五不可擊第二十五
兩師相去數裡,見敵兵疲弱懈怠,號令不肅,僉謂敵人可擊也;而我未備知敵地之形勢,或汪汙坳沮,或曲道相伏,高下相承,叢林茂草。當慮敵示弱而匿其強,示不肅而藏其整,示無謀而匿其智,示遠而弊在近。如是而敵久不退者,必有奇謀,一不可擊也。
兩軍數里を相距り、敵兵の疲弱懈怠・號令嚴整ならざるを看見し、大家皆敵人は攻打すべしと説く。然れども我方は未だ完全に敵方の所在の地形を摸清めず。あちらはあるいは積水低窪の泥沼あり、あるいは曲折小路ありて埋伏を供し、高低相承して、なお叢林深草あり。この時當に顧慮すべし、敵人は弱を示して強を藏起し、整肅ならざるを示して整肅を藏起し、謀なきを示して智謀を藏起し、遠く他處に在るを裝い出して禍患は其實近旁に在るなりと。この如くして敵人の久々退かざるは、必ず別に奇謀あり。これは第一種の攻撃すべからざる情形なり。
合戰未久,敵師未甚傷殘,即棄其鼓旗疾奔者,勿逐之,必有伏兵,二不可擊也。我之生口為敵所獲,一旦遁歸,以敵事語我;或獲敵生口,亦以敵事語我,皆敵謀也,勿信之,三不可擊也。敵師乘勢鼓行進攻於我,則勒兵堅陣待之〈候其氣衰〉。此乘勢之兵,氣威鋒銳,與戰必不利,四不可擊也。敵結陣不顧死絕之地,而鼓旗整肅者,五不可擊也。
交戰久しからず、敵軍未だ多くの傷亡なきに、就ち戰鼓旗幟を丟下して飛奔逃走するは、追趕するなかれ。一定に伏兵を設けたり。これは第二種の攻撃すべからざる情形なり。我方敵人に俘去られし人忽然逃げ歸り來て、敵方の情況を我方に告ぐ。あるいは我方敵方の俘虜を抓到して、彼もまた主動に敵情を我方に説き聽かす——これ皆敵人の圈套たるを得。輕信するなかれ。これは第三種の攻撃すべからざる情形なり。敵軍勝を得るの勢を挾して鼓を擂き推進して我方を攻打し來れば、就ち部隊を約束して堅陣を結成して彼を等つべし(原注:彼の氣勢衰落するを等つ)。この種の勢に乘じて來る軍隊は、氣勢威猛・鋒芒銳利にして、彼と交戰すれば必ず利ならず。これは第四種の攻撃すべからざる情形なり。敵人陣を結成したる後、自己の死絕の地に身處するを顧忌せずして、鼓旗依旧整肅なるは、これは第五種の攻撃すべからざる情形なり。
五異第二十六
太公曰:智與眾同,非人師也;伎與眾同,非國工也。動莫神於不意,勝莫大於不識。孫子曰:善戰者,其勢險,其節短。率謂異諸常也。是以善用兵者,其異有五:一曰險,二曰輕,三曰危,四曰愚,五曰畏。
《六韜》に太公の説を記す曰く、智慧が衆人と同じければ、衆人の師となるに配せず。技藝が衆人と同じければ、國中の名工と稱するに配せず。行動は意外に出づるより神妙なるはなく、勝を取るは看破せられざるより了不起なるはなし。《孫子兵法・勢篇》に曰く、「善く戰う者は、その勢険にしてその節短し」と——善く作戰する人は、造る所の態勢が峻険にして、發動する節奏が短促なり。これら皆尋常の做法と異なるを説くなり。ゆえに善く兵を用うる人は、衆人と同じからざる所に五種あり。一を険と謂い、二を輕と謂い、三を危と謂い、四を愚と謂い、五を畏と謂う。
窮途邃谷,死絕之地;敗壘夷壁,馳突之所。眾以險也去焉,我當內軍固陣,外若不整,以誘敵;內嚴部伍,外若有畏,以驕敵。彼既不識,隱之以變,沖之以卒,此用險之道也。彼眾我寡,力殫糧絕,勝勢在彼,敗勢在我,當歃血誓士,嚴令厚賞,進退以必死,提寡少之兵,突強禦之眾。以我為輕也,當有輕之用。由窮地而闢生門,反輕而決焉,此用輕之道也。
走投無路の絶路深谷は、死絶の地なり。營壘殘破・墙壁夷平する所は、人に任せて馬を縱りて衝突する所なり。衆人此處が険しすぎるを嫌いて皆避くるも、我は卻って應に内部に軍隊を整頓し陣形を穩固にし、外表は散亂不整を裝い、以て敵人を引誘すべし。内部に部伍を嚴明にし、外表は心存畏懼を裝い、以て敵人の驕氣を助長すべし。敵人すでに識破ること能わざれば、我就ち變化を以て真相を隱蔽し、突然の衝擊を以て彼を打垮す。これすなわち「険」を用うる辦法なり。敵衆我寡にして、兵力耗盡し糧食斷絶し、勝勢敵方に在り敗勢我方に在れば、就當に歃血して盟を爲し士卒と誓を立て、號令を嚴明にし賞賜を優厚にし、進退皆必死の心を抱定し、僅かな兵を率いて強悍にして當り難き敵衆を衝擊すべし。別人我方の輕率を認定すれば、我正にこの「輕」を利用し、絶地の中より一條の生路を開闢し、反ってこの輕捷決死に靠って勝を取る。これすなわち「輕」を用うる辦法なり。
敵強攻急,師人大震,眾以為危,我不以忽遽自亂,當有危之用。嚴號謹備,以天命慰撫吏士,外閑其貌,內潛速其機,以奇出兵,此用危之道也。敵人以間來間,我佯不知而受之;敵人以探來探,我佯無備而設伏待之。敵以我愚也,當有愚之用,反而智焉,此用愚之道也。
敵人強大にして進攻猛急なれば、全軍大いに震動し、衆人皆危險と認むるも、我は倉促慌亂に因りて自ら陣脚を亂さず、正當にこの「危」を利用すべし。號令を嚴明にし戒備を謹愼にし、天命の説を以て軍吏士卒を安慰撫定し、外表上從容不迫にして、内裏卻って暗々に機宜の部署を加緊し、奇兵を出して襲擊す。これすなわち「危」を用うる辦法なり。敵人間諜を派して行間に來れば、我假裝して知らず彼を接納し、敵人探子を派して窺探に來れば、我假裝して毫も防備なしと見せて伏兵を設けて彼を等つ。敵人我方の愚鈍を認定すれば、我正當にこの「愚」を利用し、反って智謀を施展す。これすなわち「愚」を用うる辦法なり。
