Libo

十二天将・螣蛇

明 · 陈公献(北海张洪注) · 第2巻 / 17

作盤ガイド: 大六壬起課, 金口訣起課

但見螣蛇驚疑擾亂。前一螣蛇乃丁巳火神也,主火光驚疑憂恐怪異。蓋凶神也,以其離貴人前一位,故曰前一也。螣蛇最主變化多端。掩目則無患無憂。居子也,不惟子水克巳火,且居夜方有掩目之象。蟠伏棲息之時,其凶焰無所施,無患無憂矣。螣蛇掩目,彼無害人之心,若日帶自刑,或本命行年作鬼墓絕神,則自逞自作,禍患不淺也。

およそ課中に「螣蛇」を見れば、則ち驚疑と扰乱を主る。貴人の前一位は螣蛇、丁巳の火に属し、火光の災・驚疑憂恐および種種の怪異を主る。是個の凶将なり。貴人を離るること只だ一位を以て、故に「前一」と称す。注者按:螣蛇は最も変化多端を主る。螣蛇が子に臨むを「掩目」と曰う。此の時患無く憂無し。不但子水が能く巳火を克するのみならず、而且子は夜半の方、眼を閉ずるの象有り。蛇正に蟠伏栖息し、凶焔は施すに従無し。自然に災無く憂無し。注者按:螣蛇の目を掩うは、其の本身に人を害するの心無きなり。但だし若し日辰が自刑を帯び、或いは本命・行年が鬼・墓・絶の一類の凶神の上に落つれば、則ち會當自ら強を逞しうして事を生じ、禍患浅からざらん。

蟠龜則禍消福善。蓋丑中有暗禽星龜也。夫蛇與龜姤亦離坎交濟象。豈復有禍心於人哉?是以禍消,占者修善以立身,斯福不窮矣。“修善立身”者,亦言宜守靜,不可冒進。生角露齒禍福兩途。居寅生角,蓋火生於寅,榮旺之極,化蛟化龍,此為貪榮不禍,是以為福。居酉露齒,蓋火制鄉,猖獗得志之地,且金石地無食,被蛇肆毒含饕,求口腹之計為禍,得此者退藏於密可也。凡蛇居寅,以龍斷之可也,以寅為青龍之本位也。

螣蛇が丑に臨むを「蟠亀」と曰う。災禍消散し福善之に随うを主る。丑中に暗く禽星の亀を蔵し、蛇と亀と相遇うれば、亦た則ち離火と坎水と交わりて相済するの象。哪裏に還た人に対して害心存さんや。故に禍消すと曰う。占者は只だ善行を修養し自身を立定すれば、福気便ち無窮無尽なり。注者按:所謂「善を修め身を立つ」も、亦た説くは守静に宜しく冒進すべからざるなり。螣蛇が寅に臨むを「生角」と曰い、酉に臨むを「露歯」と曰う。一は福を為し一は禍を為し、両条の路を走る。寅に臨み角を生ずるは、火の長生寅に在るを以て、正に栄旺の極に当たり、蛇は蛟に化し竜に化すべし。是れ栄に向うを貪りて禍を作さざるなり。故に福と為す。酉に臨み歯を露すは、酉は火の克制する所の郷、蛇此に在りて猖獗得志す。況んや金石の地は本として食物の得べき無し。蛇便ち其の毒を肆にし其の貪を逞しうし、口腹を求めんが為に禍を作す。此の象を占得する人は退蔵隠密を以て宜しと為す。注者按:およそ螣蛇の寅に臨むは、青竜を按じて断ずるも妨げず。寅は正に青竜の本位を以てなり。

乘霧飛空休祥不辨。居巳為乘霧,以霧為隱,雖毒目無所見,毒不得肆身,得此者仍宜避之。蓋霧之蒙,彼固目迷矣,而我至此獨不迷哉?倘誤犯之,為其所噬,悔何及矣。居午飛空,以蛇飛空化龍化蜃之氣也。彼有此大志始有此大為,豈復毒人?縱彼不毒人,在我仍宜避之,不失為明哲。辰巳午天位也,臨居之必化龍,志象必大。生干大吉。

螣蛇が巳に臨むを「乘霧」と曰い、午に臨むを「飛空」と曰う。此の両種の情形は吉凶分別し難し。巳に臨み霧に乘るは、霧は能く形跡を隠蔽し、蛇は毒有ると雖も物を見る能わず、毒も亦た施すに処無し。占得する人は仍お躲避を以て宜しと為す。霧気迷蒙を以て、其は固より眼花すれども、我が霧に到れば豈に迷わざらんや。万一誤りて撞上がりて其の咬まるる所と為らば、後悔するも及ばざらん。午に臨み空を飛ぶは、蛇の騰空して起こり竜に化し蜃に化するの気象。其は既に此の如き大志有り、才だ此の如き大作為有り。哪裏に還た人を毒するを顧みんや。縱令え其が人を毒せずと雖も、我が此辺に於ては仍お回避を以て上と為し、明智を失わざるなり。注者按:辰・巳・午は天位に属し、螣蛇此の三宮に臨めば必ず竜に化し、志向気象は一定に遠大なり。若し能く日干を生扶せば、則ち大吉の兆なり。

入林兮鋒不可砍。居未為入林,未乃木庫,以土有木,非林之象乎?林簏棲止,既有所蔽矣,其穴必深,當雖有刀鋒無所施其利也。彼螣蛇有此優遊之樂,必無肆禍之心,占者無所忌矣。然逢林有蛇,還當莫入。墜水兮從心無患。居亥蛇墜能水居,則隨波逐流,魚蝦為食,似無橫路毒人之慾。在我則任其往返周旋,豈不從心所欲哉?

螣蛇が未に臨むを「入林」と曰う。此の時刀鋒も亦た之を砍るに着かず。未は木庫、土中に木を含む。林藪の象に正しからずや。蛇の林麓のあいだに栖息するは已に遮蔽有り、洞穴は必ず甚深し。縱令え鋒利の刀刃有りと雖も施すに処無し。螣蛇既に此の従容自得の楽しみ有れば、必ず凶を逞し禍を作すの心無し。占者は顧忌を須いず。注者按:但だ林中に蛇有るに遇わば、還た冒然として走り入らざるを好しと為す。螣蛇が亥に臨むを「墜水」と曰う。此の時心の欲する所に随うて患無し。蛇の水中に墜ちて能く水に栖えば、便ち波に随い流に逐い、魚蝦を以て食と為す。路を攔えて人を害するの念頭無きがごとし。我が此辺に於ては尽く其の来回去動に任せて可なり。豈に正に心の欲する所に従うに好からずや。

當門銜劍總是成災。居卯為當門,卯乃日月之門,則出門即被其害矣。有備者無害也。得此者預為之計,不待彼奮起而攻其不意。若趨而不顧,斯墮其害矣。蛇加地盤卯酉之上,則妖氛之氣入門矣,於人於物皆受其毒,行為作事亦有蛇之性矣。申者金刃之象也。金刃乃斬彼之物,而胡為彼所銜哉?火能克金,得以猖獗逞妖,銜劍蓋異且妖之象。占得者惟退潛而避之,彼凶不能處,妖氛息而吾復何患哉?

