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造り買い賃する宅第百六

清 · 野鹤老人 · 第16巻 / 17

作盤ガイド: 六爻納甲の立卦, 大衍筮法

父旺持世,此處清安宜久住。父爻旺相持世、生世、合世、及世爻動而化父相生,或得日月作父母生合世爻,皆為發福之兆。財爻發動,他方仁裡另宜求。財動以克父爻,另於他處圖之。

「父母」爻が旺にして世に就くは、この一处の宅子は清静・平安にして、久しく住むに宜し。父母爻が旺相にして世に就き、あるいは来て世を生し世に合し、あるいは世爻が発動して父母を化出して相生し、あるいは日辰・月建が本身就是れ父母爻にして来て世爻を生合する——これらは皆福を発する兆なり。もし「妻財」爻が発動すれば、便ち別に別处の仁厚の郷里に到りて尋るべし。財は一たび動けば便ち父母爻を剋すればなり。ゆえにこの一处は取るべからず。須く別に他处に在りて圖謀すべし。

爻逢六合,終見享通。卦遇反吟,多於愁嘆。世爻父爻旺相,又得六合卦者事之必成,成而久遠,但不喜其六沖,六沖不久之象。卦遇反吟,倘加世破,沖剋大凶之兆。世動而化進,綿長百代,父興不化退,增置千間。世動化退,勉強成之,終須退悔。世動而化進神者,成後長遠興隆,名高利厚。

爻が「六合」に逢うは、事は終に歸じて亨通す。卦が「反吟」に遇うは、多半はただ愁歎に落著するのみ。世爻と父母爻とが皆旺相にして、また六合の卦を得るは、この一桩の事は必ず成り、成ればなお長久を得べし。ただ「六冲」を喜ばず。六冲は長久ならざる象なり。卦がもし反吟に遇い、さらに世爻が月破に加えてまた冲を遭い剋を遭えば、あれは便ち大凶の兆なり。世爻が発動して「進神」を化するは、家業は綿長にして百代す。父母爻が興旺にして「退神」を化ぜざれば、日后にまた能く千間の屋宇を添置せん。反対に世爻が発動して退神を化するは、勉强に办し成せども、終に反悔せん。世爻が発動して進神を化するは、办し成して後、長久に興隆し、名高く利厚し。

父動化退神,成後凋零破敗,倘得化進,此後再置千間。最忌隨官入墓,須防鬼動傷身。世爻隨鬼入墓,財爻助鬼克世,及世爻動而變凶,或日月動爻克世,皆不宜行。父動克世及世爻父爻空破墓絕者,亦不宜行。

父母爻が発動して「退神」を化するは、屋宇は造成して後にも凋零・破敗せん。もし化する所が「進神」ならば、此の後はまた能く千間を添置せん。最も忌むは世爻の「官に随って墓に入る」なり。また鬼爻が発動して世身を傷るを提防すべし。世爻が鬼に随って墓に入り、あるいは「妻財」爻が鬼を助けて来て世を剋し、および世爻が発動して凶象を変出し、あるいは日辰・月建・動爻が来て世爻を剋する——これらは皆手を動かすを宜しとせず。父母爻が発動して来て世爻を剋し、および世爻・父母爻が落空・逢破・入墓・逢絶するも、同じく手を動かすを宜しとせず。

野鶴曰:凡蓋造買宅賃宅,世與父爻旺相不犯沖剋者即宜成之,自是榮華昌盛。如問一家之吉凶,雖則須宜分占,亦待遷居入火之時,擇其吉日而占之,告於神曰:今某日遷居,有礙於父母妻子否?若有妨礙,須另擇一時以入門者可也。朝遷以便民間之用者此也。如若蓋造買造占問一家俱宜吉慶,假令家有百口,欲使人人合其吉者百年買不成矣。

野鶴老人は言った。「およそ房を蓋い、宅を買い、宅を賃るは、ただ世爻と父母爻とが旺相にして冲剋を犯さざれば、便ちこの一桩の事を办し成すべく、自然に榮華・昌盛せん。一家人の吉凶を問わんとするに至っては、分かちて来て占うべしと説くといえども、また遷居して宅に進むあの日を待ち、別に吉日を擇んで更に占い、神明に禱告して曰く、某日に遷居せんとす。父母・妻子に妨げあるか無きかと。もし妨げあらば、別に一個の時辰を換えて門に進むのみで是れ已む。時日に順い改易して以て民間の用事に便ずるは、正しくこの道理なり。もし房を蓋い宅を買うのこの一卦の上に便ち全家人人の吉慶を占問せんとせば、もし家のうちに百口の人あらば、人人に皆この吉に合せしめんと欲すれば、あれは一百年も一処の宅子を買い成さざらん」。

宮室を創造する章第百七

創造興工,卦忌六沖,鬼動克世最凶,隨鬼入墓,禍事多逢。父爻旺相,世位興隆,世父兩爻發動化吉大安宅盛,事事享通。

工を動かし造を興すは、卦は「六冲」を忌む。鬼爻が発動して来て世爻を剋するは最も凶。世爻が「鬼に随って墓に入る」は、日后の禍事は頻頻たらん。もし「父母」爻が旺相にして、世爻の居する所の位がまた興隆し、世爻・父母の両爻が発動して吉象を化出せば、あれは便ち人口は大安、宅第は興盛にして、事事亨通す。

方を修め土を動かす章第百八

世臨福德最相宜,官鬼交重有禍基。世旺逢生宜化吉,世衰受克且停工。子孫之方宜起手,官鬼之位莫挑泥。譬如子孫屬水,起手動工宜於北方。官鬼屬火,不可動土於南方。鬼在辰戌丑未,此方切忌動土。豈嫌子象發,偏忌父爻虛,造成屋宇憂沖散,父爻旺相久長居。

方を修め土を動かすは、世爻の上に「子孫」(福徳)の坐するが最も合宜にして、「官鬼」が重畳・交動すれば便ち禍根を埋下す。世爻が旺にして生に逢い、発動してまた吉を化するは、儘に手を動かすべし。世爻が衰弱にしてまた剋を受くるは、暫く工を停めよ。子孫の在する所の方位に在りて手を起こすべく、官鬼の在する所の方位は土を挖りに往くなかれ。譬えば子孫が水に属せば、手を起こし工を動かすは北方に宜しく、官鬼が火に属せば、便ち南方に土を動かす可ならず。鬼爻がもし辰・戌・丑・未の上に落ちあらば、あの几个の方位は切に土を動かすを忌む。どうして子孫爻の発動を嫌わん。反って最も忌むは「父母」爻の虚弱なり。父母が一たび虚なれば、造成したる屋宇もまた冲散せられんことを怕る。父母爻が旺相にして、こそ住むこと長久を得べし。

遷居し火を過ぐる章第百九

占以內三爻為久居之宅,外三爻為未居之房。內克外者外宅不利,不宜遷之,內生外者,外宅興隆,過遷為吉。野鶴曰:餘以此法不善,宅已蓋造買成,今欲入火,假使占得外宅不吉而不遷耶?既有新宅成,舊宅或已棄矣,倘若占得內卦吉者,豈可仍居舊宅耶?覺子曰:此法亦有使處,來人有問欲棄舊宅而買新宅可乎?用此法者宜也。

