Libo

援例章第五十八(およそ財を用いて名を圖る者は此に同じ)

清 · 野鹤老人 · 第12巻 / 17

作盤ガイド: 六爻納甲の立卦, 大衍筮法

財旺官空,且有堆金於白屋。財旺世旺而官臨月破旬空,或被日月沖剋,及動而變凶,官如朽木枯枝,雖有旺相之財,生之不起,終與屬日月之富翁,難食王家之天祿。妻搖鬼旺,定然執王拜丹(墀)。世與官星二者不可一陷,若財官兩旺而世爻失陷者,終使得官難安享。若官世兩旺財星失陷者,乃有例而無財也。

財爻旺にして官爻空なるは、不過寒門裡に金子を堆くるのみなり。財爻旺・世爻も亦旺なれども、可なり官爻却って月破・旬空に臨み、或いは日辰月建に沖剋せられ、或いは発動して凶爻を変出せば、この官爻就きて朽木枯枝のごとし。縱に旺相の財の去りてそれを生ずる有るも亦それを生じ起す能わず。此人終究只是れ一個の銭有るの富翁にして、朝廷の俸禄を喫し上ぐる能わず。財爻揺動して官爻旺相なれば、必定能く笏を執りて丹墀の下に拜せん。不過世爻と官星との両者は一個も失陷有る可からず。もし財・官両旺にして世爻失陷せば、縱に官を得るも亦安んじて享く難し。もし官・世両旺にして財星失陷せば、則ち是れ捐納の例の循ぶ可き有るも銭を拿出す能わざるなり。

如丑月乙卯日占援例得豫之否卦。妻財戌土″動,妻財戌土′應;官鬼申金″動,官鬼申金′;子孫午火′應,子孫午火′;兄弟卯木″,兄弟卯木″世;子孫巳火″,子孫巳火″;妻財未土″世,妻財未土″。斷曰:財動生官,不宜世臨月破,破而被克者,有官不能享也。後竟納之,名敗身喪。

丑月乙卯日に捐納例を援りて官を求むるを占いて、豫卦を得て否卦に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財戌土(陰爻)発動・官鬼申金(陰爻)発動・子孫午火(陽爻)応を持し・兄弟卯木(陰爻)・子孫巳火(陰爻)・妻財未土(陰爻)世を持す。変ずる所の否卦六爻は依次に妻財戌土応を持し・官鬼申金・子孫午火・兄弟卯木世を持し・子孫巳火・妻財未土。野鶴老人断じて曰く、財爻発動して官を生ず。本來是れ好事なり。可惜世爻未土正に丑月月破に当たり、すでに破に遇い又卯木日辰に剋せらる。これ即ち是れ官を得るも亦享くる能わざるなり。後來他到底捐納せり。結果名声敗壊して身も亦保たざりき。

財靜子飛空用意。子孫持世,財爻動與不動者皆不可行,財臨空破亦不可行。子孫財星官星同動者又可行,其故何也?子動生財,財動生官,故可行。兄興財動枉勞心。兄弟爻持世或兄爻發動乃是破耗之神,白費其財,終不成名,若得官星同動者,又可以行之,何也?以官鬼而制兄也。野鶴曰:卦中官星不動,但遇兄弟持世、兄父發動、及財爻持世化兄弟,百無一成,即使成,後凶,有他故,終無食祿之方。

財爻安静にして「子孫」高く飛ぶは、白く心思を費やすに等し。子孫世を持するの時は、財爻動くと動かざるとを論ぜず皆事を行う可からず。財爻空に落ち破に遇うも亦行う可からず。独り子孫・財星・官星の三者同時に発動するは却って又行う可し。是れ何の縁故か。子動して財を生じ・財動して官を生じて、一路相生するに因る。故に行う可し。「兄弟」興り・財爻動くも、亦是れ枉げて自ら心を労するなり。兄弟爻世を持し或いは兄爻発動するは、あれ是れ破耗の神にして、銭財白く花掉して、終究名を成す能わず。もし官星同時に発動するを得れば、倒も又事を行う可し。何を以てか。官鬼能く兄爻を制し住むるに因る。野鶴老人自ら述べる。卦中官星動かずして、ただ兄弟世を持し・兄爻父爻発動し、及び財爻世を持して兄弟を化出するを見るは、一百件裡に一件を成す能わず。即ち僥幸に辦成するも、日后亦凶険或いは別の変故有りて、終究禄を食するの路無し。

武試章第五十九 文試に準じて見てもよい

文試者,官父而重。武試者,首重官爻。世破官空休指望,官興財旺亦堪圖。世與官星有一而逢空破者,不須指望。武場雖不以父為重,余常得驗官父兩旺者,竟得掄元。然又有財動生官競得中者,何也?然其中必有隱事。

文場の試験では「官鬼」と「父母」の二爻を重く見る。武場の試験ではまず官爻を重んじる。世爻が破に遇い官爻が空に落ちれば望みはなく、官爻が興り財爻が旺ならまだ図る余地がある。世爻と官星のどちらかが旬空に落ちるか月破に遇えば、望むだけ無駄である。武場では父母の文書を重んじないが、野鶴老人は自ら述べている。「私はしばしば官と父がともに旺な人が武魁を取るのを見てきた」と。しかし財爻が発動して官を生じて合格した者もいた。これはなぜか。その奥には必ず明かしにくい別の隠情があるのである。

空赴武閣皆為子孫持世。子孫發動,即使力能扛鼎,百步穿楊皆無益於事矣。試期病阻乃因官鬼克世。日月動爻克世,世動化鬼、化克世,非臨場病阻,即有災禍臨身到。

武場へ無駄足を運ぶのは、多くは「子孫」爻が世に就いているためである。子孫がいったん発動すれば、たとえ力では鼎を担ぎ、矢では百歩先の楊枝を射抜く腕前があっても、事の役には立たない。試期に至って病に阻まれるのは「官鬼」が世を剋するためである。日辰・月建あるいは動爻が世爻を剋しに来るか、世爻が発動して鬼爻や回頭剋を化出すれば、試場で病に阻まれるか、災いが身に降りかかるかである。

麾下に投じ効力し・入武従軍章第六十

官宜旺相不宜空破休囚,財世兩爻怕見刑沖剋破。世與官星皆旺動而化吉。財為祿養,豈宜日月刑沖?世爻失陷及動而變凶,有難;官星失陷及動而變凶,難許成名;財爻失陷及動而變凶,乏糧無祿,即使官旺廚(灶)無煙;唯喜官星持世,財動相生,或世動化吉,將來之封候拜將可期,豈唯百夫之長而已耶。

軍に投じて効力するには、官爻は旺相がよく、落空・遇破・休囚は宜しくない。財爻と世爻の二つは刑・冲・剋・破に遭うことを最も恐れる。最良は世爻と官星がともに旺で、発動して吉爻を化出することだ。財爻が司るのは俸禄と給養であり、日辰月建の刑冲にどう耐えられようか。世爻が失陥するか発動して凶に変わるなら本人に難があり、官星が失陥するか発動して凶に変わるなら成名は望めず、財爻が失陥するか発動して凶に変わるなら糧も兵餉もなく、官爻が旺相でも竈の下に煙は立たない。ただ官星が世に就き財爻が発動して生じに来るか、世爻が発動して吉を化するのを喜ぶ。こうあれば将来は侯に封じられ将に拝されることも望め、百夫長どころの話ではない。

