増删卜易 巻之四
野鶴老人著,楚江李坦我鑑定。湖南李文輝覺子增刪。婿陣之吉茂生男茹芝山秀。
本巻の署名:野鶴老人が撰著し、楚江人の李坦我が審定し、湖南人の李文輝(号は覚子)が増補・删訂した。校讐に参与したのはさらに女婿の陣之吉・茂生、および息子の茹芝・山秀である。これは旧刻本の巻首の題名格式で、著者・鑑定者・増删者と家族の中で校訂を助けた人を標明するために用いられた。
貴人を謁見して財を求める章第六十九
世克官,官生世,須宜謁見;財臨破,鬼克世,枉費奔馳。野鶴曰:見貴有兩間也,為名者用官,為利者用財,皆宜持世及生合世爻為吉,如逢空破,墓絕及動而變凶者,徒勞奔馳之力耳。倘若世爻化鬼化克及隨墓助傷者,更不宜行,若非到彼之凶,定在中途遇禍,凡謁貴者同斷。世動遇空,身興遇破。世動化空破者,勿曰不吉,乃應到彼之月日也。
世爻が官爻を剋し、官爻が世爻を生ずるなら、謁見に赴くべきである。財爻が破に遇い、鬼爻が世を剋すなら、行っても無駄足である。野鶴老人は自ら述べる。「貴人に謁見するには二つの情形に分かれる。名を求めるためなら『官鬼』を『用神』とし、利を求めるためなら『妻財』を用神とする。両者とも持世するか世爻を生合するを吉とする。もし旬空・月破・入墓・逢絶に遇うか、発動して凶に変われば、それは徒らに一回の脚力を費やすに過ぎない。もし世爻が鬼を化し剋を化するか、鬼に随って墓に入り、財が動いて鬼を助け身を傷つけるなら、いっそう赴くに宜しくない。そこへ着いて事が起きるか、さもなくば必ず半道で禍に遇う。およそ貴人に謁見するはみなこのように断ずる。世爻が発動して空に遇い、世身が興起して破に遇う——世爻が発動して空を化し破を化するのは、一概に不吉と言うべきではない。あれは往々にして相手の許へ到る月份・日子に応じるのである」。
如申月丁卯日占出行謁見貴人得同人。子孫戌土′應,子孫戌土′應;妻財申金′,妻財申金′;兄弟午火′,兄弟午火′;官鬼亥水′世,官鬼亥水′世;子孫丑土″,子孫丑土″;父母卯木′,父母卯木′。
申月丁卯の日に出門して貴人を謁見するを占い、天火同人の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、子孫の戌土(陽爻)が応に就き、妻財の申金(陽爻)、兄弟の午火(陽爻)、官鬼の亥水(陽爻)が世に就き、子孫の丑土(陰爻)、父母の卯木(陽爻)である。世爻の亥水官鬼はちょうど旬空に逢い、四爻の申金財爻はちょうど申月の月建に当たる。この二点が断語の鍵である。
斷曰:官星持世而空,出亥日得見,官府財利如心,果於出空之日見官,財利得意,月建財爻生世之故耳,官世相合,財動相生,財持世,官無缺陷,再得日月照臨,彼此緣投有幸。日月照臨者,日月生世生財,或世爻財爻而臨日月是也。
野鶴老人は断じた。「官星が世に就いて旬空に落ちる。空を出る亥の日を待ってこそ見える。その官長に見えれば、財も利も意に叶う」と。後に果たして出空のその日に官に見え、財利もまことに得意であった。これは月建の申金の財爻が世爻を生じに来た故である。およそ官爻と世爻が相合し、財爻が発動して世を生じに来て、財爻が世に就き官爻に欠陥がなく、さらに日辰月建の照臨が加われば、双方は投縁して幸いである。「日月照臨」とは、日辰月建が世爻または財爻を生じに来るか、あるいは世爻・財爻そのものが日辰月建に臨んでいることを指す。
為名宜父動,因利忌兄興。凡與謁貴既得世與官星相合相生,必然得見,若為名利,須宜另占,不可此卦而斷之,為名者宜父官兩旺,為利者宜財福兩旺。六合六沖須看用,反吟化退枉奔馳。爻逢六合亦要用神旺相,世與財官相合乃為吉兆,卦逢六沖必須用神受克失陷始作凶徵。卦得反吟及世動化退多見難於行動,勉強而去,空返而歸。
名を求めて謁見に行くには、「父母」爻の発動が宜しい。利を求めて謁見に行くには、「兄弟」爻の興起を忌む。およそ謁貴の占は、世爻と官星が相合相生すれば必ず見える。しかしさらに名利が成るかを問おうとするなら、別に一卦を占うべきで、この一卦をもって兼ねて断じてはならない。名を求めるには父爻・官爻の両旺が宜しく、利を求めるには財爻・子孫の両旺が宜しい。六合と六冲はいずれも「用神」の如何を見るべきで、反吟に遇うか世爻が退を化すれば無駄足となる。爻が六合に逢うにも用神が旺相で、世爻が財・官と相合してこそ吉兆である。卦が六冲に逢うにも、用神が確かに剋され失陥してこそ、凶の兆とする。反吟の卦を占い得たか、世爻が発動して退神を化するのは、多くは行き成らず、無理に行っても空手で帰る。
貴人謁貴宜世應以相生,平人見貴宜官貴而相合。貴人謁貴人,宜於世應相合相生,平人見貴人,宜官貴相合相生及官星持世。覺子曰:有心而問見貴求名者,官星持世生世必得官。有心問謁貴者,官星生世合世而得見,切勿以此得見貴人之官星換作成名而斷也。
身分ある人が貴人を謁見するには、世爻と応爻が相生するのが宜しい。平民・百姓が貴人に見えるには、官貴の爻が世と相合するのが宜しい。貴人が貴人を謁見するには世応の相合相生が宜しく、平民が貴人に見えるには官貴の爻が世と相合相生するか、官星が直ちに世に就くのが宜しい。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「もし来た人が心に問うのが、貴人に見えて功名を求められるかならば、官星が世に就くか世を生ずれば必ず官を得る。もし心に問うのがただ貴人に見えるかどうかならば、官星が世を生じ世と合すれば見えるのである。この『貴人に見える』の官星を、『必ず成名する』に換えて断じてはならない」。
貴人謁貴,世應若相沖克,財伏而空,去之何益?平人見貴,官克世世變鬼變克更凶。平人見貴,官克世變鬼變克勿去,去則須防不測,財官生世合世為吉。凡出行求財謁貴出行章參看。
貴人が貴人を謁見するのに、もし世爻と応爻が互いに冲剋し、財爻がまた伏蔵して落空を兼ねるなら、行って何の益があろうか。平民が貴人に見えるのに、官爻が世を剋するか、世爻が鬼爻や剋神を変出するなら、なおさら凶である。平民が貴人に見えるに、およそ官爻の世を剋する、世爻の鬼・剋に変ずるに遇えば、行ってはならない。行けば意外の禍を防がねばならない。財爻・官爻が世を生じ世と合するものだけが吉である。およそ門を出て財を求め、貴人を謁見する者は、さらに《出行章》を参看すべきである。
貴人のために奔走し効力して財を得る章第七十
最重財官兩旺,不宜世應皆空。世遇財應臨福,我益他損;應臨官世逢破,他益我損。兄爻持世,不如閒處安身;應克世爻,防慮他人反目。世遇財官臨應,無不遂也。世逢空破墓及動而變凶,皆非吉也。應克世兄克世,見災還淺。鬼克世世化鬼,得病不輕。
貴人に替わって奔走し力を出すには、最も切要なのは財爻と官爻がともに旺なることで、最も忌むのは世爻・応爻がともに落空することだ。世爻の上に財に遇い応爻の上に「子孫」が臨めば、我が益を得て相手が損を受ける。応爻の上に官が臨み世爻が破に遇えば、相手が益を得て我が損を受ける。兄爻が世に就くなら、閑居して身を安くするに及ばない。応爻が世爻を剋するなら、相手が顔を翻すのを防ぐべきだ。世爻が財に遇い官爻が応の位に臨めば、事事みな心に遂う。世爻が旬空・月破・入墓に逢い、および発動して凶に変ずるは、いずれも吉利ではない。応爻が世を剋するか兄爻が世を剋するのは、受ける災いはなお軽い。官鬼が世を剋するか世爻が鬼を化すれば、得る病は軽くない。
行を開き店を開きおよび各色の舗面の章第七十一
