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鎮江金君命造

民国 · 韦千里 · 第15巻 / 19

作盤ガイド: 八字作盤

己亥 乙亥 丙戌 壬辰 三歲 甲戌 十三 癸酉 廿三 壬申 三三 辛未 四三 庚午 五三 己巳 六三 戊辰

年柱己亥、月柱乙亥、日柱丙戌、時柱壬辰、日主丙火は亥月に生まる。大運は三歳に起こり、順に甲戌・癸酉・壬申・辛未・庚午・己巳・戊辰。年干己は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱乙亥より倒退して甲戌・癸酉・壬申……となり、中段は南方火地に轉入す。この造は兩個の亥、一個の壬にして水旺くして丙火退氣す。辰と戌また相冲して日主の根摇動せらる。金君自ら命理を研究して十餘年にして用神を定めず。作者の取捨は則ち己土・乙木・亥中甲木の三者の間に在りて、辨むること極めて細なり。

此鎮江人金君之命。金君自言。研究子平之學,已十有餘年。對於本人八字這用神。終難取定。因聞餘名。特就詢焉。余曰。丙生初冬。支見兩亥。辰戍又沖。壬再透干。病於水多少弱。識者非用己土以制水。即用乙木以生火。

これは鎮江人金君の命造なり。金君自ら言う、子平の學を研究すですでに十餘年にして、本人八字の用神に對し始終定めることを得ず。因りて我が名を聞き及びて特地に來りて問う。我曰く、丙火は初冬に生まれ、地支に兩個の亥を見、辰と戌また相冲して日主は根を失い、時干壬水再び透し出ず。病は水多くして火弱なり(底本の「水多少弱」は「少」當に「火」とすべし)。命を識る人は年干己土を用ゐて水を制せんことを主張せざれば、則ち月干乙木を用ゐて火を生ぜんことを主張す。この兩說皆道理あり。然れども皆推敲に耐えず。——下文逐一に駁し去りて始めて用神を取るの真功夫を見る。

殊不知己為 溼之土。只可納水。焉能鎮水。況又毗鄰乙木之虎視眈眈。更難以立足矣。乙木雖能生火。惟因水重太過。本身力量太輕。不無乘桴桴海之歡。此所以亦難為泰山之靠者。

殊不知己土は潮濕の土にして(底本ここに脱文あり。「己爲」の下一字を缺き、原刻空を留む。今照らして錄し補わず)、ただ能く水を容納するのみ、何ぞ水を鎮め住せんや。況んや乙木と緊鄰して虎視耽耽たり(木は土を剋す)。更に立足し難し。乙木雖も能く火を生ずるも、然れど水重きこと太甚にして乙木本身の力量太だ輕し。未免乘桴浮海・波に隨いて漂流するの歎あり(《論語》の「桴に乘りて海に浮かぶ」の語を用う。自身も保ち難しを謂う)。故にまた泰山のごとき依靠と爲ること難し。前一説は土を用ゐて水を制すれども土濕し。後一説は木を用ゐて火を生ずれども木浮ぶ。兩條の路皆行くべからず。

則亥中甲木。既得長生而進氣。可洩水生木,中流砥柱。功自非淺。所謂用神。舍此莫屬矣。早年只甲運優裕。曇花一現。餘皆碌碌無奇。三十八歲之未運。四十八歲之午運。皆屬火土。不難破壁而飛。脫穎而出。

然らば則ち亥中に藏する甲木に剩るのみ。甲木は亥に「長生」を得て正に進氣の時に當り、能く泛濫の水を泄して來りて火を生ぜしむ(底本の「泄水生木」は「木」當に「火」とすべし)。中流砥柱のごとく、功勞自ら淺からず。所謂用神はそれを舍くるも別選なし。同じく木なるも、乙木は浮びて甲木は根あり。分別は則ち長生の地を得るや得ざるやに在り。早年ただ甲運のみ寬裕なるも、不過曇花一現のみ。その餘皆碌碌奇なし。三十八歲の未運・四十八歲の午運は皆火土に属す。彼時壁を破りて飛び去り、穎を脱し出ずること難からず。

至於水流太過。終患遠一。則風塵僕僕。南楚北燕。天涯飄走。迄無遐逸境遇。乃命局早已生成。無可挽救耳。

水勢流蕩太だ過ぐるに至りては、終に一個の隱患なり(底本の「終患遠一」は文字訛あり)。故に彼一生風塵僕僕として南は楚地に至り北は燕地に至り、天涯奔走して始終安閑の境遇なかりき。これは命局早已生成する所にして、挽救する由なし。前文「事業」の章に曰く「五行水を需むか、あるいは命に驛馬あれば、流動事業に宜し」。この造水多くして漂泊するは正に同一の道理の人事上に落つるの應驗なり。

鎮江孫君命造(中和の局)

乙巳 戊子 乙巳 戊寅 九歲 丁亥 十九 丙戌 廿九 乙酉 三九 甲申 四九 癸未 五九 壬午

年柱乙巳、月柱戊子、日柱乙巳、時柱戊寅、日主乙木は子月に生まる。大運は九歳に起こり、順に丁亥・丙戌・乙酉・甲申・癸未・壬午。年干乙は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱戊子より倒退して丁亥・丙戌・乙酉……となる。この造は月支子水は木を生じ、時支寅は乙木の帝旺の地、年干にまた乙木比肩あり。身を幇くの一面弱からず。而して兩個の戊土は水を剋し、兩個の巳火は木を泄す。抑制の一面もまた軽からず。兩邊恰好引き平く。故に下文これを「強からず弱からず」と說く。是全書唯一專ら中和の局を論ずるの一造なり。