望敵之兵來,退縮守壁;見敵之使來,卑辭下氣,如欲和解。眾以我為畏也,當有畏之用。退縮則設伏而攻之,出奇沖之;欲和解則以利動之,以卑驕之,此用畏之道也。是五者,反眾之法也。眾以我為險者,我用其利也;眾以我為輕者,我用其決也;眾以我為危者,我用其安也;眾以我為愚者,我用其智也;眾以我為畏者,我用其勇也。故太公曰:不能推移,不可語奇。此之謂也。
敵兵の開來するを望見すれば、就ち退縮して營壘に回り固守し、敵方の使者の到來するを見れば、就ち言辭謙卑・語氣低下にして、和解せんと欲するが如くす。衆人皆我方の害怕せりを以爲とするも、我正當にこの「畏」を利用すべし。退縮固守するは伏兵を設けて再び彼を攻打し奇兵を出して彼を衝擊せんが爲、和解せんと欲するを表示するは利益を以て彼を調動し謙卑を以て彼の驕氣を助長せんが爲なり。これすなわち「畏」を用うる辦法なり。この五種は、皆衆人の看法に反して兵を用うる方法なり。衆人我の険境に身處すを以爲とするも、其實我は険中の利を利用するなり。衆人我の輕率を以爲とするも、其實我は決死一戰を利用するなり。衆人我の危殆を以爲とするも、其實我はその中の安穩を利用するなり。衆人我の愚鈍を以爲とするも、其實我は智謀を施展するなり。衆人我の畏懼を以爲とするも、其實我は勇氣を蓄積するなり。ゆえに太公曰く、勢に因りて推移變化する能わざる人は、彼と奇を出して制勝するを談ずるに配せず。説く所は正にこの道理なり。
五機第二十七
兵有五機:一曰地機,二曰事機,三曰勢機,四曰利機,五曰神機。列營布陣,先據要害,敵取逆動,我取順息,是謂地機。審探敵事,因而為之,以中敵情,使敵不知為我所覺,得以欺敵,是謂事機。
用兵に五種の關鍵の機要あり。一を地機と謂い、二を事機と謂い、三を勢機と謂い、四を利機と謂い、五を神機と謂う。營を扎し陣を布くに先ず要害を占據し、敵人をして逆勢の中に行動せしめ、我方をして順勢の中に休整せしむ。これを地機と謂う。仔細に敵方の動向を探明し、それに順って自己の行動を安排し、正好く敵情に切中し、また敵人をして自己すでに我方に察覺せられたるを知らしめず、因りて敵人を騙過し得。これを事機と謂う。
鼓十人之氣為百人之用,鼓百人之氣為千人之用,威名氣焰,動如雷電,所當者破,是謂勢機。糧芻儲積,士馬習閑,凡敵境糧道通利,是謂利機。敵人料我於前,失之於後;料我於遠,失之於近。動靜出入,敵不能察,是謂神機。用兵以五機應敵,未有不能攻城掠地者也。
十箇の人の士氣を鼓動して百箇の人の作用を發揮せしめ、百箇の人の士氣を鼓動して千箇の人の作用を發揮せしめ、威名氣焰人を逼り、一動すれば雷電の如く、碰上する所の敵人皆擊破せらる。これを勢機と謂う。糧草儲備充足し、士卒馬匹訓練嫻熟にしてまた休整を得、敵境に深入する時糧道また暢通無阻なり。これを利機と謂う。敵人我の前面に在るを料想するも、我卻って彼の後面に出現し、我の遠處に在るを料想するも、我卻って彼の近旁に出現し、一動一靜・一出一入、敵人皆察覺するに由なし。これを神機と謂う。用兵能くこの五種の機要を以て敵人に應對すれば、攻城略地し得ざるなし。
被圍第二十八
我師為敵所圍,可以力守者三:外有援兵,一可守也;人士勁勇,芻粟豐備,二可守也;城池完固,民人富庶,三可守也。可以決戰者三:外無援兵,一可戰也;人勁馬壯,甲兵堅利,儲畜不備,二可戰也;城池不完,士民窮匱,三可戰也。
我軍敵人に圍困せらるる時、能く實力に憑って堅守する情形に三種あり。城外に接應の援軍あるは、これ第一種の守り得べきなり。將士精悍勇猛にして、「芻粟」(馬を飼う草料と人に供する穀米)の儲備充足するは、これ第二種の守り得べきなり。城墙と護城河と完整堅固にして、城中の百姓富足するは、これ第三種の守り得べきなり。反って、城を出でて決戰すべき情形もまた三種あり。城外に指望し得べき援軍なきは、これ第一種の戰うべきなり。士卒強健・戰馬壯實にして、铠甲兵器堅固鋒利なるも、糧草物資並びに儲備なきは、これ第二種の戰うべきなり。城墙護城河殘破不全にして、軍民皆すでに窮困匱乏するは、これ第三種の戰うべきなり。
守可以必守,戰可以即戰。何謂必守?許洞曰:盡我力焉,援之不到,俟敵困懈,出奇以戰〈如光武昆陽水上鼓譟而出,如田單即墨火牛之類是也〉。何謂即戰?許洞曰:既圍即戰,謀未備也,圍久則困〈一作用〉焉。
すでに守るを決定せば、就ち最後まで守るべし。すでに戰うを決定せば、就ち立刻開戰すべし。何をか「必守」と謂う。許洞曰く、守御の力量を極處に用うるも、援軍依旧來らざれば、就ち敵人の疲困松懈する時を等ち、奇兵を出して突擊す(例えば東漢光武帝劉秀昆陽に在りて、敢死の士を率いて城西の水邊より鼓を擂き呐喊して衝殺し出づ。また戰國田單即墨に據守して、「火牛陣」を以て燕軍を衝破す。皆この一類に屬す)。何をか「即戰」と謂う。許洞曰く、敵人剛纔合圍すれば就ち出戰するは、彼の部署未だ周全ならざるに趁るなり。圍困一たび久しければ、我方自己先に困境に陷入る(「困」の字は一本に「用」と作る)。
破圍之師,不可出者三:敵無故開圍一角者,有伏也;退圍數裡者,謀也;示以老弱者,誘也。可以急備者二:敵攻其西,謹備其東〈一面皆如之〉;敵示以閑暇者,此必緩我而欲求懈,陰將沖突也。夫被圍者,當安其內而後反其外,可也。