遷居を占うは、内卦の三爻を以て現今久しく住む舊宅と為し、外卦の三爻を以て未だ搬り入らざる新房と為す。内卦が外卦を剋するは、新宅は利あらず。搬り過ぐるを宜しとせず。内卦が外卦を生ずるは、新宅は興隆す。搬り過ぐるを吉と為す。野鶴老人は言った。「私がこの法子を看るに妥ならず。宅子はすでに盖い成しあるいは買い成し、今正しく日を擇んで宅に進まんとす。もし新宅の吉ならざるを占い出さば、豈に便ち搬らざらんや。すでに新宅は已に成れり。舊宅は或いは早く丢開し了えり。もし内卦の吉なるを占い出さば、豈に還って仍お舊宅に住み回ることを得んや」。覚子曰く、この法子もまた用いるに著く所あり——来人がもし「我は舊宅を丢開して別に新宅を買わんと欲す。行けるか否か」と問わば、この法子を用うれば便ち正しく合適なり。

宅に歸り火に入る章第百十

宅之吉凶,已於蓋造買宅卦中卜就之矣,今占入火之日,須將父母兄弟妻兒各為分占,宜於此日者用之,不宜此日者改之,或改日,或另擇一時以入門,皆可化凶為吉。

宅子の本身の吉凶は、造り買う宅のあの一卦のうちに已に卜定せり。今は宅に進む日子を占うに、便ち父母・兄弟・妻子・児女を各々一卦を占うを要す。いずれの一位かこの日子に合せば、便ちこの天に照らして用い、いずれの一位か合せざれば、便ち彼の為に改む。あるいは別に一天を換え、あるいは当天に別に一個の時辰を擇んで門に進む。皆能く凶を化して吉と為すを得る。

宅に入る六親の凶吉の章第百十一

擇於某日入宅,宜於父母否?再占一卦,宜於兄弟否?再占一卦,宜於妻兒否?占父母,父母宜於旺相。占兄弟妻兒,皆宜旺相而遇生扶,不宜變動而化鬼,及刑沖剋害。或兄弟或妻子內有一卦不利者即令另擇一日或另擇一時俱可。

某日を擇定して宅に進まば、まず一卦を占いて問う。この日子は父母に合するか合せざるか。更に一卦を占いて問う。兄弟に対して合するか合せざるか。更に一卦を占いて問う。妻子・児女に対して合するか合せざるか。父母を占うは、「父母」爻の旺相を要す。兄弟を占い・妻児を占うも、また皆各々の用神が旺相にしてまた生扶を得るを要し、発動して「官鬼」を化出するを宜しとせず、また刑・冲・剋・害を受くるを宜しとせず。兄弟のこの一卦も好く、妻子・児女のこの一卦も好し。ただその中に一卦の利あらざるあれば、便ち彼に別に一天を擇ばしめ、あるいはただ別に一個の時辰を擇ばしむ。皆すべからく可なり。

野鶴曰:餘得周公剋制之法,凡六親所犯之神,令之趨避,無一不驗。且如木臨父母命爻,財動以傷之父母,入宅須擇剋制金爻之日,安父母之床榻宜剋制金爻之方,屢試屢驗。子月丁酉日占擇某日入宅是否有礙父母得萃卦。父母未土″,父母未土″;兄弟酉金′應,兄弟酉金′應;子孫亥水′,子孫亥水′;妻財卯木″,妻財卯木″;官鬼巳火″世,官鬼巳火″世;父母未土″,父母未土″。

野鶴老人は言った。「我は一套の周公の剋制の法を得たり。およそ六親の冲犯する所のあの一路の神煞は、彼に教えて趨避せしめ去れば、一次として靈驗ならざるなし。譬えば父母の本命爻が木に属して、卦中の財爻が發動して来てこの父母爻を傷むれば、それならば宅に進むに須く一個の能く金爻を剋制する日子を擇び、父母の床榻を安放するもまた金爻を剋制する方位を取れ。屢試して屢験せり。子月丁酉の日に占う。擇定せるこの日子に宅に進むは、父母に妨げあるか無きか。沢地萃の卦を得て、六爻は安静、変卦は本卦と同じ。六爻を上から下に言えば、父母の未土(陰爻)、兄弟の酉金(陽爻)が応に就き、子孫の亥水(陽爻)、妻財の卯木(陰爻)、官鬼の巳火(陰爻)が世に就き、父母の未土(陰爻)である」。

斷曰:此日入宅,卯木暗動以克父母。彼曰:即煩另改一日。余曰:不必改日,此日寅卯時吉,申月亦吉,保爾清靜吉祥。彼曰:何也?余曰:申時卯木絕於申也。父母未土及長生於申是以吉也。入宅之時宜父母安床於西南,後照此行,餘目其平安一十七載。

野鶴老人は断じた。「この一天に宅に進むは、卦中の卯木は丁酉日の日辰に一冲せられて『暗動』し、正しく来て父母爻を剋す」と。あの人は言った。「それならば煩わして先生に別に一天を改めんことを」と。野鶴老人は言った。「日を改むるに及ばず。この一天の寅時・卯時は吉なり。申の時辰もまた吉なり。汝の清静・吉祥を保す」と。あの人は問うた。「これは何の道理ぞ」と。野鶴老人は言った。「申時に到れば、卯木は申の上に正しく『絶』地にして、父母を剋し動かす能わず。而して父母の未土は申の上に恰も是れ『長生』なり。ゆえに吉なり。宅に進むの時、父母の床は西南の方に安ずべし」と。後に彼はかように办えり。我は親眼看て彼の家が平安なること一十七年なり。

馬房・猪圈の章第百十二

凡作牛棚馬房雞窩羊欄,亦宜分占。子孫須宜旺動,父母切忌興隆。凡占一切六畜,皆以子孫為用神,不拘豬羊牛馬,皆忌父母發動,動則六畜受傷,亦忌子孫空破墓絕,及被日月動爻刑沖剋害,及子孫動而化空破墓絕、化鬼、化父回頭克,皆主刑傷,此地不宜用之,或更擇地方,或另改一日,改日改地方者另占。

およそ牛棚・馬房・鶏窩・羊欄を搭るも、また一樣一樣と分かちて来て占うべし。「子孫」爻は最も旺相・發動を宜とし、「父母」爻は切に興旺を忌む。およそ一切の六畜を占うは、皆子孫を以て「用神」と為す。猪・羊・牛・馬を論ぜず、皆父母爻の發動を怕る——一たび動けば六畜は便ち傷を受けん。また子孫の落空・逢破・入墓・逢絶し、あるいは日辰・月建・動爻に刑冲剋害せられ、および子孫が發動して空を化し破を化し墓を化し絶を化し「官鬼」を化し「父母」の回頭剋を化するを忌む。これらは皆牲口の刑傷を受くるを主り、この塊の地方は便ち用いるを宜しとせず。あるいは別に一处の地方を換え、あるいは別に一個の日子を改めよ。日子を改め地方を改めるも、皆別に一卦を占うを要す。

生相必須兼看,日月更喜相生。六畜雖以子孫為用神,又宜兼看生相。假令作馬房,子孫不被沖剋為吉也,不宜午爻,亦不宜臨鬼,不宜動而化鬼,餘仿此。凡占六畜,最宜日月生扶,謂之卦得日月生扶,六畜必然繁盛,倘受日月沖剋,牲口絕種無根。

牲口の生肖・屬相は必ず併せて看るを要し、日辰・月建はさらに来て相生するを喜ぶ。六畜を占うは子孫を以て用神と為すといえども、また兼ねて牲口の本身の屬相を看るを要す。譬えば馬房を搭れば、子孫爻が冲剋せられざるは固然吉なれども、馬は午に屬すれば、便ち午のこの一爻が傷を受くるを宜しとせず、また午爻の上に「官鬼」が坐するを宜しとせず、さらに午爻が發動して官鬼を化出するを宜しとせず。其余はこれに照らして類推せよ。およそ六畜を占うは、最も日辰・月建の生扶を得るを喜ぶ。卦が日月の生扶を得れば、六畜は必然に繁盛す。もし日月に冲剋せられば、牲口は便ち種を絶ち根を斷たん。