覺子曰:雖以此斷,無不驗者,但要識來人之意,彼若以名利而問,以此而決者是也。如若尚未見用,占問可能收用,又以官星為收用之官,官來生合世爻者必收。官爻克世及空破者,不祿。如不知其此竅,竟以此官星斷自己之功名,如天遠也。

増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「上のように断じれば外れることはないが、来た人の本意を見極めねばならない。将来の功名・利禄を問うためなら上の法で定まる。もしまだ录用されず、ただ收録されるかを占うのであれば、その時の官星は彼を收録する長官を表す。官爻が世爻を生合しに来れば必ず取り立てられ、官爻が世を剋するか落空・遇破なら錄されない。この急所を知らず、この官星を一味に自分の功名と見なして断れば、天と地ほど違う誤りになる」。

署印・差遣を謀る章第六十一

財與官星不可有一而不旺,子孫兄弟不可一而動搖,世陷財空,不如守己,官空世破,且讓他人。用財而圖者與援例同推。衰世隨鬼入墓,世動化克化鬼,子孫兄弟持世,謀署謀差,自投羅網。

印務の署理や差遣を謀るには、財爻と官星はどちらも旺でなくてはならず、「子孫」と「兄弟」はどちらも揺動してはならない。世爻が失陥し財爻が落空するなら本分を安んじて守るに及ばず、官爻が落空し世爻が破に遇うなら他人に譲るがよい。金を使って謀る場合は、判法は前の《援例章》と同じである。世爻が衰弱して鬼に随って墓に入るか、世爻が発動して剋神や鬼爻を化出し、あるいは子孫・兄弟が世に就くなら、こうして署缺や差事を謀るのは自ら網に投じ込むも同然である。

面聖・上書・叩閽・献策・条陳の入れ・劾奏章第六十二

凡占文書亦須採用。旺父持世,宜日月歲五以維持。父母為文書章奏,持世合世,奏必見準,再得歲五及日月動爻生合者見用。兄弟臨身,喜父母化吉而拱合。兄弟持世,日月生之,或世爻父母爻動而化吉,或化父母生世。皆得喜動龍顏,因文見用。

文書の類を占うことはすべて本章の法を用いることができる。旺相の「父母」爻が世に就き、さらに日辰・月建・太歳と五爻の維持を要する。父母爻は文書・章奏を表し、それが世に就くか世と合すれば奏章は必ず准許される。さらに太歳・五爻および日辰月建・動爻が生合しに来れば、なおさら採用されて登用される。「兄弟」爻が身に臨んだとき喜ばしいのは、父母爻が吉を化してまた拱合しに来ることだ。兄弟が世に就いて日月の生助を得るか、世爻・父母爻が発動して吉爻を化出し、あるいは父母を化出して世を生ずれば、いずれも天子の竜顔を大いに悦ばせ、その文章のために登用される。

財爻持世破文書。財爻持世,財爻發動,克破文書,無益之奏。倘得父母持世,財官同動者而又喜之,其故何也?以財動而生官,官動而生世也?子福臨身防降罰。子孫為克官之神,有職之官章奏者不宜見之,或持世或發動,輕則降罰,重則休官,無職之人而章奏者有兩論之,須查來人之念,彼行此事原為名者,見之不成名;彼此事恐其有禍,若見之則無禍。

「妻財」爻が世に就くと文書を冲破する。財爻が世に就くか財爻が発動すれば、いずれも父母の文書を剋破し、その奏章は上げても無駄である。もし父母爻が世に就き、財爻と官爻が同時に発動するなら、かえって喜ばしい。なぜか。財が動いて官を生じ、官が動いてまた世を生じ、一路に連なってゆくからだ。「子孫」爻が身に臨むときは降級・責罰を防がねばならない。子孫は官を剋する神であり、職ある官員が奏章を上るとき最も見てはならないもので、持世であれ発動であれ、軽ければ降級を受け、重ければ官を失う。官職なき者の上書では二つの場合に分け、来た人の心づもりを見ねばならない。その事がそもそも名を求めるためなら、子孫を見れば名は成らず、その事が禍を招かぬためなら、子孫を見てかえって禍はないのである。

世臨空破難以迴天。世臨旬空月破及臨絕及入三墓者,不蒙見準。宜早知機。世動變凶或日月歲五動爻沖剋世爻者,不唯難以迴天,且防不測之禍。子動臨身力能折檻。或曰:前說子動克官,不宜見之,此喜子孫持世者,何也?野鶴曰:須看事之大小,有職之官行此事,若預料此事即不准,行無過於革職而巳,子孫者即為克官之神也。欲保全功名,子孫發動,切勿行之,倘若條陳,將相諫君,非若得準行,名垂竹帛,如不見準,禍及其身,所以反喜子孫持世,即使殿折廷諍,可保無禍。古以子發乾官為吉,非也。子孫為制鬼之神,未聞獨在乾官而為福神也。

世爻が落空・遇破すれば天意を挽回しがたい。世爻が旬空・月破に臨むか、絶地に臨み三墓に入るなら、奏章は准許されず、早めに機を知って止めるべきだ。世爻が発動して凶に変わるか、日辰・月建・太歳・五爻・動爻が世爻を冲剋すれば、回天しがたいばかりか意外の禍も防がねばならない。「子孫」が発動して身に臨めば、かえって檻を折って直諫する力がある。問う人がいた。「前は子が動いて官を剋し、上奏に見るべからずと言ったのに、ここでは子孫の持世を喜ぶのは何の理か」。野鶴老人は答えた。「事の大小を見るのだ。職ある官員がこの事をなし、奏章が准かないと料するなら、最も重くても革職にすぎない。子孫はもともと官を剋する神である。功名を全うせんとする人は、子孫が発動するのを見たらくれぐれも上奏してはならない。しかし条陳を進め、将や相の身分で君王を諫め諍う場合は、准かれば名を竹帛に垂れ、准かなければ禍が身に及ぶ。だからかえって子孫の持世を喜ぶのだ。殿上で檻を折って廷争しても、禍なきを保てる」。古人は子孫が乾宮に発動してこそ吉と言うが、その言は誤りだ。子孫はもともと鬼を制する神であり、乾宮に限って福神になるとは聞いたことがない。

最怕官爻克世,不宜助鬼傷身。卦中官爻發動克世者大凶,若又得財爻發動助鬼爻傷身,災禍難免。若世動化鬼、發動化回頭克、隨鬼入墓、卦得反吟、卦變絕、世被沖者,事非重大,急宜止之。歲五生身防受制,六爻恍惚且休行。太歲生世要入卦,不在爻中,不能生世。且如今歲子年,須看卦中有生之名,無生之實。