突圍を準備する部隊、三種の情況は城を出づべからず。敵人故なく包圍圈の一角を讓開するは、あちら必ず伏兵を設けたり。敵人圍困の營壘を數里後撤せしむるは、これ圈套なり。敵人故意に老弱殘兵を外面に擺すは、これ誘餌なり。兩種の情況は必ず戒備を加緊すべし。敵人西面を猛攻すれば、就ち東面を嚴防すべし(其餘各面もまたこれに照らして辦理す)。敵人一副從容閑暇・事無き樣子を擺すは、これ一定に我方を麻痹して守軍を松懈せしめ、暗中正に突然の猛攻を準備するなり。凡そ圍困せらるる一方は、皆應に先ず城內の人心を安定し、然る後再び城外の敵人に對付するを圖るべし。これ始めて妥當なり。
圍寇第二十九
逐寇於城隍壘堡,逼而圍之者,逾數旬不變,非克敵之術。如圍中士馬精壯,兵器堅利,芻糧豐溢,外有援可俟者,宜樹土山,浚渠池,去圍百里廣途間道築壁備之。人數不可多,隨地大小用之。盛其遊兵,分部往來提舉,遇急則救應之。
敵寇を追趕して城池・壁壘・堡砦の中に入れ、逼近して包圍す。若し數十日圍んでも局面依旧變化を見ざれば、則ち克敵の好辦法に非ず。假如圍せらるる敵人兵強馬壯にして、兵器堅固鋒利、草料糧食充裕有餘にして、外面また援軍に指望し得べきあれば、則ち應に圍城の外に土山を堆築して以て城內を瞰制し、溝渠を深く掘りて水を蓄え、兼ねて包圍圈より百里の內の大道と小路とに壁壘を修築して防備を加うべし。これらの據點の駐兵は多くを要せず、地面の大小に依って配置す。同時に多く機動の「游兵」を派して、幾部に分かちて往來巡查調度せしめ、何處か一處喫緊なれば就ち趕いて接應に往かしむ。
圍中寇敵窮匱,慮以可守復生他計,則伏精兵於敵路以待〈敵路者,謂敵人要路及歸路也〉。本圍實三面,兵士嚴為備禦,開圍一角,令得生路。敵不奔則戰〈在圍一心死守,出圍則心散各求生路〉,奔則伏兵發,戰則志散,此可以必克矣。是故圍寇之道,不可以堅守為事。《易》曰:窮則變,變則通。此之謂也。
圍せらるる敵人すでに窮困匱乏せるに、若し彼がなお守り得るを仗って別に計謀を生ずるを担心せば、就ち精銳を「敵路」の上に埋伏して彼を等つべし(謂う所の敵路は、敵人の必ず經過する要道と退歸の路線とを指す)。包圍する時その三面を嚴嚴實實に圍み、官兵嚴加防守し、ただ一角を放開して、敵人をして一條の生路を見せしむ。かくすれば敵人逃げざれば出でて交戰せざるを得ず(圍中に困せられては彼一心に死守し、一旦圍を出でれば、人心就ち散じて各々活路を找に往く)。逃げれば伏兵四起し、出戰すれば鬥志渙散し、かくの如く必ず勝を取り得べし。ゆえに敵寇を圍困する要領は、ただ死死に圍むを以て正事と爲すべからず。《周易・繫辭下》に曰く、事極まれば變通し、變通して始めて行き通ず。説く所は正にこの道理なり。
防敵第三十
深入敵境,寂然不逢一人,不可輕動,防有伏焉。宜詳審四沖之雲氣,秣馬勵士,坐甲以俟結營之地。夜於營數裡四圍,各以勁勇之士伏強弩利盾,多列鼓鼙。有賊遽發,擊鼓為號。賊擊衛兵,則中營出輕兵援之。賊擊中營,則四面夾攻之。中營堅陣,坐以俟變而已。賊退則隨之,勿逼之。中營亦隨而進焉。
敵國境內に深入して、四周寂静して一箇の人にも遇上せざれば、切に輕率に行動すべからず、埋伏あるを提防すべし。應に仔細に四面の要道上空の雲氣を察看し、馬匹を飽かせ士卒を激勵し、全軍甲を披いて待命し、營を扎する地方を選定したるを等ちて再び駐扎すべし。夜裏營外數里の四周に、各々精悍勇猛の士兵を派して埋伏せしめ、强弩と堅盾とを配備し、多く「鼓鼙」(軍中の大鼓と小鼓)を擺設す。敵人一旦突然發動すれば、鼓を撃ちて號と爲す。敵人これらの外圍警戒部隊を攻打すれば、中軍大營軽裝部隊を派して接應に往かしむ。敵人中軍大營を攻打すれば、四面の伏兵便ち一齊に夾擊す。中軍大營はただ陣形を穩固にし、安坐して戰局の變化を等待せば足る。敵人退走すればその後に跟隨すれど、逼ること太だ緊ならしむるなかれ。中軍大營もまた之に隨って向前推進す。
夫頓兵敵境,暇則秣食,不常其時,備不測之寇。所行之地遇平川大澤,分五方之師,左右前後人等差隨時,去中軍不可過遠。大將軍處於中軍,隨軍芻粟處於中軍,賞賜資貨處於中軍。若山川險狹,則{艹乞}左右二軍前後如故焉。與賊相遇,不可忽遽周章,當寅畏戒嚴,俾吏士若臨大祭。鼓則進,金則止。不金不鼓,湛如氵亭淵。雖使之奔沖馳突,不可妄動。
大軍敵境に駐扎して、一たび空閑あれば就ち馬を飼い食を進むるを抓緊し、同一の時辰に固定すべからず、以て意料外の來敵を防備す。行軍平原大澤に遇上せば、就ち隊伍を五箇の方位に分かち(中軍と前後左右の四軍)、左右前後の各部の人數は情況に依りて增減すれど、中軍を離るること皆太だ遠くすべからず。主將本人は中軍に居り、隨軍の草料糧食は中軍に放ち、賞賜に用うる財物もまた中軍に放つ。若し山川の險要狹窄の處に遇上せば、就ち左右の兩軍を收攏して靠近せしめ(原文の此の字は僻字にして、當に收束合併の意なり)、前軍後軍は仍ほ舊の如く序列す。敵と相遇する時、驚慌失措して亂作一團となるべからず。應に肅然戒嚴して、全軍將士をして國家の大祭に面對するが如く莊敬ならしむべし。鼓聲を聽到すれば前進し、鳴金を聽到すれば停止し、金を鳴らさず鼓を擊たざる時は、全軍沈靜なること深潭止水の如くなるべし。たとえ派し出して奔襲衝突する部隊なるも、擅自に妄動するを許さず。
何也?曰:凡深入敵境,與常戰不同,地形我不細究其逆順,叢林我不深曉其厚薄。且堅其大陣於陣中,數出奇兵,左右掩逐,利則進,不利則止,貨則掠,人則殺而已。此皆深入之道也。茍不先備而俟之,必有驚撓卻奪之困。可不慎哉!
