五燈會元卷第十五
蘇臺玉峰張氏子。兒時甞習坐垂堂。堂傾。父母意其必死。師瞑目自若。因使出家。年滿得度。趨謁泐潭。潭見乃問。作甚麼。師擬對。潭便打。復喝曰。你喚甚麼作禪。師驀領旨。即曰。禪。無後無先。波澄大海。月印青天。又問。如何是道。師曰。道。紅塵浩浩。不用安排。本無欠少。潭然之。次謁衡嶽辯禪師。辯尤器重。元符間抵雪竇之中峰棲雲兩庵。逾二十年。甞有偈曰。竹筧二三升野水。松窻七五片閑雲。道人活計祇如此。留與人間作見聞。有志於道者。多往見之。僧至禮拜。師曰。近離甚處。曰。天童。師曰。太白峰高多少。僧以手斫額。作望勢。師曰。猶有這箇在。曰。卻請庵主道。師卻作斫額勢。僧擬議。師便打。師初偕天童交禪師問道。盟曰。他日吾二人。宜踞孤峰絕頂。目視霄漢。為世外之人。不可作今時籍名官府。屈節下氣於人者。後交爽盟至。則師竟不接。正言陳公以計誘師出山。住二靈。三十年間。居無長物。唯二虎侍其右。一日威於人。以偈遣之。宣和七年四月十二日。趺坐而逝。正言陳公狀師行實。及示疾異跡甚詳。仍塑其像。二虎侍之。至今存焉。
蘇臺玉峰張氏の子。兒の時嘗て坐を堂に垂るに習う。堂傾ぐ。父母其の必ず死せんと意す。老師目を瞑りて自若たり。因りて家を出でしむ。年滿ちて度を得たり。趨りて泐潭を謁う。潭見て乃ち問う、「什麼を作す、老師對えんと擬すれば、潭便ち打つ」。復た喝して曰く、「你喚びて什麼を禅と作す、老師蓦っから旨を領す」。即ち曰く、「禅、後無く先無し、波大海に澄み、月靑天に印す」。又問う、「如何なるか是れ道」。老師曰く、「道、紅塵浩浩として、安排を用いず、本より欠少無し、潭之を然とす、次いで衡岳辯禅師を謁う、辯尤も器重し、元符の間雪竇の中峰栖雲の兩庵に抵りて、二十年を逾ゆ」。嘗て偈有りて曰く、「竹筧二三升の野水、松窻七五片の閑雲、道人の活計只だ此の如し、人間に留めて見聞と作さん、道に志有る者は、多く往きて之に見ゆ、僧至りて禮拜す」。老師曰く、「近く甚の處を離るる」。曰く、「天童」。老師曰く、「太白峰高さ多少、僧手を以て額を斫り、望の勢を作す」。老師曰く、「猶ほ這個在り」。曰く、「卻って庵主の道うを請う」。老師卻って額を斫るの勢を作す。僧擬議す。老師便ち打つ。老師初め天童交禅師と偕に道を問う。盟して曰く、「他日吾の二人、宜しく孤峰の絶頂に踞り、目霄漢を視て、世外の人と為るべし、今時の籍を官府に名して、節を屈げ氣を人に下るを作すべからず」。後に交盟を爽して至れば、則ち師竟に接せず、正言陳公計を以て老師を誘いて山を出で、二靈を住せしむ。三十年間。居長物無し。唯だ二の虎其の右に侍す。一日人に威りて。偈を以て之を遣る。宣和七年四月十二日。趺坐して逝く。正言陳公師の行實を狀し。及び疾と異迹を示すこと甚だ詳し。仍ほ其の像を塑す。二の虎之に侍す。今に至るまで存焉
開先瑛禪師法嗣
開先瑛禅師法嗣
紹興府慈氏瑞仙禪師
紹興府慈氏瑞仙禅師
本郡人。年二十去家。以試經披削。習毗尼。因覩戒性如虗空。持者為迷倒。師謂。戒者。束身之法也。何自縛乎。遂探臺教。又閱諸法不自生。亦不從他生。不共不無因。是故說無生。疑曰。又不自他。不共不無因。生畢竟從何而生。即省曰。因緣所生。空假三觀。抑揚性海。心佛眾生。名異體同。十境十乘。轉識成智。不思議境。智照方明。非言詮所及。棄謁諸方。後至投子。廣鑑問。鄉裡甚處。師曰。兩淛東越。鑑曰。東越事作麼生。師曰。秦望峰高。鑑湖水闊。鑑曰。秦望峰與你自己是同是別。師曰。西天梵語。此土唐言。鑑曰。此猶是叢林祇對。畢竟是同是別。師便喝。鑑便打。師曰。恩大難酬。便禮拜。後歸裡。開法慈氏。室中甞問僧。三箇橐駝兩隻腳。日行萬裡趂不著。而今收在玉泉山。不許時人亂斟酌。諸人向甚麼處與仙上座相見。
