あり。月建惡にして流年もまた惡なれば、すなわちさらに惡。月建惡にして流年善なれば、すなわち惡の中に善あり。月建もと善なるにしかるに局中の某字に克合せられ、もし流年はあの克合の神を制伏せば、この月はなお佳妙なり。月建もと惡にして某字に克合せられ、もし流年は克合の神を制伏せば、この月は便ちなお艱蹇なり――前を擋ぐあの一層は拿げ去られたればなり。月建もと善にして某字に克合せられ、流年はかえって去りてあの克合の神を生助せば、すなわち凶多くして吉少し。月建もと惡にして某字に克合せられ、流年もまた去りて克合の神を生助せば、かえって吉多くして凶少し。月建善にして、流年はさらにそれを生助せば、すなわちさらに善。月建惡にして、流年はさらにそれを生助せば、すなわちさらに惡(底本の「充年」は「流年」の形訛)。月建善にして、流年はもし来てそれを克しそれを挫せば、善力減輕す。月建惡にして、流年は来てそれを克しそれを挫せば、惡力減輕す。これによりて見るべし。大運は流年を管し、流年は月建を管し、層層相轄して、近き層いよいよなれば管することいよいよ細し。
月建の干支
月建看法,月干重於月支,因干流動,而支固定。月建即流月也。或以干為上半月,支為下半月,不甚可信,總宜干支合看。亦有以月支所藏人元,分何者當旺幾天,而定幾天吉凶,更不足信,蓋完全偏重於月支。成如此說,則月建可無須月干矣。看命中強弱,且不能以建中人元旺幾天而標定,況流年中之流動月建耶。
月建を看るに、月干は月支よりさらに要緊なり。天干は流動なれば毎年同じからず。地支はしかるに固定なり――正月は總じて寅、二月は總じて卯、年年これのごとし。月建はすなわち流月。ある人は月干を以て上半月と作し月支を以て下半月と作すが、大いに信ずべからず。総じて干支を合わせて看るを以て是と為す。またある人は月支の蔵する人元に按じて、どれか当旺する幾天かを分派し、これによりてどれ幾天か吉どれ幾天か凶を断定す。それはすなわちさらに信ずるに足らず。これは全く月支に偏重するに等し。真にこの種の説法に照らば、月建は豈に月干をもみな要せざるべからんや(底本の「成如此説」の「成」は「誠」とすべし)。いわんや一張の命造の中の五行の強弱を看るに、なお月令の人元の各々旺する幾天を以て死板に標定する能わざるを。さらにいわんや流年の中の逐月流動する月建をや。
月建と時令
正月必為寅月,二月必為卯月,月支固定,故不若月干之重視。然而時令與月建,頗有關繫焉。特敘述如後。(一)春令木旺,甲寅月、乙卯月、甲辰月,則木更盛。丙寅月、丁卯月、丙辰月,則火得木生而亦強。戊寅月、己卯月、戊辰月,則土被木克而不健。庚寅月、辛卯月、庚辰月,則金為木挫而無力。壬寅月、癸卯月、壬辰月,則水受木洩亦疲弱。
正月は必ず寅月、二月は必ず卯月。月支はすでに固定して變らざれば、ゆえに月干のごときの看るに足るならず。不過時令と月建との間は關係頗る深し。特に分かちて述べて後に如し。第一、春天は木旺す。甲寅月・乙卯月・甲辰月に碰上れば、天干もまた木なり。木はさらに盛んなり。丙寅月・丁卯月・丙辰月に碰上れば、天干は火なり。火は旺木の相生を得てまた強し。戊寅月・己卯月・戊辰月に碰上れば、天干は土なり。土は旺木に克せられて健ならず。庚寅月・辛卯月・庚辰月に碰上れば、天干は金なり。金は旺木にその鋒を挫せられて力なし――木の金を克すと説かずして金の木に挫せらると説くは、木は一たび旺なれば、来てそれを克するの金はかえって頓挫を受くるがゆえに。壬寅月・癸卯月・壬辰月に碰上れば、天干は水なり。水は旺木に盗泄せられて、また疲弱す。同じ一個の月干にして、異なる時令に碰上れば、力量は便ち天壤の別あり。これすなわち兼ねて時令を看るを要するの緑故なり。
(二)夏令火旺。丁巳月、丙午月、丁未月,則火更盛。己巳月、戊午月、己未月,則土得火生而亦強。辛巳月、庚午月、辛未月,則金被火熔而不健。癸巳月、壬午月、癸未月,則水為火灼而無力。乙巳月、甲午月、乙未月則木受火洩亦疲弱。(三)秋令金旺。庚申月、辛酉月、庚戌月,則金更盛。壬申月、癸酉月、壬戌月,則水得金生而亦強。甲申月、乙酉月、甲戌月,則木被金克而不健。丙申月、丁酉月、丙戌月,則火為金磨而無力。戊申月、己酉月、戊戌月土受金洩亦疲弱。
第二、夏天は火旺す。丁巳月・丙午月・丁未月は、天干もまた火なり。火はさらに盛んなり。己巳月・戊午月・己未月は、天干は土なり。土は旺火の相生を得て強し。辛巳月・庚午月・辛未月は、天干は金なり。金は旺火に熔煉せられて健ならず。癸巳月・壬午月・癸未月は、天干は水なり。水は旺火に煎灼せられて力なし。乙巳月・甲午月・乙未月は、天干は木なり。木は旺火に盗泄せられて、また疲弱す。第三、秋天は金旺す。庚申月・辛酉月・庚戌月は、天干もまた金なり。金はさらに盛んなり。壬申月・癸酉月・壬戌月は、天干は水なり。水は旺金の相生を得て強し。甲申月・乙酉月・甲戌月は、天干は木なり。木は旺金に克せられて健ならず。丙申月・丁酉月・丙戌月は、天干は火なり。火は旺金に消磨せられて力なし――火はもと金を克すも、金は一たび旺なれば、反対に挫するはしかるに火勢なり。戊申月・己酉月・戊戌月は、天干は土なり。土は旺金に盗泄せられて、また疲弱す。
(四)冬令水旺,癸亥月、壬子月、癸丑月,則水更盛。乙亥月,甲子月,乙丑月,則木得水生而亦強。丁亥月、丙子月、丁丑月,則火被水克而不健。己亥月、戊子月、己丑月,則土因水泛而無力。辛亥月、庚子月、辛丑月,則金受水洩亦疲弱。(五)四立前各十八天土旺。戊辰月、己未月、戊戌月、己丑月,則土更甚。庚辰月、辛未月、庚戌月、辛丑月,則金得土生而亦強。壬辰月、癸未月、壬戌月、癸丑月,則水被土克而不健。甲辰月、乙未月、甲戌月、乙丑月,則木為土折而無力。丙辰月、丁未月、丙戌月、丁丑月,則火受土洩亦疲弱。