何を爲してかくの如くするや。答えて曰く、凡そ敵境に深入して作戰するは、平常の交戰と同じからず。當地の地形は我方細察するに及ばずその順逆利害を辨せず、林莽草叢もまた我方その疏密深淺を清楚ならず。ゆえに主力大陣を穩穩に中間に擺し、屢々奇兵を派出して、左右に向かって掩襲追撃し、利あれば前進し不利なれば停下し、財物を見れば奪取し敵人に遇えば殲滅す。かくの如くのみなり。これら皆敵境に深入して作戰する門道なり。假如預め準備を做好して以て應付せざれば、必定に驚擾潰退・戰果奪わるるの困厄を遭受せん。何ぞ愼重ならざらんや。
候敵第三十一
兩師未合,先候敵人之情,故其將之偏才皆可見之也。其有猛而輕死者,可伏而挑之;智而遲者,可逼也;機事速疾而不精者,可誘也;機緩而精者,可抗也;自伐者,可間也;信人者,可詐也;不信人者,可離也;剛愎自用者,可擊也;親愛人者,可侮也〈侮一作悔〉;貪者,可賂也;鄙者,可奪也;廉者,可汙也;清者,可辱也;畏鬼神者,可驚也;懦而善用人者,可欺也。將有是十五者,擊之無疑也。
兩軍未だ交鋒せざるに、先ず敵方の情形を偵察すべし。かくすれば敵將の才性上の偏失皆看出し得べし。敵將勇猛にして死を事と爲さざるは、埋伏を設けて彼を挑逗し得べし。智謀ありて行動遲緩なるは、進逼し得べし。事機を處置するに迅速なるも周密ならざるは、引誘し得べし。事機を處置するに雖遲なるも周密なるは、ただ彼と相持して抗衡するのみ。自誇を好むは、反間計を用い得べし。輕易に人を信ずるは、詐術を用い得べし。誰をも信ぜざるは、彼と部下とを離間し得べし。剛愎自用なるは、直接進撃し得べし。一味に姑息して部下を厚待するは、侮慢挑釁し得べし(「侮」の字は一本に「悔」と作る)。財を貪るは、賄賂を行い收買し得べし。鄙陋なるは、その所有を奪い得べし。廉潔を標榜するは、謠を造りて彼を玷汙し得べし。清高を自命するは、羞辱して激怒せしめ得べし。鬼神を畏懼するは、怪異の事を以て彼を驚嚇し得べし。懦弱なるも善く人を用うるは、欺騙し得べし。敵將この十五種の毛病の中のいずれか一種あれば、彼を攻撃するに遲疑するを要せず。
士卒使用無時者,可擊也;士馬秣食無時者,可擊也;結營之地無出入之便者,可擊也;臨陣喧嘩,約之不止者,可擊也;營柵無泉源溪澗者,可擊也;動而不能避日耗月刑者,可擊也;諸將爭功者,可擊也;謀臣放逐者,可擊也;吏士怨怒者,可擊也;傳呼不應節者,可擊也。是十者能候而擊之,無疑焉。孫子曰:候之而知動靜之理者,此之謂也。茍不能候敵之情,而浪與戰者,是謂舉眾與敵也。
敵軍士卒を役使するに定時なきは、攻撃し得べし。人馬進食喂料に定時なきは、攻撃し得べし。營を扎する地點出入不便なるは、攻撃し得べし。臨陣吵嚷喧鬧して約束し得ざるは、攻撃し得べし。營柵附近に泉水溪澗取る可きなきは、攻撃し得べし。行動の時「日耗」「月刑」のこの類の兵家の忌む凶日を避くるを懂得せざるは、攻撃し得べし。衆將功勞を爭搶するは、攻撃し得べし。出謀劃策の臣僚排斥放逐せらるるは、攻撃し得べし。官吏士卒心に怨憤を懷くは、攻撃し得べし。傳令呼應節度に合わざるは、攻撃し得べし。この十種の情形、ただ偵察清楚せば放手して攻撃し、遲疑するを要せず。《孫子兵法・虛實篇》に曰く、敵人を偵察すれば便能にその行動と靜止の規律を掌握す。講ずる所は正にこの意思なり。假如能く敵情を偵察せずして、卻って貿然として人と交戰せば、あれは自己の部衆を白白と敵人に送るに等し。
追敵第三十二
敵戰既敗,可以追之者五,不可以追之者六。何謂也?曰:彼勝氣,可追者,一也;步騎散亂,奔多顛躓,不成部伍,二也;奔其鄉里,赴其城壁,三也〈前有生路可往,士卒無鬥誌矣〉;輜重甲兵散而不收,四也;主將已死,五也。
敵軍交戰すでに敗退せるに、追撃し得べき情形に五種あり、追撃すべからざる情形に六種あり。この話如何に講ずるや。答えて曰く、我方士氣對方を壓倒するは、これ追う可き第一種なり。敵人步騎散亂して、奔逃する時不断に跌倒絆摔し、編制隊列全く亂るるは、これ第二種なり。敵人自己の家鄕に向かって奔逃し自己の城壘に往きて跑るは、これ第三種なり(前面に活路の走る可きあれば、士卒就ち鬥志なし)。輜重・铠甲兵器丟れて滿地にして收拾する人なきは、これ第四種なり。敵方主將すでに戰死せるは、これ第五種なり。
又若敵人雖敗,銳氣不減,一不可也;舊溪澗水流忽〈一作急〉絕者,盜已過,二也〈慮其絕水之計耳〉;敗軍遁走,行伍不甚亂,旌旗不甚錯,三也〈慮其詐敗,欲我逐之,然後發其伏兵者也〉;吏士奔走不甚蹶躓,步騎不相參錯,四也〈慮其亦詐也,詐則心安,故走不躓也〉;敵敗失道,左右山谷前亦如之,五也〈無路可走,必還而致死〉;途窮食盡,吏士未甚散,六也。是以可追者,急追;不可追者,堅壁而觀,必有利害之變矣,俟舉兵我則利進而害退也。
更に追うべからざる情形を説く。敵人雖敗れたるも、銳氣卻って減退せざるは、これ第一種の追うべからざるなり。もとより長流の溪澗忽然斷流するは(「忽」の字は一本に「急」と作る)、敵人すでに上游に手脚を動かしたるを説明す。これ第二種なり(彼が水源を截斷する計謀を提防すべし)。敗軍逃げ走る時行列太だ散亂せず旗幟太だ錯雜せざるは、これ第三種なり(彼が詐敗して我を引いて追わしめ、然る後伏兵を發動するを提防すべし)。敵人官兵奔走する時あまり跌絆せず、步兵騎兵もまた相互混雜せざるは、これ第四種なり(同じくこれが僞裝にして、心裏底ありて始めて跑るも摔跤せざるを提防すべし)。敵人敗退する時道路を迷失し、左右は山谷にして前面もまた山谷なるは、これ第五種なり(路なく走る可からず、必定に回頭して命を拼す)。敵人走投無路・糧食喫盡するも、官兵未だ潰散せざるは、これ第六種なり。ゆえに追う可きは就急追すべく、追うべからざるは就ち營壘を堅守し靜觀すべし。形勢必然に利害の轉變有らん。該く兵を出す時候に到るを等ちて、我方便能に利に因りて進み害を避けて退かん。