最も恐れるべきは官爻が世爻を剋しに来ることで、「助鬼傷身」が現れるのも宜しくない。卦中で官爻が発動して世を剋すのは大凶で、さらに財爻が発動して鬼爻を生助し世身を傷つければ、災禍は免れがたい。世爻が発動して鬼を化し回頭剋を化出するか、鬼に随って墓に入るか、卦が反吟となるか、卦が変じて絶に入るか、世爻が冲されるか——事がどうしても止められないのでない限り、急いで手を引くべきだ。太歳と五爻が世身を生じに来ても、それが制されることを防がねばならない。六爻が恍惚として定まらなければ、しばらく動いてはならない。太歳が世を生ずるには卦爻の中に入っていなければならず、爻の内になければ世を生じられない。たとえば今年が子年なら、卦の中に子水の爻があるかを見る。世を生ずる名だけあって実がなければ、数には入らないのである。

如申月戊辰日占上書得中孚之損。官鬼卯木′,官鬼寅木′應;父母巳火′動,妻財子水″;兄弟未土″世,兄弟戌土″;兄弟丑土″,兄弟丑土″世;官鬼卯木′,官鬼卯木′;父母巳火′應,父母巳火′。

申月戊辰の日に上書を占い、風沢中孚の卦を得て山沢損の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、官鬼の卯木(陽爻)、父母の巳火(陽爻)が発動、兄弟の未土(陰爻)が世に就き、兄弟の丑土(陰爻)、官鬼の卯木(陽爻)、父母の巳火(陽爻)が応に就く。変じた損の卦の六爻は順に、官鬼の寅木が応に就き、妻財の子水、兄弟の戌土、兄弟の丑土が世に就き、官鬼の卯木、父母の巳火である。全卦で五爻の巳火父母のみが発動しており、文書の消息はこの一爻にある。

斷曰:五位巳火生世,不宜巳火受克,此書宜上。問曰:有害否?余曰:巳火雖則不能生世,卦中無克之爻,利害皆無從言起,上與不上皆可。後此人上書,不准。野鶴曰:凡上書劾奏,果有興利除害,益於國者,舍身而為國雖蹈湯赴火而不辭,何用占卜?倘若事無關係、或因忿而抱不平、或以直而報怨、事在兩可之間者,得世與父爻皆無刑沖剋破,及歲五日月相生,方可行之。倘爻中亂動而用神衰或生少克多,六爻恍惚者,即宜止之,言出禍隨,得不慎乎?

野鶴老人は断じた。「五爻の巳火が発動して世を生じに来るが、ただこの巳火が申月に剋されるのが惜しい。この書は上げてよい」と。来た人は問うた。「上げれば害があるか」。私は言った。「巳火は世を生じられないが、卦の中に世を剋する爻もなく、利も害も論ずるに足りない。上げても上げなくてもよい」と。後にその人は書を上げたが准許されなかった。野鶴老人はまた自ら述べる。「およそ上書・弾劾は、実に利を興し害を除き国家に益する大事ならば、身を捨てて国に報い湯を蹈み火を赴くも義に辞せず、何の占卜があろうか。もし事がさして関わらず、あるいは一時の憤激で人のために不平を鳴らし、あるいは『直言』を借りて私怨を報いる類で、やってもやらなくてもよいものならば、世爻と父爻がともに刑・冲・剋・破を受けず、また太歳・日辰・月建が相生する卦を得てこそ、してよいのだ。卦中の衆爻が乱れ動いて『用神』が衰弱するか、我を生ずる者少なく我を剋する者多く、六爻が恍惚として明らかでなければ、直ちに手を止めるべきである。言葉は口を出れば禍が随う。どうして慎まずにいられようか」。

父旺官生叨蒙贈爵,旺官持世平步登雲。旺父持世,官動生之,旺官持世,官持日月生之,官則上加官,士則登(臺)閣,平人得者,立見平步登雲。野鶴曰:斷卦者最重來之一念:有為人者,有為己者,有為自身而要怨者,有為保全人己立功名,有為財利者,有為免自己之賠累者,有為辨下屬之賠累者,有事之多端,在人通變,士民上書,雖則亦有忠心為國,亦有藉此以作梯階而求名也,倘若得官旺而父不旺,亦可許之贈職。

父爻が旺で官爻が生じに来れば、贈爵を蒙ることができる。旺官が世に就けば、そのまま平歩して雲に登れる。旺相の父爻が世に就き官爻が発動してそれを生ずるか、旺相の官爻が世に就き日辰月建が生じに来るなら、官ある者は官の上に官を重ね、士人は台閣に登り、平民・百姓が占えばただちに平歩青雲が見える。野鶴老人は自ら述べる。「卦を断ずるに最も肝要なのは、来た人のその時の一念である。人のため、己のため、自らの冤を訴えるため、互いを全うし功名を建てるため、財利のため、自己の賠累を免れるため、下僚の賠累を弁疏するため——事は千差万別で、すべて断卦の人の臨機の変通にかかっている。士民の上書には、忠誠から国のためというものもあれば、この道を階梯として名を求めるものもある。もし卦中の官爻が旺で父爻が旺でなくとも、贈職を得ることは許してよい」。

我念為名,忌子孫之發動,我念利,忌兄弟以臨身。如丑月丙辰日出具文伸枉保全功名得大壯之夬卦。兄弟戌土″,兄弟未土″;子孫申金″動,子孫酉金′世;父母午火′世,妻財亥水′;兄弟辰土′,兄弟辰土′;官鬼寅木′,官鬼寅木′應;妻財子水′應,妻財子水′。父母持世,月建文書生旺,但不宜子動傷官,七八月申金得令之秋功名壞矣,果蒙上臺題保,未勞準行,八月削職,此乃為名,父旺亦屬無益。

心に期するのが名ならば「子孫」の発動を忌み、心に期するのが利ならば「兄弟」の臨身を忌む。丑月丙辰の日、ある人が文書を具して冤屈を雪ぎ功名を全うせんと求め、雷天大壮の卦を得て沢天夬の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の戌土(陰爻)、子孫の申金(陰爻)が発動、父母の午火(陽爻)が世に就き、兄弟の辰土(陽爻)、官鬼の寅木(陽爻)、妻財の子水(陽爻)が応に就く。変じた夬の卦の六爻は順に、兄弟の未土、子孫の酉金が世に就き、妻財の亥水、兄弟の辰土、官鬼の寅木が応に就き、妻財の子水である。父母爻が世に就き、また丑月の月建に生扶されて文書はもとより旺である。ただ子孫が発動して官爻を傷つけたのが惜しく、七・八月に申金が当令する頃、功名は損なわれた。後に果たして上司が保本を出してくれたものの、批准施行を待たないうち八月に職を削られた。この人のこの占いはもともと名のためであり、父爻は旺でも用をなさなかったのである。

占防劾、慮大計、及已有事尚未結案者:世旺官崇,憂心冰解。旺官持世,喜照雙眉。世與官星旺相何憂?再得日月動爻生扶,或得世爻官爻臨於日月,及動而變吉,防參劾者何慮?已(參)而未結案者無憂,定蒙卓異。凡得旺官者亦同此推。