舊宅の章第百十三

野鶴曰:以前之卜宅者乃卜蓋造買宅之新居也。常見來人而占久住之家宅,古法亦以一卦兼斷諸般之吉凶,先論官鬼次論八宮,以十二生相定六畜之災,午鬼而夭良馬,丑鬼而傷耕牛。又以之定人口之匹,午爻臨鬼馬命者夭,巳鬼爻興蛇命有難。假使午爻臨鬼馬之人不祿耶?悖謬不堪,難以數說,餘不知昔人其何以回復來人之問也。

野鶴老人は言った。「前面の几章の宅を占うは、占う所は皆造り・買賃の新居なり。常に人の来て占うを見るは、却って住了多年の老宅なり。古法は照樣に一卦を拿りて兼ねて種種の吉凶を断ず。先ず「官鬼」を論じ、次に八宮を論じ、再び十二生肖を拿りて六畜の災傷を定め、午爻が鬼と為れば便ち良馬を夭折し、丑爻が鬼と為れば便ち耕牛を傷ると説く。またそれを拿りて家のうちの人口に配し、午爻が鬼に臨めば、馬に屬する人は短命を要し、巳爻の鬼旺なれば、蛇に屬する人は難あると説く。それならば請うて問わん。午爻が鬼に臨めば、家のうち馬に屬する人は一定に死するか。この類の荒謬の处は多く數え清むる能わず。我は真に従前の人がこれらの話を拿りて怎么去来て卦を問う人に答復するを知らざるなり」。

要知彼之來意,或因連年破耗,疑家宅之不安,或因屢科之不第,或因有子求名,疑此宅能興旺子孫否,必用子孫親卜,或因官不升轉,或因子女不孝,或因官災火盜,或因父母六親多病,或因前後左右他人造疑其沖犯,或因家有響動,邪崇鬼形。

緊要なるは先ず明白に彼の来て問う本意を弄清す。あるものは連年の破財に因りて、家宅の不安を疑心す。あるものは屢々應試して中らざるに因る。あるものは兒子の功名を要求して、この宅子の子孫を旺すか旺さざるかを疑心す——この一種は必ず兒子に自己來て卜らしむるを要す。あるものは官を為して多年、升轉を得ざるに因る。あるものは子女の不孝に因る。あるものは官司・火災・盗賊あり。あるものは父母・六親の接連して病を生ずるに因る。あるものは前后・左右の鄰家の動土・興造して、自家に冲犯するを疑心す。還ってあるものは家のうちに響動ありて、邪祟・鬼影を見たるがためにするなり。

須問來人而判,曾因官府十載不升,疑其家宅有礙。余曰:若以一卦而斷全家之事者餘則不能,須指其所疑之事而占之,其應如是。公曰:何也?余曰:卦中不過干支五行雖有現出,難以直指一處,即如火鬼發動為灶神,府上二百餘間,其灶不少,誰知何灶而不安。

これらは皆來人に問い明して後、判ずるを得べし。曾て一位の官員あり。任上に在りて十年、升遷を得ざるに因りて、家宅に礙あるを疑心して、來て我に占うを求む。我は言った。「若し一卦を拿りて全家の事を斷盡さんと欲せば、我は做る能わず。必ず彼の心のうちに疑う所のあの一件を指定して占わば、こそ應験の准なるを得ん」と。あの公は言った。「これ是れ何の為ぞ」と。我は言った。「卦のうちは不過は干支・五行のみ。たとえ一個の象を顯出すとも、難く直指していずれの一处なるか。譬えば火鬼が發動して竈神を主るも、府上は二百余間の房あり、竈頭は便ち少なからず。誰か知らん、是れいずれの一座の竈か不安ならんと」。

又如卯木鬼,門戶不安,古以四爻為門,尊府門戶不少,即以六爻全為門戶,不過定得六重,難知何門而不利,所以指其所疑之處而占之,無不響應,公曰:餘疑院內不宜有井,占問是否。

また譬えば卯木が鬼と為るは、門戸の不安を主る。古法は第四爻を以て門と為す。しかし尊府の門戸は衆多なり。たとえ六爻を全て門戸と當つるとも、不過は六重を定め出すを得るのみで、仍おいずれの一道の門か利ならざるを知らず。ゆえにただ心のうちに疑う所のあの一处を指定して占わば、こそ應験せざるなし。あの公は言った。「我は院子のうちにあの口の井あるべからざるを疑う。便ち这个是れか否かを占問せん」と。

酉日戊寅日占得師之臨。父母酉金″應,父母酉金″;兄弟亥水″,兄弟亥水″應;官鬼丑土″,官鬼丑土″;妻財午火″世,官鬼丑土″;官鬼辰土′,子孫卯木′世;子孫寅木″動,妻財巳火′。斷曰:子孫發動非此井也。公曰:大門對向不利,意欲改之,可否?又占一卦又得同人卦。

酉月戊寅の日に占い、地水師の卦を得て地沢臨の卦に變じた。本卦の六爻を上から下に言えば、父母の酉金(陰爻)が應に就き、兄弟の亥水(陰爻)、官鬼の丑土(陰爻)、妻財の午火(陰爻)が世に就き、官鬼の辰土(陽爻)、子孫の寅木(陰爻)が發動す。變じた臨卦の六爻は順に、父母の酉金、兄弟の亥水が應に就き、官鬼の丑土、官鬼の丑土、子孫の卯木が世に就き、妻財の巳火である。野鶴老人は斷じた。「『子孫』は是れ福神なり。今子孫が發動すれば、見るべし、作祟するはこの口の井にあらず」。あの公はまた言った。「我家の大門の朝向は利ならず。改めんと欲す。行けるか否か」と。ここにまた一卦を占い、天火同人の卦を得たり。

子孫戌土′應,子孫戌土′應;妻財申金′,妻財申金′;兄弟午火′,兄弟午火′;官鬼亥水′世,官鬼亥水′世;子孫丑土″,子孫丑土″;父母卯木′,父母卯木′。斷曰:官持世是此門也,速宜遷改,須再占一卦,改門之後功名何如又得小過之剝。

同人卦は六爻安靜、變卦は本卦と同じ。六爻を上から下に言えば、子孫の戌土(陽爻)が應に就き、妻財の申金(陽爻)、兄弟の午火(陽爻)、官鬼の亥水(陽爻)が世に就き、子孫の丑土(陰爻)、父母の卯木(陽爻)である。野鶴老人は斷じた。「この一卦は『官鬼』が世に就く。見るべし、毛病は正しくこの道の門に出づ。急いで改むべし」。接著してまた彼に再び一卦を占わしめ、門を改めて後功名如何を問わば、雷山小過の卦を得て山地剝の卦に變じた。

父母戌土″動,妻財寅木′;兄弟申金″,子孫子水″世;官鬼午火′世動,父母戌土″;兄弟申金′動,妻財卯木″;官鬼午火″,官鬼巳火″應;父母辰土″應,父母未土″。斷曰:午火官鬼持世,寅日生之,外卦巳合官局,明年、巳年、午年連升大位,果於次年一歲兩升,午年又升官至二品。

