疾病
天之運動以元氣,何獨人為不如是?氣若通候應流和,一息才差百痾至。氣若無氣及病由,未知此理君須否。但於變處細精詳,殘疾之因便可求。孫子今朝課內多,不然傳裡疊逢他。子孫皆受我生育,子孫繁時氣若何。人之本原苟堅固,傳課奚當逢土墓?必然危困氣將殂,此神故把形蹤露。
天体の運転は元気を頼りてす——人身また何ぞ此のごとからざらんや。気若し通暢して節候相応ずれば、血脉自然流転和順す。ただ一呼一吸稍々差錯有れば、百病便ち隨いて来らん。気有ると気無きと、正にこれ生病の根由——此の道理汝未だ必ずしも明白せず。ただ課体変化の処に於いて細々に精究せば、残疾の成因すなわち推求して出すべし。若し今日課中に子孫爻甚だ多く、あるいは三伝の裏に重畳して子孫出現すれば、須く子孫は皆我の生養するところ——子孫一多ければ、我の元気なお幾何を残さんやを知るべし。人の本元若し真に堅固ならば、課伝の中どこで辰戌丑未の土墓に碰上らんや。一旦これに逢上れば、必定に危困にして気息将に絶えんとす——正に此の墓神が病人の形跡を顕露し出すなり。
上俱克下煩凶神,下如賊上多傷毀。他來克我我殘他,奚為死喪同一理。彼此遙傷患病薄,傳無耗損隨勿藥。如還自被鬼相挾,鬼為大海一揲杓。仰伏昴星為凶曜,此類從來多卒暴。如雲安極不生危,斯豈陰陽真奧妙?不備之卦最堪憂,一體之間百事周。殆猶居室蕃蘺撤,此時莫怖穿窬投。
四課上神皆下神を剋するは、兇神の作祟なり。下神かえって上神を賊害するは、多くは傷損毀敗を主とす。彼の来りて我を剋するを論ぜず、我の往きて彼を残害するを論ぜず、何の故を以て皆同様に死喪と断ずるや。道理其の実一なり——交戦すなわち傷なり。若し彼此ただ遙遙として相傷して直接交剋せざれば、病情すなわち軽浅なり。三伝の中に耗損の神なければ、薬を吃せずとも好かん。若し自身官鬼に挟持せらるれば、那の官鬼は大海のごとく深広にして、病人不過は海中の水を舀う一隻の勺子、力量懸殊なり。「仰昴星」「伏昴星」皆兇曜の課——此の一類の課体は従来多くは暴病猝発を主とす。若し此の種の課が平安極点に到りて危険を生出せずと説かば、則ちまた何の陰陽の真奥妙を談ずるに足らんや。「不備課」は最も人をして憂慮せしめ、「一体課」は則ち百事周全なり。不備課は住宅の籬笆已に拆き去られたるに譬えん——此の時穿牆翻窓の賊人の来投する有るを怕るることなかれ、防護尽く失われ、邪気自然虚に乗じて入らん。
察微見機統緒散,知一重審不一貫。莫將輕重妄區分,厥應為屯斯汗漫。稼穡奚止孕腫論,曲直豈但風癱雲?土盛中兮水凝溝,水旺冬兮土摧崩。鬼徒雖可觀病熱,生死長於墓神繫。以墓傳生症尚痊,以生傳墓凶難治。曲直脾臟尋先藥,稼穡臨宮添草灼。從革炎上方地水,福祿笑談皆可約。
「察微課」「見機課」は頭緒散乱して統緒を成さざるを主とし、「知一課」「重審課」は則ち前後貫通し得ず。隨便に病情の軽重を胡乱に区別するなかれ——彼らの応験は往々遅滞にして漫り辺際なし。三伝土局を成す「稼穡課」は、どこでただ孕脹腫満を主とするのみならんや。三伝木局を成す「曲直課」は、またどこで風瘫の一症を主とするに止まらんや。土気中に過盛すれば、則ち水道をして凝滞せしめ溝渠の壅塞するがごとくならしめん。水気冬令に旺なれば、反ってまた土を衝壊崩壊せしめん。官鬼の類虽か病の熱証なるを看出し得べしといえども、但し生死の関鍵は、いよいよ墓神の牽繋に在り——墓神より長生に伝われば、病症なお痊愈し得べし。長生より墓神に傳入せば、則ち兇険にして治し難し。曲直木局の病は脾臓に在りて、先ず対症の薬を尋るを要す。稼穡土局宮に臨むは、更に艾草を加えて灸灼すべし。従革金局・炎上火局に至りては、方位と地水の気と配合して調治すれば、福禄安康談笑の間に於いて約定し得べし。
盛則純金衰毀損,人物同來尤一本。鍬鋤豈問生旺墳?囚死之時定齏粉。作用之神乖與遂,切勿將為平昔視。使令一切在天官,能教禍福生倒置。更看諸般吉凶煞,利害所關為甚切。否如欲泰吉神臨,否如終否凶管轄。血支血忌真堪惡,刑剋傳年多變故。將逢蛇虎作疽瘍,天空血光刑瀉吐。
金気旺盛なれば則ち純金の器を成し、金気衰敗なれば則ち毀壊損折す。人と物とは同一源に出づ——道理もとこれ一個なり。鍬鋤の類の金属器具は、どこでなお何の生旺の墳を問わんや。一旦囚死の気の上に落つれば、必定に齏粉に碾成せらる。発用の神の乖違なるか順遂なるかは、千万に平常の小事と看做すことなかれ。真正に号令を発するの関鍵は天官の神に在り——それは能く禍福を徹底に顛倒せしめん。さらに再び各種の吉殺兇殺を看るを要す——彼らの関渉するところの利害極めて緊要なり。本来困否にして将に泰に転ぜんとするは、吉神の身に臨むなり。本来困否にして終究に通ぜざるは、兇殺の管轄する有るなり。「血支」「血忌」の両殺実に可悪——若し三伝と行年に刑剋到せば、多く変故を生ぜん。天将若し螣蛇・白虎に逢えば、瘡瘍癰疽を生ずるを主とす。若し天空に逢えば、則ち血光を見るおよび吐瀉の疾を主とす。
玄武乘來事若合,妄行狂走作殘疾。澡滌亡軀方僕僕,羊刃逢來害地居。日辰月厭飛廉住,六丁又係三傳數。上並蛇雀賊命年,裸袒猖狂殊弗顧。鬼乃不逞之徒流,小人之性豈難求?貧則肆行富矯揉,時病生狂不必憂。有如魁罡為鬼屬,安心遍體奔而木。不然傳入病支辰,此處焉能為禍福?
