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倪古蓮命造

民国 · 韦千里 · 第14巻 / 19

作盤ガイド: 八字作盤

壬寅 丁未 乙巳 戊寅 七歲 戊申 十七 己酉 廿七 庚戌 三七 辛亥 四七 壬子 五七 癸丑 六七 甲寅

年柱壬寅、月柱丁未、日柱乙巳、時柱戊寅、日主乙木は未月に生まる。大運は七歳に起こり、順に戊申・己酉・庚戌・辛亥・壬子・癸丑・甲寅。年干壬は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱丁未より順推して戊申・己酉・庚戌……。前半段西方の金、後半段北方の水なり。この造は四個の地支寅・未・巳・寅一つとして火を蔵せざるなく、年干壬水また月干丁火に合住せられ、時干戊土は燥土なり。通盤干熱極點に至る。これ下文に疾病を推斷する全部の依據なり。

人之疾病。亦可由命中推測。然有驗有不驗。蓋命該究患何疾。只能言其端緒。不能指其微。大抵以寒暖燥溼推之。百不失一焉。

人の疾病もまた命中より推測すべし。不過驗あるも驗なきもあり。一個の命究竟何の病を得るかは、ただ大略の端緒を説出すべく、あのごとく細微に指す能わざるがゆえなり。大體上寒・暖・燥・湿の四字を依りて推せば、百失わず一なり。この一條は前の「疾病」の章の「五行配五臟」の説法と互いに表裏を為す:五行は臟腑に配して病位を定め、寒暖燥湿は病性を定む。兩者合看して始めて準なり。下面のこの一造はすなわち燥熱をもって斷を立つる實例なり。

如文學家兼書法家倪古蓮先生。久耳餘名。囑評其造。余曰乙木生於夏令。精華發洩。外有餘而內實虛脫。地支無不藏火。壬水為丁所合。時上之戊。又為陽土。燥之極矣。暖之極矣。一無金水以濟之。肺病血疾。在所不免。純陽燥熱之體。尤敢定斷焉。

譬如文學家兼書法家の倪古蓮先生、久しく我が名字を聞き、我に囑して彼の命造を評せしむ。我曰く:乙木夏天に生まれ、木の精華全く外に向かい發泄す。外表餘りあるも内裏其實虚脱なり。四個の地支一つとして火を蔵せざるなし。年干壬水本來燥を濟すべきも、偏に月干丁火に合住せられて作用を失う。時干戊土また陽土・燥土なり。燥すること極點に至り、暖なること極點に至る。全局一點の金水の來りて調剤するなし。金は肺を主り、水は血を主る。金水すでに缺けば、肺病と血分の疾とは免れず。これ純陽燥熱の體質なり。我いよいよ敢えて斷定す。ここ正に前文「燥湿」の一章の用處を見る:亢燥の局は潤澤を喜ぶ。水なくして潤すべからざれば、病便ち肺と血とに應ず。

戍運為火庫。更屬可危。然甲戊年又多一庫。誠如雪上加霜。既已幸越。或無生命之憂矣。三十七後。運轉西北。一路康壯。非惟功名利祿。與日俱進。體格亦矯健勝昔。勉哉。倪君讚不絕口。旋蒙其備加你頌。並將感佩之意。刊諸社會晚報。

戌運は火庫にして、燥の上に燥を加え、更に危険なり。況んや甲戌の那一年はまた一つの火庫を多く出す。真に雪の上に霜を加うるがごとし。すでに僥倖にして度り過ぐるを得たりし以上、あるいは性命の憂なからん。三十七歳以後、運は西北に轉じ、辛亥・壬子・癸丑と一路金水にして、正に命中の缺くるところを補う。功名利祿日とともに進むのみならず、體格もまた從前より矫健ならん。彼がよく自ら勉励せんことを望む。倪君これを聞きて贊し口を絕せず、隨いていよいよ稱譽を加え(底本の「你頌」は「稱頌」とすべし)、かつ感佩の意を《社會晚報》に刊登せり。

許世英命造

癸酉 辛酉 乙丑 辛巳 二歲 庚申 十二 己未 廿二 戊午 三二 丁巳 四二 丙辰 五二 乙卯 六二 甲寅

年柱癸酉、月柱辛酉、日柱乙丑、時柱辛巳、日主乙木は酉月に生まる。大運は二歳に起こり、順に庚申・己未・戊午・丁巳・丙辰・乙卯・甲寅。年干癸は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱辛酉より倒退して庚申・己未・戊午……となり、中年一路南方の火地なり。この造は地支巳・酉・丑の三合金局そろい、天干にまた二つの辛金を透して金氣彌漫す。乙木孤立し、見るに棄身して殺に從わんとするがごとし。年干のあの一點の癸水は則ち全篇辯論の關鍵の所在なり。

此為許世英先生之命。乙木凋零。支金已酉丑。四柱純金。識者咸以從殺格推之。不知年頭癸水進氣。洩金生木。乙有根原。不能從殺。應作身弱用印。以化其殺。

これは許世英先生の命造なり。乙木は秋天にすでに凋零し、地支巳・酉・丑會して金局を成し、四柱ほとんど純に金氣なり。命を識る人は皆「從殺格」を以てこれを推す。彼らは知らず、年干のあの癸水は正に進氣の時に在り(秋令金は水を生じ、水は相氣を得)、癸水は一面金を泄し、一面木を生じて、乙木便ち源頭根柢を有すれば、「從」と算すべからず。「從格」の成立は必ず日主毫も生扶なく、ただ命を棄てて相從うのみなるを須う。一たび印綬の接濟あれば、便ち仍ほ身弱の命なり。それ故にこの造は當に身弱として印を用ゐると看るべく、癸水に賴りて七殺の氣を化して來り身を生ぜしむ。