詭敵第三十三
兵者,詭道也。卷舒萬變,雖天地鬼神不可使測之〈不可使測之,一作莫能知之〉。是故詭敵之道,其術有二。敵使到,以權臣私之,豐寶貨露試疑,為結使者之術。使其信我不疑,然後以憤〈一作忿〉惑之,復以國家事洩〈皆以國家虛實,似是而非者〉,既密,乃反構敵意,料不以我為疑,即以通情於敵君,示舉兵期與地,以內應之。待期〈一作奇〉則以精兵出不意搗其虛,我外通之,其術一也〈內慮號皆虛號也,亦為我臨兵之害〉。
用兵は、一門の詭詐の學問にして、あるいは收めあるいは放ち變化萬端、たとえ天地鬼神も測知する能わず(「不可使測之」は一本に「莫能知之」と作る)。ゆえに敵人を欺騙する辦法、大体に兩條の門路あり。第一條、敵國の使者來到すれば、就ち我方の權勢ある大臣をして私下に彼を結交せしめ、豐厚の珍寶財貨を擺し、故意に一點の口風を露して彼が疑を起こすや否やを試探す。これ是れ使者を籠絡する手段なり。彼が完全に我方を信任して再び疑わざるを等ちて、激憤の言辭を以て彼を迷惑し(「憤」は一本に「忿」と作る)、再び假裝して國家の機密を彼に泄露す(謂う所の機密は、皆國家の虛實に關し、似て眞にして假なるもの)。關係すでに親密なれば、就ち反って敵方を構陷し、對方の我を疑わざるを估量して、便ち直接敵國君主と消息を通じ、我方の擧兵の日期と地點とを彼に告げ、內應を充當せんと願うを表示す。約定の期に到れば(「期」は一本に「奇」と作る)、就ち精兵を以て不意を出して直ちに彼の空虛の處を搗ち、我方また外面に於て之と呼應す。これ第一條の門路なり(須知すべし、謂う所の內應の暗號旗號は皆假にして、この法若し人に反って我方に用いられば、同じく我軍臨陣の時の禍害と爲らん)。
募勇敢者以為間,一旦佯為怒,笞之見血,即潛使竄敵。復囚其妻子,俾知之而為怨〈一作怒〉。我以密事告〈亦虛事也〉,使傳聞於敵,詐言以某時當加兵於某處。我潛應其言,及期果與言合。乃陰出銳兵,攻其不意,其術二也。此皆以奇為勝者,兵之要道,不可以不詳於此也。
第二條の門路、膽大敢死の人を招募して間諜に充當せしめ、ある日假裝して發怒し、彼を鞭打ちて皮開肉綻せしめ、隨卽暗中に彼を放して敵方に逃奔せしむ。同時に彼の妻子兒女を關押して、彼に知らしめて心に怨恨を生ぜしむ(「怨」は一本に「怒」と作る)。我方再び「機密」を彼に告げ(同じく假の機密)、彼をして敵人に傳えしめ、詐りて某の時某の地に兵を發すと稱さしむ。我方暗中にこの話に照らして做り、期に到れば果然として彼の説く所と相合す。於是乎敵人の深信不疑に趁り、暗に精銳部隊を出してその不備を攻む。これ第二條の門路なり。これら皆奇を以て制勝する辦法にして、用兵の關鍵の所在なり。この上に講究透徹せざる能わず。
困敵第三十四
敵有謀臣,以間疏之;敵有積聚,細人焚之;敵有種植,欺而刈之;敵有民人,強而〈一作以〉虜之。陰賂敵之密人,使進敵美女以惑其意,獻良犬駿馬以蕩其心,多方以誤之。迨其外困而內惑,則國事懈矣。然後舉兵伐之,可不勞而功立矣。善用兵者,常謀困敵。敵困則我逸矣,以逸擊困,尚何敵之不克哉!
敵國に善く謀る大臣あれば、就ち反間計を用いて彼を君主と疏遠ならしむ。敵國に糧草の積儲あれば、就ち細作を派して燒掉せしむ。敵國に種下せる莊稼あれば、就ち辦法を設けて誆騙してそれを割走らしむ。敵國に百姓丁口あれば、就ち武力を以て掳掠し來る(「而」は一本に「以」と作る)。暗裏に敵君の親信近臣を賄賂し、彼をして美女を進獻して敵君の心意を迷亂せしめ、良犬駿馬を獻上して彼の心志を放縱せしめ、多方に辦法を設けて彼を歧途に引き入る。敵國の外部困を受け內部また迷惑せらるるを等ちて、國政就ち鬆弛せん。この時再び兵を擧げて討伐せば、便ち大力を費やさずして大功を建成し得べし。善く兵を用うる人は、總じて辦法を設けて敵人をして困境に陷入らしむ。敵人困頓すれば我方就ち安逸し、安逸の師を以て困頓の敵を打てば、何の敵人か攻下せざらんや。
周備第三十五
一方之地,一界之內,一城之間,分兵守之。要地則盛兵防禦,量人數多少,分為步、騎。中營大將所居,外皆環列營陣,所備之地不空虛焉。敵來襲擊,四面皆救援。急則引中營之兵以赴焉,表裡互相救也。慮敵人擊其一處,則立左、右營陣以護防矣。
一方の地面・一條の邊界の內・一座の城池の間は、皆兵を分かちて把守すべし。要害の處は就ち兵を多く駐して防禦し、用い得べき人數の多少に按じて、步兵と騎兵とに分編す。中軍大營は主將の居る所にして、外圍一圈環列して各營各陣あり、凡そ該く防を設くべき所は皆空虚を留めず。敵人來襲すれば、四面皆相互に救援し得、情況緊急なれば就ち中軍大營の兵力を抽調して趕り往かしめ、內外彼此策應す。若し敵人の專ら某の一處を攻めんことを担心せば、就ちあちらの左右兩側に別に營陣を立てて護衛を加うべし。
遠近第三十六
兵者,詭道也。詭可使虛為實,遠示之近,近示之遠。故遠近之用,其術有六。善攻敵者,警前掩後,聲東擊西,出敵所不趨,趨敵所不意;利而誘之,安而動之,逸而勞之,飽而饑之;覘其無備,卒然乘之。其術一也。