第四、冬天は水旺す。癸亥月・壬子月・癸丑月は、天干もまた水なり。水はさらに盛んなり。乙亥月・甲子月・乙丑月は、天干は木なり。木は旺水の相生を得て強し。丁亥月・丙子月・丁丑月は、天干は火なり。火は旺水に克せられて健ならず。己亥月・戊子月・己丑月は、天干は土なり。土は水勢の泛濫に遇いて力なし――土はもと水を克すも、水は一たび旺なれば、土はかえって冲散せらる。辛亥月・庚子月・辛丑月は、天干は金なり。金は旺水に盗泄せられて、また疲弱す。第五、立春・立夏・立秋・立冬の前は各々十八天は土旺す。戊辰月・己未月・戊戌月・己丑月は、天干もまた土なり。土はさらに甚だし。庚辰月・辛未月・庚戌月・辛丑月は、天干は金なり。金は旺土の相生を得て強し。壬辰月・癸未月・壬戌月・癸丑月は、天干は水なり。水は旺土に克せられて健ならず。甲辰月・乙未月・甲戌月・乙丑月は、天干は木なり。木は旺土にその勢を折られて力なし。丙辰月・丁未月・丙戌月・丁丑月は、天干は火なり。火は旺土に盗泄せられて、また疲弱す。この五節を合わせて看れば、ただ一条の通則あるのみ。当令するはさらに旺に、当令する者の生ずる所もまた強し。当令する者に克せられるは健ならず、去りて当令する者を克するはかえってその挫を受け、当令する者の気を泄するは疲弱す。
六親篇
何為六親。六親者,父、母、兄、弟、妻、子是也。六親之更定。舊論父子殊多謬誤(詳見命理約言),特更定六親看法如後。(一)父:男女命皆以生我之印為父。(二)母:同父。(三)夫:克我之官殺為夫。(四)妻:所克之財為妻。(五)兄弟:男女命,皆以同我之比劫為兄弟。(六)子:男女命,皆以我生之傷官食神為子。父母妻子之官位。(一)月為父母。(二)日支為妻(女命為夫)。(三)時為子息。
なにを六親と叫ぶや。六親とはすなわち父・母・兄・弟・妻・子なり。六親の取法に關して、舊説は父と子とを論ずるに多く謬誤あり(詳しくは清人陳素庵の《命理約言》に見る)。ゆえに特に重新に厘定して下に如くす。第一、父。男命女命を論ぜず、みな我を生ずる印綬を以て父と為す。第二、母。父と同じく看る。また印綬を取る。第三、夫。我を克する官殺を以て夫と為す。第四、妻。我の克する所の財星を以て妻と為す。第五、兄弟。男命女命を論ぜず、みな我と同類の比肩劫財を以て兄弟と為す。第六、子。男命女命を論ぜず、みな我の生ずる所の傷官食神を以て子と為す。これは舊法の「財を以て父と為し、印を以て母と為し、官殺を以て子と為す」と同じからず。韋氏は一概に生克の次第に按じて断と為し、父母は同じく我を生ずるの印に属し、子女は同じく我の生ずる食傷に属す。取義は比較的整齊なり。この外にまた宮位の一路あり(底本の「父母妻子之官位」の「官」は「宮」とすべし)。第一、月柱は父母の位。第二、日支は妻位、女命はすなわち夫位と為す。第三、時柱は子息の位。六親を看る時は、類神と宮位との両路を合わせて參看するを要す。
六親の分論
(一)妻。妻之吉。用神即是財神,妻美而且富貴。用神與財神不相悖背,妻亦美好。財旺身強者,富貴多妻妾。官星弱,遇食傷,又有財,妻賢而不克。劫刃旺而財輕,有食傷,妻賢不克。
まず妻を説く。妻の吉象。命中の用神は恰好すなわち財星なれば、妻子はすでに美貌にしてまたよく富貴を帯び来たる――財はもと妻の類神で、用神またここに落つ。妻は自然に我に益あり。用神と財星とは一物に非ざるといえども、両者はしかるに相違背せず。妻もまた美好なり。財旺にして身もまた強きは、富貴にしてしかも妻妾多し。身強にしてよく財に任じ、財多ければ姬妾もまた多し。官星はもと弱く、柱中また食傷あるて官を克すに、幸いに別に財星ありて中間に通關す。食傷は財を生じ財はさらに官を生ず。かくのごときは妻賢にして克を受けず。比劫・羊刃旺にして財星輕きは、もと群劫の財を奪い妻に於て不利の象なれど、もし食傷ありて中間に引化し、比劫の気を把りて転じて財の上に生ぜしめば、妻もまた賢良にして克を受けず。
日支為財,財為用神,必得妻財妻力。財神薄,有助財之字,或財旺身弱,有比劫,或財神傷印,有官星,或財薄官多,有傷官,皆主妻賢。身強殺淺,財星滋殺,或官輕傷重,財星化傷,或印綬重疊,財星得氣,皆主妻賢,而富。或得妻財致富,劫比多,財藏庫內(如甲日多乙,己財藏於丑內)。妻亦賢而不克。財星深藏,有沖動引助(如庚日乙財,藏於辰內,有戌沖開,及干上丁火護乙,或癸水生乙),亦主妻賢。
日支まさに財星にして、而して財また全局の用神なれば、かくのごときは必ず妻家の財・妻室の力を得――日支はもと妻宮。宮と神と兩美なり。財星單薄にして柱中に財を生助するの字あれば、あるいは財旺身弱にして比劫の身を助け財を分かつあるは、あるいは財星もと行かんとして印を傷らんとするに幸に官星ありて通關し、財は官を生じ官は印を生じて財は便ちさらに印を壞らざるは、あるいは財薄くして官多く泄財太甚なるに幸に傷官ありて財を生ずるは、この幾種はみな妻の賢を主す。身強にして七殺淺きは、財星は去りて七殺を滋養す。あるいは官輕くして傷官重きは、財星は傷官の氣を把りて引化して財の上に至る。あるいは印綬重疊壅塞にして、而して財星は氣を得てよく印を損ずるは、この幾種はみな妻の賢くして且つ富を主し、あるいは妻家の財に靠りて富に致る。比肩劫財多きといえども、而して財星は庫中に深藏せば(例えば甲木日主は柱中に乙木劫財多く、己土は甲の正財にして丑の庫裡に蔵す)、群劫はそれを奪うに著かず。妻もまた賢良にして克を受けず。財星は蔵するに甚だ深し。しかるにそれを冲動しそれを引發するの字あれば(例えば庚金日主は乙木を以て正財と為し、乙は辰中に蔵し、戌ありて辰庫を冲開し、天干また丁火ありて乙木を護住し、あるいは癸水ありて乙木を生ず)、また妻の賢を主す。
妻之不吉。財神洩氣太重,妻不得力。身旺無財,妻難偕老。財神輕而無官,比劫多,克妻。財神重,而身弱,無比劫,克妻。官殺旺而用印,見財星,主妻陋而克。官殺輕而身旺,見財星,遇比劫,主妻美而克。劫刃重財星輕,有食傷,逢梟印,主妻遭凶死。日支不利於用神,妻不得力。