螣蛇が卯に臨むを「当門」と曰い、申に臨むを「銜剣」と曰う。両者は皆災を成すべし。卯に臨み門に当たるは、卯は日月出入の門、一出門すれば則ち其の害する所と為らんとす。但だし防備有る人は以て害無し。占得する人は当に預め謀画し、其の撲起するを待たずして其の不意に出で先んじて之を制すべし。若し只だ前に闖らんことを顧みて防範を加えざれば、則ち其の禍害に落入らん。注者按:螣蛇の地盤卯・酉の上に加わるは、則ち妖氛の気の門に入るなり。人たると物たるとを論ぜず皆其の毒に中り、行事作為するも亦た蛇の性情を帯ぶ。至りて申は金刃の象。金刃は本として蛇を斬るの物、怎麼して反って蛇の口中に銜まるる所と為るや。是れ火の能く金を克するを以て、蛇便ち以て猖獗し妖を逞しうす。「銜剣」は正に既に怪異にして又た妖邪の象。占得する人は只だ退避潜蔵あるのみ。其の凶焔は施すに処無く妖氛平息せば、我又た何の憂うべき有らんや。

入冢而象龍併為釋難。戌為入冢。戌乃火庫,有蛇入墓之象。彼深居而簡出,吾往過雖不免小心惴惴,而彼非蟠伏路途之比也。居辰象龍。蛇乃龍之從也,有化之機,若入龍之穴,有隨化之義。夫彼貪上達必熱於中,豈復深為我患哉?故可釋難。蛇乘辰則化龍,發用或居日上,占天時必雨。

螣蛇が戌に臨むを「入塚」と曰い、辰に臨むを「象竜」と曰う。両者は皆能く危難を解除す。戌は火庫、蛇此に到れば入墓の象有り。其は深居して出づること少く、我が旁より経過するは惴惴不安を免れずと雖も、其の路の中間に盤伏するに比すれば強ち多し。辰に臨み竜に象るは、蛇は本として竜の従属、変化の機会有り。竜の洞穴に進み入れば便ち之に随いて化するの意思有り。其は一心に上進を貪求して心思正に熱し。哪裏に還た深深と我を為難せんや。故に以て難を釋すべしと曰う。注者按:螣蛇の辰を乘ずれば則ち竜に化せんとす。若し其が発用し或いは日干の上に居れば、天気を占うに必ず雨降らん。

十二天将・朱雀

朱雀南方文書可防。前二朱雀乃丙午火神也,故曰南方、文書、司訟、章奏、口舌之神,主火光怪異,去貴人二位,故曰前二。損羽也自傷難逃。居子,羽翼不成,進飛必難矣,占此者文書無氣,而詞訟口舌不凶也。掩目也動靜得昌。丑亦北方水氣之餘,制雀火,有投江破頭之喻。蓋彼既目瞑吾得有為矣。動靜俱吉,無口舌之憂,訟息而文書不行也。

「朱雀」は南方の火に属し、およそ文書の事に渉れば皆其を防ぐべし。貴人の前第二位は朱雀、丙午の火神と為る。故に之を南方の神と曰い、文書・訴訟・章奏・口舌を主り、亦た火光と種種の怪異を主る。貴人を離るること両位を以て、故に「前二」と称す。朱雀が子に臨むを「損羽」と曰う。自身傷を受けて脱逃し難し。子上に到れば羽翼長成せず、飛ばんと欲するも飛ぶ能わず。占得する人は文書に気力無し。但だ詞訟口舌の事は則ち凶ならず。朱雀が丑に臨むを「掩目」と曰う。動も静も皆順昌を得べし。丑は仍お北方水気の余脈、能く朱雀の火を克制す。江に投じて頭を碰破するの比喩有り。其は既に已に目を閉ぢ、我は便ち以て作為有るべし。故に動静皆吉、口舌の憂無く、官司平息す。只だ文書の事も亦た弁動し得ず。

安巢兮遲滯沉溺。居寅卯為之。蓋木皆火生助之神,且有山林之象,雀至山林結巢砌壘,育子貪榮。占者所喜有口舌消亡之義,而曰遲滯沉溺者,蓋卜文書章奏事未免淹滯而沉溺。此壬學“馬戀生不行”、“鬼戀生不克”、“印戀生不生”之理,最為玄妙。投網兮乖錯遺忘。辰戌為天羅地網,而戌為雀火庫,而辰戌對宮,有丘墓象也。夫以朱雀之凶,入此不得飛揚,占者所喜也。故曰乖錯遺忘,亦指文書事。朱乘辰戌發用,多無音信,試之屢驗。

朱雀が寅に臨み卯に臨むを「安巢」と曰う。事の遅滞沉溺を主る。寅卯の木は皆火を生助するの物、又た山林の象有り。雀は山林に到れば則ち巣を結び窩を壘り雛鳥を養育し、此の栄景を貪恋す。占者の喜ぶ所は口舌の此に因りて消亡するなり。之を遅滞沉溺と説くは、文書章奏の事を占えば拖延停滞を免れざるを以てなり。注者按:此は正に六壬学中の「馬の生に恋れば行かず」「鬼の生に恋れば克せず」「印の生に恋れば生ぜず」の道理、最も玄妙なり。朱雀が辰に臨み戌に臨むを「投網」と曰う。事の乖錯・人に遺忘せらるるを主る。辰戌は天羅地網、戌は又た朱雀の火の墓庫、辰と戌と相対して皆丘墓の象有り。朱雀の此の如き凶将を以て此処に進み入れば、飛揚し起こる能わず。正に占者の喜ぶ所。故に乖錯遺忘と曰う。指す所も亦た文書の事なり。注者按:朱雀の辰或いは戌を乘じて発用するや、多くは音信を得る能わず。屢試屢験なり。

厲嘴銜符怪異經官語訟。雀居申能剋制申金,其方得志之處也。厲嘴奮啄,所以口舌尤旺也。望文書固有氣,而他占則訟訴之象,凶不可免。居午曰銜符,古名真朱雀,有非細之訟,常人之憂,若士子入場,斯高中矣。