否則中年午丁己丙四部火運。制殺最力。為從格所大忌。烏得穩度谷關。且屢膺重任耶。卯運重沖。應有不利。此後甲寅劫財幫身。老當益壯。東山再起。足可掌握大權。若仍致力於慈善事業。更能廣種心田。癸運亦不為惡。壽至丑運。方臻危境。

然らざれば、中年の行く所の午・丁・己・丙四步の火運は、火最も能く金を剋し殺を制すれば、正に從格の大忌なり。彼は何ぞ能く平安に險關を度り、しかも屢々重任を擔當せしや。——これ事實を以て格局を反證するにして、從と從ざるとを判ずる最も可靠の辦法なり。卯運は命中の酉金と重ねて相冲し、木根拔かる。當に不利あるべし。此の後甲・寅兩步は劫財身を幇くの地にして、老いて當にいよいよ壯にして、東山再び起ち、足りて大權を掌握すべし。若し仍ほ慈善事業に致力せば、更に能く廣く福田を種うべし。癸運もまた惡運と算せず。丑運(丑は巳酉と再び金局を會す)に至りて始めて危境に臻り、壽數もまた彼に在り。

若作從殺。忌逢幫身。則甲寅癸三運。又多色齬齟矣。秋浦夏直欽君。囑余推評。夏君以仁宦而兼精子平。亦謂此老命局。按理以論。及過去事實推之。從殺格以較勉強。

倘若これを從殺格として看れば、從格最も身を幇くの物を忌み、然らば甲・寅・癸この三步の運は皆齟齬不合の運と成る(底本の「色齬齟」は文字倒訛)にして、實際の情形と對せず。秋浦人夏直欽君は我に嘱して推評せしめたり。夏君は官を爲ししかも子平の學に精通する人にして、亦た言う、この老先生の命局は理を按じて論じ、再び過去の事實を以て推すに、從殺格を以て解釋するは比較的勉强なりと。作者は人と商榷して武斷せず、正に本書の貴ぶべき所なり。格局の爭いは最後に一生の事蹟を以て定案を成すを要す。

某老命造(段祺瑞の八字は一時を差とするのみ)

乙丑 己卯 乙亥 癸未 一歲 戊寅 十一 丁丑 廿一 丙子 三一 乙亥 四一 甲戌 五一 癸酉 六一 壬申

年柱乙丑、月柱己卯、日柱乙亥、時柱癸未、日主乙木は卯月に生まる。大運は一歳に起こり、順に戊寅・丁丑・丙子・乙亥・甲戌・癸酉・壬申。年干乙は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱己卯より倒退して戊寅・丁丑・丙子……となる。この造は地支亥・卯・未の三合木局そろい、本來「曲直格」の條件に合す。然れども年支丑中に辛金を藏し、專旺の格は最も一點の異氣を忌み、格局便ち破る。下文は段祺瑞の命と一個の時を差とするのみにして、兩つ相對照して最も時辰の重きを見る。

此老出外宦途。飽經榮祿。年三十後。家道中落。幸擅長書法。磨空鐵硯。利賴筆耕。幼時延人批命。僉謂仁壽曲直之格。謬以有為期許。曩緣友人介紹。造訪余廬。詢問究竟。余曰。乙生卯月。支全木局。年支丑中藏辛。曲直已破。只堪作身旺財輕之命以為斷。

この老先生は早年仕を出で、榮華祿位を飽くまで享けたり。三十歲以後家道衰え、幸いに書法に長じ、鐵硯をも穿ち磨き盡くして、筆耕に賴りて日を度る。彼幼き時人を請うて命を批せしめ、衆口皆「曲直仁壽格」と言いて、誤って遠大の前程を以て期許せり。先頃朋友の紹介を經て、彼我が家に來り造訪し、究竟を問う。我曰く、乙木は卯月に生まれ、地支は全木局を會し、本來曲直に近し。然るを年支丑中に辛金を藏し、一點の金氣便ち專旺の格を破る。格既に破るれば、ただ尋常の身旺財輕の命に按じて斷ずるのみ。——木旺にして財(土)輕く、日主強くして施展する處なし。

廿六歲前。運行中南火土。所以少年得志。迨夫三十一歲運轉東北。難免坎坷悽惻。然壬運至凶。無傷大祿。亦云幸矣。再後辛運苟延。未運化木。危如風燭。

二十六歳以前、運は南方の火土を行き、火は旺木の秀を泄し、土は身旺の者の財となる。故に少年志を得たり。三十一歲運が東北に轉ずるを待ちて(乙亥・甲戌一路)、比劫は財を爭い、坎坷凄凉を免れず。ただ壬運極めて凶なりといえども、大きなる祿位を傷らず、また幸いと算す。再び後辛運は勉强支撑し、未運は木局を會合して氣勢愈々偏して、危きこと風中の燭のごとし(ここに挙ぐる辛運・未運は上に列ねる大運の表に見えず。疑うらくは底本の刻す大運に訛脱あらん。姑く原文に照らして錄す)。

