船戰第十
夫水戰之時,擂一通鼓,吏士皆嚴肅。再擂一通鼓,士伍皆就船,整待〈一作治〉櫓棹;戰士各〈一作為〉持兵器就船,各一〈一作為〉當其所。幢幡鼓角,各〈一作為〉隨所戰船。鼓三通,大小船以次發,左不得右,右不得左,前後不得擅越。違令斬之。
水戰の時、第一通の鼓を擂れば、軍吏士卒一律に肅靜戒備す。再び第二通の鼓を擂れば、士兵隊伍全部船に登り、櫓と槳とを整備し(「整待」は一本に「整治」と作る)、戰士各々兵器を携帶して船に登り、人人各々その位に就く(此の處は一本に「各々當たる所と爲る」と作る)。旗幟幢幡と鼓角とも、また各々所屬の戰船に隨って分配す(一本に「戰う所の船に隨うと爲る」と作る)。鼓三通を擂滿すれば、大船小船依次に出發し、左に在るは右邊に竄るを得ず、右に在るは左邊に竄るを得ず、前後もまた擅自に越次するを得ず。號令に違犯するは處斬す。
步戰第十一
夫步戰之法,擂鼓一通,步騎皆裝。再通,上馬,步皆屯。三通,以次出之。隨幡住〈一作生〉者,結屯住〈一作往〉幡後,聞鼓音整陣,斥候者視之地形廣狹,從四角面立表,制戰陣之宜,諸部曲各〈一作為〉安部陣。兵曹舉曰:不如令者斬之。
步戰の辦法は、第一通の鼓を擂れば、步兵騎兵一律に披掛裝束す。第二通の鼓に、騎兵は馬に上り、步兵各々集結して屯を成す。第三通の鼓に、依次に出發す。旗幡に跟隨して駐紮する(「住」は一本に「生」と作る)は、就ち旗幡の後面に屯隊を結成し(「住」は一本に「往」と作る)、鼓聲を聽到すれば就ち陣形を整頓し、偵察を擔任する斥候は地形の寬窄を察看し、四角の方向より標杆を豎立し、戰陣の布置を規劃し、各部曲分別に本部の陣位を安頓す(「各」は一本に「爲」と作る)。兵曹官は高聲に宣布す、號令に照らして行事せざるは處斬す、と。
若欲結陣,對敵營先立表,乃引兵就表而臨,皆無喧嘩,明聽鼓、看旗幡,麾前則前,麾後則後,左則左麾,右則右麾。不應令而擅前後左右者,斬。伍中有不進者,伍長殺之。伍長不進,什長殺之。什長不進,督兵者殺之。
若し陣を結ばんとせば、就ち敵營に對する方向に先ず標杆を立好し、然る後兵を領して標杆の處に到り陣を列して相對し、一律に喧譁を許さず、專心に鼓聲を聽き旗幡を看、旗が前に向いて揮れば前進し、後に向いて揮れば後退し、左に向いて揮れば左に往き、右に向いて揮れば右に往く。號令を聽かずして擅自に前後左右に移動するは、斬。一伍の中に前進せんと肯ぜざる有れば、伍長彼を殺す。伍長前進せざれば、什長彼を殺す。什長前進せざれば、督戰の軍官彼を殺す。
督戰之法,將則拔刃在後,察違令不進者即斬之。一步受敵,餘步不進敵者,斬。臨陣兵器弓弩不可離陣,離陣,伍長、什長不舉發者,與同罪。無將軍令而妄行陣間者,斬。臨戰陣,騎兵皆在軍兩頭,前陣叉騎次之,遊騎在後。若步、騎與賊對陣,臨時見地勢便,欲使騎獨進討賊者,聞三鼓音,馳騎從兩翼進戰,視麾所指;聞三金音,即還。此謂獨進戰之時也。步、騎大戰,進退自如法焉。
督戰の辦法は、將領刀を拔いて隊伍の後面に壓し、違令して前ならざるを察看到すれば立即斬殺す。一部分の步卒すでに敵と交鋒するも、その餘の步卒前に上りて敵を迎えざるは、斬。臨陣の時兵器弓弩は本陣を帶離するを得ず、人ありて擅自に陣を離るるも伍長・什長檢擧せざれば、彼と同罪とす。將軍の命令なくして陣中に亂走するは、斬。臨陣作戰の時、騎兵皆全軍の兩端に配置し、前陣交叉游動の「叉騎」は之に次ぎ、游騎は最後に列す。若し步兵騎兵敵と對陣し、臨時地勢便利を看到し、騎兵をして單獨に出擊し敵を討たしめんと欲せば、就ち三通の鼓聲を聽到したる後、馬を縱りて兩翼より戰鬥に投入し、旗の指す方向を看て行動し、三通の鳴金聲を聽到すれば、立即撤回す。これすなわち騎兵の單獨に出戰する時機なり。步兵騎兵合力して大戰する時、進退は仍ほ上述の法度に依照す。
兵機統論第十二
臣聞兵者,陰也。陰之德,以虛為用而應於體也。月者,太陰之精氣也。朔望不常,何也?蓋由以虛為變也。兵者既為陰類,則其機宜常虛含變以法月也。能以虛含變應敵,動必利矣。
臣聞く、戰事は「陰」に屬す。陰の德性は、虛靈を以て運用と爲して形體の上に落實す。月亮は太陰の精氣にして、その朔望盈虧は固定せず。これは何を爲すや。就中それが「虛」を以て變化と爲すればなり。用兵すでに陰の一類に屬すれば、則ち用兵の樞機もまた當に常に虛靈を保ち變化を含蘊し、以て月亮を效法すべし。能く虛靈含變を以て敵人に應付すれば、一動すれば必ず利あり。
觀乎天文之風雲星辰有吉凶者,天將也。得其吉象不可恃之,恃之者凶;得其凶象不可懼之,懼之者銳。茍不知天象之吉凶者,是虛其機而應天者也。觀乎地理山川險易,有生死存亡之途者,地之利於人也。善用兵者,於地也無生死存亡,觀彼我之勢,察去就之情何如爾,然後乃順其事而用之也。茍不知地理之險易者,是虛其機以應地者也。
天文中の風雲星辰の顯示する吉凶を觀察するは、あれは天に屬する將才の擅長する所の事なり。吉象を得るもそれを倚仗すべからず、それを倚仗すればかえって凶を招く。凶象を得るも必ずしもそれを畏懼する要なし、それを畏懼すればただ敵人の氣焰を更に盛んならしむるのみ。假如天象の吉凶を死に認め去らざれば、これすなわち自己の樞機をして虛靈を保持せしめて以て天時に應對するなり。地理山川の險要と平易とを觀察するに、その中生路死路・存亡分途あり。これは大地の人に與うる利害なり。善く兵を用うる人は、地形に對して何處が必ず生・何處が必ず死と認定せず、而是れ敵我雙方の態勢を看、該く舍つべき該く取るべきの實情如何を察明し、然る後實際の情況に順って運用を往く。假如地形の險易を死に認め去らざれば、これすなわち自己の樞機をして虛靈を保持せしめて以て地利に應對するなり。
觀乎人事強弱利害有勝敗之勢者,事皆繫於人也。茍以變合於事,強弱利害有勝敗之勢者,事皆繫於人也。茍以變合於事,事合於時,時合於理者,無強弱,無利害,則敗勢可以為勝,勝勢可以為敗也。茍不知人事之勝敗者,是虛其機以應人者也。