妻の不吉の象。財星は泄氣太重して、財は一味に官殺を生じて回頭せざれば、妻は得力せず。身旺にして柱中に財なければ、妻は白頭偕老するを難しとす。財星輕くしてまた官星の比劫を制するなく、比劫はしかるに多ければ、妻を克すを主す。財星重くして身弱にして、また比劫の身を助け財を分かつなくば、また妻を克すを主す――この份の財を擔い動かす能わざればなり。官殺旺にして印に靠りて化せんことを要す。この時もし財星を見れば、財は一たび印を壞れば、我は便ち依靠を失う。妻は貌丑くして且つ克を主す。官殺輕くして身旺なれば、財星を見るはもと官を生じ得べきに、偏にまた比劫の来て奪うに遇う。妻は美なるといえどもなお克せんことを主す。比劫羊刃重くして財星輕く、もと食傷の引化に賴るに、偏にまた梟印の食を奪うに逢い、引化の路は斷絶す。妻の凶死に遭うを主す。日支のこの一位は用神に利なからざれば、妻は得力せず――妻宮はすでに忌神の居る所なれば、妻は自然に我が助と為り難し。
日支被沖,妻室喪亡。財星微,官殺旺,無食傷,有印綬,主妻有弱病。劫刃旺而無財,有食傷,妻賢必克,妻陋不傷。日主喜財,財被合化者,主妻有外情。殺重身輕,財星生殺,或官多用印,財星壞印,或傷官佩印,財星得局,皆主妻不賢而陋,或因妻招禍傷身。
日支は別の地支に冲せられれば、妻室は多く喪亡の事あり。妻宮の動搖するの故なり。財星微弱にして官殺旺なれば、財力は盡く官殺に泄し去られ、柱中又た食傷の財を生ずるなく、ただ印綬あるのみ――印はまたただ官殺を泄して身を生ずるを顧みて財を管せず――妻子の体弱くして病多きを主す。比劫羊刃旺にして柱中に財なく、ただ食傷あれば、すなわち妻は賢良なればかえって必ず克を受け、妻は醜陋なればしかるに傷に至らず。旺劫は奪うべき財なく、首としてその冲に當るはまさに賢妻なり。日主はもと財を喜ぶに、財星はしかるに別の字に合住せられ化し去られれば、妻に外遇の情あるを主す。喜ぶ所の財はすでに他人に歸せればなり。七殺重くして身輕ければ、財星はまた去りて殺を生ず。あるいは官多くして印を用いて化することを須うるに、財星は偏に去りて印を壞る。あるいは傷官格は印を佩びて用と為すに、財星はしかるに一局を會成して去りて印を傷らんとす。この幾種はみな妻は賢ならずまた貌丑きを主し、甚だしきは妻に因りて禍を招きて己の身に傷るに及ぶ。
(二)夫。夫之榮枯。官星太旺,以傷官救之,傷官之力有餘則夫榮,不足則夫枯。官星太微,以財救之,財力有餘則夫榮,不足則夫枯。傷官旺而無財官,以印救之,印力有餘則夫榮,不足則夫枯。官星太旺,無比劫,以印救之,印力有餘則夫榮,不足則夫枯。官星太弱有傷官,以財救之,財力有餘則夫榮,不足則夫枯。滿盤比劫,而無印無官者,以傷食救之,傷食之力有餘則夫榮,不足則夫枯。
次いで夫を説く。夫の榮枯を看るに一副の通用の眼光あり。まず官殺のこの顆の夫星は病み何れの處に在るかを看、さらにそれを救うあの字の力量は足るか足らざるかを看る――救神は余りあればすなわち夫榮顯し、救神足らざればすなわち夫枯槁す。官星太旺なれば、すなわち傷官を用いて去りてそれを制す。傷官の力は余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。官星太微弱なれば、すなわち財を用いて去りてそれを生ず。財力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。傷官旺にして柱中に財なく官なければ、秀氣は泄して歸なし。すなわち印を用いて去りて傷官を制す。印力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。官星太旺にして柱中に比劫の分擔なければ、すなわち印を用いて去りて官を化して身を生ず。印力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。官星太弱にして柱中に偏に傷官ありて来て克せば、すなわち財を用いて中間に通關す。財力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。滿盤みな比劫にして、すでに印なくまた官なければ、すなわち食傷を用いて去りてそれを泄す。食傷の力は余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。
滿局印綬,而無官無傷者,以財救之,財力有餘則夫榮,不足則夫枯。傷官旺,日主衰,以印救之,印力有餘則夫榮,不足則夫枯。日主旺,傷食多,以財救之,財力有餘則夫榮,不足則夫枯。官星輕,印綬重,亦以財救之,財力有餘則夫榮,不足則夫枯。官有殺混,以食神救之,食神之力有餘則夫榮,不足則夫枯。日支利於用神則夫榮,不利於用神則夫枯。
滿局みな印綬にして、すでに官星なくまた傷官なければ、すなわち財を用いて去りて印を損ず。財力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。傷官旺にして日主衰なれば、すなわち印を用いて一面は傷を制し一面は身を扶く。印力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。日主旺にして食傷多ければ、すなわち財を用いて去りて食傷を引化す。財力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。官星輕くして印綬重ければ、官氣は盡く印に泄し去られ、同じく財を用いて去りて印を損ず。財力余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。正官の中に七殺を混進せば、すなわち食神を用いて去りて殺を制し官を留む。食神の力は余りあればすなわち夫榮、足らざればすなわち夫枯。末の一条は類神を論ぜずして宮位を論ず。日支はすでに夫宮なれば、日支は用神に利あればすなわち夫榮、用神に利なからざればすなわち夫枯。以上の十二条は其實ただ一個の道理のみ。女命は官殺を以て夫星と為し、夫星に病あればすなわち救神に求む。救神の分量は便ち丈夫の分量なり。