本郡の人。年二十家を去る。經を試みて披削す。毘尼を習う。因りて戒性虚空の如く、持する者は是れ迷倒なるを覩る。老師謂う。戒は。身を束ぬるの法なり。何ぞ自ら縛らん。遂に臺教を探る。又閱する諸法自ら生ぜず。亦た他より生ぜず。共せず因無からざらず。是の故に無生と説くを。疑いて曰く、「又自他せず、共せず因無からざらず、生畢竟何より生ずる」。即ち省りて曰く、「因緣の生ずる所、空假の三觀、抑揚して性海、心佛衆生、名異なりて體同じ、十境十乘、識を轉じて智と成し、不思議の境、智照して方に明らむ、言詮の及ぶ所に非ず」。棄てて諸方を謁う。後に投子に至る。廣鑑問う、「鄉里甚の處」。老師曰く、「兩淛の東越」。鑑曰く、「東越の事作麼生」。老師曰く、「秦望峰高く、鑑湖水闊し」。鑑曰く、「秦望峰と你自己と是れ同か別か」。老師曰く、「西天の梵語、此の土の唐言」。鑑曰く、「此れ猶ほ是れ叢林の只だ對、畢竟是れ同か別か」。老師便ち喝す。鑑便ち打つ。老師曰く、「恩大いに酬い難し、便ち禮拜す」。後に里に歸り、慈氏に法を開く、室中嘗て僧に問う、三個の橐駝兩隻の脚、日行萬里趂ぎ著かず、而今玉泉山に收めて、時人の亂りに斟酌するを許さず、諸人何の處に向かって仙上座と相見せん
潭州大溈海評禪師
潭州大潙海評禅師
上堂曰。燈籠上作舞。露柱裡藏身。深沙神惡發。崑崙奴生嗔。喝一喝曰。一句合頭語。萬劫墮迷津。
上堂曰く、「燈籠の上に舞を作し、露柱の裏に身を藏る、深沙神惡く發し、崑崙奴嗔を生ず」。一喝して曰く、「一句合頭の語、萬劫迷津に墮つ」
圓通僊禪師法嗣
圓通僊禅師法嗣
溫州淨光了威佛日禪師
溫州淨光了威佛日禅師
僧問。如何是祖師西來意。師曰。一宿二宿程。千山萬山月。曰。意旨如何。師曰。朝看東南。暮看西北。曰。向上更有事也無。師曰。人心難滿。谿壑易填。問。時節因緣即不問。惠超佛話事如何。師曰。波斯彎弓面轉黑。曰。意旨如何。師曰。穿過髑髏笑未休。曰。學人好好借問。師曰。黃泉無邸店。今夜宿誰家。
僧問う、「如何なるか是れ祖師西來の意」。老師曰く、「一宿二宿の程、千山萬山の月」。曰く、「意旨如何」。老師曰く、「朝に東南を看て、暮に西北を看る」。曰く、「向上更に事有るや無しや」。老師曰く、「人心滿ち難く、溪壑填め易し」。問う。時節の因緣は即ち問わず、惠超佛の話の事如何」。老師曰く、「波斯弓を彎めて面轉じて黑し」。曰く、「意旨如何」。老師曰く、「髑髏を穿り過ぎて笑い未だ休せず」。曰く。學人好く借問せん。老師曰く、「黃泉邸店無し、今夜誰の家に宿せん」
象田卿禪師法嗣
象田卿禅師法嗣
慶元府雪竇持禪師
慶元府雪竇持禅師
郡之盧氏子。僧問。中秋不見月時如何。師曰。更待夜深看。曰。忽若黑雲未散。又且如何。師曰。爭怪得老僧。上堂。悟心容易息心難。息得心源到處閑。鬥轉星移天欲曉。白雲依舊覆青山。
郡の盧氏の子。僧問う、「中秋月を見ざる時如何」。老師曰く、「更に夜の深きを待ちて看よ」。曰く、「忽ち若し黑雲未だ散散ぜざれば、又且く如何」。老師曰く、「争いか老僧を怪むを得ん」。上堂、「心を悟るは易く心を息むは難し、心源を息め得れば處處閑なり、斗轉じ星移りて天曉けんと欲す、白雲依舊として靑山を覆う」
紹興府石佛益禪師
紹興府石佛益禅師
上堂。一葉落。天下秋。一塵起。大地收。一法透。萬法周。且道透那一法。遂喝曰。切忌錯認驢鞍橋作阿爺下頷。便下座。
上堂、「一の葉落ちて、天下秋なり、一の塵起きて、大地收む、一の法透りて、萬法周る、且く道え那の一法を透る」。遂に喝して曰く、「切に錯りて驢鞍の橋を認めて阿爺の下頷と作すを忌めよ」。便ち下座
褒親瑞禪師法嗣
褒親瑞禅師法嗣
安州應城壽寧道完禪師
安州應城壽寧道完禅師
僧問。雲從龍。風從虎。未審和尚從箇甚麼。師曰。一字空中畫。曰。得恁麼奇特。師曰。千手大悲提不起。問。十方國土中。唯有一乘法。如何是一乘法。師曰。斗量不盡。曰。恁麼則動容揚古路。不墮悄然機。師曰。作麼生是悄然機。僧舉頭看。師舉起拂子。僧喝一喝。師曰。大好悄然。上堂。古人見此月。今人見此月。此月鎮常存。古今人還別。若人心似月。碧潭光皎潔。決定是心源。此說更無說。咄。上堂。諸禪德。三冬告盡。臘月將臨。三十夜作麼生祇準。良久。曰。衣穿瘦骨露。屋破看星眠。