人事上の強弱利害を觀察して勝敗の勢を形成するは、これら皆人に取決す。若し能く變化を以て事情に配合せんに——強弱利害の勝敗の勢を形成する所以は、事情皆人に取決す。若し能く變化を以て事情に配合し、事情をして時機に合せしめ、時機をして情理に合せしめば、則ち強弱もはや定局に非ず、利害ももはや定局に非ず、敗勢は勝勢に轉成し得、勝勢もまた敗勢に轉成し得べし。假如人事上の一時の勝敗を死に認め去らざれば、これすなわち自己の樞機をして虛靈を保持せしめて以て人事に應對するなり。
是故善戰者雜於凶而難可釋,雜於吉而難可壯。吉凶交雜而能不惑於用者,此可以上不畏天矣。雜於險而事利,雜於易而事難。險易交雜而能常處其變者,此可以下不畏地矣。雜於〈一作其〉利而敵見其害,雜於害而我敗〈一作馭〉其利。利害雜交而不能屈於敵者,此可以中不畏人也。知此三者而用兵,其盡三才之變乎。自古兵法及臣所著之書,其間申明利害者,蓋以直指其形貌者爾。以臣所謂能審一時之機者,其在天也,無吉凶;其在地也,無險易;其在人也,無利害。
ゆえに善く作戰する人は、凶象の中に身處すも肯んじて就此懈罷兵せず、吉象の中に身處すもまた此に因りて妄りに自ら壯大せず。吉凶交錯するも能くそれに迷惑せられず照舊兵を用うる自如なるは、これを以て上に天を畏懼せざるを得。險地に處して事情辦り順利、平地に處して事情かえって艱難、險易交錯するも能く常に變化の中に安處するは、これを以て下に地を畏懼せざるを得。有利なる局面と見ゆるも敵人はその中の害處のみを看到し(「雜于」は一本に「雜其」と作る)、有害なる局面と見ゆるも我方は卻ってその中より利を駕馭し出すを得(「敗」は一本に「馭」と作る、すなわち駕馭)、利害交錯するも肯んじて敵人に屈服せざるは、これを以て中に居りて人を畏懼せざるを得。この三條を懂得して兵を用いれば、大概天・地・人の三才の變化を窮盡せり。自古より來の兵法および臣の寫したるこの部の書、その中の利害を申説する處は、不過直接にそれらの表面形貌を指點するのみ。臣の説く所の能く一時の機宜を審察する人に照らせば、天に在りて吉凶なく、地に在りて險易なく、人に在りてもまた利害なし。
軍謀第十三
用兵之道,先正其禮,次淵其謀,次擇其人。然後詳天地之利害,審人心之去就,行賞罰之公,慎喜怒之理,擇進退之地,張攻伐之權,明成敗之圖,度主客之用。能愛人之生者,可使人舍生而赴死;能親人之身者,可使人捐身而犯難。是故先親於人,俾人然後親之;先勝於敵,就敵然後勝之。
用兵の道理は、首先要ず禮法を端正し、其次に謀略を深沉ならしめ、再次に合適の人を選擇す。然る後天時地利の利害を詳審し、人心の向背を考察し、公平の賞罰を施行し、喜怒の分寸を慎重に把握し、進退の地形を選擇し、攻伐の權變を展開し、成敗の謀劃を明察し、主客兩方の用法を權衡す。能く別人の生命を愛惜する人は、始めて人をして生を舍て死に赴かしめ得べし。能く別人の身體を體恤する人は、始めて人をして身を舍て難に犯さしめ得べし。ゆえに先ず別人に親近して、別人然る後乃ち汝に親近せん。先ず籌算の上に敵人に勝てば、然る後接戰して始めて眞に敵人に戰勝す。
故用兵必以糧儲為本,謀略為器,強勇為用,鋒刃為備,祿位為誘,斬殺為威;強弱相援,勇怯相間,前後相趨,左右相赴,遠近相取,利鈍相蔽,步騎相承,長短相用〈長兵短兵之用也〉。敵欲堅陣,我則突其不意;敵欲直沖,我則備其所從。攻必先攻其所寡,擊必先擊其所動。薄者可突,長者可截,亂者可惑,疑者可協。
ゆえに用兵は必ず糧食儲備を以て根本と爲し、謀略を以て工具と爲し、強壯勇敢を以て戰力と爲し、鋒利兵刃を以て裝備と爲し、官祿爵位を以て誘勸と爲し、斬殺を以て威懾と爲す。強と弱と互相支援し、勇と怯と互相搭配し、前後互相馳援し、左右互相救應し、遠近互相取用し、銳利と鈍拙と互相掩護し、步兵と騎兵と互相啣接し、長兵器と短兵器と互相配合す(原注:説く所は長兵器と短兵器各々の用法)。敵人陣地を固守せんと欲すれば、我は彼の意料せざる處を攻め、敵人直接衝擊せんと欲すれば、我は彼の衝來の路線を防備す。進攻は必ず先ず彼の兵力單薄の處を攻め、出擊は必ず先ず彼の剛纔移動する處を擊つ。陣形單薄のは突破し得べく、隊伍拉長のは截斷し得べく、內部混亂のは更に迷惑を加うべく、心存疑懼のは法を設けて挾制し得べし。
夫軍之為政也,勞在乎役無度,怨在乎賞不均,弱在乎逼迫,窮在乎絕地,離在乎將失道,懼在乎將無勇,饑在乎遠輸,渴在乎窮井。軍之為逸也,樂在乎安靜,利在乎賞罰,當其死在乎軍檢正,成其功在乎戰陣詳。如此者,戰陣之術也。軍之即於戰陣也,從生擊死,從實擊虛,從整擊亂,從利擊害,從逸擊勞,從有餘擊困窮。山陵之戰,不仰高,不速深,不沖隘,不遠追;水上之戰,不違風,不逆流;林中之戰,不連翼,不相馳;草上之戰,不涉深;平陸之戰,不遠離。此戰法之利也。
軍を治め政を理する時、勞苦は役使に節度なきに產生し、怨恨は賞賜不公に產生し、兵力削弱は逼迫を遭受するに產生し、走投無路は絕地に陷入るに產生し、離心は主將失道に產生し、恐懼は主將無勇に產生し、饑餓は糧を運ぶ路遠きに產生し、乾渴は水井枯竭に產生す。軍隊をして安逸ならしめんには、快樂は環境安靜に在り、得利は賞罰分明に在り、效死を肯んずるは軍中檢核公正に在り、能く成功するは戰陣布置周詳に在り。これらすなわち戰陣の術なり。軍隊一旦戰陣に投入せば、就ち生地を以て死地を打ち、實處を以て虛處を打ち、整齊を以て混亂を打ち、有利を以て不利を打ち、安逸を以て疲勞を打ち、有餘を以て困窘を打つべし。山陵の戰は、高處を仰攻せず、輕率に深入せず、隘口を硬衝せず、敗兵を遠追せず。水上の戰は、風に逆らわず、水流に逆らわず。林中の戰は、隊伍翼を並べて行せず、彼此縱馬亂馳せず。草地の戰は、深草に涉入せず。平原の戰は、本隊を遠離せず。これらすなわち戰法上の便利なり。
軍之禁也,不節語,言必洩;不峻令,行必亂;不行賞,士必怠。行伍紊亂,由於昧暗〈一作旺〉,在明察以正之。晦夜驚怖,在鎮靜以嚴之。是以知陣之嚴整,軍之表也;軍吏畏愛,將之裡也。軍之所親,將之所在。非智賢,孰能與此乎?