朱雀が申に臨むを「厲嘴」と曰い、午に臨むを「銜符」と曰う。怪異の事と官を経て訟を動かすを主る。朱雀の申に在りて能く申金を克制すれば、正に其の得志の地。嘴を磨き利らせ奮力して啄撃す。故に口舌は格外に旺盛。此の時文書を盼望するは固より気力有れども、別の事を占えば則ち訴訟の象と成り、凶事免れず。午に臨み符を銜むは、古く「真朱雀」と称し、不小の官司有るを主る。平常人に対しては憂患なり。但だし若し是れ読書人の考場に進むならば、則ち当に高中せん。

臨墳入水悲哀且在雞窗。臨未言其巢於古墓之象。夫巳午未申俱在上,有飛空而翱翔之義。朱雀得肆之時也。主口舌不細,故曰悲哀,妻孥烏有不悲者乎?孥,男女也。臨亥入水,火入水鄉有投江義,乃甚喜矣。凶神無氣何曰哀悲。蓋亦指文書動用而言耳。若有急用文詞不能得用,亦悲也。朱為言,為文,入水則言辭悲切。悲切者必有因,蓋因運勢不佳。故入水臨墳,不惟文書也。

朱雀が未に臨むを「臨墳」と曰い、亥に臨むを「入水」と曰う。皆悲哀を主る。而るに此の悲哀は往々読書人の書窓の下に落つ。未に臨むは、説くは其の古墓の上に巣を築くなり。巳午未申は皆天位の上半辺に在り、凌空翱翔の義有り。正に朱雀の放肆する時、口舌不小を主る。故に悲哀と曰う。妻子児女有りて傷心に随わざらんや。原文中の「孥」は、指すは妻子児女なり。亥に臨み水に入るは、火の水郷に入りて投江の義有り。本当に甚だ喜ぶべし。凶将気を失う、怎麼して反って哀悲と説くや。此も亦た文書の動用に就きて言うなり。若し急用の文書辞章有りて用場に派せざれば、同じく是れ傷心の事なり。注者按:朱雀は言語を主り文章を主る。水に入れば則ち言辞悲切なり。悲切には必ず縁由有り、多くは運勢の佳からざるに因る。故に入水・臨墳の此の両格の主る所は、並びて只だ文書の一端のみならず。

官災起蓋因夜噪。居酉為之。亦火制金鄉,得以奮志為惡,其性好亂便生口舌,得此者必官非不免。又且酉為門戶,口舌入門非官災而何?若克干其災必大,酉刃也,如刃之文辭,何能免禍也?亦主口舌爭鬥。音信至都緣晝翔。居巳為之,以巳未交午乃白晝象。雀至此最為有氣,占凶則口舌詞訟,占喜則起用文書,望人書信俱至。

朱雀が酉に臨むを「夜噪」と曰う。官司の災は此に由りて起こる。酉も亦た火の克制する所の金郷。朱雀此に在りて以て其の悪志を逞しうし、本性乱を好みて口舌を生ず。占得する人は必ず官非を免れず。況んや酉は門戸、口舌門に入れば、官災に非ずして何ぞや。注者按:若し朱雀の乘る所の神が日干を克すれば、災禍は必ず不小。酉は又た羊刃、刀刃の如き文辞、怎麼して禍を惹かざるを得んや。此の格も亦た口舌争闘を主る。朱雀が巳に臨むを「昼翔」と曰う。音信此に因りて至る。巳は未だ午に交わらず、正に白昼の象。朱雀此に到れば最も気有り。凶事を占えば則ち口舌詞訟、喜事を占えば則ち文書起用、盼望の書信も皆到來せん。

十二天将・六合

粵有六合之神婚姻佳會。六合主和合成就宴會婚姻,又名私門。待命和同。亥乃天門,我欲成就公私事端來天門之下待命,必成。不唯六合,凡十二神臨於天門之上,天門者仙佛之門,自此門所傳之消息,所關禍福必巨大無比,故吉神臨之則其禍甚巨,凶神臨之則必受深殃。

「六合」の此の天将を説くに、其は婚姻と美好の聚会を主る。六合は和合・成就・宴会と婚姻を主り、又た「私門」と曰う。六合が亥に臨むを「待命」と曰う。彼此和同を主る。亥は天門、我が公事私事を成就せんと欲すれば、天門の下に来りて静かに命令を候えば、必ず成るを得べし。注者按:不只だ六合此の如し。およそ十二天将の天門の上に臨むは皆此の如し。天門は仙仏の門、此の道の門裏より伝出する消息の関渉する所の禍福は必ず巨大無比なり。故に吉神の亥に臨むは其の福極めて大なり(原文は「其の禍甚だ巨」と作す。「禍」は当に「福」の字の誤りと為すべし)、凶神の亥に臨むは則ち必ず深重の災殃に遭う。

不諧驚悖。六合木入於巳火鄉,煙滅灰飛,不吉矣。凡占憂懼不免。日干乙木,坐於巳方亦有此意。又地陷於東南,為不足,“馬逢巳亥在路歧。”蓋言在巳亥之地,諸事不備,故無信心而憂懼猶豫。又巳者陽之極,亥者陰之極,當此大轉關之時,非謹慎萬分不可,故亦主憂懼。

六合が巳に臨むを「不諧」と曰う。驚恐悖乱を主る。六合は木に属して巳火の郷に進み入れば、烟消灰滅し、自然に吉ならず。およそ占は憂愁畏懼を免れず。注者按:日干の乙木にして巳方に坐するも、亦た同様の意思を含有す。再び言う、大地は東南方に於て陥落して不足の所有り。口訣に「馬の巳亥に逢うは路歧に在り」と曰う。正に説くは人の巳・亥の地に処りて諸事斉備せず、故に信心を缺乏して憂懼猶豫す。又た巳は陽気の極、亥は陰気の極、正に陰陽大転関の時に当たり、万分の謹慎に非ずんば可ならず。故に亦た憂懼を主る。

反目兮無禮之事端。子水也,六合木也,何為反目?蓋無禮之刑也。凡事必起於無禮,以致彼此不投而有反目也。私竄兮不明之囚地。居酉,以卯酉為私門,六合又乙卯之屬,以私並私,以門復門,乃出入私門逃竄。且六合之木而臨從魁之金受克,故囚地重複私陰,故曰不明。此者惟姦淫陰私是利,而正大反殃也。