夫之刑剋。官星微,無財星,日主強,傷官重,必剋夫。官星微,無財星,日主旺,印綬重,必剋夫。比劫旺,而無官,必剋夫。印旺無財,必剋夫。官星旺,印綬輕,必剋夫。比劫旺,無官星,有傷官,印綬重,必剋夫。食神多,官星微,有印綬,遇財星,必剋夫。日支為官逢沖,夫難偕老。
夫の刑克の象は合わせて八条。官星微弱にして柱中に財なくしてそれを生ぜず、日主また強く傷官また重く、傷官は徑直に夫星を克せば、必ず夫を克す。官星微弱にして財なく、日主旺にして印綬重く、官氣は盡く印に泄さるれば、また必ず夫を克す。比劫旺にして柱中に官星の管束なければ、我強くして夫位なし。必ず夫を克す。印旺にして財の印を損ずるなく、印重ければすなわち官を泄す。必ず夫を克す。官星旺なるといえども印綬輕ければ、官は化する所なくして徑直に来て身を克し、兩下に冲撞す。また必ず夫を克す。比劫旺にして官星なく、また傷官・印綬重重あれば、夫星はすでに位なくまた傷を受く。必ず夫を克す。食神多くして官星微なれば、柱中に印綬ありて食神を制すべきといえども、偏にまた財星の来て印を壞るに遇い、食を制するの力は空に落つ。必ず夫を克す。末の一条は宮位を論ず。日支はすでに夫位なれば、この一位の上の官星また冲に逢う。夫は偕老するを難しとす。
(三)父母。父母之吉。年月官印相生,日時財傷不犯,必上叨廕庇。年官月印,月官年印,祖上清高。年財月印,日主喜印,時日逢官者,知其幫父興家。年傷月印,日主喜印,時日逢官者,知其父母創業。年官月印,日主喜官,時日逢財,出身富貴,守成之造。財官印綬,在於月上,為日主之喜,父母不富亦貴。印不論偏正,但不遭沖剋,則父母俱全。印之扶抑合宜,則父母雙壽。印帶貴氣(如印受官生,或印兼貴人,或印為用神)父母榮顯。
さらに父母を説く。父母の吉象。年柱と月柱との間は官星と印綬と相生し、而して日柱・時柱の財星傷官また來りてこの一對を侵犯せず――財は印を壞り傷は官を克す――必ず上代の蔭庇を承受す。年柱は官、月柱は印、あるいは月柱は官、年柱は印、みな祖上の清高を主す。年柱に財を見、月柱に印を見、日主はもと印を喜び、日時また官星に逢う。財は印を壞る能うといえども、官ありて中間に通關し、かえって財は官を生じ官は印を生ずと成る。知るべしこの人はよく父を幇助して家業を振興せん。年柱に傷官を見、月柱に印を見、日主は印を喜び、日時また官星に逢う。知るべし父母は白手に創業の一輩なり。年柱は官、月柱は印、日主は官を喜び、日時また財に逢いて來て官を生ず。出身の富貴を主し、これ守成の造なり。財・官・印綬は月柱の上に落ちてまさに日主の喜ぶ所なれば、父母は富まずとも貴し。印は偏印正印を論ぜず、ただ冲克に遭わざれば、父母雙全す。印星は扶くべきは扶を得、抑ぐべきは抑を得て、配合停當なれば、父母みな高壽を享く。印の貴氣を帶ぶる――例えば印は官星の生ずる所を受け、あるいは印の上にまた天乙貴人に坐し、あるいは印本身すなわち用神なり――父母榮顯す。
父母之不吉。日主喜官,月上傷官。日主喜財,月上劫財。日主喜印,月上逢財。日主喜比劫,月上逢官殺。日主喜殺,月上食神。日主喜傷食,月上逢印。(以上皆主父母不得力)印遭沖剋,父母不全。印破用神,父母多累。印衰多財,父母早喪。財官印綬,在於月上,為日主之忌,父母不貧亦賤。印重身輕,亦主不得父母之力,且重子肩之累。印重而官殺又多,父母亦不得力。
父母の不吉の象。日主は官星を喜ぶに、月柱は偏に傷官なり。傷官は官を克す。日主は財を喜ぶに、月柱は偏に劫財なり。劫財は財を奪う。日主は印を喜ぶに、月柱は偏に財に逢う。財はよく印を壞る。日主は比劫を喜ぶに、月柱は偏に官殺に逢う。官殺は劫を制す。日主は七殺を喜ぶに、月柱は偏に食神なり。食神は殺を制す。日主は食傷を喜ぶに、月柱は偏に印に逢う。印はよく食傷を制す。作者夾注に曰く、以上の六種はみな父母の得力せざるを主すと。道理はみな月柱まさに父母の宮なり、而してこの一柱の坐する所は偏偏として全局の忌神なるがゆえに。印星は冲克に遭えば、父母は雙全する能わず。印星は用神を破壞せば、父母は多く拖累と成る。印衰にして柱中に財多ければ、財は衰印を壞り、父母早亡す。財・官・印綬は月柱の上に落ちてまさに日主の忌む所なれば、父母は貧せずとも賤し。印重くして身かえって輕ければ、また父母の力を得ざるを主し、さらに多く一重の子女の負累を擔う(底本の「重子肩之累」の「子肩」はまさに「仔肩」とすべし。すなわち負擔)。印重くして官殺また多ければ、官殺は轉じて來て印を生じ、印いよいよ重し。父母同じく得力せず。
(四)子女。子女之吉。日主旺,無印綬,有食傷,子必多。日主旺,印綬重,食傷輕,有財星,子多而賢。日主旺,無印綬,食傷伏,有官殺,子必多。日主旺,比劫多,無印綬,食傷伏,子必多。日主旺,傷官旺,無財印,子多而強。日主旺,傷官輕,有印受,財得局,子多而富。傷食扶助用神,子必佳。日主弱,食傷重,有印綬,無財星,必有子。日主弱,無官星,有傷食,必有子。食傷不遭沖剋,必有子。食傷喜扶而得扶,喜仰而得抑,則多子。命中用神即食傷,子多而得力。用神居時,子息繁衍。或得子息之力。