軍中の禁忌は、說話節制を加えざれば、機密必ず外泄す。號令嚴峻ならざれば、行動必ず混亂す。賞賜兌現せざれば、士卒必ず懈怠す。行伍紊亂は、昏昧不明(「昧暗」は一本に「昧旺」と作る)に起因す。明察を以てそれを糾正するを靠る。黑夜裏驚恐を受くるは、鎭靜嚴整を以てそれを安定するを靠る。これより知るべし、陣形嚴整は、軍隊の外表なり。軍吏の主將に對して畏懼するもまた愛戴するは、軍隊の內裏なり。軍心の親附する所の地方は、すなわち主將の所在の地方なり。明智賢能の人に非ざれば、誰か能くこの步に做到せんや。
教戰第十四
諸教戰陣,每五十為隊,從營繕緝搶蟠,教場左右廂各依隊次解幡立隊。伍相去各十步,分佈使均。其駐隊塞空,去前隊二十步。列布訖,諸營士卒一時即向大將麾下聽令。每隔一隊,定〈一作一〉戰隊,即出向前各進五十步。
凡そ戰陣を教練するに、每五十人を編成して一隊と爲し、營中より器械を整修し行裝を收拾し旗幡を盤卷するより始め、教場の左廂右廂に各々隊次に按じて旗幡を解開し隊伍を列成す。各伍の間十步を相距り、分布均勻なり。駐守を擔任する隊伍は空檔を填補し、前隊より二十步を距る。排列完畢せば、各營士卒一齊に主將の麾下に面向いて號令を聽候す。一隊を隔てて出戰の隊に指定す(「定」は一本に「一」と作る)、就ち出列して向前各々五十步を推進す。
聽角聲第一聲絕,諸隊即一時散立;第二聲絕,諸隊一時捺槍、張弓、卷幡、拔刀;第三聲絕,諸隊一時舉槍;第四聲絕,諸隊一時跪膝籠槍坐,目看大將黃旗,耳聽鼓聲。黃旗向前亞,鼓聲動,齊喝“嗚乎”〈並去聲〉,齊向前到中間〈一作界〉,一時齊喝,聲殺齊入。賊退敗訖,可趁行三十步。審知賊徒喪敗,馬軍從背逐北。聞金鉦動,即須聽去行。膊上架槍,側行回身,本處散立。
角聲を聽くに、第一聲吹完せば、各隊立即に一齊に散開站立す。第二聲吹完せば、各隊一齊に槍を按住し弓を張開し幡を卷起し刀を拔出す。第三聲吹完せば、各隊一齊に槍を擧ぐ。第四聲吹完せば、各隊一齊に屈膝して槍を攏めて坐下し、眼は主將の黃旗を看、耳は鼓聲を聽く。黃旗向前壓下し鼓聲一たび響けば、全體齊聲に「嗚呼」(原注:兩字皆去聲に讀む)と高喊し、一齊に向前推進して兩陣の間に到り(「中間」は一本に「中界」と作る)、同時に齊聲に呐喊し、喊聲一落すれば就ち一齊に殺入す。敵軍退敗したる後、三十步を追趕し得べし。敵軍すでに潰敗せるを確知すれば、騎兵は背後より敗逃の敵を追擊す。金鉦の響起を聽到せば、必ず令に依りて兵を收めて行かねばならず。槍を肩の上に架け、側身回轉して、原處に回到して散開站立す。
第一聲絕,一時捺槍便解幡旗;第二聲絕,一時舉槍;第三聲絕,一時旗隊。一看大將處兩旗交,即五隊合為一隊,即是二百五十人為一隊。其隊法及卷幡、舉槍、旗隊、鬥戰法並依前。一看大將處五旗交,即十隊為一隊,即是五百人合為一隊。其隊法及卷幡、舉槍、旗隊、鬥戰法如前。聽第一聲角絕,即散二百五十人為一隊。如此凡三度,即教畢,諸士卒一時聽大將賞罰進止。第三聲角絕,即從頭引隊伍還軍。
第一聲の角吹完せば、一齊に槍を按して幡旗を解開す。第二聲吹完せば、一齊に槍を擧ぐ。第三聲吹完せば、一齊に旗を按して隊を成す。一たび主將のあちらに兩面の旗交叉するを看到せば、就ち五隊を合して一隊と爲し、すなわち二百五十人を編成して一隊とす。この一隊の隊法および卷幡・擧槍・列旗成隊・格鬥作戰の辦法は、皆前面に講ずる所に照らして做れ。一たび主將のあちらに五面の旗交叉するを看到せば、就ち十隊を合して一隊と爲し、すなわち五百人を合成して一隊とす。この一隊の隊法および卷幡・擧槍・列旗成隊・格鬥作戰の辦法もまた前面と同じ。第一聲の角吹完を聽到せば、就ち散開して還原して二百五十人の一隊と爲す。この如く一共に三遍を演練すれば、教練結束し、全體士卒一齊に主將の賞罰と進止號令とを聽候す。第三聲の角吹完せば、就ち頭より帶領して隊伍を返回して營中に歸る。
先謀第十五
用兵之法,先謀為本。是以欲謀行師,先謀安民;欲謀攻敵,先謀通糧;欲謀疏陣,先謀地利;欲謀勝敵,先謀人和;欲謀守據,先謀儲蓄;欲謀強兵,先謀正其賞罰;欲謀取遠,先謀不失其邇。茍有反是而用兵者,未有不為損利而趨害者也。是故聖王之兵,先務其本,本壯則末亦從而茂矣。茍能知利害之本,謀以禦敵,雖有百萬之眾,可不勞而克矣。
用兵の法則は、預め謀劃するを以て根本とす。ゆえに出兵行軍を謀劃せんと欲せば、先ず百姓を安定するを謀劃すべし。敵人を進攻せんと欲せば、先ず糧道を打通するを謀劃すべし。疏散して陣を布かんと欲せば、先ず地利を占據するを謀劃すべし。敵人に戰勝せんと欲せば、先ず人和を取得するを謀劃すべし。要地を據守せんと欲せば、先ず物資を積儲するを謀劃すべし。兵力を強化せんと欲せば、先ず賞罰を端正するを謀劃すべし。遠方を奪取せんと欲せば、先ず近處を丟掉せざるを謀劃すべし。凡そ反って來て兵を用うるは、自身の利益を損害し自ら禍害に趨らざるなし。ゆえに聖明君王の軍隊は、先ず根本に致力し、根本壯實なれば、枝末自然に之に隨って繁茂す。若し能く利害の根本所在を弄清し、據って敵人を抵禦するを謀劃せば、則ち對面たとえ百萬の衆あるも、また大いに力を費やさずして彼に戰勝し得べし。
先勝第十六
孫子曰:勝兵先勝。謂先定必勝之術而後舉也。何謂必勝?許洞曰:先務三和,次務三有餘,次務三必行。何謂三和?曰:和於國,然後可以出軍;和於軍,然後可以出陣;和於陣,然後可以出戰。國不和,則人心離;軍不和,則教令亂;陣不和,則行列不整。不先務此三和之道,何其可戰耶?