按段祺瑞命。為乙丑己卯乙亥壬午。其乙祿在卯。己祿在午。壬祿在亥。交互得祿。旺氣所繫。且木旺水健。午水洩秀。格局清奇。故在萬民之上。八字之相差一時。其土壤徑庭。有如此者。籲。可畏哉。

按ずるに段祺瑞の命は乙丑・己卯・乙亥・壬午なり。乙の祿は卯に在り、己の祿は午に在り、壬の祿は亥に在り。幾個の天干交互相いに地支に祿を得て、旺氣皆落着する處あり。しかも木旺く水健やかにして、午火また能く木の秀を泄し(底本の「午水」は「午火」とすべし)、格局清奇なり。故に位は萬民の上に在り。同じき年月日、ただ一個の時辰を差とするのみ——一つは癸未、一つは壬午——境遇便ち天壤の別あり(底本の「土壤」は「天壤」とすべし)。嗚呼、畏るべきかな。この造は前の錢新之・楊宇霆の一組と同一の機杼にして、皆學者を提醒す。時辰確かならざれば、全盤皆虛なり。

名妓花月影命造

壬子 壬子 庚辰 丁丑 九歲 十九 廿九 三九 四九 五九 六九

年柱壬子、月柱壬子、日柱庚辰、時柱丁丑、日主庚金は子月に生まる。大運の一欄ここに底本脱文あり。ただ九歳・十九・廿九・三九・四九・五九・六九の七個の起運歲數を存し、各步の干支全部漏刻せり。今原樣に照らして存錄し、敢えて臆して補わず。下文に「二十四歲戌運に進む」「晚歲純に南方火運を行く」と提うるに據り推知すれば、その大運當に月柱壬子より逆行して辛亥・庚戌・己酉……となるべきも、然れど確證なし。この造は兩組の壬子疊見し、辰・丑また皆濕土にして全局寒濕なり。ただ時干の一點の丁火あるのみ。是下文立論の根據なり。

此名妓花月影之命。庚生嘉冬。兩見壬子。辰丑又皆溼土。區區丁火。瑜不掩瑕。危險直如風燭。夫星與身主。兩有所缺。以致早落平康。年方及筆。即出應徵。送往迎來。極盡歡笑。

これは名妓花月影の命造なり。庚金は季冬十一月に生まれ(底本の「嘉冬」は「季冬」とすべし)、天干地支兩度壬子を見て水勢極めて盛んなり。辰と丑また皆濕土にして、水を制する能わざるのみならず、反って濕を助く。區區たる一點の丁火は瑕多くして瑜少なく、危険なること風中の殘燭のごとし。丁火は庚金に於て正官にして、女命は官を以て夫と為す。夫星既に弱く、日主庚金水に泄され盡くして身主また虛なり。——夫星と身主兩樣とも欠缺あり。故に早く風塵に淪落せり(「平康」は唐代長安の妓館の所在の坊名にして、後に妓院の代稱と為る)。纔かに及笄の年に至りて(底本の「及筆」は「及笄」とすべし、女子十五歲)便ち出でて客に應じ、送往迎來して歡笑を極めたり。

然二十四歲達入戍運。戍乃火庫。亦為燥土。更以流年如丙子丁丑戊寅己卯。中南順行。當有貴客垂青。納為擁抱。從此附驥益顯。獲掌家政苟得忠心侍主。舉案勤勞。以後美運接軫。或堪身列命婦。福祿綿延。晚歲純行南方火運。蔗境更榮。詩云。永言配命。自求多福。固非吳下歌女媲也。

然れども二十四歳戌運に進入し、戌は火庫にしてまた燥土なり。正に能くこの一局の寒水を溫暖す。加うるに流年丙子・丁丑・戊寅・己卯、一路中南の火土に向かいて順行す。當に貴客の垂青あって、彼女を納れて妾と為すべし。此れより攀附して益々顯れ(「附驥」は貴人に依附するを謂う)、家政を掌管家するを得たり。ただ能く忠心に主に侍し、案を舉げて眉に齊くし、勤勞して家を持てば、以後美運一步また一步と接續し、あるいはなお能く身を誥命夫人の位に列せしめ、福祿綿長ならん。晚年純に南方火運を走り、晚境いよいよ榮顯なり。《詩經》に曰く「永く命に配らん、自ら多福を求む」。これ則ち尋常の吳下の歌女の比とすべきにあらざるなり。

細按命之水清如鏡。理宜丰姿卓煢。陽春白雪。婉轉歌喉。不失為秦樓楚館中豔美之名焉。或謂女命水多。性同鴿雀。籲。是則語涉猥褻。豈文人名教中所能道耶。

細かに彼女の命を看れば水は清くして鏡のごとし。理を照らせば當に豐姿卓越、歌喉婉轉して陽春白雪のごとく高雅にして、秦樓楚館の中の艷美有名の人物と爲すを失わざるべし。ある人言う、女命水多ければ、性情便ち鴿雀と同じく輕佻なりと。——嗚呼、この種の話は猥褻に渉り、何ぞ讀書守禮の人の當に言うべき所ならんや。この一段は前の「女命淫賤」の一章と參看すべし。條例その説ありといえども、作者は肯んじてこれを以て婦人を輕薄せず。これ彼の命を論ずるの一份の厚道なり。