僧問う、「雲龍に從い、風虎に從う、未だ審かに和尚個の什麼に從う」。老師曰く、「一の字空中に畫く」。曰く、「恁麼の奇特を得たり」。老師曰く、「千手の大悲提起し得ず」。問う、「十方の國土の中、唯だ一乘の法有り、如何なるか是れ一乘の法」。老師曰く、「斗量し盡くさず」。曰く、「恁麼なれば則ち容を動かし古路を揚げ、悄然の機に墮ちず」。老師曰く、「作麼生なるか是れ悄然の機、僧頭を擧げて看る、老師拂子を擧起す、僧一喝す」。老師曰く、「大好き悄然」。上堂、「古人此の月を見たり、今人此の月を見る、此の月鎮かに常存して、古今の人還た別なり、若し人心月に似れば、碧潭光皎潔にして、決定して是れ心源」。此の説更に説無し、「咄」。上堂、「諸の禅德、三冬告げ盡き、臘月將に臨まんとす、三十夜作麼生に只だ準えん、良久」。曰く、「衣穿れて瘦骨露れ、屋破れて星を看て眠る」
兜率悅禪師法嗣
兜率悅禅師法嗣
撫州疎山了常禪師
撫州疏山了常禅師
僧問。如何是疎山為人底句。師曰。懷中玉尺未輕擲。袖裡金鎚劈面來。上堂。等閑放下。佛手掩不住。特地收來。大地絕纖埃。向君道。莫疑猜。處處頭頭見善財。鎚下分明如得旨。無限勞生眼自開。
僧問う、「如何なるか是れ疏山人を為る底の句」。老師曰く、「懷中の玉尺未だ輕く擲たず、袖裏の金鎚面を劈いて來る」。上堂、「等閑に放下すれば、佛の手掩い住む能わず、特に地に收來すれば、大地纖埃を絶つ、君に向かって道う、疑猜する莫れ、處處頭頭善財を見る、鎚の下分明として旨を得れば、無限の勞生眼自ら開く」
隆興府兜率慧照禪師
隆興府兜率慧照禅師
南安郭氏子。上堂。龍安山下。道路縱橫。兜率宮中。樓閣重疊。雖非天上。不是人間。到者安心。全忘諸念。善行者不移雙足。善入者不動雙扉。自能笑傲煙蘿。誰管坐消歲月。既然如是。且道向上還有事也無。良久曰。莫教推落巖前石。打破下方遮日雲。上堂。舉拂子曰。端午龍安亦鼓橈。青山雲裡得逍遙。饑餐渴飲無窮樂。誰愛爭先奪錦標。卻向乾地上划船。高山頭起浪。明椎玉皷。暗展鐵旗。一盞菖蒲茶。數箇沙糖粽。且移取北鬱單越。來與南閻浮提鬬額看。擊禪床。下座。上堂。兜率都無伎倆。也斆諸方榜樣。五日一度陞堂。起動許多龍象。禪道佛法又無。到此將何供養。須知達磨西來。分付一條拄杖。乃拈起曰。所以道。你有拄杖子。我與你拄杖子。你無拄杖子。我奪你拄杖子。且道那箇是賓句。那箇是主句。若斷得去。即途中受用。若斷不得。且世諦流佈。乃拋下拄杖。
南安郭氏の子。上堂、「龍安の山下、道路縱橫、兜率の宮中、樓閣重疊、天上に非ざると雖も、人間に非ず、到る者心を安んじ、諸の念を全く忘る、善く行ずる者は雙足を移さず、善く入る者は雙扉を動かさず」。自ら能く烟蘿に笑傲す。誰か歲月を坐して消するを管せん。既に是の如く然れば。且く道え向上還た事有るや無しや。良久して曰く、「巖前の石を推し落とすを敎える莫れ、下方の日を遮る雲を打破せん」。上堂。拂子を擧げて曰く、「端午龍安も亦た橈を鼓し、靑山雲の裏逍遙を得たり、饑えて餐り渴して飮む無窮の樂、誰か先を争い錦標を奪うを愛さん、卻って乾きたる地上に向かって船を划き、高山の頭浪を起こし、明かに玉皷を椎し、暗に鐵旗を展べ、一盞の菖蒲茶、數個の沙糖粽」。且く北の鬱單越を移取して。來りて南の閻浮提と額を鬥わして看よ。禅床を擊ち。下座。上堂、「兜率都て伎倆無く、亦た諸方の榜樣に敩ぶ、五日一度堂に升り、許多の龍象を起動す、禅道佛法又無し、此に到りて將に何を以て供養せん、須らく知れ達磨西に來りて、一條の拄杖を分付したるを」。乃ち拈起して曰く、「所以に道う、你拄杖子有れば、我你に拄杖子を與え、你拄杖子無ければ、我你の拄杖子を奪う、且く道え哪個か是れ賓の句、哪個か是れ主の句、若し斷じ得て去れば、即ち途中に受用し、若し斷じ得ざれば」。且く世諦流布せん。乃ち拄杖を抛下す