世為已,應為人,大宜相合。財為本,福為基,最喜同興。古法應為夥計,又為下顧之客。黃金策曰:開行定主有人投。覺子曰:須在來人之念;有心而問夥計,應為夥計,若得世應相生相合,彼此同心。應生世,他益於我。世生應,我益於他。
世爻は自分を表し、応爻は他人を表す。最も宜しいのは両方が相合することだ。「妻財」は元手であり、「子孫」は根基である。二者がともに興旺することを最も喜ぶ。古法は応爻を合伙の伙计ともし、また上門して来る客ともする。《黄金策》に言う。「行桟を開けば必ず投靠しに来る人がある」と。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「これは来た人が心に何を問うかを見るべきだ。心に問うのが伙计なら、応爻は伙计を表す。世と応が相生相合すれば、双方は同心して力を合わせる。応爻が世を生ずれば、彼が我に益あり、世爻が応を生ずれば、我が彼に益ある」。
相剋相沖而情有變,應爻克世,我被他瞞;世克應爻,他從我願;應臨元武兄爻,暗中盜騙;應臨官鬼克世,明降災非;世財應兄,受他之累;世財應子,得他之力。世應空合,彼此有虛詐之心也。來人之念重在買賣者,須以應爻為下顧之客,應爻生合於世,生客來交成故舊;世應相沖相剋,熟人終久變成仇。
世応が相克相冲すれば、情分が変を生ずる。応爻が世を剋すれば、我が彼に蒙騙される。世爻が応を剋すれば、彼は事事我の意に順う。応爻の上に玄武が臨みかつ兄弟爻なら、暗に偸盜・欺騙をなす。応爻の上に官鬼が臨み世を剋しに来れば、明に災いを招き禍を惹く。世爻が財で応爻が兄なら、彼の連累を受ける。世爻が財で応爻が子孫なら、彼の助力を得られる。世応は合すれど双々ともに落空するは、彼此ともに虚情假意を存するのである。もし来た人が心により重きを置くのが売買の生意なら、応爻を上門の顧客としなければならない。応爻が世爻を生合すれば、生の客も老の主顾に変わる。世応が相冲相克すれば、熟人も終には顔を翻して仇となる。
鬼作災非須忌動,財為活計畏刑沖。鬼動招非克世最忌,古云:鬼現爻中見非,日有鬼搖克世災禍連繫,須看鬼值何神克世,須於家室章內詳之。財為資本,忌衰墓空破及動而變凶,或日月刑沖剋,更忌世與財空,俱開不成。鬼兄發動有制何妨,隨墓助傷多凶少吉。鬼動招非,若得子孫制鬼,或日月沖剋鬼爻,謂之有制。覺子曰:凡遇兄鬼同動者,不可曰鬼動招非,以鬼能制兄爻,不劫財也。兄弟又為陰隔破耗之小人,得此鬼動可以制服,獨不宜乃為助鬼以傷身也。
「官鬼」は災禍・是非を主り、最もその発動を忌む。「妻財」は営生の元手であり、最も刑を受け冲を受けるを恐れる。鬼が動けば非を招き、その中でも世を剋するを最も忌む。古人は鬼爻が卦中に現れれば是非が見え、日日に鬼爻が揺動して世を剋すれば、災禍は連なり絶えないと言う。さらにこの鬼爻がどの六神に配して世を剋するかを見るべきで、これらは《家宅章》に別に詳しく説く。財爻は資本であり、その衰弱・入墓・落空・遇破、および発動して凶に変ずるか、日辰月建に刑冲剋制されるを忌む。さらに忌むのは世爻と財爻が同時に落空することで、それは根本的に開くことができない。鬼爻・兄爻が発動しても、それを制伏するものがあれば妨げない。しかし鬼に随って墓に入り、財が動いて鬼を助け身を傷つければ、凶多吉少である。鬼が動いて非を招くとき、子孫が鬼爻を制するか、日辰月建が鬼爻を冲剋すれば、これを「有制」と言う。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「およそ兄爻と鬼爻がともに動くに遇うて、一概に鬼が動けば非を招くと言ってはならない。鬼は兄爻を制し得るので、兄爻は財を劫せない。兄弟はまた暗に阻隔し破耗する小人であり、ちょうどこの鬼の動きを藉りて制服するのだ。ただ宜しくないのは、財爻がかえって鬼を助けて自身を傷つけることである」。
卦得反吟多反覆。卦得反吟,欲行不行,行而又止。才開而又剪,剪而又開,倘店開久矣,遇此一定更遷。沖中變合再重興。爻逢六合及六沖卦變六合或世財爻子孫共成三合,定是前後重興,惟六合變沖則不宜也,眼前熱鬧,終久蕭條。合夥不嫌兄弟,蝕本內外無財。世應臨兄不吉,兄爻發動不吉,倘若世臨兄爻,日月作財星沖剋世者,反為吉也。內外無財伏而又空,必然之蝕本,屢驗。
反吟の卦を占い得れば、事は多く反復する。開こうとして開かれず、開いてはまた止まり、やっと開張すればすぐ店仕舞いし、仕舞ってはまた改めて開張する。もし店がすでに久しく開いていて反吟に遇えば、必ず迁移して改める。冲から合に変ずるなら、なお改めて興旺できる。爻が六合に逢うか、六冲の卦が六合に変わるか、あるいは世爻・財爻・子孫爻が会して三合を成せば、いずれも前後して二度興旺すると主る。ただ六合が六冲に変ずるのは宜しくない。眼前は賑やかでも、終久は蕭条となる。合伙して生意をなすには「兄弟」を嫌うに及ばず、本当に本を蝕むのは内外卦にともに財なきことだ。世爻または応爻が兄爻に臨むは不吉、兄爻の発動も不吉である。もし世爻が兄に臨み、日辰月建が財星を充てて世爻を冲剋しに来れば、かえって吉である。内外卦にいずれも財爻が見えず、財がまた伏蔵してかつ落空すれば、必ず本を蝕む。この一条は屡々試して屡々驗した。
行に投ずる損益の章第七十二
官若興隆,行主可千金之託;應如空破,牙人無毫忽之能;官旺應旺,生合世爻,其人可托,如靜衰空破,即是奸險小人。倘若交財,定遭欺騙。世被應傷,遭他陷害,財逢兄克,慮彼相瞞;應克世爻,帳目難清,兄克財爻已入套矣。兄動貨難脫卸,子興物宜交共;兄雀並搖,難逃口舌,武鬼同發,須慮盜賊;
貨物を行桟に託する。官爻が興旺なら、この行主は千金を託するに足る。応爻が落空・遇破なら、この牙行の経紀は毫も能耐がない。官爻が旺で応爻も旺で、また世爻を生合しに来るなら、この人は託すべきだ。もし応爻が安静・衰弱でかつ落空・遇破なら、それは奸険の小人であり、もし彼と銭財を交割すれば、きっと欺騙される。世爻が応爻に傷つけられれば、彼の陥害に遭う。財爻が兄爻に剋されれば、彼が隠瞞するのを防ぐべきだ。応爻が世爻を剋するなら、帳目は算えて明らかにしがたい。兄爻が財爻を剋するなら、すでに人の圈套に落ちている。兄爻が発動すれば貨物は出手しがたく、「子孫」が興旺すれば貨物は交付して出すに宜しい。兄爻と朱雀がともに揺動すれば口舌の争いを免れず、玄武と官鬼がともに発動すれば盗賊を防がねばならない。
貨を囤え貨を売る章第七十三
財爻衰者須停脫,妻旺當時可脫之;積貨賣貨皆不宜財逢空破及動而變克;財衰宜囤,財旺宜脫;如春天占得財爻屬木,謂之旺,宜速發賣;若臨金水土者,宜堆積也。臨火為旺,亦不宜堆;此論四時之衰旺也。覺子曰:衰雖可買,須查其根底,雖衰宜有根,將來再發,若無根底,終久難於出脫,不可不知。
財爻が衰弱なら、しばらく出手してはならない。財爻が当旺なら、時に乗じて貨を脱すべきだ。囤積も発売も、財爻が落空・遇破するか発動して剋神を変出するのは宜しくない。財爻が衰なれば囤めるが宜しく、財爻が旺なれば脱するが宜しい。たとえば春に占い得て財爻が木に属すれば、木は春に当令してこれを旺と言う。速やかに発売すべきだ。もし財爻が金・水・土に属すれば、春にはいずれも当令せず、堆存して待つのが宜しい。財爻が火に属すれば春には相であり旺とも言う。同じく堆積に宜しくない。これは四季の衰旺について言うのだ。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「財爻が衰弱の時は買い入れてよいが、それに根底があるかを査しなければならない。衰えて根あるものは将来また旺となる。もし全く根底がなければ、終に出手しがたい。この点は知らぬではいられない」。