玄武乗臨して課体と相合すれば、病人の胡乱に奔走し・挙止狂妄にして残疾を落下するを主とす。身を洗い穢を滌し、走りて医を求め、形容困頓——若しさらに羊刃の居るところの地に臨むに遇上れば、害を為すこといよいよ甚し。日干日支上に「月厭」「飛廉」の停駐有り、六丁の神また三伝の内に牽繋し、上にさらに螣蛇・朱雀を幷びて去りて本命・行年を賊害せば、病人すなわち赤身裸体・猖狂発作して全然顧みず。官鬼はもとより不安分の流氓の徒のごとし——小人の秉性に何の懂り難きやあらん。窮困すれば則ち肆意妄為し、富貴すれば則ち矯飾做作す。此の類の時行の病が狂を発するは、倒れてもなお過度に憂慮するに及ばず。またたとえば河魁(戌)・天罡(辰)が官鬼の類と成れば、病人虽か表面安靜なるも、浑身却って僵直して木のごとし。再び然らざれば三伝が疾病を代表する日支の上に落つれば、そこまたどこで禍福を生福を生ぜざらんや。
木神木將申酉區,金神寅卯理庚辛。巳午朱雀居壬癸,四土勾空超甲乙。丙丁亥子後女立,此等占來禍皆急。此言同類並摧殘,所以病人危岌岌。竊氣之禍有深淺,丙辰寅卯丑禍鮮。此言病向寅卯生,同克天罡盜氣免。癸卯之日干加支,竊氣之中此又危。中傳遞互相生養,本絕源湮疾豈宜?
木に属する地支と木に属する天将と申・酉の金地に落ち、金に属する神が寅・卯に落ちてまた庚・辛に遇上り、巳・午と朱雀と壬・癸の水位に落ち、辰戌丑未の四土と勾陳・天空と甲・乙の木上に落ち、丙・丁の火が亥・子の水と天后・女神の位に落つるは——此の幾種占来る禍事皆甚だ急迫なり。此処の講ずるところは同類の気の幷奪摧残せらるる——故に病人危きこと旦夕に在り。いわゆる「窃気」の禍に至りては、深浅各々同じからず。丙・辰と寅・卯・丑と相配するは、禍すなわちやや軽し。これ病の寅・卯の木上に生を得て、若し同時にまた天罡(辰)を剋制せば、盗泄の気すなわち免除し得べしと説くなり。癸卯の此の一日は、日干が日支の上に加到して、窃気の中にまたいよいよ兇危なり。若し中伝能く遞々に相生養せば、倒れてもなお救有らん。否らずんば本根断絶・源頭堙塞して、病どうして好かんや。
兩頭土神中寅卯,土或上中木下擾。此占同類受克傷,病者衰老命難保。極否未聞成大吉,必須以漸芬芳集。久病驟逢生支神,強作康強終有失。傳課之中關隔在,看是何神蒙患害。太乙逢之為嘔逆,大吉並來腹症塊。酉肺不利辰腰痛,午目羞明未耳重。戌足拘攣弗易行,卯手拳攣烏可用?
三伝首尾両頭が土神にして、中間に寅・卯の木を挟む。あるいは上・中の両伝が土にして下伝が木にして来りて攪擾するは——此の種の占法は皆同類の気の剋傷を受くる、若し病人年老体衰なれば、性命すなわち保ち難し。困頓極点に到りて、未だかつて立刻に転じて大吉と成るを聞かず——必ず循序漸進して、好気象始めて一点ずつ聚攏せん。久病の人若し驟然として日支を生扶する神に遇上れば、勉強に康健有力を顕す虽か、終究になお事を出さん。課伝の中若し関隔有れば、則ちどの一位の神の禍害を蒙受するかを看るを要す。太乙(巳)が関隔に遇上れば、嘔吐反逆を主とす。さらに大吉(丑)を幷べば、腹中に結塊して症を成すを主とす。酉は肺を主とし、これを見れば則ち肺気不利。辰は腰を主とし、これを見れば則ち腰痛。午は眼目を主とし、これを見れば則ち光を畏る。未は耳を主とし、これを見れば則ち耳背重聴。戌は足を主とし、これを見れば則ち脚部拘攣にして、行走不便。卯は手を主とし、これを見れば則ち手指蜷曲して、如何してなお使用し得んや。
蛇作天官午丙方,河魁一墓向中藏。外邪沉痛膏肓裡,病藥難投日瘁傷。日財散在三傳住,物重烏能將帶去?不堪負荷必衰頹,伏枕臥床誠可慮。晝夜之神各有六,方隅不同亦異屬。三傳俱晝症為陽,俱夜言陰非謗誹。有如辰午申三傳,此課名為登三天。常人豈可登天去?故為身亡作鬼仙。
螣蛇が天官に充当して午・丙火の方位に臨み、河魁(戌)の此一の墓神またその中に蔵れれば、則ち外来の邪気深沉痛楚にして、直ちに膏肓に入るを主とす。薬石奏效し難く、病人一日々々として憔悴受損す。日干の財爻が分散して三伝の中に停留するは、財物太だ重く、病人どこで帯び動かし得んや。担負し起る能わざれば、必然として衰敗頽喪し、牀に臥して起たず——実に人をして憂慮せしむ。十二天将中の昼将・夜将は各々六位有り、居るところの方位同じからず、所属もまた各々異なり:三伝全て昼将なれば、病症は陽に属す。三伝全て夜将なれば、病症は陰に属す——これ無稽の誹謗の詞にあらず。またたとえば三伝辰・午・申なるは、此の課を「登三天」と曰う。尋常の人どうして能く天に登りて去らんや。故にただ身亡じて鬼仙と作るのみ。
進茹空亡患出離,退茹空亡禍反至。鬼凶陷害昧中乘,譬猶機阱難面避。三傳俱孟玄胎神,嬰孩父老病皆迍。少則別尋胎孕去,老則病亡再投生。支干家處官鬼遊,病者占來百不周。家無擔石既堪慮,體纏沉痾又何求?鬼在干前始病猜,如居干後尚淺災。孟遠姑作干前論,季若為初干後排。
「進連茹課」若し空亡に逢えば、病患かえって脱して去る。「退連茹課」若し空亡に逢えば、禍事かえって門を找めて来らん。官鬼兇悪にして、専ら暗昧の中に虚に乗じて陥害す——暗設の機関陥穽に譬えん、人をして当面して躲避するに由なからしむ。三伝全て四孟に落つるは、「玄胎」の神なり——嬰孩と老人の病を占うに皆迍難を主とす。年少のは別に去りて胎に投じ孕を求め、年老のは則ち病亡の後再び去りて生に投ず。日干日支の主とする家宅の処に官鬼游走有れば、病人来りて占えば、様様皆周全ならず。家中既に一石の余粮の慮るべきなく、身上また沉重の痼疾に纏わる——なお何をか求め得んや。官鬼が日干の前に落つれば、病始めて剛に起る。日干の後に落つれば、災なお浅し。寅申巳亥の四孟は離るること遠く、姑らく日干の前と作して論ずべし。辰戌丑未の四季若し初伝を作れば、則ち日干の後に排す。
傳課之中欲純粹,苟為駁雜要紛紜。六丁蛇雀還參會,妄語譫言遠忌聞。夾定三傳最要緊,厥應分明如明敏。吉神夾定吉無疑,凶神夾定凶亦準。