丞相張商英居士
丞相張商英居士
字天覺。號無盡。年十九。應舉入京。道由向氏家。向預夢神人報曰。明日接相公。凌晨公至。向異之。勞問勤腆。乃曰。秀才未娶。當以女奉灑掃。公謙辭再三。向曰。此行若不了當。吾亦不爽前約。後果及第。乃娶之。初任主簿。因入僧寺。見藏經梵夾。金字齊整。乃怫然曰。吾孔聖之書。不如胡人之教人所仰重。夜坐書院中。研墨吮筆。憑紙長吟。中夜不眠。向氏呼曰。官人。夜深何不睡去。公以前意白之。正此著無佛論。向應聲曰。既是無佛。何論之有。當須著有佛論始得。公疑其言。遂已之。後訪一同列。見佛龕前經卷。乃問曰。此何書也。同列曰。維摩詰所說經。公信手開卷。閱到此病非地大。亦不離地大處。歎曰。胡人之語。亦能爾耶。問。此經幾卷。曰。三卷。乃借歸閱次。向氏問。看何書。公曰。維摩詰所說經。向曰。可熟讀此經。然後著無佛論。公悚然異其言。由是深信佛乘。留心祖道。元祐六年。為江西漕。首謁東林照覺總禪師。覺詰其所見處。與己符合。乃印可。覺曰。吾有得法弟子住玉谿。乃慈古鏡也。亦可與語。公復因按部過分寧。諸禪迓之。公到。先致敬玉谿慈。次及諸山。最後問兜率悅禪師。悅為人短小。公曾見龔德莊說其聰明可人。乃曰。聞公善文章。悅大笑曰。運使失卻一隻眼了也。從悅。臨濟九世孫。對運使論文章。政如運使對從悅論禪也。公不然其語。乃強屈指曰。是九世也。問。玉谿去此多少。曰。三十里。曰。兜率聻。曰。五里。公是夜乃至兜率。悅先一夜夢日輪昇天。被悅以手摶取。乃說與首座曰。日輪運轉之義。聞張運使非久過此。吾當深錐痛劄。若肯回頭。則吾門幸事。座曰。今之士大夫。受人取奉慣。恐其惡發。別生事也。悅曰。正使煩惱。祇退得我院。也別無事。公與悅語次。稱賞東林。悅未肯其說。公乃題寺後擬瀑軒詩。其略曰。
字は天覺。號は無盡。年十九。擧に應じて京に入る。道向氏の家に由る。向豫め神人の報じて説くを夢む、「明日相公を接せん、凌晨公至りて、向之を異として、勞問勤腆なり」。乃ち曰く、「秀才未だ娶らず、當に女を以て洒掃を奉ずべし、公謙辭すること再三」。向曰く、「此の行若し了當せずば、吾も亦た前約を爽げず、後に果して第に及びて、乃ち之を娶る、初め主簿を任じ、因りて僧寺に入り、藏經の梵夾、金字齊整なるを見る」。乃ち怫然として曰く、「吾が孔聖の書、胡人の教の人の仰重する所に如かず、夜書院の中に坐し、墨を研ぎ筆を吮め、紙に憑りて長吟し、中夜眠らず」。向氏呼びて曰く、「官人、夜已に深し何ぞ睡り去らざる、公前の意を以て之に白す、正に此れ無佛論を著かさんとす」。向聲に應じて曰く、「既に是れ佛無し、何の論之か有らん、當に須らく有佛論を著けて始めて得べし、公其の言を疑う」。遂に之を已む。後に一同列を訪う。佛龕の前の經卷を見る。乃ち問いて曰く、「此れ何の書ぞ」。同列曰く、「維摩詰の説く所の經、公信手に卷を開き、閱して此の病地大に非ず、亦た地大を離れざる處に至る」。歎じて曰く、「胡人の語、亦た能く爾くする耶」。問う、「此の經幾卷ぞ」。曰く、「三卷、乃ち借りて歸り閱するの次」。向氏問う、「何の書を看る」。公曰く、「維摩詰の説く所の經」。向曰く、「此の經を熟讀し、然る後無佛論を著けば可なり、公悚然として其の言を異とす」。是に由りて深く佛乘を信じ、祖道に心を留む、元祐六年、江西の漕と為り、首めに東林照覺總禅師を謁う、覺其の見る處を詰め、己と符合す。乃ち印可す。覺曰く、「吾得法の弟子玉溪に住する有り、乃ち慈の古鏡なり、亦た與に語るべし、公復た按部に因りて分寧を過ぎ、諸の禅之を迓ぐ、公到りて、先に玉溪慈に致敬し、次いで諸山に及び、最後に兜率悅禅師を問う、悅人と為りて短小なり」。