両現章第三十二
如巳月已卯日占何日晴得離卦 兄弟巳火′世 兄弟巳火′世 子孫未土″ 子孫未土″ 妻財酉金′ 妻財酉金′ 官鬼亥水′應 官鬼亥水′應 子孫丑土″ 子孫丑土″ 父母卯木′ 父母卯木′ 酉財旬空,本日日建沖動,次日即晴,乃應動而逢沖之日。
例如巳月己卯日にいずれの天に晴れ放つかを占いて、《離為火》を得たり。六爻は上より下へ、兄弟巳火(世)・子孫未土・妻財酉金・官鬼亥水(応)・子孫丑土・父母卯木。六爻皆静にして変卦なし。酉金財爻は正に旬空に逢う。当天の日建卯木はそれを沖して、暗動と成る。第二天即ち晴れ放ちたり。これ正に安静の爻沖せられれば即ち起るの道理に応じ、応期即ちそれの沖に逢うの次日に落つ。
福興被克,沖則成功。卦中子孫爻動化回頭克,或被動爻克,須待沖去克神之日始晴。父財動而被克亦同此斷。如丑月甲戌日占何日雨得震之豫卦。 妻財戌土″世 妻財戌土″ 官鬼申金″ 官鬼申金″ 子孫午火′ 子孫午火′應 妻財辰土″應 兄弟卯木″ 兄弟寅木″ 子孫巳火″ 父母子水′ 動 妻財未土″世 斷曰:父母子水動被未土回頭克,丑日雨。應丑日者,沖去未土合起父母,故雨。
賦文に「福興被剋、沖則成功」と言う。卦中子孫爻発動して回頭剋を変出し、或いは別の動爻に剋せらるれば、必ず剋神を沖去のあの一天を待ちて才に晴れ放たん。父爻・財爻発動して剋を受くるも、亦この道理に照らして断ず。例如丑月甲戌日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《震為雷》を得て《雷地豫》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財戌土(世)・官鬼申金・子孫午火・妻財辰土(応)・兄弟寅木・父母子水(発動)。変卦は依次に妻財戌土・官鬼申金・子孫午火(応)・兄弟卯木・子孫巳火・妻財未土(世)。断語は曰く、父母子水発動すといえども、却って変出の未土に回頭して剋し住めらる。丑日に到りて才に雨を下さん。丑日に応じたるは、丑の未土を沖去し、また子水父母と相合してそれを合し起すを以て、故に雨有るなり。
“木動生風,風伯肆虐”(缺)“金空則響,電母施威”(缺)如辰月癸卯日因晴占何日雨。得蹇卦 子孫子水″ 子孫子水″ 父母戌土′ 父母戌土′ 兄弟申金″世 兄弟申金″世 兄弟申金′ 兄弟申金′ 官鬼午火″ 官鬼午火″ 父母辰土″應 父母辰土″應 或曰:卦中辰戌父爻,月建又是父爻,明日辰日沖動,戌父必然有雨。余曰:戌臨月破,如何有雨?陰雲而已,果於次日常見陰雲。
賦文なお「木動生風、風伯肆虐」「金空則響、電母施威」の両句有り。底本此処の注文は皆已に脱漏せり。例如辰月癸卯日、久晴に因りていずれの天に雨を下すかを占いて、《水山蹇》を得たり。六爻は上より下へ、子孫子水・父母戌土・兄弟申金(世)・兄弟申金・官鬼午火・父母辰土(応)。六爻皆静なり。ある人曰く、卦中辰土・戌土皆是れ父母爻にして、月建辰土も亦是れ父母なり。明天是れ辰日にして、一沖せば即ち戌土父母を沖動す。必定雨有らん。我曰く、戌土正に辰月の月破に逢う。どうして雨を下し得べけんや。至多陰雲のみ罷れり。果たして第二天ただ一天の陰雲を見るのみ。
沖則應,填則實,最喜動空。人以為空則無功,殊不知動而空者,占晴占雨若非沖空之日,定應填實之朝。如未月丙午日占何雨,得離之旅 兄弟巳火′世 兄弟巳火′ 子孫未土″ 子孫未土″ 妻財酉金′ 妻財酉金′應 官鬼亥水′應 妻財申金′ 子孫丑土″ 兄弟午火″ 父母卯木′ 動 子孫辰土″世
賦文に「沖則応、填則実、最喜動空」と言う。人們は以て空に落てば即ち作用を起さずと為す。殊に知らず、発動して空に落つるの爻は、晴を占い雨を占うも沖空のあの天に応ぜざれば、即ち一定に填実のあの天に応ず。例如未月丙午日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《離為火》を得て《火山旅》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟巳火(世)・子孫未土・妻財酉金・官鬼亥水(応)・子孫丑土・父母卯木(発動)。変卦は依次に兄弟巳火・子孫未土・妻財酉金(応)・妻財申金・兄弟午火・子孫辰土(世)。
斷曰:卯木父動臨於旬空,己酉若不雨,卯日必雨。或曰:如何定在兩日?余曰:不難,再占一卦。得離卦不動。余曰:此卦還以前卦相同。再占一卦又得艮之謙卦 官鬼寅木′世 動 子孫酉金″ 妻財子水″ 妻財亥水″世 兄弟戌土″ 兄弟丑土″ 子孫申金′應 子孫申金′ 父母午火″ 父母午火″應 兄弟辰土″ 兄弟辰土″ 斷曰:甲寅日陰雲,乙卯日必雨,辰日而又晴矣。彼曰:何餘知止?余曰:此卦又是寅木鬼動值旬空,出空之日,必定天變。前卦卯木父變辰土子孫,故知卯日必雨辰日必晴。果於寅日雲卯日大雨辰日大晴。所以動則不為空矣。
断語は曰く、卯木父母発動して正に旬空に逢う。己酉日もし雨を下さざれば、卯日に必定雨を下さん。ある人問う、怎麼してこの両天の中に定め得るか。我曰く、難からず。再び一卦を占えば即ち是れなり。第二卦は《離為火》を得て、六爻動かず。我曰く、この一卦はなお是れ前卦と一個の意思なり。再び第三卦を占いて、《艮為山》を得て《地山謙》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼寅木(世、発動)・妻財子水・兄弟戌土・子孫申金(応)・父母午火・兄弟辰土。変卦は依次に子孫酉金・妻財亥水(世)・兄弟丑土・子孫申金・父母午火(応)・兄弟辰土。断語は曰く、甲寅日陰雲し、乙卯日必ず雨し、辰日また晴に轉ず。他我に問うに何を憑りてこのように准く断じ得るかと。我曰く、この一卦又是れ寅木官鬼発動して旬空に逢う。空を出づるの日必定天変せん。前の一卦は卯木父母辰土子孫を変出す。故に卯日必ず雨・辰日必ず晴を知る。果たして寅日雲を起し・卯日大雨し・辰日大晴せり。見るべし、発動の爻は即ち空と算せざるなり。
占雨遇財動,欲雨須得財墓絕。雨須宜父動鬼動,倘父鬼不動,又見妻財子孫動者,須待財爻入墓或臨絕之日有雨。占晴須於財動,倘若父母發動,須得父爻臨墓絕之日方能得晴。如戌日丙午日占何日雨。得坎之井卦 兄弟子水″世 兄弟子水″ 官鬼戌土′ 官鬼戌土′世 父母申金″ 父母申金″ 妻財午火″應 動 父母酉金′ 官鬼辰土′ 兄弟亥水′應 子孫寅木″ 官鬼丑土″ 或曰:今日占雨,如何有動財爻,想是大旱,而無雨也。余曰:非也,化出酉父,酉日就當有雨。但因日建,又因午火,必待戌日午火入墓,方曉有雨。果於酉日天變,戌日而雨,午火財爻墓於戌也。
賦文に「占雨遇財動、欲雨須得財墓絶」と言う。雨を求むるは本來父爻・官鬼の発動に宜し。倘若父鬼動かずして、反って財爻・子孫の発動を見れば、即ち財爻の墓に入り或いは絶に臨むのあの天を待ちて才に雨有らん。晴を占うは則ち財爻の発動に宜し。倘若父母発動せば、即ち父爻の墓に臨み絶に臨むのあの天を待ちて才に晴れ放つ能し。例如戌月丙午日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《坎為水》を得て《水風井》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟子水(世)・官鬼戌土・父母申金・妻財午火(応、発動)・官鬼辰土・子孫寅木。変卦は依次に兄弟子水・官鬼戌土(世)・父母申金・父母酉金・兄弟亥水(応)・官鬼丑土。ある人曰く、今天雨を占うに、偏偏動く是れ財爻なり。想定すに是れ大旱雨なからん。我曰く、是れならず。財爻は酉金父母を変出す。酉日に即ち雨有るべし。ただ午火すでに日建にして・自身また旺なるに因りて、必ず戌日午火の墓に入るを待ちて、才に雨を見着る能し。果たして酉日天変じ・戌日雨を下せり——午火財爻の墓は正に戌に在るなり。
占晴逢子動,望晴只待子逢生。占晴得子財動,占雨得父動,後逢長生之日應之。如卯月丁巳日占何日雨:得渙之坎卦 父母卯木′ 動 官鬼子水″世 兄弟巳火′世 子孫戌土′ 子孫未土″ 妻財申金″ 兄弟午火″ 兄弟午火″應 子孫辰土′應 子孫辰土′ 父母寅木″ 父母寅木″ 卯木父動,當應在卯戌日,而雨卻應長生亥日。
賦文に「占晴逢子動、望晴只待子逢生」と言う。晴を占いて子孫・財爻の発動を得、雨を占いて父母の発動を得るは、応期往往用神の長生に逢うのあの一天に落つ。例如卯月丁巳日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《風水渙》を得て《坎為水》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母卯木(発動)・兄弟巳火(世)・子孫未土・兄弟午火・子孫辰土(応)・父母寅木。変卦は依次に官鬼子水(世)・子孫戌土・妻財申金・兄弟午火(応)・子孫辰土・父母寅木。卯木父母発動す。常理に照らせば当に卯日或いは卯と相合の戌日に応ずべし。この場の雨は却って卯木長生の亥日に応じたり。
竟發父官,連朝猛雨。卦中父鬼重疊或又鬼變父,父變鬼,父化兄,兄化父,或連日又占並不見子孫財爻發動者,一定連旬風雨。如午月乙卯日占何日晴,得晉之歸妹。 官鬼巳火′ 動 父母戌土″應 父母未土″ 兄弟申金″ 兄弟酉金′世 官鬼午火′ 妻財卯木″ 父母丑土″世 官鬼巳火″ 動 妻財卯木′ 父母未土″應 動 官鬼巳火′ 斷曰:父鬼疊見,乃連朝風雨之象。次日又占,又是鬼父同動,果雨旬日。