以下は、弾劾されるのを防ぎ、大计の考覈を憂え、すでに事が起きてまだ结案していない場合の占法を述べる。世爻が旺で官爻が高ければ、憂いは自ずと氷のように解ける。旺相の官爻が世に就けば、喜色が眉に照る。世爻と官星がともに旺相なら、何を憂えることがあろう。さらに日辰月建と動爻の生扶を得るか、世爻・官爻が直に日辰月建に臨み、発動して吉爻を変出すれば、参劾を防ぐ人が何を愁えよう。すでに参されて案が結ばれていなくても憂うるに足らず、かえって必ず卓異に挙げられる。およそ旺官を占い得た者はすべてこのように推し断すればよい。

如未月戊申日占因避誤軍糧己被劫得豐之旅。官鬼戌土″動,妻財巳火′;父母申金″世,官鬼未土″;妻財午火′,父母酉金′應;兄弟亥水′,父母申金′;官鬼丑土″應,妻財午火″;子孫卯木′動,官鬼辰土″世。斷曰:世臨日建月建生之,動出戌宮又來相生,官爵無恙,彼不以為然,豈知因獲奇功,保本隨至,功名仍復保全。或曰:卯木子孫發動,如何不克官?余曰:木絕於申,所以有救。

未月戊申の日、ある人が責任を避けて軍糧を誤ったため、かえって自ら刧掠されるに至り、雷火豊の卦を得て火山旅の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、官鬼の戌土(陰爻)が発動、父母の申金(陰爻)が世に就き、妻財の午火(陽爻)、兄弟の亥水(陽爻)、官鬼の丑土(陰爻)が応に就き、子孫の卯木(陽爻)が発動する。変じた旅の卦の六爻は順に、妻財の巳火、官鬼の未土、父母の酉金が応に就き、父母の申金、妻財の午火、官鬼の辰土が世に就く。野鶴老人は断じた。「世爻の申金はまさに戊申日の日建に臨み、また未月の月建が生じに来て、上爻に発動した戌土も相生しに来る。官爵は恙ない」と。彼は初めそれを然りとしなかったが、後に奇功を立てたことにより保挙の本章がたちまち上達し、功名は依然として全うされた。ある人が問うた。「卯木の子孫が発動して、なぜ官爻を剋さないのか」。私は言った。「木は申の上で絶に逢う。だから官爻に救いがあるのだ」。

福世孫搖身化福,官空鬼破變爻克。子孫持世、子孫動於卦、世動化子孫、官空及動化回頭之克,皆主罷職休官。子動財空,減祿罰奉。兄弟持世、兄弟發動、或財破及財動化凶,倘得官爻旺相,罰俸而已,官爻失陷,利名雙失。

「子孫」が世に就き、子孫が揺動し、世身が子孫を化出するか、官爻が落空し鬼爻が破に遇い、変爻が回頭して剋しに来るなら——子孫が世に就くこと、子孫が卦中で動くこと、世爻が発動して子孫を化出すること、および官爻が落空するか発動して回頭剋を化出することは、いずれも罷職・休官を主る。子孫が発動して財爻が落空すれば禄を減らされ俸を罰される。兄弟が世に就き兄弟が発動するか、財爻が破に遇い財爻が発動して凶に変わるなら、もし官爻がなお旺相なら俸禄を罰されるに過ぎない。官爻がすでに失陥していれば、名も利もともに失う。

身衰鬼克,貶責凌辱。世衰不遇生扶,又有歲五日月動爻刑沖剋世,或世隨鬼入墓、動化鬼化克、及虎蛇刑剋世爻者,輕則貶罰,重則刑獄。或曰:何以謂之輕重?余曰:輕者乃世爻有救,重者乃世爻休囚,又被刑傷沖剋也。卦靜世空官又陷,林下閒人世空者退休之兆,官又空破休囚者削職無疑。

世身が衰弱して鬼爻が剋しに来れば、貶責と凌辱を受けると主る。世爻が衰弱して生扶を得られず、さらに太歳・五爻・日辰・月建・動爻が刑冲剋して世に来るか、世爻が鬼に随って墓に入るか、発動して鬼や剋を化し、また白虎・螣蛇の爻が世爻を刑剋するなら、軽ければ官を貶められ罰を受け、重ければ身が刑獄に陥る。問う人がいた。「軽重はどう分けるか」。答え曰く、「軽いのは世爻に別に救應がある場合、重いのは世爻がもとより休囚していてさらに刑・傷・冲・剋を受ける場合だ」。全卦が安静で世爻が落空し官爻がまた失陥しているなら、ただ林下の閑人となるしかない。世爻の落空は退休の兆であり、官爻がさらに落空・遇破・休囚なら、削職は疑いない。

世陷逢殺興何礙。古有身空殺動避禍之徵,餘以為非。殊不知世者動於卦中世爻空者,持世爻出空之月日必遭其害,豈能避之?惟世空逢六神動而相生,卦中雖有忌神發動亦無礙矣。待世爻出空之日,忌神反生六神而生世也。官隆世陷,身辱官存。古有身邊伏鬼若非空,官職猶在,謂凡遇凶兆,若得官爻持世或官伏世下而旺,雖見責罰而官職猶存。野鶴曰:世遇五爻之克,若得旺官持世,雖受辱,仍可為官。身旺官陷,位去身安。世爻旺相不受傷克,官破官空及被刑沖剋害或動而變凶者,官祿雖失,身不逢傷。

世爻が失陥して凶煞がまさに興っているとき、妨げがないと言えようか。古書に「世身が落空し凶煞が発動すれば禍を避けられる」という説があるが、野鶴老人は自ら述べる。「私はそれは誤りと思う。凶煞がすでに卦中に動いているのに世爻は一時的に空に落ちているだけで、世爻が空を出る月日には必ずその害を蒙る。どうして避けられよう。ただ一つの例外がある。世爻が落空しながら六神の爻が発動してそれを生ずるときは、卦中に忌神が発動していても妨げない。世爻が空を出る日に忌神はかえってその六神を生じ、六神がまた世を生ずるからだ。官位が尊く隆んで世爻が失陥するのは、身は屈辱を受けて官職は存する象である。古書に『世身の下に伏する鬼爻が落空しなければ官職はまだある』とあるのは、およそ凶兆に遇うとき、官爻が世に就くか官爻が世爻の下に伏して旺相なら、責罰を受けても官職は依然として保たれるという意である」。野鶴老人はまた自ら述べる。「世爻が五爻の剋を受けても、旺相の官爻が世に就いている限り、辱めを受けてもなお官を続けられる。世身が旺で官爻が失陥するのは、官を失って身は安らかという象である。世爻が旺相で傷剋を受けず、官爻が遇破・落空するか刑冲剋害されて発動して凶に変わるなら、官禄は失われても人身は損なわれない」。