小過卦の六爻を上から下に言えば、父母の戌土(陰爻)が發動、兄弟の申金(陰爻)、官鬼の午火(陽爻)が世に就き併せて發動、兄弟の申金(陽爻)が發動、官鬼の午火(陰爻)、父母の辰土(陰爻)が應に就く。變じた剝卦の六爻は順に、妻財の寅木、子孫の子水が世に就き、父母の戌土、妻財の卯木、官鬼の巳火が應に就き、父母の未土である。野鶴老人は斷じた。「午火の官鬼が世に就き、占日戊寅の寅木はまた來てそれを生ず。外卦は巳火を變出して、世上の午火と合して火局を成して官を助く。ゆえに明年および巳年・午年に連升して大位に至らん」。後に果たして第二年に一年の內に兩次升り、午年に到りてまた二品に升った。

福德動搖,不是此方之禍。子孫持世,或動於卦中,或官鬼不動,及六爻安寧,非此處也。官鬼發動,的於此處興妖。官鬼持世克世,官鬼動爻,實因此處有害。野鶴曰:占得果是此處不利,即是修補,再占一卦,修補之後何如?問功名功名章內斷之,求財者求財章內斷之,防患者防患章內斷之,疾病者災病章內斷之。

「子孫」(福徳)が搖動すれば、禍は便ち疑う所のこの一处に在らず。子孫が世に就き、あるいは子孫が卦中に發動し、あるいは「官鬼」が動かず六爻が安寧するは、皆この一处の毛病にあらざるを表明す。官鬼が發動して、こそ確かにこの一处の妖を興し怪を作すに在るなり。官鬼が世に就き、官鬼が世を剋し、あるいは官鬼のこの一爻が發動すれば、あれは實實在在にこの一处の害あるなり。野鶴老人は言った。「占い出して果たしてこの一处の利ならざれば、便ち手を動かして修補し、修補して後再び一卦を占い、修した後如何を問え。功名を問うは、《功名章》のうちに照らして斷じ、財を求むるは《求財章》のうちに照らして斷じ、患を防ぐは《防患章》のうちに照らして斷じ、疾病あるは《災病章》のうちに照らして斷ぜよ」。

曾有士子才重當時,屢科不第,卜家宅何如。余曰:雖則為名而占貴宅,有疑相犯之處否?彼曰:疑宅後有廟。巳月己丑日占得大有之乾卦。官鬼巳火′應,父母戌土′世;父母未土″動,兄弟申金′;兄弟酉金′,官鬼午火′;父母辰土′世,父母辰土′應;妻財寅木′,妻財寅木′;子孫子水′,子孫子水′。

曾て一位の讀書人あり。才名は當時に重んぜられたるも、而も屢々應試して中らず。來て家宅如何を卜れり。我は言った。「雖は功名の為に貴宅を占うと説くとも、心のうちに疑著する相冲犯の地方ありや」と。彼は言った。「宅子の後面のあの座の廟を疑心す」と。ここに巳月己丑の日に占い、火天大有の卦を得て乾為天の卦に變じた。本卦の六爻を上から下に言えば、官鬼の巳火(陽爻)が應に就き、父母の未土(陰爻)が發動、兄弟の酉金(陽爻)、父母の辰土(陽爻)が世に就き、妻財の寅木(陽爻)、子孫の子水(陽爻)である。變じた乾卦の六爻は順に、父母の戌土が世に就き、兄弟の申金、官鬼の午火、父母の辰土が應に就き、妻財の寅木、子孫の子水である。

斷曰:世為本宅,廟為應,世應相生如何有犯?廟前另有一物,未土發動刑世,乃此故耳。彼曰:廟前有一照壁,照壁之後有一株大樹,數百年矣。余曰:即此物也。爾用大獸頭安於尾脊,張口對樹則吉。再一卦修補之後如何,得歸妹之豫卦。

野鶴老人は斷じた。「世爻は自家の宅子、應爻はあの座の廟なり。今世應は相生す。廟はどうして汝を冲犯せん。倒れに廟前に別に一樣の東西あり。未土が發動して來て世爻を刑する——毛病は正しくここに在り」。あの人は言った。「廟前に一堵の照壁あり。照壁の後頭に一株の大樹あり。已に幾百年なり」と。野鶴老人は言った。「正しく是れこの東西なり。汝は屋脊の盡頭に一隻の大獸頭を安め、口を張りてあの株の樹に對準せば、便ち吉なり」。接著してまた一卦を占い、修補して後如何を問わば、雷沢歸妹の卦を得て雷地豫の卦に變じた。

父母戌土″應,父母戌土″;兄弟申金″,兄弟申金″;官鬼午火′,官鬼午火′應;父母丑土″世,妻財卯木″;妻財卯木′動,官鬼巳火″;官鬼巳火′動,父母未土″世。斷曰:修補之後,包爾今科必中,財動生官,官動生世,大吉之兆。果中經魁,下科胞弟又發。

歸妹卦の六爻を上から下に言えば、父母の戌土(陰爻)が應に就き、兄弟の申金(陰爻)、官鬼の午火(陽爻)、父母の丑土(陰爻)が世に就き、妻財の卯木(陽爻)が發動、官鬼の巳火(陽爻)が發動す。變じた豫卦の六爻は順に、父母の戌土、兄弟の申金、官鬼の午火が應に就き、妻財の卯木、官鬼の巳火、父母の未土が世に就く。野鶴老人は斷じた。「修補して後、汝のこの一科は必ず中るを包む——卯木の財爻が發動して來て巳火の官爻を生じ、官爻はまた發動して來て世爻を生ず。是れ大吉の兆なり」。後に果たして經魁に中り、下一科に彼の胞弟もまた中った。

福德臨身,轉災為福。旺財持世,寶藏興焉。子孫持世子孫發動者,鬼崇潛行,即有活鬼出現,可保平安。子動無憂,神藏兔沒。旺相之財持世財動生世合世,必有古窖。若問在於何方,財來尋我,我莫尋他,是我之財,自然出現。若問何時可得,即以此財爻應期章內斷之。

「子孫」(福徳)が世爻の上に臨むは、能く災を轉じて福と為す。旺相の「妻財」が世に就くは、宅の中は還って財寶を藏す。子孫が世に就きあるいは子孫が發動するは、鬼祟はただ潛伏・躲藏するのみ。たとえ真に活鬼の現形あるとも、平安を保つを得。子孫は一たび動けば便ち憂う可きなく、邪神は自然に隱沒して蹤なし。旺相の財爻が世に就き、あるいは財爻が發動して來て世を生し世に合するは、宅のうちに必ず前人の埋下する古窖の藏財あり。もしそれが何の方位に在るかを問わば、知るべし是れ財の來て我を尋るにして、我の往きてそれを尋るにあらず——すでに我が命のうちに得べき財なれば、自然に顯出せん。もしいつ得べきかを問わば、便ち《應期章》のうちに照らしてこの財爻を以て應期を定めよ。

鬼動爻中真祟真妖。鬼臨白虎,必有伏尸。鬼臨元武,水怪山魑。蛇主蟲蛇為妖。雀是官非火盜。勾陳鬼牢獄羈身。青龍鬼色慾而喪。亥子鬼投河溺井之魂,或因水溝池塘之患。辰戌丑未之鬼牆倒屋塌,或因牆垣獸頭之犯。寅卯鬼懸樑自縊,又為門戶棟樑。巳午鬼火傷窯死,兼為爐灶不安。鬼臨申酉之鄉,刀劍之身之魄,或因金錢為怪,又為狐狸為精。