さらに子女を説く。子女は食傷を以て類神と為し時柱を以て宮位と為す。子女の吉象。日主旺にして印綬の來て食傷を克するなく、柱中また食傷あれば、子必ず多し。日主旺・印綬重くして食傷輕く、幸に財星ありて印を損じ食を護れば、子多くして賢し。日主旺・印綬なく、食傷はただ地支に伏藏するのみといえども、また官殺ありて來て身を制すれば、子必ず多し。日主旺・比劫多く・印綬なく、食傷伏藏せば、子もまた必ず多し。比劫はなお轉じて食傷を生じ得。日主旺にして傷官もまた旺なり、柱中に財なくして去りてそれを泄し、印なくして去りてそれを克せば、子多くして強健なり。日主旺にして傷官輕く、印ありて制を受け財また局を得れば、財はよく印を損じて傷官を護住す。子多くして富なり(底本の「有印受」の下は疑わしく脱字あらん)。食傷はよく用神を扶助するは、子必ず佳し。日主弱くして食傷重きに、印綬ありて泄氣を止住し、また財星の來て印を壞るなくば、必ず子あり。日主弱くして官星の我を克するなく、柱中に食傷あれば、必ず子あり。食傷は冲克に遭わざれば、必ず子あり。食傷は扶くべきは扶を得抑ぐべきは抑を得れば、すなわち子多し(底本の「喜仰而得抑」の「仰」は「抑」の訛り)。命中の用神まさに食傷なれば、子多くして且つ得力す。用神は恰好時柱に居れば、子息繁衍し、あるいは子女の力を得る能う。
子女之不吉。日主旺,印綬重,食傷輕,子必少。日主弱,印綬輕,食傷重,子必少。日主弱,食傷輕,無比劫,有官星,子必無。日主弱,食傷旺,有印綬,遇財星,雖有若無。日主旺,有印綬,無財星,子必少。日主旺,印綬重,無財星,必無子。日主弱,官殺旺,必無子。日主弱,食傷旺,無印綬,必無子。火炎土燥,無子。
子女の不吉の象。日主旺・印綬重くして食傷輕ければ、印は食傷を克し盡し、子必ず少し。日主弱・印綬輕くして食傷重ければ、身を泄すること太過にして救うべき印なし。子もまた必ず少し。日主弱・食傷輕く・また比劫の身を助くるなく、偏に官星ありて來て我を克すれば、子必ず無し。日主弱・食傷旺なり、印綬ありて泄を止むるといえども、しかるにまた財星の來て印を壞るに遇えば、すなわち子あるといえども無きに形同じ。日主旺・印綬ありて財星の印を損ずるなければ、子必ず少し。日主旺・印綬重くして財星なければ、必ず子無し。日主弱くして官殺旺なれば、身を克すること太甚なり。必ず子無し。日主弱・食傷旺にして印綬の身を護るなければ、盜泄は制なく、必ず子無し。四柱は火炎土燥にして、氣偏にして生意なし。子無し。
水泛木浮,無子。金寒水冷,無子。重疊印綬,無子。財官太旺,無子。滿局食傷,無子。食傷遭沖剋,無子。食傷受扶太過,無子。食傷受抑太過,無子。食傷破壞用神,少子,或子不得力。克破用神之字,居於時上,子不得力。
水勢泛濫にして木漂浮して定まらざれば、子無し。金寒水冷にして、一片肅殺にして溫暖の氣なし。子無し――この兩條は前の火炎土燥と連れて、説く所はみな五行偏枯して極處に至り、生機斷絶す。印綬重重疊疊にして、食傷を克し盡せば、子無し。財官太旺にして、日主は應付に疲れん。子無し。滿局みな食傷にして、泄すること太盡なれば、かえって子無し。食傷は冲克に遭えば、子無し。食傷は扶助を受くること太過なれば、子無し。食傷は壓抑を受くること太過なれば、子無し――太過と不及とは同じく成る無し。食傷は用神を破壞せば、子少し、あるいは子あるといえども得力せず。凡そ用神を克破するあの字は恰好時柱の上に落ちれば、子もまた得力せず。時柱はもと子息の宮で、宮中に忌神坐するの故なり。
(五)兄弟。兄弟之吉。殺旺無食,或殺重無印,得劫財合殺,必得兄弟之力。殺旺食輕,或印弱逢財,得比肩智敵殺,制財,亦主兄弟得力。財生殺黨,比劫幫身,大被可以同眠。日主雖衰,印旺月提,兄弟成群。財輕劫重,食傷化劫,可無斗粟尺布之謠。財輕遇劫,官星明顯,不作煮豆燃箕之誦。主衰有印,財星逢劫,反許棠棣之競秀。比劫非大過,亦非不及,兄弟必敬受。比劫為用神,尤得兄弟之力。
末に兄弟を説く。兄弟は比肩劫財を以て類神と為す。兄弟の吉象。七殺旺にして柱中に食神のそれを制するなく、あるいは七殺重くして印のそれを化するなく、幸に劫財と七殺と相合してそれを絆住することを得れば、必ず兄弟の力を得。七殺旺にして食神輕く、あるいは印弱にして財の來て印を壞るに遇うに、幸に比肩ありて出でて七殺を抵擋し財星を制住せば、また兄弟の得力を主す(底本の「比肩智敵殺」の「智」字は訛衍)。財は去りて殺を生じ、財と殺と結黨して身を攻むれば、全く比劫に賴りて身を助く。兄弟は便ち東漢の姜肱兄弟の被を共にして眠るがごときの友愛ならん。日主衰なるといえども印旺にしてまた月令に當れば、印は比劫を生じ、兄弟は群を成す。財輕くして劫重ければ、もと相爭わんとすれども、幸に食傷ありて比劫の氣を把りて財の上に引化せば、すなわち「一尺布尚可縫,一斗粟尚可舂」のごときの兄弟の產を爭うの譏謡を鬧し出さず。財輕くして劫に遇うに、幸に官星ありて顯明にしてよく劫を制せば、また曹植の《七步詩》の豆を煮て萁を燃ゆるの兄弟相殘あるに至らず。日主衰にして印あれば、財星はもと印を壞らんと欲するに、しかるに先に比劫に劫し去られ、かえって以て兄弟の棠棣の花の並び秀づるがごときを期望し得。比劫はすでに太過ならずまた不及ならざれば、兄弟の間は必然に互相敬愛す(底本の「敬受」はまさに「敬愛」とすべし)。比劫本身すなわち用神なるは、尤も兄弟の力を得。
兄弟之不吉。官輕傷重,比劫生傷,必遭兄弟之累。制殺太過,比劫助食,亦主兄弟多累。財輕劫重,印綬制傷,不免司馬之憂。殺重無印,主衰傷伏,鴿原能無興歡。身旺逢梟,劫重無官,獨自主持。梟比重逢,財輕釘伏,未免折翊之悲啼。比劫破壞用神,兄弟多累。比劫被用神所破,自己興而兄弟衰。比劫應扶而不得扶,或應抑而不得抑,兄弟非稀少,即枯澀。