賦文に「竟発父官、連朝猛雨」と言う。卦中父母・官鬼重重出現し、或いは官鬼父母を変じ・父母官鬼を変じ・父母兄弟を変じ・兄弟父母を変じ、又或いは連日再び占うも皆子孫・財爻の発動を見ざれば、則ち一定是れ連旬風雨なり。例如午月乙卯日にいずれの天に晴れ放つかを占いて、《火地晋》を得て《雷沢帰妹》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼巳火(発動)・父母未土・兄弟酉金(世)・妻財卯木・官鬼巳火(発動)・父母未土(応、発動)。変卦は依次に父母戌土(応)・兄弟申金・官鬼午火・父母丑土(世)・妻財卯木・官鬼巳火。断語は曰く、父母と官鬼と重重畳見す。正に是れ連日風雨の象なり。第二天再び占うも、依旧是れ官鬼父母同動せり。果たして十来天の雨を下せり。
多逢財子,累日明晴。未月甲午日占何日雨。得屯之中孚 兄弟子水″ 動 子孫卯木′ 官鬼戌土′應 妻財巳火′ 父母申金″ 官鬼未土″世 官鬼辰土″ 官鬼丑土″ 子孫寅木″世 動 子孫卯木′ 兄弟子水′ 妻財巳火′應 大旱望雲雷,卦中父爻不動,子孫重疊化進神,疑其木爻入墓之日必雨。又令他日占之,又得財爻子不動,次日又占並無父動鬼動,知其旱矣,果然兩月不雨。
賦文に「多逢財子、累日明晴」と言う。未月甲午日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《水雷屯》を得て《風沢中孚》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟子水(発動)・官鬼戌土(応)・父母申金・官鬼辰土・子孫寅木(世、発動)・兄弟子水。変卦は依次に子孫卯木・妻財巳火・官鬼未土(世)・官鬼丑土・子孫卯木・妻財巳火(応)。当时正に大旱に逢いて、人人雲雷を盼ぐ。卦中父爻動かず、子孫寅木は重畳してまた卯木を変出して化進神と成す。我疑心すらくは木爻の未墓に入るのあの天を待ちて才に雨有らんと。於是に又叫びて人をして別日に再び占はしむ。得たる所は依旧是れ財爻子孫用事して・父鬼動かざるの象なり。第三天再び占うも、なお是れ父爻官鬼の発動有らず。これ才に断じて真の旱と為すを定めたり。果たして兩個月雨を下さざりき。
卦得反吟晴雨終須反覆。如辰月庚寅日占何日晴得觀之升 妻財卯木′ 動 兄弟酉金″ 官鬼巳火′ 動 子孫亥水″ 父母未土″世 父母丑土″世 妻財卯木″ 動 兄弟酉金′ 官鬼巳火″ 動 子孫亥水′ 父母未土″應 父母丑土″應 斷曰:卯木財現,明日必晴。但卦得內外反吟,晴而還雨,果於次日晴還又雨。
賦文に「卦得反吟、晴雨終須反覆」と言う。例如辰月庚寅日にいずれの天に晴れ放つかを占いて、《風地観》を得て《地風升》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財卯木(発動)・官鬼巳火(発動)・父母未土(世)・妻財卯木(発動)・官鬼巳火(発動)・父母未土(応)。変卦は依次に兄弟酉金・子孫亥水・父母丑土(世)・兄弟酉金・子孫亥水・父母丑土(応)。断語は曰く、卯木財爻は卦中に現ず。明天必定晴れ放たん。ただし内外卦皆「反吟」を成す。晴れ過ぎたる後なお雨を下さん。果たして第二天晴れ放ち、随即また雨を下し起せり。
爻逢伏象,旱澇必待沖開。伏吟卦動如不動,子財動者,沖開之必晴,父爻動者,沖開之日必雨。如辰月甲戌口占雨,得大壯變震卦。 兄弟戌土″ 兄弟戌土″世 子孫申金″ 子孫申金″ 父母午火′世 父母午火′ 兄弟辰土′ 動 兄弟辰土″應 官鬼寅木′ 動 官鬼寅木″ 妻財子水′應 妻財子水′ 占雨,父爻不動,兄鬼同動,木動生風,無雨而有風也。既於本日申時沖開寅木,扳木狂風。
賦文に「爻逢伏象、旱涝必待沖開」と言う。卦「伏吟」を成すの時は、動爻は動かざるに等し。子孫・財爻発動するは沖開の日を待ちて才に晴れ、父爻発動するは沖開の日を待ちて才に雨ならん。例如辰月甲戌日に雨を占いて、《雷天大壯》を得て《震為雷》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟戌土・子孫申金・父母午火(世)・兄弟辰土(発動)・官鬼寅木(発動)・妻財子水(応)。変卦は依次に兄弟戌土(世)・子孫申金・父母午火・兄弟辰土(応)・官鬼寅木・妻財子水。雨を占うて父爻動かず、ただ兄弟・官鬼同動するのみ。木動して風を生ず。故に雨なくして風有り。当天申時に寅木を沖開し、果たして能く樹木を折断するの狂風を刮り起せり。
合父鬼沖開有雷則雨,合財兄克破無風不晴。父母合住本主不雨,若遇鬼沖動者,須待必雷震而後有雨。卦中若無鬼爻動而他爻沖動者亦有雨。他爻又無沖動者,須待沖開之日有雨,財子兩爻被合亦同此推。覺子曰:合父鬼沖開之日必雨,合財子沖開之日必晴。必雷有風者仍然耳,不它執之。半晴半雨卦中財父同興。舊注:妻財父母同興,或是子孫鬼爻同動,必然半晴半雨。餘以此論亦謬,殊不知各因其時。
賦文に「合父鬼沖開有雷則雨、合財兄剋破無風不晴」と言う。父母合住せらるるは、本來雨を下さざるを主る。もし官鬼の来たりてそれを沖動するに遇えば、即ち先に雷を打ちて後に雨有るを要す。卦中もし官鬼無くして、別の爻に由りて父母を沖動せば、亦一様に雨有り。連て別の爻も亦来たりて沖動せざれば、即ちこの合を沖開のあの天を待ちて才に雨を下さん。財爻・子孫の合住せらるるも、この道理に照らして推す。李文輝曰く、父母官鬼の合住せらるるは、沖開の日必ず雨。財爻子孫の合住せらるるは、沖開の日必ず晴。必ず雷を打ち・必ず風を起すと説くに至っては、ただ是れ常例にして、死執する可からず。賦文に「半晴半雨卦中財父同興」と言う。旧注曰く、財爻父母同時に発動し、或いは子孫官鬼同時に発動すれば、必定半晴半雨なり。我は以てこれも亦是れ謬論なりと為す。殊に知らず、各々当时の節候に按じて以て看るを要するを。
如酉月癸未日占何晴。得訟之隨卦。 子孫戌土′ 動 子孫未土″應 妻財申金′ 妻財酉金′ 兄弟午火′世 官鬼亥水′ 兄弟午火″ 子孫辰土″世 子孫辰土′ 動 父母寅木″ 父母寅木″應 動 官鬼子水′ 此卦子孫父母同興,寅木父化火兄,又是一日陰雨,至戌時,天開而見星斗,應戌時晴者,戌土子孫而值時也。
例如酉月癸未日にいずれの天に晴れ放つかを占いて、《天水訟》を得て《沢雷随》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫戌土(発動)・妻財申金・兄弟午火(世)・兄弟午火・子孫辰土(発動)・父母寅木(応、発動)。変卦は依次に子孫未土(応)・妻財酉金・官鬼亥水・子孫辰土(世)・父母寅木・官鬼子水。この一卦は子孫と父母と同時に発動し、初爻寅木父母また火兄の象を生起す。故に又是れ一天の陰雨なり。戌時に到りて天開き、星斗を看見せり。戌時に晴れ放つに応じたるは、上爻戌土子孫の正にあの時辰に当たるに因る。
又雨又晴爻上母子皆動。如巳月丙申日占何日得臨之蒙 子孫酉金″ 動 官鬼寅木′ 妻財亥水″應 妻財子水″ 兄弟丑土″ 兄弟戌土″世 兄弟丑土″ 父母午火″ 官鬼卯木′世 兄弟辰土′ 父母巳火′ 動 官鬼寅木″應 卦中父母子孫皆動,因巳火父空,亥日沖空則雨。亥日而雨,即於亥日酉時晴,應酉時者,上爻動出酉金子孫之故耳。前卦父興子孫同動,戌土子孫應本日戌時晴。後卦父興子孫同動應他日之雨晴之時也。覺之占遠應近可積為神。
賦文に「又雨又晴、爻上母子皆動」と言う。例如巳月丙申日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《地沢臨》を得て《山水蒙》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(発動)・妻財亥水(応)・兄弟丑土・兄弟丑土・官鬼卯木(世)・父母巳火(発動)。変卦は依次に官鬼寅木・妻財子水・兄弟戌土(世)・父母午火・兄弟辰土・官鬼寅木(応)。卦中父母と子孫と皆発動す。巳火父母の空に落つるに因りて、亥日の沖空を待ちて才に雨を下さん。亥日に雨を下し、当天酉時に即ち晴に轉じたり。酉時に応じたるは、上爻の酉金子孫を動出せるに因る。前面のあの一卦は父母子孫同動して、戌土子孫は当天戌時の晴れ放つに応じたり。この一卦は父母子孫同動せるに、却って別の日子の雨晴の時刻に応じたり。見るべし、「遠を占いて近に応ず」の道理は、体会して到れば便ち神助するがごとし。
如酉月初五戊子日占中秋雨。得小過之豐卦 父母戌土″ 父母戌土″ 兄弟申金″ 兄弟申金″世 官鬼午火′世 官鬼午火′ 兄弟申金′ 子孫亥水′ 官鬼午火″ 父母丑土″應 父母辰土″應 動 妻財卯木′ 卦中辰父發動,當許中秋有雨,殊不知應在初九辰日即雨。
例如酉月初五戊子日、中秋のあの天に雨を下すや否やを占いて、《雷山小過》を得て《雷火豊》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母戌土・兄弟申金・官鬼午火(世)・兄弟申金・官鬼午火・父母辰土(応、発動)。変卦は依次に父母戌土・兄弟申金(世)・官鬼午火・子孫亥水・父母丑土(応)・妻財卯木。卦中辰土父母発動す。本來当に中秋雨有るを許すべし。誰か知らん、竟に初九の辰日に応じて即ち雨を下せり。