論偏枯之命局易。推中和之命局騅。此為略識命理之人。所共知者也。今以鎮江人孫君之命為例。乙誕子月。水旺木健。時下得寅木帝旺。年上見乙木比肩則應以身強論。然兩戊克水。兩己洩木。抑挫之力。尤歷於所幫所助者。

偏枯の命局を論ずるは易く、中和の命局を推すは難し(底本の「騅」は「難」とすべし)。これ稍や命理を懂る人皆知る所なり。今鎮江人孫君の命を以て例と爲す。乙木は子月に生まれ、水旺ければ則ち木滋養を得て健旺なり。時支また寅にして、寅は乙木の帝旺の地なり。年干に還た一個の乙木比肩あり。——この幾處を照らせば當に身強と斷ずべし。然れども天干兩個の戊土は子水を剋住し、地支兩個の巳火は木氣を泄し去る(底本の「兩己」は「兩巳」とすべし)。抑制挫折の力量は甚だ幇扶の力量に超過す(底本の「尤歷」は「尤厲」とすべし)。一強一抑、恰好僵持す。

強之程度。僅堪任財弱之地步。亦非至險。只可稱其不強不弱。故既難論其喜忌。更難推歲運之休咎。然有一法焉。行幫身運。貴逢財官之年。行財官運。則喜幫身之年。若歲運皆屬生扶或抑挫,即趨於偏枯。而非中和八字所宜矣。

このごとく算し來れば、日主強きの程度僅かに一份の薄財を擔起するに足りて、然れども危殆に至らず。ただこれを強からず弱からずと稱するのみ。既然たれば、喜忌論定し難く、大運流年の吉凶更に推斷し難し。然れども還た一個の辦法あり。幇身の運を行く時は、財官の年に遇うを貴ぶ(運は身を幇き、年は身を耗して、兩下相抵す)。財官の運を行く時は、則ち幇身の年に遇うを喜ぶ。倘若大運と流年同じく生扶に属し、あるいは同じく抑挫に属して、一齊に一邊に倒れんか、命局便ち偏枯に趨き、是中和の八字の相宜しきところにあらず。この一條は本書の歲運を論ずる最も精微なる處なり。中和の命の看る所は運本身の好壞にあらずして、運と年と能く互相いに平を找むや否やに在り。

是以孫君命造。丙運以甲乙流年。勝於丙丁。戍運則庚辛年不如壬癸。乙運愛洩化。酉運又喜幫扶。餘運可以類推。總之。此種命局。不在少數。合歲運而互相平衡。方為貴也。

故に孫君の命造は、丙運(火は木を泄す)を走る時、甲乙流年(木は身を幇く)に遇えば丙丁流年に遇うに勝り。戌運(土は身を耗す)を走る時、庚辛流年に遇うは壬癸流年(水は身を生ず)に遇うに如かず。乙運(木は身を幇く)を走る時は、反って流年の來りて泄化するを喜び。酉運(金は身を剋す)を走る時は、また流年の來りて幇扶するを喜ぶ。その餘の各運皆此に照らして類推すべし。總じてこの一類の命局は數少からず。必ず大運と流年とを合せて看て、兩邊をして互相いに平衡せしめて、始めて貴しと算す。

悍匪命造

壬午 丙午 丙戌 庚寅 八歲 丁未 十八 戊申 廿八 己酉 三八 庚戌 四八 辛亥 五八 壬子

年柱壬午、月柱丙午、日柱丙戌、時柱庚寅、日主丙火は午月に生まる。大運は八歳に起こり、順に丁未・戊申・己酉・庚戌・辛亥・壬子。年干壬は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱丙午より順推して丁未・戊申・己酉……となる。この造は地支寅・午・戌の三合火局そろい、兩個の午また皆丙火の「羊刃」なり。天干庚金は財、壬水是殺。火勢燎原として財殺旁に在り。氣象極めて凶悍にして、下文の斷語と勸誡皆ここより出づ。

某翁告我一悍匪之命。此匪徒眾逾千。犯案山積。然得逍遙法外。餘視其丙日而支全寅午戍。已秉一方之旺氣。兩見陽刃。干得財殺。宜其兇悍無比。

某位の老先生は我に一個の悍匪の命を告げたり。この匪徒手下千人を過ぎ、犯す所の案山のごとく積み重なりて、然れど能く法外に逍遥す。我彼の丙火日干にして地支寅・午・戌全火局を會し、すでに南方一片の旺氣を秉受せるを看る。兩處に「陽刃」を見る(則ち羊刃、陽干の帝旺の支にして丙刃は午に在り、氣極めて剛銳にして性暴なり)。天干また庚金の財と壬水の殺を得たり。刃旺ければ則ち性烈しく、財殺あれば則ち爭奪す。彼の凶悍比なきも怪しむに足らず。これは前の「性情」の章の「身強八字抑無き者」の一條の言う所の「殘暴好鬪・強を恃みて弱を凌ぐ」と、正に同一副の面目なり。

雖不流芳百世。亦能遺臭萬年。然倘能分行直道。擇善而從。未始非果敢傑出這才。為國效用。亦足膺干城之選。豈不懿哉。若仍為非作歹。橫行不法。恐天網恢張。難逃子運。蓋沖刃出鞘。斧斤當頭。意中事耳。