兄弟の不吉の象。官星輕くして傷官重く、比劫また去りて傷官を生助せば、官星はいよいよ傷を受く。必ず兄弟の累に遭う。殺を制するもとすでに太過なるに、比劫また去りて食神を幇助して制することさらに過ぐれば、また兄弟多く累を主す。財輕くして劫重く、印綬は偏にまたあの比劫を引化し得るの傷官を制住せば、兄弟の財を爭うの憂は免れんこと能わず。七殺重くして印の化すべきなく、日主衰にして傷官また伏藏して殺を制する能わざれば、兄弟の間に歡聚言うべきあらんや(底本の「鴿原能無興歡」はまさに「鶺鴒原上,能無興歎」とすべし。《詩經・小雅・常棣》は鶺鴒の原に在るを以て兄弟の急難相顧に譬ゆ)。身旺にして梟神の食を奪うに逢い、比劫重くして官星の彈壓なければ、凡事はただ自家に主持して、兄弟に指望するに及ばず。梟神と比肩と重重に相逢えば、財星輕微にして潛伏して出でず。未だ折翼の悲あるを免れず(底本の「折翊」はすなわち「折翼」。手足の傷亡に喻ゆ)。比劫は用神を破壞せば、兄弟多く累。比劫はかえって用神に破られれば、すなわち自己興旺にして兄弟衰敗す。比劫は扶くべきにして扶け起こす能わず、あるいは抑ぐべきにして抑げ下る能わざれば、兄弟は稀少ならざれば、すなわち境遇枯澀なり。
女命篇
女命の看法
女命看法,與男命無大異。惟女重夫子二星,取用之道,能夫子、自身,三者兼顧最妙。否則寧願身主較弱,夫星與子星,切不可受挫。再次必須顧全夫星,更次必須顧全子星,總以夫子兩全者為上命。至少或夫或子,有一可靠。若全不可恃,則為下命決矣。
女命の看法は男命と大いに同じからざるなし。ただ女命は特に夫星と子星との両項を看重す――官殺は夫と為り食傷は子と為る。用神を取るの道理は、夫星・子星・自身の三者を一齊に顧みる能うは最も妙なり。倘若顧みて周全ならざれば、寧ろ日主自身をして弱きこと稍きに任せて、夫星と子星とは千萬にも挫折を受けしむべからず。さらに一歩を退けば、必ずまず夫星を保住することを須う。さらに一歩を退けば、また必ず子星を保住することを須う。総じて夫・子の兩全するを以て上等の命と為し、少なくとも夫と子との中に一頭は靠り得。倘若兩頭全く靠り得ざれば、すなわち断じて下等の命と為ること疑いなし。この一套の夫子を以て重きと為すの取用の法は、民國時の通行の觀念なり。讀者はその説を立つるの時代背景を知ればすなわち可なり。
女命の取用の大法
(一)日主強,傷食多,取財為用。(二)日主強,傷食多,無財,取印為用。(三)日主強,傷食多,無財,無印,取傷食為用。(四)日主強,官殺多,取傷食為用。(五)日主強,官殺多,無傷食,取財為用。(六)日主強,官殺多,無傷食,無財,以官殺為用。(七)日主強,財多,取官殺為用。(八)日主強,財多,無官殺,取傷食為用。
女命の用神を取るの通例は合わせて二十七条。まず條文を列し、後に逐条の解釋あり。第一、日主強くして食傷多きは、財を取りて用と為す。第二、日主強・食傷多くして柱中に財なきは、印を取りて用と為す。第三、日主強・食傷多く、すでに財なくまた印なきは、すなわち食傷本身を取りて用と為す。第四、日主強くして官殺多きは、食傷を取りて用と為す。第五、日主強・官殺多くして食傷なきは、財を取りて用と為す。第六、日主強・官殺多く、すでに食傷なくまた財なきは、すなわち官殺を以て用と為す。第七、日主強くして財多きは、官殺を取りて用と為す。第八、日主強・財多くして官殺なきは、食傷を取りて用と為す。見え出だすべし、凡そ日主強ければ、取用は總じて我を克し我を泄し我を耗すのこの三路の裡に挑む。三路ともに缺けば、初めて回頭して去りてあの令に當りて最多の一神を用う。
(九) 日主強,財多,無官殺,無傷食,取財為用。(十)日主強,印多,取財秋用。(十一)日主強,印多,無財,取官殺為用。(十二)日主強,印多,無財,無官殺,取傷食為用。(十三)日主強,比劫多,取官殺為用。(十四)日主強,比劫多,無官殺,取傷食為用。(十五)日主強,比劫多,無官殺,無傷食,取財為用。
第九、日主強・財多く、すでに官殺なくまた食傷なきは、すなわち財本身を取りて用と為す。第十、日主強くして印多きは、財を取りて用と為す(底本の「取財秋用」の「秋」は「為」の訛り)。第十一、日主強・印多くして財なきは、官殺を取りて用と為す。第十二、日主強・印多く、すでに財なくまた官殺なきは、食傷を取りて用と為す。第十三、日主強くして比劫多きは、官殺を取りて用と為す。第十四、日主強・比劫多くして官殺なきは、食傷を取りて用と為す。第十五、日主強・比劫多く、すでに官殺なくまた食傷なきは、財を取りて用と為す。この七条は前の八条と同一の機杼なり。身すでに強ければ、すなわち一個のそれを克しそれを泄しそれを耗し得るの字を見出だすを得。まず最直接の一路を取り、缺ければさらに退きてその次を求む。
(十六)日主弱,傷食多,取印為用。(十七)日主弱,傷食多,無印,取財為用。(十八)日主弱,傷食多,無印,無財,取比劫為用。(十九)日主弱,官殺多,取印為用。(二十)日主弱,官殺多,無印,取傷為用。(二十一)日主弱,官殺多,無印,無傷食,取比劫為用。(二十二)日主弱,財多,取比劫為用。
以下は日主弱の一路に轉ず。第十六、日主弱くして食傷多きは、印を取りて用と為す。第十七、日主弱・食傷多くして印なきは、財を取りて用と為す。第十八、日主弱・食傷多く、すでに印なくまた財なきは、比劫を取りて用と為す。第十九、日主弱くして官殺多きは、印を取りて用と為す。第二十、日主弱・官殺多くして印なきは、食傷を取りて用と為す(底本の「取傷為用」はまさに「取傷食為用」とすべし)。第二十一、日主弱・官殺多く、すでに印なくまた食傷なきは、比劫を取りて用と為す。第二十二、日主弱くして財多きは、比劫を取りて用と為す。日主すでに弱ければ、取用は便ち我を生じ我と同じのこの兩路の裡に挑む。間あるいは食傷・官殺を借りて去りて兩頭の輕重を調停す。
(二十三)日主弱,財多,無比劫,取官殺為用。(二十四)日主弱,財多,無比劫,無官殺,以印為用。(二十五)日主弱,印多,取財為用。(二十六)日主弱,印多,無財,取比劫為用。(二十七)日主弱,印多,無比劫,無財,取官殺為用。