用兵は、一門の詭詐の學問なり。詭詐は能く虛のを實に變じ得。本來遠處を打たんとするも、卻って近處を攻むる樣子を做し、本來近處を打たんとするも、卻って遠處を攻むる樣子を做す。ゆえに遠近相欺の法、共に六條あり。善く進攻する人は、彼の前面を驚動して彼の後面を襲擊し、東邊を打つと揚言して實は西邊を打ち、敵人の趕り往かざる地方より出撃し、直ちに敵人の意想し到らざる地方に趨る。小利を以て彼を引誘し、敵安穩なれば辦法を設けて彼を攪動し、敵安逸なれば辦法を設けて彼を疲勞せしめ、敵糧足れば辦法を設けて彼を饑餓せしめ、彼の防備なきを窺察して、突然隙に乘じて入る。これ第一條なり。
所臨之境界於洪淵大壑,不可卒濟,即駐兵築壘,鑿林刳木,廣為舟航,示以必濟也〈如不可卒辦之,則令彼備此行,我則不然也〉。中夜陰令精兵銜枚於他處,舉筏而渡,擊沿流屯守,俟彼眾亂,大兵筏而隨之。其術二也。
到る所の邊界は深淵大壑の一類の大水を隔てて、一時渡り過ぐる能わざれば、就ち駐扎して營壘を修築し、樹林を砍伐し木料を剖鑿し、大いに船只を造り、非ず此處より渡る可からずの架勢を擺す(船只若し一時辦成せざれば、もまた敵人をして我軍將に此處より渡河せんと以爲せしむべし。其實我方は並びにこの路を走らんと打算せず)。半夜に到り、暗中に精兵に命じて「銜枚」(口中に短木を橫銜えて以て喧聲を禁ず)せしめ、另一處に於て木筏を放下して水を渡り、沿河駐守の敵軍を攻撃す。敵方の陣脚一たび亂るるを等ちて、主力もまた筏に乘じて跟進す。これ第二條なり。
加兵之地,斷敵之路,大軍陰謀以詭敵。敵聞焉,如以為然,所備必緩。即陰令輕捷者從間道以懸梯行索接續以亟渡,出其不意,我即令大軍以應之。其術三也。兩陣相向,敵人鼓譟挑戰,勿即應,久之,則徐徐引退。敵來薄陣,即亟出驍勇沖其心,後軍張翼而從之。其術四也。交戰既酣,陰以奇兵分左、右翼,自陣後兩出擊之,使外潰而內駭焉。其術五也。
兵を用いんと準備する地方に敵人の道路を切斷せんとする姿態を擺すも、主力は卻って別に暗中の圖謀ありて以て敵人を欺騙す。敵人聽説して信を爲とせば、あの一帶の防備必然に鬆弛せん。この時暗中に輕捷の士を派して小路より、「懸梯」(崖壁に掛くる軟梯)と繩索とを以て一段一段接續し、迅速に險阻を越過して、その不意を出す。我方隨卽大軍に命じて接應せしむ。これ第三條なり。兩陣相對する時、敵人鼓を擂き呐喊して前來挑戰すれば、立刻應戰するなかれ。一陣を拖し、再び慢慢後撤し、敵人の我陣に逼近するを等ちて、就ち立刻驍勇の士を放出して直ちに彼の中堅を衝き、後軍は兩翼を張開するが如く跟上して包抄す。これ第四條なり。交戰正に酣なる時、暗中に奇兵を分かちて左右兩翼と爲し、本陣の背後より兩面に繞出して敵人を攻撃し、彼をして外圍潰散・內部驚駭せしむ。これ第五條なり。
敵戰時,於大戰後以精兵伏之,不施旗鼓,唯以強弩、劍盾、戈藏隱於身,埋伏山林深草之處。伺前陣大戰,令後伏兵先出強弩射之後麾,前陣兩向兵徐逼敵,佯敗誘追,伏動則撲之。其術六也。此六者,皆示以近而取勝在遠也。如是者,奇正之謀也。孫子曰:兵以正合〈一作才〉,以奇勝。此之謂也。
敵と交戰する時、主戰場の後に別に精兵を派して埋伏せしめ、旗號を打たず鼓角を用いず、ただ强弩・劍盾・長戈を身に貼して藏好し、山林深草の中に潛伏す。前面の大陣激戰するの際を等ちて、先ず後面の伏兵をして出動せしめ、强弩を以て敵軍後方の指揮旗號を射撃す。同時に前陣の左右兩向の部隊緩緩に敵人に逼近し、假裝敗退して彼を引いて追わしめ、伏兵一動すれば就ち撲上す。これ第六條なり。この六條は、皆架勢を近處に擺して、勝を取る着眼點は卻って遠處に在り。この如くなるは、すなわち「奇」と「正」と相配合する謀略なり。《孫子兵法・勢篇》に曰く、用兵は正兵を以て交合し奇兵を以て勝を取る(「合」の字は一本に「才」と作る)。説く所は正にこの道理なり。
料地第三十七
用地之法,考地之形勢有六焉:一曰通,二曰掛,三曰支,四曰隘,五曰險,六曰遠。我可以往,彼可以來,曰通。居通地,利乘高待敵,後通糧運,障其間道,絕敵之潛來,用戰則利也。我可以往,彼難以反,曰掛。居掛地,先詳敵無備,伏兵絕其歸路,則利焉;敵有備而出,則自躓焉。
地形を利用する方法は、地の形勢を考察するにして、共分かちて六類あり。一を「通」と謂い、二を「挂」と謂い、三を「支」と謂い、四を「隘」と謂い、五を「險」と謂い、六を「遠」と謂う。我方能く過去し敵方もまた能く過來するを、通形と謂う。通形の地に處しては、高處を搶占して敵人を待つに宜しく、後方糧道の暢通を保持し、旁出の小路を堵住し、敵人の暗中に來襲する可能を斷絶せば、かくして交戰すれば便ち利あり。我方能く過去し敵方卻って退回し難きを、挂形と謂う。挂形の地に處しては、先ず敵人の防備なきを探明して、就ち伏兵を派して彼の歸路を切斷せば、かくすれば利あり。若し敵人早く防備ありて出撃せば、我軍貿然として往けば自ら挫敗に陷らん。
我出而不利,彼出而不利,曰支。居支地,若敵引兵而去,是誘我也,勿擊之;待其自出薄我則擊之,利焉。守山谷之口,界乎兩向峭絕,曰隘。我先居隘地,整其營陣待敵,絕沖突之患;若敵先居之,盈陣待之(言盈陣者,實陣絕隘口);如攻不盈,則從其它攻之,利焉。