この種の人は流芳百世する能わざるも、遺臭萬年する能し。然れども倘若肯んじて正路に改め走り、善を擇びて從えば、未だ嘗て果敢傑出の人才にあらず。國家の用と爲りてもまた足りて干城の選に當るべく、あに善からざらんや。若し仍ほ非を爲し歹を作して橫行不法なれば、恐らく天網恢恢として子運を逃れ難し。——子は午と相冲して、羊刃を冲して鞘を出さしむ。刀斧將に頭に臨まんとす。是意料中の事なり。羊刃の冲に逢うは命書中の最も凶なる一種の組合なり。ここに用ゐるや、作者は既に斷語を下し、また一句人の囘頭を勸むるの話を留む。

林文波猶子命造

戊辰 己未 己未 辛未 八歲 庚申 十八 辛酉 廿八 壬戌 三八 癸亥 四八 甲子 五八 乙丑

年柱戊辰、月柱己未、日柱己未、時柱辛未、日主己土は未月に生まる。大運は八歳に起こり、順に庚申・辛酉・壬戌・癸亥・甲子・乙丑。年干戊は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱己未より順推して庚申・辛酉・壬戌……となり、一路金水木にして終身火土を見ず。この造は八個の字裡土は七個を占め(戊・辰・己・未・己・未・未)、ただ時干辛金の一點のみ土にあらず。また火土并旺の六月に生まれて、偏枯極點に到る。全篇の議論皆「命偏して運濟す」の五字上に在り。

福建人林文波先生。在閩知餘已久。比者以事來申。造訪余處。囑評其本人之命外。又垂詢其猶子命造。余曰。八字土得其七。況值火土並旺之候。強。盛。旺。蓋達極點。若非時上辛金。秀氣焉得發越。然終有土重金埋。火多金熔之患而病偏枯太甚。

福建人林文波先生は閩中に久しく我が名を聞き、近日事に因りて上海に來り、我が處に造訪せり。我に嘱して彼本人の命を評せしむるほか、また彼の侄兒の命造を問う。我曰く、この八個の字裡土は七個を占め、況んやまた火土并旺の時に生まるをや。強・盛・旺の三樣皆極點に到れり。若し時干のこの一點の辛金にあらざれば、秀氣何の處より發泄し出づべきや(土多くして金これを泄す。正に「實則ちその子を瀉く」の用法なり)。然れども終に土重金埋・火多金鎔の隱患あり。病は偏枯太だ甚なるに病む。

幸也。行運一路金水木。終身不逢火土。則豐裕顯達。發揚蹈歷。正如苗吐含葩。不旋踵而芬芳麗藻。矯強特立於社會中。固非凡庸一流。設無行運以濟之。直一殘廢飲恨之人耳。

幸運なるかな、彼の行運は一路金水木にして、終身再び火土に碰上らず。金は辛金を助けて秀を泄し、水は燥土を潤し、木は厚土を疏す。三樣皆症に對す。このごとくなれば便ち豐裕顯達し、發揚有爲と爲りて、正に花苗の蕊を吐くがごとく、轉眼の間便ち芬芳絢爛として、卓然として社會の中に自立す。本來凡庸の輩にあらず。假使このごとき行運の來りて救濟するなくんば、則ちただ一個の殘廢飮恨の人のみ。命偏枯にして運相濟すは前の錢警庸の一造にすでに說きたり。この造は更に極端にして、更に能く運の分量を見出す。

餘閱命我矣。近世孩童之造。輒以偏枯為病。而行運每能相濟。且都綿互數十年之久。故恆以一帆風順。有為相期許。子思作中庸。有曰。國家將興。必有禎祥。此亦禎祥之兆。誠如斯言。儻天不欲久困中國非耶。

我の看たる命多し(底本の「閱命我矣」は「我」當に「多」とすべし)。近來見る所の孩童の命造は往々偏枯を以て病と爲すも、然れど行運每每能く救濟し、しかも大都連綿として數十年の久しきに及ぶ。故に常に一帆風順・大有作爲を以て彼らを期許するを得たり。子思は《中庸》を作りて言いたり、「國家將に興らんとすれば、必ず禎祥あり」と。これ大概また禎祥の徵兆ならん。果たして此のごとくなれば、則ち上天大抵長く中國を困ますを打算せざるなり。この段は全書中の少なき世運に推すの議論にして、作者の書を寫す時の心境を看出すを得たり。

吳君少君命造

甲子 丙子 丙子 戊子 五歲 十五 廿五 三五 四五 五五 六五

年柱甲子、月柱丙子、日柱丙子、時柱戊子、日主丙火は子月に生まる。大運の一欄ここに底本また脱文あり。ただ五歳・十五・廿五・三五・四五・五五・六五の七個の起運歲數を存し、各步の干支全部漏刻せり。今原樣に照らして存錄し、敢えて補寫せず。この造は四個の地支全く子水にして、天干甲・丙・戊各おの一つずつあり。是「地支一氣」の少なき格局なり。子中の癸水は丙火の正官にして、甲木は丙火の偏印なり。印を用ゐて官を化す。本來佳造に属す。惜しむべしこの孩子は庚午年七月に疫に染みて死し、列する所の大運一步も走るに及ばざりき。