《孫子兵法・形篇》に曰く、「勝兵は先ず勝つ」と——打ち勝つを得る軍隊は總じて先ず必勝の條件を造成して乃ち戰を求む。意思是れ先ず必勝の辦法を定下し、然る後乃ち兵を發す。何をか必勝と謂う。許洞答えて曰く、首先要ず「三和」を做到し、其次に「三有餘」を做到し、再次に「三必行」を做到するを要す。何をか三和と謂う。すなわち、國內和睦して、然る後乃ち出兵すべし。軍中和睦して、然る後乃ち出陣すべし。陣中和睦して、然る後乃ち出戰すべし。國內和せざれば、人心離散す。軍中和せざれば、教令混亂す。陣中和せざれば、行列整齊ならず。先ずこの三和の道を做到せざれば、何に憑って戰いに往かんや。
何謂三有餘?曰:力有餘,食有餘,義有餘也。力無餘,則困於鬥;食無餘,則怠於時;義無餘,則吏士怨。不務三有餘之術,師其可動耶?何謂三必行?曰:必行其謀,則奸機不成;必行其賞,則好功者不愛死;必行其罰,則有過者不歸咎。不務三必行之道,人其可用耶?
何をか三有餘と謂う。すなわち、兵力有餘・糧食有餘・道義有餘なり。兵力足らざれば、作戰の時困頓に陷る。糧食足らざれば、時機を貽誤して懈怠す。道義足らざれば、軍吏士卒怨恨を心に懷く。三有餘の辦法を講求せざれば、軍隊何ぞ能く出動せんや。何をか三必行と謂う。すなわち、謀劃一定執行すれば、敵人の奸謀は逞しうる所なし。賞賜一定兌現すれば、軍功を追求する人は性命を惜しまず。刑罰一定施行すれば、過錯ある人は責任を別人に推すことなし。三必行の道を講求せざれば、人何ぞ任用し得んや。
是以知善務和者,公無私,舍小惠務大惠;善務有餘者,力諸事而不自怠;善務必行者,興勇斷,去猶豫之謂也。舉是九者,務令預定之於前,則萬變千機然後動乎其中矣。率此以禦敵,未有不勝者也。故曰:勝兵先勝者,勝在我也。其在《易》曰先天不違之義也。
これより知るべし、善く和睦を求むる人は、公正無私にして、小恩小惠を舍棄して大きな恩惠に致力す。善く有餘を求むる人は、各樣の事情皆力を盡くして做して肯んじて自己懈怠せず。善く必行を求むる人は、勇氣と決斷とを振起し、猶豫不決を去掉す。この九條は、務めて事先皆預定好し、然る後千變萬化の機宜をしてその中に於て隨機應付せしめ得べし。照らしてこの樣に敵人を抵禦せば、勝を取らざるなし。ゆえに曰く、打ち勝つを得る軍隊は先ず必勝の勢を造成す。是れ勝負の關鍵が自己の手裏に掌握せらるるが故なり。これ正に《周易・乾卦・文言》の謂う所の「先天にして天違わず」の意思なり。
勝敗第十七
用兵之術,戰勝不可專,專勝有必敗之理;戰敗不可專,專敗有反勝之道。戰勝而敗者有五:急難定謀狐疑不決,一敗也;機巧萬端失於遲後,二敗也;機事不密,三敗也;似勇非勇,似怯非怯,四敗也;主將不一,五敗也。此五者,皆戰勝而反敗也。戰勝而欲必勝者,定謀貴決,機巧貴速,機事貴密,進退貴審,兵權貴一也。
用兵の術、勝仗を打ちて一味に必勝と認定すべからず。一味に必勝と認定すればその裏面に必敗の道理を藏す。敗仗を打ちても亦た一味に必敗と認定すべからず。一味に必敗と認定すればその裏面にも亦た敗を轉じて勝と爲す路子を藏す。もとより勝を取り得るを卻って失敗に轉成する情形に五種あり。情勢危急の時主意を定下せず狐疑不決するは、第一種の敗因なり。機巧變化雖多しとするも、卻って遲疑落後に因りて時機を錯過するは、第二種の敗因なり。機密の事を嚴守せざるは、第三種の敗因なり。勇敢と見えて其實勇ならず、怯懦と見えて其實怯ならず、進退搖擺するは、第四種の敗因なり。主將號令統一せざるは、第五種の敗因なり。この五條は、皆もとより能く勝てども反って失敗す。勝勢の中に於て必勝を確保せんと要せば、就得て曰く、計を定むるは果決を貴び、機變は迅速を貴び、機密の事は嚴守を貴び、進退は審慎を貴び、兵權は統一を貴ぶ、と。
勢敗而反勝者有四:吏士饑渴,割所愛啖之〈割所愛者,謂在急難之中,殺所乘駿馬、愛妾以啖吏士也〉,眾有飽之用矣;吏士恐懼,奮身先之,眾有勇之用矣;期應不到,殺其所暱〈所暱者,謂所嬖倖或子弟諸姻同在軍中,若有主守者犯命則先殺之也〉,眾有懼之用矣;人有疑惑,陰為鬼詐〈鬼詐者,謂詐為狐鳴叢祠中之類也,或假託卜筮,百端不一〉,眾有天之用也〈天謂天所授也〉。如是者,以敗為勝也。勝敗之術,非勇決神智,安能行之耶?