課体と三伝とは總じて純粹を以て好しと為す——若し駁雑清らかならざれば、事すなわち紛乱多端なり。六丁の神と螣蛇・朱雀と再び交錯会聚せば、病人便ち胡言乱語・譫妄の詞を説き起し、遠く聴くも皆忌諱す。三伝が前後に挟定せらるる(すなわち「夾定」)は最も緊要——その応験分明なること耳聰目明のごとく清楚なり。吉神に挟定せらるるは、吉にして疑うべきなし。兇神に挟定せらるるは、兇もまた一様に准なり。
出行
出行惟忌逢阻滯,阻滯之神關墓是。關墓加臨向日干,若欲求他徒用意。年命上頭破關墓,否則克殘他恐怖。如斯卻用促行裝,不日應須戒徵路。年命無破關墓神,對沖中處問行因。假令小吉為關墓,丑月丑日動蹄輪。天官廟住課傳裡,干上空亡為用起。不然傳退遞相逢,身在外鄉心故里。
出行は最も阻滞に遇上るを忌諱す——阻滞を造成するは正に「関神」と「墓神」なり。関神墓神加臨して日干に朝向すれば、たとい往きて人に求めて事を辦さんと欲するも、不過心思を白費するのみ。若し行年・本命の上に能く関神墓神を衝破し、あるいは能く剋制し・傷残してそれを畏懼せしめば、則ちかえって行装を催促收拾して、日ならずして整備して路に上るべし。若し行年本命上に関墓の神を衝破する無ければ、則ちそれと相衝する位置に到りて出行の縁由を問え。たとえば「小吉」(未)を以て関墓と為さば、則ち丑月・丑日(丑は未を衝す)に至りて車馬すなわち動き出さん。天官の神が課伝の中に於いて廟位に停駐し、あるいは日干上が空亡に落ちて発用し、再び然らざれば三伝遞退して相逢うは——此の幾種の情形は皆人の身は外郷に在りて心は故里に在るを主とす。
傳退遊行計勿施,退趨生旺卻當窺。訪尋故舊無睽阻,若見生新有阻睽。占時偶爾作空亡,加臨日上用相當。時下空亡心漫切,欲用仍從覓食糧。四絕之中意至幽,須分行客意新謀。用既意深情卻已,貪心在道顧難周。干頭上見死神立,火日酉金臨子及。天元徂喪百皆休,所以新時惟遠去。
三伝遞退すれば、出游の打算は施行するなかれ。但し若し退いて生気旺気の地に趨向せば、倒れてもなお再び看るべし。此の種の課は老朋友旧相識を訪尋するに受阻せず、若し新人新事を結交せんと欲すれば則ち睽違阻碍有らん。占時の神偶々空亡の上に落つるは、ただそれ日干の上に加臨して発用すれば、なお相当なり。若し空亡が占時の下に在れば、心再び急切なるも徒然なり、勉强に用いんと欲するも、ただ一路を好しとして口粮を張羅するのみ。「四絶」の課は意思最も幽深——須く行客が別に新たな図謀有るか否かを分辯すべし。用神既に含意深沉にして、実情已に了結す——一味に上路を貪求すれば、終究に照顧周らざらん。日干の頭上若し死神の站立有れば、たとえば火日にして酉金が子に臨むの類——天元の気此に就いて凋喪し、百事皆休す。故に此の種の時に身を動かすは、ただ遠く離れ去るに宜し。
辰陽傳尾空亡見,千里相看不見渠。欲往遠途行不利,去還無際裹糧虛。申戌子兮涉三淵,辰午申兮登三天,涉淵將往多屯滯,登天之課諸事遂。生旺之神住干頭,傳送天驛馬順周。遠事堪謀謀必通,東西南北任行遊。傳送轉煞行當息,若見空亡亦無益。勾陳傷斗虎推凶,武空盜賊難安跡。
日支の陽神と末伝と皆空亡の上に落つれば、縦行千里なりとも、找むるところの其の人を見ること能わず。遠路を走らんと欲するは不利——去れば帰期着なく、白白として一路の干粮を帯ぶるのみ。三伝が申・戌・子なるは、「渉三淵」と曰う。三伝が辰・午・申なるは、「登三天」と曰う。渉淵の課は、此の去りて多く屯難滞礙有らん。登天の課は、則ち諸事順遂せん。若し生気旺気の神が日干の頭上に停まり、「伝送」(申)と天馬・駅馬とまた順行周流せば、則ち遠方の事は図謀するに値し、謀れば則ち必ず通じ、東南西北任に行走游歴せん。若し伝送が転殺を帯ぶれば、行程すなわち停まるべし。若しさらに空亡を見れば、走り去るもまた益なし。勾陳は争闘損傷を主とし、白虎は兇禍を推動するを主とし、玄武が空亡に落つれば則ち盗賊安分し難し——此らに遇上るは皆出行に宜しからず。
占時之向日干居,行計須知綽有餘。如逢脫氣未成就,欲往還留似有拘。六辛之下徒經涉,經涉應須防盜劫。六乙之下任行遊,更不防閒情慶愜。出行常切視游都,外遁須當避直符。魯都如也當頭立,商賈之人大可虞。魯都徵稅難藏遁,直符逃遁敗蹤跡。游都所值又當知,盜賊之憂誰免得?
占時の神が日干に朝向して居れば、出行の打算便ち綽々として余裕有り、行きて通ず。若し脱気(我それを生じて気泄らる)に碰上れば、事すなわち辦成せず、走らんと欲してまた走脱し難く、何物かに牽制せらるるがごとし。六辛日の下に出行するは、ただ白白として跋涉の一場——途中なお盗劫を提防を須とす。六乙日の下に出行すれば、則ち游歴に任せて、防閑するに及ばず、心情舒暢愉快なり。出行の時経常に「游都」を留意し、外に在りて躲避する時須く「直符」を避くべし。「魯都」若し正に頭に当たりて臨立せば、買賣を做す商人はすなわち大可に憂慮すべし。魯都は関税を徴収するを主とし、私貨蔵匿逃避し難し。直符は逃遁の人の蹤跡敗露するを主とす。游都の値するところの処もまた当に知るべし——これに遇えば、盗賊の憂誰か免れ得んや。
行囊顛覆輪蹄損,多見憂驚人不穩。此般災害為何因,天坑喪車宜度忖。課傳陽多不必憂,風和日暖快行遊。多陰風雨常飄驟,渡口關津日日愁。
行李傾覆し・車輪馬蹄損壊して、路上多く憂驚を見て人安穏ならず。此の一類の災害は何の縁故ぞや。当に「天坑」「喪車」の両個の兇殺の上より揣度推算すべし。課体三伝中に陽支多きは憂慮するに及ばず——一路風和らぎ日暖かく、行游暢快なり。陰支多きは則ち風雨常に驟然として至り、渡口関卡の上に天天愁えん。
行人
干為行客支為宅,內外區分象明白。彼此和合歸興生,克刑破害猶為客。干若克支回裝促,反此歸斯猶未卜。行人年命宅庭間,跋涉山川束裝行。年命若與支干遠,地角天涯歸未得。日辰若也互相臨,骨肉團圓繾綣論。若見日辰相會象,傳末仍逢干所住。名會為三切須知,歲久別離今復遇。