養親・告病・辞官章第六十三

子旺子興,必能遂願,官旺克世,總不如心。子孫持世子孫發動,乃無官之果,必能遂我偷閒。若官星持世或官動克世合世,難脫利名靼鎖。告假不忌反吟,休致須宜化退。告病及養親乃暫歸之事,得反吟卦者,乃應將來再任,故不忌之,惟辭官者,不宜見之,非目下屢辭反覆,乃將來遠入留(臺),若得伏吟必不能行。世與官星化退神者如願,世與官星而化進神者,五事羈身,難於歇手。

「子孫」が旺で子孫が興れば、必ず願いどおりに帰ることができる。官爻が旺で世を剋すれば、結局意に叶わない。子孫が世に就くか子孫が発動するのは無官の象であり、必ず私の閑を偸む願いを遂げられる。官星が世に就くか官爻が発動して世を剋し合しに来れば、名の韁・利の鎖から振りほどきがたい。告假は反吟を忌まないが、告老・退休は退神を化するのが宜しい。告病と養親はいずれも一時の帰家であり、反吟の卦を占い得れば、将来また任に出る応えがあるので、忌む必要はない。ただ辞官のみが反吟を見るに宜しくない。あれは目下辞めてまた繰り返すか、将来また遠く台省に赴いて職に供することになるからだ。もし伏吟の卦を得れば、必ず行くことができない。世爻と官星が退神を化する者は願いどおりになり、世爻と官星が進神を化する者は諸事が身に纏わり、手を放しがたい。

陵の修築・河の修治、一切の营造公務・防患章第六十四

福搖子動無尤,鬼克兄沖有患。子孫持世子動卦中事無尤慮,有始有終。官鬼克世而受累,兄動以賠財,鬼兄持世同推。父世官生因公加爵。父母持世,官星動而生合世爻者,必因公事加官。財興官旺獲利榮名。旺官持世,財動而相生,不獨因公得利,遠許名榮旺,財爻持世世動化財生世,皆同此斷。

「子孫」が揺動すれば過失はなく、「官鬼」が剋しに来て「兄弟」が冲しに来れば禍患がある。子孫が世に就くか子孫が卦中で動けば、この公事は憂うるに足らず、始めあれば終わりがある。官鬼が世を剋すものは累を受け、兄爻が発動するものは銭財を賠墊し、鬼爻または兄爻が世に就くのもこのように推す。父母爻が世に就き官爻が生じに来るのは、公事によって爵を加えると主る。父母が世に就き、官星が発動して世爻を生合すれば、必ずこの公事を執ったことで官を昇る。財爻が興り官爻が旺なら、利を得るとともに栄名も得る。旺相の官爻が世に就き財爻が発動してそれを生ずれば、公事によって利を得るだけでなく、後日に名声の顕栄も許される。財爻が世に就くか、世爻が発動して財爻を化出して世を生ずるのも、すべてこのように断ずる。

六沖不久六合堅牢。工程皆以父爻為用神,不旺或受沖剋又得六沖卦者必不堅久,化沖者亦然,又看世爻旺相,又得六合卦者永遠堅。野鶴日:凡占公務,初入工程而防患,宜子孫動搖無尤,倘若已見(疏)(憂)而防患者,必有功名之慮,子動以傷官也。豈曰:子動而無尤耶?初入工程,兄動以防賠財,已見(疏)(憂)兄動而防罰俸。

六冲ならば長く続かず、六合あってこそ牢固である。工程はいっさい「父母」爻を「用神」とする。父爻が旺でないか冲剋を受け、また六冲の卦を占い得たなら、工程は必ず堅く久しくなく、卦が変じて六冲になるのも同じである。さらに世爻が旺相かどうかを見るべきで、世が旺でかつ六合の卦を得れば、工程は長く稳固であろう。野鶴老人は自ら述べる。「およそ公務を占うに、工程がちょうど起工したばかりで事の出るのを防ぐなら、子孫の揺動を見るのが宜しい。それなら過失はない。もしすでに疏漏の憂いが出てから防患に来たなら、必ず功名に牵连する。子孫が一動すれば官爻を傷つけるからだ。この時どうして子孫が動けば咎なしなどと言えよう。工程の初起しの時、兄爻が発動すれば銭財の賠墊を防ぐべきで、すでに疏漏の憂いが出た時は、兄爻の発動は俸の罰を防がねばならない」。

僧官・道紀・医官(雑)職・陰陽寺官章第六十五

僧官醫官亦喜官爻發動。舊係豈可爻書發動,謂僧道醫官占功名,乃以子孫為用神,不宜父動而克子也。野鶴曰:此非理也,若他占僧道醫人,乃以子孫旺相,道業高強,父母興隆,庸愚懦弱。若僧道醫家自占道藝,亦以子孫為用神,子孫旺相,鬼服龍降。今以自占功名,子動而克官也,如何反為用?非也,仍看官爻。官星持世或日月動爻以相生,父母持世或得旺官相生,其名必成。陰陽(雜)職俱以子動為嫌。子孫動子持世皆許必不成名,篤則以俗家求名同斷。

僧官・医官が功名を占うのも、同じく官爻の発動を喜ぶ。旧本はここに「岂可爻书发动」と作すが、文字に訛脱があり、その言うところは「僧道・医官が功名を占うには『子孫』を『用神』とするので、父爻が発動して子孫を剋するのを宜しとしない」という意である。野鶴老人は自ら述べる。「この言は道理に合わない。もし他人が僧道・医人のために彼らの道行・医術を占うなら、それこそ子孫の旺相をもって道業の高強とし、父母の興隆をもって庸愚・懦弱とすべきだ。僧道・医家が自らその身の道芸を占うのも、確かに子孫を用神とし、子孫が旺相なら竜を降し虎を伏せられる。しかしいまは自ら『功名』を占うのだ。子孫が一動すれば官爻を剋するのに、どうしてかえってそれを用神とするのか。誤りだ。やはり官爻を見るべきである。官星が世に就くか、日辰・月建・動爻がそれを生じに来るか、父母が世に就いて旺官が相生すれば、この職名は必ず成就する。陰陽の雑職の類についても、同じく子孫の発動を忌む。子孫が発動するか子孫が世に就けば、いずれも名が成らないと許される。真に論ずるなら、俗家の求名と同じ断法である」。

功名はいかなる品級に至るか章第六十六

占法:水一火二木三金四土五,官臨火者,官居二品,官星屬水,一品之尊。野鶴曰:水至二數位至公侯者,何以定之?官設九品,數止於五六七品者,何以定之?餘得其法者,指占之法也。我能公侯否?我能將相否?我能一品否?我能八座否?旺官臨日月,指日可期,官破及刑沖終生失望,子孫持世,猶如止渴望梅,官動生身,恰似探囊取物。

古の占法は、水は一に配し、火は二に、木は三に、金は四に、土は五に配する。官爻が火に属すれば官は二品に居り、官爻が水に属すれば一品の尊である。野鶴老人は自ら述べる。「では水一・火二の上にさらに公侯の位があるのを、何をもって定めるのか。官階は九品を設けているのに、この数は五・六・七品までしかないではないか。どうやって定めるのか。私の得た法門は『事を指して占う』である。私は公侯に封じられるか。私は将相になれるか。私は一品に至れるか。私は八座に列できるか。このように占うのだ。旺相の官爻が日辰月建に臨めば、日を指して待てる。官爻が破に遇うか刑冲されれば、終生の望みはない。子孫が世に就けば、梅を望んで渇きを止めるがごとき。官爻が発動して世身を生じに来れば、嚢を探って物を取るがごとく易い」。