宣統命造

丙午 庚寅 壬午 丙午 九歲 辛卯 十九 壬辰 廿九 癸巳 三九 甲午 四九 乙未 五九 丙申 六九 丁酉

年柱丙午、月柱庚寅、日柱壬午、時柱丙午、日主壬水は寅月に生まる。大運は九歳に起こり、順に辛卯・壬辰・癸巳・甲午・乙未・丙申・丁酉。年干丙は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱庚寅より順推して辛卯・壬辰・癸巳……となる。この造は三個の午、兩個の丙にして、火は壬水の財なり。滿盤皆財にして日主壬水根無く、ただ月干庚金の一點の印綬浮びて上に在るのみ。是「棄命從財」の形勢なり。三午暗中に一個の未字を招くは則ち全局唯一の貴氣の所在なり。

有以宣統這命垂詢者。余曰。滿盤是財。偏枯之局。本無足貴。其為失國之君。良以身不任財。棄命而從之故耳。惟二午暗邀合宮之未。示藏己土正官。即命理約言所謂暗合格。是乃貴徵。故出身天潢。貴胄後裔。得繼大統。

ある人宣統の命を持ちて我に問う。我曰く、滿盤皆財にして是偏枯の局なり。本來貴ぶべき處なし。彼の亡國の君と成る所以は正に日主この份の財を擔當し得ず、命を棄てて相從うのほかなきが故なり(從財格雖も亦た貴格なりといえども、究竟身は己に由らずの象なり)。唯一貴ぶべきは、局中の幾個の午暗暗裡にそれと相合する未字を招く(午未相合)にあり。未中に己土を藏し、己土は壬水を剋して陰陽相異なれば正官なり。——これ則ち《命理約言》の言う所の「暗合格」にして、命局中に見えざる字暗中に邀合せられて來るは貴顯の徵象なり。故に彼の出身皇族(「天潢」は帝王の宗支を指す)にして、大統を繼承するを得たり。

惜行運不濟。如壬辰運之犯火。乃從格所大忌。失其自由。任人支配。三十幾交癸運。仍雖樂觀。三十五以後。己甲午乙。一路東南木火。始堪吐氣揚眉。激昂青雲。五十五未運為暗合填實。壽終於此。

惜しむべし行運濟わず。壬辰運のごときは、壬水は滿局の火を冒犯し(從財格最も身を幇くの物の來りて從う所の神と相爭うを忌む)、正に從格の大忌なり。故に彼時自由を失い、人に擺布せらる。三十幾歲癸運に交るも仍ほ樂觀すべからず。三十五歲以後甲・午・乙一路東南の木火にして、木は火を生じ火則ち財なれば、始めて能く氣を吐き眉を揚げ、激昂して上る。五十五歲の未運に到れば、原本暗合して來たる未字は明擺の實字と變じ、命書は之を「塡實」と叫作す。——暗合の貴は一たび塡實せられれば便ちその妙を失う。故に壽は此に終る。

餘於庚午秋。得見一命。為丙午甲午壬午丙午。生於夏令。又為四午。合官最力。格局遠在宣統之上。想其前程必有可觀。乃一福州人。惜已忘其姓氏。茲論宣統命造。忽憶及此君。不勝神往焉。

我庚午年の秋に一個の命を見たり。丙午・甲午・壬午・丙午。夏に生まれて四個の地支皆午にして、暗合して未中の正官の力量最も強く、格局宣統の上に遠く在り。想うに前程必ず觀るべきものあらん。彼は一位の福州人にして、惜しむべしすでに彼の姓氏を忘れたり。今宣統の命造を論じ、忽然としてこの人を想起し、神の往くに堪えず。この造は宣統の一造と並び舉げて、同一種の「暗合」の貴氣の多寡純雜の間また高下を分かつを說明す。

顧維鈞命造

丁亥 癸丑 己亥 戊辰 九歲 壬子 十九 辛亥 廿九 庚戌 三九 己酉 四九 戊申 五九 丁未 六九 丙午

年柱丁亥、月柱癸丑、日柱己亥、時柱戊辰、日主己土は丑月に生まる。大運は九歳に起こり、順に壬子・辛亥・庚戌・己酉・戊申・丁未・丙午。年干丁は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱癸丑より倒退して壬子・辛亥・庚戌……となる。この造は月干癸水、兩個の亥、一個の辰にして、水は己土の財なり。財旺極點に到る。全く時干戊土に賴りて身を幇き水を鎮む。兩亥の間に一個の丑を夾み、中間に空く所は正に子位にして、命書は之を「拱」と稱す。下文の言う所の拱貴則ちこれを指す。

傳聞近代偉人。以顧維鈞為最富。視其命造。洵不偶然。蓋己生丑月。干透癸水。支見兩亥。辰又為蓄水之庫。財旺極矣。全得力於時上戊土之鎮水幫身。用神應即歸諸戊土劫財。良以無戊則安可任財。不任財則安得豪富。或取丑中辛金食神為用。恐身主更弱矣。

傳聞するに近代の偉人は顧維鈞を以て最も富めりと。彼の命造を看るに、果たして偶然にあらず。己土は丑月に生まれ、天干は癸水を透し、地支は兩個の亥を見て、辰また蓄水の庫なり。財旺極點に到れり。全く時干戊土に賴りて水勢を鎮め住せ、日主を幇扶す。故に用神當に戊土劫財に歸すべし。——戊土なくんば、何を以てこの份の財を擔當することを得んや。財を擔當し得ずんば、また何ぞ能く豪富ならんや。これ正に前文「財多身弱は劫刃を宜しとす」一句の實例なり。ある人は丑中の辛金食神を取りて用と爲さんことを主張す(食神は財を生ず)。恐らく日主反って愈々弱くならん。——身弱の命は再び泄すべからず。これ取用の分寸なり。