行人を占うは、日干を以て外に在るの客を代表し、日支を以て家宅を代表す——内外の分け十分明白なり。日干日支彼此和合すれば、帰来の意すなわち生発せん。若し相剋・相刑・相破・相害なれば、則ちなお継続して外に客を作るを要す。日干若し日支を剋せば、行装を收拾して回るを催すなり。反って日支が日干を剋せば、帰期すなわちなお説き准がたし。行人の行年本命若し宅院庭戸を代表する位置上に落つれば、則ちそれ山川を跋涉し・整装して帰来するの象なり。行年本命若し日干日支に離るること甚だ遠ければ、人すなわち遠く天涯地角に在り、一時に帰ることを得ず。日干と日支と若し互相臨加せば、便ち骨肉団円・情意纏綿と断じ得べし。若し日干日支相会の象を見、末伝また日干の居るところの処に落つれば、此を「会為三」と曰い——一定要して記え清むべし:久しく別れて多年の人、今重ねて相遇うを主とす。
戊申癸巳兩辰日,支向干居同一律。胡為厥應飛分張,一則相生一殘賊。戊申金土無相畏,所以行人疾速到。癸巳水火有戰爭,切恐他鄉還未遂。占時如傍日辰居,剛日伏吟順傳趨。伏陰用逆連茹退,程途此日賊歸歟。占時式畔切須窺,天上地下一般推。如為用始人來速,驛馬須更門外嘶。
戊申・癸巳の此の両個の日辰は、皆日支の日干に朝向して居するなり、格局もとこれ同一の規律——何の故を以て応験却って大いに相同じからざるや。ただ因るは一は相生、一は相残相賊なり。戊申日は、土は能く金を生じ、両々相畏れず——故に行人すぐに到る。癸巳日は、水火交戦して、ただ人がなお他郷に滞留し、帰ることを成さざるを怕る。占時の神若し日干日支に緊く靠って居し、剛日(甲丙戊庚壬)の伏吟に逢えば、三伝順行推進す。柔日の伏陰に逢えば則ち用神逆行して、連茹後退の象を成す——此の一天の路程はすなわち帰り往かんとするなり。課を占うの時、課式の両旁に対して必ず細看を要し、天盤・地盤の推法は皆一様なり。若し此らの徴象が初伝発用の処に出現せば、人の来る速く、駅馬また門外に嘶鳴して報到せん。
伏陽轉逆伏陰順,連茹蹤由仍向進。天官更值日辰間官,金氏改罡,雁杳沈淹外信無。三合中間六合逢,行人忻喜見歸蹤。天驛馬臨傳更逆,切為消息莫嫌重。行人以下三句,金氏旁改云:行人年命宅庭中,日邊還得本時位,任隔雲山歸興濃。
伏陽課は転じて逆行を為し、伏陰課は転じて順行を為して、連茹の象の蹤跡は仍お朝前に推進す。若し天官の神また日干日支の間に値すれば(「官」の字、金正音「罡」に改作、すなわち天罡)、則ちそれ大雁の杳として音信なく・消息沈没するがごとく、外地一点の信児もなし。三合の中さらに六合に遇上れば、行人歓歓喜喜として、帰来の踪影見るべし。天馬・駅馬虽か三伝に臨むも、但し三伝また転じて逆行と成れば、則ち消息虽か切なるも、またその反覆重复を嫌うことなかれ。「行人」以下の三句、金正音旁に於いて別に改めて曰わく:行人の行年本命が宅院庭戸の中に落ち、日干の旁にまた起課本時の位を得れば、則ち縱使い雲山万重を隔つるも、帰心十分濃切なり、と。
關神向進無區別,皆主行人多阻節。絕神為用不須疑,程途有客歸心切。初末行人合命年,用終還迫日干邊。天涯音信先須至,相逢不久有回緣。馬若進時有未回,先虛後實卻將來。後實先虛先宿留,返吟還速便須猜。支發傳趨干上去,行客應須問歸路。日邊用出必迢遙,尚在他鄉作居住。
「関神」はどの方向に推進するを論ぜず、皆分別なく、一概に行人の阻隔関節多きを主とす。若し「絶神」を以て発用せば、則ち疑うに及ばず:路上確かに客有りて、しかも帰心急切なり。初伝と末伝と若し行人の本命・行年と相合し、用神最終にまた日干の一辺に逼近せば、則ち天涯の音信先に到りて、相逢もまた遠からず、回還の縁有らん。駅馬若し正に前進の時にして、人却って未だ回らざれば、それ先虚にして後実、終究に来らん。若し後実にして先虚なれば、則ち先に外にて一陣停留するを要す。返吟課に至りては、かえって来ること速く、此のごとく以て推斷し得べし。日支より発用して三伝日干に趨向するは、則ち行客の帰路を問いわんとすべし。若し日干の旁より発用して外出せば、路途必定に遙遠にして、人なお他郷に居住せん。
支干如見墓神加,行人此日即回家。如還傳在生旺處,縱有歸期也會差。傳中天乙馬加臨,行客途中有異心。必有他知相眷戀,倚門空切望歸音。庚辰甲辰兩返吟,傳用同為見絕神,庚辰來絕甲辰去,來作歸論去住論。金氏旁改云:返吟來絕返徵軒,去絕羈人尚滯牽。庚辰來絕甲辰去,不會來去便難言。
日干日支若し墓神の加臨を見れば、行人当天すなわち家に回らん。若し三伝が生気旺気の処に落つれば、縱使い帰期を定めるもまた差錯せん。三伝の中若し天乙貴人と駅馬と加臨すれば、行客途中に於いて別に異心を生じ、必定に相好の人有りて那边に牽掛眷恋し、家裏の人ただ門に倚りて空しく帰音を盼ぐのみ。庚辰・甲辰の両個の返吟課は、三伝と用神と同様に皆絶神を見るも、但し庚辰は「来絶」を主とし・甲辰は「去絶」を主とす:来絶は帰来に按じて論じ、去絶は滞留に按じて論ず。金正音旁に於いて別に改めて曰わく:返吟課若し来絶なれば、則ち行人車轅を調転して帰る。若し去絶なれば、則ち羈旅の人なお牽絆滞留せらる。庚辰は来絶・甲辰は去絶——来と去を弄明清らかならざれば、論斷し難し、と。
太陽至卯光照耀,人皆營作難潛伏。如當正酉日須晡,動則還家尋止宿。日在東南酉臨位,象如日墓行人止,干臨西北太沖歸,象如日出行人離。此段金氏旁改四句云:日干東南喜乘酉,如居西北卯為首。象如日暮思故林,遇曉登程憶家婦。用越關移日辰杳,便言兩地音書悄。用初天將廟中居,尚在它鄉有未了。
太陽卯位に行き到れば、光明照耀して、人人皆経営劳作に在り、潜伏して身を蔵する処なし。正当酉位に到り・日已に晚に向うの時に至れば、人一身を動かせばすなわち家に回りて投宿する地を找むなり。日干が東南方に落ちて酉その位に臨めば、太陽の墓に入るに似たり——行人便ち停まりて走らず。日干が西北方に臨みて「太衝」(卯)来りて帰れば、太陽の初めて昇るに似たり——行人便ち家を離れて出発せんとす。此の一段、金正音旁に於いて別に四句に改成して曰わく:日干東南方に在れば、喜んでその酉を乗ずるを見る。若し西北方に居れば、則ち卯を以て首と為す。前者は日暮に故郷の林木を思念するに比し、後者は天明ければ則ち登程して家の妻子を懐想するに比す、と。用神が関神を越過して遷移し、日干日支の消息却って杳然なれば、則ちそれ両地の間の音書断絶なり。若し初伝発用の神の乗ずるところの天将正に自己の廟旺の位に居すれば、則ち人なお他郷に未了の事有るなり。
謁人して善悪を察す