「官鬼」が爻の中に發動すれば、あれはこそ真に妖祟あるなり。鬼が「白虎」に臨めば、宅の下に必ず埋めたる屍骨あり。鬼が「玄武」に臨めば、是れ水怪・山精なり。「螣蛇」に臨めば、蟲蛇の妖と成るを主る。「朱雀」に臨めば、是れ官司・口舌、火災・盗賊なり。「勾陳」に臨めば、牢獄に身を羈するを主る。「青龍」に臨めば、是れ色欲に因りて命を喪う鬼なり。鬼が亥・子に在れば、是れ河に投じ井に溺るる冤魂なり。あるいは水溝・池塘の上に毛病を出づるなり。鬼が辰・戌・丑・未に在れば、是れ墻の倒れ屋の塌れに壓死せられたるなり。あるいは墻垣・屋脊の獸頭が忌を犯したるなり。鬼が寅・卯に在れば、是れ上弔して自縊したるなり。また門戸・棟樑の上に事あるを主る。鬼が巳・午に在れば、是れ火に燒かれ窰の中に死せるなり。兼ねて爐竈の不安を主る。鬼が申・酉の鄉に落つれば、是れ刀劍の下に死せる魂魄なり。あるいは金錢の怪を作し、也可能是れ狐貍の精と成れるなり。

鬼在變爻冤家債主,鬼臨日月供養正神,受克者必受其殃,生世者反得其濟。古法制鬼於庚申日甲子日,或於除夕日,黃錢數張,漿水一碗,卦現金鬼者向西送之,水鬼者向北送之,在人靜處送。屢驗平安,餘仿此。覺子曰:餘有泊雲之法,一正可奪百邪,見怪不怪,其怪自滅。

鬼が變爻の上に出現するは、是れ冤家・債主の門を尋ね來たるなり。鬼が日辰・月建に臨むは、則ち是れ好く供養すべき正神なり。およそ鬼に剋せられる人は、必定に其の殃を受く。反對に鬼が來て世爻を生ずれば、倒れに其の接濟を得るを得。古法の鬼を制するは、庚申日・甲子日を選び、あるいは除夕のあの一天に、黃錢幾張・漿水一碗を用いる。卦に金鬼を現ずれば西に向かって送り、水鬼は北に向かって送る。皆須く人なき靜處を挑んで送れ。この法子は我が多回試みて皆平安を得たり。其余はこれに照らして類推せよ。覺子曰く、「我は別に一套の心を定め念を止むる法門あり——一個の『正』字は便ち百邪を壓倒し得。怪を見て怪と為さざれば、あの怪は自然に消滅せん」。

官克在位,為災為禍。鬼動克世,或世爻隨鬼入墓,及世動變鬼克世,乃是冤家債主,難免禍殃,宜修德作福,自然改禍為祥。財動克父,財化父,父化財,堂上之憂。父動克子,鬼化子,子化鬼,膝前有損。兄弟變鬼,鬼變兄弟,鬼動克兄,妻財變鬼,鬼變妻財,兄動化財,財化兄弟,既防手足刑傷,又主分衾折枕。

「官鬼」が世爻の居する所の位に剋し到れば、便ち是れ災是れ禍なり。鬼爻が發動して來て世を剋し、あるいは世爻が「鬼に隨って墓に入り」、あるいは世爻が發動して鬼を變出して回頭して世を剋する——これは皆冤家・債主の上門にして、禍殃を免れがたし。この時は徳を修め善を行い、廣く福緣を積むべし。自然に能く禍を改めて祥と為さん。「妻財」が發動して「父母」を剋し、あるいは財が父母を化し父母が財を化するは、皆堂上の二老に憂あるを主る。父母が發動して「子孫」を剋し、あるいは官鬼が子孫を化し子孫が官鬼を化するは、皆膝下の兒女に損あるを主る。「兄弟」が官鬼を變じ、官鬼が兄弟を變じ、鬼が動して兄を剋し、および妻財が官鬼を變じ官鬼が妻財を變じ、兄弟が發動して妻財を化し妻財が兄弟を化する——これらはすでに手足の刑傷を受くるを防ぐを要し、また夫妻の衾を分かち枕を折り、生離・死別するを主る。

同居の章第百十四

與六親同居用六親,與外人同居看應爻。世為已,應為人,世應相合相生,日月動爻生合世應者,彼此俱祥。克世我遭喪,克應他遭害,世克應,他畏於我,應克世我被他欺,刑沖者同。與六親同居,宜於財興用神相生,不宜相沖相剋。

六親と合わせ住むは、便ちあの位の六親を代表する爻を取りて「用神」と作す。外人と合わせ住むは、便ち「應爻」を看る。世爻は是れ我、應爻は是れ相手方。世應が相合・相生し、あるいは日辰・月建・動爻が來て世爻と應爻とを生合するは、彼此皆吉祥なり。もし來て世爻を剋せば、是れ我が殃に遭う。來て應爻を剋せば、是れ相手方が害に遭う。世爻が應爻を剋すれば、相手方は我を怕る。應爻が世爻を剋すれば、我は彼に欺かる。相刑・相冲するもまたかように斷ぜよ。六親と同住するは、最も「妻財」の興旺にしてまたあの位の六親の用神と相生するを好しとし、彼此の相冲・相剋するを宜しとせず。

官衙を蓋造する章第百十五

官府自占,世與官星皆宜旺相,子孫持世及子孫動者且勿行,變克變絕反招奇禍,六沖化合,必獲奇祥。

官を為す人が自ら衙署を蓋造するを占うは、世爻と「官星」とが皆旺相を要してこそ好し。もし「子孫」が世に就き、あるいは子孫が卦中に發動せば、この工程は暫く手を動かすなかれ——子孫は官を剋すれば、官身に利あらざればなり。世爻が剋を變出し絶を變出するは、反って意外の禍を招出さん。卦が「六冲」を得て「六合」と變成するは、必ず意外の喜を得ん。

衙宇を占う章第百十六

野鶴曰:凡占舊衙署者,與占舊家宅者同斷,有因人口多病,有因連任不得升遷,有因鬼祟顯見其形,皆可指其疑者而占。曾有一官因連任不得升遷,疑官衙有不利,迎於府中,卜過半月,但有所疑,俱曾占過,皆不現爻,又卜後溝從後流宜否。

野鶴老人は言った。「およそ舊衙署を占うは、舊家宅を占うと一樣に斷ず。あるものは衙裏の人口の多病なるに因り、あるものは連任多年升遷を得ざるに因り、あるものは鬼祟の形を現出するに因る。皆彼の心のうちに疑う所のあの一处を指定して占う可し。曾て一位の官員あり。連任して升遷を得ざるに因りて、官衙に不利の处あるを疑心して、我を接して府に至らしめ、一連に半月を卜せり。およそ彼の心のうちに疑著する所は皆占い遍して、皆應験の爻象を見ず。最後にまた衙後のあの道の水溝の後面より流走するは合適か否かを卜せり」。

如戌月已亥日占得鼎卦。兄弟巳火′,兄弟巳火′;子孫未土″應,子孫未土″應;妻財酉金′,妻財酉金′;妻財酉金′,妻財酉金′;官鬼亥水′世,官鬼亥水′世;子孫丑土″,子孫丑土″。斷曰:即此處違也,宜改往東流,後開溝見許多屍體白骨,餘始悟曰:虎鬼持世,是以有之,再請占一卦。