兩亥夾丑。拱子水貴人。宜其疊膺距任。折衝壇玷。為國爭光。四支皆藏財。又有拱財。一生知多豔福。財重用劫。內助雖得力。仍不免鼓盆興歡。且克妻獨在於戍運。是更命之可信矣。

兩個の亥一個の丑を夾み、亥と丑の間に空く所は正に子にして、命書は之を「拱」と稱す。——その字を見ずして暗にその氣有り。子は己日に對して言えばまた「天乙貴人」(十干各おの有する第一の吉神にして、己日の天乙は子と申に在り)なり。拱して貴人を得れば、彼の屢々重任を擔當し、外交壇坫の上に折衝樽俎して國のために光を爭うも怪しむに足らず。四個の地支裡に皆財を藏し、また拱して來るの財あれば、故に一生頗る艷福多し。ただ財重くして劫財を用ゐるは、劫財一面身を幇き、一面妻を剋す。內助雖も力を得るといえども、仍ほ喪妻の痛を免れず(「鼓盆」は莊子妻死して盆を鼓して歌うの典を用う)。しかも妻を剋するは恰恰戌運に應ず。これ更に命の信なるを見る。

查前運多金水。花枝招展。境遇榮繁。然竊以戊運之用神得助。掌握重權。或有更進者。申運順流而下。總之。此命逢金水火土之運。皆不為事業心。惟憎木之損傷用神。幸生平無木運,故三元不敗。堪稱得天獨厚者矣。

查するに彼の前の運多く金水に在り、境遇榮華繁盛せり。ただ我私らく以爲う、戊運裡は用神戊土幇助を得て重權を掌握し、あるいはなお更に進むの成就あらん。申運は則ち流れに順いて下り、稍や平緩を見る。總じてこの命は金・水・火・土の運に遇う皆事業を妨げず(金は土を泄して水を生じて財源絕えず、火土は身を幇きて能く財に任ず)。唯獨木運の來りて戊土この用神を剋傷するを惡む。幸いに彼生平の大運に一步の木運もなし。故に年・月・日の三元始終敗れず。得天獨厚と稱すべし。大運の表を看るに確かに此のごとし。壬子・辛亥・庚戌・己酉・戊申・丁未・丙午に一步の木もなし。

廣東妓女命造

乙巳 己卯 乙卯 丙子 七歲 庚辰 十七 辛巳 廿七 壬午 三七 癸未 四七 甲申 五七 乙酉

これは一個の女命なり。年柱乙巳、月柱己卯、日柱乙卯、時柱丙子、日主乙木は卯月に生まる。大運は七歳に起こり、順に庚辰・辛巳・壬午・癸未・甲申・乙酉。年干乙は陰に属し、女命陰年に生まれれば順排ゆえ、月柱己卯より順推して庚辰・辛巳・壬午……となる。この造は乙木卯月に祿を得、日支また卯にして比肩重疊す。月干己土は財にして群木に剋され、全局の生機はただ時干丙火の一點に在るのみ。——丙火は木を泄して土を生ず。是命脈の繫る所にして、下文彼女の壽限を斷ずるも則ちここに斷ず。

壬申九月,友人某。囑評此命,謂繫廣東妓女,由奧追蹤來滬。堅欲以身相許。惟我年逾半百。且已兒孫繞 。恐納妓後,家庭反而我故,躊躇莫決。謹詢於君,乞部其詳,

壬申年九月、某位の朋友は我に嘱してこの命を評せしめ、言う、一名の廣東妓女にして、廣東より一路上海に追うて來り、堅決に身を以て許さんと欲すと。彼曰く、ただ我年五十を過ぎ、しかもすでに兒孫膝を繞り(——ここ底本脱文あり。「兒孫繞」の下一字を缺き、原刻空を留む。今照らして錄し補わず)——恐らく彼女を納るるの後、家庭反って我のために變故を生ぜん。これを以て躊躇決せず、謹んで來りて您に請教す。請うその中の詳情を剖析せよ(底本の「乞部」は「乞剖」とすべし)。

餘日。乙木得祿於卯月。比肩林立,財星已去。用時上丙火。賴之洩生財。命非下乘。丰姿卓約。固異凡卉。官之無力。即夫星不顯。然居造室。亦無所疑。惟刻行壬運。又逢壬年。用神損傷。十一月且為壬子。一片汪洋。丙火殲滅。恐防其壽。故納寵問題。可容綬議。茲惟虛與委蛇。是乃上策。

我答えて曰く、乙木は卯月に祿を得、比肩層々排列し、己土財星すでに群木に剋され去れり。當に時干丙火を取りて用と爲し、それに賴りて一面旺木の氣を泄し、一面財星を生起す。この命は下乘にあらず。その人豐姿綽約にして、本來尋常の花草と同じからず。ただ官星(金)力なく夫星顯れず。然れども人の側室と爲るは則ち疑問なし。但し眼下正に壬運を行き、今年また壬年にして、壬水は丙を剋し、用神損を受く。十一月は更に壬子月にして、水一片の汪洋と成り、丙火徹底に撲滅せられ、恐らく性命すら保ち難し。故に妾を納るるの事は、緩りより再び議するに如かず(底本の「可容綬議」は「綬」當に「緩」とすべし)。眼下ただ虛與委蛇するは、乃ち上策なり。