人情莫不有善惡,欲見他時先密察。天官支上急須求,吉將歡忻凶怒作。蛇虎勾朱客怒忿,六合虛正非謙遜。天后遲疑意有猜,太陰不明多懶困。其餘諸將皆和美,獨有天空多詐詭,更將日辰細參稽,吉凶離合方知委。
人情総じて善有り悪有り、往きて対方を拜会せんとするの先、先ず暗中に察看清楚なるを得べし。急ぎ須く日支上に天官の神を尋求すべし:吉将を乗ずるは、対方の歓喜相待を主とす。兇将を乗ずるは、対方の発怒を主とす。若し螣蛇・白虎・勾陳・朱雀を乗ぜば、主人の客人に対し発怒動気するを主とす。六合を乗ぜば、則ち表面周旋して心中実ならず、真の謙遜にあらず。天后を乗ぜば、猶豫遅疑・心に猜忌を存するを主とす。太陰を乗ぜば、意向明らかならず・多く懶散困頓を主とす。其の余の各将大抵皆和順美好と算すべし。唯だ天空の一将最も欺詐詭譎多し。さらに日干日支を細々に参照考核して、対方の吉なるか兇なるか・合なるか離なるか、始めて真に底細を知るを得べし。
日若克辰他不出,辰還剋日徒疑密。主賓際會致殷勤,暮惡朝歡惠無實。他乘吉將來生我,凡有所求皆曰可。我乘吉將復生他,行役徒勞費糧果。支上害刑他多故,空亡臨著亦休去。君還不信漫然趨,千里相投人不遇。辰陽若也克干傳,所求為有不周全。用傳若把辰陽賊,苟欲相干莫啟齒。
日干若し日支を剋せば、対方避りて出でず。日支反って日干を剋せば、白白として人をして猜疑せしめて隠秘して宣せず。主客虽か相会の時殷勤客套するも、却是れ朝に歓笑し晩に顔を翻し、恩惠并びに落実せず。若し対方の乗ずるところ吉将にして来りて我を生ぜば、およそ求むる所有れば皆応允し得べし。若し我の吉将を乗じて去りて対方を生ぜれば、則ち奔走の一趟徒労して功なく、盤纏を白費す。日支上若し六害・三刑有れば、対方事故多し。若し空亡その上に臨めば、また往くに及ばず。汝若し信ぜずして、貿然として前往し、縦行千里にして投奔するも、また人を見ること能わず。日支の陽神若し日干と三伝とを剋傷せば、求むるところの事すなわち欠周全有らん。用神と三伝と若し反って日支の陽神を賊害せば、則ちたとい干求せんと欲するも、また口を開くことなかれ。
訟を論ず
乾則為天坎為水,乾坎相加成訟體。天道上行水下流,情睽義乖鬥爭起。訟之序卦既涉川,訟須理險有當然。欲知課之所由險,大小吉與魁罡邊。囚墓傳生禁者出,生傳囚墓獄須入。不然墓貴立干頭,害刑殘賊危岌岌。卦中官鬼要探求,官為官長鬼對仇。其間惟有壬癸日,官鬼長貳別蹤由。
《周易》は乾を以て天と為し坎を以て水と為す——乾上坎下相疊せば便ち《訟》卦の体を成す。天道は上に向りて運行し、水勢は下に向りて流去し、両相背離して、情義乖違し、争闘此に就いて起る。《序卦伝》は《訟》卦に大川を渉越するの象有りと曰う——故に官司を打つに自ずからその険を渉り処置するの道理有り。課体の兇険のどこより来るかを知らんと要せば、則ち「大吉」(丑)・「小吉」(未)と河魁(戌)・天罡(辰)の此の幾処を看よ。三伝が囚墓より長生に伝向すれば、拘禁せられたる人出獄し得べし。長生より囚墓に伝入せば、人すなわち牢房に進入を得べし。再び然らざれば、墓神と貴人と日干の頭上に立ち、また六害・三刑の残賊に逢えば、則ち危きこと旦夕に在り。課中の官鬼一定要して探求清楚を要す:「官」は官長を代表し、「鬼」は対頭仇家を代表す。その中唯だ壬日・癸日の官鬼は、なお再び正職と副職と分つを要し、来路各々相同じからず。
壬則丑正未偏官,長鬼居辰戌次班。癸官正副辰戌別,鬼之大小吉須看。貴人此日課中居,天后忽來傳上趨,後君無故奚臨對,長官受囑決非虛。戌丑酉兮足纏繞,卯子辰兮手纏吊,二血癸卯杖責災,功曹逢之徒配兆。盡說空亡官事散,要須分作兩邊看,我欲治他忌逢空,他將釋然宜遭見。
壬日は丑を以て正官と為し・未を以て偏官と為し、長官の鬼は則ち辰・戌に居りて、次一等の班次に属す。癸日の官は則ち辰・戌を以て正副を分ち、その鬼の大小は「大吉」(丑)・「小吉」(未)を看るを要す。若し此の一日貴人課中に在り、天后また忽然として三伝の上に来到せば、天后もとより無縁無故——何の故に来りて貴人と相対するや。知るべし、長官の人家の請託を受けたるを——此の断語決して虚言にあらず。戌・丑・酉は脚上に鎖を纏うを主とし、卯・子・辰は手上に吊を繋ぐを主とす。「血支」「血忌」の二殺癸卯に遇上れば、杖責の災を受くるを主とす。「功曹」(寅)が彼らに遇上れば、則ち流徒配遠の兆なり。人人皆空亡に逢えば官司散ずと説くも、其の実両辺に分ちて看るを要す:我が往きて対方の罪を治せんと欲するは、空亡に落つるを忌諱す。対方若し脱身開釈せんと欲するは、反って空亡に遇上るに宜し。
官作貴人居日位,直者泰來屈者否。如還寓在魁罡上,易盡吏胥亦乘理。天后天門關節徹,天空立用徒眾說。太陰居夜事難明,勾陳見合多留截。用初官鬼求財鄉,如還克命喜相當。若非取索能如意,當定論人得艮庚。關日夜用傳趨出,切莫便言囚無出。救助不逢刑害逢,乃訴前來如許責。
官鬼化して貴人と成りて日干の位に居れば、理有るの一方は否極まりて泰来り、理屈の一方は則ち通より塞に転ず。若しそれ河魁(戌)・天罡(辰)の上に寄居せば、則ち衙門の吏胥までも皆換遍く、彼ら同様に理に按じて事を辦ず。天后と天門と相配するは、関節疏通する徹底を主とす。天空発用すれば、則ち衆人の説法皆空話なり。太陰が夜将の位に居れば、事明かすこと難し。勾陳が合神に遇上れば、多く拖延截留有らん。初伝発用の官鬼が財を求むる位置上に落ち、若しまた能く本命を剋傷せば、かえって相当に可喜なり。若し索取討要の如意を得能わざれば、則ち論ずるところの人の東北と西方(艮位と庚位)に於いて着落有ると断ずべし。関神が昼夜の値する所の日に発用して三伝外に向りて趨出せば、切に马上に囚犯出で来らずと断ずることなかれ。若し既に救助を得ず、また刑害に逢えば、則ちそれ先前の訴訟の此のごとき責罰を受くるなり。
官鬼天乙合夜合,胥吏應須同鼠竊。鬼元命陰如為初,鬼既蕃多福斯發。財作空亡命上初,官鬼雖藏不容居。多應素有穿窬態,暴露今朝見罪誅。官初財末隨空亡,債被人逋處不遑。疾造訟遲將理索,誰知官吏又乖張?空亡傳外官鬼居,潛克行年患未除。用神空亡雖暫繫,有司不久又將趨。柔日用罡干支裡,或一或二為財起。蒿矢知一重審同,訟豈已之所由起?