即於壬辰日又占中秋晴否癸巳日又占,得屯之中孚 兄弟子水″ 動 子孫卯木′ 官鬼戌土′應 妻財巳火′ 父母申金″ 官鬼未土″世 官鬼辰土″ 官鬼丑土″ 子孫寅木″世 動 子孫卯木′ 兄弟子水′ 妻財巳火′應 一卦財動,一卦子動,不見父鬼爻動,知其晴,果於中秋夜,月明星稀。
於是に壬辰日にまた中秋晴れるか晴れざるかを占い、癸巳日に再び一度占う。その中の一卦《水雷屯》を得て《風沢中孚》に変ず。本卦六爻は上より下へ兄弟子水(発動)・官鬼戌土(応)・父母申金・官鬼辰土・子孫寅木(世、発動)・兄弟子水。変卦は依次に子孫卯木・妻財巳火・官鬼未土(世)・官鬼丑土・子孫卯木・妻財巳火(応)。両卦は一個は財爻動き・一個は子孫動き、皆父母官鬼の発動を見ず。これに因りて中秋必ず晴と断じ定む。果たして中秋の夜裡月明星稀なりき。
誠得卜日應時,方得其奧。辰日癸巳日占甲午日,臨造此日有雨否 父母戌土′ 動 父母未土″應 兄弟申金′應 兄弟酉金′ 官鬼午火′ 子孫亥水′ 兄弟申金′ 兄弟申金′世 官鬼午火″世 官鬼午火″ 父母辰土″ 父母辰土″
もし真に能く日に占い・時に応ずるを得ば、才にその中の奥妙を得着たると算す。辰月癸巳日に次日甲午の動土興造のあの天に雨の有無を占う。本卦六爻は上より下へ、父母戌土(発動)・兄弟申金(応)・官鬼午火・兄弟申金・官鬼午火(世)・父母辰土。変卦は依次に父母未土(応)・兄弟酉金・子孫亥水・兄弟申金(世)・官鬼午火・父母辰土。
彼以父動有雨,余曰:應時日看,今日申戌時而無雨者,明日必有雨也。果於本日申時雨。彼:又是如何申時雨?余曰:戌土是長生在申。又問:雨至何時?余曰:父化退神,雨不久。明日必晴。果於次日大晴,野鶴曰:或向余曰:有動而逢合、逢值,可能只知其日也。余曰:昔人不知多占之法,亦不明其此理,錯斷有之,天機未必全洩,全在人之變通。聖人立教設此天時,教人以驗人事。即如子孫持世發動,占天時者皓日當空,無雲點綴。乃至墓絕之日,黑暗無光。若占身命,烈烈轟轟,揚揚得志,後逢墓衰之年,災非同至。餘言:教人以天時而驗人事,取效之速。今欲久知一日者不難,曾因官長有事,命在旦夕,因占得子孫持世,勸之勿憂,必蒙赦免。彼不肯信,意欲先尋自盡。餘設法。
他は父爻発動するに因りて即ち雨有りと断ず。我曰く、時辰に按じて以て応ずるを要す——今天申時・戌時もし雨を下さざれば、明天即ち一定に雨有らん。結果当天申時に便ち雨を下せり。彼問う、怎麼して偏偏是れ申時なるか。我曰く、戌土は申に長生す。又問う、雨はいずれの時候まで下るか。我曰く、父爻の未土を変出する是れ「化退神」にして、雨下ること長からず。明天必ず晴れん。果たして第二天大晴せり。野鶴老人曰く、ある人我に問う、動爻の合に逢い・値に逢うは、是れただ日に推し到る能くして時辰に推し到る能わざるか否か。我曰く、従前の人は多く幾卦を占うの方法を懂せず、亦この層の道理を明白せず。故に断錯るの時候有り。天機は未必已に泄尽せず。全て人の会して変通するか否かを看る。聖人教を立てて「天時」のこの一門を設けしは、本意是れ人を教えて天時を拿げて人事を験証せしめんと欲するなり。譬如子孫世を持してまた発動するは、天時を占えば即ち是れ驕陽空に当たり・片雲生ぜず。墓絶の日に到れば、便ち昏暗光なし。同様の卦象もし身命を占えば、即ち是れ眼下轟轟烈烈・揚々として志を得。墓に入り衰敗の年に到れば、災禍一斉に門に上がる。我説き過ぎたり。人を教えて天時を用いて人事を験せしむるは、是れ見効最も速きに因る。如今連て一日の内の応験すら推し准ぜんと要すとも、実は難からず。曾て一位の官長有りて事を出だし、性命はただ旦夕に在り。我彼の為めに子孫世を持するを占い得て、彼に勧めて憂慮するを必とせず・必定赦に蒙らんとす。彼肯んじて信ぜず、なお先に行きて自盡せんと想う。我於是に一個の法子を想出せり。
酉日丙子日占何日雨得蒙之臨卦 父母寅木′ 動 妻財酉金″ 官鬼子水″ 官鬼亥水″應 子孫戌土″世 子孫丑土″ 兄弟午火″ 子孫丑土″ 子孫辰土′ 父母卯木′世 父母寅木″應 動 兄弟巳火′
酉月丙子日にいずれの天に雨を下すかを占いて、《山水蒙》を得て《地沢臨》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母寅木(発動)・官鬼子水・子孫戌土(世)・兄弟午火・子孫辰土・父母寅木(応、発動)。変卦は依次に妻財酉金・官鬼亥水(応)・子孫丑土・子孫丑土・父母卯木(世)・兄弟巳火。
上下寅木父動,明知寅日必雨,再叫人占何日雨,又得大壯之泰卦 兄弟戌土″ 子孫酉金″應 子孫申金″ 妻財亥水″ 父母午火′世 動 兄弟丑土″ 兄弟辰土′ 兄弟辰土′世 官鬼寅木′ 官鬼寅木′ 妻財子水′應 妻財子水′
上爻と初爻との両重の寅木父母同時に発動す。以て寅日必定雨を下すを知る可し。我又別人を叫びて再びいずれの天に雨を下すかを占はしめ、《雷天大壯》を得て《地天泰》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟戌土・子孫申金・父母午火(世、発動)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(応)。変卦は依次に子孫酉金(応)・妻財亥水・兄弟丑土・兄弟辰土(世)・官鬼寅木・妻財子水。
前卦寅木父動,當應寅日,此卦午火父爻長生於寅亦是。又叫人再占,得隨之屯。 妻財未土″應 父母子水″ 官鬼酉金′ 妻財戌土′應 父母亥水′ 動 官鬼申金″ 妻財辰土″世 妻財辰土″ 兄弟寅木″ 兄弟寅木″世 父母子水′ 父母子水′ 又見亥水父動知寅日必雨也,何也?亥水父動,動而逢合之日,亦應寅日。
前の一卦は寅木父母発動し、応期当に寅日に在るべし。この一卦は午火父母寅に長生し、指向するも亦是れ寅日なり。我又人を叫びて再び一度占はしめ、《沢雷随》を得て《水雷屯》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財未土(応)・官鬼酉金・父母亥水(発動)・妻財辰土(世)・兄弟寅木・父母子水。変卦は依次に父母子水・妻財戌土(応)・官鬼申金・妻財辰土・兄弟寅木(世)・父母子水。また亥水父母の発動を見る。以て寅日必定雨を下すを知る可し。何を以てか。亥水父母すでに発動せば、即ちそれと相合のあの一天に応ずべし。寅と亥と合す。依旧として寅日に落つるなり。
又至寅日五更又占本日何時有雨得睽之履 父母巳火′ 兄弟戌土′ 兄弟未土″ 動 子孫申金′世 子孫酉金′世 父母午火′ 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 官鬼卯木′ 官鬼卯木′應 父母巳火′應 父母巳火′
寅日五更に到りて、再び当天いずれの時辰に雨を下すかを占いて、《火沢睽》を得て《天沢履》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母巳火・兄弟未土(発動)・子孫酉金(世)・兄弟丑土・官鬼卯木・父母巳火(応)。変卦は依次に兄弟戌土・子孫申金(世)・父母午火・兄弟丑土・官鬼卯木(応)・父母巳火。
餘以前三卦俱應寅日而雨此,卦未土動化出申金子孫,此應一爻獨發,知其未時必雨申時大晴,清晨往彼安慰之曰:卜公之卦子孫持世無災,公不肯信,試看今日未時雨,申時晴者,公知我卦之靈,從此不須憂也,彼留於家,見午末未初雨從西南而來,未時大雨,申時雲散天開。合家齊曰:真神卦也。余曰:既知天時,何難知其人事?公宜寬心,過半月,果蒙恩赦。或日:未土兄動,如何指定未時必雨?余曰:神已報定寅日雨,今日再問者,又報晴時,不然目下已是晴天,如何又現申金子孫?申時晴耶。全在靈機變通耳。
前面の三卦皆寅日の雨を下すに指向す。この一卦又是れ未土兄弟発動して申金子孫を変出す。一爻独発に属す。我便ち未時必ず雨・申時大晴を知る。清晨我往きてあの位の官長を安慰して曰く、為めに占いたるの卦は子孫世を持す。本來災禍無し。您は却って肯んじて信ぜず。今天且つ未時の雨を下し・申時の晴れ放つを看よ。您即ち我の卦の霊なるか霊ならざるかを知らん。此より必ず再び憂うるなからん。他我を把りて家中に留む。午末未初に到りて、雨は西南より過ぎ来たり、未時に大雨を下し起し、申時に雲散じ天開く。全家斉声に曰く、真に是れ神卦なり。我曰く、すでに天時すら知るを得ば、人事又何の知り難き有らん。您只管心を寛くせよ。半個月を過ぎて、他果たして恩赦に蒙れり。ある人問う、未土是れ兄弟爻なり。兄爻発動するに怎麼して即ち未時必ず雨と指定するか。我曰く、神明は先前すでに寅日雨有りを報じ定めたり。今天再び問えば、報ずる所は便ち是れ晴に轉ずるの時辰なり。否らざれば眼下本來すでに晴れ放ちたるに、卦上何ぞ必ずしもまた申金子孫を現出して・申時の晴を指明せんや。これ全て人の機に臨みて変通するに在り。
増删卜易 巻之三
野 鶴 老 人 著 楚江李 坦我平鑑定 湖南李文輝覺子增刪男婿陳文吉茂生茹芝山秀仝校
本巻の題署曰く、野鶴老人著。楚江人李坦(字は我平)鑑定。湖南人李文輝(号は覺子)増删。其子と女婿の陳文吉(字は茂生)・茹芝山秀と一同校訂す。
身命章第三十六