戌月己亥の日に占い、火風鼎の卦を得て、六爻は安靜、變卦は本卦と同じ。六爻を上から下に言えば、兄弟の巳火(陽爻)、子孫の未土(陰爻)が應に就き、妻財の酉金(陽爻)、妻財の酉金(陽爻)、官鬼の亥水(陽爻)が世に就き、子孫の丑土(陰爻)である。野鶴老人は斷じた。「毛病は正しくこの道の溝に出づ。改めて東に向かって流さしむべし」。後に溝道を掘開して、果たして許多の屍骸・白骨を挖出せり。我はここに恍然大悟せり——もと來是れ「白虎」と「官鬼」とが同じく世爻に臨めばなり。ゆえに底下にこそこれらの東西あれ。ここにまた彼に一卦を占わしめたり。

修溝之後何如得噬嗑之無妄。子孫巳火′,妻財戌土′;妻財未土″世動,官鬼申金′;官鬼酉金′,子孫午火′世;妻財辰土″,妻財辰土″;兄弟寅木″應,兄弟寅木″;父母子水′,父母子水′應。斷曰:未土財化申金官,未年一定高升,後於申年升任,應申年者,值官之年也。

溝を修めて後如何を問わば、火雷噬嗑の卦を得て天雷无妄の卦に變じた。本卦の六爻を上から下に言えば、子孫の巳火(陽爻)、妻財の未土(陰爻)が世に就き併せて發動、官鬼の酉金(陽爻)、妻財の辰土(陰爻)、兄弟の寅木(陰爻)が應に就き、父母の子水(陽爻)である。變じた无妄卦の六爻は順に、妻財の戌土、官鬼の申金、子孫の午火が世に就き、妻財の辰土、兄弟の寅木、父母の子水が應に就く。野鶴老人は斷じた。「未土の財爻が發動して申金の官爻を化出す。財は能く官を生ず。官は正しく升遷を求むる用神なり。未年に一定に高升せん」。後に却って申年に到りて升任したり。申年に應じたは、申金が正しくあの官爻の當値する年なればなり。

寺院を蓋造する章第百十七

大抵與家宅同推,不宜六沖、卦變墓絕及反呤,住持或山主占者皆宜世旺日月動爻相生,宜子孫爻動,忌官鬼爻與兄爻持世,多費無益之事。官鬼持世疾病災殃之累,兄爻動而克世者欲造福反成禍胎,財官生世者雖錢少自有增助,子孫旺相而化進神,多招徒弟,財爻休囚而化退者,有始無終。

寺院を蓋造するは、大体家宅を占うと一樣に推斷す。「六冲」を宜しとせず、卦の變じて墓に入り絶に逢うを宜しとせず、また「反吟」をも宜しとせず。住持あるいは山主の自ら占うは、皆世爻の旺相を要し、また日辰・月建・動爻の相生を得るを要す。「子孫」爻の發動を宜とし、「官鬼」爻と「兄弟」爻の世に就くを忌む——あれはただ冤錢を多花して無益の事を办するのみ。官鬼が世に就くは、疾病・災殃の拖累を受けん。兄弟爻が發動して來て世爻を剋するは、本は福を造らんと欲するも、反って禍胎を結下せん。「妻財」「官鬼」が來て世爻を生ずるは、手上の錢少なしといえども、自ら人の添助するあらん。子孫が旺相にして「進神」を化するは、日后に廣く徒弟を招せん。財爻が休囚にして「退神」を化するは、則ち始めあって終わりなきなり。

李我平曰:卜筮諸書,二十餘種,所論家宅,理不歸一,不知昔賢是何宅見。卜筮大全:初井二灶三床四門五爻為人六爻棟宇。黃金策:初爻是宅二爻宅舍三爻為門四為父母五兄弟六妻財。易冒以初爻為幼二爻為妻三弟四母五爻為父上爻為老。他書俱各不同,不暇細具。

李我平は言った。「卜筮の書は二十余種あり。家宅に講到りては、道理は各々一に歸せず。真に從前のあの先生がどの一所の宅子に照らして看出したるかを知らず。《卜筮大全》は言う。初爻は井、二爻は竈、三爻は床、四爻は門、五爻は人、六爻は棟宇なりと。《黃金策》は言う。初爻は宅基、二爻は宅舍、三爻は門、四爻は父母、五爻は兄弟、六爻は妻財なりと。《易冒》はまた初爻を以て幼輩と為し、二爻を妻と為し、三爻を弟と為し、四爻を母と為し、五爻を父と為し、上爻を老人と為す。別の書はまた各々相同じからず。一時にも及んで細列する能わざるなり」。

易冒又云:鬼動於內,宅室之災。鬼動於外,人口之咎。既以二爻為妻,三爻為弟,假令內爻鬼動,宅室之災乎?弟妻之咎乎?至於五行之鬼,八宮之鬼,既以之定禍災炎盜,又以之定頭目,定病災,彼謂炎鬼主回祿,鬼在乾宮主頭目之患,若以一卦而兼斷,豈失火盜之家,必染頭目之病耶?

《易冒》はまた言う。鬼が内卦に動するは、是れ宅室の災なり。鬼が外卦に動するは、是れ人口の咎なり。しかしそれはすでに二爻を以て妻と為し三爻を以て弟と為せり。それならばもし内卦に鬼の動せば、究竟それを斷じて宅室に災ありとすべきか、還って斷じて妻弟に咎ありとすべきか。五行の鬼・八宮の鬼に至っては、すでにそれを拿りて火災・盗賊を定め、またそれを拿りて頭面・眼目を定め、還ってそれを拿りて病症を定む。火鬼は火災を主り、鬼が乾宮に在れば頭目の患を主ると説く。もし真に一卦を拿りてこれらを兼ねて斷ぜば、豈に火災・盗賊に遭いし人家は、一定に皆頭目の毛病を害さんや。

有曰:合為門,沖為路,不論卦內之有無,但有暗沖與暗合,也應作數。假使有沖無合,有合無沖,豈有門無路之家耶?殊不知占家宅之趨避,願人口以為安,財福旺,而宅與鬼安靜而家寧,於斯而已,何必多生枝條,以亂後人耳目。

還ってあるものは言う。相合するは門にして、相冲するは路なり。卦のうちに現じ出でたるか否かを論ぜず、ただ「暗冲」「暗合」あれば、同じく數に算ると。それならばもし一卦にただ冲ありて合なく、あるいはただ合ありて冲なからば、豈にただ門ありて路なき、あるいはただ路ありて門なき人家あらんや。彼らは全く明白せず。家宅を占うはただ吉に趨り凶を避くるが為のみ。無非は一家人口の平安を盼望する——財爻・福神が旺相にして、宅爻と鬼爻とが安靜なれば、一家は便ち安寧す。如此のみなり。何ぞ必ずしも這許多の枝節を多生して、來て後人の耳目を攪亂せしめんや。

墓葬の章第百十八

野鶴曰:卜墓卜穴,古法之謬與家宅相同,後賢放諸書而自曉,餘因求驗之法,每遇拜掃之時,到各家,命伊占之,或知人覓地而占之,如此多年,始得其秘。

野鶴老人は言った。「墳墓を卜し穴位を卜するは、古法の荒謬の处は家宅を占うと一樣に多し。後來の學者はただ各家の書を擺りて一处に對看せば、自然に明白せらん。我は一套の真に能く應験する方法を求むるが為に、清明の掃墓の時節に逢う毎に、便ち各家に到りて、彼らに各々一卦を占わしむ。あるいはいずれの家か正に地を尋ぬる有りと聽説すれば、また彼に一卦を占わしむ。かようにして許多年を做して、こそその中の訣竅を得著せり」。

地を尋ぬる章第百十九

世爻旺相,祖父魂安。福德興隆,兒孫縮杞。古以二爻為穴,內卦為穴,騰蛇為穴,屢試不驗,所驗者,世為穴也,世宜旺相,或臨日月,或日月動爻生扶,乃吉地也。兒孫乃祭杞之裔,宜於持世,或在他爻旺相,振振螽斯。