第二十三、日主弱・財多くして比劫なきは、官殺を取りて用と為す。第二十四、日主弱・財多く、すでに比劫なくまた官殺なきは、印を以て用と為す。第二十五、日主弱くして印多きは、財を取りて用と為す。第二十六、日主弱・印多くして財なきは、比劫を取りて用と為す。第二十七、日主弱・印多く、すでに比劫なくまた財なきは、官殺を取りて用と為す。この幾條は男命の取用と略々出入りあり。男命は身弱印多なれば、もと財を用いて印を損ずれば便ち了る。女命はしかるになお財のよく官殺を生ずるのこの一層に顧みるを要し、ゆえに取捨の時は總じて夫星子星を一倂に計算の内に入る。下文の解釋は、まさに逐条にこの番の用心を説明するなり。
女命の取用の解釋
(一)日主強,傷食多,身主既健,子星亦美,取財為用。蓋賴財生官殺,則夫亦榮矣。(二)日主強,傷食多,無財,身主子星雖美,官殺直接受傷食之克。夫星有缺,取印為用。蓋賴印制傷食,以保官殺之夫星耳。(三)日主強,傷食多,無財,無印。隻身與子星之佳,官殺受傷食之克而無救,夫不可靠。取傷食為用,蓋唯有鞠養愛子,恃以終老耳。
以下は逐条の解釋。第一条、日主強くして食傷多し。身すでに健旺にして子星もまた美なり。缺くる所はただ夫星のみ。ゆえに財を取りて用と為す――財に靠りて去りて官殺を生ぜば、丈夫もまた榮顯せん。食傷は財を生じ財はさらに官を生じ、三者は一線に貫通す。第二条、日主強・食傷多くして財なし。身と子星とは美なるといえども、官殺はしかるに直接に食傷の克を受け、中間に財なくして通關せず。夫星に缺あり。ゆえに印を取りて用と為す――印に靠りて食傷を制住し、官殺のこの顆の夫星を把りて保ち下さん。第三条、日主強・食傷多く、すでに財なくまた印なし。ただ自身と子星とのなお佳なるのみ。官殺は食傷の克を受けて解救するに由なし。丈夫はすでに靠り難し。すなわち食傷を取りて用と為す――ただ愛子を鞠養して、子女に靠りて老いを終えん(「鞠養」はすなわち撫養の意)。
(四)日主強,官殺我,身主與夫星皆健。取傷食為用,蓋冀子星亦成立也。且官殺多而用傷食制之,亦幫夫之道耳。(五)日主強,官殺多,無傷食,僅身主與夫星之健,取財為用,蓋賴財幫夫耳。(六)日主強,官殺多,無傷食,無財,隻身主與夫星兩健,以官殺為用。蓋從夫管束,亦婦道之順也。
第四条、日主強くして官殺多し(底本の「官殺我」の「我」は「多」の訛り)。身と夫星とみな健旺なり。食傷を取りて用と為す。一來には子星もまたよく成立せんことを指望し、二來には官殺過多にして食傷を用いて去りて制すれば、制することその宜を得、まさにまた夫を助くるの道なり。第五条、日主強・官殺多くして食傷なし。ただ自身と夫星との兩健あるのみ。財を取りて用と為し、財に靠りて去りて官を生じ夫を助く。第六条、日主強・官殺多く、すでに食傷なくまた財なし。なお自身と夫星との兩健なり。すなわち官殺本身を以て用と為す――身強にして夫の管束に順從すれば、舊日に看ればまた婦道の順なり。この條は純に當時の倫理を以て説を立つ。讀者はその然らしむる所以を知ればすなわち可なり。
(七)日主強,財多,身主健,幫夫重,取官殺為用,則夫得財助,大有可造矣。(八)日主強,財多,無官殺,身主雖健,幫夫雖重,奈無夫星可助,則取傷食為用,夫既不可靠,唯恃乎子矣。(九)日主強,財多,無官殺,無傷食,如人之無子無夫可靠。幸有財,尚可度生,則不用財星,將歸諸誰耶。
第七条、日主強くして財多し。身すでに健旺にして、財また夫を助くるの物なり――財はよく官を生ず――ゆえに官殺を取りて用と為す。丈夫は財の資助を得て、大いに為す可し。第八条、日主強・財多くして官殺なし。身健なるといえども、夫を助くるの資は厚しといえども、无奈助くべき夫星なし。すなわち食傷を取りて用と為す。丈夫はすでに靠り難ければ、ただ子女に指望あるのみ。第九条、日主強・財多く、すでに官殺なくまた食傷なし。これすなわち譬えば一人の人に倚靠すべき夫なく子なきがごとし。所幸はなお財ありて、なお日を度る能う。この時もし財星を用いざれば、また帰してどれ一神の身上に至らんや。
(十)日主強,印多,身既健,復得父母旺氣,惟太強則趨剛,非婦道之宜。取財為用,蓋賴財制印,稍殺其盛,並以幫夫。或曰何勿用官殺拘身,殊不知有多印之洩官殺而生身,官殺豈能制身,如妻不受夫制,用財則尚能助夫也。(十一)日主強,印多,無財制印,身旺已極,取官殺為用。雖不能拘身,官殺究屬夫星,如健婦雖不受夫制,但終須嫁夫從夫也。
第十条、日主強くして印多し。身すでに健旺にして、また父母(印)の一重の旺氣を得。ただ太強なればすなわち剛硬に流れ、舊時に看れば婦道に合せず。ゆえに財を取りて用と為す――財に靠りて去りて印を制し、稍々その盛氣を一煞し、同時に財またよく夫を助く。ある人問う。何を以て官殺を用いて日主を約束せざるやと。須く知るべし、柱中に印多ければ、官殺の氣は先に印に泄し去られて轉じて來て身を生ぜん。官殺はどこにかなお制し得住る我あらん。これは譬えば妻子の丈夫の管束を受けざるがごとし。すなわち財を用うるに如かず。財は究竟はなお丈夫を助くる能うればなり。第十一条、日主強・印多くして財の印を制するなく、身旺は極點に到る。官殺を取りて用と為す。官殺はかくのごときの日主を約束する能わざるといえども、究竟は夫星なり。譬えば一個の強健の婦人は夫の制を受けざるといえども、終にまた夫に嫁ぎ夫に從う。
(十二)日主強,印多,無財,無官殺,身既太旺,夫又無靠,則唯子之是恃,故以傷食為用也。且是言得印生,而生傷食,輾轉相生,則靈秀之氣,亦可吐發矣。(十三)日主強,比劫多,無官殺,是旺而無制,且無夫星可恃,則用傷食以洩氣,併為子星宜矣。(十四)日主強,比劫多,無官殺,是旺而無制,且無夫星可恃,則用傷食以洩氣,併為子星宜矣。