諸書占身命,謂妻財子祿一卦,能包壽夭窮通,六爻兼斷。殊不知父子財官兄弟,各有相忌相傷,若以一卦而兼斷者,即如父母旺相,變應之微,又曰父旺傷子,豈世之有父母者,皆無子嗣之人也?又曰見兄則財莫能得,又為克妻之神,又曰兄弟爻與紫荊並茂,倘值旺兄持世,克妻耶?耗財耶?手足外傷耶?易林補遺有曰兄動妻亡財相,故執此論者,世之貧人寒士,皆失偶之人耶?至於財官子孫皆同此論,不暇細辨。必兼而斷者,即先醫猶在,執此問之,知亦無從置喙。覺子曰餘今得其法,乃分占之法也,占父母占兄弟,另占—卦終身財福何如?占終身功名有無?占終身夫妻偕老否?占終身子嗣及幫元俱宜分占。
各家の身命を占うを講ずるの書皆曰く、妻財・子孫・官禄は一卦にして即ち能く寿夭窮通を包み尽し、六爻兼ねて断ず。殊に知らず、父母・子孫・妻財・官鬼・兄弟は彼此各々相忌相傷有り。もし一卦を用いて兼ねて断ぜば、則ち父母旺相の時便ち父旺は子を傷ると説かんを要す——豈に世上およそ父母有るの人皆子嗣なからんや。又兄弟を見れば則ち財は得る可からずと言い、兄弟また是れ妻を剋するの神にして、同時にまた兄弟爻は手足の紫荆の並び茂るがごときを主ると言う。倘若旺兄世を持せば、究竟当に妻を剋し財を耗すと断ずべきか、それとも手足の傷を受くると断ずべきか。《易林補遺》に兄動すれば則ち妻亡び財散ずと言う。もしこの論を死守せば、世上の貧寒の士は豈に皆喪偶の人と成らざらんや。財爻・官爻・子孫に至っても、亦皆同様の矛盾有り。一時辨じて辨じ勝ぐ可からず。真に一卦兼ねて断ぜんと要せば、即ち前代の名医なお在ると雖も、これらの問題を拿げて去りて彼に問えば、彼も亦嘴を插むに由なし。李文輝曰く、我如今弁法を找着せり。即ち是れ「分占」の法——父母を占うは別に一卦を占い、兄弟を占うは別に一卦を占い、再び別に一卦を占いて終身の財福いかんを看る。此の外終身功名の有無・終身夫妻の能く偕老するか否か・終身子嗣及び科名は、皆当に分け開きて来たりて占うべし。
終身財福章第三十七
福財旺相,鐘鳴鼎食之家。世爻旺相無傷,既富且壽。覺子曰:占財宜於財旺,占壽獨重世爻,未聞財福不旺而世爻獨旺,即許富與壽也。執此論者世之多壽者皆富貴之人也。凡占終身財福,世爻財爻子孫爻三者無一失陷,定是家殷戶足、福祿綿長。財世旺相而福神不旺者,乃先富後貧之人也。何也?子孫者,財之源也。水無源流,終須枯涸,謂之財旺福空榮華不久。世與福爻旺相而財爻不旺者,乃無財享福之人也。既曰無財,焉能享福?此人心有現成之事業,祗知坐享,不知生發;或是財托他人掌管,祗知花費,不試艱難。財與福爻旺相而世爻不旺者,乃富屋之貧人也。
賦文に「福財旺相、鐘鳴鼎食之家」と言う。旧注は世爻旺相にして傷なければ便ちすでに富み且つ寿なりと解作す。李文輝曰く、財を占うは当に財爻の旺なるか旺ならざるかを看るべし。寿を占うは則ち専ら世爻を重んず。従来財福皆旺ならずしてただ世爻独り旺なるがあれば、即ち以て彼に又富み又寿を許す能しと聞かず。もしこの説法を死守せば、世上の長寿の人は豈に皆富貴の人と成らざらんや。およそ終身財福を占うは、世爻・財爻・子孫爻の三者に一個も失陥なければ、必定家道殷実・福禄綿長なり。財爻と世爻と旺相にして子孫旺ならざるは、是れ先に富み後に貧するの人なり。何を以てか。子孫是れ財の源頭にして、水に源頭なければ終究乾涸せんを要す。これを「財旺福空、栄華不久」と謂う。世爻と子孫と旺相にして財爻旺ならざるは、是れ福有りて財無きの人なり。すでに財無ければ、何を拿げて福を享けん。這種の人は現成の家業を守り、ただ坐享を知りて生発を懂せず。或いは銭財を別人に托して掌管せしめ、他ただ花銷を知りて艱難を知らず。財爻と子孫と旺相にして世爻旺ならざるは、則ち是れ富屋の裡に住するの窮人なり。
覺子曰:以上之論,不旺所句者,無氣失陷謂之不旺,得地有氣亦謂之不旺,空破墓絕亦謂之不旺。財福旺而世爻不旺而有氣者,從逢生之年復旺相。故謂之財福司權,榮華有日。財福兩旺,世爻無氣者,不為吉也,雖旺財豐衣足食,不免痴瘂暗聾、或遭疾病官非、或繫吝澀鄙俗。財福兩旺而世爻失陷者,更為凶也,雖有萬斛金銀,難買長生藥丹。前論財與福神,雖則不旺,亦宜有氣,若失陷者,更為凶兆,財福失陷,立見傾家,唯動空及動而破者,不妨定(應實)破(實)空之年月也。
李文輝曰く、以上に講ずる所の「不旺」の含義に幾層有り。無気失陥を不旺と叫び、僅に地を得気有るも亦を不旺と叫び、落空・逢破・入墓・臨絶も同様にを不旺と叫ぶ。もし財福旺にして世爻は旺ならざると雖もなお気有れば、生に逢うの年を待ちて即ち重新旺相せん。これ即ち「財福司権、栄華有日」と謂うなり。財福両旺にして世爻全然気無きは、即ち吉と算するを得ず。縱に家資豊厚・衣食缺かざると雖も、亦痴唖聾瞽を免れず、或いは疾病官非に遭い、或いは人と為りて吝嗇鄙俗なり。財福両旺にして世爻失陥するはいっそう凶なり。縱に萬斛の金銀有るも、亦長生の丹薬を買う能わず。前面に財爻と福神とは縱に旺ならずとも亦気有るを須うと言い、もし竟に失陥に至らば、則ちいっそう是れ凶兆なり。財福一旦失陥せば、立刻に即ち傾家を見る——ただ発動して空に落ち・発動して破に逢うの此の列に在らざるのみ。応期は空破を填実の年月に定まる。
財世休囚,龜釜生塵之宅。世爻財爻福爻三者無氣、或空破墓絕、或動而變凶,乃無衣乏食之人也。世爻得地、而財福失陷者,此人身強力健、或有小謀小技,亦可支撐度日。世爻福爻有氣、財爻無氣者,雖則貧寒樂享清福。世爻財爻有氣、福爻而無氣者,此人雖無積蓄,手頭常過金銀、或代人掌財,再得日月動爻生扶者,亦許小成。
賦文に「財世休囚、亀釜生塵之宅」と言う。世爻・財爻・子孫の三者皆気無く、或いは落空・逢破・入墓・臨絶し、或いは発動して凶象を変出するは、これ是れ衣を缺き食を缺くの人なり。世爻地を得て財福失陥するは、此人身強力壮にして、或いは些かの小本事小手芸有りて、亦能く支撐して日を度る。世爻と子孫と気有りて財爻気無きは、貧寒と雖も、倒に能く安く清福を享く。世爻と財爻と気有りて子孫気無きは、此人積蓄無しと雖も、手頭常に銀銭の経過有り、或いは人に替りて銭財を掌管す。再び日月動爻の生扶を得れば、或いは許りに小小の成就有らん。
如卯月申日占終身財福得復之頤 子孫酉金″ 動 官鬼寅木′ 妻財亥水″ 妻財子水″ 兄弟丑土″應 兄弟戌土″世 兄弟辰土″ 兄弟辰土″ 官鬼寅木″ 官鬼寅木″ 妻財子水′世 妻財子水′應 五爻亥水財、世爻子水財,皆長生於申日,雖不當令,卻得日建之生,獨嫌酉金福沖破而化絕,生平衣祿不少,難於積蓄成家。果此人自三十七歲入典鋪掌櫃,財東更換者三,此人依然在櫃,活至七旬之一,每年工食養家,此應財爻持世遇長生也,生四子二女。若執古法而兼看,卦中子孫破化絕,乃無子也。
例如卯月申日に終身財福を占いて、《地雷復》を得て《山雷頤》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(発動)・妻財亥水・兄弟丑土(応)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(世)。変卦は依次に官鬼寅木・妻財子水・兄弟戌土(世)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(応)。五爻亥水財と世爻子水財と皆申日に長生す。当令せざると雖も、却って日建の相生を得る。ただ酉金子孫の沖破せられ・また寅木を変出して「化絶」と成せるを嫌む。故に此人一生衣食缺かずといえども、却って積蓄して家を成すこと難し。後來果たして此の如し。他三十七歳より当鋪に在りて掌櫃を為し、東家は三任を換えたるも、他依旧として櫃上に留まり、七十一歳に活き到り、每年工銭を頼りて家を養えり。これ正に財爻世を持してまた長生に逢うに応ず。此人は四子二女を生めり。もし古法に照らして一卦兼ねて断ぜば、卦中子孫は破を被りまた絶を化す。豈に彼に兒子無しと断ぜんと要せざらんや。
黃金策曰:世位休囚,非貧即夭。餘以為非貧者,須觀財福。夭者,單用世爻。非夭即貧,不是卜易之理。世居空位,終身作事無成。舊注大忌世空,一生百事無成。餘以此論近理,但未分出旺與動,世爻旺而空者,謂之帶旺匪空。動不為空,遇日建沖者,沖空則實空之年,勃然發福。豈曰無成。
《黄金策》に「世位休囚、非貧即夭」と言う。我は以て、彼の貧なるか貧ならざるかを言うは、財爻子孫を看るを要し、彼の夭なるか夭ならざるかを言うは、ただ世爻を看ると為す。「非夭即貧」の両件事を把りて一処に捆るは、是れ卜易の道理にあらず。賦文に「世居空位、終身作事無成」と言う。旧注は最も世爻の落空を忌み、以て是一生百事成らずと為す。我は以てこの話なお算して理に近しと為す。ただ是れ旺と動とを分け清めざるのみ。世爻旺にして空に落つるは、「帯旺非空」と謂う。発動すれば即ち空と算せず。日建の来たりて沖するに遇うは、是れ「沖空則実」にして、填実のあの年に到りて反って勃然として福を発す。どうして一事成らずと説く能わんや。
如戌月辛亥日占終身財福得比之觀卦 妻財子水″應 動 官鬼卯木′ 兄弟戌土′ 父母巳火′ 子孫申金″ 兄弟未土″世 官鬼卯木″世 官鬼卯木″ 父母巳火″ 父母巳火″ 兄弟未土″ 兄弟未土″應 斷曰:世爻雖空,月建合之,亥日生之,子水財爻動而生世,卯年一定成家,丑年占卦,果至卯年立業成家。彼時定鼎之初,雲貴才平,此人於川中帶出附子黃蓮桑材數擔,勃然家蓄數千餘金,從此立業成家,連年豐足,此豈可謂終身作事無成耶?