庚午新正。吳君以此命垂詢。余曰。地支子水一氣。天干甲丙戊。寒暖相濟。用偏印以化官。佳造也。惟本年庚午。與四子相沖。午為丙刃。刃之為物。暴戾而不易馴伏。若再逢沖。為禍尤烈。恐如朝露之易稀。畫錦前程。或不可得。惜哉。

庚午年正月、吳君この命を持ちて我に問う。我曰く、地支四個の子水一氣相連なり、天干甲・丙・戊の三字にして寒と暖互相いに調劑す。甲木偏印を取りて官星の氣を化して來りて身を生ぜしむ。是個の好き命造なり。ただ今年庚午は、午と四個の子一齊に相冲す。午また丙火の羊刃なり。羊刃この樣の物は暴戾にして容易に馴服せず。若し再び冲に遇えば、禍と爲ること尤其猛烈なり。——四個の子一個の午を冲して、衆水一火を撲して、刃根拔かる。恐らく性命朝露のごとく容易に乾かん。錦繡の前程あるいは求め得ざらん。可惜なり。

吳君佛然不悅。蓋所詢者。即其少君之命。且繫單傳也。後聞此孩固於庚午七月。染疫而死。病僅一日耳。夫刃之逢沖。若無解救。微論身強身弱。禍變接踵而至。如影隨形。如響斯應。此亦研究命學者。所不可知也。

吳君聞きて勃然として悅ばず(底本の「佛然」は「艴然」とすべし)。もとより彼の問う所は正に自己の兒子の命にして、しかも單傳の獨子なり。後にこの孩子果たして庚午年七月に疫に染みて死せるを聞き、病むこと僅かに一天なり。羊刃冲に逢うは、若し別の字の來りて解救するなくんば、身強身弱を論ぜず、禍變皆踵を接して來り、影の形に隨い、回聲の應答するがごとく準なり。これもまた命學を研究する人の知らざるべからざる所なり(底本の「所不可知也」は當に「所不可不知也」とすべし)。この造は上文の悍匪の一造と同じく羊刃の冲に逢うを講ず。一つは刀斧の頭に臨むに應じ、一つは夭折に應ず。凶險の樣式異なるも、機理は一個なり。

李國傑命造

辛巳 辛丑 庚申 辛巳 六歲 庚子 十六 己亥 廿六 戊戌 三六 丁酉 四六 丙申 五六 乙未

年柱辛巳、月柱辛丑、日柱庚申、時柱辛巳、日主庚金は丑月に生まる。大運は六歳に起こり、順に庚子・己亥・戊戌・丁酉・丙申・乙未。年干辛は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱辛丑より倒退して庚子・己亥・戊戌……となる。この造は天干三辛一庚にして全く金なり。地支は巳は金の長生、丑は金の庫、申は金の祿にして、また一處として金の根基にあらざるなし。「一行得氣」に属す。季冬に生まれて金寒にして令に當らず。全く巳中の丙火に賴りて鍛煉し寒を驅す。

此李國傑先生之命造。干上庚庚辛酉方一氣。支下已為金之長生。丑為金之庫門。申為金這祿地。乃屬一行得氣。時在季冬。金寒而失令。則較遜色。故用已內同丙火。以煉其銳。以驅其寒,前行柄丁運。豈裕顯赫。

これは李國傑先生の命造なり。天干上庚・辛并列にして、是西方金一氣なり(底本の「庚庚辛酉方」は文字訛あり。當に「庚辛……西方一氣」とすべし)。地支の下は巳は金の長生の地、丑は金の庫門、申は金の祿地にして、通盤皆金の根基なり。「一行得氣」に属す。——一種の五行獨り全局を占めて氣脈貫通するの格局なり。ただ時は季冬十二月にして金寒にして令に當らず。比較的遜色あり。故に巳中に藏する丙火を用ゐて、一にその鋒銳を鍛煉し、二にその寒氣を驅除す。從前行く所の丙・丁兩運(底本の「柄丁運」は「丙丁運」とすべし)は正にこの意に合し、彼の顯赫一時たるも怪しむに足らず(底本の「豈裕」は「宜其」とすべし)。

申運壬申年。因招商局岣案而入獄。良以歲運皆申。丙火用神監於病地。又受壬水之克。一時蠖屈。所不免耳。書云。丙臨申位逢陽水難獲延年。其不遭萎亡。萬屬萬幸矣。未來之乙木運。丙子下丑兩火年。東南並行。剝極必復。大器堪期於晚也。

申運の壬申年に到り、招商局の案に因りて入獄せり。これは大運と流年皆申に在るがためなり。丙火の用神申に到れば便ち「病」の地に臨み(十二長生中の病位にして氣すでに衰頹す。底本の「監於」は「臨于」とすべし)、また壬水の剋伐を受く。一時委屈尺蠖の屈のごとくは免るべからざるなり。命書に曰く「丙は申位に臨みて陽水に逢えば、延年を獲ること難し」。彼の死に至らざりしはすでに萬分の僥倖なり。將來の乙木運、加うるに丙子・丁丑の兩個の火年(底本の「丙子下丑」は「丙子丁丑」とすべし)にして、東方と南方并行し、木は火を生じ火は金を煉す。剝極まれば必ず復す。大器はこれを晚成に期すべし。