如寅月己亥日占收貨得頤卦。兄弟寅木′,兄弟寅木′;父母子水″,父母子水″;妻財戌土″世,妻財戌土″世;妻財辰土″,妻財辰土″;兄弟寅木″,兄弟寅木″;父母子水′應,父母子水′應。古以財爻衰者宜收貨,此卦辰戌之財衰而不遇生扶,謂之無根,將來終不得價,不可收買,但求問者不聽,後來存貨堆積四年,朽壞大半,大虧其本。
寅月己亥の日に貨物の買入れを占い、山雷頤の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、兄弟の寅木(陽爻)、父母の子水(陰爻)、妻財の戌土(陰爻)が世に就き、妻財の辰土(陰爻)、兄弟の寅木(陰爻)、父母の子水(陽爻)が応に就く。古法は財爻の衰弱する時は貨を収めるに宜しいと言うが、この一卦では辰・戌の二支の土財が寅月のうちに衰弱し、また何の生扶も得ない。これを「无根」と言う。将来は終に好い価で売れず、買い入れるべきではなかった。惜しいことに卦を問うた人は聴かず、後にこの荷は四年堆れて大半が朽ち壊れ、元手はひどく損なわれた。
貨有定時,須憑時令,物無定者,指利而占。定時者有貴賤之時也,比之麻葛得價於夏令,棉花得價於冬天,又如木料綢緞無定時也。財化進神不可收積,化退者,其價將落,有貨速宜出脫。兄爻持世,破敗之端;覺子曰:算甚命,問甚卜,虧人是禍,財將義取者,神告顯然。財之不義者,神不告矣。
ある貨物には定まった行市の時節があり、それは時令に凭って断ずる。定まった時節のないものは、獲利の如何を指して占う。「定时有」とは、それに貴と賤の季節があることを言う。たとえば麻布・葛布は夏に価が売れ、棉花は冬に価が売れる。また木料・綢緞のごときは、定まった時節がない。財爻が進神を化すればこれ以上収め囤えてはならない。財爻が退神を化すれば価はまさに下がらんとする。手に貨ある者は速やかに脱手すべきだ。兄爻が世に就くは破敗の開端である。増删者の李文輝(覚子)は自ら述べる。「何の命を算え、何の卜を問おうか。人を亏負すること自身が禍である。財を取るに道義に合すれば、神明は自ずと明白に告げる。もし不義の財を取るなら、神明は肯んじて告げない」。
財值旺衰墓絕,自有得令之秋,妻逢沖破伏空,豈無乘除之日。財爻太旺旺者得利於墓庫之月,休囚者出脫於生旺之時,入墓必待沖開,逢絕當逢生旺,月破者填實之,被克者沖去克神之秋,伏藏者得價於出現之時,旬空者沖空實空之月,如逢合住亦待沖開。
財爻は当旺・衰弱・入墓・逢絶を論わず、おのずとそれが当令する時節がある。財爻はたとえ冲され破され伏蔵し落空しても、総じて消長し転機する日子がある。財爻が太旺なら、利を得るのはそれが墓庫に入る月份である。財爻が休囚なら、出脱するのはそれが生を得旺を得る時である。入墓したものは必ず冲して墓庫を開くを待ち、逢絶したものは長生に遇い旺を得る時に応じ、月破のものは填実の月を待ち、剋されたものは剋神を冲し去る時を待ち、伏蔵したものはそれが出現する日を待ってこそ価が売れ、旬空のものは空を冲するか填実する月に応じる。もし合い住せられれば、同じく冲開を待たねばならない。
如子月己丑日占何時得價得歸妹之兌。父母戌土″應,父母未土″世;兄弟申金″動,兄弟酉金′;官鬼午火′,子孫亥水′;父母丑土″世,父母丑土″應;妻財卯木′,妻財卯木′;官鬼巳火′,官鬼巳火′。斷曰:卯木財爻子月生之,財有根蒂,目下不得價者,被申金動而剋制,待寅月沖去申金,其價必漲,果於正月勃然大長,此乃財爻被克待沖去克神之月。
子月己丑の日に、貨物がいつ価を売れるかを占い、雷沢帰妹の卦を得て兌為沢の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、父母の戌土(陰爻)が応に就き、兄弟の申金(陰爻)が発動、官鬼の午火(陽爻)、父母の丑土(陰爻)が世に就き、妻財の卯木(陽爻)、官鬼の巳火(陽爻)である。変じた兌の卦の六爻は順に、父母の未土が世に就き、兄弟の酉金、子孫の亥水、父母の丑土が応に就き、妻財の卯木、官鬼の巳火である。野鶴老人は断じた。「二爻の卯木財爻は子月の水に相生を得て、財は根を有する。目下価を売れないのは、五爻の申金の発動に剋制されているからだ。寅月に至って申金が冲し去られれば、価は必ず騰がる」と。後に果たして正月に価は猛り騰がった。これはまさに財爻が剋され、剋神を冲し去る月を待つ例である。
財逢合而當令。遇合者有應動而逢合之月而得價也。亦有財爻衰靜,占時得遇日月生合者,其價目下正及時也。如寅月己酉日占脫貨於何時得賁卦。官鬼寅木′,官鬼寅木′;妻財子水″,妻財子水″;兄弟戌土″應,兄弟戌土″應;妻財亥水′,妻財亥水′;兄弟丑土″,兄弟丑土″;官鬼卯木′世,官鬼卯木′世。
財爻が合に逢いかつ当令すれば、価は至る。いわゆる逢合とは、あるものは財爻の発動して合に遇うその月に応じてこそ価を売れ、あるものは財爻が衰弱・安静にして占卦の当時ちょうど日辰月建の来て生し合するを得れば、目下こそ好機である。寅月己酉の日に貨物がいつ脱手するかを占い、山火賁の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、官鬼の寅木(陽爻)、妻財の子水(陰爻)、兄弟の戌土(陰爻)が応に就き、妻財の亥水(陽爻)、兄弟の丑土(陰爻)、官鬼の卯木(陽爻)が世に就く。
斷曰:亥水財爻,酉日生之,寅月合之,目下正及時也。但因世爻暗動,身動方可出脫。彼曰:我聞某處得價,欲移貨去賣,不知可否?余曰:卦已明現,速宜行之,果去,不數日,得價出脫。此乃爻逢六合,財逢月合,及時脫貨也。財逢沖而當起;財旺而靜或旺而空得今日之日神沖者,其價漸漸漲矣;倘若靜而休囚,日沖為破,勿以此斷。
野鶴老人は断じた。「三爻の亥水財爻は己酉日の金に生を得て、また寅月と相合す。目下まさに貨を脱する好時である。ただ世爻の卯木が酉日に冲されて暗動しているゆえ、人は自ら一たび奔走してこそ売り得られる」と。彼は言った。「某所に価が好いと聞き、貨を運んで売りたいが、可なりや」と。私は言った。「卦の上に明らかに顕れている。速く行け」と。彼は果たして行き、数日ならずして好い価で売れた。これは爻が六合に逢い財がまた月建と相合し、ちょうどその時に当たって貨を脱した例である。財爻が冲に逢い価が起つ——財爻が旺で安静なら、あるいは旺で落空していても、当の日辰が来て冲すれば、価は漸漸騰がる。もし財爻が安静でかつ休囚なら、日辰が一冲すれば「破」となる。この条に照らして断じてはならない。
貨を売るに守るべきか動くべきか章第七十四
內財衰而外財旺,往他鄉。外卦財旺生合世爻者,持世者,宜往他鄉;倘若財不生合世爻及世動化凶者,他鄉花如錦,我去不逢春。應財外而世財內,須查動靜;應爻以外財爻持世者,最好收財,必須待應爻發動而與世爻相生相合,不然的話,應財再旺,我也收不到好處。
内卦の財が衰えて外卦の財が旺なら、外郷へ行って売買すべきだ。外卦の財爻が旺相でかつ世爻を生合しに来るか、あるいは外卦の財がそのまま世に就くなら、他郷へ往くに宜しい。もし財爻が世爻を生合せず、あるいは世爻が発動して凶に変ずるなら、それは他郷に繁花が錦のごとくでも、我が往って春に追いつけぬのである。財が応爻・外卦にあり、世爻の財が内卦にあるなら、動と静を見るべきだ。応爻の外にまた財爻が世に就くは、もともと財を収めるに最も利あるが、必ず応爻の発動して世爻と相生相合するを待たねばならない。然らざれば、応爻の上の財がどれほど旺でも、我はその好処を得られない。