六合が子に臨むを「反目」と曰う。事端は無礼より起こる。子は水に属し六合は木に属し、水は本として木を生ず。何を以てか反って反目と説くや。子と卯と相刑するを以て、正に「無礼の刑」なり。およそ事は一たび無礼より起これば、則ち彼此話投機せずして翻臉に至る。六合が酉に臨むを「私竄」と曰い、暗昧不明の囚地に落つ。卯と酉は皆私門、六合本身は又た乙卯に属す。私を以て私に加え門を以て門に疊ねれば、則ち私門に出入し暗々裏に逃竄するの象と成る。況んや六合の木の「従魁」酉金の上に臨みて克を受くるに於てをや。故に囚禁の地に又た重重と私隠陰暗を疊上し、才だ「不明」と説く。此の種の課象は只だ奸淫陰私の事に対し利有り。正大光明の事は反って殃に遭う。

“此者惟姦淫陰私是利,而正大反殃也。”一句最宜深思,蓋吉得凶課,凶得吉課,晴得陰課,陰得晴課,亦返吟遷移之意。若陰得陰課,陽得陽課,則亦如伏吟不動之意。乘軒結髮從媒妁而成歡。寅乃軒車,故為乘軒。申庚卯乙相合故結髮,故結髮。以從媒妁之言而有歡成之慶也。

注者按:「此の種の課象は只だ奸淫陰私に利し、正大の事は反って殃害を受く」の此の一句は最も深思に値す。吉事を占えども凶課を得、凶事を占えども吉課を得、晴天を盼えども陰を主る課を得、陰雨を盼えども晴を主る課を得るは、皆返吟の如き翻転遷移の意味を含有す。反って、陰事を占えば陰陰課を得、陽事を占えば陽課を得れば、則ち伏吟の如く兵を按じて動かざるなり。六合が寅に臨むを「乘軒」と曰い、申に臨むを「結髪」と曰う。媒人の説合を経て歓好を成就するを主る。寅は軒車、故に軒に乘ると称す。申中の庚金は卯中の乙木と相合す。故に髪を結ぶと称す。両者は皆媒妁の言に依従して歓喜成就の慶有り。

違理亡羞因妄冒而加罪。卯辰有六害之凶,故居辰為違理。若臨戌以己之私門而自就戌,以為六合苟合乃亡羞之徵。占得此者必因自失檢約,以招罪愆,非干人之害我也。升堂入室併為已就之占。午為離位,似為升堂。卯則六合本位,故入室。二者合於堂合於室,豈非已就乎?占得此皆可成遂。壬學重象,課中見午,則有明堂封拜之象,課傳再得一二處類似之象,則可得此吉也。

六合が辰に臨むを「違理」と曰い、戌に臨むを「亡羞」と曰う。皆妄行冒犯に因りて罪責を招来す。卯と辰と相害す。故に六合の辰に臨むは違理と為る。若し戌に臨めば、則ち自己の私門を拿りて戌に湊就し、六合を以て苟且の合と做す。正に羞耻を知らざるの徴兆。占得する人は必ず自己の検点約束を失して罪愆を招来するにして、並びて別人の我を害し来るに非ず。六合が午に臨むを「升堂」と曰い、卯に臨むを「入室」と曰う。皆事の已に成就せるを主る。午は離位に属し、升堂のごとし。卯は六合の本位、故に室に入ると称す。一は堂上に合し一は室内に合す。已に手に到るに正しからずや。此の両格を占得するの事は皆弁成を得べし。注者按:六壬の学は取象を重んず。課中に午を見れば則ち明堂封拝の象有り。若し三伝中に再び一两処の類似の象を得れば、此の吉慶は則ち落实を得べし。

納采妝嚴總是欲成之例。六合臨丑乃貴之本垣也,以賤謁貴,妝飾不得不嚴,所以事上也。居未乃卯未有合慶,且太常酒食帛物之鄉,似納采之喜也。占得之者何事不可成也。

六合が未に臨むを「納采」と曰い、丑に臨むを「粧厳」と曰う。皆事正に成就せんとするの例に属す。六合が丑に臨むは、丑は貴人の本宮、卑賤を以て尊貴に拝謁するに粧飾整粛せざる能わず。是れ上司に事奉するの道理。未に臨めば則ち卯と未と三合慶有り、未は又た太常酒食布帛の郷、下聘納采の喜事に甚だ似たり。此の両格を占得する人、何事か弁成せざる有らんや。

十二天将・勾陳

或逢勾陳發用必然鬥訟爭官。主征伐、戰鬥、詞訟、爭論田土事。又主勾連遲滯。更遇受越投機被辱暗遭毒害。丑乃貴人之鄉,以爭神而入貴地,乃受邁越之訟訴而勾陳肆其侮於人也。若至子,乃土能剋制之適,所以投其狂妄之機,尤可以展布其奮忿之心。占得之者亦惟忍而已矣。

若し「勾陳」発用せば、必ず争闘と官司有り。勾陳は征伐・戦闘・詞訟および田土を争奪するの事を主り、又た糾纏牽連・事情遅滞を主る。勾陳が丑に臨むを「受越」と曰い、子に臨むを「投機」と曰う。辱を受け暗々裏に人の毒害に遭うを主る。丑は貴人の郷、争闘の神の尊貴の地に闖り入るは、則ち越級訴訟の虧を喫せんとし、而るに勾陳も亦た肆意に別人を欺侮す。子上に到れば、正に土の能く水を克し意に称い手を得るの処。故に其の狂妄の時機に投合したと説く。更に能く其の忿を逞しうするの心を施展す。此の両格を占得する人も、亦た只だ忍耐するのみ。

遭囚兮宜上書。勾陳遇寅乃剋制之方,故有遭囚之象。宜上書者,彼凶既衰,而我得發上言告發其積害成愆之狀。若不於此時制之,則過時仍肆虐而物受其害矣。寅者文書之象,勾者鬥爭之意,上書者據理力爭之事,其意在此。

勾陳が寅に臨むを「遭囚」と曰う。此の時は上書して事を言うに宜し。寅木は能く勾陳の土を克す。是れ其の受制するの方。故に囚に遭うの象有り。上書に宜しと説くは、対方の凶勢既に已に衰落すれば、我正に好く進言し、其の罪を積累し人を害するの情状を掲発し出だすべきを以てなり。若し此の時候に趁りて之を制せざれば、此の陣を過ぎれば其は仍お肆虐し、万物は還た害を受けん。注者按:寅は文書の象、勾陳は闘争の意。上書は正に理に拠りて力に争うの事。此の句の用意は則ち此に在り。

捧印兮有封拜。巳乃鑄印之方,而勾陳一印之模範,印鑄而成以捧奉其上,非封拜而何?君子見之遷擢極速,常人見之反為可憂,自非有不法等情何干於印信也?“常人見之反為可憂,自非有不法等情何干於印信也?”,此句道盡壬學重象之理。