世爻が旺相なれば、祖先の魂魄は便ち安んず。「子孫」(福徳)が興隆すれば、兒孫の一支は便ち綿延して絶えず、香火に繼ぐものあり。古法にはあるものは第二爻を以て穴と為し、あるものは内卦を以て穴と為し、あるものは「螣蛇」を以て穴と為す。我は屢々試み來るも皆應験せず。試み下して真に應験するは、世爻を以て穴と為すなり。世爻は旺相を要し、あるいは正しく日辰・月建に臨み、あるいは日月・動爻の生扶を得れば、あれはこそ一塊の吉地なり。兒孫は將來祭祀を主持する後裔なり。最も好きは「子孫」爻の世に就くなり。たとえ別の爻の上に落つるとも、ただ旺相なれば、同じく子孫は衆多にして螽斯は振振たらん。

三合六合,聚氣藏風。世沖六沖,飛砂走石。卦逢六合或世與子孫爻作六合,乃藏風吉穴,代代興隆。若得六沖卦,或六沖變六沖,或世應相沖,沖者散也,必無氣耳。

卦が「三合」「六合」を成すは、是れ氣を聚め風を藏する地なり。世爻が冲せられ卦が「六冲」に逢うは、便ち是れ砂を飛ばし石を走らす地なり。卦が六合に逢い、あるいは世爻と「子孫」爻とが相合して六合を成すは、是れ風を藏する吉穴にして、子孫は代代興隆せん。もし六冲の卦を得、あるいは六冲がまた六冲に變じ、あるいは世應が相冲せば——冲は便ち是れ散なり。あの地方は必定に氣を聚め住む能わざるなり。

六沖變六合,吉地失而復得;六合變六沖,吉地得而復失;此亦有二說:六沖變六合,尋得吉地,先欲買而不成,後又買成,或是地運已衰,真龍去後今復重來,凡得此者,再得世遇子孫旺相,急宜用之。曾驗數占,綿綿科甲。六合變六沖者,或是已得之地而復失,或是地運將衰,龍將去矣,不宜用之。

「六冲」が「六合」に變ずるは、吉地は失いてまた得るなり。「六合」が「六冲」に變ずるは、吉地は得てまた失うなり。ここにもまた二層の講法あり。六冲が六合に變ずる——あるいは已に吉地を尋著して、起先は買わんと欲して買い成さず、後來にまた買い成したり。あるいはこの塊の地の地運は本より已に衰敗して、真龍は去りて今また重ねて來たれり。およそこの種の卦を得て、再び世爻と「子孫」とが皆旺相を加えば、便ち急いでそれを用うべし——我は曾て幾卦かを験せり。用いたりし人家は科甲は連綿として絶えず。六合が六冲に變ずる——あるいは已に手に到りたる地をまた失い、あるいは地運は將に衰えんとし龍脈は將に去らんとす。この一種は便ち用いるを宜しとせず。

世旺而化絕破,吉處藏凶。世衰而化生合,凶中有吉。世爻雖旺不宜化破及化墓絕化回頭克,主先得吉地,後有破綻,若非將來下葬,不得吉日,定因葬後被人傷根,吉變為凶之象。世若衰弱,動而化回頭相生化長生帝旺化日月化合化進神者,先否後喜之兆,目下觀其形勢,雖是不宜下葬之地,將來地運興隆,變成富貴之大地也。

世爻が旺相にして却って「絶」と「破」とを化出するは、是れ吉の处に凶を藏す。世爻が衰弱にして却って生を化出し合を化出するは、是れ凶の中に吉を帶ぶ。世爻は旺なりといえども、また破を化し墓を化し絶を化し回頭剋を化するを宜しとせず。あれは先ず一塊の吉地を得て、後來に破綻を出すを主る。將來下葬の時に吉日を擇み著けざるにあらざれば、就一定に葬して後に人に地脈の根氣を傷られ、吉は反って凶に變ず。世爻がもし本より衰弱なりとも、却って發動して回頭相生を化出し、あるいは「長生」「帝旺」を化し、あるいは日辰・月建を化出し、あるいは合を化し「進神」を化するは、あれは先ず否にして後に喜ぶ兆なり。眼下に其の形勢を看れば、雖は下葬すべからざる地方に似たるも、將來に地運が一たび興れば、便ち富貴の大地と變成せん。

寅月戊午日占地,得頤變無妄卦。兄弟寅木′,妻財戌土′;父母子水″動,官鬼申金′;妻財戌土″世動,子孫午火′世;妻財辰土″,妻財辰土″;兄弟寅木″,兄弟寅木″;父母子水′應,父母子水′應。

寅月戊午の日に一塊の墳地を占い、山雷頤の卦を得て天雷无妄の卦に變じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の寅木(陽爻)、父母の子水(陰爻)が發動、妻財の戌土(陰爻)が世に就き併せて發動、妻財の辰土(陰爻)、兄弟の寅木(陰爻)、父母の子水(陽爻)が應に就く。變じた无妄卦の六爻は順に、妻財の戌土、官鬼の申金、子孫の午火が世に就き、妻財の辰土、兄弟の寅木、父母の子水が應に就く。

斷曰:世爻戌土,春天休囚,化出午火子孫回頭生世,日月世爻其成三合,青龍戲水,以化長生,水源極遠,只因申為月破,戌土克子水,又被日神沖散,春夏有水,秋冬必動。彼曰:正是如此。余曰:不妨,不可求全責備,卦中日月世與子孫共成三合,死者安而生者樂,子孫昌盛,何愁不發,後竟葬之,辰年下葬,酉年孫中亞魁,及至子年,次孫又登鄉榜。

野鶴老人は斷じた。「世爻は是れ戌土なり。春天に在りて正しく休囚に當たる。幸いに發動して午火の子孫を化出して回頭して來て世を生ず。寅月の月建・戊午日の日辰は世爻の戌土と恰も寅午戌の三合を成せり。『青龍』は水爻に臨みて發動し、また『長生』を化出す。見るべし、水源は極めて遠し。ただ申金が正しく月破に當たり、戌土はまた子水を剋し、子水は再び戊午日の日辰に冲散せらるるが因るのみ。ゆえにここの水は春夏はありて秋冬は便ち乾からん」。あの家の人は言った。「正しく是れの如し」と。野鶴老人は言った。「妨げず。地を看るは全きを求め責を備うる能わず。卦中の日辰・月建・世爻と子孫とが共に三合局を成せば、死者は安を得て生者は樂を得、子孫は昌盛せん。還って發達せざるを愁うるあらんや」。後に果たしてここに葬せり。辰年に下葬し、酉年に長孫は亞魁に中り、子年に到りて次孫はまた鄉榜に中った。

世化進神,千秋綿遠。福德化進,百代興旺,世宜旺相化進神、化日月、化回頭生、化合、化長生帝旺,龍安水源地脈長。子孫旺相化進神、或化吉、化生、化日月,賢孫貴子佈滿朝堂。世化退神,終須遷改,子孫化退,代代不如。

世爻が發動して「進神」を化するは、この塊の地は能く千秋綿遠を保たん。「子孫」(福徳)が進神を化するは、子孫は百代興旺せん。世爻は最も好きは旺相にして進神を化し、あるいは日辰・月建を化出し、あるいは回頭生を化し合を化し「長生」「帝旺」を化する——あれは便ち龍脈は安穩、水源は竭きず、地脈は悠長なり。子孫爻が旺相にして進神を化し、あるいは吉を化し生を化し日辰・月建を化出するは、賢孫・貴子は將來に朝堂に布満せん。反對に世爻が「退神」を化するは、終に遷葬・改葬せん。子孫が退神を化するは、一代は一代に如かざらん。