公曾て龔德莊に其の聰明人を可なりとするを見て説くを聞く。乃ち曰く、「公の文章を善くするを聞く」。悅大笑して曰く、「運使一隻の眼を失却し了れり、從悅、臨濟の九世の孫、運使に對して文章を論ずるは、政に運使の從悅に對して禅を論ずるが如し、公其の語を然とせず」。乃ち強いて指を屈して曰く、「是れ九世なり」。問う、「玉溪此を去ること多少」。曰く、「三十里」。曰く、「兜率聻」。曰く、「五里、公是の夜乃ち兜率に至る、悅先の一夜日輪天に升るを夢みて、悅手を以て摶取せらる」。乃ち説きて首座に與えて曰く、「日輪運轉の義、張運使久しからずして此を過ると聞く、吾當に深く錐し痛く札すべし、若し肯じて頭を回せば、則ち吾が門の幸事」。座曰く、「今の士大夫、人の取奉を受くるに慣れ、其の惡く發して、別に事を生ぜんを恐る」。悅曰く、「正しく煩惱せしめば、只だ我が院を退くるを得るのみ、亦た別に事無し、公悅と語るの次、東林を稱賞す」。悅未だ其の説を肯とせず、「公乃ち寺の後の擬瀑軒の詩を題す」。其の略に曰く
不向廬山尋落處。象王鼻孔謾遼天。意譏其不肯東林也。公與悅語至更深。論及宗門事。悅曰。東林既印可運使。運使於佛祖言教有少疑否。公曰。有。悅曰。疑何等語。公曰。疑香嚴獨腳頌.德山拓缽話。悅曰。既於此有疑。其餘安得無耶。祇如巖頭言末後句。是有耶是無耶。公曰。有。悅大笑。便歸方丈。閉卻門。公一夜睡不穩。至五更下床。觸飜溺器。乃大徹。猛省前話。遂有頌曰。皷寂鐘沉拓缽回。巖頭一拶語如雷。果然祇得三年活。莫是遭他授記來。遂扣方丈門。曰。某已捉得賊了。悅曰。贓在甚處。公無語。悅曰。都運且去。來日相見。翌日。公遂舉前頌。悅乃謂曰。參禪祇為命根不斷。依語生解。如是之說。公已深悟。然至極微細處。使人不覺不知。墮在區宇。乃作頌證之曰。等閑行處。步步皆如。雖居聲色。寧滯有無。一心靡異。萬法非殊。休分體用。莫擇精麤。臨機不礙。應物無拘。是非情盡。凡聖皆除。誰得誰失。何親何疎。拈頭作尾。指實為虗。飜身魔界。轉腳邪塗。了無逆順。不犯工夫。公邀悅至建昌。途中一一伺察。有十頌敘其事。悅亦有十頌酬之。時元祐八年八月也。公一日謂大慧曰。餘閱雪竇拈古。至百丈再參馬祖因緣。曰大冶精金。應無變色。投卷歎曰。審如是。豈得有臨濟今日耶。遂作一頌曰。馬師一喝大雄峰。深入髑髏三日聾。黃檗聞之驚吐舌。江西從此立宗風。後平禪師致書云。去夏讀臨濟宗派。乃知居士得大機大用。且求頌本。餘作頌寄之曰。吐舌耳聾師已曉。搥𮌎祇得哭蒼天。盤山會裡飜筋斗。到此方知普化顛。諸方往往以餘聰明博記。少知餘者。師自江西法窟來。必辨優劣。試為老夫言之。大慧曰。居士見處。與真淨死心合。公曰。何謂也。大慧舉真淨頌曰。客情步步隨人轉。有大威光不能現。突然一喝雙耳聾。那吒眼開黃檗面。死心拈曰。
廬山に向かって落處を尋ねず。象王の鼻孔謾りに遼天なり。意其の東林を肯ぜざるを譏るなり。公悅と語ること更に深きに至る。宗門の事に論及ぶ。悅曰く、「東林既に運使を印可せり、運使佛祖の言教に少しの疑有るや否」。公曰く、「有り」。悅曰く、「何等の語を疑う」。公曰く、「香嚴の獨脚の頌.德山の鉢を拓くの話を疑う」。悅曰く、「既に此に於て疑有れば、其の餘安んぞ無きを得ん、只だ如く巖頭の末後の句を言うは、是れ有る耶是れ無き耶」。公曰く、「有り」。悅大笑して、便ち方丈に歸り、門を閉却す。公一夜睡り穩かならず、五更に至りて床を下りて、溺器に觸れて翻し、乃ち大徹して、猛く前の話を省る。遂に頌有りて曰く、「皷寂まり鐘沉んで鉢を拓して回り、巖頭の一拶語雷の如し、果然たり只だ三年の活を得て、莫れ是れ他の授記を遭いて來るか」。遂に方丈の門を扣きて。曰く、「某已に賊を捉得し了れり」。悅曰く、「贓は甚の處に在る、公語無し」。悅曰く、「都運且く去れ、來日相見せん、翌日、公遂に前の頌を擧ぐ」。