某聞人女公子命造

己巳 丁丑 乙丑 乙酉 八歲 戊寅 十八 己卯 廿八 庚辰 三八 辛巳 四八 壬午 五八 癸未

これは一個の女命なり。年柱己巳、月柱丁丑、日柱乙丑、時柱乙酉、日主乙木は丑月に生まる。大運は八歳に起こり、順に戊寅・己卯・庚辰・辛巳・壬午・癸未。年干己は陰に属し、女命順排ゆえ、月柱丁丑より順推して戊寅・己卯・庚辰……となる。この造は地支巳・酉・丑の三合金局そろい、金は乙木の官殺にして、夫星局を會して昌盛す。天干丁火は木を暖め、己土は木を培い、兩乙は身を助く。四個の字各おの用處ありて、一個として廢物なし。是配置極めて乾淨なる一女命なり。

此乃坤命。為海上某聞人之女公子。庚午孟春既望。舉歸湯餅。大江南北。各界名流均往道賀。極一時這盛。所收禮份。傳有十五萬元之鉅。固足豪矣。然亦有命焉。非可偶致也。

これは一個の女命にして、上海某位聞人の女公子なり。庚午年正月十六、彼女のために滿月の筵を辦す(「湯餠」は則ち滿月酒)。大江南北各界の名流皆往いて道賀し、盛んなること一時を極めたり。收る所の禮金は傳説に十五萬元の巨ありて、確かに豪奢に足る。然れどもこの裡頭にもまた命あり。偶然に得る能くするにあらざるなり。作者この一筆を記するは、排場を羨艷するにあらずして、說明せんと欲す。出生時の門第氣象すらもまた八字の配合の中に在ることを。

蓋寒木。逢丁而暖。得已而培。得乙而盛。干上一無廢物。支全已酉丑。則偏官會局。夫星更昌。從德之美滿。何待言哉。或病水淺印缺。殊不知丑月丑日。為虛溼之地。正喜壬癸未透。庶不飄浮為患。

寒冬の木は丁火に遇えば便ち溫暖を得、己土を得れば便ち培植あり、乙木同類を得れば便ち愈々繁盛すれば、天干上の四個の字一個として廢物なし。地支巳・酉・丑は會して金局を成し、金は乙木を剋して陰陽相同なれば「偏官」(七殺)なり。夫星局を會して昌盛すれば、夫に從うの德の美滿はなお說を用ゐんや。ある人はそれを挑剔して水淺く印綬欠缺すと說く。殊不知丑月丑日は本來虚濕の地にして水氣すでに足れり。正に壬癸の天干に透出せざるを喜びて、始めて水多くして木浮びて患と成るに至らず。この一辨は前の鎮江金君の一造の「濕土はただ水を納るべく水を鎮むべからず」の道理と相通ず。水の多少を看るに、ただ天干上に幾個の水字あるかを數ふべからず。

故行運一路土金木炎。福祿綿互。肖明昌熾方興未艾。直至壬癸兩運。始見遜色耳。夫寒弱之木。不宜多水。祇喜木火,嘗見冬木孤寒之命。走水運而傾家蕩產。走木火運而倉滿庫勇者。不知凡幾。若泥於衰則喜幫。而以印為喜見者。失諸毫釐。差以千里矣。

故に彼女の行運は一路土・金・木・火にして、福祿綿長、光明昌盛、方に興りて艾まらず。一直に壬・癸兩運に至りて始めて遜色を見る。大凡寒弱の木は水を多くすべからず。ただ木火を喜ぶのみ。我かつて冬木孤寒の命を見、水運を走りて家を傾け產を蕩し、木火運を走りて倉滿ち庫盈つるを知ること幾多なり。倘若「衰すれば則ち幇くを喜ぶ」の老話に拘泥して、以爲らく印綬(水は木を生ず)は一定喜神なりとせんか、則ちこれ毫釐を差として謬り千里を以てならん。この一條は本書の調候を論ずる最も要なる話なり。身弱固より印を喜ぶも、然れど寒木の最も需むるは暖にして、更に一層の水を添うるにあらざるなり。

工部局小工頭目命造

癸未 乙卯 乙亥 戊寅 十歲 甲寅 廿十 癸丑 三十 壬子 四十 辛亥 五十 庚戌 六十 己酉

年柱癸未、月柱乙卯、日柱乙亥、時柱戊寅、日主乙木は卯月に生まる。大運は十歳に起こり、順に甲寅・癸丑・壬子・辛亥・庚戌・己酉。年干癸は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱乙卯より倒退して甲寅・癸丑・壬子……となる。この造は地支亥・卯・未の三合木局そろい、四柱また完全に金を見ず。正に「曲直仁壽格」の條件に合す。時柱戊寅にして、寅は木の祿旺の地にしてまた火土の長生の地なり。格局是に因りて愈々堅固なり。

此命不識其姓氏。亦由平翁告我行。據云。乃上海工部局小工頭目。已積資成富。生活歽優。余曰乙誕仲春。支全亥卯未。為曲直仁壽格。所喜四柱絕金。格局無破。時落戊寅。寅為火土生地。木之祿旺,則流通秀氣堅固格局。更如錦上添花。是宜由漸入豐。空拳致富者也。

この命は彼の姓氏を知らず。また平老先生の我に告げし所なり。據説は上海工部局の小工頭目にして、すでに一份の家業を積み起こし、生活頗る優裕なり。我曰く、乙木は仲春二月に生まれ、地支亥・卯・未は全木局を會して是「曲直仁壽格」なり。喜ぶべし四柱完全に金なく、格局破損なし(專旺の格は最も一點の異氣の來りて破るを忌む。前の某老の一造は正に年支丑中に辛を藏するを以て格を破せり。對看すべし)。時柱は戊寅に落つ。寅は火土の長生の地にしてまた木の祿旺の地なり。能く木の秀氣を流通し、能く格局を堅固す。更に錦上に花を添う。故に彼能く漸より豐かにして、白手富を致す。