六沖須宜別圖,六合還宜坐守。卦得六沖,雖宜改圖,余屢試之財旺者何須更改,財衰者改亦無益。野鶴曰,凡得此象,須令本人再占,占問更改何如?卦得財世兩旺,許之改圖,再逢衰者還須耐守。卦得六合,亦看財爻衰旺,財持世而動者,不可坐守,衰而靜者,守待旺時可也。
六冲を占い得れば別に打算を立てるべきで、六合を占い得ればなおもと处に守るが宜しい。卦が六冲を得れば、説のごとく弦を改め張を更えるべきだが、野鶴老人は自ら述べる。「私は屡々試してきたが、財爻が旺なら何を改める必要があろう。財爻が衰なら改めても好処はない。およそこの卦象に遇うたら、本人に別に一卦を占わせ、あげて『門路を改換するは如何』を問わせるべきだ。新しい卦で財爻と世爻がともに旺なら、改図を許す。もし依然として衰弱なら、やはり耐えて守り続けねばならない。六合を占い得ても、財爻の衰旺を見るべきだ。財爻が世に就きかつ発動するは坐守すべからず。財爻が衰弱で安静なら、守ってその旺に転ずるを待てばよい」。
財衰變旺,先屈後生,財旺變衰,先金后土。謂財爻動而變也,財衰變旺,目下雖賤,將來必長。財旺而變衰絕,如若賣貨宜於急賣,倘若收貨,切不可收。買貨與賣貨相反,財爻旺而可賣,衰者宜買,內卦財衰,宜於外賣,世爻財旺,近地相宜,財化進神,宜往外方發賣,世爻化退,宜回近地出脫。
財爻が衰から旺に変ずるは、先に屈を受けて後に伸ぶを得るのである。財爻が旺から衰に変ずるは、先には値があって後には泥土のごとく賤くなる。これは皆財爻が発動して変化あることを言う。財が衰から旺に変ずるは、目下価は賤くても将来必ず騰がる。財が旺で衰絶に変ずるは、貨を売るなら急いで脱手すべきで、貨を収めるなら断じて収めてはならない。買と売の道理はちょうど相反する。財爻が旺なら売れる、財爻が衰なら買うが宜しい。内卦の財が衰なら、外地へ行って売るが宜しく、世爻の上の財が旺なら、近き处に交易するが宜しい。財爻が進神を化するは、遠くへ往って発売するが宜しく、世爻が退神を化するは、近地に回って出脱するが宜しい。
いずれの方へ往いて売買するか章第七十五
屢次試驗都須指明方向才能占卜。如午月戊子日占往楚買豆得臨卦。子孫酉金″,子孫酉金″;妻財亥水″應,妻財亥水″應;兄弟丑土″,兄弟丑土″;兄弟丑土″,兄弟丑土″;官鬼卯木′世,官鬼卯木′世;父母巳火′,父母巳火′。
多次の試験を経て、この類の占問はみな具体の方向を指し明らかにしてこそ霊なるを得た。午月戊子の日に楚地へ往って豆を買うを占い、地沢臨の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、子孫の酉金(陰爻)、妻財の亥水(陰爻)が応に就き、兄弟の丑土(陰爻)、兄弟の丑土(陰爻)、官鬼の卯木(陽爻)が世に就き、父母の巳火(陽爻)である。財爻の亥水は外卦の応位に居り、世爻の卯木は内卦にあり、日辰の子水はまさに世を生じに来る。この数点が断語の拠るところである。
斷:亥水財爻休囚於外,所以楚地豆子必賤,子水日建而生世爻,必能得厚利。但閒間爻兄弟月生日合,耗費的錢一定多。後果中間人作弊,告到官府,誤了一個月。幸好到地頭上價格上漲,果然得了厚利。此乃指其地而占者無不驗也。
野鶴老人は断じた。「亥水財爻は外卦にあって午月に休囚す。見るべし、楚地の豆価は必ず廉い。戊子日の子水日建はまた世爻を生じに来る。この行きは必ず厚利を得られる。ただ中間の閑爻は兄弟の丑土で、午月の相生を得、また子日と相合す。兄爻がすでに旺なら、路上の花費は必ず少なからぬ」と。後に果たして中間人に手を回され、官府に閙えて官事を打ち、一月を耽误した。幸いに目的地に到りて価が騰がり、終に厚利を得た。これが地点を指し明らかにして占えば応えぬことなき例である。
いかなる貨を買うを吉とするか章第七十六
古以金財而像珠寶玉石,水財以類魚鹽,火財陶冶東品,五穀為土財,青龍水利又兼喜慶之用,白虎金財,喪儀屠宰之物,玄武水利,朱雀火宜,蛇利於出入,勾陳利於農工。如未月戊申日占往粵東探親可帶何貨歸來得利得旅卦。兄弟巳火′,兄弟巳火′;子孫未土″,子孫未土″;妻財酉金′應,妻財酉金′應;妻財申金′,妻財申金′;兄弟午火″,兄弟午火″;子孫辰土″世,子孫辰土″世。
古法は金に属する財を珠宝玉石に比し、水に属する財を魚塩に比し、火に属する財を陶冶焼造の物に比し、五穀は土財と算える、とした。また青竜は水上の利を主り併せて喜慶の用品を兼ね、白虎は金財に属して喪儀と屠宰の物を主り、玄武は水利を主り、朱雀は火類に宜しく、螣蛇は販運の出入に利あり、勾陳は農事工作に利ありとした。未月戊申の日、ある人が粤東へ往って親を訪い、何の貨を帯びて帰れば利を得られるかを占い、火山旅の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、兄弟の巳火(陽爻)、子孫の未土(陰爻)、妻財の酉金(陽爻)が応に就き、妻財の申金(陽爻)、兄弟の午火(陰爻)、子孫の辰土(陰爻)が世に就く。
斷曰爻逢六合,世應相生,此行遂意,如問置實何貨,餘無此法,不敢相誤,但喜既得吉卦,任爾冬天買扇,夏天買氈亦得厚利。後此人買攢香翠毛而歸,俱得大利。若執古法斷者,此卦酉金為財可買珠寶玉石耶?財臨玄武,可買水利魚鹽耶?
野鶴老人は断じた。「爻は六合に逢い、世応もまた相生す。この一たびは必ず心に叶い意に如う。いかなる貨を置き办うべきかを問うに至っては、私にその法門はなく、敢えて乱に言って人を誤らん。ただ吉卦を占い得た以上、冬に扇を買いに行こうが夏に毡毯を買いに行こうが、同じく厚利を得られる」と。後にこの人は攒香と翠羽を買って帰り、いずれも大利を獲た。もし古法に死に就いて断ずれば、この卦の財爻は酉金なり。されば珠宝玉石を買うべきか。財爻の上はまた玄武に臨む。されば魚塩の水貨を販ぐべきか。
借貸の章第七十七
世逢兄,何須開口,應空破,難遂我心,財若空破,休指望。子興財發可相求,世應兩爻皆不宜月破旬空,兄弟一爻切不可臨身及動。如未月丁卯日占借貸得兌之震。父母未土″世,父母戌土″世;兄弟酉金′動,兄弟申金″;子孫亥水′,官鬼午火′;父母丑土″應,父母辰土″應;妻財卯木′動,妻財寅木″;官鬼巳火′,子孫子水′。斷曰兌卦屬金變震卦屬木,金克木為財,卯木財爻化退神酉金兄動亦化退神,幸得財臨日辰旺而不退,明日辰日合住酉爻必得,果於辰日。
世爻の上に「兄弟」が臨めば、口を開いて借りに及ばず。応爻が落空・遇破すれば、我が心願を遂げがたい。財爻が落空・遇破すれば、さらに指望するな。ただ「子孫」が興り「妻財」が発動してこそ求借に行ける。世・応の二爻はいずれも月破・旬空が宜しくなく、兄弟の一爻はさらに身に臨みあるいは発動することを切に可ならずとす。未月丁卯の日に借貸を占い、兌為沢の卦を得て震為雷の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、父母の未土(陰爻)が世に就き、兄弟の酉金(陽爻)が発動、子孫の亥水(陽爻)、父母の丑土(陰爻)が応に就き、妻財の卯木(陽爻)が発動、官鬼の巳火(陽爻)である。変じた震の卦の六爻は順に、父母の戌土が世に就き、兄弟の申金、官鬼の午火、父母の辰土が応に就き、妻財の寅木、子孫の子水である。野鶴老人は断じた。「兌の卦は金に属し、変出した震の卦は木に属す。金は木を剋し得るゆえ、木はこの卦の財である。卯木財爻が動いて寅木を化出するは退神を化し、酉金兄爻が発動して申金を化出するも退神を化す。幸いに財爻の卯木はちょうど丁卯日の日辰に臨み、旺にして退かず、明日辰の日は辰と酉が合して酉金の兄爻を合い住すれば、銭は必ず借りられる」と。後に果たして辰の日に借り得た。