形勢すでに敗壞せるも卻って敗を反して勝と爲し得る辦法に四種あり。軍吏士卒饑渴すれば、主將は就ち自己最も心愛の東西を割舍し出して彼らに充饑せしむ(原注:謂う所の心愛の物を割舍するは、危急困難の中に於て、自己の騎る所の駿馬・寵愛する所の姬妾を殺して以て軍吏士卒に充饑せしむを説く)。衆人は就ち喫飽したる後の戰力有らん。軍吏士卒恐懼すれば、主將は就ち身を奮いて最も前面に衝れば、衆人は就ち勇敢の戰力有らん。時限を約定して部屬到らざれば、就ち自己最も親近の人を殺す(原注:謂う所の親近の人は、寵幸する所の人あるいは子弟姻親の同じく軍中に在るを説く。若し守備職任を擔任する人軍令に違犯せば、就先ず彼を殺す)。衆人は就ち畏懼の帶來する戰力有らん。人心疑惑を生出せば、就ち暗中に鬼神の一類の詭詐手段を假借す(原注:謂う所の鬼詐は、假裝して叢林神祠の中に狐鳴の一類を作し、あるいは卜筮に假托し、花樣繁多にして一種に止まらずを説く)。衆人は就ち「天意」の帶來する戰力有らん(原注:謂う所の天は、上天の授予する所を説く)。この如くにして、すなわち敗局を勝局に轉成す。この種の勝敗を扭轉する手段は、決斷に勇み智慧神の如き人に非ざれば、何ぞ能く施行せんや。
知奸第十八
敵使來,目數動,色數異而言肆者,刺客也。敵未困而請和者,謀也。敵卑辭厚幣者,驕我也。使雖頻來,為寇不止者,侮我也。厚貨啖我左右者,欲構我密謀也。使來言語辯利,欲兩國休解者,將掩我不備也。使言崛強者,欺我也。敵使有此七者,宜細詳之,將為挾之〈謂謁見之時,以操兵者挾輔而見〉。
敵方使者前來すれど、眼珠頻頻に轉動し、臉色屢々變異して言語放肆のは、刺客なり。敵人未だ困境に陷入らざるに卻って來りて講和を請求するは、別に陰謀あり。敵人言辭謙卑にして禮物豐厚のは、我方をして驕傲せしめんと要するなり。使者雖頻頻に前來するも、侵擾劫掠卻って停止せざるは、我方を輕侮するなり。厚禮を以て我方の左右近臣を收買するは、我方の機密謀劃を套取せんと欲するなり。使者來る時言語雄辯流利にして、兩國兵を罷め和解せんと希望するを聲稱するは、我の不備に乘じて襲擊を發動せんと準備するなり。使者言語倔强傲慢のは、我方を欺凌するなり。敵方使者にこの七種の表現あれば、就ち當に仔細に審察し、かつ接見の時挾持を加うべし(原注:説く所は謁見の時、兵器を持つ衛士をして彼を夾持して進見せしむ)。
謀者反其謀〈謂偽許之卻,掩其不備也〉,驕者反其驕〈拒其辭幣使敵人信我為驕也〉,侮者淩之〈舉兵其無禮〉,構者示之〈佯不知,而反示之以虛事也〉,將掩不備復之〈佯聽其說,反掩其不備也〉,欺者誅之〈誅無禮以威敵〉。留使者不可久,久則知我微,不若殺之。是以知奸之道,兵之本也,不可不審。
陰謀を懷けるに對しては、反って彼の陰謀を破れ(原注:説く所は假意答應して然る後退讓し、その不備に乘じて襲擊を加う)、我方を驕傲ならしめんと欲するに對しては、反って彼をして自己驕傲ならしめよ(原注:彼の言辭と禮物とを拒絕し、敵人をして我方確實に驕傲せりと相信せしむ)、我方を輕侮するに對しては、兵を出して彼を凌壓せよ(原注:彼の無禮を以て由と爲して兵を興す)、機密を套取するに對しては、故意に彼に假東西を看せよ(原注:假裝して情を知らざり、反って虛假の事を拿って彼に看せしむ)、我の不備に乘ぜんと準備するに對しては、反って彼を襲擊せよ(原注:假裝して彼の説法を聽信し、反って彼の不備に乘ず)、出言欺凌するに對しては、來使を誅殺せよ(原注:無禮の人を誅殺して以て敵方を威懾す)。敵方使者を留住するに太久しきを可とせず。久しければ彼は我方の虛實底細を摸清む。彼を殺すに如かず。ゆえに曰く、奸謀を識破する辦法は用兵の根本なり。仔細に審察せざる可からず。
奪恃第十九
敵無恃不可以為寇,欲審者豫審而奪之。敵之為梗,或以強,或以隘,或以勇,或以緩之謂也。奪強以氣,奪隘以動,奪勇以威,奪緩以誘。夫敵以力有餘而加於人,我則以緩伺其力衰而乘之,此奪氣者也。敵以險地壁守,或盈隘而陣,我雖士民豐逸,不可以強取。守者以利暢其心,否則以動則攻之;陣者以勢逼其敵,否則俟動隨而沖之,此奪隘者也。
敵人若し倚仗し得べき東西なければ、寇を爲し亂を作すに法なし。ゆえに底細を弄清せんと欲する人は、預め審察してかつ彼の倚仗する所の東西を奪掉すべし。敵人の禍患と成るは、無非兵力強きを仗り、地形險隘を仗り、士卒勇悍を仗り、あるいは從容不迫を仗るのここら幾樣なり。彼の強を奪うは、士氣を消磨する辦法を用い、彼の險隘を奪うは、彼を調動する辦法を用い、彼の勇を奪うは、威懾の辦法を用い、彼の從容を奪うは、引誘の辦法を用いよ。敵人兵力有餘を憑って別人に壓向すれば、我就ち緩兵の計を以て彼の兵力衰疲するを等ちて再び機に乘じて進攻す。これすなわち彼の氣を奪うなり。敵人險地に憑って壘を築き固守し、あるいは隘口を塞滿して陣を列すれば、我方たとえ人力充足・軍民安逸なるも、硬取すべからず。固守の敵人に對しては、利益を以て彼の心を打動し、不然ずれば法を設けて彼を調動して再び攻打せよ。列陣の敵人に對しては、態勢を以て彼を逼迫し、不然ずれば彼の一動を等ちて隨卽衝擊せよ——これすなわち彼の險隘を奪うなり。
關塞營壘,糗糧所扼,預於要路伏兵絕之,必力奪其輜重,敵可使饑,此奪緩者也。人逸馬良,恃強輕戰,可據隘設伏,示弱以誘,此奪勇者也。不知四奪,不足以語奇也。兵術萬途,不可專一,先能奪其恃,則彼力衰半矣。
關隘要塞と營壘とは、乾糧輜重の必ず經過する咽喉なり。預め要道の上に兵力を埋伏してそれを截斷し、務めて全力で敵人の輜重を奪取せば、便能に敵人をして餓えしめ得。これすなわち彼の從容を奪うなり。敵人人馬安逸・馬匹精良にして、強盛を仗りて輕率に戰を求むれば、便ち隘口に據って伏兵を設け、故意に弱を示して以て彼を引誘すべし。これすなわち彼の勇を奪うなり。この四種の「奪」を懂得せざれば、奇を出して制勝するを談ずるに配せず。用兵の術に千萬條の路あり、一端に專執すべからず。能く先ず敵人の倚仗する所の東西を奪掉せば、彼の實力はすでに衰減一半せり。