日月宜生福德,動爻不可傷身。世與子孫爻宜日月動爻生扶,不宜日月沖剋。旺世臨虎,棺上加棺。旺福逢龍,寅葬卯發。世臨白虎鬼爻,或是隨鬼入墓,皆主地有伏尸。世爻旺相又遇生扶,乃為棺上加棺。曾見兩人葬者後竟大發。休囚者則不可耳。子孫旺相又遇日月生扶又遇青龍,即為吉地,寅年葬而卯年發也,皆言其發旺之速。

日辰・月建は最も來て「子孫」(福徳)を生ずるを宜とし、動爻は世身を傷る可ならず。世爻と子孫爻とは皆日辰・月建・動爻の生扶を得るを要し、日月に冲剋せらるるを宜しとせず。世爻が旺にして「白虎」に臨むは、是れ棺の上に棺を加うるなり。子孫が旺にして「青龍」に逢うは、是れ寅年に葬り卯年に便ち發すなり。世爻が白虎と鬼爻とに臨み、あるいは「鬼に隨って墓に入る」は、皆この地の底下に舊屍を埋むるを主る。もし世爻が旺相にしてまた生扶を得れば、あれは便ち棺の上に棺を加うる吉象なり——我は曾て兩家がかような地の上に下葬するを見、後來竟に皆大發せり。もし世爻が休囚なれば、あれは便ち用い得べからざるなり。子孫が旺相にして、また日月の生扶を得、また青龍に遇えば、便ち吉地なり。寅年に葬り下して卯年に便ち發す。ここの兩句は皆發旺の速やかなるを形容するなり。

散絕墓空,世與子孫勿見。化克化鬼,弟兄妻子休逢。世爻子孫爻,不宜休囚墓絕空破,不宜動逢破散及化破散、化絕、化墓、化鬼、化退神、化回頭克,但逢一者皆非吉地。六親不宜化鬼、父化子,子化父,鬼化子,子化鬼,兄化鬼,鬼化兄,兄化財,財化兄,財化鬼,鬼化財,此不宜於兄弟妻子。有父母在堂亦不宜鬼化父、父化財、財化父。

散・絶・墓・空のこの四樣は、世爻と「子孫」爻とは皆犯す可ならず。化剋・化「官鬼」のこの兩樣は、兄弟・妻子もまた皆逢う可ならず。世爻と子孫爻とは休囚・入墓・逢絶・落空・逢破を宜しとせず、また發動して破散に遇い、あるいは破散を化し絶を化し墓を化し鬼を化し「退神」を化し回頭剋を化するを宜しとせず——ただ一樣を犯し上げれば、便ち吉地にあらず。六親の各爻もまた官鬼を化出するを宜しとせず。父母が子孫を化し、子孫が父母を化し、官鬼が子孫を化し、子孫が官鬼を化し、兄弟が官鬼を化し、官鬼が兄弟を化し、兄弟が妻財を化し、妻財が兄弟を化し、妻財が官鬼を化し、官鬼が妻財を化する——これらは皆兄弟・妻子に利あらざるなり。家の中になお父母の堂に在るあるは、また官鬼が父母を化し、父母が妻財を化し、妻財が父母を化するを宜しとせず。

應沖世合處逢沖,流移遷徒。反伏卦變化克,洪泛陵墓。擇地不但不喜六沖卦,應沖世者亦非吉也,倘應世相合,爻逢六合,世應子孫三合成局,即為美地。卦得反吟,遇沖開之年月必遷。卦得反吟,遇沖年沖月必變。內外反吟者乃卦變也,如巽變乾,坤變震之類,名為化絕化克得此卦者,重則沖決,輕則遷徙。

應爻が世爻を冲し、あるいは本來相合する所が反って冲開せらるるは、子孫の流離・遷徙するを主る。卦が「反吟」「伏吟」を得、あるいは卦が變じて剋を化するは、洪水の泛濫して墳塋を淹るるを主る。地を擇むは但だ「六冲」の卦を喜ばざるのみならず、應爻が世爻を冲するもまた吉象にあらず。もし世應が相合し、爻がまた「六合」に逢い、世爻・應爻と子孫とが三合局を合成せば、あれは便ち一塊の美地なり。卦が反吟を得るは、冲開の年月に遇えば必定に遷葬せん。卦が反吟を得るは、相冲の年・相冲の月に遇えば必ず變故を生ぜん。內外の卦が皆反吟するは、卦の變じて出ずる所に由る。譬えば巽が乾に變じ坤が震に變ずるの一類のごとく、之を化絶・化剋と呼ぶ。この種の卦を得れば、重ければ墳は水に冲決せられ、輕ければまた遷去を要せん。

如卯月戊子日占地得巽之升。兄弟卯木′世動,官鬼酉金″;子孫巳火′動,父母亥水″;妻財未土″,妻財丑土″世;官鬼酉金′應,官鬼酉金′;父母亥水′,父母亥水′;妻財丑土″,妻財丑土″應。

譬えば卯月戊子の日に地を占い、巽為風の卦を得て地風升の卦に變じた。本卦の六爻を上から下に言えば、兄弟の卯木(陽爻)が世に就き併せて發動、子孫の巳火(陽爻)が發動、妻財の未土(陰爻)、官鬼の酉金(陽爻)が應に就き、父母の亥水(陽爻)、妻財の丑土(陰爻)である。變じた升卦の六爻は順に、官鬼の酉金、父母の亥水、妻財の丑土が世に就き、官鬼の酉金、父母の亥水、妻財の丑土が應に就く。

世為穴,世臨月建,日辰生之,是為吉也,但不宜外卦反吟,世被酉金沖剋,子孫被亥水沖剋,不宜用之。彼曰:已買成矣。余曰:不葬何妨。又曰:地師言為美地,後竟葬之。四年之內,二男一女,相繼而亡,自身又得半身不遂之疾,愚人不怨於已,反怨祖父棺材暴露,竟至二年後沒,應酉年者,謂之再沖之年。父化父,兒孫夭折。子化子,子女成行。卦中不宜父動,父動化父更凶。子孫化子孫不遇傷克,代代兒女成行,決非單傳。

世爻は便ち是れ穴なり。この一卦は世爻の卯木は正しく卯月の月建に臨み、戊子日の日辰の子水はまた來てそれを生ず。本より應に吉なるべし。ただ外卦の「反吟」を宜しとせず——世爻は變出の酉金に冲剋せられ、子孫の巳火はまた亥水に冲剋せらる。ゆえにこの地は用い得べからざるなり。あの人は言った。「地は已に買い下了えり」と。野鶴老人は言った。「葬らざるのみで是れ已む」と。彼はまた言った。「地を看る先生は説く、この塊の美地と」と。後に終に葬り下去せり。四年の內に、兩個の兒子・一個の女兒が相繼いで死亡し、他は自己又半身不遂の病を得たり。この愚人は自己を怪まず、反って祖父の棺木の暴露して外に在るを怪み、結果兩年の後に己れも沒えり。酉年に應じたは、あれは『再冲之年』と呼ぶなり。「父母」が父母を化するは、兒孫は夭折す。「子孫」が子孫を化するは、子女は行を成さん。卦中は父母爻の發動を宜しとせず。父母が發動してまた父母を化出するはさらに凶。子孫が子孫を化して傷剋を遭わざれば、代代兒女は群を成し、決して單傳せざらん。

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