勾陳が巳に臨むを「捧印」と曰う。封官拝爵の事有るを主る。巳は印を鋳るの方位、勾陳本身は則ち一副の印模。印鋳成の後捧げて献上すれば、封拝に非ずして又た何ぞや。官を做る人は之に遇えば昇遷極めて速し。平常百姓は之に遇えば反って憂うべし。若し不法の情事に牽渉するに非ざれば、普通人と官印と何の関係有らんや。注者按:「常人之を見れば反って憂うべしと為す。自ら不法等の情に非ざれば何ぞ印信に干すや」の此の一句は、六壬の取象を重んじ、併せて占者の身分を按じて吉凶を定むるの道理を説き尽せり。

臨門兮家不和。卯本日月之門,勾陳爭鬥之神入之,是爭神進門矣,必家不和,以致搶攘紛更,人眷非寧,蓋亦破敗之征也。不唯“爭神入門”,更以“紛更”!宜思之。披刃兮身遭責。酉金為凶器矣,況又陰爻肅煞之氣,與勾陳之戊辰生合,彼凶斗之神而持此凶,豈有善念哉?然非理之舉,法所不容,終於遭責,占者惟避其凶可也。

勾陳が卯に臨むを「臨門」と曰う。家中不和を主る。卯は本として日月出入の門、勾陳の此の争闘の神門に進み入れば、則ち争神門に入るなり。家裏必ず和睦せず、以致紛擾断えず變故頻りに生じ、家眷安寧を得ず。亦た破敗の徴兆なり。注者按:此処に看るべき所は不只だ「争神門に入る」のみ、更に「紛更」の両字に在り。細想するに値す。勾陳が酉に臨むを「披刃」と曰う。自身責罰に遭うを主る。酉金は本として凶器、況んや其は陰に属し粛殺の気を帯び、又た勾陳の属する所の戊辰の土と相生相合するに於てをや。本として凶悍闘を好む神将更に此の如き凶器を持てば、哪裏に還た善念有らんや。然るに情理に合せざる挙動は法の容るる所と為らず、最終には還た責罰を受けん。占者は只だ其の凶鋒を避開するのみ好し。

升堂有獄吏以勾連。勾陳入辰非升堂而何,其神主鬥訟勾連,故至辰則有獄吏勾連之應,知機君子生平無非禮之舉,不過因他人之不法而及之耳。勾者,鉤也。反目因他人而逆戾。午火生勾陳而何曰反目也?以勾陳好鬥訟而午火真朱雀,尤訟之最者也。彼此皆反面相賊之神,孰肯相容也?故有反目之象。君子占之必被小人之逆戾波以及之耳。

勾陳が辰に臨むを「升堂」と曰う。獄吏の牽連し来る有るを主る。勾陳は本として戊辰に属し、辰宮に進み入れば升堂に非ずして何ぞや。此の神は争闘訴訟と糾纏牽連を主る。故に辰に到れば則ち獄吏勾連の応験有り。見機を懂る君子の平生には並びて非礼の挙無し。不過別人の法を犯すに因りて牽累を受くるのみ。注者按:「勾」は則ち鈎、鈎住して放さざるの意。勾陳が午に臨むを「反目」と曰う。他人に因りて悖逆の禍に遭う。午火は能く勾陳の土を生ず。何を以てか反って反目と説くや。勾陳は闘訟を好み、而るに午火は所謂「真朱雀」、最も訟を興すを愛す。両個は皆臉を翻して相殘るの神、誰か相容れんと肯んずる。故に反目の象有り。君子此の一格を占せば、必ず是れ小人の悖逆の事の牽連波及する所と為る。

入驛下獄往返詞訟稽留。未乃垣途如驛道也,故曰入驛。戌乃地網,又曰地獄,況與勾陳之戊辰對相沖射,乃下獄之象也。非詞訟之往來而何?見者惟退避則否。

勾陳が未に臨むを「入駅」と曰い、戌に臨むを「下獄」と曰う。詞訟の為に往来奔走し久しく拖れて決せざるを主る。未は垣牆道路、駅道の如し。故に駅に入ると曰う。戌は地網、又た地獄と称す。況んや其は勾陳の属する所の戊辰と正好相衝対射するに於てをや。正に下獄の象。此は官司を打ちて来来去去するに非ずして又た何ぞや。此の両格に遇う人は、只だ退避して能く禍を免れんのみ。

趨戶褰裳反得勾連改革。夫申非門戶之神,何以趨戶目之?蓋申前即酉戶也,立此可以入門,故曰趨戶。至亥而褰裳者,亥方夜靜更闌,必褰衣而酣息,然曰勾陳反覆者,申為坤地戶也,亥為乾天門也。門戶之內何立此等凶神,君子至此即返而抽身,稍遲則被彼勾執矣。

勾陳が申に臨むを「趨戸」と曰い、亥に臨むを「褰裳」と曰う。反って牽連と変革を帯来す。申は本として門戸の神に非ず。何を以てか戸に趨ると曰うや。申の前一位は則ち酉戸を以て、申上に立てば便ち以て門に入るを得。故に戸に趨ると称す。亥に到りて裳を褰むは、亥方の夜深人靜にして必ず衣裳を撩り起こして安睡するを以てなり。至りて勾陳の此の両処に到るや反復不定と説くは、申は坤に属して地戸と為り、亥は乾に属して天門と為るを以てなり。門戸の内に怎麼して此の如き凶神の站立を容れんや。君子此に到れば則ち当に身を抽きて退回すべし。稍も遅疑すれば則ち其の鈎住し拿住する所と為らん。

十二天将・青竜

青龍財喜雖主亨通。主財帛米穀喜慶亨通,十二神中惟此神最吉,增福解禍。但青龍克干,必有血光。以龍為財神,而血亦財象也。吾曾有甲日龍發用乘申而被刀割破手指事。

「青竜」は財帛と喜慶を主り、凡事亨通す。其は銭財・米穀・喜慶と順利を主り、十二天将の中に只だ此の一位最も吉、能く福を増し禍を解す。注者按:但だし青竜若し日干を克すれば、必ず血光を見ん。竜は財神、而るに血は取象の上に於ても財類に帰入す。我は嘗て甲日青竜発用して申金を乘ずるに遇い、結果刀に手指を割破せられき。

在陸蟠泥所謀未遂。未近南離之火,故為陸;丑近北坎水,故為泥。夫龍飛於九天,潛於九淵變化而莫測也。若失地亦厄且困矣。蟠於泥在於陸非失地而何,慾望其遂也難矣。有友來占,龍乘丑加干,真斷財務吃緊,點頭稱是,妙絕!