友唯唯而去。後相值途次。問友以此事究竟。友嘆曰。誠如君言。是妓已於壬申喜冬。服毒旅邸。而歸物化矣。微君果斷。又增我幾許煩惱。誠哉。命之不欺不也。

朋友連聲應諾して去れり。後に路上に遇い、我彼にこの事の結果を問う。朋友嘆じて曰く、正にあなたの言うがごとし。あの妓女すでに壬申年の冬に旅館に於て毒を服して一命天に歸せり。若しあなたの當機立斷にあらざれば、また我に幾多の煩惱を添えんとせしや。命理確かに人を欺かざるなり(末句底本は「命之不欺不也」と作る。一「不」字を衍す)。この造の驗は全く「用神剋せらるるの年則ち死期と爲る」一條上に在り。前の倪古蓮の一造に寒暖燥濕を以て病を斷ずると、同じく韋氏の生死を推斷する兩條の路數なり。

三孩同日生命造

乙亥 己卯 壬午 癸卯 十一 庚辰 廿一 辛巳 三一 壬午 四一 癸未 五一 甲申 六一 乙酉

これは三個の同日出生の孩子中頭一個落地せし女嬰の命なり。年柱乙亥、月柱己卯、日柱壬午、時柱癸卯、日主壬水は卯月に生まる。大運は十一歳に起こり、順に庚辰・辛巳・壬午・癸未・甲申・乙酉。年干乙は陰に属し、女命順排ゆえ、月柱己卯より順推して庚辰・辛巳・壬午……となる。同日生まれの另外兩個は男孩にして、八字ただ時柱を差とするのみ。一は丙午時、一は丁未時なり。下文則ちこの三造を以て相比較す。是全書唯一の一組の「同日異時」の實例なり。

有具名雁峰飄流客者。寓書與餘。告余本埠南市某姓家。有一青衣婢。同日產生三孩。初落地者為女嬰(其命排列如上)次乃男孩。八字為乙亥己卯壬午丙午。再次者亦屬干麟四柱為乙亥己卯壬午丁未並囑余推評優劣。

ある「雁峰飄流客」と署名する人書を我に寄せて言う、本埠南市の某家に一名の婢女あり、同一天に三個の孩子を生下せり。頭一個落地せしは女嬰にして(命造の排列は上を見よ)、第二個は男孩にして八字は乙亥・己卯・壬午・丙午。第三個もまた男孩(底本の「干麟」は「弄璋」の一類とすべし、男孩を指す)にして、四柱は乙亥・己卯・壬午・丁未なり。來信我に嘱して三者の優劣を評比せしむ。三個の孩子は年・月・日の三柱完全に一樣にして、ただ時柱同じからず。正好一個の時辰能く命を何の地步に改めるかを看るを得たり。

餘特簡覆曰。女命傷官太重。官得無力。又乏印綬以制傷保身。一無可取。本年乙亥。傷官更歷。恐即夭殤。蓋夢幻泡影而已。次生男造。傷官得祿於卯月。正官得祿於午時。更喜時上丙財。洩木生火。周旋於傷官正官之間。應作從財格論。走火土運不為忌。僅子運沖午。稍形不利。

我簡略に回復して曰く、あの女命は傷官重きこと太甚(兩卯は壬水の傷官)にして、官星(己土)軟弱無力、また印綬を缺きて傷官を制し日主を保護するなく、一として取るべきなし。今年乙亥は木更に勢を得、傷官愈々厲しく(底本の「更歷」は「更厲」とすべし)、恐らく就中夭折せん。不過夢幻泡影のみ。第二個男孩の命は傷官は卯月に祿を得、正官は午時に祿を得、更に時干丙火の財と爲るを喜ぶ。木は火を生じ、火は土を生じ、財星は傷官と正官の間に周旋して、二者をして再び直接衝突せしめず。當に從財格に按じて論ずべし。火土の運を走るは忌と算せず。ただ子運の午を冲するのみ稍々不利を顯す。

再次之男命。乃交互得祿且為純粹化木之格。八字無金。行運又無金。大貴之徵。將來積學深造。出冠多士。正如馬蹄春風。長途萬里之才也。三命較量。次出之命。較首出為優。後出之命更較次出為優。儻所謂後來居上者。非耶。

第三個男孩の命は幾個の天干交互相いに地支に祿を得、しかも純粹の「化木格」なり。——丁と壬相合し、卯月木旺の時に生まれて木に化し真と成る。八字裡に一點の金の格を破るなく、行運また金を見ず。これ大貴の徵象なり。將來學を積み造を深めば、必ず能く拔萃出類し、正に春風意を得たる駿馬のごとく、萬里長途の才あらん。三個の命を比較すれば、第二個は第一個に勝ち、第三個はまた第二個に勝つ。これ大概所謂「後來居上」なるべし。同日の三孩にして優劣懸殊たり。見るべし命を論ずるにただ年月日に據るべからず。時辰の一字乾坤を定む。

錢新之命造(楊宇霆を附す)

此為金融界巨擘。錢新之先生命造。丙火退氣於初秋。本不能任申酉之旺財。所妙時落於午。根得帝旺。遠勝干頭衰木之生扶。於焉轉弱為強。足可任財矣。益以運多金水。固宜財源四達。利益萬通。事業有陶朱盛名也。