例如戌月辛亥日に終身財福を占いて、《水地比》を得て《風地観》に変ず。本卦六爻は上より下へ、妻財子水(応、発動)・兄弟戌土・子孫申金・官鬼卯木(世)・父母巳火・兄弟未土。変卦は依次に官鬼卯木・父母巳火・兄弟未土(世)・官鬼卯木・父母巳火・兄弟未土(応)。断語は曰く、世爻卯木は空亡に落つると雖も、却って戌月月建のそれと相合する有り、亥日また来たりてそれを生じ、子水財爻なお発動して世を生ず。卯年に一定に家を成し業を立てん。此卦は丑年に占えり。果たして卯年に到りて業を立て家を成せり。あの時正に開国の初に当たり、雲南貴州は剛剛平定せり。此人は四川より附子・黄連・桑材の若干担を販出して、一下子に数千両の銀子を積み起し、此より業を立て家を成し、連年豊足せり。このようなの人をどうして「終身作事無成」と説く能わんや。
又如酉月辛未日占終身財福得頤卦 兄弟寅木′ 兄弟寅木′ 父母子水″ 父母子水″ 妻財戌土″世 妻財戌土″世 妻財辰土″ 妻財辰土″ 兄弟寅木″ 兄弟寅木″ 父母子水′應 父母子水′應 斷曰:財爻持世,雖有未日扶拱,不宜旬空。卦中無火生助,占身命之最忌也,難許成家。此人自二十五歲至五十多歲東奔西走,一事無成,後因貧困,從戒外出。如此者謂之生平作事無成,可也。
又如く酉月辛未日に終身財福を占いて、《山雷頤》を得たり。六爻は上より下へ、兄弟寅木・父母子水・妻財戌土(世)・妻財辰土・兄弟寅木・父母子水(応)。六爻皆静にして変卦なし。断語は曰く、財爻戌土世を持す。未日の同類扶拱有ると雖も、可惜正に旬空に逢う。卦中又火爻無くして土を生助することなし。財すでに空に落ちまた来たる源無し。これ是れ身命を占うの最も忌諱する所にして、彼に家を成し業を立つるを許し難し。此人は二十五歳より五十多歳に到るまで東奔西走して一事成らず。後來貧困なるに因りて、戒を受け家を出でて去れり。これのごときは、才に真に以て「生平作事無成」と説く可し。
身入墓鄉,到老求謀多淚。世爻有墓,但有一墓者,若休囚無氣,主其人如痴如醉、不伶不俐、動靜行藏心不響快、凡為不遂。覺子曰:世爻若得臨於日月,或日月生扶、或動而化吉、不逢沖墓之年,果然顛倒昏迷,及逢墓庫沖開,如苗逢雨。諺云:福至心靈,爻中再有財福相生,或財福旺相者,陡然富足,故曰墓中人逢沖之年而發,豈可謂到老而多淚耶?
賦文に「身入墓郷、到老求謀多涙」と言う。世爻に墓有れば、哪管ただ一個の墓のみあるも、ただ世爻休囚無気なれば、此人便ち如痴如醉・不伶不俐にして、一挙一動心裡皆爽快ならず。およそ為す所有れば皆意に遂わず。李文輝曰く、世爻もし正に日辰月建に当たり、或いは日月の生扶を得、或いは発動して吉を変ずれば、則ち墓を沖せざるの年份に在るは固然昏昏沉沉たるも、一たび墓庫を沖開の年份に到れば、即ち禾苗の雨に遇うがごとし。諺語に「福至心霊」と言う。卦中再び財福相生有り、或いは財福旺相なれば、此人便ち陡然として富足せん。故に「墓中人逢沖之年而発」と言う。どうして彼の到老ただ多く涙を流すに落つるのみと説く能わんや。
如午月丙戌日占終身財福得節卦 兄弟子水″ 兄弟子水″ 官鬼戌土′ 官鬼戌土′ 父母申金″應 父母申金″應 官鬼丑土″ 官鬼丑土″ 子孫卯木′ 子孫卯木′ 妻財巳火′世 妻財巳火′世 此人旺財臨世,平素手有餘錢,亦因世入戌墓,酷好如痴賭,後至巳年因開鉛礦,連開數穴,富冠一鄉。野鶴曰:古法當應沖開戌墓之年,此卦而應沖世之年。
例如午月丙戌日に終身財福を占いて、《水沢節》を得たり。六爻は上より下へ、兄弟子水・官鬼戌土・父母申金(応)・官鬼丑土・子孫卯木・妻財巳火(世)。六爻皆静にして変卦なし。此人の世爻は旺相の財爻を坐す。平素手頭常に余銭有り。亦世爻巳火の戌土墓中に落つるに因りて、故に酷く赌博を好み・沉溺して痴のごとし。後來巳年に到りて鉛鉱を開採し、一連に幾処の鉱井を開き、一郷に富甲せり。野鶴老人曰く、古法に按ぜば本來当に戌墓を沖開のあの一年に応ずべし。この一卦は却って世を沖の年に応じたり。即ち世爻巳火の値に臨み・亥と相冲するの巳年なり。
卦宮衰弱根基淺,爻象豐隆命運高。爻象豐隆,占身命最重。世爻、財爻、福爻,得遇生扶,自然命運高強。唯卦宮之衰弱者不驗,常見根基淺薄之人,宮幾旺,是不為法。若問成家嫌六沖之為卦。舊注:凡遇六沖,必主其人作事有始無終。前卦六沖,前三十年生涯淡泊,後卦六沖,三十年後家業凋零。余曰:非也,若之以兩卦六沖斷六十年之休咎,而世與財福置之於何地?若世財福爻無氣,再遇六沖卦者是也。
賦文に「卦宮衰弱根基浅、爻象豊隆命運高」と言う。爻象豊隆は、身命を占うの時最も要緊なり——世爻・財爻・子孫爻の生扶を得れば、命運自然高強なり。「卦宮衰弱」の一説に至っては、我験すに霊ならず。常見るに根基浅薄の人の、卦宮偏偏甚だ旺なり。見るべし、以て法と為すに足らず。賦文に「若問成家嫌六沖之為卦」と言う。旧注曰く、およそ六沖卦に遇えば、此人事を為すは必定始有りて終無し。前の一卦六沖は、前三十年生涯淡泊し、後の一卦六沖は、三十年後家業凋零す。我曰く然らず。もし兩個の六沖卦を拿げて六十年の休咎を断ぜば、則ち世爻と財福とまた何の位置に擺るか。ただ世爻・財爻・子孫皆気無く、再び六沖卦に遇わば、才に以てこのように断ず可し。
如寅月乙巳日占財福 兄弟戌土″ 兄弟戌土″ 子孫申金″ 子孫申金″ 父母午火′世 父母午火′世 兄弟辰土′ 兄弟辰土′ 官鬼寅木′ 官鬼寅木′ 妻財子水′應 妻財子水′應
例如寅月乙巳日に一生財福を占いて、《雷天大壯》を得たり。六爻は上より下へ、兄弟戌土・子孫申金・父母午火(世)・兄弟辰土・官鬼寅木・妻財子水(応)。六爻皆静にして変卦なし。此卦は父母午火世を持して四爻に居り、官鬼寅木また寅月の令に当たる。正に是れ官父両旺の象なり。
餘見此卦,世旺官父旺,見其人才品異常,問曰:近來所作何事?彼曰:在庠,因家寒,意欲行醫,不名財福如何?余曰:卦中官父兩旺,寅年必有際遇,午未年定登金榜。伊曰:予知不能,竟無此念。余曰:爾雖以財為問,而神告將來可成名。後果於寅年醫好富翁,厚贈讀書。午年一榜,富翁及親友又贈,援例縣令,未幾丁艱,及至補缺未幾,裡誤而歸,囊筐消然。應寅年者,寅年而實空。應午年發者,世爻而值年月,功名反覆而不久者,六沖之卦也。宦囊消索者,子水財爻絕於日也;
我看るにこの一卦は世爻旺・官爻父爻も亦旺なり。又見るに此人才貌品格衆に出ず。便ち彼に問うに近來何の営生を為すかと。他曰く、県學に在りて書を読む。家境寒素なるに因りて、行を改めて医を行わんと想う。財福いかんかを知らず。我曰く、卦中官父両旺なり。寅年必ず際遇有らん。午年・未年に一定に金榜に名を題せん。他曰く、我自ら考え取る能わざるを知り、早已にこの個の念頭を断てり。我曰く、你はただ財福を問うと雖も、神明は却って你に告げて將來能く名を成すを。後來他果たして寅年に一位の富翁の病を治し愈し、富翁は厚く銭財を贈りて彼に供して書を読ましめ、午年に挙人に中り、富翁と親友とまた再び銀を贈り、他例に依りて捐納して県令と為す。上任久しからずして父母の喪に遭遇し、服満ちて缺を補すもまた久しからず、公事の失誤に因りて罷め歸り、行囊蕭然たり。寅年に応じたるは、寅年の空亡を填実せるに因る。午年に応じて発達せるは、世爻午火の正にあの一年の年支に当たるに因る。功名反覆して長久ならざるは、所得是れ六沖の卦なるに因る。宦囊耗尽せるは、則ち子水財爻の巳日に絶するに因る。
要知創業喜六合以成爻。舊注:占身命得六合卦,主其人春風和氣,交結善友,百事如心。交遊春風者有理,若以百事如心未必然,世必以用神兼之,爻象吉者,吉而又吉,爻象凶者,合亦無益。動身自旺獨力撐持。舊注:世爻不遇日辰動爻生扶,而自強自旺,其人必白手成家,此屢驗。但須財爻持世,而自強自旺,多自成家。若兄父官鬼持世,未必僅可撐持而已。