我方の出撃利ならず敵方の出撃もまた利ならざるを、支形と謂う。支形の地に處して、若し敵人兵を領して退走せば、あれは我方を引誘するなり。追撃するなかれ。彼の自ら出でて我陣に逼近するを等ちて再び打てば、かくすれば利あり。山谷の口子を扼守して兩側皆陡峭の斷崖なるを、隘形と謂う。隘形の地若し我方先に占據せば、就ち營陣を整肅して敵人を等待し、敵に衝突せらるるの禍患を杜絶せよ。若し敵人先に占據しかつ「盈陣」せば、ただ兵を按じて等待し、硬攻するなかれ(謂う所の盈陣は、實兵を以て陣列に布满し隘口を完全に堵死するを説く)。若し彼隘口を塞滿せざれば、就ち別に別處より進攻せば、かくすれば利あり。
處高待下,處安待危,曰險。居險地,我先居之,利以戰;若敵先居之,勒兵退,乃見其利焉。與敵相去營壘之遙,曰遠(疑有脫誤)地。敵不先進,但挑戰,戰則不可進,必有伏焉;敵不戰而引退,亦不可逐,逐則不利。故古人云:用兵之道,地利為寶。此之謂也。
高に居り下に臨み、自ら安穩に處して險危の處に對するを、險形と謂う。險形の地我方先に占據せば、就ち交戰するに利あり。若し敵人先に占據せば、就ち兵を收めて退走し、退下して始めて好處を見るを得。敵人の營壘と相距ること遙遠なるを、遠形と謂う(原書此處に注あり:疑いに脱文訛誤あらん)。遠形に處して、敵人先に推進せず、ただ一味に來りて挑戰すれば、我方一たび交戰すれば貿然前進すべからず。あちら必定に伏兵あり。敵人戰わずして後撤するも、また追趕すべからず。追えば必定に利なからず。ゆえに古人曰く、用兵の道理は、地利を取得するを以て至寶と爲す。説く所は正にこの意思なり。
生地第三十八
生地者,謂左右前後非死絕之地,通糧道,進退皆利也。生地雖曰兵家之利,可以用者六焉:若夫懸車深入,一可用也;士馬精壯,陣勢習熟,二可用也;將明令嚴,三可用也;我強敵弱,四可用也;大將夙著恩,使吏士服從,五可用也;吏士樂戰,六可用也。其不可以用者有三焉:士卒顧家者,一不可用也;前無利誘,士卒退心,二不可用也;進則害,退則利,三不可用也。茲生地之利害,可不審乎?
謂う所の「生地」は、左右前後皆絶路に非ざる地方を指し、糧道暢通して進退皆便利なり。生地雖説兵家に對して利ありとするも、此處に於て兵を用い得べき情形はただ六種あるのみ。一は能く「懸車束馬」して險阻を越過し敵境に深入す。二は人馬精悍壯實にして、陣法演練純熟す。三は主將賢明にして號令嚴整す。四は我強く敵弱し。五は主將平素恩信卓著にして、官兵甘心して服從す。六は官兵作戰を樂しむ。生地に於て兵を用うべからざる情形に三種あり。一は士卒家室を挂念す。二は前面に圖る可き利益の引誘なく、士卒退縮の心を起こす。三は前進すれば害ありて後退すれば利あり。これらすなわち生地の利と害なり。何ぞ仔細に審察せざらんや。
死地第三十九
死地者,謂背山負水,糧道、生路皆絕也。死地雖曰兵家之害,可以用戰者四焉:將之恩威未著,吏士未服,一也;我兵與敵等,我力戰則利,畏戰則害,欲令吏卒死戰者,二也;為敵所逼,糧芻將竭,三也;前軍既破,後軍尚固,四也。其不可以用者三焉:彼眾我寡,一也;利害未審,矯眾強為,二也;將心猶豫,三也。
謂う所の「死地」は、高山に背靠り大水に面臨し、糧道と生路と皆斷絶せられたる地方を指す。死地雖説兵家に對して害ありとするも、此處に於て死を拼して一戰し得べき情形に四種あり。一は主將の恩德威信未だ樹立せず官兵未だ服従を肯ぜず、正好く絶境を借りて鬥志を逼出す。二は我軍兵力敵と相當にして、全力に死戰すれば則ち利あり畏縮して戰わざれば則ち害あり、官兵を迫使して命を舍てて戰わせんと欲す。三は敵人に緊逼せられ、糧食草料將に耗盡せんとす。四は前軍すでに擊破せられたるも、後軍はなお穩固なり。死地に於て兵を用うべからざる情形に三種あり。一は敵衆我寡。二は利害未だ審察清楚せずして、勉强に部衆を驅趕して硬幹す。三は主將自心に猶豫を存す。
料山第四十
山勢迫而障於近者勿營,慮伏在側也;山亞而繞林奮者勿營,慮四周有伏也;山回於路者不可妄行,慮伏在前也;山伏於後者速過,急以兵守其後,慮為敵所絕也。左右前後皆山,我頓軍於中者,細究其往來之蹊路,因諸間道以兵守之。凡諸山阪及野地者,有林近我,我利。若得之,戰則為伏,急則為藏,守則為薪也。茍能知山林之利害者,鮮不勝也。
山勢逼近し近處に視線を遮斷して屏障を形成する地方は營を扎するなかれ。怕るるは兩側に伏兵あらんなり。山形低伏して四圍林木蓊鬱蔽塞する地方は營を扎するなかれ。怕るるは四周に伏兵あらんなり。山勢回環して道路を擋住する地方は貿然行進すべからず。怕るるは前面に伏兵あらんなり。山岡隊伍の背後に橫わる地方は迅速に通過し、兼ねて急いで兵を派して後路を扼守すべし。怕るるは敵人に退路を截斷せられんなり。左右前後皆山にして、我軍當中に駐扎する時は、細細に各條の往來の小路を查明し、これらの間道に依托して兵を派して把守すべし。凡そ山坡と曠野の地は、ただ樹林ありて我方に靠近せば、就ち我方に利あり。若し能くそれを占住せば、作戰の時伏を設け得、情勢危急には藏身し得、駐守する時はまた砍りて柴薪に充つるを得。若し眞に能く山林の利害を懂得せば、打ち勝たざること少なからん。
料水第四十一
頓軍之地,水流而清澈者,食之上也;水流而黃濁有沙者,食之次也;流之黑者,食之下也(水黃黑,以膠投之,可以得清)。設或水停而不流者,勿食;水流而上源在敵者,勿食。水流而中有黑脈不定毒流者,勿食,食者死。水多糞草者,勿食,食者病。水上有人、狗、彘之尸者,勿食。如無水可食,當於其側穿井以汲。