悅乃ち謂いて曰く、「禅を參ずるは只だ命根斷えざるを為し、語に依りて解を生ず」。是の如くの説、「公已に深く悟る、然れども至極微細の處、人をして覺えず知らずして、區宇に墮在せしむ」。乃ち頌を作りて之を證して曰く、「等閑の行く處、步々皆な如し、聲色に居ると雖も、寧に有無に滯らん、一心靡れ異なく、萬法殊に非ず、體用を分つ休め、精麤を擇ぶ莫れ、機に臨みて礙なく、物に應じて拘わり無し」。是非情盡き。凡聖皆な除かる。誰か得し誰か失える。何ぞ親なり何ぞ疎なり。頭を拈じて尾と作し。實を指して虚と為す。身を飜して魔界。脚を轉じて邪涂。了んぬるに逆順無し。工夫を犯さず。公悅を邀えて建昌に至る。途中一一伺察す。十頌有りて其の事を敘す。悅も亦た十頌有りて之に酬ゆ。時に元祐八年八月なり。公一日大慧に謂いて曰く、「余雪竇の拈古を閱し、百丈の再び馬祖に參ずる因緣に至りて、大冶の精金は、應に色を變ずること無かるべしと説く」。卷を投げて歎じて曰く、「審らかに是の如くならば、豈に臨濟の今日有るを得ん耶」。遂に一頌を作りて曰く、「馬師の一喝大雄の峰、深く髑髏に入りて三日聾す、黃檗之を聞きて驚き舌を吐く、江西此より宗風を立つ、後に平禅師書を致して云う、去夏臨濟の宗派を讀みて、乃ち知る居士大機大用を得たるを、且く頌本を求む」。余頌を作りて之に寄せて曰く、「舌を吐き耳聾せしは師已に曉り、𮌎を搥きて只だ蒼天を哭するを得たり、盤山の會裏筋斗を飜して、此に到りて方に知る普化の顛たるを、諸方往往余の聰明博記を以て、余を知る者少なし」。老師自ら江西の法窟より來る。必ず優劣を辨ず。試みに老夫の為に之を言え。大慧曰く、「居士の見る處、真淨死心と合す」。公曰く、「何を謂う」。大慧真淨の頌を擧げて曰く、「客情步々人に隨いて轉じ、大なる威光有れども現ずる能わず、突然として一喝雙耳聾け、那咤眼を開きて黃檗の面」。死心拈じて曰く
雲巖要問雪竇。既是大冶精金。應無變色。為甚麼卻三日耳聾。諸人要知麼。從前汗馬無人識。祇要重論蓋代功。公拊幾曰。不因公語。爭見真淨死心用處。若非二大老。難顯雪竇馬師爾。公於宣和四年十一月黎明。口占遺表。命子弟書之。俄取枕擲門窻上。聲如雷震。眾視之。已薨矣。公有頌古行於世。茲不復錄。
雲巖要して雪竇に問う。既に是れ大冶の精金。應に色を變ずること無かるべし。什麼を以てか卻って三日耳聾す。諸人要して知るか。從前汗馬人の識る無し。只だ要る重ねて蓋代の功を論ぜんと。公几を拊して曰く、「公の語に因らざれば、争いか真淨死心の用處を見ん、若し二の大老に非ざれば、雪竇馬師を顯し難し爾、公於」。宣和四年十一月黎明、口に遺表を占め、子弟をして之を書せしむ、俄に枕を取りて門窻の上に擲てば、聲雷の震うが如し、衆之を視れば。已に薨じ矣。公頌古有りて世に行わる。茲に復た錄せず
法雲杲禪師法嗣
法雲杲禅師法嗣
隨州洞山辯禪師
隨州洞山辯禅師
上堂。不是心。不是佛。不是物。鑽天鷂子遼天鶻。不度火。不度水。不度罏。離弦箭發沒回途。直饒會得十分去。笑倒西來碧眼胡。
上堂、「是れ心に非ず、是れ佛に非ず、是れ物に非ず、天を鑽る鷂子遼天の鶻、火を度らず、水を度らず、罏を度らず、弦を離るる箭發して回途無し、直饒十分に會して去るとも、西來の碧眼胡を笑倒さしめん」
東京慧海儀禪師
東京慧海儀禅師
上堂。無相如來示現身。破魔兵眾絕纖塵。七星斜暎風生處。四海還歸舊主人。諸仁者。大迦葉靈山會上。見佛拈華。投機微笑。須菩提聞佛說法。深解義趣。涕淚悲泣。且道笑者是。哭者是。不見道。萬派橫流總向東。超然八面自玲瓏。萬人膽破沙場上。一箭雙雕落碧空。上堂。舉。溈山坐次。仰山問。和尚百年後。有人問先師法道。如何祇對。溈曰。一粥一飰。仰曰。前面有人不肯。又作麼生。溈曰。作家師僧。仰便禮拜。溈曰。逢人不得錯舉。師曰。自古及今。多少人下語道。嚴而不威。恭而無禮。橫按拄杖。竪起拳頭。若祇恁麼。卻如何知得他父子相契處。山僧今日也要諸人共知。莫分彼我。彼我無殊。困魚止濼。病鳥棲蘆。逡巡不進泥中履。爭得先生一卷書。