債を放ち債を索める章第七十八
兄臨世,放則無歸。兄弟爻持世,索財不予。應鬼克身,防負義。應財生世,定懷忠。古以世應同人,放債必然連本折,謂不獨世臨兄弟忌之,應臨兄者亦忌。官鬼克身,美意終成惡意。
「兄弟」爻が世の位に臨めば、銭を放ち出せば収め回ることができない。兄弟爻が世に就けば、帳を討りに行っても人は肯んじて還さない。応爻の上の「官鬼」が世身を剋しに来るは、相手が信を背き義を負るを防ぐべきだ。応爻の上の「妻財」が世爻を生じに来るは、相手が必ず誠意を懐くのである。古法は世・応の两处がともに同一の爻(ともに兄弟に臨む)なら、債を放てば必ず本銭さえ折り尽くすと言う。その意は、ただ世爻が兄弟に臨むを忌むのみならず、応爻が兄弟に臨むも同じく忌むべし、ということだ。官鬼が世身を剋しに来るは、一片の好意が終にかえって怨仇となるのである。
六畜を売買する章第七十九
山野獸禽,須尋福德。六畜牛犬,亦看子孫。不拘家禽野獸皆以子孫為用神,末看財爻持世,子動生之,或日月動爻生財或財動化子孫,乃吉象也。不拘買賣畜禽,多多益善,大有利息。子孫持世,財爻合世,亦有利益。獨防鬼變子孫,子孫變鬼,父化子,子化父,父兄持世,財臨空破,不可行之。
山野の禽獣は、「子孫」爻の上に消息を求めるべきだ。牛犬の類の六畜も、同じく子孫爻を見る。家禽であれ野獣であれ、いっさい子孫を「用神」とし、其次に財爻が世に就くかどうかを見る。子孫が発動して財を生じに来るか、日辰・月建・動爻が財を生じに来るか、財爻が発動して子孫を化出すれば、皆吉象である。こうあれば買うも売るも、牲畜・禽鳥は多いほどよく、獲利はきわめて厚い。子孫が世に就き財爻が世に合しに来るも、同じく利あり。ただ鬼爻が子孫を変出し、子孫が鬼爻を変出し、および父が子を化し子が父を化するを防ぐべきだ。もし「父母」または「兄弟」が世に就き、財爻がまた落空・遇破すれば、この売買は為すべからざるものである。
如丑月丁卯日買馬往南發賣 得鼎之大有。兄弟巳火′,兄弟巳火′應;子孫未土″應,子孫未土″;妻財酉金′,妻財酉金′;妻財酉金′,子孫辰土′世;官鬼亥水′世,父母寅木′;子孫丑土″動,官鬼子水′。斷曰:內卦子孫雖臨月建,不宜動而變鬼,外卦未土子孫,又臨月破,不宜買,幸而間爻酉財暗動生世,馬雖多死,財不致於大耗,後果買馬七十餘匹,一路多死,僅存二十八匹,幸而得價不然大虧其本。
丑月丁卯の日、ある人が馬を買って南方へ運び発売せんとし、火風鼎の卦を占い得て火天大有に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の巳火(陽爻)、子孫の未土(陰爻)が応に就き、妻財の酉金(陽爻)、妻財の酉金(陽爻)、官鬼の亥水(陽爻)が世に就き、子孫の丑土(陰爻)が発動する。変じた大有の六爻は順に、兄弟の巳火が応に就き、子孫の未土、妻財の酉金、子孫の辰土が世に就き、父母の寅木、官鬼の子水である。野鶴老人は断じた。「内卦初爻の子孫丑土はちょうど丑月の月建に当たるが、惜しいかなそれが発動して子水の鬼爻を変出した。外卦五爻の未土子孫はまた丑月に冲破された。ゆえにこの馬は買うべきではない。幸いに中間の酉金財爻が暗動して世爻を生じに来る。馬は少なからず死ぬが、銭財は大耗に至らない」と。後に果たして七十余匹の馬を買い、一路上多くが死に、残るは二十八匹のみであった。幸いに好い価で売り出せたので、さもなくば本銭の損は大きかったろう。
博戯の章第八十
有技力,首重世應,若勝以得財者,兼用財。又世喜臨於日月,財宜日月生扶,世爻動而化吉,應帶財而生世,皆我勝。世財休囚空破或被刑沖剋害,及卦中父動者,多破其財。如巳月戊申日占鵪鶉 得漸之巽卦。官鬼卯木′應,官鬼卯木′世;父母巳火′,父母巳火′;兄弟未土″,兄弟未土″;子孫申金′世,子孫酉金′應;父母午火″動,妻財亥水′;兄弟辰土″,兄弟丑土″。
およそ技芸・気力を比試する博戯は、まず世爻と応爻を見る。もし勝ち取って銭を贏ることを靠むなら、兼ねて「妻財」爻を見る。世爻は最も日辰月建に臨むを喜び、財爻は日月の生扶を得るが宜しく、世爻が発動して吉を化し、応爻が財を帯びて世を生じに来れば、これらは皆我が方の獲勝を主る。世爻または財爻が休囚・落空・遇破するか、刑冲剋害され、および卦中に「父母」爻が発動するは、多くは銭を輸す。巳月戊申の日に鶉の斗いを占い、風山漸の卦を得て巽為風の卦に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、官鬼の卯木(陽爻)が応に就き、父母の巳火(陽爻)、兄弟の未土(陰爻)、子孫の申金(陽爻)が世に就き、父母の午火(陰爻)が発動、兄弟の辰土(陰爻)である。変じた巽の卦の六爻は順に、官鬼の卯木が世に就き、父母の巳火、兄弟の未土、子孫の酉金が応に就き、妻財の亥水、兄弟の丑土である。
斷曰:子孫持世以臨日辰,父爻雖動,亥水制之,獨不宜亥為月破,雖可制火,今日巳午時切不可斗。彼曰:何也?余曰:巳午時午火父母得令,必克子孫,果於早勝,午時又大敗破財。
野鶴老人は断じた。「子孫の申金が世に就き、またちょうど戊申日の日辰に臨む。二爻の午火父母が発動するも、変出した亥水に制せられる。ただ一つ好くないのは亥水がちょうど巳月の月破に当たることで、それは火を制し得るも力量は到底有限だ。ゆえに今日巳時・午時に至れば決して斗うべからず」と。彼は何故かと問い、私は言った。「巳・午の二時はまさに午火父母の当令する時で、必ず子孫を剋傷する」と。後に果たして朝のうち連勝し、午時に至って大いに敗れて銭を輸した。
会を請い会を摇ぐ章第八十一
請會須宜財旺,更宜世應相生。卦遇六沖,財雖旺而不久。六沖變合,世應相剋亦成。六合變沖,有始無終。財逢絕破,速宜止之。搖會得否,旺財持世必得。如占何時可得,財破財空填實之日,財若伏藏,出現之日。財太旺者,逢墓之日。財衰絕者,逢相生之日。倘得財化回頭之克及衰靜而逢空破又土遇六沖者,會場必散,終無得會之日矣。
合会(民間が輪番に資を集める銭会)を発起するは、財爻の旺相が宜しく、さらに世爻と応爻の相生するが宜しい。卦が六冲に遇えば、財爻は旺でも長からず。六冲が六合に変ずるは、たとえ世応が相克してもなお成り得る。六合が六冲に変ずるは、始めあって終わりなし。財爻が絶に逢い破に逢うは、急いで手を止めるべきだ。摇会に会を得るか否かを問うに至っては、旺相の財爻が世に就きさえすれば必ず得られる。いつ得られるかを問えば、財爻が破に遇い落空したものは填実の日に応じ、財爻が伏蔵したものは出現の日に応じ、財爻が太旺のものは入墓の日に応じ、財爻が衰弱して逢絶したものは生を得る日に応ずる。もし財爻が回頭剋を化出するか、衰弱・安静にしてまた落空・遇破し、さらに卦が六冲に逢うなら、この会は必ず散夥し、終に会を得る日なし。
険を冒して財を求むる章第八十二
覺子曰:古以青龍財爻為吉,餘以此非營生之本,乃喪心之事也。行此喪心之事,亦敢告之於神耶?既告之於神而神若以吉凶而報者,乃神之教人而作喪心之事也,可謂之大道之易卦耶?可謂之伏羲之大神耶?然不獨此,凡占非禮非義之事,不忠不孝之謀,一念之惡,神隨知之,即不告之於神,亦遭天譴。書曰:惠迪吉,從逆凶,何須問卜?