官鬼と天乙貴人と相合し、また夜合の神に逢えば、那の胥吏は老鼠の物を偷むがごとし。若し官鬼が本命の陰神上に落ちて初伝を作れば、官鬼虽か多きも、福気かえって此に由りて発動せん。財爻が空亡に落ちて本命の上に初伝を作れば、官鬼虽か暫時蔵るるも、またそれをして久居を容さず。多くは此の人素より墻を翻り洞を鑽くの偷盗習気有りて、今日敗露して、罪罰に遭うなり。初伝は官・末伝は財にして皆随いて空亡に落つれば、債の人に拖欠せらるるを主とし、四処奔走するも暇に顧みる能わず。急急忙として告訴するも、官司却って辦ゆること慢く、将に理に按じて追索せんとするに、誰知官吏また卦を変じて乖張せん。空亡が三伝の外に落ちて、而して官鬼その中に居り、暗暗に行年を剋傷せば、禍患すなわち未だ除かれず。用神が空亡に落つれば、ただ暫時拘系せらるる虽か、官府不久にまた来りて追捕せん。柔日に天罡(辰)を以て日干日支の内に発用するか、あるいは一処あるいは両処に化して財爻と成りて起るは——此れ「蒿矢課」「知一課」「重審課」の看法と同じ。此の場の官司は豈に我が自ら惹起したるか。
田六種
水土既平先播種,農業民生知甚重。欲卜田疇何所宜,品類區分言始中。辰為田畝日農人,支為六種干耕耘。灌溉刈獲皆由主,禾苗黍稷應從賓。支若生干六並宜,干益支時一世虧。日克支時田耗失,支克干時主殘衰。兩頭生旺田無損,不然歡合亦平穩。日干更若克初傳,黍稷豐季當報本。
水患平定し・土地整治好れたれば、先ず播種するを要す——農業の民生に対する何等の重要なるか見るべし。田地の裏に何を種るか合宜を占卜するは、則ち作物品類を分ち開きて説くを得て、始めて点子上に説き到ると算す。占法は日支を以て田畝と為し・日干を以て農人と為す。日支は種るところの六類の作物を代表し、日干は耕耘の人を代表す。灌溉收割は皆主方(日干)より主を作り、禾苗黍稷は則ち賓方(日支)に従属す。日支若し日干を生ぜば、六種の作物皆相宜なり。日干去りて日支を補益せば、則ち一年到頭虧損有らん。日干日支を剋するは、田里耗損失收なり。日支日干を剋するは、主人すなわち衰敗す。日干日支両頭皆生旺の気に処れば、田稼損を受けず。たとい生旺せざるも、ただ彼此歓洽相合すれば、收成もまた平稳と算すべし。日干若しさらに能く初伝を剋傷せば、則ち黍稷豐收の季節に到りて、則ち祭謝して本源に報答すべし。
兩頭或害或沖刑,蹙額何須作頌聲。禍生旺相神猶可,囚死為之室若傾。貴常六合青龍將,憑生得喜合神上。住在支干更得時,知為五穀豐登象。克刑害在支辰表,蛇虎勾空同作撓。蟊蜚螟螽金作侵,淺薄稀疏木作淫,苗心爛腐水冤深,禾叢槁旱火仇臨。良田亦厄土為災,丁馬飛廉總非良。
日干日支両頭若し相害・相衝・相刑すれば、ただ愁えて眉を皺めるのみ、どこでなお豐收の頌歌を唱い出さんや。禍事若し旺相の神上に発生せばなお些か好し。若し囚死の気上に落つれば、一家人の日子は房屋の傾覆するがごとし。貴人・太常・六合・青竜の此の幾位の吉将は、相生に憑って合神の上に喜を得てす。彼ら若し日干日支の上に停住し、またその時令に正当れば、便ち五穀豐登の象なり。之に反して、若し相剋・相刑・相害皆日支の外に出現し、さらに螣蛇・白虎・勾陳・天空一同に攪擾すれば、則ちそれ災害なり:金気来りて侵せば、蟊賊・蜚虫・螟虫・蝗螽を生ぜん。木気泛滥すれば、則ち苗株浅薄稀疏ならん。水気過重なれば、苗心爛腐して、冤沈解し難し。火気仇を為せば、則ち禾叢枯槁旱死せん。土気災を成せば、再び好き田もまた厄に遭う。「丁馬」「飛廉」の此らの殺神は、総じて帰して善類にあらず。
若非疆畔水池興,也是牛羊踐踏來。空亡破碎支所值,不然死氣替神至,縱然六合相加臨,所獲它出應也細。支干轉煞來臨掌,秀而不實空勞攘。關閉神巡在上頭,徒亦揠苗而助長。傳支生干大段宜,縱乘糞壤亦異為。日去生傳徒費力,不然休耜負來歸。支干神將皆為吉,命支破碎空亡泣。
此らの殺神に遇上れば、田界水塘の那边に事を出すにあらざれば、牛羊闖り入りて来りて莊稼を踩踏するなり。若し日支正に空亡・破碎に値し、再び然らざれば死気と替神とに遇上れば、則ち縦使い六合の加臨有るも、收成もまた别人に帰し、所得寥寥なり。日干日支上に転殺来臨有れば、則ち莊稼穂を抽くも結実せず、白く忙しむ一場なり。「関神」「閉神」上頭に巡行せば、たとい宋人の苗を揠ぐるがごとく去りてそれを助け長ぜしむるも、また徒労なり。三伝と日支と能く日干を生扶するは、それ大大に合宜なり。縱使いただ些かの糞土肥壤を施すも、また別に一番の好收成有らん。反って日干去りて三伝を生ぜれば、すなわち気力を白費し、然らざればすなわち農具を丢下して空手にして帰る。日干日支と天将と皆吉なるも、可れど本命・日支却って破碎・空亡に逢えば、仍おただ哭泣の份有るのみ。
秋成所獲漫豐盈,酬償逋欠無餘粒。禾品分三早中遲,傳初是早二中窺。三即晚稻不須疑,三傳命上悉參推。孰是比和孰乖異,乖異不宜和合利。假令亥上首傳寅,亥寅作好初豐備。六種稿歉孰為豐,占法遲中早亦同。
秋天の收成看るに満倉豐盈なるも、可れど拿り去りて拖欠の債務を償還せば、則ち一粒も剩らず。稲禾は熟期に按じて早・中・晩の三等に分つ:初伝は早稻を主とし、中伝は中稻を主とし、末伝すなわち晚稻——疑うに及ばず。三伝と本命と合せて一にして参詳推求し、どの一処の比和・どの一処の乖違を看るを要す:乖違の不利、和合の乃ち利有り。たとえば亥上の初伝が寅なれば、亥水は寅木を生じ、配すること好く、早稻先に就いて豐備せん。六類の作物のどの一類の欠收・どの一類の豐收に至りては、占法は早・中・晚稻を推するに与に一様なり。