曾有邑宰問將來官至方面否,巳月乙卯日占得雷山小過。父母戌土″,父母戌土″;兄弟申金″,兄弟申金″;官鬼午火′世,官鬼午火′世;兄弟申金′,兄弟申金′;官鬼午火″,官鬼午火″;父母辰土″應,父母辰土″應。午火官星持世後,果官至命事,又子月乙亥日官至方伯。問將來能於開府否?連占三卦子孫持世,後果降調而歸。

かつてある県令が将来方面の大員になれるかを問い、巳月乙卯の日に雷山小過の卦を占い得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、父母の戌土(陰爻)、兄弟の申金(陰爻)、官鬼の午火(陽爻)が世に就き、兄弟の申金(陽爻)、官鬼の午火(陰爻)、父母の辰土(陰爻)が応に就く。午火の官星が世に就き、また巳月の生扶を得て、後に果たして官は憲事に至った。また子月乙亥の日に占い、官は方伯(布政使)に至った。彼はまた将来府を開き牙を建てて督撫になれるかを問い、続けて三卦を占ってすべて子孫が世に就き、後に果たして降職して呼び戻された。

又因占會試許之必中,又問可能鼎甲否?余曰:必須再占一卦。卯月甲申日得節之蹇。兄弟子水″,兄弟子水″;官鬼戌土′,官鬼戌土′;父母申金″應,父母申金″世;官鬼丑土″動,父母申金′;子孫卯木′動,妻財午火″;妻財巳火′世動,官鬼辰土″應。

また一度、人のために会試を占い、必ず中ると許した。彼は続けて鼎甲に中れるかを問い、野鶴老人は言った。「これは別に一卦を占わねばならない」と。卯月甲申の日に水沢節の卦を得て水山蹇の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の子水(陰爻)、官鬼の戌土(陽爻)、父母の申金(陰爻)が応に就き、官鬼の丑土(陰爻)が発動、子孫の卯木(陽爻)が発動、妻財の巳火(陽爻)が世に就きかつ発動する。変じた蹇の卦の六爻は順に、兄弟の子水、官鬼の戌土、父母の申金が世に就き、父母の申金、妻財の午火、官鬼の辰土が応に就く。

斷曰:古以蹇為不吉,餘重用神。此卦世臨巳火,卯月生之,申日合青龍持世,中鼎甲而無疑,但非今科之鼎甲也。公曰:何也?余曰:世爻變出辰土之官,乃辰年之鼎甲也。公曰:此數暗含我機,我少年得一預兆,亦應辰年。傷(畢)即回,至甲辰科殿試,果得首唱傳(臚)。以教人指其事而占者,無不驗也,何必諄諄執古法而猜耶。

野鶴老人は断じた。「古人は《蹇》の卦を不吉と見るが、私はただ『用神』を重んじる。この卦は世爻が巳火で、卯月がそれを生じに来て、甲申の日は巳と相合し、青竜がまた世爻の上に持つ。鼎甲に中ることに疑いはない。ただ本科の鼎甲ではないだけだ」と。その方の公は何故かと問うた。私は言った。「世爻が辰土の官星を変出した。応えるのは辰年の鼎甲である」と。彼は言った。「この数は暗に私の縁と合う。私は少年の時一つの前兆を得て、それも辰年に応じていた」と。言い終えて帰り、甲辰科の殿試に至り、果たして名は前列にあって傳臚唱名に首を居した。これで見れば、人に具体的な事を指して占わせれば応えないことはなく、どうして古法に死に抱きついて苦しみ猜測する必要があろう。

子が父の動名を占う章第六十七

父動官動相生,日月作官星而生父母,父旺化官動而化吉,皆許成名。財克父,子動傷官,父官動而變凶,日月克官克父,或父爻衰墓破絕皆許無益。如卯月壬辰日占父何時起用得風水渙變夬。父母卯木′動,子孫未土″;兄弟巳火′世,妻財酉金′世;子孫未土″動,官鬼亥水′;兄弟午火″動,子孫辰土′;子孫辰土′應,父母寅木′應;父母寅木″動,官鬼子水′。

息子が父のために仕途の起復を占う。父爻と官爻がともに動いて互いに生助するか、日辰月建が官星を充てて父母を生じに来るか、父爻が旺で官爻を化出し発動してまた吉を化すれば、これらはみな成名を許す。反対に、財爻が父を剋し、子孫が発動して官を傷つけ、父爻・官爻が発動して凶に変わり、日辰月建が官・父を剋するか、父爻が衰弱・入墓・遇破・逢絶すれば、いずれも望みなしと許される。卯月壬辰の日に父がいつ起用されるかを占い、風水渙の卦を得て沢天夬の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、父母の卯木(陽爻)が発動、兄弟の巳火(陽爻)が世に就き、子孫の未土(陰爻)が発動、兄弟の午火(陰爻)が発動、子孫の辰土(陽爻)が応に就き、父母の寅木(陰爻)が発動する。変じた夬の卦の六爻は順に、子孫の未土、妻財の酉金が世に就き、官鬼の亥水、子孫の辰土、父母の寅木が応に就き、官鬼の子水である。

內卦寅木父母旺而化出子水之官,許寅年仍以原品起用,果應於寅年。後終於未年。又以此卦悟之,初爻寅年而起用,上爻卯木父動而化未年,占時未墓爻空,謂之空墓以待死,所以終於實墓之年,又因用神重疊墓庫以收藏也。

内卦の初爻の寅木父母が旺相で、また子水の官星を化出してそれを生ずる。ゆえに寅年に仍りてもとの品級で起用されると許し、後に果たして寅年に応じた。この人は結局未年に死んだ。野鶴老人はこの一卦からまた一層を悟った。初爻は寅年の起用に応じ、上爻の卯木父母が発動して未土を化出したのはまさに未年に応じる。占卦の当時、未土という墓庫の爻がちょうど旬空で、これを「空墓以待」と言う。だから未土が填実したその年に死んだ。さらに卦中に父母の用神が重複して現れるが、重複した用神は終には墓庫に収蔵されねばならないのだ。

財を求める章第六十八

諸書之論求財,弗如黃金策裡真論,余屢試驗,惜乎未經分別,今以前段為總論,以後賢易曉,內有屢試而不驗者,刪之,餘另得驗者,增之。財旺福興,公私稱意。財空福絕,上下連心。上至國計,下至營謀,無不以財為用。公私占卜皆以財為用神,子孫者乃生助財爻之元神也,俱宜旺而化吉,又宜生合世爻,公私皆得如意。若逢衰墓絕空刑沖剋害,動而變凶,日月沖剋破者,上下皆連心矣。