この條底本脱文あり。四柱と大運の一欄全部漏刻せり。ただ批語を存するのみ。今原文に照らして錄し、敢えて臆して補わず(下文に彼と楊宇霆の命は「僅かに一時を差とす」と說くに據り、楊命は乙酉・甲申・丙辰・戊戌にして、また彼を說いて「時は午に落つ」とすれば、則ち錢造の年月日の三柱當に同じく乙酉・甲申・丙辰にして時柱は午と作るべく、一說に備うべし)。批語に曰く、これは金融界の巨擘錢新之先生の命造なり。丙火は初秋に到りてすでに退氣の時にして、本來申・酉のごとき旺れる財を擔當し得ず。妙は時柱の午上に落つるに在り。午は丙火の帝旺の地にして日主は根を得たり。これ天干上の衰木(甲乙)の生扶より有力なること多し。是を以て弱を轉じて強と爲し、足りて財を擔當し得たり。加うるに大運多く金水を走り、彼の財源四通八達し、事業に陶朱公のごとき盛名あるも怪しむに足らず。

按揚宇霆命為乙酉甲申丙辰戊戍重土重金。且戊土司令。未免晦火太甚。僅賴甲乙印綬之制土幫身。已運乃得祿。所以聲勢最盛。轟烈可畏。庚運無險。而斃於辰運戊辰年,則以庚運盡屬木火流年。故仍炙手可熱。辰運為溼土。戊辰年土又如崩。晦火無光。不得善終。意中事耳。

按ずるに楊宇霆の命は乙酉・甲申・丙辰・戊戌なり。土重く金もまた重く、しかも戊土令に當り權を司る。未免丙火を掩うこと太だ暗し(土多きは火を晦ます。是丙火の最も怕るる一種の病なり)。ただ甲・乙兩個の印綬に賴りて土を剋し身を幇く。巳運裡は丙火祿を得る。故にあの幾年は聲勢最も盛んにして氣焰人を逼む。庚運本來危險なく、卻って辰運の戊辰年に命を喪う。——これは庚運の十年恰好皆木火の流年に碰上すれば故に依舊熱手に灸すべからず。辰運に到れば辰は濕土にして戊辰年は土勢また崩塌のごとく來り、火光徹底に掩沒せられ、善終を得ず。亦た意料の中に在り。

觀夫錢楊二命。僅差一時。楊氏之夢幻泡影。萬不及錢翁之福祿綿長。毫釐不爽。有如此才。談命固非易事。思念及此。不寒而慄矣。

錢・楊兩個の命を看れば、ただ一個の時辰を差とするのみ。一個は時上に午を得て丙火根あり、一個は時上に戌を得て火は土に晦まさる。楊氏一生夢幻泡影のごとく、萬々錢先生の福祿綿長に比ぶべからず。毫釐の差竟に應驗して此のごとく爽わず。見るべし命を談ずるは本來容易の事にあらず。ここに想到りて、寒慄して禁ぜず。この一段は上文の三胞胎・段祺瑞の兩組の對照と前後呼應し、本書反復申說する一個の主題を構成す。時辰一字、貴賤生死これに繫る。

張翁家女傭命造

乙酉 庚午 庚子 己卯 十歲 辛未 廿十 壬申 三十 癸酉 四十 甲戌 五十 乙亥 六十 丙子

これは一個の女命なり。年柱乙酉、月柱庚午、日柱庚子、時柱己卯、日主庚金は午月に生まる。大運は十歳に起こり、順に辛未・壬申・癸酉・甲戌・乙亥・丙子。年干乙は陰に属し、女命順排ゆえ、月柱庚午より順推して辛未・壬申・癸酉……となる。この造は四個の地支恰も酉・午・子・卯にして、則ち所謂「四敗」の地俱全す。舊說は以て大忌と爲す。作者は卻って逐字冲の輕重を辨明す。是全書中神煞の成見を破除する最も痛快なる一段なり。

張翁家有一女傭。年逾風信。貌奇醜。面且麻。迄今未嫁。恐畢業難應人選故乞推究其命。余曰。庚生午月。干透己土。為正印格。午丙丁火司令。則正官乘權。官印並美。為坤之兆。命婦格局。固己成立。

張老先生の家に一名の女傭あり、年紀すでに二十を過ぎ(「風信」は女子及笄以後の年歲を指す)、相貌奇丑にして臉上また麻點あり。今に至るまで嫁せず、怕くは終に人に選ばれ難からん。これを以て我に請うて彼女の命を推究せしむ。我曰く、庚金は午月に生まれ、時干は己土を透す。己土は庚を生じて陰陽相異なれば正印なり。故に「正印格」を立つ。午中の丙丁火令に當り、丁火は庚を剋して陰陽相異なれば正官なり。正官これを以て權に乘ず。官と印兩樣皆美なり。是女命の好い徵兆なり。——女命は官を以て夫と爲し、印を以て身の根柢と爲す。官印相生して誥命夫人の格局本來すでに成立せり。

或以子午卯酉。四敗四沖非之。然子水傷官。失其時令。與午丁沖。滴天髓所謂沖。衰則拔沖旺則發。午火正官。非惟不畏其沖。且因沖而益見籌強。子則沖拔。是庸何傷。于于卯酉地位遠隔。更無沖意。奚足為病。四敗之說。亦不可盡拘