増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。古人は青竜が財爻に加臨するを吉となしたが、私は、铤而走険して財を求めるはもとより正当の営生ではなく、良心を喪い尽くした業だと思う。この種の良心を喪った事をなして、なお敢えて神明に禀告するか。神明に禀告した以上、神明がなお吉凶をもって答えを垂れるなら、それは神明が人に良心を喪う事を教えるに等しく、これをなお大道の《易》卦と呼ぶことができようか。伏羲の伝えた大神と呼ぶことができようか。何も険を冒して財を求める一事に限らない——およそ非礼非義の事、不忠不孝の謀を占うものは、心に一念の悪を動かしただけで、神明はすでに知る。神明に告げずとも、同じく天譴を受ける。《尚書・大禹謨》に「正道に順えば吉、逆理に従えば凶」とある。この種の事は、また何ぞ卜に問うまでもない。
婚姻の章第八十二
覺子曰:男家占女,不拘父母親朋而代占者,無不以財為用。女家占男,皆以官為用。用官者,官有生扶。用財者,財爻旺相,即許婚。今見古今諸書文,以財旺傷克父母爻,不知宜財之旺而為吉也?宜財不旺而為吉也?或曰:黃金策云,翁姑不睦,皆因妻位交重。海底眼曰:財動喪雙親。易冒亦曰:妻財動父母參商。俱以財動傷克父母,未說旺也。
増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。男家が女方を占うは、父母であれ親友の代占であれ、「妻財」爻を以て「用神」とせざるはない。女家が男方を占うは、いっさい「官鬼」爻を以て用神とする。官爻を用うるは官爻に生あり扶あるを要し、財爻を用うるは財爻の旺相を要する——備わればこの親事を許す。しかるに今、古今の各家の書を見るに、みな財爻が旺なれば父母爻を傷剋すると言う。さては財の旺を吉とするか、財の旺ならざるを吉とするか。ある人は挙証して言う。《黄金策》には「公婆と媳婦の和睦せざるは、皆妻位の重重に現わるるに因る」とあり、《海底眼》には「財爻の発動は双親を喪う」とあり、《易冒》にも「妻財一たび動けば父母は便ち参商の二星のごとく相見えず」とあると。これらは皆ただ財の「動」が父母を傷剋すると言うのみで、財の「旺」が傷むとは言っていない。
余曰:動能傷父母,旺則不能傷耶?假令春天占卦,財爻屬木,謂之女命旺而可取,但父母爻定然屬土,如此當權得令之財爻不克休囚之父母耶?何必曰動?殊不知者人言動而不言旺者,正恐後人駁論,所以不言其旺,不得己而言動也,豈知亦被看破。
私は答えて言う。財爻の発動が父母を傷み得るなら、財爻が当旺なれば傷められぬとでも言うのか。譬えば春に卦を占して財爻が木に属すれば、木は春に当令し、彼らの説に照らせばこれは女方の命が旺で娶るべきだという。しかしこの時父母爻は必ず土に属し、土は春に休囚する。かくのごとく権を当て令を得た財爻が、休囚して気なき父母を剋さぬことがあろうか。何ぞ必ず「動」と言わざるを得んや。実はあの人々が「動」のみを講じて「旺」を講ぜぬは、まさに後人が話柄を捉えて駁するを恐れ、ゆえに「旺」の字を避けて已まず「動」のみを言う——どうしてこの一点の心思も、すでに人に見抜かれているとは知らないのだ。
或曰:據爾之論,何以為法?余曰:分占之法也。先要財官旺相,既得吉卦,再占妨克父母,是其法也。黃金策專以應為妻位,易冒亦以應為妻,欲其旺相乃為賢良發福之女,又以應為女家父母,謂之應爻旺相,必是富貴之家,若休囚必宅貧寒之宅。執此論,則旺相賢良之女皆出於富貴之家?種種悖謬,餘不知何以千百年來竟無一人道破。
ある人が問う。汝の説によれば、いかなる法を用いるべきか。私は言う。「分占」の法を用いる。まず一卦を占し、財爻・官爻の旺相を要す。すでに吉卦を得たら、更に別に一卦を占して、あげて父母を妨剋するか否かを問う——これがすなわち法である。《黄金策》はあげて応爻を以て妻位となし、《易冒》もまた応爻を以て妻とし、応爻の旺相をもってこそ賢良にして福ある女子と言う。しかしそれはまた応爻を以て女方の父母となし、応爻が旺相なれば必ず富貴の家に出、応爻が休囚なれば必ず貧寒の門戸と言う。この套の説に照らせば、さては旺相にして賢良の女子はみな富貴の人家に出るというのか。種々の荒謬、私は千百年来竟に一人もそれを点破する者なきを解せない。
男卜女,姻財要旺。女占男,配鬼宜興。男家代占女,專以財為用神,以應爻為女家,財宜旺相動而化吉,應爻不宜空破又克世爻。女家代占男,專以官為用神,以應爻為男家,宜官生旺相動而化吉,應爻不宜空破墓絕,不宜克世。男人自占妻者,亦以財爻為用神,以應爻為女身,財與應爻皆宜生世持世合世,必忌破墓絕空。
男方が女方を占うは、婚姻上の財爻は旺を要す。女方が男方を占うは、配偶の属する鬼爻は興を要す。男家が人に代わりて女方を占うは、あげて「妻財」を以て「用神」とし、応爻を以て女家に代表せしむ。財爻は旺相・発動して吉を化するを宜しとし、応爻は落空・遇破を宜しとせず、さらに世爻を剋しに来るを宜しとせず。女家が人に代わりて男方を占うは、あげて「官鬼」を以て用神とし、応爻を以て男家に代表せしむ。官爻が生を得て旺相し、発動して吉を化するを宜しとし、応爻は落空・遇破・入墓・逢絶を宜しとせず、また世を剋するを宜しとせず。男子が自ら妻室を占うも、同じく財爻を以て用神とし、応爻を以て女子本身に代表せしむ。財爻と応爻はいずれも世を生じ、世に就き、あるいは世に合するを宜しとし、最も遇破・入墓・逢絶・落空を忌む。
財旺生身,應值破空當取,應爻生世,財爻破絕勿求。野鶴曰:財爻應爻同來生合世爻者更吉,大抵以財爻為重,他爻為附和耳。黃金策曰:應為白髮之妻,重應而又重財,謬也。
財爻が旺相にしてまた世身を生じに来るは、たとえ応爻がちょうど月破・旬空に逢うとも、この親事は娶るべきだ。反対に、ただ応爻が世を生じても財爻が遇破・逢絶するは、求めに行くな。野鶴老人が自ら述べる。「財爻と応爻がともに来て世爻を生合するが最吉。大体はなお財爻を主とし、他の各爻はせいぜい陪衬に過ぎない。《黄金策》は応爻が白頭偕老の妻を代表すと言い、応爻をも重んじ財爻をも重んじて両頭を要す——これは誤りである」。
子月癸酉日自占婚 得恆變鼎。妻財戌土″應動,子孫巳火′;官鬼申金″,妻財未土″應;子孫午火′,官鬼酉金′;官鬼酉金′世,官鬼酉金′;父母亥水′,父母亥水′世;妻財丑土″,妻財丑土″。斷曰:酉官持世,戌土財爻動而生世,又得世應相生,戌土雖值旬空,動不為空,明日出空之日,求之必允,果於次日巳時允婚,夫妻白頭相守,兒女成行。
子月癸酉の日、ある人が自ら婚事を占い、雷風恒の卦を得て火風鼎に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、妻財の戌土(陰爻)が応に就き併せて発動、官鬼の申金(陰爻)、子孫の午火(陽爻)、官鬼の酉金(陽爻)が世に就き、父母の亥水(陽爻)、妻財の丑土(陰爻)である。変じた鼎の卦の六爻は順に、子孫の巳火、妻財の未土が応に就き、官鬼の酉金、官鬼の酉金、父母の亥水が世に就き、妻財の丑土である。野鶴老人は断じた。「酉金官爻が世に就き、上爻の戌土財爻が発動して世を生じに来る。世応もまた互相生助す。戌土は旬空に正しく当たるが、発動の爻は空となさず、明日はまさにそれが出空の日だ。往いて親を求めば必ず応允す」と。後に果たして翌日巳時に婚を許され、この夫婦は白頭偕老し、児女は群を成した。