賦文に「要知創業喜六合以成爻」と言う。旧注曰く、身命を占いて六合卦を得れば、此人春風和気・広く善友を結び・百事心の如し。彼の人を待つこと春風のごとしと言うは、この道理有り。彼の百事心の如しと言えば、即ち未必なり——総要して用神を兼ね看るを要す。爻象吉なるは、是れ吉上に吉を加う。爻象凶なるは、縱に合に逢うも亦益処なし。賦文に「動身自旺独力撑持」と言う。旧注曰く、世爻に日辰動爻の生扶なきも、却って自身強旺すれば、此人必定白手に家を成さん。この一条は屢々応験す。ただ須らく是れ財爻世を持して自強自旺なるを以て、才に多半能く自己掙り出だして一份の家業を為すを得べし。もし是れ兄弟・父母・官鬼世を持せば、未必家を成さず。不過勉强支撐するのみ罷れり。
如申月壬子日占終身之財福 子孫酉金″應 子孫酉金″ 妻財亥水″ 妻財亥水″應 兄弟丑土″ 兄弟丑土″ 兄弟辰土′世 動 兄弟丑土″ 官鬼寅木′ 官鬼卯木′世 妻財子水′ 父母巳火′ 世臨辰土,旺於子日,雖無刑傷沖剋,亦無生扶,真可謂之自強自旺,此人原來稍有家業,因賭致貧,問將來還有發旺否?余曰:兄爻持世,永無發福之秋,且世爻逢退,難許長年。後從當夫頭死於丑年。
例如申月壬子日に一生の財福を占う。本卦六爻は上より下へ、子孫酉金(応)・妻財亥水・兄弟丑土・兄弟辰土(世、発動)・官鬼寅木・妻財子水。変卦は依次に子孫酉金・妻財亥水(応)・兄弟丑土・兄弟丑土・官鬼卯木(世)・父母巳火。世爻は辰土を坐し、子日に在りて旺を為す。すでに刑傷沖剋無く、亦生扶無し。真に以て自強自旺と謂う可し。此人原本略かに家業有り。赌博に因りて敗落し、来たりて將來なお能く発達するか否かを問う。我曰く、兄爻世を持す。永く福を発するの日無し。何況や世爻辰土は丑土を変出す。是れ「化退神」にして、連て長寿も亦指望し難し。後來他人に為めに当鋪伙計の頭目を為して、丑年に死せり。
衰世遇扶,因人創立。此果屢驗。世爻無氣,得遇日月動爻有一而生扶者,必遇好人提拔,但亦要財爻持世,或日月動爻作財以生世,因人照管成家,若父兄持世僅可度日,屢見日月生世,貴人生世,常得官貴垂青。如丑月丙辰日占終身財福得未濟之睽 兄弟巳火′應 兄弟巳火′ 子孫未土″ 子孫未土″ 妻財酉金′ 妻財酉金′世 兄弟午火″世 子孫丑土″ 子孫辰土′ 父母卯木′ 父母寅木″ 動 兄弟巳火′應
賦文に「衰世遇扶、因人創立」と言う。この一条は屢々応験す。世爻気なしとも、ただ日辰・月建或いは動爻の中のいずれの一様を得て来たりて生扶せば、必定好人の提拔に遇わん。ただし亦財爻世を持し、或いは日月動爻財爻を充当して来たりて世を生ずるを要して、才に能く人の照拂を憑りて家を成さん。もし是れ父母・兄弟世を持せば、則ちただ勉强日を度る能うのみ。我屢次見るに日月世を生じ・貴人世を生ずるの人は、常常官長の青睞を得る。例如丑月丙辰日に終身財福を占いて、《火水未済》を得て《火沢睽》に変ず。本卦六爻は上より下へ、兄弟巳火(応)・子孫未土・妻財酉金・兄弟午火(世)・子孫辰土・父母寅木(発動)。変卦は依次に兄弟巳火・子孫未土・妻財酉金(世)・子孫丑土・父母卯木・兄弟巳火(応)。
斷曰:兄爻持世,耗財之神,雖得寅木相生,而財不聚。彼曰:作何事可以成家?余曰:木生火旺,木火通明,胸中靈巧,況朱雀臨父,筆硯可以營生。後因叔父作衙門命之貼,寫得上人之意,可度日而財不聚。叔父提拔者,應寅木父爻生,又是筆墨營生。
断語は曰く、兄爻世を持す。是れ財を耗すの神なり。寅木父母の来たりて生ず有ると雖も、銭財終究聚め住む能わず。他問う、何の事を為して才に家を成す能わんや。我曰く、木は火を生じて火旺し。木火通明なり。你胸中霊巧なり。何況や朱雀は父母爻に臨む。以て筆墨を憑りて営生す可し。後來他叔父の在する所の衙門裡に在りて書辦を為し、写す所の東西は上司の心意に合し、以て日を度る能しといえども、却って依旧として銭を攢め下る能わず。叔父の彼を提拔するは、正に寅木父爻の世を生ずるに応ず。筆墨を以て生と為すも、亦朱雀の父母に臨む上に応ず。
日持合助一生偏得小人心,歲月克沖半世未沾君子德。世爻不論旺衰但得歲月日建有一而生扶者,君恩寵愛、君子相親、小人忠敬,平人者必得貴客扶持。又曰:父來生得父輩之恩,兄來克受兄之累,此則問有驗不可執之。世爻有氣或被日月有一而沖剋者,仕者上位相陵、同僚不睦、小人毀謗,若太歲五爻沖剋者,君恩失寵,世若休囚者更甚。平人而得此者,官貴欺陵,新朋妒忌,下輩欺侮。世若休囚更甚。遇龍子而無氣,縱清高亦是寒儒。此果屢驗。凡得青龍子孫持世,必然立志高遠,不慕富貴。即子孫無氣,亦主絕俗超群,自甘寒薄。
賦文に「日持合助一生偏得小人心、歳月剋沖半世未沾君子徳」と言う。世爻は旺衰を論ぜず、ただ太歳・月建・日辰の中に一様有りて来たりて生扶せば、官を為るは即ち君王の恩寵・正人の親近・下層の忠敬を得。平民百姓も亦必ず貴人の扶持を得ん。又曰く、父母爻の来たりて生ずるは、得る所是れ父輩の恩惠なり。兄弟爻の来たりて剋するは、受くる所是れ兄弟の拖累なり——この一条は偶々霊験し、死執する可からず。反って、世爻気有りと雖も太歳・月建・日辰の中のいずれの一様に沖剋せらるれば、官を為るは即ち上級の欺圧を受け・同僚と不睦し・小人の毁謗を被らん。もし是れ太歳と五爻との来たりて沖剋すれば、則ち是れ君恩を失せり。世爻休囚のはいっそう甚だし。平民之に遇えば、即ち官府の欺凌を受け・新交の妒忌・晩輩の欺侮を受くべし。世爻休囚のはいっそう甚だし。賦文に「遇龍子而無気、縱清高亦是寒儒」と言う。この一条は屢々応験す。およそ青龍子孫の世を持するを得れば、此人必定志を立てて高遠・富貴を慕わず。即ち子孫気無きも、亦彼の流俗を超脱し清寒に甘んずるを主る。
如酉月癸丑日占終身除功名外何事可為?得卦如下: 父母戌土′ 父母戌土′ 兄弟申金′ 兄弟申金′應 官鬼午火′應 官鬼午火′ 兄弟酉金′ 兄弟申金′ 子孫亥水′ 動 官鬼午火″世 父母丑土″世 父母辰土″
例如酉月癸丑日、人有りて来たりて占う。自己一生の中、功名を除きの外なお何の事を為す可き有るか。得る所の卦の六爻は上より下へ、父母戌土・兄弟申金・官鬼午火(応)・兄弟酉金・子孫亥水(発動)・父母丑土(世)。変卦は依次に父母戌土・兄弟申金(応)・官鬼午火・兄弟申金・官鬼午火(世)・父母辰土。
斷曰:財星伏於二爻,又值空亡,正所謂內外無財,伏又空,財莫能聚,且喜子孫獨破遇青龍,雖不持世,亦主清高,生平非義不取,不以富貴關心。彼曰:祖有恩蔭,讓與弟承襲,令欲挾會遍遊,取樂山水,可能如願否?余曰:亥水子孫變鬼,財爻又空,子死妻空,絕俗離群之事,如有此志,此卦驗之幾矣。彼曰:餘年四十有三,自二十一歲妻亡之後,竟未續絃,子女皆無。余曰:卦之相合,必如其願。後聞此人遊川廣填黔,及至十餘載之後,致書於家。竟入華山,不知所終。
断語は曰く、財星は二爻の下に伏し、また正に空亡に逢う。これ即ちいわゆる内外財無く・伏し且つ空なるにして、銭財聚め起す能わず。喜ぶ可きは子孫一爻独り動きて青龍に臨むなり。世を持せざると雖も、亦此人の清高・一生不義の財取らず・富貴を心上に放らざるを主る。他曰く、祖上に恩蔭有り。我弟に譲りて承襲せしめたり。如今行囊を帯びて四処雲遊し、情を山水に寄せんと想う。能く願いの如くなるか否か。我曰く、亥水子孫は官鬼を変出し、財爻また空に落つ。是れ子女存し難く・妻室空虚の象にして、正に絶俗離群のこの件事に合す。你若し真に此の志有れば、この一卦は応験に離れて遠からず。他曰く、我今年四十三歳にして、二十一歳妻子亡故の後より一直に續弦せず、子女も亦皆無し。我曰く、卦象は你の心願と正に相合す。必定願いの如くならん。後來聞くに此人は四川・広東を遊歴し、又貴州に入り、十多年後に一封の家書を寄せて回り来たる。竟に華山に入りて、此後下落を知らず。
覺子曰:餘因父子兄財官鬼各有相忌,難以一卦決之,是以分占得理,然亦有不占財神卦中現出旺財,不問功名爻象現出旺官,目下刑妻克子不待另占,卦中先現刑傷,不可不詳加細查。或曰:既謂分占,何故又言兼斷?余曰:此理難同俗人而言,來人慾占事者其幾動矣,人之至親,莫過於骨肉,人之得志,莫過於利名,神不告已問之事者,以重大者而先告也,即如此卦福遇青龍清高之客,子孫變鬼絕後之人,兼之財伏而空,乃是離塵絕俗,以此數事,正合福遇青龍清高之客也,似顯而見,何須另卜再卦?不然,此財爻者以之為財帛空耶?以之為妻妾空耶?