襲虛第二十
襲虛之術有二焉:一曰因,二曰誘。何謂因?曰:敵兵所向,我亦佯應之;別以精兵潛出虛地,或攻其壘,或斷其後,或焚其積聚也。何謂誘?曰:欲敵之要地則不攻而佯攻其鄰,大其攻具,盛其師旅,以誘敵兵;敵兵到則勿與戰,復於壁守,潛以精銳襲所出兵之城而掩其內。此二者,皆襲虛之道也。
敵人の空虛の處を襲擊する辦法に兩種あり。一を「因」と謂い、二を「誘」と謂う。何をか因と謂う。すなわち、敵軍の兵鋒の指向する處何れなれば、我方もまた假裝して彼を應付し、別に精兵を派して悄悄に彼の兵力空虛の地方に開到せしめ、あるいは彼の營壘を攻打し、あるいは彼の後路を切斷し、あるいは彼の囤積する糧草物資を燒掉す。何をか誘と謂う。すなわち、敵人の要害の地を取らんと欲し、偏に它を攻め往かず、卻って假裝して鄰近の城邑を攻打し、攻城器械を甚だ大きく擺し、兵馬を甚だ盛んに擺し、以て敵軍を引誘して救いに來らしむ。敵軍一到すれば彼と交戰せず、仍ほ營壘に退回して固守し、暗中別に精銳を派してあの兵を派して援を出したる城を襲擊し、虛に乘じてその內部を攻取す。この兩種は、皆空虛の處を襲擊する辦法なり。
任勢第二十一
兵之勝敗,非人之勇怯也。勇者不可必勝,怯者不可必敗,率由勢焉耳。勢之任者有五:一曰乘勢,二曰氣勢,三曰假勢,四曰隨勢,五曰地勢。勢之敗者有三焉:一曰銼勢,二曰支勢,三曰輕勢。
用兵の勝敗は、人の勇敢あるいは怯懦に取決せず。勇敢の人は必ずしも必勝ならず、怯懦の人もまた必ずしも必敗ならず。大都「勢」に取決す。憑藉し得べき勢に五種あり。一を乘勢と謂い、二を氣勢と謂い、三を假勢と謂い、四を隨勢と謂い、五を地勢と謂う。失敗を招致する勢に三種あり。一を銼勢と謂い、二を支勢と謂い、三を輕勢と謂う。
凡新破大敵,將士樂戰,威名隆震,聞者駭懼,回其勢而擊人者,此之謂乘勢者也。將有威德,部伍嚴整,士有餘勇,名譽所加,懾如雷霆,此之謂氣勢者也。士卒寡少,盛其鼓、張其旗為疑兵,使敵人震懼,此之謂假勢者也。因敵疲倦懈怠襲擊之,此之謂隨勢者也。合戰之地,便其干戈,利其步騎,左右前後無有陷隱,此之謂地勢者也。用兵者乘此五勢,未有不能追亡逐敗,以建大功也。
凡そ剛纔強敵を擊破して、將士再戰を樂しみ、威名隆盛にして四方を震動し、聽く人皆驚駭畏懼し、この股の勢頭に趁って別人を打てば、これを乘勢と謂う。主將威嚴あり德望あり、部伍嚴整にして、士卒なお餘勇あり、聲譽の到る所の處震懾すること雷霆の如ければ、これを氣勢と謂う。卒數甚少なくして、卻って鼓を甚だ響く擂し旗を甚だ多く張り、疑兵に充てて敵人をして震恐せしむれば、これを假勢と謂う。敵人の疲倦懈怠に趁って彼を襲擊すれば、これを隨勢と謂う。交戰の地方兵器を施展するに便く、步兵騎兵行動に利あり、左右前後に陷坑と隱蔽の危險と無ければ、これを地勢と謂う。兵を用うる人この五種の勢に憑藉すれば、逃敵を追殲し大功を建立せざるなし。
又若累戰累敗,吏士畏於戰敵,此之謂挫勢者也〈挫勢者,言曾於敵人控辱,故言勢不利也〉。將無威德,謀慮賞罰不當,吏士之心率多離散,此之謂支勢者也。吏士喧嘩,不循禁令,部伍不肅,此之謂輕勢者也。凡用兵有此三者,未有不敗軍殺將者焉。
更にあの種の屢戰屢敗して、軍吏士卒皆敵と交鋒するを害怕するは、これを挫勢と謂う(原注:謂う所の挫勢は、かつて敵人に挾制侮辱せられしを説く。ゆえに形勢不利と謂う)。主將威望德行なく、謀慮周ならず賞罰當ならず、軍吏士卒大多離心渙散するは、これを支勢と謂う。軍吏士卒喧譁吵鬧して、禁令を遵守せず、部伍整肅ならざるは、これを輕勢と謂う。凡そ用兵にこの三種の情形あるは、兵を損し將を折らざるなし。
是故乘〈一作五〉勢在我,可以指揮進攻矣;任〈一作五〉勢在敵,我當有道,反能擊之。若夫敵有乘勢而到者,未可與戰,堅壁固守,待之曠日持久,敵心必緩於始到矣;俟其攻無所拔,掠無所得,敵之眾心益以慢矣;當於中夜潛令驍勇襲其營壘,攻其無備,乘其亂出精兵兩道擊之〈地勢便則兩道出,不便則一道出〉,壁中鼓譟應之。如此,則可以破其敵者矣。
ゆえに、乘勢我方に在れば(「乘」は一本に「五」と作る)、便ち放手して進攻を指揮し得べし。勢敵方に在れば(「任」は一本に「五」と作る)、我方もまた當に辦法ありて反って彼を打擊すべし。假如敵人は乘勢を挾して來るなれば、就ち彼と交戰すべからず。當に堅壁固守し、彼と曠日持久に耗耗すべし。敵人の心氣必ず剛到の時より松懈せん。彼の攻めても又攻下せず掠めても又掠得ざるを等ち、敵軍上下の心思更に怠慢せん。この時當に半夜裏に暗中驍勇の士を派して彼の營壘を襲擊し、彼の防備なき處を攻め、その混亂に乘じ、精兵を派して兩路に分出擊せしむべし(原注:地勢便利なれば兩路に分出擊し、不便利なれば一路出擊す)。營壘裏の部隊は鼓を擂き呐喊して接應す。こうすれば、便ち敵人を擊破し得べし。
敵有恃氣勢而到者,可以後潛精兵,偽示以老弱;敵進攻則發伏擊之,必勝矣。何謂也?許洞曰:精勢在人者,止用勇敢疾速為務,鮮能精謀慮。彼見老弱,必輕進轢〈一作揲〉陵之,堅陣以俟,一鼓不勝,鋒必挫,反為我乘矣。
敵人若し是れ氣勢を仗りて來るなれば、精兵を後面に埋伏し、故意に老弱の士卒をして前に露面せしめ得べし。敵人一たび進攻せば、就ち伏兵を發動して彼を打擊せば、必ず勝を取らん。何を以てかくの如く説くや。許洞答えて曰く、氣勢旺盛の人は、一味に勇敢迅疾を以て能事と爲し、很少く能く精心に謀劃思慮す。彼は我方盡く老弱なるを見れば、必ず輕率に前進し、碾壓欺凌せんと欲す(「轢」は一本に「揲」と作る)。我方堅陣を結成して彼を待てば、彼一鼓作氣して攻下せず、鋒芒必ず挫を受け、反って我方に勢に乘じて打擊せらるるなり、と。