第十二条、日主強・印多く、すでに財なくまた官殺なし。身すでに太旺にして、夫また靠なし。すなわちただ子女に倚仗するのみ。ゆえに食傷を取りて用と為す。しかも日主は印の相生を得て、さらに去りて食傷を生じ、輾轉相生して、一身の靈秀の氣もまた吐發し出づ(底本の「且是言得印生」の「是言」の二字は訛衍。まさに「且日主得印生」とすべし)。第十三条、日主強くして比劫多く官殺なし。旺にしてそれを制する物なく、また倚るべき夫星なし。すなわち食傷を用いてこの份の旺氣を泄す。いわんや食傷はまたまさに子星なり。一擧にして兩得す。第十四条は第十三条と文字全く同じ。これ底本の重出なり。按ずるに前の「大法」の第十三条はもと「比劫多,取官殺為用」と作し、第十四条は初めて「無官殺,取食傷為用」なり。抄寫の時に解釋を誤りて兩遍に錄せしなり。
(十五)日主強,比劫多,無傷食,無官殺,是旺而無洩克,且夫子不可靠,取財為用,蓋財分我力,亦可稍殺我勢,且賴以為養命之源也。(十六)日主弱,傷食多,取印為用。蓋印能制傷食,保官殺,幫弱主,所謂夫子、自身三合者,皆印之功也。(十七)日主弱,傷食多,無印,身既弱極,夫星亦危(官殺多傷食之克,無印之救),取財為用。蓋財能洩傷食而生官殺,夫子仍保兩全,仍自身較弱而已。
第十五条、日主強・比劫多く、すでに食傷なくまた官殺なし。旺にしてすでに發泄する處なくまた克制する物なく、夫と子との兩頭はみな靠り難し。財を取りて用と為す――財はよく我の力量を分かち去り、稍々我の勢頭を煞し、しかも命を養うの資源なり。第十六条、日主弱くして食傷多し。印を取りて用と為す。印はよく食傷を制住してその太過ならざらしめ、よく官殺のこの顆の夫星を保住し、またよく衰弱の日主を幇扶す。いわゆる夫・子・自身の三頭俱全は、全く印の功勞なり(底本の「三合者」はまさに「三全者」とすべし)。第十七条、日主弱・食傷多くして印なし。身すでに極處まで弱く、夫星もまた危險なり――作者自注。官殺は多く食傷の克を受け、また印の來て解救するなし――ゆえに財を取りて用と為す。財はよく食傷の氣を泄して轉じて官殺を生ず。夫と子とはなお兩全を保ち、ただ自身はなお偏に弱なるのみ。
(十八)日主弱,傷食多,無印,無財,夫危不可靠。子息亦艱(傷食多,身弱必無子),則唯保身為尚。故以比劫幫身為用也。(十九)日主弱,官殺多,夫重身輕,取印為用,蓋印能洩官殺而生我身,與夫得平勻之妙矣。(二十)日主弱,官殺多,無印夫太重,身太輕,取傷食為用。蓋賴以制官殺自身雖愈弱,夫子得兩平,亦計之善也。
第十八条、日主弱・食傷多く、すでに印なくまた財なし。夫星は危殆にして靠り難く、子息もまた艱難なり――作者自注。食傷は多きといえども、身弱は終に子無し――すなわちただ自身を保住するを以て要と為すほかなし。ゆえに比劫を用いて身を助くるを用と為す。第十九条、日主弱くして官殺多し。夫重くして身輕し。印を取りて用と為す。印は一面に官殺の氣を泄し、一面に我の身を生ず。我と夫と便ち平匀の妙を得。第二十条、日主弱・官殺多くして印なし。夫太重・身太輕なり。食傷を取りて用と為し、それに靠りて去りて官殺を制す。自身は泄氣に因りてさらに弱しといえども、夫と子との兩邊はしかるにその平を得。これもまた一條の好辦法なり――女命の忌む所は、夫星の太過にして自身はそれに配う能わざるに過ぎず。
(二十一)日主弱,官殺多,無印,無傷食,則既夫子兩不可靠(無傷食,則子星為不及;官殺重,則夫星為太過),唯強身是尚,故取比劫幫身為用也。(二十二)日主弱,財多,取比劫為用,蓋賴制財則保身,生傷食,則全子也。(二十三)日主弱,財多無比劫,則身弱子難(財多則傷食受盜洩,身弱則傷食欠生助,子自難矣),取官殺為用。蓋官殺洩財,既可稍殺財勢,亦全夫星之美也。
第二十一条、日主弱・官殺多く、すでに印なくまた食傷なし。夫・子の兩頭はみな靠り難し――作者自注。食傷なければ、子星はすなわち不及に属す。官殺太重なれば、夫星はすなわち太過に属す――ただ身を強くするを以て要と為すほかなし。ゆえに比劫を取りて身を助くるを用と為す。第二十二条、日主弱くして財多し。比劫を取りて用と為す。比劫は一面に財星を制住して以て自身を保住し、一面にまた轉じて食傷を生じて以て子星を保全す。第二十三条、日主弱・財多くして比劫なし。身弱にして子もまた艱難なり――作者自注。財多ければ食傷の氣は財に盜泄せられ、身弱なれば食傷また生助に缺く。子は自然に得難し――ゆえに官殺を取りて用と為す。官殺はよく財の氣を泄し、すでに稍々財勢を煞し得、また夫星の美を成全す。
(二十四)日主弱,財多無比劫,己身弱子艱,又無官殺,則夫星亦不可靠,其唯強身是尚,故取印生身為用也。(二十五)日主弱,印多,夫子身皆不足(主弱則身不足,印多,克傷食,則子不足,印多洩官殺,則夫不足),取財為用,蓋財能壞印生官殺,三者之病盡去矣。(二十六)日主弱,印多,夫子身皆不足,又無財之生官殺,並去印,則用比劫,幫身而生傷食,庶身與子得兩全也。(二十七)日主弱,印多,無比劫,無財,取官殺為用,蓋求夫星之成立也。
第二十四条、日主弱・財多くして比劫なし。自身すでに弱く子もまた艱難にして、また官殺なし。夫星もまた靠り難し。すなわちただ身を強くするを以て要と為すほかなし。ゆえに印を取りて來て身を生ずるを用と為す。第二十五条、日主弱くして印多し。夫・子・自身の三頭はみな足らず――作者自注。日主弱なればすなわち自身足らず。印多くして食傷を克せんとすれば、すなわち子星足らず。印多くしてまた官殺の氣を泄せば、すなわち夫星足らず――ゆえに財を取りて用と為す。財は一には印を壞る能く、二には官殺を生ずる能く、三處の毛病を一倂に去る。第二十六条、日主弱・印多く、夫子身の三頭はみな足らず、また財なくして來て官殺を生じ兼ねてその印を去るなくば、すなわち比劫を用いて、身を助け而して食傷を生ず。庶幾くば自身と子星と兩得して保全せん。第二十七条、日主弱・印多く、すでに比劫なくまた財なし。官殺を取りて用と為す。為す所は夫星の成立し得るを求むるなり。通篇の二十七條を歸結すればただ一句話のみ。女命の取用は、須く自身・夫星・子星の三者の間に一個の偏廢せざる安頓を求むべし。