李文輝曰く、正に父母・子孫・兄弟・妻財・官鬼各々相忌有るに因りて、一卦以て尽く決する能わざるが難し。故に我分け開きて来たりて占うを主張して才に合理と為す。然而亦このようなの情形有り。併せて財を占わざるに、卦中却って旺財を現出し、併せて功名を問わざるに、爻象却って旺官を現出し、眼下即ち刑妻剋子の応有りて、別に占うを必とせず、卦裡已に先に刑傷を顕出す——これらは皆仔細に察看せざる能わざるなり。ある人問う、すでに分占を主張せば、何を以てか又兼ねて断ずと言うや。我曰く、この個の道理は常人と細講し難し。来たる人事を占わんと要せば、心中の機兆早已に動けり。人の最も親しきは骨肉に過ぎず、最も看重するは名利に過ぎず。神明の問う所に答えずして先に別のを答えるは、是れいっそう重大のを將に先に彼に告げんと欲するに因る。即ちこの一卦のごとし。子孫は青龍に臨む。是れ清高の客なり。子孫は鬼を変ず。是れ絶後の人なり。再び財爻伏蔵して空に落つるを加う。正に是れ塵を離れ俗を絶つの象なり。この幾件は互相印证して、皆「福遇青龍、清高之客」のこの句の話に合す。明明白白眼前に擺る。何ぞ必ずしも再び別に一卦を占わんや。然らざれば、この個の財爻は究竟財帛の落空と算すべきか、それとも妻妾の落空と算すべきか。
逢虎妻而旺強,雖鄙俗偏為富客。舊注為白虎臨財持世,雖其人不知禮義,然必家道殷實,果有驗。又曰:旺財若有制服,亦粗知文墨,此又非理,論旺財逢制,及應將來之破敗也,豈以文墨言?如午月丙子日占財福得明夷之豐 父母酉金″ 官鬼戌土″ 兄弟亥水″ 父母申金″世 官鬼丑土″世 動 妻財午火′ 兄弟亥水′ 兄弟亥水′ 官鬼丑土″ 官鬼丑土″應 子孫卯木′應 子孫卯木′ 世臨白虎化出旺財生世,果此人目不識丁,鄙俗不堪,農生盡可度日,人丁六畜豐盛。戌年占卦,值子年農生被蝗蟲食盡,全家瘟疫,六畜亦瘟。應子年者,占時原有子日沖其午火,因午火而值月建可以相敵,令遇子年,增其沖剋,所以破敗。
賦文に「逢虎妻而旺強、雖鄙俗偏為富客」と言う。旧注は白虎財爻に臨み世を持すれば、此人礼義を懂せざると雖も、家道必定殷実と曰う。この話確かに応験有り。旧注また曰く、旺財もし制服を受ければ、此人も亦粗く文墨に通ず。則ち合せず理なり。旺財制を受くるは、応ずる所是れ將來の破敗なり。どうして文墨に扯げ上ぐる能わんや。例如午月丙子日に財福を占いて、《地火明夷》を得て《雷火豊》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母酉金・兄弟亥水・官鬼丑土(世、発動)・兄弟亥水・官鬼丑土・子孫卯木(応)。変卦は依次に官鬼戌土・父母申金(世)・妻財午火・兄弟亥水・官鬼丑土(応)・子孫卯木。世爻は白虎に臨みて旺財を変出して来たりて世を生ず。此人果たして目丁を識らず・鄙俗不堪にして、農務を恃みて以て日を度るに足り、人口牲畜皆興旺せり。卦は戌年に占えり。子年に到りて庄稼は蝗虫に吃光せられ、全家瘟疫に染み、六畜も亦瘟に遭えり。子年に応じたるは、卦を占うの時本來子日のあの午火を沖する有りて、ただ是れ午火月建に当たりてなお能く抵挡せるに因る。如今また子年に逢い、沖剋加倍す。故に敗落せり。
父母持身辛勤勞祿,鬼爻持世疫病纏綿,遇兄則莫能聚財,遇子則身不犯刑。黃金策曰:父母官鬼持世皆可斷為辛勤勞碌、疾病纏綿。舊注曰:若是貴人勿以此斷。此說非理,實知不是貴人,焉知將來不貴?曾有人占財福酉月壬辰日得恆卦 妻財戌土″應 妻財戌土″應 官鬼申金″ 官鬼申金″ 子孫午火′ 子孫午火′ 官鬼酉金′世 官鬼酉金′世 父母亥水′ 父母亥水′ 妻財丑土″ 妻財丑土″ 問曰:爾過禱告曾問功名否?彼曰:生意人問,何有功名之念?余曰:此卦財生官旺,竟可問名。彼曰:天有落下來之官,亦不到我頭上。
賦文に「父母持身辛勤労碌、鬼爻持世疫病纏綿、遇兄則莫能聚財、遇子則身不犯刑」と言う。《黄金策》は父母或いは官鬼世を持すれば、皆辛苦労碌・疾病纏身と断ず可しと言う。旧注は却って又「若是貴人、不可這樣断」と曰う。この話理に合せず。眼下明かに彼の是れ貴人にあらざるを知るに、どうして彼の將來貴ならざるを知らん。曾て人有りて酉月壬辰日に財福を占いて、《雷風恒》を得たり。六爻は上より下へ、妻財戌土(応)・官鬼申金・子孫午火・官鬼酉金(世)・父母亥水・妻財丑土。六爻皆静なり。我彼に問う、你禱告の時功名を問うたるや。他曰く、買賣を為す人の来たりて問うなり。哪に何の功名の念頭有らん。我曰く、この一卦は財旺にして官を生ず。実は甚だ以て功名を一問す可し。他曰く、即ち天上より官を掉下すとも、亦我の頭上に砸り着かざらん。
命再占得噬嗑變否卦 子孫巳火′ 妻財戌土′應 妻財未土″世 動 官鬼申金′ 官鬼酉金′ 子孫午火′ 妻財辰土″ 兄弟卯木″世 兄弟寅木″應 子孫巳火″ 父母子水′ 動 妻財未土″ 余曰:世爻未土之財變出申金之官,明明以財而變官。前卦財旺生官者,因世臨月建之官,辰日沖動戌土之財,暗動生世。雖可許名,不敢指以年月,後卦世臨未土而逢空,實空之年包出仕。果於卯年援例入臨,巳年初任兵馬即加納縣令,未年再位江南。舊注官鬼持世疾病纏綿,若是貴人。勿以此斷。此人原非貴人。豈謂之疾病纏綿耶?
我彼を叫びて再び一卦を占はしめ、《火雷噬嗑》を得て《天地否》に変ず。本卦六爻は上より下へ、子孫巳火・妻財未土(世、発動)・官鬼酉金・妻財辰土・兄弟寅木(応)・父母子水(発動)。変卦は依次に妻財戌土(応)・官鬼申金・子孫午火・兄弟卯木(世)・子孫巳火・妻財未土。我曰く、世爻未土財爻は申金官星を変出す。明明是れ財より官に変ずるに由る。前の一卦の財旺官を生ずと説く所以は、是れ世爻正に月建に当たるの官星にして、辰日また戌土財爻を沖動してそれを暗動せしめて来たりて世を生ぜしむるに因る。彼に名を成すを許す可しと雖も、却って敢えて年月を指定せず。この一卦は世爻未土を坐して旬空に逢う。空亡を填実のあの年に到れば即ち出仕すべし。後來果たして、卯年に例に依りて捐納して監に入り、巳年に初めて兵馬司の職に任じ、随即再び捐めて県令と為し、未年また調任して江南と為す。旧注は官鬼世を持すは疾病纏綿を主ると言い、又「若是貴人則不可這樣断」と言う。这人本來併せて貴人にあらず。豈に即ち彼に疾病纏綿を断ずべけんや。
又如巳月已丑日占終身財福得歸妹之臨卦 父母戌土″應 兄弟酉金″ 兄弟申金″ 子孫亥水″應 官鬼午火′ 動 父母丑土″ 父母丑土″世 父母丑土″ 妻財卯木′ 妻財卯木′世 官鬼巳火′ 官鬼巳火′ 余曰:卦中財福不旺,而官父兩旺,如何不問功名?彼曰功名之念已滅。余曰:世臨日建月建生身,必主顯貴中舉,巳午年富貴逼人來也。果於午年保舉,雖非科甲,身為科裡之官,此豈可謂父母持身辛勤勞碌耶?