上堂、「相無き如來身を示現し、魔の兵衆を破りて纖塵を絶つ、七星斜めに暎じて風生ずる處、四海還た舊主人に歸す、諸の仁者、大迦葉靈山の會上に於て、佛の華を拈ずるを見て、投機して微笑し、須菩提佛の法を説くを聞きて、深く義趣を解す」。涕淚悲泣す。且く道え笑う者是か。哭く者は是か。道うを見ず。萬派横流して總て東に向かう。超然として八面自ら玲瓏たり。萬人膽を破ること沙場の上。一箭雙雕碧空に落とす。上堂、「擧ぐ、潙山坐するの次」。仰山問う、「和尚百年の後、人先師の法道を問う者有れば、如何に只だ對せん」。潙曰く、「一粥一飰」。仰曰く、「前面人肯ぜざる有れば、又作麼生」。潙曰く、「作家の師僧、仰便ち禮拜す」。潙曰く、「人に逢いて錯りて擧ぐるを得ず」。老師曰く、「自古今に及んで、多少人語を下して道う、嚴にして威無く、恭にして禮無し、拄杖を橫に按じ、拳頭を竪起す、若し只だ恁麼ならば、卻って如何に他の父子相い契する處を知り得ん、山僧今日も亦た諸人をして共に知らしめんと要す、彼我を分つ莫れ」。彼我殊無し。困魚濼を止め。病鳥蘆に栖む。逡巡進まず泥の中の履。争い得ん先生の一卷の書
西蜀鑾法師
西蜀鑾法師
通大小乘。佛照謝事。居景德。師問照曰。禪家言多不根。何也。照曰。汝習何經論。曰。諸經粗知。頗通百法。照曰。祇如昨日雨。今日晴。是甚麼法中收。師懵然。照舉癢和子擊曰。莫道禪家所言不根好。師憤曰。昨日雨。今日晴。畢竟是甚麼法中收。照曰。第二十四時分。不相應法中收。師恍悟。即禮謝。後歸蜀居講會。以直道示徒。不泥名相。而眾多引去。遂說偈罷講曰。眾賣華兮獨賣松。青青顏色不如紅。算來終不與時合。歸去來兮翠靄中。由是隱居二十年。道俗追慕。復命演法。笑答偈曰。遯跡隱高峰。高峰又不容。不如歸錦裡。依舊賣青松。眾列拜悔過。兩川講者爭依之。
大小乘に通ず。佛照事を謝し。景德に居る。老師照に問いて曰く、「禅家の言多く根せず、何ぞ」。照曰く、「汝何の經論を習う」。曰く、「諸の經粗く知り、頗る百法に通ず」。照曰く、「只だ如く昨日の雨、今日の晴れは、是れ什麼の法の中に收むる、老師懵然たり」。照癢和子を擧げて擊ちて曰く、「道う莫れ禅家の言う所根せざるを好しと」。老師憤じて曰く、「昨日の雨、今日の晴れ、畢竟是れ什麼の法の中に收むる」。照曰く、「第二十四の時分、不相應の法の中に收む、老師恍として悟り、即ち禮謝し、後に蜀に歸りて講會に居り、直道を以て徒に示し、名相に泥まず、而れ衆多く引き去る」。遂に偈を説きて講を罷めて曰く、「衆花を賣る兮獨り松を賣る、青青たる顏色紅に如かず、算ね來れば終に時と合せず、歸去來兮翠靄の中」。是に由りて隱居すること二十年、道俗追慕し、復た法を演ぶるを命ず。笑い答えて偈に曰く、「迹を遯れて高峰に隱る、高峰又容れず、錦里に歸るに如かず、依舊として青松を賣らん、衆列拜して過を悔い、兩川の講する者争いて之に依る」
泐潭準禪師法嗣
泐潭準禅師法嗣
隆興府雲嚴典牛天遊禪師
隆興府雲嚴典牛天游禅師
成都鄭氏子。初試郡庠。復往梓州試。二處皆與貢籍。師不敢承。竄名出關。適會山谷道人西還。因見其風骨不凡。議論超卓。乃同舟而下。竟往廬山。投師剃髮。不改舊名。首參死心不契。遂依湛堂於泐潭。一日。潭普說曰。諸人苦苦就準上座覓佛法。遂拊膝曰。會麼。雪上加霜。又拊膝曰。若也不會。豈不見乾峰示眾曰。舉一不得舉二。放過一著。落在第二。師聞脫然穎悟。出世雲蓋。次遷雲巖。甞和忠道者牧牛頌曰。兩角指天。四足踏地。拽斷鼻繩。牧甚屎屁。張無盡見之。甚擊節。後退雲巖。過廬山棲賢。主翁意不欲納。乃曰。老老大大。正是質庫中典牛也。師聞之。述一偈而去。曰。質庫何曾解典牛。祇緣價重實難酬。想君本領無多子。畢竟難禁這一頭。因庵於武寧。