又如寅月丙午日女家代占婚 得臨之既濟卦。子孫酉金″,妻財子水″應;妻財亥水″應動,兄弟戌土′;兄弟丑土″,子孫申金″;兄弟丑土″動,妻財亥水′世;官鬼卯木′世動,兄弟丑土″;父母巳火′,官鬼卯木′。
また寅月丙午の日、女家が娘に代わりてこの婚事を占い、地沢臨の卦を得て水火既済に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、子孫の酉金(陰爻)、妻財の亥水(陰爻)が応に就き併せて発動、兄弟の丑土(陰爻)、兄弟の丑土(陰爻)が発動、官鬼の卯木(陽爻)が世に就き併せて発動、父母の巳火(陽爻)である。変じた既済の六爻は順に、妻財の子水が応に就き、兄弟の戌土、子孫の申金、妻財の亥水が世に就き、兄弟の丑土、官鬼の卯木である。女家が男を占うは、官爻の卯木を以て用神とし、応爻の亥水が男家を代表す。この一卦の関鍵は、応爻の亥水が発動して戌土を化出し、回頭して来て剋するに在り。
覺子曰:女家占男,以官為用,以應爻為男家,此古法也,亦死法也,斷卦之時,須要人之活變,未必全得顯而易見者,即如此卦,女家占男,卯木旺官持世,其婚必成,而應爻受克,又為男家不允,似此何以決之,要知財官為重,世應為輕,雖是女家占男,亦要財爻不致於換陷,此—卦也,男女二人財被回頭克又逢丑土之克,如何能生卯木之官?男女不能相合相生,婚雖成終有他變,後果聘定於四月,未及成婚被賊兵劫去,應巳月者亥水逢月破也。
増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。女家が男を占うに官爻を以て用神とし応爻を以て男家とするは、古法であり、また死法である。断に臨んではなお人の霊活な変通を靠み、事は必ずしも皆明面に擺られているわけではない。この一卦を取って言えば、女家が男を占い、卯木の旺官が世に就けば、理に照らせばこの婚事は必ず成る。しかし応爻は剋を受け、また男家が肯んじて応ぜざると断ずべきだ——このように両頭が矛盾して、どう定奪するか。知るべし、財爻・官爻を重とし、世爻・応爻を軽とす。たとえ女家が男を占うとも、財爻に陥落あるか否かを見なければならない。この一卦の中、男女双方の係わる財爻の亥水は、すでに変出した戌土に回頭剋され、また丑土の剋を受ける。どうして卯木官爻を生じに行けよう。男女の間、相合・相生し得ざれば、婚事はたとえ説き成しても、終に別の変故を出す。後に果たして四月に聘を下したが、成親に及ばぬうち、女子は賊兵に擄われた。巳月に応じたは、亥水がちょうど巳月の月破に当たるがゆえである。
財值休囚破散,終非舉案之姻。官逢衰墓絕空,難遂齊眉之願。財爻官爻不宜墓絕空破,又不宜動而化破化散化克化鬼,乃夭折貧寒之合。男占忌財爻犯之,女占忌官爻犯之。男女自占,世爻忌犯,參商難免。世爻空亡,動化退,終須失望。動而空者實空之月日必成,靜而空者終不成也。世動化進神,事在必成。若化退神,終須難就。應爻靜而空破及化退神,亦同此推。
財爻がもし正しく休囚・遇破・散気に値すれば、終に挙案斉眉の良縁ではない。官爻がもし衰弱・入墓・逢絶・落空すれば、また白頭偕老の心願を遂げがたい。財爻・官爻はいずれも入墓・逢絶・落空・遇破を宜しとせず、また発動して破を化し散を化し剋を化し鬼を化するを宜しとせず、それは夭折あるいは貧寒の姻縁である。男方が占うは財爻がこれらの病を犯すを忌み、女方が占うは官爻がこれらの病を犯すを忌む。男女が自ら占うは、すなわち世爻が犯すを忌み、犯せば参・商の二星のごとく各々東西に分かれるを免れない。世爻が旬空に落ち、あるいは発動して退神を化するは、終に失望す。世爻が発動して落空するは、填実の月日に到ればなお成り得、安静にして落空するは、すなわち終に成らず。世爻が発動して進神を化するは、事は必ず成る。もし退神を化せば、終に成就しがたい。応爻が安静にして落空・遇破し、および退神を化するも、これに照らして類推せよ。
應一何空,財化進,夙有良緣。應空他人不實,若動化退神,必有退悔之心,若得財爻動化進神而生世者,雖見退悔,終是良緣。若世應動而破者。亦應實破之時、世應皆空多費力,反吟多變事難成。世應俱空,皆無準實,反吟卦變,反覆難成。野鶴曰:倘得空而逢旺財鬼相生,先雖不允,後終還成。
応爻が落空するも、ただ財爻が進神を化すれば、依然として宿世の良縁である。応爻が落空するは、相手が実在せざるを明らかにし、もし応爻が発動してまた退神を化すれば、あの相手は必ず反悔の心を存す。しかし財爻が発動して進神を化しまた世を生じに来るなら、たとえ相手が一時反悔しても、終に良縁である。もし世爻・応爻が発動して遇破するは、また填実・月破の時に応ずる。世爻・応爻がともに落空すれば、気力を多く費やす。反吟を占い得れば変故多く事成りがたい。世応ともに空なれば、両辺ともに准実なし。反吟の卦と卦の変じて反吟となるは、反反復復して成ること難し。野鶴老人が自ら述べる。「もし落空しながらまた旺相の財爻・鬼爻が来て相生するに逢えば、それならば先には応ぜずとも、最後に依然として成り得る」。
男占兮兄動,卦中非配偶。兄爻持世或兄動,乃傷妻阻隔之神,此婚必難成,已成者,遇此不免刑傷。覺子曰:兄爻持世,若得財爻動來相合,此婚必成。世兄爻化出財爻,此婚亦能成。女占兮官爻持世是良緣。女占男不宜子孫持世發動,子孫乃傷夫之神,未成者不成,已成者傷夫再嫁。惟官星持世合世生世旺相者,不獨姻緣必就,可期舉案齊眉。卦中官鬼重疊亦主再嫁。
男方が来て占うに「兄弟」が発動すれば、この卦の中はその人の配偶ではない。兄爻が世に就きあるいは兄爻が発動するは、妻を傷み阻隔する神で、この婚事は必ず説き成りがたい。すでに成親したものがそれに遇えば、また刑傷を免れない。増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。「兄爻が世に就く時、もし財爻の発動して来てそれと相合するを得れば、この婚事はなお必ず成る。世の上の兄爻が財爻を化出するは、この婚事もまた成り得る。女方が来て占うに官爻が世に就けば、便ち良縁である。女が男を占うは最も『子孫』が世に就きあるいは発動するを宜しとせず、子孫は夫を傷む神で、未だ成らざるは成らず、已に成りたるは夫を剋して再嫁す。ただ官星が世に就き、世に合し、世を生じ、かつ旺相なるのみ、ただに姻縁必ず成就するばかりでなく、なお夫妻の相敬して賓のごとくなるを指望し得る。卦中に官鬼が重重に現わるるも、また再嫁を主る」。
財官世應刑世夫妻反目。如巳月已亥日占夫妻不和將來如好否?得需之大過卦。妻財子水″,兄弟未土″;兄弟戌土′,子孫酉金′;子孫申金″世動,妻財亥水′世;兄弟辰土′,子孫酉金′;官鬼寅木′,妻財亥水′;妻財子水′應動,兄弟丑土″應。
財爻・官爻あるいは世爻・応爻が互相に世の位を刑剋するは、夫妻は必ず反目す。巳月己亥の日、ある人が夫妻の不和、将来重ねて好を修め得るかを占い、水天需の卦を得て沢風大過に変じた。本卦の六爻を上から下に言えば、妻財の子水(陰爻)、兄弟の戌土(陽爻)、子孫の申金(陰爻)が世に就き併せて発動、兄弟の辰土(陽爻)、官鬼の寅木(陽爻)、妻財の子水(陽爻)が応に就き併せて発動である。変じた大過の六爻は順に、兄弟の未土、子孫の酉金、妻財の亥水が世に就き、子孫の酉金、妻財の亥水、兄弟の丑土が応に就く。これは妻が夫を占うもので、寅木官鬼は夫の爻だが、世の上には夫を剋する子孫の申金が坐している。