命合火宜紅豆黍,金神二麥有成功。丑未準好二麻熟,亥子黑豆稻周足。禾苗寅卯木神知,農業先能知禍福。禾生水土欲蕃茂,支干唯怕墓相就。傳用逢來總一般,定知萎損勞苦救。從墓傳生後有實,從生傳墓先芬蔚。三傳純粹始終好,何處不周須見疾。
本命と火と相合するは、紅豆・黍子を種るに宜し。金神に逢うは、大麥小麥の両麥收成有らん。丑・未の両土は、正好く大麻・苧麻の両種の麻類成熟を主とす。亥・子の水位は、則ち黒豆と水稻と皆長じて周全充足す。禾苗は木に属し、寅・卯の木神を看れば便ち知らん。此らを懂得すれば、農を務むる人すなわち能く預め禍福を知らん。禾稼は水土に靠りて生ず——本当に繁茂すべきも、最も怕るるは日干日支と墓神と相就するなり。三伝と用神と若しまた墓神に碰上れば、情形皆一様にして、定めて枯萎受損し、救治するに劳苦堪え難し。墓神より長生に伝向するは、後期始めて結実す。長生より墓神に伝入するは、ただ前期に於いて茂盛芬芳す。三伝純粹なれば、則ち自始自終皆好し。どの一処に欠周全有れば、どの一処すなわち毛病を出さん。
晴雨
此段亦不出《精蘊》。雲從龍兮風從虎,龍虎信可推風雨。有無輕重欲周知,二將所主宜默睹。金為水母巽電赫,風雹為殃同考索。震卻為雷兌澤看,丑乃雨師未風伯。六合便能為雷震,武亦雨師真可信。傳課課中有類神,便向其間詳體認。
此の一段もまた《精蘊》の一書を出でず。《周易・乾卦・文言》は雲の竜に従い・風の虎に従うを説く——故に青竜・白虎の両将確かに以て風雨を推斷し得べし。周全に風雨の有無と軽重と知らんと欲せば、則ち黙々に此の両将の主とする事を観察すべし。金は水の母亲、巽卦は風を主としまた閃電赫然を主とす。風災・雹災もまた一幷に考求し得べし。震卦は雷と為り、兌卦は沢と為り、丑は雨師の位、未は風伯の位なり。六合もまた能く雷震を主とし、玄武同様に雨師——皆真実信ずべし。課体三伝の中若し此らの類神有れば、則ちその中に於いて細々に体察辨認すべし。
龍旺昇天雨驟施,虎旺出林風勢惡。如陷囚墓死皆休,風定雨收成寂寞。青龍若也入江湖,不然廟裡止安立。龍既潛藏而勿用,任當塵凡自舞雩。虎在東方號出林,嘯動生風愁可禁。更逢小吉為行止,折木摧枝禍益深。龍若臨於申酉方,休死墓絕細消詳。焉知萬波藏申酉,得此常年雨大滂。
青竜旺盛なれば則ち天に升りて行き、大雨驟降す。白虎旺盛なれば則ち林を出でて動き、風勢兇惡なり。若し彼ら囚気・墓庫・死気の中に陥れば、則ち皆罷休して、風停まり雨收まり、一片寂静なり。青竜若し江湖水郷に落入し、あるいは廟宇の中に停まりて安然として動かざれば、則ちそれ竜已に潛蔵して施用せず、塵世の人の自ら去りて壇を筑いて雨を求むるに任ず。白虎の東方に在るは「出林」と曰う——長嘯して風を生ず、那の愁苦禁受し難し。若しさらに「小吉」(未)に遇上りて来りて行止を定めれば、則ち樹木を折り・枝幹を摧毀して、禍を為すこといよいよ深し。青竜若し申・酉の方位に臨めば、則ち細々にその休・死・墓・絶のどの一種の気上に処るかを推詳すべし。要して万頃の波濤正に申・酉の中に蔵るるを知るべし——此の象を占得すれば、往々一年到頭大雨滂沱なり。
巳作丁神上蛇雀,太沖位上來安著,忽然狂電驟如傾。雷迅時時光閃耀。朱雀螣蛇與六丁,傳用逢他卯附刑,加臨太乙火乖異,閃電長空霹靂聲。陽即為晴陰即雨,積陰顧視陽為主。火神有氣不為傷,水神囚死晴堪許。火神不越東南路,蛇雀又來頭上住。須更皎日見晴暉,縱有餘陰無著處。
巳は丁神と作して上に螣蛇・朱雀を乗じ、また「太衝」(卯)の位に安置せられれば、則ち忽然として狂電大作し、暴雨傾盆して、雷声迅疾にして、電光時ならず閃耀せん。朱雀・螣蛇と六丁の神——若し三伝用神中に於いて彼らに遇上り、而して卯また刑剋を附帯し、さらに「太乙」(巳)に加臨して火気乖戾反常なれば、則ちそれ長空閃電・霹靂轟鳴なり。陽は晴を主とし、陰は雨を主とす。たとい陰気積聚すとも、また頭を回して陽気の主を作すか否かを看るを要す。火神若し気有りて傷剋を受けず、水神また囚死の気上に落つれば、則ち晴と断じ得べし。火神が東南の一路を越出せず、螣蛇・朱雀また来りて頭上に停まれば、則ち必ず皎潔の日光と晴朗の光輝を見ん——縱使い残余の陰雲有るも、また附著する処なし。
人言巳午多晴明。或逢蛇雀說責晴。豈知傳用歸西北,火既潛藏水上升。龍入江湖皆遊逸,蛇入江湖變化疾。蛇化龍飛雨澤降,龍蛇蟮熱晴堪必。此句龍蛇二字,金氏旁改下升。龍飛天上雨準度,蛇飛天上日照耀。雲龍際會雨常施,蛇尫焉能作雲霧?戌亥子丑巳午停,火既下降水上升,立用便須看雲霧,忽然雨澤勢如傾。
人々皆巳・午は火に属し・多くは晴明を主とすと説く。あるいはまた螣蛇・朱雀を見てすなわち必ず晴と斷定す。卻って知らず、三伝用神若し西北方に帰到せば、火気已に潛蔵し、水気正に上昇せんとす——則ち未だ必ずしも晴ならず。青竜の江湖に入るは、ただ悠游自在なり。螣蛇の江湖に入るは、則ち変化迅疾なり。螣蛇化して竜と成りて騰飛すれば、雨沢すなわち降下せん。竜蛇困頓して暑気蒸熱せば、天必定に晴を放つ(此の句中の「竜蛇」の二字、金正音旁に於いて「下升」に改作)。青竜天上に飛ぶは、雨を降らすに自ずから准度有らん。螣蛇天上に飛ぶは、則ち日光普照す。雲と竜と相会すれば、雨常に下りて停まず。螣蛇孱弱にして、またどうして能く雲霧を興起せんや。戌・亥・子・丑と巳・午との間に停駐して動かざれば、火気已に下降し、水気正に上昇す——課を起し用を発する時すなわち雲霧の象を看るを要し、往々忽然の間に雨勢盆を傾けて下せん。
科挙