軍を駐する所、水流清澈なるは、最も上等の飲用水なり。水流黄濁して泥沙を夾帶するは、次一等のなり。水流黑を發するは、最も下等のなり(水色黄黑を發するは、膠質を投入して泥沙を凝沉せしめば、澄清し得べし)。假如水停積して流れざれば、飲用するなかれ。水雖流動するも上游敵方境內に在れば、もまた飲用するなかれ。水流當中に黑色脈紋ありて游移不定の毒流あれば、飲用するなかれ。飲めば命を送らん。水中糞便雑草多きは、飲用するなかれ。飲めば病を生ぜん。水面人・狗・猪の屍體を漂わすは、飲用するなかれ。若し飲む可き水なければ、應に近旁に井を鑿りて汲取すべし。
吏士營必以水,暫憩必以水。若將有所涉也,水流而或盈或減者,勿涉,必有壅囊之機;水止而為陂為沮洳限於路者,勿涉,必有澤淖之陷。水在敵要地而無甲兵防之者,未可即涉。先令輕兵搜驗山谷崎岸,慮有伏焉。欲奪敵之力者,先奪其水。得之上流者,美莫大焉。
官兵營を扎するは必ず水源に靠近すべく、短暫休息するも必ず水源に靠近すべし。若し將に水を涉らんとするに、水流忽漲忽落するに遇えば、涉渡するなかれ。上游必定に人ありて「壅囊」(土沙の口袋を以て壩を築く)を以て水を攔み、ただ我軍の半渡するを等ちて堤を決して水を放つ。水停積して陂塘を成し泥沼に變じて去路を擋住するは、涉渡するなかれ。あちら必定に沼澤陷坑あり。水面敵方の要害の地に處するも敵兵の防守を見ざるは、马上涉渡すべからず。先ず輕裝部隊を派して兩岸の山谷と陡岸とを搜查し、埋伏あるを提防すべし。敵人の戰力を削弱せんと欲せば、先ず彼の水源を奪え。能く上游を占住するは、好處これより大なるは再びなし。
料塵第四十二
敵之始來,塵有條而散漫者,曳薪也;穗起而驚亂者,塵車來也;塵高濃厚,渾渾而起者,騎兵來也;卑而廣,奮奮而起者,步兵也。
敵人剛纔來る時、塵土一條一條の細線を呈してまた散漫なるは、地上に柴薪を拖曳して塵を揚げ虛張聲勢するなり。塵頭谷穗の如く簇を成して騰起し紛亂不定なるは、戰車の馳來するなり。塵柱高くまた濃く滾滾として翻卷して起こるは、騎兵の到來なり。塵頭低くして寬闊に蓬蓬として湧起するは、步兵の行進なり。
兵少而塵散亂者,部伍不肅也;兵多而塵清者,部伍按行,將之令整也;塵埃左右前後起者,使人無常法也。軍動而塵埃條條而起者,不散漫,軍止而塵亦者,此皆大將威德行,部伍整肅故也。列營結陣之時,有塵起飛者,隨所起處防之,必有賊兵潛到。臨賊以塵為候,亦料敵取勝之術者也。
兵少なくして塵土散亂するは、隊伍整肅ならざるなり。兵多くして塵土反って清淡なるは、隊伍行列に按じて行進し主將號令嚴整なるなり。塵埃左右前後各處に零散に騰起するは、人馬を調遣するに一定の章法なきなり。行軍の時塵土條を成して騰起して散漫せず、隊伍一停すれば塵土もまた之に隨って停息す。これ皆主將の威德通行・部伍整肅の緣故なり。營を安んじ陣を列する時候、若し塵土飛揚あれば、就ち揚塵の方位に照らして防備を加うべし。あちら必定に敵兵の悄悄に摸到するあり。敵に臨む時塵土を以て偵察の徵候と爲すは、亦た敵を料りて勝を取る一種の辦法なり。
料敵陣第四十三
敵陣稍長心薄者,我軍當自堅其陣。先以勁兵力沖敵陣之心,力困則益兵進之;俟敵陣稍動而來救於心,則退沖心之兵,復堅我陣;俟敵陣稍動,則麾我兩稍之兵乘之。若敵陣心實而稍圓,不可輕擊,俟變而後動焉。
敵陣兩翼拉長して中央單薄なるは、我軍應に先ず自己の陣形を穩固にし、再び精兵を以て全力に敵陣の中央を衝擊すべし。衝きて力竭きれば、就ち兵力を增派して繼續推進せしむ。敵陣兩翼鬆動して兵を抽いて中央を回救するを等ちて、就ち中央を衝擊する部隊を撤回し、重新に我陣を穩住す。再び敵陣の鬆動するを等ちて、就ち我方兩翼の部隊を指揮して隙に乘じて進撃せしむ。若し敵陣中央厚實にして兩翼收まりて渾圓なるは、輕易に攻撃すべからず。それが自身變を生ずるを等ちて後動手すべし。
若敵陣於死地,部伍齊肅如一者,此將賢而兵精也,不可輕擊焉。陣於死地,部伍不肅,多動多嘩,旗幟撩亂,此皆將軍愚昧,不能擇地利,使士伍心動故也,可迫而擊之,必勝也。
若し敵人死地に列陣して、隊伍卻って整齊嚴肅なること一人の如ければ、これ敵將賢能にして士卒精銳なるを説明す。輕易に攻撃すべからず。若し死地に列陣して隊伍整肅ならず、動作紛雜・喧譁止まず、旗幟繚亂するは、これ皆敵將愚昧にして、有利の地形を選擇するを會せず、士卒をして軍心浮動せしむるが故なり。逼り上りて打つ可し。必定に勝を取らん。
若陣於生地,人馬利於出入,行列嚴整,旌旗如畫,金鼓應節,人無喧囂,此將有謀而善於得地利者也,不可輕擊。敵陣於生地,令不嚴肅,行列不整,進退不節,此蓋將內不能曉軍政,外不能擇地利故也。吏士之心必不固,可放兵擊之,必勝也。若敵陣左右山峽而不能盈者,可擊也;列陣而不能順其地勢者,可擊也。是知善戰者,莫不能此而能料其勝負也。
若し敵人生地に列陣して、人馬進出便利、行列嚴整、旌旗鮮明にして畫の如く、鳴金擊鼓節度に合し、人人喧譁の聲を出さざれば、これ敵將謀略有りてまた善く地利を占取するを説明す。輕易に攻撃すべからず。敵人生地に列陣して、號令卻って嚴肅ならず、行列整齊ならず、進退節度に合わざれば、これ大概敵將內に軍中政令に通曉せず外に地利を選擇するを會せざる緣故なり。官兵の心必定に穩固ならず。兵を放ちて進撃し得べし。必定に勝を取らん。若し敵陣左右山峽に倚りて兵力填滿し得ざるは、攻撃し得べし。列陣して能く地形の走勢に順應せざるは、攻撃し得べし。これに由りて知るべし、善く作戰する人は、これらに憑って勝負を預判せざるなし。