各家の書で求財を論ずるのは、皆《黄金策》ほど真に切ならない。野鶴老人は自ら述べる。「私はそれを屡々試してきたが、残念ながら原書は条分縷析されていなかった。いま私は総論を前段に置き、後の人が明らかにしやすいようにした。その中の屡試して驗ならないものは删り去り、私が別に試して応えたものを増補して入れた。財爻が旺で『子孫』が興れば、公事も私事も意に叶う。財爻が空で子孫が絶すれば、上上下下がみな心を焦がす。上は国家の度支から、下は個人の営謀に至るまで、『妻財』を以て用としないものはない。公の占いも私の占いもいずれも財爻を『用神』とし、子孫は財爻を生助する『元神』である。二つとも旺相が宜しく併せて吉爻を化出し、また世爻を生合しに来るのが宜しい。こうすれば公私ともに如意である。もし衰弱・入墓・逢絶・落空・刑冲剋害に遭い、あるいは発動して凶に変わるか、日辰月建に冲剋破されるなら、上下ともに愁えることになる」。

有福無財,兄弟交重偏有望。兄弟乃劫財之神,占財之忌也,財與兄爻同動,必主阻隔破耗,倘若得子孫與兄弟同動,又為可喜,兄動生子,故謂之有望。財爻兄爻子孫爻俱動於卦中者,更為可喜,其故何也?兄動生子,子動生財,其利甚厚且有久遠源流長之利益也。兄與財振,官爻發動亦堪求。兄爻與財爻同動而官鬼亦動者,亦許得財,以官鬼剋制兄爻之故耳。

「子孫」があって「妻財」がなければ、たとえ兄弟爻が重々に発動しても、かえってまだ望みがある。兄弟はもともと財を劫する神で、財を占うとき最も忌む。財爻と兄爻が同時に発動すれば、必ず阻隔と破耗を主る。しかし子孫と兄弟がともに動くなら、それはまた喜べる。兄爻が発動して子孫を生じに行くから、だからまだ望みがあると言うのだ。財爻・兄爻・子孫爻の三者がみな卦中で動くのはなおさら喜べる。なぜか。兄が動いて子を生じ、子が動いて財を生じ、一路に連なり、利息はきわめて厚く、しかも源が遠く流れが長い長久の利だからだ。兄爻と財爻がいっしょに振動するときは、官爻もまた発動していさえすれば同じく財を求められる。官鬼は兄爻を剋制できるので、兄爻が制されれば財を劫せないのだ。

財福俱無,莫若守株待兔。財與子孫爻俱不現於卦中,或現於卦中又值休囚空破墓絕,或被刑沖剋害,求則無益,不如守株待兔。覺子曰:倘得日月為財,或伏而旺者,亦可求也。父兄爻動,無殊緣木求魚。父動克福神,兄動克財爻,此二爻動於卦中,凡有所圖,水中撈月。

財爻も子孫もないなら、株を守って兎を待つほうがましだ。財爻と子孫爻がともに卦中に現れないか、あるいは現れてもちょうど休囚・旬空・月破・入墓・逢絶に当たるか、刑冲剋害されれば、求めに行っても益はなく、安んじて坐って待つに及ばない。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「もし日辰または月建そのものが財であるか、財爻は伏蔵していても旺相ならば、それでもなお求めに行ってよい」と。「父母」と「兄弟」の二爻が発動するのは、木に縁って魚を求めるに異ならない。父爻が発動すれば子孫を剋し、兄爻が発動すれば財爻を剋す。この二爻が卦中で同時に動けば、およそ図るところがある者は、みな水の中の月を撈うがごとき空しさとなる。

如酉月戊午日占求財得革卦。官鬼未土″,官鬼未土″;父母酉金′,父母酉金′;兄弟亥水′世,兄弟亥水′世;兄弟亥水′,兄弟亥水′;官鬼丑土″,官鬼丑土″;子孫卯木′應,子孫卯木′應。斷曰:卦中財爻不現,亥水兄爻持世,父臨月建生助兄爻,如緣木以求魚也。

酉月戊午の日に求財を占い、沢火革の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、官鬼の未土(陰爻)、父母の酉金(陽爻)、兄弟の亥水(陽爻)が世に就き、兄弟の亥水(陽爻)、官鬼の丑土(陰爻)、子孫の卯木(陽爻)が応に就く。野鶴老人は断じた。「卦の中に根本的に『妻財』の爻が見えないのに、偏に亥水の兄弟が世に就き、五爻の酉金父母はまたちょうど酉月の月建に当たって兄爻を生助しに行く。兄が旺なら財を劫することがいよいよ甚しい。これは木に登って魚を捉えるのと同じである」と。

多財反覆,必須墓庫以收藏。卦中財臨日月,謂之重疊,若許求謀得意之時,須待財爻入墓之日。且如水作財神辰日而得,餘仿此。無鬼分爭,又怕友重而阻滯。兄弟乃爭奪阻隔耗財之神,宜官鬼動而制之,以免分爭之患。覺子曰:兄爻發動,喜鬼動以制之,倘卦中兄爻安靜者,又不宜乎鬼動,反曳財爻之氣也。且有口舌。

財爻が多すぎればかえって反復して定まらず、必ず墓庫に収蔵されねばならない。卦中の財爻がまた日辰月建に臨むのを「重叠」と言う。この時は求謀の得意を許すが、財爻が墓に入るその日を待ってこそ手に入る。たとえば水が財神なら、辰の日に財を得るに応じ、残りはこれに類推する。卦中に「官鬼」がなければ人が来て分争し、兄爻が重々なのはまた阻滞を恐れる。兄弟は争奪・阻隔・耗財の神であり、最も宜しいのは官鬼が発動してそれを制し、人に分け奪われるを免れることだ。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「兄爻が発動するときは、官鬼の発動してそれを制するのを喜ぶ。もし卦中の兄爻がもとより安静なら、官鬼の発動は宜しくない。鬼が動けばかえって財爻の気を泄し、しかも口舌を招く」。

兄如太過,反不克財。舊注卦中一位兄爻動者,最為利害,如若兄弟爻多動者,反不劫財。覺子曰:非也,兄爻多者,待兄爻入墓之日,及克損爻之日,必劫其財,謂之太旺者損之斯成。世遇兄臨,必難求望。古以卦身臨兄爻,難於求望,餘因卦身不驗,以兄爻持世,難遂圖謀。野鶴曰:全在人立通變,兄弟而持世者,雖則為忌亦有不當忌者。

兄爻がもし多すぎれば、かえって財を剋せない。旧注は言う。「卦中に兄爻がただ一つ動くとき最も猛烈で、兄弟爻が多く動けばかえって財を劫せぬ」と。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「そうではない。兄爻が多いのは、兄爻が墓に入るその日か、兄爻を剋損するその日に、必ずこの財を劫し去る。これが『太旺なる者はそれを損抑してこそ事が成る』という理だ。世爻の上に兄爻が臨めば、財を求めて必ず望みがたい。古人は『卦身』が兄爻に臨むのを求望しがたしとしたが、私は卦身が屡々試して驗ならないので、兄爻の持世に改めて図謀の遂げがたいを断ずる。ただこれも全く人の臨機の変通にある。兄弟が世に就くのは固より忌みだが、その中にも忌とすべからざる情形がある」。