青竜が未に臨むを「在陸」と曰い、丑に臨むを「蟠泥」と曰う。謀る所の事は皆願いの如くなり難し。未は南方離火に靠近し、是れ乾燥の陸地。丑は北方坎水に靠近し、是れ泥淖。竜は本当に九天に飛騰し九淵に潜蔵し、変化測り難きべし。一旦居る所の地を失えば、則ち困厄行難し。泥中に蟠し陸上に擱ぐるは、失地に正しからずや。事情の弁成を指望せんと欲するは則ち難し。注者按:一友人来りて占すに青竜丑を乘じて日干の上に加わり、我は径直に其の財務吃緊を断ず。其は首を点き是と称す。実に奇妙なり。

登魁兮小人爭財。戌乃河魁也,以青龍之吉神而入網羅之地,則小人爭財之象矣。財之神落此,所以致小人之爭也。春種秋收,戌者秋末,正萬物收藏之時,收其收殺之氣更甚於酉,《三國演義》中所謂無底洞正此宮之象。龍為財神,陷於無底之淵,何能出頭?小人不知陷入此無底之淵,萬劫不復將至,尚一意於財帛,故主大凶。不利財,亦不利身,若克我是是逃生無門,任人宰割矣。且戌者,灰土也,散而難聚,分而難合,故亦主所為艱難。

青竜が戌に臨むを「登魁」と曰う。小人の銭財を争奪するを主る。戌は「河魁」、青竜の此の如き吉神の天羅地網の地に落ち入れば、則ち小人財を争うの象と成る。財神此処に落つれば、故に小人の相争うを引き来たす。注者按:一年の中に春種秋收、戌は秋末に在り、正に万物収蔵の時。あの収斂粛殺の気は酉より還た重し。《三国演義》裏に説く所の無底洞は、正に此の一宮の象。竜は財神、無底の深淵に陥りて、怎麼して還た頭を出だすを得んや。小人は自己が已に無底の淵に落入り万劫復せざる眼前に在るを知らず、還た一味に只だ銭財を顧みる。故に大凶を主る。既に財に利せず、亦た身に利せず。若し其が再び我を克せば、則ち是れ逃生門無く人に宰割せらるるなり。再び言う、戌は灰土、散じて聚り難く分かれて合し難し。故に亦た做す所の事情の格外に艱難を主る。

飛天兮君子欲動。以辰乃龍庭也,而曰天者,戌亥子丑象地在下也,辰巳午未象天在上也,故曰飛天也。青龍若飛騰在上,君子有為之時也,非欲動乎?龍乘辰發用或加干,則志向遠大,奮發有為。若中末空亡或陰神制之,或末得日墓,則半空折翅,江底翻舟。

青竜が辰に臨むを「飛天」と曰う。君子将に動作所有らんとするを主る。辰は竜庭、之を「天」と称する所以は、戌亥子丑の一帯が地在下を象徴し、辰巳午未の一帯が天在上を象徴するを以てなり。故に飛天と曰う。青竜の上に飛騰するは、正に君子の作為有るべきの時。怎麼して動かざるを得んや。注者按:青竜の辰を乘じて発用し、或いは日干の上に加臨するは、此の人の志向遠大・奮発有為を主る。但だし若し中伝末伝が空亡に落空し、或いは陰神の克制せらるる所と為り、或いは末伝が日干の墓の上に落ち到れば、則ち半空に飛びて翅膀を折断し江心に行きて船を翻すと成る。

乘雲驅雷利以經營。寅乃青龍之宮,有乘雲出入之象,占謂雲從龍也。卯乃震為雷也,龍為雲,非經營之時乎?驅雷乘雲而得以施為展布。《易》曰“艮為雲”,寅居艮宮,故曰乘雲。《繫辭》曰“雲從龍,風從虎”,亦其一解。占天時為陰、雲之象。

青竜が寅に臨むを「乘雲」と曰い、卯に臨むを「駆雷」と曰う。皆経営し事を謀るに利す。寅は青竜の本宮、雲に騰りて出入するの象有り。占書上に「雲は竜に従う」と説く。卯は震に属して雷と為り、竜は又た雲を主る。雲行き雷動けば、経営の好時候に正しからずや。雷を駕り雲に乘れば、才だ手を放して施為し大いに展布するを得。注者按:《易》に「艮は雲と為る」と説き、寅は艮宮に在り。故に雲に乘ると称す。《繋辞》に「雲は竜に従い風は虎に従う」と説くも、亦た一種の解釈なり。若し天気を占えば、此の両格は皆陰天多雲の象なり。

傷鱗摧角宜乎安靜。申乃陽金,酉乃陰金,金能克木,青龍之甲寅所深畏也。至此有退鱗折角之象。吉神遭厄,豈福佑於我也,惟安居守靜而已。燒身掩目因財有不測之虞憂。居午燒身,居巳掩目。以青龍木得水為喜,而見火為仇,巳上入蛇穴,尤為不吉。故有掩目之象。午乃南離真火,故曰燒身,青龍有此不足,尚可賴之為財神?若求謀財物則有莫測之憂。入海遊江因動有非常之慶。居子入海,居亥遊江。蓋俱水也,青龍得水,何吉不生?吉福斯民,占者動則有非常之美。

青竜が申に臨むを「傷鱗」と曰い、酉に臨むを「摧角」と曰う。安分守静するに宜し。申は陽金、酉は陰金、金は能く木を克す。正に甲寅の木に属する青竜の深く畏懼する所。此処に到れば便ち鱗片脱落し角折断せらるるの象有り。吉神厄難に遭えば、哪裏に還た能く我を保佑せんや。只だ安居守静するのみ。青竜が午に臨むを「焼身」と曰い、巳に臨むを「掩目」と曰う。銭財に因りて預料し難き憂患を生ずるを主る。青竜は木に属し、水を得て喜と為し火を見て仇と為す。巳は螣蛇の巣穴、青竜進み入れば尤其不吉。故に目を掩うの象有り。午は南方離位の真火、故に身を焼くと曰う。青竜此の如き損缺有れば、還た其の財神を做るを指望すべきや。若し財物を求謀せば、則ち莫測の憂有り。青竜が子に臨むを「入海」と曰い、亥に臨むを「游江」と曰う。行動する所有るに因りて非常の喜慶を得る。子亥は皆水に属し、青竜水を得れば、何の吉慶か生じ出ださざらん。福沢衆人に及ぶ。占者は只だ一動すれば則ち非同尋常の好事有り。