干上廣文支場屋,日為舉子辰題目。卷軸詞章以傳論,命詞之意同推認。干克支兮舉子畏,巨題特地來相治。支若傷干當上憂,動遭凌辱難迴避。支干若是兩相和,上下歡愉協氣多。或刑或害天官惡,定知藉藉見喧譁(金氏旁改云:紛紛藉枉奔波)。吉神吉將兩無嫌,日上加臨旺相全。廣文炯炯又眸碧,特進浮華拔滯淹。
科挙を占うは、日干上神を以て「広文」を代表す——すなわち主考の学官。日支上神を以て「場屋」を代表す——すなわち考場の号舎。日干は応試の挙子を代表し、日支は出ずるところの題目を代表す。巻面の辞章の優劣は、三伝より去りて論斷するを要す。命題立意の深淺も、また同一の法則に照らして推求す。日干が日支を剋するは、挙子の場に怯む——偏りに難題に遇上りて特地来りて刁難す。日支反って日干を傷剋すれば、憂患便ち上頭に出で、動輒凌辱を遭受して回避するに由なし。日干と日支と両相和順せば、則ち上下歓洽・和気充盈す。若し両者相刑相害し、また天官星兇惡に遇えば、必定に是非紛紜・喧嘩止まざるを鬧さん(金正音旁批「紛紛藉枉奔波」に改作)。若し吉神と吉将と斉備して嫌忌する所なく、また日干の上に加臨し、神将皆旺相の気を得れば、那位の主考学官便ち目光炯炯・青眼を加えて、肯んじて破格に提拔し、久しく埋没せられたる人才を擢拔し出さん。
天喜加臨年命上,生氣有時相助向。龍雀乘陽順作傳(雀字金氏旁改乙字),文氣雄豪高萬丈。三傳若也同生日,立用當時天將吉。官星與馬不罹空,獨步文場誰可敵?支上生干不作迍,日間舉子用陽神(日上神屬陽),文思滔滔如有助,一舉成名達紫宸。
「天喜」神が本命あるいは行年の上に加臨し、「生気」また時時前来りて相助すれば、前程自ずから人の扶持する有らん。青竜・朱雀が陽神を乗じて順行して三伝を結成すれば(「雀」の字、金正音旁「乙」の字に改作)、文気雄豪・気勢万丈を主とす。三伝若し日干と同気にして能く日干を生じ、発用の時天将また吉にして、「官星」と駅馬と皆空亡に落ちざれば、便ちそれ独歩文場・人の敵する可きなし。日支上神が日干を生ぜれば、前途困頓に至らず。白日に課を占うは、挙子は日干上の陽神を取りて用と為す(日上の神は陽に属す)——文思滔滔として神助のごとく有り、一挙にして名を成し、直ちに朝廷に上らん。
年命天驛馬交馳,順作三傳歲上歸。刑害不聞象純粹,淡墨書名四海知。始用螣蛇末見龍,龍頭化氣更潛通。歲君若更來生命,定躡雲梓步月宮。
本命・行年と天馬・駅馬と交相に馳驟し、順行して三伝を結成して太歳の上に帰結するは、此れ功名に奔赴するの象なり。課中に刑と害を聞かず・卦象純粹して雑なければ、便ち淡墨題名・声四海に聞ゆるを主とす。初伝螣蛇より起りて末伝青竜を見るは、蛇の化して竜と成り・竜頭の気の潜かに通じて変化するの象なり。太歳若しさらに来りて本命を生本命を生ぜれば、則ち一定能く雲梯を踏上り・蟾宮に步入し、登第の份有らん。
文章關切視朱雀,惟嫌西北為安著,住在東南匪替神,語意新奇人作格。天空支位文疏失,武克辰陰途注密。白虎傷干語犯時,後陰立用詞幽鬱。死氣死符並墓鬼,或臨傳首或傳尾,饒君才學若歐蘇,廣文意不相忻喜。
文章の関鍵は朱雀の此の位の天将を看るを要す:最も忌むはその西北方に落ちて身を安んずるなり。若し東南方に居りて替代の神に奪はれざれば、則ち文辞新奇にして、人の取法すると為る。天空が日支の位に落つれば、文章疏漏失誤を主とす。玄武が日支の陰神を剋すれば、門路隠晦・前途通じ難きを主とす。白虎が日干を傷剋すれば、言語の時忌を触犯するを主とす。天后の陰神発用すれば、文辞幽晦鬱結を主とす。「死気」「死符」さらに墓神・官鬼と同臨すれば、初伝に落つると末伝に落つるとを論ぜず、縱使い汝の才学が欧陽修・蘇東坡に賽うも、主考学官もまた中意せざらん。
下賊上兮上克將,日後為傳乘旺相,陰陽不備德罹空,三刑六害俱休望。日裡為傳無礙格,更還此類尤光赫。命年喜將又相扶,受作蟾宮攀桂客。無祿絕嗣天網張,飛魂魄化與伏殃。四絕蕪淫反吟卦,占如有此定乖張。
下神が上神を賊剋するか、あるいは上神が反って天将を剋するか。日干の後の神が伝に入りて旺相の気を乗ずるか。さらに四課陰陽不備・日干の「徳」の空亡に落つるに遇うか、あるいは三刑六害交加するは——此の幾様は皆必ず再び指望するに及ばず。反って、日干本身の生ずるところの神が伝に入りて毫も阻碍なきは、此の一類の課格は尤も光彩顕赫なり。若し本命・行年上また吉将の相扶有れば、則ちそれ蟾宮桂を折るの客なり。「無禄」「絶嗣」「天網」の張布、「飛魂」「魄化」「伏殃」、および「四絶」「蕪淫」と返吟の卦に至りては、科挙を占うに若し此らに遇上れば、結局必定に乖違失意せん。
無祿,四上克下;絕嗣,四下克上;天網,用起占時同剋日;四絕,午加亥之類;蕪淫即不備;飛魂煞,正月亥順支干本日上;伏殃,天鬼加年月並用;魄化,白虎與死神並日辰年上;天鬼,正月起酉逆行四仲;反吟,月將與時對沖也。
以上の諸兇の定法は下のごとし。「無禄」とは四課皆上が下を剋するなり。「絶嗣」とは四課皆下が上を賊するなり。「天網」とは発用の神と占時と一同に来りて日干を剋するなり。「四絶」とは午の亥に加わるの類のごとし。「蕪淫」とはすなわち四課陰陽不備なり。「飛魂殺」とは正月より亥に起り、順行して本日の日干日支の上に加わるなり。「伏殃」とは天鬼が太歳・月建に加臨して幷びて発用に入るなり。「魄化」とは白虎と死神と一同に日・辰・本命の上に落つるなり。「天鬼」とは正月より酉に起り、逆行して子午卯酉の四仲の位に在るなり。「反吟」とはすなわち月将と占時と正に相衝するなり。