扁曰典牛。終身不出。塗毒見之。已九十三矣。上堂。卓拄杖曰。久雨不晴。劄。金烏飛在鐘樓角。又卓一下曰。猶在㲉。復卓曰。一任衲僧名邈。上堂。馬祖一喝。百丈蹉過。臨濟小廝兒。向糞掃堆頭拾得一隻破草鞋。胡喝亂喝。師震聲喝曰。喚作胡喝亂喝。得麼。上堂。象骨輥毬能已盡。玄沙斫牌伎亦窮。還知麼。火星入袴口。事出急家門。上堂。三百五百。銅頭鐵額。木笛橫吹。誰來接拍。時有僧出。師曰。也是賊過後張弓。上堂。寶峰有一訣。對眾分明說。昨夜三更前。烏龜吞卻鱉。至節。上堂。晷運推移。日南長至。布裩不洗。無來換替。大小玉泉。無風浪起。雲巖路見不平。直下一鎚粉碎。遂高聲曰。看腳下。上堂。舉梁山曰。南來者與你三十棒。北來者與你三十棒。然雖與麼。未當宗乘。後來琅瑘和尚道。梁山好一片真金。將作頑鐵賣卻。琅瑘則不然。南來者與你三十棒。北來者與你三十棒。從教天下貶剝。師拈曰。一人能舒不能卷。一人能卷不能舒。雲巖門下。一任南來北來。且恁麼過。驀然洗面摸著鼻頭。
成都鄭氏の子。初め郡庠を試み。復た梓州に往きて試みる。二處皆な貢籍に與る。老師敢えて承けず。名を竄めて關を出づ。適づま山谷道人の西に還るに會う。因りて其の風骨凡ならず。議論超卓なるを見る。乃ち舟を同じくして下る。竟に往きて廬山に至る。師に投じて髮を剃る。舊名を改めず。首めに死心に參じて契わず。遂に泐潭に於て湛堂に依る。一日。潭普く説く、「諸人苦苦として準上座に就きて佛法を覓う」。遂に膝を拊して曰く、「會するか、雪の上に霜を加う」。又膝を拊して曰く、「若しも會せざれば」。豈に見ずや乾峰の衆に示して曰く、「一を擧げて二を擧ぐるを得ず、一著を放過して、第二に落つ」。老師聞きて脱然として穎悟す。世に出でて雲蓋。次いで雲巖に遷る。嘗て忠道者の牧牛頌に和して曰く、「兩の角天を指し、四の足地を踏む、鼻繩を拽斷して、甚の屎屁を牧せん」。張無盡之を見て、甚だ節を擊つ。後に雲巖を退きて、廬山栖賢を過ぎ、主翁意納れんと欲せず。乃ち曰く、「老老大々たり、正に是れ質庫の中の典牛なり」。老師之を聞きて。一偈を述べて去る。曰く、「質庫何ぞ曾て牛を典することを解せん、只だ緣りて價重く實に酬い難し。君の本領多子無しと想う、畢竟此の一頭を禁じ難し」。因りて武寧に庵し、匾して典牛と曰い、終身出でず。塗毒之を見るに、已に九十三なり。上堂。拄杖を卓して曰く、「久雨晴れず、札、金烏鐘樓の角に飛び在り」。又一下卓して曰く、「猶ほ㲉に在り」。復た卓して曰く、「一任す衲僧名邈せん」。上堂、「馬祖の一喝、百丈蹉過す、臨濟の小厮兒、糞掃の堆頭に向かって一隻の破草鞋を拾得し、胡喝亂喝す」。老師聲を震わせて喝して曰く、「喚びて胡喝亂喝と作す、得るか」。上堂、「象骨の毬を辊す能已に盡き、玄沙の牌を斫る伎亦た窮まる、還た知るか、火星袴の口に入りて、事急家の門より出づ」。上堂、「三百五百、銅頭鐵額、木笛橫に吹きて、誰か來りて拍を接ぐ」。時に僧出づる有り。老師曰く、「亦た是れ賊過ぎて後に弓を張る」。上堂、「寶峰一の訣有り」。衆に對して分明に説く、「昨夜三更の前、烏龜鱉を吞卻す、節に至る」。上堂、「晷運推して移り、日南に長至す、布裩洗わずして、來りて換替する無し、大小の玉泉、風無くして浪起こり、雲巖路不平を見て、直下に一鎚粉碎す」。遂に高聲に曰く、「脚下を看よ」。上堂。梁山の説くを擧ぐ、「南より來る者は你に三十棒を與え、北より來る者は你に三十棒を與う、然りと雖も恁麼、未だ宗乘に當らず、後來琅瑘和尚道う、梁山好き一片の真金を將て頑鐵と作して賣却す、琅瑘則ち然らず、南より來る者は你に三十棒を與え、北より來る者は你に三十棒を與う」。教に從い天下貶剥せん。老師拈じて曰く、「一人能く舒ね能く卷かず、一人能く卷じ能く舒ねず、雲巖の門下、一任す南來北來して、且く恁麼に過ぎん、蓦然として面を洗いて鼻頭を摸するに着かん」