前行之運。都屬水鄉。頗見安順。現行庚金。不利於格。順中防逆。還增流年無金。滯而不凶。戍運為火庫。為燥土。豪富無疑已運有乙木之奪。蓋即美中不足,狗尾續貂矣。

從前行く所の運皆水郷に在り、水は木を生じてその勢に順う。故に頗る安順せり。今庚金運を行く。金來りて木を剋して格局に於て不利なり。順境の中逆轉を防ぐを要す。好く流年裡に金の來りて接應するなし。故にただ滯塞にして凶險に至らず。戌運は火庫にしてまた燥土なり。火は木秀を泄し土は木財と爲る。豪富は疑問なし。己運に至りては乙木の來りて剋奪するあり(乙木は己土を剋し、財劫さる)。則ちこれ美中不足にして、狗尾を以て貂に續ぐがごとし。

平翁質余曰。命局既如是雋美。何以不和名公鉅卿。豈必好命。熙來攘往。寧及此群之優遊穩固。且駕手數午千工人之上,鶴立對外開放群。亦不失無冕帝持之樂也。西漢黃霸月雲。無官在職。一身爽輕。若此命造。雖少印綬之掌綰。詎不愈於會高堂。騎大馬之顯達耶。

平老先生は我を詰問して曰く、命局既にこのごとく雋美なれば、何の故に名公巨卿にあらざるや(この下底本文字の訛脱較多にして、語意句句に盡く通ずること難し。今原文に照らして錄し大意に依りて疏解す)。作者答えて曰く、あに好き命は定めて名公巨卿の行列に擠り入るを要せんや。官場裡熙來攘往して、何ぞこの人の優游穩固に及ばんや。況んや彼數千の工人を駕馭し、人群中に鶴立鶏群して、また一種の無冕の王の樂趣を失わず。西漢の黃霸嘗て曰く「官無ければ一身輕し」。このごとき命造は、印を掌り綬を綰ぐの官職を缺くといえども、あにあの高堂に坐し大馬に騎るの顯達の人に勝らざらんや。この段は前の「事業」の章の「劫比群を成せば、自由職業に宜し」の一條と參看すべく、また作者の貧富貴賤に對する一份の通脱の見を見る。

天全一氣命造

丁未 丁未 丁丑 丁未 七歲 丙午 十七 乙巳 廿七 甲辰 三七 癸卯 四七 壬寅 五七 辛丑

年柱丁未、月柱丁未、日柱丁丑、時柱丁未、日主丁火は未月に生まる。大運は七歳に起こり、順に丙午・乙巳・甲辰・癸卯・壬寅・辛丑。年干丁は陰に属し、男命は逆排ゆえ、月柱丁未より倒退して丙午・乙巳・甲辰……となる。この造は四個の天干全く丁火にして、命書これを「天元一氣」と稱す。四個の地支三未一丑にして全く土なり。火土相生す。日支丑は三個の未と相冲して、是全局唯一の動處にして、下文の論ずる成敗は則ちこの一冲上に在り。

此造本人。亦諳子平之學。自謂必死於已運。及至庚午年。殆因環境槷。竟作屈原投海以自盡。幸為水警撈救。終不獲死。餘視其命運。天干丁火一氣。地支土星重疊。火土相生。正滴天髓所謂天全一氣地德載。亦命理約言所稱兩神成象。格局非下乘。胡為作消極之舉。類匹夫之。方作溝瀆之經乎。

この一造の本人もまた子平の學を懂り、自ら斷じて必ず巳運に死すと爲す。庚午年に到り、大概環境の逼迫に因りて(底本の「環境槷」は「槷」當に「蹙」の一類とすべし)、竟に屈原に效いて水に投じて自盡せんとして、幸いに水上警察に救い起されて、終に死すること成らざりき。我彼の命運を看る。天干四個の丁火一氣相同にして、地支土星重疊し、火と土相生す。正に《滴天髓》の言う所の「天全一氣、地德之を載す」にして、則ち《命理約言》の稱する所の「兩神成象」なり。——全局ただ火土の兩行のみありて、彼此相生して一象と成る。格局並びに低劣ならず。何ぞ必ずしもこの種の消極の擧を爲し、匹夫匹婦のごとく溝瀆の中に自ら縊れんや。

丑未一沖。土金沖動。丁火之精英。更足以發越。萬為貴徵。已運為丁之帝旺。火炎太甚。自不為喜。庚午年因有庚金之故。所以死而復活。現行甲運,亦助火炎。侷促如故。辰支為溼土。清潤全局。應見起色。

日支丑は三個の未と相冲して、丑中に藏する辛金と癸水を冲して動かし出す。——土動きて金現れ、丁火の精英の氣更に能くこれに借りて發越す。これ反って貴の徵象なり(底本の「万為貴徵」は「万」當に「乃」とすべし)。巳運は丁火の帝旺の地にして、火炎太だ甚し。自然喜ばず。庚午のあの年雖も凶なりしも、庚金の頭を出だすあり(金は丁火の財にしてまた丑中に藏する神の勢を得たる)がため、故に死して復活せり。現今行く所の甲運は甲木は火を生じて、また火炎を助長して、處境仍ほ局促なり。辰運に到れば、辰は濕土にして能く全局を清潤す。當に些かの起色を見るべし。——同じく土なるも、燥土は火を助けて濕土は火を泄す。これ正に「燥濕」の一章の道理の實處に落つるなり。

壬癸二運。水之克火。渠自以為美。余謂火土重而水輕。水萬不可以制火。反更激火之怒。招土之克。何善之堪言。寅卯運木之生火。亦屬庸常。總核終身行運。少土金這途。則即所謂有命而無運。此乃自然這理。鳥可強耶。 缺金才運以補這妙哉!