敵有以假勢而到,旗鼓之盛,埃芇之多矣〈旗鼓或露眾芇或以曳戰〉。預料敵國兵:如國有十萬之眾,侵伐之地不及五萬之師矣,降之不溢三萬矣;國有百萬之眾,侵伐之地不及五十萬之師矣,降之不溢三十萬〈謂其各有屯授之地及死亡之所,或徵兵不能盡到侵伐之地〉。以此料之,百萬之國,其眾來者有百萬、六十、七十、八十、九十萬之旗鼓與號令者,必不溢四十萬矣,餘皆疑兵也;十萬之國,其眾來者有四萬、五萬之旗鼓與號令者,此必不溢三萬矣,餘皆疑兵也〈敵國大小、敵眾多寡,皆以此類數知之也〉。
敵人若し是れ假勢に憑って來るなれば、旗鼓甚だ盛んに擺し、塵土甚だ多く揚ぐ(原注:旗鼓は時に故意に暴露して人に看せ、時に以て拖曳して戰を助く)。預め敵國の兵力を估算し得べし。一國若し十萬の衆有れば、眞に侵伐前線に投入するは五萬に滿たず、再び折算すれば三萬を超過せざらん。一國に百萬の衆有れば、眞に侵伐前線に投入するは五十萬に滿たず、再び折算すれば三十萬を超過せざらん(原注:説く所は彼ら各々屯駐戍守の地方および傷亡損耗あり、あるいは征調の兵は全部侵伐の地に開到し得ざるなり)。この樣に照らして估算すれば、百萬の國の前來する部隊は、たとえ百萬あるいは六十萬・七十萬・八十萬・九十萬の旗鼓と號令とを擺すも、實際必ず四十萬を超過せず、その餘皆虛張聲勢の疑兵なり。十萬の國の前來する部隊は、四萬・五萬の旗鼓と號令とを擺すも、實際必ず三萬を超過せず、その餘もまた皆疑兵なり(原注:敵國の大小・敵軍の多寡は、皆この一類の辦法に照らして推算し出すを得べし)。
是以知旗鼓多者,其兵少矣,不可怖。但以精兵出其不意,必敗矣。或敵探我動靜者,為我所知,即詐示以疲倦懈怠,使知之。敵必隨勢而來,預於諸間道及通衢陰伏銳兵俟之〈先令細人密探敵人舉兵之期,然後設伏以待,亦可〉,過半則邀擊之。敵得地勢以薄我,未可與戰,堅壁觀之,持久則眾心怠。
これより知るべし、旗鼓の擺ること愈多きは、兵かえって少なし。害怕する要なし。ただ精兵を以て不意を出して攻撃すれば、敵人必ず潰敗せん。時に敵人來りて我方の動靜を刺探し、我方に察覺せられれば、就ち故意に疲倦懈怠の樣子を裝い出して、彼に探り去らしめよ。敵人必ずこの「勢」に順って前來せん。我方預め各條の小路と大道の上に精銳を暗伏して彼を等て(原注:先に細作を派して密かに敵人の出兵の日期を探り、然る後伏を設けて等待すも、亦た可行なり)、彼の一半過ぐるを等ちて腰を攔んで截擊せよ。敵人若し地勢を占めて我方に逼近せば、また彼と交戰すべからず。當に堅壁觀望し、相持久しければ彼の軍心自然に懈怠せん。
夫得敵有銼勢者,可以自外擊之;敵有支勢者,可以自內擊之〈內攻為用間得其敵心,然後擊之也〉;敵有輕勢者,可以突之〈掩不備也〉。此隨敵三敗勢攻之也。以此言之,是故多勝者非強也,多敗者非弱也,率由勢爾。夫水之柔弱,方圓任性而能蹶〈一作寢〉堤漂石者,水之勢也;火之剛〈一作測〉炎,亙天而起者,火之勢也;薪木既灰而滅影者,木之勢也。故用兵之道,既知水火之旺敗,則盡於勢之用矣。
敵人挫勢に處するに遇上せば、外面より彼を攻打し得べし。敵人支勢に處するは、內部より瓦解して彼を攻打し得べし(原注:內部より攻打するは、先ず間諜を用いて敵方の人心を收買し、然る後再び攻打す)。敵人輕勢に處するは、直接彼を突襲し得べし(原注:彼の防備なきに乘ず)。これすなわち敵人の三種の敗勢に順って彼を攻打するなり。これに由りて説くに、多く勝仗を打つは並びに強大に因るに非ず、多く敗仗を打つも並びに弱小に因るに非ず、皆「勢」に由って決定せらる。水はもとより柔弱にして、方に遇えば方を成し圓に遇えば圓を成すも、卻って能く堤壩を衝垮し石頭を漂走せしむ(「蹶」は一本に「寢」と作る)。これは水の勢なり。火はもとより剛猛炎烈にして(「剛」は一本に「測」と作る)、能く天に連ねて起こるを得。これは火の勢なり。柴薪灰燼に燒成すれば便ち影子も亦た無し。これは木の勢なり。ゆえに用兵の道理、すでに水火盛衰の規律を懂得せば、亦た「勢」の用法を窮盡せり。
使間第二十二
《周禮》巡國傳謀,反間也。用間之道,聖人以用兵決勝,不可不間。用間決中,不可不密。茍非大智,孰能臻於是乎?故間之行也,觀事而舉,其術有八焉。其一曰:兩國相拒,兵抗其境,詐為疲困畏懼,潛漏其言,厚貨諂敵所愛幸,因以所求中之;次使使者致玉帛子女與駿馬精佩之飾以求和解;覺其驕慢,陰選精兵分道,早夜兼時,以乘不備,此以使者為間者也。
《周禮》裏の謂う所の諸國を巡行し謀議を傳遞する職事は、すなわち反間なり。間を用うる道理は、聖人兵を用いて決勝せんと欲せば、間諜を用いざる能わず。間を用うるに能く要害に命中せんと要せば、機密を嚴守せざる能わず。若し極めて智慧ある人に非ざれば、誰か能くこの地步に達せんや。ゆえに間諜の施行は情勢を看て定むべく、手法に八種あり。第一種、兩國相持して兵馬邊境に對峙す。我方假裝して疲困畏懼し、暗中にこの種の話を透露し出し、重金厚禮を以て敵方の寵幸する所の人を討好し、彼を借着して敵人の心願に迎合せしむ。續いて使者を派して玉帛美女および駿馬・精美佩飾の一類を送り、和解を請求す。敵人すでに驕傲怠慢せるを察覺すれば、就ち暗中精兵を挑選して路を分かちて出發せしめ、晝夜兼程して、その不備に乘じて襲擊を發動す——これは使者を拿って間諜に充つるなり。
其二曰:獲敵生口,以所謀漏〈一作洩〉之〈謀皆虛者,非實也〉,俾得聞焉,陰緩使遁去,令敵得所謀而信之,我行則不然也,此以敵人為間者也。其三曰:敵來間,我詐為不知也,反事示之,敵將為事,我則出不意而擊之,此反求來言以為間也。其四曰:敵以間來,厚賂之,令反其言以間敵,此反以來人為間也。