十二天将・天后

後有天后之神蔽匿陰私之婦。主陰私曖昧之事,蔽匿穢汙之神,性似柔而實剛。《金口》云“登明無定執”,以水乃無體之物。故玄后二天將,變幻莫測,神秘無狀,多陰氣。

貴人の後に「天后」の此の天将有り。隠蔽蔵匿および婦人の陰私の事を主る。其は男女曖昧不明の事を主り、是れ汚穢を遮掩するの神。性情は柔順なるがごとく看るも其の実剛強なり。注者按:《金口訣》に「登明は定執無し」と曰う。水は本として固定形体無きの物を以て、故に玄武・天后の此の両位の水に属する天将は変幻測り難く神秘無形、陰気甚だ重し。

守閨治事動止多宜。居子曰守閨,居亥治事。天后婦人也,壬子乃天后本家,故象守閨閣也,亥乃乾健自強不息之地,有治事持家克動之道也。二者動止相宜,得其道之正也。如當旺相,其慶深矣。玄本象為亥癸,後本象為子壬,不可混淆。

天后が子に臨むを「守閨」と曰い、亥に臨むを「治事」と曰う。動と静とを論ぜず皆相宜なり。天后は婦人の象、壬子は天后の本家。故に安く閨閣を守るの象有り。亥は乾に属し、是れ剛健自强不息の地。事務を治理し家業を操持して能く行動する所有るの道理有り。此の両格は一静一動皆其の宜しきを得る。走る所は正路。若し又た旺相の時に当たれば、喜慶は更に深厚なり。注者按:玄武の本象は亥癸、天后の本象は子壬、両者は混淆すべからず。

倚戶臨門好淫未足。居酉倚戶,居卯臨門,以穢汙之神而入卯酉之私門,非淫奔之象乎?除奸私之外而正大之舉反見殃。褰帷伏枕非嘆息而呻吟。居戌褰帷,居午伏枕。蓋戌土克水病象,丑戌昏黑之時,有褰帷之象。午乃晝長午寐之時,故曰伏枕。二才皆臥而不快,故曰嘆息呻吟,非病即事不遂也。後居戌,為入地網,無由以出,病痛之徵。吉神入戌,則無吉神之力矣,反榮為辱,占事反吉為凶。

天后が酉に臨むを「倚戸」と曰い、卯に臨むを「臨門」と曰う。貪淫にして足るを知らざるを主る。此の如き一の穢汚を主る神を以て卯酉両処の私門に進み入れば、私奔苟合の象に正しからずや。奸私の事を除きては、およそ正大光明の挙動は反って殃を受けん。天后が戌に臨むを「褰帷」と曰い、午に臨むを「伏枕」と曰う。嘆息ならざれば呻吟す。戌土は水を克し、是れ病を生ずるの象。丑戌は又た天色昏黑の時辰。故に帳帷を掀き開くの象有り。午は白昼最も長く正に午睡の時。故に枕に伏すと曰う。両者は皆躺きて痛快ならず。故に嘆息呻吟と説く。病有るに非ざれば則ち事の遂わざるなり。注者按:天后の戌に落つるは、是れ地網に進み入りて出で来る能わず。正に病痛の兆。吉神一たび戌に入れば則ち吉神の力量を失し、栄より辱に転じ、占事も亦た吉より凶に変ず。

裸體毀妝不哭而羞辱。居巳裸體,居辰毀妝。壬子遇巳,有露暴之傷,刑剋之地,故曰裸體。辰為水之克賊,天后至此而毀妝,形體裸露而見傷,毀妝易容而不飾,非羞辱而何也。見此者悲災必矣。

天后が巳に臨むを「裸体」と曰い、辰に臨むを「毀粧」と曰う。哭泣に至らずと雖も必ず羞辱を受く。壬子の水巳に遇上すれば、暴露し傷を受くるの患有り。又た是れ刑克の地。故に裸体と称す。辰土は水を克賊し、天后此に到れば便ち粧容尽く毀る。形体裸露して傷を受け、粧飾毀棄して修整を加えず。此は羞辱に非ずして何ぞや。此の両格を占見する人は、悲傷と災禍は免れがたし。

優遊閒暇蓋因理髮修容。居寅理髮,居申修容。平旦而起理髮時也。申哺時,容殘妝裉,故有理髮修容之義。無非不遂也,且水與木金不克,故主優遊閒暇,得其平和也。后乘寅克干,有因理髮起爭競之例。悚懼驚惶緣為偷窺沐浴。天后子與丑六合也,有私匿之情,窺之恐人知是以偷窺。未有井宿,而壬子水入之有浴,則畏人至矣。二者皆有懼疑之心,故曰悚懼驚惶。

天后が寅に臨むを「理髪」と曰い、申に臨むを「修容」と曰う。悠閑自在を主る。寅は天剛らかに亮みて起牀し頭を梳るの時、申は傍晚飯を喫し畢り粧容残褪して重新に整理せんとするの時。故に髪を理め容を修むるの義有り。此の両格は並びて事の遂わざるに非ず、而且水と木・金のあいだ相克せず。故に従容閑暇を主り、平和を得べし。注者按:天后の寅を乘じて日干を克するも、亦た理髪の一類の小事に因りて争競を引起こすの例有り。天后が丑に臨むを「偷窺」と曰い、未に臨むを「沐浴」と曰う。心裏惶恐安からざるを主る。天后は子に属し、子と丑と六合す。私下蔵匿の情を含有し、人を偷み看て又怕るる人に知られんとす。故に偷み窺うと曰う。未宮に井宿有り、壬子の水進み入れば則ち沐浴、最も人の走近るを怕る。両者は皆恐懼疑慮の心を懐く。故に悚懼驚惶と説く。

十二天将・太陰

太陰所為蔽匿,禍福其來不明。主陰私、蔽匿、奸邪、淫亂、闇昧不明,又為冥冥中之默助。干上太陰,或此人性少言語,多沉靜;或時運不及而思想灰色;或害相思,屢驗。

「太陰」の主る所は遮蔽蔵匿。禍も好し福も好し、来路は皆分明ならず。其は陰私・隠匿・奸邪・淫乱と曖昧不明の事を主り、同時に冥冥の中に於て暗々裏に相助するの力量を主る。注者按:日干の上に太陰を乘ずれば、或いは此の人の性情寡言・多く沈静を主り、或いは時運済わずして心思消沉灰暗を主り、或いは相思病を害するを主る。此らは皆屢試屢験なり。

垂簾則妾婦相侮。居子正北也,端門嚮明垂簾,昏夜無見,所以妾婦居陰位,得施其慢上之心而欺侮之,不過群小別地生非而已。不惟如此,凡神將臨子則有幽暗蔽匿之象,惟太陰更甚耳。