又如く巳月己丑日に終身財福を占いて、《雷沢帰妹》を得て《地沢臨》に変ず。本卦六爻は上より下へ、父母戌土(応)・兄弟申金・官鬼午火(発動)・父母丑土(世)・妻財卯木・官鬼巳火。変卦は依次に兄弟酉金・子孫亥水(応)・父母丑土・父母丑土・妻財卯木(世)・官鬼巳火。我曰く、卦中財爻子孫皆旺ならず、官爻父爻却って両旺す。何を以てか功名を問わざる。他功名の念頭早已に熄えたりと曰う。我曰く、世爻正に丑日の日建に当たり、又有巳月月建の来たりて身を生ず。必ず顕貴にして挙に中るを主らん。巳年午年に富貴は会して自己門に找し上がらん。後來果たして午年に人の保挙を得て、科挙正途の出身にあらざると雖も、亦科班の職の官を為せり。このようなの人を、どうして父母身を持せば一定に辛勤労碌と説く能わんや。
父母臨身勞碌貧寒之輩。或曰:黃金策乃卜筮之宗,未有占身命而以父子財官兼斷之理。余曰:既不為信,即看父母持身之解注,其可知矣。謂占身不可見父兄官鬼持世,爻遇父則克傷子女,一生勞碌,不得安逸。豈非父為克子之神,又為一生勞碌之神?即執論之,但遇父爻持世,不獨一生勞碌辛勤,官不旺而父旺者,雖不見用於朝廷,名盛之傳。衰而又逢沖剋,即欲寄食於公門,凶多吉少。
賦文に「父母臨身、労碌貧寒之輩」と言う。ある人曰く、《黄金策》是れ卜筮の宗師の作なり。哪に身命を占うて父・子・財・官を分けて兼ねて断ずるの道理有らん。我曰く、你若し信ぜざれば、ただそれの「父母持身」のこの一条の注解を看れば即ち明白なり。それは身命を占うは父母・兄弟・官鬼の世を持するを見る可からずと言い、爻父母に遇えば即ち子女を剋傷し・一生労碌して安逸を得ず——これは正に父母を把りてすでに子を剋するの神と当作り・また労碌の神と当作るにあらずや。即ちそれのこの説法に依れば、父爻世を持するの人に遇上するも、亦未必ただ一生辛勤労碌のみならず。もし官星旺ならずして父爻旺なれば、朝廷の任用を被る能わざると雖も、亦能く文名を以て世に傳わらん。もし父爻衰弱にしてまた沖剋に逢わば、則ち即ち官府裡に在りて一口の飯を謀らんと想うも、亦是れ凶多吉少なり。
如子月乙未日占終身財福得兌卦 父母未土″世 父母未土″世 兄弟酉金′ 兄弟酉金′ 子孫亥水′ 子孫亥水′ 父母丑土″應 父母丑土″應 妻財卯木′ 妻財卯木′ 官鬼巳火′ 官鬼巳火′ 斷曰:卯木之財,而入未日之墓,巳火之官,休囚無氣,名不能成,利不能就,惜乎旺父臨身,才愈高而和愈寡,況得卦遇六沖,一事無成之象。後屢見逢顯貴聘之,才高氣傲,皆不待瓜期辭矣。目摯十餘載,貧寒炎泊,後隨表弟升任雲南,不知所終。
例如子月乙未日に終身財福を占いて、《兌為沢》を得たり。六爻は上より下へ、父母未土(世)・兄弟酉金・子孫亥水・父母丑土(応)・妻財卯木・官鬼巳火。六爻皆静にして変卦なし。断語は曰く、卯木財爻は未日の木墓に落入し、巳火官星は子月に休囚無気す。名すでに成る能わざれば、利も亦即ち成らず。惜ぶ可きは旺相の父爻世を持するなり——才気愈高ければ、投合する人愈少なし。何況や所得又是れ六沖の卦にして、正に是れ一事成らざるの象なり。後來屢々顕貴の人の彼を聘する有り。他才高く気傲くして、皆任満ちるを等たずして辞し去れり。このように蹉跎して十幾年、貧寒淡泊にして、最後に表弟に跟随りて雲南に往きて任に赴き、終る所を知らず。
兄父臨世財耗貧寒。舊係遇兄則財莫能聚解。注有云:世逢兄爻必克妻妾,一生必不聚財,既以之為克妻,又以之為破耗,執此而論,世之傷妻者,皆貧困之人也。假使貧者偕老,富者斷絃,何以決之?故予以分占之法,實得理也。覺子曰:凡占財福,兄爻持世,雖不許之富足,亦看旺衰,旺則貧而好義,衰則多疾病官非,得日月生扶,貧而樂。得日月作財而合世,富而驕。旺臨蛇虎元武,奸盜詐為之兇頑。衰遇勾陳雀武,揹負肩挑之躬漢,受克受制,下賤隸卒。得合得扶,上人抬舉。全在人之通變,人觀其輕重而言。
賦文に「兄父臨世、財耗貧寒」と言う。旧本は「遇兄則財莫能聚」と作る。注裡に世爻兄弟に遇えば必ず妻妾を剋し・一生財を聚め住む能わずと言う。すでにそれの妻を剋すと言い、またそれの財を破ると言う。この講法に照らせば、世上妻子を死したるの人は豈に皆窮困の人ならざらんや。假使窮人夫妻偕老し・富人中年妻を喪せば、又怎麼断ずべきか。故に我分占の法を用うるは、実在是れ道理有るなり。李文輝曰く、およそ財福を占うは、兄爻世を持すは固然彼に富足を許す能わざるも、亦なお旺衰を看るを要す。兄爻旺なるは、貧と雖も義を好む。兄爻衰なるは、疾病官非多し。日月の生扶を得るは、貧にして自ら樂しむ。日月財爻を充当してまた来たりて世を合するは、富みて驕縱す。兄爻旺にして螣蛇・白虎・玄武に臨むは、是れ奸猾盗詐の凶頑の徒なり。兄爻衰にして勾陳・朱雀・玄武に遇うは、是れ背負肩挑の苦力なり。剋を受制を受くるは、是れ下賤の差役なり。合を得扶を得るは、能く上人の抬挙を受く。これ全て人の事に臨みて変通し、軽重を看て以て定むるに在り。
官衰無破公門異行資生。官鬼持世,休囚無氣者,乃纏綿病疾殘疾之人也。若有氣者,或入公門或挾術行道,再遇日月動爻貴人扶助,皆得貴客相親,從此成家立業,財若無氣,空有虛名而已。財弱有商賈百工事業。財爻福爻自來旺相者,或商或賈或守農生,成之富足,樂享豐饒,倘遇衰財持世,或得日月動爻生扶合助者,暴發興家,守農莊年時豐稔,習工藝巧奪天工。慕道修持皆為子孫持世。子孫乃恬淡之神,如若持世,孤立無助,又遇財爻陷者,若有高尚之志,許之為道為僧。若無出家之志,不可妄斷,殊不知見子,則身不犯刑,許之生平,不犯官刑可也。
賦文に「官衰無破、公門異行資生」と言う。官鬼世を持して休囚無気なるは、是れ纏綿病痛・身に残疾有るの人なり。もし官鬼気有れば、此人或いは衙門に進みて差を当たり、或いは一門の方術を恃みて道を行い、再び日月動爻と貴人との扶助に遇えば、皆能く貴人の相親むを得、此より家を成し業を立つ。ただ是れ財爻もし気無ければ、終究ただ虚名声に落つるのみ。賦文に「財弱有商賈百工事業」と言う。財爻子孫本來旺相なるは、或いは経商し・或いは坐賈し・或いは務農して、皆能く富足豊饒せん。倘若衰弱の財爻世を持して、しかも日月動爻の生扶合助を得れば、亦能く暴発して家を興さん——務農すれば則ち年成豊稔し、做工すれば則ち手藝巧に天工を奪わん。賦文に「慕道修持皆為子孫持世」と言う。子孫是れ恬淡の神なり。もし世を持して孤立無助にして、また財爻失陥するに碰上せば、此人もし高尚の志有れば、以て彼に出家して道を為し僧を為すを許す可し。もし他併せて出家の念頭無ければ、即ち乱断す可からず。ただ「遇子則身不犯刑」を記住して、彼に一生官刑を犯さざるを許せば便ち是れなり。
家傾名喪乃因官鬼傷身。凡遇官鬼克世,世多旺者,生平多招刑憲,或招嫉妒、或小人暗害、或殘疾纏綿。若鬼旺身衰,乃身傷家傾之兆,動之不必以財福為問,速尋趨避之法可也。如世爻動而變鬼克世,及日月作官鬼而克世者,更凶。如卯月癸未日占終身財福得革之家人 官鬼未土″ 動 子孫卯木′ 父母酉金′ 妻財巳火′應 兄弟亥水′世 動 官鬼未土″ 兄弟亥水′ 兄弟亥水′ 官鬼丑土″ 官鬼丑土″世 子孫卯木′應 子孫卯木′ 應外卦世與日月同為三合,以為吉卦,不宜世爻變鬼,又化回頭之克,上爻未土又克,目下雖則無妨,今年五月沖開其合,或是酉月沖開卯木,須防不測。果至巳月而生惡瘡,卒於酉月。
賦文に「家傾名喪乃因官鬼傷身」と言う。およそ官鬼の世を剋するに遇うは、世爻もしなお算して旺なれば、此人一生多く刑罰を招き、或いは人の嫉妒を招き、或いは小人の暗害を被り、或いは残疾纏身なり。もし官鬼旺にして世爻衰なれば、則ち是れ身傷家敗の兆なり。この種の卦に遇上せば必ず再び財福を問うなかれ。急ぎて去りて吉を趨り凶を避くるの弁法を找す才に是れなり。もし世爻発動して官鬼を変出して来たりて世を剋し、或いは日辰月建官鬼を充当して来たりて世を剋せば、則ちいっそう凶なり。例如卯月癸未日に終身財福を占いて、《沢火革》を得て《風火家人》に変ず。本卦六爻は上より下へ、官鬼未土(発動)・父母酉金・兄弟亥水(世、発動)・兄弟亥水・官鬼丑土・子孫卯木(応)。変卦は依次に子孫卯木・妻財巳火(応)・官鬼未土・兄弟亥水・官鬼丑土(世)・子孫卯木。世爻は日辰月建と湊りて亥卯未三合を成す。本來以て吉卦と当作る可し。宜しからざるは世爻官鬼を変出し、また「回頭剋」を成し、上爻未土も亦来たりて世を剋す。眼下妨げなきと雖も、可なり今年五月一たびこの個の三合を沖開し、或いは酉月に到りて卯木を沖開せば、即ち不測を防ぐを要す。果たして巳月に到りて悪瘡を生じ、酉月に死せり。
財化退兮不利於已。財爻持世化進神,或動而生世者,事業從此而進,家道自此豐亨,若化退神,家業自此漸退,日剝月削,漸生蕭條,若世爻再被刑剋沖害者,非漸退也,即見家覆財傾。世逢合住受制於人。世臨財爻兄者,而得日月動爻合住,衣食僅可度日,難許豐足。世爻無氣而被合,財福無氣,兄動卦中,乃奔走受制之下賤人也。
賦文に「財化退兮不利于己」と言う。財爻世を持して進神を変出し、或いは発動して来たりて世を生ずれば、事業此より長進し、家道此に由りて豊盈す。もし退神を変出せば、家業即ち漸々衰退し、日削月剥して、一天天蕭條せん。世爻再び刑剋沖害を受くれば、則ち是れ漸退にあらずして、而是れ立ち見るに家敗れ財傾くなり。賦文に「世逢合住受制于人」と言う。世爻財爻或いは兄爻に臨みて日月動爻に合住せらるれば、衣食僅に以て日を度るに足り、豊足を許し難し。世爻気無くしてまた合住せられ、財爻子孫も亦気無く、卦中なお兄爻の発動有れば、則ち是れ奔走して人下に在り・処処制を受くるの下賤の人なり。