壬・癸兩運は水來りて火を剋す。彼自ら以て美運と爲す。我卻って以爲う、火土既に重くして水太だ輕し。水萬々火を制し得ず、反って更に火の怒氣を激起し、また衆土の剋伐を招く。何ぞ好しと談ずるに足らん。——これ正に前の孫群の一造の「制する足らざれば則ち損う」の道理と相同なり。寅・卯兩運は木來りて火を生ず。亦た平常に属す。總じて彼一生の行運を核するに、土金一路を缺く。これ則ち所謂「命ありて運なし」にして、是自然の理なり。何ぞ強求して來るべきや。末の一句「缺金才運以補這妙哉」は底本正文の下の一句の短批にして、文字訛脱せり。大意は彼の金運を缺きて補救するを嘆惜するにあり。今照らして錄して疑を存す。

劉鴻生命造

戊子 丙辰 丙子 戊子 一歲 丁巳 十一 戊午 廿一 己未 三一 庚申 四一 辛酉 五一 壬戌

年柱戊子、月柱丙辰、日柱丙子、時柱戊子、日主丙火は辰月に生まる。大運は一歳に起こり、順に丁巳・戊午・己未・庚申・辛酉・壬戌。年干戊は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱丙辰より順推して丁巳・戊午・己未……となり、三十一歳以後二十年皆西方の金地なり。この造は年時の兩干皆戊にして、是丙火の食神なり。地支三個の子と月支辰は會して水局を成し、水は丙火の官殺なり。食神は水を制し、水また泛濫に至らず。全局配搭極めて勻停にして、是本書中作者の最も稱許する一個の「命運兩清」の造なり。

名人八字。餘閱歷多矣。然欲命。局行運。一路清澄者。殊不斷見。有之。惟劉先生鴻生之命也。蓋丙生辰月。干透戊土。為食神格。其露雙戊。則食神更必有務。不見陰土。則無傷官之混雜。月上丙火比肩幫峰。乃不悉洩氣太重。

名人の八字は我經歴すること多し。然れども命局と行運と一路清澈澄明なるを找まんと欲すれば、卻って極めて少なく見ず(底本の「殊不断見」は「殊不多見」とすべし)。若有れば則ち劉鴻生先生のこの一個の命造のみ。丙火は辰月に生まれ、天干は戊土を透す。戊は丙の生ずる所にして陰陽相同なれば食神なり。故に「食神格」を立つ。しかも兩個の戊を透して食神の力量愈々充足す。局中己土(陰土)を見ざれば、則ち傷官の來りて食神を混雜するなし。——食神清純なるはこの格の第一件の好處なり。月干丙火比肩は身を幇き(底本の「幇峰」は「幇身」とすべし)、日主亦た泄氣の重きを愁うに足らず。

支下三子公辰。本有傷旞丙。然戊土制水。適成堤岸之功。而盡保母之職。可謂天成匹配。但命理約言云。有食不見財來。何悈類羹土飯。所幸三十一歲後。二十年西方金運。財氣通源。自宜雲程萬里。富貴兩全。

地支三個の子に一個の辰を加えて會して水局を成す(底本の「三子公辰」は「公」當に「會」とすべし)。本來丙火を傷るべきも(底本の「傷旞丙」は文字訛あり)、然れど兩個の戊土は水勢を制住し、恰好堤岸の作用を起こして、母を保ち主を護るの職分を盡くす。天然生成の一對の匹配と說うべし。ただ《命理約言》嘗て言いたり。食神ありて財星を見ざれば、便ち羹を飲み飯を喫するも端るは土の作れる碗のごとし(底本この句文字訛脱せり。大意は食神財なくんば秀氣歸着する所なしを謂う)。所幸三十一歳以後二十年の西方金運あり。——金は丙火の財にして食神は財を生じて財氣源頭あり。自然雲程萬里、富貴兩全せり。

或謂壬運較遜。以壬丙一沖。不免平地風波。環生險象,然繼善篇有言。壬來克丙。須要戊字當頭,則局中原有兩戊。制壬有餘。烏足為慮。考此造命有缺憾。運能補之。運有危害。命能解之。此所謂一路清澄。畢世庥穌。飛黃騰達。其來有自。非偶然也。

ある人言う、壬運は較えて差あり。壬は丙と相冲して不免平地の風波、險象環生すと。然れども《繼善篇》に言あり、「壬來りて丙を剋すれば、須く戊字頭に當るを要す」。この造局中原本に兩個の戊ありて、壬を制すること綽綽餘裕あり。何ぞ憂慮するに足らん。總じてこの一造を考うるに、命裡に缺憾あれば、行運能くそれに爲に補う。運裡に危害あれば、命局能くそれに爲に化解す。——これ則ち所謂「一路清澄」なり。一輩子安穩に福を受け、飛黃騰達するも皆來由ありて、偶然にあらざるなり。命と運と互相いに救應するは、本書の一個の八字の高下を評價するの最終の標準にして、この造範例と作るべし。