如未月丁卯日借貸得晉卦。官鬼巳火′,官鬼巳火′;父母未土″,父母未土″;兄弟酉金′世,兄弟酉金′世;妻財卯木″,妻財卯木″;官鬼巳火″,官鬼巳火″;父母未土″應,父母未土″應。斷曰:雖則兄爻持世無財,但喜卯日即是財星,古以財爻持世沖世者必得,況應爻未土旺而生世,明日必獲,果得財,應辰日者,世動逢合之日也。

未月丁卯の日に借貸を占い、火地晋の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、官鬼の巳火(陽爻)、父母の未土(陰爻)、兄弟の酉金(陽爻)が世に就き、妻財の卯木(陰爻)、官鬼の巳火(陰爻)、父母の未土(陰爻)が応に就く。野鶴老人は断じた。「兄爻が世に就き卦中の財爻が力なしとはいえ、喜ばしいのは丁卯日そのものが財星で、卯木がまた世を冲しに来ることだ。古法は財爻が世に就くか財が来て世を冲すれば必ず財を得ると言う。まして応爻の未土が当令して世を生じに来る。明日必ず借りられる」と。後に果たして財を得た。辰の日に応じた理は、辰と世爻の酉金が相合し、まさに世が動いて合に逢う日であったからだ。

又如巳月丁巳日占求財得即濟變渙卦。兄弟子水″應動,子孫卯木′;官鬼戌土′,妻財巳火′世;父母申金″,官鬼未土″;兄弟亥水′世動,妻財午火″;官鬼丑土″動,官鬼辰土′應;子孫卯木′動,子孫寅木″。斷曰:若逢久遠之財有否,則無財。若問目下之財,明日戊午必得,其故何也?兄臨世爻日破月破,不克變出之財,日月俱作財來沖世,只因應爻而逢空,明日沖實,定送財來,果於次日送來。

また巳月丁巳の日に求財を占い、水火既済の卦を得て風水渙の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の子水(陰爻)が応に就きかつ発動、官鬼の戌土(陽爻)、父母の申金(陰爻)、兄弟の亥水(陽爻)が世に就きかつ発動、官鬼の丑土(陰爻)が発動、子孫の卯木(陽爻)が発動する。変じた渙の卦の六爻は順に、子孫の卯木、妻財の巳火が世に就き、官鬼の未土、妻財の午火、官鬼の辰土が応に就き、子孫の寅木である。野鶴老人は断じた。「長遠の財路を問うなら、それはない。眼前の財を問うなら、明日戊午の日に必ず手に入る。縁故はどこか。世爻の亥水兄弟が巳日に冲破されまた巳月に冲破され、すでに変出した財爻を剋する力がない。日辰と月建がともに財爻を作して世を冲しに来る。ただ応爻の子水がちょうど旬空に逢っているゆえ、明日空爻が冲実すれば、必ず人が財を届けに来る」と。後に果たして翌日に届いた。

財來就我終須易,我去尋財必是難。舊注凡遇財爻生世合世克世持世,皆謂之財來就我,若卦中雖有財爻,不來生合世爻亦非我之財也。野鶴曰:此說財不生合世爻,非我之財,即如前二卦兄爻持世,何當財來生合,總要斷卦之靈機應變,徹悟其理,自然觸類旁通,不可拘執。

財が自ら門に尋ねて来るのは、手に入れるに結局易しい。私が出て四方に財を求めれば、必ず艱難である。旧注は言う。「およそ財爻が世を生じ、世と合し、世を剋し、世に就くのに遇えば、みな財が我に就くと数える。卦中に財爻があっても、世爻を生合しに来なければ、我の財ではない」と。野鶴老人は自ら述べる。「この説に照らせば、財が世爻を生合しなければ我の財ではない。しかし前の二卦はいずれも兄爻が世に就き、何嘗も財が生合しに来たことがあろうか。それでも終に財を得たではないか。卦を断ずるには総じて機に随い変に応じ、道理を徹底的に想い通せば、自ずと類に触れて旁通できる。決して成説を死守してはならない」。

福變財生利源滾滾。財得子動生之,如財之有源也,其利豐厚,倘得子動化財,財動化子,皆同此斷。兄傷鬼克,口舌紛紛。財爻持世,兄爻亦動者,不獨劫財,還防傷已,如若鬼動克世者更凶。覺子曰:黃金策云,兄連鬼克,口舌難逃,謂兄動變鬼沖剋世爻者,不獨無財,還防口舌,殊不知兄動變鬼,即是兄化回頭之克,自顧不暇又焉能沖剋世爻耶?

「子孫」が財に変じ財が生助を得れば、利源は滾々と来る。財爻が子孫の発動して生ずるを得れば、水に源があるがごとく、獲利は豊かである。もし子孫が発動して財爻を化出するか、財爻が発動して子孫を化出すれば、すべてこのように断ずる。「兄弟」が傷つけに来て「官鬼」が剋しに来れば、口舌が紛紛となる。財爻が世に就き兄爻がまた動けば、我の財を劫するばかりでなく、我が身を傷つけることも防がねばならない。さらに鬼爻が発動して世を剋すれば、なおさら凶である。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「《黄金策》に『兄連れて鬼剋すれば口舌は逃れがたい』とある。その意は、兄爻が発動して鬼爻を変出して世爻を冲剋するのは、財がないばかりか口舌をも防ぐべし、というものだ。しかし兄爻が動いて鬼に変ずるは、まさに兄爻が回頭の剋を化したのであり、それは己を顧みる暇すらなく、どうしてまた世爻を冲剋しに行けようか」。

財局合福德,萬倍利源可追。世與財爻或與子孫爻三合成局,諸占物追財豐。野鶴曰:須要在局中或是合成子孫財局生世,方為全美,倘如合成父局,勞碌卒苦,合成兄局破耗多端,合成鬼局,口舌災非,克世者更凶。歲君逢劫殺,一年生意無聊。劫殺者乃兄弟之爻也,兄臨太歲一年破耗。

財局と「子孫」が相合すれば、万倍の利源も求められる。世爻と財爻、あるいは世爻と子孫爻が会して三合局を成せば、貨物を占い帳を討つのは皆財を豊かに獲ると主る。野鶴老人は自ら述べる。「これはさらに世爻そのものが局中にあるか、あるいは合成した子孫局・財局が世を生じに来るのでなければ、十全十美とは言えない。もし父母局を合成すれば、それは労碌辛苦であり、兄弟局を合成すれば破耗百出し、官鬼局を合成すれば口舌の災禍である。局がまた世を剋しに来ればなおさら凶である。太歳の上に劫殺に遇えば、一年の生意に起色がない。劫殺とは兄弟の爻であり、兄爻が太歳に臨めば一年の破財・耗損を主る」。

The original text is in the public domain. The Japanese is a machine-assisted translation of this library’s own Chinese paraphrase, checked against a fixed glossary so that technical terms match the definitions used elsewhere on this site. It is a reading aid and does not replace the original.

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