斷曰:女占夫,不宜子孫持世,乃剋夫之象,幸寅木子水相生,不能傷之,所以不和,今兼應爻為夫,應逢子丑作合,夫已有外遇,水木相生,兩人情密。彼曰:果然。後如何?余曰:兩人不是姻緣,雖則不能死別,必有生離,果於次年寅月休妻,此人六月再取彼婦,應寅月者,夫臨寅木而沖世也,應六月者未土沖開初爻丑土,子水來生其寅木也。
野鶴老人は断じた。「女子が丈夫を占うは、最も子孫が世に就くを宜しとせず、それは夫を剋する象だ。幸いに初爻の子水財と二爻の寅木官が相生し、子孫は一時夫爻を傷むに及ばず。ゆえにただ不和のみである。今さらに兼ねて応爻の丈夫を代表するを見るに、応爻の子水が発動して変出の丑土と相合す。見るべし、丈夫はすでに別に外遇があり、水と木が相生して、両人の情意はまさに密である」と。あの人は言った。「果たして然り。これより後は如何」と。私は言った。「この両口子はもともと姻縁にあらず。死別に至らぬまでも、必ず生離せん」と。後に果たして翌年寅月に妻を休し、この人は六月のうちにあの外遇の婦人を娶った。寅月に応じたは、夫爻の臨む寅木が来て世爻を冲するがゆえ。六月に応じたは、未土が初爻の丑土を冲開して、子水が便ち寅木を生じに行き得るがゆえである。
旺相爻逢六合彼此同心。爻逢六合占婚最宜,更要財官旺相為吉,男忌財逢破墓,女防官位克絕,六沖變六合者更吉,眼下不允,日後必成。已成婚不和睦者,終究和美。忌六沖,卦無財官,主婚不成,勉強成之,若非死別,定是生離。六合變六沖,雖許允後必更張,已成者終須折枕。
用神が旺相にして爻がまた六合に逢えば、夫妻は必ず同心す。婚を占うは最も爻が六合に逢うを宜しとし、さらに財爻・官爻が旺相してこそ吉と算うる。男方は財爻の遇破・入墓を忌み、女方は官爻の剋され逢絶するを防ぐべきだ。六冲が六合に変ずるはさらに吉で、目下応ぜずとも、日后必ず説き成る。すでに成婚して和睦せざるも、最終にまた和美す。最も忌むは六冲で、卦中にまた財爻・官爻なければ、それは婚事の成らざる象で、勉強して成せば、死別ならぬは生離である。六合が六冲に変ずるは、一時応允するも日后必ず変故を生じ、すでに成親したるも、終に床を分かち離散せん。
占用咸臨節泰,忌逢暌革解離。覺子曰:易冒有云,卦得咸臨節泰,若不遇合沖變,雖財官衰陷隨墓助傷,皆不為凶。暌革解離,則為凶兆,雖用神全備而化合,亦不為吉,此言用神不騰於卦,驗也。曾於巳月丁卯日占婚於何時 得泰卦。子孫酉金″應,子孫酉金″應;妻財亥水″,妻財亥水″;兄弟丑土″,兄弟丑土″;兄弟辰土′世,兄弟辰土′世;官鬼寅木′,官鬼寅木′;妻財子水′,妻財子水′。
婚を占うは《咸》《臨》《節》《泰》の諸卦を得るを宜しとし、《睽》《革》《解》《離》を得るを忌む。増刪者李文輝(覚子)が自ら述べる。「《易冒》に言く、咸・臨・節・泰を占い得れば、ただ合中に冲に変ぜざるを遇えざるのみ、たとえ財爻・官爻が衰弱・失陥し、鬼に随って墓に入りあるいは財が動いて鬼を助くるとも、皆凶と算えず。もし睽・革・解・離を得れば、便ち凶兆で、たとえ用神が斉備しまた化合すとも、吉と算えず、と。これは卦象が以て用神に圧勝し得ると言うに等しい——この話は靠むべからざるものである」。
餘見此卦,兄爻持世,亥財臨月破旬空,子水之財,世爻克之,日辰刑之,古雖以泰卦為吉,餘焉敢以為之婚姻大事而試卦耶,命之再占。又得坤卦。子孫酉金″世,子孫酉金″世;妻財亥水″,妻財亥水″;兄弟丑土″,兄弟丑土″;官鬼卯木″應,官鬼卯木″應;父母巳火″,父母巳火″;兄弟未土″,兄弟未土″。
かつて巳月丁卯の日に婚事のいつ成るかを占い、地天泰の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、子孫の酉金(陰爻)が応に就き、妻財の亥水(陰爻)、兄弟の丑土(陰爻)、兄弟の辰土(陽爻)が世に就き、官鬼の寅木(陽爻)、妻財の子水(陽爻)である。野鶴老人は自ら述べる。「私がこの一卦を見るに、辰土兄爻が世に就き、五爻の亥水財爻はちょうど巳月の月破に当たりまた旬空に逢い、初爻の子水財爻はすでに世爻の辰土に剋され、また丁卯の日辰に相刑された。古人は《泰》卦を以て吉卦となしたが、私はどうして婚姻の大事を以てこの套の成説の試験を替えて為せよう。ここに彼に更に一卦を占わせた」。また坤為地の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じであった。六爻を上から下に言えば、子孫の酉金(陰爻)が世に就き、妻財の亥水(陰爻)、兄弟の丑土(陰爻)、官鬼の卯木(陰爻)が応に就き、父母の巳火(陰爻)、兄弟の未土(陰爻)である。
世爻休囚為日破,亥水財爻臨月破,卦遇六沖,大凶之兆,故知前得泰卦,非為吉也,仍用財官世應者為是,然亦不可竟以為是,凡有所疑,勿執古法而斷,須以再占之卦而決之,後卦若吉即以吉斷,後卦凶者則以凶推,神不欺人,彼此兩無誤矣。
この一卦は世爻の酉金が休囚し、また卯日に冲破され、亥水財爻は依然として月破、坤は八純卦で正しく六冲に逢う——大凶の兆である。これによりて前の《泰》卦が決して吉ならざるを知るべく、依然として財・官・世・応を以て断ずるをもって正しきとす。ただしまたこのまま自己が一定に是と認めるべきでもない。およそ疑惑あれば、古法を死抱して硬断するなかれ、再占の一卦を以て決断せよ——後の卦が吉なら便ち吉を断じ、後の卦が凶なら便ち凶を推せ。神明は人を欺かざる。こうすれば卜者と問者の両辺ともに錯らない。
財化財未必婚姻兩度,鬼化鬼難曰相守百年。黃金策曰:財爻重疊,重作新人,余屢試之,男家占女家,財爻重疊旺相生合世爻者,多主賢妻美妾,財化財,或應雙娶、或應婢妾同來、或應妻妾之多、或應收妝奩甚厚,惟忌爻中兄動及日月沖剋財爻,花燭重重亦不免耳。
財爻が財爻を化出するも、必ずしも二たび親を成すとは限らず、鬼爻が鬼爻を化出するも、百年相守るとは言いがたい。《黄金策》は財爻の重畳すれば更に新人を作すと講ずるが、野鶴老人が自ら述べる。「私は屡々試してきたが、男家が女方を占う時、財爻が重畳して旺相にして、また来て世爻を生合するは、多くはすでに賢妻ありまた美妾あるを主る。財爻が財を化するは、あるものは同時に二房を娶るに応じ、あるものは婢妾を併せて門を過ぐるに応じ、あるものは妻妾の人数の众多に応じ、あるものは受取る妝奩の格外に豊厚なるに応ずる。ただ独り忌むは卦中の兄爻の発動、あるいは日辰・月建が財爻を冲剋する——そうなれば、花燭を重ね办じ續絃して再娶するもまた免れがたい」。
兄臨元武,防劫騙。鬼臨白虎,遇凶喪。兄鬼動臨元武,防局中奸詐騙財,縱使世應相生,財官無害,必須大費,鬼臨虎動或不來過門或遇門不久,必見喪事。應財世鬼,夫唱婦隨。應鬼世財,夫權妻奪。世持鬼應持財,謂之陰陽得位,必然鸞鳳和鳴。鬼臨應財持世,牡雞司晨,妻奪夫權,惟贅婿得之反吉。
兄爻の上に玄武が臨めば、劫騙を防ぐべく、鬼爻の上に白虎が臨めば、凶喪に遇わん。兄爻あるいは鬼爻が発動して玄武を帯ぶるは、この婚事のうちに詐を使い財を騙る人あるを提防すべし。たとえ世応が相生し財官ともに損なきとも、必ず大いに破費せん。鬼爻が白虎を帯びて発動するは、あるいは女方がもとより門を過がず、あるいは門を過ぎても長く待たず、必ず喪事に碰う。応爻が財で世爻が鬼なれば、夫唱え婦随うを主り、応爻が鬼で世爻が財なれば、妻子が丈夫の権を奪うを主る。世の上に鬼が坐り応の上に財が坐るを、陰陽各々その位を得と言い、必ず夫妻は和鳴す。反対に鬼が応位に在りて財が世を持てば、牝鶏晨を司り妻が夫権を奪う——ただ入贅の女婿が占い得て然るものはかえって吉である。