第二種、敵方俘虜を抓到し、故意に我方の謀劃を泄露して(「漏」は一本に「泄」と作る)彼に聽かしむ(原注:泄露する謀劃は皆假にして、眞に非ず)。彼をして聽き去らしめ、再び暗中看管を放松して彼を逃歸せしめ、敵人をしてこの「謀劃」を得てかつ眞實と信ぜしめ、我方實際の行動は卻ってこの樣ならず——これは敵方の人を拿って間諜に充つるなり。第三種、敵人間諜を派して來れば、我方假裝して知らず、反って假象を拿って彼に看せ、敵人これに據って行動する所有れば、我方就ちその不意を出して彼を打擊す——これは反って來間の傳話行間を利用するなり。第四種、敵人間諜を派して來れば、我方重金を以て彼を收買し、彼をして反って假話を帶回して敵人を欺騙せしむ——これは反って來人を變じて我方の間諜と爲すなり。
其五曰:與敵人戰,佯為小敗,亟引兵深壁示以懼色,乃選語言鄙鈍、無智慮者使於敵,令盛張皇我軍之強盛,俾敵知為間者,必以我為懼,以強詞來間也;既行,即舉奇兵隨而襲擊之,此以明間而為間者也。其六曰:敵有內寵,令心腹者以金寶饋其家,使潛構敵情,此以內嬖為間者也。
第五種、敵人と交戰する時假裝して小敗し、急いで兵を收め深壘に退入し、故意に畏懼の神色を露出し、然る後言語粗鈍・心計なき人を挑選して敵營に出使せしめ、彼をして大肆に我軍の如何に強盛なるを張揚せしめ、好く敵人をして彼が命を奉じて行間する人なるを看出せしめ、敵人必ず我方是れ害怕するを認定し、始めてこの種の大話を以て行間するなりと。使者一去れば、我方立刻奇兵を出動して後に隨いて彼を襲擊す——これは公開の間諜を以て行間するなり。第六種、敵方君主に寵幸の近侍內臣有れば、就ち心腹の人をして金銀珠寶を彼の家に送らしめ、彼をして暗中に敵方の內情を竊取せしむ——これは內廷寵幸の人を拿って間諜に充つるなり。
其七曰:敵有謀臣,則潛行賂敵親信,構讒於內,外以事應讒者言,使君臣相疑,自相殘害,此以讒人為間也。其八曰:求敵所委信者,副其所欲,陰求其動靜言語者,此以鄉人為間者也。是以知間者,兵家之要妙也。茍非賢智,莫能用之。故用間之道,在乎微密潛誠,此良將之所註意也。
第七種、敵方に出謀劃策の重臣有れば、就ち暗中敵君の親信を賄賂し、內部に讒言を構織し、外部再び些かの事情を制造して以て讒を進むる者の話を印證せしめ、敵國君臣を互相猜疑せしめ、自相殘害せしむ——これは讒言を進むる人を拿って間諜に充つるなり。第八種、敵方の信任倚重する所の人を找出し、彼の欲望に迎合し、暗中に彼のあちらの動靜と言談とを探聽す——これは鄕里熟人を拿って間諜に充つるなり。これより知るべし、間諜は兵家の最も要緊・最も精微の一環なり。若し賢明有智の人に非ざれば、則ち運用する能わず。ゆえに間を用うる道理は、隱微・周密・潛行にして誠篤に在り。これは良將の特別に留意する要する所なり。
分守第二十三
守備不可不講。善守者如環,使敵不得其間而入焉。夫人之治身者,血脈往來通暢於四肢,則安寧矣。或一脈不來,一氣不通,未有免於病者。是以善用兵者,雖四屯急難,則如首尾相顧而不窮,斯為妙矣。
守備の事は講求せざる能わず。善く防守する人は、防線を一隻の圓環の如く布置し、首尾相接して敵人をして空隙を找て鑽入るを得ざらしむ。人の身體を調養するに、血脈往來四肢に通暢すれば、身體就ち安寧なり。一旦一處の脈息到らず一處の氣機通ぜざれば、病を生ぜざるなし。ゆえに善く兵を用うる人は、たとえ四面駐屯の部隊同時に告急するも、能く常山の蛇の如く首尾互相照應して應付に窮せざるに至らず。これ始めて高妙と算す。
十可擊第二十四
敵人信鬼多祈禱者,必懷疑懼,不能任人故也,一可擊也。敵惟務天時,擇其方位,觀其雲氣,不顧地形之險易,不詳人心之逆順,二可擊也。敵止以地利為擇,不能整肅號令,嚴戒行伍,三可擊也。結營分陣,時多動移者,此多疑恐,四可擊也。軍發言無誠實,事多利己,吏士怨怒,五可擊也。
敵人鬼神を迷信し頻繁に祈禱するは、心裏必ず疑慮恐懼す。あれは彼の部下を信任し得ざるが故なり。これは第一種の攻撃し得べき情形なり。敵人ただ天時を講求し、方位を挑選し、雲氣を觀望するも、卻って地形の險易を顧みず、人心の順逆を細察せざるは、これは第二種の攻撃し得べき情形なり。敵人ただ有利の地形を挑選するを知るも、卻って能く號令を整肅し行伍を嚴格に約束する能わざるは、これは第三種の攻撃し得べき情形なり。營を扎し陣を分かちたる後頻繁に位置を挪動するは、彼の疑慮恐懼甚だ多きを説明す。これは第四種の攻撃し得べき情形なり。軍中發布する話信實なく、事を辦するに多く自己の爲に利を謀り、軍吏士卒怨恨憤怒するは、これは第五種の攻撃し得べき情形なり。
將吏淫怠,六可擊也。結營之地,四要無防〈四要者,四面間道也〉,七可擊也。將馭人無禮,八可擊也。賞罰顛倒,九可擊也。將士多輕,十可擊也。茍欲擊之,先令細人密構其實而我乘之,然後行擊,必中矣。我師亦宜以此自為戒焉。
敵方の將吏が縱情享樂して軍務を懈怠するは、これは第六種の攻撃し得べき情形なり。營を扎する地方、四面の要道に人の設防なきは(原注:謂う所の四要は、すなわち四面の小路)、これは第七種の攻撃し得べき情形なり。主將部下を駕馭するに禮數を講ぜざるは、これは第八種の攻撃し得べき情形なり。賞罰顛倒錯亂するは、これは第九種の攻撃し得べき情形なり。將士大多輕率浮躁するは、これは第十種の攻撃し得べき情形なり。若し彼を攻撃せんと要せば、先ず細作を派して暗中にこれらの情形を査實せしめ、我方據って隙に乘じ、然る後再び動手せば、必ず要害を擊中し得べし。我方軍隊もまた當にこの十條を以て自我警戒すべし。