柯君命造(陳姓の一造を附す)

丙戌 庚子 丁未 丙午 九歲 辛丑 十九 壬寅 廿九 癸卯 三九 甲辰 四九 乙巳 五九 丙午

年柱丙戌、月柱庚子、日柱丁未、時柱丙午、日主丁火は子月に生まる。大運は九歳に起こり、順に辛丑・壬寅・癸卯・甲辰・乙巳・丙午。年干丙は陽に属し、男命は順排ゆえ、月柱庚子より順推して辛丑・壬寅・癸卯……となる。この造は月支子水は本來丁火の七殺にして、冬水令に當りて殺旺なり。然るを午・未・戌の三處の土皆能く水を制して、反って「制殺太過」と成れり。下文再び一個のただ年柱を差とするのみなる陳姓の命を擧げて對照と作す。一生一死にして、是全書最後の一組の對照命例なり。

論命者。論休咎而已。斷生決死。有驗有不驗。蓋生寄死歸。有夢必醒。為盜遮而生。不如不伯夷而死。生則未必為吉。死則未必為凶耳。

命を論ずる人の論ずる所は吉凶禍福のみ。斷生決死に至りては、驗ありて不驗あり。生は寄居にして死は回歸なれば、夢を爲るも總に醒むるの時あるがごとし。盜跖のごとく苟活するは、伯夷のごとく節を守りて死するに如かず(底本この句文字に衍訛あり)。見るべし活くるは未だ必ずしも吉にあらず、死するは未だ必ずしも凶にあらず。この幾句は作者の生死を論ずるの態度なり。命理は能く事の順逆を推すれども、然れど壽夭を以て人を嚇かすべからず。また長壽を以て一槪に福氣と當るべからず。

上為吾友柯君之命。丁生子月。本必殺旺。乃午未戍中三土。制殺太過。引以為病。前行卯甲兩運。盈財數十萬談命者。綿謂木之克土。病神除去。不脛而走。洵非誣也。預料運入乙木。豐發當尤達之。匯知竟於今庚乙運乙年。病而不起。

上面は我朋友柯君の命なり。丁火は子月に生まれ、本該七殺當に旺なるべきも、然るを午・未・戌の三處に藏する土(己土)皆來りて水を制して、反って制殺太過と成れり。これ則ち病なり(殺は本來官星の属にして、制するを太だ盡くせば、人便ち憑藉する所なし)。從前行く所の卯・甲兩運は、木來りて土を剋して病神を除去せしかば、因りて數十萬を獲利せり。命を談ずる人皆これ木の土を剋し病神の去り盡くせるが故なりと言いて、聲名脛なしに走る。この話確かに假ならず。我原本豫料して運の乙木に入れば、發達當に更に從前に勝るべしと爲す。何ぞ知らんや竟に今年乙運乙亥年に病んで起たざらんとは(底本の「匯知」は「詎知」とすべし)。

然富貴雙全。兩子玉立。且皆有聲於時。強局不可謂不厚。否則以後已午火土之鄉。難免遭劫。若終於侷促之際。反不如今日考終之為得矣。則我友念庚之死也也。未始非幸而事耳。

然れども彼一生富貴雙全して、兩個の兒子皆挺秀に長じ、しかも皆當時に些かの名聲ありて、福分厚しと謂うべからざるなし。否れば則ち以後巳・午の火土の郷に行き到りて、火土再び來りて制殺の病を助長して、劫に遭うを免れざらん。若し困頓窘迫の時に死せば、反って今日天年を享くる(「考終」は壽終正寢を謂う)に如かず。これを以て看れば、我のこの朋友の死は、未だ嘗て一件の幸事にあらざるなり。この一段は前の榮宗敬造の末尾の寬解の詞と并び看るべし。韋氏筆を落して總に生者のために一分の安慰を留む。

嘗見有陳姓一命。為乙已戊子丁未丙午。丁生子月。根本極輕。畏水之克。然已午未戊。重土如林。亦制殺太過,術者皆斷其戍運必死。卻今仍健在。惟於丙運。煙灑嫖賭。消耗資產。不計其數。至戍運為父驅逐。流而為丐。是乃雖不死亡。貽丑自苦。有何生人趣耶。觀夫柯陳兩造。生死適成對峙之局。則命精微。可以想見矣。

我かつて陳姓の一個の命を見たり。乙巳・戊子・丁未・丙午。同じく丁火は子月に生まれて、根基極めて輕く、水の來りて剋するを怕る。然れども巳・午・未に戊土を加えて、重土林のごとく、亦た制殺太過なり。術士皆彼を斷じて戌運に必ず死すと爲す。如今卻って仍ほ健在す。ただ丙運裡に煙を抽し、酒を飲み、妓を嫖し、賭をして、耗掉せる資産數を計するべからず。戌運に到りて父親に家門より逐い出されて、流落して乞丐と爲れり。これ則ち死せざるも、然れど丑を遺して自ら苦しむ。活くるもまた何の趣味かあらん。柯・陳兩造を看るに、病根相同(皆制殺太過)にして、結局卻って一生一死なり。恰も對峙の局を成す。命理の精微は、これに由りて想見すべし。

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