太陰が子に臨むを「垂簾」と曰う。妾婦の一類の人の欺侮を受くるを主る。子は正北に在り、端門は本当に光明に朝向すべし。如今却て簾を垂下し、昏夜の中に何を見るも得ず。そこで陰位に処る妾婦の流は、則ち以て彼女らの尊上を軽慢するの心思を施展し而て欺侮を加うるを得。不過是れ一群の小人の暗地裏に事を生ずるのみ。注者按:不只だ太陰此の如し。およそ天将の子位に臨むは皆幽暗蔽匿の象有り。只だ太陰尤其に厳重なり。

入內則尊貴相蒙。丑乃斗牛之墟,天乙貴人之位,至尊而受此陰蒙則蔽其明矣。亂之始也,君子必謹焉。貴人之性情,仁而無韌性,耳軟而心活,最易涉及陰私,故不喜見暗神。不似勾、虎之類,性情堅定,甚有主見。

太陰が丑に臨むを「入内」と曰う。尊貴の人の蒙蔽せらるるを主る。丑は斗・牛二宿の分野、亦た天乙貴人の本位。至尊の人此の一一層の陰暗の蒙蔽を受ければ、明察の力は則ち遮られん。此は正に禍乱の開端。君子は必ず謹慎すべし。注者按:貴人の性情は仁厚にして韌勁を缺少し、耳根軟く心思活にして、最も陰私の事に牽扯し入り易し。故に暗昧の神を見るを喜ばず。勾陳・白虎のあの一類の如からず、性情堅定にして甚だ主見有り。

被察兮當憂怪異。蓋太陰辛酉與戌六害,且河魁刑獄之方,非被察象乎?欲飾其非則愈怪且異故當憂也。造庭兮宜備乖事。辰乃龍庭也,且與酉合,而太陰之妖媚必與天罡相得,然彼剛之眷寵必夙,亦不常無也。烏得不爭寵而乖變哉?

太陰が戌に臨むを「被察」と曰う。怪異の事を為に憂うを主る。太陰は本として辛酉に属し、酉と戌と相害し、戌は又た河魁・是れ刑獄の地。此は正に人に查察せらるるの象に正しからずや。自己の過失を掩飾せんと欲すれば、事情反って越發怪異なり。故に当に憂うべし。太陰が辰に臨むを「造庭」と曰う。当に乖違の事を防備すべし。辰は竜庭、又た酉と相合す。太陰の妖媚は必ず「天罡」の辰土と相投せん。但だ辰性剛強、其の寵愛する所の対象は已来久しく、亦た一直空きて有るべからず。太陰豈に寵を争わずして乖変を生ぜざらんや。

跣足脫巾財物文書暗動。居寅跣足,居午脫巾。蓋寅方平旦之時,有跣足之象,午則長晝晝眠,亦必有脫巾矣。然太陰之金能克寅木為財,而午則朱雀反制太陰,二者乃財物文書俱暗中動也。裸形伏枕盜賊口舌憂驚。居亥裸形,居巳伏枕。亥乃夜深就榻,有裸形之象。巳則剋制太陰,必伏不起乃伏病臥床之義。並主憂疑口舌盜賊。蓋巳乃蛇主驚恐,亥乃玄武主賊盜憂疑也。

太陰が寅に臨むを「跣足」と曰い、午に臨むを「脱巾」と曰う。財物と文書の暗中に変動するを主る。寅は天剛らかに亮むの時、脚下に赤く地に下るの象有り。午は白昼正に長く午睡の時、亦た必ず頭巾を脱ぐべし。太陰は金に属して能く寅木を克し、木は便ち其の財なり。午に到れば則ち朱雀の火は反って太陰を克制す。故に此の両格は分別して財物と文書と皆暗処に於て発動するを主る。太陰が亥に臨むを「裸形」と曰い、巳に臨むを「伏枕」と曰う。盗賊・口舌と憂驚を主る。亥は夜深上牀の時、身を裸ぐるの象有り。巳火は太陰を克制し、其は只だ伏して起こる能わず。正に牀に臥して病むの義。両格は併せて憂疑・口舌と盗賊を主る。巳は螣蛇に属して驚恐を主り、亥は玄武に属して盗賊と憂疑を主るを以てなり。

閉戶觀書雅稱士人之政。居酉閉戶,居未觀書。酉乃太陰之本家,好靜故閉戶。未乃離明之次,土金生養,故曰涵詠優遊。二者安且吉也。“未土……金生養”,微露五行妙理之一斑,思之,思之!

太陰が酉に臨むを「閉戸」と曰い、未に臨むを「観書」と曰う。甚だ読書人の其身を自ら守るの做法に合す。酉は太陰の本家、其の性は安静を喜ぶ。故に門を閉ぢて出でず。未は離明の後に在り、未土は能く金を生養す。故に以て従容涵泳すべしと説く。此の両格は皆安穏にして吉利。注者按:「未土は辛金を生養す」の此の一句は、微微として五行妙理の一角を透露す。反復思量するに値す。

微行執政偏宜君子之貞。居卯微行,居申執政。卯乃私門必袒裸之象。以入之非微行乎?申乃太陰旺地,得志行權之所,有執政象。君子占之非陰神之比時,當微行也,或當政也,亦持一貞之操而已。太陰以柔金而入剛金之地,正是《滴天髓》所謂“藤蘿繫甲”、歸寧依兄之意,故以陰私柔弱之神而有堅貞之意,此反宜公事。酉閉戶、未觀書,獨善其身也,此則兼濟天下也。

太陰が卯に臨むを「微行」と曰い、申に臨むを「執政」と曰う。格外に君子の貞正を守持するに適合す。卯は私門、門に進めば必ず袒露の象有り。此処より入れば便装私行に非ずや。申は太陰の旺地、是れ其の得志し権を掌るの所在。故に政を執るの象有り。君子此の両格を占えば、則ち一般の陰神当令の時と同じからず。便服私行すべき時は則ち私行し、権を当にし事に任ずべき時は則ち事に任ず。只だ始終一個の「貞」の字の操守を守住すれば好し。注者按:太陰の柔金を以て剛金の地に進み入るは、正に《滴天髄》の説く所の「藤蘿は甲に繋る」、女子の帰寧して兄長に依靠するの意思。故に此の陰私柔弱の神反って堅貞の意有り。此に因りて反って公事を弁ずるに宜し。酉に臨み戸を閉ぢ未に臨み書を観るは独善其身、卯に臨み微行し申に臨み政を執るは則ち兼済天下なり。

The original text is in the public domain. The Japanese is a machine-assisted translation of this library’s own Chinese paraphrase, checked against a fixed glossary so that technical terms match the definitions used elsewhere on this site. It is a reading aid and does not replace the original.