ある人子・午・卯・酉の「四敗」「四冲」を持ちてこの命を非議す。——子午卯酉は五行の沐浴の地にして、舊に「四敗」と稱し、則ち俗説の「桃花」なり。四字俱全するは更に大忌と視做さる。然れども實際を看るを要す。子水は庚金の傷官にして、午月に生まれてすでに時を失う。それは午中の丁火と相冲す。《滴天髓》に曰く「衰すれば拔かれ、旺すれば發す」——衰する一方冲せられれば根を連ねて拔かれ、旺する一方冲せられれば反って激發す。午火正官令に當りて旺にして、怕れ冲さるるにあらざるのみならず、反って冲に因りて愈々強し。子水衰えて拔かるるもまた何の妨害あらん。卯と酉に至りては、一は年支に在り一は時支に在りて地位遠く隔り、根本冲と談ずるに足らず。何ぞ病と成り得んや。見るべし「四敗」の説もまた一味拘泥すべからず。

惟現行申金。運為祿堂。所以吉星未照。錐示脫穎。龍未占晴。一旦時運轉園。行至癸水。即濟功成。即入昌明之路矣。甲運以後。尤見發揚。孟光之案與眉齊。相夫立極。彼梁鴻乘機而起。未始非得力於內助也。

ただ現今行く所の申運は申は庚金の祿堂にして比劫太だ旺にして官星制を受く。故に吉星未だ照らさず、錐子未だ穎を脱せず、龍未だ眼睛を點ぜられず。一旦時運轉過すれば、癸水に行き到りて(癸は能く潤下調候し旺金の氣を泄す)水火既濟にして功成り、就中昌明の路に進入す。甲運以後は尤其發揚す。——甲木は庚金の財にして財は能く官を生じ夫を助く。彼時に到れば便ち孟光の案を舉げて眉に齊くするがごとく丈夫を輔佐して業を立てん。而して梁鴻の能く時に乘じて起つ所以は、未だ嘗て內助の力に得ざらずなり。この造相貌丑なるも命局清貴なり。正に命理の看る所は配合にして皮相にあらざるを說明す。

阮玲玉命造

庚戌 辛巳 己亥 乙亥 十歲 庚辰 廿十 己卯 三十 庚寅 四十 丁丑 五十 丙子 六十 乙亥

これは一個の女命なり。年柱庚戌、月柱辛巳、日柱己亥、時柱乙亥、日主己土は巳月に生まる。大運は十歳に起こり、底本は庚辰・己卯・庚寅・丁丑・丙子・乙亥と作る。女命陽年(庚)に生まれれば當に逆排すべく、月柱辛巳より倒退すれば應に庚辰・己卯・戊寅・丁丑・丙子・乙亥と作るべく、その中「三十 庚寅」は當に「戊寅」の訛なるべし。今原文に照らして錄し辨をここに附す。この造は月支巳は本來己土の印綬の地にして、卻って兩個の亥に冲され、時干乙木七殺また年月の兩金に剋制せられ、身と殺兩樣とも立つべからず。是下文斷語の根據なり。

阮玲玉一死。轟動全國。吾友鄭君,特囑推究其命。余曰。己生巳月。因有兩亥。印綬沖散。時透乙木。因有庚辛,制殺太過。身主與七殺。一無可恃。故意志不堅。正途岐趨。莫之辨別。片念厄塞。死於非命。雖從兩夫。終無所歸。

阮玲玉一死して、全國を轟動せしめ、我の朋友鄭君特地に我に嘱して彼女の命を推究せしむ。我曰く、己土は巳月に生まれ、本來印綬令に當りて身を生ずべきも、無奈地支に兩個の亥の來りて巳を冲するあり。印綬冲散せられ、日主根柢を失う。時干は乙木七殺を透し、また年干庚・月干辛兩金并見のため、殺を制するに制し過ぎたり。——七殺は女命の另一重の夫星にして制し過ぐるの頭、夫星同じく立つべからず。身主と七殺兩邊とも倚恃すべきなく、故に意志堅からず、正路と歧路分辨清からず。一念閉塞すれば便ち非命に死す。先後二個の丈夫に從いしといえども、終に歸宿なかりき。

至於傷食並露。秀氣發越。固宜英敏豔麗。精藝絕倫。不為銀壇領袖。當亦作歌裙舞扇之翹楚也。今年兩乙三亥。天干金木之戰。地支水火之沖。乃滿盤啟湓。禍起蕭牆。失足成恨。一代藝人。竟埋黃土。寧不悲哉。

年干庚・月干辛皆己土の傷官食神にして、一齊に天干に顯露し、秀氣情を盡くして發越す。故に彼女英敏艷麗、技藝超絕す。たとえ電影界の領袖と爲らずとも、必ず歌舞場中の翹楚ならん。今年(乙亥)は兩個の乙、三個の亥にして、天干上は金と木交戰し、地支上は水と火相冲して、滿盤盡く動蕩なり(底本の「啓湓」は文字訛あり)。禍は蕭墻の內に起こり、一たび足を失すれば千古の恨と成り、一代の藝人竟に身を黃土に埋む。豈に悲しむべからざらんや。この造は前の「女命淫賤」の章の「日主弱・食傷重・印綬無し」一條と正に相印合す。ただ實人の身上に落つるや、作者の筆下は便ち惋惜のみあり。

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